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【事件名】“永久凍土マンモス”CGイラスト事件(2)
【年月日】平成24年4月25日
 知財高裁 平成23年(ネ)第10089号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成22年(ワ)第28962号)
 (口頭弁論終結日 平成24年4月11日)

判決
控訴人 株式会社飛鳥新社
同訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 大井法子
同 杉浦尚子
同 雪丸真吾
同 芹澤繁
同 亀井弘泰
同 大藏隆子
同 政岡史郎
同 海老沼英次
同 井上乾介
同 迎田由紀
同 山本夕子
同 岩田裕介
同 吉田朋
同 石新智規
同 杉田禎浩
被控訴人 Y
同訴訟代理人弁護士 海野宏行
同 金澤淳


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記部分について、被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要(略称は、審級による読替えを行い、「本件書籍」を「控訴人書籍」と改めるほかは、原判決の略称に従う。)
1 本件は、控訴人が、原判決別紙1ないし3記載の各画像(控訴人各画像)が掲載された原判決別紙書籍目録記載の書籍(以下「控訴人書籍」という。)を発行及び頒布した行為は、原判決別紙3記載の各画像(本件各画像)に係る被控訴人の著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)の侵害に当たる旨主張して、@著作権法112条1項に基づき、控訴人各画像を削除しない控訴人書籍の発行又は頒布の差止めを、A同条2項に基づき、控訴人書籍からの控訴人各画像の削除を求めるとともに、B不法行為に基づく損害賠償として、400万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原判決は、控訴人各画像は、いずれも被控訴人の許諾なく本件各画像を複製したものであり、控訴人の上記行為は、被控訴人が本件各画像について有する著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(本件各画像についての同一性保持権、本件画像1についての氏名表示権)を侵害した旨判示して、被控訴人の請求のうち、上記@Aをいずれも認容し、上記Bを50万円及び遅延損害金の支払の限度で認容し、その余の請求を棄却した。そこで、控訴人がこれを不服として控訴した。
3 前提となる事実
(1) 当事者
ア 被控訴人は、東京慈恵会医科大学教授で、同大学総合医科学研究センター高次元医用画像工学研究所(本件研究所)の所長の地位にある者であり、医学博士、工学博士及び理学博士の学位を有している。
イ 控訴人は、書籍、雑誌の企画・編集・出版及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 本件各画像
 本件各画像は、平成14年(2002年)にロシア連邦サハ共和国のユカギル地方において発見され、平成17年に愛知県で開催された「2005年日本国際博覧会」(愛知万博)において展示されたマンモス(学名「ケナガマンモス」の個体。本件マンモス)の頭部の標本についてのものである。
 本件画像1(甲28)は、本件マンモスの頭部について、CT装置(コンピュータ断層撮影装置)による撮影(CT撮影)によって得られた断層像のX線CTデータ(本件CTデータ)を基にして、本件画像2(甲30)は、本件CTデータを3次元画像として再構築したボリュームレンダリング像(本件三次元再構築モデル)を基にして、それぞれ作成された、3DCG画像である。
(3) 控訴人による控訴人書籍の発行等
ア 控訴人は、平成21年10月26日、控訴人書籍(甲3)を発行し、以後これを頒布している。
イ 控訴人書籍の41頁に、控訴人画像1及び2が掲載されている。また、控訴人書籍の表紙カバーの右上部には、控訴人画像3が掲載されている。
ウ 控訴人書籍中の控訴人各画像は、被控訴人が控訴人の従業員であるAに提供した本件各画像のデータファイルを基にして、控訴人によって作成されたものである。
4 争点
(1) 本件各画像の著作物性、被控訴人の著作者性及び著作権の帰属(争点1)
(2) 本件各画像の著作権侵害の成否(争点2)
(3) 本件各画像の著作者人格権侵害の成否(争点3)
(4) 被控訴人の損害額(争点4)
第3 当事者の主張
1 原判決の引用
 当事者の主張は、後記2のとおり補充するほか、原判決の事実及び理由第3(原判決5頁4行目〜23頁24行目)のとおりであるから、これを引用する(ただし、「本件書籍」とあるのを「控訴人書籍」と読み替える。)。
2 当審における補充主張
(1) 争点1(本件各画像の著作物性、被控訴人の著作者性及び著作権の帰属)について
〔控訴人の主張〕
ア 著作物性について
(ア) 原判決が挙げた事実について
 原判決が挙げた事実は「美術的又は学術的観点から作者の個性が表現されている」と認定し得るものではない。これらの事実はいずれも原告が何らかの目的意識をもって作業をしたことを示すにすぎず、目的意識が直ちに表現における創作性すなわち個性となるわけではない。原判決は、個性と目的意識を混同したものである。
(イ) 本件画像1に関する原判決の誤り
 そもそもCTスキャナとは、対象物の外形及び内部構造を三次元的な電磁的データとして記録する道具である。それは、対象物を物理的に切断することなく、対象物の内部構造の有する物理的特性を、必要とする精度レベルで情報化し、認識できるようにデータ化する手段である。CT画像がどのように作成されるかについては、もともとおよそ1000の方向から対象物を撮影して得られた投影データから断面画像が作成され、これが繰り返されて対象物の断面画像データの連続的な集まりが得られる。撮影者ないし撮影を指示した者は、情報化されたデータの中から、その目的に応じて任意の部位を任意の角度から薄い輪切り状態(スライス状)の画像として再製することも、それらを一定部位の限度で、三次元画像として再製することも可能になる。もとより、それらの再現方法はスキャナにおいて規定されている。
 立体画像の中の部分的スライス画像を水平あるいは垂直に並べるのは、極めてありふれた選択と配列である。
 そして、本件スキャナにおいて、客体の内部構造を再現する際に、脳、心臓、胃等々のような適宜の部位を対象に再現するのは、当然のことであり、「エアセルの構造が見える部分」を対象として「当該構造が見やすいように」するためにスライスを広く配置したというのであるから、スキャナの機能を利用する以上当然のことを行ったものである。
 なお、スキャン画像に対し、特定部位につき彩色し、病巣その他強調すべき部分を他とは区別し目立つようにするのはごく普通の利用方法である。特に本件の場合には、被控訴人は氷とマンモスのイメージから寒色系である青色を用いたものであり、それ自体、個性というべきほどのものではなく、色彩の合成それ自体に創作性が認められるものではない。それ自体が極めて斬新な配合から生み出されたとしても、その色を他人がまねて作ることは何ら妨げられない。色彩による創作は形状ないし他の色と組み合わせ、ある対象を表現するに際して他人と異なる個性を表現しなければ、思想又は感情を創作したとはいえないからである。本件画像1における色彩は、マンモスの三次元画像を二次元上に再現した際に、マンモスの形状のまま、前記氷のイメージである青を彩色したものであって、そこに創作的形状ないし創作的彩色はない。
 もっとも、キバの部分は、白っぽい明るい色調を配色している。しかし、画像を見ると、キバ全体がそうなっているのではなく、向かって右側のキバの先端の湾曲部を頭部と同じ青にしたものであり、それはキバの重なりが生じる部分を同一色にすると区別がなくなるために、同キバの根本ないし中間部分と重なり合っている部分を白っぽい明るい色にして区別をしたことは明らかであって、交差形状の区別を示す場合のごくありふれた手法を用いたにすぎない。
(ウ) 本件画像2に関する原判決の誤り
 同様に、本件画像2について原判決が挙げた点のうち著作物性を構成する可能性が考え得るのは、せいぜい彩色の部分だけであり、それ以外の事実は、創作性とは関係がない。
 仮に彩色に著作物性が認められるとしても、控訴人書籍において本件画像はいずれもモノクロで掲載されることを予定し、そのように利用されたものであり、創作部分の再現はされていない。本件画像はいずれも、例えばマンモス頭部やその一部の内部構造をより正確に見やすくしたいといった目的を実現しようとすれば選択する角度、間隔、色調を用いて、強調ないし他との区別に用いられているものであって、ほぼ必然的に採用せざるを得ない表現をしているだけである。美術的な観点からの選択であるかのごとき主観的説明は、後付けにすぎず、客観的に見れば当該目的を達成するための選択肢のどれかを選んで表現しているものではない。
イ 著作者性について
 実際の作業を行った研究所スタッフが補助者的役割しか果たさなかったと認定した原判決の理由は、証拠に基づいていない。
 研究所スタッフは、研究所ないし所属する大学の従業員と思われ、その所要時間からして通常の業務時間内に本件各画像の制作作業を行っていたと思われる。また、その人件費や研究所の設備使用にかかる諸費用を被控訴人個人が支出していたとの主張立証もない。これらの事実からすれば、本件各画像が仮に著作物だとしても、スキャナを使った高次元画像たる本件各画像の作成は、研究所を附属機関とする東京慈恵医科大学の職務著作と見るべきである。
〔被控訴人の主張〕
ア 著作物性について
 控訴人の主張は、本件各画像の素材たる「本件CTデータの撮影」と、これによって得られた本件CTデータを素材とした「本件各画像の作成」とを混同ないしは意図的に曲解したものでしかない。すなわち、本件画像と本件CTデータは別物であり、本件において問題となっているのは、「本件CTデータの創作性」ではなく、これとは別の「本件各画像の創作性」である。
 被控訴人は、本件各画像の作成にあたり、様々な表現の可能性があり得る中で、美術的又は学術的な観点に基づく特定の選択に従った表現を行ったものであり、本件各画像に被控訴人の個性が表現されていることは明らかであって、控訴人の上記主張は全く理由がない。
イ 著作者性について
 控訴人は、本件各画像が本件大学の職務著作物に当たる旨の新たな具体的主張をしているものと解されるが、当該主張は、時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきであるばかりか、本件各画像は、著作権法15条1項の職務著作の要件を満たすものではなく、理由のないものである。
 むしろ、本件各画像の「公衆への提供若しくは提示の際」に、被控訴人の「氏名」が「著作者名として通常の方法により表示」されているものであるから(乙1の6)、被控訴人は、本件各画像の著作者として法律上推定されている(著作権法14条)。
(2) 争点2(本件各画像の著作権侵害の成否)について
〔控訴人の主張〕
 原判決は、利用許諾はなかったと認定したが、「最終原稿の確認」という条件の意味を誤認したものである。
 被控訴人は、控訴人との利用許諾協議の当初から本件各画像の利用そのものは許諾しており、ただその際に控訴人書籍本文の原稿を事前に確認させるよう求めたものである。そして、控訴人書籍の原稿を確認した被控訴人の意見も、その本文原稿が不適当なものでないことを認めている。これを前提に、控訴人書籍の著作者の本文の一部変更を求めたものではあるが、被控訴人は控訴人書籍の原稿についての変更を要求すべき何らの権限も有していない者であるから、何ら前記許諾を覆す理由にはなっていない。
 控訴人は被控訴人に対して控訴人書籍本文の原稿を見せ、被控訴人から本件各画像のデータ提供を受けたから、この時点で本件各画像の利用許諾の合意が成立したことは明らかであり、たまたま被控訴人が海外出張中で最終原稿について明示的な了解をしなかったにすぎない。
〔被控訴人の主張〕
 本件における本件各画像の利用許諾の条件は、「内容的に適さないもの又は内容的に間違っているものではないこと」などではなく、端的に「最終原稿を被控訴人自身が確認・了承すること」であり、本件においては、被控訴人は実際に最終原稿を確認・了承していないのであるから、利用許諾がなかったことは明らかである。
(3) 争点3(本件各画像の著作者人格権侵害の成否)について
〔控訴人の主張〕
ア 同一性保持権侵害の成否
 原判決は、本件各画像をモノクロで掲載したことについて、被控訴人の意に反する改変であると認定した。
 しかし、被控訴人が利用許諾にあたって示した条件は、「(本文の)最終原稿の確認」のみであって、「カラーで掲載すること」ではない。被控訴人が示した条件は、控訴人書籍の最終原稿が不適当なものでないか否かを確認することであって、その内容に口出ししたり、色校を見せたりするなどの条件はなかった。控訴人担当者から、控訴人書籍について「オールカラーの書籍である」などといった説明をしたこともないなどの事実経過からすれば、控訴人書籍に利用を許諾する際に本件画像1及び2がモノクロに改変されることは、何ら被控訴人の意に反するものではない。
イ 氏名表示権侵害の成否
 表紙カバーにおいて、逐一、被控訴人の氏名を表示しなくても、被控訴人が創作者であることを主張する利益を害するおそれはないし、書籍一般の公正な慣行にも合致している。したがって、本件の表紙カバーへの掲載は、著作権法19条3項に該当し、その氏名表示の省略が許される場合に当たる。
〔被控訴人の主張〕
ア 同一性保持権侵害の成否
 本件各画像の具体的な掲載態様の説明が行われた事実はなく、その後、本件各画像が控訴人各画像として白黒画像に改変することにつき被控訴人が承諾していた事実はないのであるから、本件各画像の白黒画像への改変が「被控訴人の意に反する改変」に当たることは明らかである。
イ 氏名表示権侵害の成否
 著作権法19条3項が規定する「著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるとき」とは、著作者名表示が省略されることによって、「別の人が著作者ではないかという誤解を招くおそれがある場合とか、あるいはこの作品は著作者名表示がないから無名作品であるという錯覚を抱かせるような場合とか、そういうケースに該当しない場合」をいうものと解されているところ、本件においては、被控訴人は自らが創作者であることを主張する人格的利益が害されるおそれがある。
(4) 争点4(被控訴人の損害額)について
〔控訴人の主張〕
 被控訴人の著作権及び著作者人格権侵害はなく、被控訴人に損害は生じていない。本件各画像の利用許諾の条件について被控訴人からカラーでの掲載を条件とされた事実はない。
〔被控訴人の主張〕
 控訴人の著作者人格権侵害行為により被控訴人が受けた精神的苦痛は、被控訴人の抗議をクレーマー扱いした控訴人の不誠実な対応も含め、非常に大きなものである。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 証拠(書証には枝番を含む。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件各画像の作成経過
ア 本件マンモスのCT撮影
 愛知万博における本件マンモスの展示に向けた本件プロジェクトでは、被控訴人の指揮により、本件マンモスの頭部がロシア連邦サハ共和国から日本に冷凍状態のまま輸送され、独立行政法人家畜改良センターにおいて、CT装置を使用してCT撮影が行われた。このCT撮影によって、本件マンモスについてのCT計測データの連続的な断層像の集まりからなる本件CTデータが得られた(甲25、26)。
 本件画像1は、本件CTデータを基にして作成された3DCG画像である。
イ 本件三次元再構築モデルの作成
 本件プロジェクトでは、被控訴人が所長を務める本件研究所において、コンピュータソフトウェアを用いて、本件CTデータを仮想空間上に3次元画像として再構築する作業が行われ、本件マンモスの頭部のボリュームレンダリング像(本件三次元再構築モデル)が作成された。なお、本件CTデータから再構築された本件三次元再構築モデルには、色彩がなかった(甲25、26)。
 本件画像2は、本件三次元再構築モデルを基にして作成された3DCG画像である。
ウ 本件各画像の作成目的等
 被控訴人は、一般の人々、とりわけ子どもたちに、科学的成果とその価値を分かってもらうことを目的として、平成17年2月3日の記者会見に合わせて本件各画像を作成した。本件各画像は、本件研究所において、被控訴人及び本件研究所の5名のスタッフ(本件スタッフ)が関与して作成され、同年1月ころに完成したものである(甲25、26、28、30、33)。
エ 本件画像1(甲28)の具体的な作成経過
(ア) 被控訴人は、平成17年1月5日、作成すべき画像のイメージを明確にするため、スケッチブックに本件画像1についての構想を具体化した絵コンテを作成し、これを本件スタッフに示した。
 上記絵コンテには、本件マンモスの頭部を正面斜め右から見た像を青色に彩色した被控訴人作成のイラストが記載されるとともに、「@普通の人にわかりやすいように」、「ACTの解剖学的特徴を見せられるよう」、「イメージは氷の中のマンモス」、「青・影を紫がかった青で+(赤少し)」、「キバの形が出るよう」、「断層像は選ぶ!」、「エアセルを見せる」、「ここに解剖学的知見を出す」、「光源をふやす」などといった被控訴人作成のメモが記載されている(甲26、27)。
(イ) その後、被控訴人らは、上記絵コンテ記載のイメージに従い、また、本件画像1の作成過程でプリントアウトされた作成途上の画像に、修正すべき箇所やその内容を指示した被控訴人のメモによる具体的指示に基づき、本件CTデータを素材として、具体的に次のような手順で本件画像1を作成した(甲25、26、29、33)。
a まず、本件CTデータに基づき、コンピュータソフトウェアを用いて本件マンモスの頭部全体の半透明な三次元画像を作成した。
b 次に、本件CTデータのうち、5o間隔で撮影され、合計531枚ある水平断面像の中から31枚の断面像を選び、これらを上記三次元画像の中に並べて配置した。上記断面像の選択及び配置に当たっては、特に、本件マンモスの頭蓋骨内にある「エアセル」という構造(ゾウの仲間の頭蓋骨内に特有の、薄い骨がハチの巣状に絡み合った構造)がよく見えるように、頭蓋骨部分における断層像を他の部分より広い間隔で配置した。
c 最後に、視点方向を調整して画像の角度を決定するとともに、全体の色とライティングを調整して、本件画像1を完成させた。特に、色とライティングの調整は、画像全体の色彩を深い青色になるように調整するとともに、コンピュータの仮想空間上に設けた光源の位置と数を変化させることによって陰影を調整し、透明感を得られるようにした。
オ 本件画像2(甲30)の具体的作成経過
(ア) 被控訴人は、作成すべき画像のイメージを明確にするため、平成17年1月5日、本件画像1の絵コンテを記載したのと同一のスケッチブックに本件画像2についての構想を具体化した絵コンテを作成し、これを本件スタッフに示した。
 上記絵コンテには、本件マンモスの頭部の中心部を正面から縦方向に切断した画像を、茶、赤、青、黄で彩色した被控訴人作成のイラストが記載されるとともに、「誰に準備をさせるか」、「最後は自分でphotoshop」、「データのサイズ注意、できるだけ」、「脳の位置がわかるように」、「切り抜いてはるしかない」、「イメージは土色」、「色のイメージを伝える」などといった被控訴人作成のメモが記載されている(甲26、27)。
(イ) その後、被控訴人らは、上記絵コンテ記載のイメージに従い、また、本件画像2の作成過程でプリントアウトされた作成途上の画像に、修正すべき箇所やその内容を指示した被控訴人のメモによる具体的指示に基づき、本件三次元再構築モデルを素材として、具体的に次のような手順で本件画像2を作成した(甲25、26、31、35)。
a まず、本件三次元再構築モデルにおいて、コンピュータソフトウェアを用いて本件マンモスの頭部の中心部を正面から縦方向に切断した画像を作成し、その上で、当該切断画像のうち、体表面に当たる部分を茶色に彩色し、キバの部分は白いままとしつつ、茶色の濃淡によって陰影をつけた。
 その際、本件マンモスのキバの基部と副鼻腔の双方が断面に現れるように、切断面を中心からややずらし、上記双方の部位をいずれも通るような切断面を選択した。
b 次に、上記茶色に彩色する前の切断画像に、赤、青、黄の原色によるグラデーションの彩色を施した画像を別途作成し、そこから頭部の断面部分のみを切り抜いた画像を作成した。
c 最後に、コンピュータ上で、上記頭部の断面部分の画像を、上記茶色に彩色した切断画像の対応する部分の上に貼り合わせることで、本件画像2を完成させた。
カ 本件各画像の公表
 被控訴人は、以上のようにして完成した本件各画像を、平成17年2月3日、本件マンモスの頭部内の構造に関する研究の進捗状況を報告するための記者会見の場において、その説明用の素材として公表した(甲26)。
(2) 控訴人の行為
ア 被控訴人と控訴人との間の交渉経過
(ア) 控訴人従業員であるAは、平成19年5月30日、被控訴人に対し、控訴人書籍において本件マンモスのCT撮影にまつわる話を記述するに当たり、当該記述と併せて控訴人書籍中に掲載する本件マンモスの写真の提供とその使用許可を求める内容の電子メールを送信した(甲5)。
 被控訴人は、同年6月26日、Aに対し、「一応今回の件はご協力して写真原稿を提供することは決定しましたが、あくまで最終記事内容を当方が確認の上とさせていただきます。本件だけでなく、常にマスコミの方々への対応として、内容的に間違いのあるもの、適さないものに対しては研究所としてご協力できないという姿勢を保っているためです。」などと記載した電子メールを送信した(甲6)。
(イ) Aは、同年7月3日、被控訴人に対し、同日時点における控訴人書籍の最新の原稿のうち、本件マンモスのCT撮影に関する記述部分のデータを電子メールに添付して送信した(甲7)。
 その後、被控訴人は、同年8月4日、Aに対し、上記原稿の記述の一部に修正を加えたものデータを電子メールに添付して送信した。被控訴人は、その電子メールに、「もしこれらの修正内容をご承諾いただければ、すぐに写真原稿を発送致します。」などと記載した(甲8)。
(ウ) 被控訴人は、同年8月10日、Aに対し、「要望されておりました写真原稿をお送りします。必ずゲラ刷りの段階で拝見させていただくことを、これら2点の写真原稿をお貸しする条件とします。添付しました借用書にご記入いただき、郵送にてお送りいただければ幸いです。」と記載した電子メールを送信した。その電子メールには、本件各画像のデータファイル(「コ IHDMI,Jikei Univ, Y 」の表示があるもの)及びこれに関する「飛鳥新社刊「コロンブスの卵か…CTは?−何でも切ってみよう−(仮タイトル)」(藤井正司著)掲載用画像データ借用書」と題する借用書のデータが添付されていた。なお、上記借用書は、借用者の所属欄及び氏名欄並びに日付が空欄となっており、借用書の宛名が「東京慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所所長Y殿」となっている(甲9)。
(エ) また、被控訴人は、同月28日、Aに対し、「大学の手続き上必要ですので、大至急先日お送りしたユカギルマンモス写真原稿2点の借用書(お送りした本大学のフォーマットのもの)をご返送ください。期限を9月1日とさせていただきます。」と記載した電子メールを送信した(甲12)。
(オ) しかし、Aは、上記期限までに借用書の返送をすることはなかった。また、その後約2年間、Aと被控訴人との間で、本件各画像に関するやりとりはなかった(甲34、乙4)。
イ 控訴人書籍の発行前後の交渉経過
(ア) Aは、平成21年8月末ころ、被控訴人に対し、「相当時間がかかりましたが、本年9月末に無事本書が刊行の運びとなり、つきましてはお申し出ありました通り、最終の原稿を借用書とともにお送りいたしましたので、該当部分をチェックいただき、訂正部分などありましたら、私までファックスあるいはメールにて赤字修正をお送りください。また、当方の都合で誠に申し訳ないのですが、来週の水曜日ぐらいまでに頂ければ助かります。」などと記載した書面とともに、被控訴人が送信した前記借用書のデータをプリントアウトした書面にAが署名押印したもの及びゲラ刷り原稿を送付した。上記ゲラ刷り原稿には、白黒の控訴人画像1及び2が掲載されていたが、控訴人画像3は掲載されておらず、表紙も付けられていなかった(甲13)。
(イ) 被控訴人は、同年9月21日、Aに対し、「国際学会の準備とに追われご連絡できずに申し訳ありませんでした。先日お送りいただいたB氏の校正修正の件、帰国後(11月29日に帰国)にご連絡申し上げます。」と記載した電子メールを送信した(甲14)。なお、上記メール中の帰国予定日「11月29日」は誤記であり、実際の被控訴人の帰国予定日は「9月29日」であった(甲34)。
(ウ) Aは、同年9月24日、被控訴人に対し、「先日お送りした原稿に添付した手紙にもお書きしたと思うのですが出版見本日が10月9日を予定しておりますゆえ、現在その予定で刊行作業を進めており、本日印刷所に原稿を戻し、校了の予定です。8月末に原稿をお送りしまして、ふた月ほど御返事がないようでしたのでそのまま進めさせて頂いていたのですが…。ただ、明日までに入校できれば何とか間に合うと思います。一日日程をずらして対応させていただきますので、事実関係の間違いなど、初版の段階で直さねばならない致命的な部分などありましたら、至急お知らせください。」などと記載した電子メールを送信した(甲15)。
(エ) しかし、被控訴人は、同年9月22日から国内に不在であり、上記電子メールを確認したのは、帰国した同月29日のことであった(甲34)。
(オ) 控訴人は、その後、被控訴人との間で特段の連絡を取ることがないまま、控訴人書籍を発行した。
ウ 控訴人書籍の発行(甲3)
(ア) 控訴人は、平成21年10月26日、控訴人書籍(第1刷)を発行し、これを頒布している。
 控訴人書籍は、CTが医学の分野のみならず社会生活の様々な分野で応用されていることについて、具体的なエピソードや画像を交えて一般読者向けに解説した内容となっている(甲3)。
(イ) 控訴人書籍の「CTをめぐる冒険4 マンモスも切ってみた!」と題する章においては、本件マンモス及びそのCT撮影のエピソードが紹介され、その41頁に、控訴人画像1及び2が掲載されている。また、控訴人書籍の表紙カバーには、表題や著者名とともに複数の画像が掲載されているところ、控訴人画像3は、被控訴人の氏名が表示されることなく、表紙カバーの右上部に掲載されている。
2 争点1(本件各画像の著作物性、被控訴人の著作者性及び著作権の帰属)について
(1) 本件各画像の著作物性
ア 著作権法上の保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)であり、ここでいう「創作的」に表現したものといえるためには、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく、作者の個性が表現されたもので足りるというべきである。
イ 本件画像1(甲28)について
 本件画像1は、本件CTデータからコンピュータソフトウェアの機能により自動的に生成される本件三次元再構築モデルとは異なり、本件CTデータを素材としながらも、半透明にした本件マンモスの頭部の三次元画像の中に、本件マンモスの水平断面像を並べて配置する構成としている点において、美術的又は学術的観点からの作者の個性が表現されているものということができる。
 加えて、本件画像1では、半透明の三次元画像の中に配置する本件マンモスの水平断面像とし、これらの水平断面像を並べる間隔について、本件マンモスの頭蓋骨内にある「エアセル」の構造が見える部分は、当該構造が見やすいように他の部分よりも広い間隔で配置している点、画像のアングルとして、本件マンモスの頭部を正面やや斜め右上の方向から見るアングルを選択している点において、作者の個性が表現されている。とりわけ、全体の色彩を深い青色としている点、色調の明暗について、頭蓋骨内にある「エアセル」の構造が見える部分は青色が濃く暗めの色調としているのに対し、キバの部分は白っぽく明るい色調としている点などにおいても、様々な表現の可能性があり得る中で、美術的又は学術的な観点に基づく特定の選択が行われて、その選択に従った表現が行われ、作者の個性が表現されているということができる。
ウ  本件画像2(甲30)について
 本件画像2は、本件三次元再構築モデルを特定の切断面において切断した画像それ自体とは異なり、2枚の同じ切断画像を素材とし、一方には体表面に当たる部分に茶色の彩色を施し、他方には赤、青、黄の原色によるグラデーションの彩色を施した上で、後者の頭部断面部分のみを切り抜いて前者と合成することによって一つの画像を構成している点において、美術的又は学術的観点からの作者の個性が表現されているものということができる。
 加えて、本件画像2では、本件三次元再構築モデルを切断する面として、本件マンモスの頭部の中心ではなく、キバの基部と副鼻腔の双方が断面に現れるように、双方の部位をいずれも通る、中心からややずれた切断面を選択している点においても、作者の個性が表現されている。さらに、白いキバの部分に茶色の濃淡による陰影をつけることによって、キバの立体的形状を表現している点などにおいても、様々な表現の可能性があり得る中で、美術的又は学術的な観点に基づく特定の選択が行われて、その選択に従った表現が行われ、作者の個性が表現されているということができる。
エ 控訴人の主張について
 控訴人は、本件各画像における上記の各点について、いずれもありふれた表現方法や画像を見やすくするための技術的調整等にすぎず、本件各画像に創作性を認める根拠とはならない旨主張する。
 しかしながら、著作物としての創作性が認められるためには、必ずしも表現の独創性が求められるものではなく、作者の個性が表現されていれば足りるところ、その創作性の判断は、本件各画像における表現の要素を総合してされるべきであり、控訴人の上記主張は採用することができない。
オ 小括
 以上の次第であるから、本件各画像は、いずれも、思想又は感情を創作的に表現したものであり、学術又は美術の範囲に属するものであって、著作権法上の著作物に当たるものということができる。
(2) 本件各画像の著作者及び著作権者
ア 前記1(1)認定のとおり、本件各画像は、本件マンモスの研究に関する被控訴人の記者会見の場における説明用の素材として作成されたものであり、作成すべき画像のイメージを記載した被控訴人作成の絵コンテに基づき、また、その後も、本件各画像の作成過程でプリントアウトされた作成途上の画像に修正すべき箇所やその内容を指示した被控訴人のメモによる具体的指示に基づき、被控訴人及び本件スタッフによって作成されたものである。本件スタッフは、いずれも被控訴人が所長を務める本件研究所に勤務し、被控訴人の指示を受ける立場にある者であることに照らすと、本件各画像の基本的な構成を決定し、その後の具体的な作成作業を主導的に行った者は被控訴人であって、本件スタッフは、被控訴人の指示の下で、作業を行った補助者であったものと認めるのが相当である。
 したがって、被控訴人は、本件各画像を創作した者であって、その著作者であるものと認められる。
イ 控訴人の主張について
 控訴人は、愛知万博のプロジェクトの一つとして行われた成果の一つといえる本件各画像について、本件研究所が本件各画像のデータファイルを管理していたことからも、被控訴人が個人として本件各画像の著作権を単独保有しているというのは不自然であり、東京慈恵会医科大学の職務著作と見るべきである旨主張する。
 しかしながら、職務著作の要件は、@法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと、A法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること、B法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること、C作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがないことであるところ(著作権法15条)、本件においては、前記1認定の事実に照らし、少なくとも、上記@Bの要件を欠いていることは明らかであり、控訴人の主張は、採用することができない。
 なお、被控訴人は、本件各画像を雑誌「Newtonムック」にも掲載しているところ(甲32、乙1)、その画像が被控訴人のものである旨の記載のある上記雑誌の送付を受けた東京慈恵会医科大学及び愛知万博の博覧会協会から、何らの異議も受けていない(甲26)。また、借用書の宛名が「東京慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所所長Y殿」となっているとしても、被控訴人個人が著作権を有していることの妨げとはならない。
ウ 小括
 以上のとおり、被控訴人は本件各画像の著作者であり、著作権者であることが認められる。
3 争点2(本件各画像の著作権侵害の成否)について
(1) 複製の有無
ア 控訴人各画像について
(ア) 依拠性
 前記第2の3のとおり、控訴人書籍中の控訴人各画像は、被控訴人がAに提供した本件各画像のデータファイルを基にして控訴人によって作成されたものである。
 よって、控訴人各画像は、本件各画像に依拠して作成されたものである。
(イ) 控訴人画像1について
 控訴人画像1においては、カラー画像が白黒画像とされている点を除き、本件画像1が再製されている。
 よって、本件画像1と控訴人画像1とは、前記のとおり本件画像1が有する創作性のある表現上の特徴的部分の色彩以外の部分において同一性を有するものであって、控訴人画像1から本件画像1の表現上の本質的特徴を直接感得することができるものといえるから、控訴人画像1は、本件画像1を有形的に再製したものということができる。
(ウ) 控訴人画像2について
 控訴人画像2においては、カラー画像が白黒画像とされている点を除き、本件画像2が再製されている。
 よって、本件画像2と控訴人画像2とは、前記のとおり本件画像2が有する創作性のある表現上の特徴的部分の色彩以外の部分において同一性を有するものであって、控訴人画像2から本件画像2の表現上の本質的特徴を直接感得することができるものといえるから、控訴人画像2は、本件画像2を有形的に再製したものということができる。
(エ) 控訴人画像3について
 控訴人画像3においては、「(C) IHDMI,Jikei Univ, Y」の表示及び黒色の背景が削除されている点並びにカラー画像が白黒画像とされるとともに、明暗が反転されている点を除き、本件画像1が再製されている。
 よって、本件画像1と控訴人画像3とは、前記のとおり本件画像1が有する創作性のある表現上の特徴的部分の色彩以外の部分において同一性を有するものであって、控訴人画像3から本件画像1の表現上の本質的特徴を直接感得することができるものといえるから、控訴人画像3は、本件画像1を有形的に再製したものということができる。
イ 控訴人の主張について
 控訴人は、本件各画像に見いだし得る創作的部分は、いずれもその色彩の点に限られるとの前提に立った上で、控訴人各画像はいずれも白黒画像であるから、本件各画像の色彩に係る創作的部分は再現されていないとして、控訴人各画像は本件各画像を複製したものとはいえない旨を主張する。
 しかしながら、そもそも、本件各画像において創作性が認められる表現は、いずれもその色彩の点に限られるものではないから、控訴人の上記主張は、その前提において理由がない。
ウ 小括
 以上によれば、控訴人画像1及び3は、いずれも本件画像1を、また、控訴人画像2は、本件画像2を、それぞれ複製したものということができる。
(2) 被控訴人の許諾の有無
ア 許諾の有無
 前記1(2)認定の事実によれば、本件各画像の利用に関しては、控訴人のAと被控訴人の間の電子メールにより交渉されたものであるところ、被控訴人のAに対する電子メールには、「あくまで最終記事内容を当方が確認の上とさせていただきます。」「必ずゲラ刷りの段階で拝見させていただくことを、これら2点の写真原稿をお貸しする条件とします。」と記載され、被控訴人は、控訴人書籍中の本件各画像を複製して掲載する箇所の記述の最終的な内容を被控訴人自身が確認し、了承することをもって、利用を許諾する条件としていたものということができる。
 しかるに、控訴人は、平成19年5月から同年8月までの折衝がその後途切れて約2年が経過した平成21年8月末ころになって、控訴人書籍を同年9月末に発行する予定であるとして、最終のゲラ刷り原稿を送付し、被控訴人がこれを点検する期限を同月2日ころまでと一方的に決め、かつ、その期限までに被控訴人から返事がなかったのに、その最終的な確認をとることもなく、同年10月に控訴人書籍を発行したものであって、被控訴人による最終記事内容の確認という条件が成就したことを認めるに足りない。
 そうすると、被控訴人が本件各画像の利用を許諾したということはできない。
イ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は、被控訴人は、利用許諾協議の当初から本件各画像の利用そのものは許諾していたものであり、遅くとも被控訴人が本件各画像のデータファイルを控訴人に提供し、併せてこれに関する借用書を提示した平成19年8月10日までに、被控訴人から、本件各画像を控訴人書籍に掲載することの許諾を受けていた旨主張する。
 しかしながら、被控訴人が本件各画像のデータファイルを控訴人に提供し、併せてこれに関する借用書を提示した平成19年8月10日付けの電子メールには、被控訴人が「必ずゲラ刷りの段階で拝見させていただくことを、これら2点の写真原稿をお貸しする条件とします。」と記載していたものである。よって、同日までに利用そのものを無条件で許諾していたということはできないし、控訴人書籍中の本件各画像を複製して掲載する箇所の記述の最終的な内容を被控訴人自身が確認し、了承することをもって、利用を許諾する条件としていたものである。
 控訴人は、被控訴人が控訴人書籍の原稿についての変更を要求すべき何らの権限を有していない者であるから、本件各画像の利用そのものの許諾を覆す理由にはなっていないと主張するが、控訴人書籍の原稿(ゲラ)を読んだ被控訴人が、その原稿の下で本件各画像を掲載するのが相応しくないと考えれば、本件各画像の掲載を許諾しないというだけのことであって、それにもかかわらず、控訴人が控訴人書籍に本件各画像の掲載を必要とするのであれば、控訴人書籍の原稿を変更するなどして被控訴人から本件各画像を掲載することの許諾を得なければならないし、控訴人書籍の原稿を変更することができないのであれば、その原稿の下で本件各画像を掲載することを断念しなければならないというだけのことであって、被控訴人に当該原稿についての変更を要求すべき権限があるか否かといった問題ではない。
 平成19年6月26日付けの被控訴人の電子メールに「本件だけでなく、常にマスコミの方々への対応として、内容的に間違いのあるもの、適さないものに対しては研究所としてご協力できないという姿勢を保っているためです。」との記載があるが、それも、以上と同趣旨であって、内容的に適さないもの又は内容的に間違っているものであるか否かを被控訴人が確認した上で本件各画像の掲載を許諾するという趣旨にほかならず、被控訴人の確認を得なくても、内容的に適さないものでなければ又は内容的に間違っていないものであれば本件各画像を掲載し得るという趣旨までを読み取ることはできないというべきである。
(イ) 控訴人は、被控訴人は、平成19年7月3日の時点で、最新の原稿を確認したことにより、許諾条件が満たされたと主張する。
 しかしながら、平成19年7月3日の時点の最新の原稿を確認したとしても、その原稿は、控訴人書籍が発行される2年以上前の時点における草稿にすぎないものであり、現にその内容も、特に、控訴人各画像についての説明部分が存在しないなど、最終的な控訴人書籍における記述の内容とは異なる部分が随所に存在するものであって(甲7)、これが最終的な内容を確認したことにならないことは明らかである。
(ウ) 控訴人は、被控訴人が、平成21年8月末ころには、ゲラ刷り原稿の送付を受け、特段の訂正なく承認したとも主張する。
 しかしながら、被控訴人がゲラ刷り原稿の送付を受けたとしても、控訴人の側で一方的に極めて短い期限を定めたものである上、被控訴人は、その後、国際学会からの帰国後に連絡する旨の電子メールを送信したものであって、ゲラ刷り原稿の確認とその結果についての連絡がされていないことからも、これを承認したということはできない。
(エ) 控訴人は、一般に、出版社等が、著作権者からその著作に係る写真等を書籍に複製して利用することの許諾を受ける場合、書籍の本文中への掲載の許諾があれば、特段の意思表示がない限り、表紙への掲載も、当然に許諾の範囲に含まれるものであり、本件においては、控訴人書籍の本文中への掲載のみならず、本件画像1の表紙カバーへの掲載についても許諾があると主張する。
 しかしながら、書籍の本文中への掲載の許諾があれば、特段の意思表示がない限り、表紙への掲載も、当然に許諾の範囲に含まれるといった慣行が存在することを認めるに足りる証拠はない上、そもそも被控訴人が控訴人に対し本件各画像を複製して控訴人書籍の本文中に掲載することを許諾したこと自体が認められない以上、これを前提とする表紙カバーへの掲載の許諾があったとする控訴人の主張には、理由がない。
(オ) 以上のとおり、被控訴人が控訴人に対し本件各画像を複製して控訴人書籍の本文中に掲載することを許諾したとの控訴人の主張は、これを認めることができない。
(3) 小括
 以上によれば、控訴人各画像は、いずれも被控訴人の許諾なく、本件画像1又は本件画像2を複製したものと認められるから、控訴人が控訴人各画像を掲載した控訴人書籍を発行及び頒布する行為は、被控訴人が本件各画像について有する著作権(複製権、譲渡権)の侵害に当たるものと認められる。
4 争点3(本件各画像の著作者人格権侵害の成否)について
(1) 同一性保持権侵害の成否
ア 控訴人画像1及び2について
(ア) 前記3のとおり、控訴人画像1は、本件画像1について、カラー画像を白黒画像にする改変を加えて複製したもの、控訴人画像2は、本件画像2について、カラー画像を白黒画像にする改変を加えて複製したものである。
(イ) 控訴人は、カラーで掲載することは、許諾の条件にはなっておらず、被控訴人の意に反する改変とはいえないと主張する。
 しかしながら、本件各画像における色彩は、本件各画像の創作性を基礎づける重要な表現要素の一つであり、カラー画像である本件各画像を白黒画像に改変することは、著作者の許諾が認められない以上、著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるものというべきである。
 なお、控訴人から被控訴人に対し、本件各画像を複製して控訴人書籍の本文中に掲載するに当たっての具体的な掲載態様の説明が行われた事実はなく、当該画像が白黒画像によって掲載されることは、被控訴人が平成21年8月末ころにゲラ刷り原稿の送付を受けた時点で初めて被控訴人に明らかになったものであり、その後、被控訴人から控訴人に対し、これを了承する旨の意思が示された事実も認められない。
 したがって、控訴人画像1及び2における本件各画像の改変は、本件各画像の著作者たる被控訴人の意に反する改変に当たるものと認められる。
イ 控訴人画像3について
 控訴人画像3は、本件画像1につき、「(C) IHDMI,Jikei Univ, Y」の表示及び黒色の背景を削除し、カラー画像を白黒画像にするとともに、明暗を反転させる改変を加えて複製したものである。
 前記アに述べたとおり、本件画像1における色彩及び色調の明暗は、その創作性を基礎づける重要な表現要素の一つであるから、著作者の許諾なくカラー画像である本件画像1を白黒画像にするとともに、明暗を反転させる改変を行うことは、著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるものである。
ウ 控訴人の主張について
 控訴人は、図版や学術雑誌等とは異なる通常の単行本である控訴人書籍の編集上の必要性を根拠として、控訴人各画像における本件各画像の改変が、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たる旨を主張する。
 しかしながら、そもそも、控訴人各画像の控訴人書籍への掲載は、被控訴人の許諾なくその著作物たる本件各画像を複製するものであって、控訴人各画像を控訴人書籍に掲載すること自体が許されない行為であり、編集上の必要性なるものによって、本件各画像の改変が正当化されるべき理由はない。
エ 小括
 以上によれば、控訴人各画像を掲載した控訴人書籍を発行する控訴人の行為は、被控訴人が本件各画像について有する同一性保持権の侵害に当たるものと認められる。
(2) 氏名表示権侵害の成否
ア 控訴人書籍の表紙カバーに掲載された控訴人画像3には、本件画像1の著作者である被控訴人の氏名は表示されていない(甲3)。
イ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は、控訴人書籍の表紙カバーの見開き下部に、「【カバー・本文マンモス写真提供】東京慈恵会医科大学・高次元医用画像工学研究所」と表示されていることをもって、著作者名の表示がある旨を主張する。
 しかし、当該表示が本件画像1の著作者である被控訴人の氏名の表示といえないことは明らかである。
(イ) 控訴人は、控訴人書籍の表紙カバー中の画像に被控訴人の氏名の表示がないからといって被控訴人の利益が害されるおそれはなく、公正な慣行にも合致しているから、控訴人の行為は著作権法19条3項に当たると主張する。
 しかしながら、同項は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められること、公正な慣行に反しないことを要件として、著作者名の表示の省略を許容するものであるところ、本件においては、そのいずれについても、認めるに足りない。
ウ 小括
 したがって、控訴人画像3を表紙カバーに掲載した控訴人書籍を発行する控訴人の行為は、被控訴人が本件画像1について有する氏名表示権(著作権法19条1項)の侵害に当たるものと認められる。
5 被控訴人の請求権
 前記3及び4のとおり、控訴人は、控訴人各画像を掲載した控訴人書籍を発行及び頒布したことにより、被控訴人が本件各画像について有する著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(本件各画像についての同一性保持権、本件画像1についての氏名表示権)を侵害したものである。
 よって、著作権法112条1項に基づき、控訴人画像を削除しない控訴人書籍の発行又は頒布の差止めを求める被控訴人の請求は、理由がある。また、同条2項に基づき、控訴人書籍からの控訴人画像の削除を求める被控訴人の請求も、理由がある。さらに、控訴人は、その侵害について、少なくとも過失があったものと認められるから、被控訴人に対し、民法709条に基づき、被控訴人が上記侵害行為により受けた損害を賠償する義務がある。
6 争点4(被控訴人の損害額)について
(1) 著作者人格権侵害による慰謝料
 控訴人各画像における本件各画像の改変は、本件各画像の創作性を基礎づける重要な表現要素である色彩に関わるものであること、特に、控訴人画像3については、色彩のみならず、色調の明暗をも改変して、かつ、被控訴人の氏名を表示することなく、控訴人書籍の表紙カバーに掲載したこと、控訴人書籍発行後の対応についても、被控訴人の正当な権利に基づく抗議に対して、不適切な言辞を用いて原告を非難する書面を送付したこと(甲22)、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、控訴人の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、30万円と認めるのが相当である。
(2) 弁護士費用
 本件事案の性質・内容、本件訴訟に至る経過、本件審理の経過、本件訴訟において認容される請求の内容等諸般の事情に鑑みれば、控訴人の著作権侵害行為及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は、20万円と認めるのが相当である。
(3) 小括
 以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償として合計50万円及びこれに対する不法行為の後である平成22年9月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
7 結論
 以上の次第であるから、原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は棄却されるべきである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 部眞規子
 裁判官 齋藤巌
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