判例全文 line
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【事件名】物理学入門書の氏名表示権侵害事件
【年月日】平成25年3月1日
 東京地裁 平成22年(ワ)第38003号 出版差止等請求事件

判決
原告 X1
原告 X2
原告 X3
原告 X4
4名訴訟代理人弁護士 松田政行
同 早稲田祐美子
同 石堂磨耶
被告株式会社 てらぺいあ
被告 Y2
被告 Y3
3名訴訟代理人弁護士 五十嵐公靖
同 渡辺孝


主文
1 被告株式会社てらぺいあは、原告X1、原告X2及び原告X3に対し、別紙書籍目録記載1ないし3の各書籍を複製し、又は頒布してはならない。
2 被告株式会社てらぺいあは、原告X1、原告X2及び原告X3に対し、前項の各書籍及びこれらに関する印刷用原版(フィルムを含む。)を廃棄せよ。
3 被告株式会社てらぺいあは、原告X4に対し、別紙書籍目録記載1及び2の各書籍を複製し、又は頒布してはならない。
4 被告株式会社てらぺいあは、原告X4に対し、前項の各書籍及びこれらに関する印刷用原版(フィルムを含む。)を廃棄せよ。
5 被告株式会社てらぺいあ及び被告Y2は、原告X1に対し、連帯して28万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告株式会社てらぺいあ及び被告Y2は、原告X2に対し、連帯して14万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被告株式会社てらぺいあ及び被告Y2は、原告X3に対し、連帯して14万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被告株式会社てらぺいあ及び被告Y2は、原告X4に対し、連帯して14万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 被告株式会社てらぺいあと原告らとの間において、被告株式会社てらぺいあが、別紙著作物目録記載の著作物を出版する権原を有しないことを確認する。
10 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
11 訴訟費用のうち、被告株式会社てらぺいあ、被告Y2及び原告らに生じた費用については、これを5分し、その2を被告株式会社てらぺいあ及び被告Y2の、その余を原告らの各負担とし、被告Y3に生じた費用については、全部原告らの負担とする。
12 この判決は、主文第1、第3、第5ないし第8項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告株式会社てらぺいあ(以下「被告会社」という。)は、別紙書籍目録記載1ないし3の各書籍(以下「本件各書籍」という。)を印刷、出版、複製、販売又は頒布してはならない。
2 被告会社は、本件各書籍及びこれらに関する印刷用原版(フィルムを含む。)を廃棄せよ。
3 被告らは、別紙謝罪広告目録〈略〉記載の謝罪広告を、株式会社日本経済新聞社発行の日本経済新聞朝刊全国版及び株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞朝刊全国版に、それぞれ1回掲載せよ。
4 被告会社は、原告X1に対し、138万1800円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 被告会社は、原告X2に対し、69万0900円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
6 被告会社は、原告X3に対し、69万0900円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
7 被告会社は、原告X4(以下「原告X4」という。)に対し、10万4400円及びこれに対するこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
8 被告らは、原告X1に対し、連帯して280万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 被告らは、原告X2に対し、連帯して140万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10 被告らは、原告X3に対し、連帯して140万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
11 被告らは、原告X4に対し、連帯して240万円及びこれに対する平成22年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
12 被告会社は、原告X1に対して、399万5460円及びこれに対する平成20年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
13 被告会社と原告らとの間において、被告会社が別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件著作物」という。)を出版する権原を有しないことを確認する。
14 第1、第2、第4ないし第12項につき、仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、被告会社が出版する別紙書籍目録記載1の書籍(以下「本冊」という。)及びその分冊である同目録記載2及び3の各書籍(以下、順に「分冊T」及び「分冊U」という。)に関して、
(1) 亡Wの相続人である原告X1、原告X3及び原告X2(以下、この3名を併せて「原告X′」という。)並びに原告X4が、本件著作物(本冊の本文部分)が亡W及び原告X4の共同著作物又は亡Wの原稿を原著作物とする原告X4の二次的著作物であるにもかかわらず、被告らが著作者名を被告Y3と表示して分冊Tを出版したことが、亡W及び原告X4の氏名表示権を侵害し、これを理由に本件著作物に係る出版契約を解除したなどと主張して、
@ 原告らが被告会社に対して、原告らの著作権に基づき(分冊Tについては、予備的に、原告X1による亡Wの死後における人格的利益保護措置請求権に基づく請求及び原告X4による氏名表示権に基づく請求として)、本件各書籍の出版等の差止め(上記第1「請求」の1)並びに本件各書籍及びその印刷用原版の廃棄(同の2)を求めるとともに、被告会社の本件著作物に係る出版権原の不存在の確認(同の13)を求め、
A 原告X1が亡Wの死後における人格的利益保護措置請求権に基づき、原告X4が氏名表示権に基づき、それぞれ被告らに対して、分冊Tの著作者名表示に係る謝罪広告の掲載(上記第1「請求」の3)を求め、
B 原告らが被告らに対して、分冊Tの著作者名表示に係る共同不法行為に基づく慰謝料及びこれらに関連する弁護士費用並びにこれに対する平成22年11月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定の割合による遅延損害金の支払(上記第1「請求」の8ないし11)を求め、
(2) 原告らが被告会社に対し、本件各書籍の出版契約に基づく印税及びこれに対する平成22年11月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの商事法定利率による遅延損害金の支払(上記第1「請求」の4ないし7)を求め、
(3) 原告X1が被告会社に対し、被告会社との間で締結した出版助成金提供契約が錯誤により無効であると主張して、不当利得返還請求権に基づき、提供した出版助成金の返還及びこれに対する平成20年7月1日(出版助成金の最後の提供日の翌日)から支払済みまでの民法所定の割合による遅延損害金の支払(上記第1「請求」の12)を求める
事案である。
2 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告ら
(ア) 亡W
 亡Wは、京都大学工学部名誉教授で、素粒子論や原子核物理学を専門とする物理学者である。亡Wは、平成17年9月24日に死亡した。
(イ) 原告X′
 原告X1は亡Wの妻、原告X2は亡Wの長男、原告X3は亡Wの二男であり、亡Wの相続財産を、それぞれ2分の1、4分の1及び4分の1の割合で相続した。
(ウ) 原告X4
 原告X4は、*大学*学部名誉教授で、素粒子論や量子力学における観測の理論を専門とする物理学者であり、亡Wと親戚関係にある。
イ 被告ら
(ア) 被告会社
 被告会社は、書籍の企画・編集、出版を主な目的とする株式会社であり、本件各書籍を出版した出版社である。
(イ) 被告Y2
 被告Y2は、被告会社の代表取締役であり、本件各書籍の編集者である。
 被告Y2と亡Wは、旧制中学の同級生であり、3学年の時、同クラスであった。
(ウ) 被告Y3
 被告Y3は、*大学嘱託教授及び*大学非常勤講師であり、分冊Tの表紙及び奥付に同書の著者として表示されている者である。
(2) 本件各書籍
ア 本冊
(ア) 本冊は、平成20年6月10日、「基幹物理学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−」との書名で、被告会社から出版された書籍であり、そこには、著者として亡W及び原告X4が、監修者として原告X4が、編集者として被告Y2が、それぞれ表示されている。本冊の定価は、1万円(税別)である。
(イ) 本冊は、「第T部 古典物理学」、「第U部 量子物理学入門」、「付録A 数学の復習」及び「索引」で構成されている。本冊(第2版第2刷)の本文部分(巻末の「索引」を除く。)の頁数は1134頁であり、その章立て及び頁数は、次のとおりである。
 第T部「古典物理学」
  第1章「力学」 3頁から158頁
  第2章「熱学」 159頁から238頁
  第3章「振動と波動」 239頁から494頁
  第4章「電磁気学」 495頁から808頁
  第5章「相対性理論」 809頁から832頁
 第U部「量子物理学入門」
  第1章「量子力学入門」 835頁から908頁
  第2章「変換理論」 909頁から958頁
  第3章「場の量子論から」 959頁から986頁
 付録A「数学の復習」 987頁から1134頁
(ウ) 本冊の前付には、上記各部分の執筆担当として、第T部の第1章ないし第4章及び付録Aについて亡W、第T部の第5章及び第U部の第1章ないし第3章について原告X4とそれぞれ表示されている。また、原告X4が執筆した「序文」及び被告Y2が執筆した「はじめに」の各文章がそれぞれ掲載されている。
イ 分冊T
(ア) 分冊Tは、平成22年4月12日、「基幹物理学 分冊T力学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−」との書名で、被告会社から出版された書籍であり、その表紙には、著者として被告Y3が表示されており、その奥付には、著者として被告Y3が、編集者として被告Y2が、それぞれ表示されている。分冊Tの定価は、2000円(税別)である。
(イ) 分冊Tは、本冊の第T部・第1章「力学」とほぼ同じ内容であり、ここに「付録A」として、本冊の「付録A 数学の復習」の一部とほぼ同じ内容が含まれているほか、「付録B」として、章末練習問題の解答が新たに付されている。
(ウ) 分冊Tの前付には、「底本」として、本冊の書名(「基幹物理学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−)、監修者名(原告X4)、著者名(亡W及び原告X4)及び本冊の執筆担当がそれぞれ表示されている。また、その底本に係る表示に続いて、被告Y3が新たに執筆した「まえがき」の文章が掲載されており、そこには、本冊を分冊にする企画があり、原告X4の愛弟子であるZの意向で、被告Y3が分冊Tを執筆することになったこと、底本が本冊であること、その底本の記述をできるだけ尊重したことなどが記載されている。さらに、上記「まえがき」に続いて、本冊の「序文」及び「はじめに」と同じ文章が、それぞれ「『基幹物理学』序文」及び「『基幹物理学』はじめに」との標題で掲載されている。
ウ 分冊U
(ア) 分冊Uは、平成22年6月10日、「基幹物理学 分冊U熱学・数学の復習−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−」との書名で、被告会社から出版された書籍であり、その表紙には、著者として亡Wが表示されており、その奥付には、著者として亡Wが、編集者として被告Y2が、それぞれ表示されている。分冊Uの定価は、1800円(税別)である。
(イ) 分冊Uは、その「第T部 熱学」が、本冊の第T部・第2章「熱学」とほぼ同じ内容で構成されており、「第U部 数学の復習」には、本冊の「付録A 数学の復習」の一部とほぼ同じ内容が含まれている。
(ウ) 分冊Uの前付には、分冊Tと同様に、「底本」として、本冊の書名(「基幹物理学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−)、監修者名(原告X4)、著者名(亡W、原告X4)及び本冊の執筆担当部分がそれぞれ表示されている。また、亡W名義の「はしがき」が掲載された上、それに続いて、本冊の「序文」及び「はじめに」と同じ文章が、それぞれ「『基幹物理学』序文」及び「『基幹物理学』はじめに」との標題で掲載されている。
(3) 本件著作物の執筆
 亡Wは、*大学を退官した後、物理学の初学者のために平易で分かりやすい教科書を出版しようと考えて、本件著作物の執筆を開始し、平成15年頃、同窓会で被告Y2と再会したことをきっかけに、本件著作物を被告会社から出版することとして、その準備を進めた。しかし、亡Wは、平成17年に癌を患い、同年9月24日に死亡した。
 亡Wは、死亡時までに、本件著作物のうち、古典物理学の部分(ただし、相対性理論に関する記述を除く。)については、大半の原稿を完成間近としていたが、量子物理学の部分については、亡Wが書き遺した原稿構成等のメモが途中まで存在する程度であり、その時点で、本件著作物は、書籍とするには未完成の状態であった。
 その後、被告Y2は、原告X′から原告X4の紹介を受け、平成17年12月22日、原告X4と面会して打合せを行い、原告X4が、本件著作物を書籍として完成させるために、古典物理学のうち相対性理論の章を新たに執筆し、量子物理学の部分は、亡Wの上記原稿構成等のメモを基に執筆し、その他の部分は、適宜内容の加除訂正を行うこととなった。
(4) 本件出版契約の成立
 原告らと被告会社との間では、平成17年12月22日、原告らが被告会社に対して本件著作物に関する出版の許諾を与える旨の契約(以下「本件出版契約」という。)が成立した。ただし、その際、原告らと被告会社との間で、本件出版契約に係る契約書は、作成されなかった。
 本件出版契約では、本件著作物について、共同著作者を亡W及び原告X4とし、共同著作権者を原告X′及び原告X4とし、出版社を被告会社とすることなどが合意されたほか、少なくとも原告X4と被告会社との間では、原告X4が本件著作物の監修を行うこと、原告X4の印税は、定価の10パーセントとして、これを亡Wが遺した原稿と原告X4が執筆する原稿の頁数で分割して計算すること、原告X4の監修料を定価の2パーセントとすることなどが合意された(本件出版契約が、分冊の出版についての合意を含むか否か、及び、原告X′と被告会社との間の印税に係る合意を含むか否かについては、当事者に争いがある。)。
(5) 出版助成金提供契約
 原告X1は、遅くとも平成19年夏頃までに、被告Y2から、本冊があまり多くの需要を見込めないため、収支を取ろうとすると定価を1万8000円にしなければならないが、それでは本冊が普及しないので、製作費として400万円の支援があれば、定価を1万2000円程度にできるかもしれないとの提案を受けた。原告X1は、亡Wの夢を叶えたいとの思いから、この被告Y2の申出を受けることとし(以下、原告X1と被告会社との間に成立したこの出版助成金提供に係る契約を「本件出版助成金提供契約」という。)、平成19年7月4日に130万円、同年9月13日に70万円、同年12月14日に70万円、平成20年6月30日に129万5460円の合計399万5460円を被告会社に送金した。
(6) 原告X′による印税の放棄
 原告X′は、本冊の定価を下げるためにその印税を受け取らないこととし、遅くとも平成19年夏頃までに、被告会社に対し、印税の支払が不要である旨を申し入れ、被告会社との間で、原告X′の印税を無償とすることが合意された。
(7) 本冊の完成と出版
 本冊の原稿は原告X4によって完成され、平成20年6月10日、被告会社から、本冊の第1版第1刷(1000部)が発行された。
 その後、本冊は、平成21年2月17日に第1版第2刷として500部が増刷され、同年7月17日に第2版第1刷として500部が増刷され、同年12月12日に第2版第2刷として500部が増刷され、さらに、平成22年6月26日に500部が増刷された。
(8) 原告X4に対する印税等の支払
 被告会社は、原告X4に対し、本冊の印税及び監修料として、平成20年8月11日に36万8960円、平成21年6月10日に18万1066円、同年11月16日に18万1066円、平成22年2月15日に18万1066円の合計91万2158円を支払った。
(9) 分冊T及びUの出版
 被告Y2は、本冊の練習問題に解答を付けたり、本冊を分冊化することを考え、平成20年11月以降、原告X4から紹介を受けていたZに執筆を依頼したところ、Zからは、多忙を理由に断われたが、その代わりとして、被告Y3ら数名の紹介を受けた。
 被告Y2から依頼を受けた被告Y3は、本冊の第1部・第1章「力学」の内容に若干の修正を加えるとともに、本冊の練習問題の解答を新たに付け加えて、分冊Tの原稿を執筆し、平成22年3月19日頃に最終校正を完了した。
 被告会社は、同年4月12日、分冊Tを、「基幹物理学 分冊T力学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−」との書名で出版した。分冊Tの初版は、1000部であった。
 また、被告会社は、同年6月30日、本冊の第T部・第2章「熱学」及び「付録A 数学の復習」の部分を、分冊Uとして出版した。分冊Uの初版は、500部であった。
 なお、分冊Uの内容は、本件著作物の該当部分の内容とほぼ同一であって、本件著作物の複製物に当たる。
(10) 原告らによる出版契約の解除の意思表示
 原告らは、平成22年6月30日、被告会社に対し、分冊Tの著作者名表示が原告らの著作権及び著作者人格権を侵害するものであるとして、分冊Tの出版の停止、謝罪広告の掲載及び慰謝料の支払を求めるとともに、原告らと被告会社との信頼関係が崩れたとして、本件著作物についての出版契約を解除する旨の通知書を送付した。
(11) 分冊T及び分冊Uの在庫の廃棄等
 被告会社は、分冊Tを205部、分冊Uを125部、それぞれ販売したが、平成22年11月19日に、分冊Tの在庫795部及び分冊Uの在庫375部を廃棄した。
 また、被告会社は、平成23年3月、書店、取次店及びインターネット販売業者らに対し、分冊T及び分冊Uの在庫を廃棄して絶版としたことを通知するとともに、ウェブサイトからの各書籍のデータの削除を依頼した。
3 争点
(1) 分冊Tの著作者名表示について
ア 分冊Tの著作者名表示が適法か否か
イ 原告X4の氏名表示権の侵害の有無
ウ 原告X′に対する不法行為の成否
エ 被告Y3の不法行為責任の有無
オ 謝罪広告の要否
(2) 被告会社の出版権原の消滅の有無
(3) 出版等差止め等の可否
(4) 出版権原不存在確認請求の可否
(5) 原告らの損害額
(6) 本件出版助成金提供契約が錯誤により無効となるか否か
(7) 原告X′の本冊に係る印税請求権の有無
(8) 原告らの分冊T及び分冊Uに係る印税請求権の有無
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(分冊Tの著作者名表示が適法か否か)について
〔原告らの主張〕
(1) 分冊Tは、その論理的構成や文章が本件著作物とほぼ同一であって、本件著作物の複製物に該当する(著作権法(以下、単に「法」という。)2条1項15号)。
 そして、本件著作物の著作者は、亡W及び原告X4であるから、分冊Tの著作者名として亡W及び原告X4の氏名を表示する必要性があったことは明らかである。しかし、分冊Tは、その表紙・背表紙・奥付・扉(前付1頁)のすべてに、被告Y3を著作者として表示し、亡W及び原告X4の氏名を表示していない。
 よって、被告らが、分冊Tに亡W及び原告X4の氏名を表示せず、被告Y3の氏名のみを表示したことは、亡W及び原告X4の氏名表示権を侵害する不適法なものであり、被告らの共同不法行為が成立する。
(2) これに対し、被告らは、法19条3項により、亡W及び原告X4を分冊Tの著作者として表示しないことが許されると主張する。
 しかし、法19条3項にいう「著作物の利用の目的及び態様に照らし」とは、著作物の利用の性質から著作者名表示の必要性がない場合や著作者名表示が極めて不適切な場合をいい、また、「著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるとき」とは、別の人が著作者ではないかという誤解を抱くおそれがない場合などを指すところ、書籍の著作者名の表示が、一般に、表紙・背表紙・奥付・扉になされることからすれば、表紙等に表示された者が著作者であると認識されるのが通常であり、分冊Tの著作者名表示によって亡W及び原告X4の創作者として主張する利益が害されていることも明らかである。もちろん、著作者を表紙・背表紙・奥付・扉に表示せずとも、扉裏や序文に「底本」として記載すればよいなどという「公正な慣行」(法19条3項)は存在しない。
 よって、法19条3項に関する被告らの主張は失当であり、分冊Tの著作者名表示が、亡W及び原告X4の氏名表示権を侵害していることは明らかである。
〔被告らの主張〕
 分冊Tの前付には、2頁に「底本」として、「基幹物理学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−」「監修者 X4」「著者 W・X4」との記載がなされており、分冊Tが「基幹物理学」を底本とするものであることが明記されるとともに、被告Y3の「まえがき」、原告X4の「『基幹物理学』序文」、被告Y2の「『基幹物理学』はじめに」に書誌が掲載され、分冊Tの記載内容が本冊を改訂した著作物であることを明らかにしているものである。
 被告Y2において、かかる記載をもって分冊Tの著作権に関する権利関係を十分に表示しており、原著作者である亡Wの名を省略できる(法第19条3項)ものと考えたために、被告会社は、表紙やカバー等に著者名として亡Wと原告X4の氏名を表示しなかったものである。
 また、分冊Tには、被告Y3が執筆した「付録B 章末練習問題回答」(215頁ないし222頁)が新たに追加されており、全くの複製物であるわけではない。
 よって、分冊Tの著作者名表示は、亡W及び原告X4の氏名表示権を侵害するような、不適法なものではない。
2 争点(1)イ(原告X4の氏名表示権の侵害の有無)について
〔原告X4の主張〕
(1) 共同著作物(主位的主張)
ア 本件著作物は、亡Wが遺した原稿に、原告X4が加筆を行なって完成させたものであって、それぞれの寄与を分離して個別的に利用することができないものであるから、両者の共同著作物に当たる(法2条1項12号)。
 すなわち、亡Wが遺した原稿のうち相対性理論に関する記述を除く古典物理学の部分は、いまだ8、9割の進捗度であったため、原告X4は、この原稿について、単なる誤記の訂正にとどまらず、多くの加筆と修正を施した。これらの部分はいずれも表現について具体的に加筆修正をしたものであるから、原告X4は、亡Wと共同して本件著作物を「創作した」ものといえる。また、原告X4は、古典物理学のうちの相対性理論と量子物理学に関する部分は、亡Wが遺した原稿構成等のメモを基に新たに執筆を行なった。
イ なお、共同著作物とは、二人以上の者が共同して創作した著作物であるから(法2条1項12号)、当該著作物を共同して創作する意思が必要であると解されるが、本件では、@本件著作物は、亡Wの死亡当時未完成であったのであり、既に完成していた著作物に新たに第三者が加筆したものではないこと、A亡Wが、生前、自己の意思を継いで、しかるべき者がその遺稿を完成させて出版することを望んでいたこと、B亡Wの遺族である原告X′も、しかるべき者が亡Wの意思を継いで完成させてくれることを望んでいたこと、C原告X4は、亡Wの意思を認識し、その意思に忠実に加筆修正したこと、Dその加筆内容が亡Wの意思に反しないと客観的に認められることなどの事情があるから、完成した著作物を客観的に見て当事者間に互いに相手方の意思に反しないという程度の関係があるという意味においても、寄与者各人に共同して著作物を作成しようとする共通の意思があるという意味においても、「共同創作の意思」が存在したといえる。
ウ 被告は、本件著作物が集合著作物であると主張するが、本件著作物は、もともと亡Wがその全部を執筆する予定であったが、図らずも亡Wの死亡により未完となり、原告X4が亡Wの遺稿を元に亡Wの見解に従って本件著作物に必要最低限の範囲で執筆したものであるから、原告X4と亡Wの創作的行為は分離できず、かつ、原告X4が全面的に執筆した第1部・第5章「相対的理論」と第U部「量子物理学入門」についても、第1部における亡Wの執筆部分と分離して個別的に利用することができない。
 したがって、本件著作物は、亡Wと原告X4の寄与を分離して個別的に利用することなどできるものではないから、集合著作物ではなく、共同著作物である。
(2) 二次的著作物(予備的主張)
 仮に、本件著作物が共同著作物に該当しないとしても、亡Wの執筆部分は、原告X4の手により改変され、また、これに第T部・第5章「相対性理論」などが加筆されることで本件著作物が完成されたのであるから、本件著作物は亡Wの原著作物に原告X4により新たに創作性が付加された著作物として、二次的著作物に該当する。
(3) 上記のとおり、本件著作物は、亡Wと原告X4の共同著作物又は原告X4の二次的著作物であり、分冊Tは本件著作物の一部の複製であるから、原告X4も分冊Tについての著作者人格権を有する。
 よって、分冊Tにおける被告Y3の単独著作者の表示は、原告X4の氏名表示権(法19条1項)を侵害する。
〔被告らの主張〕
(1) 共同著作物につき
ア 本件著作物は、共同著作物ではなく、それぞれ独立した著作物が集合している集合著作物である。
 本件著作物のうち、亡Wが執筆した部分はほとんど完成しており、ごくわずかな修正さえすれば、それだけで「初等物理学」の教科書として十分に出版することは可能であった。現に、本冊の上記亡Wの執筆部分のうち、第T部・第1章「力学」に相当する部分が分冊Tとして、第T部・第2章「熱学」及び付録の「数学の復習」に相当する部分が分冊Uとして、それぞれ出版されている。
 共同著作物というためには、「各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」(法2条1項12号)であることが必要であるところ、上記のとおり、亡Wと原告X4とがそれぞれ執筆した部分を分離して個別的に利用することができるものであるから、本件著作物は、共同著作物に該当しない。
 したがって、集合著作物である本件著作物は、古典物理学の部分と量子物理学の部分とがそれぞれ独立した著述として切り離せるものであるから、仮に量子物理学の部分が共同著作物に該当するとしても、亡Wが執筆した古典物理学の部分は、同人の単独著作となる。
イ 原告X4は、分冊Tの部分についても原告X4と亡Wの共同著作物であると主張するが、分冊Tの部分について、原告X4が、亡Wの原稿に訂正を行った箇所は、同人の原稿を出来る限り尊重するという方針から、字句の訂正、補充などの必要最小限の修正にとどまっており、原告X4の加筆部分は、微分法の記述のわずか3頁分にすぎず、何ら創作性があるものではないことが明らかである。
 また、共同著作物というためには、各人に共同して著作物を創作しようとする共通の意思が必要であると解すべきであるが、生前の亡Wと原告X4とは本件著作物の執筆につき何らの話し合いの機会も持たなかったのであるから、共同して著作物を作成しようとする共通の意思はなかった。
(2) 二次的著作物につき
 本件著作物のうち、第T部・第1章「力学」から同・第4章「電磁気学」まで及び付録の「数学の復習」については、亡Wの執筆した原稿が存しており、原告X4は、監修として若干の修正を行ったにすぎず、何ら創作性を付与するようなものではなかったから、亡Wの単独著作物である。
 したがって、分冊Tに相当する部分は、原告X4の二次的著作物に該当しない。
(3) 原告X4の氏名表示権侵害につき
 前記1〔被告らの主張〕のとおり、分冊Tの著作者名表示は、そもそも適法なものであって、氏名表示権を侵害するようなものではなく、また、上記のとおり、分冊Tは、原告X4の執筆部分ではなく、原告X4の著作物ではないから、原告X4の氏名表示権の侵害は生じない。
3 争点(1)ウ(原告X′に対する不法行為の成否)について
〔原告X′の主張〕
 前記1〔原告らの主張〕のとおり、分冊Tの著作者名表示は、亡Wの氏名表示権を侵害するものであるところ、原告X′は、亡Wの研究者としての経歴、人格及びその研究成果を誇りに思うとともに、敬愛しており、亡Wの長年の夢であった本件著作物を世に出すために、原告X4に執筆を依頼したり、本冊についての亡Wの印税を辞退したり、原告X1に至っては、被告Y2の要請のままに、出版助成金約400万円の資金を提供したりして、最大限の協力を行った。このように、原告X′は、単に亡Wの遺族であるだけでなく、亡Wの著作物として本件著作物が出版されることに積極的に関与していたものである。
 そのため、原告X′は、本件著作物の著作者名表示についても重大な関心を抱いており、被告会社から被告Y3の単独著作としての著作者名表示を付された分冊Tが出版されたことを知って、多大な精神的苦痛を被った。また、本件訴訟提起後も、被告らが、氏名表示権侵害に対する謝罪をせず、事実に反する主張を繰り返していることに対し、原告らは深い憤りを感じている。
 よって、被告らの行為は、原告X′に対する不法行為となる。
〔被告らの主張〕
 前記1〔被告らの主張〕のとおり、分冊Tの著作者名表示は適法なものであるから、原告X′の遺族感情という固有の利益を侵害していない。
 仮に侵害があるとしても、本件は、無断で他人の著作物を盗用したような事案ではないから、その侵害の程度は軽微というべきである。
4 争点(1)エ(被告Y3の不法行為責任の有無)について
〔原告らの主張〕
(1) 被告会社は、「Y3」を単独著作者と表示した分冊Tを出版したところ、被告Y2は、被告会社の代表取締役かつ分冊Tの編集者として、分冊Tの編集や出版に深く関与していたものであり、また、被告Y3も、単独著作者としての表示を許すという積極的な関与をしたものである。
 したがって、被告会社、被告Y2及び被告Y3は、共同して原告らの権利を侵害したものであるから、共同不法行為者として責任を負う(民法719条1項)というべきである。
(2) この点に関し被告Y3は、分冊Tの単独著作者の表示を、分冊Tが出版されるまで知らなかったと主張するが、被告Y3が分冊Tの「まえがき」を執筆し、しかも、そこに本冊を底本とすることを記載していること、著者紹介の表示が被告Y3のみとなっていること、書籍出版時には、予めゲラ刷りや表紙見本を提示して、執筆者の表示等について打合せをすることが常識であることなどからすれば、被告Y3が、分冊Tの単独著作者として自らの名前が表示されることを知っていたことは明らかである。
 また、仮に被告Y3が、発売直前に被告Y2から分冊Tが送付された際にその著作者名表示を知ったとしても、その時点で分冊Tが流通に置かれることを止めることもできたのであるから、いずれにせよ被告Y3の行為は故意による氏名表示権侵害となるというべきである。
〔被告Y3の主張〕
(1) 被告Y3は、分冊Tの発売直前にその現物を見るまで、分冊Tが被告Y3の単独著作者の表示になることは知らなかった。よって、被告Y3が、被告Y2らと意を通じて、亡W及び原告X4の氏名表示権を侵害したという事実はない。
 なお、被告Y3としては、分冊Tが出版された際に、亡Wと原告X4の名前が抜けていることに気付いたが、編集者の被告Y2において、原告X4の意向を確認して、そのような形態になっているものと解釈していた。
(2) 分冊Tには、被告Y3が執筆した「付録B 章末練習問題回答」が新たに追加されており、被告Y3において改訂し、新たに追加した部分については、二次的著作物となり、被告Y3は著作者となったものである。したがって、著作者であるY3がその名称を表示すること自体は、亡Wの氏名表示権を侵害したことにはならない。
5 争点(1)オ(謝罪広告の要否)について
〔原告X1及び原告X4の主張〕
(1) 被告らが分冊Tに亡W及び原告X4の著者名を表示しなかったことは、被告らの共同不法行為に当たり、それは意図的なものであった上、複数回にわたる日刊紙での大々的な宣伝行為を行い、分冊Tの回収や著者名訂正表示等の名誉回復の適切な措置をとっていないことに鑑みると、著作者である亡W及び原告X4の名誉又は声望を回復するためには、日刊紙全国版に別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を掲載させる必要がある(法115条、116条)。
(2) 被告らは、謝罪広告まで求めるのは行きすぎであると主張するが、被告らが行った氏名表示権侵害が、悪質かつ意図的である上、その態様も重大な権利侵害であること、被告らが氏名表示権侵害の事実につき軽視しているばかりか、本訴提起前の交渉時から現在に至るまで、分冊Tの著者名訂正表示等の名誉回復の適切な措置を取っていないこと、被告らが一貫して氏名表示権侵害を否定し、原告らに対し何ら謝罪の意思表示をしていないこと、被告会社及び被告Y2は、分冊Tについて被告Y3を改変著とする新聞広告を行い、今なおいわゆるインターネット書店において分冊Tの著者名が「Y3」「Y3′」「Y3・Y2」と表示されており、氏名表示権等の侵害が現に存在し、継続していることからすれば、このような氏名表示権侵害の新聞広告に対応して、日刊紙上での謝罪広告を命じることは何ら行きすぎではない。
(3) よって、原告X1及び原告X4は、分冊Tに関し、被告らに対し、亡W及び原告X4の名誉回復等の措置として、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を、日本経済新聞社発行の日本経済新聞全国版及び朝日新聞社発行の朝日新聞全国版に掲載すること(法19条1項1文、60条、116条及び115条)を求める。
〔被告らの主張〕
 分冊Tの著作者名表示が亡W及び原告X4の氏名表示権侵害に当たらないことは、前記1及び2の各〔被告らの主張〕のとおりであるから、原告X1及び原告X4の謝罪広告請求は棄却されるべきである。
 仮に、原告らが主張する権利侵害が存したとしても、謝罪広告が認められるのは、権利が強度に、しかも悪質な態様で侵害された場合に限られるべきである。本件では、被告会社は、原告らから出版及び販売を禁止する旨の通知を受け、直ちに分冊T及び分冊Uの在庫を廃棄しており、強度に権利侵害がなされたものではなく、また、前付に、分冊Tが本冊を底本とするものであることが明記されるとともに、被告Y3の「まえがき」、原告X4の「『基幹物理学』序文」、被告Y2の「『基幹物理学』はじめに」に書誌が掲載されている点で、他人の著作物を盗用したような事案とは全く性質を異にするものであり、侵害態様も悪質ではない。
 したがって、本件では謝罪広告まで求めるのは行きすぎであり、原告らの主張する謝罪広告は名誉回復のための「適当な措置」には当たらない。
6 争点(2)(被告会社の出版権原の消滅の有無)について
〔原告らの主張〕
(1) 債務不履行解除
 本件出版契約は、本件著作物についての、本冊及びそれ以後の分冊の出版に関する包括的な契約であり、原告らは、本件出版契約に基づいて、被告会社に対し、本冊及び分冊の出版の許諾を与えたところ、被告会社は、本件出版契約に基づき、「出版の際には亡W及び原告X4の名を著者として表示して出版する」債務を負った。
 しかし、被告会社は、分冊Tにつき、被告Y3の名を単独著作者として表示し、亡W及び原告X4の名を表示しなかったから、原告らは、被告会社の債務不履行を理由に、本件出版契約を解除した。
 本件出版契約は、本冊と分冊(分冊T及び分冊Uだけでなく、その後の分冊も含む。)についての継続的契約であったが、上記解除により将来に向かって消滅した。よって、被告会社は、本件各書籍及びその後の分冊を出版する権原を有しない。
(2) 信頼関係破壊による解除
 原告らと被告会社との本件出版契約は継続的契約であるところ、被告会社は、著作者人格権の中でも最も根源的な人格権と評される氏名表示権を侵害するという重大な不法行為を起こしたばかりか、その態様も、原告X1から約400万円もの出版助成金を提供させた上でその大半を広告宣伝費に費消し、原告X′に事前の連絡もなく本件著作物の複製物たる分冊Tの準備を進め、その内容や著作者名表示について原告X′には何らの説明も行うこともなく被告Y3を単独著作者として出版したというものであり、極めて悪質なものであった。しかも、インターネット書店の表示がいまだ残存しているのを見ても明らかなとおり、このような行為の結果、出版された分冊Tの存在はもはや消えることがない。
 本件各書籍は、本件著作物を利用して出版されたものという点を共通にしており、当然のことながら契約当事者も共通にしている。契約当事者間に存在していた信頼関係は、本冊と実質的に同一である分冊Tの氏名表示権を侵害したことにより、著しく破壊されたものである。
 したがって、原告らは、この信頼関係破壊を理由として、平成22年6月30日をもって本件著作物に係る出版契約を解除した。
 よって、被告会社は、本件各書籍及び以後の分冊についての出版権原を有しない。
(3) 法83条2項の準用
 法83条2項は、存続期間の定めなき出版権設定契約は、設定後最初の出版があった日から3年を経過した日において消滅すると定めている。これは、無期限の出版権設定は複製権の譲渡に等しい結果を招来することから、これを認めないとの理由によるものであるところ、通常の出版契約も、無期限の出版許諾により複製権の譲渡に等しい結果がもたらされるという点において共通するから、同条項が準用される。
 したがって、同条項の準用により、本件出版契約は、最初に本件著作物が出版された平成20年6月10日から3年を経過した時点、すなわち、平成23年6月11日をもって消滅している。
(4) 解約申入れ
 本件出版契約は、期間の定めのない継続的契約であるから、一定の予告期間を置くことによって解約することができる。原告らは、平成22年6月30日付けをもって、被告会社に対し、分冊Tの氏名表示義務違反及びそれによる信頼関係破壊を理由として本件出版契約の解除の意思表示を行ったところ、同意思表示は、解約申入れでもある。
 よって、本件出版契約は、平成22年6月30日から相当期間が経過した本件訴訟提起時(同年10月8日)には既に解約されている。
〔被告会社の主張〕
(1) 被告会社の出版権原につき
 被告会社は、遅くとも平成17年12月22日までに、原告らとの間で、本冊の出版について本件出版契約を締結した。
 また、分冊T及びUについては、被告Y2が、平成21年5月に原告X4に、同年9月に原告X′に、それぞれ分冊化の進行状況を報告することにより、原告らから分冊の出版の了解を得た。
 なお、原告らは、平成17年12月22日に本冊及び分冊に関する出版契約が締結されたかの如く主張するが、本冊及び分冊に関する合意は、それぞれ別の日になされたものである。
(2) 債務不履行解除につき
 前記1〔被告らの主張〕のとおり、分冊Tの著作者名表示には何ら問題がなく、被告会社の債務不履行はない。したがって、原告らの本件出版契約解除には理由がなく無効である。
 また、仮に、分冊Tに関する氏名表示権の侵害があったとしても、本冊と分冊との出版契約はそれぞれ別個のものであるから、本冊に係る本件出版契約に関する解除事由とはならない。
(3) 信頼関係破壊による解除につき
 被告会社は、前記1〔被告の主張〕のとおり、分冊Tの著作者名表示について、「底本」に関する記載をもって著作権に関する権利関係を十分に表示しており、原著作者である亡Wの名を省略できるものと考えたために、表紙や扉等に著者名として亡Wと原告X4の氏名を表示しなかったにすぎない。仮にこれが氏名表示権の侵害に当たるとしても、本件は、他人の著作を盗用したような事案とは全く性質を異にするものであり、出版契約における信頼関係を破壊するような重大な契約違反とはならない。また、本冊の出版については何の問題も生じてはいないのであるから、分冊Tについての解除事由により、本冊に関する出版契約を解除することはできない。
(4) 法83条2項の準用につき
 出版権は準物権的な権利であるのに対し、出版許諾契約による権利は債権的なものであるから、両者は権利としての性格が異なる。また、出版許諾契約では、複製権者は第三者に対して複製の許諾をなし得る点でも、出版権設定契約とは異なる。よって、出版許諾契約には、法83条2項は準用されない。
(5) 解約申入れについて
 原告の主張する平成22年6月30日付け通知書による解除の意思表示に、解約の申入れが含まれているとは解釈できない。また、同通知書では、本冊のみが解除の対象となっており、分冊は対象となっていない。したがって、解約申入れにより、本件出版契約が解約されたとの原告の主張は失当である。
7 争点(3)(出版等差止め等の可否)について
〔原告らの主張〕
(1) 主位的請求
 前記6〔原告らの主張〕のとおり、本件出版契約は終了しているから、被告会社は本件著作物を複製又は頒布する権利をもはや有していない。
 被告会社は原告らに対して「現在、出版はやめていないが、販売はしていない」旨回答しており、今後も本件著作物の出版を行なうおそれが十分にある。現に、インターネット上の書籍流通サイトにおいては、本冊、分冊T及び分冊Uが取寄せ可能と掲載されており、被告会社による著作権等の侵害のおそれが今なお存在することは明らかである。
 よって、原告らは、著作権に基づき、被告会社に対し、本冊、分冊T及び分冊Uの印刷、出版、複製、販売及び頒布の差止め、並びに被告会社の所有する本冊、分冊T、分冊U及びこれらに関する印刷用原版(フィルムを含む。)の廃棄を求める(法21条、26条の2、112条)。
(2) 予備的請求(分冊Tにつき)
 被告会社は、分冊Tにおいて原告X4の氏名表示権及び亡Wが生存しているとしたならば亡Wの氏名表示権を侵害している。
 よって、原告X4は、氏名表示権に基づいて、原告X1は、著作者の死後における人格的利益保護措置請求権に基づき、それぞれ被告会社に対し、分冊Tの出版の差止めを求める(法112条、116条)。
〔被告会社の主張〕
 前記6〔被告会社の主張〕のとおり、原告らの本件出版契約解除には理由がなく無効であり、被告会社は、本件著作物を出版する権原を有しているものであるから、原告らの出版差止め等の請求は理由がない。
 また、被告会社は、本件訴訟提起前に原告ら代理人より本件著作物の販売停止の要求を受け、直ちにその出版及び販売を停止し、分冊T及び分冊Uの在庫は全て廃棄処分を行っており、今後も本件訴訟による紛争が解決するまでは、このまま本件著作物の出版及び販売の停止を継続する所存を明らかにしているのであるから、出版差止め等の必要性は存しない。
8 争点(4)(出版権原不存在確認請求の可否)について
〔原告らの主張〕
 被告会社は、原告らに対して、「現在、出版をやめていないが、販売はしていない」旨回答しており、被告会社が出版する権利をいまだ有しているかのような態度に終始している。また、本件出版契約解除後もなお、本冊の在庫処分は行われておらず、インターネット書店では引き続き本件各書籍の販売が行われており、しかも、分冊V以降の準備も平成20年12月26日の時点でなされていたということであるから、分冊V以降が出版・販売された場合に実効性のある回復措置に乏しいことを考えると、予め出版権原が存在しないことを確認し、未然に重大な権利侵害を防止し、紛争の根本的解決を図ることが必要であることは明らかである。
 よって、原告らは、被告会社が本件著作物の書籍を出版する権利を有しないことを確認する必要があり、また当該権利の不存在を確認することが当事者間の現在及び将来の紛争解決に資することは明らかであることから、確認の利益がある。
〔被告会社の主張〕
 本件出版契約は解除、解約申入れ等によって終了していないから、被告会社は、本件著作物を出版する権原を有しており、また、被告会社は、本件訴訟による紛争が解決するまでは、このまま本件著作物の出版及び販売の停止を継続する所存であるから、確認請求の理由は存しないというべきである。
9 争点(5)(原告らの損害額)について
〔原告らの主張〕
(1) 分冊Tの著作者名表示に係る慰謝料
ア 原告X4
 原告X4が被告らによる氏名表示権侵害によって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は200万円を下らない。
イ 原告X′
 被告らによる分冊Tの著作者名表示は、原告X′に対する不法行為に当たるところ、前記3〔原告X′の主張〕記載の事情に鑑みれば、原告X′の精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は、原告X1につき200万円、原告X2及び原告X3につき各100万円を下らない。
(2) 弁護士費用
 原告らは、被告らによる分冊Tの著作者名表示に基づいて、原告らの慰謝料に係る損害賠償請求、謝罪広告請求、本件各書籍の出版の差止請求等の訴訟を提起せざるを得なくなったところ、これと相当因果関係のある弁護士費用に係る損害は、原告X1につき80万円、原告X2、原告X3及び原告X4につき各40万円を下らない。
〔被告らの主張〕
 原告らの主張は否認ないし争う。
 本件においては、氏名表示権の侵害はなく、仮に侵害があるとしても、無断で他人の著作物を盗用したような事案ではないから、その侵害の程度は軽微というべきである。
10 争点(6)(本件出版助成金提供契約が錯誤により無効となるか否か)について
〔原告X1の主張〕
(1) 本件出版助成金提供契約の際、被告Y2が、「本冊は需要が見込まれず、このまま収支をとろうとすれば、定価を1万8000円程度とせざるを得ないが、400万円ほど支援があれば1万2000円程度になるかもしれないので是非ともお願いしたい。」と、原告X1に申し向けたため、原告X1は、本冊は需要が見込まれず、400万円を支援しなければ1万8000円程度の定価となると信じ、本件著作物の価格を下げて出版する目的のために出版助成金として399万5460円を提供した。
 しかし、本冊には十分な需要があり、また、被告会社は、多数回の新聞広告を出す等して出版助成金を価格の削減以外の目的で費消したことから、原告X1が資金提供せずとも本冊の定価を1万2000円として出版することができた。
 このように、原告X1の出版助成金提供の意思表示は誤信に基づくものであり、原告X1のこの誤信は被告Y2に対し表示されており、被告Y2も原告X1が誤信したことは十分に理解していた。
(2) よって、原告X1は、被告会社に対し、本件出版助成金提供契約の錯誤無効に基づき、不当利得返還請求として、出版助成金399万5460円の返還及びこれに対する出版助成金の最後の提供日の翌日である平成20年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
〔被告会社の主張〕
(1) 被告Y2は、本冊としてB5判1200頁の本1000部を被告会社において出版するために要する費用を概算し、概算製作費に3を乗じた金額を出版部数で除した額で定価を算出したところ、1万8000円程度の高価格となり、若い学徒の手の届く金額ではなくなってしまったことから、定価を1万2000円程度に下げるために、原告X1に出版助成金の負担をお願いすることとした。これに対し、原告X1において出版助成金の負担を了承し、その支払がなされたものである。
 よって、被告Y2が原告X1に対して行った出版助成金の説明には一切虚偽はなく、原告X1が誤信したような事実は存せず、錯誤は存しない。
(2) 原告X1は、本冊には需要があり、また、被告会社が本冊の新聞広告を行うほど充分な資力があったのであるから、助成金の提供がなくとも本体価格を1万2000円として出版することができたと主張するが、それは、本冊が実際に売れたから需要があると主張しているにすぎない。
 本離れが激しい時代の中において、特に本件のような物理学の教科書の需要について出版前に十分見込むことなどは困難であって、本冊の販売実績は、本体価格が1万円という低廉な価格になり、被告会社において本冊の構成、タイトル、サブタイトルに意を用い、多数回にわたり新聞広告を行い、需要を掘り起こす等の販売努力がされた結果にすぎない。
11 争点(7)(原告X′の本冊に係る印税請求権の有無)について
〔原告X′の主張〕
(1) 原告X′は、本件出版契約において、被告会社との間で、印税を定価の10パーセントとし、同印税につき亡Wの寄与分を84パーセント、原告X4の寄与分を16パーセントとすることを合意した。
 被告会社は、本冊を3000部印刷したから、原告X′の本件出版契約に基づく本冊の印税額は、次のとおり、原告X1につき126万円、原告X2及び原告X3につき各63万円である。
原告X1:1 万円×3000 部×10%×84%×1/2=126 万円
原告X2及び原告X3:1 万円×3000 部×10%×84%×1/4=63 万円
(2) 原告X′は、その後本冊に係る印税につき、これを放棄する旨の意思表示をしたが、かかる意思表示が原告X′の錯誤により無効であること及び被告会社が悪意であったことは、前記10〔原告X1の主張〕と同様である。
 よって、原告X′は、被告会社に対し、本冊の印税として、原告X1につき126万円、原告X2及び原告X3につき各63万円及びこれらに対する訴状送達日の翌日からの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告会社の主張〕
(1) 原告X′が主張する印税支払合意は否認する。被告会社は、原告X4との間では、印税の合意をしたが、原告X′との間では、合意をしていない。また、原告X4が原告X′を代理人として印税合意をしたという事実もない。
(2) また、仮に本件出版契約に当たって印税支払の合意がなされたとしても、平成19年7月にも、原告X′と被告会社との間では、再度印税が不要であることが確認されているから、この確認の際に、印税の放棄がなされたものと解すべきである。
 印税を不要とするのは亡Wの遺志であり、遺族である原告X′も故人の遺志を尊重して、これに従い自ら不要であると述べていたものであり、印税放棄をなすにつき同人らが主張するような錯誤は存しないから、原告X′の放棄は有効である。よって、原告X′の印税請求権は存在しない。
12 争点(8)(原告らの分冊T及び分冊Uに係る印税請求権の有無)について
〔原告らの主張〕
(1) 本件出版契約において、原告らは被告会社に対し、本件著作物について、本冊及び分冊の出版の許諾を与えるとともに、印税を定価の10パーセントとし、同印税につき亡Wの寄与分を84パーセント、原告X4の寄与分を16パーセントとすること、原告X4の監修料を定価の2パーセントとすることを合意した。
 したがって、被告会社は、分冊Tを1000部、分冊Uを500部それぞれ印刷していることから、原告らは、本件出版契約における印税支払合意に基づき、被告会社に対して分冊T及び分冊Uの印税を請求できる。
(2) 原告X1の印税額は、次のとおり、分冊Tにつき8万4000円、分冊Uにつき3万7800円で、計12万1800円である。
 分冊T:2000 円×1000 冊×10%×84%×1/2=8 万4000 円
 分冊U:1800 円×500 冊×10%×84%×1/2=3 万7800 円
(3) 原告X2及び原告X3の印税額は、次のとおり、分冊Tにつき各4万2000円、分冊Uにつき各1万8900円で、計各6万0900円である。
 分冊T:2000 円×500 冊×10%×84%×1/4=4 万2000 円
 分冊U:1800 円×500 冊×10%×84%×1/4=1 万8900 円
(4) また、原告X4の印税額及び監修料は、次のとおり、分冊Tにつき7万2000円、分冊Uにつき3万2400円で、計10万4400円である。なお、原告X4は、亡Wが執筆した原稿に手を入れ、これによって、本件著作物は共同著作物となったのであるから、本件著作物はその全体が一体として捉えられるものである。そして、分冊Uは本件著作物の一部の複製であることから、原告X4も当然に印税請求権を有する。
 分冊T:2000 円×1000 冊×(10%×16%+2%)=7 万2000 円
 分冊U:1800 円×500 冊×(10%×16%+2%)=3 万2400 円
〔被告会社の主張〕
(1) 本件出版契約に分冊についての合意が含まれていたことは否認する。原告らは、平成17年12月22日に本冊及び分冊に関する出版契約が締結されたと主張するが、各出版に関する合意は、それぞれ別の日になされたものである。
 分冊T及び分冊Uについては、被告Y2が、平成21年5月に原告X4に、同年9月に原告X′に、それぞれ分冊化の進行状況を報告することにより、原告らから分冊の出版の了解を得たのであるが、その際、当事者間で、印税について明確な合意がなされなかった。よって、原告らの分冊に係る印税請求権は、発生していない。
(2) また、分冊Tは本冊の第T部・第1章「力学」の部分に相当し、分冊Uは同・第2章「熱学」及び付録の「数学の復習」の部分に相当するものであるところ、いずれについても原告X4の執筆に係る部分は存しないから、分冊T及び分冊Uについては、原告X4の印税請求権は存しない。
(3) 仮に分冊についての印税が認められるとしても、被告会社は、原告らからの申入れにより、分冊T及び分冊Uの販売を中止した上、分冊Tの在庫795冊及び分冊Uの在庫375部を廃棄しており、印税の支払はその販売が可能であることが前提であるから、廃棄した分については、印税支払の対象とはならない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(分冊Tの著作者名表示が適法か否か)について
(1) 前記第2、2(2)イ及び同(9)によれば、被告Y3は、本冊の第T部・第1章「力学」の部分を分冊とする趣旨で、その記述をできるだけ尊重しつつ、そこに若干の修正を加えて、分冊Tの原稿を執筆したものであり、分冊Tには、上記部分に加えて、「付録A」として、本冊の「付録A 数学の復習」の一部とほぼ同じ内容が含まれており、それ以外には、「付録B」として、被告Y3が新たに作成した章末練習問題の解答が付されていることが認められる。これらの事実に、証拠(略)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、分冊Tは、本件著作物の該当部分を複製ないし翻案したものであることは明らかというべきである。
 そして、本件著作物のうち、分冊Tに相当する部分については、少なくとも亡Wの著作権が存することは、当事者間に争いがなく、かつ、本件著作物は、本冊において、その著作者として亡W及び原告X4の氏名が表示されていたのであるから、分冊Tにも、本来、少なくとも亡Wの氏名がその著作者名として表示されなければならなかったことになる(法19条1項)。しかし、前記第2、2(2)イのとおり、分冊Tの表紙及び奥付には、著作者名として被告Y3の氏名が記載されており、亡Wの氏名は記載されていない。
 そうすると、かかる分冊Tの著作者名表示は、亡Wの氏名表示権の侵害となるべきものであったということができる。
(2) この点に関し被告らは、分冊Tの前付に、「底本」として、本冊が表示され、そこに「著者 W・X4」との記載がされており、また、被告Y3の「まえがき」、原告X4の「『基幹物理学』序文」及び被告Y2の「『基幹物理学』はじめに」に書誌が掲載されていることから、分冊Tが本冊を改訂した著作物であることが明らかにされているとして、法19条3項により、原著作者である亡Wの名を省略することができると主張する。
 しかし、書籍の著作者名は、その表紙及び奥付等に「著者」又は「著作者」などとして記載する方法によって表示されるのが一般的であるところ、法14条が、著作物に著作者名として通常の方法により表示されている者を当該著作物の著作者と推定すると規定していることにも鑑みると、通常、読者は、そこに表示された者を当該書籍の著作者として認識するものと解される。そうすると、分冊Tについても、その読者は、その著作者名表示から、著作者が被告Y3であると理解するものと解される。
 この点、確かに、分冊Tの前付の底本の表示や「まえがき」等の文章を参照すれば、分冊Tが、本冊を分冊化したものであり、本冊を一部改訂したにすぎないものであることは容易に認識し得るが、この前付は、分冊Tの表紙をめくった書籍の内側に記載されているにすぎず、分冊Tを外側から観察しただけでは、それを読み取ることができない。また、本件において、分冊Tの表紙や奥付に亡Wの名を著作者名として表示することが困難又は不適当であったと解すべき事情は認められない。そうすると、上記のように、前付の記載によって本件著作物の著作者が亡Wであり、分冊Tがそれを分冊化したものであることが認識できるとしても、それを理由に、分冊Tの表紙及び奥付に、亡Wの氏名が著作者名として表示されず、被告Y3が単独著作者として表示されることによって、亡Wがその「創作者であることを主張する利益を害するおそれがない」(法19条3項)と認めることはできない。
 よって、公正な慣行に反するかどうかを判断するまでもなく、本件は、著作者名の表示を省略することが許される場合には当たらないから、分冊Tの著作者名の表示は、少なくとも亡Wの氏名表示権の侵害となるべき不適法なものであったというべきである。
(3) なお、被告らは、分冊Tには、被告Y3が執筆した「付録B 章末練習問題回答」が新たに追加されており、全くの複製物であるわけではないとも主張するが、分冊Tの一部に被告Y3の執筆部分があるからといって、本冊を分冊化したものである分冊Tに、亡Wの氏名を表示しないことが許されるわけではないから、被告らの上記主張は採用することができない。
2 争点(1)イ(原告X4の氏名表示権の侵害の有無)について
(1) 原告は、本件著作物が亡Wと原告X4の共同著作物であり、仮にそうでなくとも、亡Wの原稿を原著作物とする原告X4の二次的著作物であるから、本件著作物を分冊化した分冊Tの著作者名として原告X4の名が表示されていないことは、原告X4の氏名表示権を侵害すると主張する。
 この点、前記第2、2(3)のとおり、本件著作物については、亡Wがその執筆を始め、本件著作物のうち第T部「古典物理学」の部分(第5章「相対性理論」を除く。)の大半の原稿を完成間近とし、第U部「量子物理学入門」の原稿構成等のメモを途中まで制作したところで死亡したことから、その後、原告X4が、上記「相対性理論」の章を新たに執筆し、上記「量子物理学入門」の部分は、亡Wの上記原稿構成等のメモを基に執筆し、その他の部分は、適宜内容の加除訂正を行って、本件著作物を完成させたことが認められるところ、前記第2、2(2)アの事実に、証拠(略)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、本冊の第T部「古典物理学」(832頁分)のうち、原告X4が新たに執筆した第5章「相対性理論」の部分が24頁分(809頁ないし832頁)であること、第1章から第4章まで(3頁から808頁まで)は、亡Wがその原稿をほぼ仕上げていたものの、その部分に対して、原告X4が用紙24枚分の加除訂正を行ったこと、原告X4による上記加除訂正の中には、新たに図や数式を用いながら微分法とそれに関する関数の性質について解説した「微分法について」と題する記述(第T部・第1章「力学」の「1.2.1 直線運動における速度と加速度」の項の中にあり、本冊の13頁から約3頁分に相当する部分。)を挿入したり、従前の式に微分法の式を付加したり、図の座標軸を加筆して、本文中にその図の説明を書き加えたり、不適切な図を正しい図に修正したり、元の原稿になかった新たな見解や新たな説明を付加したり、いくつかの文章について、その一部を削除し、あるいは加筆して、文章の表現を正確又は分かりやすくしたり、十数箇所の「長円」との表現を全て「楕円」との表現に改めるなど、単なる誤字脱字の修正にとどまらず、文章や図などの具体的な表現について加除訂正がなされた部分が多数あること、第U部「量子物理学入門」について、そのうち亡Wの原稿構成等のメモが遺されていたのは、前半部分(第1章「量子力学入門」の始めから第2章「変換理論」の途中までであり、おおむね本冊の833頁から918頁に相当する部分。)だけであり、しかも、そのメモは手書きで、そこに記された文章はなお推敲の途上にあって、原稿として未完成であったこと、そのため、原告X4はそのメモにかなりの加筆修正を加えながら、前半部分の原稿を仕上げたこと、亡Wのメモが存在しなかった後半部分(第2章「変換理論」の途中から第3章「場の量子論から」の終わりまでであり、おおむね本冊の919頁から986頁に相当する部分。)については、全ての原稿を原告X4が新たに執筆したこと、以上の各事実が認められる。
 これらの事実によれば、本件著作物の創作における原告X4の寄与は、亡Wの創作した著作物を単に監修したという程度にとどまるものではなく、むしろ、原告X4は、亡Wの遺稿に基づきつつ、本件著作物の全体にわたって具体的な表現の創作に寄与したものと解するのが相当である。
 したがって、原告X4は、本件著作物について、少なくとも当該創作部分の著作者としての権利を有するものと認めるのが相当である。
(2) この点に関し原告らは、原告X4の権利が、主位的に、共同著作物に係る著作権であると主張し、予備的に、二次的著作物に係る著作権であると主張する。
 この点、前記のとおり、原告X4が上記創作を行ったのは、亡Wの死後であるから、上記各部分は、原告X4が単独で創作したものであって、亡Wがその創作に関与したことはない。しかも、原告X4は、亡Wの死後に、本件著作物の執筆を依頼されたものであるから、亡Wの生前に、亡Wと原告X4とが、互いに共同で本件著作物を創作することを合意していたこともない。そして、仮に亡Wが、自己の死後に、その遺稿をもとにして第三者が本件著作物を完成させることを望んでいたとしても、亡Wが、その第三者が原告X4となることを知っていたわけではない以上、亡Wにおいて、原告X4と共同して本件著作物を創作する意思を有していたと認めることはできないというべきである。
 そうすると、本件著作物が、亡Wと原告X4とが共同して創作した共同著作物であると認めることはできない。
 しかし、上記のとおり、原告X4は、本件著作物について、少なくとも上記創作部分を新たに執筆しているから、その部分については本件著作物を翻案することにより創作した二次的著作物と認められるものである。したがって、原告X4は、少なくとも本件著作物について二次的著作物の著作者としての権利を有するものと認めるのが相当である。
(3) これに対し、被告らは、特に分冊Tに相当する部分について、原告X4による修正は、字句の訂正、補充などの必要最小限の修正にとどまっており、原告X4が加筆した微分法の記述もわずか3頁分にすぎず、何ら創作性がないと主張する。
 しかし、原告X4が、本件著作物の全体にわたって、単なる監修の域にとどまらない、創作的な寄与をしたと認められることは上記(1)のとおりであり、特に、分冊Tに相当する部分については、「1.2.1 直線運動における速度と加速度」の項の中に挿入された「微分法について」と題する記述は、図や数式という具体的な表現を織り交ぜながら、微分法とそれに関する関数の性質について、約3頁にわたって分かりやすく解説したものであるから、このような原告X4の寄与について創作性を否定することはできない。
 よって、分冊Tに相当する部分の中の原告X4の寄与部分につき創作性がないとの被告らの主張は採用できない。
 また、被告らは、本件著作物について、亡Wの執筆箇所と原告X4の執筆箇所が明確に分かれているから、それぞれ独立した著作物が集合している集合著作物であるとして、分冊1に相当する部分は、亡Wの著作物であり、原告X4の著作物ではないと主張する。
 しかし、仮に、被告らが主張するように、本件著作物が集合著作物であって、分冊Tに相当する部分が独立の著作物になると解する余地があるとしても、上記のとおり、原告X4が同部分について創作的寄与をしたことを否定することはできないのであるから、被告らの主張は理由がない。
(4) 以上によれば、本件著作物のうちの分冊Tに相当する部分について、原告X4が二次的著作物の著作者として著作権及び著作者人格権を有していたと認められるから、分冊Tの著作者名として被告Y3の氏名のみが表示され、亡W及び原告X4の氏名が表示されなかったことは、原告X4の氏名表示権を侵害するものであったということができる。
3 争点(1)ウ(原告X′に対する不法行為の成否)について
 前記1のとおり、分冊Tの著作者名表示は、亡Wの氏名表示権の侵害となるべき不適法なものであったと認められるところ、前記第2、2(1)ア(ア)、(イ)及び同(3)ないし(6)の各事実に、証拠(略)を併せ考慮すれば,原告X1は亡Wの妻、原告X2及び原告X3は亡Wの子であるが、同原告らは、著作者である亡Wの単なる相続人であるというだけでなく、亡Wの死後、亡Wのために、原告X4に本件著作物の完成を依頼したほか、被告会社と本件出版契約を締結した上、被告Y2と打合せをして、本冊の著者紹介、奥付、表紙及び「はじめに」等の原稿の校閲をし、さらに、400万円近くの出版助成金を提供するとともに、その印税を放棄するなどして、本件著作物の完成と出版に相当程度寄与したことが認められる。
 これらの事実によれば、原告X′は、亡Wの作品である本件著作物について深い愛着を持ち、その著作者名の表示についても重大な関心を有しており、したがって、亡Wの氏名表示権の侵害となるべき分冊Tの著作者名表示によって、多大な精神的苦痛を被ったものと推認することができる。
 そうすると、分冊Tの著作者名表示は、原告X′の固有の利益を侵害するものとして、原告X′に対する不法行為を構成すると解するのが相当である。
4  点(1)エ(被告Y3の不法行為責任の有無)について
(1) 原告らは、分冊Tの著作者名表示に係る不法行為について、被告会社は分冊Tの出版社として、被告Y2は被告会社の代表取締役かつ分冊Tの編集者として、被告Y3は上記著作者名表示を許すという積極的な関与をしたことによって、被告らは共同不法行為者として責任を負うと主張する。
 この点、被告会社は、分冊Tを出版した出版社であり、被告Y2は、被告会社の代表取締役かつ分冊Tの編集者として、分冊Tの編集及び出版の作業を自ら行った者であることからすれば、被告会社及び被告Y2は、上記不法行為に関し、共同不法行為者として損害賠償義務を負うものと認めることができる。
 しかし、被告Y3は、分冊Tの発売直前にその現物を見るまで、分冊Tが被告Y3の単独著作者の表示になることは知らなかったと主張し、本人尋問においても、同旨の供述をする。
 そこで検討するに、証拠(略)によれば、被告Y3は、原告X4の弟子であった*大学のZからの依頼で、本件著作物の分冊の執筆を引き受けることになったこと、分冊Tの末尾に設けられた著者紹介の欄には、被告Y3の学位として「理学博士」との記載があるが、実際には、被告Y3の学位は「博士(理学)」であり、上記「理学博士」の記載は誤りであること、同じ著者紹介の欄には、被告Y3の略歴の一つとして、「*大学大学院*研究科博士課程単位取取退学」と記載されていたが、これは「*大学大学院*研究科博士課程単位取得退学」の誤記であり、分冊Tの販売時には、「取取退学」の部分に紙片を貼って「取得退学」と訂正されたことが認められる。これらの事実に照らせば、被告Y3が分冊Tの著作者名表示について特段の興味を持っておらず、分冊Tの出版に至るまで、被告Y2との間で分冊の著作者名表示について具体的な話をせず、また、分冊Tの表紙や奥付のゲラ刷りを確認することもなく、分冊Tの発売直前にその現物を見て、初めて単独著作者の表示を知った、という被告Y3の供述内容が、直ちに信用できないものとはいえない。
 これに対し、原告らは、被告Y3が分冊Tの「まえがき」を執筆し、しかも、そこに本冊を「底本」とすることを記載していること、著者紹介の表示が被告Y3のみとなっていること、書籍出版時には、予めゲラ刷りや表紙見本を提示して、執筆者の表示等について打合せをすることが常識であることなどの事情を挙げて、被告Y3が分冊Tの単独著作者の表示を知っていたことが明らかであると主張する。
 しかし、被告Y3が本冊の原稿を改訂して分冊Tの原稿を執筆する以上、被告Y3がその「まえがき」を執筆することは何ら不自然ではなく、かえって、「まえがき」に、あえて本冊を「底本」として記載し、分冊Tが本冊を分冊化したものであることや本冊の記述をできるだけ尊重したことなどを記載していることからすれば、被告Y3は分冊Tを自己の単独著作物として出版する意思など有していなかったと考えられるのであって、これらの記載によっても、被告Y3が分冊Tの単独著作者の表示を知っていたことが明らかであるとはいえない。また、被告Y3が分冊Tの原稿の執筆を引き受けた経緯に鑑みれば、被告Y3が、自らの執筆箇所とは関係のない、分冊Tの表紙や奥付のゲラ刷りや見本を確認せず、執筆者の表示等についての打合せしなかったことが不合理であるともいえない。
 そうすると、分冊Tの被告Y3の単独著作者の表示について、被告Y3が当初からこれを知っていながらその表示を許すなどという積極的な関与をしたものとは認められない。
(2) また、原告らは、仮に被告Y3が発売直前に分冊Tの送付を受けてその著作者名表示を知ったとしても、その時点で分冊Tが流通に置かれることを止めることができたのであるから、いずれにせよ故意による氏名表示権侵害が成立すると主張する。
 しかし、被告Y3は、分冊Tの著作者名表示を知り、被告Y2に確認したところ、被告Y2から、本冊を底本とすることが記載してあるから問題がないなどと回答され、監修者である原告X4と編集者である被告Y2の意向でそのようになったと思ったと供述するところ、被告Y2も、被告Y3に対して、分冊Tの著作者名表示について、「底本」の表示をしてあることから問題がないと説明したとの供述をしており、このほかに、被告Y3が、原告X4の弟子であるZからの紹介により、被告Y2の依頼を受けて、分冊Tの執筆に関わることになったこと、原告X4は、本冊の監修者であり、かつ共同著作者の一人として表示されていたこと、被告Y2は、本冊及び分冊Tを出版した被告会社の代表者であり、かつ本冊及び分冊Tの編集者でもあったことなどの事情も勘案すれば、被告Y3が、分冊Tの著作者名表示を認識し、それを被告Y2に確認した際、被告Y2の上記のような説明を信じて、その著作者名表示が原告X4や被告Y2の意向によるものであると考え、そこに何ら法的な問題がないものであると理解して、それ以上の確認をしなかったとしても、それが特段不自然又は不合理であるということはできない。
 そうすると、被告Y3に、分冊Tの著作者名表示による氏名表示権侵害についての故意があったとは認められない。さらに、上記各事情に照らせば、分冊Tの著作者名表示による氏名表示権の侵害について、被告Y3に過失があったと認めることもできない。
(3) 以上によれば、分冊Tの著作者名表示について、被告Y3が被告会社及び被告Y2とともに、共同不法行為者として責任を負うとの原告らの主張は採用することができない。
5 争点(1)オ(謝罪広告の要否)について
(1) 原告X4及び原告X1は、被告らによる分冊Tの著作者名表示が原告X4の氏名表示権を侵害し、かつ亡Wの氏名表示権の侵害となるべきものであったことを前提に、原告X4は法115条に基づき、原告X1は法116条1項、115条に基づき、被告らに対して、亡W及び原告X4の名誉回復等の措置として謝罪広告を掲載することを求めている。
 しかし、まず、前記4のとおり、本件において、被告Y3が分冊Tの著作者名表示についての責任を負うとは認められないから、原告X4及び原告X1の被告Y3に対する謝罪広告の請求は理由がない。
 一方、前記1ないし3のとおり、被告会社及び被告Y2によってなされた分冊Tの著作者名表示は、不適法であり、原告X4の氏名表示権を侵害し、かつ亡Wの氏名表示権の侵害となるべきものであったと認められる。
 しかし、前記第2、2(2)イのとおり、分冊Tの前付には、本冊が「底本」として表示され、その監修者名(原告X4)と著者名(亡W及び原告X4)が記載されており、また、被告Y3が執筆した「まえがき」の中でも、分冊Tが本冊を分冊化したものであり、その底本の記述をできるだけ尊重したことなどが明記されている上、それに続いて、本冊の「序文」及び「はじめに」と同じ文章が、それぞれ「『基幹物理学』序文」及び「『基幹物理学』はじめに」との標題で掲載されていたこと、加えて、証拠(略)によれば、被告会社が新聞紙上に掲載した広告においては、被告Y3の名前が、「著作者」ではなく、「改変著者」と記載されていたことが認められるのであって、これらの記載に鑑みれば、被告会社及び被告Y2において、分冊Tが本冊の一部を分冊化したものであることを秘し、被告Y3の単独著作物として出版する意図などなかったことは明らかであり、また、実際に、分冊Tに接した読者においても、分冊Tが本冊を分冊化したものであり、本冊の著作者が亡W及び原告X4であることを理解することは容易であったというべきである。
 さらに、前記第2,2(10)及び(11)のとおり、被告会社は、平成22年6月30日に原告らから分冊Tの著作者名表示が著作権等の侵害に当たるとの指摘を受け、その出版の停止等を求められたことから、同年11月19日、分冊T及び分冊Uの在庫を廃棄してその出版を中止した上、その後、書店、取次店及びインターネット販売業者らにそれを通知して、ウェブサイトからの両書籍のデータの削除を依頼しており、しかも、分冊Tの販売部数は205部にすぎなかったものである。
(2) 以上によれば、被告会社及び被告Y2による分冊Tの著作者名表示が悪質な氏名表示権侵害であるとはいえず、また、その著作者名表示によって、亡W及び原告X4の社会的評価としての名誉及び声望が大きく低下したものと解することもできない。
 したがって、このほかに、被告らが本件において氏名表示権侵害の成立を否定しており、これまでに分冊Tの著者名訂正表示等の措置を取っていないことや、インターネット書店において分冊Tの著者名が「Y3」等と表示されていたことなど、原告らが主張する諸般の事情を考慮したとしても、本件において、不法行為に基づく損害賠償を命ずるほかに、亡W及び原告X4の名誉又は声望を回復するために、被告会社及び被告Y2に対して、謝罪広告を命ずるまでの必要性があるものとは認められない。
 以上のとおり、原告X4及び原告X1の被告らに対する謝罪広告の請求は、いずれも理由がない。
6 争点(2)(被告会社の出版権原の消滅の有無)について
(1) 債務不履行解除について
 原告らは、本件出版契約が、本件著作物についての、本冊及びそれ以後の分冊の出版に関する包括的な契約であったことを前提として、分冊Tの不適法な著作者名表示という本件出版契約上の債務不履行を理由に、本件出版契約を解除したから、被告会社は、本件各書籍及びその後の分冊についての出版権原を有しないと主張する。
 この点、出版契約において、出版社が、当該出版物の著作者の著作権及び著作者人格権を害してはならないことは当然であるから、出版契約に基づいて、出版社は当該出版物について適切な著作者名表示をなす債務を負うものと解される。したがって、被告会社が分冊Tについて不適法な著作者表示を行い、それによってその著作者である亡W及び原告X4の氏名表示権を侵害した行為は、分冊Tに係る出版契約上の債務不履行に当たると認められる。
 しかし、前記第2、2(3)、(4)、(7)及び(9)の本冊及び分冊T、分冊Uの各出版の経緯に照らすと、平成17年12月に締結された本件出版契約の中に、分冊T及び分冊Uの出版に関する具体的な合意が含まれていたと解することは困難である。かえって、被告会社の代表者である被告Y2が、本件出版契約の当時、分冊の出版の企画がなかったと供述していること、及び本件出版契約の当事者の一人である原告X2も、分冊化の話は本冊の出版の前後に出てきたものであると陳述していることからすれば、本件出版契約の締結当時、分冊の出版が具体的に予定されていたことはなく、それゆえ、本件出版契約の当事者間で、分冊の出版についての話合いや何らかの合意がなされたことはなかったものと認められる。
 そうすると、被告会社が主張するように、分冊Tの出版は本件出版契約に基づくものではなく、本件各書籍はそれぞれ個別の出版契約に基づいて出版されたものであったと認めるのが相当である。
 したがって、分冊Tの不適法な著作者名表示を理由とする債務不履行に基づいて出版契約を解除する旨の原告らの意思表示により、分冊Tに係る出版契約が解除されたとは認め得るものの、それとともに、本冊及び分冊Uに係る出版契約が解除されたものと認めることはできない。
(2) 信頼関係破壊による解除について
 原告らは、本件各書籍がいずれも本件著作物を利用して出版されたものであるという点で共通し、しかも、契約当事者を共通にしていることから、分冊Tの氏名表示権が侵害されたことにより、契約当事者間の信頼関係が著しく破壊されたとして、出版契約の解除が認められると主張する。
 この点、上記(1)のとおり、本件出版契約の締結当時、契約当事者間で分冊の出版に関する合意がなされておらず、本件各書籍はそれぞれ個別の出版契約に基づいて出版されたものと認められるものの、前記第2、2(3)、(4)、(7)及び(9)によれば、原告ら及び被告会社との間では、契約書等の書面を作成することなく本件出版契約が締結されたこと、本件出版契約は、本件著作物の出版に関してなされた合意であり、その合意に基づいて本冊が出版されたこと、分冊T及び分冊Uがいずれも本冊の本文部分(本件著作物)を分冊化したものであり、分冊Tは本冊の該当部分の文章に若干の改訂を加えて、分冊Uは本冊の該当部分をほぼそのままの文章で、それぞれ出版されたことが認められる。また、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件出版契約には契約期間の定めがなかったこと、分冊T及び分冊Uの出版に当たっては、原告らと被告会社との間で、本件出版契約とは別に、分冊についての印税や契約期間等の条件についての具体的な話合いがされたことはなく、契約書が作成されることもなかったことが認められる。
 これらの事実に鑑みれば、分冊T及び分冊Uはいずれも、本冊の出版に係る本件出版契約が存在し、そこで本件著作物の利用が許諾されていることを前提に、そこで形成された契約当事者間の信頼関係に基づいて、原告らがその出版を許諾し、被告会社において出版されたものと解することができる。
 加えて、出版契約が、著作者の人格権の対象となる著作物の利用に関する契約であって、当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約であることを考慮すれば、分冊Tの不適法な著作者名表示によって、原告X4及び亡Wの著作者人格権が侵害され、原告X4及び亡Wの相続人である原告X′がいずれも多大な精神的苦痛を被り、その後、それを理由として、原告らが被告会社に対し、出版の停止や損害賠償等を求めるに至っていたという事情の下では、分冊Tに係る出版契約はもとより、本冊に係る本件出版契約及び分冊Uに係る出版契約についても、契約当事者間の信頼関係が著しく破壊され、もはやその継続が不可能になっていたと認められる。
 したがって、原告らは、信頼関係の破壊を理由として、分冊Tだけでなく、本冊及び分冊Uについても、その出版契約を解除することができると解するのが相当である。
(3) 以上によれば、分冊Tについては債務不履行解除に基づき、本冊及び分冊Uについては、信頼関係の破壊を理由とする解除に基づき、被告会社が本件各書籍を出版する権原は、いずれも消滅したものと認められる。
7 争点(3)(出版等差止め等の可否)について
(1) 原告らは、原告らによる解除に基づいて、被告会社が本件各書籍の出版権原を失ったことを前提に、著作権に基づいて、被告会社に対し、本件各書籍の印刷、出版、複製、販売及び頒布の差止め並びに本件各書籍及びこれらに関する印刷用原版(フィルムを含む。)の廃棄を請求する。
 これに対し、被告会社は、被告会社が本件各書籍の出版権原を有することを前提に、原告らの請求に理由がないと主張するが、被告会社が既に本件各書籍の出版権原を失っていることは、前記6で認定したとおりである。
 そうすると、被告会社が出版権原なく本件各書籍を出版する行為は、本件各書籍の著作者の複製権等を侵害するものと認められるところ、本冊については、前記2のとおり、原告X4は少なくとも二次的著作物の著作者として著作権を有し、原告X′は、亡Wの原著作物に係る著作権の相続人として共有著作権を有するから、原告らは、被告会社に対し、その出版の差止めを求めることができるというべきである。
 次に、分冊Tについても、原告X′が、亡Wの原著作物に係る共有著作権を有するとともに、原告X4が、前記2のとおり、「微分法について」と題する3頁に及ぶ新たな記述を挿入したほか、従前の式に微分法の式を付加したり、図の座標軸を加筆して、本文中にその図の説明を書き加えたり、十数箇所の「長円」との表現を全て「楕円」との表現に改めるなどして、上記創作部分に関し二次的著作権を有しているから、原告らは、それぞれの著作権に基づいて、その出版の差止めを認めることができるというべきである。
 他方、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、分冊Uに関する原告X4の関与は、同部分に相当する亡Wの原稿について、「物体」の語を「固体」に改め、また、不必要な「−」の記号を削除したという程度にすぎないものであることが認められるところ、この程度の加除訂正には何ら創作性を認めることができないから、原告X4は、分冊Uについては、二次的著作物に係る著作権を有しないと解するのが相当である。したがって、分冊Uについては、原告X′の差止請求を認めることはできるが、原告X4の差止請求を認めることはできない。
(2) なお、被告会社は、既に本件各書籍の出版及び販売を停止し、分冊T及び分冊Uの在庫を廃棄しており、今後も本件訴訟による紛争が解決するまでは、その出版及び販売の停止を継続する所存であるから、出版差止め等の必要性がないと主張する。
 しかし、被告会社は、本件訴訟において、上記のとおり、なお出版権原を有すると主張しており、しかも、本件訴訟による紛争が解決するまでは販売等を停止すると述べて、なお本件各書籍を販売する意思を有することを明らかにしているのであるから、本件において、被告会社が本件各書籍を販売して、原告らの著作権を侵害するおそれがあることは否定できない。
(3) よって、原告X′は、亡Wから相続した原著作物に係る共有著作権に基づき、法28条、112条1項により、本件各書籍の出版の差止めを求めることができ(なお、「出版」とは著作物を複製して頒布する行為であり(法80条1項参照)、印刷は「複製」に相当し、販売は「頒布」に包含されるから、原告らによる印刷、出版、複製、販売及び頒布の差止請求は、複製及び頒布の差止めを求める趣旨と解される。)、一方、原告X4は、二次的著作物に係る著作権に基づき、法112条1項により、本冊及び分冊Tの出版の差止めを求めることができると解するのが相当である。
 また、原告らは、法112条2項に基づき、その侵害の停止又は予防に必要な措置として、それぞれ出版差止めが可能な各書籍について、その書籍及び印刷用原版(フィルムを含む。)の廃棄を求めることができると解するのが相当である。
8 争点(4)(出版権原不存在確認請求の可否)について
 前記6のとおり、原告らの解除に基づいて、被告会社が本件各書籍の出版権原を失ったことが認められるから、被告会社の出版権原がないことの確認を求める原告らの請求は、いずれも理由がある。
 この点に関し被告会社は、本件訴訟による紛争が解決するまで本件著作物の出版及び販売の停止を継続するつもりであるから、確認請求の理由は存しないと主張するが、被告会社がなお本件各書籍の出版権原を有していると主張しており、本件各書籍を販売し、原告らの著作権を侵害するおそれがあることが否定できないことは、前記7のとおりであるから、かかる被告会社の主張は採用することができない。
9 争点(5)(原告らの損害額)について
(1) 分冊Tの著作者名表示に基づく慰謝料
ア 原告X4につき
 前記2のとおり、分冊Tの著作者名表示は、原告X4の氏名表示権を侵害するものであったと認められ、これは原告X4に対する不法行為に該当するところ、前記2(1)の本件著作物の執筆における原告X4の寄与の程度、前記第2、2(2)イの分冊Tの著作者名及び底本に関する表示の内容、同(11)の分冊Tの販売部数(205部)のほか、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、上記不法行為に基づく原告X4の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は、10万円とするのが相当である。
イ 原告X′につき
 前記3のとおり、分冊Tの著作者名表示は、原告X′に対する不法行為を構成すると認められるところ、著作権者である亡Wと原告X′との身分関係並びに本件著作物の完成及び出版における原告X′の関与の程度のほか、前記第2、2(2)イの分冊Tの著作者名及び底本に関する表示の内容、同(11)の分冊Tの販売部数(205部)、前記2(1)の本件著作物における亡Wと原告X4との寄与割合のほか、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、上記不法行為に基づく原告X′の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は、原告X1につき20万円、原告X2及び原告X3につき各10万円とするのが相当である。
(2) 弁護士費用
 原告らが、分冊Tの著作者名表示に係る不法行為に関連して、原告らの慰謝料に係る損害賠償請求、謝罪広告請求、本件各書籍の出版の差止請求等の訴訟を提起し、その訴訟の遂行を弁護士に委任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、事案の難易、訴訟の経緯及び上記各請求に係る認容の度合い等の諸般の事情を考慮すると、被告会社及び被告Y2の不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、原告X4につき4万円、原告X1につき8万円、原告X2及び原告X3につき各4万円を相当と認める。
10 争点(6)(本件出版助成金提供契約が錯誤により無効となるか否か)について
(1) 原告X1は、被告Y2の説明によって、本冊は需要が見込まれず、400万円を支援しなければ定価が1万8000円程度になると信じ、本件著作物の価格を下げて出版する目的のために出版助成金を提供したが、実際には、本冊には十分な需要があり、また、被告会社は多数回の新聞広告を出す等して出版助成金を価格の削減以外の目的で費消したことから、出版助成金がなくとも本冊の定価を1万2000円として出版することができたとして、本件出版助成金提供契約が錯誤により無効であると主張する。
 この点、前記第2、2の各事実並びに証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本冊が物理学という専門的な分野の教科書であること、亡Wは、生前に原告X′に対して、本冊が100部から200部程度世に出れば十分であると語っていたこと、被告Y2が、本冊の出版に当たり、その製作費を600万円程度と見積もり、それに基づいて本冊の定価を定めようとしたこと、出版業界においては、書籍の売上げについて、おおむね3分の1程度が取次店及び書店のための流通経費に、他の3分の1程度が書籍の製作費に、残りの3分の1程度が印税、編集費、広告費、一般管理費等の間接費に、それぞれ割り当てられるのが一般的であること、被告Y2が、上記製作費の見積額を前提に、本冊を1000部出版した場合の定価が1万8000円程度になると試算したこと、被告Y2が、原告X2を通じて、原告X1に対し、本冊に需要が見込まれず、このままで出版すると定価が1万8000円程度になるが、400万円の援助があれば、定価を1万2000円程度に下げることができるなどと申し入れたこと、原告X1は、被告Y2の申入れを受けて、平成19年夏頃までに、本冊の定価を下げるために出版助成金を提供することを決め、平成19年7月4日から平成20年6月30日までの間に合計399万5460円を被告会社に送金したこと、被告会社は、原告X1から上記出版助成金を受けることになり、さらに、原告X′から本冊の印税の支払を不要とする申入れがなされたこともあって、本冊の定価を1万円に設定し、平成20年6月に第1版第1刷として1000部を出版したこと、本冊は、平成21年2月に第1版第2刷として500部が増刷され、同年7月に第2版第1刷として500部が増刷され、同年12月に第2版第2刷として500部が増刷され、さらに、平成22年6月に500部が増刷されたこと、印刷された3000部のうち少なくとも2500部程度が販売されたこと、被告会社は、本件各書籍について、平成20年5月から平成22年6月までの間に少なくとも18回の新聞広告を出したこと、以上の各事実が認められる。
(2) 上記のとおり、原告X1は、本冊の定価を1万8000円から1万2000円程度に下げることを意図して出版助成金を提供したものであるところ、上記(1)によれば、本冊は、最終的に、定価を1万円として出版されたのであるから、その限りでは、原告X1に錯誤があったとはいえない。
 この点、原告X1は、被告Y2から本冊に十分な需要が見込めないと言われそれを信じたが、本冊には十分な需要があったから、出版助成金がなくとも定価を1万2000円として出版することができたと主張する。
 しかし、十分な需要があるか否かという見込みは、本冊の定価をいくらに設定することによって何部販売ができるかという、仮定的で、かつ将来の不確定な事実についての予測にすぎないから、結果的に予測以上の販売があり、当初の見込みが外れたとしても、それをもって、本件出版助成金提供契約の締結当時の具体的な事実関係について、要素の錯誤があったということはできない。
 また、本件出版助成金提供契約の締結当時において、既に本冊の十分な需要が客観的なものとして存在したと認められるような場合には、その客観的な需要の存在は、錯誤の対象となる具体的な事実といい得る余地があるものの、上記(1)のとおり、本冊が平成20年6月の出版から約2年の間に2500部程度が販売されたという事実は、本冊が出版された後の事実であって、契約締結当時に存在した事実ではないから、それが契約締結時における錯誤の対象となるということはできない。そのほか、本件出版助成金提供契約締結の当時に、客観的な需要が存在していたことを認めるに足りる主張立証はなく、むしろ、本冊は物理学という専門的な分野の教科書であり、亡W自身、それが100部ないし200部程度世に出れば十分であると述べていたこと、1万8000円という価格は一般に流通する書籍の価格としては高価なものといえ、また、最終的に本冊の定価とされた1万円にしても決して安価なものとはいえないこと、本冊の発刊時の印刷部数は1000部であり、その後の初回の増刷は、発刊から約8か月後であったこと、被告会社による積極的な広告がその販売部数の増加に一定程度貢献したと考えられることなどに照らすと、本件出版助成金提供契約の締結当時に本冊の十分な需要が客観的に存在していたと認めることは困難というほかない。
 なお、被告Y2が、平成17年11月頃に本冊の頁数を1200頁とした場合の製作費を600万円程度と見積もり、それをもとに、本冊の売上部数の予測と、売上げの製作費、間接費及び流通経費への配分を考慮して、定価を1万8000円程度と見積もったとの被告Y2の説明について、原告らは、平成17年11月頃には本冊の原稿が完成していなかったのであるから、本冊の頁数を設定することはできなかったはずであるとの疑問を呈するようであるが、証拠(略)によれば、被告Y2は、同年10月頃、亡Wが遺した原稿の全てを原告X′から受領し、その原稿の分量を把握していたと認められるから、被告Y2が、そこに相対性理論の章や量子物理学入門の後半部分を書き加えることを想定して、本冊の頁数をおおむね1200頁程度と見積もったとしても、そのことが不自然であるとはいえず、そのほか、上記の被告Y2による製作費や定価の見積もりが、その当時の事情を前提として、不合理なものであったと認めるに足りる的確な証拠もない。
(3) さらに、原告X1は、被告会社が多数回の新聞広告を出す等して出版助成金を価格の削減以外の目的で費消したことから、出版助成金がなくとも、定価を1万2000円にすることができたとも主張する。
 しかし、原告X1からの出版助成金はいずれも被告会社の銀行預金口座に送金されており、それが被告会社の他の預金と分別管理されていたとは考え難いことからすれば、出版助成金として提供された金員そのものが、被告会社の支出のうちいずれの費用に充てられたのかを認定することは極めて困難というべきである。したがって、そもそも出版助成金が価格の削減以外の目的で費消されたとの原告の主張は採用することができない。
 この点、被告Y2の本人尋問における供述には、出版助成金が主として編集費等の間接費に回ったとの供述が存するが、他方で、出版助成金が何に使われたかははっきりしないとも供述しているのであるから、被告Y2の上記供述は、本冊の出版においては、組版代などの直接製作費を削減することができたが、それ以外の編集費等の間接費には余分の費用がかかったことをいう趣旨にすぎず、出版助成金として提供された金員そのものを間接費の支払に充てた旨を供述するものとは解されない。
 また、証拠(略)によれば、被告Y2は、出版助成金の提供を依頼するに当たり、本冊の製作費、特に組版代相当額を目安として出版助成金の額を定めたことが認められるが、他方で、本件出版助成金提供契約においては、出版助成金の使途が製作費に限定されていたわけではなかったと認められる。そうすると、出版助成金を製作費に充てることが同契約の内容になっていたとは認められないから、被告会社が、原告X1から出版助成金を受けることによって、自社の経費の全体的な負担を軽減し、それによって本冊の定価を現に下げることができたのであれば、仮に受領した出版助成金を製作費以外の用途に充てたという事実があるとしても、それをもって、本件出版助成金提供契約における要素の錯誤があったということはできない。
 なお、被告会社は、上記(1)のとおり、平成20年5月から平成22年6月までの間に18回にわたって新聞広告を出しており、そのためにそれなりの広告費を支出したことがうかがわれるが、それらの広告のうち、最後の出版助成金が提供された平成20年6月頃までに出された広告は2回にすぎず、その余の16回の広告は、いずれも同年8月から平成22年6月までの間に行われたものであり、一方で、その間は、本冊の売上げによる収入が得られた時期でもあるから、それらの広告費の合計額が相当額に上るとしても、そのことから、出版助成金がこれらの広告費に充てられたことや、出版助成金の提供がなくとも、当然に定価を1万2000円とすることができたことが推認されるわけではない。
(4) 以上によれば、本件出版助成金提供契約が錯誤により無効であるとの原告X1の主張は、採用することができない。
11 争点(7)(原告X′の本冊に係る印税請求権の有無)について
(1) 原告X′は、本件出版契約において、被告会社との間で、印税を定価の10パーセントとし、同印税につき亡Wの寄与分を84パーセント、原告X4の寄与分を16パーセントとすることを合意したと主張する。
 しかし、本件出版契約において、原告X′と被告会社との間で、本冊の出版に係る印税に関する具体的な合意があったと認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、被告会社がかかる印税合意の存在を否認している上、原告X2自身も、その本人尋問において、印税に関する合意を認識していなかったと供述しており、しかも、前記第2、2(6)のとおり、後に原告X′が本冊の印税を不要とする旨を明示していることに照らすと、本件出版契約において、原告X′と被告会社との間で、印税の支払が合意されたと認めることはできない。
 したがって、原告X′の印税に係る合意についての主張は採用することができない。
(2) また、仮に本件出版契約において原告X′と被告会社との間で印税に係る合意がされ、原告X′が印税請求権を取得していたとしても、前記第2、2(6)のとおり、その後、原告X′が本冊についての印税が不要である旨を申し入れ、印税を無償とすることが合意されたことは明らかであるから、これによって、原告X′は印税請求権を放棄したものと認めるのが相当である。
 この点に関し原告X′は、本件出版助成金提供契約が錯誤により無効であるのと同様に、かかる印税の放棄も錯誤により無効であると主張する。
 しかし、前記10(1)のとおり、本冊の定価は、原告X1による出版助成金の提供及び原告X′による印税不要の申入れを受けて、1万円に設定されたのであるから、その点において錯誤があったとは認められず、このほか、本冊には十分な需要があり、印税の放棄がなくとも本冊の定価を1万円として出版することができたというような事実が認められないことも、前記10と同様であるから、原告X′の印税の放棄に係る錯誤無効の主張は採用することができない。
(3) 以上によれば、いずれにせよ、原告X′が本冊に係る印税請求権を有するものとは認められないから、原告X′の請求は理由がない。
12 争点(8)(原告らの分冊T及び分冊Uに係る印税請求権の有無)について
 原告らは、本件出版契約において、本冊だけでなく、分冊に関しても、印税を定価の10パーセントとし、同印税につき亡Wの寄与分を84パーセント、原告X4の寄与分を16パーセントとすること、原告X4の監修料を定価の2パーセントとすることを合意したと主張し、かかる合意の存在を前提に、分冊T及び分冊Uについての印税請求権があると主張する。
 しかし、前記6(1)のとおり、本件出版契約の締結当時、分冊の出版が具体的に予定されていたことはなく、同契約において分冊の出版についての合意がなされたことはないと認められる以上、そこで、分冊に係る印税及び監修料についての合意がなされたと認めることはできない。
 また、原告X′については、そもそも本冊に係る印税についての合意すら認められないことは、前記11(1)のとおりである。他方、原告X4については、前記第2、2(4)のとおり、本件出版契約において、本冊に係る印税及び監修料について具体的に合意されていたことが認められるものの、上記のとおり、本件出版契約の当時には分冊の出版の予定はなかったのであり、しかも、本件著作物の執筆の経緯に照らせば、本冊における亡Wと原告X4の寄与割合とそれを分冊化した場合の各分冊における寄与割合とが当然に異なってくることに鑑みれば、当事者間において、本冊について合意される印税等の額又は計算方法をその後出版される分冊の印税等の額又は計算方法にそのまま適用することが、当然の前提とされていたとは考えられない。
 よって、原告らの分冊T及び分冊Uに係る印税請求権の主張は理由がない。
13 結論
 以上によれば、原告らの請求は、原告X′が被告会社に対し、本件著作物の原著作物に係る共有著作権に基づき、本件各書籍の複製及び頒布の差止め並びに本件各書籍及びその印刷用原版の廃棄を求め、原告X4が被告会社に対し、二次的著作物に係る著作権に基づき、本冊及び分冊Tの複製及び頒布の差止め並びに両書籍及びその印刷用原版の廃棄を求めるとともに、原告らが被告会社に対し、出版権原の不存在の確認を求め、また、分冊Tの著作者名表示に係る不法行為に基づき、被告会社及び被告Y2に対して、原告X1が28万円、原告X2、原告X3及び原告X4が各14万円並びにこれらに対する不法行為の後の日である平成22年11月7日(訴状送達の日の翌日)からの年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する(なお、主文第2項及び第4項については仮執行宣言を付すのが相当でないから、これを付さないこととする。)。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 寺田利彦
 裁判官 足立拓人


(別紙)書籍目録
1 書籍名 基幹物理学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−
  出版社 株式会社てらぺいあ
  共同著作者名表示 W、X4
  出版日 平成20年6月10日
2 書籍名 基幹物理学 分冊T力学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−
  出版社 株式会社てらぺいあ
  著作者名表示 Y3
  出版日 平成22年4月12日
3 書籍名 基幹物理学 分冊U熱学・数学の復習−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−
  出版社 株式会社てらぺいあ
  著作者名表示 W
  出版日 平成22年6月30日

(別紙)著作物目録
 書籍名 基幹物理学−こつこつと学ぶ人のためのテキスト−
 出版社 株式会社てらぺいあ
 共同著作者名表示 W、X4
 出版日 平成20年6月10日
 のうち、上記書籍の本文。
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