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【事件名】バックアップソフトの著作権侵害事件
【年月日】平成24年12月18日
 東京地裁 平成24年(ワ)第5771号 著作権侵害差止請求権不存在確認等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年10月9日)

判決
原告 新高和ソフトウェア株式会社
訴訟代理人弁護士 松島淳也
同 木村貴司
補佐人弁理士 廣田恵梨奈
被告 日本テクノ・ラボ株式会社
訴訟代理人弁護士 栄枝明典
同 石井尚子
同 齋藤貴弘
同 内山浩人


主文
1 原告が行う別紙目録1記載の各ソフトウェアの製造、販売について、被告が、別紙目録2記載のソフトウェアのプログラムの複製権、翻案権及び譲渡権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
2 原告が行う別紙目録1記載の各ソフトウェアの製造、販売について、被告が、原告の上記行為が不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に当たることを理由とする同法3条1項に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文第1項及び第2項と同旨
第2 事案の概要
 本件は、別紙目録1記載の各ソフトウェア(以下「原告ソフトウェア」と総称する。)を製造、販売する原告が、被告が、原告ソフトウェアのプログラムは、被告の著作物である別紙目録2記載のソフトウェア(以下「本件ソフトウェア」という。)のプログラムを複製又は翻案したものであり、原告が原告ソフトウェアを製造、販売する行為は、被告が保有する本件ソフトウェアのプログラムの著作権(複製権(著作権法21条)又は翻案権(同法27条)及び譲渡権(同法26条の2第1項))の侵害行為に該当するとともに、被告の営業秘密である本件ソフトウェアのプログラム等の不正使用の不正競争行為(不正競争防止法2条1項7号)に該当することを理由に、原告に対し、著作権法112条1項及び不正競争防止法3条1項に基づく原告ソフトウェアの製造、販売の差止請求権を有するなどと主張しているとして、被告の上記各差止請求権の不存在の確認を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は、情報処理機器並びにその周辺機器の開発、製造、販売、保守及び賃貸、ソフトウェアの企画、開発、設計、製造、販売及び保守等を目的とする株式会社である。
イ 被告は、コンピュータソフト及び関連機器の開発・販売、ソフトウェア業等を目的とする株式会社である。
(2) 本件訴訟に至る経緯
ア(ア) 原告は、原告と被告間の平成20年8月5日付け業務委託基本契約(乙1。以下「本件業務委託基本契約」という。)に基づいて、平成22年8月ころ、被告から、CD、DVD、ブルーレイディスク等の光ディスク(記憶媒体)へのデータの書き込みからレーベル印刷(盤面印刷)までを自動で行う機能を有する装置である、いわゆる「ディスクパブリッシャー」を制御するソフトウェアの開発業務の委託を受け、同年12月ころまでに、その成果物である本件ソフトウェアを製作し、被告に納入した(乙1、18、19、弁論の全趣旨)。
 本件業務委託基本契約の7条は、「個別契約に基づき作成された成果物」の所有権及び著作権( 著作権法27条、28条の権利を含む。)は、被告が「個別契約で定める請負金額全額」を原告に支払うことによって、原告から被告に移転する旨規定している。
(イ) 被告は、遅くとも本件口頭弁論終結日(平成24年10月9日)までに、本件ソフトウェアをインストールしたディスクパブリッシャー(製品名「Bravo se Disc Publisher」等)の販売を開始した(甲5、21、乙9、10、弁論の全趣旨)。
イ 原告は、平成23年9月ころから、ディスクパブリッシャーを制御するソフトウェアである原告ソフトウェアの製造、販売を行っている。
ウ 被告の代理人弁護士は、原告の代理人弁護士に対し、平成23年12月28日付け通知書(甲1)をもって、@原告が現在被告と競合する同一のソフトウェアを販売していることは、原告が被告から「iDupli」を請け負い製作した契約に違反する違法行為であるのみならず、著作権侵害及び営業秘密侵害である、A「群刻」のソフトウェアそのものが被告の著作権及び営業秘密侵害であるが、被告とエプソンチャイナ社との間で「iDupuli」を「EPSON製PP-100」等にバンドルするとの秘密の商談の内容を知って、これを利用して自らの取引にしたことも、被告の営業秘密の侵害であり、契約違反でもあるなどと通知した。
エ 原告は、平成24年2月29日、本件訴訟を提起した。
2 争点
 本件の争点は、@原告が原告ソフトウェアを製造、販売する行為についての本件ソフトウェアのプログラムの著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害の成否(争点1)、A原告の上記行為についての不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為の成否(争点2)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件ソフトウェアのプログラムの著作権侵害の成否)
(1) 被告の主張
ア 本件ソフトウェアのプログラムの著作物性
(ア) 本件ソフトウェアは、ディスクパブリッシャーを用いて、企業内のサーバに蓄積された重要かつ膨大なデータを、光ディスクにバックアップし、それをオフライン管理し、検索や参照をする機能を備えた統合ソフトウェアである。
 本件ソフトウェアのプログラムは、@ディスクパブリッシャーを制御して、サーバに蓄積されたデータを光ディスクに保存し、閲覧するという高度かつ複雑な機能を実現していること、Aそれらの機能の実現のために約7200ステップの膨大な分量のソースコードが記述されていること、Bその記述にはVisualC++という低レベル言語が用いられ、人為的作業によるコーディング量が多いこと、C29にも及ぶソースコードのクラス分けに工夫が見られることなどからすると、本件ソフトウェアのプログラムの記述には、プログラマーの個性、すなわち表現上の創作性が認められるから、本件ソフトウェアのプログラムは、著作権法10条1項9号の「プログラムの著作物」に該当する。
(イ) 被告は、本件業務委託基本契約に基づいて、原告に対し、本件ソフトウェアの製作を委託発注し、その代金全額を支払ったから、本件業務委託基本契約の7条により、本件ソフトウェアのプログラムの著作権は、原告から被告に移転した。
イ 類似性
(ア) 本件ソフトウェアのプログラムの基本機能部分のソースコードと原告ソフトウェアのプログラムの基本機能部分のソースコードとを対比すると、双方のクラスは、その名称が若干異なっているものの(例えば、本件ソフトウェアのプログラムの「iDupli」、「panel」、「job(s)」、「monitor」、「setting」、「tool」及び「operation」が、 原告ソフトウェアのプログラムではそれぞれ「Qunke」、「box」、「project」、「listener」、「option」、「controller」及び「edit」となっている。)、内容的な違いはなく、実質的には、ほぼ1対1で対応している。
 このように両者のクラス構造が類似しているということは、両者の設計がほぼ一致していることを端的に示している。
(イ) 次に、本件ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述における表現上の創作性を有する部分と原告ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述とを、別紙1ないし12のとおり対比すると、以下に述べるとおり、両者は、同一又は類似している。
a 別紙1及び2について
(a)@ 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムのソースコードは、「IMPLEMENT_DYNAMIC(CJobsListPanel,CPanel) 」( 別紙1の左)及び「IMPLEMENT_DYNAMIC(CTasksListPanel,CPanel)」(別紙2の左) とあるように、「CJobsListPanel」や「CTasksListPanel」といった各クラスの上位クラスとして「CPanel」クラスを用意し、共通機能を当該上位クラスにまとめて、記述の重複やコーディング量を減らす等の表現上の工夫をしている。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムのソースコードは、本件ソフトウェアのプログラムのソースコードと同様に、共通機能を上位クラスにまとめて、記述の重複やコーディング量を減らす表現上の工夫をしている(「IMPLEMENT_DYNAMIC(CProjectListBox,CBox) 」(別紙1の右)、「IMPLEMENT_DYNAMIC(CTaskListBox,CBox)」( 別紙2の右))。
(b)@ 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムは、3か国言語(日本語、英語、 中国語) に対応しているところ、 表示する文字列を「LoadResString」関数(別紙1の左、別紙2の左)を用いて獲得することにより、ユーザが選択した言語を意識せずにコーディングできるよう工夫している。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、「GetString」と関数名を変えているものの、本件ソフトウェアのプログラムと同じ処理内容によって多言語化を実現している(別紙1の右、別紙2の右)。
(c)@ 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムは、「theApp.m_jobMonitor.LoadJobs()」命令( 別紙1の左) 又は「theApp.m_taskMonitor.LoadTasks()」命令(別紙2の左)で、「CTasksListPnael」オブジェクトを作成するときに、ファイルに保存してある設定項目を読み込み、 終了するときは、「theApp.m_jobMonitor.SaveJobs()」命令(別紙1の左) 又は「theApp.m_taskMonitor.SaveTasks()」命令(別紙2の左)で設定項目をファイルに保存することとし、これにより、次回の起動時に、前回の終了時の状態から再開できるようにしている。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、
「theApp.m_projectListener.LoadAllProject()」(別紙1の右)、「theApp.m_taskListener.LoadTasks()」(別紙2の右)、「theApp.m_projectListener.SaveAllProject()」(別紙1の右)、「theApp.m_taskListener.SaveTasks()」(別紙2の右)といった本件ソフトウェアのプログラムと同様の表現で、同じ機能を実現している。
b 別紙3について
(a) 表現上の創作性を有する部分
本件ソフトウェアのプログラムは、「OnSize」メソッド(別紙3の左)で、ウィンドウのサイズが変更された場合の挙動についてプログラミングしている。この挙動の種類としては、ウィンドウのリサイズを認めない方法や、縦のみ又は横のみのサイズ変更を認める方法がある中、本件ソフトウェアのプログラムは、ユーザビリティを考慮して、縦横ともに任意のサイズへの変更を認めた上、中身もリサイズする仕様としている。
(b) 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、「OnSize」メソッドを配し(別紙3の右)、本件ソフトウェアのプログラムと同様に、ウィンドウのサイズを任意のサイズにリサイズするようプログラミングしている。
c 別紙4について
(a) 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムは、多言語(3か国語)表示に対応しているが、 どの言語で画面表示するかについては、「m_cbLanguage.AddString」命令(別紙4の左)で、画面上のコンボボックスから三つの言語を選べるようにし、即時に利用言語を変更できることにより、ユーザビリティの向上を図っている。
(b) 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、「m_cbLanguage.AddString」命令(別紙4の右)を用いて、三つの言語をコンボボックスから選べるようにしている。
d 別紙5について
(a)@ 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムは、スプラッシュウィンドウ(アプリケーション起動時に表示される案内画面)をビットマップとして用意しておき、「LoadBitmap」命令(別紙5の左)で別ファイルを呼び出して表示している。これにより、プログラムに変更を加えずに、スプラッシュウィンドウのデザインを自由に変更することを可能にしている。また、スプラッシュウィンドウのサイズについても、ビットマップの画像サイズである「bmWidth」、「bmHeight」をそのままスプラッシュウィンドウのサイズとすることにより、自由なサイズのビットマップを利用できるように工夫している。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムにおけるスプラッシュウィンドウの表示の仕組みは、本件ソフトウェアのプログラムのそれと同様であり、ソースコードの表記も同じである。
(b)@ 表現上の創作性を有する部分
 どのくらいの時間スプラッシュウィンドウを表示しておくかを決めるのが「SetTimer」関数であるが、被告は、長すぎず短すぎずのバランスから、2000ミリ秒が理想的であると考え、本件ソフトウェアのプログラムにおいて「SetTimer(1,2000,NULL)」と表記している(別紙5の左)。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、「SetTimer」関数を用いて表示時間を2000ミリ秒としている。
e 別紙6について
(a) 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムは、画面に表示する文字について、「LoadResString」関数を定義・利用し、その関数中で多言語処理を行わせることによって、呼出元では使用言語を意識しないように工夫している(別紙6の左)。
(b) 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、「GetString」関数を定義し、同じように多言語処理を関数内で行わせ、呼出元では言語を意識しなくてもよいような作りとなっている。
f 別紙7について
(a) 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムの機能を設定する画面において、全ての設定項目を1画面で表示する方法もあるところ、被告は、「AddPage」命令を用いて、機能ごとにグルーピングしてタブを設け、複数のタブを切り替え表示することにより、1画面に表示される情報量を少なくし、利用者の使い勝手をよくするよう工夫してプログラミングしている(別紙7の左)。
(b) 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムも、「AddPage」命令で、タブ画面を利用している。
g 別紙8及び9について
(a)@ 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムでは、「DrawRobot」命令、「DrawInk」命令、「DrawDisc」命令でディスクパブリッシャーの状態を表示して、利用者の便宜を図るよう工夫している(別紙8の左、別紙9の左)。このうち、「DrawRobot」命令でディスクパブリッシャーのアイコンを表示し、「DrawInk」命令でディスクパブリッシャー内のインクの残量を表示し、「DrawDisc」命令で書き込み対象の光ディスクの残量を表示している。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、 「DrawPublisher」、「DrawInk」、「DrawBins」といった、上記@と同一又は類似の表現で同じ機能を提供している。
(b)@ 表現上の創作性を有する部分
 どのくらいの頻度でディスクパブリッシャーの状態を取得して画面に表示するかは、表示のリアルタイム性と処理速度とのバランスをとる上で重要であるところ、被告は、これを2000ミリ秒が最適であると考え、本件ソフトウェアのプログラムにおいて、「SetTimer」関数にて2000ミリ秒をセットしている(別紙8の左、別紙9の左)。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムも、「SetTimer」関数で2000ミリ秒と設定している。
h 別紙10について
(a) 表現上の創作性を有する部分
 ディスクパブリッシャーにセットされた光ディスクに、実際にデータを書き込もうとした場合、その書き込み開始方法として、手動で開始する方法、自動で開始する方法、自動で開始する場合についても日時を指定するのか、特定の条件により開始するのかなど、いろいろな方法が考えられる。
 この点、本件ソフトウェアのプログラムは、利用者がいちいち本件ソフトウェアのプログラムを操作しなくても書き込みが開始できる仕組みとして、@外部のコンピュータでCSVファイルを用意して、そのファイルを特定のフォルダに保存した時点で、CSVファイルの内容に従って書き込みを開始する方法(CSVジョブ)と、Aフォルダの容量を監視して一定容量を超えた際に書き込みを開始する方法(フォルダジョブ)を用意し、遠隔地からの処理や自動処理に対応する機能を備えている。そして、その機能を実現するため、「if (CSV_JOB ==m_nJobType)」と「else if (FOLDER_JOB==m_nJobType)」により処理を分けて記述している(別紙10の左)。
(b) 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムは、上記(a)と同様の機能を有し、「if (NORMAL_PROJECT==m_nProjectType) 」と「else if(FOLDER_PROJECT==m_nProjectType)」に条件分岐して処理を記述している。
i 別紙11について
(a) 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムは、
「IMPLEMENT_DYNCREATE(CCsvIDTask,CIDTask)」(別紙11の左)とあるように、タスク処理に関する共通機能について「CIDTask」にまとめて記述し、「CCsvIDTask」、「CFolderIDTask」等がクラス承継する仕組みをとっている。これにより、重複ソースコードを排除してメンテナンス性の向上を図るとともに、承継先クラスの違いを意識することなく、「CIDTask」を扱うことがきるよう工夫して記述されている。
(b) 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムも、「IMPLEMENT_DYNCREATE」命令により、共通機能を「CTask」にまとめて記述し、これを「CCsvTask」、「CFolderTask」が承継している点で、本件ソフトウェアのプログラムと同じである。
j 別紙12について
(a)@ 表現上の創作性を有する部分
 本件ソフトウェアのプログラムは、ユーザのメニューアクセス性を向上させるため、Windowsのタスクトレイにアイコンを表示し、それを右クリックするとメニューが選択できるように工夫している。それを実現するため、「AddNotifyIcon()」関数(別紙12の左)において、「OnSysHFMStart()」でホットフォルダー(監視対象先フォルダー)の監視、「OnSysJMStart()」でジョブの監視、「OnSysTMStart()」でタスクの監視の各メニューを追加している。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムも、「AddNotify()」関数の中の「OnHFLStart()」、「OnPLStart()」、「OnTLStart()」の記述によって、同じ機能を実現してる。
(b)@ 表現上の創作性を有する部分
 処理作業中に利用者がアプリケーションの終了処理を行った場合の挙動について、強制終了を認める方法、全く認めない方法等いろいろ考えられるところ、本件ソフトウェアのプログラムは、処理中のタスクがある場合に終了すると、処理途中で終了して何らかの不具合が生じる危険があることから、その危険を利用者に警告し、それでも終了するかどうかについて、利用者の判断に委ねることにした。そのため、 「if(the.App.m_taskMonitor.IsExistUnFinishedTasks()…」で、未終了のタスクがあるかどうかを確認し、 あった場合に「AfxMessageBox」命令で「There are some unfinished task(s).The exact status will lose if you close the applicaton. Are you sure to close it ?」とメッセージを表示して、「YES」、「NO」ボタンを表示し、「YES」が押された場合に終了するようにプログラミングしている( 別紙12 の左)。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムも、 「if (theApp.m_taskListener.IsExistUnFinishedTasks()」で、 未終了のタスクがあるかどうかを確認し、あった場合に「AfxMessageBox」命令で、「Unfinished task(s) exist, If you close the application you will lost the status. Are you sure to exit application?」と、ほぼ同様のメッセージを表示して「YES」、「NO」ボタンを表示し、「YES」ボタンが押された場合に終了処理をするように記述されている。
(c)@ 表現上の創作性を有する部分
 アプリケーションの終了処理に際し、ディスクへの書き込み作業等が終了する前にアプリケーションが終了し、不具合が生じてしまうことを避けるため、一定間隔で作業の終了確認を行い、終了が確認できた場合に限り、アプリケーションが終了するように工夫している。もっとも、この場合であっても、どの程度の間隔で終了確認をするのか、短すぎれば、その確認処理自体の処理の重さから、終了処理が遅れる本末転倒の事態が生じかねず、逆に確認処理間隔が長すぎれば、すでに終了処理が終わっていても、アプリケーションが終わらないという無駄な時間が生じてしまう。そこで、被告は、両者のバランスを考慮した結果、終了確認の間隔を500ミリ秒に調整し、この工夫を実現するため、本件ソフトウェアのプログラムは、「while」命令のループ処理の中で、「Delay」命令で500ミリ秒ごとに終了確認を行い、終了が確認できるまでループする処理をしている(別紙12の左)。
A 原告ソフトウェアのプログラムとの対比
 原告ソフトウェアのプログラムも、「while」文の中の「Delay」で、500ミリ秒の間隔を設定しており、その表現は、本件ソフトウェアのプログラムと同じである。
(ウ) 以上のとおり、原告ソフトウェアのプログラムと本件ソフトウェアのプログラムとは、ほとんどの部分が同一又は類似した表現となっており、相違が認められる部分は些細なものにすぎないから、表現上の本質的な特徴が同一である。
ウ 依拠
(ア) 原告は、被告からプログラム開発の委託を受けて、本件ソフトウェアのプログラムを製作し、これを被告に納入しているのであるから(前記争いのない事実等(2)ア(ア))、本件ソフトウェアのプログラムの内容を熟知していた。
(イ) 原告ソフトウェアのプログラムのソースコードには、次のとおり、本件ソフトウェアのプログラムが流用された痕跡が残っている。
a 原告ソフトウェアのプログラムの「CCsvTask」クラスのソースコード(別紙11の右)の1行目には、「// CsvIDTask.cpp…」と記述されているが、原告ソフトウェアのプログラムのクラスの名称である「CCsvTask」からすれば、ここは「// CsvTask.cpp…」と記述されなければならない。それにもかかわらず、「CsvIDTask.cpp…」と記述されているのは、原告が、本件ソフトウェアのプログラムの「CCsvIDTask」クラスのソースコードをそのままコピーしたものの、訂正し忘れたからにほかならない。
b また、原告ソフトウェアのプログラムのCMainFrame(別紙12の右・甲7の73頁)に、「/* 」、「ON_NOTIFY_EX_RANGE(TTN_NEEDTEXTW, …」、「ON_NOTIFY_EX_RANGE(TTN_NEEDTEXTA, …」、「*/」との記述があるところ、「/*」〜「*/」で囲まれた部分は、コメントとなりプログラムとしては意味のない部分となる。
 しかしながら、本来、この2行はVisual C++が自動生成するソース部分であるところ、もし、原告が一からプログラムを製作したのであれば、不要なコードが自動生成されることはありえないはずである。このように、原告ソフトウェアのプログラムのソースコードに、全く不要なコードの記述が残っているのは、本件ソフトウェアのプログラムの「CMainFrm」クラスのソースコードをそのままコピーしたこと以外には、その原因が考えられない。
(ウ) したがって、原告が原告ソフトウェアのプログラムを製作するに当たり本件ソフトウェアのプログラムに依拠したものといえる。
エ まとめ
 以上によれば、原告は、本件ソフトウェアのプログラムに依拠して、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、些細な修正、増減、変更等を加えて、原告ソフトウェアのプログラムを製作したものであるから、原告の上記行為は、本件ソフトウェアのプログラムの複製又は翻案に当たる。
 したがって、原告が原告ソフトウェアを製造及び販売する行為は、本件ソフトウェアのプログラムについて原告が保有する著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)の侵害行為に該当する。
(2) 原告の主張
ア 類似性の主張に対し
(ア) 既存の著作物の複製権侵害又は翻案権侵害を主張するには、既存の著作物と複製物又は翻案物であるとされる対象物との表現上の同一性のある部分を抽出して、その部分が創作性を有すること、つまり、対象物の表現から既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを具体的に述べなければならず、プログラムの著作物の複製権侵害又は翻案権侵害を主張するに当たっても、プログラムが果たす機能やアイデアそれ自体の共通性ではなく、自己のプログラムの表現上の創作性を有する部分、つまり、プログラムの具体的記述における創作性のある部分と、対象プログラムの具体的記述との同一性又は類似性があることを明らかにする必要がある。
 この点に関し、被告は、本件ソフトウェアのプログラムの基本機能部分のソースコードのクラスと原告ソフトウェアのプログラムの基本機能部分のソースコードのクラスとが実質的にはほぼ1対1で対応し、両者のクラス構造が類似しているということは、両者の設計がほぼ一致していることを端的に示している旨主張する。
 しかしながら、そもそも原告ソフトウェアと本件ソフトウェアとでは、実現する機能や表示画面の内容が全く異なり、原告ソフトウェアのプログラムは、行数406頁2万1488行、125のクラスで構成されているのに対し、本件ソフトウェアのプログラムは、行数172頁6847行、52のクラスで構成されており、両者の設計がほぼ一致しているとはいえない。また、仮に両者の設計がほぼ一致しているという事実があるとしても、単にアイデアが共通しているというだけで、表現が共通することを意味するものではないから、著作権侵害とは関係がない。
 したがって、原告の上記主張は、本件ソフトウェアのプログラムの表現上の創作性を有する部分が原告ソフトウェアのプログラムの表現と同一又は類似することの根拠となるものではない。
(イ) 次に、被告は、本件ソフトウェアのプログラムのソースコードと原告ソフトウェアのプログラムのソースコードの一部分を抽出して、その対比を試みているが、別紙1ないし12のとおり、両者の具体的記述は異なっている。また、両者で共通性が認められる部分は、機能又はアイデアそれ自体か、第三者(Baidu社)が提供しているオープンソースソフトウェアを利用した記述、マイクロソフト社の「Visual Studio」が自動生成するソースコードを利用した記述、その他ありふれた表現を用いたものなどにすぎず、本件ソフトウェアのプログラムの表現上の本質的な特徴を原告ソフトウェアのプログラムから直接感得できるものではない。
 具体的には、次のとおりである。
a 別紙1及び2について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムの各記述は、表現が異なる。
 また、「IMPLEMENT_DYNAMIC」は、マイクロソフト社があらかじめ用意している関数の名称(甲22)であり、この点については、創作性はない。
 さらに、被告が主張する記述の重複やコーディング量を減らす等の表現上の工夫をしているとの点(前記(1)イ(イ)a(a)@)、ユーザが選択した言語を意識せずにコーディングできるよう工夫しているとの点(前記(1)イ(イ)a(b)@)、次回の起動時に、前回の終了時の状態から再開できるようにしているとの点(前記(1)イ(イ)a(c)@)は、いずれもアイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
b 別紙3について
 被告主張の「OnSize」メソッドは、マイクロソフト社があらかじめ用意しているメソッド(甲8)であり、Visual Studioを使用するとソースコードの雛形が自動生成される。
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアの各記述は、マイクロソフト社が提供している上記ソースコードの雛形を利用したものであり、ありふれた表現である。
 また、被告が主張するユーザビリティを考慮して、縦横ともに任意のサイズへの変更を認めた上、中身もリサイズする仕様としているとの点(前記(1)イ(イ)b(a))は、アイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
c 別紙4について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムの各記述は、表現が異なる。
 また、「m_cbLanguage.AddString」という表現は共通しているが「m_cbLanguage」は、コンボボックス(combo box)で「言語」(Language)を選択するための関数であるため、combo boxの頭文字とLanguage を結合したにすぎないありふれた表現である( 甲11)。
 そして、「m_cbLanguage.AddString」は「m_cbLanguage」というありふれた関数名と「AddString」というマイクロソフト社があらかじめ用意していた関数(甲10)の関数名を文法に従って結合させたにすぎないから、創作性はない。
 さらに、被告が主張する画面上のコンボボックスから三つの言語を選べるようにし、即時に利用言語を変更できることにより、ユーザビリティの向上を図っているとの点(前記(1)イ(イ)c(a))は、アイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
d 別紙5について
 別紙5(乙4の5)は、そもそもBaidu社が広く公開しているオープンソースソフトウェア(甲11)に係る記述部分であり、原告ソフトウェアのプログラムも、本件ソフトウェアのプログラムも、上記オープンソースソフトウェアを利用しているのであるから、両プログラムに共通部分が存在するのは当然である。上記オープンソースソフトウェアに関する権利は、Baidu社に帰属していることは明らかであるから、被告が著作権侵害を主張することはできない。
 また、被告が指摘する「LoadBitmap」命令及び「SetTimer」関数は、マイクロソフト社があらかじめ用意している関数の名称(甲12、13)であり、被告が共通性を主張する部分には創作性もない。
e 別紙6について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムの各記述は、表現が異なる。
 また、上記各記述中の「CString」、「UINT」はデータの型名であり文法上の制約を受ける表現である上、「nID」という変数名もありふれた表現である。
 さらに、被告が主張する関数中で多言語処理を行わせることにより、呼出元では、使用言語を意識しないように工夫しているとの点(前記(1)イ(イ)e(a))は、アイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
f 別紙7について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムの各記述は、表現が異なる。
 また、原告プログラムでは、九つの「AddPage」命令が記述されているのに対し、被告プログラムでは四つの「AddPage」命令が記述されているにすぎず、共通する表現は、「AddPage(&m_normalPage)」、「AddPage(&m_discFormatPage)」の2行だけである。「AddPage」命令自体は、あらかじめマイクロソフト社が用意している命令(甲14)であり、引数の「&m_normalPage」、「&m_discFormatPage」もありふれた表現である。
 さらに、被告が主張する「AddPage」命令を用いて、機能ごとにグルーピングしてタブを設け、複数のタブを切り替え表示することにより、1画面に表示される情報量を少なくし、利用者の使い勝手をよくするよう工夫しているとの点(前記(1)イ(イ)f(a))は、アイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
g 別紙8及び9について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムにおける「DrawRobot」命令、「DrawInk」命令、「DrawDisc」命令に係る各記述は、表現が異なる。一致しているのは、「DrawInk(&dc)」の1行だけであるが、ありふれた表現であることは、一見して明らかである。
 次に、「SetTimer」関数自体は、マイクロソフト社が用意している関数の名称(甲13)にすぎず、ありふれた表現である。また、被告はあたかも2000ミリ秒が設定されていることに意味があるかのような主張をしているが、このパラメータは経験則により最適値が設定されるだけのことであり、表現としてはありふれている。
 さらに、被告が主張する「DrawRobot」命令、「DrawInk」命令、「DrawDisc」命令でディスクパブリシャーの状態を表示して、利用者の便宜を図るとの点(前記(1)イ(イ)g(a)@)、どのくらいの頻度でディスクパブリッシャーの状態を取得して画面に表示するかは、表示のリアルタイム性と処理速度とのバランスをとる上で重要であるとの点(前記(1)イ(イ)g(b)@)は、アイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
h 別紙10について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムの各記述は、表現が異なる。
 本件ソフトウェアのプログラムは、if文の中で、更にif文を三つ利用しているのに対し、原告ソフトウェアのプログラムでは、このような表現は使用されていない点、原告ソフトウェアのプログラムでは「GetDlgItem」命令が47回も表現されているのに対し、本件ソフトウェアのプログラムは、「GetDlgItem」命令が19回しか表現されていないなど、「GetDlgItem」命令が使用されていることを除き共通点を見出すことができないが、「GetDlgItem」命令自体は、マイクロソフト社があらかじめ用意している関数の名称(甲15)であり、ありふれた表現である。
 さらに、被告が主張する利用者がいちいち本件ソフトウェアのプログラムを操作しなくても書き込みが開始できる仕組みとして、二つの方法を用意し、遠隔地からの処理や自動処理に対応する機能を備えているとの点(前記(1)イ(イ)h(a))は、アイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
i 別紙11について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムの各記述は、表現が異なる。そもそも原告ソフトウェアのプログラムはわずか19行しかないのに対し、本件ソフトウェアのプログラムは80行で構成されている。
 「IMPLEMENT_DYNCREATE」は、マイクロソフト社があらかじめ用意している関数の名称(甲16)であり、ありふれた表現である。
 さらに、被告が主張する重複ソースコードを排除してメンテナンス性の向上を図るとともに、承継先クラスの違いを意識することなく、「CIDTask」を扱うことができるよう工夫しているとの点(前記(1)イ(イ)i(a))は、アイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
j 別紙12について
 被告の指摘する本件ソフトウェアのプログラム及び原告ソフトウェアのプログラムの各記述は、表現が異なる。
 「AddNotifyIcon()」という表現は共通しているが、これは、この関数名がありふれているためであり(甲17)、「AfxMessageBox」関数を使用している点は一致しているが、「AfxMessageBox」関数自体は、マイクロソフト社が用意している関数の名称(甲18)であり、 同様に、ありふれた表現である。また、「while」文及び「Delay」関数を使用しているという点と「Delay」関数の引数である点でも共通するが、「while」文は文法上定められた表現であり(甲19)、「Delay」関数はエンジニアが一般的に使用するありふれた関数名(甲20)である。被告はあたかも500ミリ秒が設定されていることに意味があるかのような主張をしているが、このパラメータは経験則により最適値が設定されるだけのことであり、表現としてはありふれている。
 さらに、被告が主張するユーザのメニューアクセス性を向上させるため、Windowsのタスクトレイにアイコンを表示し、それを右クリックするとメニューが選択できるように工夫しているとの点(前記(1)イ(イ)j(a)@)、「if」文で、未終了のタスクがあるかどうかを確認し、あった場合に「AfxMessageBox」命令でメッセージを表示して、「YES」、「NO」ボタンを表示し、「YES」が押された場合に終了するようにプログラミングしているとの点(前記(1)イ(イ)j(b)@)、終了確認の間隔を500ミリ秒に調整するとの点(前記(1)イ(イ)j(c)@)は、いずれもアイデアであって表現ではないから、著作権による保護の対象ではない。
イ 依拠の主張に対し
 被告の主張は争う。
ウ まとめ
 以上のとおり、被告が本件ソフトウェアのプログラムにおいて表現上の創作性を有すると主張する部分には、そもそも創作性がなく、また、上記部分と原告ソフトウェアのプログラムの表現は全く異なるから、原告ソフトウェアのプログラムは、本件ソフトウェアのプログラムを複製又は翻案したものといえない。
 したがって、原告が原告ソフトウェアを製造及び販売する行為は、本件ソフトウェアのプログラムに係る被告の複製権、翻案権及び譲渡権を侵害するものではない。
2 争点2(不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為の成否)
(1) 被告の主張
ア 本件ソフトウェアのプログラムの不正使用
(ア) 本件ソフトウェアのプログラムの営業秘密該当性
a 本件ソフトウェアのプログラムは、製作のアイデアを表すものであり、これを用いて本件ソフトウェアが製作されるのであるから、それ自体が被告の事業活動に有用な情報である。
b 本件ソフトウェアのプログラムは、その製作段階から製作担当者以外の者がアクセスしてはならない仕組みになっており、また、完成したソースコードは、被告のサーバで厳格に秘密として管理され、特別なパスワードなくしてはアクセスできない。
c 本件ソフトウェアのプログラムは、守秘義務を課された者以外に知る術がなく、公然と知られていない。
d 以上によれば、本件ソフトウェアのプログラムは、被告の営業秘密(不正競争防止法2条6項)に該当する。
(イ) 原告の不正競争行為
 原告は、本件ソフトウェアのプログラムの製作業務の遂行によって知り得た被告の技術ノウハウ、営業等の機密を保持する義務を負っていたにもかかわらず(乙1の2)、被告から顧客を奪い、被告に損害を加える目的で、被告の営業秘密である本件ソフトウェアのプログラムの表現上の創作性を有する部分(前記1(1)イ(イ))を使用して原告ソフトウェアを製造し、販売したものであり、原告の上記製造及び販売は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当する。
イ エプソンチャイナ社の製品改良検討要望事項の不正使用
(ア) エプソンチャイナ社の製品改良検討要望事項の営業秘密該当性a 原告は、被告の依頼を受けて、被告の顧客である中国法人のエプソンチャイナ社との交渉を行い、その交渉過程で、エプソンチャイナ社から、ディスクパブリッシャーについて、下記の要望事項のとおりの製品改良検討要望(以下、この要望事項を「本件要望事項」という。)を受けた。そして、エプソンチャイナ社からの本件要望事項は、エプソンチャイナ社に被告のディスクパブリッシャーを購入させるためには重要な条件であり、これを満たすことが購入の前提となるから、被告の事業活動に有用な情報である。
(要望事項)
(a) 元データ削除機能(光ディスクへのバックアップ完了後にサーバ上の元データを消す機能)の追加
(b) 分葉計算のロジックの検討(例えば、1000ファイルで1枚のディスクに入りきらないが、999ファイルまでは1枚のディスクに入るという場合に、1枚目に999ファイルを入れて、2枚目に1ファイルしか入れないとすれば、2枚目がもったいないので、このような場合に、どう動作させるかを再検討するというもの)
(c) フォルダ容量監視の開始タイミング(例えば、50GBを超えたらバックアップ開始するというトリガーが設定されているときに、100GBのデータを転送したらどのように動かすのかを精査するということ)
b 被告と原告にとってエプソンチャイナ社との交渉は、第三者に知られてはならない機密情報であり、エプソンチャイナ社からの本件要望事項は、被告において秘密として管理されていた。
c エプソンチャイナ社からの本件要望事項は、被告の依頼を受けて被告のためにエプソンチャイナ社との交渉に当たった原告の担当者以外には知られておらず、公然と知られていない。
d 以上によれば、エプソンチャイナ社からの本件要望事項は、被告の営業秘密(不正競争防止法2条6項)に該当する。
(イ) 原告の不正競争行為
 原告は、エプソンチャイナ社からの本件要望事項について守秘義務が課されていたにもかかわらず、被告から顧客を奪い、被告に損害を加える目的で、被告の営業秘密である本件要望事項を利用し、これを搭載した原告ソフトウェアを製造し、販売したものであり、原告の上記製造及び販売は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当する。
(2) 原告の主張
ア 本件ソフトウェアのプログラムの不正使用の主張に対し
(ア) 本件ソフトウェアのプログラムが被告の事業活動に有用な情報であることは認めるが、被告が本件ソフトウェアのプログラムを秘密として管理していた事実は否認する。
 また、別紙1ないし12に係る大多数の関数は、マイクロソフト社が公開している関数であり、本件ソフトウェアのプログラムのうち、これらの関数に関する情報や、オープンソースを利用したにすぎない部分は、公知である。
 したがって、本件ソフトウェアのプログラムが被告の営業秘密に該当するとの被告の主張は争う。
(イ) 原告は、前記1(2)のとおり、本件ソフトウェアのプログラムの表現上の創作性を有する部分を使用して原告ソフトウェアのプログラムを製作していないから、原告による原告ソフトウェアの製造及び販売が本件ソフトウェアのプログラムの不正使用の不正競争行為に該当する旨の被告の主張は理由がない。
イ エプソンチャイナ社の製品改良検討要望事項の不正使用
 本件要望事項が被告の営業秘密に該当するとの被告の主張は争う。そもそも、原告は、被告主張の営業秘密を「示された」(不正競争防止法2条1項7号)ことはなく、当該営業秘密を使用した事実もない。
 したがって、原告による原告ソフトウェアの製造及び販売が本件要望事項の不正使用の不正競争行為に該当する旨の被告の主張は理由がない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件ソフトウェアのプログラムの著作権侵害の成否)について
(1) 著作権法が保護の対象とする「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)をいい、アイデアなど表現それ自体でないもの又はありふれた表現など表現上の創作性がないものは、著作権法による保護は及ばない。また、著作権法上、「プログラム」とは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(同法2条1項10号の2)をいい、「プログラムの著作物」(同法10条1項9号)に対する著作権法による保護は、その著作物を作成するために用いる「プログラム言語」(プログラムを表現する手段としての文字その他の記号及びその体系)、「規約」(特定のプログラムにおけるプログラム言語の用法についての特別の約束)及び「解法」(プログラムにおける電子計算機に対する指令の組合せの方法)には及ばない(同条3項)。
 そうすると、プログラムにおいて、コンピュータ(電子計算機)にどのような処理をさせ、どのような機能を持たせるかなどの工夫それ自体は、アイデアであって、著作権法による保護が及ぶことはなく、また、プログラムを著作権法上の著作物として保護するためには、プログラムの具体的記述に作成者の思想又は感情が創作的に表現され、その作成者の個性が表れていることが必要であるが、プログラムは、その性質上、プログラム言語、規約及び解法による表現の手段の制約を受け、かつ、コンピュータ(電子計算機)を効率的に機能させようとすると、指令の組合せの具体的記述における表現は事実上類似せざるを得ない面があることからすると、プログラムの作成者の個性を発揮し得る選択の幅には自ずと制約があるものといわざるを得ない。
 一方、複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により著作物を有形的に再製することをいい(著作権法2条1項15号参照)、著作物の再製は、当該著作物に依拠して、その表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成することを意味するものと解され、また、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される(最高裁判所平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
 以上の諸点に鑑みると、原告ソフトウェアのプログラムが本件ソフトウェアのプログラムの複製又は翻案に当たるかどうかを判断するに当たっては、まず、本件ソフトウェアのプログラムの具体的記述における表現上の創作性を有する部分と原告ソフトウェアのプログラムの具体的記述とを対比し、原告ソフトウェアのプログラムの具体的記述から本件ソフトウェアのプログラムの表現上の本質的な特徴を直接感得することができるかどうかを検討する必要があるというべきである。
(2) 被告は、本件ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述における表現上の創作性を有する部分と原告ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述とを、別紙1ないし12のとおり対比すると、両者は、同一又は類似した表現となっており、相違が認められる部分は些細なものにすぎないから、 表現上の本質的な特徴が同一である旨( 前記第3の1(1)イ(イ)、(ウ))主張する。
 しかしながら、被告が主張する本件ソフトウェアのプログラムにおける表現上の工夫は、いずれも本件ソフトウェアの機能を述べるものにすぎず、それらは、プログラムの具体的記述における表現それ自体ではないアイデアであって、著作権法による保護が及ぶものではないから、その主張自体、本件ソフトウェアのプログラムの具体的記述における表現上の創作性を基礎付けるものではない。
 また、別紙1ないし12から明らかなとおり、被告が主張する本件ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述における表現上の創作性を有する部分と原告ソフトウェアのプログラムのソースコードの具体的記述とは、一部分において共通する箇所があるものの、一致しているとはいえない。
 さらに、上記共通する箇所は、原告が主張するように、第三者(Baidu社)が提供しているオープンソースソフトウェアを利用した記述や、マイクロソフト社の「Visual Studio」が自動生成するソースコードを利用した記述、マイクロソフト社が公開している関数の名称(「OnSize」、「AddString」、「LoadBitMap」、「SetTimer」、「AddPage」、「GetDlgItem」、「IMPLEMENT_DYNCREATE」、「AfxMessageBox」、「IMPLEMENT_DYNAMIC」等)の記述、コンピュータプログラムの文法上一般的に使用される表現を用いたもの(「While」文等)など、いずれもありふれた表現であって(甲8ないし20、22、弁論の全趣旨)、作成者の個性が表れているものとはいえない。
 以上によれば、被告が本件ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述における表現上の創作性を有すると主張する部分は、そもそも表現上創作性を認めることはできないし、また、被告が主張する原告ソフトウェアのプログラムの具体的記述から本件ソフトウェアのプログラムの表現上の本質的な特徴を直接感得することはできない。
 したがって、本件ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述における表現上の創作性を有する部分と原告ソフトウェアのプログラムのソースコードの記述とが表現上の本質的な特徴が同一であるとの被告の主張は採用することはできない。
(3) 以上のとおり、原告ソフトウェアのプログラムの具体的記述から本件ソフトウェアのプログラムの表現上の本質的な特徴を直接感得することができないから、その余の点について判断するまでもなく、原告ソフトウェアのプログラムが本件ソフトウェアのプログラムを複製又は翻案したものと認めることはできない。
 したがって、原告が原告ソフトウェアを製造、販売する行為が、被告が保有する本件ソフトウェアのプログラムの著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)の侵害行為に該当するとの被告の主張は理由がないから、被告が、原告に対し、著作権法112条1項に基づいて、原告ソフトウェアの製造、販売の差止請求権を有するものとは認められない。
2 争点2(不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為の成否)について
(1) 本件ソフトウェアのプログラムの不正使用に係る不正競争行為の成否について
 被告は、原告が、被告から顧客を奪い、被告に損害を加える目的で、被告の営業秘密である本件ソフトウェアのプログラムの表現上の創作性を有する部分を使用して原告ソフトウェアを製造し、販売したものであり、原告の上記製造及び販売は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当する旨主張する。
 しかしながら、前記1(3)のとおり、原告ソフトウェアのプログラムが本件ソフトウェアのプログラムを複製又は翻案したものと認めることはできず、原告が本件ソフトウェアのプログラムの表現上の創作性を有する部分を使用して原告ソフトウェアを製造し、販売したものとはいえないから、その余の点について検討するまでもなく、被告の上記主張は、理由がない。
(2) エプソンチャイナ社からの本件要望事項の不正使用に係る不正競争行為の成否について
 被告は、原告が、被告から顧客を奪い、被告に損害を加える目的で、被告の営業秘密であるエプソンチャイナ社からの本件要望事項を利用し、これを搭載した原告ソフトウェアを製造し、販売したものであり、原告の上記製造及び販売は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当する旨主張する。
 しかしながら、被告が主張するエプソンチャイナ社からの本件要望事項それ自体が被告において秘密として管理されていたことを認めるに足りる証拠はない。また、原告がエプソンチャイナ社からの本件要望事項を利用し、これを搭載した原告ソフトウェアを製造したことについての具体的な主張立証はない。
 したがって、その余の点について検討するまでもなく、被告の上記主張は、理由がない。
(3) まとめ
 以上のとおり、原告が被告の営業秘密である本件ソフトウェアのプログラムの表現上の創作性を有する部分及びエプソンチャイナ社からの本件要望事項を使用して原告ソフトウェアを製造し、販売したことが不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当するとの被告の主張は理由がないから、被告が、原告に対し、同法3条1項に基づいて、原告ソフトウェアの製造、販売の差止請求権を有するものとは認められない。
3 結論
(1) 以上によれば、原告の請求は、理由があるから、いずれも認容することとし、主文のとおり判決する。
(2) なお、被告の平成24年9月19日付け文書提出命令の申立て(平成24年(モ)第3619号)については、本訴における被告の主張内容等に鑑みれば、既に書証として提出されている原告ソフトウェアのプログラムのソースコード(甲7)のほかに、上記申立てに係る原告ソフトウェアのプログラムのソースコードの証拠調べの必要性はないものと認められるから、上記申立てを却下する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 大鷹一郎
 裁判官 高 橋 彩
 裁判官 上田真史


(別紙) 目録1
(1) 「群刻 簡易版」
(2) 「群刻 標準版」
(3) 「群刻 究極版」

(別紙) 目録2
「iDupli Bravo with Disk Publisher」

(別紙1ないし別紙12)
●(省略)●
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