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【事件名】印刷受発注システムの複製権侵害事件
【年月日】平成24年6月11日
 東京地裁 平成22年(ワ)第23557号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年3月12日)

判決
原告 株式会社みづほ
同訴訟代理人弁護士 小野幸治
同 藤原家康
被告 A
被告 B
被告 C
被告 D
被告 E
被告 F
被告 有限会社ニッシングラフィック社
上記被告7名訴訟代理人弁護士 平野高志
同 細井大輔

主文
1 被告C、被告D及び被告有限会社ニッシングラフィック社は、原告に対し、連帯して、8万0401円及びこれに対する平成22年8月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告A、被告B、被告C、被告D及び被告有限会社ニッシングラフィック社は、原告に対し、連帯して、5000円及びこれに対する平成22年8月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告の被告A、被告B、被告C、被告D及び被告有限会社ニッシングラフィック社に対するその余の請求並びに被告E及び被告Fに対する請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は原告の負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告A、被告C、被告E及び被告有限会社ニッシングラフィック社は、別紙システム目録記載の印刷受発注システムを使用してはならない。
2 被告A、被告C、被告E及び被告有限会社ニッシングラフィック社は、前項の印刷受発注システムにつき、同印刷受発注システムの内容がデータにて記録媒体に保存されているものについては同データのすべてを同記録媒体より削除し、同データがプリントアウト等の方法により紙媒体に印字又は複写されているものについては同紙媒体のすべてを廃棄せよ。
3 被告A、被告C、被告E及び被告有限会社ニッシングラフィック社は、別紙営業秘密目録記載の、原告の営業秘密をその営業上の活動に使用又は開示してはならない。
4 被告A、被告C、被告E及び被告有限会社ニッシングラフィック社は、前項の営業秘密につき、同秘密の内容がデータにて記録媒体に保存されているものについては同データのすべてを同記録媒体より削除し、同データがプリントアウト等の方法により紙媒体に印字又は複写されているものについては同紙媒体のすべてを廃棄せよ。
5 被告らは、原告に対し、連帯して、849万1899円及びこれに対する被告A、被告B、被告C、被告D、被告E及び被告有限会社ニッシングラフィック社については平成22年8月11日から、被告Fについては平成22年8月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告Aは、原告に対し、540万0456円及びこれに対する平成22年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被告Cは、原告に対し、114万4033円及びこれに対する平成22年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 1ないし7項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、原告が、原告の元従業員であり、原告を退職後、被告有限会社ニッシングラフィック社(以下「被告ニッシン」という。)に就職した被告A(以下「被告A」という。)、被告C(以下「被告C」という。)及び被告E(以下「被告E」といい、被告A、被告C及び被告Eを併せて「被告Aら」という。)は、@原告が有限会社スズキ印刷(以下「スズキ印刷」という。)において保管していた印刷用フィルムにつき、原告に無断で廃棄を指示し、かつ、その一部を隠匿し、A別紙システム目録記載の原告の印刷受発注システム(以下「本件システム」という。)のプログラムを持ち出した上、被告ニッシンに漏えいし、これを複製して被告ニッシンに利用させ、B原告から別紙営業秘密目録記載の顧客情報(以下「本件顧客情報」という。)を持ち出した上、被告ニッシンに漏えいし、これを利用して原告の顧客を被告ニッシンに収奪させ、C原告が株式会社クイック(以下「クイック」という。)において保管していた原告の印刷用フィルムを被告ニッシンの業務のために原告に無断で使用し、D株式会社賀川印刷(以下「賀川印刷」という。)が保管していた原告のNPiフォームを被告ニッシンの業務のために原告に無断で使用したと主張し、被告Aらの上記@〜Dの行為は、同人らにつき、原告との間の雇用契約上の債務不履行及び共同不法行為(民法709条、710条、719条)に該当し、かつ、被告ニッシンにつき、共同不法行為(同法709条、719条)又は使用者責任(同法715条)が成立し、また、上記Aの行為については、被告Aら及び被告ニッシンにつき、原告の著作権(複製権)侵害の共同不法行為が成立し、さらに、上記B及びCの行為については、被告Aら及び被告ニッシンの不正競争(被告Aらにつき不正競争防止法2条1項4号又は7号、被告ニッシンにつき同条1項4号、5号又は8号)に該当すると主張し、被告B、被告D及び被告Fについては、被告Aらをそれぞれ身元保証したものであるから、被告Aらの上記@〜Dの行為による損害賠償義務につき、身元保証契約に基づく連帯保証債務履行義務を負うと主張して、
(1) 被告Aらについては、債務不履行責任(民法415条)、共同不法行為責任(同法709条、719条)又は不正競争防止法4条に基づく損害賠償として、被告ニッシンについては、使用者責任(民法715条)、共同不法行為責任(同法709条、719条)又は不正競争防止法4条に基づく損害賠償として、被告B、被告D及び被告Fについては、身元保証契約に基づく連帯保証債務の履行請求として、連帯して、合計849万1899円(@につき15万円、Aにつき200万円〔著作権法114条2項〕、B及びCにつき629万1274円〔不正競争防止法5条2項〕、Dにつき5万0625円)及びこれに対する各被告に対する各訴状送達日の翌日(被告A、被告C、被告E、被告ニッシン、被告B及び被告Dについては平成22年8月11日、被告Fについては平成22年8月12日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するとともに、
(2) 被告Aら及び被告ニッシンに対し、著作権法112条1項及び2項に基づき、本件システムの使用の差止め並びに同システムの内容を記録したデータ等の削除及び廃棄を、
(3) 被告Aら及び被告ニッシンに対し、不正競争防止法3条1項及び2項に基づき、本件顧客情報の使用又は開示の差止め並びに本件顧客情報の内容を記録したデータ等の削除及び廃棄を各求め、
 上記@〜Dの各行為は、被告A及び被告Cに関し、懲戒解雇事由に該当するものであるところ、同被告らは、懲戒解雇事由があり、退職金受領資格がないことを知りながら、原告から退職金を受領したものであり、これは同被告らの不当利得に当たると主張して、悪意の受益者に対する不当利得返還請求(民法704条)として、被告Aに対し540万0456円、被告Cに対し114万4033円(附帯請求として、同被告らに対する各訴状送達日の翌日である平成22年8月11日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実以外は、証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、印刷物及びホームページのデザイン、企画、編集等を業とする株式会社である。
イ 被告ニッシンは、写真製版、印刷等を業とする有限会社である。
ウ 被告Aは昭和56年3月、被告Cは平成7年8月、原告に各入社した者であり、現在の原告代表者が代表者に就任する以前は、被告Aは営業業務に、被告Cは総務・庶務関係事務に各従事していた(甲15の1、16の1、乙15、16、原告代表者)。
 被告Eは、平成20年6月9日付けで原告に入社した者であり、営業業務に従事していた(乙2の2、原告代表者)。
エ 被告Bは被告Aの、被告Dは被告Cの各配偶者であり、被告Fは被告Eの父である(甲1〜3)。
オ G(以下「原告代表者」という。)は、平成19年初めころ、原告の前代表者から依頼を受けて原告の経営に関与するようになり、同年5月、原告代表者に就任した者である(甲51、乙1、原告代表者)。
(2) 原告と被告Aらとの間の雇用契約、退職金名目の金員の支払等
ア 前記(1)ウのとおり、被告Aは昭和56年3月に、被告Cは平成7年8月に、原告との間で雇用契約を各締結し、原告における勤務を開始した。
イ 上記(1)オのとおり、原告代表者は、平成19年初めころ、原告の経営に関与するようになったものであるところ、平成19年5月ころ、原告の経営再建のため、人員整理を行うこととし、当時の従業員の多くの者に対し、解雇予告手当を支払い、同年6月20日付けで上記従業員らを解雇した(甲29、51、原告代表者)。
ウ 一方、被告A及び被告Cは、そのころ、原告代表者から、原告の経営再建のために尽力してもらいたい旨の申し入れを受け、原告において、同年6月20日以降も勤務することについて了承した(甲51、乙15、16、原告代表者、被告A、被告C)。
エ 原告は、平成19年5月31日付けで、被告A及び被告Cに対し、「退職金計算書」(甲15の1、16の1)を各交付し、上記計算書の記載に従い、同年6月29日、被告Aに対し530万0481円、被告Cに対し107万6833円を各支払った(甲15の1、16の1)。
オ 被告A及び被告Cは、平成20年5月以降、被告Aは営業課長、被告Cは工程管理課長として各勤務した(甲51、乙15、16、原告代表者)。
カ 上記(1)ウのとおり、被告Eは、平成20年6月9日、原告との間で雇用契約を締結し、原告における勤務を開始した。
(3) 就業規則の改定、その内容等
ア 原告は、平成20年3月1日、従前の就業規則、退職金規定等(甲8。以下「旧就業規則」という。)を改定し、新たな就業規則、退職金支給規程等(甲7。以下「新就業規則」という。)を実施した(甲7)。
イ 上記改定前の原告の旧就業規則には、以下の定めがある(甲8)。
(ア) 就業規則12条(遵守事項)
 従業員は正常かつ完全に就業するため次の事項を守らなければならない。
K会社の事業または会社の不利益となるような事項についての秘密は一切これを漏らさないこと
(イ) 就業規則37条2項(懲戒基準)
 従業員が、次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇する。ただし、情状により減給、出勤停止、降格又は諭旨退職とすることがある。
A職務を利用して私利、私益をはかったとき
D許可なく会社の機械、諸施設ないし資材を私用に供したとき
E許可なく会社の金品、資材、製品を持出したとき
F故意に会社に損害を与え、もしくは運営に支障を及ぼしたとき
(ウ) 退職金規定7条(退職金支給の除外)
 次の各号のいずれかに該当する者については退職金を支給しない。
1.勤続満2年未満の者
2.懲戒解雇された者
(エ) 退職金規定9条(支払時期等)
 退職金の支給は退職後1ヵ月以内にその金額を支払う。ただし、本人在職中、懲戒解雇に相当する行為、または事実を歪曲したり虚偽の申告等がなされていた事実を発見したとき退職金を支給しない。
ウ 上記改定後の原告の新就業規則には、以下の(ア)、(イ)のとおり、第3章「服務規律」の中に第12条の遵守事項の定めが、第9章「懲戒」の中に第38条の懲戒基準の定めがある(甲7)。
(ア) 就業規則12条(遵守事項)
 従業員は正常かつ完全に就業するため次の事項を守らなければならない。
L就業中に得た会社の情報、とりわけ取引会社の情報についてそれを漏えいしないこと。また会社の不利益となるような事項について一切これを漏らさないこと。会社を退職した後も同様とする
N社品を私用したり、社品で私物を作ったり、作らせたりしないこと。また会社の許可なく社品を社外へ持ち出さないこと
(21) 会社の役員、従業員、取引先、顧客、その他の関係者の個人情報を正当な理由なく開示し、利用目的を超えて取り扱い、または漏えいしないこと。会社を退職した場合も同様とする。
(イ) 就業規則第38条(懲戒基準)
1 従業員が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給、出勤停止又は降格とする。
K会社の機密を漏らし、または会社の信用の失墜もしくは名誉毀損の行為を行なったとき
2 従業員が、次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇する。ただし、情状により減給、出勤停止、降格又は諭旨退職とすることがある。
A職務を利用して私利、私益をはかったとき
B会社の承認を受けないで在籍のまま他に雇用されたとき
D許可なく会社の機械、諸施設ないし資材を私用に供したとき
E許可なく会社の金品、資材、製品を持出したとき
F故意に会社に損害を与え、もしくは運営に支障を及ぼしたとき
G第12条(遵守事項)L…、(21)に違反する行為を行ったとき
(ウ) 退職金規定7条(退職金支給の除外)
 次の各号のいずれかに該当する者については退職金を支給しない。
@勤続満2年未満の者
A懲戒解雇された者
(エ) 退職金規定9条(支払時期等)
 退職金の支給は退職後1ヵ月以内にその金額を支払う。ただし、本人在職中、懲戒解雇に相当する行為、または事実を歪曲したり虚偽の申告等がなされていた事実を発見したとき退職金を支給しない。
エ 上記改定に当たり、原告代表者及び従業員(被告A及び被告Cを含む。)は、同年3月26日付けで新就業規則最終頁に署名押印した。また、同人らは、そのころ、新就業規則の読み合わせを行った(甲7、51、原告代表者、被告A、被告C)。
オ 原告代表者は、そのころ、原告従業員らに対し、新就業規則所定の誓約書及び身元保証書の提出を求め、被告Aは、上記求めを受けて、同年4月20日付けで、原告に対し、「私、Aは株式会社みづほの従業員として、就業規則をよく理解し、とりわけ第3章の服務規律を遵守して、社業の発展に寄与することを誓います。」との記載のある誓約書(甲52の1)を作成し、被告B作成に係る身元保証書(甲1)とともに提出した(甲1、52の1、原告代表者、被告A)。
 上記身元保証書には、「このたび、Aが株式会社みづほの社員として雇用されるにあたり、私議、身元保証人を引受、本人が会社の経営方針をよく理解し、就業規則・諸業務規則を遵守し、誠実に勤務することを保証いたします。万一、本人がこれに反し、故意または重大な過失によって貴社に損害をおかけした場合は、本人を持って責任を取らしめ、また連帯して損害賠償の責任を負います。その証として本書を差し入れます。」との記載があり、被告Bの署名押印がある(甲1)。
カ 被告Cは、同月22日付けで、原告に対し、上記オの誓約書と同様の内容の記載のある誓約書(甲52の2)を作成し、被告D作成に係る下記身元保証書(甲2)とともに提出した(甲2、52の2、原告代表者、被告C)。
 上記身元保証書には、上記オの身元保証書と同様の内容の記載があり、被告Dの署名押印がある(甲2)。
キ 被告Eは、同年5月26日付けで、原告に対し、上記オの誓約書と同様の内容の記載のある誓約書(甲52の3)を作成し、被告F作成に係る下記身元保証書(甲3)とともに提出した(甲3、52の3)。
 上記身元保証書には、上記オの身元保証書と同様の内容の記載があり、被告Fの署名押印がある(甲3)。
(4) 被告Aらの退職等
ア 被告Aは、平成21年10月ころ、原告がサングラフィック株式会社との業務提携を決定し、原告の経営方針や営業体制が大きく変わると考えたことなどから、原告を退職することを検討していたところ、そのころ、原告の元顧問であるH氏から被告ニッシンを紹介され、原告を退職して、被告ニッシンで勤務することを決めた。そこで被告Aは、同年12月10日付けで原告に退職願を提出し、平成22年1月20日付けで原告を退職することについて了承を得た(甲4、乙15、被告A)。
イ 被告C及び被告Eは、平成21年10月ころ、被告Aが原告を退職することを聞き、原告を退職することを検討していたところ、同年11月ころ、上記H氏から、被告Aとともに被告ニッシンで働くことを提案され、原告を退職して、被告ニッシンで勤務することを決めた。
 被告Cは、同年12月16日、原告代表者に対し、高齢の親族の介護をするため、平成22年1月20日付けで原告を退職したい旨話し、退職願を提出した。また、被告Eは、平成21年12月28日、原告代表者に対し、親戚の会社に就職するため、平成22年1月20日付けで原告を退職したい旨話し、退職願を提出した(甲5、6、51、乙16、原告代表者、被告C)。
 これに対し原告代表者は、同被告らに対し、業務の引継ぎを行ってから退職するよう求め、同被告らは、上記求めを受けて、退職時期を遅らせ、同年2月20日付けで原告を退職することとした(乙16、原告代表者、被告C)。
ウ 被告Aは、平成22年1月20日付けで原告を退職し、そのころ、被告ニッシンに就職した。
 原告は、被告Aに対し、同年2月1日付けの退職金計算書(甲15の2)を交付し、同月10日、同人に対し、9万9975円を支払った。
エ 被告C及び被告Eは、原告において引継ぎ作業等を行った後、平成22年2月20日付けで原告を退職し、そのころ、被告ニッシンに就職した。
 原告は、被告Cに対し、同年3月1日付けの退職金計算書(甲16の2)を交付し、同月10日、同人に対し、6万7200円を支払った。
 なお、被告Eについては、勤続年数が満2年未満であり退職金支給基準に満たなかったことから、退職金は支給されなかった(甲7、原告代表者)。
オ 被告ニッシンにおいて、被告Aは営業担当として、被告Cは営業事務担当として各勤務していたが、被告Cは平成22年4月20日付けで、被告Aは同年7月20日付けで、被告Eは同年9月20日付けで被告ニッシンを各退職した(乙15、16、被告A、被告C、弁論の全趣旨)。
 なお、被告Aについては、被告ニッシンを上記のとおり退職した後、同社との間で業務委託契約を締結し、同社のために営業業務等を行っている(被告A、弁論の全趣旨)。
(5) 印刷用フィルムの整理等
ア 原告は、顧客から過去の印刷物の再版依頼があった場合に備え、スズキ印刷又はクイックに依頼して、使用済みの印刷用フィルムを保管させていた(甲48ないし51、証人I、証人J)。
イ 被告Aらは、平成22年2月上旬ころ、スズキ印刷代表者の求めを受けて、スズキ印刷を訪れ、スズキ印刷社内の一箇所にまとめて保管されていた原告の印刷用フィルムのうち、一部を机上から床面に移動し、スズキ印刷の代表取締役であったI(以下「スズキ印刷代表者」という。)に対し、移動したものにつき、不要なものなので廃棄してほしい旨を伝えた(甲48、証人I、被告A、被告C)。
ウ 原告代表者は、同年3月ころ、スズキ印刷から、上記イの事実を聞かされ、原告従業員2名とともにスズキ印刷を訪れてスズキ印刷から印刷用フィルムを引き上げるとともに、同年3月30日、被告Cと面会し、上記イの作業を行った顛末について説明を求めた。また、上記説明が不充分であるとして、同年4月1日までに顛末書を作成して持参するよう同被告に指示した(甲51、原告代表者)。
エ 被告Aらは、同年4月1日、原告代表者を訪問し、上記作業は日常業務の一環として行ったものである旨などを記載した顛末書(甲9)を手渡したが、原告代表者は、上記説明に納得せず、被告Aらに、懲戒解雇に関する確認書(甲10)に署名押印するよう求めた。被告Aらはこれに応じず、同確認書を持ち帰った(甲9、10、51、原告代表者)。
(6) そのころ、原告代表者は、被告Aらが被告ニッシンで勤務していることを知り、スズキ印刷に依頼して、被告ニッシンの印刷発注確認書(甲11の1ないし16)及び請求書(甲12)の交付を受けた。また、原告代表者は、被告ニッシンが、原告が賀川印刷に在庫として預けていたNPiフォームを使用して印刷業務を行ったことを賀川印刷から聞き、上記使用分として返却されたというNPiフォームを賀川印刷から引き上げた(甲11の1ないし16、12、原告代表者)。
(7) 本件システムについて
ア 本件システムは、原告が、K(以下「K」という。)に委託し、Microsoft Accessを利用して作成させたものである(甲51、53、原告代表者)。
イ 原告は、印刷受発注情報を管理するため、本件システムを使用しており、本件システム内には、原告の顧客の名称、連絡先、取引関係記録(品名、数量、取引価格、納入日、下請発注先等)を内容とする本件顧客情報が保存されている(原告代表者、弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) スズキ印刷の保管する印刷用フィルムについて
ア 被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否
イ 上記債務不履行又は不法行為による損害額
(2) 本件システムについて
ア 被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否
イ 本件システムの著作権(複製権)侵害の成否
ウ 上記債務不履行、不法行為又は著作権侵害による損害額
エ 本件システムの使用差止め及び廃棄請求の可否
(3) 本件顧客情報について
ア 被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否
イ 不正競争防止法2条1項4号又は7号所定の不正競争の成否
ウ 上記債務不履行、不法行為又は不正競争行為による損害額
エ 本件顧客情報の使用差止め及び廃棄請求の可否
(4) クイックの保管する印刷用フィルムについて(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)
(5) NPiフォームの使用について
ア 被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否
イ 上記債務不履行又は不法行為による損害額
(6) 被告ニッシンの責任の成否
(7) 被告B、被告D及び被告Fに対する身元保証債務履行請求の可否
(8) 被告A及び被告Cに対する退職金返還請求(民法704条)の可否
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(スズキ印刷の保管する印刷用フィルムについて〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(原告の主張)
(1) 前記前提事実(5)イのとおり、被告Aらは、平成22年2月上旬ころ、スズキ印刷において、フィルムの整理と称して、原告がスズキ印刷に依頼して保管させていた印刷用フィルムを所定の置き場から動かし、床に雑然とした状態で置いた上、スズキ印刷代表者に対し、これらのフィルムを廃棄するよう指示した。
 加えて、被告Aらは、上記フィルムのうち一部を、スズキ印刷の別の場所に移動しており、原告代表者が再版を依頼された際、その中から再版のために必要なフィルムを探したところ、フィルムは見当たらず、再度フィルムを作成せざるを得なかった。この事実に照らせば、被告Aらは、一部のフィルムにつき原告に無断でスズキ印刷から持ち出して隠匿している。
(2) 被告Aらは、 原告との間の雇用契約上、原告に損害を与えないよう努めるべき義務を負うところ、被告Aらは、原告が被告Aらに対し印刷用フィルムの整理又は廃棄を指示したことがなく、上記フィルムの廃棄等を行う権限を有しないにもかかわらず、 上記(1)のとおり、 印刷用フィルムの一部を床に雑然とした状態で置き、廃棄を指示する行為を行ったものであり、これは、原告の財産を原告に無断で処分し、原告に損害を与えようとする行為であり、雇用契約上の上記義務に反する行為に当たる。また、 被告A らは、 印刷用フィルムの一部を上記(1)のとおり別の場所に移動したことにつき、原告の誰にも告げておらず、かつ、一部のフィルムを原告に無断でスズキ印刷から持ち出しているのであるから、上記行為は印刷用フィルムの隠匿に当たるものであり、雇用契約上の上記義務に反するものに当たる。
 なお、原告代表者は、平成21年12月ころ、被告Cが原告本社内の印刷用フィルムの一部を廃棄しようとしたため、口頭で強く注意した。被告Aらは、上記経緯にもかかわらず、上記のとおりスズキ印刷においてフィルムの無断処分・隠匿に当たる行為を行ったのであるから、被告Aらの行為は極めて悪質であり、違法性を有するものであるというべきである。
 したがって、被告Aらの上記各行為は、上記雇用契約上の義務に反するものとして、原告に対する債務不履行に当たり、かつ、原告に対する共同不法行為を構成する。
(3) 被告らの主張について
 被告らは、 前記前提事実(5)イの作業は被告Aらの日常業務の一環として行ったものであり、フィルムの保管場所の変更等については引継ぎを行っている上、被告Aらは原告の印刷用フィルムを持ち出していないと主張するが、否認する。原告が被告Aらにフィルムの廃棄業務を指示したことはなく、被告Aらから廃棄等の報告又は連絡を受けたこともないこと、上記廃棄等が行われた平成22年2月上旬において、被告Aは原告を退職済みであり、被告C及び被告Eは有給休暇中であったことにかんがみれば、 前記前提事実(5)イの作業が原告における日常業務としてされたものであるということはできない。また、原告代表者が原告従業員に確認したところでは、被告Aらからフィルムの保管場所を変更した旨を聞いた者はいないことや、原告の従業員中で、スズキ印刷に保管されている印刷用フィルムに接触する機会があったのは被告Aらのみであるから、上記フィルムの一部が紛失している以上、被告Aらが印刷用フィルムを隠匿し、かつ、その一部を持ち出したものであることは明らかである。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張のうち、フィルムの隠匿に関する事実については否認し、法的主張は争う。
(2)ア 印刷用フィルムの整理について
 被告Aらは、以前にも、スズキ印刷からフィルムを整理するよう依頼を受け、整理作業を行ったことがあり、フィルムの整理、廃棄は日常業務の一環であった。そして、被告Aらは、平成22年2月ころ、同様に、スズキ印刷からフィルムを整理するよう依頼を受けたことから、前記前提事実(5)イのとおり、被告Cが被告Eとともにスズキ印刷に赴き、再使用の可能性のあるフィルムとそうでないものを区別し、整理したものであり、上記作業は、原告に対し損害を与え、又は原告の業務を妨害する意図をもって行ったものではない。また、被告Cが原告代表者に対し上記整理作業について報告しなかったのは、過去数回にわたり同様の作業を実施した際にも、原告代表者に報告を行っておらず、それにより特段の問題が生じたこともなかったことから、同様に、原告代表者への報告の必要性はないと判断したためである。なお、被告Eは被告Cの指示を受けて上記作業に従事したものにすぎず、被告Aは、被告Cの依頼を受けて上記整理に問題がないかを確認したにすぎないものであり、同被告らにも、原告に損害を与える意図等はなかった。
 したがって、被告Aらが印刷用フィルムを整理した行為につき、原告との雇用契約上の義務に反する点又は不法行為の成立を認めるべき違法性はない。
イ 印刷用フィルムの隠匿について
 被告Cは、引継ぎ作業において、原告代表者及び同従業員に対し、印刷用フィルムの一部をスズキ印刷で保管していることを伝えている。また、被告Aらがスズキ印刷から原告のフィルムを持ち出した事実はない。被告ニッシンは印刷用フィルム制作のための設備及び人員を備えており、被告Aらが原告のフィルムを持ち出す動機や理由はない。原告は、紛失したと主張するフィルムを特定しておらず、原告の主張は抽象的かつ漠然としたものにとどまっており、不自然であって、到底信用できるものではない。
(3) したがって、被告A らに、スズキ印刷の保管する印刷用フィルムに関し債務不履行又は不法行為は成立しない。
2 争点(1)イ(スズキ印刷の保管する印刷用フィルムについて〔上記債務不履行又は不法行為による損害額〕)
(原告の主張)
 被告Aらの前記債務不履行又は不法行為により、原告は、被告Aらが乱雑に置いた印刷用フィルムをスズキ印刷から引き上げた上、顧客毎に時系列で整理し封筒に収めるなどの再整理作業を余儀なくされた。原告代表者及び原告従業員2名は、上記作業に合計3日間従事したものであるところ、同人らの人件費の合計額は15万円を下らない。
 上記金額は、被告Aらの債務不履行又は不法行為により、原告が被った損害に当たる。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
 原告の行った再整理作業は、被告Aらの退職に伴う引継ぎ作業として当然に必要となったものであり、同作業に要した人件費は原告の損害に当たらない。
3 争点(2)ア(本件システムについて〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(原告の主張)
(1) 被告Aらは、原告との雇用契約上、原告の情報を漏えいせず、原告に損害を与えないよう努める義務を負うところ、本件システムは、前記前提事実(7)ア及びイのとおり、原告がKに委託してそのプログラムを構築させ、印刷受発注管理に当たり使用しているものであるから、本件システムのプログラムは、原告において漏えいが禁止されるべき情報に当たる。
(2) 被告ニッシンは、 被告Aらが原告を退職し、被告ニッシンに入社したのとほぼ同時期に、本件システムの利用を開始した。
 被告ニッシンが本件システムを利用していることは、被告ニッシンが、被告Aらの入社と同時期に、従前の請求書の書式を変更し、原告の請求書と書式において全く同一の請求書(甲12)の使用を開始し、また、従前、印刷発注確認書を使用していなかったにもかかわらず、原告のものと同一の体裁の印刷発注確認書の使用を開始していること、被告CがKに印刷受発注システムの開発を依頼していること、被告ニッシンが原告の印刷用フィルムを無断使用して印刷業務を行っていることから明らかである。
 すなわち、本件システムは、各顧客に付した番号をもって各顧客の情報を一元的に管理し、上記情報のうち必要なものを請求書上にまとめて印字することができるものである。原告の請求書の書式は、本件システムの利用のために作成された独自のものであるから、本件システムの利用の便宜を享受しようとすれば、原告のものと同一の書式の請求書を使用せざるを得ない。また、原告の印刷発注確認書も、本件システムに由来する独自のものであるから、本件システムの利用に当たっては、原告のものと同一の書式の印刷発注確認書を用いることが必要となる。加えて、Kは本件システムの開発者であり、長年にわたり本件システムの構築及びカスタマイズに携わってきた者である。さらに、 争点(4)に関する原告の主張のとおり、被告ニッシンは、原告がクイックに保管させていた印刷用フィルムを無断使用して印刷業務を行っているところ、印刷用フィルムの有無、所在等の情報は本件システム内に保存された本件顧客情報によらなければ得ることができない。以上の事実は、被告ニッシンが本件システムを利用していることを示すものというべきである。
 なお、争点(3)に関する原告の主張のとおり、 被告Aらは、本件システム内に保存されている本件顧客情報を持ち出し、被告ニッシンに漏えいしているところ、被告ニッシンが、本件顧客情報を十全に活用するため、本件顧客情報とセットで本件システムを利用しようと考えることは合理的かつ自然に導かれることであり、この点からも、被告ニッシンによる本件システムの利用が裏付けられる。
 以上のとおり、被告ニッシンは、被告Aらが原告を退職し、被告ニッシンに入社したのとほぼ同時期に、本件システムの利用を開始しているものであるが、これは、被告Aらが本件システムのプログラムを持ち出し、被告ニッシンに漏えいしたことを強くうかがわせるものである。
(3) 前記(1)のとおり、本件システムのプログラムは原告において漏えいが禁止される情報に当たるものであるから、被告Aらが本件システムのプログラムを持ち出し、被告ニッシンに漏えいした行為は、原告との間の上記雇用契約上の債務不履行に当たり、かつ、共同不法行為を構成する。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張のうち、事実に関する点は否認し、法的主張は争う。
(2) 被告Aらは、本件システムのプログラムを持ち出したことはなく、かつ、被告ニッシンにこれを開示したこともないから、被告Aらに債務不履行又は不法行為と評価されるべき行為はない。なお、被告ニッシンは本件システムを利用していないから、これにより、被告Aらのプログラム持出し行為が推認されることもない。
 原告が被告ニッシンによる本件システムの利用の裏付けとして主張する点のうち、請求書及び印刷発注確認書の書式が原告のものと類似しているとする点については、上記各書式は、被告Cが紙媒体のもの(甲13及び14)を参考に作成したものにすぎない。被告ニッシンは、上記書式のうち、請求書については一度も使用したことがなく、印刷発注確認書についても、平成22年2月から3月までの間しか使用していないから、これによって、被告ニッシンによる本件システムの利用が推認されることはない。また、原告における印刷発注確認書の使用方法は、顧客から注文を受けた印刷業務について、原告の営業担当者が手書きで記載し、下請先に渡すものであり、本件受発注システムの利用とは関係がない。
 被告CがKにシステム開発を依頼したとする点については、被告CはKに印刷受注状況等を管理することができる簡易なシステムの開発を依頼したにすぎず、原告のシステムと同一のシステムを導入しようとしたものではない。被告ニッシンは、平成22年5月11日ころ、システム開発のための報酬等として、Kに7万1070円を支払った(乙7)。しかし、その後、被告ニッシンは上記システム開発を中止することとし、作成途中のデータを削除し、結局、当該システムの導入には至らなかった。そのため、Kは、同月19日、上記報酬等のうち、交通費4320円を除く6万6750円を被告ニッシンに返還している。したがって、原告の主張はいずれも失当である。
4 争点(2)イ(本件システムについて〔本件システムの著作権(複製権)侵害の成否〕)
(原告の主張)
(1)ア 本件システムは、 原告とKとの間の顧問契約に基づき、Kにより、平成8年から平成12年までの4年間をかけて開発され、その後、数年をかけてカスタマイズ(修正及び改善)されたものであり、原告が上記作業のためKに支払った顧問料は少なくとも1820万円に及ぶのであって、その構築に要した費用及び時間が上記のとおり多大なものであることを考慮すれば、本件システムが独自性を有するものであり、「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当することは明らかである。
イ すなわち、本件システムは、原告の顧客に関する情報を集合させたものであり、かつ、原告の営業形態に合わせ顧客番号を通じて情報を一元的に管理することを可能としたものであり、上記管理を可能とした本件システムのプログラムは独自性を有するものということができる(甲53、58、59の提案書、システム説明書等参照)。したがって、本件システムを構成するプログラムは創作性を有し、「プログラムの著作物」(著作権法10条1項9号)に該当する。
 また、本件システムを構成する各表示画面(別紙システム目録添付の各画面)は、一覧性、視認性、操作性、検索の容易さ等について創意工夫が加えられたものである。さらに、元となる顧客情報の選択や体系的な構成においても、原告独自の創作性が認められる。したがって、上記画面は、学術的な性質を有する画面、図表としての図形の著作物(同法10条1項6号)、素材の選択及び配列につき創作性を有する編集著作物(同法12条)又は情報の選択及びその体系的な構成において創作性を有するデータベースの著作物(同法12条の2)に該当する。
ウ なお、著作権法10条は、著作物を例示するものであるから、仮に本件システムが同条1項各号の著作物に当たらないとしても、上記アのとおり本件システムが創作性を有するものである以上、本件システムは「著作物」(同法2条1項1号)に該当する。
(2) 争点(2)アに関する原告の主張のとおり、被告Aらは、原告に無断で本件システムのプログラムを持ち出し、被告ニッシンに漏えいして、本件システムを同社に利用させているから、被告Aらには、原告の著作物である本件システムを原告に無断で複製したものとして、著作権(複製権)侵害(著作権法21条)に該当する行為が認められる。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張は、事実については否認し、法的主張は争う。
(2) 原告は、本件システムが「プログラムの著作物」、「図形の著作物」又は「データベースの著作物」等に該当すると主張するが、本件システムのうち創作的表現に当たる部分及び同表現が創作性を有する理由につき明確に主張しておらず、失当である。また、本件システムは、Microsoft Accessと経理の基本知識があれば誰でも容易に完成可能なものであり、創作性は認められない。
(3) 本件システムが著作物に該当することがあるとしても、争点(2)アに関する被告らの主張のとおり、被告Aらが本件システムを無断で持ち出したことはなく、かつ、同被告らが被告ニッシンに本件システムを使用させている事実もないから、被告Aらに本件システムの複製に当たる行為はない。
 なお、被告Cは、Kに対し、被告ニッシンにおいて受注状況を管理することができるようなシステムの開発を依頼したことがあるが、上記依頼に係るシステムの内容は、受注の状況を確認することのみを目的とするものであり、受注日、受注No、得意先No、得意先名、品名、頁、数量等の情報(別紙システム目録添付の各画面のうち、「更新」画面左側部分のもの)の入力を可能とするものであれば足りるというものであって、プログラム、画面表示等の点において本件システムと全く異なるものであり、上記経理システムが完成していたとしても、同システムは本件システムの複製に当たるものではない。また、上記経理システムの開発は、被告Cが被告ニッシンを退職するに当たり中止されており、上記経理システムは完成していない。したがって、この点からみても、被告Aらに本件システムの複製に当たる行為はないというべきである。
(4) したがって、被告Aらに、本件システムに関し、著作権(複製権)侵害に当たる行為はない。
5 争点(2)ウ(本件システムについて〔上記債務不履行、不法行為又は著作権侵害による損害額〕)
(原告の主張)
(1) 債務不履行又は不法行為に基づく損害額
 印刷受発注管理システムの市販価格が200万円を下回らないことを考慮すれば、本件システムの価値が200万円をはるかに上回ることは明らかである。したがって、同額が本件システムに関する被告Aらの債務不履行又は不法行為に基づく原告の損害額となる。
(2) 著作権侵害に基づく損害額
 被告Aら及び被告ニッシンは、本件システムの利用によって営業上の利益を受けており、上記利益額は年間200万円を下回らない。被告が上記のとおり得た利益額は原告の損害額と推定される(著作権法114条2項)。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 被告らは、 経理システムの構築をK に依頼したものの、 上記システムの完成前にその開発を中止しており、上記システムの利用によって営業上の利益を得たことはないから、損害額の推定(著作権法114条2項)に関する原告の主張はその前提を欠くものである。また、被告CがKに作成を依頼した上記経理システムは、印刷の受注状況を確認することのみを目的とする極めて単純なものであるから、上記システムの価値を200万円相当と評価するのは相当ではない。
6 争点(2)エ(本件システムについて〔本件システムの使用差止め及び廃棄請求の可否〕)
(原告の主張)
 被告Aらは本件システムのプログラムを持ち出し、原告に無断で複製した上で、被告ニッシンにこれを利用させているから、原告は、被告Aらに対し、本件システムのプログラムデータを保存し、またはこれを印字したものにつき、 削除又は廃棄を求めることができる( 著作権法112条2項)。
(被告Aらの主張)
 原告の主張は争う。
 被告Aら及び被告ニッシンにおいて、本件システムを使用したことがなく、また、現時点においても使用していない。
7 争点(3)ア(本件顧客情報について〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(原告の主張)
(1) 被告Aらは、原告の有する本件顧客情報を持ち出し、被告ニッシンに開示した上で、本件顧客情報を利用して原告の顧客に対し営業活動を行い、被告ニッシンとの間で取引を行わせた。
(2) 前記前提事実(3)イ及びウのとおり、原告の就業規則には、原告従業員が会社の秘密を漏らすことを禁ずる規定があり、とりわけ、新就業規則には、従業員の在職中及び退職後を通じて、就業中に得た会社の情報(取引会社の情報)、取引先等の個人情報につき、漏えい等を禁止する条項が存在する(新就業規則12条13号、21号、旧就業規則37条1項12号)。前記前提事実(3)エのとおり、被告A 及び被告Cは、旧就業規則を改定し、新就業規則を作成する際に読み合わせ作業を行い、就業規則(甲7)裏面に署名押印している上、前記前提事実(3)オないしキのとおり、被告Aらは、就業規則を遵守する旨の誓約書を原告に提出している(甲52の1ないし3)から、同被告らは、雇用契約上、就業規則記載の上記義務を負うものである。また、原告における就業規則の改定は、複数の取引先から、原告における顧客情報の管理について問い合わせがあったことを発端としてなされたものであり、上記改定に併せて個人情報取扱規程(甲31)が設けられたとおり、個人情報の管理の周知徹底のために行われたものであるから、上記就業規則において漏えい等が禁止される会社の情報又は個人情報に本件顧客情報が含まれることは明らかである。
したがって、被告Aらは、原告との間の雇用契約に基づき、原告在職中及び退職後を通じて、本件顧客情報を漏えい、開示、使用等してはならない義務を負っているものである。
(3) にもかかわらず、被告Aらは、上記(1)のとおり、本件顧客情報を持ち出し、被告ニッシンに開示した上、被告ニッシンに、本件顧客情報を利用して原告の顧客との取引を行わせているのであるから、被告Aらの上記行為は、雇用契約上の上記義務に違反するものとして、債務不履行に該当し、かつ、共同不法行為を構成する。
(4) 被告Aらが上記(1)のとおり本件顧客情報を持ち出して被告ニッシンに開示したものであることは、以下の事実から明らかである。
ア 被告ニッシンは、印刷発注確認書(甲11の1ないし16)記載のとおり、それまで原告が受注してきた取引を受注しているのであって、上記取引は、被告Aの営業活動によるものであるところ、被告Aの上記営業活動は、本件顧客情報を利用してなされたものである。なお、被告Aは、上記営業活動は同人の手元情報(メモ等)を用いて行ったものであると供述するが、本件顧客情報が大部にわたるものであることにかんがみ信用できず、被告Aが本件顧客情報の写しを持ち出していることは明らかである。
イ 争点(2)に関する原告の主張のとおり、被告A らは、 本件システムのプログラムを持ち出し、被告ニッシンに本件システムの利用を開始させているところ、これは、被告Aらが持ち出した本件顧客情報(原告のシステム内にデータとして保存されているもの)をそのまま利用するためにしたものとしか考えられない。
ウ 被告Cは、 被告ニッシンの印刷発注確認書(甲11の13)に、「H20.11月に印刷しています。」と記載しているが、上記発注情報は本件システム内に本件顧客情報の一部として記録されているほかには、用紙発注伝票にしか記録されておらず、被告Cが上記用紙発注伝票にアクセスすることは不可能であるから、被告Cは、本件システム内の本件顧客情報を利用して上記記載をしたものとしか考えられない。
 また、争点(4)に関する原告の主張のとおり、被告ニッシンは、原告がクイックに預けていた印刷用フィルムを無断使用して印刷業務を行っているところ、印刷用フィルムの有無、所在等の情報は本件システム内に保存された本件顧客情報によらなければ得ることができないから、このことからも、被告Aらが本件顧客情報を持ち出し、被告ニッシンに漏えいしたことが裏付けられる。
(5) なお、被告Aは、手元情報(メモ等)に基づき原告の顧客に対し営業活動を行ったことを認めているところ、上記手元情報も、上記就業規則に基づき、雇用契約上、漏えいが禁止される情報に当たるのであって、上記営業活動は、同様に、原告との間の雇用契約上の債務不履行に当たり、かつ、不法行為を構成する。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張のうち、事実に関する点は否認し、法的主張は争う。
(2) 被告Aらは、本件顧客情報を原告から持ち出したことはなく、かつ、これを利用して営業活動を行ったこともない。なお、原告は、被告Aが原告の従前の取引先に対し、被告ニッシンの従業員として営業活動を行ったことを問題とするが、上記営業活動は、被告Aと顧客との間の人的関係を用いて行われたものにすぎず、本件顧客情報を用いたものではないから、これによって、本件顧客情報の持出し及び利用が裏付けられるものではない。また、被告Aの上記営業活動は、原告の取引先に対し一斉に挨拶状を送付したり、原告との間で取引を行うことを阻害する働きかけをしたりするものではなく、社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものではないから、違法性を有するものではない。
(3) したがって、本件顧客情報に関し、被告Aらに債務不履行又は不法行為が成立することはない。
8 争点(3)イ(本件顧客情報について〔不正競争防止法2条1項4号又は7号所定の不正競争の成否〕)
(原告の主張)
(1)ア 本件顧客情報は、 原告と顧客との従前の取引内容に関するものであり、顧客から再版の依頼があった際に、過去の印刷業務に関する印刷業者名、仕入れ金額、使用する紙の種類、フィルムの保管の有無などを確認するため、原告が現に使用しているものであって、事業活動に有用な営業上の情報に当たる。また、本件顧客情報は、下記イのとおり、秘密として管理されているものであり、かつ、公然と知られていないものである。
イ 秘密管理性について
(ア) 本件顧客情報は、本件システム内にデータとして保存され、本件システムの操作により閲覧することが可能であったほか、原告の社内において顧客名簿として紙媒体で保管されていた(以下、本件顧客情報のうち、本件システム内にデータとして保存されていたものを「本件顧客データ」といい、顧客名簿として紙媒体で保管されていたものを「本件顧客名簿」という。)が、いずれについても秘密として管理されていた。すなわち、まず、本件顧客データについては、本件システムが原告独自のものであることから、操作方法に習熟していなければ、本件顧客データを容易に閲覧することはできず、かつ、本件システムを導入しているパソコンはスタンドアロンのものであるため、インターネット等を介して本件顧客データにアクセスすることも不可能であった。また、本件顧客名簿については、原告の事務所出入り口が常に施錠され、インターホンで来訪者を確認してから入室させることとなっていたことや、原告事務所内に原告従業員が常駐していたことから、第三者が勝手に本件顧客名簿を閲覧したり、持ち出したりすることは不可能であった。
(イ) 前記前提事実(3)のとおり、 原告は、 就業規則中の服務規律部分において、原告従業員が取引中に得た情報、個人情報等につき、在職中及び退職後を通じて漏えい等を禁止する条項を設けており、就業規則を改定した際、原告の全従業員が上記内容を了承した上で就業規則裏面に署名押印しており、その後に入社した従業員についても、入社時に、服務規律のところをよく読むように申し添えて上記就業規則が手渡されているのであるから、原告において、就業規則上、情報の漏えいが禁じられていることは、全従業員において周知の事項であった。また、上記条項により漏えい等が禁じられる情報の中に本件顧客情報が含まれることについても全従業員に対し周知されていた。
 そうすると、原告は従業員数10名程度の小規模会社であるから、従業員全員につき、本件顧客情報が部外秘に当たることが周知されていた以上、「部外秘」等の表示がされていなかったとしても、対内部的関係において、当該情報が漏えい等の禁じられる「秘密」に該当することの明示に欠ける点はないというべきである。
(ウ) 以上によれば、本件顧客情報は、原告において秘密として管理されているものに当たる。
ウ したがって、本件顧客情報が不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」に該当することは明らかである。
(2) 争点(3)アに関する原告の主張のとおり、被告Aらは、本件顧客情報を持ち出し、被告ニッシンに漏えいしてこれを利用させているところ、被告Aらは、不正の手段により本件顧客情報を取得し、これを使用若しくは開示したものであり(不正競争防止法2条1項4号)、または、不正の利益を得る目的で、若しくは原告に損害を加える目的で、原告から示された本件顧客情報を使用し若しくは開示したものである(同法2条1項7号)から、同被告らの行為は、同法2条1項4号又は同項7号所定の不正競争に該当する。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張のうち、事実に関する点は否認し、法的主張は争う。
(2) 被告A らは本件顧客情報を取得し、外部に持ち出したり、 被告ニッシンに開示したりしておらず、同被告らに本件顧客情報の不正取得行為(不正競争防止法2条1項4号)又は不正使用・開示行為(同法2条1項7号)に該当する行為はない。
(3) 本件顧客情報の営業秘密該当性について
ア 本件顧客情報は、原告の経理事務のために用いるものであり、営業活動のため使われているわけではないから、原告の営業活動上有用な情報には当たらない。
イ また、本件顧客情報は原告において秘密として管理されているものではない。
 すなわち、本件顧客データの保存されたパソコン(原告の経理部門が使用するパソコン)にはパスワードが設定されておらず、原告の従業員であれば誰でも本件顧客データを閲覧することが可能であり、また、本件顧客名簿は、原告の経理部門担当者の机の横に常時掛けられ、引き出しや金庫にしまわれることなく放置されており、部外秘であることを示す表示(「マル秘」や「社外秘」等の表示)も付されていなかった。加えて、上記パソコン及び顧客名簿が保管されている場所(原告事務室)は執務時間中施錠されておらず、誰もが自由に出入りできる状態であったから、本件顧客データ及び本件顧客名簿は、誰でも閲覧することが可能であり、情報にアクセスできる者が特定されていない状態にあったものである。また、原告は、原告従業員に対し、本件顧客情報が営業秘密である旨の指導や周知をしたことはなく、また、本件顧客情報の守秘に関し誓約書を提出させるなどの措置も執っていなかった。この点に関し、原告は、就業規則及び個人情報取扱規程の存在を挙げるが、就業規則の読み合わせは1回行われたのみであり、秘密保持条項に特段着目したものではなく、かつ、個人情報取扱規程については遵守されていなかったのであるから、これにより、秘密管理性が裏付けられるものではない。したがって、原告においては、本件顧客情報にアクセスした者が、当該情報が秘密に当たることを認識できるような措置が執られていたものではなかったというべきである。
ウ したがって、本件顧客情報は原告の営業秘密に当たらない。
(4) 以上によれば、 本件顧客情報に関し、 被告A らに不正競争防止法2条1項4号又は7号所定の不正競争行為は認められない。
9 争点(3)ウ( 本件顧客情報について〔上記債務不履行、不法行為又は不正競争行為による損害額〕)
(原告の主張)
(1) 債務不履行又は不法行為による損害額
 原告は、被告Aらが本件顧客情報を利用して従前の原告の取引先であった顧客との取引を被告ニッシンに移行させたことにより、年間2100万円強を得ていた売上げがゼロとなった(甲56)。原告における粗利は売上額の約37%であるから、原告が被告Aらの上記行為により喪失した利益は、下記計算式のとおり777万円となる。
 2100万円×0.37=777万円
 したがって、原告の損害額は、請求額である629万1274円を下回らない。
(2) 不正競争行為による損害額
ア 被告ニッシンは、平成22年2月12日から同年3月29日まで(合計46日間)のスズキ印刷への発注分のみで、合計214万2900円の売上げを得ている(甲17)。そのうち粗利益は概ね37%と推定されるから、上記期間において被告ニッシンの得た利益は、下記計算式(ア)のとおり79万2873円となり、1年分の利益額は、下記計算式(イ)のとおり、約629万1274円となる。
(ア) 214万2900円×0.37=79万2873円
(イ) 79万2873円÷46×365=629万1274円(円未満切り捨て)
イ 被告らは、上記のとおり原告の営業秘密を利用して営業上の利益を得たものであり、上記利益額は原告の損害額と推定される(不正競争防止法5条2項)から、同額が原告の損害となる。
(被告ら)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 被告ニッシンは、 被告Aらの営業活動によってほとんど利益を得ていない。また、仮に被告Aらの退職後に原告の売上額が減少したとしても、その原因は原告が営業努力を怠ったことにあり、被告Aらの営業活動とは無関係である。
10 争点(3)エ(本件顧客情報について〔本件顧客情報の使用差止め及び廃棄請求の可否〕)
(原告の主張)
 被告Aらは本件顧客情報を持ち出し、被告ニッシンに使用させているのであるから、原告は、被告Aら及び被告ニッシンに対し、不正競争防止法3条に基づき、本件顧客情報の使用の差止め及び同情報を記録した媒体の廃棄を求めることができる。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
 被告Aら及び被告ニッシンは、本件顧客情報を取得していないし、また、使用したこともない。
11 争点(4)(クイックの保管する印刷用フィルムについて〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(原告の主張)
(1)ア 前記前提事実(5)アのとおり、原告は、顧客から再版の依頼があった場合に備え、使用済みの印刷用フィルムをスズキ印刷及びクイックに保管させているところ、被告Aらは、スズキ印刷及びクイックが保管している印刷用フィルムが原告のものであると知りながら、印刷発注確認書(甲11の1ないし16)により、同フィルムを利用して被告ニッシンの印刷業務を進めるようスズキ印刷らに指示し、印刷業務を行って利益を上げた。
 上記事実は、被告ニッシンの印刷発注確認書(甲11の1ないし16)記載の発注依頼に基づき作業を行った旨のクイックの作業原票(甲18の1、20の1・3、21の1・2、22の1、23の1、38の1)が、原告のフィルム(甲39の3、41、42の1、43の1、44、45の1、47の1)の入った封筒に貼付されており、同封筒には、原告の以前の印刷発注確認書又は受注・作業伝票が貼付されている(甲18の2、20の5、21の4、22の2、23の2、24の2、38の2)ことから明らかである。
 なお、印刷業者において、フィルムの管理は極めて重要であり、各フィルムをその使用に関する記録と一体にして保管することは当然であり、クイックにおいて上記原則に反してフィルムを保管するというのはあり得ないから、作業原票記載の印刷作業が、上記作業原票の貼付された封筒内のフィルムを使用して行われたものであることは明らかである。また、各封筒に入っているフィルム(甲39の3、41、42の1、43の1、44、45の1、47の1)が原告のものであることは、上記各フィルムが、いずれも、原告の以前の印刷発注確認書が貼付された封筒に入っていたことに加え、原告名の入った封筒に入れられていること(甲39の1)、フィルムにピン穴が開いていること(甲41)や、ストリップ(文字修正のためのテープ)が貼られていること(甲42の1)など、各フィルムが数年以上前に作成されたものとみられることから、明らかであるというべきである。甲40のフィルムは、原告のものではないと考えられるが、同フィルムに関する仕事はそれまで原告が行ってきたことに変わりはない。
イ この点に関し、被告らは、上記印刷発注確認書に係る印刷業務は、被告ニッシンの作成したフィルム(乙10ないし13)を使用して行われたと主張する。しかし、例えば、被告らは、甲20の1の作業原票記載の印刷業務は乙11のフィルムを使用して行われたと主張するが、上記作業原票(甲20の1)には「N」に丸印が付されており、ネガフィルムを使用して印刷作業が行われたことがうかがわれるにもかかわらず、乙11のフィルムはポジフィルムであるなど、被告らの主張は矛盾を含むものである。また、被告らは、クイックが被告ニッシンのフィルムを預かっていたことを示す証拠として、同フィルムの納品書(乙14)を提出するが、これは、原告のフィルムを使用して被告ニッシン発注に係る印刷業務が行われた後に、被告ニッシンから預かったフィルムがあったことを示すものにすぎない。
ウ したがって、被告Aらが、原告のフィルムを無断使用して被告ニッシンの仕事をしたことは明らかである。
(2) 上記のフィルム無断使用は、争点(3)で主張した、取引先情報の漏えい及び顧客の収奪行為の一内容をなすものとして、原告と被告Aらとの間の雇用契約上の債務不履行に該当し、かつ、被告Aらの共同不法行為を構成する。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張のうち、事実については否認し、法的主張は争う。
(2) 被告ニッシンは、同社が受注した印刷業務に関し、その都度新たに製版フィルムを制作し、スズキ印刷又はクイックに交付しているのであって、スズキ印刷又はクイックに原告のフィルムを使用して作業を行うように指示したことはない。仮に、クイックが無断で原告のフィルムを使用していたとしても、被告Aら又は被告ニッシンがその事実を把握することは不可能であり、被告Aらが、クイックの上記行為につき責任を負うことはない。
12 争点(5)ア・イ(NPiフォームの使用について〔債務不履行又は不法行為の成否・上記債務不履行又は不法行為による損害額〕)
(原告の主張)
(1) 被告Aらは、原告との雇用契約上、原告に損害を与えないよう努める義務を負っているところ、前記前提事実(6)のとおり、被告Aらは、原告が予め発注し、賀川印刷において在庫として保管していたNPiフォーム9000枚を、原告に無断で被告ニッシンの印刷業務に使用した。なお、NPiフォームを入手するためには、約1か月前に紙問屋に発注しておく必要があることから、原告は、取引先からの発注に備え、予めNPiフォームを注文し、賀川印刷に在庫として保管させていたものであって、上記NPiフォームは原告の所有物に当たる。
 被告Aらの上記行為は、原告との間の上記債務不履行に該当し、かつ、共同不法行為を構成する。
(2) NPiフォーム用紙の価格は、1枚当たり5.625 円であるから、同用紙9000枚の無断使用によって原告が被った損害は、下記計算式のとおり5万0625円となる。
 5.625円×9000枚=5万0625円
(被告らの主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 被告Aらは、賀川印刷との間で、同社保管のNPiフォームを一時利用すること及びできる限り速やかに同フォームを返却することを合意し、賀川印刷の了承の下、同フォームを被告ニッシンの業務に使用したものであり、被告Aらの行為は債務不履行又は不法行為に該当しない。
 また、被告Aらは、平成22年3月中旬にNPiフォームを使用した後、同月30日には同フォームを返却しているのであるから、原告に何ら損害は生じていない。
13 争点(6)(被告ニッシンの責任の成否)
(原告の主張)
(1) 被告ニッシンは、被告Aらと意思を通じ、原告から本件システムや本件顧客情報を持ち出した上で退職させ、被告ニッシンに就職させた上、本件システム、本件顧客情報及び原告のフィルムを利用してその業務を行い、利益を上げた。これは、被告Aらが、原告に対し、退職に関し虚偽の理由を述べた上、ほぼ一斉に原告を退職していることや、被告Eが、原告在職中から被告ニッシンの業務を行っていたこと(甲11の1)、本件システムの利用開始・本件顧客情報を利用した営業活動・原告の印刷用フィルムの流用等の行為が、いずれも被告Aらが原告を退職し、被告ニッシンに就職した時期において行われていることなどから明らかである。
 したがって、被告ニッシンは、争点(1)ないし(5)において主張した被告Aらの不法行為に関し、共同不法行為者(民法719条)又は被告Aらの使用者(同法715条1項)として、被告Aらと連帯して原告の損害を賠償すべき責任を負う。
(2) また、本件システムの利用に関し、被告ニッシンは、争点(2)で主張した被告Aらの著作権侵害行為を知りながら本件システムの利用を開始したものであるから、被告ニッシンの行為は原告の著作権を侵害するものとみなされ(著作権法113条2項)、被告ニッシンは著作権侵害に基づく損害賠償責任(その損害額については、争点(2)ウで主張したとおりである。)を負い、かつ、原告は、被告ニッシンに対し、本件システムの利用の差止め及び廃棄(同法112条)を求めることができる。
(3) さらに、本件顧客情報の利用に関し、被告ニッシンは、原告の顧客情報を不正に取得したものであり(不正競争防止法2条1項4号)、被告Aらが、争点(3)で主張したとおり本件顧客情報を不正の手段によって取得したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで本件顧客情報を使用したものであり(同法2条1項5号)、または、被告Aらによる本件顧客情報の開示が不正開示行為であることを知って、若しくは重大な過失により知らないで本件顧客情報を使用したものである(同法2条1項8号)。このように、被告ニッシンの行為は、同法2条1項4号、5号又は同項8号所定の不正競争行為に該当し、不正競争防止法4条に基づく損害賠償義務を負い(その損害額については、争点(3)ウで主張したとおりである。)、かつ、原告は、被告ニッシンに対し、本件顧客情報の使用等の差止め及びその記録媒体等の廃棄(同法3条)を求めることができる。
14 争点(7)(被告B、被告D及び被告Fに対する身元保証債務履行請求の可否)
(原告の主張)
(1) 争点(1)ないし(5)に関する原告の主張のとおり、被告Aらは、原告との間の雇用契約上の義務に違反し、原告に損害を与えたものであるところ、前記前提事実(3)オないしキのとおり、被告Bは被告Aの、被告Dは被告Cの、被告Fは被告Eの各身元保証をした者であり、被告Aらが雇用契約上の義務に反して原告に与えた損害に関し連帯して賠償するべき義務を負う。
(2) したがって、原告は、被告B、同D及び同Fに対し、身元保証債務の履行請求として、争点(1)ないし(5)に係る原告の損害の合計額である849万1899円につき、連帯して支払うよう求めることができる。
(被告B、被告D及び被告Fの主張)
 被告B、同D及び同Fが、それぞれ身元保証契約書(甲1ないし3)を作成したことは認め、その効力は争う。
15 争点(8)(被告A及び被告Cに対する退職金返還請求〔民法704条〕の可否)
(原告の主張)
(1) 被告A及び被告Cの各行為のうち、@印刷用フィルムの廃棄指示及び隠匿に関する行為は、新就業規則38条2項7号(対応する旧就業規則の条項は37条2項7号)の、A本件システムに関する行為は新就業規則38条2項2、5ないし8号(対応する旧就業規則の条項は37条2項2、5ないし7号)の、B印刷フィルムの無断使用を含む本件顧客情報に関する行為は新就業規則38条2項2、7、8号(対応する旧就業規則の条項は37条2項2号、7号)の、CNPiフォームに関する行為は新就業規則38条2項2、5ないし7号(対応する旧就業規則の条項は37条2項2、5ないし7号)の各懲戒解雇事由に該当する。
 なお、上記Aの行為に関し、被告ニッシンは、遅くとも平成22年2月20日以降、本件システムを利用しているものであり、被告Aらが同日以前において本件システムに関する情報を被告ニッシンに漏洩していたことが明らかであるから、上記Aの行為は、被告A及び被告Cの在職中になされたものである。また、被告Aは平成21年10月ころ、被告Cは同年11月ころ、原告を退職し、被告ニッシンに入社することを決めたのであるから、同被告らは、上記各月ころから、原告の情報を利用して被告ニッシンで利益を上げるための行為をしてきたというべきであり、同行為は、新就業規則38条2、5ないし8号(対応する旧就業規則の条項は37条2項2、5ないし7号)の懲戒解雇事由に該当する。
(2) 前記前提事実(3)イ及びウのとおり、原告は、退職金規定において、懲戒解雇の場合又は懲戒解雇に相当する行為を発見した場合には退職金を支給しない旨定めているところ、被告A及び被告Cには、上記(1)のとおり懲戒解雇事由に該当する行為があり、かつ、これらの行為は原告に対する重大な信義則違反であり、極めて悪質なものである。
 にもかかわらず、被告Aは合計540万0456円を、被告Cは合計114万4033円を、退職金として各受領しており、上記各金員は被告A及び被告Cが法律上の原因なく受領したものであるから、上記各金員は同人らの不当利得に該当する。
(3) 被告A及び被告Cは、同被告らの行為が懲戒解雇事由に当たり、退職金を受領することができないことを知りながら、上記各金員を受領したものであるから、同被告らは悪意の受益者として、上記各金員に利息を付して返還するべき義務を負う(民法704条)。
(4) 被告A及び被告Cの主張について
ア 被告A及び被告Cは、同被告らの受領した金員のうち、被告Aにつき530万0481円、被告Cにつき107万6833円は、原告が平成19年6月20日付けで上記被告らを解雇したときに、退職金として支払われたものであるから、再雇用後に生じた事情により、上記退職金が不当利得となることはあり得ないと主張するが、否認する。
イ 前記前提事実(2)のとおり、原告代表者は、平成19年6月20日、原告の事業再建のため原告従業員の一部を解雇したが、被告A及び被告Cについては、事業再建計画への協力につき了解を得られたことから解雇の対象外とした。そして、原告は、平成20年5月27日付けで、被告Aを営業課長、被告Cを工程管理課長とする旨の辞令を発令し、同年6月からそれぞれ月額2万円の課長手当を追加して支払うこととした。さらに、原告は、赤字続きの業績の中、被告A、被告Cに対し、賞与を平成19年の夏と冬、平成20年の夏に、それぞれ給与の1か月分の額として支払った。原告が、前記前提事実(2)ウのとおり、被告Aに530万0481円、被告Cに107万6833円を支払ったのは、今後、事業再建過程でさらに資金繰りが悪化するなどして上記被告らの退職金を支払えなくなることが懸念されたことから、それまでの勤務実態に合致した退職金相当額を上記時点で支払うこととしたものにすぎない。したがって、上記被告らに支払われた上記各金員は、退職金ではなく退職金相当額として支払われたものであり、被告Aについては平成22年1月20日、被告Cについては同年2月20日に原告を各退職した時点で、正式に退職金の扱いとなったものである。
 上記被告らが平成19年6月20日付けで原告を退職した事実がないことは、原告が同月21日に提出した健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格喪失届(甲28)に上記被告らの氏名がないこと、他の退職者が同月20日までに連続して有給休暇を取得しているのに対し、上記被告らが同日ころに有給休暇を取得していないこと(甲30)、原告の手控えにおいて、上記被告らの退職日欄が空欄となっていること(甲29)、上記被告らが解雇予告手当の支給を受けていないこと、上記被告らが同日以降の勤務に関する労働契約書等を原告と取り交わしていないことから明らかである。
(被告A及び被告Cの主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2)ア 争点(1)ないし(5)に関する被告らの主張のとおり、被告A及び同Cに懲戒解雇事由に当たる行為はない。
イ 仮に被告A又は被告Cに懲戒解雇事由に当たる行為があるとしても、被告A及び被告Cが受領した各金員のうち、被告Aにつき530万0481円、被告Cにつき107万6833円は、平成19年6月20日付けで原告が被告A及び被告Cを解雇した際に、上記時点までの雇用契約に基づく退職金として原告から支払われたものであり、被告A及び被告Cは、その後、原告との間で、再度、雇用契約を締結したものであるから、後の雇用契約上の懲戒解雇事由を理由として、前の雇用契約に基づき受領した退職金を返還請求の対象とすることはできない。
ウ 上記イのとおり、被告A及び被告Cは、原告を退職した後、原告との間で再度の雇用契約を締結したものであるが、被告Aは平成22年1月20日に、被告Cは同年2月20日に原告を退職しており、原告による懲戒解雇の意思表示は上記退職後になされたものであるから、被告A又は被告Cに懲戒事由があるとしても、上記懲戒解雇の意思表示は無効である。
(3) したがって、被告A及び被告Cが受領した各金員は法律上の原因のないものに当たらないから、原告が上記各金員につき不当利得返還請求をすることはできない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(スズキ印刷の保管する印刷用フィルムについて〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(1) 前記前提事実(5)イのとおり、原告は、スズキ印刷に依頼して、使用済みの印刷用フィルムをスズキ印刷社内に保管させていたところ、被告Aらは、平成22年2月上旬ころ、スズキ印刷において、上記印刷用フィルムの一部を床面に動かし、スズキ印刷代表者に対し、上記印刷用フィルムの廃棄を指示したものである。そして、証拠(甲48、乙15、16、証人I、証人J、原告代表者、被告A、被告C)及び弁論の全趣旨によれば、上記事実に加え、スズキ印刷の保管する印刷用フィルムに関し、以下の事実が認められる。
ア 原告は、顧客から印刷物の発注を受けた場合、スズキ印刷に上記発注に係る印刷物の作成業務を委託して行わせており、上記印刷物作成業務のため(具体的には、刷版〔印刷用フィルムを焼き付けた薄いアルミ板であり、印刷機の版胴に巻いて印刷を行うもの〕の作成に使用するため)、印刷用フィルムを作成し、スズキ印刷に交付していた。
イ 原告は、顧客から印刷物の再版を依頼された場合に、使用済みの印刷用フィルムを再利用し、新たにフィルムを作成することなく印刷業務を行うことができるよう、スズキ印刷に依頼して、印刷の終了したフィルムを同社内の一箇所(台の上)にまとめて保管させていた。
ウ スズキ印刷は、原告以外の業者からも印刷業務を受託しており、他の業者の中にも、原告と同様に、スズキ印刷に依頼して過去の印刷用フィルムを保管させているものがあった。
エ スズキ印刷は、保管しているフィルムの数が多くなると、各業者の担当者に連絡し、印刷用フィルムを再版の可能性のあるものとないものに整理し、再版の可能性のないものについては持ち帰るなどの作業をしてもらっていた。
オ スズキ印刷は、原告についても、上記エと同様に、平成21年10月ころ、営業担当者であった被告Aに依頼して、印刷用フィルムに関し、数を減らす作業をしてもらったことがあった。
カ 平成22年2月上旬において、被告Aらが行った前記前提事実(5)イの行為は、上記オと同様に、スズキ印刷が被告Aらに依頼したことにより行われたものである。
(2) 以上の事実にかんがみ検討すると、被告Aらは、前記(1)イのとおり、一箇所にまとめて置かれていた原告の印刷用フィルムのうち、必要と思われるものを元の場所(台上)に置いたままとする一方、不要と思われるものを床上に移動し、スズキ印刷代表者に対し、床上のものにつき廃棄を指示した(前記前提事実(5)イ)ものであり、上記作業は、前記(1)エでみたスズキ印刷の求めに応じた内容のものであると認められる。
 この点に関し、原告は、@被告Aらが廃棄を指示したフィルムの中には再版の可能性のあるものが含まれていた、A被告Aらは、上記作業の際に、原告の印刷用フィルムの一部を隠匿する行為に及んだと主張し、原告代表者は上記各主張に沿う供述をする。しかし、@について、原告代表者が、廃棄分の中に含まれていた、再版可能性のあるフィルムとして指摘するものは、その陳述書(甲51)中には具体的な記載がなく、原告代表者尋問において初めて「ビューティーアロー」という美容院のもの一点が挙げられたにとどまっている。したがって、その事実関係自体が不明確であり、仮にその廃棄指示の点が事実であったとしても、そのフィルムの形状や具体的内容等も不明であり、当該美容院のフィルムについて廃棄指示をしたことが、直ちに不適切で違法なものであったとまでは認め難い。また、原告は、上記Aの隠匿行為の具体的態様として、被告Aらが、原告の印刷用フィルムの一部を別の場所に移し、かつ、その一部を持ち出したと主張する。しかし、スズキ印刷代表者は、その陳述書(甲48)においては、整理されたフィルムの一部が置き場から少し離れた場所のほか、スズキ印刷2階の別の場所にも置かれていたかのように陳述するものの、同人の証人尋問においては、被告Aらが原告のフィルムの一部を台上から床の上に移した旨証言するのみで、被告Aらが、これに加えて、原告のフィルムを更に別の場所に移動したり、持ち出したりしたことに関し具体的に証言するものではない。また原告代表者も、被告Aらが持ち出したとするフィルムを具体的に特定せず、抽象的な供述をするにとどまるものである。したがって、これらの証拠によっては、原告の上記各主張を認めるには足りないものといわざるを得ない。
(3) そうすると、被告Aらが平成22年2月上旬ころ、原告の印刷用フィルムについてした行為は、前記のとおり、スズキ印刷の求めに応じ、印刷用フィルムのうち、不要と思われるものを床上に動かし、その廃棄を指示したというものにとどまることになる。スズキ印刷は、原告を含めた複数の業者から依頼を受けて印刷用フィルムを預かり保管していたものであって、その数が増えすぎた場合には、再版依頼があった際に支障を来すことを避けるため、各業者の担当者に連絡して、その数を減らす作業を行ってもらっていた(証人I)というのであり、上記証言内容は合理性を有する。そうすると、被告Aらの上記行為は、従前の取扱いに従い、スズキ印刷の求めに応じて原告の再版作業を円滑にするための作業を行ったものとみることができ、原告との関係において、違法性を有するものとは認められないというべきである。
 なお、被告Aは、上記作業の時点において、原告を退職済みであったことが認められるが、被告Cは、上記作業を被告Eとともに行った上で、分別作業の内容が適切かどうかを被告Aに確認してもらった旨供述している。被告Aが原告において長年にわたり営業部長を務めており、印刷用フィルムの再版可能性について知識を有していたことがうかがわれることにかんがみ、被告Aが上記作業に関与した経緯に関する被告Cの上記説明は、一応の合理性を有するものというべきであるから、この点をもって、被告Aが不正な意図をもって上記作業を行ったことが推認されるものともいうことができない。
(4) したがって、被告Aらがスズキ印刷保管に係る印刷用フィルムについて行った作業に関し、債務不履行又は不法行為を構成することはなく、その余の点について検討するまでもなく、スズキ印刷の保管する印刷用フィルムに関する原告の請求(債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求)は理由がない。
2 争点(2)ア(本件システムについて〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(1) 証拠(甲11の1ないし16、甲12ないし14、甲51、乙16、原告代表者、被告C)によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告Cは、平成22年2月上旬ころ、本件システムの開発者であるKに対し、被告ニッシンで使用するため、受注状況を管理することができるシステムを作成するよう依頼した。
イ 上記依頼は、被告Cが被告ニッシンに相談した上でなされたものであり、上記システム作成に対する報酬は、被告ニッシンからKに対し支払われる予定であった。
ウ 原告代表者がそのころ入手した被告ニッシンの請求書(甲12)は、社名及び振込先の記載部分を除き、原告の請求書(甲14)とほぼ同一のものであった。なお、原告の請求書は、本件システムが、同一取引先に係る複数の取引データを1枚の請求書にまとめて印字する機能を有していたことから、本件システムの上記機能を利用し、金額等が枠内に収まって印字されるよう、枠の位置や大きさを調整して作成されたものである。
エ 被告ニッシンは、従前、印刷業務を行うに当たり、印刷発注確認書を使用していなかったにもかかわらず、平成22年2月ころから、外注先(スズキ印刷、クイック等)に対し、印刷業務を発注するに当たり、印刷発注確認書を使用するようになった。上記印刷発注確認書の書式は、社名や決裁欄部分等を除き、原告の印刷発注確認書(甲13)とほぼ同一のものであった(甲11の1ないし16)。
(2) 以上の事実にかんがみ検討するに、被告Cは、平成22年2月20日付けで原告を退職したものであり、平成22年2月上旬当時、まだ原告に在職していたにもかかわらず、上記(1)ア及びイのとおり、被告ニッシンに相談の上、その了承及び費用負担の下、Kにシステム作成を依頼しているものである。これに加えて、上記(1)ウのとおり、被告ニッシンが、そのころ、原告の請求書と同一の書式の請求書を作成していることも考慮すれば、被告ニッシン及び被告Cの上記行動は相当に不審な点を含むものであり、被告ニッシンが、被告Aらの入社を契機として、本件システムを被告ニッシンに合った内容のものにカスタマイズした上で、これを使用しようとし、そのため、本件システムに対応した書式の請求書を作成するなどの準備を調えていたことを原告が疑うことも理由があるものということができる。
 しかし、被告らは、平成22年5月ころ、Kに対するシステム作成の発注を撤回し、作成途中のシステムに係るデータを消去させた旨主張しているところ、原告の上記請求書は、書式それ自体が本件システムから打ち出されるものではなく、上記書式を印字した請求書用紙をストックしておき、本件システムを使用して、その空欄部分に印字するものである(原告代表者)というのであって、それ自体が、本件システムと同様のシステムが存在したことを裏付けるものではない。そして、被告ニッシンにおいて、実際に使用された請求書(印字済みのもの)は提出されていないのであるから、被告ニッシンがKに作成させようとしていたシステムが本件システムと同一のものであることや、被告ニッシンがその使用を実際に開始したことまでを認めるに足りる証拠はないものといわざるを得ない。
 この点に関し、原告は、前記(1)エのとおり、被告ニッシンが、被告Aらの移籍と同時期に、原告の印刷発注確認書とほぼ同一の書式の印刷発注確認書の使用を開始していることを挙げて、被告ニッシンが本件システムと同一のシステムの利用を開始したことが裏付けられると主張する。しかし、原告において、印刷発注確認書は、枠内に必要事項を手書きして使用されていたものであり(甲18の2、20の5、21の4等、原告代表者)、本件システムから書式を打ち出したり、印字したりするものではない(原告代表者、被告C)というのであって、印刷発注確認書の書式が同一であることから、本件システムの利用を直接推認することができるものではない。また、被告Cは、上記印刷発注確認書の利用に関し、被告Cがその使用に慣れていることと、外注先(スズキ印刷、畔上製本等)とスムーズに仕事ができるようにするため、原告のものと同一の印刷発注確認書を使用した旨供述している。被告ニッシンが原告とほぼ同一の印刷発注確認書を使用すれば、原告と被告ニッシンとの混同が生じやすいから、被告Cが述べる理由を直ちに採用することはできない。しかし、原告の印刷発注確認書が、印刷業務において必要な基本的情報を網羅したものであるとされていること(原告代表者)、原告と被告ニッシンが、スズキ印刷、クイック、賀川印刷等、同一の業者に対し、印刷業務を発注していること等にかんがみれば、被告Aらが、外注先との関係や印刷業務の便宜を考慮して、従前、原告において使用していた印刷発注確認書と同一の確認書を使用したいと考え、被告ニッシンの印刷受発注確認書を作成したこともあながち否定できないところであり、印刷発注確認書が使用されている事実から、被告ニッシンにおいて本件システムが利用されていた事実までを推認することはできないものというべきである。
 なお、原告代表者は、印刷発注確認書左上の「受注No.」欄が本件システムにおいて使用されるコード番号を入力する欄であるなど、印刷発注確認書の内容自体が本件システムに対応した独自のものであるから、印刷発注確認書の使用から被告ニッシンによる本件システムの利用が推認される旨の供述をする(原告代表者)。しかし、被告ニッシンの印刷発注確認書(甲11の1ないし16)をみると、「受注No.」欄に記入のないものが見受けられる(甲11の2)上、番号が記入されているものについても、3月の発注に係る確認書の「受注No.」が「2−」で始まっていたり(甲11の7ないし9)、「1−3−2」と記入されていたりする(甲11の15)など、原告代表者の説明するコード番号の記入方法(「2−005−W」であれば、2月の取引先5番目の発注であり、最後のアルファベットは営業担当者の名字の頭文字である)とは異なる記入がされていることがうかがわれるのであるから、この点から、被告ニッシンにおける本件システムの利用を推認することも相当ではないというべきである。
(3) そうすると、被告ニッシンが本件システムと同一のシステムの利用を開始したことを認めるに足りない以上、被告Aらが本件システムのプログラムを持ち出し、被告ニッシンに漏えいしたことについても、同様に認めるに足りないものといわざるを得ない。
(4) したがって、被告Aらにつき、本件システムのプログラムの持出し及び漏えいの事実を認めることはできず、被告Aらに、この点に関する債務不履行又は不法行為を認めることはできない。これに反する原告の主張は採用しない。
3 争点(2)イ(本件システムについて〔本件システムの著作権(複製権)侵害の成否〕)
(1) 前記2(争点(2)アに関する当裁判所の判断)のとおり、被告Aらが本件システムのプログラムを持ち出し、被告ニッシンに漏えいしたこと、被告ニッシンが本件システムと同一のシステムの利用を開始したことをいずれも認めることができない以上、本件システムのプログラム、画面構成、データベース構成のいずれの点についても、複製の事実を認めることができない。
 したがって、これらの点の著作物性の有無について検討するまでもなく、本件システムに関する著作権(複製権)侵害に関する原告の主張は理由がない。
(2) 小括
 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、本件システムに関する原告の請求(債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求、著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求、本件システムの使用の差止め及び廃棄請求)はいずれも理由がない。
4 争点(3)ア(本件顧客情報について〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(1) 証拠(甲11の1ないし16、22の4、26の1・2、43の2、原告代表者、被告A、被告C)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、顧客の氏名(名称)、住所(所在地)、電話番号等の連絡先、同顧客との取引に係る受注番号、品名、数量、取引価格、納入日、下請発注先の名称、同発注内容等を内容とする本件顧客情報を、顧客との取引等の都度、本件システム内に入力して保存し、蓄積するとともに、上記氏名(名称)、住所(所在地)、連絡先については、顧客名簿に記載して、経理担当者の机において保管していた(前述のとおり、本件システム内にデータとして保管されていた本件顧客情報を「本件顧客データ」といい、顧客名簿として管理されていた本件顧客情報を「本件顧客名簿」という。)。
イ 被告Aは、原告を退職した後、原告在職中に営業を行ったことのある取引先のうち、株式会社DNPロジスティクスほか数社に対し、被告ニッシンの営業担当者として営業活動を行った。
ウ 被告ニッシンは、被告Aの上記営業活動により、上記取引先から印刷業務の発注を受け、その業務を行った。
エ 被告Cは、平成22年3月15日付けの印刷発注確認書(甲11の13)に、「H20.11月に印刷しています。」と記載している。また同月17日付けで、株式会社DNPロジスティクスの依頼に係る荷物引受明細書の印刷業務に関し、印刷見本の横に「急ぎで発注がきてます。前の伝票がありましたらFAXして下さい お願いします」と書き添えて、クイックに対しファクシミリ送信した。
(2) 以上の事実を前提に、本件顧客情報に関する被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否について検討するに、原告は、上記(1)イのとおり、被告Aが原告の取引先に対し連絡を取り、営業活動を行っていることや、上記(1)エのとおり、被告Cが原告と顧客との間の従前の取引に係る情報を印刷発注確認書に記載していることなどから、被告Aらが本件顧客情報を持ち出したことが推認されると主張する。
 しかし、被告Aは、上記取引先への営業活動につき、同被告の手控えや記憶等に基づき行ったものである旨供述しているところ、上記(1)アのとおり、本件顧客情報は原告の従前の取引先の所在地等の連絡先、原告と各取引先との間の取引内容等を内容とするものであり、数百社分にわたるものであると認められる(弁論の全趣旨)のに対し、被告Aが営業活動を行った取引先が、上記のとおり数社にとどまるものであることにかんがみれば、上記数社に対する営業活動から、直ちに、本件顧客情報全体の持出しの事実を推認することはできない。また、被告Cは、印刷発注確認書に、原告と当該取引先との従前の取引に係る情報を記載しているのは、当該取引先から従前の取引内容を聞いたことによるものである旨供述しているところ、上記供述は一応の合理性を有するものということができ、上記印刷発注確認書の記載から、本件顧客情報の持出しを推認するのも相当ではないものというべきである。また、被告Cが、上記(1)エのとおり、クイックに対し、原告の発注に係る過去の伝票を送付するよう依頼している事実からは、被告Cが、原告の過去の取引に係る詳細な情報を有していなかったことがうかがわれるというべきである。
 原告は、このほか、本件顧客情報は本件システム内で整理し、保存されているものであるから、被告ニッシンによる本件システム利用の事実から、被告Aらによる本件顧客情報の持出し及び開示の事実が裏付けられると主張するが、被告ニッシンによる本件システムの利用の事実を認めるに足りないことは前記2でみたとおりである。
 したがって、原告の主張する点を考慮しても、被告Aらが本件顧客情報を持ち出し、これを利用している事実を認めることはできない。
 よって、本件顧客情報の持出し及び利用に関し、被告Aらに債務不履行又は不法行為は成立しない。
(3)ア なお、原告は、被告Aによる上記(1)イの営業活動が、同被告の手控え等に基づきなされたものであるとしても、上記手控えに係る情報も、原告との間で、雇用契約上、利用等が禁止される営業秘密に該当すると主張するので、この点につき、被告Aに債務不履行又は不法行為が成立するか否かについても念のため検討する。
イ 前記前提事実(3)のとおり、原告は、新就業規則において、就業中に得た取引会社の情報につき漏えいすることや、取引先、顧客等の関係者の個人情報を正当な理由なく開示し、利用目的を超えて取扱い、または漏えいすることを退職後も禁ずる旨規定している。上記新就業規則は、前記前提事実(3)エでみたとおり、原告代表者及び原告従業員による読み合わせを行い、全従業員がその原本裏面に署名押印し、同就業規則を遵守する旨の誓約書を提出するなどしたものであって、その後新たに雇用された従業員についても、その写しが交付されるなどしていたものであるから、全従業員に対し周知する手続がとられていたものとみることができ、従業員に対する法的拘束力を有するものであるということができる。
 しかし、本件顧客情報のうち、顧客の氏名、電話番号等の連絡先に係る部分については、被告A等の営業担当者が営業活動を行い、取得して事業主体者たる原告に提供することにより、原告が保有し蓄積することとなる性質のものであって、営業担当者が複数回にわたり営業活動を行うことなどにより、当該営業担当者と顧客との個人的信頼関係が構築され、または個人的な親交が生じるなどした結果、当該営業担当者の記憶に残るなどして、当該営業担当者個人に帰属することとなる情報と重複する部分があるものということができる。そうすると、このような、個人に帰属する部分(個人の記憶や、連絡先の個人的な手控えとして残る部分)を含めた顧客情報が、退職後に当該営業担当者において自由な使用が許されなくなる営業秘密として、上記就業規則所定の秘密保持義務の対象となるというためには、事業主体者が保有し蓄積するに至った情報全体が営業秘密として管理されているのみでは足りず、当該情報が、上記のような個人に帰属するとみることのできる部分(個人の記憶や手控えとして残る部分)も含めて開示等が禁止される営業秘密であることが、当該従業員らにとって明確に認識することができるような形で管理されている必要があるものと解するのが相当である。
ウ そこで、原告における顧客情報の管理についてみると、原告は、前記前提事実(3)のとおり、就業規則において、取引会社の情報に関する漏えいの禁止、取引先、顧客等の個人情報の正当な理由のない開示・利用目的を超えた取扱い・漏えい等の禁止を定め、上記就業規則の遵守に関する誓約書を、被告Aらを含めた従業員から提出させていたことが認められる。しかし、他方で、本件顧客情報の記載された本件顧客名簿については、原告事務室内の経理担当者の机に常時備え置いており、本件顧客データの保存されたコンピュータについても、パスワードの設定等はしていなかったというのであって(原告代表者、被告A、被告C)、本件顧客名簿を原告従業員が閲覧、複写したり、本件顧客データに原告従業員がアクセスしたりすることが禁止されるなどしていたことはうかがわれない。また、営業を担当していた被告Aにおいても、顧客の連絡先等の情報を手元に残さないよう指導を受けていた事実などをうかがうことはできず、同被告が原告を退職するに当たり、原告が、被告Aに対し、顧客の連絡先等の手控えの有無を確認し、その廃棄を求めたり、従前の営業先に接触しないよう求めたりした事実も認められない。
エ そうすると、原告における顧客情報の管理体制は、顧客の連絡先の手控え等までもが、雇用契約上開示等を禁じられるべき営業秘密に当たることを当該従業員らに明確に認識させるために十分なものであったとはいえず、本件顧客情報のうち、個人の記憶や連絡先の個人的な手控えなどに係る情報については、雇用契約上、開示等を禁じられる営業秘密に当たるとみることはできず、営業担当者が、これをその退職後に利用することがあったとしても、原告との間の雇用契約上の義務に反し、または、不法行為を構成するものではないというべきである。
オ 被告Aは、原告の取引先のうち、訪問したことのあるものについては記憶しており、また、20ないし30社分の連絡先(電話番号等)を手控えとして残しており、前記(1)イの営業活動は、上記記憶及び手控えに基づいて行われたものであると供述している(被告A21頁ないし22頁)ところ、その情報量、内容等にかんがみ、上記情報は、個人に帰属するとみることのできる範囲を超えるものではないものということができる。そうすると、上記情報は、原告との雇用契約上、開示等を禁じられる営業秘密に該当するものということはできず、被告Aがこれらの情報を利用することは、原告に対する債務不履行又は不法行為を構成するものではないというべきである。これに反する原告の主張は採用しない。
(4) 原告は、本件顧客情報に関し、債務不履行又は不法行為の主張に加え、不正競争防止法2条1項4号又は7号所定の不正競争が成立する旨も主張するが、前記(2)のとおり、被告Aらが本件顧客情報を持ち出し、これを被告ニッシンに対し開示した事実が認められず、被告Aが保有していた情報については、営業秘密とは認められない以上、上記各号所定の不正競争の成立を認める余地はない。
(5) 小括
 以上のとおりであり、本件顧客情報に関する原告の請求(債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求、不正競争防止法2条1項4号又は7号所定の不正競争による損害賠償請求、本件顧客情報の使用の差止め及び廃棄)は、その余の点について検討するまでもなく、いずれも理由がない。
5 争点(4)(クイックの保管する印刷用フィルムについて〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否〕)
(1) 証拠(甲11、甲18ないし25、38ないし51、乙5、6、10ないし16、証人J、原告代表者、被告A、被告C〔書証については枝番を含む。〕)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、顧客から印刷業務の発注を受けた場合、上記発注に係る印刷物のデータを焼き付けた印刷用フィルムを作成し、印刷発注確認書とともにスズキ印刷に交付するなどして、印刷業務をスズキ印刷に委託して行わせていた。また、スズキ印刷は、上記印刷業務のうち、刷版の作成をクイックに委託して行わせていたほか、一部の印刷物に係る印刷業務につき、賀川印刷に委託して行わせていた。
 なお、刷版とは、印刷用フィルムを焼き付けた薄いアルミ板であり、印刷を行う際に、印刷機の版胴に巻き付けて使用するものであり、印刷によって劣化するため、印刷作業が終了すればその都度廃棄されるものである。
 原告は、前記第4の1(1)イのとおり、顧客から再版の依頼があった場合に再利用するため、刷版の作成が終了した後の印刷用フィルムをスズキ印刷に依頼して保管させていたほか、一部のフィルムをクイックに依頼して保管させていた。
イ クイックは、刷版の発注を受けた場合、作業原票を作成し、発注元から受領した印刷用フィルムを入れた封筒に貼り付けて、刷版作成作業に回すことにしていた。また、印刷用フィルムがどの発注元から受領したものか判別できるよう、上記発注に係る印刷発注確認書を受領した場合も、同一の封筒に貼り付けることとしていた。
ウ クイックは、平成22年5月ころ、原告から、クイックの保管している原告の印刷用フィルムを、直ちに一括して返却するよう指示を受け、甲18の2、19の1・2、20の4、21の5、22の3、23の1・2、24の1・2、25の1・2、38の4の封筒(以下、「甲18封筒」などという。)を、内容物を入れた状態で原告に対し交付した。
エ クイックが上記ウのとおり原告に交付した各封筒には、下記のとおり作業伝票、印刷発注確認書等が貼付されており、その中に、下記のとおり、フィルム、印刷物等が入れられていた。
(ア) 甲18封筒
 上記封筒には、品名を「ラベル(L−21)西濃 大日本入」とする平成21年9月15日付けの原告の印刷発注確認書(甲18の2)が貼付され、さらにその上に、平成22年3月2日付けの作業伝票(甲18の1)が貼付されており、上記封筒の中には、原告の社名が記載された封筒(甲39の1。原告の平成20年11月11日付け印刷発注確認書、印刷物〔甲39の1〕、受注・作業伝票〔甲39の2〕が貼付されているもの)が入れられていた。
 甲18封筒内の上記原告社名入り封筒の中には、「大日本印刷株式会社」等の表示のあるフィルム(甲39の3。以下「甲39フィルム」という。)が、FAX文書及び印刷物(甲39の4ないし7)とともに入れられていた。
(イ) 甲19封筒
 上記封筒には、品名を「療育ハンドブック35集」とする平成22年2月12日付けの被告ニッシンの印刷発注確認書(甲19の1)及び平成22年2月17日付けの納品書(甲19の2)が貼付されていた。
 甲19封筒の中には、「療育ハンドブック35集」等の表示のあるフィルム(甲40の1ないし10。以下「甲40フィルム」という。)が入れられていた。
 なお、甲40フィルムが被告ニッシンの作成したものであることについては、当事者間に争いがない。
(ウ) 甲20封筒
 上記封筒の表面には、下から順に、「教育出版株式会社発送部」との記載のあるラベル(甲20の4)、平成22年3月10日付けの作業原票(甲20の3)、同月9日付けの作業原票(甲20の2)、平成21年11月9日付けの作業原票(甲20の1)が重ねて貼付され、かつ、裏面には、品名を「教育出版(緑)」とする平成21年7月3日付けの原告の印刷発注確認書(甲20の5)が貼付されていた。
 甲20封筒の中には、「教育出版株式会社発送部」等の表示のあるフィルム(甲41。以下「甲41フィルム」という。)が入れられていた。
(エ) 甲21封筒
 上記封筒の表面には、下から順に、品名を「31−A−2010西濃ラベル」とする平成21年9月1日付けの原告の印刷発注確認書(甲21の4)、平成21年10月29日付けの作業原票(甲21の3)、平成22年3月15日付けの作業原票(甲21の2)、同月23日付けの作業原票(甲21の1)が重ねて貼付されていた。また、上記封筒の裏面には、貼付した紙を剥がした跡がみられる。
 甲21封筒の中には、「○西」、「株式会社DNPロジスティクス」等の表示のあるフィルム(甲42の1。以下「甲42フィルム」という。)及びFAX文書(甲42の2)が入れられていた。
(オ) 甲22封筒
 上記封筒は、原告の社名入りのものであり、その表面には、下から順に、品名を「ラベル(H−11)荷物引渡明細書大日本入り」とする平成21年9月14日付けの原告の印刷発注確認書(甲22の2)、平成22年3月17日付けの作業原票(甲22の1)が重ねて貼付されていた。
 甲22封筒の中には、「荷物引渡明細書」「大日本印刷株式会社」等の表示のあるフィルム(甲43 の1。以下「甲43 フィルム」という。)、同内容の印刷物(甲43の3・4)及びFAX文書(甲22の4、43の2)が入れられていた。
 上記FAX文書は、平成22年3月17日付けで送信されたものであり、「荷物引渡明細書」の印刷の横に、手書きで「急ぎで発注がきてます。前の伝票がありましたらFAXして下さい お願いします。ニッシンC」と記載されている。
(カ) 甲23封筒
 上記封筒は、原告の社名入りのものであり、その表面には、下から順に、品名を「正進社ラベル(西濃)」とする平成20年2月29日付けの受注・作業伝票(甲23の2)、平成22年3月23日付けの作業原票(甲23の1)が重ねて貼付されていた。
 甲23封筒の中には、「○西」、「正進社」等の表示のあるフィルム(甲44。以下「甲44フィルム」という。)が入れられていた。
(キ) 甲24封筒
 上記封筒の表面には、品名を「DNPロジ食券」とする平成20年11月7日付けの原告の各種発注書(甲24の2)及び同日付けの用紙発注伝票(甲24の1)が貼付されていた。
 甲24封筒の中には、「食券」「株式会社DNPロジスティクス」等の表示のあるフィルム(甲45 の1。以下「甲45 フィルム」という。)及び同内容の印刷物(甲45の2)が入れられていた。
(ク) 甲25封筒
 上記封筒の表面には、下から順に、品名を「DNPロジスティクス」とする平成18年12月7日付けの原告の受注・作業伝票(甲25の7)、同日付け指示票(甲25の6)、平成19年12月4日付け受注・作業伝票(甲25の4・5)、平成19年12月5日付け印刷発注確認書(甲25の4)、平成20年11月7日付け受注・作業伝票(甲25の1)、同日付け印刷発注確認書(甲25の1)が貼付されていた。
 甲25封筒の中には、「食券」「DNPロジスティクス」等の表示のある印刷物(甲46)が入れられていた。
(ケ) 甲38封筒
 上記封筒の表面には、下から順に、「東都中華ちまき」との表示のある印刷物(甲38の4)、平成21年12月9日付けの作業原票(甲38の3)、平成21年8月7日付けの原告の印刷発注確認書(甲38の2)、平成22年3月3日付けの作業原票(甲38の1)が重ねて貼付されていた。
 甲38封筒の中には、「東都中華ちまき(5個入)」等の表示のあるフィルム(甲47の1。以下「甲47フィルム」という。)及び同内容の印刷物(甲47の2)が入れられていた。
オ スズキ印刷は、平成22年ころ、原告の求めを受けて、被告ニッシンのスズキ印刷に対する印刷発注確認書(甲11の1ないし16。以下、「甲11の1確認書」などという。)を原告に対し交付した。
 スズキ印刷が原告に交付した印刷発注確認書は、下記の内容のものである。
(ア) 甲11の1確認書
 発信日 平成22年2月12日
 品名 療育ハンドブック35集
 作成者 被告E
(イ) 甲11の2確認書
 発信日 平成22年2月22日
 品名 図書目録2010
 作成者 被告A
(ウ) 甲11の3確認書
 発信日 平成22年2月24日
 品名 音3月号
 作成者 被告A
(エ) 甲11の4確認書
 発信日 平成22年3月2日
 品名 教育出版ラベル(西濃)、〃(王子)
 作成者 被告C
(オ) 甲11の5確認書
 発信日 平成22年3月2日
 品名 ラベル(L−21)西濃 大日本入り
 作成者 被告C
(カ) 甲11の6確認書
 発信日 平成22年3月3日
 品名 東都中華ちまき(5ヶ入)
 作成者 被告C
(キ) 甲11の7確認書
 発信日 平成22年3月4日
 品名 利用の手引
 作成者 被告A
(ク) 甲11の8確認書
 発信日 平成22年3月4日
 品名 iパークご利用についてカード
 作成者 被告A
(ケ) 甲11の9確認書
 発信日 平成22年3月5日
 品名 平成21年度実施報告書
 作成者 被告E
(コ) 甲11の10確認書
 発信日 平成22年3月9日
 品名 教育出版ラベル(西濃)
 作成者 被告C
(サ) 甲11の11確認書
 発信日 平成22年3月10日
 品名 教育出版ラベル(青)
 作成者 被告C
(シ) 甲11の12確認書
 発信日 平成22年3月15日
 品名 31−A−2010西濃ラベル
 作成者 被告C
(ス) 甲11の13確認書
 発信日 平成22年3月15日
 品名 DNPロジ食券
 作成者 被告C
(セ) 甲11の14確認書
 発信日 平成22年3月17日
 品名 ラベル(H−11)荷物引渡明細書大日本入
 作成者 被告C
(ソ) 甲11の15確認書
 発信日 平成22年3月24日
 品名 音4月号
 作成者 被告A
(タ) 甲11の16確認書
 発信日 平成22年3月29日
 品名 正進社ラベル(名鉄)
 作成者 被告C
(2) 原告は、被告ニッシンが行った甲11の1ないし16の各確認書に係る印刷業務は、原告のフィルム(甲39、41、42、43、44、45、47の各フィルム)を流用するなどして、原告の顧客を収奪して行われたものであり、被告Aらの債務不履行又は不法行為に当たると主張するので、まず、甲11の1ないし16の各確認書に係る印刷業務につき、被告ニッシンによる原告のフィルムの流用の有無について検討する。
ア 甲11の1確認書に係る印刷業務について
 甲11の1確認書は、前記(1)エ(イ)のとおり甲19封筒に貼付されている印刷発注確認書と同一のものであると認められるから、甲11の1確認書に係る印刷業務に使用する刷版は、甲19封筒に入っていた甲40フィルムを使用して作成されたものと認められるところ、前記(1)エ(イ)でみたとおり、甲40フィルムが原告のものでないことは原告も認めており、被告ニッシンの作成したものであると認めるのが相当である(弁論の全趣旨)。そうすると、甲11の1確認書に係る印刷業務は、被告ニッシンの作成したフィルムを使用してなされたものであるから、同業務に関し、原告のフィルムを被告ニッシンが流用した事実は認められない。
イ 甲11の2及び3の各確認書に係る印刷業務について
  甲11の2及び3の各確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(イ)、(ウ)の各「品名」のとおり、「図書目録2010」、「音3月号」を各対象とするものであるところ、上記品名に対応する原告のフィルムは提出されていないから、これらの業務に関し、原告のフィルムを被告ニッシンが流用した事実は認められない。
ウ 甲11の4確認書に係る印刷業務について
 甲11の4確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(エ)の「品名」のとおり「教育出版ラベル(西濃)、〃(王子)」を対象とし、同「発信日」のとおり平成22年3月2日付けで発信されたものであるところ、前記(1)エ(ア)ないし(ケ)をみても、上記品名に対応するフィルムに関し、上記発信日に対応する日にクイックが刷版の作成作業を行ったことを示す作業原票は提出されていないから、同業務に関し、原告のフィルムを被告ニッシンが流用した事実は認められない。
エ 甲11の5確認書に係る印刷業務について
 甲11の5確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(オ)の「品名」のとおり「ラベル(L−21)西濃 大日本入り」を対象とし、同「発信日」のとおり平成22年3月2日付けで発信されたものであるところ、前記(1)エ(ア)のとおり、甲18封筒の表面には、同日付けの作業原票が貼付されており、同封筒内に入れられていた甲39フィルムは、上記品名に対応する内容のものであることが認められる。
 なお、前記(1)エ(ア)のとおり、甲39フィルムは、原告の社名が表示された封筒内に入った状態で、甲18封筒の中に入れられていたのであるから、原告のフィルムであると認められる。また、前記(1)イのとおり、クイックは、発注元から刷版の作成依頼を受けた場合、作業原票を作成し、刷版作成に使う印刷用フィルムを入れた封筒に貼り付けて、刷版作成作業に回すこととしていたというのであるから、上記作業原票に係る刷版作成作業は、上記作業原票が貼付された封筒内のフィルムを使用してなされたものと認められる。
 以上によれば、甲11の5確認書に係る印刷業務は、原告の甲39フィルムを使用して行われたとみるのが相当であり、上記印刷業務につき、被告ニッシンによる原告のフィルム流用の事実が認められる。
オ 甲11の6確認書に係る印刷業務について
 甲11の6確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(カ)の「品名」のとおり「東都中華ちまき」を対象とし、同「発信日」のとおり平成22年3月3日付けで発信されたものであるところ、前記(1)エ(ケ)のとおり、甲38封筒の表面には、同日付けの作業原票が貼付されており、同封筒内に入れられていた甲47フィルムは、上記品名に対応する内容のものであることが認められる。
 なお、前記(1)エ(ケ)のとおり、甲38封筒には、原告の印刷発注確認書が貼付されているのであるから、同封筒内に入れられていた甲47フィルムは原告のフィルムであると認められる。また、クイックが、刷版作成作業に使う印刷用フィルムを入れた封筒に、当該刷版作成作業に係る作業原票を貼付して、刷版作成作業に回していたことは前記(1)イでみたとおりである。
 以上によれば、甲11の6確認書に係る印刷業務は、原告の甲47フィルムを使用して行われたとみるのが相当であり、上記印刷業務につき、被告ニッシンによる原告のフィルム流用の事実が認められる。
カ 甲11の7ないし9の各確認書に係る印刷業務について
 甲11の7ないし9の各確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(キ)ないし(ケ)の各「品名」のとおり、それぞれ「利用の手引」、「iパークご利用についてカード」、「平成21年度実施報告書」を対象とするものであるところ、上記品名に対応する原告のフィルムはいずれも提出されていないから、上記各業務に関し、原告のフィルムを被告ニッシンが流用した事実は認められない。
キ 甲11の10及び11確認書に係る印刷業務について
(ア) 甲11の10及び11確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(コ)及び(サ)の「品名」のとおり「教育出版ラベル(西濃)」、「教育出版ラベル(青)」を各対象とし、同「発信日」のとおり平成22年3月9日付け及び同月10日付けで各発信されたものであるところ、前記(1)エ(ウ)のとおり、甲20封筒の表面には、平成22年3月9日付け及び同月10日付けの作業原票が各貼付されており、同封筒内に入れられていた甲41フィルムは、上記品名に対応する内容のものであることが認められる。
 なお、前記(1)エ(ウ)のとおり、甲20封筒には、原告の以前の印刷発注確認書が貼付されているのであるから、同封筒内に入れられていた甲41フィルムは原告のフィルムであると認められる。
 以上によれば、甲11の10及び11確認書に係る各印刷業務は、原告の甲41フィルムを使用して行われたとみるのが相当であり、上記印刷業務につき、被告ニッシンによる原告のフィルム流用の事実が認められる。
(イ) この点に関し、被告らは、甲11の10及び11確認書に係る各印刷業務は、被告ニッシンの作成したフィルム(乙11)を使用して行われたものであると主張する。しかし、前記のとおり、甲20封筒に貼付されている作業原票が、その日付及び内容において甲11の10及び11確認書に係る印刷業務に対応するものであることに加え、甲20封筒に貼付された平成22年3月10日付けの作業原票の「版型」欄には、「N」欄に丸印が付されており、上記記載は、ネガフィルムを使用して上記刷版作成作業がされたことを示すものである(証人J)ところ、甲41フィルムがネガフィルムであるのに対し、被告ニッシンの上記フィルムがポジフィルムであることにかんがみ、上記印刷業務が被告ニッシンの上記フィルムを用いて行われたものとは認めることができず、被告らの上記主張を採用することはできない。
ク 甲11の12確認書に係る印刷業務について
 甲11の12確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(シ)の「品名」のとおり「31−A−2010西濃ラベル」を対象とし、同「発信日」のとおり平成22年3月15日付けで発信されたものであるところ、前記(1)エ(エ)のとおり、甲21封筒の表面には、同日付けの作業原票が各貼付されており、同封筒内に入れられていた甲42フィルムは、上記品名に対応する内容のものであることが認められる。
 なお、前記(1)エ(エ)のとおり、甲21封筒には、原告の過去の印刷発注確認書が貼付されているのであるから、同封筒内に入れられていた甲42フィルムは原告のフィルムであると認められる。
 以上によれば、甲11の12確認書に係る印刷業務は、原告の甲42フィルムを使用して行われたとみるのが相当であり、上記印刷業務につき、被告ニッシンによる原告のフィルム流用の事実が認められる。
ケ 甲11の13確認書に係る印刷業務について
 甲11の13確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(ス)の「品名」のとおり「DNPロジ食券」を対象とするものであるところ、前記(1)エ(キ)のとおり、甲45フィルムは、上記品名に対応する内容のものであることが認められる。
 しかし、前記(1)エ(キ)のとおり、甲45フィルムが入れられていた甲24封筒及び甲45フィルムと同内容の印刷物が入れられていた甲25封筒には、被告ニッシンの甲11の13確認書記載の発信日(平成22年3月15日)に対応する日付に係る作業伝票は貼付されていないことが認められる。
 したがって、甲11の13確認書に係る印刷業務に関しては、被告ニッシンが原告のフィルムを流用したものとは認められない。
コ 甲11の14確認書に係る印刷業務について
 甲11の14確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(セ)の「品名」のとおり「ラベル(H−11)荷物引渡明細書大日本入」を対象とし、同「発信日」のとおり平成22年3月17日付けで発信されたものであるところ、前記(1)エ(オ)のとおり、甲22封筒の表面には、同日付けの作業原票が貼付されており、同封筒内に入れられていた甲43フィルムは、上記品名に対応する内容のものであることが認められる。
 前記(1)エ(オ)のとおり、甲22封筒は、原告の社名入りのものであるから、同封筒に入れられていた甲43フィルムは原告のフィルムであると認められる。また、前記(1)エ(オ)のとおり、同封筒内に、甲43フィルムとともに、急ぎで発注がきている旨の被告Cの手書きの平成22年3月17日付けFAX文書が入れられていることも、甲11の14確認書に係る印刷業務が甲43フィルムを使用してなされたものであることをうかがわせるものである。
 以上によれば、甲11の14確認書に係る印刷業務は、原告の甲43フィルムを使用して行われたとみるのが相当であり、上記印刷業務につき、被告ニッシンによる原告のフィルム流用の事実が認められる。
サ 甲11の15確認書に係る印刷業務について
 甲11の15確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(ソ)の「品名」のとおり「音4月号」を対象とするものであるところ、上記品名に対応する原告のフィルムは提出されていないから、上記業務に関し、原告のフィルムを被告ニッシンが流用した事実は認められない。
シ 甲11の16確認書に係る印刷業務について
 甲11の16確認書に係る印刷業務は、前記(1)オ(タ)の「品名」のとおり「正進社ラベル(名鉄)」を対象とし、同「発信日」のとおり、平成22年3月29日付けで発信されたものであるところ、前記(1)エ(カ)のとおり、甲23封筒に入れられていた甲44フィルムは、「正進社ラベル」に係るものであると認められる。
 しかし、甲23封筒に貼付されている作業原票は、平成22年3月23日付けのものであり、かつ、品名として、「正進社ラベル(西濃)」「(ノーマル)」「(名鉄)」の3種類が記載されており、作業日及び品名において、甲11の16確認書に係る作業内容とは一致しないものということができる。
 そうすると、甲11の16確認書に係る印刷業務に関しては、被告ニッシンが原告のフィルムを流用して行ったものとは認められない。
(3) 小括
ア 以上によれば、甲11の1ないし16の各確認書に係る被告ニッシン発注の印刷業務のうち、甲11の5、6、10ないし12、14の各確認書に係る印刷業務は、原告のフィルムを流用することにより行われたものと認められる。他方、甲11の1ないし4、7ないし9、13、15、16の各確認書に係る印刷業務は、原告のフィルムを流用して行われたものとは認められない。
 被告らは、甲11の5、6、10ないし12、14の各確認書に係るフィルムを被告ニッシンにおいて作成したとして、これに沿うLの陳述書(乙6)を提出するが、上記陳述書に添付されているのは、印刷物データのプロパティ表示画面を印刷したものであって、印刷フィルムそのものではなく、同証拠によっては上記認定を覆すに足りない。また、被告らは、このほか、被告ニッシンの作成したフィルム(甲11の5、10ないし12の各確認書に対応するもの)として、乙10ないし12を提出するが、これらの証拠に上記乙6を併せ考慮したとしても、これらによって、甲11の5、10ないし12の各確認書の発注に対応して使用されたフィルムが、乙10ないし12の各フィルムであったと認めることはできず、上記認定を覆すには足りない。
イ(ア) そこで、上記各印刷業務に関し、被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否について検討する。
 そもそも、原告の就業規則上、従業員の退職後における競業避止義務について定めた条項はなく、被告Aらが、原告との間の雇用契約上、原告を退職後において、同業他社に就職することや、その従業員として営業活動等を行うこと自体が禁止されるものと解すべきものとは認められない。そうすると、被告Aらが、原告と競業関係にある被告ニッシンに就職し、原告の顧客に対し営業活動を行い、被告ニッシンに印刷業務を受注させたとしても、これが、不正又は不当な手段を用いることによってされたものであるなど、自由競争の範囲を超えるものと評価すべき事情がない限り、違法ということはできないものというべきである。
(イ) そうすると、原告の印刷用フィルムの流用が認められない印刷業務(甲11の1ないし4、7、8、13、15、16の各確認書に係るもの)については、これらの発注に係る印刷業務につき原告が過去に受注実績を有していたことを考慮しても、被告ニッシンがこれらの業務を受注したこと自体が自由競争の範囲を超えるものというべき事情は認められず、これらの行為につき、被告Aらに、債務不履行又は不法行為が成立するものとは認められない。
(ウ) 他方、甲11の5、6、10ないし12、14の各印刷発注確認書に係る印刷業務については、前記(3)アのとおり、原告の印刷用フィルムを流用して行われたことが認められる。
 証拠(乙5ないし16、被告A、被告C)によれば、被告ニッシンが印刷用フィルムを作成することができる設備を有し、実際に印刷用フィルムを作成して印刷業務の発注を行ったものもあることが認められる。にもかかわらず、被告ニッシンが上記のとおり原告のフィルムを流用していることからは、納期が迫っているなど、印刷用フィルムを自ら作成することのできない事情があったことが推認され、これは、甲11の14に係る発注に関し、被告Cが、急ぎで発注がきているので原告の以前の発注に係る伝票を送ってほしい旨のFAX文書をクイックに差し入れていることからもうかがわれるものというべきである。
 そうすると、上記各発注に係る業務は、原告の印刷用フィルムを流用することにより、被告ニッシンが行うことが可能となったものであり、他社の所有する印刷用フィルムを無断で使用することを前提として、その受注を勝ち取ったものとみることができるものであって、自由競争の範囲を超えるものと評価すべきであり、違法性を有するものと認められる。
(エ) この点に関し、被告らは、被告ニッシンは上記各確認書に係る印刷業務を発注する際、その都度印刷用フィルムを作成してクイックに交付しているから、クイックが被告ニッシンの印刷用フィルムではなく原告の印刷用フィルムを使用して刷版を作成したとしても、被告ニッシンが当該事実を把握することは不可能であると主張する。
 確かに、クイックが、平成22年8月26日付けで、被告ニッシンに対し、同社から預かり保管していたフィルム合計6点を返却していること(乙14)等にかんがみれば、被告ニッシンが刷版作成業務をクイックに委託するに当たり、その一部については、印刷用フィルムを自ら作成し、クイックに交付していたことが認められる。
 しかし、クイックが、被告ニッシンから印刷用フィルムを受け取りながら、同社に無断で、同社の発注に係る印刷業務に対応する原告のフィルムを探し出し、被告ニッシンのために使用したとは考え難く、原告のフィルムが流用されたことが認められる業務については、被告ニッシン側から、クイックに対し、原告のフィルムを使用して刷版を作成するよう依頼があったものとみるのが自然かつ合理的である。
 したがって、原告のフィルムの流用は、被告ニッシン側からの依頼に基づきなされたものであると認められ、上記依頼がなされた事情に関しては、前記(ウ)のとおり推認されるのであって、この点に関する被告らの主張を採用することはできない。
(オ) 以上のとおりであり、甲11の5、6、10ないし12、14の印刷発注確認書に係る各発注は、自由競争の範囲を超える違法なものであると認められるところ、前記5(1)オ(オ)、(カ)、(コ)ないし(シ)、(セ)のとおり、上記各発注は、いずれも、被告Cによってなされたものであることが認められ、被告A及び被告Eが、上記発注及び原告のフィルムの流用に関与したことはうかがわれない。したがって、上記業務については、被告Cについてのみ、原告に対する雇用契約上の債務不履行及び不法行為(民法709条)が成立するものとみるのが相当である。
 なお、被告Cは、上記行為当時、原告を退職済みであったことが認められるが、前勤務先を退職後、前勤務先の所有物を利用して、現勤務先に、自由競争の範囲を超えて、前勤務先と競合する業務を行わせることは、前勤務先との雇用契約上の義務に反するものとみるのが相当であるから、被告Cの上記行為は、原告に対する雇用契約上の債務不履行に当たり、不法行為にも該当するものというべきである。
ウ 原告は、上記の点に加え、原告のフィルムを流用する行為は原告の顧客を収奪する行為の一環をなすものと主張し、上記行為が不正競争防止法2条1項4号又は7号所定の不正競争に該当する旨も主張するが、原告のフィルム自体が営業秘密(不正競争防止法2条6項)に該当するものとは認められず、また、争点(3)に関する当裁判所の判断でみたとおり、被告Cが、本件顧客情報を利用して上記発注行為に及んだものとも認められないから、原告の上記主張を採用することはできない。
(4) 損害額について
ア 以上のとおり、甲11の5、6、10ないし12、14の各発注について、被告Cに債務不履行及び不法行為の成立が認められるところ、原告は、従前の取引先との取引が被告ニッシンに収奪されたことにより、年間2100万円以上あった売上額がゼロとなった(甲56)から、上記売上額(年額)に原告の粗利益率を掛けた金額が原告の損害となる旨主張する。
 しかし、前記(3)のとおり、被告Cの債務不履行又は不法行為の成立が認められる印刷業務は、平成22年3月における一部の印刷業務にとどまっており、同月におけるその余の印刷業務については、原告のフィルムを流用した事実は認められず、債務不履行又は不法行為の成立は認められない。また、原告は、前記5(1)ウのとおり、同年5月ころ、クイックに預けていた印刷用フィルムをクイックから引き上げているのであるから、被告ニッシンによる原告のフィルムの流用が、その後も継続したものとは認められない。
イ そうすると、原告の従前の取引先に係る年間売上額の減少が、被告Cの上記債務不履行又は不法行為と相当因果関係を有するものとは認められず、原告の年間売上減少額から原告の損害額を算出することは相当ではない。
 他方、被告Cが上記のとおり原告のフィルムを流用することにより被告ニッシンに行わせた業務については、上記印刷業務が、従前、原告が受注していたものであり、原告がその印刷用フィルムを有していたことにかんがみ、被告ニッシンが上記のとおり受注しなければ、原告が上記業務を受注していたものと認められる。
 したがって、原告は、上記業務によって得べかりし利益を、被告Cの上記債務不履行又は不法行為によって喪失したものと認められ、上記利益額が被告Cの上記債務不履行又は不法行為に起因する原告の損害となるものと認められる。
ウ 証拠(甲17)によれば、甲11の5、6、10ないし12、14の各 発注に係る売上金額は下記のとおりである。
(ア) 甲11の5 7200円
(イ) 甲11の6 3万7500円
(ウ) 甲11の10 2万4300円
(エ) 甲11の11 2万4300円
(オ) 甲11の12 10万8000円
(カ) 甲11の14 1万6000円
(キ) (ア)ないし(カ)合計 21万7300円
 証拠(原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、印刷業務に係る原告の粗利益は約37%であると認められるから、上記業務に係る利益額は、下記計算式のとおり、8万0401円であると認められる。
21万7300円×0.37=8万0401円
エ したがって、原告は、被告Cの上記債務不履行又は不法行為により、得べかりし利益である8万0401円を喪失したものであり、同額が原告の損害に当たると認められる。
6 争点(5)ア、イ(NPiフォームの使用について〔被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否、損害額〕)
(1) 証拠(甲11の12、51、乙15、16、原告代表者、被告A、被告C)によれば、被告A及び被告Cは、平成22年3月15日ころ、甲11の12に係る印刷業務を発注するに際し、同業務に使用するNPiフォームの調達が間に合わなかったことから、原告が賀川印刷に在庫として保管させていたNPiフォームを使用するよう指示し、賀川印刷は、上記指示を受け、上記発注に係る印刷業務に、原告のNPiフォーム約7500枚を使用したことが認められる。また、被告A及び被告Cは、同月30日ころ、上記使用分の返却として、NPiフォーム9000枚を賀川印刷に対し交付したことが認められる。
(2) 被告A及び被告Cは、上記のとおり、原告の許可なく、その所有物であるNPiフォームを使用したものであり、上記行為が、被告ニッシンに、原告と競合する業務を行わせるためのものであることを考慮すれば、上記使用が、NPiフォームの保管者である賀川印刷の了解の下に行われたものであるとしても、上記行為は、原告との関係で違法性を有することになるというべきである。同被告らは、共同して、上記行為に及んだものと評価できるから、同被告らの上記行為は、前勤務先を退職後、前勤務先の所有物を利用して、現勤務先に、自由競争の範囲を超えて、前勤務先と競合する業務を行わせたものであって、原告との間の雇用契約上の義務に反し、かつ、共同不法行為(民法719条)に該当するものと認められる。
 なお、被告Eが上記NPiフォームの使用に関与した事実は認められず、同被告につき、債務不履行又は不法行為は認められない。
(3) そこで、上記債務不履行及び不法行為による原告の損害額について検討すると、前記(1)のとおり、被告A及び被告Cは、被告ニッシンの業務のため、原告のNPiフォームを一時的に使用したものにすぎず、上記使用から約半月後に、使用分を超える数量のNPiフォームを賀川印刷に戻しているのであるから、NPiフォームの価値相当額を原告の損害とみるのは相当ではない。また、証拠(甲11の12、原告代表者、被告A、被告C)及び弁論の全趣旨によれば、平成22年3月15日ころ、賀川印刷が原告のNPiフォームを被告ニッシンの印刷業務のために使用してから、同月30日ころ、上記使用に係るNPiフォームを被告A及び被告Cが賀川印刷に返却するまでの間において、原告がNPiフォームを使用する予定はなく、原告の業務に具体的に支障が生じた事実はなかったものと認められる。
 なお、被告ニッシンは、原告のNPiフォームを使用しなければ、当該発注に係る印刷物を納期までに顧客に納入することはできなかったと認められること、原告は当該顧客に係る印刷業務につき受注実績を有していたこと、原告がNPiフォームの在庫を有していたことを考慮すれば、被告A及び被告Cの上記債務不履行又は不法行為がなければ、原告は甲11の12確認書に係る業務を受注することができたものと認められる。しかし、原告は、NPiフォームの無断使用による原告の損害として、上記業務に係る逸失利益については主張していない上、甲11の12確認書に係る印刷業務については、原告のフィルムを流用して行ったものであることから、争点(4)において、当該業務に係る原告の逸失利益を原告の損害として計上しており、この点に関する原告の損害は既に評価されているものというべきである。
(4) そうすると、上記NPiフォームの使用については、上記流用から返却までの期間における使用料相当額を原告の損害とみるほかないこととなるところ、原告の損害についての主張はこの点の主張を含むものと解することができる。
 NPiフォームの価格が1枚当たり5.625円であることについては、被告らもこれを積極的に争うものではなく、原告代表者尋問の結果によりこれを認めることができる。そして、NPiフォームの使用枚数、上記流用から返却までの期間、使用態様等を考慮すると、上記期間における使用料相当額は、5000円とみるのが相当であり、同額が原告の損害となる。
7 争点(6)(被告ニッシンの責任の成否)
(1) 争点(1)ないし(5)に関する当裁判所の判断のとおり、クイックの保管する原告の印刷用フィルムを流用した行為については被告Cにつき、賀川印刷の保管するNPiフォームを流用した行為については被告A及び被告Cにつき、原告に対する不法行為が各成立することが認められるところ、前記前提事実(4)ウ及びエのとおり、上記各行為当時、被告A及び被告Cは被告ニッシンにおいて雇用されていたことが認められる。また、上記各行為は、いずれも、被告ニッシンの印刷業務を行うに当たりなされたものであると認められる。
(2) したがって、被告ニッシンは、上記各行為につき、被告A及び被告Cの使用者として、原告の印刷用フィルムを流用して印刷業務を受注した点については被告Cと、NPiフォームを流用した点については被告A及び被告Cと各連帯して、原告に対し損害を賠償するべき責任を負う(民法715条)。
(3) 原告が主張する上記(2)以外の被告ニッシンの責任原因については、これを認めることができない。
8 争点(7)(被告B、被告D及び被告Fに対する身元保証債務履行請求の可否)
(1) 争点(4)及び(5)に関する当裁判所の判断のとおり、被告Cは、原告のフィルムを被告ニッシンの業務に当たり流用したものであり、また、被告A及び被告Cは、原告のNPiフォームを被告ニッシンの業務に当たり流用したものであって、これらは、いずれも、故意により原告との間の雇用契約上の義務に違反したものと認められる。
 また、前記前提事実(3)オ及びカのとおり、被告Bは平成20年4月20日付けで、被告Dは同月22日付けで、それぞれ、被告A又は被告Cに関し、就業規則、諸業務規程を遵守し、誠実に勤務することを保証し、本人がこれに反し、故意又は重大な過失によって原告に損害を生じさせた場合には、連帯して損害賠償の責任を負う旨記載した身元保証書に署名押印し、原告に提出したことが認められ、被告B及び被告Dは、これにより、原告との間で、被告A又は被告Cが、雇用契約上の債務不履行により、原告に対し損害賠償義務を負う場合において、上記損害賠償義務につき連帯保証する旨の契約を締結したものと認められる。
 この点に関し、被告らは、上記身元保証書の効力を争うが、上記身元保証書の記載内容をみても、これにより被告B及び同Dが負うこととなると解される責任の範囲が特段過大なものとは解されず、ほかに、上記身元保証書に基づく契約の効力を否定すべき事情も見当たらない。したがって、被告らの主張を採用することはできない。
(2) よって、被告B及び同Dは、原告との間の上記(1)の契約に基づき、被告A及び被告Cと各連帯して、原告に対する損害を賠償するべき義務を負う。
 なお、被告Eに原告との間の雇用契約上の債務不履行が認められない以上、被告Fに対し、被告Eと連帯して損害を賠償するよう求める原告の請求は理由がない。
9 争点(8)(被告A及び被告Cに対する退職金返還請求〔民法704条〕の可否)
(1)ア 前記前提事実(2)エ及び(4)ウ、エのとおり、原告は、被告Aに対し、平成19年6月29日に530万0481円、平成22年2月10日に9万9975円を、被告Cに対し、平成19年6月29日に107万6833円、平成22年3月10日に6万7200円を各支払ったことが認められる。また、前記前提事実(3)イ及びウのとおり、原告の新旧就業規則付則退職金規定9条には、「本人在職中、懲戒解雇に相当する行為、または事実を歪曲したり虚偽の申告等がなされていた事実を発見したとき退職金を支給しない。」との定めがあり、旧就業規則37条及び新就業規則38条には懲戒解雇事由に関する定めがあることが認められる。
イ(ア) 原告は、平成19年6月29日に被告A及び同Cに支給された金員についても、平成22年に同被告らが原告を各退職した時点で退職金として支給されたものとみるべきであるとした上で、被告A及び被告Cは、原告を平成22年1月又は2月に退職する前から継続して原告に対する背信的行為に及んでおり、上記行為は原告における懲戒解雇事由に該当するものであるから、同被告らには退職金を不支給とすべき事由があると主張し、上記各金員は、上記のとおり退職金不支給事由があるにもかかわらず支給されたものであるから、同被告らの不当利得となると主張する。
(イ) しかし、原告の新旧就業規則付則退職金規定(甲7、8)によれば、原告における退職金は、従業員の死亡、業務上の事由による傷病、やむを得ない業務上の都合による解雇又は定年の際に支払われ、この場合には、退職時の基本給に支給基準を乗じた額が支払われる(2条)。他方、自己都合、業務外の事由による傷病、諭旨解雇の場合には、2条の規定により算出された退職金の額に勤続年数に応じた減額率を乗じた金額が支払われる(3条)。そして、被告A及び被告Cが受領した退職金計算書(甲15の1・2、16の1・2)によれば、同人らの退職金の計算の内容は以下のとおりであることが認められる。
@ 被告Aの平成19年5月31日付け計算書
 勤続年数 26年3か月(昭和56年3月26日〜平成19年6月20日)
 計算方法 基本給×26年勤続支給率×26年3か月勤続
 25万円×21.0×315/312
 支給額 530万0481円
A 被告Aの平成22年2月1日付け計算書
 勤続年数 2年7か月(平成19年6月21日〜平成22年1月20日)
 計算方法 基本給×2年勤続支給率×2年7か月勤続×自己退職率
 43万円×0.6×31/24×0.3
 支給額 9万9975円
B 被告Cの平成19年5月31日付け計算書
 勤続年数 11年10か月(平成7年8月21日〜平成19年6月20日)
 計算方法 基本給×11年勤続支給率×11年10か月勤続
 18万2000円×5.5×142/132
 支給額 107万6833円
C 被告Cの平成21年3月1日付け計算書
 勤続年数 2年8か月(平成19年6月21日〜平成22年2月20日)
 計算方法 基本給×2年勤続支給率×2年8か月勤続×自己退職率
 28万円×0.6×32/24×0.3=6万7200円
 支給額 6万7200円
(ウ) 上記@ないしCによれば、原告が、被告A及び被告Cに対し、平成19年及び平成22年に金員を支払うに当たり、支払金額を算出するための勤続年数、基本給は、いずれも上記各時点を基準として計上されていることが認められる。また、平成19年における支払金額算出に当たり、旧就業規則付則退職金規定3条所定の減額率が乗じられていないこと及び前提事実(2)イ、ウによれば、平成19年における支払額は、同規程2条所定の事由のうち、「やむを得ない業務上の都合による解雇」による退職の場合として計算されたものであると認められる。他方、平成22年における支払金額は、0.3の減額率を乗じて算出されており、勤続2ないし3年の者が自己都合退職した場合として計算されたものであると認められる。
 以上のとおり、平成19年及び平成22年における各支払金額は、上記各時点を基準として、各別に計算されたものであることが認められ、平成22年における金員支払の際に、被告Aらが平成19年6月20日の前後を通じて原告に勤続したものとして勤続年数等を計算し、算出された支払金額と平成19年における支払金額との差額分を支払うなどの方法は執られていないことが認められる。
 以上の点を考慮すれば、被告A及び被告Cは、平成19年6月20日において原告を退職(原告の業務上の都合による解雇)した上で、同月21日付けで、原告に再度雇用されたものであり、平成19年6月29日付けで被告A及び被告Cに支払われた金員は、いずれも、同月20日において同被告らが原告を退職したことによる退職金として支払われたものであるとみるのが相当であり、平成19年に同被告らに各支払われた金員を、平成22年における退職時における退職金とみることはできないものというべきである。
 原告は、平成19年6月の時点での解雇がなかったことを裏付ける事実として、同年5月27日に被告Aを営業課長、被告Cを工程管理課長にする辞令を発令し、課長手当を給付するなどの待遇改善を図ったこと、原告が同年6月21日に提出した健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格喪失届(甲28)に被告A、被告Cの氏名がないこと、同人らが有給休暇を取得していないこと、同人らが解雇予告手当の支給を受けていないことなどを挙げる。
 しかし、上記退職金の計算及び給付に見られるように、原告が被告A及び被告Cに対し、やむを得ない業務上の都合による解雇の形式を採用したことは明らかであり、その理由としては、他の解雇される従業員との均衡についての配慮などがあったことなどがうかがわれるところである。そして、このような会社側の事情による解雇が単にその形式のみならず、退職金規定に基づく退職金の給付という実質においても裏付けられているような場合には、原告と被告A、被告Cとの労働契約関係は、平成19年6月20日に一旦終了したものと解するのが相当である。原告が、被告A及び被告Cの勤務の継続を前提として、待遇の改善を図ったり、保険等の手続を継続したままにしたり、解雇予告手当を支払わなかったなどの事情は、主として原告の経営上、事務処理上の都合に基づくものであって、それらの原告側の主観的事情によって、労働契約の終了の効果が妨げられるものと認めることはできない。
(エ) そうすると、原告が被告A又は被告Cにつき懲戒解雇事由に当たると主張する事実が、いずれも平成21年10月以降のものであることにかんがみ、これらの事実が、平成19年6月20日までの同被告らと原告との間の雇用契約に関し、遡って懲戒解雇事由となることはないものと解するのが相当である。したがって、平成19年6月29日付けで同被告らに支払われた金員が、同被告らの不当利得となることはない。
ウ そこで、平成22年2月又は3月に被告A及び被告Cに対し支払われた金員についてのみ、その不当利得該当性を検討する。
(ア) 争点(4)及び(5)に関する当裁判所の判断のとおり、被告Cは、平成22年3月、原告の印刷用フィルムを流用して被告ニッシンの印刷業務に使用し、かつ、被告A及び被告Cは、平成22年3月15日ころ、原告のNPiフォームを流用して被告ニッシンの印刷業務に使用したものと認められる。そして、これらの行為は、たとえ、退職後に行われたものであるとしても、原告の就業規則における懲戒解雇事由に該当する余地があるものと解される(新就業規則38条2項5号ないし8号、旧就業規則37条2項5号ないし7号)。
(イ) そこで、この点について検討するに、原告における懲戒の種類としては、けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇の各段階があるところ(新就業規則37条1項、旧就業規則36条1項)、原告の懲戒解雇についての定めにおいては、懲戒解雇事由が存する場合においても、「情状により減給、出勤停止、降格又は諭旨退職とすることがある。」と定められている(新就業規則38条2項、旧就業規則37条2項)。そして、仮に、懲戒解雇事由が存在する場合であっても、当該懲戒に係る労働者の行為の性質、態様その他の事情に照らし、当該懲戒が合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、懲戒権の濫用として、当該懲戒は無効となるものと解される(労働契約法15条参照)から、その場合は、当該事由が存在することを理由として、退職金を不支給とすべき事由があるとみることも、同様に認められないものと解するのが相当である。
 以上の事情を総合して考えれば、原告の就業規則(退職金規定)の解釈としては、形式的に就業規則上の懲戒解雇事由に該当する行為が存在したとしても、それが直ちに退職金規定において退職金不支給事由とされる「懲戒解雇された者」(新旧退職金規定7条2号)に該当するものとはいえず、同号に該当するといえるためには、行為の情状も考慮して、他の懲戒事由に相当しない程度の重大な行為がされたことを要するものというべきである。
(ウ) そこで、被告A及び被告Cの上記各行為についてみると、同被告らの行為は、平成22年3月における1回ないし数回の印刷用紙又は印刷用フィルムの流用にとどまるものであり、これにより原告に生じさせた損害も、争点(4)及び(5)に関する当裁判所の判断のとおり、5000円ないし約8万円にとどまるものである。したがって、当該行為の性質、態様その他の事情に照らし、被告A及び被告Cの上記各行為が懲戒解雇事由に当たるとまでみることはできないものというべきである。
(エ) なお、念のため、原告らの上記各行為による平成22年支払分の退職金減額の余地について検討するに、前記のとおり、原告らの退職金は、自己都合によるものとして、7割の減額がされており、これは、諭旨解雇における減額率と同様であるから(新旧退職金規定3条)、被告A及び被告Cの違法行為の内容に照らせば、これをさらに減額をする必要も認められないものというべきである。
(オ) したがって、被告A及び被告Cにつき、退職金を不支給又は減額すべき事由は認められず、平成22年2月又は3月に上記被告らに支払われた金員が法律上の原因を欠くものとは認められない。
(2) したがって、退職金の返還を求める原告の請求は理由がない。
第5 結論
 したがって、原告の請求は、被告C、被告D及び被告ニッシンに対し、連帯して8万0401円の、被告A、被告B、被告C、被告D及び被告ニッシンに対し、連帯して5000円の各支払(附帯請求として、各被告らに対する訴状送達日の翌日である平成22年8月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)を各求める限度で理由があるからこれを認容し、被告A、被告B、被告C、被告D及び被告ニッシンに対するその余の請求並びに被告E及び被告Fに対する請求についてはいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 森川さつき
 裁判官 菊池絵理は、転補のため署名押印することができない。
 裁判長裁判官 大須賀滋


(別紙)システム目録
 原告、被告が有する下記印刷受発注システム(両システムは同一のものである。)
 記
 ソフトウェアをMicrosoft Accessとし、別紙各画面を有する印刷受発注システム。
 以上

(別紙)営業秘密目録
1 東京都北区に所在する原告所有のコンピュータにおける別紙システム目録記載の印刷受発注システム内の、下記内容の顧客に関する情報。
2 上記1のほか、原告社内における下記内容の顧客に関する情報。
 記
 (1) 名前
 (2) 郵便番号
 (3) 住所
 (4) 電話番号
 (5) 原告との取引に関する記録(受注番号、品名、数量、取引価格、納入日、取引毎の下請発注先の名称、金額等の発注内容)
 なお、上記(1)ないし(4)は、別紙得意先一覧表及び得意先番号表記載のとおり。
 以上
line
 
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