判例全文 line
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【事件名】設計図面の著作物性・特許権侵害事件
【年月日】平成24年12月6日
 大阪地裁 平成23年(ワ)第2283号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年9月13日)

判決
原告 株式会社パウレック
同訴訟代理人弁護士 朝沼晃
同 鍛治川善英
同 大野尚
被告 亘立工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 大場正成
同 小林豪


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)被告は、別紙物件目録1記載の攪拌造粒機を製造、販売してはならない。
(2)被告は、別紙物件目録1記載の攪拌造粒機の構成部品のうち別紙物件目録2記載の部品を製造、販売してはならない。
(3)被告は、その占有に係る別紙物件目録1記載の攪拌造粒機及びその構成部品のうち別紙物件目録2記載の部品を廃棄せよ。
(4)被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成23年3月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(5)訴訟費用は被告の負担とする。
(6)仮執行宣言
2 被告
 主文同旨
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア 原告は、粉体機器装置の開発・製造・販売を主たる事業内容とする株式会社である。
イ 被告は、板金加工業を主たる事業内容とする株式会社である。
(2)原告と被告との取引経過
ア 原告は、昭和53年ころから、被告に対し、原告が開発した製品やその部品等の製作を委託してきた。原告と被告は、平成16年7月1日に取引基本契約書(甲1)を交わした(以下、この契約を「本件基本契約」という。)が、本件基本契約には、以下のような条項があった(条項中、甲は原告を、乙は被告を指す。)。
 「第11条(支給情報)
 1)甲は、次の各号の一に該当するときは、発注品の一部を構成する図面、情報を乙に支給することができる(この場合の情報を以下、支給情報という。記録媒体を含む。)。
 @ 発注品の品質、性能および規格を維持するために必要な場合。
 A その他甲が必要と認めた場合。
 (略)
 4) 支給情報の著作権および所有権は甲に帰属する。(略)」
 「第26条(著作物の権利)
 1)委託業務に係る製品及び情報等の著作物(修正、改変された支給情報を含む。以下、発注情報という。)は、すべて職務上作成された法人著作物とし、甲が自己の名義で著作権及び著作者人格権を取得し、保持し、登録することについて可能なすべての法的保護を受ける権利を有する。(略)」
 「第35条(秘密保持)
 1)乙は、この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下、機密事項という。)を第三者に開示し、または漏洩してはならない。但し、次の各号のいずれかに該当するものは、この限りではない。
 @ 乙が甲から開示を受けた際、既に乙が自ら所有していたもの。
 A 乙が甲から開示を受けた際、既に公知公用であったもの
 B 乙が甲から開示を受けた後に、甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
 C 乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
 2)乙は、機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し、これ以外の目的には一切使用しない。
 (略)
 4)乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し、本業務の遂行中はもとより、その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には、一切これを提供あるいは開示しない。」
 「第36条(製作、販売の禁止)
  乙は、あらかじめ甲の書面による承諾を得なければ、自己または第三者のために外注品およびその類似品の製作、販売を行ってはならない。
 「第47条(有効期間)
 1)この基本契約の有効期間は平成16年7月1日から平成17年6月30日までとする。但し、期間満了の2か月前までに、甲または乙から書面による何らかの申し出のないときは、この基本契約と同一条件で更に1か年間更新するものとし、更新された期間についても同様とする。
 2)基本契約終了にかかわらず、‥(略)‥第36条による秘密保持義務は基本契約終了または個別契約に係る受入検査合格のいずれか遅い方の後更に5か年有効とする。」(判決注:「第36条」とあるのは、「第35条」の誤記である。)
イ 原告は、昭和54年ころから、被告に対し、原告が開発し、現在も製造、販売を続けている攪拌造粒機(製品名バーチカル・グラニュレータ。以下「原告製品」という。)の主要部分(容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置)の製作を委託することとなった。
 このような原告製品の製作委託関係は長らく続き、平成16年7月1日以降は、本件基本契約下で継続していたが、平成21年8月31日をもって、原告と被告との取引関係は終了した。
 被告は、原告製品の製作を委託されていた期間中、原告が作成した原告製品に係る設計図面(以下「原告製品図面」という。)の開示を受け、これに基づいて原告製品を製造していた。
 原告製品の攪拌羽根の形状は、別紙参考図面1記載のとおりである。
(3)原告の特許権
ア 原告は、次の特許(以下「本件特許」という。また、本件特許に係る明細書及び図面をあわせて「本件明細書」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
 特許番号 第3164600号
 発明の名称 攪拌造粒装置
 出願日 平成3年6月25日
 登録日 平成13年3月2日
 特許請求の範囲
 処理容器内に配置した回転部材に、回転方向が下り勾配となるよう傾斜している攪拌羽根を放射状に複数枚装着し、この回転部材の回転で処理容器内に供給された粉粒体の攪拌、造粒を行なう攪拌造粒装置において、上記攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させたことを特徴とする攪拌造粒装置。
イ 本件特許に係る発明(以下「本件特許発明」という。)は、次の構成要件に分説することができる。
A 処理容器内に配置した回転部材に、
B 回転方向が下り勾配となるよう傾斜している攪拌羽根を放射状に複数枚装着し、
C この回転部材の回転で処理容器内に供給された粉粒体の攪拌、造粒を行なう攪拌造粒装置において、
D 上記攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させたことを特徴とする攪拌造粒装置。
(4)被告の行為
 被告は、平成21年9月30日、フロイント産業株式会社(以下「フロイント」という。)から、攪拌造粒機の製造委託を受けた。被告は、この製造委託のもと、別紙物件目録1記載の攪拌造粒機(以下「被告製品」という。)のうち、GM−MULTI(10/25/50)及びGM−10の試作品を製作してフロイントに納品し、フロイントは、平成22年6月30日から同年7月2日まで東京ビックサイトで開催された展示会において、上記試作品を出展した。
 被告は、その後、フロイントからの委託を受け、被告製品を製造することとなったが、答弁書作成時(平成23年5月10日)までの間、フロイントは、平成23年4月、被告から納入を受けたGM−25を1台販売したのみである。
 被告製品は、処理容量の大きさが異なるものの(型番の数字は容量? )、いずれも同じ構成を有しており、本件特許発明の構成要件AからCまでを充足する(構成要件Dの充足性については争いがある。)。また、被告製品の攪拌羽根の形状は、別紙参考図面2記載のとおりである。
2 原告の請求
 原告は、被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属することから、被告製品又はその構成部品を製造、販売することが、本件特許権を侵害するとともに、原告製品図面に係る複製権又は翻案権を侵害し、さらに被告製品には、原告から被告に示された原告製品図面中の営業秘密が、被告からフロイントに不正に開示された上、使用されており、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当するとして、被告に対し、本件特許権、原告製品図面に係る著作権又は不正競争防止法3条に基づき、被告製品及びその構成部品のうち別紙物件目録2記載の部品の製造、販売の差止め並びに廃棄を求めるとともに、本件特許権若しくは原告製品図面に係る著作権侵害の不法行為、不正競争防止法4条又は本件基本契約上の秘密保持義務違反に基づき、1000万円の損害賠償及びこれに対する平成23年3月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めている。
 なお、前提事実(3)アによると、本件特許権は、平成23年6月25日、存続期間の満了により消滅している。
3 争点
(1)被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか (争点1)
(2)被告製品の製造、販売が原告製品図面の複製権又は翻案権を侵害するか
ア 原告製品図面等の著作物性 (争点2−1)
イ 複製権又は翻案権侵害の有無 (争点2−2)
(3)不正競争防止法2条1項7号該当性
ア 営業秘密性 (争点3−1)
イ 開示又は使用の有無 (争点3−2)
(4)本件基本契約上の秘密保持義務違反 (争点4)
(5)原告の損害 (争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
(1)特許請求の範囲の解釈
 本件特許発明の構成要件Bは、「回転方向が下り勾配となるよう傾斜している攪拌羽根」と規定し、構成要件Dは、このような傾斜を持った攪拌羽根について「上記攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた」と規定している。そのため、本件特許発明における攪拌羽根は、回転方向が下り勾配となるよう傾斜した基端部と、回転方向が下り勾配となるよう傾斜した基端部に対して、回転方向に先行した先端部とを備えた構成を有するものといえる。
 このような構成のもとで、@ 撹拌羽根の回転軸と直交する平面上において、先端部の外周と処理容器内側面との間に90度よりも大きな角度βを形成することにより、処理容器内側面に生成された粉粒体の固着物を先端部の外周によって削り落とし、A 攪拌羽根の回転に伴う遠心力を受けて外周方向に移動する粉粒体を先端部で案内することにより、粉粒体に円滑に上昇推進力を与えて処理容器内側面に衝突しないようにする、という作用効果が得られる。本件明細書では、上記の角度βを、処理容器内側面と先端部の前端縁との間の角度として記載しているが、上記@及びAの効果を奏する上で、先端部の前端縁が処理容器内側面と上記の角度βをなす必要はなく、先端部の外周と処理容器内側面との間に上記の角度βが形成されれば良い。
(2)被告製品の構成と充足性
 被告製品の攪拌羽根は、別紙参考図面2の示すように、該攪拌羽根の回転軸と直交する平面で切断した断面(以下「直交断面」という。)において、先端部は基端部に対して回転方向に所定角度γ’で屈曲した形状になっており、この屈曲形状は、攪拌羽根の任意の直交断面で現れる。また、攪拌羽根はこのような回転方向に屈曲した形状を有することにより、任意の直交断面において、先端部の外周と処理容器内側面との間に、90度よりも大きな角度β’が形成される。
 したがって、被告製品は、本件特許発明の構成要件Bのみならず、同Dも充足しており、本件特許発明の技術的範囲に属する(なお、原告は、構成部品の製造、販売について、間接侵害の主張をしているわけではない。)。
【被告の主張】
 構成要件Dの「攪拌羽根の先端部は基端部に対して回転方向に先行させた」の意味については、本件明細書上、「上記構成により、処理容器内側面と先端部の前端縁との間の角度は当然90°より大きくなる」と説明されている。この説明は、本件明細書の図1の角度βの図示と併せ読めば一層明白である。すなわち、先端部が基端部に対し回転方向に先行しているかどうかの判定は、先端部の前端縁が基端部の前端縁より回転方向に先行しているかどうかで決まるのであり、だからこそ、処理容器内側面(の円周との接線)と前端縁の延長線で形成する角度βに言及しているのである。先端部の後端縁の延長線と処理容器内側面の角度が何度であろうと、先端部が基端部より先行していることを決定づける要素にはならない。
 被告製品の攪拌羽根は、先端部の前端縁はほぼ基端部の前端縁と途中まで一直線となっているので、その延長線が処理容器内側面の接線となす角度はほぼ90度で、この構成は公知のものと同じである。
 したがって、被告製品は構成要件Dを充足せず、本件特許発明の技術的範囲に属しないことは明らかである。
2 争点2−1(原告製品図面等の著作物性)について
【原告の主張】
 原告製品図面、原告製品の仕様書等は、原告がその知識と技術を駆使して独自に製作したもので、著作物であることは明らかである。
【被告の主張】
 争う。
 原告製品図面に著作物性はない。
3 争点2−2(複製権又は翻案権侵害の有無)について
【原告の主張】
 被告は、原告製品図面、原告製品の仕様書等を使用して被告製品又はその構成部品の製造、販売を行っており、原告製品図面、原告製品の仕様書等に係る原告の複製権又は翻案権を侵害するものといえる。
【被告の主張】
 原告から受領した原告製品図面は全て返還済みであり、フロイントから受注した被告製品の製造には、フロイント作成の設計図面を使用している。
 また、原告製品につき仕様書と名のついた書面を受け取ったことはない。したがって、原告製品図面、原告製品の仕様書等の複製権又は翻案権が侵害される余地はない。
4 争点3−1(営業秘密性)について
【原告の主張】
(1)営業秘密の特定
 原告製品図面は、攪拌造粒機の製造方法に関する有用なノウハウの集積であり、その記載事項全部が原告の営業秘密であるし、また、仮にこれが認められないとしても、別紙ノウハウ一覧表(以下「原告主張ノウハウ」という。)は原告の営業秘密である。
(2)秘密管理性
ア 原告が被告に交付していた原告製品図面は、全部の図面が綴じられた一冊の図面集となっており、その表紙に「社外持出厳禁」などの表示がなされていた。また、原告の社内においても、設計図面の情報にアクセスできる者は限定されていたし、被告のような外部の業者に部品等の製作を委託し、図面を交付する場合は、本件基本契約と同様、その業者と秘密保持契約を締結していた。
 したがって、原告製品図面が、原告において秘密として管理されていたことは明らかである。
イ 被告は、原告が原告製品に係るノウハウを、パンフレット及び外部の研修会で自ら公表しているため、秘密管理性を欠く旨主張するが、それらで公表されている情報は、おおまかな形状などに関する情報であって、極めて限定されており、正確な寸法などを知ることはできないのであるから、これをもって秘密管理性が失われるものではない。
 また、原告は、現物についてはともかく、原告製品図面自体を、原告製品のユーザーに交付したことなどないのであるから、かかる交付があったことを理由に秘密管理性を否定する被告の主張も失当である。
(3)有用性
 原告製品図面は、それがあれば、莫大な時間と費用をかけて原告製品の現物を調査するなどしなくても、原告製品と同程度の性能を有する攪拌造粒機の製造が可能となるものであり、図面全体が有用なノウハウの蓄積といえる。
 この点、被告は、原告製品の販売によって寸法・形状・構造などが知られてしまえば、原告製品図面の有用性は失われる旨主張するが、有用性と非公知性とを混同した主張である。また、原告製品現物の入手、解析によって、これと同等の性能を有する攪拌造粒機の製造が可能なのであれば、フロイントや他の同業他社は、昭和54年以降、いつの時期かにそれを行っていたはずである。しかし、実際には、フロイントは、被告を下請けとして使うようになった平成22年に至って初めて、攪拌造粒機の製造、販売を開始した。このことは、原告製品図面が、原告製品現物の入手、解析では代替できない極めて有用なものであったことの証左である。
(4)非公知性
 原告製品図面の記載事項は、全て非公知である。被告は、リバースエンジニアリングによる調査が可能であることを理由に、被告製品の販売後は公知となる旨主張するが、仮にリバースエンジニアリングが可能であったとしても、直ちに公知であることにはならない。特に、リバースエンジニアリングに多大な費用・時間・労力がかかる場合には、それのみによって得られる情報につき公知とすべきではなく、実際に適法にリバースエンジニアリングがなされた後、その結果が適法に公開されて初めて、情報は公知のものになると解すべきである。
 原告製品は、1台数百万円から数千万円する製品であり、そのノウハウを入手するためには、膨大な時間と費用を費やして解析することを要するのであるから、かかる場合に該当する。
(5)リバースエンジニアリングによっても知ることのできないノウハウ 原告製品図面の有用性及び非公知性に関する以上の主張が仮に認められないとしても、少なくともリバースエンジニアリングが不可能なノウハウというべき原告製品図面記載の公差、ベッセルの底・壁の厚みの最低値及びベッセルの稜線は、原告の営業秘密である。
ア 公差について
 公差は製作寸法の上限及び下限を取り決めたものであり、製作に用いられる工作機械などの加工精度のばらつきの許容範囲として、図面に記入される。攪拌造粒機は、医薬品等の製造に用いられる機械であり、汚染及び品質低下を防止するための性能が高度に要求されるが、原告製品図面中の別紙原告オリジナル公差指摘図記載の公差も、そのような要求に応えるためのノウハウの1つである。
 たとえば、チョッパーのブレード、ローターと回転軸とのはめあいや、ディスチャージプラグのように複数の構造部品が組み合わされる部分のはめあい公差は、他の産業機械で用いられるようなJIS規格などで一般化されている公差とは全く異なる値が採用されており、本来の機能を保持しながら、原則手作業で行われる装置の分解・洗浄などのメンテナンスが容易に行えるように、また、そもそも異物となりうる原料粉体の侵入・堆積が発生しないように、ユーザーからのクレーム対応やフィードバックの集積を踏まえた実験・試作を重ねた結果、最適と考えられる値が図面に記載されている。つまり、一般的なガイドラインなどから導き出されるような数値ではなく、原告の長年にわたる試行錯誤の集積から得られたもので、その有用性は明らかである。
 このように公差は一定の許容幅であるから、原告製品の現物の実測から特定するためには、実際に市場に出回っている装置の無数の部品を測定し、統計的な分析を行うことが必要であるところ、リバースエンジニアリングをもってしても現実的には不可能であるから、その非公知性も明らかといえる。
イ ベッセルが「製缶もの」であることによるノウハウについて
 攪拌造粒機のベッセルは、いわゆる「機械加工もの」ではなく、「製缶もの」であり、まず図面上の寸法よりも必要性に応じて大きめ又は小さめに製作し、その後に板金・溶接・切削・研磨を行って、製品を完成させる。
 このような「製缶もの」では、図面上の記載と実際の製品とが必ずしも一致せず、完成品の現物を入手して分析しても、その元になった図面を作成することは極めて困難であり、現実的には不可能である。
 したがって、原告製品のベッセルに関する以下の情報は、非公知のノウハウといえる。
(ア)ベッセルの底及び壁の厚みの最低値
 原告製品につき、原告製品図面で描かれている「VG−100」型のベッセルの底及び壁の厚みは、素材寸法が9o程度であり、この9oの素材を加工して「缶」の形にした後、板金・溶接・切削・研磨といった作業を行う。そして、それらの仕上加工が行われた後の最低厚みとして、7oという数値が、原告製品図面上指定されているが、実際の原告製品「VG−100」型での寸法は7oとは限らず、7から9oまで幅があり、多くの製品においては8o程度となっている。そのため、原告製品図面に記載された7oという最低厚みは、リバースエンジニアリングでは判明せず、非公知であることが明らかである。
 また、ベッセルの底及び壁の厚みは、ベッセルの強度、熱伝導効率、熱ひずみなどの要素の微妙なバランスの上に「最低7o」という値が決定されており、これが有用性を有する情報であることも明らかである。
(イ)ベッセルの稜線
 原告製品図面上、底部から145oの高さまでは、ベッセルの壁は垂直となっているが、そこから上は、壁が垂直ではなく、ベッセルの中心に向かって斜めとなっている。このような構造は、原告の長年の試行錯誤によって、最も攪拌効率が高く、かつ、ブレードの取り外しが容易で洗浄もしやすい形状であることが判明したものであって、原告にとって有用なノウハウである。
 ところが、この「底部から145o」という数値は、ベッセル内部において溶接・切削・研磨などの仕上げ加工を行う前でしか測定できない数値であり、完成した製品においては測定できない。なぜなら、溶接・切削・研磨などの仕上げ加工前であれば、ベッセルの壁が垂直から斜めになっている線(稜線)は明確であるが、溶接・切削・研磨などの仕上げ加工後は、缶が丸みを帯びるため、稜線は識別不可能となっているからである。よって、ベッセル底部から145oの高さまでは壁が垂直であり、それより上はベッセルの中心に向かって斜めとなっているという事実は、リバースエンジニアリングによっては判明しない非公知のものといえる。
(6)ノウハウの帰属
 原告製品図面は原告が作成したものであって、被告はその製作には関与していないのであるから、原告製品図面に記載されているノウハウは、全て原告のノウハウである。
 この点、被告は、攪拌造粒機の設計図面に基づく製造・組み立ては、被告自体の技術により行ってきたなど、あたかも原告の主張するノウハウが被告のものであるかのように主張する。しかし、原告は被告と30年以上にわたって取引を行ってきたが、被告自身が攪拌造粒機の図面を作成したことなど一度もなく、被告は全て原告の指示に従って板金加工等を行ってきたに過ぎないのであるから、原告製品図面上のノウハウが被告に帰属すると見る余地はない。
【被告の主張】
(1)営業秘密の特定と非公知性
 原告は、原告製品図面全体が営業秘密である旨主張するが、およそ現存する機器は長年にわたって先人が開発してきた技術の集積の上に成り立つもので、図面の内容全部が自社ノウハウの集積だという考え自体、非現実的であり、失当である。
 一方、原告は、原告主張ノウハウをもって営業秘密であるとも主張する。しかし、それらの重要部分は、パンフレットや外部の研修、さらには自社工場の見学案内を通じて原告自らが公開している。しかも、原告は、特段の守秘義務を買主に負わせることなく原告製品を販売し、誰もが原告製品の現物を入手できる状態に置いており、その現物を分解すれば、外観のほか機構、部品に至るまで形状、寸法は全て知ることができたのであるから、譲渡時点で原告主張ノウハウは公知となったものと解される。
 原告は、リバースエンジニアリングが可能であるからといって直ちに公知と解すべきではない旨主張するが、そのような主張が該当するのは、ロボットの制御機能などのように完成品の構造や作動状態からは詳細なノウハウが分からない製品についてであり、被告製品のような機械装置では、現物を入手すれば全て分かるのであるから、原告の主張は当たらない。
 したがって、原告製品の標準設計である原告製品図面で、第三者にとって技術的に価値があるような情報は全て公知となっているといえる。
(2)秘密管理性
 被告は、原告から、製作図面を全て秘密に管理せよという特段の指示を受けたこともなく、明確な契約条文の規定もない。
ア 原告及び被告間の本件基本契約35条(秘密保持条項)には、フロイントと被告間の契約とは異なり、明確な図面管理の規定はなかった。営業秘密の対象が特定されていない以上、被告との関係で秘密管理の対象となっていたとはいえない。
イ 一方、原告は、原告製品図面自体に守秘義務を課す記載があったと主張するが、事実に反する。
 原告が特許出願中の発明につき、公開公報又は現物の展示まで、社内で秘密管理をしていたことは事実であろうが、それが社外の者に適用されるとか、時間の経過と無関係に存続するという主張は通用しない。
 また、原告が原告製品につき、パンフレットや外部の研修、自社工場の見学案内でノウハウを公開してきたということも、秘密管理性を否定する事情である。
(3)有用性
 装置各部の寸法・形状・構造に何らかの技術的意味があるのは、原告製品に限ったことではないが、それらの全てが原告の創作した価値ある技術であるはずがない。
 また、別紙ノウハウ一覧表に記載されている寸法・形状・構造について、その開発過程で原告が主張するような努力・困難があり、ノウハウや研究成果が具現されたものであるとしても、これを具現した装置が、自らの広報活動や販売行為によって公知になれば、もはや有用な秘密情報でなくなるのは当然である。
(4)被告製品の図面と一致する旨主張されている事項
 原告が非公知のノウハウで、かつ、被告製品の図面と一致すると主張する事項につき、有用性を中心に以下のとおり反論する。
ア 公差
 公差数値の設定に関しては、JISや機械製図マニュアル(乙10)など多数の解説、指針があり、加工対象や加工方法により分類されて標準化されている。原告製品図面では、軸と穴のはめあいに関するものが多いものの、別紙原告オリジナル公差指摘図で挙げられた部位は、軸と穴の径の差が1oもあり、はめあい公差で規定するような厳密な公差値(ミクロン単位の数値で示される。)を必要とする部位ではない。原告は、JIS規格のはめあい公差ではなく、自社独自の公差を設定している旨主張するが、単に一般的な削り加工寸法の普通許容差を適用しているだけで、はめあい公差の数値と異なるのは当然である。原告の説明は、実際に公差値を決めたときの事実に基づいているとは考えられない。
 また、通常、設計者が製作図面に公差を記載する際には、JIS規格の表で示された数値を適用したり、設計者の会社で既に製作している他の製品等で設定された類似の数値を参考に公差を記載する場合が多いが、現実の製品では、JIS規格も参考にしながら、部材の性質・寸法などに応じ、公差の数値や範囲をより厳格にしたりゆるやかにしたりすることもある。しかも、そのように現物に即して公差の数値を定めることは、設計者よりも、実際に現物のはまり具合を確認しながら製作・仕上げをくり返してきた製造作業員の熟練した技術と経験に頼るところが大きいのである。
 要するに、原告が指摘する公差は、原告が創作した独自の貴重な技術情報などではなく、誰でも入手でき使用できる一般的なガイドラインなどの示す基準値を参考として適用したものに過ぎない。
イ ベッセル底の厚み、スクリューの逃げの角度、ベッセルの稜線
 原告は、ベッセルの底の厚みは7oと原告製品図面に書いたが、実際の製品には7oから9oと寸法の幅があり、現物は8o位であるというのであるから、7oという幅が有用性のある貴重な技術情報でないことを自認しているに等しい。
 スクリューの逃げは製作上の都合によるものであるが、45度にする必要も必然性もないという原告の主張はそのとおりで、40度でも50度でも不都合はない。ただ、この程度の角度は、決まりのよい45度と記載するのが自然だというに過ぎず、45度という角度が有用性のある貴重な技術情報とはいえない。また、この角度は原告自身も自ら公表した図面(乙4の45図)からも知り得ることであり、非公知性もない。
 また、稜線につき、ベッセルの底部から145oという高さは、実測して幾何学的に解析すれば当然割り出せる数値である。
(5)製造ノウハウの帰属
 また、原告は、被告に対して製造ノウハウも教示したように主張するが、全く事実に反する。製作図面がなければ製造できないのは当然であるが、如何にして図面のとおり製造するかは、板金加工の方法に関する技術であり、被告に属するものである。
5 争点3−2(開示又は使用の有無)について
【原告の主張】
 被告は、本件基本契約期間中に原告から示された原告製品図面をフロイントに交付し、これによって前記4で主張した営業秘密をフロイントに開示した。そして、フロイントはこの営業秘密を使用して被告製品の図面(以下「被告製品図面」という。)を作成し、被告は被告製品図面に含まれている当該営業秘密を使用して被告製品を製造しているものである。
 被告が原告製品図面をフロイントに交付したことは、原告製品図面における原告独自の寸法、スクリューの逃げ角度、公差設定や表現方法(溶接部分、バフ仕上げ)で、原告製品の現物を精査しても判明しないものが、被告製品図面においても共通に認められ、さらに実線で表記すべき部分を波線で表記するという誤りまで共通していることから明らかである。
 したがって、被告は、原告から示された営業秘密を、不正の利益を得る目的で使用し、又は開示したといえる。
【被告の主張】
 被告は、フロイントに、原告製品図面の原本又はコピーを渡したことも見せたこともない。被告は、本件基本契約が終了する平成21年8月末日より前に、原告から受け取っていた図面をコピーも含めて全て返還したものであるのに対し、被告がフロイントから委託を受けた後、被告製品図面の初版を示されたのは、同年10月以降である。フロイントは、自ら収集した資料を参考にし、自身の設計として被告製品図面を別途作成したものである。
 一方、被告は、フロイントから、被告製品図面を作成するに当たり、相談を受けたので、設計どおりの製造をするために、製造者の立場から、若干の図面訂正に至るような助言をした。その中で、溶接部の表示や実線・点線の使い分けなどについても、一般に用いられるものの中の選択と好みの問題として、被告の作業員が慣れている表示に訂正された。また、公差についても、被告がフロイントから相談を受け、助言や提案をしたことがあるが、これは被告自身が有する板金加工技術と経験による助言・提案である。原告は、この公差が偶然に一致することはあり得ない旨主張しているが、技術が同程度の設計者が設計し、一定レベルの製造業者が関与をして定める公差が近似したり一致したりする可能性は寸法・形状より一層高くなるのが自然であり、全て相違するという方が不自然なほどである。公差の一致箇所は、原告が主張するほど多くはなく、これらの一致点をもって、被告製品図面が原告製品図面を引き写したという裏付けとはなり得ない。
6 争点4(本件基本契約上の秘密保持義務違反)について
【原告の主張】
 前記4及び5で主張したとおり、被告が原告の営業秘密をフロイントに開示し、被告製品の製造に使用したことは、原告との本件基本契約35条に定められた秘密保持義務に違反するものである。
【被告の主張】
 本件基本契約35条の「甲の技術上および営業上の秘密」は、不正競争防止法2条6項の営業秘密の定義に従うべきであるところ、前記4及び5で主張したのと同様の理由により、被告に本件基本契約35条に定められた秘密保持義務違反がないことは明らかである。
7 争点5(原告の損害)について
【原告の主張】
 被告は、被告製品又はその構成部品を製造、販売することによって、利益を得ており、その額は少なくとも1000万円を下るものではないが、同額をもって原告の被った損害額と推定される(特許法102条2項、著作権法114条2項、不正競争防止法5条2項)。
【被告の主張】
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 本件訴訟提起の経緯
 前提事実及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
 原告は、昭和53年ころから、被告に対し、原告が開発した製品やその部品等の製作を委託してきた。しかし、平成16年7月1日に締結した本件基本契約36条によると、被告は、原告の承諾なくしては、自己又は第三者のために外注品の製作、販売をすることができなかった。被告は、このことについて、不利な取引条件を強いられていると考え、平成21年8月31日に製品を納入したのを最後に、原告との取引を停止し、同年9月30日、フロイントとの間で、攪拌造粒機の製造委託契約を締結した。
 フロイントは、平成22年6月30日から同年7月2日まで開催された展示会において、被告の製造した試作品を出展した。
 原告は、上記試作品を発見した結果、原告製品と被告製品に別紙共通点一覧表記載の共通点があると判断し、本訴を提起するに至ったが、そのように判断した根拠としては、上記展示会において試作品を目視確認したことと、被告製品のウェブサイト及びパンフレットに記載の情報を確認したことしか主張しておらず(訴状)、提訴後、被告に対し、被告製品の構成の開示等を求めている状況にある。
 なお、当初の請求には、本件特許権とは別の特許権(特許番号3162135)に基づくものも含まれていたが、これについては後日取り下げた。
2 争点1(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
(1)本件明細書には以下の記載がある(甲9)。
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、医薬品、食品業界をはじめ粉粒体の処理工程が必要とされる産業界において、粉粒体の混合、造粒等を行なう際に使用される攪拌造粒装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】粉粒体の混合、造粒等を行なう攪拌造粒装置は、図2に示すように、略円筒状の処理容器(1)内に、ノズル(2)、チョッパー(3)、回転部材(4)を配置して構成している。このうち、回転部材(4)は、図6の平面図に示すように、回転軸に回転方向が下り勾配となっている攪拌羽根(10)を放射状に複数枚取り付けて構成している。
【0003】上記構成において、回転部材(4)が回転すると、処理容器(1)内に仕込まれた原料粉体も攪拌羽根(10)に跳ね上げられながら回転する。この結果、粉粒体には上昇推進力と遠心力が作用し、この上昇推進力と遠心力の作用によって粉粒体は処理容器(1)内の壁面上を旋回しながら図2の点線で示すような攪拌運動を繰り返す。この時、ノズル(2)から結合剤を滴下又はスプレーすることによって、原料粉体が攪拌されながら適度に凝集し、この結果、所望の粒径を有する造粒物が形成される。尚、造粒の際に発生するだま(塊)は、回転するチョッパー(3)で破砕されていく。
【0004】このようにして、処理容器(1)内に仕込まれた原料粉体は、回転部材(4)による転動造粒作用とチョッパー(3)による破砕造粒作用の組合せで攪拌され、所望の粒径に造粒されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】上記攪拌造粒装置においては、回転部材の回転に伴って粉粒体には遠心力が作用するから、この遠心力で粉粒体は半径方向に移動して処理容器内側面に衝突する。ところで、上記造粒工程では、液体の結合剤を添加していることから、原料粉体は常時湿潤しており、このような湿潤した粉粒体が処理容器内側面に衝突すると、粉粒体は上昇せずに壁面に固着し、これが繰り返されて処理容器(1)内側面に層状の固着物が構成されてしまう。この時、図6に示すように、処理容器(1)内側面と、攪拌羽根(10)の前端縁との間の角度(α)は、90°より小さいことから、上記層状の固着物は、攪拌羽根(10)の先端部分で内側面に押しつけられる形になり、このことから固着物がさらに強力に処理容器(1)内側面に固着してしまう。
【0006】また、このような固着物の生成により、図2に示すような粉粒体の円滑な攪拌運動が阻害され、粉粒体の流れが悪くなる。この結果、後続の処理容器底面付近にある粉粒体が処理容器底面上に停留し、このように停留した粉粒体上を攪拌羽根(10)が通過すると、粉粒体は、攪拌羽根(10)の下端縁(11)で処理容器(1)底面に強く押圧され、処理容器(1)底面に固着してしまう。
【0007】このように従来の攪拌造粒装置では、処理容器内側面及び底面に多量の固着物が生成されるため、所望の粒径を有する造粒物の収率が低下するだけでなく、壁面から固着物を剥離する作業も必要となることから生産性が低下してしまう問題があった。
【0008】上記問題点の解決を図るため、従来では、回転部材の回転数を低くして粉粒体に作用する遠心力を弱めたり、或いは、図7に示すように、攪拌羽根(10)の先端部に垂直部材(12)を装着して処理容器(1)内側面への固着物の生成の低減を図っていた。しかし、前者では低い回転数のために生産性が低く、また、後者では粉粒体に積極的に上昇推進力を与えていないので図2に示すような粉粒体の攪拌運動が円滑に行なわれず、結果的に造粒性が悪くなって造粒物の生産性が低下していた。
【0009】本発明は上記問題点に鑑み、処理容器内側面及び底面への固着物の生成を低減し、これによって造粒物の収率を向上させて造粒作業の生産性を向上させる攪拌造粒装置を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため、本発明は、処理容器内に配置した回転部材に、回転方向が下り勾配となるよう傾斜している攪拌羽根を放射状に複数枚装着し、この回転部材の回転で処理容器内に供給された粉粒体の攪拌、造粒を行なう攪拌造粒装置において、攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた。
【0011】
【作用】上記構成により、処理容器内側面と先端部の前端縁との間の角度は90°より大きくなる。従って、先端部の外周面が、処理容器内側面に生成された固着物を削り落とす作用を呈するようになる。また、遠心力を受けて円周方向に移動した粒子は、攪拌羽根の先端部に案内されて円滑に上昇推進力を与えられ、処理容器内側面に衝突せずに上昇する。従って、処理容器内側面上での固着物の生成量が減少する。
【0012】
【実施例】以下、本発明の実施例を図1乃至図5を参照して説明する。
【0013】図2に示す攪拌造粒装置は、上方を小径とする略円筒状の処理容器(1)内に、結合剤を滴下又はスプレーするノズル(2)と、チョッパー(3)と、回転部材(4)とを配置して構成する。
【0014】回転部材(4)は、図1に示すように、基部(8)に、回転方向に20〜60°程度の下り勾配を有する複数枚の攪拌羽根(5)を放射状に装着して構成する。夫々の攪拌羽根(5)には、中心から先端部にかけての2/3〜3/4程度のところで回転方向に10〜60°程度先行させた先端部(A)を構成しておく。この結果、処理容器(1)内側面と先端部(A)の前端縁との間の角度(β)は90°よりも大きくなる(β>90°)。尚、この時の先端部(A)と先行させてない攪拌羽根(5)の基端部(B)とでは、その下端縁(7)が同一平面上にあり、かつ、下り勾配も同一角度である。」
【図1】本発明に係る攪拌造粒装置の平面断面図、及び攪拌羽根のC−C線での断面図である。
 (【図1】省略)
【図6】従来の攪拌造粒装置の平面断面図、及び攪拌羽根の断面図である。
 (【図6】省略)
(2)「攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた」(構成要件D)の解釈
ア 特許請求の範囲の文言
 「攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた」(構成要件D)との文言からは、「攪拌羽根」の回転軸から遠い部位である「先端部」が、回転軸に近い部位である「基端部」と比べて「回転方向に先行」している、つまり、回転方向を前、逆方向を後とし、回転軸の上から見たときに、「基端部」の前端縁(前記1図1のC−C断面図7の部分)の延長線よりも、「先端部」が前に出ている形状が求められていると解される。
イ 本件明細書の記載
 本件明細書の記載(前記(1))によれば、本件特許発明は、「攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた」構成とすることで、攪拌羽根先端部の前端縁(上記アと同様、回転方向を前、逆方向を後とした場合の前端縁)の延長線と処理容器内側面の接線(攪拌羽根先端部の前端縁の延長線と処理容器内側面との交点における接線)との間の角度を90度よりも大きくし、その結果として、攪拌羽根先端部の外周面が処理容器内側面に生成された固着物を削り落とすとともに、遠心力を受けて円周方向に移動した粒子を、処理容器内側面に衝突しない方向へと案内するという作用効果を得るものである。
 このような作用効果からも、「攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた」とは、「基端部」の前端縁の延長線よりも、「先端部」が前(回転方向)に出ており、「先端部」の前端縁の延長線と処理容器内側面の接線との間の角度が90度よりも大きい構成を求めているものと解される。
ウ 小括
 以上からすると、「攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた」とは、「攪拌羽根」の回転軸から遠い部位である「先端部」が、回転軸に近い部位である「基端部」の前端縁よりも前(回転方向)に出ており、「先端部」の前端縁の延長線と処理容器内側面の接線との間の角度が90度よりも大きい構成を意味すると解するのが相当である。
(3)被告製品の充足性
 被告製品の攪拌羽根の形状は、別紙参考図面2記載のとおりであるところ、その前端縁(回転方向の縁)は、回転軸付近から処理容器内側面にかけてほぼ真っ直ぐで、「先端部」が「基端部」の前端縁の延長線よりも前(回転方向)に出てはいない。そのため、上記のとおり解される「攪拌羽根の先端部を基端部に対して回転方向に先行させた」(構成要件D)を充足しているとはいえない。
(4)小括
 以上より、被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属さず、特許権侵害に関する原告の主張は採用できない。
3 争点2−1(原告製品図面等の著作物性)及び争点2−2(複製権又は翻案権侵害の有無)について
(1)原告は、原告製品図面等が著作物であることを前提に、被告が原告製品図面を使用して被告製品又はその構成部品の製造、販売を行っており、原告製品図面に係る原告の複製権又は翻案権を侵害する旨主張するが、次に述べるとおり、いずれも理由がない。
(2)原告製品図面の著作物性
 本件で原告製品図面であるとして提出された設計図面(甲13)は、通常の作図法に従って記載されているところ(甲13、弁論の全趣旨)、原告は、上記設計図面のうちどの部分が著作物性を有するのか、また、その理由について、具体的な主張をしていない(前記第3の2、3に摘示した主張が、著作権侵害に関する原告の主張の全てである。)。
 したがって、原告製品図面は、著作権法上の著作物といえない。
(3)原告製品図面の複製、翻案
 また、原告は、被告製品又はその構成部品の製造が、原告製品図面の複製又は翻案であると主張しているが、著作物たる「学術的な性質を有する図面」(著作権法10条1項6号)であっても、これに従って製品を製造することは、建築物の場合(著作権法2条1項15号ロ)を除き、複製や翻案には当たらないと解される。
 したがって、被告が被告製品又はその構成部品の製造、販売をすることが、図面に係る原告の著作権(複製権、翻案権)を侵害すると見る余地はない。
(4)仕様書等について
 原告は、原告製品図面と並んで、原告製品の仕様書等の著作権侵害も主張するが、原告製品に関する仕様書等で著作物性を有するものが存在すると認めるに足りる証拠はない。
(5)小括
 したがって、いずれの観点からも、著作権侵害に関する原告の主張が採用できないことは明らかである。
4 争点3−1(営業秘密性)及び争点3−2(開示又は使用の有無)について
(1)原告主張ノウハウ
ア 原告は、原告製品図面に記載された原告主張ノウハウが、原告の営業秘密に該当する旨主張する。
 しかし、原告主張ノウハウは、別紙ノウハウ一覧表記載のとおり、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で、原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして、このような形状・寸法・構造を備えた原告製品は、被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けた平成21年9月30日よりも前から、顧客に特段の守秘義務を課すことなく、長期間にわたって販売されており、さらには中古市場でも流通している(乙3、乙5の1〜3、乙7)。
 そのため、原告主張ノウハウは、被告がフロイントからの製造委託を受ける前から、いずれも公然と知られていたというべきであり、「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)には該当しないといえる。
イ 原告は、原告主張ノウハウである形状・寸法・構造が、原告製品の現物から実測可能であったとしても、そのことから直ちに公知になると解するべきではない旨主張する。
 確かに、一般にある製品が市場に流通しているからといって、その製品が内包するノウハウが一律に公知となるわけでない。しかし、前述したとおり、原告主張ノウハウは、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり、それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないのであるから、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売され、市場に流通したことをもって、公知になったと見るほかない。
 原告の主張は、実測が可能な製品形状などについて、特許や意匠登録を受けることなく自社のみが独占できるとするに等しく、採用できない。
(2)公差、ベッセルの底・壁の厚みの最低値等
ア 公差
 公差とは、設計図面に表示された寸法と実際の機械加工での寸法との差異として許容される範囲を示した数値である。図面に別段の記載がない場合の公差は「普通許容差」と呼ばれ、JISでは加工対象や加工方法などに応じて、普通許容差を規定している(乙11)。
 原告は、原告製品図面に記載された公差につき、自社に蓄積された経験やデータに基づいて、JIS規格とは異なる独自の数値設定をしており、かつ、原告製品の現物から知ることはできない情報であるから、原告の営業秘密である旨主張する。
 しかし、公差については、「高い精度を要求するほど、製作が難しくなる」(乙12)など、実際に加工を行う者の加工技術とも切り離すことができない事項である上、加工対象や加工方法に応じた自社独自の普通許容差表を備える加工業者も存在しており(乙13の1・2)、個別の製品における公差を決するに当たっては、JISなどの一般的な標準や指針とあわせ、加工業者の経験や知見も重要といえる(乙9)。そのため、原告製品図面に記載された公差が、原告製品独自に採用された数値であり、攪拌造粒機の製造に当たって有用な情報であったとしても、原告製品図面を作成した原告のみが独占的に有するノウハウと解すべきではなく、実際に原告製品又はその部品の加工作業を数十年にもわたって行ってきた被告に帰属すべき板金加工ノウハウの一部も成すというべきである。
 したがって、攪拌造粒機の製造に当たって各部品で許容される公差につき、原告製品図面上の数値に有用性があり、かつ、被告がこれと同じ数値をフロイントに伝えていたとしても、自社に帰属する板金加工ノウハウの一部を開示したに過ぎず、原告との関係で不正競争行為(不正競争防止法2条1項7号)に当たるものではない。
イ ベッセルの底・壁の厚みの最低値等
 原告は、原告製品の構成部品のうちベッセル(甲13の8〜11頁)につき、図面上の数値や形状は、板金・溶接・切削・研磨後の最低値、あるいは、それら行程前の直線的形状のみを表示するため、図面上の寸法・形状と実際の寸法・形状とには差異がある、そのため原告製品の実物からは原告製品図面上の寸法・形状を知ることはできず、非公知のノウハウに当たる旨主張する。そして、その具体的事項として、原告製品図面上ではベッセルの底及び壁の厚みは最低値である7oと記載されているが、実際の原告製品では7〜9oとばらつきがあること、原告製品図面上ではベッセルの壁が底部から145oまでは垂直で、それより上部は斜めとなっているが、実際の原告製品は溶接・切削・研磨などの仕上げ加工によって丸みを帯びており、その稜線は識別不可能であることを指摘する。
 しかし、原告製品図面上でのそれら数値及び形状につき、原告製品の実測から知ることが困難であることは確かであるにせよ、原告がそれら数値及び形状に含まれているとするノウハウ自体は、原告製品そのものの寸法及び形状にも当然具現化されることになるのであるから、原告製品自体の販売、流通によって、やはり公知になったものといわざるを得ない。
 また、原告の主張からも、ベッセルの底及び壁の厚み等は、攪拌造粒機として、原告製品図面記載どおりの寸法及び形状が要求される部位ではないのであるから、原告製品図面上の数値は、営業秘密としての保護に値する有用な情報ではないともいえる。
 したがって、原告製品図面上に記載されたベッセルの底及び壁の厚み等についても、原告の営業秘密とは認められない。
 (3)原告製品図面全体が営業秘密であるとの主張について
かかる原告の主張は、営業秘密たる情報を特定しているとはいえず、失当である。
 また、このような特定の問題を置くとしても、弁論の全趣旨によれば、原告製品図面に含まれる情報のうち、原告独自のノウハウと見る余地があるものは、上記(1)及び(2)で論じたもので尽くされているというべきであるところ、それらが原告の営業秘密に当たらない以上、原告製品図面全体で考えても、これに含まれる情報が営業秘密に該当すると認めるべき理由はない。
(4)小括
 以上より、原告が営業秘密であると主張する情報は、いずれも不正競争防止法上の営業秘密ということはできない。また、その結果、被告が、原告の営業秘密をフロイントに開示し、被告製品の製造において使用したということもできない。
5 争点4(本件基本契約上の秘密保持義務違反)について
 原告は、被告が原告製品図面をフロイントに開示したとした上、そのことが、本件基本契約35条の規定する秘密保持義務に違反するものである旨主張する。
 そこで検討するに、まず本条における秘密保持義務の対象については、公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項A及びB)。そして、被告は、原告の「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが、その文言に加え、被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず、契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば、原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。
 このように本件基本契約上の秘密保持義務についても、非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため、前記4で論じたことがそのまま当てはまるところ、被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり、原告の上記主張は採用できない。
第5 結論
 以上の次第で、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田陽三
 裁判官 松川充博
 裁判官 西田昌吾


(別紙ノウハウ一覧表及び別紙原告オリジナル公差指摘図 省略)

(別紙)物件目録1
 商品名 グラニュマイスト又はGRANUMEIST
 型式 GM−MULTI(5/10/25)
    GM−MULTI(10/25/50)
    GM−10
    GM−25
    GM−50
    GM−100
    GM−200
    GM−400
    GM−600
    GM−800
    GM−1000
    GM−1500
    GM−2000

(別紙)物件目録2
 ベッセル(容器部分)
 クロススクリュー(横スクリュー、破砕羽根)
 リッド(蓋)止めクランプ(止め具)
 メインブレード(縦スクリュー、攪拌羽根)
 結合材注入口プラグ
 ディスチャージ(排出口)プラグ
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