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【事件名】司法書士試験対策本の著作物性事件
【年月日】平成24年9月28日
 東京地裁 平成23年(ワ)第14347号 著作権侵害停止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年7月13日)

判決
原告 株式会社東京リーガルマインド
原告訴訟代理人弁護士 松尾和子
同 外村玲子
同 松野仁彦
同 反町雄彦
被告 P
同訴訟代理人弁護士 三山峻司
同 井上周一
同 木村広行
同 松田誠司


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙3対比表1ないし15の被告書籍のうち黄色のマーカーで特定した部分を被告の管理に係るインターネット上のウェブサイトにおいて複製、自動公衆送信又は送信可能化してはならない。
2 被告は、別紙2被告書籍目録記載の書籍を販売、頒布してはならない。
3 被告は、別紙2被告書籍目録記載の書籍から別紙3対比表1ないし15の被告書籍のうち黄色マーカーで特定した部分を削除せよ。
4 被告は、原告に対し1202万円及びこれに対する平成23年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告は、別紙4謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を読売新聞の全国版及びインターネット上のウェブサイトのトップページに同目録記載の条件でそれぞれ掲載せよ。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、原告が、
(1) 別紙2被告書籍目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)のうち、別紙3対比表の黄色マーカーで特定した部分(以下「被告書籍マーカー部分」という。)は、別紙1原告書籍目録記載1ないし3の書籍(以下、それぞれ「原告書籍1」などといい、これらを併せて「原告書籍」という。)中、別紙3対比表の黄色マーカーで特定した部分(以下「原告書籍マーカー部分」という。)の複製に当たるものであるから、被告が、被告書籍を販売、頒布する行為は、原告の複製権(著作権法21条)及び譲渡権(同法26条の2)を侵害し、かつ、被告が、その管理するインターネットサイト上で被告書籍マーカー部分を表示・配信する行為は、原告の複製権(同法21条)、自動公衆送信権及び送信可能化権(同法23条)を侵害するものであると主張して、著作権法112条1項に基づき、被告書籍の販売・頒布及び上記サイト上における被告書籍マーカー部分の複製、自動公衆送信又は送信可能化の差止めを求めるとともに、A侵害の停止又は予防に必要な措置(同条2項)として、被告書籍から、被告書籍マーカー部分を削除するよう求め、
(2) 被告が、原告との業務委託契約期間満了後1年以内に、インターネットサイト上における司法書士試験受験対策講義配信等を内容とする事業を開始したことは、上記業務委託契約所定の競業避止義務に違反するものであり、かつ、原被告間の従前の関係も考慮すれば、不法行為にも該当すると主張して、上記(1)の著作権侵害による不法行為責任に加え、競業避止義務違反の債務不履行又は不法行為責任に基づき、合計1202万円(著作権侵害による損害2万円、競業避止義務違反の債務不履行又は不法行為による損害〔合計6200万円を下らない。〕のうち1000万円、弁護士費用200万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年5月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、
(3) 原告の被った損害は金銭で評価できるものではないとして、別紙4謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実以外は、証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、各種国家資格・公務員試験受験指導、社会人向けキャリアアップ支援事業、人材派遣紹介事業等を主たる業務とする株式会社である。
イ 被告は、平成23年3月までの間、原告において、司法書士試験受験対策講座における講師業務等に従事していた者である。
(2) 原被告間の業務委託関係
ア 被告は、平成6年8月、原告において、準社員(アルバイト)として稼働するようになり、平成7年1月、原告において、期間を1年とする業務委託契約を締結し、上記契約に基づく委託業務として、司法書士試験受験対策講座における講師業務等に従事するようになった(甲3の1ないし3、4、被告本人)。
イ 被告は、その後、原告との間で、下記(ア)ないし(セ)の契約書、業務委託契約書、覚書若しくは業務委託規約に署名押印し、又は、コンピュータ画面上で上記規約に同意する旨の表示をクリックすることにより、上記業務委託契約書等記載の内容の業務委託契約を順次締結(更新)し、又は業務委託期間等の変更に同意した(甲5、6の1・2、7の1・2、8ないし13、14の1・2、15、16、被告本人)。
(ア) 平成9年2月28日付け契約書(契約期間を平成9年1月1日から同年12月31日までとするもの。)(甲5)
(イ) 平成10年4月4日付け業務委託契約書(契約期間を平成10年1月1日から同年12月31日までとするもの。)(甲6の1)
(ウ) 平成10年12月25日付け業務委託契約書(契約期間を平成11年1月1日から同年12月31日までとするもの。)(甲6の2)
(エ) 平成11年12月31日付け業務委託契約書(契約期間を平成12年1月1日から同年12月31日までとするもの。)(甲7の1)
(オ) 平成11年12月31日付け覚書(上記(エ)の契約に係る業務内容を一部変更するもの。)(甲7の2)
(カ) 平成12年12月31日付け覚書(上記(オ)の契約期間を平成13年1月1日から同年12月31日までと変更するもの。)(甲8)
(キ) 平成13年9月30日付け覚書(上記(カ)の契約期間を平成13年10月1日から平成15年9月30日までと変更するもの。)(甲9)
(ク) 平成15年9月30日付け業務委託契約書(契約期間を平成15年10月1日から平成16年9月30日までとするもの。)(甲10)
(ケ) 平成16年9月30日付け業務委託契約書(契約期間を平成16年10月1日から平成17年9月30日までとするもの。)(甲11)
(コ) 平成17年9月30日付け業務委託契約書(契約期間を平成17年10月1日から平成18年9月30日までとするもの。)(甲12)
(サ) 平成18年9月30日付け業務委託契約書(契約期間を平成18年10月1日から平成19年9月30日までとするもの。)(甲13)
(シ) 業務委託規約(契約期間を平成19年10月1日から平成20年9月30日までとするもの。)(甲14の2)
(ス) 業務委託規約(契約期間を平成20年10月1日から平成21年9月30日までとするもの。)(甲15)
(セ) 業務委託規約(契約期間を平成21年10月1日から平成22年9月30日までとするもの。)(甲16)
ウ 原告と被告との間で締結された上記業務委託契約書等には、次の条項の記載がある(以下、これらの条項を併せて「本件著作権譲渡条項」という。)(甲6の1・2、7の1、10ないし13、14の2、15、16)。なお、前記イ(ア)の契約書には著作権の帰属に関する条項はない。また、前記イ(オ)の覚書は勤務形態の変更に基づく報酬額の改定のために作成されたものであり、イ(カ)及び(キ)の覚書は契約期間を更新したものであって、いずれも著作権の帰属に関する定めはない。
(ア) 前記イ(イ)、(ウ)、(エ)の業務委託契約書第5条(著作権等)「委託業務の過程で発生した著作権(著作権法第21条乃至第28条に定める全ての権利)等の一切の権利は、『職務発明及び著作管理規程』に従って、原始的に甲(判決注:原告)に帰属する。」
(イ) 前記イ(ク)ないし(サ)の業務委託契約書第5条【著作権等】
 「スタッフ(判決注:被告。以下同じ。)は、委託業務に関してスタッフに発生した著作権(著作権法第21条〜第28条に定める全ての権利)等のすべての権利を、発生と同時に会社(判決注:原告)に譲渡するものとします。」(ただし、イ(コ)、(サ)においては、「スタッフ」の文言が乙(被告)に、「会社」の文言が甲(原告)に変更されている。)
(ウ) 前記イ(シ)の業務委託規約第5条【著作権等】
 「委託業務の遂行に伴い、乙(判決注:被告。以下同じ。)が行った講義を収録した収録物(WEBデータを含みます。以下、「講義収録物」といいます。)並びに乙が講義に関係するか否かを問わず制作した原稿(宣伝物原稿等を含みます。)及びこれを使用した書籍・テキスト・レジュメその他の制作物(以下、「本制作物」といい、他人の制作物と、一部又は全部同一著作物に収録されると否とを問いません。以下同じです。)の著作権(著作権法第21条〜第28条に定める全ての権利。以下、同じ。)は、甲(判決注:原告。以下同じ。)に帰属するものとします。」
(エ) 前記イ(ス)及び(セ)の業務委託規約第5条【著作権等】
 「乙は、委託業務の遂行に伴い、乙が行った講義を収録した収録物(WEB・デジタルデータを含みます。以下、「講義収録物」といいます。)並びに乙が講義に関係するか否かを問わず制作した原稿(宣伝物原稿等を含みます。)及びこれを使用した書籍・テキスト・レジュメその他の制作物(以下、「本制作物」といい、他人の制作物と合わせて一つの制作物(教材)とする場合を含みます。以下同じです。)の著作権(著作権法第21 条〜第2 8条に定める全ての権利。以下、 同じです。)を、発生と同時に甲に譲渡するものとします。」
エ 原告と被告との間で締結された前記イ(セ)の業務委託規約第7条【秘密保持等】3項には、次の条項の記載がある(以下、「本件競業避止義務条項」という。)(甲16)。
 「乙は、本契約期間中及び期間満了後満1年間は、甲所定の手続を経ることなく、甲と競合関係に立つ企業・団体に、就職、役員就任、その他形態の如何を問わず関与してはならず、また、自らこれを開業しないものとします。」
オ 原告と被告は、平成23年3月15日をもって、上記業務委託関係を終了した。
(3) 原告書籍の作成経緯等(甲34ないし36、乙5、29、被告本人、弁論の全趣旨)
ア 被告は、原告において、前記(2)の業務委託契約に基づき司法書士試験受験対策講義を実施する中で、原告のテキストを補充するため、レジュメ、板書用等の資料を作成した。
 上記資料の作成は、当初は手書きによっていたが、平成10年ころにはパソコン入力によるようになり、その分量も次第に増え、平成15年ころには4000ないし5000頁程度のものとなった。
イ 被告作成に係る上記資料(以下、上記のとおり被告が作成した一連の資料全体を指して「本件講義ノート」ということがある。)は、原告において「Pレジュメ」と呼ばれ、遅くとも平成13年ころには、講義受講生らに対し配布する際に、原告により印刷・製本されるようになった。
ウ 原告書籍は、上記のとおり被告が経年的に作成した、司法書士試験受験対策講座用の講義資料(本件講義ノート)の一部であり、民法の基本的概念を簡潔に説明したものであって、平成22年から23年にかけて原告において開講された「2011年P一発合格塾」と題する講座において使用されたものである。
エ 本件で問題となる部分は、原告書籍の一部であり、その内容は、別紙対比表の原告書籍欄記載のとおりである。
(4) 被告サイトの開設等
ア 被告は、平成23年3月16日、インターネット上に、「P司法書士予備校」と題するウェブサイト(以下「被告サイト」という。)を開設し、被告サイト上において、司法書士試験受験対策講義の無料配信、書籍・DVDの販売等を内容とする事業(以下「被告事業」という。)を開始した。
イ 被告書籍は108ページから成り、司法書士試験合格を目指す初学者向けに、民法の基本的概念を簡潔に説明するものである。
 被告は、被告サイトの「初級INPUT」において、受講登録をした者に向けて、被告が行う講義を収録した動画とともに、被告書籍マーカー部分を含む被告書籍を表示して、無償で配信している。
 また、被告は、被告サイトの「購買部」において、被告書籍の通信販売を行っている(以上につき甲30の1ないし4、31、甲32の1・2、33、37)。
2 争点
(1) 著作権侵害の成否
ア 原告書籍に関する著作権譲渡契約の成否
イ 原告書籍マーカー部分の著作物性の有無
ウ 被告書籍マーカー部分は、原告書籍マーカー部分の複製に当たるか。
(2) 著作権侵害による損害額
(3) 差止め及び削除請求の可否
(4) 被告事業は、本件競業避止義務条項に反し、又は不法行為を構成するか。
(5) 競業避止義務違反又は不法行為による損害額
(6) 弁護士費用額
(7) 謝罪広告の要否
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(原告書籍に関する著作権譲渡契約の成否)
(原告の主張)
(1)ア 原告は、ライブ講義の実施、講義DVD等の販売、インターネット上での講義の配信等に伴い、講師の作成した講義資料を印刷製本し、又はデータ化して、受講生へ配布・発送し、また、インターネット上で提供している。そのため、講義で使用された資料の著作権が原告以外に帰属すると、受講生への上記資料配付等ができなくなるなど、原告の営業が成り立たなくなるおそれがあるため、業務委託契約条項中に本件著作権譲渡条項を設け、委託業務に付随して作成された資料の著作権を原告に帰属させることとしている。被告は、業務委託契約書及び発注書で委託業務内容を確認した上で、何ら異議を述べず、本件著作権譲渡条項を含む本件業務委託契約の締結に同意してきたのであり、これにより、被告の作成する講義資料の著作権が原告に譲渡されることにも同意した。
イ 原告書籍は、被告が、委託業務である講義の遂行過程で作成したものであるから、本件著作権譲渡条項により、原告書籍に関する著作権は原告に譲渡されている。被告が、講義数回分の講義資料の電子データを講義の一定期間前に原告に引き渡し、原告が校正を行って印刷製本し、受講生に配布していたことも、上記解釈が相当であることを裏付けている。
(2) 被告の主張に対する反論
ア 本件著作権譲渡条項の有効性について
(ア) 原告は、上記(1)のとおり、ライブ講義の実施、講義DVD等の販売、インターネット上での講義の配信等に伴う講義資料の印刷製本、データ化、受講生への配布・発送、インターネット上での提供等の営業を円滑に行い、営業に支障が生じることを防止することを目的として、本件著作権譲渡条項を設けているものであり、上記目的は何ら不当なものではない。司法書士試験予備校としての原告の競争力の源泉は、受講生に対して、合格のための効率的な学習手段を提供できることにある。原告は、予備校業界における競争力を強化するため、講師の1人である被告に対して、毎年多額の講義報酬を支払う等の投資を行ってきた。講義ノートの作成・改良は、講義という場・機会があって初めて可能となるものである。被告の作成した講義資料は原告の投資の成果であるから、原告が、その使用予定の有無にかかわらず、その著作権を保有しようとすることは企業として当然である。
(イ) 本件著作権譲渡条項の上記趣旨に鑑みれば、本件著作権譲渡条項の対象は、講義収録物とセットになって原告内で管理されることになる資料及びその原著作物(中間生成物等)に限定されるのであって、譲渡対象の特定に欠けるところはない。また、本件著作権譲渡条項の文言上、譲渡対象は、委託業務の遂行過程において作成された著作物に限定されていることが読み取れるところ、被告に委託される業務の内容は、各契約に付属する「業務計画書」において特定されているから、業務委託契約書と業務計画書を併せて読めば、講義の遂行過程で被告が作成した著作物の著作権が譲渡対象となることは明確に理解できる。実際に、被告は、自ら作成した講義資料のデータを原告に引き渡し、原告がこれを印刷・製本し、番号やバーコードを付すなどして管理していたのであるから、原告及び被告の双方が、譲渡対象を明確に認識し、管理していたというべきである。
(ウ) 原告書籍は、原告における講義と一体を成す性質のものであるところ、原告における講義報酬は、講義資料作成の対価を含めて算定されており、対価支払の点についても、何ら不当なところはない。実際に、原告は、被告に対し、毎年、高額の報酬を支払い(被告本人尋問によれば、少なくとも額面で1100万円くらいの報酬を支払っていた時期があり、原告を辞める直前の時期においても800万円くらいの報酬を支払っていた。)、被告が行う講座や講義資料の宣伝広告を行い、講義のための教室や機材を提供するなどの貢献をしてきたのであって、被告は、本件講義ノートにつき、十分な対価を得ている。
(エ) 以上のとおり、本件著作権譲渡条項の内容は極めて合理的なものであって、その有効性に問題はない。
(オ) なお、被告は、原告と対等以上の交渉力及び十分な法的知識を有していたものであって、本件業務委託契約は原告が一方的に強制したものではなく、被告がその内容を理解した上で、異議を述べることなく、長年にわたり任意に更新に応じてきたものである。これは、原告が講義の内容・コマ数、講義時間帯などについて被告の要望を容れ、翌年度の委託業務内容に反映させてきたことや、原告が、講師からの要望があった際には、著作権譲渡条項等の個別修正に応じているにもかかわらず(甲81ないし84)、本件著作権譲渡条項が修正されていないことなどから明らかである。従って、原告が、非対等な地位にあることに乗じて、不当な契約を被告に強制したなどという事情はない。被告は、毎月、原告が発行する発注書において、委託業務内容を確認してきたのであり(例として、甲68ないし79)、このような長年にわたる継続的合意の効力を事後的に覆そうとすることは許されるものではない。
(カ) 被告は、本件著作権譲渡条項が下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という。)等の強行法規に反すると主張するが、本件著作権譲渡条項に同法の適用はない。また、上記(オ)で主張したところによれば、原告は被告に対し優越的地位になく、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)に反するところもない。
イ 原告書籍が本件著作権条項の対象に含まれることについて
(ア) 被告は、原告書籍を含む講義資料の質及び量等を挙げて、原告書籍は本件著作権譲渡条項の対象から除外される旨主張するが、本件著作権譲渡条項は、委託業務の過程で作成される著作物につき、委託業務と一体的に評価して報酬を支払うものであるところ、原告書籍は、その内容、構成、専ら講義の中で配布されるという頒布態様から明らかなとおり、講義と一体となって初めて意味を成すものであり、原告が、講義と一体的に評価して、講義報酬として対価を支払うことに合理性があるものである。少なくとも、本件講義ノートは、被告の講義を離れて独立に学習用に使用されるテキストではなく、あくまで被告の講義の中で使用されることによって、講義の理解を助ける教材であり、被告の講義に付帯するものであったことは明らかである。
(イ) 被告は、原告書籍の著作権譲渡に同意していないとも主張するが、被告の作成に係る講義資料のうち、製本されたものには、遅くとも平成13年以降、原告の著作権表示がされており、被告は、日常的にこれを目にしながら、一切異議を述べなかったのであるから、この点からも、被告が本件講義ノートの著作権譲渡に同意し、上記著作権が原告に帰属するものと認識していたことが裏付けられる。
(ウ) なお、原告が、被告に対し、本件著作権譲渡条項は形式的なものである旨の意思を表示した事実はない。また、原告取締役らは、平成22年9月、被告に対し、業務委託契約の更新のための交渉材料として、被告が制作に関与したことのある「実践力パワーアップ講座」の基本テキストにつき報酬支払を提案したことがあるが、本件講義ノートにつき報酬支払を提案したことはない。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 本件著作権譲渡条項が無効であること
ア 著作権譲渡契約においては、譲渡の対象が他の作品から明確に区別できる程度に具体的に特定される必要があるところ、本件著作権譲渡条項においては、譲渡の対象に関し、極めて包括的な記載がされているのみであり、対象の特定性、明確性を欠くから、本件著作権譲渡条項は無効である。
イ 公序良俗違反による無効(民法90条)
(ア) 原被告間における業務委託契約は、平成19年以降、被告側からの契約内容の変更・修正等を予定しないウェブ上でのクリックオン契約方式によってなされており、平成19年以前においても、クリックオン契約方式ではない点を除いて、状況は同一であった。このような一方的契約については、著作権法61条2項の趣旨にも鑑み、その合理性が厳格に問われるべきである。
(イ) 対価支払がないこと
 原告書籍は、被告が、講師業務開始当初から作成に着手し、改良を重ね、最終的には5000頁を超えるものとなった独自の講義資料である本件講義ノートの一部であり、原告における基本テキストである「ブレークスルー」との代替性を有するものであって、質及び量において、単なるレジュメとは明確に区別されるべきものである。原告において、レジュメ作成が無報酬であるのに対し、テキスト等の制作業務には対価(報酬)が支払われていることとの均衡からも、このような本件講義ノートの著作権譲渡を受けるには、対価の支払が不可欠である。
 本件講義ノートの価値は上記「ブレークスルー」テキストと同等であり、テキスト印税額は通例定価の10パーセントであるから、上記「ブレークスルー」テキストの販売額、被告の担当する講座の受講生数、一般的な印税率(定価の10%)から本件講義ノートの価値を算出すると、634万7670円(「ブレークスルー」テキストの合計額3万5070円×累計受講生数1810人×0.1)となる。よって、本件講義ノートの譲渡対価は、少なくとも同額を下回らない。上記金額が対価として相当であることは、原告が、平成22年9月、被告に対し、本件講義ノートにつき、1頁当たり1500円での買取りを持ちかけていること(本件講義ノートの総頁数に上記頁単価を乗じると、上記買取り提案価格は750万円となる。)からも明らかである。
 原告は、本件講義ノートを宣伝広告に利用するなど(乙13)、その価値を十分に認めながら、被告に対し、上記譲渡対価を一切支払ってこなかった。なお、原告は、本件講義ノートの対価は講義報酬に含まれていると主張するが、被告の講義報酬と本件講義ノートの質及び量との間には、何ら相関関係がない上、原告は、講師による教材作成に非協力的であり、教材作成の有無は、原告の講義報酬算定における考慮要素とされていなかったのであるから、原告の主張は失当である。また、仮に、被告が本件講義ノートの作成を重点的に行った平成9年から平成12年までの間の報酬増額部分を本件講義ノートの作成対価とみたとしても、上記増額部分は合計93万6000円(増額部分は、平成9年及び10年が各19万5000円、平成11年が23万4000円、平成12年が31万2000円)にとどまり、本件講義ノートの対価には到底足りるものではない。
 本件講義ノートの著作権譲渡対価が不要であるとすれば、被告は、多大な時間や労力を投下して独自に作成した資料につき、譲渡対価を得られないばかりか、今後、当該資料を翻案して活用することもできないという極めて酷な結果を強いられることとなる。
 以上のとおり、本件講義ノートに関する対価支払がないことは、本件著作権譲渡条項の不合理性を基礎付けている。
(ウ) 各種強行法規の趣旨等に反すること
 本件著作権譲渡条項が有効であるとすれば、原告は、被告に本件講義ノートの制作業務を発注するに当たり、下請法3条所定書面の交付義務及び支払期日を定める義務(同法2条の2)に違反したことになる上、通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めたものとして、同法4条1項5号にも違反したことになる。
 また、被告は、原告との契約期間中、生計のほとんどを原告に依存し、かつ、契約更新を繰り返すことにより、他の予備校等との取引は困難となっていたところ、原告は、上記優越的地位を利用し、本件講義ノートの著作権を極めて低廉に提供させるという、一方的で偏頗な取引条件を設定したことになり、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)に規定する優越的地位の濫用(同法2条9項5号)に当たる行為にも及んだことになる。
(エ) 契約の非対等性
 本件業務委託契約は、弱い立場にある被告が、心理的強制により締結を余儀なくされたものである。被告は、遅くとも平成10年ころには、著作権譲渡条項につき異議を述べ、原告従業員を通じて、上記条項は形式的なものである旨の確約を得たものの、現実的な条項変更等には至らなかった。被告が法律家であって、契約の意味内容を理解することに長けていたとしても、そのことと不合理な契約を排除できるか否かは別論であり、原告と被告との非対等の関係からすれば、被告が契約に応じているからといって、本件著作権譲渡条項の合理性が裏付けられるものではない。
(オ) 目的の不当性
 原告は、現在、本件講義ノートを使用しておらず、今後も、原告が本件講義ノートを利用することは考え難いのであるから、原告が本件講義ノートの著作権を保有する必要性はない。そうすると、原告の実質的目的が、著作権を根拠に講師の競業を阻止し、他の講師に対する見せしめ的利益を得ようとするところにあることは明らかであり、その不当性は明白である。
(カ) 以上によれば、本件著作権譲渡条項は、公序良俗に反し、無効である(民法90条)。
(3) また、もし、本件著作権譲渡条項が有効であるとしても、前記(2)でみたところに照らせば、原告書籍を含む本件講義ノートは、本件著作権譲渡条項の対象には含まれないと解するべきである。
ア すなわち、前記(2)アのとおり、本件著作権譲渡条項の文言は、譲渡対象の特定に欠けるものであるから、当事者間の合理的意思によりその具体的な譲渡対象を確定する必要があるところ、本件著作権譲渡条項の趣旨は、原告に組織的に蓄積した成果(ノウハウ)の利用により生産された成果を原告に再帰属させることで、さらなる成果(ノウハウ)の蓄積を図るところにあるというのであるから、本件著作権譲渡条項の対象に含まれるか否かは、原告のノウハウ等の利用の有無によって判断されるべきである。
 被告は、業務時間外において、原告の関与又は援助を一切受けず本件講義ノートを制作したのであって、上記制作に当たり、原告におけるノウハウ、データベース、資料等を一切利用していない。したがって、原告書籍は、本件著作権譲渡条項の対象から除かれる。
イ また、本件著作権譲渡条項の対象に本件講義ノートが含まれると解した場合、対価支払の点(本件講義ノートは質及び量において通常の講義資料の範囲を超えており、その対価は講義に対する対価の支払分には含まれない。)や、原告における著作権保有の必要性等の点で不合理な結果となり、かつ、当事者の合理的意思にも反することは前記(2)のとおりであるから、この点からも、本件講義ノートは、本件著作権譲渡条項の対象には含まれないと解するのが相当である。
ウ 「業務委託規約」(前記前提事実(2)イ(シ)ないし(セ))5条の文言解釈によっても、原告書籍は、次のとおり、本件著作権譲渡条項の対象から除かれる。
(ア) 上記規約5条1項は、上記規約により委託を受けた@講義業務やA制作業務の遂行に伴う著作権の譲渡を定めており、同条2項は、上記譲渡対価を定めたものである。同条各項の文言を考慮すれば、同条は、@講義業務に付随する成果物としての宣伝物原稿・コメント・プロフィール等の原稿の著作権譲渡対価は講義報酬に、A制作業務に基づく制作物の著作権譲渡対価は、その都度発注書により定められる委託料に各含まれることを定めたものと解すべきである。そして、上記Aの制作業務による制作物は、発注書による発注、受託者による納品、原告によるチェック及び修正、発注書所定の対価支払という手続を経ることが予定されている(甲16)。
 本件講義ノートは、5000頁を超えるテキストであり、上記@の講義に付随する宣伝物原稿等とは性質を異にする。また、本件講義ノートの作成につき、発注書又は業務計画書による委託はなく、原告によるチェック・修正を経ておらず、対価も支払われていないから、本件講義ノートは、上記Aの制作業務による制作物にも当たらない。したがって、原告書籍を含む本件講義ノートは、上記規約5条による著作権譲渡の対象ではない。
(イ) この点、上記規約5条1項により著作権が譲渡される対象は、@講義収録物、A原稿及びB制作物であり、B制作物には、書籍、テキスト又はレジュメが含まれるところ、レジュメについては、個別の発注及び対価支払が予定されていない。しかし、原告が著作権を譲り受ける対象としての上記規約5条1項の「レジュメ」とは、講義実施と別の価値を有しない、講義に付随する資料であって、テキストの存在を前提とした補充的なものであり、1回の講義につき大部でないものをいうものと解すべきところ、本件講義ノートは、価値的、質的、量的にみて、上記意味でのレジュメには当たらない。したがって、本件講義ノートがレジュメであることを理由に個別の発注、対価支払等が不要であるということはできない。
エ 原被告間の交渉経緯等からも、本件講義ノートを本件著作権譲渡条項の対象外とすることが当事者間の合理的意思であったことは明白である。
 すなわち、被告が本件講義ノートの作成を開始した平成9年ころには、業務委託契約に著作権譲渡条項はなく、著作権譲渡条項が入った平成10年にも、原告は、被告に対し、本件講義ノートを著作権譲渡の対象とするか否かにつき、何ら説明しなかった。また、被告は、平成12年ころまでにかけて、原告に対し、著作権譲渡条項につき異議を述べたところ、原告従業員を通じて、著作権譲渡条項は形式的なものであり、本件講義ノートを使用して被告が開業することを差し止めるつもりはない旨の確約を得た。更に、原告は、平成22年9月以降の業務委託契約締結交渉の中で、被告に対し、本件講義ノートの著作権を共有とすることを骨子とする覚書の締結を申し入れ、かつ、本件講義ノートを1頁当たり1500円で買い取る旨申し出ている。これらの経緯は、原告及び被告が、本件講義ノートが本件著作権譲渡条項の対象外であると認識していたことを示すものである。
(4) また、本件事実経過に鑑みれば、被告が、本件講義ノートの著作権譲渡に同意しておらず、又は、原被告間において、本件講義ノートの著作権を被告に留保する合意があったともいうことができる。
2 争点(1)イ(原告書籍マーカー部分の著作物性の有無)
(原告の主張)
(1) 原告書籍は、司法書士試験科目としての民法について解説するものであるが、単に条文によって当該法概念を説明するのではなく、受験生の効率的な理解を助ける観点から、説明文のほか、「しかし」、「そこで」といった接続詞の強調、説明の流れの重視、下線・囲み・キャラクター・図・矢印その他記号等の表示を加入・駆使し、平易で端的かつ簡明な表現ないし言い回しを心がけるなど工夫したものであり、他に例のない平易さを有するものである。原告書籍は、司法書士試験合格に必要な最小限度の知識を受講生に理解させ、習得させるという教育的思想が創作的に表現されているものとして、著作物性を有する。これは、他の受験予備校の司法書士試験受験テキストの同一条文(例えば「代物弁済」)の解説部分をみても、矢印やキャラクター等の視覚的強調表現は用いられておらず、全体の構成、項目立て等それぞれの表現も各書籍において全く異なるものであることからも明らかである。
 なお、原告書籍マーカー部分は、原告書籍の一部を抜粋したものであるが、原告書籍は、民法の効率的理解及び知識吸収を補助するという観点から一体的に説明を行ったものであり、原告書籍を全体的に観察した場合にも、原告書籍マーカー部分は不可欠な部分に当たる。
(2) 別紙3対比表1ないし15の各原告書籍部分について個別にみると、各部分には、以下の点において創作性がある。
ア 別紙3対比表1
 失踪宣告取消の効果につき、受験生に理解しやすいよう、箇条書き的に短い平易な文章で説明し、矢印を駆使して流れを表現し、現存利益の具体例を数字で挙げるなど工夫し、また、受験生による書込みなどの自由度を高めるため余白をふんだんに使用している。
イ 別紙3対比表2
 夫婦間の契約取消権につき、キャラクターを挿入した矩形枠内に、取消可能となる理由を端的に記載し、続いて取消不能となる場合を2つの判例とともに紹介し、更に、これに続く夫婦別産制の説明において、一般的前提の説明の後、重要点に下線を付した上で、夫婦別産制、共有制及び婚姻生活費用の分担につき簡潔かつ平易に説明している。
ウ 別紙3対比表3
 二重譲渡につき、受講生の効率的な学習効果に鑑みて簡潔な記載で説明したものであり、イラストが多く、文章は簡単明瞭であり、「しかし」、「ゆえに」などの接続詞が断言的な結論を更に分かりやすくしている。
エ 別紙3対比表4、5
 キャラクターを使用し、かつ、共有に関する主要点を箇条書きしたものであり、受講生の効率的な学習の観点から図を多用するなど、受験用に洗練されている。
オ 別紙3対比表6
 債権の二重譲渡につき説明したものであり、キャラクターのイラストが表示され、これを説明する文章は極めて簡潔であり、短い文章を矢印でつなぐことで流れを示し、「つまり」、「さらに」などの接続詞で簡潔に解説を展開している。
カ 別紙3対比表7
 弁済及び債権の準占有者に対する弁済につき説明したものであり、受講生に必要な知識を厳選し、分かりやすく簡潔に表現したものである。
キ 別紙3対比表8
 虚偽表示の効果及び善意の第三者への対抗に関する説明であり、受講生の効率的学習のため、図や表を配置しており、説明文の記載の仕方、イラストの使用態様、文章とイラストの配置、矩形枠の使用態様が特徴的である。
ク 別紙3対比表9
 二重譲渡と履行不能に関する説明であり、必要な知識を視覚的に理解できるように図、表、説明文を組み合わせて表現しており、イラストを用いる箇所、平易な説明と端的な表現、下線による強調は極めて巧みである。
ケ 別紙3対比表10
 担保の優先弁済的効力等を短い文章で説明したものであり、土地につき複数の抵当権者と質権者が権利を保有している様子が、平行する斜めの矢印によって表現されており、受講生の注意を喚起するのに役立っている。
コ 別紙3対比表11
 催告・検索の抗弁権について説明したものであり、結論に下線を引いて強調し、余白を十分にとった独特な体裁を有している。また、条文内容を受講生が効率的に理解できるように、口語的表現も交えて説明した点に工夫がある。
サ 別紙3対比表12
 婚姻関係を説明するものであり、キャラクターやイラストを用いる態様、具体例を矩形枠内に入れて結論を提示する記載の仕方が特徴的であることに加え、受講生への質問文を配置し、男女の婚姻適齢につき表を用いて端的に表現する等の創意工夫がある。
シ 別紙3対比表13
 親子関係に関し、嫡出子と非嫡出子の関係を説明するものであり、重要部分を矩形枠で囲んで結論を導き、懐胎期間と婚姻期間の関係を図示することにより、分かりやすく視覚的に表現し、通常の説明文を極度に少なくした点が特徴的である。
ス 別紙3対比表14
 民法891条の相続欠格の説明に引き続き、殺人の故意等を説明したものであるが、印象的なイラストを配置することで受講生の記憶に残るよう配慮し、ポイントを下線で強調し、他の部分は文字を小さくして注意書き的に表示し、受講生が重要点を理解できるよう工夫されている。
セ 別紙3対比表15
 民法891条の相続欠格事由に該当した場合の効果について説明したものであり、項目を分類し、代襲相続権への影響について図解し、また、相対的効力の箇所では相続順位を示す複合図を示すなど、項目毎に一目瞭然に理解できるように工夫し、簡潔な文章とイラストをもって説明するなど、他に例をみない内容と構成を有している。
(3) 被告は、原告の指摘する上記各点は言語の表現内容を離れたアイデアにすぎないと主張するが、著作物性が認められる表現は必ずしも「言語の表現」に限られず、下線、囲み、矢印、具体例としての数字等も、個性の表れとしての表現であれば創作性が認められるのであって、被告の主張は失当である。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 原告書籍は司法書士試験に必要な知識を提供し、定着させるための講義資料であるところ、「憲法その他の法令」、「裁判所の判決、決定」が著作権の目的外とされていること(著作権法13条1号、3号)に鑑み、条文そのものの引用、単なる規定又は判例の要約、規定内容や判示内容を端的かつ簡潔に記載したにすぎないものは創作性を有しない。また、原告書籍のように、法律学の知識を提供するなど、既知のアイデア等を実用可能な情報に構成する性格の作品は、芸術作品等と異なり、創作性のレベルを高く設定するべきであり、相当高度の独創性がない限り、ありふれている、又は表現の選択の幅の余地が認められないため創作性を有しないとするべきである。加えて、アイデアは表現とは区別され、独占の対象とならないことはいうまでもない。
(3) 別紙3対比表の原告書籍マーカー部分のうち、原告が創作性の根拠として指摘する部分(接続詞の強調、下線や囲みの使用、矢印等の記号を駆使すること等)は、いずれもアイデアにとどまり、また、各文章は、民法の基本的概念を通常用いられる平凡かつありふれた表現で説明したものであり、具体例や図も、当該法律概念を説明するために通常用いられるありふれたものであって、創作性は認められない。
(4) 原告書籍の表現を個別にみても、次のとおり、創作性は認められない。
ア 別紙3対比表1
 接続詞の使用、キャラクター等の駆使等は、いずれも思想やアイデアそのものである。
イ 別紙3対比表2
 民法754条、550条、762条及び760条を要約し、又は簡潔に記載したものにすぎず、また、確立した判例の趣旨を記載し又は具体例として誰もが思いつく一般的説明を記載したものにすぎない。
ウ 別紙3対比表3
 民法177条を簡潔に説明し、また、不動産登記制度を簡略に示したものであり、その他の部分は、公示の原則という民法の基本概念の一般的説明及び二重譲渡に関し誰もがするような一般的な説明にすぎない。キャラクターの表示や主要点の箇条書きなどの点は、言語表現を離れたアイデアにすぎない。
エ 別紙3対比表4
 民法における共有概念を説明する際に、表題を「共有」とすることは当然であり、解説内容も、条文の内容を要約し、ごく通常の表現で説明したものにすぎず、図を用いた具体例も、共有の説明に当たり通常用いられるありふれたものである。
オ 別紙3対比表5
 共有物の分割に関する一般的用語を表示し説明したものにすぎず、具体例、図、説明文は、ごく通常のありふれた表現である。
カ 別紙3対比表6
 民法467条2項を簡潔に説明し、判例の趣旨を記載するものにすぎない。債権の二重譲渡を説明する図も、一般に用いられる矢印や符号を表示したものにすぎず、ありふれた表現又はアイデアに属するものである。下半分にある矩形枠内の記載も、確定日付ある証書及び到達時説の一般的説明にすぎない。
キ 別紙3対比表7
 「弁済」、「債権の準占有者に対する弁済」の該当条文を要約し、その意味、効果を一般的に用いられる表現で説明し、ありふれた具体例を記載したものであり、誰が作成しても同じ記載になるものである。
ク 別紙3対比表8
 民法94条の説明の際に当然に必要な表題を付したものであり、矩形内の具体例も一般的なものである。「契約の効果」の項は条文上の効果及び趣旨を一般的なありふれた形で記載したものであり、その次項は、条文を抜き書きし、登場人物をA、B、Cで表すという、ありふれた具体例を図示し、最高裁判例を簡潔に記載し、民法94条2項のごく一般的な説明文を記載したにすぎず、単なる法令の記載か、誰が作成しても同じ記載になるものである。
ケ 別紙3対比表9
 二重譲渡に関するごく一般的な関係図と説明を記載したものにすぎない。
コ 別紙3対比表10
 「優先弁済的効力」との記載は当然必要なものであり、その説明もごくありふれたものである。「債権者平等の原則」などは、法律上の概念である。
サ 別紙3対比表11
 催告・検索の抗弁及び連帯保証人への適用につき、条文の表題及び規定内容を端的に示し、ごくありふれた説明を付したものにすぎない。
シ 別紙3対比表12
 表題は、親族(婚姻)につき説明する際に当然に必要なものであり、説明内容も、条文の表題又は規定内容を端的に示したものにすぎない。また、婚姻適齢等の下部に記載されている図表は、法令の規定内容を簡潔に図表化したものであり、誰が作成しても同じようなものになる。具体例(15歳での婚姻の可否)は頻繁に設定される具体例であり、アイデアそのものである。
ス 別紙3対比表13
 親子(嫡出子と非嫡出子)につき、ありふれた説明を記載したものであり、ABCの符号を用いた関係図も、親族関係の説明に用いざるを得ないようなものであり、自由に利用すべきアイデアである。矩形枠内の説明はよく用いられる設例で、ありふれたものであるし、懐胎期間等の図表は、このような法律の仕組みを説明する際に通常用いられる図であり、これ自体はアイデアに属する。
セ 別紙3対比表14
 「欠格事由」に関する点は、条文の表題を抜粋し、条文を摘示したものに続けて、条文の規定内容をそのまま示したものにすぎない。殺人の故意等に関する部分も、条文の文言から当然導かれる内容を一般的な言葉で記載したものにすぎない。
ソ 別紙3対比表15
 欠格事由に該当した場合の効果を通常用いられるありふれた表現で記載したものであり、法律学上の概念であるからアイデアに属する。各箇所に記載された図も何ら新規性はない。
(5) 以上のとおり、原告書籍マーカー部分に著作物性は認められない。
3 争点(1)ウ(被告書籍マーカー部分は、原告書籍マーカー部分の複製に当たるか。)
(原告の主張)
(1) 被告書籍マーカー部分は、原告書籍マーカー部分に依拠して作成されたものであり、(2)でみるとおり、原告書籍マーカー部分と実質的に同一のものである。
(2)ア 別紙3対比表1
 被告書籍は、記載内容、記載順序、記載方法において原告書籍と同様の特徴を備えている。
イ 別紙3対比表2
 被告書籍は、矩形枠の省略や一般的説明の省略などのごく小さい点で違いがあり、また、原告書籍の2箇所を併せた形になっているが、原告書籍の特徴がそのまま採用されている。
ウ 別紙3対比表3、4
 被告書籍において、キャラクター(イラスト)が変更されているが、内容及び表現の特徴、表現態様は原告書籍と同一である。
エ 別紙3対比表5
 被告書籍に新たなキャラクターが追加されているが、図、説明文、具体的価格の例の細部に至るまで原告書籍と同一である。
オ 別紙3対比表6
 被告書籍においてキャラクターが変更されているが、文章については、簡潔さの点で同一である上、リズム感を作り出す「↓」に代えて「▼」を使用するなど、アイデアの基本において酷似する記号が採用されている。
カ 別紙3対比表7
 被告書籍はキャラクターを変更しているが、イラストの使い方、プレゼンテーションの態様及び内容において同一である。
キ 別紙3対比表8ないし10
 被告書籍において、一部につき、原告書籍に存在しない図柄が用いられている点を除けば、文章の全体、イラストの使い方等において原告書籍と同一である。
ク 別紙3対比表11
 被告書籍は、キャラクターを説明文との関係で表示する仕方、方法、下線による強調において原告書籍と同一である。
ケ 別紙3対比表12
 被告書籍は文章の内容、矩形枠を用いた構成及び表現態様において原告書籍と酷似している。
コ 別紙3対比表13
 被告書籍は囲いの中に主要事項を記載し、理解しやすい図表を使用している点や全体の構成において、原告書籍と同一である。
サ 別紙3対比表14
 被告書籍は原告書籍の一部の行間を広げ、それぞれを矩形枠に入れ、「キーワード」の見出しを付けて表現したものであり、記載内容は同一である。
シ 別紙3対比表15
 被告書籍は原告書籍の記載をそのまま採用したものである。
(3) 以上によれば、被告書籍マーカー部分は、原告書籍マーカー部分の複製に当たる。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 原告書籍と被告書籍は、同じ法令規定事項等を整理して構成したものである以上、内容に共通する点があるのは当然であり、この点を考慮し、複製の有無を厳格に判断するべきであるところ、原告書籍と被告書籍において共通する部分は、条文の内容及びその一般的な説明にすぎない。また、各表現を個別にみても、下記アないしソのとおり、両者は表現において異なっており、被告書籍マーカー部分は原告書籍マーカー部分の複製に当たらない。
ア 別紙3対比表1
 両書籍は、矩形枠で囲む範囲が異なっており、配列も異なる。
イ 別紙3対比表2
 被告書籍には、矩形の左に「理由」という記載があるほか、原告書籍に存在する説明部分の一部がなく、配列も異なっている。
ウ 別紙3対比表3
 被告書籍に使用されているイラストは原告書籍とは異なっており、「理由」との記載が付加されている点で配列も異なっている。
エ 別紙3対比表4
 被告書籍に使用されているイラストは原告書籍と異なっている上、「Ex.」において、原告書籍は問いかけの形式となっているのに対し、被告書籍では「AとBは…共同購入した」との記述になっている。また、共有物分割請求の説明において、被告書籍には「理由」との記載が付加されている上、イラスト横の台詞にも相違がある。
オ 別紙3対比表5
 被告書籍には、現物分割の説明において丸囲みが付加されている上、キャラクターによる説明が加えられている。また、代金分割の項では、矢印の方向が異なり、価格賠償の項では、原告書籍にない記載が加わっている。さらに、不分割特約の項において、当事者を表す符号(「B」「C」から「A」「B」)、所有権番号が原告書籍とは異なっている。
カ 別紙3対比表6
 被告書籍に使用されているイラストは原告書籍とは異なっている上、被告書籍には「理由」との記載が付加され、さらに、キャラクターが受講生に語りかける記載が付加されている。
キ 別紙3対比表7
 被告書籍に使用されているイラスト及びイラスト横の台詞が原告書籍のものとは異なる上、被告書籍には「理由」との記載が付加され、さらに、キャラクターが台詞を発する記載がある。
ク 別紙3対比表8
 被告書籍に使用されているイラスト及びその台詞は原告書籍とは異なっており、また、原告書籍には公信力と民法94条2項の差異をイメージ的に示す図が記載されているのに対し、被告書籍にはそのような図はない。また、被告書籍には「理由」との記載や、キャラクターが受講生の理解を助けるための台詞を発している記載などが付加されている。
ケ 別紙3対比表9
 被告書籍に使用されている建物を表すイラストは、原告書籍における単純な建物図とは異なるものである上、被告書籍の図には、A〜Cとして男性3名のイラスト及び具体的金額が付加されている。また、説明文の横には「理由」との記載が付加されている。
コ 別紙3対比表10
 被告書籍には、優先弁済的効力の説明における一部記載がなく、代わりに接続詞が挿入されている。また、矩形枠内の記載も、表題、債権者・債務者を表す記号、金額等が異なる上、被告書籍には、キャラクターが語りかける記載が2箇所にわたり挿入されている。
サ 別紙3対比表11
 被告書籍は、イラスト、その配置及び台詞において原告書籍とは異なる。また、被告書籍には、催告・検索の抗弁権の有無が保証人と連帯保証人とで異なることを示した図表が挿入されている。
シ 別紙3対比表12
 被告書籍は、表題、矩形内のイラスト、具体例の設定において原告書籍とは異なり、また、「理由」との記載が2箇所付加されている。
ス 別紙3対比表13
 被告書籍には、原告書籍において使用されているイラストがなく、別の箇所にイラストが付加されている上、図表についても、「婚姻期間」との表示が付加されている。また、矩形内の具体例も異なるものである。
セ 別紙3対比表14
 被告書籍には、冒頭に詳細な具体例の記載が付加されている上、末尾に矩形枠で囲んだ用語解説部分が付加されている。
ソ 別紙3対比表15
 被告書籍には、代襲相続関係を示す図の横にイラストが付加されている上、矩形枠で囲んだ用語解説部分及び「理由」との記載が付加されている。4 争点(2)(著作権侵害による損害額)
(原告の主張)
(1) 被告は、被告サイトにおいて、被告書籍を含む講義テキスト全24冊を4万8000円で販売している。被告書籍1冊当たりの価格は2000円であり、被告は、現在までに、上記講義テキストを少なくとも100セットを販売したものと推認される。
(2) 被告書籍における原告著作物の使用につき、原告が受けるべき使用料の額は、被告書籍の販売額に10%を乗じた額とみるのが相当であるから、下記計算式のとおり、原告が被った損害額は2万円と推定される(著作権法114条3項)。
 2000(円/部)×100部×0.1=2万円
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
5 争点(3)(差止め及び削除請求の可否)
(原告の主張)
(1) 被告は、本件訴訟係属中も、新たな書籍を販売し、かつ、被告サイトにおいて、テキストを表示して配信しているところ、上記書籍・テキストの大半は原告書籍を複製したものであり、被告による著作権侵害行為は拡大する一方である。したがって、被告による著作権侵害行為を差し止めるべき必要性は大きい。
(2) 差止請求の実効性を確保するためには、被告書籍から被告書籍マーカー部分を削除することが必要である。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
6 争点(4)(被告事業は、本件競業避止義務条項に反し、又は不法行為を構成するか。)
(原告の主張)
(1)ア 被告は、本件競業避止義務条項により、業務委託契約期間満了日の翌日である平成22年10月1日から平成23年9月30日までの1年間、競業避止義務を負っていたにもかかわらず、平成23年3月16日、突然被告事業を開始した。司法書士試験受験対策講座の提供を内容とする被告事業が、原告の事業と競合するものであることは明らかであり、被告事業の開始は、本件競業避止義務条項に違反するものである。
イ 原告と被告は、平成6年以来、毎年、業務委託契約を更新し、約15年間にわたる実績の下で、合格率の高い講義を提供するため相互に協力し続けてきた。被告は、原告が秘密保持義務及び競業避止義務を詳細なものとしようとしたことに反発し、平成22年10月1日以降、業務委託契約を更新しない旨の意思を表示し、同年12月までの間の交渉によっても契約更新の合意に至らず、平成23年3月15日の最終講義の終了をもって原告との業務委託契約関係を終了したものであるが、原告の定めようとした上記秘密保持義務及び競業避止義務は、従前の業務委託契約において定められていた義務を特段加重するものではない上、被告事業が、上記契約関係終了日の翌日である同月16日に開始されていることに鑑みると、被告は、当初から、原告との契約関係終了後速やかな独立を企図していたものとしか考えられない。このように、被告は、原告の予期しない状況の下、突然原告に反旗を翻し、被告事業を開始したものであり、このような被告の行為は、原告に対する不法行為にも該当するものである。
(2) 本件競業避止義務条項の有効性
ア 被告は、本件競業避止義務条項が公序良俗に反し無効であると主張するが、争う。
イ(ア) 保護すべき正当な利益があること
 原告は、司法書士試験の受験者及び合格者の多くが社会人であり、また、約半数が法律初学者であるという現状を踏まえ、合格までの最短距離となるよう講座カリキュラムを組み、テキストを作成し、受験生の利便性を最大限考慮した受講体制を実現している。このような受験指導方法は、原告が「LEC体系」と呼んでいるものであり、原告により長期間をかけて構築された独自性及び有用性のある無形の財産的価値(ノウハウ)であって、競業避止義務によって保護されるべき正当な利益に当たる。
 また、原告は、講師が原告の上記ノウハウに不可欠な存在であることから、講師の育成及び宣伝広告に多大な金銭的及び人的資本を投下しているところ、講師が退職後直ちに競業行為に及ぶと、原告の投下した上記資本は無に帰し、顧客である受講生も同講師の新たな競業先に移転するなど、原告の営業に多大な損失が生じるおそれがある。よって、原告が上記資本投下により蓄積した無形資産も、競業避止義務によって保護されるべき正当な利益に当たる。
 さらに、講義資料等のテキスト、書籍、講義映像等の著作物は、原告の体制上不可欠な要素であり、原告が業務委託者として上記著作物の作成に当たり多大な貢献をし、相応の報酬を支払い、かつ、講義のための環境を整えて提供してきたことも考慮すれば、著作権も競業避止義務によって保護されるべき正当な利益に当たる。
(イ) 原告の事業活動は全国各地に及ぶものであり、地理的範囲を問わず競業行為が問題となるものであるから、本件競業避止義務条項に地理的限定がないことをもって合理性がないとはいえない。また、他の事例との比較や、原告の著作権を侵害しないテキスト等を作成するための準備期間等も考慮すれば、1年間という競業制限期間は短いものであり、合理性がある。さらに、原告の行う事業は、資格試験講座・公務員試験対策、社会人向けキャリアアップ支援事業、人材派遣紹介事業等幅広いものであるから、競業避止義務が生ずる職種、事業形態を個別具体的に記載することは非常に困難であり、制限対象をある程度広範なものとすることもやむを得ない。加えて、本件競業避止義務条項は、被告が司法書士業務を行うことについては何ら制限するものでない以上、被告から生計の途を奪う不当な制約でもない。なお、原告は、競業避止義務の代償措置として退職金等の支払をしていないが、被告はこの点について了承した上で、長期間にわたり業務委託関係を継続し、相応の金銭的待遇を受けてきたものであるし、競業避止義務条項の有効性は、期間、地理的範囲及び営業の種類の限定並びに被告の職種から総合判断すべきものであり、代償措置がないことは、上記有効性に関する結論を覆すものではない。
(ウ) したがって、本件競業避止義務条項は有効である。
(3) 特別許諾の主張について
ア 被告事業につき許諾があった旨の被告の主張は争う。原告が被告に対し、無条件で独立開業を許諾したことはない。
イ 原告が被告に対し交付した「覚書(案)」は、合意のためのたたき台であって、最終的な合意書ではない。これは、上記覚書案の送付後、その内容をめぐって交渉が継続されていたことや、上記交渉継続中、原告が、被告に対し、一貫して業務委託契約の更新を求め続けていたことからも明らかである。
(被告の主張)
(1) 本件競業避止義務条項の無効(民法90条)
ア 本件競業避止義務条項には、正当な保護利益が存しない上、事業の禁止範囲につき合理的限定がなく、原告から被告に対し代償措置が執られておらず、その対象者の合理的な限定もないため、公序良俗に反し無効である(民法90条)。
イ すなわち、一般的に、契約の一方当事者であっても、契約関係終了後は、職業選択の自由(憲法22条1項)の行使として、競業行為を行えるのが原則であり、これを制限するためには、使用者に正当な保護利益が存することが必要であって、競業行為によって、使用者に、単なる事実上の不利益が生ずるにとどまる場合には、競業行為の差止めを請求することはできない。とりわけ、原告と被告との関係は、一年の期間付きの業務委託契約関係(請負関係)にすぎず、被告は、原告にとって、あくまで外部者という位置付けであったから、このような被告に対し、競業避止義務を負わせようとするのであれば、原告にとって高度の必要性を有する正当な保護利益が必要であり、かつ、競業が制限される範囲は、上記利益を保護する必要性の観点から合理的範囲に限定されるべきであり、また、相応の代償措置を講ずることが必須の要件となる。
ウ 正当な保護利益がないこと
(ア)  原告には、競業避止義務を定めることによって保護するべき正当な利益はない。
(イ) 原告は、この点に関し、@ノウハウ、A講師への投下資本、B著作権を保護利益として挙げるが、次に述べるとおり、いずれも、正当な保護利益たり得るものではなく、失当である。
(ウ) @ノウハウの保護について
 競業避止義務が義務者の職業選択の自由を制限する強力なものである以上、その保護利益については、上記制限の正当性について判断することができる程度に具体的に特定して主張するべきであり、単にノウハウが保護利益であると主張するだけでは足りない。また、義務者に対し特別の義務を課すものである以上、当該ノウハウが営業秘密に属するものである(すなわち、秘密管理性、有用性及び非公知性を有するものである)必要があり、もし、そうでないとしても、少なくとも独自性及び有用性がなくてはならない。
 原告の主張する、「LEC体系」と称するノウハウは、原告役員であっても、その具体的内容を把握していないほどに不明確なものである上、被告が原告において委託業務に当たるようになった平成7年時点において、原告の採用していた受験指導方法・体制は、業界の常識ともいうべきものであったから、上記ノウハウに秘密管理性、独自性及び有用性はない。
 また、ノウハウを保護する目的は、競業行為により事業者に不利益が生ずることを避けるためであるから、競業者が当該ノウハウにアクセスしていたことが必要となるが、被告は原告の主張するノウハウの開示を受けたことはなく、アクセスしたこともない。なお、被告が原告において予備校及び講義運営等に関し何らかの情報を得たとしても、それは、日常的な業務遂行の過程で得られた知識・技能にすぎず、競業避止義務によって保護されるべきものではない。
(エ) A講師への投下資本について
 原告は、講師に対し、特に意味のある研修等を行っておらず、また、宣伝広告への講師の個人名等の掲載も、専ら原告の経営政策上の判断に基づき行われたものにすぎない。また、原告が仮に講師に対し何らかの資本投下をしていたとしても、これにより競業避止義務が正当化されるわけではない。なお、被告の講師としての能力は、種々の自助努力により獲得されたものであり、被告が自由に利用できる性質のものである。
(オ) B著作権について
 仮に、被告の作成したテキスト等の著作権が原告に帰属するとしても、これを保護するためには、著作権侵害差止請求等をすれば足りる上、そもそも退職後の競業行為と著作権侵害との間に必然的なつながりはないのであって、原告の主張は、著作権保護を名目として競業関係からの排除をいうものにすぎない。なお、著作権保護を目的とする競業避止義務の創設が一般には可能であるとしても、保護対象となる著作権は契約書において特定されている必要があるが、本件競業避止義務条項は、著作権保護につき何ら言及していない上、著作権に関する定め(第5条)と本件競業避止義務条項(第7条)は離れており、著作権保護の趣旨を本件競業避止義務条項に読み込む根拠を欠く。
(カ) 以上のとおり、原告の主張する点は、いずれも、競業避止義務により保護されるべき正当な利益に当たらない。
 原告の実質的な目的は、競業を禁止して原告との競業関係に立つ可能性のある者を排除し、自由競争を阻害することにあるというべきである。
エ 仮に、原告に保護利益が存するとしても、本件競業避止義務条項は、地域を問わず、原告と競業するおそれのある団体に一切関与してはならないというものであり、地域、職種及び事業形態の限定のない、著しく包括的かつ広汎なものであるから、合理性を欠き、過度の競業避止義務を定めたものというべきである。
 したがって、このような過度の制約に対し相応の代償措置が執られていない限り、本件競業避止義務条項は公序良俗違反により無効であるところ、本件において、被告は、何ら代償措置を受けていない。すなわち、被告は、前記前提事実(2)オのとおり、原告との間の業務委託関係を終了するに当たり、退職金等の金員を一切受け取っておらず、また、在職中も、委託業務に対する報酬のほかに、秘密保持手当等の金員を受領したことはない。
オ 以上のとおり、本件競業避止義務条項は、被告に過度の負担を課す不合理なものであるところ、被告が、このような条項を含む業務委託契約に応じてきたのは、被告が、原告との関係で従属的な立場にあったからにすぎない。原告は、このような非対等な立場にある講師に対し、定型書面で一律に同意を迫り、条項の付加、削除、変更等にも応じず、定型的に競業避止義務を課していたものであり、競業避止義務対象者の合理的限定も何らなされていない。
カ 以上によれば、本件競業避止義務条項は公序良俗に反し無効である。
(2) 特別許諾
ア 原告取締役のQ氏は、平成22年9月6日、被告に電話を架け、「P先生はこれまでとても貢献してくれたので、他社に移るのではなく、自分で独立する分には、契約終了後のレジュメの使用は許可してもいいと社長は言っています。」と発言した。これにより、Q氏を使者とする、原告の被告に対する開業の許諾がされたものである。なお、上記許諾は、同年10月1日以降の業務委託契約締結交渉の中でされたものであり、上記交渉は最終的に決裂しているが、これにより、許諾の効果が失われるものではない。これは、契約交渉打切時に、原告代表者自身が、「今後とも同じ業界に身を置くものとして、契約終了後におきましても、ともに受講生のために精進してまいる所存でございます。」(甲25)と明言していることからも裏付けられる。
イ この点につき、原告は、上記許諾は業務委託契約の更新を条件とするものであり、上記条件が成就していない以上、許諾の効果も生じないと主張するが、争う。原告作成の「覚書(案)」(甲20の3)の「本契約期間中(契約更新された場合を含む)」との文言からは、契約が更新されない場合も想定されていたことがうかがわれるのであり、この場合も、被告が独立開業できることは当然の前提とされていた。原告は、その後、同年11月25日付け「覚書」(甲20の2)で、契約更新を条件とする条項を挿入しているが、意思表示到達後に、一方的に意思表示の内容を変更することができないのは当然である。
(3) 以上によれば、被告に競業避止義務違反はなく、かつ、被告の行為が原告に対する不法行為を構成することもない。
7 争点(5)(競業避止義務違反又は不法行為による損害額)
(原告の主張)
(1) 被告は、被告サイトにおいて、「一般的な資格スクールと全く引けをとらない『3時間×142回』のカリキュラムは、1年で司法書士試験合格レベルに達する安心のカリキュラムです。…講師歴15年のベテラン講師が、自信をもってお勧めできる完成度に仕上がりました。」と宣伝し、長い講師歴を有する被告が一般的な受験予備校と同レベルのカリキュラムを無償で提供すると宣伝している。このような方法で、関西地区における原告の看板講師であった被告が、原告が著作権を有する良質なテキストを複製して使用し、更に、講義そのものを無償で提供しているのであるから、被告事業が原告の営業に与える影響は甚大である。なお、被告が原告を辞めて被告サイトを開設したこと、被告サイトにおいて被告の講義を無料で受講でき、テキストも画面上において無償で見ることができること等の情報は、瞬く間にインターネット上で流れ、種々の書き込みが行われている状況にある。
(2) 原告は、合計170回の講義からなる司法書士試験受験対策講座(15ヶ月合格コース)を、通学(教室における受講)の場合には約50万円、通信講座の場合には約44万円で提供しているが、被告サイトが開設された平成23年3月16日から同年4月25日までの間の上記コースの申込件数は、関西地区4校の窓口受付に限ってみても、3割近く減少しており、被告の上記競業行為による原告の損害は、本件訴訟提起時点である平成23年4月28日時点において、1200万円を下らない。また、今後、被告が上記競業行為を継続した場合、原告の提供する上記コースの申込件数は、平成23年10月末までの累計で100件以上減少するものと見込まれ、その損害は5000万円を下らない。
(3) 原告は、上記損害のうち、1000万円を請求する。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
8 争点(6)(弁護士費用額)
(原告の主張)
 原告は、被告に対し、前記各行為について、本件訴訟を提起せざるを得ず、また、事案の内容、権利関係が複雑かつ専門的であるため、弁護士に本件訴訟の追行を依頼せざるを得なかった。
 原告は、原告訴訟代理人らに対し、弁護士費用として少なくとも200万円を支払うことを約したから、同額は原告の損害として認められるべきである。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
9 争点(7)(謝罪広告の要否)
(原告の主張)
 被告の前記著作権侵害又は競業避止義務違反の債務不履行若しくは不法行為により原告が被った損害は、金銭で評価できるものではないため、別紙謝罪広告目録記載の条件による謝罪広告の掲載が必要である。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(原告書籍に関する著作権譲渡契約の成否)について
(1) 原告書籍に関する著作権譲渡契約の成否に関し、前記前提事実に加え、証拠(各認定事実の末尾に記載する。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 前記前提事実(2)アのとおり、被告は、平成7年1月から、司法書士試験受験対策講座における講師業務等に従事するようになったものであり、前記前提事実(3)のとおり、上記講師業務に従事する中で、講義に使用する資料として本件講義ノートを作成するようになり、次第に、その内容及び体裁を調え、平成9年頃には、司法書士試験科目の一部につき、原告の基本テキストを使用せず、本件講義ノートのみで講義を行うことができるようになった(乙5、被告本人)。本件講義ノートの総頁数は、平成11年頃には3000ないし4000頁、平成16年頃には4500ないし5000頁に及ぶものとなった(被告本人、弁論の全趣旨)。
イ 本件講義ノートは、講義前に被告から原告に使用予定分のデータ等が提供され、原告従業員によって印刷された上で受講生らに配布されており、遅くとも平成13年頃には、印刷・製本された本件講義ノートに、著作権者を原告とする表示が付されるようになった(甲96の1・2、97の1・7、98の1、証人S)。
ウ 被告の講義は受講生らに好評であり、被告の担当講義の受講人数は、平成18年ころまでにかけて次第に増加した。なお、平成16年頃、受講生らから被告に贈られた寄せ書きには、本件講義ノート及びこれを利用した講義内容を高く評価する記載が多く見られる(乙14、15)。同年頃から平成22年頃にかけての原告の宣伝用リーフレットにも、被告の担当する講義の紹介に当たり、「最小限の情報を簡潔に掲載。理解&復習に役立つ!受験生必須アイテム『Pレジュメ』」、「『Pレジュメ』は全てのムダを削ぎ落とし、試験に必要で且つ十分な論点をP講師が命を懸けてまとめ上げたノートです。」など、本件講義ノートをその特徴として挙げ、受講生に好評である旨を強調する記載が見られる(甲58、59、63、乙13、25)。
エ 被告の1時間当たりの講義報酬(業務契約書において、「講義料(通常)」又は「講義(初級講座<講義編>)、「講義(初級)」などと記載されているもの)は、当初年度(平成7年)においては6000円であったが、上記のとおりその講義が好評を得たことなどから、平成9年には6500円、平成10年には7000円、平成11年には7300円、平成12年は7700円、平成13年から同年9月末までについては7800円、同年10月1日から平成16年9月30日までについては8000円、平成16年10月1日から平成19年9月30日までについては9000円、平成19年10月1日以降については1万円(1コマ1時間で3コマ3万円)と順次増額された(甲4、5、6の1・2、7の1・2、8ないし16、68ないし79、被告本人)。また、被告の希望により、被告が担当する講義のコマ数等も、平成18年頃までの間、順次増加した(甲4、5、6の1・2、7の1・2、8ないし16、68ないし79、87、証人R、被告本人)。被告が原告において受ける報酬は、最も多いときで年間1100万円、原告を辞める直前の時期で年間800万円程度であり、被告が司法書士業務を開始する前は原告からの報酬が被告の収入の全てであり、司法書士業務を開業した平成21年3月以降でも被告の収入のうち8割程度を原告における講師業務による報酬が占めていた(被告本人)。
オ 原被告間の業務委託契約に、平成10年以降、本件著作権譲渡条項が付されていることは、前記前提事実(2)ウのとおりである。
カ 原告から被告に対する委託業務については、業務委託契約書又は業務委託規約と併せて合意される業務計画書で規定されていたが、原告は、これに加えて、毎月、委託業務の詳細につき記載した発注書を被告に交付していた(甲68ないし79)。
キ 原告は、平成22年8月23日付けで、被告に対し、前記前提事実(2)イ(セ)の業務委託契約の更改を依頼する文書を送付したが、被告は、それに先立って、各講師宛てに同月10日付けで送付された著作権法遵守誓約書(甲19の3)等の内容に同意できないことなどを理由として、契約更新を辞退する旨のメールを原告担当者宛てに送付した(甲17の1・2、18の1・2)。
 上記著作権法遵守誓約書は、同年6月18日付けで、専任講師等宛てに作成された、原告代表者作成の「講師、専門準社員の社外で出版、講義等の活動と情報漏洩禁止の問題」と題する文書(甲19の2。以下「情報漏洩禁止文書」という。)に基づくものである。同文書には、「ある講師が、LECが組織として積み上げてきたノウハウを、LECとは関係ないところで、発表したとしたら、どうなるか。試験の合格術を自らの発案であるかのように発表して、その売上を自分で取ってしまう。こういうことが起きたら、どうなるか。…講師にとっては、講義で知り得た知識は、LEC内での業務で知り得た秘密。それを講義以外で、発表していけないのは、社員が、社長が、業務上で知り得た秘密を発表していけないことと同じである。…講師の講義内容、制作物の著作権は、会社に帰属するという契約を結んでいる。…講師、専門職の諸君がLECの著作権を侵害する過ちが生じないよう防止するため誓約書(著作権法遵守誓約書)の署名をお願いしたい。」との記載がある。そして、これを受けた「著作権法遵守誓約書」には、「2 業務上作成した著作物に関する一切の著作権は、業務委託契約上、貴社に譲渡したことを確認します。3 貴社が著作権を有するレジュメ、テキストは、私が作成したものであっても、営利・非営利、有償・無償の別を問わず、また、私名義・第三者名義の別を問わず、業務遂行以外の目的で複製、譲渡、出版等致しません。…5 私は、貴社の著作権・ノウハウを漏洩、侵害するような発言・書き込み・情報・映像の提供等を、書籍・新聞・雑誌等の媒体はもとより、インターネット回線を用いたサイト上…においても、一切行いません。」等の記載があり、各講師等が書面押印して、原告代表者宛てに提出する体裁の文書とされている。
ク 原告の大阪支店長であったS(以下「S」という。)、司法書士課統括者であったTらは、同年9月2日頃、被告と面談し、業務委託契約を更新するよう説得に当たったが、被告は、情報漏洩禁止文書を読むと講師は信頼されていないのではないかという不信感がある、レジュメの著作権については、被告が原告で使用している資料と同じ資料を使用しても大丈夫ではないかと過去の担当者が話していたなどと述べ、直ちには更新に応じる様子がなかった。その交渉の中で、Sらは、原告においてテキスト等の制作を委託した場合、1頁当たり1500円程度の対価を支払っているところ、本件講義ノートについても、今後、同程度の金額を支払う可能性がある旨などにも言及した(甲85、乙29、証人S、被告本人)。
ケ 原告取締役であるQ(以下「Q」という。)は、原告代表者の指示を受け、同月6日、被告に電話を架け、被告から、契約期間終了後に本件講義ノートを使用して司法書士試験受験対策講座を実施することができるよう本件競業避止義務条項を修正し、また、本件講義ノートの著作権を共有にしてもらえるのであれば、契約更新について検討する旨の回答を得た(甲86、90、証人Q、被告本人)。
コ 原告は、被告の上記回答を踏まえ、被告が独自に創作した著作物の著作権を原被告の共有とし、上記共有に係る著作物を被告が改訂したり、被告が実施する司法書士試験対策講座等で紙媒体に印刷して配布したりすることを許諾する旨の覚書案(甲20の3、乙38の2)を作成し、同年10月21日、「業務委託契約(現契約どおりの内容)を更新していただく前提で、先生の著作権の取扱につきまして、添付の覚書を取り交わしさせていただくことは可能でしょうか。」等と記載したメールとともに送付した(乙37、38の1・2)。
サ 被告は、同年11月18日、上記覚書案に同意する旨のメールを原告大阪支店従業員に対し送付した(甲20の1ないし3、21の1・2、22、乙16)。
シ 原告は、同月25日、上記覚書案に、第5項として、上記覚書の締結と同時又は速やかに前記前提事実(2)イ(セ)の業務委託規約に係る業務委託契約を更新すること及び更新に至らなかった場合には同覚書は締結日に遡って失効することを内容とする条項を付加し、被告に送付した(甲23の1・2)。
ス 被告は、同年12月2日ないし4日にかけて、原告大阪支店従業員、Sらと面談し、上記条項が付加された理由等につき問うなどし、原告からは、上記条項を「契約更新に関する覚書」と題する別文書(乙9の3)とする案などが示されたが合意には至らず、同月9日、原告から被告に対し、交渉を終了させる旨の連絡文書が送付された(甲25、乙9の3)。
(2) 以上の事実に照らし、原告書籍に関する著作権譲渡契約の成否について検討する。
ア 前記前提事実(3)及び前記第4の1(1)アのとおり、原告書籍は、被告が平成9年ころから順次作成した本件講義ノートの一部であるが、原告書籍は、平成22年から平成23年にかけて原告において開講された講義で使用されたものであり、上記講義は、前記前提事実(2)イ(セ)の業務委託規約に係る業務委託契約に基づき行われたものである。そこで、まず、上記業務委託契約に基づく著作権譲渡の成否についてみると、上記規約第5条には、前記前提事実(2)ウ(エ)のとおり、「乙は、委託業務の遂行に伴い、乙が行った講義を収録した収録物…並びに乙が講義に関係するか否かを問わず制作した原稿…及びこれを使用した書籍・テキスト・レジュメその他の制作物(以下、「本制作物」といい、他人の制作物と合わせて一つの制作物(教材)とする場合を含みます。以下同じです。)の著作権(著作権法第21条〜第28条に定める全ての権利。以下、同じです。)を、発生と同時に甲に譲渡するものとします。」との定めがある。
 上記条項は、原被告間において、業務委託契約に基づき被告が行った講義の収録物及び被告が業務委託契約の遂行に伴い作成した制作物の著作権を原告に帰属させる旨を定めたものであるところ、原告書籍は、前記前提事実(3)及び前記第4の1(1)アのとおり、被告が原告における講義で使用するために作成したものであり、平成22年から平成23年にかけて開講された講義において実際に使用されたものであって、被告が業務委託契約の遂行に伴い作成したものに当たるから、上記条項の「本制作物」に含まれ、原告書籍の著作権(なお、その著作物性の有無については争いがあるが、仮に著作物性が認められるとした場合の著作権の帰属の問題として論じることとする。)は、上記条項により、遅くとも前記前提事実(2)イ(セ)の契約期間において、原告に譲渡されたものと認められる。
イ この点に関し、被告は、前記前提事実(2)ウ(エ)の条項を含む一連の本件著作権譲渡条項は無効であり、また、仮に有効であるとしても、原告書籍を含む本件講義ノートは上記条項の対象には含まれず、又は、原被告間に、本件講義ノートを本件著作権譲渡条項の対象から除く旨の合意があったと主張するので、これらの点について検討する。
ウ 本件著作権譲渡条項の有効性について
(ア) 本件著作権譲渡条項の文言は、前記前提事実(2)ウ(ア)ないし(エ)のとおりであり、@平成10年から平成14年までにおいて、「委託業務の過程で発生した著作権」を、A平成15年から平成18年までにおいて、「委託業務に関してスタッフに発生した著作権」を、B平成19年から平成22年までにおいて、「委託業務の遂行に伴い、乙が行った講義を収録した収録物並びに…原稿及びこれを使用した書籍・テキスト・レジュメその他の制作物の著作権」を、それぞれ、原告に譲渡する旨定めたものであり、いずれも、その対象を委託業務に関して作成された著作物に限定するものであることが認められる。
 この点、前記第4の1(1)カのとおり、原告において、委託業務の内容は、「業務計画書」に記載されるほか、毎月交付される「発注書」に、細目にわたって内容が記載されていたことが認められるのであるから、当事者において、委託業務の内容を明確に特定し、認識することが可能であったと認められるのであって、上記委託業務に関し作成された著作物を特定することも、当事者において、十分に可能であったものと認められる。そうすると、本件著作権譲渡条項が、対象の特定性・明確性を欠くものとは認められず、対象の不特定・不明確を理由として、本件著作権譲渡条項が無効となるものとは認められない。
(イ) また、本件著作権譲渡条項の趣旨及び内容についてみると、原告は、ライブ講義の実施、講義DVD等の販売、インターネット上での講義の配信等に伴う講義資料の印刷製本、データ化、受講生への配布・発送、インターネット上での提供等の営業を円滑に行うため、本件著作権譲渡条項を設けている旨主張している。原告が、教室における直接講義(いわゆる「生クラス」)、教室におけるビデオ講義(「ビデオクラス」)、個別モニターによる講義(「LTVクラス」)、ウェブ上におけるダウンロード又はDVDによる講義(「通信クラス」)など、種々の講義形式を採用していること(甲1、2の1・2)、講義資料等の著作権を制作者が有するものとした場合、上記各形式による講義の実施に伴う資料の配付等に不都合が生じ得るものと考えられること等を考慮すると、上記目的は一定の合理性を有するものということができる。また、著作権譲渡条項の趣旨・目的が上記のとおりのものであることを考慮すれば、上記ウ(ア)でみた本件著作権譲渡条項の対象が不必要に広すぎるものともいうことができない。
(ウ) なお、本件著作権譲渡条項には、平成19年まで対価の定めがなく、平成20年以降は、「前項に基づく著作権譲渡の対価は、業務計画書及び発注書に基づく当該収録講義実施、または、当該本制作物の制作に関する委託料に含まれるものとし、甲の講義収録物及び本制作物…の使用・頒布に関し、乙は甲に対して、当該委託料の他に何らの金銭も請求しないものとします。」と定められており(甲15、16)、著作権譲渡の対価を、委託業務に係る報酬に(すなわち、当該著作物が、個別の制作業務委託に基づき制作されたものである場合には当該制作業務報酬に、講義業務に伴い制作されたものである場合には当該講義報酬に)各含める旨規定していることが認められる。
 本件著作権譲渡条項が、その対象を委託業務に関し作成された著作物に限定するものであることに鑑みれば、上記譲渡対価を委託業務報酬に含めることも合理性を有するものということができ、この点をもって、上記条項自体を不合理なものということはできない。
(エ) この点に関し、被告は、本件講義ノートが本件著作権譲渡条項の対象に含まれるとすれば、その量及び内容に鑑み、対価支払がないことは不当かつ不合理であると主張する。
 しかし、前記前提事実(3)及び前記第4の1(1)アのとおり、本件講義ノートは、被告が、原告における委託業務である司法書士試験受験対策講座を実施するに当たり使用する資料として作成されたものであり、講義を行うための準備の一環として作成されたものとみることができるものである。そして、前記第4の1(1)エのとおり、被告の講義に係る委託報酬金額は、年を追う毎に順次増額されている上、その受ける報酬額は、多いときで年額1100万円程度にも及び、その大部分を講義報酬が占めていたことを各指摘することができる。上記のとおり被告の報酬額が経年的に順次増額され、かつ、多数の講義を任されるなどして多額の報酬を得ることができたのは、被告の講義が受講生らに好評を得て、多数の受講生らを集めることができたことなどに起因するものであるとみることができるが、前記第4の1(1)ウでみた事実に鑑みれば、被告が、本件講義ノートを作成し、経年的にその内容を充実させ、これを利用して講義を行ったことが、被告の講義が上記のとおり評価され、多数の受講生を集め得た大きな要因となっていたことがうかがわれるところである。そうすると、本件講義ノートの作成と、被告が原告から受けた報酬とは密接に関連しているものということができ、その総額が多額に上るものであることにも鑑み、本件講義ノートの対価が、講義報酬に含まれるものとみることが、本件講義ノートの価値に比して不当であり、又は、被告にとって著しく不利益若しくは不合理なものであるとはいえないというべきである。
(オ) なお、被告は、本件著作権譲渡条項により本件講義ノートの著作権が原告に譲渡されるとすれば、下請法及び独禁法に違反することになる旨も主張する。しかし、前記(2)アのとおり、本件講義ノートは、講師業務の委託に伴い制作されたものであるところ、同業務委託に下請法の適用があるとしても、同法に違反する点は見当たらない。また、上記(エ)でみたところによれば、本件著作権譲渡条項が、被告にとって、著しく不利な条件であり、又は原告が被告との関係で優越的地位にあるともいえないから、本件著作権譲渡条項が、独禁法に反するものであるとも認められない。
(カ) 以上のとおり、本件著作権譲渡条項が、その目的及び内容において不当又は不合理なものであるとは認められず、強行法規に反するものであるとも認められない上、前記前提事実及び第4の1(1)でみた事実関係に鑑み、被告が、上記条項を不当に強制されたなどの事情も認めることができない。
(キ) したがって、本件著作権譲渡条項が公序良俗に反し無効であるとは認められない。これに反する被告の主張は採用しない。
エ 原告書籍が著作権譲渡条項の対象に含まれることについて
(ア) 原告書籍が前記前提事実(2)ウの著作権譲渡条項の対象に含まれることは前記(2)アでみたとおりである。なお、前記ウでみたところによれば、本件著作権譲渡条項の対象から講義ノートを除外して解釈しない限り、本件著作権譲渡条項が無効となるものとも認められない。
(イ) 被告は、原被告間の従前の経緯に鑑みれば、本件講義ノートは本件著作権譲渡条項の対象から除外されると解釈すべきであり、又は、本件講義ノートをその対象から除く旨の合意があったと主張する。
 確かに、前記第4の1(1)クないしスのとおり、平成22年9月以降の業務委託契約更新に関わる交渉の中で、原告が、本件講義ノートにつき対価を支払う旨や、その著作権を共有とする旨の提案をしたことが認められるところであって、これらの行動は、本件講義ノートの著作権が、本件著作権譲渡条項により、その作成の都度原告に譲渡されたとすることと必ずしも整合しないものということができる。
 しかし、前記第4の1(1)クないしスでみた経緯に鑑みると、原告の上記各提案は、被告との間の業務委託契約更新に向けた交渉の中で、被告に対する説得材料としてなされたものにすぎず、上記各提案に関係した者において、上記のとおり対価を支払う対象と、著作権が共有となる範囲が一致するのかどうか、上記対価支払と著作権が共有になることが法的に関連するのか否か、上記各提案が、従前の法律関係と整合するものかどうかなどの点に関し、統一的な認識をもった上で、各提案をしたものではないことがうかがわれるばかりか(証人S、Q)、著作権を共有とする旨の提案をするに際して、対価支払の提案については、認識すらしていなかったというのであって(証人Q)、上記各提案が、従前の法律関係を正確に反映してなされたものとは認められない。そうすると、上記提案がなされた事実をもって、平成10年以降の業務委託契約時点において、原告が、本件講義ノートを本件著作権譲渡条項の対象から除く意思であったと推認するのは相当ではないというべきである。
(ウ) また、被告は、従前、原告との間で、本件著作権譲渡条項を形式的なものとする旨の合意があった旨も主張するところ、原告との間の契約更新に関わるやり取りにおいて、被告が、一貫して、従前の担当者から契約終了後において本件講義ノートを用いた被告の活動は制限されない旨聞いていた旨述べていること(甲18の2〔(4)の下から5行目〕、27、85)などに鑑み、被告と原告担当者との間で、上記趣旨のやり取りがあったことがうかがわれるところである(証人Rは、上記趣旨のやり取りをしたことがない旨証言するが、上記各証拠と整合せず、この点については直ちに信用することができない。)。しかし、上記担当者発言が原告において決定権を有する者の意向に基づきなされたものであるか否かは、本件各証拠によっても明らかではない上、上記発言の内容・趣旨も明確ではなく、本件著作権譲渡条項の対象から本件講義ノートを除外し、又は、本件著作権譲渡条項を無効とする無効とするべき意思表示に当たると認めるに足りるものではない。
(エ) したがって、本件講義ノートが本件著作権譲渡条項の対象に含まれず、又はこれを除外する合意があったと認めることはできない。これに反する被告の主張は採用しない。
2 争点(1)イ(原告書籍マーカー部分の著作物性の有無)について
(1) 前記前提事実(3)ウ及びエのとおり、原告書籍は、司法書士試験合格を目指す初学者を対象とする講義で使用するための資料であり、民法の基本的概念を簡潔に説明するものであるが、これに加え、証拠(甲34ないし37、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告書籍について
(ア) 原告書籍1は63頁から成り、冒頭で勉強方法、民法の出題傾向等につき簡潔に記載した上で、第1章を「意思に基づく法律関係」、第2章を「意思に基づかない法律関係」、第3章を「親族・相続」とし、第1章において「売買契約」、「契約するための能力」、「代理」等、第2章において「留置権」、「時効」等、第3章において「婚姻」、「相続」等につき、それぞれ具体例を挙げながら、平易な短い文章や図を用いて、簡潔に説明したものである。
(イ) 原告書籍2は212頁から成り、民法を「第1編 民法総則」、「第2編 物権」、「第3編 担保物権」、「第4編 債権総論」、「第5編 契約総論」、「第6編 契約各論」、「第7編 親族法」、「第8編 相続法」、「第9編 民法全体のまとめ」に分けた中の、「第1編 民法総則」に関し解説したものであって、章立てを、第1章「契約の主体」、第2章「契約の成立と有効要件」、第3章「代理」、第4章「条件・期限」、第5章「時効」とし、各章において、「権利能力」、「意思能力・行為能力」、「未成年者」等(第1章)、「契約成立」、 「意思と表示に不一致がある場合」等( 第2 章)、 「代理制度」、「代理人と相手方との関係」等(第3章)、「条件」、「期限」(第4章)、「時効」(第5章)につき、それぞれ具体例を挙げながら、平易な短い文章や図を用いて説明したものである。
(ウ) 原告書籍3は243頁から成り、上記(イ)でみた編立て中、「第7編 親族法」、「第8編 相続編」及び「第9編 民法全体のまとめ」に関し解説したものであって、章立てを、@第7編に関し、第1章「親族」、第2章「婚姻」、第3章「親子」、第4章「親権・後見・保佐・補助」、第5章「任意後見制度」、第6章「成年後見に関するその他の論点」、第7章「扶養」、A第8編に関し、第1章「相続人」、第2章「相続の効力」、第3章「相続の承認・放棄」、第4章「相続人不存在」、第5章「遺言」、第6章「遺留分」とし(なお、第9編については、章立てはなされていない。)、例えば第7編については、「親族」(第1章)、「成立要件」、「婚姻の無効・取消」等(第2章)、「実子」、「養子」(第3章)、「親権」、「未成年後見」等(第4章)、「任意後見制度の意義」、「任意後見契約の締結」等(第5章)、「成年後見登記制度」、「資格制限」(第6章)、「扶養」(第7章)につき、それぞれ具体例を挙げながら、平易な短い文章や図を用いて説明したものである。
イ 別紙対比表の原告書籍部分について
(ア) 別紙対比表1は、原告書籍2の「第1章 契約の主体」のうち、「一 権利能力」(3頁〜18頁)から、「6 不在者制度と失踪宣告制度」の「(2) 失踪宣告制度」(12頁〜18頁)中、15頁部分を抜き出したものであり、失踪宣告取消の効果につき解説したものである。
(イ) 別紙対比表2は、原告書籍3の「第2章 婚姻」のうち、「三 婚姻の効果」(16頁〜18頁)から、「(3) 夫婦の契約取消権(754)」の全部(16頁17行〜17頁10行)及び「(4) 夫婦財産制」の一部(18頁2行〜14行)を抜き出したものであり、夫婦間の契約取消に関する原則及び例外、その趣旨、留意点等を解説したものである。
(ウ) 別紙対比表3は、原告書籍1の「第1章 意思に基づく法律関係」のうち、「六 二重譲渡」(16頁から18頁)から、17頁部分を抜き出したものであり、不動産が二重譲渡された場合の法律関係について解説したものである。
(エ) 別紙対比表4・5は、原告書籍1の「第1章 意思に基づく法律関係」のうち、「十二 共有」(27頁〜28頁)を抜き出したものであり、共有に関し解説したものである。
(オ) 別紙対比表6は、原告書籍1の「第1章 意思に基づく法律関係」のうち、「十 債権譲渡」(23頁〜24頁)から、24頁部分を抜き出したものであり、債権が二重譲渡された場合の法律関係について解説したものである。
(カ) 別紙対比表7は、原告書籍1の「第1章 意思に基づく法律関係」のうち、「十一 債権の消滅」(25頁〜26頁)から、25頁部分を抜き出したものであり、弁済及び債権の準占有者に対する弁済について解説したものである。
(キ) 別紙対比表8は、原告書籍1の「第1章 意思に基づく法律関係」のうち、「十三 契約の存在の否定」(29頁〜32頁)から、31頁部分を抜き出したものであり、民法94条1項・2項について解説したものである。
(ク) 別紙対比表9は、原告書籍1の「第1章 意思に基づく法律関係」のうち、「十四  務不履行」(33頁〜34頁)から、34頁部分を抜き出したものであり、不動産が二重譲渡された場合の売り主の債務不履行責任について解説したものである。
(ケ) 別紙対比表10は、原告書籍1の「第1章 意思に基づく法律関係」のうち、「十六 債権を担保するための制度」(38頁〜46頁)から、43頁部分を抜き出したものであり、抵当権及び質権の優先弁済的効力について解説したものである。
(コ) 別紙対比表11は、上記(ケ)の「十六 債権を担保するための制度」から、45頁部分を抜き出したものであり、保証人の催告・検索の抗弁権について解説したものである。
(サ) 別紙対比表12は、原告書籍1の「第3章 親族・相続」のうち、「一 親族」(53頁〜59頁)から、53頁部分を抜き出したものであり、婚姻適齢及び未成年者の婚姻における父母の同意について解説したものである。
(シ) 別紙対比表13は、上記(サ)の「一 親族」から、56頁部分を抜き出したものであり、嫡出子及び非嫡出子について解説したものである。
(ス) 別紙対比表14は、原告書籍3の「第8編 相続編」「第1章 相続人」のうち、「二 相続欠格」(121頁〜124頁)から、121頁部分を抜き出したものであり、民法891条1号所定の相続欠格事由にいて解説したものである。
(セ) 別紙対比表15は、上記(ス)の「二 相続欠格」から、124頁部分を抜き出したものであり、相続欠格事由に該当した場合の効果について解説したものである。
(2) 検討
ア 著作権法は、著作権の対象である著作物の意義について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しているのであって、当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には、当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方、思想、感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては、著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならない。そして、当該作品等が、「創作的」に表現されたものであるというためには、厳密な意味で作成者の独創性が表現として現れていることまでを要するものではないが、作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要するものであって、表現が平凡かつありふれたものである場合には、作成者の個性が表現されたものとはいえず、「創作的」な表現ということはできないというべきである。
イ 前記(1)ア(ア)ないし(ウ)のとおり、原告書籍は、司法書士試験合格を目指す初学者向けのいわゆる受験対策本であり、同試験のために必要な範囲で民法の基本的概念を説明するものであるから、民法の該当条文の内容や趣旨、同条文の判例又は学説によって当然に導かれる一般的解釈等を簡潔に整理して記述することが、その性質上不可避であるというべきであり、その記載内容、表現ぶり、記述の順序等の点において、上記のとおり民法の該当条文の内容等を簡潔に整理した記述という範囲にとどまらない、作成者の独自の個性の表れとみることができるような特徴的な点がない限り、創作性がないものとして著作物性が否定されるものと解される。
ウ(ア) 以上を前提に、まず、原告書籍のうち、別紙対比表1の記述内容についてみると、前記(1)イ(ア)のとおり、別紙対比表1は、失踪宣告取消の効果について解説したものであり、具体的には、「失踪宣告取消の効果/失踪宣告が取消されると、その宣告は初めからなかったものと扱われる/→死亡したものとみなされたことから発生した法律関係は/原則、全部復元する(失踪宣告前の状態に戻す)/→相続財産・生命保険金の返還、婚姻関係の復活/→しかし/これを貫くと失踪宣告を信じていた者は不測の損害を被る/→そこで/復元に一定の制限を設ける/a失踪宣告を直接の原因として財産を取得した者/→「現に利益を受ける限度」で返還すればよい(32U)/ex.相続人・生命保険金受取人・受遺者(遺贈を受けた者)」(判決注:「/」は改行を示す。以下同じ。)などと記述し、その具体例を図示するなどして説明したものである。
(イ) 上記記述は、内容において、該当条文(ここでは民法32条)の規定内容、趣旨、効果等として一般的に理解されるところを記載したものにすぎない。また、表現ぶりにおいても、簡潔かつ平易な表現であるということができるものの、上記イでみた原告書籍の性質上、このような表現ぶりは、ありふれたものであるというべきである。さらに、その記述の順序をみても、失踪宣告取消に関する原則論について述べた上で、上記原則を貫いた場合に生じる不都合について述べ、上記原則の修正としての例外規定の内容及び具体例について述べたものであり、格別の特徴があるものとはいうことができない。また、上記説明において具体例を挙げることも、原告書籍の性質上ありふれたものであるところ、上記具体例の内容をみても、父の失踪宣告が取り消された場合において、子が失踪宣告により得た相続財産1000万円中、残存500万円、生活費300万円、競馬等の遊興費200万円のどの範囲を現存利益として返還すべきかを示すというものであり、上記具体例の内容に、「1000万」を長方形で囲み、財産の流れを矢印で示すなどという表現上の工夫点を加えて見たとしても、独自の工夫といえる点はなく、ありふれたものというべきである。
(ウ) これに加えて、原告は、太字、アンダーライン、付点等による強調、枠囲み、矢印の使用、余白の取り方、イラストの使用等に表現上の特徴があるとも主張する。
 この点、原告は、原告書籍中、被告書籍と実質的に同一であると考える部分を、原告書籍マーカー部分として特定した旨主張しており、請求の趣旨において、被告書籍マーカー部分の複製等の差止めを求めていることなども考慮すれば、原告書籍マーカー部分につき、著作権侵害を主張するものであると解される。
 そもそも、ある作品等の一部につき、複製等がされたとして著作権侵害を主張する場合においては、当該作品等の全体が上記の意味における著作物に該当するのみでは足りず、侵害を主張する部分自体が思想又は感情を表現したものに当たり、かつ、当該部分のみから、作成者の個性が表現として感得できるものであることを要するものと解するべきであるから、原告書籍においても、その全体が著作物に該当するのみでは足りず、侵害を主張する部分(原告書籍マーカー部分)について、著作物に該当することを主張すべきものと解される。
 そうすると、原告書籍マーカー部分に含まれない部分である余白の取り方等に関し、著作物性を主張することは、原告の請求内容とは整合しないものというべきであるが、この点を措くとしても、強調のために太字、アンダーライン等を使用し、区切りやまとまりを示すために枠囲みや矢印を使用するということ自体はありふれたものである。また、具体的に強調されている部分等をみても、原告書籍は、「ただし、現存利益で足りるのは善意者のみ」との記述中の「善意者」の部分を強調するなど、作成者において、司法書士試験対策として重要であると考えた記述部分を強調していると思われるものであるところ、どの部分を重要であると考え、強調するかという点は思想又はアイデアに属するものであると考えられる上、これを表現であるとみたとしても、原告書籍の性質上、その記述の一部を強調するということはありふれたものであるというべきである。また、どの部分を強調するかという強調部分の選択においても、一般に重要であると解されるところを選択したものにすぎず、特段、特徴的なところは見いだせない。区切り、囲みについても同様であり、問題意識、理由付け、結論等、それぞれ分けることができると考えられる部分を区切り、又は一定のまとまりがあると考える部分を囲むということ自体は思想又はアイデアに属するものであると考えられる上、これを表現であるとみたとしても、その選択及び方法に特徴的なところは見出すことができない。
 イラストの使用についてみても、原告書籍のイラストは、いずれも、市販のソフトウェアに収録されたイラスト素材データを使用したものであって、その著作権は、当該収録データの制作者又はソフトウェア販売者に帰属するものと認められるから(乙44、被告本人)、当該イラストの具体的表現(対比表1において、苦笑しているような表情の男性の顔が描かれているもの)が、原告書籍の著作物性の根拠となるものとは認められない。具体的表現を離れたイラストの表示(当該位置にイラストを挿入するということ)自体は思想又はアイデアに属するものであるというべきであり、やはり、著作物性の根拠となるべきものとは認められない。人物のイラストの横に楕円を付し、人物の台詞とみられる文章(対比表1において、「なんや、オヤジ、生きとったん・・・」との文章部分)を挿入することも、ありふれたものというべきであり、上記文章の内容も、具体例の内容に沿った、ごく短いものであり、個性の現れとみることのできるものではない。
(エ) 以上によれば、原告書籍のうち、別紙対比表1の部分に著作物性は認められない。
エ(ア) 原告書籍の対比表2ないし15の記述部分について個別にみても、別紙対比表1について上記ウでみたところと同様であり、各部分において説明しようとする各法概念(前記(1)イ(イ)ないし(セ)でみたもの)の内容、趣旨、効果等として一般的に理解されるところを記載したものにすぎず、その表現ぶりや記載の順序についても、原告書籍の性質上、ありふれたものというべき範囲を超えるものは見いだせない。
(イ) これを具体的に述べれば、
a 対比表2については、条文や判例の説明部分には、表現上の創作性は認められないし、具体例は理解をしやすくするためのアイデアとはいえるが、その表現に創作性は認められない。また、枠囲みやイラストの使用も創作的表現と認めることはできない。
b 対比表3については、項目立てや条文及び二重譲渡の法理の説明部分に表現上の創作性は認められないし、具体例は理解をしやすくするためのアイデアとはいえるが、その表現に創作性は認められない。また、枠囲みやイラストの使用を創作的表現と認めることはできない。表の記載については、後記(ウ)のとおりである。
c 対比表4については、項目立てや条文の説明部分に表現上の創作性は認められないし、具体例は理解をしやすくするためのアイデアとはいえるが、その表現に創作性は認められない。図の使用や個人主義的所有権の原則の説明部分については、後記(ウ)のとおりである。
d 対比表5については、項目立てや条文の説明部分に表現上の創作性は認められない。別紙対比表4と同じく、平行四辺形の中に「1/2A 1/2B」などと表示した図が多用されており、図解により分かりやすくする工夫は見られるものの、図解にすること自体はアイデアにすぎず、図解の内容についても創作的な表現とは認められない。
e 対比表6については、条文や判例の説明部分に表現上の創作性は認められない。また、債権の二重譲渡を矢印とイラストで分かりやすく表示し、枠囲みの中に、債権の二重譲渡における債務者の公示手段としての役割を、短い文章を矢印で連ねて分かりやすく表示しているものといえるが、これらも受講者の理解を容易にするためのアイデアにすぎず、個々の表現に創作性が認められるものではない。
f 対比表7については、項目立てや条文、弁済の効果、弁済の概念の説明内容に創作的な表現は認められない。債権の準占有者に対する弁済の説明においては、枠囲みの中に具体例や質問形式を採り入れ、分かりやすくする工夫がみられるが、これもアイデアの領域であり、その表現に創作性があるとは認められない。債権の準占有者に対する弁済の制度趣旨についての説明部分については、後記(ウ)のとおりである。
g 対比表8については、項目立てや条文、判例の説明内容に表現上の創作性は認められない。また枠囲みを用いて、その中で、具体例を図示し、質問形式を採用する、心裡留保との相違点を説明するなどの工夫がみられるが、いずれもアイデアの領域にとどまり、表現上の創作性が認められるものではない。口語調の表現部分については、後記(ウ)のとおりである。
h 対比表9については、二重譲渡と履行不能の関係を図や枠囲み、矢印を用いて分かりやすく表現したものであるが、いずれもアイデアの領域にとどまり、表現上の創作性を認めることはできない。
i 対比表10については、抵当権・質権の優先弁済的効力を枠囲みの中に図をもって示し、債権者平等の原則の場合と対比して分かりやすく説明したものであるが、このように対比的に表現すること自体はアイデアにすぎないものであり、具体例の表現等においても創作性は認められない。
j 対比表11については、催告・検索の抗弁権の条文の内容をイラスト入りで説明したものであるが、特に表現上の創作性は認められない。
k 対比表12については、項目立てや条文の説明内容に表現上の創作性は認められない。最初の枠囲みの中では具体例が挙げられ、質問形式とする工夫がみられるが、いずれもアイデアの領域にとどまり、表現上の創作性は認められない。父母の同意についての図表化部分については、後記(ウ)のとおりである。
l 対比表13については、嫡出子と非嫡出子について、枠囲みの中で具体例を示し、質問形式にするなどの工夫が見られ、その他、嫡出子と非嫡出子の相違を対比的に図示するなどの工夫も見られるが、いずれも受講者の理解が得られるように工夫したというアイデアに属するものであって、表現上の創作性があるとは認められない。懐胎期間の矢印による説明については後記(ウ)のとおりである。
m 対比表14については、相続の欠格事由を枠囲みやイラストを用いて説明したものであるが、表現上の創作性を認めることはできない。
n 対比表15については、項目立てや条文、法律効果の説明内容に創作性を認めることはできない。図を用いて説明した部分についても、創作的な表現と認めることはできない。
(ウ) なお、別紙対比表2ないし15には、「各共有者は自分の持分だけ分けてくれと、いつでも請求OK/※個人主義的所有権の原則」(別紙対比表4)、「※迅速な弁済をなすためには、ある程度債務者の責任を軽くしてやらなければならない/そうしなければ、取引を中心とする経済活動が止まってしまい、また、多くの履行遅滞をひきおこすことになる」(別紙対比表7)、「※虚偽の外観を信じた第三者(C)を保護してやるため/また、本人(A)は自ら虚偽の外観を作出した点に帰責性(落ち度)があるから権利を失ってもやむを得ない」(別紙対比表8)等、他の法律書、受験対策本等(甲52、53、乙19、20)に直ちに同様の表現を見出すことができないような、口語調でくだけた調子の部分がみられる。しかし、上記表現自体は、当該法概念等を説明するためのありふれたものの域を出るものではなく、作成者の独自の個性の表れとみることのできるような特徴的なものには当たらない。
 また、別紙対比表2ないし15中には、@2行掛ける2列の枠内に「1 所有権保存(A)、2 所有権移転(C)」と各記載した表(別紙対比表3)、A平行四辺形の中に「1/2 A 1/2 B」と表示し、「1/2 B」部分を丸で囲んで、平行四辺形の外の「C」の表示に向けて横向きに矢印を引いた図(別紙対比表4)、B4行の枠内に、上から順に「a 父母の一方が同意しないとき」、「b 父母の一方が死亡したとき」、「c 父母の一方が行方不明のとき」、「d 父母の一方がその意思を表明できないとき」と記載した表( 別紙対比表12)、C横方向に右向きの長い矢印を引き、上記矢印を左側から順に短い縦線で区切り、「懐胎」「婚姻」「離婚」「出生」と記載した上で、矢印上部に、「懐胎」から「出生」までの部分を指示して「懐胎期間」と表示し、矢印下部に、「出生」の表示から矢印を引いた上で、「嫡出子」との表示をした図(別紙対比表13)など、種々の図表を挿入した部分がみられる。しかし、上記図表のうち、具体例を図示したもの(上記@又はA等)については、土地を平行四辺形で、権利の移転等を矢印で、人を「A」、「B」などの記号で表現するなどしたものであり、表現の仕方においてありふれたものである上、その内容についても、例えば、上記Aにおいて、共有関係にある者が、自己の持分を第三者に自由に処分することができることを、土地につき二分の一ずつの持分を有する場合を挙げて示したものであり、当該法概念を説明するための具体例としてありふれたものであって、特段の工夫はみられない。また、法令の内容を整理した表(上記B又はC等)については、例えば、上記Bの図が、民法737条2項の規定内容を、上から順に箇条書きしたものであることに顕著にみられるとおり、いずれも、比較的単純な法概念につき、法令の内容に従って整理し、図表化したというにとどまるものであり、やはり、特段の工夫が見られるものではないというべきである。別紙対比表に表示されたいずれの図表についても同様であり、特段の工夫がみられるというべきものは見当たらない。
オ 加えて、原告は、全体の構成や項目立て、体裁(記述、図表、イラスト等の配置の順序、位置等)についても著作物性の根拠となると主張する。しかし、前記2(1)ア(ア)のとおり、原告書籍1は、民法全体を3章に分け、各章において更に複数の小項目を設け、各小項目においてテーマとされた法概念(「売買契約」等)につき、数ページを用いて説明するものである。また、前記2(1)ア(イ)及び(ウ)のとおり、原告書籍2、3は、民法全体を9編に分けた上で、各編を更に複数の章に分け、各章において、複数の小項目を設け、各小項目においてテーマとされた法概念につき、数ページないし数十ページを用いて説明するものである。これに対し、前記2(1)イのとおり、原告書籍の別紙対比表部分は、原告書籍のうち、各章における小項目の一部分(1ないし2頁)を抜き出したものにすぎず、原告書籍マーカー部分は、その更に一部分にとどまるものである。
 そうすると、原告書籍を全体として、又は一定以上のまとまりのある部分についてみた場合に、原告の主張するような点に、何らかの作成者の個性が表現されているとみる余地があるとしても、本件で問題となる原告書籍の別紙対比表部分又は原告書籍マーカー部分からは、上記個性を感得することはできず、この点において著作物性を認めることはできないものというべきである。
カ したがって、原告書籍マーカー部分に著作物性は認められない。
3 小括
 以上のとおり、原告書籍マーカー部分に著作物性が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、被告による著作権侵害は成立せず、著作権侵害を理由とする原告の請求(差止請求、削除請求及び損害賠償請求)はいずれも理由がない。
4 争点(4)(被告事業は、本件競業避止義務条項に反し、又は不法行為を構成するか。)について
(1) 本件競業避止義務条項の内容は前記前提事実(2)エのとおりであって、被告につき、業務委託契約期間終了後1年間、原告と競合関係に立つ企業等への一切の関与及び競業事業の開業を禁ずるものであるところ、前記前提事実(2)アのとおり、被告は、原告との間で業務委託関係にあった者にすぎず、業務委託関係終了後は、本来、他企業への関与又は事業の実施を自由に行うことができるべきものである。そうすると、本件競業避止義務条項は、業務委託関係終了後における被告の職業選択の自由に重大な制約を新たに加えようとするものということができるから、このような条項が有効とされるためには、原告が確保しようとする利益の性質及び内容に照らし、競業行為の制約の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、これにより被告が受ける不利益に対し、十分な代償措置が執られていることを要するものと解するのが相当である。
(2) そこで本件につき、これらの点を検討すると、原告は、本件競業避止義務条項により保護されるべき原告の利益として、原告の構築した受験指導方法・体制(「LEC体系」)に係るノウハウ、多大な投資を行うことによって育成した講師という無形資産、原告の貢献によって作成された著作物の著作権を挙げる。しかし、上記各利益のうち、ノウハウに関する点については、その具体的内容自体明白ではなく、競業避止義務により保護されるべき利益に当たると認めるに足りない。原告代表者作成の書籍においては、「LEC体系」という文言が用いられ、「LECでは合格自体が目的」、「講師に『身分・肩書き』はいらない」などの記載があるが(甲66)、上記書籍によっても、ノウハウの具体的内容は明らかではない。また、原告が講師の育成に努めたものであるとしても、これにより当該講師が習得した知識・技能等が、原告の営業秘密たる技術又はノウハウ等に係るものである場合は別論、一般的な知識・技能にとどまる場合には、当該講師が原告との関係終了後に上記知識・技能を使用することは本来自由であるから、これを制限することは、自由競争を制限することに他ならず不当なものというべきであるところ、本件において、原告が被告に対し、原告の営業秘密たる技術又はノウハウ等を開示し、被告がこれを習得したと認めるに足りる主張及び立証はない。更に、著作権については、これを保護するために必ずしも競業避止義務による必要はないものであり、これを保護利益とするためには、その必要を基礎づけるだけの特段の事情が必要であると解されるところ、その特段の事情についての主張立証もない。そうすると、原告の主張する保護利益については、いずれも競業避止義務により保護されるべきものと認めるだけの、主張立証がない(前提事実(4)のとおり、被告は被告サイト上において、被告書籍マーカーを含む被告書籍を無償で配信しているものであるが、被告書籍マーカー部分に相当する原告書籍マーカー部分に著作物性が認められないことは前記のとおりであり、上記の点を、著作権を保護利益とみるべき根拠とすることはできない。)
 他方、本件競業避止義務による制約の内容は、前記前提事実(2)エのとおり、本件契約終了後1年間であって、一般的な競業避止義務条項に比較して長期とは認められないものの、競業が禁止される地理的範囲を問わず、原告と競合関係に立つ企業への一切の関与及び起業を禁ずるというものである。これは、原告と被告との関係が、契約の更新期間を1年間とする業務委託契約に基づくものにすぎず、前記のとおり、原告に保護利益が存することの主張立証がないことも考慮すれば、広範にすぎ、かつ、被告に対し重大な不利益を課すものであるということができる。それにもかかわらず、被告に対し、契約関係終了前後を通じて、何らの代償措置も執られていないことは、原告も自認するところである(被告に対し、年額約1100万円の報酬が払われた時期があったとしても、これは、主として被告の実施した講義の対価〔1時間当たり6000円ないし1万円〕であって、その中には本件講義ノートの著作権が原告に譲渡されることの対価が含まれていることにも照らせば、これをもって競業避止義務の代償措置と認めることはできない。)。
(3) そうすると、本件競業避止義務条項による制約が、必要最小限度のものとは認められず、代償措置も執られていない以上、本件競業避止義務条項は、合理的理由なく過大な負担を被告に一方的に課すものとして、公序良俗に反し、無効であると認められる。
(4) したがって、被告は原告に対し競業避止義務を負うものではなく、被告に、本件競業避止義務違反の債務不履行は認められない。
(5) なお、原告は、原被告間の従前の経緯等に鑑みれば、被告事業は原告に対する不法行為を構成するとも主張するが、本件各証拠によって認められる被告事業の開始に至る経緯をみても、上記事業が、自由競争の範囲を逸脱し原告に対する不法行為を構成するとみるべきような事情は認められない。
5 小括
 以上によれば、被告に本件競業避止義務違反の債務不履行又は不法行為の成立は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、これらを理由とする原告の請求(損害賠償請求)は理由がない。
 また、被告に、著作権侵害の不法行為、競業避止義務違反の債務不履行又は不法行為のいずれの点も認められない以上、弁護士費用の請求についても同様に理由がない。なお、原告は、謝罪広告の掲載も請求しているところ、上記請求の法的根拠については明確ではないが、被告に、債務不履行又は不法行為の成立が認められない以上、いずれにしても理由がない。
第5 結論
 したがって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 森川さつき
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