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【事件名】マンション設計図の著作権事件
【年月日】平成24年2月28日
 東京地裁 平成23年(ワ)第29828号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成24年1月17日)

判決
原告 朝日工建株式会社
被告 株式会社A運輸


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、1500万円及びこれに対する平成23年2月11日から支払済みまで年1割5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、建築の設計、請負工事及び工事監理等を業とする原告が、被告から店舗付きマンションの設計、建築工事及び監理を請け負い、設計図書や完成予想パースを完成させた上で、これらを被告に引き渡して着工したところ、被告が設計・監理の報酬を支払わないため、原告が請負契約を解除したにもかかわらず、被告が設計図書や完成予想パースを複製するなどして使い続けるとともに、各種検査申請書に原告の氏名・印影を使い、原告の著作権、著作者人格権、所有権及び名誉権が侵害されたとして、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、建築及び土木構造物の企画、設計、工事監理及び請負工事等を業とする株式会社である(目的につき弁論の全趣旨)。
イ 被告は、一般貨物自動車運送事業並びに不動産賃貸及び管理等を業とする株式会社である(目的につき弁論の全趣旨)。
(2) 請負契約の締結と解除に至る経緯等
ア 原告は、平成21年後半、被告との間で、原告が仮称「A様ビル」という鉄筋コンクリート造・地上9階建て店舗付きマンション(東京都江東区<以下略>内。以下「本件建物」という。)の設計、建築工事及び監理を行う旨の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した(契約時期及び建築物の種類・構造・規模・建築予定地につき甲1、2、4、10)。
イ 被告は、原告に対し、本件契約に基づき、報酬の一部として、平成21年12月16日(契約時)には1050万円を、平成22年2月26日(確認許可時)には2205万円を、それぞれ支払った(いずれも消費税込み。甲2、乙9の1・2)。
ウ 原告は、本件契約に基づき、本件建物の設計図書及び完成予想パースを完成させ、これらを被告に対して引き渡すとともに、平成22年4月、工事に着手した。
エ 被告は、原告に対し、本件契約に基づき、報酬の一部として、平成22年4月28日(工事着工時)には9350万円、同年11月29日(上棟時)には4185万5971円を、それぞれ支払った(いずれも消費税込み。甲2、乙9の3・4)。
オ 原告は、平成23年2月14日、被告に対し、本件契約を同月11日付けで解除するとの意思表示(以下「本件解除」という。)をした(日付につき甲6)。
2 争点及び当事者の主張
 本件の争点は、@不法行為の成否、A被告の責任及び損害である。
(1) 争点@(不法行為の成否)について
(原告の主張)
ア 原告は、被告との間で、本件契約における建築工事の報酬については3億2550万円(消費税込み)と定める一方、設計・監理の報酬については事前に定めることができなかったが、前記1(前提事実)(2)ウのとおり、本件建物の設計図書及び完成予想パースを完成させ、これらを被告に対して引き渡すとともに、工事の監理を行った。
 本件建物は、東京都江東区内の地盤が非常に悪い埋立地に建てられたため、他にほとんど例を見ない65mもの支持杭を有する上、高強度の鉄筋とコンクリートを使用している。また、本件建物は、その周囲4面全部をタイル張りにしたり、バルコニーや廊下のデザインを斬新なスタイルにしたり、室内内装のデザインも現代的なものにしたりしているため、意匠上も優れており、同区豊洲近辺における近隣の環境にも配慮したランドマーク的な建物である。このため、本件建物や原告が作成した本件建物の設計図書・完成予想パースは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、学術の範囲に属するものであるから、建築著作物(著作権法10条1項5号)又は図形著作物(同項6号)に当たり、設計・監理の相当報酬額は、1732万5000円(消費税込み)であった。
イ 被告は、原告から何度も前記設計・監理の報酬を支払うよう求められたが、これを支払わなかった。このため、本件解除は、解除事由があり、有効である。その結果、被告は、本件解除の効力が発生する平成23年2月11日以降、本件建物の設計図書・完成予想パースを複製する権原やその所有権、各種検査申請書に原告の氏名・印影を使う権原を失った。
 にもかかわらず、被告は、平成23年2月11日以降も、本件建物に係る設計図書・完成予想パースを複製するなどして使い続けるとともに、各種検査申請書に原告の氏名・印影を使い、本件建物を完成させた。これは、原告の著作権、著作者人格権、所有権及び名誉権の侵害に当たり、不法行為が成立する。
(被告の主張)
ア 被告は、原告との間で、本件契約における設計、建築工事及び監理の報酬全部について、3億2550万円(消費税込み)と定め、前記1(前提事実)(2)イ・エのとおり、原告に本件契約を解除されるまで、原告に対し、本件契約に基づく所定の各弁済期に所定の各報酬を支払った。設計は、工事に先立って行われたから、設計・監理料も支払済みである。このため、本件解除は、解除事由がなく、無効である。その結果、被告は、本件解除の効力が発生したという平成23年2月11日以降も、本件建物に係る設計図書・完成予想パースを複製する権原やその所有権、各種検査申請書に原告の氏名・印影を使う権原を失っていない。本件訴訟は、上記3億2550万円が設計・監理の報酬を含むかという争点につき、原告の敗訴が確定した当庁平成23年(ワ)第5172号請負代金請求事件の蒸し返しである。
 したがって、被告が平成23年2月11日以降も本件建物に係る設計図書・完成予想パースを複製するなどして使い続けたり各種検査申請書に原告の氏名・印影を使ったりして本件建物を完成させたことが、原告の著作権、著作者人格権、所有権又は名誉権の侵害に当たる余地はなく、不法行為は成立しない。
イ 仮に本件解除に解除事由があって有効であったとしても、本件建物は、ごくありふれた、どこにでもある一般的な賃貸用マンションであるから、その設計図書や完成予想パースと共に、創作性がない上、学術の範囲に属するものでなく、建築著作物にも図形著作物にも当たらず、原告の著作権や著作者人格権の侵害に当たる余地はない。
(3) 争点A(被告の責任及び損害)について
(原告の主張)
ア 被告が平成23年2月11日以降も本件建物に係る設計図書・完成予想パースを複製するなどして使い続けるとともに、各種検査申請書に原告の氏名・印影を使っていたことにより、原告は、1500万円の損害を被った。
 したがって被告は、原告の著作権、著作者人格権、所有権及び名誉権を侵害したことにより、原告に1500万円の損害を被らせたものといえるから、不法行為により、原告に対して同額の損害賠償責任を負う。
イ よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償金1500万円及びこれに対する本件解除の効力発生日である平成23年2月11日から支払済みまで約定の年1割5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点@(不法行為の成否)について
 証拠(乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、当庁平成23年(ワ)第5172号請負代金請求事件において、本件契約における3億2550万円の報酬が設計・監理料等を含まない旨主張し、被告に対して設計・監理料等の請負代金1982万9600円と約定遅延損害金の支払を求め、これを争う被告との間で尋問等の証拠調べを経た上で、同年7月22日に口頭弁論が終結されたが、上記報酬が設計・監理料等を含むことを理由として、同年9月16日に請求棄却の判決を受け、同年10月1日、確定したことが認められる。このため、平成23年7月22日の口頭弁論終結の時点において、原告が設計・監理料等の請負代金請求権を有していない旨の判断につき既判力が生じているから(民事訴訟法114条1項)、原告が、後訴に当たる本件訴訟において、上記報酬が設計・監理料を含まず、設計・監理料の請負代金請求権を有している旨再度主張することは、上記確定判決の既判力に抵触する上、前訴での請求及び主張を実質的に蒸し返すものでもあり、許されないというべきである。
 したがって、設計・監理料の未払があることを前提に、本件解除が有効であり、被告が本件解除の効力が発生する平成23年2月11日以降、本件建物の設計図書・完成予想パースを複製する権原やその所有権、各種検査申請書に原告の氏名・印影を使う権原を失ったとする原告の主張は、これを採用することができない。
2 結論
 以上によれば、原告の請求は、その余の点につき検討するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 志賀勝
 裁判官 小川卓逸
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