判例全文 line
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【事件名】商標“長浜家”侵害事件
【年月日】平成25年3月6日
 福岡地裁 平成22年(ワ)第3490号他 商標権侵害差止等請求事件

判決


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 被告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告Aと被告との関係では、第1事件について生じた費用は原告Aの、第3事件について生じた費用は被告の各負担とし、原告Bと被告との関係では、第1事件について生じた費用は原告Bの、第3事件について生じた費用は被告の各負担とし、原告会社と被告との関係では、第2事件について生じた費用は原告会社の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
(原告Aの請求)
(1) 被告は、その経営するラーメン店の店舗の看板及び従業員の制服に別紙標章目録記載の標章(以下「被告標章」という。)を使用してはならない。
(2) 被告は、被告標章を付した店舗の看板及び従業員の制服を廃棄せよ。
(3) 被告は、「元祖ラーメンN家」の商号を使用してはならない。
(4) 被告は、別紙登記目録記載の登記中、「元祖ラーメンN家」の商号の抹消登記手続をせよ。
(5) 被告は、原告Aに対し、602万1270円及びこれに対する平成22年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 被告は、原告Aに対し、平成22年7月1日から被告が被告標章の使用を停止するに至るまで、1日当たり4万0945円の割合による金員を支払え。
(7) 上記(5)及び(6)につき、仮執行宣言
(原告Bの請求)
(1) 被告は、原告Bに対し、736万6891円及びこれに対する平成22年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 仮執行宣言
2 第2事件(原告会社の請求)
(1) 被告は、その経営するラーメン店の店舗の看板及び従業員の制服に被告標章を使用してはならない。
(2) 被告は、被告標章を付した店舗の看板及び従業員の制服を廃棄せよ。
(3) 被告は、「元祖ラーメンN家」の商号を使用してはならない。
(4) 被告は、別紙登記目録記載の登記中、「元祖ラーメンN家」の商号の抹消登記手続をせよ。
3 第3事件(被告の請求)
(1) 原告A及び原告Bは、被告に対し、連帯して、440万円及びこれに対する平成24年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 第1事件は、原告Aが、被告は原告Aの有する商標権に係る商標と酷似する被告標章を使用することにより原告Aの商標権を侵害していると主張して、被告に対し、商標法36条1項に基づき、被告標章及び「元祖ラーメンN家」という商号(以下「本件商号」という。)の使用の差止めを、同条2項に基づき、被告標章を付した店舗の看板及び従業員の制服の廃棄並びに本件商号の抹消登記手続を、さらに、不法行為に基づく損害賠償請求として、602万1270円及びこれに対する遅延損害金並びに平成22年7月1日から被告が被告標章の使用を停止するに至るまで1日当たり4万0945円の割合による金員の支払を、それぞれ求めるとともに、原告Bが、原告A及び原告Bが共同で経営するラーメン店の至近距離において被告標章を用いてラーメン店を営業する被告の行為は不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号の不正競争行為に該当すると主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、736万6891円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
 第2事件は、原告A及び原告Bが上記ラーメン店の経営等を目的として設立した株式会社である原告会社が、被告による上記不正競争行為を理由として、被告に対し、不競法3条1項に基づき、被告標章及び本件商号の使用の差止めを、同条2項に基づき、被告標章を付した店舗の看板及び従業員の制服の廃棄並びに本件商号の抹消登記手続を、それぞれ求めた事案である。
 第3事件は、被告が、原告A及び原告Bは共謀の上で被告に対して違法な脅迫、強要行為を行っており、また、原告A及び原告Bが第1事件を提起したことは不当訴訟に該当するなどと主張して、第1事件の反訴として、原告A及び原告Bに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、440万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当裁判所に顕著な事実、当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨から容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告Bは、平成21年12月12日、「元祖ラーメンN家」という屋号のラーメン店(以下「原告店舗」という。)を開業した者であり、原告会社は、平成22年8月2日に飲食店経営等を目的として設立され、同日以降、原告店舗を経営している株式会社である。なお、原告会社の代表取締役としてCが、取締役として原告A及び原告Bが、それぞれ登記されている。
(弁論の全趣旨)
イ 原告Aは、以下の商標権(以下、「本件商標権」といい、本件商標権に係る商標を「本件商標」という。)を有する者である(争いがない。)。
(ア) 登録番号 第5327392号
(イ) 出願年月日 平成22年1月21日
(ウ) 登録年月日 平成22年6月4日
(エ) 商品及び役務の区分 第43類
(オ) 指定役務 ラーメンを主とする飲食物の提供
(カ) 商標 別紙商標目録記載のとおり
ウ 被告は、平成22年4月6日、「元祖ラーメンN家」という屋号のラーメン店(以下「被告店舗」という。)を開業した者である(争いがない。)。
(2) 原告Bが原告店舗を開業するに至る経緯
 原告Bは、昭和56年3月20日から、元祖N屋という屋号のラーメン店(以下「元祖N屋」という。)に勤務していたが、経営者との経営方針に関する見解の相違等を理由として、平成21年8月31日、他の従業員ら(15名程度)とともに元祖N屋を退職した。そして、原告Bは、上記退職者のうちの数名(被告を含む。)の協力の下、新たにラーメン店を立ち上げることとし、平成21年12月12日、原告店舗の営業を開始した。被告は、原告店舗の開業準備に当たり、取引業者の選定等の業務を行った。
 なお、原告店舗は、平成22年5月に移転する前の元祖N屋から見て、道路を挟んで斜め向かい側の位置にあり、原告店舗と元祖N屋との距離は直線で約34メートルある。
(乙11、乙14、乙20、乙41、原告B本人、弁論の全趣旨)
(3) 原告Bと被告の間における覚書
 原告Bは、平成21年12月26日、被告との間において、@原告Bは、被告が「元祖N家」という屋号のラーメン店を開店し営業することについて、一切の異議申立てや損害賠償の請求をしない旨を記載した覚書(乙1、以下「本件覚書@」という。)及びA被告は、原告Bが「元祖N家」という屋号のラーメン店を営業していることについて、一切の異議申立てや損害賠償の請求をしない旨を記載した覚書(甲10、以下「本件覚書A」といい、本件覚書@と併せて「本件各覚書」ということがある。)を取り交わした(争いがない。)。
(4) 被告による被告店舗の開業
 被告は、平成22年3月30日、本件商標と酷似する被告標章を使用した看板を被告店舗に掲げ、同年4月6日から被告店舗の営業を開始した。被告は、被告標章がプリントされたTシャツを被告店舗の従業員の制服として使用するとともに、「元祖ラーメンN家」という名称を被告店舗の商号として登記し、使用している。
 なお、被告店舗は、原告店舗から見て、道路を挟んで斜め向かい側の位置にあり、被告店舗と原告店舗との距離は直線で約100メートルある。
(被告店舗の商号の登記については、甲2。被告店舗と原告店舗の位置関係については、乙20及び弁論の全趣旨。その余は、争いがない。)
(5) 原告Bによる解除の意思表示
 原告Bは、被告に対し、平成22年6月8日に開催された原告Bと被告の間における福岡地方裁判所平成22年(ヨ)第a号仮処分申立事件の第5回審尋期日において、本件覚書@は被告に対して無条件に「元祖ラーメンN家」という名称、表示、看板等の使用を許諾したものではなく、上記表示等に付随して存在する原告Bの信用を失墜せしめないという信義則上の義務を被告は負っているところ、同年6月4日に覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されるなどしたことにより、被告が上記信義則上の義務に違反したことは明らかであるとして、債務不履行に基づき、本件覚書@に基づく契約を解除する旨の意思表示をした。
 また、原告Bは、被告に対し、同月17日、上記解除の意思表示を記載した通告書(甲12の1)を改めて送付した。
(甲12の1及び2、弁論の全趣旨)
(6) 原告A及び原告Bによる本件訴訟の提起
 原告A及び原告Bは、平成22年7月20日、前記1のとおりの本件訴訟(第1事件)を提起した(当裁判所に顕著な事実)。
3 争点
(1) 原告Aの被告に対する商標法36条1項及び2項に基づく請求について(第1事件)
ア 原告Aによる本件商標の使用許諾の有無
イ 原告Aによる本件商標権の行使が信義則違反又は権利濫用に当たるか否か
ウ 本件商標が無効審判により無効にされるべきものであるか否か
(2) 原告A及び原告Bの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求について(第1事件)
ア 不法行為の成否
イ 損害発生の有無及びその額
(3) 原告会社の被告に対する不競法3条1項及び2項に基づく請求について(第2事件)
ア 原告会社の商品等表示の有無
イ 原告会社の商品等表示の周知性の有無
ウ 原告会社による本件商標の使用許諾の有無
エ 原告会社による不競法違反の主張が信義則違反又は権利濫用に当たるか否か
オ 被告の先使用権の有無
(4) 被告の原告A及び原告Bに対する不法行為に基づく損害賠償請求について(第3事件)
ア 不法行為の成否
イ 損害発生の有無及びその額
4 争点に対する当事者の主張
(1) 原告Aの被告に対する商標法36条1項及び2項に基づく請求について(第1事件)
ア 原告Aによる本件商標の使用許諾の有無
【被告の主張】
(ア) 原告Bは、平成21年12月25日ころ、被告に対し、被告が「元祖ラーメンN家」という商標を使用して、原告店舗の近くでラーメン店を営業することを許諾した(以下「本件許諾」という。)。
 原告Aは、本件覚書@に「元祖N家」という名称の使用を許諾する旨が記載されていることをもって、原告Bは被告に対して「元祖N家」という名称の使用は許諾したが、「元祖ラーメンN家」という名称の使用は許諾していないと主張する。しかし、本件覚書Aには、原告Bが「元祖N家」という屋号のラーメン店を営業している旨が記載されているところ、その当時、原告Bが経営していたのは「元祖ラーメンN家」という屋号の原告店舗だけであったことなどからすると、原告Bは、本件許諾の当時、「元祖N家」と「元祖ラーメンN家」を全く区別していないといえる。したがって、原告Bが、被告に対し、「元祖ラーメンN家」という名称の使用を許諾していたことは明らかであり、原告Aの上記主張には理由がない。また、本件覚書@には、被告が新たに開業する店舗と原告店舗との距離等について、限定する旨の記載はなく、他にこれをうかがわせる事情もない。
(イ) そして、原告Bは、他人である原告Aに本件商標を登録させ、原告Aを通じて被告に対して本件商標権を行使することによって、本件許諾の効力を失わせるという不当な目的の下に、正常な共同経営の関係にはない原告Aと通謀又は協力して、原告Aに本件商標を登録させている。このような通謀又は協力関係が存在する以上、原告Bと原告Aは信義則上同視されるべきであり、原告Bによる本件許諾は、原告Aによる本件商標の使用許諾と同視されるべきである。
 また、仮に、原告Bと原告Aとの間に正常な共同経営の関係があった場合、原告Aは、共同経営者である原告Bが行った本件許諾の内容を実現するため、被告に対して本件商標の使用を許諾する必要があるから、原告Bと同様、当然に平成21年12月25日に本件商標の使用を許諾していることになる。
 さらに、原告Aが、本件各覚書を確認した後も、作ったものは仕方ないという程度の認識しか有しておらず、被告に対し、異議を述べたり、訂正の提案をしたりしていないことなどからすれば、原告Aが、被告による本件商標の使用について許諾していたことは明らかである。
(ウ) なお、原告Aは、被告が違法薬物を使用し、原告店舗の屋号に対する信用を失墜させないという本件許諾に付随する信義則上の義務に違反したため、原告Bは本件許諾を解除したと主張する。しかし、本件覚書@において、被告の違法薬物使用の事実は解除事由として定められておらず、民法上も解除事由とされていない。また、被告が違法薬物を使用し、執行猶予付きの有罪判決を受けたという事実によって、原告B及び原告店舗の信用、評判が下がる可能性はないから、契約目的達成に重大な影響を与える状況が全くなかったことは明らかである。したがって、被告に要素たる債務の不履行は全く存在しないから、いわゆる信義則上の付随義務違反を理由として、原告Bが本件許諾を解除した旨の原告Aの上記主張には理由がない。
【原告Aの主張】
(ア) 原告Bが、「元祖ラーメンN家」の商標を使用して、原告店舗の近辺でラーメン店を営業することを許諾した事実はない。原告Bは、本件各覚書の記載のとおり、被告に対し、「元祖N家」という屋号を使用することは認めたが、「元祖ラーメンN家」という屋号の使用を認めたことは断じてない。被告は、本件覚書A(甲10)の記載を根拠に、「元祖ラーメンN家」という屋号の使用の許諾があったと主張するが、本件覚書Aは、本件覚書@(乙1)と異なり、原告Bが被告と手を切りたいという趣旨で作成されたものであり、屋号使用の許諾に係るものではないから、被告の上記主張は失当である。被告は、「元祖ラーメンN家」の成功を目の当たりにし、原告Bから「元祖N家」という屋号の使用許諾を得ていたことを奇貨として、「元祖ラーメンN家」という屋号の使用についても許諾を得たと強弁しているにすぎない。
 また、原告Bは、被告に対し、原告店舗の近くで開店してもよいとは言ったが、至近距離での開店を許容していたものではなく、当然合理的な距離を空けることを予定していた。本件覚書@には距離制限に関する記載はないが、その作成当時、原告Bと被告との間には深い確執があったことなどからすれば、上記距離制限が黙示的に含まれていることは明らかである。そうであるにもかかわらず、被告は、同じN地区にあり、原告店舗からすぐに見える程度の距離しか離れていない場所に被告店舗を開店しているから、本件許諾の効果は及ばないというべきである。
(イ) 原告Aと原告Bは明らかに別人格であり、これを同一視する法理は存在しない。両者は信義則上同視されるべきであるという被告の主張は、独自の見解に基づくものであり、到底認められるものではない。
(ウ) なお、仮に、原告Bが本件許諾をしたとしても、被告は覚せい剤の自己使用という反社会的な事実で有罪判決を受けたため、原告Bは、本件許諾を解除した。すなわち、本件許諾は、社会的に周知され、ラーメン店として高い評判を得ている原告Bの「元祖ラーメンN家」という商号の使用を被告に認めるものであるから、その内容として、被告は、原告Bが築き上げてきた上記商号に対する信用を失墜させない信義則上の義務を有する。にもかかわらず、被告は、覚せい剤の自己使用という反社会的な事実で有罪判決を受け、上記信義則上の義務に違反し、原告Bとの信頼関係を破壊した。そこで、原告Bは、被告に対し、被告の上記信義則違反及び信頼関係が破壊されたことに基づく債務不履行を理由として、本件許諾を解除する旨の意思表示をしたものである。
イ 原告Aによる本件商標権の行使が信義則違反又は権利濫用に当たるか否か
【被告の主張】
 仮に、原告Aによる本件商標の使用に関する許諾が存在しなかったとしても、上記のとおり、原告Bは、他人である原告Aに本件商標を登録させ、原告Aを通じて被告に対して本件商標権を行使することによって、本件許諾の効力を失わせるという不当な目的の下に、正常な共同経営の関係にはない原告Aと通謀又は協力して、原告Aに本件商標を登録させたものであるから、信義則上、原告Aは原告Bと同視されるべきである。
 そうすると、原告Bが本件許諾をしているにもかかわらず、原告Aが、形式的に原告Bと別の法人格であることを奇貨として、被告に対し、本件商標権に基づく請求をすることは、明らかな自己矛盾の行為であり、信義則(禁反言の原則)に反すると同時に、正義に著しく反し、権利を濫用するものであるといえる。
【原告Aの主張】
 原告Bは、経営に関して知識を持ち合わせていなかったため、それを補う形で原告Aが原告店舗の共同経営者となったものである。そして、原告Aは、平成21年9月ころから本件商標を商標登録する必要があると考えていたが、原告Bがラーメンの調理等に忙殺されており、同人名義で商標登録の出願をする時間的余裕が全くなかったため、原告Aが出願をしたにすぎない。また、原告Bはラーメン調理や接客を担当し、原告Aはその他経営に関する環境整備事項を分担しており、原告Aはその分担に従って本件商標の登録をしたのであって、原告Aが本件商標の登録を出願したことに関し、何ら不自然な点は存在しない。
 また、一般に、いつ商標登録の出願を行うかは出願者の自由であるし、原告Aは、本件商標の出願時に本件各覚書が作成されていたことを知っていたが、本件各覚書に記載された「元祖N家」と本件商標の「元祖ラーメンN家」は異なるものだと考えていた。したがって、本件商標について登録を出願することが、本件各覚書の効力を潜脱するための手段となることを認識してはいなかった。また、原告Aは、本件商標の出願時、被告がどのようなデザインの看板を掲げるのかを知らなかった。このように、原告Aには、被告による「元祖ラーメンN家」の使用を妨害する意図を抱く端緒すらなかったのである。
 以上の事情からすれば、原告Aの被告に対する本件商標権の行使は、正当なものであり、信義則違反又は権利濫用に当たらないことは明らかである。
ウ 本件商標が無効審判により無効にされるべきものであるか否か
【被告の主張】
(ア) 商標法3条1項4号について
 本件商標の「元祖ラーメンN家」のうち、「元祖」は、それ自体では自他役務識別標識としての機能を果たし得ない、単なる付記的表示であり、「ラーメン」は、提供される主たる飲食物の品目の普通名称である。そして、「N家」は、ご当地ラーメンである「Nラーメン」の発祥の地として全国的に有名なN地区を指す地理的名称の「N」と、一般的に屋号、家号の略称として使用される「家」を結合したものにすぎない。
 したがって、本件商標は、ありふれた名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成る商標であり、自他役務識別標識としての機能を果たし得ないものであるから、商標法3条1項4号に該当し、商標登録をすることができないものであることは明らかである。
(イ) 商標法3条1項6号について
 本件商標の重要部分である「N家」は、役務の質等を表示する「N」に、屋号の略称たる「家」を付したものであって、単にNラーメンが提供されるラーメン店という役務の質及び役務の提供場所等を表示しているにすぎない。したがって、本件商標は、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標であることは明らかであり、商標法3条1項6号に該当し、登録することができないものである。
(ウ) 商標法4条1項8号について
 本件商標の出願前から、東京都八王子市及び神奈川県横浜市に「N家」というラーメン店が存在しており、インターネット上の検索エンジンを用いた検索の結果等によれば、これらの知名度は非常に高いといえるから、本件商標が他人の著明な略称に当たることは明らかである。そして、原告Aは、本件商標の登録を行うに当たって上記各「N家」の使用者から承諾を得ていないから、本件商標は、商標法4条1項8号に該当するといえ、商標登録を受けることができないものである。
(エ) 以上のとおり、本件商標は、商標法3条1項4号及び6号並びに同法4条1項8号に該当し、商標登録を受けることができないものであるから、無効審判により無効とされるべきものであることは明らかである。したがって、商標権者である原告Aは、被告に対し、本件商標権を行使することはできない(商標法39条、特許法104条の3第1項)。
【原告Aの主張】
(ア) 商標法3条1項4号について
 本件商標は、上段の「元祖ラーメン」と下段の「N家」とでは、その文字の大きさが著しく異なる。この点が、本件商標の際だった特徴の一つである。また、白地の背景の上に、他の文字が黒色で記載されている中、「ラーメン」の文字だけが赤色文字で記載されるという絶妙な調和により本件商標は成立しており、この点が、見る者をして、原告店舗で供されるラーメンを想起させるのである。したがって、本件商標には、自他識別能力が十分に備わっている。
 仮に、本件商標を構成する各要素がありふれた名称であるとしても、商標法3条1項4号に該当するか否かは、当該商標を全体的に観察して決せられなければならない。そうすると、「元祖ラーメンN家」という名称は、インターネット上の検索エンジンによる検索によれば、原告店舗及び被告店舗を除いて他にないのであるから、本件商標がありふれているということはできない。
 したがって、本件商標は、商標法3条1項4号に該当しない。
(イ) 商標法3条1項6号について
 本件商標は、一体不可分の屋号として認識されるべきものであり、「N」が地名として理解される場合があったとしても、「N家」の文字に自他識別能力が認められないということにはならない。そして、本件商標の名称、文字の大きさ及び色からすれば、本件商標に自他識別能力が備わっていることは、上記(ア)のとおりである。
 したがって、本件商標は、商標法3条1項6号に該当しない。
(ウ) 商標法4条1項8号について
 東京都八王子市と神奈川県横浜市に存在するラーメン店「N家」は、いずれも著名性が認められないから、本件商標が他人の著明な略称であるということはできない。
 したがって、本件商標は、商標法4条1項8号に該当しない。
(エ) 以上のとおり、本件商標は、商標法3条1項4号及び6号並びに同法4条1項8号に該当しないことは明らかである。なお、被告は、平成23年7月22日、特許庁に対し、本件商標登録を無効とする旨の審決を求めて審判の請求をしたが、その請求は退けられている。
(2) 原告A及び原告Bの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求について
(第1事件)
ア 不法行為の成否
【原告A及び原告Bの主張】
(ア) 被告は、本件商標に極めて酷似する被告標章を使用した看板を被告店舗に掲げ、被告標章をプリントした制服を使用し、「元祖ラーメンN家」という商号で被告店舗を営業し、原告Aの本件商標権を侵害している。
(イ) また、被告の上記行為は、需要者の間に広く認識されるに至っている本件商標と極めて酷似する被告標章を使用することにより、消費者をして、被告店舗は原告店舗と営業主体が同一である又は原告店舗の2号店が被告店舗であると誤認させ、混同を生じさせるものであるから、不競法2条1項1号の不正競争に該当するものである。そして、被告は、上記不正競争により、原告店舗の売上げを減少させるなどして原告Bの営業上の利益を侵害している。
(ウ) 原告Bは、被告に対し、「元祖ラーメンN家」という屋号の使用を許諾していない。仮に、これを許諾していたとしても、被告が覚せい剤の自己使用という反社会的な事実で有罪判決を受けたことにより、原告Bは、上記使用許諾を解除している。
 また、原告Aは、原告Bと共同経営の関係にあり、原告Aが本件商標の登録を行ったこと及びその時期等について、何ら不自然な点はない。
 したがって、原告A及び原告Bによる本件損害賠償請求が、信義則違反又は権利濫用に当たるということはできない。
【被告の主張】
(ア) 原告Bは、被告に対し、「元祖ラーメンN家」の商標を使用して、原告店舗の付近でラーメン店を営業することを許諾(本件許諾)しているから、被告による不法行為は成立しないというべきである。
 原告Bは、本件許諾の解除を主張するが、被告には解除事由となり得る債務不履行はなく、原告Bの主張には理由がない。
 仮に、本件許諾が存在しないとしても、本件各覚書を締結するに至る経緯等からすれば、原告Bの不法行為に基づく損害賠償請求は、信義則(禁反言の原則)違反又は権利濫用に当たり、許されない。
(イ) 原告Aは、原告Bと通謀し、本件許諾の効果を潜脱するという不当な目的の下に本件商標の登録を行っているから、原告Bによる本件許諾は、信義則上、原告Aによる本件商標の使用許諾と同視されるべきである。
 仮に、これが認められないとしても、原告Bが本件許諾をしているにもかかわらず、原告Aが、形式的に原告Bと別の法人格であることを奇貨として、被告に対し、本件商標権に基づく請求をすることは、信義則(禁反言の原則)に反すると同時に、正義に著しく反し、権利を濫用するものであり、許されない。
イ 損害発生の有無及びその額
【原告A及び原告Bの主張】
(ア) 原告Bの損害
 原告店舗は、開店後からその知名度を高めていき、順調に売上げを伸ばしていたが、被告店舗の開店により、不当に客を奪われた。被告店舗の開店前の原告店舗の1日平均の売上げは約74万円であったが、被告店舗開店後の1日平均の売上げは約55万円にとどまっており、1日当たり約19万円売上げが減少している。したがって、被告店舗が開店した平成22年4月6日から同年8月2日までに確定した原告店舗の利益減少額(売上減少額19万円×117日×原告店舗の利益率43.1%=958万1130円)につき、原告A及び原告Bの損害を等分した479万0565円が、原告店舗の利益の減少に係る原告Bの損害となる。
 また、原告A及び原告Bは、被告による本件商標の不正使用によって、消費者から被告店舗との関係について幾度も問合せを受けたり、不本意にもインターネット上で被告店舗が原告店舗の2号店と紹介されたりしたため、精神的苦痛を被った。このような原告A及び原告Bの精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料は、それぞれ100万円を下らない。
 さらに、原告A及び原告Bは、被告の商標権侵害行為及び不競法違反行為の差止め及び損害賠償請求等を弁護士に委任せざるを得なかったものであり、本件訴訟の訴額及び難易等を考慮すると、弁護士費用300万円を損害と認めるのが相当である。
 以上のとおりであるから、原告店舗の利益の減少に係る原告Bの損害に上記慰謝料100万円及び弁護士費用のうち原告Bの按分額150万円を加えた729万0565円及びこれに対する遅延損害金が、原告Bの損害の合計額となる。
(イ) 原告Aの損害
 被告店舗が開店した平成22年4月6日から同年6月30日までの86日間の原告店舗の利益減少額(売上減少額19万円×86日×原告店舗の利益率43.1%=704万2540円)につき、原告A及び原告Bの損害を等分した352万1270円、及び、同年7月1日から被告が被告標章の使用を停止するに至るまで1日当たり4万0945円(売上減少額19万円×原告店舗の利益率43.1%×1/2)の割合による金員が、原告店舗の利益の減少に係る原告Aの損害となる。
 そして、これに上記慰謝料100万円及び弁護士費用のうち原告Aの按分額150万円を加えた602万1270円及びこれに対する遅延損害金並びに同年7月1日から被告が被告標章の使用を停止するに至るまで1日当たり4万0945円の割合による金員が、原告Aの損害の合計額となる。
【被告の主張】
 原告A及び原告Bの上記主張は、争う。
 原告店舗の近くにおいて、平成22年5月10日に元祖N屋がリニューアルオープンしている上、被告店舗の隣に新たに「名物元祖NラーメンN屋台」という名称のラーメン店がオープンしており、同月ころから、被告店舗の売上げも減少していることなどからすると、原告店舗の売上げ減少は、被告店舗の開業が影響したものではないというべきである。
(3) 原告会社の被告に対する不競法3条1項及び2項に基づく請求について(第2事件)
ア 原告会社の商品等表示の有無
【原告会社の主張】
 原告店舗の屋号である「元祖ラーメンN家」は、原告会社の営業を示すものであり、不競法2条1項1号の商品等表示に当たることは明らかである。
【被告の主張】
 原告Bが、原告Aに対し、原告店舗の営業権を譲渡しているのであれば、「元祖ラーメンN家」という表示は、不競法2条1項1号にいう原告Bの商品等表示ではないということになる。そして、原告Bによる原告会社に対する営業譲渡は、二重譲渡となり無効である。したがって、「元祖ラーメンN家」という表示は、原告会社の商品等表示ではないことになる。
 仮に、原告Bが原告Aに原告店舗の営業権を譲渡していないとしても、原告Aは、「元祖ラーメンN家」という本件商標の登録を受け、本件商標権が自己に帰属することを主張しているから、「元祖ラーメンN家」という表示は、原告会社の表示ではないことになる。
イ 原告会社の商品等表示の周知性の有無
【原告会社の主張】
 他人の周知な商品等表示と同一又は類似する表示を使用して、需要者に混同を生じさせることにより、当該表示により培われた他人の信用にただ乗りして顧客を獲得することを防止するという不競法2条1項1号の趣旨からすれば、混同の危険があれば救済されるべきであるから、周知性の意義は広く解されるべきである。
 本件において、「元祖ラーメンN家」という表示には、被告による商標登録の異議申立てが棄却されたことからも明らかなように、自他役務識別能力があり、原告A及び原告Bが「元祖ラーメンN家」という屋号を用いて原告店舗を開店してから約3年が経過し、この間、原告会社は、着実に営業規模を拡大し、積極的にタクシーや駅付近案内図に広告を出すなどしている。その上、本件訴訟に関する多数の報道がされるなどしていることなどからすれば、「元祖ラーメンN家」という名称が周知性を獲得していることは明らかである。
【被告の主張】
 そもそも「元祖ラーメンN家」という表示は、需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができない商標であるから、このような表示に顕著性がないことは明らかである。また、原告店舗の営業期間は短く、規模も市場占有率も小さい上、原告会社による原告店舗に関する広告は宣伝効果の乏しいものである。さらに、原告店舗に関する記事が新聞やインターネットに掲載されている程度では、原告店舗が周知性を有しているということはできない。
ウ 原告会社による本件商標の使用許諾の有無
【被告の主張】
 原告会社の取締役である原告B又は原告Aによる本件商標の使用許諾が存在している以上、信義則上、原告会社の許諾もあったというべきである。したがって、原告会社による不競法違反の主張は、全く理由がないというべきである。
【原告会社の主張】
 原告Bは、被告に対し、「元祖N家」という屋号の使用は許諾したが、本件商標である「元祖ラーメンN家」という屋号の使用の許諾(本件許諾)はしていない。したがって、原告Bが、本件許諾をしたことを前提とする被告の上記主張には理由がない。
 仮に、原告Bが本件許諾をしたとしても、被告が覚せい剤の自己使用という反社会的な事実で有罪判決を受け、上記商号に対する信用を失墜させないという本件許諾に付随する信義則上の義務に違反し、原告Bとの信頼関係を破壊したため、原告Bは、本件許諾を解除した。
エ 原告会社による不競法違反の主張が信義則違反又は権利濫用に当たるか否か
【被告の主張】
 原告会社の取締役である原告Bによる本件許諾が存在しているにもかかわらず、原告会社が、形式的に原告Bと別の法人格であることを奇貨として、被告に対し、不競法違反を理由とする請求をすることは、明らかな自己矛盾の行為であり、信義則(禁反言の原則)に反すると同時に、正義に著しく反し、権利を濫用するものであるといえる。
【原告会社の主張】
 原告Bは、被告に対し、「元祖N家」という屋号の使用を許諾したが、「元祖ラーメンN家」という屋号の使用を許諾したことはない。そうであるにもかかわらず、被告は、「元祖ラーメンN家」という表示で被告店舗の営業を行った結果、消費者や取引業者をして原告店舗との混同を生じさせており、これが不競法に違反することは明らかである。したがって、原告会社の権利行使は正当なものであり、信義則違反又は権利濫用には当たらない。
オ 被告の先使用権の有無
【被告の主張】
 原告会社は、平成23年5月20日をもって、「元祖ラーメンN家」という表示が周知性を獲得したと主張するようであるが、被告は、平成22年4月6日から「元祖ラーメンN家」という商号を使用して、被告店舗の営業を開始している。そして、被告に不正の目的がないことは明らかであるから、被告には、不競法19条の先使用権が成立する。
【原告会社の主張】
 被告の上記主張は、争う。
(4) 被告の原告A及び原告Bに対する不法行為に基づく損害賠償請求について
(第3事件)
ア 不法行為の成否
【被告の主張】
(ア) 原告A及び原告Bは、共謀の上、平成22年3月9日、原告Aにおいて、被告に対し、武力を行使するとの威嚇を行って、「元祖ラーメンN家」という本件商標の使用の中止を要求した。このような行為は、被告に対しその生命、身体等に対し害を加える旨を告知するものであり、違法な脅迫、強要行為であるから、共同不法行為(民法719条1項)を構成するというべきである。
(イ) 原告Bは、被告に対し「元祖ラーメンN家」の屋号を使用して原告Bの店舗の付近でラーメン店を経営することを許諾したにもかかわらず、不当にも、被告が「元祖ラーメンN家」の商標を使用できないようにするために本件訴訟を提起した。これは、故意に、自らの行為と矛盾する行為を行って、違法に被告に損害を与えるものであり、不法行為に当たる。また、原告Aについても同様である。そして、原告A及び原告Bは、本件訴訟を提起するに当たり共謀しているから、共同不法行為に該当する。
【原告A及び原告Bの主張】
(ア) 原告Aは、被告に対し、「武力で行使する」と発言したのは、被告が原告Aを嘲笑するような言動をしていたからである。原告Aは、被告に対し、本件商標に関する問題について、話合いを求めていたが、被告から小馬鹿にされ、冷静さを失い、図らずも上記発言をしてしまったものであり、これは売り言葉に買い言葉の域を出ないものであるから、不法行為を構成するような違法性を帯びるものでないことは明らかである。
(イ) 訴えの提起が違法な行為になるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利等が根拠を欠くものであることにつき提訴者が悪意・重過失である場合など、訴え提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。
 原告A及び原告Bは、商標権又は不競法に基づき訴えを提起しており、確たる法的根拠に基づくものである。また、原告A及び原告Bは、本件覚書@の法的解釈を争っているのであり、被告が主張するような自己矛盾行為は何ら認められない。したがって、原告A及び原告Bによる本件訴訟の提起が、裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められることなどあり得ず、被告の上記主張は、的外れなものである。
イ 損害発生の有無及びその額
【被告の主張】
(ア) 被告は、原告A及び原告Bによる上記強要行為により、多大な精神的苦痛を受けたのであり、これによる被告の損害を金銭的に評価すると200万円を下らない。
(イ) また、被告は、不当な本件訴訟を提起するという原告A及び原告Bの行為により、多大な精神的苦痛を受け、うつ病を患った。これによる被告の損害を金銭的に評価すると200万円を下らない。
(ウ) そして、これらの共同不法行為に基づく損害賠償請求を追行するための弁護士費用は、上記損害の合計額の10%である40万円を下らない。
【原告A及び原告Bの主張】
 被告の上記主張は、争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
(1) 原告店舗の開業等
 前提事実(2)のとおり、原告Bは、平成21年8月31日に元祖N屋を退職後、同時に元祖N屋を退職した被告らとともに原告店舗の開業の準備に当たり、同年12月12日に原告店舗を開業したところ、開業のための資金は、すべて原告Bが自らの名義で銀行等から融資を受けるなどして準備したものであり、原告店舗に係る不動産の賃貸借契約も、原告Bの名義で締結された。
 また、原告Bは、同年10月16日、福岡市中央保健所長に対し、営業所の名称、屋号又は商号を「元祖ラーメンN家」として、原告店舗における飲食店営業の許可を求める旨の申請をしたところ、同所長から、同年12月4日付けでこれを許可する旨の処分を受けた。
(甲32、原告B本人、弁論の全趣旨)
(2) 本件各覚書を作成するに至る経緯等
 被告は、平成21年12月12日から原告店舗において勤務していたが、原告Bとの間で、原告店舗の売上金の管理等をめぐってトラブルとなった。同月25日、被告が原告Bに対して原告店舗の帳簿を見せるように求めるなどしたところ、原告Bは、被告に対し、そんなに帳簿を見たいのであれば、店の名前を使っていいから、近くにラーメン店を出して自分で経営すればいい旨の発言をした。
 これを受けた被告は、翌26日、前提事実(3)のとおりの記載のある本件覚書@(乙1)を持参し、原告Bに対し、口約束では信用できないから書面を作成して欲しい旨を述べて本件覚書@への署名・押印を求めたところ、原告Bは、これに応じて本件覚書@に署名・押印した。
 他方、原告Bが、被告に対し、被告が原告Bに対して原告店舗の営業に関するクレーム等を言わないことを約する書面も作成して欲しいと要求したため、被告は、本件覚書@の記載のうち、「「元祖N家」という屋号のラーメン店を開店し営業すること」とある部分を「「元祖N家」という屋号のラーメン店を営業していること」と訂正するなどした書面を作成し、これに被告及び原告Bが署名・押印して、前提事実(3)のとおりの本件覚書A(甲10)が作成された。
 なお、本件覚書@作成当時、原告Bが経営していたラーメン店は原告店舗のみであり、また、本件覚書@を作成する際、原告Bが、被告に対し、被告が開業する店舗の屋号及び原告店舗との距離について、何らかの制限を加える趣旨の発言をすることはなかった。
(乙11、乙14、原告B本人、被告本人、弁論の全趣旨)
(3) 原告Aによる本件商標の商標登録の出願等
ア 被告は、前記(2)のとおり、原告Bとの間で本件各覚書を取り交わした後、被告店舗開業のための準備に着手し、平成21年12月末ころには、被告店舗の入るテナントを見つけるなどした。一方、原告Bは、平成22年1月初めころ、被告が原告店舗の近くにラーメン店を出そうとしていることを知った。
(乙14、被告本人、弁論の全趣旨)
イ 原告Aは、平成22年1月初旬から中旬ころ、原告Bから話を聞くとともに本件各覚書を確認し、原告Bと被告の間において、前提事実(2)のとおりの本件各覚書が取り交わされたこと、及び、そのことについて原告Bが後悔していることを知った。
 原告Aは、同月21日、本件商標について、自らの名義で商標登録の出願をしたところ、同年6月4日、前提事実(1)イのとおりの本件商標の登録を受けた。なお、上記商標登録に必要な費用は、原告Bが拠出した。
(甲3、甲27、原告B本人、原告A本人、弁論の全趣旨)
(4) 原告Aによる被告に対する警告等
ア 原告Aは、平成22年3月9日、被告と電話で会話した際、本件覚書@を締結したのは原告Bであり、原告店舗の名義は原告Aになっているから、その効力は及ばない旨を述べるなどして、被告に対し、原告店舗の屋号を使用しないように求めた。その際、原告Aは、原告店舗への立入りを禁ずる旨を申し向けたところ、被告がこれに納得せず、その理由を説明するように求めるなどしたため、被告に対し、「力ずくで武力行使するぞ。」などと発言した。
(甲27、乙11、乙18の1及び2、原告A本人、被告本人、弁論の全趣旨)
イ 原告Aは、平成22年3月19日、被告が「元祖N家」という商号を使用することは、原告Aの商標権の侵害となり、不競法にも違反することとなるため、上記商号を用いてラーメン店の営業を開始しないよう警告する旨、及び、これに応じない場合には法的措置を取る旨、などを記載した警告書(乙16)を、その代理人(弁護士)を通じて被告に送付した(乙16、弁論の全趣旨)。
2 原告Aの被告に対する商標法36条1項及び2項に基づく請求について(第1事件)
(1) 争点(1)ア(原告Aによる本件商標の使用許諾の有無)について
ア 被告は、原告Bが被告に対して「元祖ラーメンN家」という屋号の使用の許諾(本件許諾)をしており、原告Aは、本件許諾の効力が及ぶのを免れるという不当な目的の下、原告Bと通謀して、自己の名義で本件商標の登録を受けているから、原告Bと原告Aは同視されるべきであり、したがって、原告Bによる本件許諾は、原告Aによる本件商標の使用許諾と同視されるべきであると主張する。
イ(ア) そこでまず、原告Bによる本件許諾の存在が認められるか否かについて検討するに、前記1(2)のとおり、原告Bは、被告に対し、店の名前を使っていい旨を告げているところ、その当時原告Bが経営していたラーメン店は原告店舗のみであったことからすると、原告Bの上記発言は、被告に対し、原告店舗において原告Bが現に使用している「元祖ラーメンN家」という屋号の使用を許諾したものと捉えるのが自然である。したがって、原告Bによる本件許諾があったことが認められる。
(イ) この点、原告Aは、本件覚書@の記載のとおり、原告Bは被告に対して「元祖N家」という屋号の使用を許諾したものであり、「元祖ラーメンN家」という屋号の使用は許諾していないと主張する。
 確かに、前提事実(3)のとおり、本件覚書@には「元祖ラーメンN家」ではなく「元祖N家」と記載されている。しかしながら、両者は「ラーメン」という文字の有無に違いがあるにすぎない上、原告B及び被告が、本件覚書@を作成するに当たり、「元祖N家」と「元祖ラーメンN家」を意識的に区別していたことをうかがわせる資料は見当たらない。かえって、前記1(2)のとおり、本件覚書@は、前記(ア)のとおりの意味に捉えることができる原告Bの発言を受けた被告が、その存在及び内容を明確にするためにその文面を考案したものであることや前提事実(3)及び前記1(2)のとおりの本件覚書Aの記載内容及びその作成経緯からすると、原告B及び被告は、原告店舗が現に使用している屋号は「元祖N家」であると認識していたことがうかがわれる。これらの事情を踏まえると、原告B及び被告は、本件覚書@を作成する際、原告Bが原告店舗において現に使用している屋号を示すものとして「元祖N家」という表示を用いたことが認められるというべきである。
 したがって、原告Aの上記主張は、これを採用することができない。
(ウ) また、原告Aは、原告店舗の至近距離において被告がラーメン店を営業することを原告Bは許容していたものではなく、当然合理的な距離を空けることを予定していたと主張する。
 しかしながら、前記1(2)並びに証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば、原告Bは、被告に対し、原告店舗の近くにラーメン店を出すことを勧める趣旨の発言をしているところ、本件覚書@には、原告店舗と被告が開業するラーメン店の距離について何らかの制限を設ける旨の記載はないことが認められ、本件証拠上、原告Bと被告の間で、その旨の会話がされたこともうかがわれない。これに加えて、前提事実(2)のとおり、原告Bは、元々勤務していた移転前の元祖N屋から見て、道路を挟んだ斜め向かい側、直線距離で約34メートルの位置に原告店舗を開業しており、原告店舗の開業に携わった被告は当然このことを知っていたと考えられる。これらの事情を踏まえると、原告Bの内心は別として、外部に表示された当事者の意思を合理的に解釈すれば、原告Bと被告の間において、移転前の元祖N屋よりも原告店舗から離れている前提事実(4)のとおりの位置において、被告店舗が開業することは十分に想定されていたというべきである。
 したがって、原告Aの上記主張を採用することはできない。
 なお、仮に、原告Aの上記主張を、原告Bの動機の錯誤を主張するものと捉えるとしても、上記のとおり、合理的な距離を空けるのであれば営業を許容するという原告Bの動機が明示的に表示されていたとは認められず、これが黙示に表示されていたことを根拠付ける事実を認めるに十分な証拠もない。
(エ) さらに、原告Aは、被告は本件許諾に付随して原告Bの信用を失墜せしめないという信義則上の義務を負っていたにもかかわらず、覚せい剤取締法違反で逮捕されて有罪判決を受けるなどして上記信義則上の義務に違反したことは明らかであり、原告Bは債務不履行に基づいて本件許諾を解除した、と主張する。
 しかしながら、本件証拠上、原告B及び被告が、本件許諾をするに当たり、被告が原告Bの信用を失墜させない義務を負うことを明示的に約したことを認めるに足りる証拠はない。また、原告Bが、被告に対し、その経営する原告店舗の屋号の使用を許諾していることからすると、道義的・抽象的には被告は当該屋号の価値を失墜させないように努力することが求められるといえるとしても、前記1(2)のとおりの本件許諾に至る経緯及びその内容から、当該義務に違反した場合には債務不履行となり解除権が生じるような具体的な信義則上の義務を被告が原告Bに対して負っていると直ちに解することはできず、他にこれを根拠付ける事情を認めるに足りる資料は見当たらない。
 また、仮に、被告が原告Bに対して上記信義則上の義務を負っており、被告が覚せい剤取締法違反で逮捕されて有罪判決を受けたことによって、一定程度原告店舗やそれを経営する原告Bに対する取引先や客からの信用を失墜させたり、その社会的評価を低下させたりすることがあり得るとしても、そのことから当然に解除権が生じるというべき根拠は見いだせず、他にこれを根拠付ける事実を認めるに十分な客観的証拠はない。
 したがって、原告Bの上記主張を採用することはできない。
ウ 次に、原告Bによる本件許諾をもって、原告Aによる本件商標の使用許諾と同視することができるか否かについて検討する。
 原告Aは、原告Bと別個独立の法人格であるから、原告Bがした本件許諾をもって、直ちに原告Aによる許諾と同視することはできない。そして、そもそも原告Bが本件許諾を行ったのは、原告Aによる本件商標が登録される前である上、前記1(4)のとおり、原告Aは、被告に対し、原告店舗の屋号を使用しないように求めるなどしていることを踏まえると、原告Aが事前又は事後に原告Bの本件許諾を承認したということはできない。そして、他に原告Bによる本件許諾が、原告Aによる本件商標の使用許諾と同視されるべきことを根拠付ける事情を認めるに足りる資料もない。
エ 以上のとおりであるから、被告の上記アの主張を採用することはできない。
(2) 争点(1)イ(信義則違反又は権利濫用の成否)について
ア まず、前提事実(1)イ並びに前記1(1)及び(3)のとおり、原告Bが原告店舗を立ち上げ、その営業をしているにもかかわらず、原告Aがその名義で本件商標の登録を出願して本件商標権を取得している。
イ これに対し、原告Aは、@原告Bと共同して原告店舗を経営しており、A原告Bには本件商標の登録を出願する時間的余裕がなかったため、原告Aが出願したにすぎないと主張し、これに沿う原告A及び原告Bの各供述並びに両者作成の確認書(甲1)があるが、以下の理由で採用できない。
(ア) @原告Aと原告Bの共同経営関係の有無について
 原告A及び原告Bが供述するところの原告Aが原告店舗の共同経営者として行った業務とは、原告Bが原告店舗を立ち上げるに当たり、資金の借入先、飲食物の仕入れ先、建築業者及び看板業者等の紹介又はこれらに関するアドバイスをしたこと、原告店舗の従業員に対し、その服装等について指導したこと、客との間の釣銭をめぐるトラブルに対応したことなどであるが、これらは一従業員でもなし得る業務にすぎないというべきであり、経営者として原告店舗の経営方針や業務執行に関する意思決定に関与したものと評価することはできない。
 また、原告A及び原告B作成の確認書(甲1)には、両者が原告店舗を共同で経営している事実を確認する旨などが記載されているが、同書面は、前記1(4)のとおり、原告Aと被告との間で原告店舗の屋号の使用をめぐるトラブルが生じた後に、原告Bと原告Aによって作成されたものであることからすると、両者が原告店舗の共同経営者の関係にあることを客観的に裏付けるものということはできない。
 そして、他に原告Aが原告店舗の経営者たる実態を有していたことを根拠付ける事実を認めるに足りる証拠は見当たらない。
 かえって、証拠(原告B本人、原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告Aは、原告Bが原告店舗を立ち上げた当時、株式会社H商会に勤務し、主として同社の業務に従事していたこと、その後も、原告店舗の製麺所で働きつつ、同社の業務に従事していること、原告Aが原告店舗又は原告会社の設立の際に出資しておらず、原告会社の株式を所有していないこと、原告Aは原告会社から原告店舗の製麺所における業務に対する給与の支払は受けているが、取締役としての報酬の支払は受けていないこと、原告Aが原告店舗又は原告会社の経理には一切関与していないこと、がそれぞれ認められる。
 これらの事情を踏まえると、前提事実(1)アのとおり、原告Aは原告会社の取締役として登記されているものの、原告Aが原告Bと共同して原告店舗を経営しているという実態がなかったことは明らかである。
(イ) A原告Bによる出願の可否について
 原告A及び原告Bが供述するところによれば、原告A及び原告Bは、商標登録の重要性を認識しており、原告店舗の開業準備をしていた平成21年9月ころから商標登録について話し合っていたというのである。そうであるならば、前記1(1)のとおり、原告Bが原告店舗を開業する同年12月12日までの間に、原告Bが本件商標を登録するのが自然であり、これが不可能であったことをうかがわせる客観的資料は見当たらない。かえって、前記1(1)のとおり、原告Bは、同年10月16日に屋号又は商号を「元祖ラーメンN家」として自ら営業許可の申請をしており、上記の時点で少なくとも原告店舗の店名を決めていた上、自ら上記申請をする時間的余裕もあったといえる。したがって、原告Bは、原告店舗を開業するまでの間に、自らの名義で本件商標の登録を申請することは客観的に可能であったということができる。
 また、前記1(2)並びに証拠(甲6の1及び2、原告B本人、原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告Bは、原告店舗を開業した後、原告店舗の広告について広告会社の担当者と打合せをしたり、被告からの本件各覚書の作成の要求に応じるなどしており、また、原告Aは、本件商標登録の具体的な手続について弁理士に委任していることが認められる。これらの事情からすると、原告Bが、少なくとも本件商標の登録を弁理士に委任する時間的余裕すらなかったということはできない。加えて、原告B自身が、やろうと思えば自らの名義で本件商標の登録を行うことはできた旨の供述をしていることを踏まえると、原告Bが、本件店舗の開業後、自らの名義で本件商標の登録をすることは客観的に可能であったということができる。
(ウ) したがって、上記のとおり、原告Aの上記各主張を採用することはできない。
ウ 上記アについては、上記イのほか、原告Aが本件商標の登録をすべき合理的な理由が存したことをうかがわせる資料は見当たらない。その上、前記1(2)から(4)までのとおり、原告Bは、平成22年1月初めころ、被告が原告店舗の近くにラーメン店を出そうとしていることを知ったこと、原告Aは、同月初旬から中旬ころ、原告Bと被告の間で本件各覚書が取り交わされたこと及びそのことを原告Bが後悔していることを知り、それから1か月も経たない同月21日に本件商標の登録の出願を行っていること、原告Aは、本件商標の登録出願後、被告に対し、原告店舗の名義は原告Aになっているため、原告Bが締結した本件覚書@の効力は及ばない旨を述べるなどして、「元祖N家」という商号を使用しないように求めていること、本件商標の登録に係る費用は原告Bが拠出していること、などの事情がある。これらを踏まえると、原告A及び原告Bは、原告Bと被告の間で本件覚書@が作成されていることから、原告Bの名義で本件商標を登録すると、被告に対して商標権に基づく請求をすることができないが、原告Aの名義で本件商標を登録すれば、原告Bがした本件許諾の効力は原告Aには及ばないとして、被告に対し、商標権に基づき、被告が原告店舗の近くにおいて原告店舗の屋号を用いたラーメン店を開業することを阻止することができると考え、その意思を通じ、専ら上記目的のために原告Aの名義で本件商標の登録をしたことを推認することができる。
エ 以上のように、原告Bは、前記2(1)イ(ア)のとおり、被告に対して原告店舗の屋号を使用して、原告店舗の近くでラーメン店を開業することを許諾しておきながら、原告Aと意思を通じ、形式的に原告Aの名義で本件商標の登録をさせることにより、被告による被告店舗の開業を阻止しようとしている。このような原告Bの行為は、本件許諾により被告に生じた原告店舗の屋号の使用等に係る信頼を不当な方法で裏切るものであって、信義則に反するといわざるを得ない。そして、原告Aは、原告Bと意思を通じて、上記のとおりの不当な目的の下に本件商標権を取得しているから、被告に対してその権利を行使することは、権利の濫用に当たり許されないというべきである。
(3) 小括
 以上のとおりであって、その余の争点について判断するまでもなく、原告Aの商標法36条1項及び2項に基づく請求は理由がない。
3 原告A及び原告Bの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求について(第1事件)
(1) 争点(2)ア(不法行為の成否)について
ア 原告Bの請求について
 前提事実(4)のとおり、被告は、被告標章を用いて被告店舗を営業するなどしているが、前記2(1)イのとおり、原告Bから本件許諾を受けており、その解除は認められないことからすると、被告の上記行為が、原告Bに対する不法行為を構成するということはできない。
イ 原告Aの請求について
 前提事実(4)のとおり、被告が本件商標と酷似する被告標章を用いて被告店舗を営業する行為は、形式的には、原告Aの本件商標権を侵害する行為に当たるといえる。しかしながら、前記2(2)のとおり、原告Aは、原告Bと意思を通じ、形式的に名義人を原告Aとすることにより原告Bの被告に対する本件許諾の効力が本件商標に及ぶことを免れさせ、被告による被告店舗の開業を阻止するという不当な目的の下、自己の名義で本件商標の登録を出願して本件商標権を取得している。このような事情からすると、被告の上記行為は、実質的にみて、原告Aの本件商標権を違法に侵害するものということはできず、原告Aに対する不法行為を構成しないというべきである。
(2) 小括
 以上のとおりであって、その余の争点について判断するまでもなく、原告A及び原告Bの各不法行為に基づく損害賠償請求は、いずれも理由がない。
4 原告会社の被告に対する不競法3条1項及び2項に基づく請求について(第2事件)
(1) 争点(3)エ(信義則違反又は権利濫用の成否)について
 証拠(原告B本人、原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、原告Bにより設立され、その実質的な経営は原告Bが行っていることが認められる。
 そうすると、原告店舗の実質的な経営主体に変更はないにもかかわらず、原告会社が、原告Bとは別個独立の法人格であることを利用して、被告に対し、不競法違反を主張して本件商標の使用の差止め等を請求することは、前記2(1)イ(ア)のとおりの原告Bが被告に対してした本件許諾と実質的に矛盾する行為であり、本件許諾により被告に生じた信頼を不当に裏切るものであるから、信義則に反して許されないというべきである。
(2) 小括
 以上のとおりであって、その余の争点について判断するまでもなく、原告会社の不競法3条1項及び2項に基づく請求は理由がない。
5 被告の原告A及び原告Bに対する不法行為に基づく損害賠償請求について(第3事件)
(1) 争点(4)ア(不法行為の成否)について
ア 前記1(4)ア及び証拠(乙18の1及び2)によれば、原告Aは、電話で被告と会話した際、被告に対し、「力ずくで武力行使するぞ。」などと発言し、声を荒げることもあったことが認められる。このような原告Aの言動は極めて不適切なものではあるが、それ自体、具体的な内容を伴う表現ではなく、直ちに原告Aが被告の生命又は身体に危害を加える具体的な行動に出ることを想起させるものとはいえない。その上、証拠(乙18の1及び2)によれば、上記発言を受けた被告が、その意味内容を確認しようとしたり、自己の立場や言い分を述べるなどしていることが認められ、原告Aの言動によって畏怖しているとはいえないことを踏まえると、原告Aの上記言動が、被告に対する不法行為を構成するほどに違法なものであるということはできない。
イ また、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
 これを本件についてみると、前記2及び4のとおり、原告A及び原告Bの各請求はいずれも理由がないというべきであるが、前提事実(1)及び(4)のとおり、原告Bは原告店舗を経営しており、原告Aは本件商標権を取得しているところ、被告は、原告店舗と同じ屋号を用い、かつ、本件商標と酷似する被告標章を掲げて被告店舗を営業している上、証拠(乙30、乙32)及び弁論の全趣旨によれば、被告は平成22年6月4日に覚せい剤の自己使用の事実で逮捕され有罪判決を受けたことが認められることからすると、原告A及び原告Bの主張する権利が事実的、法律的根拠を欠くとまではいえず、本件訴訟(第1事件)の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くということはできない。
 したがって、原告A及び原告Bによる本件訴訟(第1事件)の提起が、被告に対する不法行為に当たるということはできない。
(2) 小括
 以上のとおりであって、その余の争点について判断するまでもなく、被告の原告A及び原告Bに対する不法行為に基づく損害賠償請求は、いずれも理由がない。
第4 結論
 以上のとおり、原告らの請求及び被告の請求は、いずれも理由がないから、これらをすべて棄却することとして、主文のとおり判決する。

福岡地方裁判所第5民事部
 裁判長裁判官 岩木宰
 裁判官 池田聡介
 裁判官 鈴木拓磨
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