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【事件名】“eco検定”対策教材の著作物性事件(2)
【年月日】平成24年12月11日
 知財高裁 平成24年(ネ)第10061号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成22年(ワ)第33497号)
 (平成24年10月11日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 株式会社IAC
控訴人 株式会社ブルーベア
上記両名訴訟代理人弁護士 高橋敬一郎
被控訴人 株式会社エフジス都市研究所
訴訟代理人弁護士 石川順子
同 白井劍


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由
 当事者の表記について、控訴人株式会社IACを「原告IAC」と、控訴人株式会社ブルーベアを「原告ブルーベア」と、被控訴人を「被告」という。第1審において用いられた略語は、当審においてもそのまま用いる。
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被告は、原告IACに対し、48万円及びこれに対する平成21年8月2日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は、原告ブルーベアに対し、209万0096円及びこれに対する平成21年8月2日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第1、2審とも被告の負担とする。
第2 事案の概要及び当事者の主張等
1 事案の概要
 原審の経緯は、以下のとおりである。
 原告らは、平成21年1月20日、被告及び株式会社同友館(以下「同友館」という。)との間において、東京商工会議所等が主催するeco 検定(環境社会検定試験)対策のためのe ラーニング講座「eco 検定最短合格講座」(以下「本件商品」という。)の制作・販売事業に関する契約(以下「本件契約」という。)を締結した。原告らは、被告が作成した原稿(以下「本件原稿」という。)に第三者の著作権を侵害する記載があり、また、被告が著作権侵害に関する調査及び報告義務を果たさなかったとして、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害金の支払を求めた。これに対し、被告は、納品した原稿の一部に第三者が作成したインターネット上の記事(ウィキペディア等)などを転用した部分はあるものの、これらは著作権侵害に当たらない、また、被告は上記契約において、具体的な調査報告義務を負うものではなく、仮にこれを負うとしても、その義務を果たしていると主張して、争った。
 原審は、
(1)ア 本件商品のような教材では、既存の著作物やこれに依拠して創作された著作物と同一性を有する部分が、関連する法令や概念の意味内容、これから当然に導かれる一般的な解釈や知見、実務上の運用、歴史的事実等から当然に導かれる事柄であったり、客観的事実についての摘示・説明にすぎない場合やありふれた表現の場合には、個性を表出することができず、表現上の創作性のない部分というべきであり、創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから、これらの説明や解説等が独自の観点からの説明や解説、あるいは整理要約がなされていたり、個性的な表現があるといった場合でないかぎり、既存の著作物の複製権あるいは翻案権侵害には当たらない、
イ 本件原稿の表現についてみると、インターネット上の記事の表現を引用している部分があるものの、いずれも@環境関連法令などの目的・由来や成立の経緯等、A法令の内容や定義、B化学物質等の定義、特性・特質、用途、影響、C統計や数値、客観的な事実、D書籍の著者や概要、Eその他環境用語の定義を、図表などを用いることなく簡潔に記載したもので、これらの表現はありふれた表現であり、第三者の著作物の著作権を侵害していると認めることはできない、
(2) 上記のとおり、本件において著作権侵害は認められないところ、被告には、著作権侵害の疑いがあるものすべてについて調査報告義務があるとはいえず、どのような場合に調査報告が必要となるのか、また、調査報告の範囲、程度等についても不明確である上、仮に原告らが主張するような調査報告義務に類する義務が一定の場合に生じる余地があるとしても、被告に同義務違反は認められない、
として原告らの請求をいずれも棄却した。
2 前提事実
 原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1 前提事実」(原判決2頁12行目ないし3頁24行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点及び当事者の主張
 次のとおり、当審における主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2 争点及び当事者の主張」(原判決3頁25行目ないし6頁19行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原告らの主張
ア 著作権侵害の存否について
 ある特定の文章が著作権法により保護されるか否かは、個別具体的に検討すべきである。客観的事実の説明文について表現の幅が狭くなることは否定できないとしても、創作性が一切否定されるわけではない。例えば、原判決別紙著作対比表13、31の「ダイオキシン」に関する記載についてみると、執筆者の主観ないし考えによって結論が異なることが示唆されており、表現の幅が広がることにより創作性が肯定される。したがって、原判決の判断は誤りである。
イ 調査報告義務違反について
 原告らが被告に対して要求した調査は、著作権法違反か否かの法的判断ではなく、インターネット上の記事をそのまま記載した原稿の有無の調査である。また、ウィキペディアなどの記事をそのまま引用することは、何らその信用性について担保されていないことを意味するから、被告が上記調査義務を懈怠することは、本件商品に対する信用性も毀損することになる。なお、被告は、原告らが平成21年6月2日に指摘した原稿の問題点について、何ら対応をせず、その後の原告らとの協議も拒絶しており、調査義務を履行していない。
ウ 予備的主張
 仮に、本件原稿が第三者の著作物の著作権を侵害していないとしても、インターネット上の記事をそのままコピー・ペーストしただけの教材を販売することが、他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たと評価される場合、公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものとして不法行為を構成することとなり、その結果、原告らの信用が毀損される。その責任は、本件原稿を作成した被告が負うべきであり、被告は、原告らに対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償義務を負う。
(2) 被告の反論
ア 著作権侵害の存否に対して
 著作権法によって保護される著作物は、その表現そのものが創作的であることを要するところ、原告らが著作物に当たると主張する、原判決別紙著作対比表13、31の「ダイオキシン」に関する記載は、いずれも用語、法律、制度の説明であり、それ自体には創作性は認められない。また、原告らの上記主張は、単にダイオキシン類の定義についての学問的思想の相違に関するものであり、表現の幅に関するものではない。さらに、ある事象の表現方法に幅があるとしても、直ちに当該表現それ自体に創作性があることにはならない。
イ 調査報告義務違反に対して
 原告らは、調査報告義務の内容について、本件原稿における著作権侵害の存否との主張から、インターネット上の記事をそのまま記載した原稿の有無の調査へと主張を変遷させている。また、本件原稿の信用性については、環境問題の専門家である被告代表者自らが確認している。なお、被告は、原告らが平成21年6月2日に指摘した原稿の問題点について、調査義務の有無にかかわらず、執筆者全員に点検と必要箇所の訂正を指示し、被告代表者自ら原稿を書き直すなどして、誠実に対応していたが、原告らとの協議の機会を設けることができないまま、訂正の時期を逸したものである。
ウ 予備的主張に対して
 他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たと評価される場合に、執筆者との関係で不法行為が成立するとしても、執筆者以外の者との関係で直ちに損害賠償義務が生じることはない。原告らは、被告の行為によって信用を毀損されていない。そもそも、原告らが主張する損害は、原稿データの加工費や販売打ち合わせに要した経費等であって、信用毀損による損害ではない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件控訴はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」(原判決6頁20行目ないし11頁21行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
1 著作権侵害の存否について
 原告らは、原判決別紙著作対比表13、31の「ダイオキシン」に関する記載について、執筆者の主観ないし考えによって結論が異なることが示唆されており、表現の幅が広がることにより創作性が肯定される、と主張する。
 しかし、原告ら指摘の上記記載は、用語の解説や、化学物質の特性、人体に対する影響等についての一般的な知見に関する部分であって(上記著作対比表)、仮に執筆者の主観ないし考え、あるいはこれに基づく結論に幅があり得るとしても、それ自体は思想、感情若しくはアイデアなど表現それ自体でない部分であり、表現自体が創作性のない既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合に著作権侵害が成立しないことに変わりはない。したがって、原告らの上記主張は採用することができず、その他、原判決の著作権侵害の存否に関する判断に誤りはない。
2 調査報告義務違反について
 原告らは、原告らが被告に対して要求した調査は、著作権法違反か否かの法的判断ではなく、インターネット上の記事をそのまま記載した原稿の有無の調査である、ウィキペディアなどの記事をそのまま引用することは、何らその信用性について担保されていないことを意味するから、被告が上記調査義務を懈怠することは、本件商品に対する信用性も毀損することになる、と主張する。
 しかし、本件契約には、被告は、本件商品の原稿データについて、「他の類似物の著作権に関わらないように・・作成しなければならない」(本件契約第6条2項)と規定されているのみであり、本件契約が民法上の準委任契約や請負契約に当たると認めることもできないから、上記契約条項や民法上の規定に基づき、被告が原告らに対し、執筆者がインターネット上の記事をそのまま原稿に記載したか否かについて包括的な調査義務を負っているものと解することはできない。また、本件全証拠によるも、本件原稿の記載自体に誤りがあると認めるに足りる証拠は存在しない。
 なお、証拠(乙13〜15、17、18、26)及び弁論の全趣旨によれば、@被告は、原告らが平成21年6月2日に指摘した原稿の問題点について、同日、原告ブルーベアの代表取締役Aからのメール及びこれに対する返信内容を、執筆者全員に転送したこと、Aこれに対し、原判決別紙著作対比表の「原稿(2−1)欄」及び「原稿(2−8)欄」の記載を執筆したBから、原稿データの取り違いをした可能性がある旨の連絡を受けたこと、B翌3日、Bから、上記原稿の訂正版の送付を受けたこと、Cにもかかわらず、本件商品の販売方法ないし本件契約の継続等を巡って原告らとの間で紛糾したため、上記訂正原稿を原告らに提供しなかったものと認められ、原告らの指摘に対して、何ら対応をしなかったとはいえない。
 以上によれば、原告らの上記主張は採用することができず、その他、原判決の調査報告義務違反に関する判断に誤りはない。
3 予備的主張
 原告らは、予備的主張として、インターネット上の記事をそのままコピー・ペーストしただけの教材を販売することが、他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たと評価される場合、公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものとして不法行為を構成することとなり、その結果、原告らの信用が毀損されるところ、その責任は、本件原稿を作成した被告が負うべきである、と主張する。
 しかし、本件全証拠によるも、原告らが本件契約を解除したとする時点において、本件商品を販売したことが、他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たと評価され、これが公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものとなっていたとか、これにより原告らの信用が毀損されたと認めるに足りる証拠は存在しない。
 したがって、原告らの上記予備的主張も失当である。
第4 結論
 以上のとおり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 芝田俊文
 裁判官 西理香
 裁判官 知野明
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