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【事件名】「北朝鮮の極秘文書」翻訳書の譲渡権事件(2) 【年月日】平成24年9月10日 知財高裁 平成24年(ネ)第10022号、第10033号 損害賠償請求、謝罪広告掲載等反訴請求控訴、同附帯控訴事件 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第20337号(本訴)、第29362号(反訴)) (口頭弁論終結日 平成24年6月27日) 判決 控訴人兼附帯被控訴人(本訴原告・反訴被告) X(判決中では「原告」と表記) 訴訟代理人弁護士 小口恭道 同 渡辺智子 同 浅井正 被控訴人兼附帯控訴人(本訴被告・反訴原告) 株式会社麗書林(判決中では「被告会社」と表記) 被控訴人兼附帯控訴人(本訴被告・反訴原告) Y(判決中では「被告Y」と表記) 両名訴訟代理人弁護士 片岡朋行 同 江森史麻子 主文 1 本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。 (1) 被告らは、原告に対し、連帯して363万3759円及びこれに対する平成16年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 原告のその余の請求を棄却する。 (3) 被告らの反訴請求を棄却する。 2 本件附帯控訴を棄却する。 3 訴訟費用は、第1、2審を通じて(第1審については原告と被告らに関する部分)、これを2分し、その1を原告の、その余を被告らの負担とする。 4 この判決第1項の(1)は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 当事者の求めた判決 1 控訴の趣旨 原判決を次のとおり変更する。 (1) 被告らは、原告に対し、連帯して1、500万円及びこれに対する平成10年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被告らの反訴請求を棄却する。 (3) (1)につき仮執行宣言 2 附帯控訴の趣旨 (1) 原判決中、被告ら敗訴部分を取り消す。 (2) 原告は、被告らに対し、日刊・大阪日日新聞の社会面に原判決別紙1記載の謝罪広告を、原判決別紙2記載の掲載要領により、1回掲載せよ。 (3) 原告は、被告会社に対し、250万円及びこれに対する平成20年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (4) 原告は、被告 Y に対し、250万円及びこれに対する平成20年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (5) (2)〜(4)につき仮執行宣言 第2 事案の概要 1 原告は、次の原告書籍につき編集著作物の著作権を有すると主張し、韓国の高麗書林名義で出版された次の韓国書籍について、原告に無断で原告書籍の一部を掲載したものであり、被告らが韓国の高麗書林と共謀して同書籍を製作・販売したことにより著作権(複製権、翻案権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)が侵害されたなどと主張して、被告会社と、韓国書籍が出版された当時の被告会社の代表取締役であった被告 Y に対し、著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償ないし不当利得返還を請求する(本訴事件)。 原告書籍:題号を「米国・国立公文書館所蔵 北朝鮮の極秘文書(1945年8月〜1951年6月)」とし、原告を編者及び著者とする全3巻(上・中・下巻)の書籍 韓国書籍:題号を「美國・國立公文書館所蔵 北韓解放直後極秘資料(1945年8月〜1951年6月)」とする全6巻の書籍 これに対し、被告らは、原告の執筆した日刊・大阪日日新聞の記事や、原告が朝鮮史研究会の会場において来場者に配布したビラ等に、被告らが原告書籍を無断で盗用し、著作権侵害の海賊版(韓国書籍)を製作・販売したかのような内容が記載されていることによって、名誉及び信用を毀損されたと主張して、謝罪広告の掲載と不法行為に基づく損害賠償を求めている(反訴事件)。 2 原判決は、本訴につき、多数の文書を収録した部分(原告書籍収録文書)と原告が執筆した解説文(原告書籍解説)からなる原告書籍に関して、原告書籍収録文書が編集著作物であることと、韓国書籍の解説文が原告書籍解説の翻案であることを認めた上で、被告らには韓国書籍を販売したことについて過失があるとして譲渡権侵害の不法行為を認め、30万円の限度で請求を認容した。反訴については、記事等の内容が真実であると信ずるについて相当の理由があったとはいえないとして、損害賠償請求を各33万円の限度で認容し、謝罪広告請求はその必要がないとして棄却した。 なお、原審では、被告Yの子で被告会社の代表取締役であるAも本訴被告となっていたが、原審で同人に対する請求は棄却となり、原告は同人に対する控訴を提起していない。 3 当審において、原告は、本訴請求額を原審での3687万2000円から1500万円に減縮した。被告らも、原審での金銭請求額が各1375万円であったのを、附帯控訴を各250万円の限度にとどめている。 4 争いのない事実等は、原判決4頁7行目以下の「1 争いのない事実等」記載のとおりである。 第3 当事者の主張 1 原審からの主張 原審における当事者の主張は、原判決8頁7行目以下の「3 争点に関する当事者の主張」記載のとおりである。 2 当審における原告の主張 (1) 被告らが韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したかについて 原判決は、原告が原審で主張した、被告らが韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したことに関する多数の間接事実のうち一部のみを認定し、共謀による製作の事実は認められない旨判断した。 しかしながら、原判決が認定しなかったその余の事実についても、証拠上容易に認定可能であり、それらの事実をも総合すれば、共謀による製作の事実は認定できる。 さらに、韓国書籍の奥付には、韓国高麗書林の住所として「」と記載されており、Bの経営する韓国高麗書林とは住所が異なっている。「 」を所在地とする「高麗書林」は遅くとも昭和59(1984)年には存在しており(甲85)、被告らがBと決別したと主張する平成元(1989)年以降も、被告会社は、上記所在地の「高麗書林」から、原告書籍を含めて各種書籍を輸入と称して持ち込んでいる。加えて、上記所在地の「高麗書林」の平成9(1997)年版の図書目録には、被告会社の発行する書籍が多数記載されている(甲87)。これらの事情からしても、原告書籍を発行した上記所在地の「高麗書林」は、被告Yによるダミー会社である。 また、原判決は、Bが韓国書籍の出版前にソウル市内で原告書籍の貸出しを受けていたことをもって、共同製作を否定する根拠の一つとしているが、上記の間接事実からすれば、Bは原告書籍に関する情報を被告Yから得ていたと認定するのが相当である。 (2) 被告らが著作権等侵害の「情を知って」韓国書籍を販売したか(著作権法113条1項2号)について 上記(1)で主張した事情からすると、被告らは、韓国書籍発行時から、そうでなくとも、これを仕入れた直後には、著作権等の侵害の「情を知って」韓国書籍を販売した。 (3) 譲渡権侵害の有無について 被告らは、韓国書籍を仕入れた直後には、譲渡権侵害について過失があった。 (4) 原告の損害について 当審での請求内訳は、著作権侵害によるものが1200万円で、著作者人格権侵害によるものが300万円である。 逸失利益の計算について、原告書籍の販売による原告の利益は売上の6割程度を下回らない。なぜなら、原告は、コピー機を購入し、原告自身がコピーする方法で原告書籍を印刷しており、製本と販売のみを外注・委託したからである。 原判決のように、許諾料相当額の損害を認定するとしても、原告書籍の出版方法を含めた諸事情を総合すれば、許諾料は3割を下回らない。 3 当審における被告らの主張 (1) 譲渡権侵害の有無について 原判決は、被告会社の過失を認定した。しかしながら、法人の主観的態様(善意・悪意や過失の有無等)については、法人の代表者を基準に判断すべきであるところ、被告Yが被告会社の代表取締役を退任した平成15年4月30日以降は、Aのみが代表取締役であり、原判決は、そのAの過失を否定しているから、同日以降の被告会社の過失は否定されるべきである。 (2) 消滅時効の成否について 原判決は、被告らが被告会社による平成14年4月4日以降の韓国書籍の販売について消滅時効を主張するには、原告において被告会社が同日以後も韓国書籍の販売を続けたことを認識していた必要があるとした上で、そのようなことを認識していたとは認められないとして、消滅時効の成立を否定した。 しかしながら、原告は、平成14年4月4日に被告会社の店舗を訪問した際、店舗内の書棚に韓国書籍全6巻が陳列され、販売が継続されているのを確認しており、その後も販売が継続されることを認識していたといえる。したがって、同日以降の販売分について消滅時効の成立を認めるべきである。 (3) 原告の損害について 上記(1)で主張したとおり、平成15年4月30日以降、被告会社の過失は否定されるべきであり、同日以降に販売された韓国書籍6セットを損害の算定から除外すると、逸失利益総額は多くても10万8000円にすぎない。 (4) 被告らの損害(反訴)について 原告が、本件ビラ等を各100部作成し、その大半を朝鮮史研究会の会員や朝鮮問題の講演の参加者等に配布したことや、それらの配布を受けた者が被告会社の主要取引先の大学関係者であることなどを考慮すると、原判決が認定した30万円は過少評価である。 (5) 謝罪広告の要否(反訴)について 上記(4)で主張した事情からすると、謝罪文の掲載は必要である。 第4 当裁判所の判断 1 原告書籍収録文書の編集著作物該当性、翻案権侵害の有無、著作者人格権侵害の有無について (1) 当裁判所も、原告書籍収録文書は編集著作物であって、韓国書籍収録文書は原告書籍収録文書の複製物に当たり、また、韓国書籍解説は原告書籍解説の翻案権を侵害するものと判断する。その理由は、原判決35頁23行目以下の「1 本訴争点1(原告書籍収録文書は、編集著作物か)について」及び40頁8行目以下の「2 本訴争点2(韓国書籍解説は、原告書籍解説に係る原告の著作権(翻案権)を侵害するか)について」のとおりである。 (2) 争いのない事実等、証拠(甲5の10、6の10、7の12、8の2、20の1〜3、21)及び弁論の全趣旨によれば、韓国書籍には、原告書籍の著作者である原告の氏名が表示されておらず、また、韓国書籍の解説文は、原告書籍解説から、原判決別紙「原告書籍解説から削除した部分一覧表」記載の点を削除したものであることが認められる。 したがって、韓国書籍は、原告の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)についても侵害するものである。 2 被告らが韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したかについて (1) 争いのない事実等、証拠(甲8の1〜13の7、24の1及び2、28、31〜33、37の1〜42、44の1〜甲48、50の1及び2、52の1〜4、67、80、乙35の1〜8、44の1、45、46、原告本人、被告 Y 本人、A本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ア 被告YとBとは、いずれも北朝鮮の平安北道定州郡安興面岩竹洞の出身者であり、実の兄弟である(甲52の1〜4、乙45、争いのない事実等)。 イ 被告Yは、昭和27年に来日し、日本での在留許可を得て、日本において、昭和37年に「高麗書林」の屋号で韓国の書籍の輸入販売業を始め、昭和42年に被告会社を設立し、平成15年4月30日まで代表取締役であった(乙44の1及び2、45)。 ウ Bは、もともとソウル市で衣類販売業を営んでおり、被告Yが高麗書林の屋号で上記業務を始めたころ、被告Yと相談の上、高麗書林のための韓国側の窓口として、高麗図書貿易の屋号で、韓国内において各出版社から書籍を購入して日本に輸出する業務を行うようになった。 また、Bは、遅くとも平成元(1989)年までには、「高麗書林」の屋号、すなわち韓国高麗書林として出版業を営んでおり、平成11(1999)年に韓国で発行された書籍においても、韓国高麗書林の代表である旨記載されている。(甲44の1〜3、50の1及び2、52の1〜4、67、乙45) エ 被告会社は、少なくとも平成元年までは、高麗図書貿易を韓国側の窓口として、韓国の書籍を輸入していた(乙45)。 オ 韓国高麗書林は、不二出版株式会社(不二出版社)が昭和61年から平成5年までの間に発行した以下@〜Eの題号の書籍(これらを総称して、以下「不二出版書籍」という。)について、これらの書籍が発行されたころ、不二出版社に無断でこれを複製し、同一ないしほぼ同一の題号の書籍(これらを総称して、以下「不二出版書籍無断複製本」という。)として出版した(甲28、47、48)。 @ 特高警察関係資料集成 A 百五人事件資料集 B 高等外事月報 C 朝鮮軍概要史 D 思想彙報(上・下) E 朝鮮思想運動の概況 カ 被告会社は、昭和61年から平成5年までの間に、不二出版社から不二出版書籍を購入し、その後、上記購入と近接した時期に、韓国高麗書林から不二出版書籍無断複製本が発行された。 また、被告会社は、韓国から不二出版書籍無断複製本を輸入し、これを日本国内の大学図書館などに販売した。 (甲28、33、甲37の1〜甲42、46〜48、67) キ 不二出版書籍無断複製本のうち朝鮮軍概要史の表紙には、「麗書林」のロゴが印刷されているが、このロゴは、被告会社が販売図書の広告に用いていたロゴと同一の書体であった(甲32の1及び2)。 被告Yは、平成7年ころには、 B が被告会社のロゴと同一の書体のロゴを使用していることを知っていた(乙45)。 ク Bは、平成10年4月ころ、ソウル市所在の統一部北韓資料センタ ーから原告書籍の貸出しを受けた(乙35の1〜8)。 そして、韓国高麗書林は、平成10年6月ころ、原告に無断で、原告書籍収録文書を複製し原告書籍解説を改変して韓国書籍を製作し、これを出版した(甲8の1〜13の7、争いのない事実等)。 被告会社は、平成10年夏ころから平成16年12月2日までの間、韓国書籍を韓国から輸入し、これを日本国内の大学図書館などに販売した(乙45、46、弁論の全趣旨)。 また、被告会社は、平成10年9月に同社が発行した「韓国図書目録」において、韓国書籍の内容を解説しこれを宣伝する広告文を掲載した(甲24の1及び2)。 ケ 原告は、平成14年4月初めころ、和田春樹著「朝鮮戦争全史」によって韓国書籍の存在を知り、これがどのような出版物であるのか確かめるため、韓国書籍が「高麗書林」の発行となっていたことから被告会社の店にあるだろうと見当をつけて、同月4日、原告書籍(上巻)を持参して被告会社の店舗を訪れた。 原告は、同店の書棚に並べられていた韓国書籍と原告書籍とを対照したところ、両書籍に収録されている資料は同一のものであると判断したため、同店にいた被告Yを呼び、短時間、同人にも両書籍を対照させた。 その際、原告は、被告Yに対し、韓国書籍に発行者と表示されている高麗書林(韓国高麗書林)について尋ねたところ、被告Yは、韓国高麗書林は兄(B)が経営しているものの、兄の住所や連絡先は分からないと答えた。 被告会社は、原告の上記訪問を受けた後も、韓国書籍の販売を続けた。 (甲80、乙45、46、原告本人、被告 Y 本人、 A 本人) コ 不二出版社ら5社は、各社が出版した出版物に係る韓国高麗書林の海賊版が被告会社により日本国内で多数販売されているとして、平成17年12月8日以降、被告会社に対し、各社の発行する出版物に係る海賊版(韓国書籍を含む。)の販売について抗議し、これらの海賊版の出版元に対して書籍の発行年、刊行部数を確認することなどを求めた(甲31)。 サ 不二出版社は、平成19年、被告らを相手方として、被告らが韓国高麗書林と共謀して不二出版社に無断で不二出版書籍無断複製本を製作した、又はこれらの書籍が無断複製物であることの情を知って(著作権法113条1項2号)これを販売したと主張し、著作権侵害の損害賠償を求める訴えを提起した(東京地裁平成19年(ワ)第24160号)。 東京地方裁判所は、平成21年2月27日、不二出版書籍無断複製本の一部について、被告会社が無断複製物であることを知りながらこれを販売したものと認め、不二出版社の請求を一部認容する判決(不二出版訴訟判決)を言い渡した(甲28)。 (2) 原告は、被告らが韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したと主張する。そして、上記(1)のとおり(特に、後記3(2)で摘示する事実のとおり)、被告らと韓国高麗書林との深い関係を示す多数の間接事実が認められる。しかしながら、被告らが、韓国書籍の製作について、韓国高麗書林と共謀、共同、協力等をしたことに関する具体的な事実を認定するに足りる証拠はない。また、上記認定事実によれば、Bは、韓国書籍が出版される前の平成10年4月に、ソウル市内で原告書籍の貸出しを受けており、かつ、長年にわたって韓国の書籍の輸出や韓国高麗書林名義での書籍の出版を営んできた者である。このような事実と、日本で発行された書籍の無断複製本を韓国で製作するに当たっては、日本の書籍の存在及びその内容を知り、複製用に書籍を入手する必要があるものの、このような情報及び書籍の入手等の作業は、必ずしも被告らの助けがなくても可能であること、無断で翻案したことが発覚しないように、著作者が判明しないよう原告書籍解説を改変する作業も被告らの協力を必須とするものではなく、日本語を韓国語に翻訳する能力を有する者であれば特殊な能力がなくても可能であると考えられることなどを併せ考慮すれば、上記のとおり多数の間接事実が認められることを考慮したとしても、被告らが韓国高麗書林と共謀するなどして韓国書籍を製作したとまでは認められない。 原告は、韓国書籍に記載された韓国高麗書林の住所と、Bの経営していた韓国高麗書林の住所とが異なることを前提として、韓国書籍を発行した韓国高麗書林は被告Yによるダミー会社である旨主張する。しかしながら、韓国高麗書林の図書目録(甲87)には、「 」を韓国高麗書林の所在地とし、書籍の代金振込先をB名義とする旨が記載されている(甲91)。そうすると、上記所在地の韓国高麗書林についてもBが関与していた可能性は否定できず、原告の上記主張をもってしても、韓国高麗書林が被告Yのダミー会社であること、さらには、被告らと韓国高麗書林との共謀を認めるに足りない。 (3) したがって、韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したことを原因としては、被告らが、原告の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害したと認めることはできない。 3 被告らが著作権等侵害の「情を知って」韓国書籍を販売したか(著作権法113条1項2号)について (1) 韓国書籍が原告書籍の複製権及び翻案権を侵害し、また、原告の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)も侵害するものであることは、上記1で判示したとおりである。 (2) 上記2(1)で認定した事実関係、特に、被告YとBとは兄弟であること、Bが創業した高麗図書貿易と被告会社との取引が長期にわたっていること、被告会社は、Bの営む韓国高麗書林による不二出版書籍無断複製本の発行に先立ち、これと近接した時期に不二出版書籍を購入していること、その後、被告会社が不二出版書籍無断複製本を韓国から輸入していることなどを総合すると、被告Y及び同被告が代表取締役であった被告会社は、遅くとも不二出版書籍無断複製本を輸入した時点で、それが不二出版書籍の著作権を侵害するものであること、すなわち、韓国高麗書林が、数年にわたり、複数の日本の書籍の著作権を侵害する無断複製本を発行し続けていることを認識していたものと認められる。これらの事実関係に加え、被告YとBとの関係が決裂したと被告らが主張する平成元年以降も、韓国高麗書林が不二出版書籍無断複製本のうち朝鮮軍概要史の表紙に被告会社と同一のロゴを使用し、また、被告会社が不二出版書籍無断複製本の輸入を継続し、同じく韓国高麗書林が発行する韓国書籍についても輸入・販売していることなどの諸事情を併せ考慮すると、被告Y及び同被告が代表取締役であった平成15年4月30日までの被告会社は、本件の韓国書籍についても不二出版書籍無断複製本と同様に、韓国高麗書林が著作者に無断で複製及び翻案したことを知り、当該著作者の著作権及び著作者人格権についても侵害する行為によって作成した物であることを認識した上で、これを輸入・販売していたと認めるのが相当である。さらに、被告Yが代表取締役を退任した平成15年4月30日より後の被告会社の行為についても、代表取締役が被告Yの子たるAであり続けたこと、そのAは平成8年11月27日(韓国書籍の輸入・販売よりも前である。)から平成15年4月30日までの間も被告Yと共に同社の代表取締役であったこと、代表取締役を退任した被告Y自身、その後も同社のいわゆる会長であり続けたこと(乙44の1〜3、46)などの事実を総合すると、平成15年4月30日までと同様に、韓国書籍について、韓国高麗書林が他人の著作権及び著作者人格権を侵害する行為によって作成した物であることを認識した上で、これを輸入・販売していたと認めるべきである。 (3) したがって、韓国書籍の輸入・販売に係る著作権法113条1項2号に基づく権利侵害についての原告の主張は理由がある。なお、この権利侵害に基づく請求と選択的併合の関係にあると理解される譲渡権侵害の請求については判断しない。 4 消滅時効の成否について 被告らは、原告が、平成14年4月4日、同年8月1日ころ、平成17年7月23日のいずれかの時点において、被告らが原告書籍の著作権及び著作者人格権の侵害による損害の発生と加害者について認識していたので、消滅時効が完成した旨主張する。 しかしながら、著作権法113条1項2号に関しては、単に侵害品を販売したというだけでは侵害とみなされず、「情を知って」販売した場合に初めて侵害とみなされるのであるから、単に侵害品が販売されている事実を認識しただけで権利行使が可能になったということはできない。そして、被告らの主張する時点において、被告らが「情を知って」販売したことまで原告が認識し得たことを認めるに足りる証拠はない。 したがって、同条項に係る請求権の時効消滅に関する被告らの主張は理由がない。 5 原告の損害について (1) 著作権侵害による損害 ア 逸失利益について 証拠(甲72、80、90の1〜3、91、乙27の1〜15、原告本人、A本人)及び弁論の全趣旨によれば、@原告書籍は、平成8年に初版が50冊発行され、定価が26万8000円(税込)とされたこと、A原告書籍は、原告がコピー機で印刷を行い、その他の作業や販売をあゆみ印刷工芸社や夏の書房に依頼したため、売上高1027万2426円に対して、夏の書房への支払額が定価の10%、あゆみ印刷工芸社等への支払額が375万1205円であり、その他にコピー機のリース料やメンテナンス料(月額で2万4025円程度)を支払った残額が原告の利益となること、B被告会社は、平成10年夏ころから平成16年12月2日にかけて、韓国書籍を21セットのほか、ばら売りで1セットのうち5冊販売したことが認められる。 上記@、Aの事実によれば、原告は、コピー機を使用して初版50冊を印刷したものであるところ、50冊程度の印刷にさほど多くの時間は要しないと考えられること、コピー機は他の用途にも用いることができる汎用の機械であることを考慮すると、原告書籍の売上高1027万2426円に占める原告の利益は、1027万2426円×(1−0.1)−375万1205円=549万3978円からコピー代の実質と推認すべき1万円を控除した548万3978円となる。 したがって、著作権法114条1項に基づく損害額は、次のとおり、312万3759円となる。 26万8000円×548万3978円/1027万2426円×(21+5/6)セット=312万3759円 イ 実損及び慰謝料について 当裁判所も、原告の主張する実損及び慰謝料(著作権侵害に係るもの)については認められないものと判断する。その理由は、原判決50頁16行目以下の「(2)原告の実損の主張について」及び51頁3行目以下の「(3) 慰謝料について」のとおりである。 ウ 弁護士費用について 原告が弁護士を選任して本件訴訟を追行していること、本件事案の内容、認容額及び本件訴訟の経過等を総合すると、上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は31万円と認める。 (2) 著作者人格権の侵害による慰謝料 韓国書籍に原告の氏名が表示されておらず、また、韓国書籍の解説文が原告書籍解説の一部を削除したものであることは、上記1(2)で判示したとおりであるが、他方で、争いのない事実等、証拠(甲5の1〜7の13)及び弁論の全趣旨によれば、原告書籍は、米国国立公文書館等に所蔵された文書を収録した合計約1500頁の原告書籍収録文書と、合計18頁の原告書籍解説からなるものであり、韓国書籍に収録された文書とその掲載順序は、原告書籍収録文書と同じであることが認められる。このように、原告書籍の大部分は公文書館に収蔵された資料を収録したものであること、その資料収録部分と同じ資料がそのまま韓国書籍に掲載されており、原告書籍から削除されたのは18頁の原告書籍解説部分の一部分にとどまること、その他本件に現れた一切の事情を総合すると、原告の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)が侵害されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料は、20万円と認めるのが相当である。 (3) 小括 したがって、被告らは、原告に対し、上記(1)ア及びウ並びに(2)の合計額である363万3759円及びこれに対する被告会社が韓国書籍を販売した最後の日である平成16年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払う義務がある。 6 不当利得の有無について 当裁判所も、不当利得に関する原告の主張は理由がないものと判断する。その理由は、原判決51頁22行目以下の「8 本件争点8(被告らの不当利得の有無)について」のとおりである。 7 反訴請求について (1) 当裁判所は、本件新聞記事及び本件ビラ等は、被告らの名誉ないし信用を毀損するものと判断する。その理由は、原判決52頁7行目以下の「9 反訴争点1(本件新聞記事及び本件ビラ等は、被告らの名誉ないし信用を毀損するものか)について」のとおりである。 (2) そこで、本件新聞記事及び本件ビラ等の内容が真実であるか、あるいは、その内容が真実であると信ずるについて相当の理由があったかについて判断する。 本件新聞記事及び本件ビラ等の内容は、「兄が韓国で海賊版を作り、弟が日本で売る。日韓分業の海賊版」、「日韓分業の海賊版業者」、「この海賊版を製作・販売している高麗書林(日本側代表Y)」、「高麗書林(Y・B・A)の海賊版」のように、被告らが、著作権侵害行為によって作成された韓国書籍を輸入・販売したことに加え、韓国高麗書林と一体の「高麗書林」として韓国書籍の製作にも関与していたとの印象を与える事実を摘示するものである。 このうち、被告らが、著作権侵害行為によって作成された韓国書籍を輸入・販売した旨の摘示については、上記3で判示したとおり、真実であると認められる。 これに対し、被告らが韓国高麗書林と一体の「高麗書林」として韓国書籍の製作にも関与していたとの事実については、上記2で判示したとおり、被告らが、韓国高麗書林と共謀するなどして原告書籍の海賊版を製作している事実まで認めることはできず、真実であるとは認められない。 しかしながら、被告らが、韓国書籍について、韓国高麗書林が著作権を侵害する行為によって作成した物であることを認識した上で、これを輸入・販売していたと認められることは、上記3で判示したとおりである。このような事実に加え、上記2(1)で認定したとおり、韓国高麗書林の経営者であるBは被告Yの兄であること、韓国高麗書林と被告会社との間に長年の取引関係があり、平成元年以降も被告会社が韓国高麗書林の発行する書籍を輸入・販売していたこと、韓国高麗書林が被告会社と同一のロゴを使用していたことがあったこと、被告会社は、韓国高麗書林による不二出版書籍無断複製本の発行に先立ち、これと近接した時期に不二出版書籍を購入し、その後に不二出版書籍無断複製本を韓国から輸入していることなどといった事実も認められるのであり、さらに、韓国書籍の発行者である韓国高麗書林と被告会社とは、「高」と「」の字体の違いはあるものの、一見すると同名であること、原告書籍の発行された我が国に被告Yが居住しており、被告Yが韓国書籍製作の前提となる原告書籍の入手に関与したと原告が考えたとしても無理はないこと、外部者である原告にとって韓国高麗書林と被告会社との内部関係を正確に把握することは困難であることなどの事情を総合すると、原告にとって、「この海賊版を製作・販売している高麗書林(日本側代表Y)」などと記載したように、被告らが韓国高麗書林と一体の「高麗書林」として韓国書籍等(海賊版)を製作したと信ずるにつき相当な理由があったというべきである。 したがって、その余の点について判断するまでもなく、反訴請求はいずれも理由がない。 第5 結論 よって、本訴請求は、被告らに対し連帯して363万3759円及びこれに対する平成16年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであり、反訴請求は棄却すべきであるから、本件控訴に基づき、これと異なる原判決を変更することとし、附帯控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎 |
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