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【事件名】“浮世絵”研究成果盗用事件
【年月日】平成24年7月5日
 大阪地裁 平成23年(ワ)第13060号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年5月7日)

判決
原告 P1
被告 P2
同訴訟代理人弁護士 前田哲男


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成23年11月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、@被告が執筆した「江戸のニューメディア 浮世絵 情報と広告と遊び」と題する単行本(以下「本件単行本」という。)の記述、A被告が執筆した「大江戸浮世絵暮らし」と題する文庫本(以下「本件文庫本」という。)の記述、及びB被告が出演した「NHKウィークエンドセミナー 江戸のニューメディア 浮世絵意外史」と題するテレビ番組(全4回。以下、放送順に「本件番組1」ないし「本件番組4」という。)での発言について、いずれも原告の著作権(複製権又は翻案権)を侵害し、又は一般不法行為が成立すると主張して、損害賠償金1000万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成23年11月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 判断の基礎となる事実
 以下の各事実は当事者間に争いがないか、掲記の各証拠又は弁論の全趣旨により、容易に認められる。
(1) 原告著作物について
ア P3は、昭和10年頃に発行された、「近世錦繪世相史」第1巻(甲9の3)及び第2巻(甲9の2)の著作者である(甲9の1。以下、第1巻を「原告著作物1」、第2巻を「原告著作物2」という。)。原告著作物1には、別紙1原告記述部分目録符号Jの「原告記述部分」欄記載の記述があり、原告著作物2には、同目録符号AないしF2、H、Iの「原告記述部分」欄記載の各記述がある(以下、別紙原告記述部分目録符号Aの「原告記述部分」欄記載の記述を「原告記述部分A」などともいい、他の符号についても同様の略称を使用する。)。
 P3は、昭和45年7月23日に死亡し、原告は、原告著作物1、2についての著作権を、相続により取得した(甲21の1・2、弁論の全趣旨)。
イ 原告は、昭和53年頃に発行された「錦絵 幕末明治の歴史 第7巻」(P4責任編集)に収録された「錦絵随想8」(甲11の3。以下「原告著作物3」という。)の著作者である。原告著作物3には、別紙1原告記述部分目録符号G1ないしG3の「原告記述部分」欄記載の各記述がある。
 また、原告は、昭和55年頃に発行された「P3コレクション全集1 神話時代〜平安時代」(P5監修、原告編著)に収録された「あとがき」(甲12。以下「原告著作物4」という。)の著作者である。原告著作物4には、別紙1原告記述部分目録符号L、Mの「原告記述部分」欄記載の各記述がある。
(2) P4著作物について
 P4は、昭和52年頃に発行された「錦絵 幕末明治の歴史 第3巻」(甲11の4。以下「P4著作物」という。)の著作者である。P4著作物には、別紙1原告記述部分目録符号Kの「原告記述部分」欄記載の記述がある(なお、原告は、P4著作物について、原告の著作物についての二次的著作物であって、その利用に原告の著作権が及ぶと主張するのに対し、被告はこれを争っている。)。
(3) 被告の行為
ア 被告は、平成3年1月に放送された「NHKウィークエンドセミナー 江戸のニューメディア 浮世絵意外史」(全4回。本件番組1〜4)に出演した。
 被告は、本件番組1ないし4内で、別紙2原被告著作物対比目録符号1ないし9、12、14ないし18の各枝番号Aの「被告著作物の対比部分」欄記載の発言をした(甲22、26。以下、別紙2原被告著作物対比目録符号1の@の「被告著作物の対比部分」欄記載の記述又は発言を「被告著作物部分1−@」などともいい、他の符号についても同様の略称を使用する。)。
イ 被告は、本件番組の内容をまとめたものとして、「江戸のニューメディア 浮世絵 情報と広告と遊び」(甲2。本件単行本)を執筆し、同書籍は、平成4年3月31日に発行された。
 被告は、本件単行本において、別紙2原被告著作物対比目録の符号1ないし9、11ないし17の各枝番号@「本件単行本」の「被告著作物の対比部分」欄記載の各記述をしている。
ウ また、本件単行本を改題、文庫化したものとして、平成14年10月25日に「大江戸浮世絵暮らし」(甲6。本件文庫本)が発行された
 被告は、本件文庫本において、別紙2原被告著作物対比目録の符号1ないし9、11ないし17の各枝番号@「本件文庫本」の「被告著作物の対比部分」欄記載の各記述をしている。
 なお、本件文庫本のカバー裏表紙には、別紙2原被告著作物対比目録の符号2、10の各枝番号@「本件文庫本カバー」の「被告著作物の対比部分」欄記載の各記述がある(本件文庫本のカバー裏表紙のこれら各記述の著作者について、原告は被告であると主張するのに対し、被告は発行者である角川書店であると主張している。)。
2 争点
(1) 著作権侵害(複製権侵害又は翻案権侵害)の成否(争点1)
(2) 一般不法行為の成否(争点2)。
(3) 原告の損害額(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(著作権侵害(複製権侵害又は翻案権侵害)の成否)について
【原告の主張】
(1) 被告の行為が複製又は翻案に当たることについて
 被告著作物部分の記述又は発言は、P3の独自の研究成果を盗用し、自説として発表したものであり、以下のとおり、原告記述部分と同一又は本質的に同一であることから、複製又は翻案に当たる。
ア 別紙2原被告著作物対比目録符号1について
(ア) 被告は、被告著作物部分1−@、Aにおいて、「芸術」を美術品の意味で用いており、このことは、被告の被告著作物部分5−Aの発言からも明らかである。また、被告は、被告著作物1−@、Aにおいて「浮世絵」としているのは、「錦絵」が正しい。
 したがって、被告著作物部分1−@、Aは、原告記述部分Aと同一である。
(イ) 原告記述部分Aは著作物に該当しないとする被告の主張は争う。
イ 別紙2原被告著作物対比目録符号2について
 被告著作物部分2−1@、Aは、原告記述部分B、C、Dと本質的に同一である。
 なお、被告は、被告著作物部分2−@のうち、本件文庫本のカバー裏表紙の記載の作成者は、株式会社角川書店であると主張するが、被告はこれを削除させずに肯定していることから、上記記載は、被告によるものと解される。
ウ 別紙2原被告著作物対比目録符号3について
 原告記述部分E、F1、F2、G1の趣旨は「日本人は、外国人が高く評価した錦絵を優れた美術ないし芸術であると思っている」ことである。
 したがって、被告著作物部分3−@は原告記述部分E、F1、F2、G1と、被告著作物部分3−Aは原告記述部分E、F1、F2と本質的に同一である。
エ 別紙2原被告著作物対比目録符号4について
 原告記述部分G1、G2の趣旨は「日本の歴史にうとい欧米人が寛政期など、いわゆる浮世絵黄金時代の作品を優れた芸術と評価した」ことである。
 したがって、被告著作物部分4−@、Aは、原告記述部分G1、G2と本質的に同一である。
オ 別紙2原被告著作物対比目録符号5について
 原告記述部分E、F1、F2、G1の趣旨は「欧米人が錦絵を美術品として評価したこと、そしてその結果、欧米人の評価したものを日本人も美術品であると認識したこと」である。
 また、原告記述部分Hの趣旨は「日本人が日本人のために作った浮世絵版画は日本人の見方で評価すべきであって、欧米人の見方に依拠するのは大なる矛盾である」ことである。
 したがって、被告著作物5−@、Aは、原告記述部分E、F1、F2、G1と本質的に同一である。
カ 別紙2原被告著作物対比目録符号6について
(ア) 被告著作物部分6−@、Aのうち「浮世絵は大量生産できる」との部分は、原告記述部分Iの末尾の「大量製産品であった」と同一である。
 また、被告著作物部分6−Aのうち「明らさまな幕府批判は難しい」との部分は、原告記述部分G3の「禁令をおかし」と本質的に同一である。
(イ)a 被告著作物部分6−@の全体の趣旨は「幕府は浮世絵による政治批判を恐れ、さまざまな形で検閲していた。このため法網をくぐるという形で、浮世絵師たちは政治風刺画をつくっていた」ことである。
 また、被告著作物部分6−Aには「幕府は浮世絵による政治批判を恐れ、さまざまな形で検閲をしていた」、「浮世絵により政治諷刺などをすれば幕府の役人にとがめられ、罰せられるから表立ってはできず、しばしば法網をかいくぐり、風刺画があらわれた」との趣旨が含まれている。
b 原告記述部分G3の要点は「浮世絵・錦絵は幕末から明治にかけて当時のジャーナリストであった版元や絵師たちは禁令をおかし、錦絵によって政治を批判し、広く庶民に事件を報道した」ことである。
 また、原告記述部分Iの要点は「江戸時代の錦絵は幕府の禁令を物ともせず為政者の抑圧に耐え、政治を誹謗していた」ことである。
(ウ) したがって、被告著作物部分6−@は、原告記述部分G3、Iと本質的に同一である。
 また、被告著作物部分6−Aは、原告記述部分G3、Iを要約したものであることから、翻案に当たる。
キ 別紙2原被告著作物対比目録符号7について
(ア)a 被告著作物部分7−@、Aの趣旨は「この図は有名な役者たちが凧あげをしている絵であるが、実は幕府の目をごまかして諸物価の値上げを批判したものである」ということである。
b 原告記述部分Jの趣旨は「この図は物価の値上がりを、当時の人気役者の凧揚げになぞらえたものである」ということである。
 また、原告記述部分Kの趣旨は「慶応元年から同二年にかけて諸物価がどんどん上がり、人々の生活を圧迫した。この絵は人気俳優の凧あげ姿を借りて物価騰貴を風刺したものである」ということである。
 さらに、原告記述部分G3、Iの趣旨は上記カ(イ)bのとおりである。
c したがって、被告著作物部分7−@、Aは、原告記述部分G3、I、J、Kの複製ないし翻案に当たる。
(イ) なお、原告記述部分Kは、P4著作物における記述であるが、P4著作物(甲11)は、「錦絵による日本の近世・近代の歴史を説明する」というP3のアイデアを踏襲しており、また掲載されている錦絵の約70%がP3コレクションの所蔵品であることからして、原告の著作物(甲9)についての二次的著作物であり、その利用には、原告の著作権が及ぶ。
ク 別紙2原被告著作物対比目録符号8について
(ア)a 被告著作物部分8−@、Aには「幕府の厳しい検閲制度のもとで、浮世絵師が政治批判をしていた」との趣旨が含まれている。
b 原告記述部分G3の趣旨は上記カ(イ)bのとおりである。
c したがって、被告著作物部分8−@、Aは、原告記述部分G3と本質的に同一である。
(イ)a 被告著作物部分8−@、Aには「このような風刺画を外国人は理解できないので評価せず、画集などの編纂においては排除される」との趣旨が含まれている。
b 原告記述部分G1の趣旨は「海外で高く評価された歌麿・写楽の錦絵は日本でも評価が高まり、重要美術品として博物館入りし、幕末期の錦絵は評価されていない」ことである。
 また、原告記述部分G2の趣旨は「政治風刺画など日本人にとっても難解な錦絵は、日本の歴史にうとい欧米人に理解されるはずがなく、美人画、風景画、一部の役者絵が好まれたのは当然」ということである。
c したがって、被告著作物部分8−@、Aは、原告記述部分G1、G2の複製又は翻案に当たる。
(ウ)a 被告著作物8−@、Aには「浮世絵風刺画の意味をくみ取ることができるのは日本人であって、外国人にそのような理解を求めるのは無理であろう」との趣旨が含まれている。
b 原告記述部分G2、Hの趣旨は、それぞれ上記~、上記オのとおりである。
c したがって、被告著作物8−@、Aは、原告記述部分G2、Hの複製又は翻案に当たる。
ケ 別紙2原被告著作物対比目録符号9について
 被告は、被告著作物部分9−@、Aにおいて、「浮世絵は遊びであった」と記述ないし発言しているが、これは文理上不自然な表現であり、「浮世絵は玩具だった」とすべきである。
 したがって、被告著作物部分9−@、Aは、原告記述部分C、D、F1と本質的に同一である。
コ 別紙2原被告著作物対比目録符号10について
 被告著作物部分10−@は、原告記述部分C、D、F1と本質的に同一である。
 なお、被告は、被告著作物部分10−@(本件文庫本のカバー裏表紙の記載)の作成者は、株式会社角川書店であると主張するが、被告はこれを削除させずに肯定していることから、上記記載は、被告によるものと解される。
サ 別紙2原被告著作物対比目録符号11について
 被告著作物部分11−@には「瓦版とともに浮世絵が情報を伝える役割を果たしていた」との趣旨が含まれている。
 被告著作物部分11−@は、原告記述部分B、G3、I、Lと同一性がある。
シ 別紙2原被告著作物対比目録符号12について
(ア) 被告著作物部分12−@の内容は、原告記述部分G3、I、Lとほぼ同じである。
(イ) 被告著作物部分12−Aは、要するに「テレビや新聞のかわりに浮世絵がその分野をカバーしていた」ということであり、原告記述部分G3と本質的に同一である。
ス 別紙2原被告著作物対比目録符号13について
 被告著作物部分13−@の内容は、上記シ(ア)と同様、原告記述部分G3、I、Lとほぼ同一である。
セ 別紙2原被告著作物対比目録符号14について
(ア) 被告著作物部分14−@の内容は、上記シ(ア)と同様、原告記述部分G3、I、Lとほぼ同一である。
(イ) 被告著作物部分14−Aの内容は、被告著作物部分11−Aとほぼ同一であり、原告記述部分G3、Iの趣旨と本質的に同一である。
ソ 別紙2原被告著作物対比目録符号15について
(ア) 被告著作物部分15−@の内容は、原告記述部分G2とほぼ同一である。
(イ) 被告著作物部分15−Aの趣旨は「日本の歴史について理解のない外国人がこのような浮世絵を見てもよく解らない」ことである。
 したがって、被告著作物部分15−Aは、原告記述部分G2と本質的に同一である。
タ 別紙2原被告著作物対比目録符号16について
 被告著作物部分16−@、Aの内容は、原告記述部分Mとほぼ同一である。
チ 別紙2原被告著作物対比目録符号17について
(ア) 被告著作物部分17−@、Aの内容は「浮世絵が芸術であったという考え方を捨てて、報道であった、あるいは情報であった、遊びであった、あるいは日用品であった、あるいは雑誌であった」ことである。
 したがって、被告著作物17−@、Aは、原告記述部分C、D、G3、F1、Iと本質的に同一である。
(イ) 被告著作物部分17−Aには「浮世絵は外国人より日本人の方がよく理解できる」との趣旨が含まれている。
 したがって、被告著作物17−Aは、原告記述部分Hと本質的に同一である。
ツ 別紙2原被告著作物対比目録符号18について
(ア) 被告著作物部分18−Aには「浮世絵は芸術ではない」「大人も子供も楽しめる遊びの道具として浮世絵は成立していた」との表現が含まれている。
 したがって、被告著作物部分10−Aは、原告記述部分C、D、F1と同一である。
(イ)a 被告著作物部分18−Aには「瓦版とともに浮世絵が情報を伝える役割を果たしていた」との趣旨が含まれている。
b 原告記述部分B、Lは、かわら版と浮世絵とを結び付けたものである。
 また、原告記述部分G3には「浮世絵・錦絵は幕末から明治時代に、新聞、ニュース速報として報道的役割を果たしていた」という内容が記載されている。
c したがって、被告著作物部分18−Aは、原告記述部分B、G3、Lと同一性がある。
(2)被告の故意又は過失(依拠性)について
ア 被告は、被告著作物部分における発言又は記述が、P3が発表した説との間に同一性があることを認識していた(甲17の1参照)。
 また、被告は、P4著作物が、原告の著作物(甲9)を母体とするものであることについても認識していた(甲17の1。上記(1)キ(イ)参照)。
イ 仮に、被告に故意がなかったとしても、被告は、原告著作物を読んでいたことを自認していることから(甲14の1、17の1)、被告に過失が認められる。
【被告の主張】
(1)被告の行為が複製又は翻案に当たらないこと
 以下のとおり、被告の行為は、原告著作物についての複製又は翻案には当たらない。
ア 別紙2原被告著作物対比目録符号1について
 原告記述部分Aは、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
イ 別紙2原被告著作物対比目録符号2について
(ア) 原告記述部分B、C、Dは、思想・考え又は事実を通常の方法で述べたものであって、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできないから、著作物ではない。
(イ) また、被告著作物部分2−@、Aも、それ自体では著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分B、C、Dの表現が著作物であるとしても、被告著作物部分2−@、Aは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
(エ) なお、被告著作物部分2−@のうち、本件文庫本のカバー裏表紙の記載の作成者は、株式会社角川書店であって、被告ではない。
ウ 別紙2原被告著作物対比目録符号3について
(ア) 原告記述部分E、F2は、思想・考え又は事実を通常の方法で述べたものであって、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできないから、著作物ではない。
(イ) また、被告著作物部分3−@、3−Aは、それ自体では著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分E、F1、F2、G1と被告著作物部分3−@、Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
(エ) なお、仮に両者の間において、日本人の浮世絵観は外国人の見方を踏襲したものという趣旨において共通する部分があるとしても、そのような「考え」は何人かが独占できるものではく、表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。
エ 別紙2原被告著作物対比目録符号4について
 原告記述部分G1、G2と被告著作物部分4−@、Aとは、表現の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
オ 別紙2原被告著作物対比目録符号5について
(ア) 原告記述部分E、F2が著作物ではないことは、前述のとおりである。
(イ) また、原告記述部分E、F1、F2、G1、Hと被告著作物部分5−@、Aとは、表現の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
カ 別紙2原被告著作物対比目録符号6について
(ア) 原告記述部分Iのうちの「大量製産品であった」との部分は、事実を通常の方法で述べたものであって、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(イ) 被告著作物部分6−@、Aのうちの「浮世絵は大量生産ができる」又は「浮世絵ってのは…大量生産ができる」との部分も、事実を通常の方法で述べたものであって、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) 被告著作物部分6−@、Aは、幕府が政治批判を恐れる理由として浮世絵は大量生産できるものであることを挙げており、原告記述部分Tの末尾とは趣旨が異なる。
(エ) 原告記述部分G3、Iと被告著作物部分6−@、Aとは、表現の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
キ 別紙2原被告著作物対比目録符号7について
(ア) 原告記述部分Kは、P4が執筆したものであり、原告著作物に当たらない。
(イ) 告記述部分G3、I、J、Kと被告著作物部分7−@、Aとは、表現の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
(ウ) なお、仮に両者の間において、凧揚げによって物価の騰貴を風刺しているという絵画の解釈において共通する部分があるとしても、そのような解釈は何人かが独占できるものではく、表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎない。
ク 別紙2原被告著作物対比目録符号8について
 原告記述部分G1、G2、G3及びHと被告著作物部分8−@、Aとは、それぞれ表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者の複製ないし翻案に当たらない。内容においても異なる。
ケ 別紙2原被告著作物対比目録符号9について
(ア) 原告記述部分C、D、F1は、思想・考え又は事実を通常の方法で述べたものであって、いずれもそれ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(イ) また、被告著作物部分9−@、Aの「浮世絵は遊びである」又は「浮世絵は遊びであった」との部分も、思想・考え又は事実を通常の方法で述べたものであって、いずれもそれ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分C、D、F1と被告著作物部分9−@、Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。また内容も異なっている。
コ 別紙2原被告著作物対比目録符号10について
(ア) 原告記述部分C、D、F1が著作物でないことは、前述のとおりである。
(イ) また、被告著作物部分10−@(「浮世絵は芸術ではない」、「遊びの道具だったのだ!」、「玩具としてつくられた浮世絵」)も、いずれもそれ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分C、D、F1と被告著作物部分10−@とは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
(エ) なお、被告著作物部分10−@(本件文庫本のカバー裏表紙の記載)の作成者は、株式会社角川書店であって、被告ではない。
サ 別紙2原被告著作物対比目録符号11について
(ア) 原告記述部分G3は、思想・考え又は事実を通常の方法で述べたものであって、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(イ) また、被告著作物部分11−@のうち「浮世絵の情報性」との部分及び「江戸の情報は、最初に瓦版が出て、つぎに詳報としての浮世絵がたくさん発売されました。」との部分も、いずれもそれ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分B、G3、I、Lと被告著作物部分11−@とは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。内容においても異なる。
シ 別紙2原被告著作物対比目録符号12について
(ア) 原告記述部分G3が著作物でないことは、前述のとおりである。
(イ) また、被告著作物部分12−@のうち「江戸の基本的な情報のいちばんの根源を浮世絵がカバーしていた」「新聞がわりに浮世絵が情報の分野をどんどんカバーしていた」との部分は、いずれもそれ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分G3、I、Lと被告著作物部分11−@、Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。内容においても異なる。
ス 別紙2原被告著作物対比目録符号13について
(ア) 原告記述部分G3が著作物でないことは、前述のとおりである。
(イ) また、被告著作物部分13−@(「浮世絵が情報源として大きな役割を果たしていた」)との部分も、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分G3、I、Lと被告著作物部分13−@とは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
セ 別紙2原被告著作物対比目録符号14について
(ア) 原告記述部分G3が著作物でないことは、前述のとおりである。
(イ) また、被告著作物部分14−@、Aの、江戸時代には新聞がなく、浮世絵が情報媒体であったという内容も、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分G3、I、Lと被告著作物部分14−@、Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。内容においても異なる。
ソ 別紙2原被告著作物対比目録符号15について
(ア) 原告記述部分G2は、思想・考え又は事実を通常の方法で述べたものであって、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(イ) 原告記述部分G2と被告著作物部分15−@、Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者の複製ないし翻案に当たらない。
タ 別紙2原被告著作物対比目録符号16について
(ア) 原告記述部分Mは、思想・考え又は事実を通常の方法で述べたものであって、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。また、浮世絵が明治時代に教育資料として用いられたのは事実であり、思想又は感情の創作的な表現ではない。
(イ) また、原告記述部分と被告著作物部分16−@、Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者の複製ないし翻案に当たらない。
チ 別紙2原被告著作物対比目録符号17について
(ア) 原告記述部分C、D、F1、G3、Iがいずれも著作物でないことは、前述のとおりである。
(イ) また、被告著作物部分17−@、Aの部分(「浮世絵は芸術という考え方を捨てて、報道であった、遊びであった、日用品であった、雑誌であった」)も、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告著作物部分C、D、F1、G3、Iと被告著作物部分17−@、Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
(エ) 原告記述部分Hと被告著作物部分17−Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。内容においても異なる。
ツ 別紙2原被告著作物対比目録符号18について
(ア) 原告記述部分C、D、F1がいずれも著作物でないことは、前述のとおりである。
(イ) また、被告著作物部分18−Aの「浮世絵は芸術ではない」、「大人も子供も楽しめる遊びの道具として浮世絵ってのは成立していた」との部分も、それ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(ウ) さらに、原告記述部分C、D、F1と被告著作物部分18−Aとは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。
(エ) 原告記述部分G3が著作物でないことは、前述のとおりである。
(オ) また、被告著作物部分18−Aのうち「浮世絵の情報性」との部分及び「浮世絵が最も重要な情報であった。江戸の情報は、瓦版という簡単なものがあったわけですけれども、大きな報道に対して浮世絵がたくさん作られている」との部分も、いずれもそれ自体では思想又は感情の創作的な表現であるということはできず、著作物ではない。
(カ) さらに、原告記述部分B、G3、Lと被告著作物部分18−Aの上記部分とは、表現上の本質的な特徴において異なっており、後者は前者のいずれの複製ないし翻案にも当たらない。内容においても異なる。
(2)被告の故意又は過失(依拠性)について
 否認ないし争う。
2 争点2(一般不法行為の成否)について
【原告の主張】
(1)原告の祖父であるP3は、明治末期以来、長年にわたり莫大な自費を投じて膨大な錦絵を収集し、それら錦絵の制作された当時の世相、歴史的背景を綿密に調べ、研究を続けた結果、「浮世絵版画は美術品として作られたものではなく、かわら版から発展したものであり、江戸時代の庶民の玩具であり、幕末期以降は事件報道を行うことにより一種のジャーナリズム的役割を果たした」旨の、それまで誰ひとり思いつかなかった極めてユニークな結論を得て、昭和10、11年に、これを「近世錦繪世相史」(全8巻。甲9の1〜3)において発表した。
(2)被告は、上記P3の労苦にただ乗りし、P3の説を多少アレンジして、自説として三度も発表し、名声を上げ、かつ経済的利益を上げたものである。
 しかも、被告は、「近世錦繪世相史」(甲9の1〜3)に「最も刺激を受けた」ことを自認しながら(甲14の1)、本件番組1ないし4での発言、本件単行本及び本件文庫本での記述に当たって、自説がP3の説に依拠することを一言も示さなかったのみならず、「近世錦繪世相史」(甲9の1〜3)を参考文献として示すことすらしなかった。
(3)したがって、被告の行為については、仮に著作権侵害に当たらないとしても、一般不法行為が成立する。
【被告の主張】
(1)錦絵は美術として作られたものではないという考え、日本人の浮世絵観は外国人の見方を踏襲したものという考え、浮世絵ないし錦絵が玩具ないし遊びであるという考え、浮世絵ないし錦絵が情報提供媒体として作成されたという考えは、いずれもそれ自体は創作的な表現ではなく、著作物ではない。また、そのような「考え」は何人かが独占できるものでもない。また、被告著作物部分は、いずれも、被告の考えを被告の言葉によって表現したものであって、原告著作物のデッドコピーでない。
(2)著作権侵害に当たらない著作物の利用行為は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情があるがない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当であるところ、本件においてそのような特段の事情は何ら存在していない。
(3)したがって、一般不法行為は成立しない。
3 争点3(原告の損害額)について
【原告の主張】
(1)本件番組1ないし4について
 本件番組1ないし4は、番組を録画して保管し、随時視聴する者が大勢いるほか、現在でもNHKアーカイブスの利用により、日々新たな視聴者が発生している。
 したがって、本件番組1ないし4における被告の発言により生じた原告の逸失利益及び精神的苦痛に対する慰謝料の合計額は1000万円を下らない。
(2)本件単行本について
 本件単行本の販売によって被告の得た利益は、初版分が870万円、再版分が290万円と算定される。
 また、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、本件単行本の発行後、1年間あたり50万円を下ることはなく、19年間で950万円と算定される。
(3)本件文庫本について
 本件文庫本の販売によって被告の得た利益は、114万3000円と算定される。
 また、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、本件文庫本の発行後、1年間あたり30万円を下ることはなく、9年間で270万円と算定される。
(4)小括
 以上によれば、原告の損害賠償請求額は、3494万3000円であるところ、本訴において、そのうち1000万円について請求する。
【被告の主張】
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(被告の行為が、原告著作物についての著作権侵害(複製権侵害又は翻案権侵害)に当たるか)について
(1)複製権侵害又は翻案権侵害の成否について
ア 著作物の複製(著作権法21条、2条1項15号)とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう。ここで、再製とは、既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解すべきであるが、同一性の程度については、完全に同一である場合のみではなく、多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない、すなわち実質的に同一である場合も含むと解すべきである。
 また、著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
 もとより、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであって(同法2条1項1号)、思想、発想又はアイデア等を直接保護するものではない。そのため、仮に既存の著作物に依拠して創作された著作物であっても、具体的な表現のレベルでの本質的な特徴の同一性が維持されておらず、具体的な表現から抽出される思想、発想又はアイデアのレベルにおいて既存の著作物と同一又は類似と評価され、あるいは事実又は事件といったレベルにおいて同一又は類似の内容を述べていると評価されるにとどまる場合は、両者は、いずれも表現それ自体ではない部分において共通性を有するにすぎないから、著作権法上の複製にも翻案にも当たらない。また、具体的な表現に同一又は類似と評価される部分があったとしても、表現上の創作性がない部分について同一又は類似と評価されるにすぎない場合は、やはり複製にも翻案にも当たらない。
イ このように、複製又は翻案に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との間に、外形的表現としての同一性が認められることが必要で、さらに、同一性を有する部分が、著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)。そして、「創作的」に表現されたというためには、筆者の何らかの個性が表現されたものであれば足り、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが、文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合には、これを創作的な表現ということはできない。
ウ 本件において、原告は、被告による被告著作物部分の記述又は発言は、P3の浮世絵についての独自の研究成果を盗用したものであるとして、複製又は翻案に当たる旨主張する。
 しかしながら、前述のとおり、原告記述部分と被告著作物部分とを対比して同一又は類似するといえる部分があるとしても、それが思想又は感情の創作的表現の同一性の問題ではなく、表現から抽出される又は表現が前提とする、思想、発想又はアイデアにおける同一性、あるいは事実又は事件における同一性の問題にすぎないときは、当該被告著作物部分の記述又は発言は、複製又は翻案に該当するとはいえない。また、原告記述部分が何らかの歴史的事実に言及し、これに対する見解を述べるものであったとしても、そのような事実、見解自体について、排他的権利が成立するものではなく、これと同じ事実、見解を表明することが、著作権法上禁止されるいわれはない。
(2)原被告著作物対比目録についての検討
ア 別紙2原被告著作物対比目録符号1について
(被告著作物部分1−@、Aと原告記述部分A)
 被告著作物部分1−@、Aと原告記述部分Aとを比較するに、その表現は「浮世絵」と「錦繪」、「芸術」と「美術」の違いを除いて共通するところ、「錦繪」は浮世絵と総称される絵画のうち多色摺版画を意味すること(甲10)、「芸術」と日常的に「美術」と近い意味で用いられることからすれば、両者はその表現において共通点がある。
 しかしながら、原告記述部分Aは、錦絵が美術であることへの疑問を短い単語の組合せにより表現したもの(又は、錦絵は美術ではないという見解を、反語という方法で表現したもの)にすぎず、同部分に著作物性を認めることはできない。
 したがって、被告著作物部分1−@、Aと原告記述部分Aとに上記共通点があるとしても、著作権法上の複製又は翻案は認められない。
イ 別紙2原被告著作物対比目録符号2について
(被告著作物部分2−@、Aと原告記述部分B、C、D)
(ア) 被告著作物部分2−@、Aと原告記述部分B、C、Dとを比較するに、両者は具体的な表現において異なっており、前者が、後者の表現上の本質的特徴の同一性を維持しつつ、これに修正等を加えたものであって、前者に接する者が後者の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告が主張するところは、原告記述部分B、C、Dの内容は、いずれも錦絵は美術ではないことを述べたものであり、その趣旨において、被告著作物部分2−@、Aと共通することをいうものと解される。
 しかしながら、前述のように、両者が具体的表現において異なる以上、この主張は、被告著作物部分2−@、Aと原告記述部分B、C、Dとは、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有することを主張するにすぎないから、原告の主張には理由がない。
ウ 別紙2原被告著作物対比目録符号3について
(被告著作物部分3−@、Aと原告記述部分E、F1、F2、G1。なお、原告記述部分F2は、被告著作物部分3−@との関係においてのみ主張されている。)
(ア) 原告記述部分Eとの対比について
 被告著作物部分3−@、Aと原告記述部分Eとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告記述部分F1、F2、G1との対比について
a 被告著作物部分3−@、Aと原告記述部分F1、F2、G1とを比較するに、両者は具体的な表現において異なっており、前者から後者の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
b 原告が主張するところは、原告記述部分F1、F2、G1の内容は、いずれも浮世絵が外国人の評価によって芸術作品であると考えられるようになったことを述べたものであり、その趣旨において、被告著作物部分3−@、Aと共通することをいうものと解される。
 しかしながら、この主張も、両者が具体的表現において異なる以上、被告著作物部分3−@、Aと原告記述部分F1、F2、G1とは、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有することを主張するにすぎないから、原告の主張には理由がない。
エ 別紙2原被告著作物対比目録符号4について
(被告著作物部分4−@、Aと原告記述部分G1、G2)
 被告著作物部分4−@、Aと原告記述部分G1、G2とを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、いずれについても複製又は翻案は認められない。
オ 別紙2原被告著作物対比目録符号5について
(被告著作物部分5−@、Aと原告記述部分E、F1、F2、G1、H)
 被告著作物部分5−@、Aと原告記述部分E、F1、F2、G1、Hとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、いずれについても複製又は翻案は認められない。
カ 別紙2原被告著作物対比目録符号6について
(被告著作物部分6−@、Aと原告記述部分G3、I)
 被告著作物部分6−@、Aと原告記述部分G3、Iとを比較するに、これらは、いずれも、江戸幕府による禁令の下、浮世絵が風刺の手段として用いられていたことを記載した点で共通性を有する。また、被告著作物部分6−@、Aと原告記述部分Iとを比較するに、両者は、いずれも、浮世絵が大量生産されていたことを記載した点で共通性を有する。
 しかしながら、被告著作物部分6−@、Aでは、浮世絵が大量生産できるがゆえに、幕府がその政治批判をおそれてチェック機能を設けたことが記載されているのに対し、原告記述部分G3、Iは、このような趣旨の記載ではなく、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても異なっており、いずれについても複製又は翻案は認められない。
キ 別紙2原被告著作物対比目録符号7について
(被告著作物部分7−@、Aと原告記述部分G3、I、J、K)
(ア) 原告記述部分G3、Iとの比較について
 被告著作物部分7−@、Aと原告記述部分G3、I、K、Jとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告記述部分J、Kとの比較について
a 被告著作物部分7−@、Aと原告記述部分J、Kとを比較するに、両者は、いずれも図又は絵の説明文であり、物価高騰を人気役者の凧揚げによって風刺した旨の説明を記載した点で共通性を有するものの、その具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
b 原告の主張するところは、被告著作物部分7−@、Aと原告記述部分J、Kとが、浮世絵の説明として同じ趣旨を述べていることをいうにすぎず、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するとの主張にすぎないから、原告の主張には理由がない。
c なお、原告記述部分Kは、P4の著作物であるところ、当該著作物に原告の著作権が及んでいること自体が明らかにされているとはいえず、この点においても、原告の主張には理由がない。
ク 別紙2原被告著作物対比目録符号8について
(被告著作物部分8−@、Aと原告記述部分G1、G2、G3、H)
 被告著作物部分8−@、Aと原告記述部分G1、G2、G3、Hとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、いずれについても複製又は翻案に当たらない。
ケ 別紙2原被告著作物対比目録符号9について
(被告著作物部分9−@、Aと原告記述部分C、D、F1)
(ア) 被告著作物部分9−@、Aと原告記述部分C、D、F1とを比較するに、両者は、いずれも浮世絵が娯楽用のものであったことを記載した点で共通性を有するものの、その具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告の主張するところは、被告著作物部分7−@、Aと原告記述部分J、Kとが、浮世絵が娯楽用のものであったという発想又はアイデアにおいて共通するとの趣旨にすぎず、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するとの主張にすぎないから、原告の主張には理由がない。
コ 別紙2原被告著作物対比目録符号10について
(被告著作物部分10−@と原告記述部分C、D、F1)
(ア) 被告著作物部分10−@と原告記述部分C、D、F1とを比較するに、両者は、いずれも浮世絵が娯楽用のものであったことを記載した点で共通性を有するものの、その具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告の主張するところは、被告著作物部分7−@、Aと原告記述部分J、Kとが、思想又はアイデアにおいて共通するとの趣旨にすぎず、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するとの主張にすぎないから、原告の主張には理由がない。
サ 別紙2原被告著作物対比目録符号11について
(被告著作物部分11−@と原告記述部分B、G3、I、L)
 被告著作物部分11−@と原告記述部分B、G3、I、Lとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、いずれについても複製又は翻案は認められない。
シ 別紙2原被告著作物対比目録符号12について
(被告著作物部分12−@、Aと原告記述部分G3、I、L。なお、原告
 記述部分I、Lは、被告著作物部分12−@との関係においてのみ主張されている。)
(ア) 原告記述部分G3、Iとの対比について
 被告著作物部分12−@、Aと原告記述部分G3、Iとを比較するに、両者は、いずれも浮世絵が新聞等の役割を果たしていたことを記載した点で共通性を有するものの、その具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告記述部分Lとの対比について
 被告著作物部分12−@と原告記述部分Lとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、複製又は翻案は認められない。
ス 別紙2原被告著作物対比目録符号13について
(被告著作物部分13−@と原告記述部分G3、I、L)
(ア) 原告記述部分G3、Iとの対比について
 被告著作物部分13−@と原告記述部分G3、Iとを比較するに、前者は浮世絵が情報源としての役割を果たしていたことを述べ、後者は錦絵が新聞紙の役目を務めていたことを述べる点で、一定の共通性を有するものの、両者の具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告記述部分Lとの対比について
 被告著作物部分13−@と原告記述部分Lとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、複製又は翻案は認められない。
セ 別紙2原被告著作物対比目録の符号14について
(被告著作物部分14−@、Aと原告記述部分G3、I、L。なお、原告 記述部分Lは、被告著作物部分14−@との関係においてのみ主張されている。)
(ア) 原告記述部分G3、Iとの対比について
 被告著作物部分14−@、Aと原告記述部分G3、Iとを比較するに、両者は、いずれも浮世絵が新聞等の役割を果たしていたことを記載した点で共通性を有するものの、具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
 原告の主張するところは、趣旨、アイデアといった表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するとの主張にすぎないから、原告の主張には理由がない。
(イ) 原告記述部分Lとの対比について
 被告著作物部分14−@と原告記述部分Lとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、複製又は翻案は認められない。
ソ 別紙2原被告著作物対比目録の符号15について
(被告著作物部分15−@、Aと原告記述部分G2)
(ア) 被告著作物部分15−@、Aと原告記述部分G2とを比較するに、両者は、浮世絵については、日本の歴史を理解していない外国人には理解できないことを記載した点で共通性を有するものの、その具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告の主張するところは、思想又はアイデアにおいて共通するとの趣旨にすぎず、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するとの主張にすぎないから、原告の主張には理由がない。
タ 別紙2原被告著作物対比目録の符号16について
(被告著作物部分16−@、Aと原告記述部分M)
 被告著作物部分16−@、Aと原告記述部分Mとを比較するに、両者は、いずれも浮世絵が教科書、教材として用いられていたことを記載した点で共通性を有するものの、これらは、結局のところ歴史的事実又は見解を指摘する点で共通性を有するにすぎない。そして、両者の具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
チ 別紙2原被告著作物対比目録の符号17について
(被告著作物部分17−@、Aと原告記述部分C、D、G3、F1、H、I。なお、原告記述部分Hは、被告著作物部分17−Aとの関係においてのみ主張されている。)
(ア) 原告記述部分C、D、F1、G3、Iとの対比について
 被告著作物部分17−@、Aと原告記述部分C、D、F1、G3、Iとを比較するに、両者は、浮世絵が報道等、芸術以外の用途のために用いられていたことを記載した点で共通性を有するものの、その具体的表現は異なっており、前者から後者の表現上の本質的特徴を感得することができるともいえないことから、いずれについても複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告記述部分Hとの対比について
 被告著作物部分17−@、Aと原告記述部分Hとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、複製又は翻案は認められない。
ツ 別紙2原被告著作物対比目録の符号18について
(被告著作物部分18−Aと原告記述部分B、C、D、F1、G3、L)
(ア) 原告記述部分B、C、D、F1、G3との対比について
 前記チ(ア)で述べたところと同じであり、複製又は翻案は認められない。
(イ) 原告記述部分Lとの対比について
 被告著作物部分18−Aと原告記述部分Lとを比較するに、両者は、その表現はもちろんのこと、内容においても共通しないことは明らかであり、複製又は翻案は認められない。
(3)小括
 以上のとおり、本件では、著作権侵害(複製権侵害又は翻案権侵害)の成立は認められない。
2 争点2(一般不法行為の成否)について
(1)原告は、原告の祖父P3は、長年の調査・研究により、「浮世絵版画は美術品として作られたものではなく、かわら版から発展したものであり、江戸時代の庶民の玩具であり、幕末期以降は事件報道を行うことにより一種のジャーナリズム的役割を果たした」旨のユニークな結論にたどりついたところ、被告は、上記P3の労苦にただ乗りして、名声を上げ、かつ経済的利益を上げたことから、不法行為が成立すると主張する。
(2)この点、著作権法は、著作物の独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしているが、同法下では、思想又は感情を創作的に表現したものについて、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利が認められる一方、何びとかが、何らかの歴史的事実及びそれに対する見解を公表した後に、それと同一の事実について同一の見解を表明することは禁止されていない。このような著作権法の規定に鑑みると、ある著作物の中に、先行著作物と何らかの歴史的事実及びそれに対する見解を共通にする部分があったとしても、創作的な表現としての同一性が認められないのであれば、著作権法が規律の対象とする権利あるいは利益とは異なる法的に保護された利益を違法に侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。
 そこで検討するに、被告著作物部分が、原告記述部分の複製又は翻案に当たらないことは既に述べたとおりである。原告は、被告において、被告著作物部分が原告記述部分に依拠することを示さず、「近世錦繪世相史」(原告著作物)を参考文献として示さなかった点を指摘するが、本件において主張、立証されたところを見ても、被告著作物と「近世錦繪世相史」(原告著作物)とは、その具体的論述の内容や順序において相当程度に異なっているから、著作権法上の引用には当たらず、出所を明示すべき場合にも当たらない(著作権法32条1項、48条)。両著作物の間で浮世絵又は錦絵に対する理解ないし位置付けという点で共通する面があることは否定できないが、このような事実関係の下で不法行為の成立を認めることは、結局、著作権法によって禁止されていない歴史的事実及びそれに対する見解の表明をもって違法とするに等しく、採用できない。
 また、原告は、著作権とは性質の異なる経済的利益を問題とするようでもあるが、P3が、上記歴史的事実及びそれについての見解を公表したのは、昭和10年頃に発行された「近世錦繪世相史」においてであって、本件番組の放送(平成3年)並びに本件単行本及び本件文庫本の発行(平成4年、平成14年)までには少なくとも60年弱が経過していることからすれば、これら被告の行為が、原告の何らかの経済的利益を侵害するものであったとは認められない。さらに、原告は、被告が名声を上げたことを問題とするようであるが、本件番組の放送並びに本件単行本及び本件文庫本の発行によって原告の何らかの名誉等が侵害されたとも認められない。
(3)したがって、本件において、原告の法的保護に値する利益が違法に侵害されたとは認められず、一般不法行為も成立しない。
3 結論
 以上によれば、本件では、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 谷有恒
 裁判官 松川充康
 裁判官 網田圭亮
line
 
日本ユニ著作権センター
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