判例全文 | ||
【事件名】“日航機墜落事故”ノンフィクションの表現類似事件 【年月日】平成25年3月14日 東京地裁 平成23年(ワ)第33071号 著作権侵害差止等請求事件 (口頭弁論の終結の日 平成24年12月6日) 判決 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり 主文 1 被告らは、第3章(113頁ないし160頁)を含む別紙書籍目録記載の書籍を複製し、頒布してはならない。 2 被告らは、第3章(113頁ないし160頁)を含む別紙書籍目録記載の書籍を廃棄せよ。 3 被告らは、原告に対し、連帯して58万1416円及びこれに対する平成23年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は、これを8分し、その1を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。 6 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍を複製し、頒布してはならない。 2 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍を廃棄せよ。 3 被告らは、原告に対し、連帯して518万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が、被告Bが著述し、被告株式会社集英社(以下「被告集英社」という。)が発行する書籍は原告の著作物の複製又は翻案に当たり、上記書籍の複製及び頒布により、原告の著作物の著作権及び著作者人格権が侵害されたと主張して、被告らに対し、著作権法112条に基づき、被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条、719条に基づき、著作権侵害を理由とする著作権利用料損害金168万円、著作権侵害及び著作者人格権侵害を理由とする慰謝料300万円及びこれらについての弁護士費用50万円の合計518万円並びにこれに対する不法行為の後の日である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。 1 前提事実(争いのない事実並びに各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1) 原告は、夫のCが昭和60年8月12日にいわゆる日航機墜落事故(以下「本件事故」という。)に遭遇したことに関して、「雪解けの尾根 JAL123便の墜落事故」と題する書籍(以下「原告書籍」という。)を著述し、平成8年7月20日、発行された。 (甲1、8の1) (2) 被告Bは、本件事故に関して、別紙書籍目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)を著述し、その「第3章 マスコミとして、遺族として」(113頁ないし160頁)において、Cとその家族を取り上げたが、この部分は、原告書籍に依拠して著述されたものである。 (甲2、3) (3) 被告集英社は、平成22年8月12日に被告書籍を発行し、以後、現在まで定価1680円(消費税込み)で販売している。 (甲2、3) (4) 原告書籍には別紙対比表の原告書籍欄記載の記述(以下「原告各記述」といい、個別の記述は別紙対比表の記述番号欄記載の番号に従い「原告第1記述」のようにいう。)があり、被告書籍の第3章(113頁ないし160頁)には別紙対比表の被告書籍欄記載の記述(以下「被告各記述」といい、個別の記述は別紙対比表の記述番号欄記載の番号に従い「被告第1記述」のようにいう。)がある。 2 争点及び当事者の主張 本件の争点は、@原告の著作権の侵害の成否、A原告の著作者人格権の侵害の成否、B被告らの故意又は過失の有無、C原告の損害の額である。 (1) 争点@(原告の著作権の侵害の成否)について ア 被告各記述は原告各記述を複製又は翻案したものか否か (原告の主張) 原告書籍は、本件事故で夫を亡くした原告の体験を基に、事故の惨状と遺族の戸惑いや驚がく、悲しみ、喪失感等、肉親を悲惨な大事故で失った遺族でなければ遭遇することのない精神的な苦悩を創造的な言葉で著述したものである。原告書籍は、ノンフィクションに属するが、客観的事実や歴史的事実を対象から距離を取った外部の視点から伝えるだけでなく、本件事故で夫を失うという壮絶な体験から沸き上がる感情や思想を具体的表現にまで昇華させたものであり、創作性が発揮されている。そうであるから、原告各記述は、別紙対比表の原告の主張欄記載のとおり、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸の範囲に属するものであり、著作物に当たる。 そして、被告各記述は、主語を「私」から「A」に換えたほかは、原告各記述をほぼ引き写しているから、別紙対比表の原告主張欄記載のとおり、原告各記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告各記述に接する者が上記特徴を直接感得することのできるものである。 さらに、被告Bは、前記の前提事実(2)のとおり、原告各記述に依拠して被告各記述を著述した。 したがって、被告各記述は、原告各記述を複製又は翻案したものである。 (被告Bの主張) 被告書籍は、実際に起きた出来事とそれに関係する当事者が抱いた思想や感情を取り扱うノンフィクションに属し、創作性を発揮する余地が少ない。そうであるから、被告各記述は、別紙対比表の被告らの主張欄記載のとおり、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、原告各記述と同一性があるにすぎない。 したがって、被告各記述は、原告各記述を複製又は翻案したものでない。 (被告集英社の主張) 原告の主張は否認又は争う。 イ 被告Bは複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を得たか否か (被告らの主張) 被告Bは、被告書籍を著述するために、平成22年5月24日、原告宅を訪ね、原告に対して本件事故に関する取材を行った。しかし、原告は、本件事故から約25年という長い年月が経過し、記憶が多々曖昧になっていたので、「ここ見て下さい。」、「(ここに)書いてあります。」などと述べて原告書籍の該当部分を示し、記憶を喚起しながら回答していた。そこで、被告Bは、「今日のお話とここ(本)に書かれている事実を正確に記述させてもらうので、ご安心ください。」と述べて、原告の了解を得るとともに、原告から原告書籍を贈られた。 したがって、被告Bは、原告から、原告各記述の複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を明示又は黙示に得たものである。 (原告の主張) 原告は、平成22年5月24日、被告Bから本件事故に関する取材を受け、原告書籍に書いたことについては「書いてあるとおりである。」などと述べたが、それだけで原告各記述を引き写してよいことにならないのは当然である。また、原告は、被告Bから要望を受け、社交的な儀礼として、被告Bに原告書籍を贈ったにすぎない。 したがって、被告Bは、原告から、原告各記述の複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を明示又は黙示に得たとはいえない。 (2) 争点A(原告の著作者人格権の侵害の成否)について (原告の主張) 被告らは、原告各記述の複製又は翻案に当たる被告各記述を含む被告書籍の発行に際し、原告の同意を得ることなく、原告の氏名を著作者名として表示しなかったから、原告の氏名表示権を侵害している。 また、被告らは、前記の前提事実(4)のとおり、原告各記述をその複製又は翻案に当たる被告各記述に改変し、この改変は原告の意に反するものであったから、原告の同一性保持権も侵害している。 (被告らの主張) 被告各記述は、原告各記述を複製又は翻案したものでないから、原告の氏名表示権や同一性保持権を侵害する余地はない。 仮に被告各記述が原告各記述を複製又は翻案したものであるとしても、被告Bは、被告書籍の参考文献欄等に原告の氏名を表示したから、原告の氏名表示権を侵害していないし、原告各記述を被告各記述に改変した程度はごく僅かであるから、原告の同一性保持権を侵害した程度もごく僅かである。 (3) 争点B(被告らの故意又は過失の有無)について (原告の主張) 被告各記述は、原告各記述に依拠して著述されたから、被告らは、被告書籍の複製及び頒布が原告の原告各記述について有する著作権及び著作者人格権を侵害することを知っていた。仮に被告らがこのことを知らなかったとしても、被告Bは、文筆を業とする者であり、被告集英社も、国内有数の大手出版社であって、業務上、頻繁に著作物を扱うから、被告らは、出版物が他者の著作権を侵害しないか注意すべき注意義務を負っているというべきであり、それにもかかわらず、被告らはこれを怠った。 したがって、被告らには、原告の著作権及び著作者人格権を侵害したことにつき、故意又は過失がある。 (被告らの主張) 原告の主張は否認又は争う。 (4) 争点C(原告の損害の額)について (原告の主張) ア 著作権法114条3項による損害額 168万円 定価1680円の被告書籍は、平成22年8月12日から平成23年10月10日までの間に、少なくとも1万部販売され、原告各記述の利用料率は10%を下らないから、原告がその著作権の行使につき受けるべき金銭の額は、次の計算式のとおり、168万円を下らない。そして、被告各記述は、被告書籍の中核部分を構成しているから、寄与度による減額もすべきでない。 (計算式)1680円×1万部×0.1=168万円 イ 慰謝料 300万円 原告は、本件事故で夫を失うという壮絶な体験を基に、遺族として受けた苦しみや悲しみ、悔しさを原告書籍の表現一つ一つにまで刻み込んだ。このため、原告は、被告らによる著作権や著作者人格権の侵害行為により、被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄並びに財産上の損害賠償だけでは償い難いほどの大きな精神的苦痛を被った。その精神的損害は、300万円を下らない。 ウ 弁護士費用 50万円 原告は、弁護士に対して本件訴訟の遂行を委任した。被告らによる著作権や著作者人格権の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、50万円を下らない。 (被告らの主張) ア 著作権法114条3項による損害額について 原告は、原告書籍を販売していないから、被告書籍の販売によって原告が利益を失うこともなく、損害を受けていない。また、被告らは、多額の広告費を支出したが、原告から抗議を受けたために、積極的な販売活動をすることができなかったから、いまだ利益を受けていない。仮に被告らが利益を受け、原告が損害を受けたとしても、被告各記述は、310頁からなる被告書籍のうちの8頁程度であって、原告が主張する著作権侵害行為の被告書籍の売上げに対する寄与度は、2.5%にすぎないから(8頁÷310頁)、97.5%の減額をすべきである。 イ 慰謝料及び弁護士費用について 原告の主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点@(原告の著作権の侵害の成否)について (1) 被告各記述は原告各記述を複製又は翻案したものか否かについて ア 複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいうところ(著作権法2条1項15号参照)、後記の最高裁判所の判例に照らすと、言語の著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、又は、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうと解される。また、言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないというべきである。 被告書籍の第3章は、原告書籍に依拠しているから、本件において、被告各記述が原告各記述を複製又は翻案したというためには、原告各記述のうち被告各記述と同一性を有する部分が思想又は感情を創作的に表現したものであり、かつ、被告各記述が、原告各記述と同一であるか、又は、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものであることが必要である。 イ そこで、被告各記述が原告各記述を複製又は翻案したものか否かについて検討する。 (ア) 被告第1記述について 原告第1記述と被告第1記述とは、バスは満席だったが、誰一人しゃべる者もなく、静かだったこと、室内灯が消されたことを著述している点において共通し、同一性がある。 バスは満席だったが、誰一人しゃべる者もなく、静かだったことは、その事実に加え、原告を含むバスの乗客が抱いていた不安の感情を表現したものといえるが、当該状況における感情を表現したものとしてはありふれたものであるから、表現上の創作性がない。また、室内灯が消されたことは、事実であって、表現それ自体ではない。 原告は、原告第1記述のうち、@「室内灯を消してみた」は原告が泣いているところを見せたくないという感情を表現したものであり、A「だれ一人しゃべる者もなく」や「室内灯」は選択し得る表現の幅が広いから、創作性があると主張する。しかしながら、@については、被告第1記述のうち原告第1記述中の「室内灯を消してみた」と同一性を有する部分は、「室内灯が消された」という記述だけであり、これは事実であって、感情を表現したものということはできない。また、Aについては、選択し得る表現に幅があるとしても、「だれ一人しゃべる者もなく」や「室内灯」との記述だけでは、原告の個性ないし独自性が表れているとはいえないから、表現上の創作性がない。原告の上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第1記述は、原告第1記述を複製又は翻案したものということはできない。 (イ) 被告第2記述について 原告第2記述と被告第2記述とは、朝元気に家を出た人が、その夕刻に死ぬなんて、原告にはどうしても信じられなかったこと、悪夢と思ったこと、夫のいない生活を考えたこともなかったこと、これから一人になると思うと、涙が止めどなく溢れてきたこと、原告は周囲に知られないよう涙をふいたことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告が抱いた悲しみの感情を創作的に表現したものであり、被告第2記述は、原告第2記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第2記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第2記述中の「悪夢でも見ている」及び「周囲に気づかれないように涙をそっとふいた」並びに順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第2記述は、原告第2記述を複製又は翻案したものということができる。 (ウ) 被告第3記述について 原告第3記述と被告第3記述とは、バスが度々サービスエリアで停車し、そのたびに乗客が公衆電話に並んだことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 この点、バスが度々サービスエリアで停車し、そのたびに乗客が公衆電話に並んだことは、その事実に加え、バスの乗客が抱いていた不安の感情を表現したものといえるが、当該状況における感情を表現したものとしては、ありふれたものであるから、表現上の創作性がない。また、著述の順序はありふれたもので、独創的なものではない。 したがって、被告第3記述は、原告第3記述を複製又は翻案したものということはできない。 (エ) 被告第4記述について 原告第4記述と被告第4記述とは、大きなカメラを担いだ人たちが近づいてきたこと、なんて嫌なことをするのだろう、と思っていると、カメラにあったテレビ局の名前が目に入ったこと、それは息子が勤めるテレビ局だったこと、原告は、あることを思いついてバスを降り、「息子があなたたちの会社に勤めています。少しでも早く現場に行きたいので、あなたの車に乗せてもらえませんか」と言ったこと、若者が「僕はCと同期で、お父さんのこと、聞いています」と言ったことを著述している点及びその著述の順序においておおむね共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告が抱いた嫌悪や驚きの感情を創作的に表現したものであり、被告第4記述は、原告第4記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第4記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第4記述の順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第4記述は、原告第4記述を複製又は翻案したものということができる。 (オ) 被告第5記述について 原告第5記述と被告第5記述とは、家族たちが不安と疲労で敗残兵のようにバスから降り立ったことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これは、その事実に加え、原告を含むバスに乗車した家族が抱いていた不安や疲労の感情を創作的に表現したものであり、被告第5記述は、原告第5記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第5記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第5記述中の「敗残兵」は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容方法において、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第5記述は、原告第5記述を複製又は翻案したものということができる。 (カ) 被告第6記述について 原告第6記述と被告第6記述とは、日航の受け入れ態勢がまだそろわず、引っぱり回された家族は、日航に険悪な態度を取ったこと、いらだって日航の社員の胸を蹴る人もいたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、家族が抱いていた怒りやいらだちの感情を表現したものといえるが、当該状況における感情を表現したものとしては、ありふれたものであるから、表現上の創作性がない。 したがって、被告第6記述は、原告第6記述を複製又は翻案したものということはできない。 (キ) 被告第7記述について 原告第7記述と被告第7記述とは、若い警官から「事故当日の服装、所持品、肉体的特徴を詳しく話して下さい」と聞かれたが、背広の色さえ記憶していなかったこと、若い頃から着替えは自分でする人だったこと、空港への車中も助手席の夫と向き合わず、前日自分で買ったと言っていたネクタイの柄もよく見ていなかったこと、覚えていたのはニナリッチのカフスボタン、朝磨いておいた靴くらいだったこと、身体的特徴は人並み以上に頭が大きいこと、髪の毛が多く、ヘアトニックをたくさんつける習慣があること、色白だが、このところゴルフ焼けをしていること、足の水虫のことなどを説明したことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告が抱いた困惑や後悔の感情を創作的に表現したものであり、被告第7記述は、原告第7記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第7記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第7記述の順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第7記述は、原告第7記述を複製又は翻案したものということができる。 (ク) 被告第8記述について 原告第8記述と被告第8記述とは、家族がアイウエオ順で数か所の市内の小中学校の体育館に分散、待機させられたこと、原告のいた第二小学校は市の繁華街から西北にあったこと、体育館は折からのひどい暑さで、まるで蒸し風呂だったこと、昨夜から着ている服も汗まみれだったが、やむを得なかったことを著述している点及びその順序においてほぼ共通し、同一性がある。 家族がアイウエオ順で数か所の市内の小中学校の体育館に分散、待機させられたことや、原告のいた第二小学校が市の繁華街から西北にあったことは、事実の表現にすぎず、思想又は感情を表現したものといえない。そして、この部分の著述の順序はありふれたもので、独創的なものではない。これに対し、体育館が折からのひどい暑さで、まるで蒸し風呂だったことや、昨夜から着ている服も汗まみれだったが、やむを得なかったことは、その事実に加え、原告が抱いた不快感や諦めの感情を創作的に表現したものであり、被告第8記述は、原告第8記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第8記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第8記述中の「蒸しぶろ」及び順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第8記述中の「乗客の家族は…待機した。」は、原告第8記述を複製又は翻案したものということはできないが、被告第8記述中の「体育館は…仕方なかった。」は、原告第8記述を複製又は翻案したものということができる。 (ケ) 被告第9記述について 原告第9記述と被告第9記述とは、館内に日航の用意した新聞がたくさん積まれていたこと、第一面に単独機として過去最大の事故であることが大きな文字で記載されていたこと、犠牲者の顔写真の中には、夫の顔もあったこと、テレビでは、生存者の劇的な救出場面が繰り返しうつし出されたが、見ようとする人はほとんどいなかったことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告や家族らが抱いた悲しみや嫉妬の感情を表現したものであり、被告第9記述は、原告第9記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第9記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第9記述の順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第9記述は、原告第9記述を複製又は翻案したものということができる。 (コ) 被告第10記述について 原告第10記述と被告第10記述とは、その日の夕刻に三浦半島沖合で飛行機の垂直尾翼が見つかったこと、同機が昭和53年6月、伊丹空港で着陸の際に尻もち事故を起こしたことが分かったこと、事故は人災のようだったことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 その日の夕刻に三浦半島沖合で飛行機の垂直尾翼が見つかったこと、同機が昭和53年6月、伊丹空港で着陸の際に尻もち事故を起こしたことが分かったことは、事実の表現にすぎず、思想又は感情を表現したものといえない。また、事故は人災のようだったことは、原告が抱いた思想を表現したものといえるが、当該状況における思想を表現したものとしては、ありふれたものであるから、表現上の創作性がない。そして、著述の順序もありふれたもので、独創的なものではない。 原告は、原告第10記述の順序は創作性があると主張する。しかしながら、原告第10記述の順序は、ありふれていて、表現上の創作性がない。原告の上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第10記述は、原告第10記述を複製又は翻案したものということはできない。 (サ) 被告第11記述について 原告第11記述と被告第11記述とは、看護婦が白衣ではなく、戦争を思い出させたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これは、その事実に加え、原告が抱いた違和感の感情や思想を創作的に表現したものであるが、原告第11記述は、看護婦が白衣ではなく、国防色のユニホームなのが、戦争を思い出させたことに表現上の本質的な特徴があるのに対し、証拠(甲2)によれば、被告第11記述は、「看護婦たちは、白衣ではなく、上は半袖に下はズボンというベージュ色のユニフォームを着ていた。薄いブルーのものを着た看護婦もいる。ユニフォームは二種類あるようだ。「まるで戦争・・・・・・」」という記述であることが認められるから、被告第11記述は、原告第11記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているということはできず、被告第11記述を一読しただけでは、その特徴を直接感得することはできない。そして、著述の順序はありふれたもので、独創的なものではない。 したがって、被告第11記述は、原告第11記述を複製又は翻案したものということはできない。 (シ) 被告第12記述について 原告第12記述と被告第12記述とは、午前10時過ぎに最初の遺体が到着したこと、山で収容された遺体は毛布に包まれ、尾根の頂上にあるヘリポートまで運び上げられ、そこからヘリコプターで50キロメートルほど離れた藤岡第一小学校校庭におろされること、遺体はひつぎに納められ、藤岡市民体育館で検視が行われることを著述している点において共通し、同一性がある。 これらは、事実の表現にすぎず、思想又は感情を表現したものといえない。 したがって、被告第12記述は、原告第12記述を複製又は翻案したものということはできない。 (ス) 被告第13記述について 原告第13記述と被告第13記述とは、その場で着衣のネーム、所持品のカード、免許証などで確認できた遺体は、家族が呼び出されるため、家族は戦々恐々として呼出しを待ったこと、呼出しは、死を確認することであったこと、呼び出されないよう生への望みを少しでもつなごうとしていたこと、館のステージ横に乗客の座席が張り出されたこと、原告はこの時初めて夫が前から5番目の右側、つまりコックピットの下あたりに座っていたことを知り、生きている可能性が皆無に近いと認識したこと、機体は右に傾き、前方から山に激突していたこと、この表は相撲の星取表のように、遺体が確認されるたびに黄色に塗りつぶされていったこと、後部座席から始まり、夫のいた前方はいつまでも空白が残ったことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、家族や原告が抱いた恐怖や期待、絶望、不安の感情を創作的に表現したものであり、被告第13記述は、原告第13記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第13記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第13記述中の「相撲の星取表」は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第13記述は、原告第13記述を複製又は翻案したものということができる。 (セ) 被告第14記述について 原告第14記述と被告第14記述とは、午後、作業衣と長靴のD運輸大臣と黒服のE日航社長が体育館に見舞いに来たこと、申し訳ないと詫びる言葉が空々しく、違う世界の話に聞こえたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告を含む家族たちが抱いた怒りの感情を創作的に表現したものであり、被告第14記述は、原告第14記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第14記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第14記述中の「空々しく」は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法において、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第14記述は、原告第14記述を複製又は翻案したものということができる。 (ソ) 被告第15記述について 原告第15記述と被告第15記述とは、一刻も早く親類の安否を知りたいと思う家族が日航の幹部を容赦なく罵倒し、E社長の顔に水を浴びせたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これは、その事実に加え、家族が抱いた不安や怒りの感情を創作的に表現したものであり、被告第15記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第15記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第15記述の順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第15記述は、原告第15記述を複製又は翻案したものということができる。 (タ) 被告第16記述について 原告第16記述と被告第16記述とは、遺体収容がこの日から比較的身元確認の容易な後部座席が終わり、いよいよ尾根の上の方の収容が始まったらしいこと、細かく分断され、その上、火災に遭ったため、むざんな遺体が増えてきたらしいこと、確認が困難になってきたことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告が抱いた悲しみの感情を創作的に表現したものであり、被告第16記述は、原告第16記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第16記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第16記述中の「無残」及び順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第16記述は、原告第16記述を複製又は翻案したものということができる。 (チ) 被告第17記述について 原告第17記述と被告第17記述とは、新聞は、事故調査委員会が現場検証で隔壁の裂け目を発見、そこから出た空気が尾翼を壊して墜落する原因になったのではないかとしていたこと、つまり原因は昭和53年の伊丹空港着陸時の尻もち事故による金属疲労との見方が強まったこと、事故は人災が確定的で、群馬県警が責任を追及すると発表したことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これらは、事実の表現にすぎず、思想又は感情を表現したものといえない。そして、著述の順序はありふれたもので、独創的なものではない。 したがって、被告第17記述は、原告第17記述を複製又は翻案したものということはできない。 (ツ) 被告第18記述について 原告第18記述と被告第18記述とは、Fの証言に、30分間の乗客の悲鳴、パニックの状況が表れていること、迫りくる死を目前にした乗客の恐怖を想像することを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 Fの証言に、30分間の乗客の悲鳴、パニックの状況が表れていることは、事実の表現にすぎず、思想又は感情を表現したものといえない。これに対し、迫りくる死を目前にした乗客の恐怖を想像することは、その事実に加え、恐怖の感情を創作的に表現したものであるが、原告第18記述中の「迫り来る死を…ぞっとする。」は、原告が迫り来る死を目前にした乗客の恐怖を想像すると、恐怖を覚えることに表現上の本質的な特徴があるのに対し、証拠(甲2)によれば、被告第18記述中の「迫りくる死を…想像すると、」は、「迫りくる死を目前にした乗客の恐怖を想像すると、遺族は余計我慢がならなかった。」という記述であることが認められるから、被告第18記述は、原告第18記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているということはできず、被告第18記述を一読しただけでは、その特徴を直接感得することはできないものである。そして、著述の順序もありふれたもので、独創的なものではない。 したがって、被告第18記述は、原告第18記述を複製又は翻案したものということはできない。 (テ) 被告第19記述について 原告第19記述と被告第19記述とは、暑さで腐敗による悪臭がひどく、3000人の自衛隊員たちは、防毒マスクをつけて作業していることが報じられていたこと、愛する者が殺された上、人に嫌われるほど腐敗させられていることを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告を含む遺族の悲しみや怒りの感情を創作的に表現したものであり、被告第19記述は、原告第19記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第19記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第19記述の順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第19記述は、原告第19記述を複製又は翻案したものということができる。 (ト) 被告第20記述について 原告第20記述と被告第20記述とは、未確認遺体が増え、遺体安置所に藤岡女子高校、藤岡工業高校も加わったこと、遺体確認には、指紋と歯のカルテが必要とされたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これらは、事実であり、表現それ自体ではない。そして、著述の順序はありふれたもので、独創的なものではない。 したがって、被告第20記述は、原告第20記述を複製又は翻案したものということはできない。 (ナ) 被告第21記述について 原告第21記述と被告第21記述とは、息子が夕方、戻ってきたこと、ねぎらって弁当を出したが、手をつけなかったこと、幕の内の中のはんぺんのにおいが遺体とそっくりだと言ったこと、息子はその日見たひつぎに入っていた手足や内臓、陥没した遺体について話したこと、どんなに苦しみもがいて死んでいったかと思うことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 息子が夕方、戻ってきたこと、ねぎらって弁当を出したが、手をつけなかったこと、幕の内の中のはんぺんのにおいが遺体とそっくりだと言ったこと、息子はその日見たひつぎに入っていた手足や内臓、陥没した遺体について話したことは、その事実に加え、息子が抱いた嫌悪や恐怖の感情を創作的に表現したものであり、被告第21記述は、原告第21記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、その特徴を直接感得することができるものである。 一方、どんなに苦しみもがいて死んでいったかと思うことは、悲しみの感情を創作的に表現したものであるが、証拠(甲1、2)によれば、前記同一性を有する部分は、原告第21記述が「「どんなに苦しみもがいて死んでいったかと思うと、五二○名は、成仏なんかできるはずがないよ」と彼は言った。」という記述であるのに対し、被告第21記述が「Aは、犠牲者たちがどんなに苦しみもがいて死んでいったかを想像し、夫の死の苦しみを思って涙した。」という記述であることが認められるから、被告第21記述中の「Aは…涙した。」は、原告第21記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているということはできず、被告第21記述を一読しただけでは、その特徴を直接感得することはできないものである。そして、記述の順序もありふれたもので、独創的なものではない。 したがって、被告第21記述中の「Gは夕方…語って聞かせた。」は、原告第21記述中の「夕方、遺体捜しの息子たちが…陥没した頭に」を複製又は翻案したものということができるが、被告第21記述中の「Aは…涙した。」は、原告第21記述を複製又は翻案したものということはできない。 (ニ) 被告第22記述について a 前半部分について 原告第22記述中の「気がつくと…書かれていた。」と被告第22記述中の「Aは…念をおす〉である。」とは、原告は、気づくと、藤棚の下にあった椅子に腰を下ろしたこと、若い男が近づいてきたこと、「ご家族の方ですか」と話しかけられ、「そばにいてください」と言ったこと、誰かに話したかったこと、原告は、夫を捜すために大阪の自宅から送られたズボンの切れ端を持っていたこと、東京新聞に「遺族の述懐」と題した記事が載ったこと、見出しは「飛行機はダメですよ。記者に話相手求め念をおす」であったことを著述している点においておおむね共通し、同一性がある。 原告が、気づくと、藤棚の下にあった椅子に腰を下ろしたこと、若い男が近づいてきたこと、「ご家族の方ですか」と話しかけられ、「そばにいてください」と言ったこと、誰かに話したかったこと、原告は、夫を捜すために大阪の自宅から送られたズボンの切れ端を持っていたことは、その事実に加え、原告が抱いていた寂しさや不安の感情を創作的に表現したものであり、被告第22記述は、原告第22記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第22記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。これに対し、東京新聞に「遺族の述懐」と題した記事が載ったこと、見出しは「飛行機はダメですよ。記者に話相手求め念をおす」であったことは、事実であり、表現それ自体ではない。 被告Bは、原告第22記述の順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記同様、前記の同一性を有する部分は、感情の形容方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 b 後半部分について 原告第22記述中の「体育館の隣に…密葬が行われる。」と被告第22記述中の「〈体育館の隣に…密葬が行われる〉」とは、被告第22記述の最初と最後に「〈」、「〉」の引用記号があることを除き、著述の内容及び順序において共通し、同一性がある。 しかし、これは、新聞記事の引用であり、原告の表現それ自体ではない。 c したがって、被告第22記述中の「Aは、時間の感覚を…聞いて欲しかったのである。」は、原告第22記述を複製又は翻案したものということができるが、被告第22記述中の「翌八月二十日の東京新聞夕刊には…密葬が行われる〉」は、原告第22記述を複製又は翻案したものということはできない。 (ヌ) 被告第23記述について 原告第23記述と被告第23記述とは、16人が夫の火葬に立ち会ったこと、遠地であり、ひつぎに入れるものがなかったことを著述している点において共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告が抱いた悲しみや無念の感情を創作的に表現したものであり、被告第23記述は、原告第23記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第23記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第23記述中の「16人」及び順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第23記述は、原告第23記述を複製又は翻案したものということができる。 (ネ) 被告第24記述について 原告第24記述と被告第24記述とは、「C君の好きだったスコッチウイスキーを遺体にかけてあげよう」と副社長が言い、遺体にウイスキーをかけたこと、その時、すさまじい勢いで白煙が上がったこと、「C君、長い間、会社のために働いてくれてありがとう」と副社長が言い、皆泣いたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、副社長や原告らが抱いた感謝や悲しみの感情を創作的に表現したものであり、被告第24記述は、原告第24記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第24記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第24記述の順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容、強調方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第24記述は、原告第24記述を複製又は翻案したものということができる。 (ノ) 被告第25記述について 原告第25記述と被告第25記述とは、原告は「人の価値はひつぎをおおって定まる」を思い出し、「あなたは立派でした」と紙に書き、ひつぎに入れたこと、これに原告の夫への感謝をこめたことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告が抱いた尊敬や感謝の感情を創作的に表現したものであり被告第25記述は、原告第25記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第25記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 被告Bは、原告第25記述中の「柩のふたを覆って決まる人の価値」及び順序は創作性がないと主張する。しかしながら、前記の同一性を有する部分は、感情の形容方法や言い回しにおいて、原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は、採用することができない。 したがって、被告第25記述は、原告第25記述を複製又は翻案したものということができる。 (ハ) 被告第26記述について 原告第26記述と被告第26記述とは、夫が骨となってこの日の深夜に自宅へ戻ったこと、8月12日に自宅を出て以来、7日と17時間ぶりであったことを著述している点において共通し、同一性がある。 これらは、その事実に加え、原告が抱いた無念さや悲しみの感情を創作的に表現したものであり、被告第26記述は、原告第26記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、被告第26記述を一読しただけで、その特徴を直接感得することができるものである。 したがって、被告第26記述は、原告第26記述を複製又は翻案したものということができる。 ウ 以上のとおりであって、被告各記述は、別紙対比表の当裁判所の判断欄に○と記載された記述において、原告各記述を複製又は翻案したものということができる。 (2) 被告Bは複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を得たか否か ア 被告Bが原告から原告各記述の複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を明示に得たことを認めるに足りる証拠はない。 イ 証拠(甲1、2、6、乙1、2の1及び2、3、4、原告及び被告B各本人)によれば、被告Bは、本件事故が犠牲者の妻や母という女性の視点から語られることが多かったことから、犠牲者の息子という男性の視点から本件事故を著述しようと考えていたところ、原告とCの息子であるGを知り、本件事故に関して原告が著述した「なにか云って」と題する書籍と原告書籍を図書館から借りて閲読した上で、平成22年5月21日、Gに対し、本件事故に関する取材を8時間ほどしたこと、被告Bは、同月24日、取材内容を補強するために、原告に対しても、本件事故に関する取材を3時間ほどしたこと、原告は、本件事故から25年弱が経過するとともに、上記両書籍の著述によって本件事故を自分なりに終結させていたので、当時の状況を思い出せなかったり、上記両書籍や原告に関する放送等を収録したDVD映像の各該当部分を示して説明したりした上、被告Bに対し、上記両書籍とDVD2本を提供したこと、これに対し、被告Bは、原告に対し、原告の説明や上記両書籍や両DVDを基にして正確に著述する旨約束したこと、原告は、同月29日ころ、被告Bに対し、手紙を送り、同月24日の取材で話題になった原告とCが出会った経緯等につき、訂正を申し入れたことが認められる。 前記認定の事実によれば、原告が被告Bに対し原告書籍等を用いて事実の正確な著述をするよう求めたことは窺うことができるものの、さらに進んで、原告が被告Bに対し原告各記述の複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を黙示にしたということはできず、他に被告Bが原告から原告各記述の複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を黙示に得たことを認めるに足りる証拠はない。 (3) 以上によれば、被告Bは、別紙対比表の当裁判所の判断欄に○と記載した被告各記述を不可分的に有する被告書籍の第3章を著述することによって、原告の原告書籍の著作権(複製権又は翻案権)を侵害し、被告集英社は、当該被告各記述を第3章に含む被告書籍を頒布することによって、原告の原告書籍の著作権(譲渡権又は著作権法28条に基づく譲渡権)を侵害するものと認められる。 2 争点A(原告の著作者人格権の侵害の成否)について (1) 原告の氏名表示権の侵害の成否について 被告書籍の第3章は、原告の著作物又はこれを原著作物とする二次的著作物を含むところ、証拠(甲2、6)によれば、被告らは、被告書籍の発行に際し、原告の同意を得ることなく、被告書籍に原告の氏名を著作者名として表示しなかったことが認められるから、被告らは、原告の氏名表示権を侵害するものと認められる。 被告らは、被告書籍の参考文献欄等に原告の氏名を表示したと主張する。証拠(甲2)によれば、被告書籍において、原告の氏名は、あとがき欄には協力者として、参考文献欄には参考文献である原告書籍の著者として、それぞれ表示されていることが認められるが、氏名表示権は、「著作者名として」表示し、又は表示しないこととする権利であるから(著作権法19条1項)、協力者や参考文献の著者として表示されるだけでは足りない。被告らの上記主張は、採用することができない。 (2) 原告の同一性保持権の侵害の成否について 同一性保持権を侵害する行為とは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいう(最高裁昭和51年(オ)第923号同55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁、同平成6年(オ)第1082号同10年7月17日第二小法廷判決・判時1651号56頁各参照)。 被告Bは、別紙対比表の当裁判所の判断欄に○と記載した被告各記述に対応する原告各記述について、単語や文章を加削若しくは置換し、又は順序を入れ替えるなどの方法により、原告の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加えて上記被告各記述を著述し、被告集英社は、当該被告各記述を第3章に含む被告書籍を頒布したから、被告らは、原告の同一性保持権を侵害するものと認められる。 3 争点B(被告らの故意又は過失の有無)について 被告Bは、原告書籍に依拠して被告書籍の第3章を著述したのであって、原告の著作権や著作者人格権を侵害するおそれがあることを容易に予見することができたものであるから、原告の著作権や著作者人格権を侵害しないように著述すべき注意義務があったということができる。また、被告集英社は、前記2(1)のとおり、被告書籍の参考文献欄に原告書籍が掲げられていたのであって、原告の著作権や著作者人格権を侵害するおそれがあることを容易に予見することができたものであるから、原告の著作権や著作者人格権を侵害しないような書籍を発行すべき注意義務があったということができる そうであるにもかかわらず、被告らは、共同して原告の有する前記著作権や前記著作者人格権を侵害したのであるから、被告らには過失がある。 4 争点C(原告の受けた損害の額)について (1) 著作権法114条3項による損害額 2万8560円 弁論の全趣旨によれば、被告書籍は、平成22年8月12日から平成23年10月10日までの間に1万部が販売されたこと、原告各記述の利用料率は、定価の10%が相当であることが認められる。また、証拠(甲2)によれば、原告各記述を複製又は翻案したものと認められる被告各記述は、合計約4.8頁(86行÷18行/1頁)であることが認められ、これは、本文290頁からなる被告書籍の約1.7%に相当する。 そうすると、被告らによる被告書籍の複製又は頒布に係る利用料相当額は、下記計算式のとおり、被告書籍1冊当たり消費税込みで2.856円とするのが相当であるから、原告が著作権の行使につき受けるべき金銭の額は、2万8560円になる。 原告は、被告各記述が被告書籍の中核部分を構成しているから寄与度による減額をすべきでないと主張する。しかしながら、証拠(甲2)によれば、被告書籍は、A家を含む6家族の話で構成されていることが認められるところ、被告各記述が被告書籍の中核部分を構成しているとは認められないから、原告の上記主張は、採用することができない。 また、被告らは、原告から抗議を受け、積極的な販売活動を行うことができず、いまだ利益を受けていないと主張する。しかしながら、被告らが主張する事実を認めるに足りる証拠はないから、被告らの上記主張は、採用することができない。 (計算式)1680円×0.1×0.017=2.856円 2.856円×1万部=2万8560円 (2) 慰謝料 50万円 証拠(甲1、6)によれば、原告は、520名という単独機では史上最大の死者数を出した本件事故に夫が巻き込まれ、離断するとともに焼損して腐敗した遺体の中から夫の遺体を捜し出すという壮絶な体験を経て、遺族として受けた戸惑いや驚がく、悲しみ、恐怖の感情等を原告書籍に著述したことが認められるから、原告が、被告らによる前記著作権や前記著作者人格権に対する侵害行為により、被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄並びに前記財産上の損害賠償だけでは償うことができない程度の精神的苦痛を被ったことは想像に難くない。そこで、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、その精神的苦痛に対する慰謝料の額は50万円とするのが相当である。 (3) 弁護士費用 5万2856円 本件事案の内容、審理経過、前記認容額その他諸般の事情を総合考慮すると、被告らの侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、前記(1)及び(2)の合計額の1割である5万2856円とするのが相当であると認められる。 5 以上に判示したところによれば、前記著作権や前記著作者人格権に対する侵害部分を不可分的に有する第3章(113頁ないし160頁)を含む被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄、損害賠償金58万1416円及びこれに対する共同不法行為の後の日であり、訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成23年10月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。 6 よって、原告の請求を上記の限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、なお、被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄に係る仮執行の宣言は、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 高野輝久 裁判官 志賀勝 裁判官 小川卓逸 (別紙)当事者目録 原告 A 同訴訟代理人弁護士 梓澤和幸 同 大城聡 同訴訟復代理人弁護士 倉地智広 被告 B 同訴訟代理人弁護士 岡田宰 同 広津佳子 同 杉本博哉 被告 株式会社集英社 同訴訟代理人弁護士 一井泰淳 (別紙)書籍目録 題名 風にそよぐ墓標 著者 B 発行所 株式会社集英社 発行年月日 平成22年8月12日 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |