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【事件名】自衛隊による個人情報収集・監視事件
【年月日】平成24年3月26日
 仙台地裁 平成19年(ワ)第1648号 監視活動停止等請求事件等

判決


主文
1 原告らの差止請求に係る訴えを却下する。
2 被告は、別紙認容目録「原告」欄記載の各原告に対し、同目録「認容額」欄記載の金員及びこれに対する同目録「起算日」欄記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、別紙認容目録「原告」欄記載の各原告と被告との間に生じたものは、同目録「負担割合」欄記載の割合の各負担とし、その余の原告らと被告との間に生じたものは、同原告らの負担とする。
5 この判決は、本判決が被告に送達された日から14日を経過したとき、第2項につき仮に執行することができる。ただし、被告が別紙認容目録「原告」欄記載の各原告のために同目録「担保額」欄記載の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は、自衛隊情報保全隊をして、原告らの意見表明、出版、集会、結社、デモ行進その他の一切の表現活動を監視し、原告らに関する情報を収集、記録、整理、利用及び保管をしてはならない。
2 被告は、原告らに対し、それぞれ100万円及び第1事件原告らについては平成19年10月18日から、第2事件原告らについては平成20年3月26日から、第3事件原告らについては同年10月25日から、第4事件原告らについては平成21年3月17日から、第5事件原告らについては同年5月12日から、第6事件原告らについては同年7月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告らが、自衛隊のイラク派遣に反対する活動等を自衛隊情報保全隊(当時の陸上自衛隊情報保全隊。以下「情報保全隊」という。)によって監視されて情報を収集されたことにより、精神的苦痛を受けたとして、被告に対し、人格権に基づく今後の一切の表現活動に対する情報保全隊による監視等の差止め並びに国家賠償法1条1項に基づく慰謝料及びこれに関する各訴状送達日の翌日を起算日とする遅延損害金を請求する事案である。
1 前提事実(認定根拠を示すほかは、当事者間に争いがないか、又は、明らかに争いがない。)
(1) 本件各文書について(甲A1の1及び2、B1の3、5の2の1及び2のそれぞれ存在自体、弁論の全趣旨)
ア 原告らは、平成16年1月16日付け「情報資料(16−2)」、同月22日付け「情報資料(16−3)」、同月30日付け「情報資料(16−4)」、同年2月12日付け「情報資料(16−6)」及び同月26日付け「情報資料(16−8)」と題する文書(以下、これらを「本件文書1」という。)並びに平成15年12月2日付け、平成16年1月20日付け、同年2月4日付け、同月10日付け、同月24日付け及び同年3月3日付け各「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」と題する文書(以下、これらを「本件文書2」といい、本件文書1と併せて「本件各文書」という。)を所持するところ、本件各文書は、平成19年6月6日、日本共産党が情報保全隊作成の内部文書の写しとして公表したものである。
 なお、甲B第1号証の3、甲B第5号証の2の1及び2は、本件各文書の一部を抜粋したものである。
イ 本件文書1の主たる内容は、東北地方における自衛隊のイラク派遣に反対する活動、マスコミ動向等に関し、発生年月日、発生場所、関係団体、関係者、内容、勢力等をまとめ、一部活動については「反自衛隊活動」等と題してまとめたものであり、作成者として、東北方面情報保全隊長が記載されている。
ウ 本件文書2の主たる内容は、日本国内における自衛隊のイラク派遣に反対する活動等に関し、名称、行動形態、年月日、時間、場所、動員数、行動の概要、備考等をまとめ、これを集計し、一部活動については写真等を掲載したものであり、作成者として、情報保全隊が記載されている。
エ 本件文書1は、防衛省(当時の防衛庁。以下同じ。)における文書の形式に関する訓令所定の文書の形式に合致している。
(2) 別紙活動等一覧表(※)「原告」欄記載の原告らは、同表「年月日」欄及び「参加した活動等」欄記載のとおり、自衛隊のイラク派遣に反対する活動等に参加した(認定根拠については、同表「甲B」欄記載の証拠(枝番を含む。)に加え、弁論の全趣旨。)。
 ※ 別紙活動等一覧表の添付省略
(3) 情報保全隊について(法令については当時のもの)
 防衛省は、自衛隊を管理及び運営等をし、また、その所掌事務として、自衛隊の行動、組織及び装備等に関する事務に必要な情報の収集整理に加え、所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこととされるところ(防衛庁設置法4条)、自衛隊内に設置される情報保全隊は、情報保全隊本部のほか、本部付情報保全隊及び東北方面情報保全隊を含む5つの方面情報保全隊により構成され、自衛隊の施設等の情報保全業務(秘密保全、隊員保全、組織、行動等の保全及び施設、装備品等の保全並びにこれらに関する業務)のために必要な資料及び情報の収集整理及び配布を行うこととされている(自衛隊法23条、同法施行令32条、陸上自衛隊情報保全隊に関する訓令2条1号、3条、4条、17条、別表)。
(4) なお、自衛隊のイラク派遣は、平成21年2月14日に終了した(顕著な事実)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
 本訴の争点は、@原告らの差止請求に係る訴えは適法か否か、すなわち、原告らのいう「表現活動の監視による情報収集等」が差止めの対象として特定しているか否か、A情報保全隊が原告らに対し「表現活動の監視による情報収集等」をしたか否か、特に、本件各文書の真の原本が存在し、これが情報保全隊により作成されたものか、B情報保全隊がした「表現活動の監視による情報収集等」は適法か否かであり、争点に関する当事者の主張は次のとおりである。
(1) 争点@(原告らの差止請求に係る訴えは適法か否か)
ア 原告ら
原告らのいう「表現活動の監視による情報収集等」は、情報保全隊が、市民、市民団体等の集会、署名活動、デモ等の表現活動の情報を収集した上で、収集した情報を本件各文書のような資料にまとめ、自衛隊内部に配布する行為を示すことは明らかである。
 被告は、原告らのいう「表現活動の監視による情報収集等」の意味が不明確であるなどと主張するが、「監視」や「情報収集」といった単語は被告が制定した法律においても何ら定義規定なく使用されている。
 なお、情報保全隊は、前身の調査隊の頃から「表現活動の監視による情報収集等」を行っていたのであって、そのほか、平成22年4月9日の衆議院安全保障委員会及び同年5月27日の参議院外交防衛委員会における政府答弁も踏まえると、情報保全隊が原告らを含む国民に対し現在も「表現活動の監視による情報収集等」を、日常的、恒常的、継続的に全国各地において継続していることは疑いのないところである。
イ 被告
 原告らのいう「表現活動の監視」及び「情報収集」なる言葉は、極めて抽象的で、かつ、広汎な意味を持ち、いかなる行為を指すか不明であり、差止めの対象として不特定であるから、差止請求に係る訴えは不適法である。
(2) 争点A(情報保全隊が原告らに対し「表現活動の監視による情報収集等」をしたか否か)
ア 原告ら
(ア) 情報保全隊は、原告らがした別紙活動等一覧表「参加した活動等」欄記載の活動等について、情報保全隊員又はその関係者が活動等の状況をカメラ等で撮影し、発言内容等を録音機で保全するなどして、詳細に監視し、その結果を本件文書1のとおりにまとめた上で、本件文書1を自衛隊内部に定期的に配布し、集約された全国各地の情報を整理、分析して、本件文書2のとおりに一元化した。
(イ) 本件各文書の真の原本が存在し、これが情報保全隊によって作成されたことは、本件各文書の内容、公表経緯、当時の防衛大臣の国会における答弁等からすれば、明らかである。
 被告は、本件各文書の真の原本の存在及び成立について認否をしないが、被告が認否をすることは容易であるし、また、被告が認否をしても情報保全隊の正当な情報保全業務に支障を生ずることはなく、国の安全保障に影響を及ぼすこともない。被告が本件各文書の真の原本の存在及び成立につき認否できないのは、情報保全隊が本件各文書を作成したからにほかならない。
イ 被告
(ア) 原告らのいう「表現活動の監視による情報収集等」の意味は明らかではないが、情報保全隊の活動は後記(3)アのとおり国家賠償法1条1項の適用上違法と評価される余地はないから、被告が原告ら主張の事実の存否並びに本件各文書の真の原本の存在及び成立に対して認否をする必要はないし、また、これらにつき認否をすることは、情報保全隊の情報収集方法等の公務に関する秘密を明らかにすることとなり、また、爾後の情報収集活動に支障を生じるおそれがあり、ひいては、国の安全保障に影響を及ぼしかねず、公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがあるから、認否をすることができない。
(イ) 情報保全隊が、自衛隊のイラク派遣を含め、その職務に関して、組織的、系統的、日常的に、国民の権利を侵害した事実はなく、現在もそのようなことはしていない。
 被告あるいは防衛省が本件各文書につき情報保全隊が作成したことを事実上認めているという原告らの主張については、否認する。
(3) 争点B(情報保全隊がした「表現活動の監視による情報収集等」は適法か否か)
ア 被告
(ア) 原告らのいう「表現活動の監視による情報収集等」の意味は明らかではないが、情報保全隊は、その任務として、前記1(3)の法令等に基づき、防衛省や自衛隊の秘密保全、隊員保全、組織や行動等の保全、施設や装備品等の保全等の目的を達成するために必要な資料及び情報の収集整理等を行っているのであって、具体的には、自衛隊に対する秘密を探知しようとする行動、基地施設等に対する襲撃、自衛隊の業務に対する妨害、自衛隊職員を不法な目的に利用するための行動等、自衛隊の基地施設等の周辺等において防衛省や自衛隊の業務の遂行に支障を及ぼすおそれのある活動を行う外部の団体等に関し、インターネットや刊行物のほか公道等の一般に公開された場所で発せられている情報等を、強制力を伴わない平穏な態様で、情報収集活動を行っており、また、収集された情報については、必要に応じて、庁秘あるいは注意に指定され、用済み後又は1年未満の保存期間が満了した後は直ちに廃棄する取扱いとされているだけでなく、刑罰等をもって、取得情報の外部への漏えいが禁止されており、適切な管理が行われている。
 このように、情報保全隊の情報収集活動は、原告らを含め、国民の権利利益を侵害しない範囲内において実施されているし、また、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「行政機関保有個人情報保護法」という。)3条の趣旨を逸脱するものではないから、何ら違法なものではない。
(イ) また、情報保全隊の情報収集活動は、前記(ア)のとおり、何ら権力的手段を用いるものではなく、また、後記(ウ)のとおり、原告らが主張する人格に関する権利利益を侵害するものではないから、根拠規範は不要であるし、活動目的の正当性、収集管理される情報の秘匿性の低さ、情報管理の適切性を考慮すると、情報収集活動が社会通念上是認し難いものということはできないから、公務員の職務上の法的義務に違反するものということはできず、違法ではない。
(ウ) 原告らが主張する人格に関する権利利益への侵害は、以下のとおり、そもそも法律上保護された権利利益とは認められないか、原告らの主張によってもおよそ侵害されたとは認められないものであるから、理由がない。
a 自己情報をコントロールする権利に関する主張
 個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公開されない自由にとどまらない「自己情報をコントロールする権利」は、実定法上の根拠がない上、その実質的な内容、範囲、法的性格についても様々な見解があり、権利としての成熟性が認められないから、そもそも実体法上の権利とは認められない。
 行政機関保有個人情報保護法は、あくまで個人情報の取扱いに伴い生ずるおそれのある個人の人格的、財産的な権利利益に対する侵害を未然に防止することを目的として、個人情報の取扱いに関する規律と本人関与の仕組みを具体的に規定するものにすぎないのであって、自己情報をコントロールする権利という1つの統一的な憲法上の権利を前提としたものではない。
b プライバシーの利益に関する主張
 プライバシーの利益の内容は、みだりに私生活へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実又は情報を公開されたりしない利益として把握されるべきところ、原告らが情報保全隊によって収集されたと主張する情報は、そもそも収集の時点では社会一般の人々に知られていた情報か、そうでなくとも、社会一般の人々の感覚からみて、収集によって心理的な負担や不安を覚え、あるいは収集されることを欲しない情報であるということはできず、そもそもプライバシーの利益の対象とはならない。
c 肖像権に関する主張
 原告らの主張を精査しても、どの原告が、いつ、いかなる場所において、情報保全隊によって容ぼう等を写真撮影され、肖像権を侵害されたのかにつき、具体的な主張はないから、肖像権に関する原告らの主張は失当である。
 なお、本件各文書中には、原告らが参加したと主張する活動等の開催地を撮影場所として附記した写真は存在しない。
d 思想良心の自由に関する主張
 前記(ア)のような情報保全隊の情報収集活動は、原告らが特定の思想を持つことを禁じたり、その露見を強制したりするような性質を有するものではなく、原告らの内心の自由に何らの影響を与えるものではない。
e 表現の自由に関する主張
 前記(ア)のような情報保全隊の情報収集活動は、原告らの活動等に対し何らかの妨害行為となるような性質を有しておらず、原告らの表現の自由を制約するものではない。
 原告らは、原告らが主張する活動等をした当時、情報保全隊によって情報収集活動が行われていることを全く認識していなかったのであって、情報保全隊の情報収集活動は、原告らの表現行為に対し萎縮効果をもたらすものではないし、仮に原告らが情報保全隊の情報収集活動の事実を知ったからといって、これを理由として原告らにおいて将来活動等に参加することをやめざるを得ないといった状況が生じるとは到底考えられない。
f 知る権利に関する主張
 原告らの主張は、報道機関の報道の自由ないし取材の自由等が現実に制限されたことが前提となっているところ、これらの自由が現実に制限された事実について、何ら具体的な主張立証がないし、前記(ア)のような情報保全隊の情報収集活動によって報道機関の活動が何らかの影響を受けるとは考えられない。
g 平和的生存権に関する主張
 原告らが主張する平和的生存権については、何らかの憲法上の人格権として捉えようとすることはできず、具体的権利性はない。
イ 原告ら
(ア) 原告らは、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」によって、多大な不安感、恐怖感、憤り、緊張感を強いられ、以下に述べるような人格に関する権利利益を侵害されたから、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」は違法である。
a 行政機関保有個人情報保護法に関する主張
 行政機関保有個人情報保護法は、行政機関が個人情報を保有する場合には、所掌事務の遂行に必要なこと、利用目的をできる限り特定すること、利用目的の達成に必要な範囲で個人情報を保有利用することを義務付けているところ、本件における情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」は、個人情報が含まれているにもかかわらず、情報保全隊の所掌事務に含まれず、所掌事務の遂行のための必要性も認められず、利用目的も漠然不明確であり、利用目的に必要な情報収集とも認められないのであるから、同法に違反する。
b プライバシー権、自己情報をコントロールする権利等に関する主張原告らは、憲法13条に基づく個人の私生活上の自由として、国家権力から、私生活上の行動について、承諾なく、つきまとわれたり、監視されたり、情報を採取されたり、記録されたりしない自由を有しているのであって、特に、原告らが参加した活動等は、個人識別情報だけでなく思想信条というセンシティブな情報に密接に関連するものであることからすれば、原告らが公権力によって自己の活動等の情報を収集、利用されることを欲しない権利は、高度に保障されると解される。
 情報保全隊は、本件各文書記載のとおり、原告らの活動等を監視して、その結果をまとめたものを自衛隊内部に配布しているところ、原告らは、たとえ公開の場であっても、軍隊化した自衛隊によって原告らの行動を密かに記録され、「反自衛隊活動」等と選別されて保管及び開示されることを欲しないから、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」は、原告らの自己情報をコントロールする権利を侵害する。
 また、原告らは、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」によって、各々の独立した自己イメージを勝手に結び付けられ、様々な社会関係において使い分けている複数の顔を同時に把握されるという被害を受けている。
 本件各文書に、警察しか知り得ない情報や地方自治体がした決議等の詳細が記載されていること等からすると、警察及び地方自治体と情報保全隊との間で個人情報が開示されたことは明らかである。
c 肖像権に関する主張
 本件各文書には東京、札幌等における国民の活動等に関する写真が添付されており、その写真には活動等の参加者の容ぼう等が撮影されていること、本件各文書には活動等において原告らが掲げていたノボリや横断幕の文言についても詳細に記載されているものがあること等に照らせば、情報保全隊は活動等に参加していた原告らを写真撮影していたものと推認できるところ、このような行為は、情報保全隊が何ら犯罪性を有しない原告らの活動等における容ぼう等を写真撮影する正当な理由はない以上、原告らの肖像権を侵害するものである。
d 思想良心の自由に関する主張
 情報保全隊は、原告らの意に反して原告らの活動等を監視して、取得した情報を「反自衛隊活動」等と選別して本件各文書に記載したところ、このような行為は、原告らの思想を推知し、原告らに対して反自衛隊ではない思想を事実上強制し、また、「表現活動の監視による情報収集等」の目的が自衛隊のイラク派遣に反対する国内世論の弾圧にあることに鑑みれば、思想による不利益取扱いをするものといえるのであって、自衛隊がこのような行為をすることにつき正当な目的がない以上、原告らの思想良心の自由を侵害する。
e 表現の自由に関する主張
 原告らは、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」を、活動等をする前に予想したり認容したりしたわけではなく、本件各文書に現れた「表現活動の監視による情報収集等」の事実を知ってからは、やむなく活動等を断念したり、個人が特定されない活動等にのみ参加せざるを得なくなったりするなど、活動等の際に、随時、本件各文書記載の事実から予測される「表現活動の監視による情報収集等」を前提とした対応を余儀なくされているのであって、原告らの表現活動に対する萎縮効果は甚大である。
f 知る権利に関する主張
 本件各文書によれば、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」は報道機関の取材活動にまで及んでいるところ、このような行為が継続されるならば必ずや多くの記者は自衛隊への取材を回避するようになり、その結果、原告らは自衛隊に関する情報をほとんど入手することができなくなり、原告らの知る権利は奪われることとなるし、また、原告らに対してされた「表現活動の監視による情報収集等」も、原告らが他者の表現活動を通じて情報を入手することへの侵害行為である。
g 平和的生存権に関する主張
 日本国憲法の規範構造に留意すると、平和的生存権は、その「平和」の意味につき、憲法9条によって、狭義には戦争放棄や軍備全廃、広義には人権統治のすべての憲法構造が平和主義に基づくものでなければならないという意味として充填され、第3章の人権条項と相まって、裁判所に対してその保護や救済を求め法的強制措置の発動を請求し得るという意味において、具体的権利性が肯定される場合があるのであって、具体的には、憲法9条に違反する公権力の行為、すなわち、戦争の遂行や戦争の準備行為等によって、個人の生命や自由が侵害された場合には、平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして、損害賠償請求及び差止請求をすることができる。
 本件では、被告は、実質的に軍隊化した自衛隊を戦闘地域であるイラクに派遣するという憲法9条に反する戦争加担行為をし、かつ、自衛隊のイラク派遣に反対する原告らの活動等を監視するという二重の違憲行為を行っているところ、これら2つの行為は、戦前の憲兵のように、自衛隊のイラク派遣を遂行するための監視及び情報収集として、密接に関連した一体のものと捉えるべきであり、すると、情報保全隊がした「表現活動の監視による情報収集等」は、戦争の準備行為と位置付けられるのであって、これにより原告らは前記aないしfのような人格に関する権利利益を侵害されたのであるから、原告らの平和的生存権の自由権的な態様が侵害された。
 また、原告らには、国家機関の監視による恐怖、萎縮等の精神的苦痛を受けることなく、平和に暮らし、平和を求める活動をする自由という利益が存するのであって、この利益は、プライバシー権、肖像権、思想良心の自由及び表現の自由と結合する平和的生存権として、憲法前文第2段、9条、13条、19条及び21条によって保障されるところ、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」は原告らに対し直接向けられたものであり、これにより、原告らは現在も情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」に怯え、恐怖の中で暮らすことを余儀なくされているのであるから、原告らの平和的生存権が侵害されたことは明らかである。
(イ) このように、情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」は、原告らの人格に関する権利利益を侵害するものであるにもかかわらず、法令上の根拠を欠くから、違法である。
 被告は、情報保全隊に関する組織規範が存在することをもって情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」に法令上の根拠がある旨主張するが、組織規範は行政機関の具体的行為を根拠付けるものにはならず、仮に組織規範が概括的授権として行政機関の具体的行為を根拠付ける場合があったとしても、問題となる行政機関の具体的行為との関係で当該組織規範が授権規定として足りるものであることを被告において具体的に主張立証する必要があるところ、被告は、情報保全隊の情報保全業務の目的、必要性等を抽象的に主張立証するのみで、本件各文書に現れた情報保全隊の行為につき、具体的な目的及び必要性はおろか、法令のいかなる文言にいかにして適用されるか個別具体的な主張立証を一切しないし、この点をおくとしても、被告指摘の法令が本件各文書に現れた情報保全隊の行為を許容したものとみることはできない。
 また、被告は、情報保全隊が情報収集活動をする場合として、自衛隊の業務に対する妨害等に発展するおそれのある活動等を指摘するが、本件各文書記載の原告らの活動等がこうした活動等に該当するか否かについても、具体的に主張立証をしていない。
 なお、本件各文書の作成目的は、本件文書2の記載からすると、自衛隊のイラク派遣のみならず日本国政府及び自衛隊の方針に反対する全国の国民、団体、議会(議員)及びマスコミ等のあらゆる活動等の情報を収集して記録化し、自衛隊が敵視あるいは警戒をしている団体についてはその活動等を継続的、網羅的に把握して記録化し、今後の分析の資とする点にあるところ、このような目的は、原告らの表現の自由、思想良心の自由、プライバシーの利益等を侵害し、その正当性が認められないことは明らかであるし、被告が主張する情報保全業務からも大きく逸脱するものである。
第3 当裁判所の判断
1 争点@(原告らの差止請求に係る訴えは適法か否か)について
 原告らが被告に対し差止めを求める「表現活動の監視による情報収集等」は、必ずしも一義的に明確な用語ではなく、かつ、本訴の経過等に照らせば、原告らも主観として否定的な価値観を含ませて用いている言葉と認められ(なお、第1事件原告ら、第2事件原告ら及び第3事件原告らは、平成21年2月16日付け準備書面(7)において、情報保全隊を含む自衛隊所属の被告指定代理人等が本訴口頭弁論期日に出席することについても、「表現活動の監視による情報収集等」に該当するとして、これを批判しており、また、原告らは、同旨の記載のある陳述書を多数提出する(甲B2ほか)が、その中には、自衛隊所属の被告指定代理人が自衛隊に所属しない被告指定代理人を「監視」しているなどと陳述する者もいる(甲B12)。)、これをもって、差止めの対象たる将来の行為を具体的に特定する機能を有しているとはいい難いから、原告らの差止請求に係る訴えは、不適法といわざるを得ない。
2 争点A(情報保全隊が原告らに対し「表現活動の監視による情報収集等」をしたか否か)について
(1) 前記1のとおり、原告らが主張する「表現活動の監視による情報収集等」は不特定といわざるを得ないが、原告らの損害賠償請求との関係では、本件各文書記載の情報を収集して、これを本件各文書にみられるような形式で取りまとめるなどして保有したという過去の行為を違法と主張すると善解できる限度では、その請求の適否の判断が可能であるので、まず、この点と密接に関連する本件各文書の真の原本の存在及び成立につき判断する。
 証拠(甲A1の1及び2の存在自体、3、4、5の3、12、17)及び弁論の全趣旨によれば、日本共産党が本件各文書を自衛隊関係者から内部文書として入手したと説明していること、本件各文書は真の原本をコピー機で複製したものであること(本件各文書の右下に付されている頁番号は日本共産党が便宜上付し、黒塗り箇所は日本共産党がした。)、本件各文書には、自衛隊の射撃音に対する苦情等に関する電話や自衛隊のイラク派遣に反対する要請書を手交したいとの電話が自衛隊関係部署等に対してされたこと等の専ら自衛隊しか知り得ない内容も記載されていること、当時の防衛大臣が、国会において、「(本件各文書が)自衛隊の文書かどうか、その点をはっきりしてください。」等と質問されたのに対し、「防衛省が外部に対して出した文書ならば、防衛省として責任を持ってチェックをするが、内部でやり取りした文書について、外部の人から、おれはこっそり手に入れたけれども、これが正しいかどうか調べろと言われても、それは、保存義務のない文書についてやらなきゃならないということにはならない。」、「うちの資料ではないので、全部が本物かどうかについてはつまびらかにすることはできません。ただ、自衛隊の関係者から入手したというような共産党の報告については、全く根も葉もないということじゃないと思っております。」等と答弁し、本件各文書に関し、自衛隊内部文書の漏えい自体は否定していないことの各事実が認められる。
 これらの各事実に加え、前記第2の1(1)のとおり、本件文書1の形式は防衛省における文書の形式に関する訓令所定の文書の形式に合致しており、また、本件各文書の作成者として東北方面情報保全隊長ないし情報保全隊が表示されていること等を考え併せれば、本件各文書につき、真の原本が存在し、かつ、これらが情報保全隊によって作成されたことが認められる。
(2) そして、本件各文書等(甲A1の1及び2、B1の3、5の2の1及び2)に加え、後掲の証拠及び弁論の全趣旨を併せれば、情報保全隊は、別紙活動等一覧表「年月日」欄記載の年月日において行われた同表「参加した活動等」欄記載の活動等の状況等に関する情報のほか、以下のような個人に関する情報を収集及び保有したことが認められる。
 なお、本件各文書には「P」という呼称が記載されているところ(甲A1の1及び2)、本件各文書においては、日本共産党のノボリを掲げて署名活動等をした団体の名称等及び勢力を記載する欄に「P」と記載され(甲A1の1)、また、革新政党として記載されている「P」の党機関誌が「しんぶん赤旗」である旨記載されていること(甲A1の2)からすると、本件各文書における「P」は日本共産党を示すものであることが認められる。
ア 原告X1(B6の1ないし3、6、原告X1本人)
 原告X1が、平成14年12月19日、その他1名と連名で、a市議会において「イラクへの武力攻撃に反対する意見書」と題する議案を提出し、また、原告X1が「P」すなわち日本共産党に所属する市議会議員であるという情報
 なお、本件各文書には、原告X1の氏名は明記されていないが、本件文書1には前記意見書の提出者として「P及びS市議の連名」と記載されているところ(甲A1の1)、日本共産党所属のa市議会議員である原告X1は前記意見書の提出者の1人であったこと(甲B6の1及び2、原告X1本人)からすると、本件文書1に記載されている上記「P市議」は原告X1を指称するものと推認することができる。
イ 原告X2(甲B10、101)
 原告X2が、平成16年1月11日、b県c市内の成人式会場前において、新成人等に対し、「P」すなわち日本共産党の宣伝活動を実施し、また、前年も同じような取組みを実施しており、加えて、原告X2が「P」すなわち日本共産党に所属するc市議会議員であるという情報
 なお、本件各文書には原告X2の氏名は明記されていないが、本件文書1には、「P」すなわち日本共産党に所属する2名のc市議会議員等(2名のc市議会議員のうち1名は男性であるが、これらc市議会議員の氏名は黒塗り)が平成16年1月11日にc市内の成人式会場前において新成人等に対し「P」すなわち日本共産党の宣伝活動を実施した旨記載されているところ(甲A1の1。なお、本件文書1には、上記活動の実施日として、同月1日あるいは同月16日との記載があるが、上記活動が成人式会場において実施されたこと等に鑑みると、これら実施日の記載は、同月11日の誤記であると認められる。)、c市議会議員である男性及び原告X2等は同日同所において新成人等に対し同様の宣伝活動をしていたこと(甲B10、101)からすると、本件文書1の真の原本のうち上記c市議として黒塗りにされている箇所には、原告X2の氏名が記載されているものと推認することができる。
ウ 原告X3(甲B5、原告X3本人)
 原告X3が、「X3’」という呼称を用いて、その他1名とともに、平成15年12月15日、d県e郡f町内のg生協h店敷地内において、会場入口付近に「X3’ イラクに自衛隊を行かせないライブ」と手書きした看板を掲示し、ギターを弾いて「イラクに自衛隊を行かせないライブ」と題するライブ活動及び署名活動を実施し、「今後もこのライブを続け、市民にイラク派遣反対を訴えていく。」旨の話をし、また、原告X3の本名が「X3」であり、その職業がi職員であるという情報
エ 原告X4(甲B1、原告X4本人。書証は枝番を含む。)
 原告X4が、「新日本婦人の会j支部」のメンバーとして、平成16年1月11日、k県l郡m町内の成人式会場において、憲法前文及び9条が記載されたビラを配布し、「今、自衛隊がイラクに憲法違反の海外派兵をしています。成人した人は憲法をよく読んで勉強する必要があります。」などと発言し、また、原告X4が「P」すなわち日本共産党に所属する町議会議員であるという情報
 なお、原告X4は、平成16年1月11日以前より、情報保全隊によってビラ配布等の活動を継続的に監視されていたなどと主張し、これに沿う供述をする(原告X4本人)が、これを裏付けるに足りる客観的証拠はないといわざるを得ない。
オ 原告X5(以下「原告X5」という。甲B87)
 原告X5が、平成16年1月12日、n市内の成人式会場前において、成人式参加者等に対し、当時の政府を批判し、自衛隊のイラク派遣に反対する街宣活動を実施し、また、同人が「P」すなわち日本共産党に所属するo県議会議員であるという情報
 なお、本件各文書には、原告X5の氏名は明記されていないが、本件文書1には「P」すなわち日本共産党に所属する県議会議員その他3名(氏名は黒塗り)等が平成16年1月12日にn市内の成人式会場前において自衛隊のイラク派遣に反対する街宣活動を実施した旨記載されているところ(なお、上記活動の参加者のうち、県議会議員の肩書が付されているのは1名のみ。甲A1の1)、日本共産党所属のo県議会議員である原告X5は同日同所において同様の活動をしていたこと(甲B87)からすると、本件文書1の真の原本のうち上記県議会議員として黒塗りにされている箇所には、原告X5の氏名が記載されているものと推認することができる。
3 争点B(情報保全隊の「表現活動の監視による情報収集等」は適法か否か)について
(1) 一般に、行政機関は、個人情報(生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるものをいう。行政機関保有個人情報保護法2条2項参照。以下同じ。)を保有するに当たっては、法令の定める所掌事務を遂行するため必要な場合に限り、かつ、その利用の目的をできる限り特定し、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えてはならず、利用目的を変更する場合には変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えてはならないとの義務を負っているほか(同法3条)、行政機関が本人から直接書面等に記録された当該本人の個人情報を取得するときは、生命身体等の保護のため緊急に必要があるとき等所定の場合を除き、あらかじめ本人に対し、その利用目的を明示しなければならず(同法4条)、また、何人も、自己を本人とする個人情報につき、行政機関により適法に取得されたものでないとき、行政機関により同法3条2項に違反して保有されたとき等所定の場合には、当該個人情報の利用の停止又は消去を請求することができるとされている(同法36条)。
 こうした点を考慮すれば、遅くとも行政機関保有個人情報保護法が制定された平成15年5月30日までには、自己の個人情報を正当な目的や必要性によらず収集あるいは保有されないという意味での自己の個人情報をコントロールする権利は、法的に保護に値する利益として確立し、これが行政機関によって違法に侵害された場合には、国(被告)は、そのことにより個人に生じた損害を賠償すべきに至ったと解される。
(2) これを本件についてみるに、情報保全隊は、本件各文書記載のとおり、別紙活動等一覧表「参加した活動等」欄記載の活動等の状況等に関する情報を収集して保有したところ、前記2(2)のとおり、原告X1、原告X2、原告X3、原告X4及び原告X5については、情報保全隊は、これら各原告がした活動等の状況等にとどまらず、これら各原告の氏名、職業に加え、所属政党等の思想信条に直結する個人情報を収集しているのであって、すると、これら各原告は、情報保全隊により、前記(1)にみた自己の個人情報をコントールという法的保護に値する利益、すなわち、人格権(原告らは、本件において情報保全隊によって侵害されたとする権利利益について、種々の構成を試みるが、本件各文書の内容等に照らすと、このような法的保護に値する利益として構成するのが相当である。)を侵害されたということができる。
 しかし、その余の原告らについては、一部はそもそも活動等に参加したことの主張立証を欠き、別紙活動等一覧表「原告」欄記載の原告ら(原告X1、原告X2、原告X3、原告X4及び原告X5を除く。)も、少なくとも同表「参加した活動等」欄記載の活動等には参加したものの、本件各文書にはこれら原告らの個人情報について何ら記載がないから、情報保全隊がこれら原告らの個人情報を収集して保有したと認めるには足りず、結局、その余の原告らが前記(1)のような人格権を侵害されたということはできない。
(3) そこで、原告X1、原告X2、原告X3、原告X4及び原告X5について、進んで、情報保全隊が前記2(2)のような個人情報を収集して保有したことに関し、行政上の目的、必要性その他の適法性を基礎付ける具体的な事由(換言すれば、上記各原告がこれを甘受すべき根拠となる具体的な事由)が存在するか否かを判断するに、被告は、上記各原告に対する情報収集等について、目的、必要性その他の適法性を基礎付ける具体的な事由を何ら主張せず、ただ、情報保全隊の組織規範及び一般的な情報保全業務に関する主張をするに止まる。
 確かに、行政機関がする情報収集等につき一律に個々の法律上の明文規定が必要とまでは解されないが、組織規範は、情報収集等が可能な範囲を画するものにすぎず、積極的に情報収集等の目的、必要性等を基礎付けるものではないから、情報収集等の目的、必要性等に関して被告から何ら具体的な主張のない本件においては、原告らが適法性を否定する事情として種々主張する事実の存否等について判断するまでもなく、前記各原告につき情報保全隊がした情報収集等は、違法とみるほかない。
(4) そして、前記各原告につき情報保全隊が収集等した情報は、自らの思想信条に基づく政策等が実現されることを目的として前記各原告が公の場においてした活動等の状況に関する情報にとどまらず、本件各文書記載の前記各原告による活動等からは必ずしも明らかではない前記各原告の氏名、職業、所属政党に関する個人情報も含まれること、原告X1、原告X2、原告X4及び原告X5についての情報は、地方議会議員という公職及びこれと密接に関連する活動等に関するものであるのに対し、原告X3についての情報は、公職とはおよそ無関係な純粋な個人情報であること(甲B1、5、6の1ないし3、6、10、87、101、原告X1本人、原告X3本人、原告X4本人)その他本件に現れた諸般の事情に照らせば、被告が前記各原告につき賠償すべき精神的損害の額としては、原告X3につき10万円、原告X1、原告X2、原告X4及び原告X5につき各5万円をもって相当とする。
第4 結論
 よって、原告らの請求は、別紙認容目録「原告」欄記載の各原告において、国家賠償法1条1項に基づき、被告に対し、同目録「認容額」欄記載の金額及びこれに対する同目録「起算日」欄記載の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限りでこれらを認容することとし、主文のとおり判決する。

仙台地方裁判所第2民事部
 裁判長裁判官 畑一郎
 裁判官 近藤和久
 裁判官 雨宮隆介
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