判例全文 line
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【事件名】商標“Tarzan”侵害事件(2)
【年月日】平成24年6月27日
 知財高裁 平成23年(行ケ)第10400号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年5月14日)

判決
原告 エドガー ライス バローズ インコーポレーテッド
訴訟代理人弁護士 堀籠佳典
同弁理士 穂坂道子
同 村上晃一
被告 株式会社スター精機
訴訟代理人弁理士 伊藤研一


主文
 特許庁が無効2011−890014号事件について平成23年7月28日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 原告の求めた判決
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は、本件商標について公序良俗を害するおそれの有無(商標法4条1項7号)、である。(以下、「7号」というときは商標法4条1項7号を指す。)
1 本件商標及び手続の経緯
(1) 被告は、本訴訟提起後の平成24年2月13日に登録を抹消するまで、本件商標権者であった。
【本件商標】
 Tarzan(標準文字)
 ・登録第5338569号
 ・指定商品 第7類:プラスチック加工機械器具、プラスチック成形機用自動取出ロボット、チャック(機械部品)
 ・出願日 平成22年1月20日
 ・登録査定日 平成22年7月6日
 ・登録日 平成22年7月16日
(2) 原告は、平成23年2月4日、本件商標の登録無効審判を請求した(無効2011−890014号)。特許庁は、平成23年7月28日、同請求を不成立とする旨の審決をし、その謄本は平成23年8月5日原告に送達された(出訴期間90日付加)。
(3) 原告は、本件審判において、7号該当を主張し、その理由として、被告は、本件商標の登録査定時、「ターザン」が小説・映画等の登場人物の著名な名称であり、アメリカの象徴ともいえる世界的に著名なキャラクターであることを認識していたにもかかわらず、「Tarzan」の語を商標権によって永久に独占する目的で本件商標登録を得たと推認されるところ、かかる行為は国際信義に反し許されず、また、被告は、本件商標の登録査定時、「ターザン」という語には、原告らの努力によって標章としての多大な経済的価値が化体していたことも認識していたにもかかわらず、原告らに無断で、「Tarzan」の語を商標権によって永久に独占する目的で本件商標登録を得たと推認されるところ、かかる行為は、取引秩序の公正をも乱すものであり許されず、本件商標は、公の秩序又は善良の風俗を害する商標であると主張した。
2 審決の理由の要点
 今日における我が国の需要者においては、「Tarzan」がジャングルの王者という漠然としたイメージのものとして一定程度認識されているとはいえても、それが米国の作家であるバローズの著作物の題号ないしはその登場人物の名称として、あるいは原告が管理する標章として、本件商標の登録査定時において広く認識されていたものとまでは認めることができない。
 また、「Tarzan」の語(文字)がバローズの著作物の題号ないしはその登場人物の名称であって、請求人が管理する標章であることを超えて、米国あるいは米国の公的機関等がその名称の管理等に密接不可分に係わってきたというような事情も認められない。
 そして、原告は、我が国において「TARZAN」、「ターザン」又はこれらの語を一部に含む商標について、44件の商標権を有しているが、本件商標の指定商品である商品及び役務の区分第7類については商標権を有していない。原告は、第7類の商品について商標登録出願をする余裕は十二分にあったにもかかわらず、その出願を怠っていたものといわなければならない。そのような場合、本件商標権者(被告)と本来商標登録を受けるべきと主張する者(原告)との間の商標権の帰属等をめぐる問題は、あくまでも、当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから、そのような場合にまで公の秩序や善良な風俗を害するおそれについて特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当ではない。
 してみれば、本件商標が米国若しくは米国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反するものとは認められないばかりでなく、本件商標の登録出願の経緯に社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないということもできない。
 したがって、本件商標は、7号に該当しない。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(周知性に関する認定の誤り)
 審決は、「Tarzan」が本件商標の登録査定時において広く認識されていたものとまでは認めることができないとしたが、誤りである。「Tarzan」は原作小説「ターザン・シリーズ」ないしはその派生作品の主人公として日本を含む世界において広く認識されている。
(1) 小説シリーズ「ターザン・シリーズ」
 「ターザン」(英語表記は「Tarzan」)は、米国の作家エドガー・ライス・バローズ(1875年〜1950年)によって創作され、1912年〜1995年に出版された小説シリーズ「ターザン・シリーズ」(英語表記は「Tarzan Saga」)(全26巻)に登場する主人公(キャラクター)の名前であり、このことは、辞書にも掲載されている(世界文学大事典〔甲5〕、広辞苑第6版〔甲7〕、デジタル大辞泉〔甲8〕、日本大百科全書(ジャポニカ)〔甲9〕)。
 「ターザン・シリーズ」は、後記のとおり、1930年代のハリウッドにおける映画化の人気により全世界に普及し、その主人公である「ターザン」も世界的に有名となった。その結果、1950年代までに、「ターザン・シリーズ」の各作品は約30か国語に翻訳され、約50か国以上の人々に愛読されるに至り、米国では、1962年ころの1年間で約1000万部が販売され、1912年から1947年までの間に1億部以上が販売された。日本においても、「ターザン・シリーズ」の各作品の翻訳本が1921年(大正10年)から1995年(平成7年)にかけて複数の出版社によって継続的に発行及び再版され、「ターザン・シリーズ」の翻訳版として発行された書籍は56冊に及ぶ。
 小説「ターザン」シリーズの日本における著作権の存続期間は、バローズの死亡日が属する年の翌年の1月1日から50年に3794日(戦時加算)を加算した期間が経過した2011年(平成23年)5月24日に満了した。
 「ターザン・シリーズ」を構成する各作品は、いずれも、英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ、成長してジャングルの王者として君臨するようになった主人公「ターザン」の周囲で起こる様々な出来事を描いたものである点で共通する。主人公「ターザン」は、実在する人物ではなく、バローズが創造した架空のキャラクターであって、作品によってある程度の違いはあるものの、いずれの作品においても、ジャングルに適応し超人的な体力・技術を備えた白人青年であり、半裸でジャングルを駆けまわり、様々な冒険を体験する主人公として描かれている。「Tarzan(ターザン)」は、小説中の架空の猿語、「Zan」(皮膚を意味する。)、「Tar」(白を意味する。)に基づくものであって、バローズの創造に係る造語である。
 バローズは、1923年3月24日に原告を設立し、1923年4月2日付の契約に基づき、「ターザン・シリーズ」のすべての書籍に関する権利を原告に譲渡し、以後その管理は原告が行っている。
(2) 「ターザン」の派生作品
 「ターザン」については、映画など「ターザン」が主人公として登場する多くの派生作品がある。具体的には、1929年から現在まで出版され続けている漫画、1918年から40本以上が制作された劇場公開用実写映画シリーズ、テレビ放送用の実写又はアニメーションドラマ、ディズニー社によるアニメーション作品などである。また、現在、世界的に有名な映画プロダクションが、ターザンの新作アニメーション映画の制作を進めている。
ア ターザンに関する漫画(コミック)
 小説「ターザン・シリーズ」を原作とする「ターザン」の新聞連載用の短編漫画が米国で1929年から2000年ころまで継続して掲載され、作品数の累計は1万を超えている。漫画雑誌への掲載は、ウェスタン・パブリッシング社による漫画雑誌「ターザン」の刊行(1947年)に始まり、現在に至るまで多数の出版社が長年にわたり「ターザン」の漫画雑誌を発行し、現在でも、アメリカのダーク・ホース・コミックス社により販売が継続されている。「ターザン」の漫画本は、日本においても1970年代に日本語版が出版された。
イ 舞台劇及びラジオ放送
 「ターザン」は、1921年には舞台劇として上演され、1931年にはラジオ・ドラマが放送された。
ウ 劇場公開用実写映画
 1918年制作の映画「ターザン」を皮切りに、数多くの劇場公開用実写映画が制作され、中でもジョニー・ワイズミュラーがターザン役を演じた「類猿人ターザン」(1932年)は世界的な人気を博した。劇場公開用実写映画は、1918年から1999年にかけて43本製作された。「ターザン」の劇場公開用実写映画は、日本では第一作が1919年(大正8年)に劇場公開されて以来、39本が劇場公開された。43本中の4本は劇場公開されなかったが、3本がテレビ放送され、1本がビデオ販売されることにより、すべての劇場公開用実写映画が公開された。また、これら作品のビデオテープやDVDは、日本においても継続的に販売されており、人気作品については、現在もDVD版が販売されている。
エ テレビ放送用作品(実写版)
 1966年から2003年の間に5つのテレビ放送用作品(実写版)が制作された。そのうち3つは日本でもテレビ放送され、1つはビデオテープが販売され、1つはDVD(全6巻)が現在でも日本で販売されている。
オ アニメーション作品
 1976年から2005年にかけて、ターザンに関するアニメーション作品が5つ製作された。そのうちの1つはテレビアニメシリーズであり、4つはディズニー社によるアニメーション作品である(うち1つが劇場公開用、1つがテレビアニメシリーズ、2つがDVD用オリジナルアニメである)。
 上記ディズニー作品のうち、1999年(平成11年)に原告の許諾のもとに制作された劇場版アニメーション映画「Tarzan」(邦題:「ターザン」)は、日本を含む約40か国で公開され、米国ではオープニング3日間の興行収入が約3600万ドル(43億2000万円)を記録し、同週興行収入で全米1位、ディズニー社の過去5年間に公開されたディズニーアニメ映画を凌ぐヒットとなり、日本においても、国内興行収入約29億円をあげるヒットとなった。歌手フィル・コリンズによるこの映画の主題歌は、アカデミー賞の歌曲賞及びゴールデン・グローブ賞の主題歌賞を受賞し、作品自体も毎日映画コンクールの最優秀宣伝賞を受賞するとともに、東京国際映画祭の特別招待作品に選ばれている。日本におけるディズニー映画「ターザン」(1999年〔平成11年〕)のDVD販売規模は、初回出荷分のみでも15万枚であり、映画のDVD販売記録として過去最高を更新中の「マトリックス」に次ぐ水準であった。
(3) ディズニー社のタイアップによる各種商品・役務の提供
 ディズニー社は、2000年以降、原告の許諾に基づき、ターザンとタイアップさせた各種商品・役務を継続的に提供している。ディズニー社(関連会社を含む。)によるターザン関連商品等の提供は、2000年以降継続して行われ、これまでに提供された商品等は多岐に渡り、その数は相当な数に上る。原告は、2000年4月から現在に至るまでディズニー社から継続的にロイヤルティの支払を受け、その額は総額で400万米ドル以上になる。
(4) ターザン映画の次回作
 ドイツのコンスタンティン・フィルムが原告からターザンの映画化権を獲得し、ターザン誕生百周年にあたる2012年の公開を目指してターザンの3Dアニメーション映画の制作を進めていることが、2010年8月に報じられている。また、米国のワーナー・ブラザースが、ターザン映画を新たに3部作として制作することが2011年6月に報じられている。
(5) その他のライセンシーによる「ターザン」の使用
 原告は、過去20年間日本において、「ターザン」に関し、マガジンハウス株式会社による雑誌「Tarzan」など、ディズニー社以外に21件のライセンスを許諾している。
(6) 審決は、「『Tarzan』の原作小説は、1912年から1947年にかけて発表されたものであり(・・・)、劇場公開用の実写映画も43本中40本は1918年から1968年の間に集中している』と指摘して、(1968年以降は)「次第にその人気も薄れ」、「本件商標の登録査定時(平成22年7月6日)においては、人々の目に触れる機会は著しく減少しており、人々の関心も著しく低下しているものとみるのが相当である。」と判断した。
 しかし、審決は、1968年以前の作品のみを考慮し、それ以降の作品、とくに1999年以降の作品を考慮しておらず、失当である。1968年以降、「ターザン」に関する劇場公開用実写映画が減少しているのは事実であるが、これは、映像娯楽の提供手段としてテレビ放送及び各種映像機器が普及するとともに、アニメーション作品の人気が高まったためであり、「ターザン」に関する映像作品についても、テレビ作品、DVD作品及びアニメーション作品が増加するのは当然のことであり、劇場公開用実写映画の新規制作数の減少をもって、「ターザン」が人々の目に触れる機会が減少したということはできない。また、ターザンの派生作品に関し、本件商標の登録査定前、数年間は、ディズニー映画の「ターザン」(1999年)ほど大ヒットした作品は登場していないが、そのことによって、直ちに「ターザン」の非周知・非著名なものになってしまうわけではない。「ターザン」(1999年)のみに着目したとしても、「ターザン」(1999年)は、週間興行収益で全米1位になった大ヒット作品であり、このような大ヒット作品は、リリースからわずか10年で人々の記憶から消え去ってしまうものではないことは、経験則が教えることである。特に、本件の「ターザン」に関しては、「ターザン」(1999年)以前にも、劇場公開用実写版映画が、長期間にわたり世界中で公開され、その多くが世界的規模でヒットしたという特別な事情がある。「ターザン」の作品群及びそこに登場する主人公「ターザン」は、多少の時間的な間隔はあるにせよ、断続的に公開される多くの作品により繰り返し人々の記憶に刻まれていくのであるから、仮に、新作が提供されるまでの間に若干人々の目に触れる機会が減少し、人々の関心が多少低下することがあったとしても、わずか10年で人々の記憶から消え去るものではない。
(7) 審決は、「今日における我が国の需要者においては、『Tarzan』がジャングルの王者という漠然としたイメージのものとして一定程度認識されているとはいえても、それが米国の作家であるバローズの著作物の題号ないしはその登場人物の名称として、あるいは請求人が管理する標章として、本件商標の登録査定時において広く認識されていたものとまでは認めることができない。」とした。
 しかし、原作小説から多数の派生作品に至るまで、主人公「ターザン」は、一貫して、英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ、成長してジャングルの王者として君臨するようになった人物として描かれているから、人々が、「ターザン」をそのような具体的な特徴を持った人物としてイメージしていることは明らかである 。
 仮に、人々が持つ「ターザン」のイメージが、ジャングルの王者という漫然としたものであるという審決の認定を前提としても、「ジャングルの王者」という特徴は、原作小説から多数の派生作品に至るまで一貫して描かれている主人公「ターザン」の主要な特徴であり、審決のいうとおり、人々が「Tarzan(ターザン)」についてジャングルの王者というイメージのものとして認識するというのであれば、それは原作ターザンないしはその派生作品の主人公のイメージを想起・観念していると見るのが自然である。
 したがって、人々が持つ「ターザン」のイメージが、ジャングルの王者という漫然としたものであるという審決の認定を前提としても、なお「ターザン」は人々に広く認識されていると認められる。
(8) 小括
 以上のとおり、バローズの小説によってターザンが誕生した1912年から現在に至るまでの約100年もの間、「ターザン」に関し、バローズの原作小説に加え、実写映画、演劇、ラジオドラマ、漫画、テレビドラマ、アニメーションなどの各時代に応じたメディアと表現方法を通じた多数の派生作品が登場した。これらの数多くの作品において、「ターザン」というキャラクターは、常に、ジャングルに適応し超人的な体力・技術を備えた白人青年であり、半裸でジャングルを駆けまわり、様々な冒険を体験する主人公として描かれており、そのイメージは世界中に定着しており、原作小説「ターザン・シリーズ」ないしはその派生作品の主人公として、日本を含む世界において人々に愛され広く認識されているというべきである。
2 取消事由2(本件商標が公序良俗に反しないとの判断の誤り)
(1) 「ターザン」は広く認識されており、それ故に顧客吸引力を有すること
 上記のとおり、「ターザン」は、小説「ターザン・シリーズ」又はそれに登場する主人公の名前として日本を含む世界中で著名であり、英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ、成長してジャングルの王者として君臨するようになった人物としてイメージされ、人々に愛されている。
 原告は、人々に愛される「ターザン」のイメージの周知や維持及びそれに伴う顧客吸引力の維持のために努力を重ねてきた。原告は、オフィシャル・ウェブサイトを通じ、ターザンに関する諸々の作品及びバローズの業績を伝承・解説するとともに、ファンクラブの管理等も積極的に行っている。これらの作業は上記ウェブサイトにリンクする多数の関連ウェブサイトを介しても行われている。また、原告は、上記オフィシャル・ウェブサイトにおいて、「ターザン・シリーズ」を含め、バローズに関する小説、パルプ雑誌、映画、ラジオ放送作品、テレビ放送作品、コミックスなどのあらゆる作品を収蔵したオンランアーカイブを作成・提供している。このアーカイブには、国内外で100年間にわたり制作・発表された膨大な作品が、可能な限り網羅的に格納されており、人々が「ターザン」作品に関する情報を容易に入手できるようになっている。さらに、原告は、他人が「Tarzan(ターザン)」を無断で使用することにより、原告やそのライセンシーらの努力により蓄積・維持されてきた「ターザン」のイメージが毀損されることを防止するため、「Tarzan」の語について、平成24年1月の時点で、日本と米国以外の約80の国と領域において、約300件の商標権を有している。
 原告らによるこのような努力の結果、「ターザン」は、約100年間という長期にわたり周知性・著名性を保ち、大衆にも常に好感をもって受け入れられてきた。この結果、ディズニー社、マガジンハウス社等に対し「ターザン」の使用をライセンスしているように、「Tarzan(ターザン)」という語には多大な顧客吸引力が化体するに至っている。
(2) 「ターザン」は米国の大衆文化的所産であり、原告らは人々に愛される「ターザン」のイメージを維持するために努力していること
 「ターザン」は、米国が生んだ世界的に有名なヒーローの1つであり、米国の大衆文化的な所産である。例えば、日本における権威ある事典類、研究者及び新聞が、ターザンを「世界的に有名」、「物語上の人物としてはシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)に次いで広く知られている。」、「二十世紀のアメリカで、実在の人物と架空の人物をひっくるめて、最も幅広く、しかも最も持続して、大衆の心をひきつけてきたのはターザンであろう。」、「ターザンやスーパーマンもいわば、アメリカでは大衆に親しまれた伝説的・神話的素材。」と評しているし、パリ造幣局及び米国政府が、ターザンをマリリン・モンローやジェームス・ディーンとともに「現代の神話」の構成メンバーに加えている。また、1927年、ロスアンゼルス市内において、当時バローズの居宅が所在していた街の名前が「ターザンの街」という意味の「Tarzana(ターザナ)」に改名されたことは、「ターザン」が米国のヒーローとして米国民に愛されていることを象徴する出来事であって、現在に至るまで、ターザナは、ロスアンゼルス市の正式な行政区画名として採用されている。
 原告は、人々に愛される「ターザン」のイメージを保護するために、第三者に対して、「ターザン」の使用を許諾する場合には、一定の行為を禁止して人々に愛されている「ターザン」のキャラクターのイメージが変質等することがないように厳格に管理している。
(3) 本件商標出願は公序良俗を害する
 本件商標は、「Tarzan」の文字を標準文字で書してなるものであり、小説「ターザン・シリーズ」やそれに登場する主人公の名前である「Tarzan」をそのまま商標として出願及び登録したものである。そして、前記のとおり、「Tarzan」は、「ターザン」作品又はそれに登場する主人公の名前として、日本を含め世界的に周知・著名であることや、「Tarzan(ターザン)」の語はバローズの創作による造語であり、上記以外に格別の意味はないことなどからすれば、本件商標の「ターザン」の語に接した需要者は、「ターザン・シリーズ」又はその主人公である「ターザン」を想起・観念する。これに対し、被告は、愛知県内に本店を有し、合成樹脂成形機械及び付帯部品の製造、販売等を目的とする株式会社であって、バローズ、その遺族、原告又はそのライセンシー等とは何の関係もなく、かつ、人々に愛される「ターザン」のイメージの維持及びそれに基づく顧客吸引力の獲得・維持にも何ら寄与・貢献していない。加えて、前記のとおり「Tarzan(ターザン)」の語はバローズの創作による造語であり、上記以外に格別の意味はないことからすれば、被告が出願商標として「ターザン」を選択したことは偶然ではなく、「ターザン」の語から想起・観念され人々に愛されている「ターザン」のイメージやその顧客吸引力に便乗しようとする不正の意図に基づく剽窃行為である。
 仮に、他人の業績と努力に起因して世界的に著名で多大な顧客吸引力を有する至った標章に関し、該標章を何人も商標登録していないことを奇貨として、当該他人と何ら関係のない者が最先の出願を行ない、その結果、該語について商標権に基づく排他的使用権を獲得し、商標権の更新によりその権利を半永久的に所有し得るとすれば、取引秩序の公正と維持に資するべき商標法の制度趣旨に矛盾する結果になることは明らかである。本件において、「ターザン」が世界的に周知・著名となり、現在なお人々に愛されているのは、バローズの功績や原告やライセンシーらの努力によるものであるから、「ターザン」の語について何人も商標出願をしていないことを奇貨として、被告が商標出願を行い、その使用を独占しようとする行為が取引秩序の公正を害するであり、公序良俗を害する行為として無効とされるべきである。
 また、「ターザン」が人々に愛されているのは、「ターザン」が世界的に周知・著名となるにつれ、大衆文化の一部として米国などで多くの人々に受け入れられその一部を構成するに至っているからでもある。つまり、「ターザン」は、単に多大な顧客吸引力を有するだけでなく、米国の大衆文化的所産であるキャラクターである。仮に、一企業にすぎない被告が「Tarzan」の語を剽窃して商標登録し指定商品についてその使用を独占できるとすれば、人々に愛されている「ターザン」のイメージは、毀損・汚染され変質してしまうおそれがある。そのような事態は、人々に愛される「ターザン」のイメージ維持に尽力している原告の努力を無にするものであるとともに、米国の大衆文化的所産を毀損し、米国人の感情ないしは自尊心を傷つけるものであって、国際信義という観点からも許容することができない。
(4) 審決は、「請求人(判決注:被告)は、第7類の商品について商標登録出願をする機会は十二分にあったにもかかわらず、その出願を怠っていたものといわなければならない。そのような場合、本件商標権者(被告)と本来商標登録を受けるべきと主張する者(原告)との間の商標権の帰属等をめぐる問題は、あくまでも、当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから、そのような場合にまで公の秩序や善良な風俗を害するおそれについて特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当ではない。」(12頁〜13頁)とした。
 しかし、本件では、第7類の商品(プラスチック加工機械器具等)について、「ターザン」のイメージを「ターザン」の作者や遺族等と何の関係もない第三者が独占的に利用すること(ただ乗り)の公序良俗への適合性が問題となっているのであり、原告による商標出願の不存在は7号該当性を判断する上で格別考慮すべき要素・事情ではない。
第4 被告の主張
1 取消事由1に対し
(1) 原告は、甲5〜9、甲12等により小説「ターザン」シリーズとして出版された題名を列記し、標章「Tarzan」が広く知られていることを立証しようとする。
 しかし、甲5〜9は、いずれも小説「ターザン」シリーズの作者がエドガー・ライス・バローズであることやその経歴等を示すに止まるし、甲12は、小説「ターザン」シリーズの題名と出版年を示すに止まる上、最新として出版された小説は、1965年から30年を経過した1995年(本件商標の登録査定時から15年前)で、日本においては翻訳未出版である。標章「Tarzan」が我が国において広く知られているとは認められない。
(2) 小説「ターザン」シリーズの作者であるエドガー・ライス・バローズは1950年に死亡しており、著作権の存続期間を死後50年とする日本の著作権法においては、基本的な著作権が消滅している。しかも、我が国においては、著作物の題名や登場人物の名前は、著作物から独立した著作物性を持ち得ず、原著作物の複製とはいえないと解されているのであるから、標章「ターザン」は、何人も商標として自由に選択可能で商標登録可能な標章である。実際、「ハムレット」、「ドンキホーテ」、「老人と海」、「若草物語」、「風と共に去りぬ」、「白雪姫」、「アンデルセン物語」、「はだかの王様」等のように世界的に著名な著作物の原作又は邦訳の題号や、「たけくらべ」、「坊ちゃん」、「伊豆の踊子」等のように我が国で著名な著作物の題号が商標として多数登録されている。
(3) 原告は、「ターザン」の派生作品である漫画、舞台劇及びラジオ放送、劇場公開用映画、テレビ放送用作品(実写版)、アニメーション作品、ディズニー社によるリバイバル作品のそれぞれに「ターザン」が使用された事実を示し、これらにより標章「Tarzan」が我が国において広く認識されていると主張するが、その大多数が本件商標の登録査定時より50年以前で、かつその多くが我が国以外(外国)における標章「Tarzan」の使用事実を示しているにすぎない。
 「ターザン」の劇場公開用実写映画については、公開されたものが43本で、その内の40本が1918年から1968年(本件商標の登録査定時から42〜92年前)に製作されて公開されたもので、残りの3本においても、劇場公開用として製作されたものは1999年(本件商標の登録査定時より11年前)に製作された1本にすぎない。他の2本については、いずれもDVD用で、一般向けに製作されたものではない。しかも、原告は、1999年に日本において劇場公開された「ターザン」の興行収入が29億円と主張しているが、劇場鑑賞券が2000円とした場合、入場者数は単純計算で145万人にすぎず、我が国の総人口に対する割合が1%程度、複数回鑑賞、映画鑑賞券の未使用等を考慮すると、1%にも満たないことになり、題名である標章「ターザン」が広く認識されていたとは到底いえない。
(4) 原告は、標章「Tarzan」をライセンス契約している事実を主張し、ディズニー社のウェブサイト(甲75)の該当箇所に記載された「Tarzan」の後には、著作権を示す記号(C)、商標権を示す記号TMが付記されている。しかし、著作物「ターザン」に関しては、少なくとも我が国においては著作権が存在していない。また、我が国においては、本件商標登録の指定商品区分第7類を除く複数の商品区分において原告名義で商標登録されていることから、甲55〜62、75は、ライセンシーによる商標の使用事実を示すに止まり、これらの証拠により標章「Tarzan」が我が国において広く認識されていることを認めることはできない。また、「日本で過去20年間にエドガー・ライス・バローズ社により第三者に許諾されたライセンス」と題する書面(甲87)は、ライセンシーによる「ターザン」の使用事実を示しているにすぎず、標章「Tarzan」が広く認識されていることを証明するものではない。
 前記のとおり、我が国においては、著作物「ターザン」に関して基本的な著作権は消滅しており、かつ著作物の題名や登場人物の名前は、著作物から独立した著作物性を持ち得ず、原著作物の複製とはいえないと解されていることからどのような法的権限に基づいてライセンスを与えているのか不明である。原告が我が国において所有する商標権に基づいてライセンスを与えているとするのであれば、甲87は、商標「Tarzan」の使用事実を示すのみで、標章「Tarzan」が広く認識されていることを証明するものではない。原告は、いつの間にか商標「Tarzan」の周知性に付いての議論にすり替えた主張をしており、自己矛盾を生じている。
(5) 原告は、ターザンの次回作について主張するが、これらは、本件商標の登録査定時以降における予定を示すに止まり、本件商標の登録査定時に我が国において標章「Tarzan」が広く認識されていたことを示す根拠としては、無意味である。
(6) 原告は、甲41、42により1999年に劇場公開されたアニメーション映画「ターザン」の実績を示しているが、これら証拠に示された事実は米国での実績であり、我が国における実績とは無関係である。また、原告は、甲43、44により1999年に我が国において劇場公開されたアニメーション映画「ターザン」の実績を示しているが、観客動員数は、我が国の総人口の1%にも満たない数字であり、標章「Tarzan」が我が国において広く認識されたいたことを認めるには足りない。さらに、原告は、1999年以降もDVD「ターザン」が多数販売されている事実を挙げているが、我が国における大手通販サイトである「Amazon.co.jp」においては、DVDの取扱総本数約45万本に対し、「ターザン」に関するDVD取扱本数は僅か82本で、1%にも遥かに及ばない微々たる本数(0.018%)であり、到底多数販売されていたとはいえない。
(7) 審決が認定したように、一般の需要者は、「ターザン」について、動物等を従えてジャングル(密林)に君臨する王者で、その舞台としてアフリカをイメージするに止まり、主人公「ターザン」の原作者、生立ち等についてまでのイメージを有していない。これらまでをイメージすることができる者は、研究者か特定の愛好家でしかなく、これらの者を「一般の需要者」とすることはできない。したがって、「ターザン」のイメージについて、「ジャングルの王者という漠然としたイメージ」として標章「Tarzan」が我が国において広く認識されていないとした審決に誤りはない。
2 取消事由2に対し
(1) 原告は、複数の企業に対して「Tarzan」の使用を許諾している事実により標章「Tarzan」が顧客吸引力(経済的価値)を有していると主張する。
 しかし、使用許諾の対象になっているのは、原告が我が国において所有する商標権であって標章「Tarzan」ではない。すなわち、原告とマガジンハウス社の間で締結されたAGREEMENT(合意書、甲89の1)は、マガジンハウス社に対して印刷物に関して原告が所有する商標権(登録第718095号、登録第1382529号、登録第1524724号、登録第2207216号)に基づいての商標「TARZAN」及び「TARZAN」ロゴの専用使用権を許諾する内容であり、商品(サービス)と無関係に標章「Tarzan」の使用を許諾したものではない。商標「Tarzan」は、原告において直接使用されておらず、専らライセンシーに使用させている特異性から、標章「Tarzan」に関して顧客吸引力を有しているか否かを判断する主体はあくまでライセンシー側にあり、ライセンシーは、販売する商品との関係で「ジャングルの王者」、「野生人」等のイメージを持つ標章「Tarzan」を使用することに経済的価値を有すると判断して使用許諾を得たにすぎない。
 そして、商標「Tarzan」についての使用許諾は、原告とライセンシーの間の私的契約の問題で、そこに「公序良俗」の公的側面が入り込む余地はない。
 また、商標は、登録したからといって、その商標が周知・著名になったりするものではなく、商標が使用されて初めて信用が化体して顧客吸引力としての経済的価値を有するようになるのである。ライセンス契約の対象になった商標権は、原告において使用されていないため、それ自体としては、商品との関係で顧客吸引力が有していない。標章「Tarzan」が顧客吸引力を有しているとする原告の主張については、認めることができない。
(2) 我が国の需要者が抱く標章「Tarzan」のイメージは、審決が認定したように、ジャングル(密林)において野獣等に従えた野人で、雄叫びをあげて奇抜な行動を行うという漠然としたイメージを有しているにすぎず、「ターザン」からこの小説の原作者や主人公「ターザン」の生立ち等をイメージすることは到底できない。被告は、樹脂成形機から成形された樹脂成形品を取り出す樹脂成形品取出しロボットにおいて、樹脂成形品を取り出すための機構が変わった動きをすることから我が国の需要者が抱いている漠然としたイメージに基づいて「Tarzan」を製品名として採用したにすぎず、原告が主張するような標章「Tarzan」が有する顧客吸引力に便乗した「不正目的」でネーミングしたものではない。
(3) 原告は、「ターザン」が米国の大衆文化的所産で、これに便乗する被告の商標出願行為は、米国の大衆文化を棄損する点において「公序良俗」に反する旨を主張する。
 しかし、原告の「米国大衆文化的所産」に関する主張は、米国内における事情であって、我が国における商標登録に関する事情と無関係であるから、審決の判断の妥当性を判断する上においても無関係である。
 また、「大衆文化」とは、その時代において大衆に受け入れられた文化を意味し、具体的には、映画・テレビ、歌謡曲・ポピュラー音楽、大衆小説・時代小説等、大衆演劇・大衆芸能・大衆演芸等、野球・サッカー・格闘技・アメフト・バスケットボール等で、当然のことながら時代と共に変遷している。確かに映画や小説は、原告が主張する大衆文化の一部であるが、その中の一つにすぎない小説「ターザン」、映画「ターザン」が直ちに米国の大衆文化であるとする原告主張は、荒唐無稽である。映画の製作本数や小説の執筆数が少ない時代においては、興行収入や出版数が多い映画や小説が大衆文化を象徴するものととらえることができるかもしれないが、映画の製作本数や小説の執筆数が大幅に増大した今日においては、余りにも飛躍しすぎた根拠のない主張である。しかも、我が国において「ターザン」は、ジャングル(密林)から米国文化とは異質なアフリカをイメージするため、「ターザン」から直ちに米国大衆文化を象徴することが困難であるから、本件商標が米国の大衆文化、ひいては米国の国益を棄損するとすることはなく、本件商標は公序良俗に反しない。
(4) 原告は、商標法4条1項7号の「公序良俗」を判断するにあたって原告がその出願を怠ったかを問題とすることは適切ではないとする。
 しかし、そもそも原告は、我が国において商品区分第7類を除いた他の商品区分において計44件の登録商標を所有しているところ、原告の実態は、自己において実際に商品を販売するために使用するのではなく、使用を希望する第三者に対してライセンスを与えて使用許諾料を得る私的利益追求の目的で商標権を取得して管理しているにすぎない。この点につき、原告は、「第7類の商品に付いて我が国において販売したこともする予定もなかった」と主張しており、原告は、商品区分第7類に付いて商標権取得の時間的余裕が十分にあったにもかかわらず、該商品区分第7類の商品に付いては、第三者に対して使用許諾する予定も見込みもないため、商品区分第7類における商標権取得を放棄したといわざるを得ない。
(5) 「ターザンのイメージへのただ乗りの不当性」については、標章「Tarzan」は、米国自体、又はその州に関連する公的機関が所有する標章ではなく、またこれら公的機関により使用されたこともないため、あくまで原告が所有して管理する私権領域に止まるものである。そして審決は、本件商標登録は、原告と被告の間の私権領域の問題であるため、本件商標は商標法4条1項7号に該当しないと判断したのであるから、その判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 「Tarzan」に関する基本的事実関係について
 証拠(各項目に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 小説「ターザン・シリーズ」
 「ターザン(Tarzan)」は、米国の作家エドガー・ライス・バローズ(1875年〔明治8年〕〜1950年〔昭和25年〕)によって創作され、1912年から出版された小説シリーズ「ターザン・シリーズ」(全26巻)に登場する主人公の名前である(広辞苑第6版〔甲7〕、デジタル大辞泉〔甲8〕、日本大百科全書(ジャポニカ)〔甲9〕)。「ターザン・シリーズ」を構成する各作品は、いずれも、英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ、成長してジャングルの王者となった主人公「ターザン」の物語である(甲5、9)。主人公「ターザン」は、実在する人物ではなく、バローズが創造した架空の人物であり、「Tarzan(ターザン)」は、小説中の架空の猿語「Zan」(皮膚を意味する。)、「Tar」(白を意味する。)に基づく造語である(甲85)。
 「ターザン・シリーズ」の各作品は、1950年代までに約30か国語に翻訳されて約50か国以上の人々に読まれ、1912年から1947年までの間に1億部以上が販売され、米国では1962年ころの1年間で約1000万部が販売された(甲14〜16)。日本においては、「ターザン・シリーズ」の各作品の翻訳本が1921年(大正10年)から2000年(平成12年)にかけて複数の出版社によって発行され、「ターザン・シリーズ」の翻訳版として発行された書籍は約56冊である(甲17〜19、枝番を含む。)。
(2) 著作権の存続期間
 小説「ターザン」シリーズの日本における著作権は、バローズの死亡日が属する年の翌年である1951年の1月1日から50年と3794日(戦時加算)を加算した2011年(平成23年)5月22日まで存続期間が残っていた。
(3) 原告とその活動
 バローズは、1923年(大正12年)3月24日に原告を設立し、1923年4月2日付の契約に基づき、「ターザン・シリーズ」のすべての書籍に関する権利を原告に譲渡し、以後その管理は原告が行っている(甲78、弁論の全趣旨)。
 原告は、オフィシャル・ウェブサイトを通じ、ターザンに関する諸々の作品及びバローズの業績を伝承・解説するとともに、ファンクラブの管理等を行っているほか、上記オフィシャル・ウェブサイトにおいて、「ターザン・シリーズ」を含め、バローズに関する小説、パルプ雑誌、映画、ラジオ放送作品、テレビ放送作品、コミックスなどのあらゆる作品を収蔵したオンランアーカイブを作成・提供している。このアーカイブには、国内外で100年間にわたり制作・発表された作品が、可能な限り網羅的に格納されている。(甲73〜75、弁論の全趣旨)
 原告は、平成23年(2011年)1月31日の時点で、日本において、「TARZAN」、「ターザン」又はこれらの語を一部に含む商標について登録商標権を44件有するとともに、平成24年(2012年)1月の時点で、日本以外に米国を含む約80の国と領域において、数百件の商標権を有している(甲4、79、80の1〜5)。
(4) 「ターザン」の派生作品
ア 漫画(コミック)
 小説「ターザン・シリーズ」を原作とする「ターザン」の新聞連載用の短編漫画が、米国で1929年から2000年ころまで、再掲載を含めて掲載された。また、漫画雑誌への掲載は、ウェスタン・パブリッシング社による漫画雑誌「ターザン」の刊行(1947年)に始まり、現在に至るまで複数の出版社が「ターザン」の漫画雑誌を発行し、現在では、アメリカのダーク・ホース・コミックス社により販売が継続されている。日本においては1970年代に日本語版が出版された。(甲20〜23)
イ 舞台劇及びラジオ放送
 「ターザン」は、1921年には舞台劇として上演され、1931年にはラジオ・ドラマが放送された(甲24)。
ウ 劇場公開用実写映画
 劇場公開用実写映画は、1918年から1999年にかけて43本製作され、日本では1919年(大正8年)から1984年(昭和59年)までに39本が劇場公開された(甲25、27)。
エ テレビ放送用作品(実写版)
 1966年から2003年の間に5つのテレビ放送用作品(実写版)が制作され、2000年(平成12年)ころまでにそのうち3つが日本でテレビ放送された。(甲25、28の1・3)
オ アニメーション作品
 1976年から2005年にかけて、ターザンに関するアニメーション作品が5つ製作された。そのうちの1つはテレビアニメシリーズであり、4つはディズニー社によるアニメーション作品であって、うち1つが劇場公開用、1つがテレビ用アニメシリーズ、2つがDVD用オリジナルアニメである。(甲25、27、28の2、31)
 上記ディズニー作品のうち、1999年(平成11年)に原告の許諾のもとに制作された劇場版アニメーション映画「Tarzan」(邦題:「ターザン」)は、日本を含む約40か国で公開され、米国においてヒットしたほか、日本においても、国内興行収入約29億円をあげるヒットとなった(甲41〜44)。
カ ターザン映画の次回作
 ドイツのコンスタンティン・フィルムが原告からターザンの映画化権を獲得し、ターザン誕生百周年にあたる2012年の公開を目指してターザンの3Dアニメーション映画の制作を進めていることが、ウェブサイト上において、2010年8月に報じられた。また、米国のワーナー・ブラザースが、ターザン映画を新たに3部作として制作することがウェブサイト上において2011年6月に報じられた。(甲63、92)
(5) 「Tarzan」に関するライセンス契約
 ディズニー社は、原告の許諾に基づき、ターザンとタイアップさせた各種商品・役務を継続的に提供している。原告は、2000年4月から現在に至るまでディズニー社から継続的にロイヤルティの支払を受け、その額は総額で400万米ドル以上になる。(甲86の1・2)
 原告は、1984年(昭和59年)以降、日本において、「Tarzan」に関し、マガジンハウス株式会社との間で雑誌「Tarzan」についてライセンス契約を締結したほか、住金物産株式会社との間で下着及びカジュアルシューズ等に関するライセンス契約を締結するなど、合計12社に合計21件のライセンスを許諾した(甲87)。
(6) その他
ア Tarzana(ターザナ)は、米国のロスアンゼルス市におけるSan Fernando Valley 地域にある管轄区(district)である。この地域は、かつてバローズが所有していた牧場(バローズはこの牧場をTarzana Ranch〔ターザナ牧場〕と名付けた。)の跡地にあり、バローズが土地を住宅用に分譲したところ近隣の小農家が住宅街に移り始め、発展した。1927年、地域住民はバローズとその作品における登場人物であるターザンに敬意を表し、町の名前を「ターザンの街」という意味の「Tarzana(ターザナ)」に改名した。(甲81、82)
イ 昭和63年(1988年)4月2日付の朝日新聞において、マリリン・モンローのブロンズ製メダルが同月5日から全国の百貨店などで発売されること、これはパリ造幣局及び米国政府がジェームズ・ディーンやターザンなどとともに「現代の神話」と題するシリーズの1つとして製作したものであることが報じられた(甲69)。
2 取消事由1(周知性に関する認定の誤り)について
 「ターザン(Tarzan)」は、前記認定事実のとおり、米国の作家エドガー・ライス・バローズ(1875年〔明治8年〕〜1950年〔昭和25年〕)により1912年から出版された小説シリーズ「ターザン・シリーズ」(全26巻)に登場する主人公の名前であり、映画など「ターザン」が主人公として登場する多くの派生作品があるところ、証拠(甲6〔日本大百科全書〕、7〔広辞苑第六版〕、8〔デジタル大辞泉〕、9〔日本大百科全書〕、93)によれば、1930年代のハリウッドによる映画化、特に水泳選手ワイズミュラーが主演した映画の人気により全世界的な知名度を有するに至ったことが認められる。「ターザン」映画の全盛期は1930年代であったが、1962年に版権の切れた原作小説がペーパーバックで出版されると爆発的な人気を呼び、ターザン人気の第2次ブームとなったものと認められる(甲15、亀井俊介著「アメリカン・ヒーローの系譜」1993年11月10日発行〔甲66〕)。
 しかし、原作小説はバローズが亡くなった1950年(昭和25年)までに著作ないし発表されたものであって、「ターザン」が世界的な知名度を獲得する原動力となったワイズミュラー主演の映画の公開は米国では1948年、日本では1950年(昭和25年)までであるのみならず、他の「ターザン」劇場公開用実写映画は43本のうち41本までが1968年(昭和43年)(米国)又は1970年(昭和45年)(日本)までに公開が集中し、その後の実写版映画の制作は1981年、1983年、1999年と間隔が空いている上、日本における劇場公開は1984年(昭和59年)が最後である。そうすると、1999年(平成11年)にディズニー社によるアニメーション映画「ターザン」が日本においてヒットしたほか、1999年(平成11年)から2000年(平成12年)にかけて連続ドラマ「ターザンの大冒険」がBS放送で、2010年(平成22年)には連続ドラマ「ターザン」がCS放送でそれぞれテレビ放映され(甲30、50)、2005年(平成17年)までにビデオやDVDが数枚発売されていること、ディズニー社からターザンとタイアップした各種商品・役務を継続的に提供されていることを考慮しても、1970年代以降、日本における「ターザン」人気は次第に薄れていき、ディズニー社によるアニメ映画がヒットした1999年(平成11年)から10年以上が経過した本件商標の登録査定時(平成22年7月6日)の時点において、「ターザン」の原作小説又はその派生作品やタイアップ商品等が広く人々の目に触れる機会は減少していたものと認められる。
 我が国において本件商標登録査定時に「Tarzan」の語から想起されるのは、世代による差もあると解されるものの、雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)の姿という漠然としたイメージであり、熱心な愛好者や研究者は別として、「ターザン」が、米国の作家であるバローズによる小説「ターザン・シリーズ」の題号又はその主人公であることや、英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ、成長してジャングルの王者として君臨するようになった人物という具体的な人物像(特徴や個性)を想起させるものとしてまでは、一般的であったということができない。審決が「今日における我が国の需要者においては、『ターザン』がジャングルの王者という漠然としたイメージのものとして一定程度認識されているとはいえても、それが米国の作家であるバローズの著作物の題号ないしはその登場人物の名称として、あるいは請求人(判決注:原告)が管理する標章として、本件商標の登録査定時において広く認識されていたものとまでは認めることはできない。」、とした認定判断に誤りがあるとはいえない。
3 取消事由2(本件商標が公序良俗に反しないとの判断の誤り)について
(1) 上記のとおり、本件商標登録の査定時(平成22年7月6日)において、「ターザン(Tarzan)」の語は雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)の姿を想起させるものとして一定程度認識されていたことを認めることができる。また、前記認定のとおり、原告が1984年(昭和59年)以降、日本において、「Tarzan」に関し、合計12社に合計21件のライセンスを許諾したことからすれば、「Tarzan」の語が一定の顧客吸引力を有していたことも認めることができる。
 しかし、「ターザン(Tarzan)」が原作小説の映画化を通じて世界的な知名度を獲得したものであって、日本における「Tarzan」に関するライセンス契約において対象となった製品は、雑誌、カジュアルシューズ、下着等のアパレル関係、テレビ放送、子供向け書籍及びソフトカバーブックなどであり(甲87)、米国における有力なライセンシーであるディズニー社は遊園地の経営や映画の製作・配給を業とする企業であること(弁論の全趣旨)などに照らすと、書籍、アパレル、遊園地、映画及びテレビ放送等の一般消費者と直接接する商品・役務との関係ではともかく、本件商標の指定商品である「プラスチック加工機械器具、プラスチック成形機用自動取出ロボット、チャック(機械部品)」という一般消費者を対象としない商品の分野において、「Tarzan」の語が経済的に一定程度評価しうる顧客吸引力を有しているとまでは認めがたい。加えて、本件商標登録の査定時(平成22年7月6日)、「ターザン」の原作小説の作者であるバローズが亡くなってから既に60年を超える期間が経過していた上、1970年代以降、日本における「ターザン」人気は次第に薄れていき、ディズニー社によるアニメ映画がヒットした1999年(平成11年)から10年以上が経過した本件商標の登録査定時(平成22年7月6日)の時点において、「Tarzan」が広く人々の目に触れる機会は減少し、「Tarzan」の語から想起されるイメージがかなり漠然としたものになっていたことは前記のとおりである。そうすると、被告が雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)というターザンのイメージと被告が製作する樹脂成形品取出しロボットの動きを重ね合わせて、このようなロボットの商品名として使用することを想定して本件商標登録をしたのだとしても、そのことをもって、「Tarzan」のイメージやその顧客吸引力に便乗しようとする不正の意図に基づく剽窃行為であるとまでいうことはできない。
 なお、被告は、合成樹脂成形機械及び付属部品の製造・販売等を業とする株式会社であり、樹脂成形機から成形された樹脂成形品を取り出す樹脂成形品取出しロボットにおいて、樹脂成形品を取り出すための機構が変わった動きをすることから我が国の需要者が抱いている漠然としたイメージに基づいて「ターザン」を製品名として採用したものと認められる(弁論の全趣旨)。
(2) しかしながら、日本では広く知られていないものの、独特の造語になる「ターザン」は、具体的な人物像を持つ架空の人物の名称として、小説ないし映画、ドラマで米国を中心に世界的に一貫して描写されていて、「ターザン」の語からは、日本語においても他の言語においても他の観念を想起するものとは認められないことからすると、我が国で「ターザン」の語のみから成る本件商標登録を維持することは、たとえその指定商品の関係で「ターザン」の語に顧客吸引力がないとしても、国際信義に反するものというべきである。
 「ターザン(Tarzan)」の語は、米国の作家バローズの手になる小説シリーズ「ターザン・シリーズ」に登場する主人公の名前であり、本件商標登録査定時(平成22年7月6日)の時点において、日本におけるその著作権は存続していたし、派生的著作物にはなお著作権が存続し続けていたものである。バローズから「ターザン・シリーズ」のすべての書籍に関する権利を譲り受けた原告は、オフィシャル・ウェブサイトを通じ、ターザンに関する諸々の作品及びバローズの業績を伝承・解説するとともに、「ターザン・シリーズ」を含めたバローズに関する小説、パルプ雑誌、映画、ラジオ放送作品、テレビ放送作品、コミックスなどのあらゆる作品を収蔵したオンラインアーカイブを作成・提供するなど、「ターザン」の原作小説及びその派生作品の価値の保存・維持に努めるとともに、米国のみならず世界各国において「ターザン」に関する商標を登録して所有したり、ライセンス契約の締結・管理に関わることによって、その商業的な価値の維持管理にも努めてきた。このように一定の価値を有する標章やキャラクターを生み出した原作小説の著作権が存続し、かつその文化的・経済的価値の維持・管理に努力を払ってきた団体が存在する状況の中で、上記著作権管理団体等と関わりのない第三者が最先の商標出願を行った結果、特定の指定商品又は指定役務との関係で当該商標を独占的に利用できるようになり、上記著作権管理団体による利用を排除できる結果となることは、商標登録の更新が容易に認められており、その権利を半永久的に継続することも可能であることなども考慮すると、公正な取引秩序の維持の観点からみても相当とはいい難い。被告は、「Tarzan」の語の文化的・商業的価値の維持に何ら関わってきたものではないから、指定商品という限定された商品との関係においてではあっても「Tarzan」の語の利用の独占を許すことは相当ではなく、本件商標登録は、公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害する行為ということができる。
(3) 当裁判所は、以上の点を総合して勘案し、本件商標は商標法4条1項7号に該当すると判断するものである。
第6 結論
 以上より、原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 塩月秀平
 裁判官 真辺朋子
 裁判官 田邉実
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