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【事件名】切り餅の「切り込み」特許事件(2) 【年月日】平成24年3月22日 知財高裁 平成23年(ネ)第10002号 特許権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成21年(ワ)第7718号) (平成23年5月9日 中間判決の口頭弁論終結日) (平成23年9月7日 中間判決言渡日) (平成24年1月31日 終局判決の口頭弁論終結日) 判決 控訴人 越後製菓株式会社 訴訟代理人弁護士 高橋元弘 同 末吉亙 訴訟代理人弁理士 清武史郎 同 坂手英博 補佐人弁理士 中島淳 被控訴人 佐藤食品工業株式会社 訴訟代理人弁護士 宍戸充 同 矢嶋雅子 同 岩瀬ひとみ 同 紋谷崇俊 同 高木楓子 同 早川皓太郎 主文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、別紙物件目録1ないし5記載の各食品を製造し、譲渡し、輸出し、又は譲渡の申出をしてはならない。 3 被控訴人は、前項記載の各食品及びその半製品並びにこれらを製造する別紙製造装置目録記載の装置を廃棄せよ。 4 被控訴人は、控訴人に対し、8億0275万9264円及びうち2億1405万9524円に対する平成21年3月24日から、うち5億8869万9740円に対する平成23年11月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 控訴人のその余の請求(当審において変更された分を含む。)を棄却する。 6 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを3分し、その2を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。 7 この判決は、第2項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、別紙物件目録1ないし5記載の各食品を製造し、譲渡し、輸出し、又は譲渡の申出をしてはならない。 3 被控訴人は、前項記載の各食品及びその半製品並びにこれらを製造する別紙製造装置目録記載の装置を廃棄せよ。 4 被控訴人は、控訴人に対し、59億4000万円及びうち14億8500万円に対する平成21年3月24日から、うち44億5500万円に対する平成23年11月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 6 第2項ないし第4項につき仮執行宣言 第2 事案の概要及び当事者の主張等 1 事案の概要 控訴人(原審原告)を「原告」と、被控訴人(原審被告)を「被告」という。原判決及び当審の別紙中間判決(以下「中間判決」という。)において用いられた略語は、本判決においてもそのまま用いる。 (1) 原審の概要 原審の概要は、以下のとおりである。 原告は、別紙特許目録記載の特許権(本件特許権)を有する。被告は、別紙物件目録1ないし5記載の各食品(別紙物件目録2ないし5記載の食品は、鏡餅の形状をした容器の中に、同目録1記載の切餅と同一形状の切餅を収納している。以下、中間判決と同様に、同目録1記載の「切餅」のみを指す場合には、「被告製品」ないし「被告製品(切餅)」といい、同目録1ないし5記載の食品を併せて指す場合には「被告製品(別紙物件目録1ないし5)」という。被告製品(切餅)の形状は、別紙被告製品図面(斜視図)記載のとおりである。)を製造、販売及び輸出している。 原告は、被告が被告製品(別紙物件目録1ないし5)を製造、譲渡及び輸出する行為等が、本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、特許法100条1項、2項に基づき、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造、譲渡及び輸出する行為等の差止め、被告製品(別紙物件目録1ないし5)及びその半製品並びにこれらを製造する製造装置の廃棄を求めるとともに、本件特許権侵害の不法行為に基づく平成20年4月18日から平成21年3月11日までの間の損害賠償請求として14億8500万円の支払を求めた。これに対し、被告は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)は本件発明の技術的範囲に属さず、また、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであると主張して、これを争った。 原審は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)は、本件発明の構成要件Bを充足せず、本件発明の技術的範囲に属するものとは認められないとして、その余の争点について判断することなく、原告の請求をいずれも棄却した。これに対し、原告は、原判決の取消しを求めて、本件控訴を提起した。 (2) 当審の概要 当審の概要は、以下のとおりである。 当審における平成23年5月9日の口頭弁論期日において、原告は、控訴状、準備書面を陳述し、均等侵害に係る主張を追加するなどし、被告は、答弁書、準備書面を陳述し、原告の上記主張に対する反論をした。当裁判所は、双方当事者から、侵害論について他に主張、立証がない旨の確認をし、中間判決に至る可能性がある旨言及した上、口頭弁論を終結した。当裁判所は、平成23年9月7日、被告が製造、販売する被告製品(別紙物件目録1ないし5)は、原告が有する本件特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明の技術的範囲に属し、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないと判断し、損害賠償請求に係る損害額の算定及び差止請求の範囲等について、更に審理をする必要があると述べて、中間判決を言い渡した。 原告は、中間判決後である平成23年11月24日の弁論準備手続において、訴えの変更をし、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の請求額を59億4000万円(平成20年4月18日から平成23年10月31日までの間の損害)に変更した。 2 争いのない事実及び侵害の有無に関する当事者の主張 (1) 争いのない事実 中間判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2(中間判決3頁9行目ないし12行目)を引用する。 (2) 特許権侵害の有無についての当事者の主張 中間判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の3、4(中間判決3頁13行目ないし8頁26行目、ただし、中間判決3頁23行目の「原判決6頁9行目ないし38頁25行目」を「原判決6頁9行目ないし37頁12行目」に改める。)を引用する。 3 損害額についての当事者の主張 (1) 原告の主張 ア 被告製品の販売による損害額について 原告は、被告に対し、特許法102条2項又は3項に基づいて算定される損害額のうち、より高い額を、被告による本件特許権侵害の不法行為による損害賠償として請求する。 (ア) 特許法102条2項に基づいて算定される損害額 原告は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)と競合する切餅を業として製造、販売しているところ、株式会社日本経済新聞デジタルメディア(以下「日本経済新聞デジタルメディア」という。)作成の日経POSデータ等から算出される被告製品(別紙物件目録1ないし5)の年間売上高は、以下のとおりである(ただし、各年度は5月1日から翌年4月30日までを表す。また、「被告製品の売上高」欄の計算において100万円未満は四捨五入した。)。 【被告製品(別紙物件目録1)の売上高】
また、特許法102条2項所定の「利益」とは、売上高から侵害製品の製造、販売のために侵害者が追加的に要した費用のみを控除した限界利益と解すべきところ、被告の有価証券報告書の損益計算書に掲載された費用のうち控除することができるのは、売上原価(そのうち材料費、消耗品費、電力費、修繕費)、発送費、販売手数料、保管費に限られる。そうすると、被告における限界利益率は、以下のとおりであり、被告製品(別紙物件目録1ないし5)を製造、販売及び輸出した場合の利益率も30%を下回ることはない。
したがって、本件特許権の侵害行為によって被告が受けた利益の額は84億1110万円(280億3700円×30%=84億1110万円)であり、特許法102条2項によって推定される原告の損害額は、84億1110万円を下らない。 (イ) 特許法102条3項に基づいて算定される損害額 被告は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の販売開始から切餅の側周表面に切り込みを設けたことによる焼き上がりの良さを強調し、平成22年からは、切餅の側周表面に切り込みを入れたことの効果を徹底して宣伝するとともに、ほぼ全ての切餅を側周表面に切り込みを設けた商品に切り替えるなどしており、本件発明の特徴点を積極的に宣伝して、被告製品(別紙物件目録1ないし5)を販売している。 上記事情に照らすと、本件発明の実施料率は、売上高の4%とするのが相当である。 イ 弁護士費用等 被告による本件特許権侵害と相当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用相当額は、8億4111万円を下らない。 ウ まとめ 以上によれば、原告が、被告に対して請求し得る損害額は、前記ア及びイの合計額である92億5221万円を下らない。 よって、原告は、被告に対し、平成20年4月18日から平成23年10月31日までの本件特許権侵害の不法行為による損害賠償の一部請求として59億4000万円及びうち14億8500万円に対する不法行為の後の日である平成21年3月24日(訴状送達の日の翌日)から、うち44億5500万円に対する平成23年11月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 エ 算定金額に関する被告の主張に対して (ア) 売上高について 被告は、原告が日経POSデータから得たデータの収集先には、イトーヨーカ堂、西友等の大手スーパーが含まれておらず、かかるデータから被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上シェアを一般化することはできないと主張する。しかし、被告の上記主張は、失当である。すなわち、被告の切餅及び鏡餅の年間売上高が合計約120億円であるのに対し、被告のイトーヨーカ堂に対する売上高は年間約10億円であることからすれば、同社に対する売上高が売上シェア全体に与える影響は小さい。また、西友は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)を取り扱っていることからすれば、同社における売上データを加味しても、被告の切餅及び鏡餅の全売上に占める被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上高の割合は変わらない。さらに、日経POSデータにおいては、イオン、ユニー、ダイエー等の主要スーパーマーケットのほか、全国有力スーパーマーケット、生協、コンビニエンスストアー等を網羅しており、その信頼性は十分に高いものであって、被告の上記主張は失当である。 (イ) 被告製品(別紙物件目録1ないし5)の利益率 被告は、損益計算書記載の製品売上原価、販売費及び一般管理費を全て控除して利益率を算出すべきであると主張する。しかし、被告の主張は、以下のとおり失当である。特許法102条2項所定の「利益」の算定については、売上高から侵害製品の製造、販売のために侵害者が追加的に要した費用のみを控除すべきである。すなわち、@製造原価のうち労務費、減価償却費等、A販売費及び一般管理費のうち交際費、旅費、貸倒引当金繰入額、給料及び手当、賞与、役員報酬、賞与引当金繰入額、役員賞与引当金繰入額、役員退職慰労金引当金繰入額、退職給付費用、福利厚生費、地代家賃、租税公課、減価償却費、研究開発費、雑費等、B販売促進費、C広告宣伝費は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)を製造、販売するために被告が追加的に要した費用に当たらない。上記のとおり、製品製造原価のうち材料費、消耗品費、電力費、修繕費のみを控除し、更に発送費、販売手数料、保管費を控除して限界利益率を算出すると、約45〜50%となり、少なくとも限界利益率は30%を下らない。 また、被告は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)が主力製品であるから、全ての販売費及び一般管理費を控除できると主張する。しかし、被告においては、全売上高に対する包装米飯の売上高の割合が約50%であること、包装餅の売上高が年間約130億円であるのに対し、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上高は年間約80億円であることからすれば、被告の全ての販売費及び一般管理費を被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上高から控除することができるとの被告の主張は失当である。 (ウ) 寄与度について 以下のとおり、切餅の側周表面に切り込み部を設けたことにより、売上に大きな寄与をしている。すなわち、原告が平成15年に販売した側周表面に切り込み部を設けた切餅「ふっくら名人」は、消費者から切り込み部を設けたことによる機能性が高く評価され、平成17年度には原告の主力の包装餅「生一番」の側面に切り込みを入れたことにより、売上が増加した。他方、被告は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)販売開始以降、切餅の側周表面に切り込みを設けたことによる焼き上がりの良さを強調しており、平成22年度からは、ほぼ全ての切餅について、側周表面に切り込みを設けた商品に切り替えている。切り込みを設けた切餅は、市場に浸透しており、業界第3位のきむら食品も、平成18年に、ナショナルブランドである切餅「一切れパック」シリーズ全品をスリット入りに切り替えた。 以上のとおり、側周表面に切り込み部を設けた切餅は、消費者に高い評価を得ており、被告実施のアンケート結果によっても、被告製品(別紙物件目録1ないし5)と原告が製造販売する「越後生一番」は、消費者がブランドの著名性、味、安全性等においては差別化しておらず、側周表面に切り込み部を設けたことが売上を増加する重要な要因となっている。以上によれば、本件発明の被告製品(別紙物件目録1ないし5)の販売に寄与する度合いは極めて大きく、寄与度減額をするような事情はない。 (エ) 実施料率について 被告は、被告が保有する切餅に関する特許権を新潟県餅工業協同組合(以下「県餅工」という。)に無償で実施許諾していること、県餅工からきむら食品らに対する再実施許諾料が1000s当たり2000円ないし3000円であることから、これが餅業界の特許実施許諾料の標準であると主張する。 しかし、被告の上記主張は失当である。すなわち、県餅工は、中小企業等協同組合法に基づき設立された協同組合であって、組合員又は会員の相互扶助という目的の範囲内で活動を行うことができ、事業を行うに当たり特定の組合員の利益のみを目的として事業を行うことはできない。したがって、このような制約の中で、実施許諾された場合の料率を基礎として、本件特許権侵害についての実施料率を算定することは相当でない。また、餅業界として無償又は著しく低い実施料率で特許を許諾するとの慣行は存在しない。 なお、原告の元代表取締役(現取締役)Aは、中小企業等協同組合の目的に照らして反対する理由がないことから、被告が県餅工に無償で被告特許の通常実施権を許諾すること、県餅工が組合員に再実施許諾すること、きむら食品に対する再実施許諾料を減額することについて承認したにすぎず、県餅工から組合員に対する再実施許諾の実施料率を餅業界一般の実施料率の標準として承認したものではない。 オ 損害不発生の主張に対して 被告は、被告製品は載置底面及び平坦上面の十字の切り込み部と側周表面の切り込み部により相乗効果を発揮するものであり、本件発明の作用効果を生じず、本件特許権を実質的に侵害していないから、原告に損害は発生しないと主張する。 しかし、被告の上記主張は失当である。すなわち、本件発明の作用効果は、@加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制、A切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持)、B均一な焼き上がり、C食べ易く、美味しい焼き上がりであり、本件発明は、切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し、焼き上がり時に上側が持ち上がることにより、上記@ないしCの作用効果を生ずるものである。そして、被告製品も、切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し、焼き上がり時に上側が持ち上がることによって、上記@ないしCの作用効果を奏し、他方、被告製品の載置底面及び平坦上面の十字の切り込み部は上記作用効果に関係しない。 したがって、被告製品は載置底面及び平坦上面の十字の切り込み部と側周表面の切り込み部により相乗効果を発揮することから、原告に損害が発生しないとの被告の主張は、失当である。 カ 特許権侵害について被告に過失がないとの主張に対して 被告は、@特許庁による判定及び原審において、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属しないとされたこと、A本件特許に係る無効審判請求事件において、本件特許の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは、「載置底面又は平坦上面に切り込みを設けず、上側表面部の立直側面である側周表面に、切り込み部又は溝部を設け」ることを意味すると認定されていること、B本件特許の分割特許(特許第4636616号)に関する判定において、被告製品が上記特許に係る発明の技術的範囲に属しないとされたことなどを理由に、被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないと信ずるにつき相当な理由があったと主張する。 しかし、被告の上記主張は失当である。すなわち、特許庁の判定制度は、法的拘束力はなく、不服申立制度も存在しない上、本件特許について特許庁の判定がされた平成21年5月12日には既に本訴が係属していたこと、上記分割特許は本件特許とは異なることからすれば、上記各判定により過失の推定(特許法103条)を覆すことはできない。また、原審において、被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないと判断されたとしても、未だ訴訟が係属している以上、これをもって、被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないと信ずるにつき相当の理由があったとすることはできない。さらに、本件特許に係る無効審判請求事件の審決についても、被告自ら審決取消訴訟を提起し、当該審決は確定していないから、これをもって、被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないと信ずるにつき相当の理由があったとすることはできない。 以上のとおり、被告には、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造、販売による本件特許権侵害に関して過失がある。 (2) 被告の反論 ア 被告製品の販売による損害額について 被告製品(別紙物件目録1ないし5)の平成20年5月1日から平成23年10月31日までの売上高は、以下のとおり、162億1731万7021円(146億2620万2583円+15億9111万4438円=162億1731万7021円)である(ただし、各年度は5月1日から翌年4月30日までを表す。なお、上記売上高には、被告社員に対し社内販売した被告製品についての消費税相当分が含まれており、これを控除すると、被告製品の売上高は更に少なくなる。)。 【被告製品(別紙物件目録1)の売上高】
【被告製品(別紙物件目録2ないし5)の売上高】
イ 被告製品の利益率について 被告製品の売上高から控除すべき経費(変動費及び固定費)は、以下のとおり、合計154億9273万9320円である。すなわち、平成20年5月から平成23年10月までの間の被告の総売上高は、877億4385万5000円であるところ、この総売上高中、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上高が占める割合は、平成20年5月から平成23年4月までの間が各年度19%、同年5月から同年10月までの間が12%である。また、被告の全製品に係る売上原価、販売費及び一般管理費の合計は、平成20年5月から平成23年4月までの間が754億7882万4000円、同年5月から同年10月までの間が95億9802万3000円である。そうすると、被告製品(別紙物件目録1ないし5)に係る経費は、平成20年5月から平成23年4月までの間が143億4097万6560円(754億7882万4000円×19%=143億4097万6560円)であり、同年5月から同年10月までの間が11億5176万2760円(95億9802万3000円×12%=11億5176万2760円)であり、合計は154億9273万9320円である。 ウ まとめ 以上によれば、被告が、平成20年5月1日から平成23年10月31日までの間に、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の販売によって得た利益は、7億2457万7701円(162億1731万7021円−154億9273万9320円=7億2457万7701円)である。 エ 算定金額に関する原告の主張に対して (ア) 特許法102条2項に基づく主張に対して 原告は、被告の切餅及び鏡餅のそれぞれの総売上高と日経POSデータにおける被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上シェアなどから、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上高を算出すべきであると主張する。 しかし、上記原告の主張は失当である。すなわち、日経POSデータは、日本経済新聞デジタルメディアが指定した店舗・スーパーで扱われている商品の売上のみを集計したデータにすぎず、原告が取得したデータの収集先には、イトーヨーカ堂、西友等の大手スーパーは含まれていない。各店舗・スーパーマーケットで扱われている被告製品の種類及び種類ごとのシェアは区々であり、限られた店舗・スーパーマーケットにおける売上データから被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上シェアを一般化することはできない。 また、原告は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)が被告の主力製品であることを看過して、被告の売上高から販売費及び一般管理費のごくわずかな部分だけを控除して、被告の利益を算出しており、その主張は失当である。 さらに、被告製品と本件発明とは、@焼き上がりの美感が全く異なること、A消費者のアンケート結果によれば、被告と原告の製品は共にブランド力によって消費者に区別され、反復継続して購入されていること、B消費者は、被告製品のパッケージから、切餅の側面だけではなく、上下面にスリットが入っていることを理解することができ、側面のスリットに特に着目することはないことからすれば、被告製品(別紙物件目録1ないし5)は、本件発明の実施品と競合しない。そして、消費者のアンケート結果によれば、被告製品(別紙物件目録1ないし5)において、消費者の購買意欲をそそるのは、品質、ブランド、味覚などであり、販売利益にスリットの存在が寄与している割合はかなり低く、本件発明が被告製品(別紙物件目録1ないし5)の販売利益に何らかの寄与をしているとしても、その寄与度は1.6%程度である。 (イ) 特許法102条3項に基づく主張に対して 原告は、特許法102条3項に基づき、原告が本件特許について受けるべき特許実施料率としては売上高の4%が相当であると主張するが、失当である。 すなわち、被告は、被告特許について、原告も加入している県餅工に対し、無償で通常実施権の許諾をし、県餅工は、県下の同業者に対し、1000s当たり2000円ないし3000円という低廉な実施料で再許諾をしている。この再実施料は、売上高に対する割合にすると、0.258%〜0.387%であり、原告の元代表取締役(現取締役)Aも県餅工の理事会において、上記実施許諾を承認している。また、上記のとおり、餅の販売においてスリットの寄与度は低く、原告に対し本件発明の実施を求める者もいない。 上記事情に照らすと、本件発明の実施料率としては売上高の4%が相当であるとの原告の主張は失当であり、本件発明の実施料率は1000s当たり2000円ないし3000円とすべきである。 オ 損害不発生の主張 特許発明は、その発明の実質的価値に応じて保護されるべきであり、その発明の実質的価値とは異なる対象製品については、当該特許発明の構成要件を全て充足するとしても特許権侵害とはならない場合がある。 この点、本件発明は、サイドスリットによって、「膨化」の位置を特定し、同所において「膨化」させて、餅の上下を分離し、焼き上がりを最中のような形状や焼きはまぐりができあがりつつあるような形状とするものである。これに対し、被告製品は、上下面のスリットによって、水蒸気を外部に逃がし、餅全体の膨張をコントロールし、餅全体をふっくら膨張させようとするものであり、側面スリットはそのための補助にすぎない。また、被告製品は、餅全体が真ん中からふっくら焼けるようにすることのほか、バランスよく左右が一口サイズに分割することができること、食べ易い大きさに簡単に手で割れるようにすることを達成するためにも、上下面の十字スリットが必須の構成であり、上下面の十字スリットと側面スリットとが相互に関連して相乗効果を発揮している。 したがって、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造販売は、実質的に本件特許権を侵害するものではなく、原告に損害は発生していない。 カ 特許権侵害について被告に故意、過失がないとの主張 被告が、被告製品(別紙物件目録1ないし5)が本件特許の技術的範囲に属しないと信ずるについては、以下のとおり、相当の理由があった。すなわち、@被告は、平成20年7月ころ、原告から、被告製品は本件特許権を侵害するとの通知を受け、弁理士牛木護に鑑定を依頼したところ、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないとの鑑定意見を得た。A被告は、平成21年1月27日、特許庁に対し、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないとの判定を求め(判定2009−600006号)、同年5月12日、被告製品は、本件発明の構成要件Bを充足しないから、本件発明の技術的範囲に属しないとの判定を受けた。B原審において、本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」とは、切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず、「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するとして、被告製品は、本件発明の構成要件Bを充足しないから、本件発明の技術的範囲に属するとは認められないと判断された。C被告は、特許庁に対し、本件特許の無効審判(無効2009−800168号)を請求したところ、特許庁は、平成22年6月8日付けで、請求不成立の審判をしたが、その理由中において、本件特許の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは、「載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けず、上側表面部の立直側面である側周表面に、切り込み部又は溝部を設け」ることを意味するものと認定された。D原告は、特許庁に対し、被告製品が本件特許の分割特許(特許第4636616号)に係る発明の技術的範囲に属するとの判定を求めたが(判定2011−600009号)、平成23年7月6日、被告製品は、上記分割特許に係る発明の技術的範囲に属しないとの判定を受けた。 以上のとおり、被告が、被告製品(別紙物件目録1ないし5)が本件特許の技術的範囲に属しないと信ずるについては相当の理由があった。また、被告製品(別紙物件目録1ないし5)は、本件特許出願前に、被告が本件発明とは無関係に完成した、切餅の上下面及び側面にスリットを有するとの発明に基づき、独自の技術を積み重ねて開発したものであり、本件発明とは技術的思想が全く異なっており、過失の推定は及ばない。 したがって、被告には、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造・販売による本件特許権侵害に関して故意、過失がない。 4 中間判決後の被告の新たな防御方法の提出の可否について (1)被告の主張 被告の先使用権の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張及び乙45ないし乙150、乙151のうち本文1頁7行目「平成14年10月に」から6頁9行目末尾までは、以下のとおり、いずれも時機に後れた防御方法に当たらない。 すなわち、被告は、先使用の抗弁等についての主張を含む平成23年10月5日付け「被控訴人第3準備書面」を提出した。その後、被告は、原告の反論を予測して、反論の書面を待つことなく主張、立証の準備を行い、同年12月26日付け「被控訴人第4準備書面」を提出したが、このような補充・補強のための主張、立証は、時機に後れた防御方法に該当しない。また、権利濫用の抗弁及び自由技術の抗弁についても、その抗弁を構成する事実は、従前主張されていた事実であり、新たな事実の主張には該当しない。被告は、裁判所に指定された期間内で防御方法の提出を行っているのであるから、上記抗弁等の提出は時機に後れた防御方法に当たらない。 これに対し、原告は、原審及び当審において、裁判所から当事者双方に対し侵害論について他に主張、立証がないことが確認されていたと主張する。しかし、上記の確認がされた時点では、技術的範囲及び無効事由が審理の対象であったところ、それらの審理対象についての主張、立証が一段落したことが確認されたにすぎず、審理対象となっていない抗弁等についてまで、主張、立証をしないことが確認されたわけではない。また、被告は、本件発明の内容を知らないで、原告による本件特許の出願前に、被告製品に係る発明を完成し、その発明の実施である事業又は事業の準備をしていたとの主張に係る防御方法を提出しているものであって、本件餅と本件こんがりうまカットが同一のものであることは、上記主張を裏付ける間接事実の1つにすぎない。さらに、被告が「被控訴人第4準備書面」及びこれに関連する証拠を提出してから、原告が「第5準備書面」を提出するまでには、約1か月の期間が与えられていたこと、被告申出に係る検証は、弁論期日において直ちに実施可能なものであることからして、被告の上記抗弁の主張とこれに係る証拠の提出は時期に後れた防御方法に当たらない。 (2) 原告の反論 被告の先使用権の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張及び乙45ないし乙150、乙151のうち本文1頁7行目「平成14年10月に」から6頁9行目末尾までは、いずれも時機に後れた防御方法であり、民事訴訟法157条1項に基づき却下されるべきである。すなわち、 ア 被告の上記各抗弁は、いずれも本件餅(事実実験公正証書(乙1)において事実実験の対象とされた切餅)が平成14年10月16日から同月18日までの間に製造され、同月19日にイトーヨーカ堂に納品された本件こんがりうまカットと同一のものであるとの事実が認められることを前提とするものである。しかし、本件餅と本件こんがりうまカットが同一のものであるか否かの争点に関しては、原審において審理が尽くされ、また、当審においても、審理が尽くされていることの意思確認がされている。すなわち、原審においては、平成21年6月15日の第1回弁論準備手続以降、争点とされてきたものであり、6回にわたる弁論準備手続において、上記争点について主張及び証拠の整理を終え、平成22年3月25日に当該争点について証人尋問を行い、同年7月16日の第7回弁論準備手続において、裁判所が原告・被告双方に対し、他に侵害論についての主張、立証がないことを確認している。その上で、当審においても、第1回口頭弁論期日において、裁判所が原告・被告双方に対し、他に侵害論についての主張、立証がないことを確認した上で、弁論が終結され、中間判決がされた。 また、被告は、本訴提起前の平成16年6月1日ころ、被告訴訟代理人であった牛木護弁理士から、被告が平成14年10月に上下面だけでなく、側面にも切り込みを入れた切餅を販売していたことを証明する証拠を収集するよう促されている。被告が、原審において提出した合計36点の書証は、そのような入念な準備検討を踏まえたものである。 以上によれば、上記各抗弁及び追加して提出された証拠は、故意又は重大な過失により時機に後れて提出された防御方法に当たる。 イ 上記の追加して提出された証拠は、主要なものは陳述書等であり、これに関し、被告は、4名の証人尋問の申出をしている。その他の証拠は、被告社内で作成されたもの、ウィキペディアのウエブサイト、これまで一切公にされていない書類等であり、その検証が極めて困難なものである。かかる証拠が提出された場合には、原告による反論及び立証、これに対する被告の再反論及び立証等のため、訴訟の完結が遅延することは明らかである。 ウ 以上のとおり、被告による先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張、及びこれに関連する証拠の追加提出は、故意又は重大な過失により時機に後れて提出された防御方法であって、これにより訴訟の完結を遅延させるものであるから却下されるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 特許権侵害の有無について 被告製品(別紙物件目録1ないし5)が本件発明の構成要件を全て充足しその技術的範囲に属すること、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないことは、中間判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1及び2(中間判決9頁1行目ないし38頁24行目)のとおりであり、これを引用する。 2 損害額(被告の本件特許権侵害に対する過失の有無を含む)について (1) 被告製品の販売による損害額 ア 特許法102条2項に基づいて算定される損害額 (ア)売上高 乙155(被告管理本部副本部長兼経理部長であるBが被告の会計書類に基づいて作成した報告書)は、当該会計書類そのものは証拠として提出されていないものの、本件全証拠によるも、虚偽ないし不正確な記載がされたとうかがわせるような事情は存在しない(被告は、上記売上高には、被告社員に対し社内販売した被告製品についての消費税相当分が含まれており、これを控除すると、被告製品の売上高は更に少なくなると主張する。しかし、社内販売分の売上高から当該消費税分を控除すべきとする根拠及びその金額は、必ずしも明らかでないから、この点の被告の主張を採用することはできない。)。 したがって、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の平成20年5月1日から平成23年10月31日までの売上高は、合計162億1731万7021円(146億2620万2583円+15億9111万4438円)と認められる(なお、平成20年4月18日から同月30日までの間の被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上高については、原告から具体的な主張・立証がない。)。 この点、原告は、被告の切餅及び鏡餅のそれぞれの売上高総額及び日経POSデータにおける被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上シェアを基礎として、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の平成20年5月1日から平成23年10月31日までの売上高は、280億3700万円を下らないと主張する。しかし、原告の上記主張は失当である。すなわち、日経POSデータは、日本経済新聞デジタルメディアが全国の主要なチェーンストアを中心にデータを収集したものであって、被告の全ての販売先を網羅したデータではなく、そこに記載された売上シェアから推計した被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上金額をもって、前記乙155の記載内容の信憑性を覆すことはできないと解される。 【被告製品(別紙物件目録1)の売上高】
(ただし、各年度は5月1日から翌年4月30日までを表す。以下同じ) 【被告製品(別紙物件目録2ないし5)の売上高】
(イ) 利益率 被告の有価証券報告書の損益計算書(甲46〜48、乙160〜163)に掲載された費用のうち、売上原価(そのうち材料費、消耗品費、電力費、修繕費)、発送費、販売手数料、保管費は、被告が製品の製造、販売のために要した費用として控除すべきである。そうすると、被告が製品を製造、販売した場合の利益率(平成20年度ないし平成22年度)は、以下のとおりであり、少なくとも原告が主張する30%を下回ることはない。したがって、被告が被告製品(別紙物件目録1ないし5)を製造、販売及び輸出した場合の利益率についても、30%と認めるのが相当である。 これに対し、被告は、被告の有価証券報告書の損益計算書(甲46〜48、乙160〜163)に掲載された費用(変動費及び固定費)を全て売上高から控除すべき旨主張するが、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造、販売のために要した費用を特定することができず、上記主張は採用することができない。
(ウ) 寄与度 被告製品は、別紙被告製品図面(斜視図)のとおり、切り込み部13が対向二側面である側周表面12の長辺部に形成されており、本件発明と同様に、焼き上げるに際して切り込み部13の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身が挟まれた状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する構成を有する。 そして、被告は、被告製品について、@平成15年9月ころから「サトウの切り餅パリッとスリット」との名称で販売し、切餅の上下面及び側面に切り込みが入り、ふっくら焼けることを積極的に宣伝・広告において強調していること、A平成17年ころから、切り込みを入れた包装餅が消費者にも広く知られるようになり、売上増加の一因となるようになったこと、B平成22年度からは包装餅のほぼ全部を切り込み入りとしたことが認められ、これらを総合すると、切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し、切り込みによりうまく焼けることが、消費者が被告製品(別紙物件目録1ないし5)を選択することに結びつき、売上げの増加に相当程度寄与していると解される(甲4、21〜26、43、51、56の1〜22、甲60〜63、乙152、153、164〜167)。 上記のとおり被告製品(別紙物件目録1ないし5)における侵害部分の価値ないし重要度、顧客吸引力、消費者の選択購入の動機等を考慮すると、被告が被告製品(別紙物件目録1ないし5)の販売によって得た利益において、本件特許が寄与した割合は15%と認めるのが相当である。 (エ) 小括 特許法102条2項に基づいて算定される損害額は、以下のとおり、合計7億2977万9264円と認められる(平成20年5月1日から平成21年4月30日までの損害については、原審において損害算定期間とされていた平成21年3月11日までと、当審において損害算定期間が変更された同年3月12日以降を、日数により按分して算出した。)。 a 平成20年5月1日から平成21年3月11日までの損害 1億9459万9524円 (計算式) (●●●●●●+●●●●●●)×30%×15%×315/365=194,599,524(1円未満切り捨て) b 平成21年3月12日から平成23年10月31日までの損害 5億3517万9740円 (計算式) (a) 平成21年3月12日から平成21年4月30日までの損害 (●●●●●●+●●●●●●)×30%×15%×50/365=30,888,813(1円未満切り捨て)・・・@ (b) 平成21年5月1日から平成23年10月31日までの損害 (●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●+●●●●●●)×30%×15%=504,290,927(1円未満切り捨て)・・・A (C) @+A=535,179,740 c 合計 7億2977万9264円(1億9459万9524円+5億3517万9740円=7億2977万9264円) イ 特許法102条3項に基づいて算定される損害額 上記した本件発明の内容、被告製品(別紙物件目録1ないし5)に対する本件発明の寄与度等を考慮すると、本件発明の実施料率は、売上額の3%を超えないものと認められるから、特許法102条3項に基づいて算定される損害額は、同条2項に基づいて算定される損害額を超えることはない。 ウ 被告製品の販売による損害額のまとめ 上記検討したとおり、原告が被告製品(別紙物件目録1ないし5)の販売により受けた損害額は、特許法102条2項により、合計7億2977万9264円と認めるのが相当である。なお、平成20年4月18日から同月30日までの間の損害については、原告から被告製品(別紙物件目録1ないし5)の売上高について主張、立証がないことから、これを認めないこととした。 (2) 弁護士費用等 原告が、本件訴訟の提起及び追行を、原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件での逸失利益額、事案の難易度、審理の内容等本件の一切の事情を考慮し、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用としては、7298万円(平成20年5月1日から平成21年3月11日までの損害について1946万円、同月12日から平成23年10月31日までの損害について5352万円)と認めるのが相当である。 (3) 損害額のまとめ 以上から、被告は、原告に対し、8億0275万9264円(7億2977万9264円+7298万円=8億0275万9264円)について賠償する義務を負う。なお、遅延損害金の起算点は、平成20年5月1日から平成21年3月11日までの損害2億1405万9524円(逸失利益1億9459万9524円+弁護士費用等1946万円=2億1405万9524円)については、不法行為の後の日である平成21年3月24日(原審の訴状送達の日の翌日)とし、同月12日から平成23年10月31日までの損害5億8869万9740円(逸失利益5億3517万9740円+弁護士費用等5352万円=5億8869万9740円)については、不法行為の後の日である平成23年11月1日とした。 (4) 被告の損害不発生の主張について 被告は、本件発明は、サイドスリットによって、「膨化」の位置を特定し、同所において「膨化」させて、餅の上下を分離し、焼き上がりを最中のような形状や焼きはまぐりができあがりつつあるような形状とするものであるのに対し、被告製品は、上下面のスリットによって、水蒸気を外部に逃がし、餅全体の膨張をコントロールし、餅全体をふっくら膨張させようとするものであり、側面スリットはそのための補助にすぎず、上下面の十字スリットが必須の構成であるから、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造販売は、実質的に本件特許権を侵害するものではなく、原告に損害は発生していないと主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり採用の限りでない。すなわち、中間判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1(中間判決9頁5行目ないし24頁1行目)のとおり、方形の切餅は、通常は、最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが、そのような態様で載置しない場合もあり得ることを考慮すると、「立直側面である側周表面」の記載のみでは、必ずしも、一義的に全ての面を特定することができない(中間判決別紙「原告提出の参考図面」参照)。例えば、「立直側面である側周表面」に切り込み部又は溝部を設ける趣旨で製造等された餅であっても、当該面を載置底面ないし平坦上面にして載置すると、「立直側面である側周表面」に切り込み部ないし溝部が存在しない状態となる可能性を否定することができない。そのような点に鑑みると、本件発明の構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」との記載のうち「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は、載置状態との関係を示して、「側周表面」を、明確にする趣旨で付加された記載であると解するのが合理的であり、載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けることを排除する趣旨で付加された記載とはいえない。また、本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載によれば、本件発明の作用効果としては、@加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制、A切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持)、B均一な焼き上がり、C食べ易く、美味しい焼き上がり、が挙げられており、本件発明は、切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し、焼き上がり時に、上側が持ち上がることにより、上記@ないしCの作用効果が生ずるものと理解することができる。さらに、周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは、本件発明の上記作用効果が生ずるものと理解することができ、発明の詳細な説明欄において、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることを排除した記載はない。 以上を前提として、被告製品の形状をみると、別紙被告製品図面(斜視図)のとおり、上面17及び下面16に、切り込み部18が上面17及び下面16の長辺部及び短辺部の全長にわたって上面17及び下面16のそれぞれほぼ中央部に十字状に設けられ、かつ、上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の長辺部に、同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長辺部の全長にわたりほぼ平行に2つの切り込み部13が設けられていることが認められる。 そうすると、被告製品は、切り込み部13が対向二側面である側周表面12の長辺部に形成されており、焼き上げるに際して切り込み部13の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身が挟まれている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する構成となっているものと認められる。また、切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部が設けられていると、焼き上げるに際して、上記切り込み部において若干の膨化変形が生じるとしても、本件発明の構成要件Dの「焼板状部」に該当するものといえる。 以上のとおり、被告製品は、本件発明の構成要件を全て充足するのみならず、本件発明の作用効果も奏するものであり、実質的にみても本件特許権を侵害するものであり、原告に損害が発生しているものと認められるから(原告が本件特許を自ら実施していることは当事者間において争いがない。)、被告の上記主張は採用することができない。 (5) 特許権侵害について被告に故意、過失がないとの主張について 被告製品(別紙物件目録1ないし5)は本件発明の構成要件を全て充足し、本件発明の技術的範囲に属すること、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないことは、中間判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1及び2(中間判決9頁5行目ないし38頁24行目)のとおりである。以上によれば、被告は、本件特許権の侵害行為について過失があったものと推定される(特許法103条)。 これに対し、被告は、@特許庁による判定及び原審において、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないとされたこと、A本件特許に係る無効審判請求事件において、本件特許の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは、「載置底面又は平坦上面に切り込みを設けず、上側表面部の立直側面である側周表面に、切り込み部又は溝部を設け」ることを意味すると認定されていること、B本件特許の分割特許(特許第4636616号)に関する判定において、被告製品が上記特許に係る発明の技術的範囲に属しないとされたことなどを理由に、被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないと信ずるにつき相当な理由があったと主張する。 しかし、被告の上記主張は失当である。すなわち、特許庁の判定制度は、法的拘束力がなく、上記分割特許は本件特許とは異なることからすれば、上記各判定の結果に基づいて被告製品を製造販売した被告の行為について、過失がなかったとすることはできない。また、原審において、被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないと判断されたとしても、原審の判断をもって、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと信ずるにつき相当の理由があったとすることはできない。さらに、本件特許に係る審決についても、これをもって、被告製品が本件発明の技術的範囲に属しないと信ずるにつき相当の理由があったとする根拠にはならない。 したがって、被告には、被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造・販売による本件特許権侵害に関して、少なくとも過失が認められる。 3 中間判決後の被告の新たな防御方法の提出の可否について 当裁判所は、被告が中間判決後においてした、先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張、及び乙45ないし150の提出、証人尋問の申出(証人C、同D、同E、同F)、検証の申出(検乙1〜11、13)については、いずれも、被告の重大な過失によって時機に後れて提出された防御方法に該当し、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると判断する。 その理由は、以下のとおりである。 (1) 特許権侵害訴訟における審理について 民事訴訟法は、迅速かつ公正な手続を実現するため、攻撃防御方法について適時提出主義を採用し、当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御方法について、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で却下の決定をすることができる旨規定する(民事訴訟法156条、157条1項、301条参照)。民事訴訟法の下での攻撃防御方法の提出の有無及び提出時期等を含む一切の訴訟活動は、当事者の責任とリスクの下で行われる。当事者は、提出の義務を負うものではないが、提出する以上は、迅速かつ公平に手続を進行する義務を負担するものであって、この意味での適時提出義務に反した場合には、時機に後れた攻撃防御方法として却下される。とりわけ、特許権侵害訴訟のようなビジネス関連訴訟では、訴訟による迅速な紛争解決が求められることから、上記適時提出義務の遵守が強く要請される。 上記観点から、被告提出に係る上記防御方法の許否に関して検討するに、当裁判所は、原審における審理内容、控訴審(中間判決前)における審理内容、及び控訴審(中間判決後)の審理内容に照らすならば、これらを採用することは、迅速、公平の要請の観点から、妥当を欠くものと判断する。 以下、詳細に記載する。 (2) 訴訟手続の経緯 ア 原審の経緯等 (ア) 原告は、平成20年7月8日、被告に対し、内容証明郵便により、被告の製品は、切餅の側面に横方向に切り込みを入れる構成等を採用している点において本件特許権を侵害する旨指摘した通知書(警告書)を発した(乙44)。 次いで、原告は、平成21年3月11日に本訴を提起し、同月23日に被告に対し訴状が送達された。被告は、平成21年4月9日付けで島田康男弁護士(以下「島田弁護士」という。)、牛木護弁理士、吉田正義弁理士(以下、3名を併せて「島田弁護士ら」という。)を訴訟代理人に選任した。 (イ) 原審においては、平成21年4月21日に第1回口頭弁論が行われ、争点整理のため弁論準備手続に付され、同年6月15日から平成22年3月25日までの間、合計6回にわたり弁論準備手続が実施された。 平成21年6月15日の第1回弁論準備手続において、被告は、本件特許出願前に日本国内において、切餅の載置底面及び平坦上面に十字の切り込みがあり、側周表面の長辺に、立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長辺側面の略中央部に長辺側面の上辺(下辺)に略平行に長辺側面の周方向の長さを有する一の切り込みがある「こんがりうまカット」を製造販売しており、本件特許には、新規性ないし進歩性を欠如する無効事由があると主張した。被告は、上記主張を裏付ける証拠として、平成21年8月26日の第2回弁論準備手続において、乙1(事実実験公正証書)のほか、乙2ないし22の2を提出した。 これに対し、原告は、平成21年10月13日の第3回弁論準備手続において、被告の上記主張は、新聞報道の内容と齟齬すること、被告の被告特許@及びAに係る特許出願行為と矛盾すること、パッケージと中身に齟齬が生じること、乙20の図面に係るサイドスリットカッターでは、本件餅を製造することはできないことを指摘して、被告が平成14年に販売した「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなかった旨の反論をした。 また、原告及び被告は、上記争点及び本件特許の構成要件B及びDの解釈等について、主張、立証を提出し、平成22年3月25日の第6回弁論準備手続において、争点整理は終了した。 (ウ) 原審は、平成22年5月13日の第2回口頭弁論において、証人G及び証人Hの証人尋問を行い、再び弁論準備手続に付された。平成22年7月16日の第7回弁論準備手続では、当事者双方が上記証人尋問を踏まえた準備書面及び書証を提出した。原審裁判所は、侵害論について、他に主張、立証がない旨の確認をし、その旨の陳述をさせた上、弁論準備手続を終結した。原審裁判所は、平成22年9月16日の第3回口頭弁論において口頭弁論を終結し、同年11月30日に原判決の言渡しをした。 イ 当審の経緯等 (ア) 中間判決までの経緯 平成22年12月13日、原告から本件控訴提起がされ、当裁判所は、平成23年3月14日に第1回口頭弁論を指定した。当裁判所は、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で当事者らの傍聴に支障が生じる旨(訴訟代理人の出頭の支障ではない。)の期日延期の要請がされたため、当事者の意向を尊重して、第1回口頭弁論を同年5月9日に変更した。 平成23年5月9日の第1回口頭弁論において、原告は、控訴状、控訴理由書、第1準備書面(平成23年3月11日付け)、第2準備書面(平成23年4月21日付け)を陳述し、甲38の1ないし39の2を提出した。これに対し、被告は、答弁書、第1準備書面(平成23年3月14日付け)、第2準備書面(平成23年5月9日付け)を陳述した。当裁判所は、当事者双方に対して、侵害論について他に主張、立証はないことを確認し、その旨陳述させ、中間判決に至る可能性がある旨明言した上で口頭弁論を終結した。 当裁判所は、平成23年9月7日、被告製品(別紙物件目録1ないし5)は本件発明の技術的範囲に属するものであり、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないと判断し、損害賠償請求に係る損害額の算定及び差止請求の範囲等について、更に審理をする必要があるとして、「被控訴人が製造、販売する別紙物件目録1ないし5記載の各食品は、控訴人が有する別紙特許目録記載の特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明の技術的範囲に属する。同特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。」との中間判決をした。 (イ) 第1 回弁論準備手続期日(平成23年10月5日)前後の経緯 a 概要 当裁判所は、中間判決後の平成23年9月16日、口頭弁論の再開を命じ、本件を受命裁判官2名による弁論準備手続に付した(なお、弁論準備手続は、以下のとおりの経緯から、同年10月5日、10月21日及び11月24日の3回のみ開催して、終了した。)。 当裁判所(受命裁判官ら、以下同じ。)は、@弁論準備手続を設けた趣旨について、損害額の主張及び反論を整理することのみならず、和解的紛争解決の試みをすることを伝え、A迅速な手続進行を図るため、損害額についての主張、立証を早期に完了するよう指示をし、B弁論準備期日を、概ね2週間程度の間隔で指定し、期日間(各弁論準備期日の1週間ほど後)に、当事者双方に対し和解条件を聴取する方針を伝え、C自己方の和解条件の提示及び相手方の和解条件を検討するための態勢を整えるよう要請した。 b 損害額の主張及び反論について 原告は、平成23年10月4日、甲40ないし43(酒類食品統計月報、社団法人発明協会研究センター発行の「実施料率」(第5版)、食品新聞記事)を提出し、また、損害賠償請求金額を14億8500万円から59億4000万円に変更する予定である旨の「訴え変更の申立書(参考資料)」と題する書面を裁判所と被告に送付した。なお、原告が、請求拡張の確定的な意思を有しているにもかかわらず、「参考資料」と表記して、同書面を送付した理由は、被告に対して迅速に反論の準備をさせ、判決時期を遅延させないこと、和解的紛争解決に支障を来さないよう配慮したこと、印紙代等の出費を抑制することからであったと合理的に推測される。 これに対し、被告は、平成23年10月5日付けで、@被告には被告製品の製造・販売に関して故意、過失がなく民法709条に基づく損害賠償請求権は発生しない、A被告製品の製造・販売について先使用権を有する、B被告製品においては本件発明の効果が発生しない、との趣旨を記載した「被控訴人第3準備書面」及び乙35(平成23年7月6日付け特許庁の判定書)を提出した。 平成23年10月5日の第1回弁論準備手続において、原告及び被告提出の上記準備書面等の陳述及び書証の提出を留保した。当裁判所は、当事者らに対し、損害額(「訴え変更の申立書[参考資料]」を含む。)について主張・立証及び認否・反論を尽くすよう指示した。 c 和解的紛争解決について 被告代理人は、被告製品における切餅の側面横方向に入れた切り込みは利点がないことなどを理由に挙げて、被告製品の製造を即刻中止する旨を示唆し、その代わりに、ごく低額の和解金額を支払うことにより解決する旨回答した。当裁判所は、次回弁論準備期日までの間(1週間後)に、双方代理人から、双方が検討した和解条件を聴取することとして、被告に対して、一層の譲歩案を提示するよう促した。 (ウ) 第2回弁論準備手続期日(平成23年10月21日)前後の経緯 a 損害額の主張及び反論について 被告からは、原告の損害額についての主張に対する認否反論の準備書面は提出されなかった。 b 和解的紛争解決について 当裁判所は、原告被告双方の代表取締役に出頭を求め、和解条件について、意見聴取等を行った。 原告は、書面による和解案を提示した。これに加え、原告は、@中間判決が示された以上、被告は、中間判決の判断内容を尊重して、すみやかに被告製品の出荷を停止すべきであること、Aそれにもかかわらず、被告は、出荷を停止することなく、例年と比較して低価格で、小売店に販売していることから、原告に対して、更なる損害が発生していること、B餅の販売は、年末に集中するので、それまでに、紛争を解決するよう望むこと、Cそして、短期に商品の出荷を停止することの代わりに、和解金額を減額する被告の提案に対しては、同意できないこと等の意見を記載した書面を当裁判所に交付した。 c 次回期日の指定 弁論準備期日について、当初の進行計画では、2週間後の平成23年11月第1週ころとする予定であったが、島田弁護士が、事務所移転により、対応できない事情がある旨述べたため、やむを得ず、同年11月24日に指定せざるを得なかった。その後、裁判所から被告代理人への電話による意見聴取においても、ごく低額の和解金額を支払うことにより解決する旨回答し、進展はなかった。 (エ) 第3回弁論準備手続期日(平成23年11月24日)前後の経緯 a 概要 平成23年11月9日、島田弁護士から事務所引越作業の過程で発症した傷害(●●●●)により入院したため、上記弁論準備手続期日を平成23年11月24日から翌年の平成24年1月に変更するよう求める期日変更申請がなされた。これに対し、原告は、翌日である平成23年11月10日付け「期日の変更に関する意見」と題する書面を提出し、@被告製品は、年末年始にかけて売上のピークを迎える製品であり、早期解決が望まれること、A中間判決後、2回の弁論準備手続を経て、被告が損害論に関する主張、和解に関する検討を十分に行える期間が経過していること、B原審においても、島田弁護士が病気療養のため入院したが、その際には、訴訟復代理人を選任して対応を図ったなどの理由を挙げて、次回弁論準備手続を平成23年12月中に行うことを強く求めるとの意見を述べた。 当裁判所は、上記原告の意見内容を踏まえた上で、損害額に係る争点整理を早期に終了する必要性が高いこと、被告は、原審において島田弁護士に訴訟復代理人を選任したことなどを総合考慮して、期日を変更せずに進行することとした。 b 和解的紛争解決について 当裁判所は、島田弁護士が入院中も、引き続き、同弁護士から、電話により、和解的紛争解決に関する被告の和解条件についての確認をした。島田弁護士は、被告と県餅工との間の通常実施権許諾契約書等におけるライセンス料に拠るべきであると主張して、低額の和解金額しか提示できない旨の回答をした。 当裁判所は、原告、被告間の和解条件の開きが大きいこと、被告(島田弁護士)との連絡に困難が伴うこと、紛争解決が遅延することによる原告に与える不利益等が著しいこと等の事情を考慮して、和解的紛争解決の試みを打ち切る旨伝えた。 c 損害額の主張・立証及び認否・反論について 当裁判所は、上記のとおり、和解的紛争解決の試みを打ち切ることとし、当事者らに対して、損害額の主張・立証及び認否・反論を可能な限り迅速に提出するよう促した。 そして、当裁判所は、平成23年11月10日、原告に対し、同月17日までに損害額を確定するよう指示をした。これを受けて、原告は、平成23年11月16日、既に提出されていた上記「訴え変更の申立書(参考資料)」と同一内容の訴え変更の申立書を正式に提出した。他方、被告(島田弁護士)は、平成23年11月14日付けで乙36ないし44(被告と県餅工との間の通常実施権許諾契約書、県餅工理事会議事録等)を提出した。 その後、被告は、平成23年11月18日、新たに矢嶋雅子弁護士(以下「矢嶋弁護士」という。)外5名を訴訟代理人に選任した。そして、平成23年11月24日の第3回弁論準備手続には、被告側訴訟代理人として、矢嶋弁護士外1 名が出頭した。矢嶋弁護士は、事実関係の調査が未了であるとして、弁論準備手続の続行を求めた。 しかし、当裁判所は、中間判決後、損害額に関する認否、反論を尽くす十分な準備期間が与えられていたことから、弁論準備手続を続行せず、終了することとした。そして、当裁判所は、最終の口頭弁論期日として島田弁護士から要請を受けた平成24年1月中である同月31日を指定し、同日に口頭弁論を終結する旨を伝えた。また、和解的紛争解決については、訴訟手続を遅延させることになるため、当事者の希望があれば、口頭弁論終結後ではなく、判決言渡しの後に、実施することがある旨を伝えた(なお、この点については、その後、口頭弁論終結後にも、和解期日を3期日実施したが、合意には至らなかった。)。当裁判所は、損害額の審理を充実させ、促進するため、被告に対しては、原告の損害額の主張、立証に対する認否・反論の機会を与え、原告に対しては、被告の損害額の認否・反論に対する原告の再反論の機会を与える目的で、最終弁論期日までの間に、念のため、進行の協議(平成23年12月22日及び平成24年1 月23日)を行うこととした。 そして、当裁判所は、原告の訴え変更申立書を陳述させるとともに、島田弁護士ら作成に係る「被控訴人第3準備書面」を陳述させ、甲40ないし43、乙35ないし44を提出させて、弁論準備手続を終結した。 (オ) 第3回口頭弁論期日(平成24年1月31日)前後の経緯 a 被告訴訟代理人の変更 ところが、被告は、平成23年12月19日付けで島田弁護士を突如解任した(その他の従前の被告訴訟代理人弁理士はすべて辞任した。)。 b 進行協議の内容 上記のとおり、口頭弁論期日に先立ち、進行協議の機会を設けた目的は、損害額の認否、反論が十分にされていないため、これを充実し、すみやかな進行を図るためであった。しかし、以下のとおり、進行協議の内容は、上記の目的を逸脱したものであった。 (a) 平成23年12月22日の進行協議 原告は、平成23年12月15日付け「第3準備書面」において、上記訴えの変更申立書の補足主張をした。 被告は事実関係を再調査中であり、同月26日までに追加の主張、立証資料を提出する旨述べた。 (b) 平成24年1月23日の進行協議 被告は、平成23年12月26日付けで「被控訴人第4準備書面」を提出し、新たに乙45ないし178の提出、証人尋問の申出(被告開発部開発課課長C、同D、被告生産本部副本部長兼開発部長執行役員E、たいまつ食品株式会社代表取締役社長F)及び検証の申出(検乙1〜13)をした。このうち「被控訴人第4準備書面」は、先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁及び損害論(故意、過失の不存在、損害の不発生、原告主張の損害額に対する反論)に関する主張を含んでいる。また、上記書証は、被告の研究開発関係の書証(乙45ないし87)、被告の生産設備関係の書証(乙88ないし111)、被告の生産・販売関係の書証(乙112ないし122)、被告の営業関係の書証(乙123ないし130)、被告の特許関係の書証(乙131ないし150)、損害等に関する書証(乙151ないし178)を含んでいる。乙45ないし150は、主として本件餅と本件こんがりうまカットとの同一性に関する証拠である。さらに、被告は、平成24年1月20日付け「被控訴人第5準備書面」を提出したが、同準備書面は、先使用の抗弁に関する主張の補足をしたものである。 これに対し、原告は、平成23年12月26日付け「第4準備書面」において、「被控訴人第3準備書面」に対する反論をし、平成24年1月24日付け「第5準備書面」において、被告の先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁、及び乙45ないし150、151のうち1頁7行目(「平成14年10月に」で始まる箇所)から6頁9行目末尾までは、いずれも時機に後れた防御方法であり、民事訴訟法157条1項に基づき却下されるべきであるとの申出をするとともに、「被控訴人第4準備書面」、「被控訴人第5準備書面」に対する反論を行った。これに対し、被告は、平成24年1月27日付け「被控訴人第6準備書面」において、上記抗弁及び証拠を時機に後れた防御方法として却下することを求める趣旨の上記申出に対する反論、控訴人の「第5準備書面」に対する反論をした。 c 第3回弁論期日(平成24年1月31日) 当裁判所は、平成24年1月31日の弁論において、被告の上記準備書面のうち、先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る部分については、被告に陳述をさせず、また、乙45ないし150、証人尋問及び検証の申出についてはいずれも却下し、これに対応する原告の準備書面の該当部分を陳述させず、甲49ないし53をいずれも却下した。その上で、当裁判所は、弁論を終結し、同年3月22日を判決言渡期日として指定した。なお、念のため、上記のとおり、新たな被告訴訟代理人の関与の下で、口頭弁論終結後にも和解期日を指定し、和解的紛争解決を試みたが、和解的紛争解決には至らなかった。 (3) 時機に後れた防御方法の提出に関する判断 上記の審理経緯に照らして、以下のとおり判断する。 ア 「時機に後れたこと」、「故意又は重大な過失」について 上記認定事実によれば、@本件においては、原審における第1回弁論準備手続において、被告が、本件発明の新規性ないし進歩性に関して、本件特許出願前に側面に切り込みが入った切餅を製造、販売していた旨主張し、原告が上記事実の存在を強く否認したため、この点が主要な争点となっていたこと、A原審では、同争点について、約9か月にわたり、6回の弁論準備手続を行い、当事者の主張、証拠の整理を行った上、口頭弁論において、G証人及びH証人の証人尋問を行ったこと、Bその後、再度、弁論準備手続に付され、当事者双方が証人尋問を踏まえた準備書面を提出した上、侵害論については、他に主張、立証がない旨陳述していること、C被告は、本訴係属後、本件特許の無効審判を請求したが、無効不成立審決がされ、ついで、審決取消訴訟を提起したが、被告は、上記無効審判請求及び審決取消訴訟においても、本件発明の新規性ないし進歩性に関して、本件特許出願前に側面に切り込みが入った切餅を製造、販売していたことを主張し、これに対し、原告は被告主張事実の存在を強く否認したため、この点が争点となっていたこと(当裁判所に顕著な事実)、D当審における第1回口頭弁論において、当事者双方は、主張、立証を補充し、侵害論について他に主張、立証はない旨陳述したため、当裁判所は、中間判決に至る可能性がある旨明言した上、口頭弁論を終結したこと、E当裁判所は、被告製品(別紙物件目録1ないし5)は、本件発明の構成要件をすべて充足し、本件発明の技術的範囲に属するものであり、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないと判断し、損害賠償請求に係る損害額の算定及び差止請求の範囲等について、更に審理をする必要があるため、中間判決をしたことが認められる。 以上によれば、@被告が本件特許出願前に側面に切り込みが入った切餅を製造、販売していたか否かは、原審の第1回弁論準備手続において被告が上記主張をした後、本訴のみならず、無効審判請求及び審決取消訴訟においても、原告及び被告間において主要な争点となっていたこと、A被告において、当審の第1回口頭弁論に至るまで、充分にこの点について主張、立証及びその補充をする機会を有しており、被告は、原審の第7回弁論準備手続及び当審の第1回口頭弁論において、侵害論について他に主張、立証はない旨陳述していたこと、B被告は、本件特許出願前に被告が側面に切り込みが入った切餅を製造、販売していた事実を排斥した中間判決を受けた後、当審における弁論準備期日が終結され、最終口頭弁論期日が指定された後に、島田弁護士を解任したこと、C新たな訴訟代理人において、被告が本件特許出願前に側面に切り込みが入った切餅を製造、販売していたことについての主張と実質的には同一の主張である、先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張及び乙45ないし150の提出、証人尋問及び検証の申出をするに至ったこと、D被告ないし島田弁護士らにおいて、上記防御方法の提出に格別の障害があったとは認められないことを総合すれば、被告の上記防御方法の提出は、時機に後れた防御方法に当たり、少なくとも重大な過失があったものと認められる。 なお、当裁判所は、第3回弁論準備手続期日において、島田弁護士作成に係る「被控訴人第3準備書面」について陳述させた。これは、上記準備書面における先使用の抗弁は、新たな裏付け証拠を伴わない主張であり、中間判決で既に認定、判断した事項と同一の事実主張を基礎にして、「先使用の抗弁」に再構成したにすぎないものであり、その主張を許すことによる訴訟遅延の弊害はないと判断したことによるものである。このような訴訟指揮は、ごく通常実施されるものであり、このような訴訟指揮があったからといって、被告の上記防御方法の提出を許容する根拠となるものではない。 イ 訴訟の完結を遅延させることについて 上記のとおり、被告は、当審における口頭弁論終結間際になって、先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張及び乙45ないし150の提出、証人尋問及び検証の申出をするに至ったものである。この点、上記先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張は、@実質的に、被告が本件特許出願前に側面に切り込みが入った切餅を製造、販売していたことに関する審理の蒸し返しにすぎないこと、Aこれを裏付けるものとして新たに提出された乙45ないし150には、関係者の陳述書、被告側内部で行われたことに関連する資料等が多数含まれ、原告において反論するのに多大の負担を強いること、B原審における証人調べの結果や被告の従前の主張と矛盾、齟齬する部分が数多く存在すること、Cとりわけ、仮に、被告が、平成14年10月に、側面に切り込みが入った切餅を製造、販売していたことを前提とするならば、被告が平成15年7月に「被告特許A」(「上面、下面、及び側面に切り込みを入れたことを特徴とする切り餅」)について特許出願をしたことと整合性を欠くことになるが、その点については、何ら合理的な説明がされていないこと等を総合考慮すると、被告主張に係る事実の真偽を審理、判断するためには、更に原告による反論及び多くの証拠調べをする必要があり、これにより訴訟の完結は大幅に遅延することになる。 (4) 小括 以上のとおり、被告により中間判決後においてされた、先使用の抗弁、権利濫用の抗弁、公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張、及び乙45ないし150の提出、証人尋問及び検証(検乙1〜11、13)の申出は、いずれも、被告の重大な過失によって時機に後れて提出された防御方法であり、これにより訴訟の完結を遅延させることとなるものであるから、いずれも却下する(なお、乙151については、立証趣旨に損害が含まれているので、時機に後れた防御方法としては却下しない。また、検乙12は必要性がないものとして却下する。)。 なお、当裁判所は、被告代理人らが、控訴審の口頭弁論終結段階になって選任され、限られた時間的制約の中で、精力的に、記録及び事実関係を精査し、新たな観点からの審理、判断を要請した点を理解しないわけではなく、その努力に敬意を表するものである。しかし、特許権侵害訴訟は、ビジネスに関連した経済訴訟であり、迅速な紛争解決が、とりわけ重視されている訴訟類型であること、当裁判所は、原告と被告(解任前の被告訴訟代理人)から、進行についての意見聴取をし、審理方針を伝えた上で進行したことなど、一切の事情を考慮するならば、最終の口頭弁論期日において、新たな審理を開始することは、妥当でないと判断した。 第4 結論 以上によれば、原告の、@被告製品(別紙物件目録1ないし5)の製造、譲渡、輸出及び譲渡の申出の差止請求、A被告製品(別紙物件目録1ないし5)及びその半製品並びにこれらを製造する装置の廃棄請求、B不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金請求は、主文第2項ないし第4項掲記の限度において、それぞれ理由があるから、原告の請求を全て棄却した原判決を取り消し、原告の請求を主文第2項ないし第4項の限度で認容することとし、その余の請求は、当審において追加的に変更された部分を含めて理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 知野明 (別紙)物件目録 下記の食品。 1 商品名 「サトウの切り餅 パリッとスリット」 内容量 400g、700g、1kg、2kg 2 商品名 「サトウの鏡餅 サトウのサッと鏡餅 切り餅入り 極小」 3 商品名 「サトウの鏡餅 サトウのサッと鏡餅 切り餅入り 小」 4 商品名 「サトウの鏡餅 サトウのサッと鏡餅 切り餅入り 中」 5 商品名 「サトウの鏡餅 切り餅入り 大」 (別紙)製造装置目録 整餅後に冷却整形して製造した切り餅の立直側面に切り餅と接触する刃物を用いて切り込み部を設ける機械装置 (別紙)特許目録 特許番号 特許第4111382号 出願番号 特願2002−318601 出願日 平成14年10月31日 公開番号 特開2004−147598 公開日 平成16年5月27日 審査請求日 平成15年8月6日 登録日 平成20年4月18日 発明の名称 餅 (【請求項1】 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。) (別紙)被告製品図面(斜視図) 略 |
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