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【事件名】“編み物と編み図”の著作物性事件(2)
【年月日】平成24年4月25日
 知財高裁 平成24年(ネ)第10004号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成22年(ワ)第39994号)
 (口頭弁論終結日 平成24年3月21日)

判決
控訴人( 原告) X
訴訟代理人弁護士 井堀周作
被控訴人(被告) ニッケ商事株式会社
訴訟代理人弁護士 丹羽一彦
森嶋裕子
被控訴人(被告) Y
訴訟代理人弁護士 中田憲孝


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 原判決取消しとともに、原判決請求欄のとおりの金銭支払、差止め、廃棄及び広告掲載を命じる判決並びに仮執行宣言申立て。
第2 事案の概要
1 控訴人は、原判決別紙原告作品目録記載1及び2の原告編み物、同目録記載3及び4の原告編み図の制作者である。被控訴人Yは被控訴人会社に原判決別紙被告作品目録記載1の被告編み物及び同目録記載2の被告編み図を納入し、被控訴人会社は被告編み物を下請業者に製作させて展示、販売し、被告編み物を写真撮影して雑誌等に掲載して使用し、かつ、被告編み図を複製して顧客や販売店等に頒布するなどした。
 控訴人は、被告編み物及び編み図は原告編み物又は原告編み図を複製、翻案したものであり、被控訴人会社撮影に係る原判決別紙被告作品目録記載3の写真は原告編み物又は原告編み図を翻案したものであり、被告編み物及び被告編み図の展示は展示権を侵害するなどと主張し、被告編み物、被告編み図及び上記写真の展示、販売、販売の申出の差止め、侵害品の廃棄を求めるとともに、被控訴人らは、故意又は過失により、共同して上記各行為に及んだものであるとして、著作権及び著作者人格権侵害の共同不法行為責任に基づき、損害賠償金合計660万円及び遅延損害金の連帯支払を求め、さらに、著作権法115条に基づき、謝罪広告の掲載を求めた。
 原審は、原告編み物及び原告編み図に著作物性を認めることはできないとして、原告の請求をいずれも棄却した。
2 本件の外形的事実関係は、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要 1 前提事実」のとおりであるが、要点は次のとおりである。
 控訴人は、手編み物作品展、編み物教室の開催等の活動をしている手編み物作家である。被控訴人会社は、手編み毛糸の製造加工販売業等を業とする株式会社である。被控訴人Y は、編み物教室を開催するとともに、財団法人日本編物検定協会の理事を務めるなどしてきており、被控訴人会社との間で、手編み講習会における講師業務並びに見本作品のデザイン及び製作業務に係る業務委託契約を締結している。
 控訴人は、平成10年3月ころ、原告編み物及び原告編み図を制作した。原告編み物は、手編みによって作成された女性用のベスト(原告編み物1は水色を基調とする部分及び茶色がかった黄色を基調とする部分から成り、原告編み物2は薄い水色、濃い青色及び紫色を基調とする各部分から成る。)であり、原告編み図は、原告編み物の作成方法について、文章、図面、記号等を用いて説明したものである。
 被控訴人Yは、平成21年秋ころ、被控訴人会社との業務委託契約に基づき、被控訴人会社製の毛糸である「ニッケドリーム」の販売促進用作品の製作業務を受託し、被告編み物のうちいずれか一点及び被告編み図を製作し、これを被控訴人会社に納入した。被告編み物はかぎ針を使用した手編みによって作成された女性用のボレロであり、被告編み図は、被告編み物の作成方法について、文章、図面、記号等を用いて説明したものである。
 被控訴人会社は、被控訴人Yから納入を受けた被告編み図に従い、下請会社に委託して被告編み物合計103点を作成したほか、これらのうち色番の異なる毛糸で作成された合計10点の編み物の写真を撮影し、これを被控訴人会社の広告に掲載して使用した。また、被控訴人会社は、作品展示会において、被告編み物を展示したほか、上記広告を見て毛糸及び編み図のセットを申し込んできた顧客に対し、申し込みに係る毛糸とセットで被告編み図のコピーを頒布したり、上記「ニッケドリーム」の販売店に対し、被告編み図を希望する顧客に頒布するため、被告編み図のコピーを配布するなどした。
第3 争点及び当事者の主張
 控訴人の当審補充主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要 2 争点」、「第3 争点に関する当事者の主張」(ただし、9頁23行目「又は図面の著作物」を削る。)記載のとおりである。
1 原告編み物の著作物性について
 原判決は、原告編み図のA、B、Cのモチーフを同色によって作成してとじ合わせた場合は、とじ目は目立たないものになると認定した(23頁19行以下)。しかし、この認定は、とじ目(継ぎ目)をとじ目として理解しなかった点で誤りがある。すなわち、原判決は、@とじ目(継ぎ目)を「目立たない」という理由によって抽象的・観念的な存在と位置付け、表現されたものではないから継ぎ目の形には著作物性はない、あるいは、Aとじ目を目立たせるための諸要素と一体となって初めて著作物性がある、という誤った理解のもとに判断をした。
 しかし、とじ目はとじ目として形を作り、それを人は認識しているのであって、とじ目は実体のある存在であり、衣服の形を構成するものである。とじ目が見えやすくなるための要素である編み目の流れ、色分け、その他の諸要素もデザイン構成の一部とはなり得るが、そうであるからといって、とじ目と外郭線で構成された形そのものの著作物性を否定する根拠とはなり得ない。
 原判決は「そうすると、原告編み物は、前記認定のとおり、編み物の方向の変化、編み物の重なりなどにより、線を浮き上がらせることによってAの線を表現し、かつ、隣接する各モチーフの色を異なるものとすることによってB、Cの線を表現しているものであり(23頁下から2行目以下)」とするが、「表現」の理解において重大な誤りをした結果、「表現」を限定して理解してしまっており、「原告編み物においては、編み目の方向の変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択、編み地の選択等の点が、その表現を基礎付ける具体的構成となっているということができる(24頁5行目以下)」との点も間違った解釈論を前提とした理解である。上記のような具体的構成はいわば余分な要素であって、原告著作物の核心的部分ではない。
 原判決は、こうした間違った理解のもとに、「そうすると、原告編み物は、これらの(つまり各モチーフの色の選択その他)具体的構成によって、上記の思想又は感情を表現したものであって、これらの具体的構成を捨象した、「線」からなる本件構成は、表現それ自体ではなく、そのような構成を有する衣服を作成するという抽象的な構想又はアイデアにとどまるというべきものと解され、創作性の根拠となるものではないというべきである。(24頁8行目以下)」としたが、とじ目がとじ目として外形的に現れているのであって、決して、抽象的なもの、アイデアというものではない。被控訴人Yが作成したスタイル画(甲5上部)にも、とじ目と外環で構成されるデザイン構成中、とじ目部分が、単なるとじ目ではなく、まさにその形そのものが明確にスタイルを構成するラインとして描かれているのであり、これがデザインの重要な要素であることが明確に現われている。したがって、これが原判決のいう抽象的なもの、アイデアというものでは決してなく、具体的に現れたものであることは明らかである。
2 原告編み図の著作物性について
 原判決は「原告編み図を美術の著作物としてみた場合、上記展開図は・・・図形を直線によって描いたものにすぎず、・・・その具体的表現において、『美術の範囲に属するもの』というべき創作性を認め得るものではない。(27頁8行目以下)」と判示した。
 しかし、そもそも、美術の範囲かどうかと創作性があるかどうかは、別個に考察されるべきである。美術の範囲とは、その著作物の作成目的が何かで決まるものであって、創作性の有無との相関関係はない。「『美術の範囲に属するもの』というべき創作性」という論法は誤った解釈論である。
 また、原判決が、創作性を美術の範囲との相関関係で論じ、あたかも「美しい物」ではないとのごとき論法で創作性を否定していることも誤りである。本件は美術といってもファッションの分野であり、その創作性はファッション界の他の作品と比べ、独自性があるかどうかで決められるべきであって、原告作品のデザイン構成(判決最末尾図面)のオリジナリティーは極めて高い。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、「形の最小単位は直角三角形であり、この三角形二つの各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、この四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」と表現される原判決最末尾別紙図面記載の構成は、表現ではなく、そのような構成を有する衣服を作成する抽象的な構想又はアイデアにとどまるものと解されるから、上記構成を根拠として原告編み物に著作物性を認めることはできず、原告編み図についても著作物性を認めることはできないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」記載のとおりである。ただし、24頁12行目から13行目の「というべきものと解され、創作性の根拠となるものではない」を削り、25頁1行目及び3行目及び26頁21行目の「創作性」を「著作物性」に改め、27頁5行目から28頁16行目までを削る。
 なお、上記構成におけるB線をとじ目として見て取ることができるとしても、原告編み物においては、編み目の方向の変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択、編み地の選択等の点が、その表現を基礎付ける具体的構成となっているということができるのであって(原判決23頁6行目以下)、これらの具体的構成を捨象した「線」から成る上記構成は、そのような構成を有する衣服を作成する場合の構想又はアイデアにとどまり、著作物性の根拠となるものではないことに変わりはないというべきである。
 よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 塩月秀平
 裁判官 真辺朋子
 裁判官 田邉実
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