判例全文 line
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【事件名】仏画の著作物性及び模写事件
【年月日】平成24年12月26日
 東京地裁 平成21年(ワ)第26053号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年10月15日)

判決
原告 A
同 B
同 C
同 D
上記4 名訴訟代理人弁護士 大谷郁夫
同 鷲尾誠
同復代理人弁護士 神谷将史
被告 E
同訴訟代理人弁護士 埴原一也
同 新里清高


主文
1 被告は、別紙被告仏画目録2記載の番号(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@、(14)の各仏画を販売、頒布、展示してはならない。
2 被告は、別紙被告仏画目録2記載の番号(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@、(14)の各仏画を使用した書籍、パンフレット、ホームページ画像を制作してはならない。
3 被告は、別紙被告書籍目録記載の書籍から、別紙被告仏画目録2記載の番号(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@、(14)の各仏画を掲載した箇所を抹消せよ。
4 被告は、別紙被告仏画目録2記載の番号(13)@を掲載したパンフレットを廃棄せよ。
5 被告は、原告A、同B、同Cのそれぞれに対し、各13万9483円及びうち13万3183円に対する平成21年8月29日から、うち1913円に対する平成23年3月31日から、うち637円に対する平成23年12月31日から、うち3750円に対する平成24年2月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告は、原告Dに対し、9万9483円及びうち9万3183円に対する平成21年8月29日から、うち1913円に対する平成23年3月31日から、うち637円に対する平成23年12月31日から、うち3750円に対する平成24年2月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用はこれを25分し、その23を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
9 この判決は、第5、6項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙被告仏画目録1及び2記載の各仏画を販売、頒布、展示してはならない。
2 被告は、別紙被告仏画目録1及び2記載の各仏画を使用した書籍、パンフレット、塗り絵用下絵、ホームページ画像を制作してはならない。
3 被告は、別紙被告仏画目録1及び2記載の各仏画を使用した書籍、パンフレット、塗り絵用下絵、ホームページ画像を廃棄せよ。
4 被告は、原告らそれぞれに対し、各922万4500円及びこれに対する平成21年8月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告は、朝日新聞の全国版に、別紙謝罪文目録記載の謝罪文を、掲載スペースが2段抜き左右20センチメートル、活字の大きさが表題12級ゴシック、本文9級明朝体、記名・宛名10級明朝体で1回掲載せよ。
6 第4項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、仏画家であるF(雅号はF’。以下「F氏」という。)の相続人である原告らが、被告に対し、別紙被告仏画目録1記載の各仏画(以下、それぞれ「被告仏画1(1)」などといい、これらを併せて「被告仏画1」という。)及び同目録2記載の各仏画(以下、それぞれ「被告仏画2(1)」、「被告仏画2(5)@」などといい、これらを併せて「被告仏画2」という。なお、(3)、(4)、(8)及び(9)は欠番である。以下、被告仏画1と被告仏画2を併せて「被告各仏画」という。)は、F氏の制作に係る別紙原告仏画目録1記載の各仏画(以下、それぞれ「原告仏画1(1)」などといい、これらを併せて「原告仏画1」という。)及び同目録2記載の各仏画(以下、それぞれ「原告仏画2(1)」などといい、これらを併せて「原告仏画2」という。なお、(3)、(4)、(8)及び(9)は欠番である。以下、原告仏画1と原告仏画2を併せて「原告各仏画」という。)を複製又は翻案したものであるから、被告各仏画を販売し、頒布し、展示し、又は上記被告各仏画を使用した書籍、パンフレット、塗り絵用下絵、ホームページ画像を制作することは、原告らが相続により取得した原告各仏画の著作権(複製権、譲渡権、展示権又は著作権法28条に基づく二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)を侵害すると主張し、著作権法112条に基づき、被告各仏画の販売、頒布、展示の差止め、これらの仏画を使用した書籍等の制作の差止め及び同書籍等の廃棄を求めるとともに、原告仏画1及び原告仏画2の著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為責任に基づく損害賠償として、原告らそれぞれに対し、各922万4500円(4名合計3689万8000円)及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成21年8月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求め、さらに、被告が、原告各仏画を無断で複製又は改変した上、これを被告の作品であると表示して展示等をした行為は、F氏の著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害となるべき行為であると主張し、F氏の死後における人格的利益の保護のための措置(著作権法60条、116条1項、115条)として、謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実以外は、証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 原告ら
(ア) 原告A(以下「原告A」という。)、原告B(以下「原告B」という。)及び原告C(以下「原告C」という。)はF氏の子であり、原告D(以下「原告D」という。)はF氏の長男であるGの子である(甲3、4、10ないし15)。
(イ) F氏は昭和59年8月5日に死亡し、同人をその妻であるH、その子である原告A、同B、同C及びGが相続した(甲1ないし4)。
(ウ) Hは平成10年2月2日に死亡し、同人を原告A、同B、同C及びGが相続した(甲4ないし14)。
(エ) Gは平成21年1月27日に死亡したが、同人の相続人間における一部遺産分割協議により、同人の相続財産中、被告に対する著作権侵害に基づく侵害行為差止請求及び損害賠償請求権は原告Dが取得するものとされた(甲14、15、16の1ないし5)。
イ 被告は仏画家であり、平成7年4月に山梨県北杜市<以下略>(被告住所地)においてE美術館(以下「被告美術館」という。)を開設している。
(2) F氏による原告各仏画の制作
ア F氏は、昭和16年頃から昭和36年頃までにかけて、原告仏画1(1)ないし(9)を制作し、これらの仏画は、「復原國寶佛画」(昭和44年10月30日発行、株式会社佼成出版社)に収録された(甲46、47)。また、F氏は、昭和49年頃、原告仏画1(10)を制作し、同仏画は、「復原高雄曼荼羅」(昭和50年4月22日発行、株式会社佼成出版社)に収録された(甲48、49)。
 原告仏画1 (1)ないし(10)の内容は、別紙原告仏画目録1の添付1ないし12のとおりである(甲46ないし49)。
 原告仏画1 (1)ないし(10)は、それぞれ下記(ア)ないし(コ)の国宝又は重要文化財として指定されている仏画又は曼荼羅を原図とし(その内容は別紙原図目録記載1ないし10のとおりである。)、これを復原する意図で制作されたものである。
(ア) 原告仏画1 (1) F氏が東大寺から提供を受けた大仏蓮弁毛彫(国宝)の拓本(以下「原図1」という。甲101、102の1ないし12、103ないし110)
(イ) 原告仏画1 (2) I氏所蔵の国宝・釈迦金棺出現図(以下「原図2」という。甲59)
(ウ) 原告仏画1 (3) 高野山金剛峯寺所蔵の国宝・仏涅槃図(以下「原図3」という。甲60)
(エ) 原告仏画1 (4) 東京国立博物館所蔵の国宝・普賢菩薩像(以下「原図4」という。甲61)
(オ) 原告仏画1 (5) 法華寺所蔵の国宝・阿弥陀三尊及童子図(以下「原図5」という。甲62)
(カ) 原告仏画1 (6) 高野山有志八幡講一八箇院所蔵の国宝・阿弥陀聖衆来迎図(以下「原図6」という。甲63)
(キ) 原告仏画1 (7) 甚目寺所蔵の重要文化財・不動明王像(以下「原図7」という。甲64)
(ク) 原告仏画1 (8) 醍醐寺所蔵の国宝・不動明王像(以下「原図8」という。甲65)
(ケ) 原告仏画1 (9) 醍醐寺三宝院所蔵の国宝・訶梨帝母像(以下「原図9」という。甲66)
(コ) 原告仏画1(10) 神護寺所蔵の国宝・高雄曼荼羅胎蔵法曼荼羅(以下「原図10」という。乙14)。ただし、F氏は、原告仏画1(10)を制作するに当たり、原図10を参照したほか、約400体の諸尊の形状及び配置に関し、「三本両部曼荼羅集」(大村西崖著、佛書刊行會発行、甲90、100の1ないし11)を参考にし、また、諸院を区切る枠(文様帯)内の模様(文様)、外金剛部院の外側の模様(外縁装飾)については、「研究報告書『高雄曼荼羅』高雄曼荼羅の研究」(東京国立文化財研究所著、吉川弘文館発行、甲91)を参考にした(甲49)。
イ F氏は、昭和44年頃までにかけて、原告仏画2を制作し、これらの仏画は、前記「復原國寶佛画」に収録された(甲46、47、73)。
 原告仏画2の内容は、別紙原告仏画目録2の添付13、14、17ないし19、22ないし31のとおりである(甲47、73)。
(3) 被告による被告各仏画の制作、頒布、書籍の出版等
ア 被告各仏画の制作
 被告は、昭和50年頃から、順次、被告仏画1及び被告仏画2を制作した(被告本人)。
 被告仏画1の内容は、別紙被告仏画目録1の添付1ないし10のとおりであり、被告仏画2の内容は、別紙被告仏画目録2の添付1、2、5ないし7、10ないし19のとおりである(甲17ないし24、74 、 乙1の18・19・24・25、27、28、29の1ないし9)。
 被告仏画2(1)@及びA、(2)、(6)、(7)、(10)ないし(12)、(13)@及びA、 (14)は、前記「復原國寶佛画」に掲載された原告仏画2(1)、(2)、(6)、(7)、(10)ないし(14)にそれぞれ依拠して制作されたものである(ただし、被告は、被告仏画2(10)については、原告仏画2(10)のほか他の仏画〔乙16の1、16の4〕も参照したものと主張している。)。
 被告仏画2(16)ないし(19)は、被告が制作した紺紙金泥画を撮影したモノクロ写真である(乙1の18、19、24、25)。
イ 被告各仏画を掲載した書籍の出版等
 昭和57年ころから順次出版された次表記載の書籍(以下、それぞれ「被告書籍(ア)」などといい、これらを併せて「被告各書籍」という。)には、次表記載の被告仏画がそれぞれ掲載されている(「掲載仏画」欄記載の番号は、被告各仏画のうち、当該書籍に掲載された仏画の番号を示す。)(甲17ないし24、113)。
番号・被告書籍名 掲載仏画
(ア)「あなた自身のみ仏に出会うための図説写仏のすすめ」
  (甲17・昭和57年1月1日初版発行)
2(2)、2(5)@、2(10)、2(14)
(イ)「写仏下絵図像集 第三巻/不動明王」
  (甲18・平成13年3月31目第5刷発行)
1(7)、1(8)@、1(8)A
(ウ)「あなた自身のみ仏に出会うための図説写 仏教室」
  (甲19・昭和61年2月1日初版発行)
1(9)、2(1)@
(エ)「写仏下桧図像集 第四巻 釈迦如来」
  (甲20・昭和63年4月1日初版発行)
1(3)
(オ)「新・写仏のすすめ」
  (甲21) (旧版・ 新版) (平成9年6月20日旧版初版発行)
2(1)A、2(2)、2(5)@、2(10)
(カ)「シルクロード仏画ぬり絵」
  (甲22・平成19年3月31日第1刷発行)
1(6)、2(1)@、2(12)、2(13)@
(キ)「写仏下絵図像集 第1巻 観世音菩薩」 (旧版)
  (甲131)
2(13)A
(ク)「新装普及版 写仏下絵図像集 第1巻 観世音菩薩」
  (甲23・平成19年6月1日新装普及版第1刷発行)
1(6)A、1(6)B、2(6)、2(7)、2(11)、2(13)@
(ケ)「写仏下絵図像集 第2巻 阿弥陀如来と十三仏」
  (甲24) (旧版・新装普及版) (平成19年6月1日新装普及版第1刷発行)
1(5)、1(6)@、2(5)@、2(5)A、2(15)
ウ 被告美術館における展示
 被告は、被告美術館において、被告の制作した仏画を展示している。
エ 被告美術館パンフレットの配布等
 被告は、被告美術館のパンフレットを作成し、頒布しているところ、平成21年より前に制作・配布されたもの(乙45の1・2)には、被告仏画1(1)、1(4)、2(13)@が掲載されており、また、被告仏画1(2)の一部が写り込んでいる。平成21年ないし23年にかけて作成・配布されたもの(乙46)及び平成24年以降に作成・配布されたもの(乙47)には、被告の制作した仏画が掲載されているが、被告各仏画の掲載又は写り込みは認められない(乙46、47)。
 被告は、ほかに、被告の制作した仏画をポスター、絵はがき等に掲載している。
オ 被告美術館ホームページにおける仏画の掲載
 被告は、平成21年5月30日時点において、被告美術館のホームページに、被告の制作した仏画を掲載しており、上記掲載仏画には、被告仏画1(1)、1(2)、1(10)が含まれている(甲25)。
カ 仏画教室の開催等
 被告は、各地において仏画教室を開催し、同教室において、被告の制作に係る仏画下絵等を配布している(甲27、被告本人)。
(4) 消滅時効援用の意思表示
 被告は、原告らに対し、平成23年12月9日の本訴第13回弁論準備手続期日において、原告各仏画の著作権侵害に基づく損害賠償請求権につき、消滅時効を援用する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著)。
2 争点
(1) 原告仏画1の著作権侵害の成否
ア 原告仏画1の著作物性
イ 被告仏画1は、原告仏画1を複製したものに当たるか。
(2) 原告仏画2の著作権侵害の成否
ア 被告仏画2(5)@及びA、2(13)、(16)ないし(19)は、原告仏画2(5)、2(13)、2(16)ないし(19)に依拠して作成されたものか。
イ 被告仏画2は原告仏画2を複製又は翻案したものに当たるか。
ウ F氏による許諾の有無
(3) 差止め及び廃棄請求の可否
(4) 著作権侵害による損害賠償請求権は、消滅時効又は除斥期間の経過により消滅しているか。
(5) 著作権侵害による損害額
(6) 著作権法116条1項に基づく名誉回復等の措置請求の可否
ア 被告各仏画を被告書籍に掲載すること等は、「著作者人格権を侵害する行為」又は「著作権法60条に違反する行為」(「著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為」)(著作権法116条1項)に該当するか。
イ 名誉回復等の措置としての謝罪広告の適否
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(原告仏画1の著作物性)について
(原告らの主張)
(1)ア 原告仏画1は、いわゆる模写作品であるところ、模写作品が単に原画に付与された創作的表現を再現しただけのものであり、新たな創作性が付与されたものとは認められない場合には、原画の複製物であると解すべきである一方、模写作品に、原画制作者によって付与された創作的表現とは異なる、模写制作者による新たな創作的表現が付与されている場合には、上記の意味の「模写」を超えるものであり、その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべきである。
イ F氏による原図の復原方法は、下記(2)に述べるとおり、従来行われてきた模写の方法とは異なる極めて独特のものであり、原告仏画1には、原図の創作的表現とは異なる、新たな創作的表現が付与されており、原告仏画1は、原図から感得される創作的表現のみが模写作品から覚知されるにすぎないものに当たらない。
(2)ア すなわち、従来行われてきた古画の模写方法には、「敷き写し」(原画の上に薄紙を載せ、それに透かして原画を写す方法)と「揚げ写し」(原画の上に透き通らない程度の稍紙を載せ、一端を文鎮で押さえ、一端を細巻きにし、紙を上下しながら原画の残像の消えないうちに紙に写す方法)があるが、これらの方法は、できるだけ正確に原画を模写するための方法であるため、原画の線描が制作当時のまま残っている場合には、模写作品にはこれと全く同じ線描が再現され、また、原画に剥落がある場合には、この部分を模写することはできず、仮に剥落部分の線描や色彩を想像して描いた場合には、剥落していない部分と剥落部分を想像で描いた部分との整合性を保てず、木に竹を接いだような画となってしまうという特徴がある。
イ これに対し、F氏の復原方法は、復原の対象となる仏画を、これを所蔵している美術館等において長時間にわたりじっと観察し、その線描と色彩を紙に臨模し、これを自宅に持ち帰って、臨模した紙に基づいて復原するという方法であった。すなわち、F氏の復原方法は、原画に触れることなく、自らの理念として脳裏に刻み込み消化した上で、その思想的表現として新たに仏画を描き起こすという方法であり、原画を機械的に模写するのではなく、臨模した紙に記載された線描と色彩の情報を元に、専らF氏自身の経験、仏教や仏画についての知識、卓越した技術等をもって新たに仏画を描き起こすのである。したがって、原画の線描や色彩が制作当時のまま残っている場合であっても、復原した作品の線描や色彩は、原画と全く同じにはならず、随所に相違点が見られることになる。また、復原作品には、制作当時のまま残っている部分と剥落部分の区別はなく、模写した部分と、想像で描いた部分との整合性が保てないなどという問題も生じない。
 F氏のこのような復原方法及びこれにより復原された画の独自性については、前記「復原國寶佛画」出版当時の文化庁文化財保護審議会委員、愛知県芸術大学学長、京都近代美術館館長らにより、「氏の復原仏画には部分の破綻がなく、復原にして復原にあらざる気品と生気が感ぜられる。」、「そのできる道程にしても、出来上がった結果にしても、単なる模写とはいえぬ。いわば起源に遡っての模写であり、また創作であるともいえる。…画面の奥に潜む本質をつかみ、これを再び画面に再現せんとするのである。」、「黒くなったり汚れたりした原画ではとても弁別できない多くの細部が驚くほど明確に表現されている。…原画では味わい得ない細部の鮮明な表現は、金棺出現図でも、その他の仏画でも、さまざまに実現されて、F’氏独自の復原世界を形成している。」などと評されているとおりである。
ウ 以上のとおり、原告仏画1は、上記の復原方法に起因して、原図の具体的表現に大幅な修正、増減、変更を加え、新たに思想又は感情を創作的に表現したものとなっており、原図とは別の新たな創作的表現を感得することができるものとなっている。それゆえに、原図と原告仏画1には表現上の実質的同一性がなく、原告仏画1からは、原図から感得される創作的表現を超える、独自の創作的表現が覚知されるものである。
(3) 下記アないしコのとおり、原告仏画1によって、原図に加えられた修正、増減、変更等の具体的内容及びこれにより感得されるべき新たな創作的表現の内容を個別にみても、原告仏画1に独自の創作性があり、著作物性が認められることは明らかである。
ア 原告仏画1(1)(大仏蓮弁毛彫)
(ア) 原告仏画1(1)は、奈良県東大寺の大仏(盧舎那仏座像)の台座の蓮弁に線刻された仏画(蓮弁毛彫)を再現する意図で制作されたものであり、F氏が東大寺から提供を受けた蓮弁毛彫の拓本である原図1の線描を参考に制作されたものである。
 原図1には不鮮明な部分や打ちむらがある上、蓮弁毛彫に存在する丸形の打刻により欠損している部分や汚損部分もそのまま写し取られているため、これらの部分の線描はうかがい知ることができない。また、実際の蓮弁には膨らみがあるが、拓本はこれを平面に写し取ったものであるから、蓮弁との間に多少の歪みや違いが生じる。さらに、実物の蓮弁の中央最上部はわずかに凹型に下がっているが、拓本にする際にはその部分に紙を当てるため、原図1では最上部が凸型に写し取られている。
 欠損又は汚損部分を具体的にみると、原図1は、中央に釈迦如来、左右にそれぞれ11体の菩薩、その周囲に飛雲する化仏が線描されている「釈迦説法図」(上層部)、26本の横線により25区に分かれた部分を7つの須弥山が支えている様が線描されている「須弥山世界図」(中層部)、その下の「大蓮華図」(下層部)に大別できるが、上層部において、22体の菩薩中、数体の頭部、宝冠、飾り、右肘及び天衣の様子が見えない部分がある。また、中層部においても、汚損及び欠損により、見えない部分が存在する。
(イ) これに対し、原告仏画1(1)は、上層部において、菩薩の頭部、宝冠、飾り、肘及び天衣の様子を仔細に描き加えている。なお、菩薩の頭飾りは、それぞれ異なっており、一つとして同じものはない。また、中層部において、見えない部分を描き加えるなどしており、これにより、楼閣及び菩薩頭部の数や配置が、原図1とは異なるものになっている。
(ウ) F氏は、その知識及び経験に基づき、上記(ア)でみた原図1の欠損部分等を上記(イ)のとおり補い、原告仏画1(1)を制作したものであり、このように欠損部分を細かく描き、全体を詳細に細部まで明らかにしたことで、美的な表現を創出しているものであって、原告仏画1(1)には創作性がある。
イ 原告仏画1(2)(釈迦金棺出現図)
(ア) 原図2は、剥落や色の脱落が進んでおり、全く見えないか不鮮明な部分が存在する。
(イ) 原告仏画1(2)は、原図2において見えない部分又は不鮮明な部分について、別紙図面1(釈迦金棺出現図構成尊像略図)に表示された各尊のうち番号、〔63〕の眉、〔67〕の兜、〔53〕、〔6〕、〔18〕の顔、〔3〕、〔12〕の衣服を明確に描き、〔80〕の右上に花を2輪、〔79〕の右下に大きな花を1輪描き、〔50〕の右肩部分に飾りを描き、四隅に至るまで明確な線描と色彩をもって人物や花を描き入れ、〔56〕の顔の色、〔2〕の半襟の色・着衣の文様及び花紋・肩のショール状の着衣の形状や色などについて鮮やかな着色を施している。〔62〕、〔57〕の毛髪については、原図では1本ずつ描かれているのをまとめて描いている。また、〔1〕の左側の木の枝の形状や袈裟の花紋を描き、祭壇に明るい着色を施し、かつ、祭壇の上面と側面の色を同色としている。
 このように、原告仏画1(2)は、原図2において全くあるいはほとんど見えない、細部の表現や、画の右上の地形や波などにつき、隅々まで描線を明確に描き込み、思い切った着色を施すことにより、明るい釈迦の光背と相俟って、中央に位置する釈迦を華やかに際立たせ、全体を明るい印象のものとしている。また、上記した祭壇の着色は、祭壇を周囲から明確に区別する効果をもたせている。これらが総合されて、 原告仏画1 (2)には作品全体に新たな美的表現が付加されており、同仏画には創作性がある。
ウ 原告仏画1(3)(仏涅槃図)
(ア) 原図3は、剥落や色の脱落が進んでおり、全く見えないか不鮮明な部分が存在する。
(イ) 原告仏画1(3)は、原図3において見えない部分又は不鮮明な部分に関し、別紙図面2(仏涅槃図登場人物一覧)に表示された各尊のうち〔24〕の顔の細部を描き込み、〔37〕の右側の宝床台や牀台下部の飾り・敷布の縁や内側の花紋等を描き入れ、〔36〕に顕著にみられるとおり、着衣の模様や柄が不明な部分についても細部まで描き込み大胆に着色している。また、〔31〕右の沙羅双樹の木を原図よりも左に傾け、〔31〕や〔37〕、〔32〕らの位置を原図3よりもやや〔1〕から遠ざけることにより、釈迦の左側にゆったりとした印象を与えている。また、左右上辺の地形や雲海を明確に描き込んでいる。
 これらの総合効果により、原告仏画1(3)には気品と生気が与えられ、原図3に比べ、より中央の釈迦に焦点が与えられるという美的効果が付与されており、原告仏画1(3)には創作性がある。
エ 原告仏画1(4)(普賢菩薩像)
(ア) 原図4は、剥落や色の脱落が進んでおり、とりわけ白象の顎の向かって左側下部の前脚や他の脚の膝から下部分は、剥落のため見えない状態となっている。
(イ) 原告仏画1(4)は、原図4では見えない又は明確ではない部分である菩薩の着衣(肩から掛けている条帛、足から蓮華座にかけて垂れている天衣等)や白象の鞍飾りの文様を明確にし、かつ、着色を施し、一部は原図4と異なる色とし、また、薄色の天衣(菩薩の蓮華座の左右から白象の頭部・臀部にかけて垂れているもの)を描いている。また、白象について、鼻に皺を描いて表情を明確にし、首回りや顎、臀部付近から垂れている飾りを明確に描き入れ、かつ、脚及び足下の踏割蓮華を新たに描き起こしている。
 原告仏画1(4)は、上記の各点を含め、全体に線描と色彩を明瞭にすることにより、原図4に比べて画全体の表現を明確にして、看者に強い感興を与えるものとなっており、創作性がある。
オ 原告仏画1(5)(阿弥陀三尊及童子図)
(ア) 原図5は、阿弥陀仏の印相のうち、人差し指と中指の形が不明であるなど、くすんで判然としない箇所がある。また、全体に赤みがかっており、各部分の色の差異が明瞭ではない。
(イ) 原告仏画1(5)は、阿弥陀仏の中指が人差し指よりも内側に折られ、指の間には水掻きが描かれている。また、両親指の背の上に、胸筋の端と思われる線が描かれている。原告仏画1(5)は、このように原図5では判然としない箇所について明確な描線を加えている上、光背の色を複数に塗り分け、全体を明るい色調として、画全体に気品と威厳を与えており、原告仏画1(5)には創作性がある。
カ 原告仏画1(6)(阿弥陀聖衆来迎図)
(ア) 原図6は、色の脱落等により、菩薩の持つ楽器や着衣の模様、顔等につき、見えない又は判然としない部分がある。
(イ) 原告仏画1(6)は、別紙図面3に表示された各尊のうち、番号〔13〕の太鼓台座の前面の模様を、原図6と異なり全て同じ色彩で描き、また、原図においてほぼ見えない部分である、〔10〕、〔11〕の楽器の弦や柱、〔2」、〔3」、〔11〕の着衣や飾りの模様、〔2」、〔3〕の蓮華座の模様、〔21〕の菩薩の顔を細部まで明確に描き込んでおり、〔22〕の菩薩の顔の右上部分を明確に描いている。また、〔27〕の持物(旗)の竿の帯状の模様や、〔3〕の飾りなどについて大胆な着色を施している。
 原告仏画1(6)は、これらにより、原図6に比べて、画全体を華やかな印象のものとし、看者により強い美的印象を与えており、創作性がある。
キ 原告仏画1(7)(不動明王像)
(ア) 原図7は、明王の額が広く面長であり、衣服(条帛〔じょうはく〕)の襞の様子や装身具の詳細について不明な箇所がある上、瑟瑟座(しつしつざ)側面の色は脱落が激しく、赤色と黄色以外は判別不能である。
(イ) 原告仏画1(7)は、明王の額を狭く丸顔に描いており、また、衣服の襞を数層に描き、装身具(正面腹部付近、左右の膝頭の下)を丁寧に描き込み、さらに、瑟瑟座に赤、黄色以外に青や緑を使用し、配色を再構成している。
 原告仏画1(7)は、上記のとおり明王の顔を額が狭く丸顔としたこと及び瑟瑟座の配色を再構成したことにより、全体に原図7より明るい印象を与えるものとなっており、また、着衣や装身具を明確に描いたことにより、明王の華麗さを際立たせるとともに美的効果を生み出しており、創作性がある。
ク 原告仏画1(8)(不動明王像〔五大尊の内〕)
(ア) 原図8は、波、岩座、不動明王の瓔珞(ようらく)等の位置、形状、色等が明確ではなく、明王の頭髪の形状(顔向かって右側に垂れている髪の編み方等)はよく見えない。また、左右の童子の肌の色や顔の表情等は不明確であり、足首や上腕に巻かれた布の色も不明である。また、明王が右手に持っている剣は細長い。
(イ) 原告仏画1(8)は、岩座やその周辺の波を明確に描いて着色を施し、また、左右の童子の着衣に青色で着色し、右側の童子の顔の表情も描線を描き入れて明確なものとし、かつ、肌の露出部について、顔の色と同じ着色を施すなどして、童子の存在を際立たせている。また、明王の髪の編み方や形状、頭髪内部の形状を明確に描くことにより質感を与え、衣服の模様や瓔珞を明確に描き込み、左手の人差し指については原図8よりも長くする(第一関節から下も描く)ことにより、長くしなやかな印象を与える一方、右手に持つ剣は原図8より太く短くすることにより、たくましい印象を与えている。これらにより、 原告仏画1(8)は全体的に独自の美的表現を生み出しており、創作性がある。
ケ 原告仏画1(9)(訶梨帝母像)
(ア) 原図9は、画面左下の童子の左手の親指が他の指とそろい、手のひらと訶梨帝母の袖口の花弁とが接近している。また、訶梨帝母の襦袢の裾から見える模様は不明であり、襟が直線的かつ鋭角的で、両肩にまとう天衣の裾が、画面右下において台座の角と接着している。さらに、抱かれている童子が握る枝が指に隠れて一部見えない。
(イ) 原告仏画1(9)は、原図9と比較して、左下の童子につき、親指を他の指と離すことで強い感情表現を感得させるものとなっており、また、手のひらと訶梨帝母の袖口付近の花弁との間隔を離すことで、原図9よりも童子の存在が強く感じられるものとなっている。また、訶梨帝母の着衣に花紋を描き入れ、青い襟を原図9よりも柔らかくゆったりした感じとし、白い襟の角度も緩やかにすることにより、ゆったりした印象を与えている。また、抱かれている童子の持つ枝も全て見せるなど、全体的に大胆な着色を施したことと相俟って、人物の表情、たたずまい等が明確になり、美的表現が創出されており、創作性がある。
コ 原告仏画1(10)(高雄曼荼羅)
(ア) 原告仏画1(10)は、胎蔵界曼荼羅である原図10を復原したものであって、「大日経」に説かれている悟りの真実のあり方を図示し、大日如来を中心とした仏教的な宇宙観を図画的に表現したものである。したがって、原図10を復原するに当たっては、曼荼羅を構成する400体以上の諸尊のみならず、諸院を区切る枠(文様帯)や文様帯の中の模様(文様)まで含めて、細部に至るまで統一的かつ精緻に描く必要がある。
 しかし、原図10は損傷が激しいため、約400体の諸尊の形状、文様帯と文様、外縁装飾の具体的表現を原図10から把握することは困難である。また、「三本両部曼荼羅集」からは、諸尊の形状は把握できるが、中台八葉院の背景の模様、諸尊の光背、釈迦院の中央の東方初門、文殊院と外金剛部院との間の門は描かれておらず、その形状を把握できない。さらに、F氏が文様帯、文様及び外縁装飾部分の制作に当たり参照した「研究報告書『高雄曼荼羅』」には、文様の一描写例が掲載され、文様帯の配置の概説及び文様の形状と配置の説明がされているのみで、文様の形状の細部にわたる具体的表現や基本単位となる文様の大きさは不明であり、また、各文様帯の中に、文様をどのような大きさでいくつ描いていくかは、一部を除いて不明である。加えて、外縁装飾については、描写例を掲載したものはなく、上記研究報告書にも、配置の説明及び筆者の推論が記載されているのみであり、具体的表現は明らかにされていない。
(イ) これに対し、原告仏画1(10)は、F氏の長年の経験による洞察力と仏画に関する深い知識に基づき、原図10や参考資料からは把握できない中台八葉院の背景模様、諸尊の光背、東方初門、文殊院と外金剛部院との間の門などを描いており、しかも、中台八葉院以外の諸院には、各諸院内の仏画の背景に模様を描かず、各尊一体一体が背景となる紺地との対照で浮き彫りになるように表現されている。また、文様帯及び文様については、文様帯の位置や形状を独自に決定し、その中の文様の細部にわたる具体的表現、基本単位となる文様の大きさ、各文様帯の中で文様をどのような大きさでいくつ描いていくか等を独自に決定して、完成度の高い精緻な文様帯及び文様を描き上げている。さらに、外縁装飾については、上記参考資料記載の筆者の推論とも全く異なる独自の模様が精緻に描き上げられている。
(ウ) 原告仏画1(10)は、上記のとおり文様帯及び文様を精緻に描き込むことにより、諸院を鮮やかに区分し、連続性と均質性からなる美的表現をより明確に現出させるとともに、曼荼羅全体に高い芸術性を与え、同時に諸尊も全体に埋没することなく、一体一体が個性を主張し、看者をして、一つのまとまりのある宇宙を体感させ、曼荼羅本来の仏教的宇宙観へと誘うものとなっており、原告仏画1(10)には創作性がある。
(被告の主張)
(1) 原告らの主張は争う。
(2)ア 原告仏画1の創作性の有無は、各仏画について原図との比較において新たな創作性が付与されているか否かで判断されるべきものであるところ、F氏による原告仏画1の制作は、信仰の対象としての仏画の復原であり、古仏画に描かれた仏の元の姿・当初の描かれた姿への復原であって、新たな仏画の創作ではない。そうすると、原告仏画1は、各原図の特徴的表現を変更したものではなく、各原図に新たに思想又は感情の創作的表現を付加したものではないから、著作物に当たらない。
 なお、原告らは、F氏の復原手法の独自性を主張するが、この点については、東京地裁平成18年3月23日判決が、「原画と模写作品との間に表現上の実質的同一性が存在する場合には、模写制作者が模写制作の過程においてどのように原画を認識し、どのようにこれを再現したとしても、あるいは、模写行為自体に高度な描画的技法が採用されていたとしても、それらはいずれもその結果として原画の創作的表現を再現するためのものであるにすぎず、模写制作者の個性がその模写作品に表現されているものではない。」と判示しており、原告らの上記主張を明確に否定しているところである。
イ 原告らは、原告仏画1(1)ないし(9)について、各原図との相違点を多数主張するが、上記主張の大部分は、原図を仔細に見ることにより把握することができ、又は、原図の線描や色彩が残存している箇所から推測して描くことができるものである。また、上記相違点は、いずれも細部における些細な差異にすぎず、このような差異があることにより、原告仏画1(1)ないし(9)に創作性が生じるものではない。
ウ 原告仏画1(10)は、原図10を忠実に復原したものであり、F画伯が独自に描いた部分はほとんど存在しないか、仮に存在したとしても、全体からみればわずかな部分にしかすぎない。すなわち、原告仏画1(10)のうち、各尊の形状、文様については、原図10のほか、三本両部曼荼羅集、御室版曼荼羅尊像集によって把握できる上、曼荼羅においては、各尊の配置、中台八葉院の結界が五色の線で構成されること等の各種の決め事が存在するから、原告仏画1(10)は、原図10に加え、上記尊像集や他の曼荼羅を参照することなどにより、当然に復原できるものである。
 この点、原告は、各種資料を参照しても、文様帯の位置、形状等について把握できない部分があり、また、外縁装飾については、参考とすることのできる資料がないと主張する。しかし、前記「研究報告書『高雄曼荼羅』高雄曼荼羅の研究」等を参照すれば、文様帯、文様、各尊の形状、光背などが相当程度判別できるのであり、原図10を仔細に見れば、これらの点についてより多くの情報を得ることができるものと解される。また、外縁装飾については、原告仏画1(10)の外縁装飾部分は長谷寺板(乙35の2)に描かれているものと同様である。
 また、仮に、参照することのできる資料がなく、F氏が独自に描いた部分が存在するとしても、そのような部分は仏画全体からすればわずかな部分にとどまるところ、胎蔵界曼荼羅は、各尊やそれらの配置を中心として世界観を表したものであり、原告らの指摘するような原図10との相違点をもって、新たな創作的表現が付与されたとみることのできるようなものではない。
2 争点(1)イ(被告仏画1は、原告仏画1を複製したものに当たるか。)について
(原告らの主張)
(1) 原告仏画1と被告仏画1は、原告仏画1とその各原図との間に存在する多数の相違点に関し、極めて類似した表現となっており、被告仏画1が原告仏画1に依拠して制作されたものであることは明らかである。また、原告仏画1の創作性の根拠である、原告仏画1とその各原図との間に存在する相違点に関し、被告仏画1は、原告仏画1と実質的に同一のものとなっている。したがって、被告仏画1は原告仏画1を複製したものに該当する。
(2)ア 被告は、原告仏画1に依拠して被告仏画1を制作したことを否認するが、被告の主張によれば、被告は、被告仏画1(1)に関し、東大寺において大仏蓮弁毛彫の図像(白描画)を閲覧してデッサンを制作し、大蓮弁の模型を撮影し、更に後日、模型を見て中層部の楼閣等の位置関係等を計測してデッサンを修正し、被告仏画1(1)を制作したというのであるから、蓮弁の最上部は模型と同様に凹状となるはずであるが、被告仏画1(1)は、原告仏画1(1)と同様に凸型となっている。また、中層部の楼閣、菩薩頭部の位置関係等は、蓮弁模型上の配置が写し取られているはずであるが、被告仏画1(1)の中層部の楼閣及び菩薩頭部の配置は原告仏画1(1)と同様のものとなっている。さらに、被告仏画1(1)は、模型において損傷又は汚損している部分についても、原告仏画1(1)と同一の表現となっている。これらの点に鑑みれば、原告仏画1(1)に依拠して制作されたものであることは明らかである。
イ また、被告仏画1(10)に関し、被告は、「御室版曼荼羅尊像集」(乙14、31、33の1。以下「御室版」という。)を主として参照して制作したと主張し、原告仏画1(10)に依拠したことを否認するが、被告仏画1(10)と御室版との間には、@中台八葉院(なお、各院の配置については別紙図面4のとおり。)の外側の五重線の有無、八葉の大きさ・形状、背景模様の形状、四隅の壺の形状、A中台八葉院以外の院における背景模様の有無、B釈迦院の中央の門中央の頭上の宝物の形状、同門左右の象の顔・宝物の形状、門柱の長さ・形状・模様の数、C文殊院の中央の門の上方の4体の侍仏の位置、左右端の壺の有無・模様、D蘇悉地院左右端の壺の有無・模様の点において相違しており、かつ、上記相違点に関し、被告仏画1(10)は原告仏画1(10)と同様のものとなっている。また、被告仏画1(10)は、御室版において光背が描かれていない仏画に光背を付し、また、御室版において大きさや形状の同じ光背が描かれているのに対し、大きさが不揃いで、かつ、火焔の方向も一定しない光背が描かれているが、この点も原告仏画1(10)と同様である。さらに、文様、文様帯及び外縁装飾に関し、参照できる資料がほとんど存在しないことは争点(1)アで主張したとおりであるところ、被告仏画1(10)は、この点についても原告仏画1(10)と全く同様に描かれている(被告は、外縁装飾につき、長谷寺板を参照して描いたと主張するが、長谷寺板における外縁装飾と原告仏画1(10)、被告仏画1(10)を見比べれば明らかなとおり、被告仏画1(10)の外縁装飾は、長谷寺板におけるものとは全く異なるものであり、原告仏画1(10)のものに酷似している。)。なお、被告は、原告仏画1(10)と被告仏画1(10)の相違点として種々の点を主張するが、上記主張のうち、原告仏画1(10)において描かれていない点が被告仏画1(10)では描かれているとする点は、原告仏画1(10)でも同様に描かれており、ただ銀泥で描かれているためコピー機では写すことができないだけである。これらの点に鑑みれば、被告仏画1(10)が原告仏画1(10)に依拠して制作されたものであることは明らかである。
(被告の主張)
(1) 原告らの主張は、事実については否認し、法的主張は争う。
(2) 依拠及び複製該当性
ア 被告仏画1(1)
 被告は、奈良国立博物館においてF氏作の大仏蓮弁毛彫の図像(白描画)を見た際に、上記白描画が、被告がかねてより描きたいと思っていた東大寺二月堂の本尊の身光に似ていたことから、大仏蓮弁毛彫を描こうと思い立った。そこで、被告は、平成元年3月、東大寺の資料室で蓮弁毛彫の白描画を閲覧し、図像の尺を測り、その場で原寸大のデッサンを制作し、大蓮弁の模型を写真撮影した。また、被告は、平成2年6月19日にも東大寺を訪れ、大蓮弁の模型表面の中層部内の楼閣、菩薩頭部の位置関係等を計測し、これに基づきデッサンを修正した。その後、被告は、各尊の配置を最終的に決定し、被告仏画1(1)を制作したものであり、原告仏画1(1)に依拠したものではないから、被告仏画1(1)は原告仏画1(1)を複製したものに当たらない。
イ 被告仏画1(2)
(ア) 被告は、常々、有名な仏画である原図2(釈迦金棺出現図)を描きたいと思っており、「日本の仏画第二期第5巻 国宝釈迦金棺出現図 松永記念館」(学習研究社刊、乙5の1)や「原色日本の美術7仏画」(小学館刊、乙5の2)に掲載されている原図2の釈迦像をデッサンして大きさを決め、次に、原図2に描かれている各尊をデッサンした上、様々な大きさの拡大又は縮小コピーを作成して釈迦のデッサンの周囲に配置し、それを見ながらデッサンを描くという作業を繰り返すことにより、最終的なデッサンを完成させた。その上で、被告は、5年ほどかけて白描画を完成させ、彩色して被告仏画1(2)を制作したものであり、原告仏画1(2)に依拠して被告仏画1(2)を制作したものではない。これは、被告仏画1(2)が、〔62〕の合掌した指の交差の有無、〔56〕の彩色、〔67〕の瞳の向き、〔63〕の眉の形・衣服の皺、〔53〕の頬の線や頭頂部の頭髪の有無・肌の色、〔52〕の毛髪の色・髭の量など、原告仏画1(2)との比較において、多数の相違点があることからも明らかである。
(イ) 以上のとおり、被告は、被告仏画1(2)の作成に当たり、原告仏画1(2)に依拠していない上、被告仏画1(2)は、原告仏画1(2)と多数の点で相違することから、被告仏画2(1)は原告仏画1(2)を複製したものに当たらない。
ウ 被告仏画1(3)
(ア) 被告は、昭和59年9月2日、弘法大師御入定1150年御遠忌記念の弘法大師展で原図3(仏涅槃図)を拝観して感銘を受け、その後、高野山霊宝館館長の取り計らいで原図3を度々拝観した上、「原色日本の美術7仏画」(乙6の2)掲載の原図3の写真や、細部については「日本の仏画第一期第五巻 国宝仏涅槃図 金剛峯寺」(学習研究社刊、乙6の3)や「国宝 応徳仏涅槃図の研究と保存」(東京美術刊、乙6の4の1・2)を参照しながら、被告仏画1(3)を制作したものであり、原告仏画1(3)に依拠したものではない。これは、被告仏画1(3)が、原告仏画1(3)とは異なり、上下の比率が縦長であり、各仏の位置関係も同仏画とは相当程度異なること、被告仏画1(3)は、各仏のうち〔24〕の頭上の飾りの形状、顔の皺の数や線の太さ、眉・髭の形状、〔32〕が女性ではなく髭を生やした初老の老人として描かれていること、宝床台の側面の幅・中間部左右端の縁取りの有無、〔14〕の左眉の形状、左手の数珠の長さ、〔13〕の手の位置や顔のうつむき加減、〔35〕の冠の位置、着衣の色彩、沙羅双樹の位置関係、幹の形状、根が地上に剥き出しになっていないことなど、原告仏画1(3)との比較において多数の相違点があることからも明らかである。
(イ) 以上のとおり、被告仏画1(3)は、原告仏画1(3)に依拠して作成されたものではないことに加え、上記のとおり、原告仏画1(3)と多数の点で相違し、かつ、被告仏画1(3)は紺地金泥画であるのに対し、原告仏画1(3)は彩色画であるという点でも相違するから、被告仏画1(3)は原告仏画1(3)を複製したものに当たらない。
エ 被告仏画1(4)
(ア) 被告は、「原色日本の美術7仏画」(乙7の1A)に掲載されている原図4の写真に主として依拠し、被告仏画1(4)を制作したが、原図4において損傷している白象の脚部分については、原告仏画1(4)のほか、フリア美術館所蔵に係る普賢菩薩像や、個人所蔵の普賢菩薩像(乙7の1・2)などを参照して描き、更に、白象の足下の踏割蓮華の色については、この種の仏画の一般的なルールに従い、赤と青で着色した。したがって、被告仏画1(4)は、原告仏画1(4)に依拠して作成されたものではない。
 この点は、光背が三重か七重か、掌及び足裏の法輪の有無、蓮華座の下の雲の有無等の相違点からも明らかである。
(イ) 加えて、被告仏画1(4)は、菩薩の条帛の文様・色、菩薩の足から蓮華座にかけて垂れている天衣の色・流れ、白象の鼻先、足、踏割蓮華の色合い、白象の着けている飾り、身光及び散華の有無の点で、原告仏画1(4)とは異なるものであるから、被告仏画1(4)は原告仏画1(4)を複製したものに当たらない。
オ 被告仏画1(5)
(ア) 被告は、「原色日本の美術7仏画」(乙8の1)や「浄土教絵画」(平凡社刊、乙8の2)に掲載されている原図5の写真に依拠して被告仏画1(5)を制作したものであり、原告仏画1(5)に依拠したものではない。
(イ) 被告は、彩色した仏画の如来の体に金箔を置き、蓮台蓮弁を盛上胡粉(胡粉で盛り上げて描く技法)で線描し、その上に青金箔を置き、また、如来の下部に梵字で「観音菩薩」と「勢至菩薩」と描き加えて三尊図とし、梵字下方の蓮台内側には焼いた銀箔を貼り、砂子を振っており、被告独自の仏画を制作しているものであるから、被告仏画1(5)は原告仏画1(5)を複製したものに当たらない。
カ 被告仏画1(6)@ないしB
(ア) 被告は、原図6(阿弥陀聖衆来迎図)が仏画の最高傑作の一つであることから、常々描きたいと思っていたところ、弘法大師展にて原図6を拝観して感銘を受け、高野山霊宝館館長の取り計らいにより原図6を拝観するなどした上、主として「原色日本の美術7仏画」(乙10の1)や「浄土教仏画」(乙10の2)の原図6の写真を参照して被告仏画1(6)@ないしBを制作したものであり、原告仏画1(6)に依拠して被告仏画1(6)@ないしBを制作したものではない。
 この点は、観世音菩薩及び大勢至菩薩の蓮華座の蓮弁の模様の相違、箏の弦の数の相違、持幡菩薩の幡の彩色の規則性の有無等から明らかである。
(イ) 被告仏画1(6)は、原図とは画の縦横比率が異なるため、被告は、下方に描かれた山々をなだらかにし、雲の流れを変え、海上の花を描かない等の独自の工夫を加えた上、切り箔を置き、短冊(幅2ないし3oの箔を置く技法)や野毛(極細の箔を置く技法)を施し、盛上胡粉の上に色箔を載せるなど、様々な箔の技法を用いて、被告独自の仏画として被告仏画1 (6)を制作している。したがって、被告仏画1(6)@ないしBは原告仏画1(6)を複製したものに当たらない。
キ 被告仏画1(7)
(ア) 被告は、主として「画像 不動明王」(同朋舎出版刊、乙11の1)に掲載されている原図7の写真に依拠しつつ、金剛寺所蔵の尊勝曼荼羅に描かれている不動明王(乙11の2)の炎の形や画全体から受けるイメージ、長賀法印筆に係る不動明王図( 乙11の3)の全体のバランス、安定感を参考に被告仏画1(7)を制作したものであり、原告仏画1(7)に依拠して被告仏画1(7)を制作したものではない。
 この点は、束ねた髪の先端の形状の相違、瑟瑟座の側面の色及び模様の相違等から明らかである。
(イ) また、被告は、カルラ炎(不動明王の光背の炎)を独自の形に描くなど、独自の工夫を施して被告仏画1(7)を制作したものであり、被告仏画1(7)は原告仏画1(7)を複製したものに当たらない。
ク 被告仏画1(8)
 被告は、醍醐寺霊宝館に展示されている原図8を度々拝観したことなどから、五大尊を全て描こうと考え、「日本の仏画第二期第七巻国宝五大尊像 醍醐寺」( 学習研究社刊、乙12の1 )及び「秘宝第八巻 醍醐」(乙12の2)に掲載されている原図8の写真を参照し、被告仏画1(8)を制作したものであり、原告仏画1(8)に依拠して被告仏画1(8)を制作したものではない。なお、被告が被告仏画1(8)を描いたのは、被告がF氏に師事する以前のことであり、この点からも原告仏画1(8)への依拠がないことは明らかである。実際にも、不動明王の着衣の模様、岩座周辺の波の飛沫の描き方等が異なる。
 したがって、被告仏画1(8)は原告仏画1(8)を複製したものに当たらない。
ケ 被告仏画1(9)
(ア) 被告は、「日本の仏画第一期第九巻 国宝訶梨帝母 三宝院国宝閻魔天像 醍醐寺」(学習研究社刊、乙13の1)、「原色日本の美術7仏画」(乙13の2)及び「秘宝 第八巻 醍醐」(乙13の3)に掲載されている原図9の写真を参照し、被告仏画1(9)を制作したものであり、原告仏画1(9)に依拠して被告仏画1(9)を制作したものではない。両画においては、訶梨帝母の胸元の青い襟の形状が異なっており、また、左側の童子の指の開き方や右側の童子の手に握られた枝の描き方や指先の描き方も異なっている。
(イ) 被告は、誰でも描けるような仏画とするため、背景を一切描かず、その代わりに砂子を振るという被告独自の工夫を施して被告仏画1(9)を制作したものであり、被告仏画1(9)は原告仏画1(9)を複製したものに当たらない。
コ 被告仏画1(10)
(ア) 被告は、昭和47年頃から、「御室版曼荼羅尊像集」(「御室版」)を参照して各尊像のデッサンを開始し、神護寺に展示されていた高雄曼荼羅(妙秀尼が原図1を復原したもの)を参照して各尊を原図どおりの大きさとしながら、10年ほどの日時をかけて被告仏画1(10)を制作した。
 なお、被告は、各尊、侍仏、動物、文殊院の門を除く門の形状、文様については御室版に依拠し、御室版で明らかではない箇所については、次のとおり、他の仏画等を参照し、又は被告が独自に描いている。
 すなわち、被告は、中台八葉院の八葉蓮弁については、複数の仏画(乙25の1ないし7)のほか、「曼荼羅の研究 図版編」(乙37)、東寺曼荼羅(乙25の6)等を参照して描き、文様帯については子島曼荼羅(乙35の1)を参照した上で簡略化して描き、四隅に描かれた宝瓶については、元禄版曼荼羅(乙35の6)に依拠しつつ、胴模様は独自に描いている。また、文殊院及び蘇知悉院横の宝瓶については、各種曼荼羅を参照しつつ、そのうち一つを採用したことが、被告作成のデッサン(乙36の1ないし4)から明らかである。さらに、外縁装飾については、長谷寺板(乙31)の模様に依拠して描いている。
(イ) なお、F氏は、原図10のほか、「三本両部曼荼羅集」を参考にしたとされているところ、被告は、被告仏画1(10)の制作に当たり、一部につき三本両部曼荼羅集も参考にしている上、上記曼荼羅集の元となった板木は、被告が主として依拠した御室版と同じものであり、両曼荼羅集に収録されている各尊の図像は、縮尺が異なるほかは同じ図像であるから、被告仏画1(10)と原告仏画1(10)が各尊について同じ図柄となるのはむしろ当然であり、この点をもって被告仏画1(10)が原告仏画1(10)に依拠して作成されたことの裏付けとすることはできない。そもそも、被告は、原告仏画1(10)が掲載された書籍を所持しておらず、参照の術がない。
(ウ) 被告仏画1(10)と原告仏画1(10)との間に以下のような点について相違する点があることも、被告仏画1(10)が原告仏画1(10)に依拠しておらず、かつ、その複製にも当たらないことを裏付けている。
 すなわち、被告仏画1(10)は、持明院と虚空蔵院との間とその左右に文様帯が描かれておらず、その他の院の間にも、文様帯が描かれていない部分があり、また、被告仏画1(10)では、金剛手院及び虚空蔵院において、各尊の間隔が原告仏画1(10)に比べて明らかに広い。また、金剛手院、観音院における各尊の配置が、原告仏画1(10)とは異なるものとなっている。これらの相違点は、被告が、各尊の配置等の全体像が明らかではない御室版に依拠して被告仏画1(10)を制作したからに他ならない。また、原告仏画1(10)では中台八葉院や持明院、遍知院、金剛手院の如来や菩薩の胸飾り、腕飾り、持物、着衣、蓮台等について、描かれていない部分があるが、被告仏画1(10)では、これらの点が明確に描かれている。
3 争点(2)ア(被告仏画2(5)@及びA、2(13)、(16)ないし(19)は、原告仏画2(5)、2(13)、2(16)ないし(19)に依拠して作成されたものか。)について
(原告らの主張)
(1) 被告は、被告仏画2(5)@及びAにつき、他の古仏画に依拠して作成したと主張するが、他の古仏画は、阿弥陀如来の顔、足の向き、左右の菩薩の体型、顔、手の位置、持物の形状、蓮華座の形状、光背など、多数の点で上記被告仏画と異なっているのに対し、原告仏画2(5)と上記被告仏画は、相違点がないと言っていいほど、ほぼ全ての点で一致している。したがって、他の古仏画に依拠したと主張する被告の主張は到底信用できず、被告仏画2(5)@及びAが原告仏画2(5)に依拠して作成されたものであることは明らかである。
(2) 被告は、被告仏画2 (15)についても、他の古仏画に依拠して作成したと主張するが、被告仏画2(15)の構図等は原告仏画2(15)と同一であり、被告仏画2(15)は原告仏画2(15)に依拠して制作されたものというべきである。
(3) 被告仏画2 (16)ないし(19)は、原告仏画2(16)ないし(19)に比べて簡略なデッサン画であるが、原告仏画2(16)ないし(19)と構図において全く同一である。
 原告仏画2(16)の構図が、六角形の台座の上に蓮華座を置くという、原告仏画の中でも極めてまれなものであること、原告仏画2(17)の構図が、馬頭観音の顔や手には様々なバリエーションがあり、また、同じ八臂(ひ。ひじ)の場合でも、持物についても種々のものがあり得る中で選択された、F氏独自のものであること、原告仏画2(18)に描かれた観音菩薩が、F氏の描く観音菩薩の中ではかなり痩身であることなど、原告仏画2(16)ないし(19)の構図が、いずれも独自性の強いものであるにもかかわらず、上記のとおり、被告仏画2(16)ないし(19)が、これらの点において原告仏画2(16)ないし(19)とそれぞれ全く同一であることからすれば、被告が上記原告仏画に依拠して上記被告仏画を作成したことは明らかというべきである。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は否認する。
(2) 被告仏画2(5)@、Aについて
 被告は、被告仏画2(5)@及びAの全体については、主として金剛峯寺蔵の阿弥陀三尊来迎図、「浄土教絵画」(平凡社刊、乙17の1)掲載の広島・光明院蔵の阿弥陀三尊来迎図(同105番)、福島・如来寺蔵の同図( 同104番)、京都・光明寺蔵の四十九化仏阿弥陀来迎図(同100番)に依拠し、また、阿弥陀如来立像部分については、同書籍に掲載されている京都・禅林寺蔵の阿弥陀来迎図(同108番)、滋賀・宝厳寺蔵の阿弥陀来迎図(同107番)、「諸家愛蔵 日本仏教秘仏秘宝」(三彩社刊、乙17の2)掲載の釈迦如来像(乙17の2)を参照して制作した。また、全体的な構図等については、上記「浄土教絵画」掲載の阿弥陀二十五菩薩来迎図(乙17の1の84番)等も参照している。したがって、被告仏画2(5)@及びAは、原告仏画2(5)に依拠して作成されたものではない。
(3) 被告仏画2(15)
 被告は、十三仏をすべて座像にて描こうと思い立ち、醍醐寺蔵の普賢延命菩薩図(乙21の1)を基本に、白描画のもの(乙21の2)や、京都・松尾寺蔵のもの(乙21の3)を参照した上、被告仏画(15)を制作したものであり、原告仏画2(15)に依拠したものではない。
(4) 被告仏画2(16)ないし(19)については、初期の作品であり、どの仏画を参照して描いたかにつき、被告本人は記憶していない。しかし、争点(2)イにおける、被告仏画2(16)ないし(19)に関する被告の主張のとおり、原告仏画2(16)ないし(19)と被告仏画2(16)ないし(19)との間に多数の相違点があることからすれば、原告らは、被告が原告仏画2(16)ないし(19)に依拠したことを立証できていないというべきである。
4 争点(2)イ(被告仏画2は、原告仏画2を複製又は翻案したものに当たるか。)について
(原告らの主張)
(1) 原告仏画2の創作性
ア 仏画を描く場合、阿弥陀、明王、如来等の種類に応じて、眼の形、手の形(印相)、衣装、持物、ポーズ、髪型、装飾品、光背、台座などにつき一定のルールが存在するが、そのルールは緩やかなものである上、時代等によって変化するものであり、ある種類の仏を描くに当たっては、その構図において幅広い選択肢が存在する。したがって、仏画は、その構図だけを取り上げてみても、高度の創作性が認められるものであるところ、原告仏画2は、F氏が新たに描き起こしたものであり、高い美術性を有するとともに、見る者をしてF氏の精神性をも感得させるものであるから、当然に創作性を有する。
イ 被告は、原告仏画2 (5)について、広島・光明院の古仏画と酷似していることなどを理由として創作性を争うが、著作権法における創作性とは、厳密な意味での独創性があるとか、他に類例がないとかが要求されているものではなく、思想又は感情の外部的表現に制作者の個性が何らかの形で現れていれば足りるとされており、 原告仏画2(5)の創作性も、上記要件に従って判断され、特別な要件が付加されるわけではない。
 原告仏画2(5)と広島・光明院の古仏画は、阿弥陀如来の光背の形状、顔の表情や姿勢、着衣の形状や模様、雲座の形状、左右に描かれた観音菩薩と勢至菩薩の宝冠の形状、顔の大きさや表情、着衣の位置や形状、瓔珞の位置や形状、持物の形状、雲座の形状など多数の点で相違しており、F氏独自の表現が全体にわたって用いられているから、創作性があることは明らかである。
(2) 被告仏画2は、いずれも、構図だけを取り上げても原告仏画2とそれぞれほぼ同一である上、下記(3)において個別にみるとおり、光背、台座、着衣等の各形状及び模様、宝冠やその飾りの形状・位置・模様、顔の表情、印相、持物の具体的表現において、原告仏画2とそれぞれ酷似しており、被告仏画2において、原告仏画2と表現上の実質的同一性を有するものが再製されていることは明らかであるから、被告仏画2は原告仏画2の複製に当たる。
 また、仮に被告が原告仏画2に修正、増減、変更を加えたことにより、被告仏画2に一定の創作的要素が認められ得るとしても、その本質的部分に変更はなく、看者をして被告仏画2から原告仏画2の表現上の本質的特徴を直接感得することができるから、被告仏画2は原告仏画2を翻案したものに当たる。
(3) 被告仏画2が原告仏画2を複製又は翻案したものに当たることにつき、個別にみると、次のとおりである。
ア 被告仏画2(1)@、Aについて
(ア) 原告仏画2(1)と被告仏画2(1)@及びAは、蓮華座の花弁の形状、数、配置が同様であり、いずれの花弁にも、内側に細かく蓮肉が描かれている。天衣や条帛の形状・皺もほとんど同じであり、とりわけ、原告仏画2(1)の特徴である、長い天衣を優雅にたなびかせている点(天衣の位置、長さ及びたなびき方)は、被告仏画2(1)@及びAにおいても全く同一である。また、宝冠の形状はほぼ同じであり、胸飾り、瓔珞等の飾りの位置・おおまかな形状も同一である。さらに、顔の表情はほぼ同一であり、また、印相(左右の手の位置、形状等)及び持物(蓮華の形状等)は全く同一である。
 以上のとおり、被告仏画2 (1)@ 及びA は、いずれも原告仏画2(1)と表現上実質的に同一のものであり、上記原告仏画の色彩を変え、細部を変更した点に創作性はないから、上記被告仏画は上記原告仏画の複製に当たる。
(イ) 仮に、色の変更等により上記被告仏画に創作性の付加が認められるとしても、上記被告仏画には上記原告仏画の創作的表現が再製されており、看者をして容易に上記原告仏画の表現上の本質的特徴を感得し得るから、上記被告仏画は上記原告仏画の翻案に当たる。
イ 被告仏画2(2)について
(ア) 原告仏画2(2)の構図は極めてまれなものであり、同様の構図の仏画は見当たらないところ、被告仏画2(2)は上記構図の点で上記原告仏画と同一である。また、上記原告仏画の宝冠の形状は他に同様のものをみない独特のものであるが、上記被告仏画の宝冠の形状はこれとほとんど同一である。また、顔の描写はほぼ同じであり、観音の顔の左側の蓮華のつぼみの描写も、花弁の数、配置、形状、茎のカーブ、葉の形状などにおいて全く同一である。なお、被告が相違点として主張する部分(宝冠、化仏)は、単に被告が面倒な部分を簡略化したものにすぎない。被告は、菩薩の顔については、仏涅槃図の観自在菩薩(乙6の4の1・7枚目)をイメージしたと主張するが、乙6の4の1は、被告がF氏から指導を受けていたとする時期よりも後の昭和58年に出版されたものであり、被告の主張には疑問がある。
 以上のとおり、被告仏画2(2)は、原告仏画2(2)をそのまま抜き出し、細部を簡略化しただけのものであり、上記原告仏画と実質的に同一のものであるから、被告仏画2(2)は原告仏画2(2)の複製に当たる。
(イ) 仮に、被告仏画2(2)において原告仏画2(2)をデッサン画とした点に創作性が認められるとしても、上記被告仏画は、上記原告仏画の構図をそのまま抜き出し、一部を簡略化しただけのものであり、上記被告仏画に上記原告仏画の創作的表現が再製され、上記原告仏画の本質的特徴を感得できるのであるから、上記被告仏画は上記原告仏画の翻案に当たる。
ウ 被告仏画2(5)@、Aについて
(ア) 原告仏画2(5)と被告仏画2(5)@は、阿弥陀の光背(円光の各円の大きさ、円と円の間隔など)がほぼ同じであり、蓮華座の花弁の形状、配置、模様も同一である。また、阿弥陀及び両菩薩の着衣の形状、皺は同一であり、両菩薩の宝冠の形状や飾りの位置・形状も同一である。顔の表情は極めて類似しており、阿弥陀及び両菩薩の印相、観音菩薩の持物(蓮台)の形状もほぼ同一である。
 なお、被告仏画2 (5)Aは、阿弥陀如来の両脇の勢至菩薩及び観音菩薩のデッサン画であるが、これは、原告仏画2(5)に描かれた両菩薩の構図をそのまま抜き出し、細部を簡略化したものにすぎない。
 以上のとおり、原告仏画2(5)と被告仏画2(5)@、Aの構図は全く同一であり、上記被告仏画は、上記原告仏画の細部を変更したにすぎず、上記原告仏画と表現上実質的に同一のものであるから、上記被告仏画は、いずれも、上記原告仏画の複製( 被告仏画2(5)Aについては部分複製)に当たる。
(イ) 仮に、細部における変更点に創作性が認められるとしても、上記被告仏画は上記原告仏画の創作的表現を再製したものであり、上記原告仏画の本質的特徴を感得できるのであるから、上記被告仏画は、いずれも、上記原告仏画の翻案に当たる。
エ 被告仏画2(6)について
(ア) 原告仏画2(6)と被告仏画2(6)は、蓮華座の花弁の形状、数、配置及び上段の花弁内側の模様が同じであり、顔の描写、頭部の十面如来像及び化仏の配置も同一である。また、着衣の形状、飾りの位置、形状はほぼ同じであり、とりわけ、天衣の長さ及びたなびき方は全く同一である。さらに、印相(左右の手の位置、持物の持ち方)、蓮華や数珠の形状も全く同一である。なお、被告仏画2(6)はデッサン画であるが、原告仏画2(6)の構図をそのまま抜き出し、細部を簡略化したものにすぎない。
 以上のとおり、被告仏画2(6)は原告仏画2(6)と表現上実質的に同一であり、上記原告仏画の複製に当たる。
(イ) 仮に、原告仏画2(6)を簡略化し、デッサン形式とした点に創作性が認められるとしても、被告仏画2(6)は原告仏画2(6)の創作的表現を再製したものであり、上記原告仏画の本質的特徴を感得できるのであるから、上記原告仏画の翻案に当たる。
オ 被告仏画2(7)について
(ア) 原告仏画2(7)と被告仏画2(7)は、光背の形状が同一であることに加え、宝珠光及び舟形光の外側に花、葉及び鶴で構成される装飾が描かれている点も同一である。また、蓮華座の花弁の形状、数、配置、着衣や飾りの形状、皺、位置は同一であり、顔の表情は、被告仏画2(7)の方がやや眼が開いている印象があるが、ほぼ同一である。加えて、十一面千手観音像においては、外側の40臂の位置、それぞれの手に保持された持物の形状、バランス等に創意工夫が現れるところ、原告仏画2(7)と被告仏画2(7)において、これらの点は全て同一である。
 なお、 原告仏画2(7)はモノクロ画であるのに対し、被告仏画2(7)は彩色画であり、また、上記被告仏画において、細部の表現を変更した点もみられるが、両者の構図等が上記のとおりほぼ同一であることからすれば、被告仏画2(7)は原告仏画2(7)の複製に当たる。
(イ) 仮に、着色等により被告仏画2(7)に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(7)の看者は容易に原告仏画2(7)の本質的特徴を感得することができるから、被告仏画2(7)は原告仏画2(7)の翻案に当たる。
カ 被告仏画2(10)について
(ア) 原告仏画2(10)と被告仏画2(10)は、雲座上に蓮華座が置かれている構図、蓮華座の花弁の形状、数、配置、花弁の内側に細かく蓮肉が描かれている点がほぼ同じであり、また、着衣の裙や袈裟の形状や皺、顔の表情もほとんど同じであり、左右の手の位置、錫杖や宝珠を持つ手の指の形状、錫杖及び宝珠の形状も全く同一である。なお、被告仏画2(10)は原告仏画2(10)を簡略化したデッサン画であるが、原告仏画2(10)の構図をそのまま抜き出し、細部を簡略化したものにすぎない。被告は、乙16の1や乙16の4の仏画を参照したと主張するが、被告仏画2(10)は、これらの仏画とは相違している。
 したがって、被告仏画2(10)は原告仏画2(10)と表現上実質的に同一であり、上記原告仏画の複製に当たる。
(イ) 仮に、原告仏画2(10)を簡略化した点などに創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(10)には原告仏画2(10)の創作的表現が再製されており、上記原告仏画の本質的特徴を感得できるから、被告仏画2(10)は原告仏画2(10)の翻案に当たる。
キ 被告仏画2(11)について
(ア) 原告仏画2(11)と被告仏画2(11)は、着衣の形状や皺(とりわけ天衣の長さ、形状及びたなびき方)においてほぼ同一である。また、宝冠や飾りの位置、形状も同一であり、顔もほぼ同一に描かれている。また、蓮華の形状、左右の手の形状、位置等も全く同一である。
 なお、被告仏画2(11)は、デッサン画であり、光背、台座を省略し、また、細部を簡略化しているが、このような点に創作性はない。したがって、被告仏画2(11)は原告仏画2(11)の複製に当たる。
(イ) 仮に、被告仏画2(11)に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(11)は原告仏画2(11)の構図をそのまま抜き出しており、原告仏画2(11)の創作的表現が再製されており、上記原告仏画の本質的特徴を感得できるから、原告仏画2(11)の翻案に当たる。
ク 被告仏画2(12)について
(ア) 原告仏画2(12)と被告仏画2(12)は、光背の形状(宝珠光及び舟形光の外側の装飾、宝珠光の内側の複数の円形の線、舟形光の内側の複数の楕円形の線)、蓮華座(花弁の形状、数、配置)、着衣(条帛、裳、冠帯、天衣)の形状や皺、宝冠や飾りの形状、顔の表情、持物、印相においてほぼ同一である。なお、原告仏画2(12)がモノクロ画であるのに対し、被告仏画2(12)は彩色画であるが、その構図等が上記のとおり同一であることからすれば、被告仏画2(12)は原告仏画2(12)の複製に当たる。
(イ) 仮に、着色により被告仏画2(12)に創作性の付加が認められるとしても、看者は被告仏画2(12)から原告仏画2(12)の本質的特徴を容易に感得し得るから、被告仏画2(12)は原告仏画2(12)の翻案に当たる。
ケ 被告仏画2(13)@、Aについて
(ア) 原告仏画2(13)と被告仏画2(13)@は、光背の形状(宝珠光及び舟形光の外側の装飾、宝珠光の内側の円形の線、舟形光の内側の楕円形の線、宝珠光と舟形光の内側の線と線の間の細かい模様)、蓮華座(花弁の形状、数、配置、花弁内側の細かい蓮肉)において同一であり、着衣の形状や皺、天衣の位置、形状、たなびき方、裙や条帛の細かい模様の位置や形状もほとんど同じである。また、宝冠の形状はほぼ同じであり、飾りの位置やおおまかな形状も同じである。顔の表情はほぼ同一であり、蓮華の形状や左右の手の位置、形状は全く同一である。
 なお、原告仏画2(13)がモノクロであるのに対し、被告仏画2(13)@は彩色画であるが、両者の構図が全く同一であることなどからすれば、被告仏画2(13)@は原告仏画2(13)の複製に当たる。
(イ) 仮に、着色等により被告仏画2(13)@に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(13)@の看者は、同仏画から、容易に原告仏画2(13)の本質的特徴を感得することができるから、被告仏画2(13)@は原告仏画2(13)の翻案に当たる。
 また、被告仏画2(13)Aは、塗り絵の下図であり、色彩がなく、部分的であり、絵が稚拙であるが、その構図は原告仏画2(13)と同一であり、その本質的特徴を感得させるものであるから、原告仏画2(13)を翻案したものに当たる。
コ 被告仏画2(14)について
(ア) 原告仏画2(14)と被告仏画2(14)は、頭部に円光が穏やかに放たれている様子や、その大きさがほぼ同一であり、冠帯も、その左端が右耳付近まで上がっていることを含め同一であり、条帛や天衣の形状・襞も同一である。宝冠の全体的な形状、飾りの形状、眉の形、唇の様子、顔の向きなども同一であり、やや左を向いて合掌している様子も全く同一である。
 以上のとおり、被告仏画2(14)は、原告仏画2(14)と構図等において全く同一であり、細部を変更している点は非本質的部分の変更にすぎず、被告仏画2(14)は原告仏画2(14)の複製に当たる。
(イ) 仮に、細部の変更により被告仏画2(14)に創作性の付加が認められるとしても、上記類似性に鑑みれば、被告仏画2(14)は原告仏画2(14)の翻案物に当たる。
サ 被告仏画2(15)について
(ア) 原告仏画2(15)と被告仏画2(15)は、光背が頭光と身光の二重円光である点、台座が雲座上の蓮華座である点及びその形状、冠帯のたなびき方、条帛や裳の基本的な形状、宝冠の形状、左前方を穏やかに見つめる顔、頭髪の様子、両手の位置、形状、持物の持ち方などはほぼ同一である。なお、被告仏画2(15)はデッサン画であり、細部において省略がみられるが、原告仏画2(15)の構図をそのまま抜き出し、細部を簡略化したものにすぎず、被告仏画2(15)は原告仏画2(15)の複製に当たる。
(イ) 仮に、原告仏画2(15)を簡略化し、デッサン画としたことにより、被告仏画2(15)に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(15)には原告仏画2(15)の創作的表現が再製されており、上記原告仏画の本質的特徴を感得できるから、被告仏画2(15)は原告仏画2(15)を翻案したものに当たる。
シ 被告仏画2(16)について
(ア) 原告仏画2(16)の構図は極めてまれなものであるところ、被告仏画2(16)は、上記構図において原告仏画2(16)と全く同一である上、光背が円光のみである点、蓮華座の数、花弁の形状、雲座のたなびき方、雲座と円光の重なり、着衣の形状や皺、天衣のたなびき方は同一であり、顔の表情もほぼ同一である。また、蓮華の形状、左右の手や指の形状も全く同一である。
 なお、被告仏画2(16)はデッサン画の写真であり、細部に簡略化がみられるが、原告仏画2(16)の構図をそのまま抜き出していることからすれば、被告仏画2(16)は原告仏画2(16)と表現上実質的に同一のものというべきであり、原告仏画2(16)の複製に当たる。
(イ) 仮に、被告仏画2(16)に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(16)は、原告仏画2(16)を翻案したものに当たる。
ス 被告仏画2(17)について
(ア) 原告仏画2 (17)の構図は、馬頭観音を描く場合の構図として種々のものがある中で選択された独自のものであるところ、被告仏画2(17)は、原告仏画2(17)と構図において全く同一である上、光背、台座の形状、着衣の形状・皺、宝冠の形状、顔もほぼ同一(正面が忿怒相でなく、また目が三目でなく二目であるという点で同一)であり、印相、持物も全く同一である。
 なお、被告仏画2(17)はデッサン画の写真であり、細部に簡略化がみられるが、被告仏画2(17)が原告仏画2(17)の構図をそのまま抜き出していることからすれば、被告仏画2(17)は原告仏画2(17)と表現上実質的に同一のものというべきであり、原告仏画2(17)の複製に当たる。
(イ) 仮に、被告仏画2(17)に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(17)は、原告仏画2(17)を翻案したものに当たる。
セ 被告仏画2(18)について
(ア) 原告仏画2(18)と被告仏画2(18)は、光背(宝珠光及び舟形光の外側に装飾が描かれている点、宝珠光の内側に円形の線が、舟形光の内側に楕円形の線が描かれている点)、蓮華座(花弁の形状、数、配置)、着衣の形状や皺、宝冠の形状、飾りのおおまかな形状、顔の表情、蓮華の位置、左右の手の形状や位置の点で同一である。
 なお、被告仏画2(18)はデッサン画の写真であり、簡略化がみられるが、被告仏画2(18)が原告仏画2(18)の構図をそのまま抜き出していることからすれば、被告仏画2(18)は原告仏画2(18)と表現上実質的に同一のものというべきであり、原告仏画2(18)の複製に当たる。
(イ) 仮に、被告仏画2(18)に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(18)は、原告仏画2(18)を翻案したものに当たる。
ソ 被告仏画2(19)について
(ア) 被告仏画2(19)は、簡略化したデッサン画であり、また、細部は不明であるが、光背(円光と放射光である点)、雲座上の蓮華座の形状、阿弥陀の袈裟、裙の形状や襞の様子、唇や眉の形、印相などの点で原告仏画2(19)とほぼ同一であり、原告仏画2(19)の複製に当たる。
(イ) 仮に、被告仏画2(19)に創作性の付加が認められるとしても、被告仏画2(19)は、原告仏画2(19)を翻案したものに当たる。
(被告の主張)
(1) 原告らの主張は争う。
(2) 自作画であっても、それが古仏画と同様のものであれば創作性は認められない。例えば、原告仏画2(5)は、広島・光明院の古仏画及び福島・如来寺の古仏画と酷似しており、創作性を欠くものである。
(3) 被告仏画2 には、 下記アないしソのとおり、被告独自の描き方が随所にみられ、原告仏画2との間に類似性はなく、被告仏画2は原告仏画2を複製又は翻案したものに当たらない。
ア 被告仏画2(1)@及びAについて
(ア) 被告仏画2(1)@は、原告仏画2(1)と構図は類似するが、宝冠の模様は独自のものであり、顔の相、向きも異なり、菩薩の髪のカーブも緩く描かれている。また耳飾りや胸飾りを簡略化して描き、天衣、条帛及び腕飾りの模様を描かず、天衣の皺を2本として直線的に描くことで、天衣を張った感じにしている。また、裳(下半身の衣)の模様や光背の模様も異なり、円相に模様も描かれていない。また、彩色も被告独自のものである。
 このように、被告仏画2(1)@は、独自の彩色を施し、かつ、顔や光背、衣装、瓔珞等を独自のものにすることにより、原告仏画2(1)を、その本質的特徴を直接感得できない程度に変更したものであり、原告仏画2(1)を複製又は翻案したものに当たらない。
(イ) 被告仏画2 (1)Aについては、デッサン画であり、原告仏画2(1)とは構図が類似するのみであって、その本質的特徴を感得することはできない。したがって、上記被告仏画は、原告仏画2(1)を複製又は翻案したものに当たらない。
イ 被告仏画2(2)について
 被告仏画2(2)は、顔の部分のみを描いたデッサン画であり、彩色は施されておらず、描線も粗い。また、被告は、観音菩薩をより若く描くため、顔の相(眉が丸みを帯び、眼は広げ、額は丸みを帯び、鼻は丸いなど)や額の上方の髪のカーブを原告仏画2(2)とは異なるものとし、また、宝冠の模様(特に化仏)、喉の皺も原告仏画2(2)とは異なるものとしている。被告仏画2(2)は、仏涅槃図の観自在菩薩(乙6の4の1の7枚目「十二分割図・3」参照)の顔をイメージし、これを変えたものである。
 このように、被告仏画2(2)は原告仏画2(2)の本質的特徴が感得できない程度にこれを変更したものであり、原告仏画2(2)を複製又は翻案したものに当たらない。
ウ 被告仏画2(5)@及びAについて
 被告仏画2(5)@及びAは、原告仏画2(5)と比べて、観音菩薩(合掌している菩薩)の上半身がより傾いており、勢至菩薩と阿弥陀如来との間に空間が空いているなど、各仏の位置関係が原告仏画2(5)とは異なっている上、着衣の形状・模様、雲の位置・形も上記原告仏画とは異なっている。また、上記原告仏画はモノクロ画像であるのに対し、被告仏画2(5)@は紺地金泥画であり、被告仏画2(5)Aは、勢至菩薩及び観世音菩薩のみを抜き出し、線描画にしたものであり、この点でも両仏画は大きく異なるものである。
 したがって、被告仏画2(1)@及びAからは、原告仏画2(5)の本質的特徴を直接感得することができず、これを複製又は翻案したものに当たらない。
エ 被告仏画2(6)について
 被告仏画2 (6)は、無彩色のデッサン画であり、着衣・瓔珞・光背等の模様、天衣のうち両腕から外側のものを省略し、宝冠の装飾も簡素なものとしている。また、観音の顔については、兵庫県太山寺蔵の十一面観音像(乙18)を参照しており、顔の表情は原告仏画2(6)とは異なるものとしている。
 したがって、被告仏画2(6)から、原告仏画2(6)の本質的特徴を感得することはできないから、被告仏画2(6)は原告仏画2(6)を複製又は翻案したものに当たらない。
オ 被告仏画2(7)について
 被告仏画2(7)には、背景の雲が描かれておらず、光背の模様の隙間も原告仏画2(7)よりも狭い。また、台座には模様のない通常の蓮華が描かれており、着衣の模様や腰部に組まれた手に持っている鉄鉢の模様は被告独自のものであり、天衣は不透明であり、眼も原告仏画2(7)とは異なるものである。さらに、原告仏画2(7)がモノクロ画であるのに対し、 被告仏画2(7)には、被告独自の彩色が施され、箔が施されている。
 以上のとおり、被告仏画2(7)は、原告仏画2(7)の本質的特徴を感得できない程度にこれを変更したものであり、原告仏画2(7)を複製又は翻案したものに当たらない。
カ 被告仏画2(10)について
 被告仏画2(10)は無彩色のデッサン画であり、雲を除き背景は描かれておらず、雲の形状も原告仏画2(10)とは異なる。また、光背が一重の円相のみであり、蓮弁の形状、枚数も原告仏画2(10)とは異なり、袈裟の線や模様が描かれておらず、頭髪の有無、顔の表情、錫杖の先端から下がっている輪の数も原告仏画2(10)とは異なる。
 以上のとおり、被告仏画2(10)は、原告仏画2(10)の本質的特徴を感得できない程度にこれを変更したものであり、原告仏画2(10)を複製又は翻案したものに当たらない。
キ 被告仏画2(11)について
 被告仏画2(11)は無彩色のデッサン画であり、宝冠、瓔珞が簡略化され、着衣の模様、瓔珞の法輪より下の部分、蓮台、光背、背景が省略されている。また、原告仏画2(11)よりも顔の相が厳しく、眼及び唇の形状はいずれも独自であり、鼻は丸みを帯び、野毛は描かれておらず、瞳に着色がない。さらに、冠帯、天衣の流れ等が被告独自のものとなっている。
 以上のとおり、被告仏画2(11)は、原告仏画2(11)の本質的特徴を感得できない程度にこれを変更したものであり、原告仏画2(11)を複製又は翻案したものに当たらない。
ク 被告仏画2(12)について
 被告仏画2(12)において、散華及び雲は省略されており、着衣と天衣の模様、冠帯の流れ、宝瓶及びその左右の部分の模様、光背の模様は被告独自のものであり、裳の形状もスカートをイメージして広げられている。また、彩色を被告独自のものとし、背景に箔や砂子を施している。
 これらによって、被告仏画2(12)からは、原告仏画2(12)の本質的特徴を直接感得することができなくなっているので、被告仏画2(12)は原告仏画2(12)を複製又は翻案したものに当たらない。
ケ 被告仏画2(13)@について
 被告仏画2(13)@において、散華及び雲は省略されており、天衣の模様、冠帯の流れ、宝冠の太さ(模様)、眼と耳の形状はいずれも被告独自のものであり、蓮弁の数も原告仏画2(13)とは異なっている。また、被告独自の彩色が施されており、これらによって、原告仏画2(13)の本質的特徴を直接感得できなくなっているので、 被告仏画2(13)は原告仏画2(13)を複製又は翻案したものに当たらない。
 また、被告仏画2(13)Aは原告仏画2(13)を相当程度省略したデッサン画であり、原告仏画2(13)を複製又は翻案したものに当たらない。
コ 被告仏画2(14)について
 被告仏画2(14)は薄墨で描かれており、菩薩を若く描くため、眼が広がり、より吊った形状となっており、頬の線はより直線的であり、野毛が省略されている。また、天衣、宝冠等の模様は被告独自のものであり、瓔珞及び法輪は省略されており、手は、原告仏画2(14)より厚みがある。
 これらによって、被告仏画2(14)から原告仏画2(14)の本質的特徴を直接感得できなくなっているので、 被告仏画2(14)は原告仏画2(14)を複製又は翻案したものに当たらない。
サ 被告仏画2(15)について
 被告仏画2(15)は無彩色のデッサン画であり、背景は描かれておらず、光背の形状・模様の有無、蓮華座の模様の有無、天衣の有無、宝冠の模様、顔の相、両肩に垂れた髪の形状、持物の刃の形状等において、原告仏画2(15)とは多数の相違点がある。
 これらの違いが存在することにより、被告仏画2(15)から原告仏画2(15)の本質的特徴を直接感得することはできず、被告仏画2(15)は原告仏画2(15)を複製又は翻案したものに当たらない。
シ 被告仏画2(16)について
 被告仏画2(16)は、紺紙金泥画のモノクロ写真であり、背景、蓮台の突起、着衣の模様、左腕右側の天衣が描かれておらず、眼、肩にかかった髪の形状が被告独自のものであり、顔が原告仏画2(16)よりふくよかである。
 これらの違いにより、被告仏画2(16)から原告仏画2(16)の本質的特徴を感得することはできないから、被告仏画2(16)は原告仏画2(16)を複製又は翻案したものに当たらない。
ス 被告仏画2(17)について
 被告仏画2(17)は、紺紙金泥画のモノクロ写真であり、舟形光の模様は独自であり、円相、蓮台、蓮弁に模様がなく、蓮弁の数も原告仏画2(17)とは異なる。また、宝冠等の模様が独自である上、顔が原告仏画2(17)より細長く、頭髪、眼、髪の形状、左右の2尊の顔、髪型が独自である。
 これらの違いにより、被告仏画2(17)から原告仏画2(17)の本質的特徴を感得することはできないから、被告仏画2(17)は原告仏画2(17)を複製又は翻案したものに当たらない。
セ 被告仏画2(18)について
 被告仏画2(18)は、紺紙金泥画のモノクロ写真であり、背景の雲の形状、光背の形状、蓮台のおしべの形状、眼、耳、髪の形状が被告独自のものであり、顔は原告仏画2(18)よりも細長く、着衣に模様は描かれていない。
 これらの違いにより、被告仏画2(18)から原告仏画2(18)の本質的特徴を感得することはできないから、被告仏画2(18)は原告仏画2(18)を複製又は翻案したものに当たらない。
ソ 被告仏画2(19)について
 被告仏画2(19)は、紺紙金泥画のモノクロ写真であり、如来が左に傾いており、雲の形状や着衣の模様、眼、眉、耳、口ひげ、唇の形状は被告独自のものであり、放射光の形状が明確ではなく、蓮弁の数も原告仏画2(19)とは異なっている。
 これらの違いにより、被告仏画2(19)から原告仏画2(19)の本質的特徴を感得することはできないから、被告仏画2(19)は原告仏画2(19)を複製又は翻案したものに当たらない。
5 争点(2)ウ(F氏による許諾の有無)について
(被告の主張)
(1) 被告は、昭和52年8月29日以降、F氏に師事し、古来伝承されてきた仏画の技術伝承方法に則り、F氏から、同氏の描いた仏画を教本にして習得し、さらにそれを後世に伝えるよう指導された。
 すなわち、被告仏画2(1)@、2(7)及び2(12)については、いずれも、被告がF氏から原告仏画2(1)、2(7)及び2(12)に基づきデッサン及び彩色をするよう指示を受け、描いて持参した上で、同氏から指導を受けたものであり、被告仏画2(1)Aは、F氏から指導を受けた同仏画2(1)@の仏画を参照して簡単にデッサンしたものである。また、被告仏画2(2)についても、F氏の仏画を参照し、同仏画を色紙にデッサンしたものを持参した上で同氏から指導を受けたものである。被告仏画2(6)は、仏画の描き方を広く一般に伝えるため、F氏の許諾を得て同氏の十一面観音像を参照し、簡略化してデッサンしたものである。被告仏画2(7)は、F氏の指導により、同氏の千手観音菩薩像を参照し、一旦仏画を描いた後、さらにF氏からの指導を踏まえて、再度描いたものである。被告仏画2(11)は、仏画の描き方を広く一般に伝えるため、F氏の許諾を得て、F氏の観音菩薩像を参照し、簡略化してデッサンした。被告仏画(12)は、F氏の指導により、同氏の勢至菩薩像を参照し、一旦仏画を描いた後、さらにF氏の指導を踏まえて、独自に彩色、箔を施したものである。被告仏画2(13)@、Aについては、F氏の許諾を得て、同氏の観音菩薩像を参照し、これを簡略化してデッサン画を制作し、さらに彩色して被告仏画2(13)@を制作したものである。被告仏画2(14)は、F氏の許諾を得て、同氏の勢至菩薩像を参照し、瓔珞、髪の流れ、冠帯の流れや模様等をかなり簡略化して制作した初期の習作である。
 以上のとおり、被告がF氏から指導を受けたのは、信仰の対象としての仏画であり、被告が仏の形を理解した場合には、被告の作品として公表し、信仰の対象とすることをF氏から許諾されたと考えられるから、被告は、上記被告各仏画のそれぞれにつき、F氏から、複製・翻案等することを許諾されており、F氏は、これらについて、著作財産権(複製権、展示権、頒布権、譲渡権、貸与権)及び著作者人格権を行使する意思はなかったものである。
(2) また、被告は、「模倣に始まり模倣に終わる」といわれる仏画の世界において、F氏から上記のとおり指導を受けた上、昭和53年2月28日ないし29日、F氏から「復原國寶佛画」を贈呈され、その際、「この本でしっかり捕まえて、伝えなさい。」との言葉を受けた。F氏の上記発言は、F氏と被告の師弟関係の中で、「復原國寶佛画」を見て仏画を模写し、仏様の形をしっかりと理解した上で、次の世代に仏画の伝統を伝えなさいという趣旨を伝えるものであり、「復原國寶佛画」に掲載されている全仏画に関し、複製・翻案等について包括的な許諾を与え、被告による複製・翻案画について、著作権及び著作者人格権を行使しない趣旨のものであると解するべきである。
 そして、原告仏画2(1)ないし(19)は、いずれも、「復原國寶佛画」に掲載されているものであるから、被告は、F氏から、原告仏画2(1)ないし(19)につき、複製・翻案等についての許諾を得ており、被告仏画2(1)ないし(19)を制作し、公表し、展示、頒布等をすることは、原告仏画2(1)ないし(19)の著作権、著作者人格権を侵害しない。
(原告らの主張)
(1) 被告の主張は、事実については否認し、法的主張は争う。
(2) そもそも、F氏と被告との間に師弟関係はなく、F氏が被告に被告仏画2(1)、(2)、(7)、(12)につき指導したことや、F氏が被告に「復原國寶佛画」を贈呈したこと、「この本でしっかり捕まえて、伝えなさい。」などと告げたこともない。また、仮にF氏から被告に対し上記のような発言がされた事実があったとしても、F氏が、知り合って2か月しか経っておらず、会うのも2回目である被告に対し、自己が半生をかけて描き上げた全仏画についての著作者人格権及び著作財産権の全部について包括的な許諾を与えることなどあり得ず、上記発言をもって、包括的許諾があったと解釈する余地はない。
(3) 被告の主張は、@被告の主張する事実経過と、被告へのインタビューに基づき作成された「山梨のおんな」(甲70)という本の内容が食い違っていること、A被告の主張する、被告がF氏を訪問した際のF氏宅の様子や、被告がF氏から聞いたとする話の内容に、F氏の経歴や、当時のF氏自身及びF氏周辺の客観的状況、家族の記憶などと食い違う部分が多数含まれていること、B被告がその主張の裏付けとして提出する日記(乙3の4、5)には、その体裁、内容において不自然な点や客観的事実に反する点が含まれていること、C被告の陳述書の内容と日記の内容、被告の主張に、相互に矛盾する点や変遷が含まれていることなどに鑑み、到底信用できるものではない。
6 争点(3)(差止め及び廃棄請求の可否)について
(原告らの主張)
(1) 被告各仏画を掲載した書籍の販売状況等に鑑みれば、 被告各仏画の販売、頒布、展示の差止め、被告各仏画を掲載した書籍、パンフレット、塗り絵用下絵、ホームページ画像の製作の差止めの必要性があり、これらの請求の実効性を確保するため、被告各仏画を掲載した書籍等の廃棄を求める必要性がある。
(2) なお、被告は、被告仏画2(16)ないし(19)につき、写真の被写体である仏画が被告の手元になく、現存しないことを理由として、差止めの対象となることを争っているが、被告仏画2(16)ないし(19)の写真が現存している以上、これを展示、頒布等することは可能であり、これによる侵害のおそれがあるから、差止めの必要性が認められる。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 被告仏画2(16)ないし(19)は、その原本が現存しておらず、その利用は不可能であるから、差止め及び廃棄の必要性はない。
7 争点(4)(著作権侵害による損害賠償請求権は、消滅時効又は除斥期間の経過により消滅しているか。)について
(被告の主張)
(1) 消滅時効
ア 原告Bらは、平成17年9月3日、被告仏画1(1)に関する調査のため、東大寺を訪れているところ(甲75の1ないし9)、原告Bらは、上記調査の際、被告仏画1(1)ないし(10)及び被告仏画2(1)ないし(15)の存在を知っていたと供述している(原告B11頁)。そうすると、上記被告仏画に係る著作権侵害による損害賠償請求権は、平成20年9月3日経過時において、消滅時効期間が経過していることになる。
イ 被告は、平成23年12月9日の本訴第13回弁論準備手続期日において、上記アの損害賠償請求権の消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(2) 除斥期間
 被告各書籍の販売によって生じたとされる損害のうち、本訴口頭弁論終結時(平成24年10月15日)において20年以上経過したものについては、民法724条後段により、損害金額算定の基礎とすることができない。
(原告の主張)
(1) 消滅時効の主張について
ア 被告の主張は、事実については否認し、法的主張は争う。
イ 原告Bらが東大寺を訪れたのは、本件訴訟提起後である平成21年12月15日及び平成22年1月11日であり、平成17年9月3日ではない。
 原告Bらは、被告の平成21年11月20日付け被告第1準備書面における主張の真偽を確認するため、平成21年12月15日及び平成22年1月11日の2回にわたり東大寺を訪問したものであり、平成22年1月11日に東大寺大仏殿において撮影した写真が、甲75の1ないし9及び甲120である。上記写真に「2005.09.03」との日付が表示されているのは、デジタルカメラの日付設定が誤っていたためにすぎない。
 そもそも、被告仏画1(1)、(2)、(4)ないし(6)、(10)、被告仏画2(6)、(7)、(11)ないし(13)、(15)は、平成17年9月3日より後に出版された書籍に掲載されているものであって(甲21ないし26)、同日時点において、原告らがこれらの仏画の存在を知ることはあり得ない。
ウ したがって、被告の主張する消滅時効期間の経過は認められない。
(2) 除斥期間の主張について
 被告の主張は争う。
8 争点(5)(著作権侵害による損害額)について
(原告らの主張)
(1) 被告仏画1(1)ないし(10)及び被告仏画2(1)ないし(15)による著作権侵害に係る損害額
ア 被告書籍の販売等によるもの
 「復原國寶佛画」は、昭和44年に1部3万円で販売されたものであるが、上記価格を、消費者物価指数の変動に基づき、被告書籍の販売開始時である昭和57年当時の価格に換算すると、7万6500円となり、同金額を、「復原國寶仏画」に掲載されている仏画数(復原仏画63作品及び自作仏画30作品の合計93点)で割ると、仏画1点当たりの価格は823円となる。したがって、原告は、被告書籍1冊に1仏画が掲載される毎に少なくとも823円の損害を被ることになる。
 被告書籍は、それぞれ少なくとも1000部販売されたと推定されるから、被告書籍に各掲載されている被告仏画数に、823円を乗じ、更に推定販売部数である1000部を乗じると、その合計額は2139万8000円となる(著作権法114条1項)。
イ 被告美術館における被告仏画の展示、被告美術館パンフレット及び被告美術館ホームページへの被告仏画の掲載、仏画教室における被告仏画の頒布により原告が被った損害については、算定することが困難である。
(2) 被告仏画2(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@・A、(14)による著作権侵害に係る損害額
ア 著作権法114条3項に基づく推定額(上記仏画に係る損害額に関する主位的主張)
(ア) 被告書籍への上記被告仏画の掲載につき原告らが受けるべき使用料を、株式会社美術著作権センターが著作権等管理事業法に基づき定めた使用料規程(以下「本使用料規程」という。甲130)の一般書籍に関する取決めに基づき算出すると、次のとおり合計26万4000円となる。
@ 被告書籍(オ) (旧版) 2万2000円
A 被告書籍(オ) (新装版) 1万5000円
B 被告書籍(カ) 9万円
C 被告書籍(キ) (旧版) 3万6000円
D 被告書籍(キ) (新装普及版) 7万2000円
E 被告書籍(ク) (旧版) 7000円
F 被告書籍(ク) (新装普及版) 2万2000円
(イ) 平成7年から平成21年までの間における被告美術館パンフレットへの上記被告仏画の掲載につき原告らが受けるべき使用料は、平成7年から前パンフレットの発注日である平成21年8月の前年までの14年間に各年1万部(合計14万部)印刷したものと推定できることから、本使用料規程に基づき算出すると、合計10万5000円となる。
(ウ) 被告美術館における上記被告仏画の展示につき原告らが受けるべき使用料は、本使用料規程に基づき算出すると、次のとおり73万3584円となる。
 すなわち、本使用料規程によれば、展示に係る著作権使用料は入場料収入の1%とされているところ、被告は、被告美術館において、上記被告仏画を展示していない期間があったことを証する資料等を何ら提出していないから、上記被告仏画6点を常時展示していたものとして損害額を算出するのが相当である。また、被告は、平成19年から平成23年までの入場料収入のみを開示しているが、上記期間の収入の平均年額が約76万5000円であることに鑑み、平成7年から平成18年までの入場料収入は各70万円と推定され、平成7年から平成23年までの合計額は1222万6400円となる。したがって、原告らが受けるべき使用料額は、73万3584円(1222万6400円×6点×1%)となる。
(エ) まとめ
 以上(ア)ないし(ウ)の合計額は、110万2584円となる。
イ 著作権法114条2項に基づく推定額(予備的主張)
(ア) 被告書籍から被告が得た利益のうち、被告仏画2(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@・A、(14)に係る分は次のとおりであり、これらの利益は、原告らの損害であると推定される(著作権法114条2項)。
@ 被告書籍(ア)、(ウ)については、過去20年間販売されておらず、上記期間において原告らに損害が発生していないことを認める。
A 被告書籍(オ)
 上記書籍は、写仏の指導書であり、仏画が稚拙であれば写仏指導に関する記述は説得力がないから、写仏の技術が記載されている頁よりも仏画が掲載されている頁の方が書籍の販売に貢献する度合いは高く、その割合は1対2とみるべきである。したがって、被告書籍(オ)(旧版)から被告が得た利益のうち、被告仏画(1頁分)の掲載に係る金額は、1万9896円(158万1755円×2/3÷53頁×1頁)である。また、被告書籍(オ)(新装版)から被告が得た利益のうち、被告仏画(1頁分)の掲載に係る金額は、1951円(16万1000円×2/3÷55頁×1頁)である。
B 被告書籍(カ)
 上記書籍の巻頭には、完成度の高い絵が7点(そのうち3点が侵害仏画である被告仏画2(1)@、(12)、(13)@)掲載されており、特に被告仏画2(1)@、(12)及び(13)@の完成度は高い。したがって、これらの仏画の書籍の販売に貢献する度合いはその他の頁よりも高く、その割合は2対1とみるべきである。なお、被告書籍(カ)の販売数量は3000冊、被告の得た利益は販売価格の7%とする。
 したがって、被告書籍(カ)から被告が得た利益のうち、被告仏画(3頁分)の掲載に係る金額は、7万2000円(1200円×3000冊×7%×2/3×3/7)である。
C 被告書籍(キ)
 被告書籍(キ)についても、仏画が掲載されている頁の書籍販売に貢献する度合いはその他の頁よりも高く、その割合は2対1とみるべきである。
 したがって、被告書籍(キ)から被告が得た利益のうち、被告仏画(1頁分)に係る金額は、8000円(64万8000円×2/3÷54頁×1頁)である。
D 被告書籍(ク)
 被告書籍(ク)に掲載されている仏画の中で、被告仏画2(7)及び(13)@ は完成度が高く、かつ、2(7)は被告書籍(ク)の表紙に使用されているから、販売に貢献する度合いは他の頁に比べて高く、その割合は2対1とみるべきである。
 したがって、被告書籍(ク)から被告が得た利益のうち、被告仏画に係る金額は、20万9663円(31万4495円×2/3)である。
E 被告書籍(ケ)
 被告書籍(ケ)においても、仏画が掲載されている頁の書籍販売に貢献する度合いはその他の頁よりも高く、その割合は2対1とみるべきである。
 したがって、被告書籍(ケ)(旧版)から被告が得た利益のうち、被告仏画に係る金額は6223円(49万4775円×2/3÷53頁×1頁)である。
 また、被告書籍(ケ)(新装普及版)から被告が得た利益のうち、被告仏画に係る金額は6918円(28万5375円×2/3÷55頁×2頁)である。
(イ) 被告仏画2(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@、(14)を被告美術館のパンフレットやホームページに掲載して、被告美術館へ入場者を誘引し、かつ、これらの仏画(被告仏画2(7)、2(12)、2(13)@)を被告美術館において展示することにより、原告らが被った損害は、過去5年間の入場料収入の平均額76万5300円、展示仏画総数50点、そのうち上記3点の仏画を2年間に4か月ずつ展示していることを基に、過去16年分として算出すると、下記計算式のとおり1万2244円となる。なお、入場料収入の利益率は10%とする。
76万5300円×10%÷50点÷24か月×4か月×3点×16年=1万2244円
(ウ) まとめ
 以上(ア)、(イ)の合計額は、31万6999円となる。
(3) 慰謝料
 原告らは、いずれも、F氏の実子ないし孫であり、F氏が心血を注いで描き上げた原告各仏画を無断で複製、改変された上、被告の作品と表示されたことにより、その名誉を著しく毀損され、多大な精神的苦痛を被っている。
 被告が無断で複製又は改変したF氏の作品数が極めて多いため、原告らの精神的苦痛を慰謝するに足る金額は、原告らそれぞれについて、312万5000円を下らない。
(4) 弁護士費用
 本訴提起に対する弁護士費用300万円は、被告の不法行為によって原告らが被った損害である。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 著作権法114条1項、2項の適用について
ア 著作権法114条1項又は2項による損害額の推定を主張するためには、権利者が自ら侵害品と代替性のある製品を販売しているか、少なくともその準備ができていることを要すると解される。
イ 本件では、「復原國寶佛画」は昭和44年10月30日に初版3000部が発行されているが、短期間で増補版が発行されていることに鑑みると、上記書籍は1年程度で売り切れているものと推察される。また、昭和50年4月22日には「復原高雄曼荼羅」が発行されているが、昭和52年8月29日には、既に版元品切れの状態であった。
 他方、被告各書籍は、昭和57年1月から平成19年6月にかけて発行されたものである。
 そうすると、原告らが、被告による著作権侵害行為があったと主張する時期において、原告らは、原告各仏画を収録した出版物(被告書籍と代替性のある書籍)を販売しておらず、その準備も行っていないから、本件において、著作権法114条1項又は2項は適用されない。
(3) 著作権法114条3項の主張について
ア 被告書籍に関する分について
(ア) 被告各書籍は、いずれも仏画の指導書であり、仏画の掲載された頁のみを基礎として、侵害仏画の売上げへの寄与を算定することは無意味であり、総頁数に占める侵害仏画の割合を基礎として損害を算定するべきである。
(イ) なお、過去20年間において、被告各書籍から被告が得た印税額は、現在までのところ、次のとおりである。
@ 被告書籍(オ) (「新・写仏のすすめ」) 142万3580円
A 被告書籍(カ) (「シルクロード仏画ぬり絵」) 119万0550円
B 被告書籍(キ) (「写仏下絵図像集 第1巻」旧版) 58万3200円
C 被告書籍(ク) (「写仏下絵図像集 第1巻」新装普及版) 28万3046円
D 被告書籍(ケ) (「写仏下絵図像集 第2巻」) 25万6838円
(ウ) なお、被告書籍は、写仏指導書であるから、本使用料規程中、「美術関係の各種教材」として利用料を算定するべきである。また、同一の仏画が複数回にわたり同一書籍に掲載されている場合、二重に評価するのは相当ではない。
イ 被告美術館に関する分について
(ア) 被告美術館は、平成7年4月に開業したが、平成7年ないし平成18年の入場料収入は不明である。平成19年以降の入場料収入は次のとおりであるが、平成19年以前にも同様の収入があったと推認するのは相当ではない。
 平成19年 81万3000円
 平成20年 73万0750円
 平成21年 70万2750円
 平成22年 83万4550円
 平成23年 74万5450円
(イ) 被告仏画2(1)@、2(5)及び2(14)を被告美術館に展示したことはない。また、被告仏画2(7)、2(12)及び2(13)@については展示したことがあるが、その展示期間については記録していない。
 被告美術館における展示仏画のうち、展示替えを行う仏画は43点であり、展示替えの頻度は年3度、展示し又は展示予定のある仏画は250点であるから、概ね2年程度で全仏画を展示できることになり、被告仏画2(7)、2(12)及び2(13)については、2年間に4か月ずつ展示したことになる。したがって、上記展示に係る利用料は、上記展示期間を基礎に算定されるべきである。
(ウ) なお、本使用料規程において、展示に係る利用料は0.1〜1%とされているが、本件におけるF氏と被告との間の師弟関係、原告らが著作者本人ではなく相続人であることなどを考慮すれば、損害額の算定に当たり適用すべき料率は0.1%が相当である。
ウ パンフレットについて
(ア) 平成21年以前のパンフレットの発注部数及び発注日は不明であるが、美術館入場料収入の誘因であり、入場料収入の中で評価すれば足りる。
(イ) 仮に「広告用パンフレット、告知用チラシ」に該当し得るとしても、パンフレット内に侵害仏画が占める割合は約2%以下であり、利用料は5000円にとどまる。
(4) 慰謝料、弁護士費用について
 争う。
9 争点(6)ア(被告各仏画を被告書籍に掲載すること等は、「著作者人格権を侵害する行為」又は「著作権法60条に違反する行為」(「著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為」)(著作権法116条1項)に該当するか。)について
(原告らの主張)
 被告は、原告各仏画を複製し、又は翻案した被告各仏画を、被告の自作画として被告書籍に掲載し、展示するなどしており、これは、F氏が存しているとしたならばその著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害となるべき行為(著作権法60条)に該当する。
(被告の主張)
 被告は、F氏との間の師弟関係の中で、同氏から、「復原國寶佛画」の贈呈を受け、同書籍に掲載された全仏画について、自分の本を見て、仏画を模写し、仏様の形をしっかりと理解した上で、次世代に仏画の伝統を伝えるように言われているのであるから、被告が、「復原國寶佛画」に掲載された全仏画に関し、依拠して仏画を描き、展示、公表等してよいと理解するのは当然である。したがって、被告が、F氏の死後において、被告各仏画を制作し、公表し、展示することは、F氏が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為に該当せず、又は、「その行為の性質及び程度…によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合」(著作権法60条但し書き)に該当する。
10 争点(6)イ(名誉回復等の措置としての謝罪広告の適否)について
(原告らの主張)
(1) 被告が被告各書籍に被告各仏画を掲載するなどしたことにより毀損されたF氏の名誉又は声望を回復するためには、被告に謝罪させ、これを広告させる必要がある。
(2) 上記謝罪及び広告の形式及び内容としては、 別紙謝罪文目録記載の謝罪文を請求の趣旨第5項記載の方法で広告させることが適切である。
(被告の主張)
(1) 原告らの主張は争う。
(2) 被告各書籍の出版等により、原告らの社会的名誉声望が毀損された事実は存在しない。また、被告は、自ら変更を加えて制作した仏画を被告各書籍に掲載するなどしたものであり、F氏の著作者たる地位を意図的に侵害しようとしたものではない。加えて、被告各書籍中には、絶版となっている書籍も多く、かつ、被告は、今後、被告各書籍を再出版する際には、書籍から侵害仏画の写真を除いて出版することを誓っており、既に、出版社からその旨の了解も得ている。
 謝罪広告が認められるケースは極めて悪質な事例に限られるところ、上記事情を勘案すると、本件において謝罪広告を認めるべき必要性はない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(原告仏画1の著作物性)について
(1)ア 前記前提事実(2)アのとおり、原告仏画1は、いずれも国宝又は重要文化財として指定されている仏画又は曼荼羅を原図とし、これを復原する意図で制作されたものであり、F氏が、既存の著作物である原図1ないし10に依拠し、各原図においてその制作者により付与された創作的表現を、その制作当時の状態において再現・再製するべく制作したものであると認められる。
 そうすると、原告仏画1において、各原図の制作者によって付与された創作的表現ないし表現上の本質的特徴が直接感得できることは、当然に予定されているものというべきであるところ、これに加えて、原告仏画1に、各原図における上記創作的表現とは異なる、新たな創作的表現が付加されている場合、すなわち、復原過程において、原図の具体的表現に修正、変更、増減等を加えることにより、F氏の思想又は感情が創作的に表現され、これによって、原告仏画1に接する者が、原告仏画1から、各原図の表現上の本質的特徴を直接感得できると同時に、新たに別の創作的表現を感得し得ると評価することができる場合には、原告仏画1は、各原図の二次的著作物として著作物性を有するものと解される。その一方で、原告仏画1において、各原図における具体的表現に修正、変更、増減等が加えられているとしても、上記変更等が、新たな創作的表現の付与とは認められず、なお、原告仏画1から、各原図の制作者によって付与された創作的表現のみが覚知されるにとどまる場合には、原告仏画1は、各原図の複製物であるにとどまり、その二次的著作物としての著作物性を有することはないものと解される。
 なお、原告仏画1の復原画としての性質上、原告仏画1において、各原図の現在の状態における具体的表現に修正等が加えられているとしても、上記修正等が、各原図の制作当時の状態として当然に推測できる範囲にとどまる場合には、上記修正に係る表現は、各原図の制作者が付与した創作的表現の範囲内のものとみるべきであり、上記修正等をもって、新たな創作性の付与があったとみることはできない。
イ 原告らは、原告仏画1の創作性に関し、F氏の復原手法が独自のものである旨主張する。しかし、原告仏画1の著作物性については、上記アでみたとおり、原告仏画1において、各原図の制作者によって付与された創作的表現とは別の創作性が、具体的表現として表れているか否かによって検討するべきであり、独自の復原手法を採用した結果として、F氏の個性が原告仏画1の具体的表現において表出していれば別論、手法の独自性から、直ちに原告仏画1の創作性が導かれるものではない。
ウ 以上を前提に、原告仏画1に著作物性が認められるか否かを個別に検討する。
(2) 原告仏画1(1)(大仏蓮弁毛彫)について
ア 原図1(なお、甲101、102の1ないし12は、拓本の写真であり、甲103ないし110は、拓本の原本である。)は、東大寺金堂内の盧舎那仏(るしゃなぶつ)座像の蓮華座の蓮弁のうち、上段請花の花弁に線描(毛彫り)されている「蓮華蔵世界」を写し取ったものであり、上墨の中に、蓮弁の線描が白い拓影として表れているものである(甲58、88の1、89、101、102の1ないし12、103ないし110)。
 原図1は、やや下部が広がった半円状をしており、その図様は上下に三段に分かれている。そのうち、上段には、その中央に釈迦如来が座した姿が描かれており、その上に、釈迦如来の頭上から左右に流れ出すようにして、略半円状である上段の外縁部分に沿って、複数の化仏が雲に乗って飛来する姿が描かれ、また、釈迦如来の周囲に、合計22体の菩薩が描かれている。中段については、原図1において必ずしも明瞭でない部分があるが、多数の横線(文献〔甲58〕によれば26本であるとされる。)が引かれることにより、帯状の部分に分かれており、その中に、菩薩の頭部や、建物状のものなどが複数描かれている。下段についても、原図1において必ずしも判然としない部分があるが、中段とつながるようにして計7枚の花弁様のものが描かれ、上記花弁様のものの中に、それぞれ須弥山(しゅみせん)世界を表現したものとされる、木を逆さにしたような形状の模様が描かれている。原図1及び大仏蓮弁毛彫には、これらにより、盧舎那仏の広大無辺な世界観が表現されているものと認められる。
イ 他方、原告仏画1(1)は、黄色の紙に黒色線で描かれた線描画であり、その外縁は、やや下部の広がった略半円状であるが、その頂部はやや凸状となっている(甲47)。
 原告仏画1(1)の上記略半円状の中に描かれた図様を原図1と比較すると、上段中央に描かれた釈迦如来の顔の表情が、原図1において向かって右の眼の位置が向かって左側の眼の位置より低くやや歪んでいるような印象であるのに対し、原告仏画1(1)のそれは左右対称に整っている印象を受けるものの、その衣服の流れ、印相、姿勢、構図は原図1とほぼ同一であり、釈迦如来の周囲の化仏及び菩薩の配置、表情、飾り、化仏の乗っている雲の流れなどもほぼ同一であるということができる。また、原告仏画1(1)の中段は、26本の横線が引かれることによって、原図1と同様に帯状の部分に分かれており、その中に菩薩の頭部や建物状のものなどが複数描かれているところ、その数や位置関係において原図1との間に若干の相違があるが、形状、おおよその配置などにおいて、ほぼ同様のものであるということができる。さらに、原告仏画1(1)の下段には、原図1と同様に、中段とつながるようにして計7枚の花弁様のものが描かれており、その中に描かれている、木を逆さにしたような模様も原図1と同様のものである。
ウ なお、原図1の拓影には、所々不鮮明な部分があり、また、蓮弁における打刻跡が写し取られたとみられる箇所において、丸形に拓影が抜け落ちている部分が存在することが認められる(ただし、原図1において不鮮明となり、又は抜け落ちがみられる部分の位置、数は、原告の平成22年6月11日付け原告準備書面4の添付別紙1による主張とは異なるものである〔甲101、102の1ないし12、103ないし110〕。)。
 しかし、上記のとおり不鮮明となっている部分や抜け落ちがみられる部分である、阿弥陀如来の腹部付近の着衣の流れ、阿弥陀如来の向かって左横に位置する、やや向かって右を向き合掌した菩薩の頭飾りの一部、阿弥陀如来の向かって左側の化仏の乗る雲の一部などの線描は、その周囲の拓影や、他の菩薩・化仏における表現などから推測して描くことができるものと解される。この点は、他の不鮮明な部分や抜け落ちがみられる部分についても同様である。また、大仏蓮弁には、複数の蓮弁に同一の図様が毛彫りされているところ、その損傷部分は各蓮弁によって様々であることがうかがわれ(甲88の1・2、甲101、102の1ないし12、103ないし110)、不鮮明となり、又は抜け落ちている部分の中には、他の蓮弁における残存部分を参照することにより、描くことのできる箇所も存在するものと解される。原告仏画1(1)は、上記のような推測や他の蓮弁の参照等に基づき、不鮮明となり又は抜け落ちる前の図様として自然に推測される図様を描いているものと認められるのであって、上記図様は、原図1の制作者によって付与された創作性の範囲内のものであると認められる。
 また、原告仏画1(1)と原図1との間において、中段における菩薩頭部の表現や建物の数、位置関係に若干の相違点があることは前記イでみたとおりであるが、上記相違は、原告仏画1(1)と原図1を仔細に対照して初めて判別し得るにとどまるものであり、上記のような細部における相違があることによって、原告仏画1(1)に新たな創作性が付与されたものとは認められない。
エ 以上によれば、原告仏画1(1)には、原図1の拓影によって写し取られている大仏蓮弁毛彫における創作的表現が、復原模写として忠実に再現されており、原告仏画1(1)から、上記アでみた、盧舎那仏の広大無辺な世界観という原図1又は大仏蓮弁毛彫における表現上の本質的特徴が直接感得されるものということができる。しかし、原図1の再現を超えて、上記原図1の創作的表現に加えて、F氏の思想又は感情が創作的に表現されている部分を見出すことはできない。したがって、原告仏画1(1)に、原図1の二次的著作物としての著作物性を認めることはできない。
(3) 原告仏画1(2)(釈迦金棺出現図)について
ア 原図2は、金棺から身を起こす釈迦と、その周囲の釈迦の生母(摩耶夫人)や多数の会衆を描いた彩色画であり、中央に、金棺の中から身を起こし、やや左前方に向けて身をかがめ、眼を伏せて合掌する釈迦が、金色の半円形の後光とともに描かれ、釈迦の向かって右斜め下前方には、ふくよかな女性の姿(摩耶夫人)が描かれている。釈迦の座する金棺の正面には、供物を載せた卓と、仏衣を掛けた机が描かれており、その向かって左横には、袋状のものを枝に結びつけ、花を咲かせた木(沙羅双樹)が、原図2の上方まで伸びて描かれている。また、釈迦の周囲には、老若男女様々な姿の会衆が、それぞれ、ひざまずき、あるいは合掌し、又は眼を見開いて釈迦を見つめる姿が描かれている。また、原図2の向かって右上隅には、飛来する二体の化仏が描かれており、その下には岸に打ち寄せる波が描かれている。これらにより、原図2からは、涅槃から再び身を現した釈迦の威光と、奇跡に接した会衆の驚喜を感得することができる(甲58、乙5の1の1ないし7、5の2の@ないしD)。
イ 原告仏画1(2)は彩色画であり、釈迦の後光や衣服の模様、金棺には金色が使用されている(甲47)。
 原告仏画1(2)と原図2を比較すると、原告仏画1に描かれた釈迦の印相、顔の表情、衣服の形状・模様、後光の形状、金棺の形状・模様、摩耶夫人の姿や装身具の形状、卓・机・机上の衣・卓上の供物・沙羅双樹の木等の形状、多数の会衆の配置、姿、その衣服・装飾品などは、細部に至るまで原図2とほぼ同一であることが認められる。
ウ なお、原図2の彩色は、所々剥落しており、また、色が全体的に茶色がかり、くすんだ印象を受けるものであるところ(甲59)、原告仏画1(2)には、鮮やかな彩色が施されていることが認められる(甲47)。しかし、原告仏画1(2)の上記彩色は、原図2において残存している色彩の色合いとよく一致しており、制作当時の色彩として自然に推測される色彩を付したものであると認められる(甲58、乙5の1の1ないし4、5の2の@ないしD)。
 また、原告らは、原図2において剥落して判別不能となっている箇所として、多数の点を指摘する。しかし、被告から提出されている「国宝 釈迦金棺出現図 松永記念館」(乙5の1の1ないし7)及び「原色日本の美術7」(乙5の2の@ないしD)を見ると、原告らが、原図2において判別不能であると主張する点のうち、例えば、別紙図面1の番号〔67〕増長天)の兜の形状や模様、番号〔63〕(阿泥晏豆)の眉については乙5の1の6から、摩耶夫人の首の半襟、着衣全体の模様・皺、左手付近の着衣の形状、肩のショール状の着衣の模様については乙5の1の3及び乙5の2のAから、画面向かって右上隅の化仏や岩に打ち寄せる波の形状については乙5の1の6から、その線描や色彩をある程度まで看取することができることが認められる。そうすると、これらの点については、原図2を仔細に見ることにより、相当程度把握することが可能であるものと認められる。このように、原告仏画1(2)は、上記のとおり把握することのできる原図2における表現を、忠実に再現しているものであって、F氏が独自に創作したものであるとは認められない。
 また、原告は、原告仏画1(2)が原図2と相違する点として、番号Bの背後の花の形状や、番号IないしKの帽子の紐の位置などを挙げるが、いずれも細部における些細な違いにとどまるものであり、このような点における相違点が存在することにより、原告仏画1(2)に、原図2とは異なる新たな創作性が付与されたものとは認められない。加えて、原告らは、全体的に細部まで明確に描き込み、彩色を施したことにより、釈迦を華やかに際立たせ、明るい印象が付加されている等も主張するが、原図2においても、その彩色等により、中央に光が集まったような印象が付与されているものと認められ、原告仏画1(2)は、原図2の制作者により付与された創作的表現の範囲内のものであると解される。
エ 以上によれば、原告仏画1(2)は、原図2を忠実に再現したものであり、上記アでみた、涅槃から再び身を現した釈迦の威光と、奇跡に接した会衆の驚喜という原図2における表現上の本質的特徴が直接感得されるものであり、F氏の思想又は感情が創作的に表現されている部分は見出せず、原告仏画1(2)に、原図2の二次的著作物としての著作物性を認めることはできない。
(4) 原告仏画1(3)(仏涅槃図)について
ア 原図3は、涅槃に入る釈迦と、その周囲の菩薩や仏弟子らを描いた彩色画であり、中央に、宝床台の上に眼を閉じて横臥する釈迦が描かれ、その周囲に、様々な姿の菩薩、仏弟子、会衆らが泣き伏し、あるいは合掌するなどする様が描かれている。宝床台の周囲四方には、それぞれ沙羅双樹の木が描かれており、木の上方には雲海が描かれ、その上(画の左側上方)には、合掌した女性が描かれており、これらにより、原図3からは、釈迦の入滅の静謐な様とその周囲の嘆き悲しみを感得することができる(甲60、乙6の1、6の2の@ないしD、6の3の1ないし6)。
イ 原告仏画1(3)は彩色画である(甲47)。
 原告仏画1(3)と原図3を比較すると、原告仏画1(3)に描かれた釈迦、菩薩、仏弟子、沙羅双樹等の全体的な構図は原図3とほぼ同一であり、各尊や木、背景等を個別に見ても、原告仏画1(3)は、釈迦の姿勢、表情、着衣の流れ、宝床台の模様、釈迦の周囲に描かれた菩薩や仏弟子の表情、姿勢、持物、着衣の模様、沙羅双樹の木の枝の流れや葉の付き方、雲海の流れ、画の左右上端部分の地形の形状など、細部に至るまで原図3とほぼ同一であると認められる。この点、原告らは、原図3において、宝床台の模様の一部や雲海の周囲の地形などは、原図3からは判別できないと主張するが、乙6の3の3・4などからみて、これらの点を原図3からかなり明確に看取できることに鑑み、採用できない。
 また、原図3の彩色は、全体に赤みがかり、くすんだ色合いとなっており、一部がこすれたように剥落している一方、原告仏画1(3)には、鮮やかな彩色が施されていることが認められるが(甲47)、原告仏画1(3)の上記彩色は、原図3において残存している色彩とよく一致しており、制作当時の色彩として自然に推測される色彩を付したものであると認められる。
ウ なお、原図3において、別紙図面2の番号〔24〕(釈提桓因)の顔の左目、鼻及び口の一部が剥落しているところ、原告仏画1(3)において、この部分が描き加えられていることが認められる。しかし、向かって左側の眼や向かって右側の耳、向かって左側の耳の飾り、宝冠の一部等は原図からも見て取ることができるものであり(乙6の3の5)、それ以外の部分は、原告仏画1(3)全体から見るとわずかな部分にすぎず、また、原告仏画1(3)において描き加えられた部分は、原図3において現存している上記部分と整合性が保たれるよう、つながりよく描かれていることが認められ、剥落前の原図3の線描として自然に推測されるところが表現されているものと認められる。
 また、原告仏画1(3)は、原図3において、各尊の名称の表示(各尊の付近に、縦長の札状のものを付し、その中に、各尊の名称が黒文字で記載されているもの)を省略しているが、これにより、新たな別の創作的表現が感得できるものではない。
 さらに、原告らは、原告仏画1(3)において、画の向かって左側の番号〔31〕や〔32〕と沙羅双樹の木の位置関係などから、釈迦の左側にゆったりとした印象が与えられていると主張するが、上記の点における原図3と原告仏画1(3)の差異は些細なものであり、これにより、原告らの主張するような印象の違いが生まれているとは認められない。
エ 以上によれば、原告仏画1(3)は、原図3を忠実に再現したものであり、上記アでみた、釈迦の入滅の静謐な様とその周囲の嘆き悲しみという原図3における表現上の本質的特徴を直接感得することができるものであって、これに加えて、F氏によって思想又は感情が新たに創作的に表現された部分は見出せず、原告仏画1(3)に、原図3の二次的著作物としての創作性は認められない。
(5) 原告仏画1(4)(普賢菩薩像)について
ア 原図4は、白象の上に座る普賢菩薩を描いた彩色画であり、向かって右方向に首を向け、鼻で蓮華を持った白象の上に蓮華座が乗せられ、上記蓮華座の上に、目を伏せて合掌した普賢菩薩が座っている様が描かれている。画の上部(普賢菩薩の頭上)には花の天蓋が描かれ、普賢菩薩の両側には、花々が降り散るかのように描かれている。なお、原図4の白象の首から下の部分(右前脚の全部を含む。)と、後脚の膝付近から下部分は損傷し、剥落している。原図4は、上記のとおり剥落部分を含むものであるが、残存部分からは、繊細な美しさとともに、普賢菩薩の理知、慈悲深さを感得することができる(甲61、乙7の1のA)。
イ 原告仏画1(4)は彩色画である(甲47)。
 原告仏画1(4)と原図4を比較すると、原告仏画1(4)に描かれた普賢菩薩の表情、印相、身に付けた天衣の流れや飾りの形状、着衣の模様、蓮華座の形状、白象の顔、鼻の向き、身に付けた飾りの形状、模様、菩薩の頭上及び周囲の花や葉の形状などは、原図4とほぼ同一であると認められる。また、原図4の彩色は、全体的にくすんでおり、横筋状の剥落がある一方、原告仏画1(4)には、全体に上品かつ鮮やかな彩色が施されていることが認められる。しかし、原告仏画1(4)の上記彩色は、原図4において残存している部分の色合いとよく一致しており、その制作当時の色彩として自然に推測される色彩を付したものであることをうかがうことができる。
ウ なお、上記アのとおり、原図4の下部分には剥落・損傷部分が存在し、原告仏画1(4)は、この部分について、白象の首から提げられた飾り、白象の脚及びその下の赤と青の踏割蓮華を描き加えたものであることが認められる。しかし、白象の首から提げられた飾りについては、残存する首の下の向かって左端の飾り及び鼻の下から覗く、向かって右端の飾りの部分から、白象の臀部の飾りと同様の形状のものであることが推測されるところ、原告仏画1(4)において、上記のとおり推測されるとおりの形状の飾りが描かれているものと認められる。また、白象の脚及び踏割蓮華の形状については、他の普賢菩薩像(乙7の1の3・4、7の2)において、いずれも類似する形状及び色彩のものが描かれていることが認められるのであって、原図1(4)において、この種仏画における慣行又は規則に従い、原図4における剥落前の状態として自然に推測されるところが描かれていることがうかがわれるところである。
エ 以上によれば、原告仏画1(4)は、原図4の制作当時の姿として推測されるところを忠実に再現したものであり、原図4から感得される、普賢菩薩の理知、慈悲深さ、繊細な美しさという表現上の本質的特徴が直接感得されるものであって、これに加えて、F氏によって思想又は感情が新たに創作的に表現された部分は見出せず、原告仏画1(4)に、原図4の二次的著作物としての創作性は認められない。
(6) 原告仏画1(5)(阿弥陀三尊及童子図)について
ア 原図5は、三幅から成る彩色画であり、それぞれに、正面向きの阿弥陀如来、雲に乗って飛来する2体の菩薩、播を持つ童子が描かれている。阿弥陀如来は正面を向いて座し、両手で印を結んでおり、2体の菩薩のうち、画に向かって左側の菩薩は横向きで天蓋を持ち、右側の菩薩は斜め正面を向いて持物を捧げ持っており、播を持つ童子は雲に乗って後方を振り返っている。両菩薩や童子の乗る雲、着衣、天蓋や播は、いずれも画に向かって右から左方向に向けて緩やかにたなびいており、また、三幅全体に花びらが舞い散っている。これらにより、原図5からは、阿弥陀如来の堂々とした荘厳さと、菩薩、童子の流れるような美しさを感得することができる(甲62、乙8の1のAないしC、8の2)。
イ 原告仏画1(5)は、三幅からなる彩色画であるが(甲47)、原告が著作権侵害を主張する被告仏画1(5)が、阿弥陀如来部分のみを描いたものであることに鑑み、上記三幅のうち、中央の一幅(阿弥陀如来像)の著作物性についてのみ検討する。
 原告仏画1(5)の阿弥陀像と原図5の阿弥陀如来像を比較すると、原告仏画1(5)に描かれた阿弥陀如来の表情、着衣の流れ、手足の組み方、蓮華座の形状、光背の形状、舞い散る花びらの位置・形状などは、原図5とほぼ同一であると認められる。また、原図5の色彩は、全体にくすんでおり、小さな剥落部分が散見される一方、原告仏画1(5)には、全体に明るい着色が施されていることが認められるが、原告仏画1(5)の上記彩色は、原図5において残存している色彩から、制作当時の色彩として自然に推測される色彩を付したものであると認められる。
 なお、原告らは、原図5からは阿弥陀如来の印相の形が明確ではなく、指の間の水掻きも描かれていないと主張するが、原図5(甲62、乙8の1のAないしC、8の2)を仔細に見れば、阿弥陀如来の印相や指の間の水掻きの形はほぼ明確に把握でき、かつ、原告仏画1(5)の印相は、これとほぼ同様の形に描かれていることが認められる。また、この点において原告仏画1(5)と原図5との間に何らかの差異があるとしても、これにより、両画から受ける印象が異なるとは認められない。
ウ 以上によれば、原告仏画1(5)の阿弥陀如来像は、原図5の同部分を忠実に再現したものであり、上記アでみた、阿弥陀如来の堂々とした荘厳さという原図5の表現上の本質的特徴を直接感得させるものであり、これに加えて、F氏によって思想又は感情が新たに創作的に表現された部分は見出せず、原告仏画1(5)に、原図5の二次的著作物としての創作性は認められない。
 なお、原告仏画1(5)の阿弥陀如来以外の童子図の部分についても、原図5を超える新たな創作的表現の付加を認めることはできず、二次的著作物性が認められないことは、阿弥陀如来像の部分と同様である。
(7) 原告仏画1(6)(阿弥陀聖衆来迎図)について
ア 原図6は三幅から成る彩色画であり、中央に阿弥陀如来が座し、その周囲に、楽器を演奏し、又は持物を捧げ持ち、あるいは合掌するなどした諸聖衆が雲に乗った一団として来迎する情景が描かれており、原図6からは、阿弥陀如来と諸聖衆が今まさに眼前に来迎したかのような臨場感と、極楽浄土へと通ずる一団の華やかで神々しい様子を感得することができる(甲63、乙9、10の1のA・B)。
イ 原告仏画1(6)は、三幅から成る彩色画である(甲47)。
 原告仏画1(6)と原図6を比較すると、原告仏画1(6)に描かれた阿弥陀如来の表情、印相、着衣の流れ、光背の形状、座している蓮華座や雲の形状、阿弥陀如来の周囲の諸聖衆の配置、各尊の表情、姿勢、持物の形状、雲の流れ、画の左下の地形や木の枝振り、花の付き方などは、細部に至るまで、原図6とほぼ同一であることが認められる。また、色彩についても、原図6がくすんだ色合いであるのに対し、原告仏画1(6)には鮮やかで上品な色合いが付されているものの、その色合いは全体として両者においてよく一致しており、F氏において制作当時における色彩として自然に推測される色彩を付したものと認められる。
ウ なお、原告らは、原図6において判別することのできない点が原告仏画1(6)において描かれているとして、多数の点を指摘するが、上記指摘のうち、多くの部分(諸聖衆の着衣の模様や飾りに関する点など)は、原図6を仔細に見ることにより、判別することができるものと認められる(甲63、乙9、10の1のA・B)。また、上記指摘のうち、箏の柱の有無や、阿弥陀如来の蓮華座下の花弁の位置などは、原告仏画1(6)において、原図6と相違している点であると認めることができるが、上記の点は、細部における些細な違いというべきものであり、このような相違点が存在することにより、原告仏画1(6)に、新たな創作的表現が付加されたものとみることはできない。
エ 以上によれば、原告仏画1(6)は、原図6を忠実に復原したものであり、阿弥陀如来と諸聖衆が今まさに眼前に来迎したかのような臨場感と、極楽浄土へと通ずる一団の華やかで神々しい様子という、原図6の本質的特徴を直接感得させるものであり、これに加えて、F氏によって思想又は感情が新たに創作的に表現された部分は見出せず、原告仏画1(6)に、原図6の二次的著作物としての創作性は認められない。
(8) 原告仏画1(7)(不動明王像)について
ア 原図7は不動明王を描いた彩色画であり、瑟瑟座に座し、眼を見開いて牙を剥き、右手で剣の束を握り、左手に三重に巻いた縄を提げ、髪を向かって右側にまとめて垂らした明王の姿が描かれている。明王の剣は、明王の額付近まで真っ直ぐに伸びており、明王の背後には、鮮やかな赤色により、カルラ炎が描かれている。これらにより、原図7からは、不動明王の威光と憤怒の情を鮮やかに感得することができる(甲64、乙11の1)。
イ 原告仏画1(7)は彩色画である(甲47)。
 原告仏画1(7)と原図7を比較すると、原告仏画1(7)に描かれた明王の表情、姿勢、髪の流れ、衣服の流れや模様、飾りの形状、瑟瑟座の形状、カルラ炎の形状等は、原図7とほぼ同一であると認められる。
 なお、原図7は、剥落のため、色彩や線描が一部不明瞭になっているのに対し、原告仏画1(7)には、全体に鮮やかな色彩が付されていることが認められるが、原告仏画1(7)の上記色彩は、原図7における残存部分の色合いとよく一致しており、原図7の制作当時の色彩として自然に推測されるところが描かれているものと認められる。この点、原告らは、原図7からは瑟瑟座の色彩は赤色と黄色以外判別不能であると主張するが、乙11からは、瑟瑟座の色彩が、青色や緑色についても一部残存していることが看取でき、原告仏画1(7)は、上記残存部分から看取できる色彩と同一の色を付しているものと認められ、原告らの主張を採用することはできない。
 また、原告仏画1(7)は、原図7と比較して、明王の額がやや狭く、全体としてやや丸顔に描かれていることが認められるが、これにより、異なる印象が生み出されているとまではいうことができない。
ウ 以上によれば、原告仏画1(7)は、原図7を忠実に再現したものであり、上記アでみた不動明王の威光と憤怒の情という原図7の本質的特徴を直接感得させるものであり、これに加えて、F氏によって思想又は感情が新たに創作的に表現されているものとは認められず、原告仏画1(7)に、原図7の二次的著作物としての創作性は認められない。
(9) 原告仏画1(8)(不動明王〔五大尊のうち〕)について
ア 原図8は、不動明王と二人の童子を描いた彩色画であり、中央に、岩に座し、右手に剣を持ち、左手に縄を提げた不動明王が描かれ、その向かって右下に、やや身をかがめ、明王を見上げて合掌する童子が描かれ、また、向かって左下に、腰に左手を当て、右手に木の棒を持ち、直立して斜め前方をにらみつける童子が描かれている。明王の周囲には炎が描かれており、明王の座している岩の下には、打ち寄せる波が描かれている。これらにより、原図8からは、明王の威厳と荘厳さを感得することができる(甲65、乙12の1・2)。
イ 原告仏画1(8)は彩色画である(甲47)。
 原告仏画1(8)と原図8を比較すると、原告仏画1(8)に描かれた明王の表情、姿勢、着衣の流れ、首や腕・頭に着けられた飾りの形状、左右の童子の表情、衣服の流れ、飾り、岩座の形状、打ち寄せる波の形状などは、原図8とほぼ同一であると認められる。また、原図8の色彩が全体にくすんでおり、線描も薄れているのに対し、原告仏画1(8)は、全体に鮮やかな色彩が付され、線描も明確に描かれていることが認められるが、上記色彩及び線描は、原図8に残存する色彩や線から自然に想像できる範囲のものであると認められる。
ウ なお、原告仏画1(8)の明王の剣は、原図8のものに比べてやや太く、そのため、両者を比較すれば、原告仏画1(8)の剣の方がやや短い印象を受けるものであることが認められる。また、原告仏画1(8)では明王の向かって右側の合掌している童子の膝がほぼ伸びているのに対し、原図8では膝がやや曲がっていること、両童子の足首及び明王の向かって左側の童子の上腕に巻かれた布が、原告仏画1(8)では青色であるのに対し、原図8では、童子の腰などに巻かれた布とほぼ同じ緑がかった色合いであること、明王の左手の人差し指が、原告仏画1(8)の方が原図8よりも若干長く描かれていることが、両画の相違点として認められる。原告らは、これらのほか、波や岩座の形状、明王の髪の編み方などは原図8からは判別できないと主張するが、乙12の1、2のA、Bによれば、これらの点は原図8を仔細に見ることにより相当程度判別可能であるものと認められ、採用することができない。
 上記の相違点は、原告仏画1(8)と原図8を仔細に対照することにより判別することができるにとどまるような、細部における相違点というべきものであり、これらの点が相違することにより、原告仏画1(8)に、原図8とは異なる印象が生み出されているとまではいうことができず、これらにより、新たな創作性の付与があったとみることはできない。
エ 以上によれば、原告仏画1(8)は、原図8を忠実に再現したものであり、上記アでみた不動明王の威厳と荘厳さという原図8の本質的特徴を直接感得させるものであり、これに加えて、F氏によって思想又は感情が新たに創作的に表現されているものとは認められず、原告仏画1(8)に、原図8の二次的著作物としての創作性は認められない。
(10) 原告仏画1(9)(訶梨帝母像)について
ア 原図9は訶梨帝母(かりていも)と童子等を描いた彩色画であり、向かってやや左を向いて台に座し、左腕に幼児を抱き、右手にザクロの枝を持った女性(訶梨帝母)と、両足を曲げて女性の左腕に抱かれ、右手を女性の胸元に伸ばし、左手でザクロの花が付いた枝を握る裸身の幼児と、女性の足下で、上を見上げて立ち、左手を頭上に挙げ、右手で女性の衣服の紐を握る童子の姿が描かれている。これらにより、原図9からは、子らを守護する訶梨帝母の温かさや慈悲深さを感得することができる(甲66、乙13の1ないし3)。
イ 原告仏画1(9)は彩色画である(甲47)。
 原告仏画1(9)と原図9を比較すると、原告仏画1(9)に描かれた女性の表情、衣服の流れ・模様、冠の形状、画の上方から下がっている布の形状及び模様、二人の童子の表情、姿勢、女性の座している台の模様、ザクロの枝の形状等は、原図9とほぼ同一であると認められる。また、原図9の色彩は全体に薄れ、くすんでいるのに対し、原告仏画1(9)は線描を明確にし、鮮やかな色彩を付しているが、上記色彩は、原図9の色合いとよく一致しており、原図9の制作当時の色彩として自然に推測される色彩を付したものであると認められる。
ウ なお、原告仏画1(9)と原図9は、訶梨帝母の右下の童子の左手の指の形や位置、床に垂れている訶梨帝母の天衣の裾と台座との間の間隔、訶梨帝母に抱かれた幼児の手に握られた枝の見え方の点で相違する点があり、また、原図9に比べて、原告仏画1(9)は、訶梨帝母の襟元の開き方が若干緩やかであるように感じられることが認められる。しかし、これらの点は、いずれも細部における些細な差異というべきものであり、これらの点が相違することによって、原告仏画1(9)に、原図9とは異なる創作性が付与されたものとは認められない。
エ 以上によれば、原告仏画1(9)は、原図9を忠実に再現したものであり、上記アでみた、子らを守護する訶梨帝母の温かさと慈悲深さという原図9の本質的特徴を直接感得させるものであり、これに加えて、F氏によって思想又は感情が新たに創作的に表現されているものとは認められず、原告仏画1(9)に、原図9の二次的著作物としての創作性は認められない。
(11) 原告仏画1(10)(高雄曼荼羅胎蔵法曼荼羅)について
ア 原図10は縦横約4メートルの紫綾地に金泥及び銀泥で描かれたものであり、中央に中台八葉院が置かれ、その周囲を内院、中院、外院に区切り、400体以上の諸尊を描いたものであるとされるが(甲49)、損傷が激しく、諸尊の形状や配置、内院、中院、外院の区切りなどの点において、判別できない部分が相当程度存在する(甲67、91ないし96)。
イ(ア) ただし、前記前提事実(2)ア(コ)のとおり、F氏は、三本両部曼荼羅集(甲100の1ないし11)を参照して諸尊等を描いたものとされるところ、上記曼荼羅集には、原図10の損傷前の状態における諸尊等の形状が表現されているものであると認められる(甲49、甲100の1ないし11。なお、甲100の3の金剛部院は金剛手院に相当する。)。そして、原告仏画1(10)に描かれた諸尊、侍仏等のうち、中台八葉院、遍知院、金剛手院、蓮華部院、釈迦院、文殊院、除蓋障院、地蔵院、虚空蔵院及び蘇悉地院に描かれた諸尊等は、同曼荼羅集の各尊の形状と、細部におけるまでほぼ同一であることが認められ(甲49、100の1ないし10)、持明院及び外金剛部院に描かれた諸尊等の形状についても、三本両部曼荼羅から把握可能であり、かつ、これと同様の形状のものが原告仏画1(10)に描かれていることにつき争いがない(平成23年9月1日付け原告準備書面12参照)。そうすると、諸尊等の個別の形状については、原告仏画1(10)に、F氏独自の創作性を認めることはできないものというべきである。
(イ) また、三本両部曼荼羅集に描かれた諸尊には、光背が付されていないものが散見される(甲100の3の一部、100の4のほぼ全て、100の7の一部、100の8の一部)のに対し、原告仏画1(10)の諸尊には、いずれも光背が付されていることが認められる。しかし、上記光背は、各々、炎の流れる方向や大きさ等が微妙に異なるものの、三本両部曼荼羅集に描かれている、他尊に付された光背とほぼ同様のものであり、各尊の光背を個別にみた場合に、F氏独自の創作性を認めることのできるものではない。
(ウ) さらに、釈迦院中央の東方初門、外金剛部院東門については、三本両部曼荼羅集に、対応する記載がないことが認められる(甲100の1ないし11)。しかし、同曼荼羅集には、外金剛部院西門、北門及び南門の図様が掲載されており(甲100の11)、原告仏画1(10)における東方初門及び外金剛部院東門の図様は、これらの図様に若干の変更を加えたにすぎないものと解されるから、上記門の形状自体に、F氏の独自の表現とまでいうことのできる点を認めることはできない。
(エ) また、中台八葉院内側の背景模様についても、三本両部曼荼羅集に対応する記載がないことが認められる。しかし、他の曼荼羅(乙35の1・2(子島曼荼羅)、35の6(元禄版曼荼羅))においても、中台八葉院内側を細かな正方形に区切り、その中に定型的な模様を描いたものが複数みられるところ、原告仏画1(10)の上記模様は、これらの模様と類似するものである。上記他の曼荼羅が記載された書籍は、原告仏画1(10)が掲載された「復原高尾曼荼羅」が発行された昭和50年より後の昭和51年又は昭和54年に発行されたものであるが、「復原高尾曼荼羅」の序文を執筆した田中一松は、「F’画伯はすでに昭和34年にこの子島曼荼羅の中、金剛界一印會の大日如来像を模写しているが」と記しており、F氏はこれらの曼荼羅を参照していたものと推認される。したがって、上記中台八葉院内側の背景模様自体に、F氏独自の創作性を認めることはできない。
(オ) 各院を隔てる文様帯の中に描かれた文様については、三本両部曼荼羅集に、その形状が記載されていることが認められ(甲90)、原告仏画1(10)に描かれている文様は、これとほぼ同一のものであると認められるから、文様の形状自体にF氏独自の創作性は認められない。
ウ しかし、外金剛部院の更に外側に描かれている外縁装飾(牡丹に似た花と葉の集まりや、角部に描かれている、蝶結び様の部分から伸びる鱗状の模様などの部分)については、F氏が参照したとされる「高雄曼荼羅の研究」(甲91)においても、言語表現による説明がなされ、かつ、原図10に残存する、ごく一部の線描が映し出された写真(図版71)が掲載されているのみであり、その具体的形状を把握することは困難であると認められる。上記写真が、原図10において比較的損傷の少ない部分を、紫色フィルターの使用により明瞭に映し出したものとされていること(甲91の72頁)に鑑み、原図10からも、上記文献以上の情報を得ることはできないものと解されるのであって、上記の外縁装飾については、依拠することのできる資料は存在せず、F氏が独自に描いたものであると認められる。
 また、原図10や三本両部曼荼羅集その他参考資料からも、各尊の微妙な位置関係、線の太さ、各尊の光背のバランス、文様帯の太さ、文様帯の中に文様をどのような大きさで何個描き込むか、背景をどの範囲でどの程度描き込むかなどは明らかではなく、これらは、F氏がその感性に基づき決定し、原告仏画1(10)において均質な美しさを感じ取ることができるよう描いたものであると認められる。
 原告仏画1(10)は、これらの要素が集合し、一枚の曼荼羅を構成しているものであり、上記各要素において表れているF氏の独自の表現が集合することにより、原告仏画1(10)からは、均質かつ統一的で精緻な美しさと、壮大な世界観を感得することができるものというべきである。また、原図10の損傷が激しいことに鑑み、原告仏画1(10)における上記表現が、原図10の制作者によって付与された創作的表現の範囲内にとどまるものであるとは認め難い。
 そうすると、原告仏画1(10)には、上記のような点において、F氏の思想又は感情が独自に表現された部分があり、原図10に創作性を付加した部分を認め得るものであって、この点において、原図10の二次的著作物としての著作物性を認め得るものと解される。
2(1) 以上のとおりであって、原告仏画1(1)ないし(9)については、各原図に新たな創作性を付与された点はなく、各原図の二次的著作物としての著作物性は認められないが、原告仏画1(10)については、上記1(11)ウでみた点において、著作物性を認めることができる。
 そこで、被告仏画1(10)についてのみ、争点(1)イ(被告仏画1は、原告仏画1を複製したものに当たるか。)を検討する。
(2) 被告仏画1(10)は紺紙金泥画である(甲81ないし85)。
 被告仏画1(10)は、諸尊の間隔が全体的に原告仏画1(10)よりもやや広く(甲81ないし85)、侍仏の配置においても、原告仏画1(10)と異なる点があると認められる(甲83、蓮華部院)。また、被告仏画1(10)においては、虚空蔵院と持明院との間の文様帯が描かれておらず(甲81、84、85)、文様の数、配置も原告仏画1(10)とは異なっており(甲82ないし85)、文様自体を見ても、例えば、釈迦院と遍知院の間の文様(東方初門の北方のもの)において、そのつながり方が異なるなど(甲83)、原告仏画1(10)とは相違する点があることが認められる。さらに、外縁装飾については、原告仏画1(10)が、北方及び南方において、それぞれ、花と葉の集合体を3個描いているのに対し、被告仏画1(10)はそれぞれ4個描いており、具体的な模様を見ても、花や葉の付き方等において異なるものであることが認められる(甲81ないし85)。
 被告仏画1(10)は、これらの点において原告仏画1(10)と相違することにより、原告仏画1(10)において著作物性が認められる部分につき、原告仏画1(10)とその表現において実質的に異なるものとなっているというべきであり、原告仏画1(10)を有形的に再製したものとは認められない。
(3) したがって、被告仏画1(10)は原告仏画1(10)を複製したものに当たらない。
 なお、被告仏画1(10)は、前記2(2)のとおり、前記2(1)の原告仏画1(10)の創作的表現と認められる部分と多くの点で異なるものであり、原告仏画1(10)の創作的表現部分の本質的特徴を直接感得することができないものであるから、原告仏画1(10)を翻案したものにも当たらない。
3 小括
 以上によれば、原告仏画1の著作権に基づく原告らの請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないことに帰着する。
4 争点(2)ア(被告仏画2(5)@及びA、2(13)、2(16)ないし(19)は、原告仏画2(5)、2(13)、2(16)ないし(19)に依拠して作成されたものか。)について
(1) 被告仏画2(5)@及びAについて
ア 被告仏画2(5)@は、阿弥陀如来と左右の菩薩を描いた紺地金泥画であり、被告仏画2(5)Aは、阿弥陀如来の左右の菩薩のみを個別に描いた線描画であるところ、被告は、上記被告仏画につき、他の古仏画に依拠して制作したものであると主張し、原告仏画2(5)に依拠して作成したことを否認する。
イ そこで、まず、被告仏画2(5)@について検討すると、確かに、やや左方を向いた阿弥陀如来が、その左右に観世音菩薩と勢至菩薩とを従え、雲に乗り来迎するという構図は、被告の指摘する古仏画(乙17の1のうち、100番〔京都・光明寺〕、104番〔福島・如来寺〕、105番〔広島 ・光明院〕)にもみられるものであると認められる。しかし、被告仏画2(5)@と原告仏画2(5)を比較すると、被告仏画2(5)@は、阿弥陀如来の衣服の形状・流れ、手足の位置、足下の蓮華座の形状、両菩薩の髪や衣服の形状・流れ、蓮台の形状等において、原告仏画2(5)@と酷似していることが認められる。被告仏画2(5)@と乙17の1の105番の仏画(以下「光明院仏画」という。)も構図において類似しているが、光明院仏画においては、阿弥陀如来が眼を閉じているのに対し、被告仏画2(5)@では眼を少し見開いており、この点は原告仏画2(5)@と同一である。また、向かって右の菩薩が両手に持っている蓮台の形状についても、被告仏画2(5)@は光明院仏画よりも原告仏画2(5)@に酷似している。これに加えて、被告自身、被告仏画2(5)@の作成に当たり、原告仏画2(5)を参考にした旨述べていることや(被告本人22頁)、被告が、原告仏画2(5)の掲載されている「復原國寶佛画」を以前から所有しており、被告仏画2の大半につき、同書籍に掲載されている原告仏画2に依拠して制作したことを認めていることも考慮すれば、被告仏画2(5)@は、原告仏画2(5)に依拠して制作されたものであると認めるのが相当である。
ウ 被告仏画2(5)Aについても、両菩薩の髪や着衣の流れ、手足の位置関係、蓮台の形状、蓮華座の形状等は原告仏画2(5)と酷似していることが認められ、とりわけ、菩薩がまとう天衣の流れ方は、原告仏画2(5)とほぼ同一であると認められるところ、このような類似点が偶然に生じるものとは考え難い。これに加えて、上記イのとおり、被告仏画2(5)@が、原告仏画2(5)に依拠して制作されたものであると認められることも併せて考慮すれば、被告仏画2(5)Aは、原告仏画2(5)に依拠して制作されたものであると認められる。
(2) 被告仏画2(15)について
ア 被告仏画2(15)は普賢菩薩を描いたデッサン画である。
イ 被告は、上記被告仏画は他の古仏画(乙21の1ないし3)に依拠して制作したものであると主張する。しかし、上記古仏画に描かれている普賢菩薩は、その姿勢、顔の向き(いずれも正面を向いている。)、顔の表情、着衣の形状等において、被告仏画2(15)とは全く異なるものであるのに対し、被告仏画2(15)を原告仏画2(15)と対比すると、被告仏画2(15)において相当の簡略化がみられるものの、被告仏画2(15)に描かれた普賢菩薩の姿勢、顔の向き(いずれも向かって右を向いている。)、髪の形状、着衣のおおよその形状、流れ方、飾りの大まかな形状は、原告仏画2(15)と酷似していることが認められ、このような類似点が偶然生じるものとは考え難い。これに加え、前記(1)イでみたとおり、被告が「復原國寶佛画」を所有しており、同書籍に原告仏画2(15)が掲載されていることなどを考慮すると、被告仏画2(15)は、原告仏画2(15)に依拠して制作されたものであると認められる。
(3) 被告仏画2(16)ないし(19)について
ア 被告仏画2(16)ないし(19)は、いずれも紺紙金泥画であるが、証拠上現存することが認められるのは、これらを撮影した写真のみである(乙1の1・2)。
イ 被告は、これらの仏画につき、その制作経緯を記憶していないとして、原告仏画2(16)ないし(19)への依拠を否認する。しかし、上記被告仏画を原告仏画2(16)ないし(19)と対比すると、被告仏画2(16)ないし(19)はデッサン画であり、また、顔と体のバランスや、顔の表情等は原告仏画2(16)ないし(19)と異なるものとなっているものの、全体的な構図は、原告仏画2(16)ないし(19)とほぼ同一であると認められる。また、上記被告仏画に描かれた各尊の着衣の流れ(とりわけ、被告仏画2(16)ないし(18)における天衣の翻り方)、持物の形状等は、原告仏画2(16)ないし(19)と酷似又は類似していることが認められる。
 このような類似点が偶然生じることは考え難い上、前記(1)でみたとおり、被告は、原告仏画2(16)ないし(19)が掲載されている「復原國寶佛画」を以前から所有しているというのであるから(甲73)、被告仏画2(16)ないし(19)についても、原告仏画2(16)ないし(19)に依拠して制作されたものであると認められる。
5 争点(2)イ(被告仏画2は原告仏画2を複製又は翻案したものに当たるか。)について
(1)ア 著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、これと表現上の実質的同一性を有するものを再製することをいい、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、著作権法は、同法2条1項1号の規定するとおり、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁第一小判平成13年6月28日・民集55巻4号837頁参照)。
イ なお、原告仏画2は、いずれも菩薩又は如来を描いた仏教絵画(仏画)であり、描かれる菩薩又は如来の種類に応じて、印相、衣装、装飾品、持物、光背、台座等につき、一定のルールが存在するものと認められる。しかし、例えば、普賢菩薩像又は普賢延命菩薩についてみても、その姿態、持物等について種々の表現がみられることからすれば(乙7の1の3・4、7の2、21の1ないし3)、そのルールは厳格なものではなく、また、どの時代のどの宗派のものを想定するかによっても、その内容は異なり得るものであることがうかがわれる。そうすると、このように選択の幅がある中において、個々の仏画の具体的表現において、制作者の何らかの個性の発現が認められるものであれば、創作性を認めることができるものと解される。そして、上記創作性の構成要素としては、@絵画の構造的要素(菩薩又は如来とその周辺の台座、光背、背景等の位置関係、菩薩又は如来の姿態、印相、足の組み方・配置、持物の種類・配置、装飾品の形状・配置、着衣・光背・台座の形状等)、A色彩、B菩薩又は如来の顔の表情等が考えられるところであるが、これらの要素のうち、どの点を創作性の要素として重視するかについては、描かれる対象である菩薩又は如来の種類等、個々の絵画の具体的表現の内容によって異なるものと考えられるところである。
ウ 本件において、前記前提事実(3)アのとおり、被告仏画2(1)@及びA、(2)、(6)、(7)、(10)ないし(12)、(13)@及びA、(14)については、原告仏画2(1)、(2)、(6)、(7)、(10)ないし(14)にそれぞれ依拠して制作されたものであることに争いがなく、また、争点(2)アに関する当裁判所の判断のとおり、被告仏画2(5)@及びA、(15)ないし(19)については、原告仏画2(5)、(15)ないし(19)に依拠して制作されたものであると認められる。したがって、本件においては、原告仏画2の具体的創作的表現の内容を検討した上で、被告仏画2において、原告仏画2と表現上実質的に同一のものが再製されているかどうか、又は、被告仏画2が、原告仏画2の上記創作的表現に係る表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物に当たるかどうかを、以下において個別に検討する。
(2) 被告仏画2(1)@について
ア 原告仏画2(1)は、正面を向いた立像の観音菩薩を描いた彩色画であり、観音菩薩は、蓮台の上に光背を背にして立ち、左手には蓮の茎を持ち、右手は蓮のつぼみに添えたような姿で描かれている。着衣は、体の線に沿って流れるように描かれており、肩に掛けられた天衣は、腰の辺りで翻って腕に掛かり、その後、やや左右に広がりながら、足下の蓮華座の辺りに垂れて描かれている。なお、着衣には、大小の鞠のような模様が描かれている。観音菩薩の宝冠には中央に化仏が描かれ、その周囲に微細な模様が描かれ、宝冠の横に結ばれた冠帯は菩薩の体の背後に左右に広がりながら垂れ下がっている。観音菩薩の上腕、手首、胸元には装飾品が描かれており、首もとから掛けられた瓔珞は、腹部あたりの丸い飾りを経て足下に向けて伸びている。
 色彩については、背景は緑がかった黄土色、光背はそれよりもやや明るい黄土色を基調とし、天衣や蓮弁台座は主として緑色で描かれており、全体として、黄土色ないし緑色を基調とした柔らかな色合いが付されている。また、下半身の着衣は淡い朱色で描かれ、宝冠や装飾品、蓮弁の内側にも赤色が使われていることにより、華やかな明るさが加わっている。
 表情は半眼で、上まぶたの中央がやや下がって描かれていることから、やや下向きの視線であるとの印象を抱かせ、口角がやや上がって描かれていることから、微かにほほえんでいるような印象を与える。
 原告仏画2(1)には、これらの要素が、細部まで繊細に描き込まれていることにより、穏やかで落ち着いた、思索的な観音菩薩像の慈悲あふれる様子が、繊細な美しさで表現されており、このような点が、原告仏画2(1)における創作的表現であると認められる。
イ 被告仏画2(1)@は彩色画である(なお、原告らは、被告仏画2(1)@を、甲19の5頁に掲載されているもの及び甲22の7頁に掲載されているものとして特定するが、両仏画は同一のものであると認められる)。被告仏画2(1)@の全体的構成における構図は原告仏画2(1)とほぼ同一であり、細部における表現を見ても、菩薩の姿態、印相、着衣の皺・流れ、装飾品の形状、蓮弁台座の形状が、その一部につき簡略化されている点はあるものの、細部に至るまで、ほぼ同様の構成で描き込まれており、これらの点において、原告仏画2(1)の表現とほぼ同一のものであると認められる。
 他方、色彩については、全体に柔らかな色合いが付されているものであるが、背景に赤みがかった部分と緑がかった部分がみられ、光背及び蓮弁台座に赤色が使われており、着衣も上半身・下半身ともに赤色で描かれていることから、全体的に赤色を基調とした印象を受け、背景や光背、瓔珞に金が施されていることなども相俟って、より明るく華やかな印象を受けるものとなっている。
 また、菩薩の顔の表情は、半眼であり、穏やかで慈悲深い印象を与えるものであるものの、上まぶたの線がほぼ直線であることから、視線が前方を向き、どちらかといえば看者を見守っているかのような印象を抱かせるものとなっている。
 被告仏画2(1)@は、以上のとおり、原告仏画2(1)と、その構図が同一であり、細部の構成についても、隅々まで同一のものが繊細に描き込まれており、また、柔らかな色彩が付され、慈悲深さを感じさせる表情が描かれているものであって、これらにより、被告仏画2(1)@からは、原告仏画2(1)から感得される、穏やかで落ち着いた菩薩の慈悲深さや繊細な美しさが、同様に直接感得できるものということができる。しかし、被告仏画2(1)@が、上記のとおり、色彩や顔の表情の点で原告仏画2(1)とは異なる点を含むことから、被告仏画2(1)@においては、思索的というよりは看者を見守るような様子の菩薩が、明るく華やかな印象の下で表現されているものということができ、これらの点は、被告によって新たに付加された創作的表現に当たるものということができる。
ウ 以上によれば、被告仏画2(1)@は、原告仏画2(1)の本質的特徴を直接感得することのできる別の著作物に当たるものであり、原告仏画2(1)を翻案したものに当たると認められる。他方、被告仏画2(1)@は、原告仏画2(1)の表現に上記のとおり変更を加え、新たな印象を与えるものとした部分があり、原告仏画2(1)を複製したものには当たらない。
(3) 被告仏画2(1)Aについて
ア 原告仏画2(1)は、前記(2)アでみたとおりのものであるところ、被告仏画2(1)Aの全体的構成は原告仏画2(1)とほぼ同一であり、菩薩の印相、着衣の形状、手足の位置、台座の形状等も、原告仏画2(1)とほぼ同一であるということができる。
 しかし、被告仏画2(1)Aは、線描画であって色彩が付されておらず、菩薩の髪や蓮華座など、原告仏画2(1)において濃色で表現されている部分が白抜きのまま残されており、光背は、円光を除いて省略されており、また、着衣の模様が描かれず、装飾品も大幅に省略して描かれていることが認められる。また、菩薩の顔は、原告仏画2(1)がやや横長でふくよかであるのに対し、被告仏画2(1)Aは縦長であり、眼は原告仏画2(1)よりも開いた印象に描かれており、腕も前腕がやや細長く描かれている。また、被告仏画2(1)Aには、菩薩の周囲の余白に直線が引かれ、「化仏(けぶつ)」「宝冠(ほうかん)」などの説明が付されている。
 被告仏画2(1)Aは、上記のとおり、原告仏画2(1)と比較して、その表現が大幅に省略又は簡略化され、また、菩薩の表情が大きく変更されていることにより、原告仏画2(1)よりも現代的な印象を与えるものとなっていることが認められる。また、被告仏画2(1)Aは、線描画であって彩色が付されておらず、細かい部分が描かれず、濃色の部分も白抜きで残されており、更に、説明文が加えられていることにより、鑑賞の対象というよりは説明図又は未完成図であるという印象を与えるものとなっているということができる。
 これらの変更点が存在することにより、被告仏画2(1)Aからは、原告仏画2(1)において表現されているような、穏やかで落ち着いた菩薩の慈悲深さや、繊細な美しさを感得することはできないものというべきであって、被告仏画2(1)Aは、原告仏画2(1)の本質的特徴を直接感得させるものとは認められない。また、上記のとおり、被告仏画2(1)Aは、具体的表現において、原告仏画2(1)に大きく変更を加えたものというべきであるから、原告仏画2(1)と表現上実質的に同一のものであるともいうことができない。
イ したがって、被告仏画2(1)Aは、原告仏画2(1)を複製又は翻案したものに当たらない。
(4) 被告仏画2(2)について
ア 原告仏画2(2)は、向かってやや斜め左側を向いた観音菩薩の上半身を描いた彩色画であり、両腕は胸の前に両手のひらがくるように曲げられ、左手は蓮の茎を持ち、右手は人差し指から薬指までが軽く曲げられて人差し指が親指に添えられており、蓮の茎は向かって右に湾曲しながら菩薩の顔の向かって右横まで伸び、その先に丸みのあるつぼみが描かれている。菩薩の着衣は淡い朱色を基調とし、青色や白色で繊細な模様が描かれており、肩や腕には、薄い緑色の天衣が描かれている。菩薩の宝冠や胸飾り、光背には微細な模様が描き込まれ、赤、青、金色(黄土色)が付されているところ、原告仏画2(2)が上半身画であることから、これらの要素、とりわけ、光背が画全体に占める割合は大きいものであり、看者の眼を引くものとなっている。また、菩薩の顔の表情は、ふっくらとふくよかであり、口元にはほほえみが感じられ、半眼で、上まぶたの中央の線がやや下向きに下がっていることにより、下向きの視線に感じられる。
 これらにより、原告仏画2(2)からは、顔の表情において、やさしく静かに物思いをしている印象が感じ取られ、また、光背、宝冠その他の装飾品の表現において、画全体に繊細でありながら豪華な印象が与えられており、全体として、観音菩薩の慈悲あふれる華やかな世界観を感得することができ、このような点に、原告仏画2(2)の創作的表現を認めることができる。
イ これに対し、被告仏画2(2)は観音菩薩の首から上の部分を描いた線描画(デッサン画)であり(なお、原告らは、被告仏画2(2)を、甲17の35頁及び甲21の75頁に掲載されているものとして特定しているが、両仏画は同一のものであると認められる。)、被告仏画2(2)に描かれた菩薩の顔の形、顔と蓮の葉やつぼみとの位置関係、宝冠のおおまかな形状、耳の上に結ばれた紐状の飾りの流れ方などは、原告仏画2(2)とほぼ同一であるということができる。
 しかし、被告仏画2(2)には、光背が描かれておらず、宝冠における模様は大幅に簡略化されており、色彩も付されておらず、原告仏画2(2)において濃色が付されている部分も、白抜きのまま残されている。また、菩薩の顔の表情はふっくらとふくよかであるが、眼の幅がやや広く、黒目に光(丸形の白抜き)が描かれていることにより、下方向を見つめているように感じられる。加えて、被告仏画2(2)には、菩薩の周囲の余白に線が引かれ、「宝冠」、「化佛」などの説明が付されている。
 被告仏画2(2)は、以上のとおり、原告仏画2(2)における表現が大幅に省略又は簡略化されており、色彩も付されていないことにより、原告仏画2(2)におけるような繊細さや豪華な印象を被告仏画2(2)から感じ取ることはできない。また、菩薩の顔の表情が異なることから、原告仏画2(2)の、静かに物思いをしている印象も感じ取ることができない。さらに、白抜きであることや、説明文が付されていることなどにより、被告仏画2(2)からは、鑑賞の対象というよりは説明図又は未完成画であるという印象を受けるということができる。これらの相違点があることにより、被告仏画2(2)からは、原告仏画2(2)において表現されている、観音菩薩の華やかで慈悲あふれる世界観を感得することはできず、被告仏画2(2)は、原告仏画2(2)の本質的特徴を直接感得させるものに当たらない。また、上記のとおり、被告仏画2(2)は、具体的表現において、原告仏画2(2)に大きく変更を加えたものというべきであるから、原告仏画2(2)と表現上実質的に同一のものであるともいうことができない。
ウ したがって、被告仏画2(2)は、原告仏画2(2)を複製又は翻案したものに当たらない。
(5) 被告仏画2(5)@について
ア 原告仏画2(5)は、左右に菩薩(前方に観世音菩薩、後方に勢至菩薩)を従えた阿弥陀如来が来迎する姿を描いた画であり、色彩はなく、白黒のみによって描かれている。画の中央には阿弥陀如来がほぼ直立し、右腕は肘を曲げて右手が胸元で印を結び、左腕はゆったりと下げられ、その肘から先をやや前方に出し、左手のひらを前方に出して描かれている。その左右の足下には蓮華座が置かれ、蓮華座は雲の上に乗せられている。両菩薩は、左右の足下の雲の上に乗せられた蓮華座に立った姿で描かれており、阿弥陀如来前方の観世音菩薩はやや膝を曲げた前屈みの姿勢で蓮台を捧げ持ち、阿弥陀如来の向かって左横に描かれた勢至菩薩はやや上体を前に傾けて合掌している。阿弥陀如来及び両菩薩の後頭部には円光が描かれ、阿弥陀如来の円光からは放射光が描かれている。阿弥陀如来及び両菩薩の着衣は柔らかに流れるような形状で描かれており、全体に微細な模様が描かれ、蓮台や両菩薩の宝冠、腕や胸の飾りなどが細かに描き込まれていることにより、全体として繊細な美しさが感じられる。また、着衣の裾や両菩薩の天衣がやや後方(画に向かって左方)になびくように描かれていることや、足下の雲にたなびきが加えられていることにより、中空に浮かび、前方に向かって進んでいくような動きが感じられる。
 これらにより、原告仏画2(5)からは、阿弥陀如来の堂々とした威光と、阿弥陀如来らが往生者を極楽浄土に迎えるべく、今まさに来迎したかのような臨場感が、繊細な美しさとともに表現されており、このような点に、原告仏画2(5)の創作的表現があるものと認められる。
イ この点に関し、被告は、古仏画(広島・光明院の古仏画及び福島・如来寺の古仏画)に類似した構図のものがあることを挙げて、原告仏画2(5)の創作性を争う。しかし、被告の指摘する古仏画(乙17)は、画に向かって右に蓮台を持った観世音菩薩、左に合掌した勢至菩薩を各従えた阿弥陀如来の来迎図という点では原告仏画2(5)と共通するものの、阿弥陀如来の姿態、後光の形状、両菩薩の体勢、着衣の流れ方、衣服や装飾品の形状・模様、雲の流れなどの具体的表現において、原告仏画2(5)とは異なるものであり、原告仏画2(5)において特徴的である前方に向かって進んでいくような感じもみられない。原告仏画2(5)は、これらの点における具体的表現によって、上記アでみたような創作性を認めることができるものであるから、被告の主張を採用することはできない。
ウ 被告仏画2(5)@は紺地金泥画であるが(乙39)、被告書籍においては白黒画として掲載されている(甲17、24)。なお、原告らは、被告仏画2(5)@を、甲17の8頁、甲21の30頁、甲24の41頁に掲載されているもの及び甲24の42・43頁の中央に掲載されているものとして特定しているが、これらは、いずれも、上記紺地金泥画を複写したものであり、同一の仏画であると認められる。
 これを原告仏画2(5)と対比すると、被告仏画2(5)@は、画の中央に阿弥陀如来がほぼ直立し、ゆったりと左腕を下げ、右手で印を結んでいる様子や、両菩薩の姿態、如来及び両菩薩の表情、衣服の流れ、宝冠などの飾りの形状、蓮弁台座の形状、円光の位置、放射光の形状等において原告仏画2(5)とほぼ同一であり、とりわけ、衣服に微細な模様が描き込まれている点や、菩薩の宝冠や腕・首の飾り、阿弥陀如来及び菩薩の蓮台が細かに描き込まれている点において、原告仏画2(5)とほぼ同様であるということができる。また、被告仏画2(5)@は、衣服から垂れる飾りがやや後方(画の向かって左側)になびくように描かれていることから、画面向かって右から左に向かっての動きを感じることができる。
 他方、被告仏画2(5)@は、原告仏画2(5)と比較して、両菩薩の位置がやや上方にあり、両菩薩の足下の雲は画の下辺に接近して描かれており、画の下部に余白がほとんど存在しないことから、中空に浮かんだ感じは弱く、また、阿弥陀如来が画全体に占める割合が大きいものとなっていることから、看者の視線が阿弥陀如来により集まりやすくなっているものということができる。
 被告仏画2(5)@は、以上のとおり、原告仏画2(5)と阿弥陀如来・両菩薩の姿態、衣服の形状、円光の形状等の点でほぼ一致しており、また、衣服の模様や装飾品の形状等について、細部までほぼ同一のものが描き込まれていることにより、原告仏画2(5)から感得される、阿弥陀如来の堂々とした威光と繊細な美しさを、同様に被告仏画2(5)@からも直接感得することができるものということができる。しかし、被告仏画2(5)@は、上記のとおり、阿弥陀如来と両菩薩の位置関係、画下部の余白の有無の点で原告仏画2(5)とは異なるものとなっており、これにより、中空に浮かび、前方に進行していく感じが弱められ、代わって、阿弥陀如来の堂々とした威光が強調されているものということができ、これらの点は、被告によって新たに付加された創作的表現であると認めることができる。
エ 以上によれば、被告仏画2(5)@は、原告仏画2(5)の複製に当たるものとは認められないが、原告仏画2(5)の本質的特徴を直接感得することのできる別の著作物であって、原告仏画2(5)を翻案したものと認められる。
(6) 被告仏画2(5)Aについて
ア 原告仏画2(5)は、前記(5)アでみたとおりのものであるところ、被告仏画2(5)Aは、観世音菩薩と勢至菩薩が蓮台に乗っている姿を描いた線描画である。
イ 被告仏画2(5)Aは、原告仏画2(5)における両菩薩と、衣服や髪の流れ、合掌し、又は前屈みで蓮台を捧げ持っているという両菩薩の姿態、装飾品の形状、蓮台の形状等の点においてほぼ同一であるということができる。しかし、被告仏画2(5)Aは、上記のとおり両菩薩のみを描いた線描画であり、阿弥陀如来や足下の雲の描写が省略されていることから、原告仏画2(5)から感得される、阿弥陀如来の堂々とした威光や、中空に浮かんで前方に進行するような動きのある感じを被告仏画2(5)Aから感得することはできない。
 したがって、被告仏画2(5)Aは、原告仏画2(5)全体の表現上の本質的特徴を直接感得することのできるものに当たらず、また、原告仏画2(5)の一部分と構図が類似するものの、その具体的表現において大きく変更を加えたものというべきであるから、原告仏画2(5)の一部分と表現上実質的に同一のものともいうことができない。したがって、被告仏画2(5)Aは、原告仏画2(5)全体を複製又は翻案したものとはいえない。
 また、両菩薩を個別にみても、被告仏画2(5)Aにおいて、両菩薩には、着衣の模様が描かれておらず、装飾品や蓮台の模様が相当簡略化されて描かれており、色の微細な濃淡も付されていないことから、被告仏画2(5)Aからは、原告仏画2(5)におけるような繊細な美しさを感得することはできない。そうすると、被告仏画2(5)Aは、原告仏画2(5)の菩薩を描いた部分のみを取り出してみても、その本質的特徴を直接感得させるものに当たらないものというべきであり、また、表現上実質的に同一であるということもできない。
ウ したがって、被告仏画2(5)Aは、原告仏画2(5)の全体と比較しても、これを複製、翻案したものということができないし、菩薩部分のみを取り出しても、これを部分的に複製、翻案したものとはいえない。
(7) 被告仏画2(6)について
ア 原告仏画2(6)は、正面を向いた立像の十一面観音菩薩を描いた白黒画であり、十一面を頭部に備えた観音菩薩が、左手に、蓮の花を生けた花瓶を逆手で持ち、右手首に数珠を掛けて右腕を下ろし、蓮弁台座に立った姿で描かれている。全身の周囲には微細な模様が描き込まれた光背が描かれており、菩薩の宝冠、腕に着けられた装飾品、首回りの装飾品及び首から腹部を経由して足下にまで伸びる装飾品のいずれにも細かな模様が描かれている。菩薩の上半身には左肩から腰部にかけて布が巻かれ、また、両肩から透き通るような薄い天衣が掛けられており、上記天衣は、膝元で弧を描いた後、両腕に掛けられ、足下から蓮台の横にまで垂れ落ちている。下半身には体に沿って流れるように着衣が描かれており、宝冠からは冠帯が垂れて菩薩の両腕に掛かり、両腕から身体の両側へ向かって二本に分かれてたなびいている。
 色彩は白黒であるが、色の濃淡によって天衣の透き通るような感じや光背の華やかさなどが表現されている。
 顔の表情は、半眼で、上まぶたの中央がやや下がっているため、視線はやや下向きのように見え、口元にはほほえみがみられ、全体として穏やかで思慮に富んだ表情に描かれている。
 原告仏画2(6)には、これらにより、穏やかで思慮深い十一面観音の慈悲の力が、重厚な美しさとともに表現されており、このような点が、原告仏画2(6)における創作的表現であると認められる。
イ 被告仏画2(6)は十一面観音を描いた線描画であり、菩薩の姿態、着衣や瓔珞の流れ、宝冠のおおよその形状、蓮弁台座の形状などは、原告仏画2(6)とほぼ同一であるということができる。
 しかし、被告仏画2(6)においては、光背は輪郭が描かれているのみで、その内側の微細な模様は全て省略されており、着衣の模様も描かれておらず、装飾品も、相当簡略化されて描かれている。また、菩薩の髪部分及び十一面の髪部分が黒色で着色されているほかは、線描の中は白抜きで残されていることから、原告仏画2(6)において微妙な濃淡で表現されている衣服の透き通る感じなどが表現されておらず、特に、肩から膝元、腕を介して床に流れ落ちる天衣に透明感がなく、他の部分と同様の太い線描で描かれていることから、画の下方向に重さが感じられるものとなっている。顔の表情も、眼の長さがやや短く、瞳が白抜きであるため、眼の表情がやや弱く、菩薩本面以外の十一面の表情が簡素に描かれていることとも相俟って、力強さに欠けるものとなっている。加えて、被告仏画2(6)は線の粗いデッサン画であることから、鑑賞の対象というよりは未完成画であるという印象を与えるものとなっているということができる。
 以上のとおり、被告仏画2(6)において、原告仏画2(6)における表現は大幅に省略又は簡略化され、又は変更されており、これにより、被告仏画2(6)からは、原告仏画2(6)において表現されているような、穏やかで思慮深い観音菩薩の慈悲の力や、重厚な美しさを感得することができないものというべきであり、被告仏画2(6)からは、原告仏画2(6)の表現上の本質的特徴を直接感得することはできないものと認められる。また、被告仏画2(6)は、上記のとおり、原告仏画2(6)の具体的表現に大きく変更を加えたものであり、これと表現上実質的に同一のものであるということはできない。
ウ したがって、被告仏画2(6)は、原告仏画2(6)を複製又は翻案したものに当たらない。
(8) 被告仏画2(7)について
ア 原告仏画2(7)は正面を向いた立像の千手観音を描いた白黒画であり、42臂の手が描かれ、中央の手は胸の前で合掌し、その下には鉢を両手で支える手があり、合掌をする手のすぐ隣の2臂はそれぞれ顔の両側に伸びる花を持ち、さらにその次の2臂はそれぞれ杖(錫杖)を持ち、体の側面には、宝珠や円形の鏡、蓮の花、宝瓶、円環、ほら貝、数珠など種々の持物を持ち、又は印を結んだ手が細やかに描き分けられている。菩薩の足下には蓮華座が描かれており、菩薩の仏頭部の背後には光背が描かれている。菩薩は十一面を頭部に備えた宝冠を着けており、顔はやや横長でふくよかであり、半眼で下方に視線を向けている。
 これらの、細部に至るまで描き込まれた繊細な表現により、原告仏画2(7)からは、どの衆生も漏らさず救済しようとする観音の力と慈悲の広大さを感得することができ、このような点に、原告仏画2(7)の創作性を認めることができる。
イ 被告仏画2(7)は、その全体的構成における構図は原告仏画2(7)とほぼ同一であり、細部における表現をみても、菩薩の姿態、各手の位置関係、持物の形状及び配置、宝冠や装飾品の形状、着衣の流れ、蓮弁台座の形状が、細部に至るまで、ほぼ同一の構成で描き込まれていることが認められ、これらの点において、原告仏画2(7)の表現とほぼ同一のものであると認められる。
 他方、色彩については、原告仏画2(7)が上記のとおり白黒画であるのに対し、被告仏画2(7)には、赤、黄、緑などの彩色が施されているため、原告仏画2(7)よりも華美な印象を与えるものとなっているということができる。また、顔の表情については、被告仏画2(7)の方が眼の開け方がやや大きく、看者を見つめるような印象を抱かせるものであるということができる。
 以上のとおり、被告仏画2(7)は、原告仏画2(7)と、構図及び構成の点において細部に至るまでほぼ同一のものが描き込まれているということができるところ、千手観音像において、手とその持物の表現は特に重要な要素を占めるものと解されるのであって、とりわけ、被告仏画2(7)が、上記のような重要な点において、細部に至るまで原告仏画2(7)と同一であることにより、原告仏画2(7)から感得される、衆生を漏らさず救済しようとする観音菩薩の力と慈悲の広大さが、被告仏画2(7)からも直接感得されるものということができる。他方、被告仏画2(7)が、上記のとおり、色彩や顔の表情の点で原告仏画2(7)とは異なる点を含むことにより、被告仏画2(7)は、原告仏画2(7)とは異なる、華美な印象や看者を見つめるような印象を与えるものとなっており、このような点は、被告によって新たに付加された創作的表現であるということができる。
ウ 以上によれば、被告仏画2(7)は、原告仏画2(7)の本質的特徴を直接感得することのできる別の著作物に該当するものであり、原告仏画2(7)を翻案したものに当たる。他方、上記のとおり、被告仏画2(7)は、原告仏画2(7)の具体的表現に大きく変更を加えたものであるから、原告仏画2(7)と表現上実質的に同一のものであるとはいうことができず、原告仏画2(7)を複製したものには当たらない。
(9) 被告仏画2(10)について
ア 原告仏画2(10)は立像の地蔵菩薩を描いた彩色画であり、右手に錫杖を、左手に宝珠を持ち、細かな模様の描かれた袈裟を身に付け、画面後方へ向かって尾を引いてたなびく雲の上の蓮華座の上に向かって右方向を向いて立つ、剃髪姿の地蔵菩薩の姿が描かれている。地蔵菩薩の頭部の背後には円光とそこから四方へ放射する放射光が描かれ、眼は切れ長でやや下向きの視線に描かれており、穏やかで慈悲あふれる印象を与えるものとなっている。色彩は、蓮華座など一部に緑色が使用されているが、全体に薄い茶色を基調としており、落ち着いた印象を与えるものとなっている。
 これらの表現が相俟って、原告仏画2(10)からは、地蔵菩薩の包み込むような慈悲の力と身近な温かさが感じられ、このような点に、原告仏画2(10)の創作性を認めることができる。
イ 被告仏画2(10)は線描画である。なお、原告らは、被告仏画2(10)を、甲17の5枚目及び甲21の12頁目に掲載されているものとして特定しているが、これらは同一の仏画であると認められる。
 被告仏画2(10)は、雲の上の蓮華座に乗った立像の菩薩という全体的な構図、菩薩の姿態、袈裟の流れ、錫杖の形状(ただし、輪の数が異なる。)において、原告仏画2(10)とほぼ同一であるということができる。
 しかし、被告仏画2(10)は線描画であり、背景は白色であり、袈裟や蓮座の模様は描かれず、光背についても、円光のみで放射光は省略されており、雲は横に流れるように描かれているのみで、尾を引いてたなびく様子は表現されていない。また、太い線で主要な線が描かれているのみで、線描の中は白抜きのまま残されており、鑑賞の対象というよりも未完成画であるとの印象を与えるものとなっている。また、菩薩の顔の表情についても、地蔵菩薩の眼がより開いており、鼻の形もやや丸みを帯びていることにより、原告仏画2(10)とは異なるものとなっているということができる。
 被告仏画2(10)は、以上のとおり、原告仏画2(10)における表現が大幅に省略又は簡略化された線描画である上、顔の表情に原告仏画2(10)から変更が加えられていることにより、被告仏画2(10)からは、原告仏画2(10)において表現されているような、地蔵菩薩の包み込むような慈悲や身近な温かさという表現上の本質的特徴を感得することはできないものというべきである。また、上記の原告仏画2(10)と被告仏画2(10)との間の相違点に鑑み、構図が類似していることを考慮しても、原告仏画2(10)と被告仏画2(10)が表現上実質的に同一のものであるということはできない。
ウ したがって、被告仏画2(10)は、原告仏画2(10)を複製又は翻案したものに当たらない。
(10) 被告仏画2(11)について
ア 原告仏画2(11)は観音菩薩の座像を描いた白黒画であり、左手を挙げて蓮の茎を持ち、右手を下げて手のひらを前方に返し、蓮華座の上に向かって左方向を向いて座る観音菩薩の姿が描かれている。観音菩薩の光背や宝冠、装飾品、着衣には細かな模様が描き込まれ、着衣は柔らかに腕や足に掛かった後、蓮華座に垂れ落ちて描かれており、蓮華座の下には雲が描かれ、さらに、光背の後方に、向かって左から右にかけてたなびく雲が描かれている。色彩は白黒であるが、背景や光背、着衣や装飾品に微妙な濃淡が付されることにより、光背の華麗な様子や天衣の透き通るような軽やかさなどが表現されている。顔の表情は半眼でやや下向きであり、口元にはほほえみが感じられ、慈悲あふれる穏やかな表情を見て取ることができる。
 これらの細やかな表現により、原告仏画2(11)からは、観音菩薩の穏やかで慈悲あふれる様子と、繊細かつ華やかな美しさを感得することができ、このような点に、原告仏画2(11)の創作性を認めることができる。
イ これに対し、被告仏画2(11)は、座像の観音菩薩を描いた線描画であり、菩薩の姿態や印相、衣服の流れ、装飾品のおおまかな形状、蓮の花の位置などは原告仏画2(11)とほぼ同一であるということができる。
 しかし、被告仏画2(11)において、蓮華座、雲及び衣服の模様は省略されている上、光背も一重の円光を除いて描かれておらず、装飾品も大幅に簡略化して描かれていることが認められる。また、髪が薄い黒色に着色されているほかは、線描の内側は白抜きで残されており、着衣の柔らかで軽やかな様子も十分に表現されているものとはいい難い。加えて、菩薩の顔の表情も、やや面長で、瞳に着色がないことなどから、原告仏画2(11)とは異なるものとなっているというべきである。
 これらの点が相俟って、被告仏画2(11)からは、未完成の絵との印象を受け、原告仏画2(11)から感得されるような、菩薩の穏やかな慈悲あふれる様子や、繊細かつ華やかな美しさを感じ取ることはできないものというべきであり、被告仏画2(11)は、原告仏画2(11)とは表現上の本質的特徴を異にするものと認められる。また、上記の原告仏画2(11)と被告仏画2(11)との間の相違点に鑑み、両仏画が表現上実質的に同一のものであるともいうことができない。
ウ したがって、被告仏画2(11)は、原告仏画2(11)を複製又は翻案したものに当たらない。
(11) 被告仏画2(12)について
ア 原告仏画2(12)は勢至菩薩を描いた白黒画であり、黒色の背景の中に、胸の前で合掌し、雲に乗った蓮華座の上に立つ勢至菩薩が描かれている。勢至菩薩の光背や着衣には細かな模様が描かれており、両肩に掛けた天衣は、膝の付近で交差した後、持ち上がって腕に掛かり、その後、足下の蓮華座の上で翻ってたなびいており、腕の装飾品から伸びる帯状の布のたなびきとも相俟って、画に動きが与えられている。光背の後ろには放射光が描かれており、背景には花びらが舞い散っている。色彩は白黒であるが、背景や光背、着衣や装飾品に微妙な濃淡が付されることにより、光背の荘厳さや着衣の華やかな様子などが表現されている。顔はやや横長で、静かに目を伏せているように感じられ、合掌している両手の表情とも相俟って、静かな祈りが感じられるものとなっている。
 これらにより、原告仏画2(12)は、繊細な美しさや、華やかな神々しさとともに、勢至菩薩の静かな祈りが伝わってくるものとなっており、このような点に、原告仏画2(12)の創作性を認めることができる。
イ 被告仏画2(12)は彩色画であり、菩薩の姿態、印相、着衣の流れ、装飾品の形状は原告仏画2(12)とほぼ同一であり、とりわけ、天衣のたなびき方や体に巻かれた着衣の形状、首や腕に着けられた装飾品、瓔珞の流れなどは、原告仏画2(12)と細部に至るまでほぼ同一であるということができる。また、天衣に描かれた模様は原告仏画2(12)とほぼ同一であり、光背の形や描かれた模様も類似するものであると認められる。
 被告仏画2(12)における菩薩の顔は、原告仏画2(12)よりもやや縦長であり、眼もやや開いた印象を受けるが、合掌している両手の表情とも相俟って、原告仏画2(12)と同様に、静かに祈っているように感じられるものとなっている。
 他方、被告仏画2(12)には、黄色、緑、朱色などを基調とする、くすんだ色調の彩色が施されている上、被告仏画2(12)には、放射光や背景の花びらは描かれておらず、蓮華座の下の雲も描かれていない。これらにより、被告仏画2(12)は、原告仏画2(12)と比して華やかさや神々しさは弱まって感じられるものとなる反面、菩薩と光背に焦点を当て、より落ち着いた印象が感じられるものとなっているということができる。
ウ 以上のとおり、被告仏画2(12)は、原告仏画2(12)とその構図が同一である上、その着衣の流れや装飾品など、菩薩の繊細な美しさを表現する要素が細部に至るまで同様の表現で描かれているものであり、また、顔の表情や手の動きから静かな祈りが共通して感じられることにより、被告仏画2(12)からは、原告仏画2(12)から感得される、繊細な美しさや、勢至菩薩の静かな祈りの様が感得できるものというべきである。他方、被告仏画2(12)において、全体の色調や、放射光、散華、雲の省略等により、菩薩と光背に焦点が当てられ、より落ち着いた印象を与えるものとした点は、被告によって新たに付加された創作的表現に当たるということができる。
エ 以上によれば、被告仏画2(12)は、原告仏画2(12)の表現上の本質的特徴を直接感得することのできる別の著作物に該当するものであり、原告仏画2(12)を翻案したものに当たる。他方、上記のとおり、被告仏画2(12)は、原告仏画2(12)の具体的表現に大きく変更を加えたものであるから、原告仏画2(12)と表現上実質的に同一のものであるとはいうことはできず、原告仏画2(12)を複製したものには当たらない。
(12) 被告仏画2(13)@について
ア 原告仏画2(13)は立像の観音菩薩を描いた白黒画であり、黒色の背景の中に、左手で蓮の茎を持ち、右手を下げて手のひらを前方に返し、雲に乗った蓮華座に立つ観音菩薩の姿が描かれている。菩薩の光背には花をあしらった微細な模様が描かれており、また、着衣にも細かな模様が描かれている。肩に掛けた天衣や冠帯、腕の飾りから伸びる帯状の布などは、菩薩の左右に翻って描かれており、画に動きが与えられている。光背の後ろには放射光が描かれており、背景には花びらが舞い散っている。色彩は白黒であるが、背景や光背、着衣や装飾品に微妙な濃淡が付されることにより、光背の荘厳さや着衣の華やかな様子などが表現されている。菩薩の顔はやや横長で、やや目を伏せて感じられ、口元にはほほえみが感じられ、両手の動きと相俟って、落ち着いた、慈しむような表情が感得される。
 原告仏画2(13)は、これらの表現により、繊細な美しさとともに、観音菩薩の優しい慈悲の心が伝わってくるものとなっており、このような点に、原告仏画2(13)の創作性が認められる。
イ 被告仏画2(13)@は彩色画である。なお、原告らは、被告仏画2(13)@を、甲22の9頁、甲23の表紙及び4頁に掲載されているものとして特定しているが、これらは同一の仏画であると認められる。
 被告仏画2(13)@の菩薩の姿態、手の動き、着衣の流れ、装飾品の形状等は原告仏画2(13)とほぼ同一であり、冠帯の翻り方は原告仏画2(13)と若干異なるものの、首や腕に着けられた装飾品の形状や瓔珞の流れ、天衣の流れは、原告仏画2(13)と極めてよく一致しているものということができる。また、光背や着衣には、原告仏画2(13)と同様に、模様が微細に描き込まれており、模様の形状も、原告仏画2(13)と類似したものとなっている。
 なお、被告仏画2(13)@には、ややくすんだ色合いの赤、黄色、緑、青などの色彩が付されている一方、背景における放射光、散華、雲などの表現が省略されていることにより、原告仏画2(13)と比して、神々しさは弱まって感じられる反面、菩薩と光背に焦点が当てられ、より落ち着いた印象が加えられているということができる。また、顔の表情については、被告仏画2(13)@の方がやや眼が開いて感じられるが、両手の動きとも相俟って、原告仏画2(13)と同様に、落ち着いた、慈しむような表情が感じられるものとなっている。
ウ 以上のとおり、被告仏画2(13)@は、原告仏画2(13)とその構図が同一である上、その天衣や装飾品の形状、光背や着衣の模様など、菩薩の繊細な美しさを表現する重要な要素であると考えられる部分が同一又は類似の表現で描かれており、また、顔の表情や手の動きから慈しみの情が共通して感じられるものであって、被告仏画2(13)からは、原告仏画2(13)から感得される、繊細な美しさや、観音菩薩の優しい慈悲の心が感得できるものということができる。他方、被告仏画2(13)@において、全体の色調や、放射光、散華、雲の省略等により、菩薩と光背に焦点を当て、落ち着いた印象を与えるものとした点は、被告によって新たに付加された創作的表現に当たるということができる。
エ 以上によれば、被告仏画2(13)@は、原告仏画2(13)の表現上の本質的特徴を直接感得することのできる別の著作物に該当するものであり、原告仏画2(13)を翻案したものに当たる。他方、上記のとおり、被告仏画2(13)@は、原告仏画2(13)の具体的表現に変更を加えたものであるから、原告仏画2(13)と表現上実質的に同一のものであるとはいえず、原告仏画2(13)を複製したものには当たらない。
(13) 被告仏画2(13)Aについて
ア 原告仏画2(13)は、前記(12)アでみたとおりのものであるところ、被告仏画2(13)Aは、菩薩の姿態、印相、着衣の流れ、装飾品の形状等において、原告仏画2(13)とほぼ同一であるということができる。
 しかし、被告仏画2(13)Aは、線描画であって、菩薩の髪が薄い黒色で着色されているほかは画に濃淡は付されておらず、放射光や雲、着衣や天衣の模様は省略されており、装飾品も細部を簡略化して描かれていることが認められる。また、被告仏画2(13)Aの菩薩は面長で、目や眉が比較的丁寧に描かれているのに対し、鼻や口は素描的に素早く走らせた線で描かれていることから、顔の上部と下部のバランスが悪く、原告仏画2(13)における落ち着いた慈しむような菩薩の顔の表情とは相当異なって感じられるものとなっている。
 以上のとおり、被告仏画2(13)Aにおいては、原告仏画2(13)において菩薩の繊細な美しさを表現する要素となっていると考えられる、天衣や装飾品の形状、光背や着衣の模様などの点が省略され、又は簡略化されているものであり、これにより、被告仏画2(13)Aからは、原告仏画2(13)から感得されるような繊細な美しさは感得できないものというべきである。また、顔の表情が相当異なることにより、被告仏画2(13)Aからは、原告仏画2(13)におけるような、落ち着いた優しい慈悲の情を感得することはできない。
イ したがって、被告仏画2(13)Aは原告仏画2(13)の表現上の本質的特徴を直接感得させるものに当たらず、また、これと表現上実質的に同一のものともいうことができないものであって、原告仏画2(13)を複製又は翻案したものに当たらない。
(14) 被告仏画2(14)について
ア 原告仏画2(14)は勢至菩薩の上半身を描いた彩色画であり、向かって右寄りを向いて合掌する勢至菩薩の姿が描かれている。菩薩の背景には、肩から頭上にかけて薄い円光が描かれ、冠に結ばれた冠帯は、右耳後ろから垂れている分については右上腕部付近から反転して耳横の結び目近くまで翻り、左耳後ろから垂れている分については左腕の横に流れ落ちて描かれている。菩薩の着衣や宝冠、首や胸に着けられた装飾品には、細かな模様や飾りが描き込まれており、背景はやや青みがかった黄土色であり、髪が青色で着色されていることや、着衣の大半が薄い青色で着色されていることから、黄色を基調とし、全体に青みがかった印象を受けるものとなっている。顔の表情は、やや視線を下向きにした祈りの表情であり、全体として、柔らかな祈りの雰囲気が伝わってくるものとなっており、このような点に原告仏画2(14)の創作性を認めることができる。
イ 被告仏画2(14)は白黒画であり、構図は原告仏画2(14)とほぼ同一であって、菩薩の姿態、髪や宝冠、装飾品の形状、着衣の流れ、冠帯の流れや翻り方をみても、原告仏画2(14)におけるものとほぼ同一であると認められる。また、菩薩の表情については、眼や鼻にやや丸みが加えられているが、やや視線を下向きにした祈りの表情という点では同一であるということができ、構図や細部における表現が上記のとおり原告仏画2(14)とほぼ同一であることとも相俟って、原告仏画2(14)と同様に、柔らかな祈りの雰囲気が伝わってくるものと認められる。
 他方、被告仏画2(14)は、原告仏画2(14)に比べてやや線が太く、薄墨でぼかしたように着色がされ、胸や腕の飾りの一部、宝冠から肩にかかる飾りの一部が省略されていることにより、原告仏画2(14)に比べて素朴な印象が加えられているものということができ、このような点は、被告によって付加された創作的表現であると認められる。
ウ したがって、被告仏画2(14)は、原告仏画2(14)の柔らかな祈りの雰囲気を伝える表現上の本質的特徴を直接感得させるものであるが、新たな創作的要素を加えた別の著作物に該当するものであり、原告仏画2(14)を複製したものとはいえず、これを翻案したものに当たる。
(15) 被告仏画2(15)について
ア 原告仏画2(15)は普賢菩薩を描いた彩色画であり、普賢菩薩は、光背を背にして向かって右側を向いて座り、右手に逆手で杵を、左手に順手で鈴をそれぞれ握り、雲の上の蓮華座に座った姿で描かれている。肩から掛けた天衣は足の上に垂れ、さらに腕に掛かって蓮華座の脇に垂れ落ちており、冠帯のたなびきや、蓮華座の下から光背の後ろにかけて描かれた雲の流れと相俟って画に動きを与えている。菩薩の宝冠には五仏が描かれており、光背がかなり大きく幅広に描かれ、光背には細かな花及び葉の模様が描かれている。
 色彩については、背景は緑がかった青色、光背は茶色であり、菩薩の髪や天衣、蓮華座が青又は緑であり、装飾品や下半身の着衣、蓮華座の蓮肉などに赤色が使われており、上品な美しさが感じられる。菩薩の表情は半眼で、向かって右斜め下の視線に感じられ、全体として、普賢菩薩の理知や慈悲が感じられるものとなっており、このような点に原告仏画2(15)の創作性が認められる。
イ 被告仏画2(15)は、菩薩の姿態、印相、着衣の流れ、持物の形状等において、原告仏画2(15)とほぼ同一であり、特に着衣の流れや天衣の翻り方は原告仏画2(15)に酷似しているものということができる。
 しかし、被告仏画2(15)は線描画であって、着色は付されておらず、光背は円光を除いて省略されており、着衣や蓮華座の模様や、瓔珞などの装飾品もほとんど省略されており、宝冠や首飾りを見ても、原告仏画2(15)を大幅に簡略化して描かれていることが認められる。また、被告仏画2(15)の菩薩の表情は、視線がほぼ水平であり、唇もやや大きいことから、原告仏画2(15)における菩薩の理知や慈悲の表情とは異なって感じられるものになっている。
 以上のとおり、原告仏画2(15)における重要な要素である、光背や着衣、装飾品の繊細な模様などの表現が被告仏画2(15)において省略又は簡略化され、かつ、菩薩の表情が変更された上、着色のない簡素な線描画とされることによって、被告仏画2(15)からは、原告仏画2(15)の表現から感得されるような上品な美しさや、菩薩の理知や慈悲の情などは感得することができない。したがって、被告仏画2(15)は、原告仏画2(15)と表現上実質的に同一ということができず、また、原告仏画2(15)の表現上の本質的特徴を感得できるものでもなく、原告仏画2(15)を複製又は翻案したものに当たらない。
(16) 被告仏画2(16)について
ア 原告仏画2(16)は観音菩薩を描いた彩色画であり、左手に蓮の花を持ち、右手のひらを前方に向けて下ろし、向かって左下方向を向いてやや身をかがめた観音菩薩が、雲の上の蓮華座に乗って立つ姿が描かれている。菩薩の頭部には円光が描かれ、菩薩の乗った雲は後方に向けてたなびいている。菩薩の背景には、波立つ水面様のものが薄い青色で描かれており、天衣や冠帯のたなびきとも相俟って、菩薩が水上を飛雲しているように感じられる。彩色については、背景は上記のとおり水色であり、蓮華座は赤と青、菩薩の着衣は薄い青色、黄色、緑色、橙色で塗り分けられ、細かい模様が描かれている。菩薩の表情は半眼で向かって左下方向を向いており、口元にはほほえみが感じられ、菩薩の穏やかで慈悲に満ちた様子が感得される。このような点が相俟って、原告仏画2(16)からは、観音菩薩が飛雲する優雅な様を繊細で上品な美しさとともに感得することができ、このような点に原告仏画2(16)の創作性を認めることができる。
イ 被告仏画2(16)は紺紙金泥画を写した白黒写真の被写体として現存するものであり、菩薩の姿態、着衣の流れ、装飾品の形状等は原告仏画2(16)と酷似しているものということができる。
 しかし、被告仏画2(16)は、背景の雲の一部や菩薩の髪、宝冠、円光に薄くぼかしたような表現がみられるほかは、線描のみで描かれており、彩色は付されておらず、衣服の模様や背景の波立つ水面様の模様も省略されている。また、被告仏画2(16)において、菩薩の視線の方向ははっきりせず、口や鼻の形状が原告仏画2(16)とは異なっていることとも相俟って、同仏画における菩薩の表情は、原告仏画2(16)における菩薩の表情から感得される穏やかで慈悲に満ちた表情とは異なるものに感じられる。
 これらにより、被告仏画2(16)からは、菩薩が水上を飛雲している様子は感じられず、細部の表現が省略されていることや顔の表情が変更されていることなどから、菩薩の穏やかで慈悲に満ちた様子や、仏画全体から受ける優雅さ、あるいは上品かつ繊細な美しさも十分感得することはできない。したがって、被告仏画2(16)からは、原告仏画2(16)の表現上の本質的特徴を直接感得することができず、かつ、これと表現上実質的に同一のものともいうことができないのであって、被告仏画2(16)は、原告仏画2(16)を複製又は翻案したものに当たらない。
(17) 被告仏画2(17)について
ア 原告仏画2(17)は馬頭観音を描いた白黒画であり、三面八臂の馬頭観音が、六角形の台座の上に載せた蓮華座に立つ姿が描かれている。菩薩の中央の2臂は合掌し、他の6臂のうち5臂は円環、蓮、数珠、錫杖を持ち、1臂は何も持たず手のひらを前方に返しており、これらの各臂が菩薩の周囲にバランスよく描かれている。菩薩の頭上には馬頭を抱いた宝冠が描かれ、中央の顔は半眼で穏やかな祈りの表情であるが、左右の2面は牙を剥きだした憤怒の表情である。背景の光背や着衣、蓮華座、台座には、いずれも細かい模様が描き込まれており、色彩は白黒であるが、微妙な濃淡により、着衣や光背の華やかさなどが表現されている。
 これらの点が相俟って、原告仏画2(17)からは、観音の力強さを、安定した重厚な美しさとともに感得することができ、このような点に原告仏画2(17)の創作性を認めることができる。
イ 被告仏画2(17)は紺紙金泥画を写した白黒写真の被写体として現存するものであるところ、全体的な構図や着衣の流れ、各臂の持物の形状について、原告仏画2(17)と類似している点があることは、前記4(3)イでみたとおりである。
 しかし、被告仏画2(17)は、線描のみで描かれたものであり、着衣、蓮華座及び台座の模様は省略されている上、菩薩の姿態の幅が全体的に狭く、光背がやや歪んでおり、持物の向きや大きさも、原告仏画2(17)とは異なるものとなっている。加えて、菩薩の左右の面の憤怒の表情もはっきりしないものとなっており、被告仏画2(17)は全体として習作の域を出ない印象が認められる。
 これらの違いが存在することにより、被告仏画2(17)からは、原告仏画2(17)におけるような安定感やバランスのよさは感じられず、力強さに欠ける上、原告仏画2(17)のような重厚な美しさも感じ取ることはできない。したがって、被告仏画2(17)は、原告仏画2(17)と表現上実質的に同一のものに当たらず、かつ、同仏画の表現上の本質的特徴を直接感得させるものにも当たらず、同仏画を複製又は翻案したものに当たらない。
(18) 被告仏画2(18)について
ア 原告仏画2(18)は観音菩薩を描いた白黒画であり、雲の上の蓮華座に乗って立ち、左手に蓮の花を持ち、右手のひらを前方に返して下ろした観音菩薩の姿が描かれている。光背には花をあしらった細かい模様が描かれ、着衣や宝冠、上腕や首に付けられた装飾品、瓔珞にも、細かい模様や飾りが描き込まれている。色彩は白黒であるが、微妙な濃淡により天衣の透き通る感じや光背の荘厳さなどが表現されている。顔はやや横長でふくよかであり、やや下向きでわずかにほほえんで感じられる。
 これらにより、原告仏画2(18)からは、荘厳かつ優美な観音菩薩像の姿を感得することができ、このような点に原告仏画2(18)の創作性が認められる。
イ 被告仏画2(18)は紺紙金泥画を写した白黒写真の被写体として現存するものであるところ、全体的な構図や着衣の流れ、天衣の翻り方に原告仏画2(18)に類似した点があることは、前記4(3)イでみたとおりである。
 しかし、被告仏画2(18)は線描のみで描かれており、着衣や蓮華座の模様、光背の内側の模様などは省略されていることが認められる。また、被告仏画2(18)は、宝冠及び菩薩の顔が原告仏画2(18)よりも細長く、菩薩の下半身が短く描かれており、手足のバランスも、原告仏画2(18)とは異なるものとなっている。加えて、菩薩の顔が面長であり、目、鼻、口のバランスも原告仏画2(18)とは異なって描かれており、被告仏画2(18)は、全体として習作の域を出ない印象が認められる。
 これらの相違点があることにより、被告仏画2(18)からは、原告仏画2(18)から感得されるような、荘厳かつ優美な観音菩薩像の姿を感じ取ることはできず、被告仏画2(18)は、原告仏画2(18)と表現上実質的に同一のものに当たらず、かつ、同仏画の表現上の本質的特徴を直接感得させるものにも当たらないというべきである。
 したがって、被告仏画2(18)は、原告仏画2(18)を複製又は翻案したものに当たらない。
(19) 被告仏画2(19)について
ア 原告仏画2(19)は阿弥陀如来を描いた白黒画であり、袈裟のみを身に付けた簡素な姿の阿弥陀如来が、雲の上の蓮華座に乗って印を結ぶ姿が描かれている。如来の袈裟には細かい模様が描き込まれており、背景には円光及び放射光が描かれ、色彩は白黒であるが、袈裟や蓮華座には微妙な濃淡が付されている。菩薩の眼はやや下向きであるが、口を結んだ力強い表情であり、体格ががっしりとしていることや、顔、手及び足が太く描かれていることなどと相俟って、力強い安定感と慈悲の力が感じられ、このような点に、原告仏画2(19)の創作性があるものと認められる。
イ 被告仏画2(19)は紺紙金泥画を写した白黒写真の被写体として現存するものであるところ、全体的な構図や着衣の流れに原告仏画2(19)と類似した点があることは、前記4(3)イでみたとおりである。
 しかし、被告仏画2(19)は、如来の体が原告仏画2(19)よりも細身に描かれており、顔や手足が原告仏画2(19)よりも小さく、かつ、左肩よりも右肩の方が下がって描かれており、また、顔の表情を見ても、やや面長で、左右も均等ではなく、それぞれのバランスも、原告仏画2(19)とは異なるものとなっていることが認められる。
 これらの相違点があることにより、被告仏画2(19)からは、原告仏画2(19)から感得されるような阿弥陀如来の力強い安定感や慈悲の力を感じ取ることはできず、被告仏画2(19)は、原告仏画2(19)と表現上実質的に同一のものに当たらず、かつ、同仏画の表現上の本質的特徴を直接感得させるものにも当たらないというべきである。
 したがって、被告仏画2(19)は、原告仏画2(19)を複製又は翻案したものに当たらない。
6 小括
 以上のとおりであって、被告仏画2(1)@、2(5)@、2(7)、2(12)、2(13)@、2(14)(以下、これらを併せて「被告侵害仏画」という。)は、それぞれ原告仏画2(1)、2(5)、2(7)、2(12)ないし(14)を翻案したものに当たる。他方、被告侵害仏画以外の被告仏画2については、原告仏画2を複製又は翻案したものに当たらず、被告仏画2(1)A、2(2)、2(5)A、2(6)、2(10)、2(11)、2(15)ないし(19)に関する原告らの請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないことに帰着する。
 そこで、以下の争点については、被告侵害仏画についてのみ検討することとする。
7 争点(2)ウ(F氏による許諾の有無)について
(1) 被告は、被告仏画2(1)@、2(7)及び2(12)については、F氏に師事する中で、F氏から原告仏画2(1)、2(7)及び2(12)に基づき描くよう指示を受けて描いたものであり、また、その余の被告仏画2についても、F氏から「復原國寶佛画」を贈呈された際に、「この本でしっかり捕まえて、伝えなさい。」との言葉を受けたものであると主張し、これらにより、被告侵害仏画に対応する原告仏画の著作者であり著作権者であるF氏から、複製又は翻案について包括的許諾を受けたから、著作権侵害及び著作者人格権侵害は成立しないと主張する。
(2)ア しかし、被告がF氏から指導を受けるに至った経緯、F氏に最初に見てもらった画の種類、F氏との話の内容等に関し、被告を取材して制作されたとする書籍(「山梨のおんな」、昭和61年11月3日発行、甲70、乙22)の記載、被告がF氏に指導を受ける都度記入したと主張する手帳の記載(乙3の4)、被告の陳述書(乙30)、被告本人尋問の結果においてそれぞれ食い違う点があるところ、上記各証拠によれば、F氏から指導を受けたとする事実は被告にとって非常に重要な意味をもつ出来事であるとされているにもかかわらず、上記のような食い違いが生じるのは不自然であるといわざるを得ず、この点に関し、被告から合理的な説明がされているとも言い難い。これに加え、被告が9回にわたりF氏宅を訪問し、数時間にわたり指導を受けたこともあると主張し、弟子をとらないとされるF氏から指導を受けられることは極めて異例のことであると主張しているにもかかわらず、F氏の実子であり、F氏宅に頻繁に出入りし、昭和53年10月以降はF氏と同居していたという原告Bらが、F氏やその配偶者(原告Bらの母)から被告に関する話を聞いたことがないとしていること(甲99、原告B)などを考慮すれば、被告が、F氏に師事し、仏画の指導を受けたとする事実自体、直ちに認め難いものというべきである。
イ また、仮に被告がF氏から仏画の指導を受けた事実があるとしても、とりわけ印象的であり記憶に残りやすいと考えられる、被告がF氏に最初に持参し指導を受けた仏画がどれであったかについてすら、被告の本件訴訟における主張が変遷していることや、被告がF氏から指導を受けた際に記入したとする手帳に、被告仏画2(1)@、2(7)及び2(12)に関する記載がないことに鑑み、被告が指導を受けた仏画に、被告仏画2(1)@、2(7)及び2(12)が含まれると認めるに足りる立証はないものといわざるを得ない。
ウ 被告がF氏から「復原國寶佛画」の贈呈を受け、「この本でしっかり捕まえて、伝えなさい。」との言葉を受けた事実についても、同様に、上記アでみた点などに鑑み、上記事実の存在自体、直ちに認め難いものというべきである。
 また、被告は、F氏を2回目に訪問した際にF氏から上記書籍の贈呈を受け、上記の言葉を受けたと主張しているところ、仮にそのような事実が存在するとしても、@上記言葉を掛けた時点で、被告は、F氏のもとを2回訪問したのみであったとされること、A上記時点において、被告の仏画の技量は未熟な段階であったとされることなどに鑑み、F氏が被告に対し、上記のような言葉をかけたとすれば、上記書籍に掲載されている仏画に依拠し、修練として仏画を描くことを許可したものとみる余地があるにとどまり、F氏が、被告に対し、F氏の作品全部の複製又は翻案を許諾し、著作財産権及び著作者人格権を行使しない意思であったとはおよそ考え難いというべきである。
 以上によれば、被告侵害仏画につき、F氏による包括許諾があったものとは認められない。これに反する被告の主張は採用しない。
8 争点(3)(差止め及び廃棄請求の可否)について
(1) 被告侵害仏画の販売、頒布、展示の差止めの可否について
 前記前提事実(3)ウでみたとおり、被告は、被告美術館において、被告の制作した仏画を展示しているところ、被告が被告侵害仏画の一部について被告美術館で展示したことがあることを認めていることなどに鑑みれば、被告侵害仏画の全部につき、被告が、展示を行っており、又は今後、展示を行うおそれがあるものと認められる。また、被告は、その制作した仏画を販売したことはないと主張するが、前記前提事実(1)イ、(3)エ、カのとおり、被告が被告美術館を開設しており、被告の制作した仏画をポスター、絵はがき等に掲載し、また、仏画教室の開催等の活動をしていることを考慮すれば、被告侵害仏画を販売し、又は頒布するおそれがあるものと認められる。
 なお、被告は、被告仏画2(14)については、その所在は不明であり、焼却処分した可能性が高い旨主張するが、これを考慮しても、なお、同仏画を展示し、販売し、又は頒布するおそれがないものと認めるに足りない。
 被告が被告侵害仏画を販売し、頒布し、又は展示することは、原告らの著作権法28条に基づく二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(譲渡権、展示権)を侵害するものと認められるから、侵害の停止又は予防のため、被告侵害仏画の販売、頒布、展示の差止めが必要であると認められ、同請求を認めることができる。
(2) 被告侵害仏画を使用した書籍等の制作の差止め及びその廃棄の可否について
ア 被告侵害仏画を掲載した書籍等を制作することは、原告らの著作権法28条に基づく二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(複製権)を侵害するものであるところ、被告が、被告各書籍に、被告侵害仏画を含む被告制作に係る仏画を掲載していることは、前記前提事実(3)イのとおりであり、今後も、被告侵害仏画を掲載した書籍を制作するおそれが認められる。また、被告が現時点において被告侵害仏画を被告美術館のパンフレットやホームページに掲載している事実は認められないが、前記前提事実(3)エ、オのとおり、被告が、被告の制作した仏画を被告美術館のパンフレットやホームページに掲載していることに鑑みれば、今後、被告侵害仏画がこれらに掲載されるおそれがあるものと認められる。
 以上によれば、侵害の停止又は予防のため、被告侵害仏画を掲載した書籍等の制作の差止めの必要性が認められ、同請求を認めることができる。
イ(ア) 前記前提事実(3)イ及びエのとおり、被告書籍中に、侵害仏画を掲載したもの(別紙被告書籍目録記載の各書籍)があり、また、平成21年より前に被告侵害仏画の一部を掲載したパンフレットが作成されていることが認められるところ、これらは、いずれも、原告らの著作権を侵害する行為によって作成されたものであると認められる。
(イ) このうち、パンフレットについては、平成21年以後に作成されたものについては、被告侵害仏画の掲載は認められないが、平成21年より前に作成されたパンフレットが全て配布済みであって、現在、被告のもとに存在しないことの立証はないから、なお、被告のもとには被告侵害仏画2(13)@を掲載しているパンフレットが存在するものと認められる。
 そして、上記パンフレットの性質や、同パンフレットにおける被告侵害仏画2(13)@の掲載内容等に照らせば、パンフレット全体の廃棄を認めるのが相当である。
(ウ) 被告書籍のうち、被告書籍(ア)及び(ウ)については、既に絶版となっており、過去20年間販売されていないことにつき、当事者間に争いがない。しかし、被告書籍(ア)及び(ウ)は、写仏を行うための入門書としての性格を有するものであることがうかがわれるところ(甲17、19)、被告は、前記前提事実(3)カのとおり、各地で仏画教室を開催しているのであって、実際に、被告が講師を務める写仏教室において被告書籍(ア)を使用したことがあること(甲129)も考慮すれば、被告書籍(ア)及び(ウ)についても、なお、被告のもとにその一部が存在するものと認められる。
 また、被告書籍(オ)、(カ)、(ク)、(ケ)についても、これらが写仏を行うための入門書であり、または、写仏を行う際の下絵として使用できる部分を含むものであること(甲21ないし24)を考慮すれば、被告のもとにその一部が存在するものと認められる。
 したがって、被告書籍のうち、上記のとおり被告が所有しているものにつき、原告らは、侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができるところ、上記被告書籍全体に占める被告侵害仏画掲載部分の割合が必ずしも多いとはいえないところから、上記措置として、別紙被告書籍目録記載の書籍中の被告侵害仏画2(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@、(14)掲載箇所の抹消を認めるのが相当である。
(エ) 他方、被告美術館のホームページには、前提事実(3)オのとおり、侵害仏画と認められない被告仏画1(1)、(2)、(10)が掲載されたことが認められるのみであって、本件各証拠によっても、被告侵害仏画が掲載された事実は認められないから、被告侵害仏画を使用したホームページ画像の廃棄(削除の趣旨であると解される。)は、侵害の停止又は予防のために必要な措置であるとは認められない。
ウ 被告侵害仏画が、いずれも彩色画又は紺地金泥画であり、細部まで描き込まれたものであるのに対し、被告の制作に係る線描画(被告仏画2(1)A、2(2)、2(5)A等)が、いずれも細部における表現を省略又は簡略化したものであり、原告仏画を複製又は翻案したものと認められないものであることに鑑み、被告侵害仏画の塗り絵用下絵が制作される可能性があるとしても、これが、原告らの著作権法28条に基づく二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(複製権、翻案権)を侵害するものであるとは認められず、上記塗り絵用下絵の制作の差止めを認めることはできない。
 また、塗り絵用下絵の制作の差し止めが認められない以上、被告侵害仏画を使用した塗り絵用下絵の廃棄も同様に認められない。
(3) 以上によれば、原告らの差止め及び廃棄請求のうち、被告侵害仏画の販売、頒布、展示の差止め、被告侵害仏画を使用した書籍、パンフレット、ホームページ画像の制作の差止め、被告侵害仏画を使用した別紙被告書籍目録記載の書籍における被告侵害仏画の掲載箇所の抹消及び被告侵害仏画を掲載したパンフレットの廃棄を各求める部分については理由があるが、その余の部分については理由がない。
9 争点(4)(著作権侵害による損害賠償請求権は、消滅時効又は除斥期間の経過により消滅しているか。)について
(1) 争点(2)に関する当裁判所の判断のとおり、被告侵害仏画は、原告仏画2(1)、2(5)、2(7)、2(12)ないし(14)をそれぞれ翻案したものに当たるから、被告侵害仏画を展示し、被告侵害仏画を出版社に提供してこれを掲載した書籍を制作し、また、被告侵害仏画を掲載したパンフレットを制作することは、いずれも、原告らの著作権法28条に基づく二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(複製権、展示権)を侵害するものに当たる。争点(2)ア及びウにおける当裁判所の判断でみた事情に鑑み、被告は、上記著作権侵害に関し、少なくとも過失があったものと認められるから、被告は、上記著作権侵害によって原告らが被った損害について賠償するべき責任を負う。
(2) 被告は、上記損害賠償請求権につき、原告らは平成17年9月3日時点で損害及び加害者を知っていたから、同日から3年の経過時である平成20年9月3日経過時点で時効により消滅したと主張し、前記前提事実(4)のとおり、消滅時効を援用する旨の意思表示をする。
 被告の上記主張は、原告らが提出した写真(甲75の3、7ないし9)に、2005年9月3日との日付が記載されており、原告Bが、上記写真の撮影時点において、被告侵害仏画の存在及び内容を知っていた旨述べていること(原告B11頁)に基づくものである。
 しかし、原告らは、上記写真の日付は、これを撮影したデジタルカメラの日付設定が誤っていたため上記のとおり表示されたものにすぎず、上記写真は平成22年1月11日に撮影されたものであると主張しているところ、原告Bは、上記写真に表示された日付が誤りである旨述べており(原告B10頁)、かつ、原告らの提出する証拠(甲114ないし128)も原告らの主張に沿うものであるから、上記写真が、平成17年9月3日に撮影されたものであるとは認められない。
 したがって、原告らが、本件訴訟提起時から3年以上前に、前記損害賠償請求権につき、損害及び加害者を知っていたものとは認められず、上記請求権が時効によって消滅したものとは認められない。
(3) 民法724条後段の主張について
 本件訴訟は、平成21年7月27日に提起されたものであるから(当裁判所に顕著)、平成元年7月27日前における行為に関する、著作権侵害の不法行為責任に基づく損害賠償請求権については、原告らはこれを行使することができないものと認められる(民法724条後段)。
10 争点(5)(著作権侵害による損害額)について
(1) 著作権法114条3項に基づく損害額
ア 被告書籍への被告侵害仏画の掲載に係る損害額
(ア) 前記前提事実(3)でみたとおり、被告侵害仏画は別紙被告書籍目録記載の書籍(被告書籍(ア)、(ウ)、(オ)、(カ)、(ク)及び(ケ))に掲載されているところ、前記9(1)でみたとおり、出版社に被告侵害仏画を提供して上記被告書籍を制作することは、原告らの著作権法28条に基づく二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(複製権)を侵害するものであると認められ、被告は、これにより原告らが被った損害を賠償するべき責任を負う。
 しかし、前記9(3)でみたとおり、平成元年7月27日前の行為に関し、原告らは著作権侵害の不法行為責任に基づく損害賠償請求権を行使することはできないものと解されるところ、上記被告書籍のうち、被告書籍(ア)及び(ウ)については、同日以後において制作・販売された事実がないものと認められる(乙44、48)。したがって、同書籍の制作行為等に関し、原告らが損害賠償請求権を行使することはできない。
(イ) そこで、被告書籍(オ)、(カ)、(ク)、(ケ)における被告侵害仏画の掲載による原告らの損害を検討する。なお、被告書籍(オ)については、本件訴訟提起後である平成24年2月に新装版が発行されていることが認められるところ(乙48)、原告らは、上記書籍における被告侵害仏画の掲載についても損害賠償請求の対象に含める趣旨であると解される。また、被告は、平成24年6月4日時点までの上記被告書籍の発行部数、印税額を開示しており、原告らは、上記開示に基づいて損害額を算定する主張をしているから、同日時点までの被告侵害仏画の掲載に関し、損害賠償請求の対象とするものであると解される。
 以上を前提に、上記被告書籍における被告侵害仏画の掲載に関する損害額を検討するに、上記被告書籍に掲載されている被告侵害仏画、その掲載態様、これらの書籍の定価、発行部数及びこれにより被告が得た印税額は、下記@ないしCのとおりである。
@ 被告書籍(オ)(「新・写仏のすすめ」)
 被告書籍(オ)には旧版(甲21)と新装版が存在するが、いずれにおいても、被告仏画2(5)@が、30頁目において、当該頁のほぼ全面を使用し、白黒画で掲載されている(甲21、弁論の全趣旨)。
 被告書籍(オ)の旧版の定価は2300円であり、平成9年6月から平成17年12月までにかけて、第1版から第8版まで、合計1万部が発行された。これにより被告が得た印税額は142万3580円である(乙48)。
 被告書籍(オ)の新装版の定価は2300円であり、平成24年2月に1000部が発行された(乙48)。これにより被告が得た印税額は0円である(乙48)。
A 被告書籍(カ)(シルクロード仏画ぬり絵)
 被告書籍(カ)には、被告仏画2(1)@、2(12)、2(13)@が、7ないし9頁目の合計3頁に、各頁のそれぞれほぼ全面を使用し、カラーで掲載されている(甲22)。
 被告書籍(カ)の定価は1200円であり、平成19年3月に8000部が発行された。これにより被告が受けた印税額は119万0550円である(乙49、50の1・2、52の1・2)。
B 被告書籍(ク)(写仏下絵図像集第1巻・新装普及版)
 被告書籍(ク)には、被告仏画2(13)@が表紙及び4頁目に、被告仏画2(7)が5頁目に、それぞれ各ページのほぼ全面を使用し、カラーで掲載されている(甲23)。
 被告書籍(ク)の定価は2800円であり、平成19年5月に1500部が発行された。これにより被告が受けた印税額は28万3046円である(乙48)。
C 被告書籍(ケ)(写仏下絵図像集第2巻)
 被告書籍(ケ)には、旧版及び新装普及版(甲24)が存在するところ、旧版には、被告仏画2(5)@が、見開き2頁分の中央付近に、4分の1ページ程度の大きさで、白黒画により掲載されている(甲24、弁論の全趣旨)。また、新装普及版には、被告仏画2(5)@が、旧版と同様に見開き2頁分の中央付近に4分の1頁程度の大きさで白黒画により掲載されていることに加え、同仏画が、41頁目に、当該頁のほぼ全面を使用して白黒画で掲載されている(甲24)。
 被告書籍(ケ)旧版の定価は4500円であり、平成3年6月に345部、平成5年2月に600部、平成13年4月に500部が発行されており、これにより被告が受けた印税額は58万5023円である(乙44)。
 被告書籍(ケ)新装普及版の定価は2800円であり、平成19年5月に1500部が発行されており、これにより被告が受けた印税額は25万6838円である(乙48)。
(ウ) 株式会社美術著作権センターの定める使用料規程(「本使用料規程」。甲130の1・2)に従って、上記被告書籍における被告侵害仏画の掲載による使用料を算出すると、下記@ないしCのとおり、合計22万8000円となるところ、上記被告書籍における被告侵害仏画の使用態様や、上記(イ)でみた、被告が上記被告書籍から得た印税額等に鑑み、上記金額が、原告らがその著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)であると認めるのが相当である。
 なお、被告書籍は、仏画のほかに、随筆文や、菩薩や如来に関する解説文、仏画の描き方の説明などをその内容に含むものであり(甲21ないし24)、「美術関係の書籍」(「美術全集、絵画全集等、その他美術を主題とした書籍」)(本使用料規程3条1項1号)に該当するものとは認められないから、「一般の書籍」(本使用料規程3条2項)として使用料相当額を算出するのが相当である。この点、被告は、被告書籍は、いずれも「美術関係の各種教材」(本使用料規程4条4項(2))とみて使用料相当額を算出すべきであると主張する。しかし、被告書籍の内容が上記のとおりのものであり、教材とみることになじまないものであると解されることに加え、被告書籍における被告侵害仏画の利用が、「著作物を書籍・雑誌・新聞その他の出版物として複製し、その複製物を公衆に譲渡する」場合(本使用料規程2条1号)に当たり、出版物における利用として利用料を算出すべきものと解されることにも鑑み、被告の主張は採用することができない。また、被告は、同一の仏画が同一書籍に複数回にわたり掲載されている場合には、侵害回数は1回とみて利用料を算出するべきであるとも主張するが、本使用料規程が、「著作物1点1回につき…区分ごとに定める額」を利用料とする旨定めたものである(本使用料規程3条本文)ことに鑑み、採用できない。
@ 被告書籍(オ)
(i) 旧版について 2万2000円(書籍単価2000円超、発行部数1万部以下、複製サイズ1ページ大以下、モノクロ)
(ii) 新装版について 1万5000円(書籍単価2000円超、発行部数3000部以下、複製サイズ1ページ大以下、モノクロ)
A 被告書籍(カ)
 9万円(書籍単価2000円以下、発行部数1万部以下、複製サイズ1ページ大以下、カラー、合計3点の利用)
B 被告書籍(ク)
 7万2000円(書籍単価2000円超、発行部数3000部以下、複製サイズ1ページ大以下、いずれもカラー、1点につき2回の利用及び1点につき1回の利用)
C 被告書籍(ケ)
(i) 旧版
 7000円(書籍単価2000円超、発行部数3000部以下、複製サイズ4分の1ページ大以下、モノクロ)
(ii) 新装普及版
 2万2000円(書籍単価2000円超、発行部数3000部以下、複製サイズ4分の1ページ大以下のものが1点、1ページ大以下のものが1点、いずれもモノクロ)
(エ) 前記前提事実(1)アでみた事実によれば、原告らは、F氏の著作権を4分の1ずつ相続したものと認められるから、原告らの損害額は、それぞれ5万7000円となる。
イ 被告美術館のパンフレットにおける被告侵害仏画の掲載による損害
(ア) 前記前提事実(3)エのとおり、平成21年より前に作成された被告美術館のパンフレット(以下「本件パンフレット」という。乙45の1・2)には、被告仏画2(13)@が縦約5センチメートル、横約2.5センチメートル大のカラー写真で掲載されている。
 本件パンフレットの作成が、原告らの著作権法28条に基づく二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(複製権)を侵害するものであることは、前記9(1)でみたとおりであり、被告は、上記行為により原告らが被った損害につき、賠償すべき責任を負う。
(イ) そこで、損害額について検討すると、本件パンフレットの作成部数を明確に認定するに足りる証拠は存在しない。しかし、被告は、本件パンフレット以外に、平成21年8月21日に1万部、平成22年3月4日に2万部、平成23年7月30日に1万部、平成24年6月13日に1万部のパンフレットを各作成したと主張しているところ、被告の主張する被告美術館の入場料収入が、平成22年以降と平成22年以前(平成19年ないし平成21年)でほぼ同じであること、被告美術館が平成7年4月に開設されていること(前記前提事実(1)イ)に鑑み、本件パンフレットの作成部数を1年当たり1万部と推定する原告らの主張は合理的なものであると認められる。また、被告は、約1年毎にパンフレットを制作しているものと認められ、上記制作毎に被告侵害仏画を利用しているものとみることができる。
(ウ) したがって、本件パンフレットの作成部数を1年当たり1万部とみて、本使用料規程に従い、被告侵害仏画の掲載による使用料を算出すると、次のとおり7万円となる。
@ 作成回数 平成7年4月から平成21年8月までの間に14回
A 作成部数 各回につき1万部
B 利用態様 美術展覧会に関する印刷物に利用する場合(本件規程4条1項)であり、かつ、広報用パンフレット、告知用チラシ(本件規程4条1項2号)の場合
C 掲載態様 カラー、8分の1ページ大以下
D 計算式 5000円×14回=7万円
 本件パンフレットにおける被告侵害仏画の掲載態様等に鑑み、上記金額が、本件パンフレットにおける被告侵害仏画の掲載に関し原告らが受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)であると認められる。
(エ) 前記ア(エ)のとおり、原告らは各自4分の1の著作権を有するので、原告ら各自の損害額は1万7500円となる。
ウ 被告美術館における被告侵害仏画の展示による損害
(ア) 前記前提事実(1)イ及び(3)ウのとおり、被告は、平成7年4月に被告美術館を開設し、同美術館において、被告の制作した仏画を展示しているところ、平成19年から平成23年までの被告美術館の入場料収入は次のとおりである(争いがない)。
@ 平成19年 81万3000円
A 平成20年 73万0750円
B 平成21年 70万2750円
C 平成22年 83万4550円
D 平成23年 74万5450円
 上記入場料収入の年平均額は76万5300円であるところ、被告の仏画制作に関する記事が昭和54年頃から平成元年頃までにおいても少なくとも十数回にわたり各種新聞に掲載されるなど(乙2の1ないし18)、被告が、被告美術館開設以前から、仏画家として活発に活動していたことがうかがわれることや、被告の主張によれば、被告美術館における仏画の展示状況は、被告美術館開設当時と平成19年以降で大きく違いはないものとされていることなどに鑑み、平成19年以前の入場料収入の年額は70万円と推定されるという原告らの主張は合理的なものということができる。
 そこで、平成7年4月から平成18年までの被告美術館の入場料収入については、年額70万円であるとみて、被告美術館における被告侵害仏画の展示に係る損害額を算出することとする。
(イ) 被告美術館における被告侵害仏画の展示状況については、これを認めるに足りる立証がなく、被告の自認する限度において展示されたものとみるほかないところ、被告は、平成24年6月1日付け被告第14準備書面において、同日時点で被告美術館において被告侵害仏画を展示していないと主張し、また、過去において、被告仏画2(7)、2(12)及び2(13)@を、それぞれ2年間当たり4か月ずつ展示したことがあると主張している。
 したがって、被告は、平成7年4月から平成24年6月1日までの間、被告仏画2(7)、2(12)及び2(13)@を、それぞれ2年当たり4か月ずつ展示したものと認められる。また、原告らは、平成23年までの入場料収入を基礎として被告美術館における被告侵害仏画の展示に係る損害額を主張しているから、本訴において、平成23年末までの被告侵害仏画の展示に係る損害を請求する趣旨であると解される。そこで、平成7年4月から平成23年12月末までの上記展示に係る利用料を算出し、原告らの損害額を計算することとする。
 なお、平成19年以降については、各年における入場料収入の具体的金額が開示されているものの、各2年のうち、どの時期において被告侵害仏画が展示されたかが明確ではない。そこで、平成19年から平成23年までの入場料収入の年平均額である76万5300円を基礎として使用料を算出するのが相当である。
(ウ) 本使用料規程9条(原作品の展示による利用)において、使用料は入場料収入に0.1ないし1%を乗じた金額とする旨規定されているところ、上記使用料が、著作権者の許諾に基づく利用を想定して規定されたものであることに鑑み、入場料収入に1%を乗じた金額が、原告らが著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額とみるのが相当である。
 そこで計算すると、被告侵害仏画の展示に係る損害額は、下記@ないしCのとおりとなる。
@ 平成7年4月から平成17年3月までの10年間
 展示回数は5回(2年毎に1回、仏画1点につき4か月間、仏画合計3点)であり、損害額は1回当たり7000円(70万円×2×4/24×1%×3点)であり、原告ら各自につき1750円となる。したがって、上記期間において原告らそれぞれが受けた損害額は8750円(1750円×5回)となる。
A 平成17年4月から平成19年3月
 展示回数は1回(仏画1点につき4か月間、仏画合計3点)であり、損害額は7081円((70万円×1+70万円×9/12+76万5300円×3/12)×4/24×1%×3点)であり、原告らそれぞれの損害額は1770円(円未満切り捨て)となる。
B 平成19年4月から平成23年3月
 展示回数は2回(2年毎に1回、仏画1点につき4か月間、仏画合計3点)であり、損害額は1回当たり7653円(76万5300円×2×4/24×1%×3点)であり、原告ら各自につき1913円(円未満切り捨て)となる。したがって、上記期間において原告らそれぞれが受けた損害額は3826円(1913円×2回)となる。
C 平成23年4月から平成23年12月
 上記時期において、少なくとも被告仏画2(7)、2(12)、2(13)@のうち1点を1回(4か月)にわたり展示したものと認められる。したがって、展示回数は1回(仏画1点につき4か月間、仏画は1点のみ)であり、損害額は2551円(76万5300円×9/12×4/9×1%×1点)となり、原告らそれぞれの損害額は637円(円未満切り捨て)となる。
エ 原告らは、上記アないしウのほか、仏画教室における被告侵害仏画の使用による損害についても主張するが、平成元年7月27日以降において、被告侵害仏画が被告の主宰する仏画教室で使用されたことを認めるに足りる立証はなく、これによる損害の発生を認めることはできない。
オ 上記アないしウの損害額を合計すると、原告らそれぞれの損害額は8万9483円となる。
(2) 原告らは、著作権法114条1項又は2項に基づく損害額についても主張する。しかし、著作権法114条1項は、著作権等を侵害した者がその侵害の行為によって作成された物を譲渡し、又はその侵害の行為を組成する公衆送信を行った場合の損害の額に関する規定であるところ、本件において、被告が被告侵害仏画又はこれを掲載した書籍を譲渡した事実は認められず、同項によって損害額を算定することはできない。また、著作権法114条2項は損害発生の事実までを推定するものではないから、同項を適用するためには、少なくとも著作権者が自ら当該著作物を利用する蓋然性を有することを要するものと解されるところ、本件各証拠によっても、原告らが、被告による著作権侵害が認められる時期において、原告仏画2(1)、2(5)、2(7)、2(12)ないし(14)を利用する蓋然性があったことはうかがわれない。加えて、前記(1)でみた被告の印税額、入場料収入、被告書籍における被告侵害仏画の掲載数等に鑑み、本件において著作権法114条2項の適用があるとしても、同項による損害の推定額が、前記(1)でみた金額を超えるものとは認められない。
 したがって、前記8万9483円が、原告らそれぞれの財産的損害についての損害額となる。
(3) 慰謝料請求について
 原告らは、被告による原告仏画の改変、被告侵害仏画における被告名の表示により、その名誉を著しく毀損され、多大な精神的苦痛を被ったと主張し、慰謝料の請求をするが、被告による被告侵害仏画の制作や、これらを掲載した被告書籍の制作が、原告らの社会的評価を低下させるものであるとは認められない。また、著作権侵害による損害については、上記財産的損害が賠償されることにより慰謝されているものと解される。
 もっとも、侵害仏画である被告仏画2(1)@、(5)@、(7)、(12)、(13)@、(14)が、F氏が死亡した昭和59年8月5日の後に被告によって複製されて被告書籍に掲載され、またその一部が被告の制作したパンフレットに掲載されており、これらにはF氏の氏名が表示されていない(甲17、19、21ないし24、乙45の1・2)。上記被告書籍にF氏の氏名を表示しないで発行することは被告の指示に基づくものと認められる。したがって、これらの掲載行為は、F氏が生存しているとすれば、その著作者人格権(氏名表示権)の侵害となるべき行為に当たる。原告A、同B及び同Cは、父であるF氏の制作した仏画に強い誇りと愛着を持っていたものと認められる(原告B、弁論の全趣旨)のであるから、原告A、同B、同Cは、被告の上記行為により、固有の精神的損害を被ったものと認められ、平成元年7月27日以降における損害につき、慰謝料を請求することができるものであり、上記慰謝料としては、それぞれ3万円とするのが相当である。他方、原告Dについては、これを認めるに足りない。
(4) 弁護士費用
 本件事案の内容、本件訴訟の経過等の諸般の事情を考慮すると、弁護士費用のうち、原告A、同B、同Cにつきそれぞれ2万円が、原告Dにつき1万円が、上記不法行為と相当因果関係のある損害であると認められる。
(5) 遅延損害金の起算日について
ア(ア) 被告書籍の販売に関し、被告書籍(オ)の新装版については、平成24年2月に発行されたものであるから(乙48)、上記書籍の制作による著作権侵害の不法行為日は、遅くとも同月29日であると認められる。
(イ) 上記書籍以外の書籍の制作による著作権侵害の不法行為日は、いずれも平成21年8月29日(被告に対する本件訴状送達日の翌日)より前であると認められる(乙48)。
イ 前記(1)イの通り、本件パンフレットは、平成21年8月以前に制作されたものであるから、本件パンフレットの制作による著作権侵害の不法行為日は、平成21年8月29日より前であると認められる。
ウ(ア) 被告美術館において、平成7年4月から平成21年3月までの間に被告侵害仏画を展示したことによる著作権侵害の不法行為の終期は、いずれも平成21年8月29日より前であると認められる。
(イ) 平成21年4月から平成23年3月までの間において、被告仏画2(7)、2(12)、2(13)@が各1回ずつ展示され、また、平成23年4月から平成23年12月末日までの間に上記被告仏画のうちいずれか1点が1回展示されたものと認められることは前記(1)ウでみたとおりであるが、上記展示の具体的時期は不明である。そこで、平成21年4月から平成23年3月までの間における被告仏画3点の展示による著作権侵害の不法行為の終期は平成23年3月31日、平成23年4月から同年12月末日までの間における被告仏画1点の展示による著作権侵害の不法行為の終期は平成23年12月31日とみるのが相当である。
エ 被告の不法行為の内容に鑑み、慰謝料及び弁護士費用については、平成21年8月29日以前の不法行為と相当因果関係を有するものと解するのが相当である。
オ 以上によれば、原告A、同B、同Cは、それぞれ、上記(1)(ただし、そのうちの上記(5)ア(イ)、イ及びウ(ア)の部分)、(3)、(4)に係る損害額の合計である13万3183円に対し、また、原告Dは上記(1)(ただし、そのうちの上記(5)ア(イ)、イ及びウ(ア)の部分)、(3)、(4)の損害額の合計である9万3183円に対し、不法行為の後の日である平成21年8月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
 また、上記ア(ア)に係る損害額である各自3750円(1万5000円÷4)に関しては、原告らは、それぞれ、不法行為の終期である平成24年2月29日から支払済みまで、民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
 さらに、上記ウ(イ)に係る損害額のうち、平成21年4月から平成23年3月までの展示に係る損害額である各自1913円に関しては平成23年3月31日が、平成23年4月から同年12月までの展示に係る損害額である各自637円については平成23年12月31日が、それぞれ不法行為の終期に当たるから、原告らは、上記各金額につき、上記各日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
11 争点(6)(著作権法116条1項に基づく名誉回復等の措置請求の可否)について
(1) 争点(2)ア及びイに関する当裁判所の判断でみたとおり、被告侵害仏画は、原告仏画2(1)、2(5)、(7)、(12)ないし(14)を翻案したものに当たるところ、被告侵害仏画に関し、F氏の包括許諾があったものと認められないことについては争点(2)ウに関する当裁判所の判断でみたとおりである。したがって、被告が、被告侵害仏画を制作し、F氏の氏名を表示することなく被告各書籍に被告侵害仏画を掲載した行為は、前記のとおり、F氏が生存しているとしたならばその著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)の侵害となるべき行為(著作権法60条)に当たり、F氏の子である原告A、同B及び同Cは、著作権法116条1項により、被告に対し、著作権法115条(名誉回復等の措置)の請求をすることのできる地位を有するものと解される(なお、前記のとおり、原告Dについては、F氏の孫であり、同法116条2項によれば原告Aらが先順位者に当たるため、上記請求をすることができる者に当たらない。)。
(2) しかしながら、被告侵害仏画の内容、被告による侵害行為の態様等に照らすと、著作権侵害に係る損害に対する賠償金に付加して、原告らの主張する謝罪文を掲載する必要性があるものとは認められない。
 したがって、原告A、同B及び同Cの被告に対する謝罪文掲載請求については、これを認めることができない。
12 結論
 したがって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 森川さつき


(別紙)原告仏画目録1
  名称 内容
(1) 大仏蓮弁毛彫(三千大千世界図) 添付1のとおり
(2) 釈迦金棺出現図 添付2のとおり
(3) 仏涅槃図 添付3のとおり
(4) 普賢菩薩像 添付4のとおり
(5) 阿弥陀三尊及童子図 添付5のとおり
(6) 阿弥陀聖衆来迎図 添付6のとおり
(7) 不動明王像 添付7のとおり
(8) 不動明王像(五大尊の内) 添付8のとおり
(9) 訶梨帝母像 添付9のとおり
(10) 高雄曼荼羅胎蔵法曼荼羅 添付10〜12のとおり
※「内容」欄の添付番号は、本目録添付の仏画左上に記載された番号を示す。

(別紙)原告仏画目録2(自作画)
  名称 内容
(1) 聖観音菩薩像 添付13のとおり
(2) 観音菩薩像 添付14のとおり
(3) 欠番 ――――――
(4) 欠番 ――――――
(5) 阿弥陀三尊来迎図 添付17のとおり
(6) 十一面観音菩薩像 添付18のとおり
(7) 千手観音菩薩像 添付19のとおり
(8) 欠番 ――――――
(9) 欠番 ――――――
(10) 地蔵菩薩像 添付22のとおり
(11) 観音菩薩像 添付23のとおり
(12) 勢至菩薩像 添付24のとおり
(13) 観音菩薩像 添付25のとおり
(14) 勢至菩薩像 添付26のとおり
(15) 普賢菩薩像 添付27のとおり
(16) 観音菩薩像 添付28のとおり
(17) 馬頭観音菩薩像 添付29のとおり
(18) 観音菩薩像 添付30のとおり
(19) 阿弥陀如来像 添付31のとおり
※ 「内容」欄の添付番号は、本目録添付の仏画左上に記載された番号を示す。

(別紙)被告仏画目録1
  名称 内容
(1) 大仏蓮弁毛図 添付1のとおり
(2) 釈迦金棺出現図 添付2のとおり
(3) 涅槃図 添付3のとおり
(4) 普賢菩薩像 添付4のとおり
(5) 阿弥陀如来座像 添付5のとおり
(6)@ 阿弥陀聖衆来迎図 添付6@のとおり
   A 来迎図中観世音菩薩 添付6Aのとおり
  B 来迎図中勢至菩薩 添付6Bのとおり
(7) 青不動 添付7のとおり
(8)@ 五大尊/不動明王 添付8@のとおり
  A 不動明王 添付8Aのとおり
(9) 訶梨帝母像 添付9のとおり
(10) 高雄曼荼羅胎蔵界曼荼羅 添付10のとおり
※「内容」欄の添付番号は、本目録添付の仏画左上に記載された番号を示す。

(別紙)被告仏画目録2
  名称 内容
(1)@ 聖観音菩薩図 添付1@のとおり
  A 観音菩薩立像 添付1Aのとおり
(2) 観音菩薩像 添付2のとおり
(3) 欠番 ――――――
(4) 欠番 ――――――
(5)@ 阿弥陀三尊来迎図 添付5@のとおり
  A 阿弥陀三尊像,勢至菩薩,観世音菩薩 添付5Aのとおり
(6) 十一面観音 添付6のとおり
(7) 十一面千手観音立像 添付7のとおり
(8) 欠番 ――――――
(9) 欠番 ――――――
(10) 地蔵菩薩 添付10のとおり
(11) 聖観音 添付11のとおり
(12) 勢至菩薩図 添付12のとおり
(13)@ 観音菩薩図 添付13@のとおり
   A 観世音菩薩下図 添付13Aのとおり
(14) 勢至菩薩図 添付14のとおり
(15) 普賢菩薩 添付15のとおり
(16) 観音菩薩像 添付16のとおり
(17) 馬頭観音菩薩像 添付17のとおり
(18) 観音菩薩像 添付18のとおり
(19) 阿弥陀如来像 添付19のとおり

(別紙)被告書籍目録
番号 書籍名
(ア) 「あなた自身のみ仏に出会うための図説 写仏のすすめ」 (甲17・昭和57年1月1日初版発行)
(ウ) 「あなた自身のみ仏に出会うための図説写仏教室」 (甲19・昭和61年2月1日初版発行)
(オ) 「新・写仏のすすめ」(旧版・新版) (甲21・平成9年6月20日旧版初版発行)
(カ) 「シルクロード仏画ぬり絵」 (甲22・平成19年3月31日第1刷発行)
(ク) 「新装普及版 写仏下絵図像集 第1巻 観世音菩薩」 (甲23・平成19年6月1日新装普及版第1刷発行)
(ケ) 「写仏下絵図像集 第2巻 阿弥陀如来と十三仏」(旧版・新装普及版)(甲24・平成19年6月1日新装普及版第1刷発行)

(別紙)原図目録
番号 名称 内容
原図1 東大寺大仏蓮弁毛彫(拓本) 添付1のとおり
原図2 釈迦金棺出現図 添付2のとおり
原図3 仏涅槃図 添付3のとおり
原図4 普賢菩薩像 添付4のとおり
原図5 阿弥陀三尊及童子図 添付5のとおり
原図6 阿弥陀聖衆来迎図 添付6のとおり
原図7 不動明王像 添付7のとおり
原図8 不動明王像 添付8のとおり
原図9 訶梨帝母像 添付9のとおり
原図10 高尾曼荼羅胎蔵法曼荼羅 その部分は添付10のとおり
 
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