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【事件名】漢検vs前理事長 問題集の著作権帰属事件(2)
【年月日】平成24年12月26日
 大阪高裁 平成24年(ネ)第1019号 著作権確認等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成21年(ワ)第18463号)
 (口頭弁論終結日 平成24年9月7日)

判決
控訴人(一審被告) 株式会社オーク(以下「控訴人オーク」という。)
控訴人(一審被告) A(以下「控訴人A」という。)
控訴人ら訴訟代理人弁護士 佐藤歳二
同 菱田健次
同 菱田基和代
同 松村信夫
同 塩田千恵子
同 坂本優
同 藤原正樹
同 永田貴久
被控訴人(一審原告) 財団法人日本漢字能力検定協会
同訴訟代理人弁護士 中務尚子
同 山田威一郎


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 上記取消部分につき、被控訴人の請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要(略称は、この判決に記載がない限り、原判決に従う。)
1(1) 本件は、被控訴人が、本件各書籍の編集著作権は被控訴人に帰属しており、控訴人らの(ア)控訴人オークの取締役が、本件各書籍の印刷会社に対し、本件各書籍の著作権が控訴人オークに帰属しており、被控訴人からの依頼を受けて本件各書籍の印刷を行った場合、著作権侵害に基づき刑事的手続をとると告知した行為、(イ)控訴人らが、被控訴人の理事らや印刷会社等に対し、本件各書籍の著作権が控訴人オークに帰属しており、本件各書籍を印刷する行為はその著作権を侵害すると告知した行為が、不正競争防止法2条1項14号の営業誹謗行為に当たると主張して、控訴人らに対し、@本件対策問題集の編集著作権が被控訴人にあることの確認と、A同法3条1項に基づき、本件各書籍の編集著作権が控訴人オークに帰属する旨及び本件各書籍を制作販売する被控訴人の行為が控訴人オークの著作権を侵害している旨の告知・流布行為の禁止を求めた事案である(なお、控訴人らは、原審の弁論準備手続期日において、被控訴人が本件書籍1ないし11の編集著作権を有する旨の確認を求める請求を認諾した。)。
(2) 原審が被控訴人の請求を、控訴人らに対し、@本件対策問題集の編集著作権が被控訴人にあることの確認と、A不正競争防止法3条1項に基づき、本件対策問題集の編集著作権が控訴人オークに帰属する旨及び本件対策問題集を制作・販売する被控訴人の行為が控訴人オークの著作権を侵害している旨の告知・流布行為の禁止を求める限度で認容し、その余の請求を棄却したところ、控訴人らが控訴した。
2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張
 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決3頁9行目の「代表取締役であり」の後に「(ただし、平成24年4月15日に辞任した。弁論の全趣旨)」を挿入するほかは、原判決「事実及び理由」第2の1及び3並びに第3記載のとおりであるから、同部分を引用する。なお、当審における控訴人らの補充主張については、後記第3(2)において、適宜触れる。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、本件対策問題集の編集著作者は、著作権法15条1項により、全て被控訴人であると認められると判断する。その理由は、次の(1)のとおり原判決を補正し、次の(2)のとおり当審における控訴人らの補充主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」第4の1及び2に記載されたとおりであるから、同部分を引用する。
(1) 原判決の補正
ア 原判決15頁4行目の「(甲46)。」を「(甲46、120、121の1ないし4、122)。」に改め、その後に「そして、被控訴人の寄附行為において、被控訴人は、漢字に関する検定試験の実施、漢字に関する講演会等の実施、漢字に関する調査研究、漢字に関する出版物の刊行等の事業を行うことが定められた(乙49、弁論の全趣旨)。」を挿入する。
イ 原判決15頁15行目に「この間の平成9年に、」とあるのを「平成9年までに、」に改める。
(2) 控訴人らの当審における補充主張に対する判断
ア 事実認定について
(ア) 控訴人らは、原判決15頁3〜4行目の認定のうち、被控訴人の設立後、書籍刊行などの業務が被控訴人に移行することが決まっていたことはない旨主張する。
 しかしながら、「現在の日本漢字能力検定協会、日本漢字教育振興会の今後について」と題する書面(甲46)には、日本漢字教育振興会につき、「書籍刊行などの主業務は、新財団に移行します。」と記載されているところ、確かに、上記書面の作成経緯や作成者は不明であるが、被控訴人において、「財団法人日本漢字能力検定協会 諸資料」とのラベルが貼られたファイルにおいて保管していたものと認められ(甲120、121)、他の記載部分を含め、その内容に不自然な点もないから、上記書面は、被控訴人の設立前に、控訴人らの関係者によって作成されたものと推認できる。したがって、上記書面等により原判決15頁3〜4行目に記載された事実が認定できるから、控訴人らの上記主張は採用できない。
(イ) 控訴人らは、原判決18頁4〜17行目の認定のうち、応用問題の割付表(甲69)を作成したのは、被控訴人従業員ではなく、編集プロダクションの株式会社エイティエイトである旨主張する。
 しかしながら、この点については、原判決26頁21行目から27頁7行目までに判示されたとおりであり、本件書籍14の制作に関し、平成20年5月28日に被控訴人従業員のBが作成したことが明らかな執筆要項(甲64)に記載された「別紙大問パターン一覧」は、甲67号証のことと考えられ、これには応用問題2種の割付けが記載されている(甲67号証の「ステップ」欄参照)から、同年9月2日に本件書籍14についての業務委託契約を締結した上記会社が割付けをなしたと認めることは困難であり、割付けをBがした旨のBの供述(証人B10頁)は十分信用できる。そして、上記甲67号証と甲69号証の記載内容を対比すれば、甲67号証に記載された「旧原稿」は甲69号証のことを指すと考えられるから、甲69号証はBが作成したものと認められ、これを上記会社が作成したとは認められない。これらによれば、控訴人らの上記主張は、Bが応用問題の割付けを行ったことを争う部分を含め、採用できない。
(ウ) 控訴人らは、原判決18頁20行目〜19頁3行目の認定に関し、Cが創作性のある編集作業を行っていたわけではないなどと主張して、Cの関与の程度を争うが、上記認定事実は、証拠(甲45)上、優に認められるところであり(なお、Cが平成6年ころアルバイトという立場であったことは認められるが、上記認定事実と矛盾するものではない。)、上記主張は採用できない。
イ 控訴人ら主張の役割分担について
 控訴人らは、本件売買契約の契約書(甲34)において、本件対策問題集等の作成製造(著作)の主体が控訴人オークと明確に定められており、控訴人オークと被控訴人との間では、製造作成(著作)は控訴人オーク、発行は被控訴人という役割分担が定められていて、控訴人オークは、これを前提として、自らの費用と計算において、本件対策問題集につき、各編集プロダクションに対し編集業務を委託し、本件対策問題集等の在庫リスクの全てを負担していたのであり、被控訴人は、本件対策問題集の製造制作に直接関わったことはないなどと主張する。
 しかしながら、原判決25頁18〜19行目において説示されているとおり、編集著作権の発生は、編集作業を実際に誰が行ったかという観点から認定すべきであり、契約の内容がこれを直ちに左右するものではない。また、編集プロダクションに対する費用を控訴人オークが負担していたことも、編集著作権の認定の根拠になるものではない。そして、被控訴人の従業員が、本件対策問題集の制作に直接関わっていたことは、前記引用部分で認定したとおりである。
 なお、控訴人らは、甲61号証のステップシリーズの3級及び4級の改訂制作についての稟議書の決裁が理事ではなく「社長」決裁となっているのは、会社である控訴人オークとしての決裁であるからであり、このことからも、本件対策問題集の製造作成を行ったのは控訴人オークであるとも主張する。しかしながら、仮に形式上は控訴人オークとしての決裁であったとしても、上記稟議書の起案者が、被控訴人における部署名である「出版部編集企画課」を肩書きとし、そこに所属する(甲44)被控訴人の従業員であるBら2名となっていること、控訴人オークと被控訴人の代表者がいずれも控訴人Aであったことに加え、執筆要項や編集要項等が被控訴人名義で作成されていたなどの引用部分(原判決22頁3〜18行目)で認定した各事実に照らすと、本件対策問題集において創作性のある編集作業を行ったのが被控訴人従業員であり、本件対策問題集が被控訴人の発意に基づき制作されたという判断を左右するに足りる事実とはいえない。
 したがって、控訴人らの上記主張は採用できない。
ウ 発意者について
 控訴人らは、本件対策問題集の発意者は、被控訴人ではなく、控訴人オーク又は同社から委託を受けた編集プロダクションである旨主張する。
 しかし、編集プロダクションが発意者であるという主張は、編集プロダクションが創作的な編集作業を行ったことを前提とするものと解されるところ、そのような前提が採用できないことは、原判決「事実及び理由」第4の2Bウ記載のとおりである。また、編集プロダクションが創作的な編集作業を行ったとは解されない以上、編集プロダクションとの業務委託契約を締結した以外には編集作業に関与したと認められない控訴人オークを、発意者と認めることはできない(なお、前記イのとおり、甲61号証の稟議書は、この点の判断を左右するに足りない。)。
 したがって、控訴人らの上記主張は採用できない。
エ 作成者について
(ア) 控訴人らは、ステップシリーズにおけるステップ式編集方針(それまで「画数順」が一般的であった漢字の配列を「50音順」に配列し、各ステップ7〜8字とした上で、ステップごとに、漢字の読み方を問う問題、応用問題2〜3類型、漢字の書き取り問題を提示するという編集方針)などの編集方針の策定こそが、本件対策問題集の編集著作物としての創作行為の中核的部分である旨主張するが、控訴人らが主張するような編集方針は、抽象的なアイデアにすぎず、編集著作物として保護される具体的な表現とはいえないから、採用できない。
(イ) 控訴人らは、本件対策問題集の制作につき最もよくそのノウハウを持っていたのは控訴人オークであり、被控訴人ではない旨主張する。
 しかしながら、前記(1)アで補正したような内容の事業を行うことを目的として被控訴人が設立され、控訴人オークにおいて漢字検定事業に従事していた従業員が被控訴人の従業員となり、被控訴人が、その後の日本漢字能力検定を主催してきたことなどに照らせば、平成4年までは控訴人オークが検定を行ってきたことなどを考慮しても、本件対策問題集の制作当時において、最もよくそのノウハウを持っていたのは被控訴人であると認められるから、上記主張は採用できない。
(ウ) 控訴人らは、被控訴人従業員が作成した編集要項や執筆要項などは、編集方針というものではなく、作問ないし編集に当たっての「要領」にすぎないものであると主張する。
 しかしながら、例えば、ステップシリーズの執筆要項(甲64)や編集要項(甲65)では、大問1の読み問題につき、問題数を24問にし、(ア)漢字表にある漢字の音訓それぞれを1回以上出題する、(イ)該当級以外の漢字、特に中学校で学習する音訓・熟字訓を優先的に出題する、(ウ)最後の4〜6問は2問ごとにくくった(同じ漢字の音読み・訓読み)ものとするという内容を、(ア)→(イ)→(ウ)の順番で出し、それぞれの中では出題順は50音順ではなくランダムにし、例文は10字以上15字以内とする、といったように、小問の内容・順序に及ぶ点まで指定されており、編集方針としての具体性を備えていると認められる。また、前記ア(イ)で検討したとおり、被控訴人従業員において、上記執筆要項の別紙という形で、大問における応用問題の割付けも決定している。これらの点に照らすと、被控訴人従業員のなした編集方針の決定が、単なるアイデアにとどまるということも、単に要領を定めたにすぎないということもできない。
 なお、控訴人らは、甲67号証は、大問パターンを編集プロダクションに呈示しているだけであり、個々のステップにおいて適切なパターンを選択するのは編集プロダクションであるとも主張するが、甲67号証において、個々のステップにおける大問パターンは選択されていると認められるから、採用できない。また、上記執筆要項等には、既刊を踏襲するとされている部分が多いが、改訂版である以上は当然ともいえることであって、結論を左右するものではない。
(エ) 控訴人らは、原稿の修正・変更作業における被控訴人従業員の関与は、「漢検合格のために最適な問題の選択と配列」という編集著作物の創作的行為に関わらない形式的事項に限られていた旨主張する。
 しかしながら、被控訴人従業員は、編集プロダクションが作成した原稿につき、被控訴人作成の執筆要項に従っているか、配当漢字が正しく使用されているか、級の難易度に合っているか、対象年齢に相応しい表現がされているかといった観点からチェックを行い、修正・変更を行ったものと認められる(原判決18頁11〜17行目)ところ、上記のようなチェックは、「漢検合格のために最適な問題の選択と配列」をするためのものに他ならない(Bも、漢検の問題として適切かどうかということに一番注意してチェックをしていた旨述べている。証人B27頁)から、控訴人らの上記主張は採用できない。
(オ) 控訴人らは、甲70号証の書面は、「作問支援システム」というソフトウェア(乙81)を使用し、検索条件を入力して機械的に抽出されたデータを基に作成したものにすぎず、編集著作物の創作に関与したものとはいえないし、これを素材として編集プロダクションが作成した原稿への被控訴人従業員の手書きの書込みは、校正の域を出ないなどと主張する。
 しかしながら、上記書面が、乙81号証のソフトウェアに検索条件を入力するだけで直ちに機械的に作成されることを認めるに足りる的確な証拠はなく、編集プロダクションに示す小問の素案として上記書面を別の編集担当者と二人で分担しエクセルで作成した旨のBの供述(証人B11頁)の信用性は否定されない。また、仮に上記ソフトウェアを利用していたとしても、抽出結果の機械的な羅列ではなく、ステップ及び大問ごとに小問をまとめるという作業がなされ、素材の選択が行われていたといえることは、原判決28頁1〜3行目で説示されたとおりである。なお、編集プロダクションによる原稿作成後に被控訴人従業員の行った作業が、単なる校正にとどまらないことは、原判決26頁4〜10行目に説示されたとおりである。
 これらによれば、控訴人らの上記主張も採用できない。
(カ) なお、被控訴人や編集プロダクションの従業員らによって行われたステップシリーズ5〜7級の改訂版制作に関する編集会議の中で、5〜7級の級ごとに各1名の被控訴人担当者を定め、編集作業は編集プロダクションが行い、進行管理は編集プロダクションに所属する者が行うという体制を取ることが決められ、進行管理担当者が議事録を作成している(甲59)。しかしながら、編集プロダクションが編集作業を行うのは当然であり、上記取決めをもって直ちに、上記被控訴人担当者が編集作業を行ったことが否定されるわけではないし、編集プロダクションの編集作業が独自の創作性を有するものと認めることもできない。また、編集プロダクション所属の者が進行管理を行い議事録を作成したことも、編集著作権の帰属に直接影響するものではない。
 また、編集プロダクションにおいて、被控訴人従業員から提供された小問データや過去問のデータに記載のない問題を作成していたこともあった(証人B13頁、証人D6頁)が、問題の作成が、被控訴人の指定した選択・配列方針に従って行われたものであり、問題内容の最終的な決定権を有していたのも被控訴人であることなどに照らせば、上記事実をもって、編集プロダクションに、被控訴人の編集方針を超える独自の創作性があったということはできない。
(キ) その他、作成者に関し控訴人らが主張する点を考慮しても、原判決の判断を左右するものではなく、本件対策問題集について、素材の選択・配列について創作性のある作業を行ったのは被控訴人従業員であると認められ、編集プロダクションや控訴人オークに編集著作権が発生したと認めることはできない。
2 被控訴人の請求について
(1) 編集著作権の確認請求について
 前記1のとおり、本件対策問題集の編集著作権は被控訴人に帰属すると認められるところ、控訴人らはこれを争っているから、この点の確認を求める被控訴人の請求には理由がある。
(2) 不正競争防止法に基づく請求について
 前記1のとおり、本件対策問題集の編集著作権は被控訴人に帰属し、控訴人オークには帰属しないと認められるから、控訴人らが、第三者に対し、その編集著作権が控訴人オークに帰属する旨及び同書籍を制作販売する被控訴人の行為が控訴人オークの著作権を侵害している旨を告知、流布することは、教材の制作・販売等において競争関係にあると認められる被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知、流布となる。したがって、不正競争防止法3条1項に基づき本件対策問題集に関し上記告知・流布行為の禁止を求める被控訴人の請求にも理由がある。
3 よって、前記2の結論と同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 小松一雄
 裁判官 遠藤曜子
 裁判官 横路朋生
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