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【事件名】アトラクション“スペースチューブ”事件(2) 【年月日】平成24年2月22日 知財高裁 平成23年(ネ)第10053号、同第10082号 損害賠償等請求反訴控訴、同附帯控訴事件 (原審・東京地裁平成22年(ワ)第5114号) (口頭弁論終結日 平成24年1月18日) 判決 控訴人兼附帯被控訴人 X(以下「控訴人」という。) 同訴訟代理人弁護士 矢島邦茂 被控訴人兼附帯控訴人 エクスプローラーズ・ジャパン株式会社(以下「被控訴人」という。) 同訴訟代理人弁護士 山本隆司 同 井奈波朋子 同 山田雄介 同 永田玲子 主文 1 本件控訴及び当審における追加請求について (1) 控訴人の本件控訴を棄却する。 (2) 控訴人の当審における追加請求を棄却する。 2 本件附帯控訴について (1) 被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。 (2) 上記部分に係る控訴人の訴えを却下する。 3 訴訟費用について 訴訟費用は、第1、2審とも、控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人 (1) 控訴人の本件控訴に基づき、原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。 (2) 被控訴人は、原判決別紙反訴被告装置目録記載の装置を用いてイベントへの出展等の事業を行ってはならない。 (3) 被控訴人は、原判決別紙反訴被告装置目録記載の装置を廃棄せよ。 (4) 被控訴人は、控訴人に対し、1710万円及びうち1300万円に対する平成22年2月16日から、うち410万円に対する同年3月20日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (5) 被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。 (6) 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。 (7) 仮執行宣言 2 被控訴人 (1) 控訴人の本件控訴を棄却する。 (2) 被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。 (3) 上記部分に係る控訴人の請求を棄却する。 (4) 訴訟費用は、第1、2審とも、控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 本判決の略称は、「反訴原告」「反訴被告」を、それぞれ「控訴人」「被控訴人」と読み替えるほかは、原判決に倣う。 1 本件は、原判決別紙反訴原告装置目録記載の装置(控訴人装置)の制作者である控訴人が、原判決別紙反訴被告装置目録記載の装置(被控訴人装置)を用いて、イベントへの出展等の事業を行っている被控訴人に対し、以下の2の請求をした事案である。 2 控訴人の請求 (1) 著作権の確認請求 控訴人装置について、控訴人が著作権を有することの確認を求める請求 (2) 被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄請求 被控訴人が被控訴人装置を用いてイベントへの出展等の事業を行うことは、 ア 控訴人装置についての控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害する、 イ 控訴人の商品等表示として周知性を有する控訴人装置と同一のものを使用して、控訴人の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当する、 ウ 控訴人の商品形態である控訴人装置を模倣した商品を譲渡等のために展示する行為(不正競争防止法2条1項3号)に該当する、 エ 控訴人の開示した控訴人装置に関する営業秘密を、不正の利益を得る目的をもって使用する行為(不正競争防止法2条1項7号)に該当する と主張して、著作権法112条、不正競争防止法3条に基づき、被控訴人装置を使用した上記事業の差止め及び被控訴人装置の廃棄を求める請求 (3) 金銭請求 ア 被控訴人装置の使用に関して生じた損害について (ア) 前記著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害を理由として、民法709条に基づき、 (イ) 前記不正競争行為による控訴人の営業上の利益の侵害を理由として、不正競争防止法4条に基づき、 (ウ) 被控訴人の前記行為は、控訴人と被控訴人との間の共同事業実施契約における秘密保持義務に違反するものであるとして、債務不履行責任に基づき、同損害2000万円のうち1000万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成22年2月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求 イ 違法な仮処分の申立てに関して生じた損害について 被控訴人は、控訴人が制作管理するウェブサイト上に本件注意書をアップロードしたことが、競争関係にある被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当すると主張して、本件注意書の削除を求める仮処分命令を申し立て、同内容の仮処分決定を得たが、本件注意書は、被控訴人が前記(2)のとおり控訴人の著作権及び著作者人格権を侵害する行為、不正競争行為又は秘密保持義務違反に及んだことをその内容とするものであり、虚偽の事実を流布するものではなく、控訴人による本件注意書のアップロードは被控訴人に対する不正競争行為に該当するものではなかったから、前記仮処分の申立ては違法なものであると主張して、民法709条に基づき、控訴人の損害710万円及びうち300万円に対する反訴状送達の日の翌日である平成22年2月16日から、うち410万円に対する訴えの変更申立書送達の日の翌日である同年3月20日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求 3 原判決の判断 原判決は、控訴人の前記2の請求について、以下のとおり判断した。 (1) 著作権の確認請求について 控訴人装置の上辺部分の形状は、本体部分及びその中央部分を覆う部分(以下「二重化部分」という。)が一体となって、中央部分から両端部分にかけて反った形状として構成されており、神社の屋根を思わせる形状としての美観を与えていること、控訴人装置の左右両端部分は、垂直に対しやや傾いて上の方へ広がり、上辺の反りの部分と合わせて日本刀の刃先の部分を思わせる形状となっていることから、控訴人装置は、これらの点に独自の美的な要素を有しており、美術的な創作性を認めることができるとして、控訴人が控訴人装置の著作権を有することの確認請求を認容した。 (2) 被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄請求について ア 被控訴人装置は、控訴人装置の創作性の認められる部分においてこれと異なっており、控訴人装置を複製したものとも、同一性保持権を侵害するものとも、認めることはできない、 イ 控訴人装置と被控訴人装置とは、その外観の主要な点において相違しており、各装置から受ける印象は相当異なるものであるから、被控訴人装置を使用して被控訴人の業務等を行うことをもって、控訴人装置と同一又は類似のものを使用し、控訴人の営業と混同を生じさせる行為に当たるということはできない、 ウ 控訴人装置及び被控訴人装置は、その外観の主要な点において相違しており、被控訴人装置は、控訴人装置を模倣したものには当たらない、 エ 控訴人が営業秘密であると主張する控訴人装置に関する情報は、控訴人装置が展示されたことにより、非公知性を欠くに至ったものというべきであり、被控訴人による被控訴人事業の実施は不正競争防止法2条1項7号にいう不正競争行為に該当しない、 として、被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄請求については、これを棄却した。 (3) 金銭請求について ア 被控訴人装置の使用に関して生じた損害について 被控訴人装置を使用した被控訴人事業の実施は、控訴人に対する著作権(複製権)若しくは著作者人格権(同一性保持権)侵害、不正競争行為には該当せず、また、本件契約書6条による秘密保持義務の対象である技術上の情報の範囲は、非公知の情報に限定する趣旨と解されるから、控訴人が被控訴人に開示した技術的事項に非公知性は認められず、被控訴人に同契約書6条に定める秘密保持義務違反は認められないとして、著作権・著作者人格権侵害、不正競争行為又は債務不履行を理由とする損害賠償請求については、これを棄却した。 イ 違法な仮処分の申立てに関して生じた損害について 控訴人と被控訴人とは、競争関係にあるところ、本件注意書は、虚偽の内容を含み、被控訴人事業が控訴人の権利を侵害する違法なものであり、又は、被控訴人が控訴人を脅すなど不当な経緯により事業をするに至った旨を、本件注意書を見る不特定多数の者に印象付けるものであって、被控訴人の営業上の信用を害するものであるから、控訴人による本件注意書のアップロードは、虚偽の事実を流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に当たる以上、本件仮処分命令に違法な点はないとして、本件仮処分の申立ての違法を理由とする損害賠償請求についても、これを棄却した。 4 当審における審理の対象 控訴人は、原判決が控訴人装置に係る控訴人の著作権確認請求を除く控訴人の請求を棄却した点について、これを不服として控訴に及ぶとともに、当審において、被控訴人が被控訴人装置を用いて営業活動を行ったことは、競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって、不法行為を構成するものであると主張して、民法709条に基づく請求を追加した。 これに対し、被控訴人は、原判決が控訴人装置に係る控訴人の著作権確認請求を認容した点について、これを不服として附帯控訴に及んだ。 5 前提となる事実 控訴人の請求に対する判断の前提となる事実は、原判決3頁20行目から6頁7行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。 6 本件訴訟の争点 (1) 控訴人は、控訴人装置につき著作権を有するか(控訴人装置の著作物性の有無・争点(1)) (2) 被控訴人装置は、控訴人装置の著作権侵害(複製権侵害)又は著作者人格権侵害(同一性保持権侵害)に当たるか(争点(2)) ア 被控訴人装置は控訴人装置を複製したものに当たるか(複製権侵害の成否) イ 被控訴人装置は、控訴人の意に反して控訴人装置に改変を加えたものに当たるか(同一性保持権侵害の成否) (3) 被控訴人事業は、控訴人の商品等表示として周知性を有する控訴人装置と同一のものを使用して、控訴人の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するか(争点(3)) (4) 被控訴人事業は、控訴人の商品形態である控訴人装置を模倣した商品である被控訴人装置を譲渡等のために展示する行為(同法2条1項3号)に該当するか(争点(4)) (5) 被控訴人事業は、控訴人の開示した控訴人装置に関する営業秘密を、不正の利益を得る目的をもって使用する行為(同法2条1項7号)に該当するか(争点(5)) (6) 本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否(争点(6)) (7) 前記(2)の著作権若しくは著作者人格権侵害、前記(3)ないし(5)の不正競争行為又は前記(6)の秘密保持義務違反に基づく損害の有無及びその額(争点(7)) (8) 本件仮処分申立ての違法性の有無(本件注意書のアップロードが、被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当するか・争点(8)) (9) 本件仮処分決定による損害の有無及びその額(争点(9)) (10) 被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否(争点(10)) 第3 当事者の主張 1 原審における主張 当事者の原審における主張は、原判決23頁14行目の「本件仮処分の違法性」を「本件仮処分申立ての違法性」と改めるほかは、原判決7頁8行目から28頁3行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。 2 争点(1)(控訴人は、控訴人装置につき著作権を有するか(控訴人装置の著作物性の有無))についての当審における補充主張 〔被控訴人の主張〕 (1) 実用品における創作性について ア 控訴人装置は、浮遊を体験するための装置であり、実用品というべきである。 実用品が美術の著作物に該当するというためには、実用性や機能から独立した美的鑑賞の対象としての美的表現が存在する必要性がある。 この点について、原判決は、控訴人装置は実用性を有するものということができるものの、画一的かつ機械的な大量生産を予定しているものではないとするが、大量生産品か否かを問わず、実用品である以上、その実用性や機能から独立した美的鑑賞の対象として美的表現が存在しなければ、創作性を認めることはできない。 また、実用品が著作物性を有するというためには、思想又は感情の高度に創作的な表現、すなわち高度の芸術性が存在するか、通常の創作活動を上回り、純粋美術と同視し得るほどの美的創作性・審美的創作性が存在することが必要である。 (2) 控訴人装置における創作性について ア 控訴人装置には、その実用性や機能から独立した美的鑑賞の対象としての美的表現は存在しない。また、控訴人装置の具体的表現には、高度の芸術性や純粋美術と同視し得るほどの美的創作性も存在しない。 イ 原判決は、控訴人装置の上辺部分の形状について、「神社の屋根を思わせる形状」としての美観を与えるものであるとする。 しかしながら、控訴人装置の上辺部分の当該形状は、本体部分を宙吊りにするために、その4端をロープで固定することにより必然的に生ずるくびれである。当該くびれにたまたま「神社の屋根を思わせる美観」があったとしても、それは実用品の機能から独立した美観ではない。 したがって、これをもって、控訴人装置に、美術の著作物としての創作性を認めることはできない。 ウ 原判決は、控訴人装置の左右両端部分は、上辺の反りの部分と合わせて、「日本刀の刃先を思わせる美観」があるとする。 しかしながら、当該形状も、本体部分を宙吊りにするために、その4端をロープで固定することにより必然的に生ずる反りにすぎない。当該反りに、たまたま「日本刀の刃先の部分を思わせる美観」があったとしても、それは実用品の機能から独立した美観ではない。 控訴人も、控訴人が創作性を発揮したのは控訴人装置の上辺部分の形状であり、左右両端部分について創作性が存在するとは主張していない。 したがって、これをもって、控訴人装置に、美術の著作物としての創作性を認めることはできない。 (3) 小括 以上からすると、控訴人装置には、実用性・機能性から独立して創作性を認めるべき表現はなく、著作物性を認めることはできないから、控訴人がその著作権を有するものでもない。控訴人装置に著作物性を認めた原判決の判断は誤りである。 〔控訴人の主張〕 (1) 原判決の判断について ア 原判決は、控訴人が、控訴人装置の創作性の根拠について、@「閉じた空間・やわらかい空間」であること、A「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であること、B「見た目の日本的美しさを持つ空間」であることを主張したのに対し、Bの点のみに基づいて、控訴人装置の著作物性を認めたものである。 控訴人装置の著作物性を認めた原判決の結論自体は正当ではあるが、上記Bは単独には成立しない要素であり、@及びAの要素があって初めて成立するものであるから、原判決が上記@及びAからBを切り離し、Bだけに基づいて美術的な創作性を認めたことは明らかに誤りである。 @及びAの各要素も、控訴人による長年の努力の成果たる「控訴人の思想と感情の表現」であり、@及びAの要素こそ、「独立の創作性」の名に相応しいものであり、Bはこれらの結果として成立しているものである。 イ 原判決は、控訴人装置の上辺部分に神社の屋根のような美観が、両端部分に日本刀の刃先のような美観が認められることから、控訴人装置の創作性を認めるものである。もっとも、控訴人は、控訴人装置の両端部分について、創作性が存在するとは主張していない。 控訴人は、控訴人装置の上辺部分につき、「神社の屋根や日本刀の曲線に似ているように調整する」ために創作活動を行ったものであり、そのために必要な要素及び手法を苦心し、「控訴人の思想と感情の表現」として努力し、生み出したのである。控訴人装置に関する内外における評価も、控訴人装置の上辺部分が神社の屋根や日本刀の曲線に似ており、「日本的美」の表現に成功しているというものである。 本件において、控訴人装置の創作性については、上辺部分に関して検討されるべきであって、両端部分については、控訴人は何ら主張するものではない。被控訴人装置による複製権侵害(争点(2)ア)についても、当該部分について検討されるべきものであることは、後記3において詳述する。 (2) 小括 以上からすると、控訴人装置の創作性については、前記@ないしBの点に基づいて認められるべきものである。 3 争点(2)(被控訴人装置は、控訴人装置の著作権侵害(複製権侵害)又は著作者人格権侵害(同一性保持権侵害)に当たるか)についての当審における補充主張 〔控訴人の主張〕 (1) 複製権侵害について ア 原判決は、被控訴人装置は、控訴人装置の創作性の認められる部分(上辺部分の神社の屋根のような美観及び両端部分の日本刀の刃先のような美観の部分)において、これと異なっており、控訴人装置を複製したものとは認められないとする。 しかしながら、控訴人は、控訴人装置の上辺部分についての創作性を主張するものであり、両端部分について創作性が存在するとは主張していないから、被控訴人装置の両端部分に日本刀の刃先を思わせるような形状が存在するか否かは、複製権侵害とは無関係である。 被控訴人装置の写真(乙19の2、乙29)からも明らかなとおり、被控訴人装置の上辺部分は控訴人装置と同一形状を有するから、被控訴人装置も、上辺部分に神社の屋根のような美観を有することは明らかである。被控訴人装置は、寸法、ロープの使用法などの技術的手法において控訴人装置を真似したものである以上、必然的に控訴人装置と同一形状となるものである。 イ 原判決は、被控訴人装置の開口部の形状は三角形であり、控訴人装置とは異なるとする。 しかしながら、控訴人装置も、場合によっては開口部を三角形にすることがある。実際、みえこどもの城での展示の際には、控訴人が実施し、被控訴人代表者に教えた控訴人装置の開口部の形状は三角形である(乙29)。 控訴人は、開口部が三角形であるか否か、両端部分の形状とは無関係に、被控訴人装置の上辺部分には控訴人装置と同様の形状が必然的に見られ、控訴人装置との同一性を認めることができるものと主張するものである。 ウ 争点1について先に主張したとおり、@「閉じた空間・やわらかい空間」であること、A「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であることという各要素と、B「見た目の日本的美しさを持つ空間」であるとの要素が一体となって、控訴人装置における創作性の根拠となるものであるところ、被控訴人装置は、上記各要素と「二重構造、形状、くびれ、色、大きさ、ロープ角度」において控訴人装置の全てを模倣したものであるというほかない。 エ したがって、被控訴人装置は控訴人装置に係る控訴人の複製権を侵害するものというべきである。 (2) 同一性保持権侵害について 原判決は、被控訴人装置は、上辺部分に反りが見られず、青色の二重化部分により本体部分が分断されたように見える構成であること、両端部分が三角形状に開口され、正面から見たときにほぼ垂直に構成されたものであるとするが、当該認定が誤りであることは、明らかである。 被控訴人装置は、控訴人装置を模倣して制作されたものであり、仮に、被控訴人装置の上辺部分に反りが見られず、両端部分が三角形状に開口されていたとしても、控訴人装置との差異を二重化部分を青色にすることによって際立たせたにしても、控訴人装置の表現の本質的特徴を直接感得させるものであることは明らかである。 したがって、被控訴人装置は控訴人装置に係る控訴人の同一性保持権を侵害するものというべきである。 (3) 小括 以上からすると、被控訴人装置は控訴人装置に係る控訴人の複製権及び同一性保持権をいずれも侵害しないとした原判決の判断は誤りである。 〔被控訴人の主張〕 (1) 控訴人の主張は否認ないし争う。 争点(1)で先に述べたとおり、控訴人装置に著作物性を認めた原判決の判断は誤りであって、控訴人装置に著作物性が認められない以上、複製権侵害及び同一性保持権侵害も認められないことは明らかである。 (2) 控訴人は、控訴人装置も開口部が三角形の形状を有することもあるなどと主張するが、控訴人自身が特定した控訴人装置の形状においては、開口部の形状は閉じており、三角形ではない。控訴人装置の写真(乙29)の多くは、控訴人が特定した控訴人装置とは異なるものである。また、みえこどもの城におけるイベントは、控訴人及び被控訴人とによる共同事業としてされたものであって、本件とは無関係である。 (3) 著作権確認の対象である控訴人装置は、本件契約が解除され、控訴人と被控訴人との共同事業が終了した平成21年4月より後の、同年7月ないし8月にかけて実施されたイベントに用いられた装置の形状を前提として、特定されているものである。被控訴人は、共同事業終了後、控訴人が関与した装置の展示を見る機会はなかったのであるから、被控訴人装置について、控訴人装置を模倣すること自体、あり得ないものというほかない。 (4) 以上からすると、被控訴人装置は控訴人装置に係る控訴人の複製権及び同一性保持権をいずれも侵害しないとした原判決の判断は、正当である。 4 争点(3)(被控訴人事業は、控訴人の商品等表示として周知性を有する控訴人装置と同一のものを使用して、控訴人の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するか)及び争点(4)(被控訴人事業は、控訴人の商品形態である控訴人装置を模倣した商品である被控訴人装置を譲渡等のために展示する行為(同法2条1項3号)に該当するか)についての当審における補充主張 〔控訴人の主張〕 (1) 原判決は、争点(3)について、控訴人装置及び被控訴人装置は、その色、曲線やくびれの形状、布の形状等、その外観の主要な点において相違していることから、各装置から受ける印象は相当異なるものであって、被控訴人装置を使用して被控訴人の業務等を行うことをもって、控訴人装置と同一又は類似のものを使用し、控訴人の営業と混同を生じさせる行為に当たるということはできないとする。 争点(4)についても、同様の理由から、被控訴人装置は、控訴人装置を模倣したものには当たらないとする。 (2) しかしながら、原判決は、被控訴人が控訴人装置を模倣して被控訴人装置を制作したことを見落としたばかりか、殊更細部の差異を強調し、全体として観察した場合の同一性又は類似性を捨象して判断したものであって、不当である。 控訴人装置は、控訴人が長年の努力の末に完成させた控訴人の思想及び感情の表現物であり、被控訴人を含めて一般の人には思いも及ばないものである。被控訴人が被控訴人装置を制作することが可能となったのは、控訴人との共同事業において、控訴人が被控訴人に対し、控訴人装置の寸法やロープの使用法などの技術的手法を直接伝授したからにほかならない。 したがって、被控訴人装置の「閉じた空間・やわらかい空間、宙吊り、二重構造、形状、くびれ、色、大きさ、ロープ角度」など、全て控訴人装置の模倣であることは明らかであるから、仮に、控訴人装置と被控訴人装置との間に、原判決が指摘する多少の相違があったとしても、両者には実質的な同一性が認められて当然である。 (3) 以上からすると、原判決の争点(3)及び(4)に係る判断は誤りである。 〔被控訴人の主張〕 (1) 不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為について 控訴人の主張は否認ないし争う。争点(3)についての原判決の判断に誤りはない。 (2) 不正競争防止法2条1項3号の不正競争行為について ア 模倣の有無について (ア) 争点(2)について先に述べたとおり、被控訴人装置について、控訴人装置を模倣することは時期的にあり得ないものである。 (イ) 控訴人は、控訴人装置が「最初に販売された日」(不正競争防止法19条1項5号イ)について、平成20年7月における展示の日であると主張するが、当該展示における装置(乙23の1)は、控訴人装置の形態とは異なるものである。 (ウ) 控訴人装置及び被控訴人装置のいずれにおいても、その形態を決定する上で重要な要素は、「2枚の筒状の布地の寸法」である。 被控訴人は、本件契約に基づく共同事業の準備段階において、被控訴人の取引先(地方公共団体の科学館・美術館等)を念頭に置き、なるべく原価を抑え、汎用性が高い装置を開発するよう模索し、布地及び縫製方法を決定していたものである。そのため、被控訴人は、被控訴人装置を開発する際、当該布地及び縫製方法に基づく筒の幅や伸縮性という制限下において、被控訴人装置の機能を十分発揮する寸法を自ら決定したものである。すなわち、被控訴人装置の寸法は、控訴人との共同事業において、被控訴人が担当した分野において、被控訴人が主体となって決定した寸法を用いたにすぎず、控訴人から伝授されたものではない。そのことは、被控訴人装置の形状が、控訴人がこれまでに設営した装置の寸法や形態とは大きく異なることからも、明らかである。 被控訴装置と控訴人装置の寸法が同じであるのは、控訴人と被控訴人が共同事業において採用した布地とその寸法を、その後の各自の単独事業においてもそれぞれ引き続き採用しているからであって、当該寸法自体は、一見して明らかなものにすぎず、知的財産権はもとより、何らの法的保護の対象となるものでもない。 したがって、被控訴人装置は、控訴人装置を「模倣」したものということはできない。 イ 「当該商品の機能を確保するために不可欠な形態」について 控訴人が主張する控訴人装置の形態は、いずれも当該装置の機能を確保するために不可欠な形態であることは、争点(1)について、原審において主張したとおりである。 したがって、控訴人が指摘する形態は、不正競争防止法2条1項3号かっこ書の「当該商品の機能を確保するために不可欠な形態」に該当するものというべきである。 ウ 小括 以上からすると、被控訴人装置について、不正競争防止法2条1項3号の不正競争行為に該当するものではない。 5 争点(5)(被控訴人事業は、控訴人の開示した控訴人装置に関する営業秘密を、不正の利益を得る目的をもって使用する行為(同法2条1項7号)に該当するか)及び争点(6)(本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否)についての当審における補充主張 〔控訴人の主張〕 (1) 原判決は、争点(5)について、控訴人が営業秘密であると主張する控訴人装置に関する情報は、いずれも、その性質上、控訴人装置が中に人が入ることのできる体験型装置として展示されたことにより、非公知性を欠くに至ったとする。 争点(6)についても、本件契約書において秘密保持の対象となる技術上の情報の範囲は、非公知の情報に限定する趣旨と解されるところ、争点(5)と同様の理由から、控訴人主張に係る情報は、非公知性を欠くものであるとする。 (2) しかしながら、 控訴人装置は、「芸術としての表現」であり、「職人技」により成立しているものであって、マニュアルに記載された情報の指示どおりに組み立てれば完成に至るプラスティックモデルとは異なるものである。 控訴人装置が「芸術としての表現」であり「職人技」により成立している以上、公に展示され、中に入り、触ることができることにより、技術情報の一切が開示されていたとしても、当該情報をどのように使用すればよいか不明であって、だれにも控訴人装置を模倣することは不可能である。 したがって、控訴人装置が体験型装置として公に展示されたとしても、その技術情報は依然として非公知であると解すべきである。 (3) 被控訴人は、1年間にわたり、控訴人から当該営業秘密について直接伝授されたからこそ、被控訴人装置を制作することができたものというほかない。原判決の争点(5)及び争点(6)に係る判断は誤りである。 〔被控訴人の主張〕 否認ないし争う。 6 争点(8)(本件仮処分申立ての違法性の有無(本件注意書のアップロードが、被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当するか)についての当審における補充主張 〔控訴人の主張〕 (1) 原判決は、被控訴人による被控訴人装置を使用した事業(被控訴人事業)が、控訴人装置に係る控訴人の著作権若しくは著作者人格権の侵害、不正競争行為又は秘密保持義務違反のいずれにも当たらないことを理由に、本件仮処分決定それ自体の違法性を否定するものである。 しかしながら、その前提自体が誤りであることは、先に述べたとおりであって、控訴人が被控訴人に対し、ウェブサイト上に本件注意書をアップロードしたことは正当な行為であり、虚偽の事実の流布には該当しないものである。なお、同文書に多少の誇張が認められたとしても、許容される範囲内であるというべきである。 (2) 以上からすると、本件仮処分の申立ては違法というべきであって、その違法性を否定した原判決の判断は誤りである。 〔被控訴人の主張〕 否認ないし争う。 7 争点(10)(被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否)についての主張 〔控訴人の主張〕 控訴人は、被控訴人と控訴人装置の展示等に係る共同事業を実施している間、被控訴人代表者に対し、控訴人の長年にわたる努力の結晶である控訴人装置の寸法やロープの使用方法などの技術的手法を直接伝授した。 被控訴人は、控訴人との共同事業が破綻するや、直ちに控訴人から教えられた技術的手法に基づいて控訴人装置を模倣し、これと同一性を有する、あるいは少なくとも実質的同一性を有する被控訴人装置を制作し、これを展示する等の営業活動を行ったものである。 このような被控訴人の行為は、競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって、不法行為を構成するものというべきである。 したがって、控訴人は、当審において、不法行為に基づく請求を選択的に追加し、控訴人に対して、争点(7)で主張したとおり、控訴人の損害2000万円のうち1000万円の支払を求めるものである。 〔被控訴人の主張〕 (1) 争点(4)について先に述べたとおり、被控訴人装置の「2枚の筒状の布地の寸法」は、むしろ被控訴人が主体となって決定したものであり、控訴人から伝授されたものではない。 (2) ロープの使用方法については、設置されている装置を見れば、だれでもその概要を把握することは可能である。被控訴人代表者は、控訴人と被控訴人との共同事業において、控訴人からロープの使用方法についてアドバイスを受けたことはあるが、それは、設置されている装置やその写真から得られる情報の域を超えるものではない。仮に、ロープの使用方法について、見た目では把握できないコツがあったとしても、被控訴人代表者はそれを理解しておらず、使用してもいない。実際、被控訴人代表者は、共同事業において、控訴人から装置の角度不足、張りの不足、形状等に関する諸点について「不足」「いい加減」などと注意を受けていたものである(乙3)。 したがって、ロープの使用方法についても、その概要は公知であるというほかない。 (3) 以上からすると、控訴人指摘の各情報について、知的財産権はもとより、何らの法的保護の対象となるものでもないから、被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成立をいう控訴人の主張は失当である。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(控訴人は、控訴人装置につき著作権を有するか(控訴人装置の著作物性の有無))について (1) 認定事実 ア 控訴人は、平成13年頃、伸縮性のある布を筒状になるように成形し、5ないし6本のロープを使用して、床面から浮かせた状態で固定することにより、筒状の布の中に人が入ったときに、左右方向及び下方向からの反力を体感することができる構造物を考案し、これを「スペースチューブ」等と名付け、控訴人が個人として主催する「東京スペースダンス」の公演における舞台装置として使用し始めた(甲1の1〜3、甲11、17、乙9、16、原審における控訴人本人)。 イ 控訴人は、スペースチューブの中に入った人の体が左右方向及び下方向からの反力により支えられた状態となることを「浮遊」又は「無重力状態」などと呼び、平成13年頃から、中に人が入り「浮遊」又は「無重力状態」を体験することで、全身的な身体感覚を回復することができる装置として、スペースチューブをイベント等で展示するようになり、遅くとも平成16年頃からは、「体験型装置」として使用するようになった。 このように、控訴人は、スペースチューブを、劇場等における「舞台装置」として、また、科学館や美術館等における展示用の「美術作品」として、子供を含む一般のための「体験型装置(教育的教材)」として、活用している(甲1の1〜3、乙15、16、20、23の1)。 ウ 控訴人装置の形状等 (ア) 控訴人は、スペースチューブについて、中に入った人の体に働く反力の強さ、中に入ることに対する恐怖心の程度等の観点から、布の色、筒状になる布を何重に重ねるか、何か所をロープで固定するかなどの点で試行錯誤を経た上で、平成20年頃、原判決別紙反訴原告装置目録記載のとおり、本体部分と、その中央部を覆う部分(二重化部分)から構成される形状を標準的な形状として採用するに至った(乙4、5、20、23の1、原審における控訴人本人)。もっとも、二重化部分を有する構造のスペースチューブがいつから使用されるに至ったのかについては、定かではない。 (イ) 原判決別紙反訴原告装置目録における写真中の控訴人装置は、平成21年7月から8月までの間、埼玉県川口市所在のイオンモールで、中に人が入ることのできる体験型展示物として展示されたものであるが(乙15、原審における控訴人本人)、控訴人は、控訴人装置について、人が中に入らない状態での展示物として著作物性が認められると主張している。 そして、その状態における控訴人装置は、@水平方向の幅最大9メートル、垂直方向の幅約1.5メートルの白色の布を2枚重ね合わせて、その上縁と下縁を接ぎ合わせ、左右端は開放して人が出入りできるようにした部分(本体部分)と、A本体部分の中央部分に、水平方向の幅3メートル、垂直方向の幅約1.5メートルの白色の布を本体部分を覆うように2枚重ね合わせて、その上縁と下縁を接ぎ合わせ、左右端は開放し、本体部分をこれに貫通させた部分(二重化部分)とを主要な構成とし、本体部分及び二重化部分の各左右端の上下隅をロープで引っ張ることにより、これを空間中に配置するものである。本体部分及び二重化部分とも、人が中に入らない状態では、布に膨らみがなく、平面的な構成となっている。本体部分を空間中に配置するに際しては、本体部分の左右端が垂直方向から10ないし30度傾いて下から上に布が広がっていくような形とするため、左右端の上隅と下隅につながれたロープの固定位置を前後にずらして固定し、更に、二重化部分については、左右端の上下隅をロープで固定し、本体部分及び二重化部分の布の下辺が床面から50センチメートルないし1メートル程度の高さとなるよう設置される。このロープでの固定により、本体部分の中央部分の幅が上下に引っ張られた左右端に比べて狭まるとともに(以下、上記のとおり本体部分の中央部分が狭まった形状となっていることを「くびれ」ともいう。)、控訴人装置全体が斜め上方向に強く引っ張られ、本体中央部分の上辺がやや下にくぼんだような反った形となり、装置全体として「く」の字に似た曲線を描いている。二重化部分もその四隅で上下斜め方向に引っ張られているが、その上辺の線はほぼ本体部分の上辺の線に沿う形となっている(乙15、18、20、原審における控訴人本人)。 (ウ) 控訴人は、前記(イ)のとおり、本体部分の布の左右端を固定する際、左右端の上隅と下隅の固定位置をずらすことにより、控訴人装置の左右端が垂直に対し10ないし30度に傾いて上方向に広がり、かつ、上辺部分が「く」の字に似た反った曲線を描くように調整するのは、控訴人装置の上辺部分が日本刀や神社の屋根の曲線に似た曲線を描くようにすることで、控訴人装置に日本的美しさをもたせるためであると説明している(乙15、原審における控訴人本人)。 (エ) もっとも、控訴人は、控訴人装置を、スペースチューブのイベント等において体験型展示物等として使用する場合、原判決別紙反訴原告装置目録の図面及び写真により特定された構造及び寸法とは異なる形状で使用することもある(甲1の3、乙5、12、16、23の1、乙29、弁論の全趣旨)。そして、体験用装置として使用される場合には、本体部分と設置用ロープが取るべき必要な安全角度は、設置場所の大きさと様態、チュービングの寸法、使用方法、1日の体験者数、開催期間等の条件により調整が異なるが、その場合でも、控訴人は、スペースチューブが美的に空間の中に収まっているように設置すると説明している(乙9の2)。 (2) 検討 以上を前提に、控訴人装置の著作物性について検討する。 ア 創作性について (ア) 著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号)、作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には、当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方、思想、感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては、当該作品等は著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならない。 (イ) 控訴人装置は、前記第4の1(1)のとおり、当初は舞台装置として使用されていたが、科学館や美術館等で美術作品として展示されたり、体験型装置として使用されているものである。控訴人装置が体験型装置として使用された場合、人が中に入り、布の反力によって体が支えられる状態を体験することができるものであるから、人が中に入った状態では、様々な形態をとるし、また、中に入った人は日常生活では感じることのできない感覚を味わうことができる。このように、控訴人装置は、体験型装置としても用いられるが、控訴人が本件訴訟において著作物として主張するのは、上記のような動的な利用状況における創作性ではなく、原判決別紙反訴原告装置目録に示された静的な形状、構成における創作性である。 (ウ) 控訴人は、そのような控訴人装置の創作性として、@「閉じた空間・やわらかい空間」であること、A「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であること、B「見た目の日本的美しさをもつ空間」であること(控訴人装置の上辺部分について、神社の屋根や日本刀の曲線に似ているような形状を有すること)を主張する。 もっとも、控訴人装置は、体験型装置として用いられており、控訴人も、争点(4)において、不正競争防止法2条1項3号の「商品」に該当すると主張するものであって、実用に供され、又は産業上利用されることを目的とする応用美術に属するものというべきであるから、それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美的特性を備えている場合に限り、著作物性を認めることができるものと解すべきである。 そこで、以下、上記観点をふまえ、控訴人主張に係る@ないしBの各要素に基づき、控訴人装置の創作性について検討する。 イ @「閉じた空間・やわらかい空間」であることについて (ア) 「閉じた空間」とは、控訴人装置が使用されている際の人によって広げられていない部分の空間の性質を示すものであり、使用時において中に入った人によって開かれていくという構想は、控訴人が控訴人装置で実現しようとした、控訴人装置によって構成された空間の性質に関する思想ないしアイデアである。著作物としての表現は、そのような思想ないしアイデアそのものではなく、それらが具体的に表現された控訴人装置の形状、構成に即して把握すべきものであるから、「閉じた空間」という空間の性質を創作性の根拠とする控訴人の主張は採用することができない。 また、控訴人は、控訴人装置の具体的特徴として、2枚の布を合わせることにより「閉じた空間」としたことに創作性があるとも主張する。 しかしながら、この2枚の布を合わせたという平面的な構成は特徴のある表現ということはできず、創作性を認めることはできない。 (イ) 「やわらかい空間」とは、控訴人装置の中に人が入った使用状態において、中に入った人が周囲の空間が固定的ではなく、自在に変形するものと感じられる空間であるという思想ないしアイデアであり、この点も控訴人装置の創作性の根拠とすることはできない。 また、控訴人は、控訴人装置の具体的特徴として、伸縮性・弾力性のある布を使用し、ロープを使用して床からの高さを50センチメートルないし1メートルとして、空間に浮遊させて設置することにより、「やわらかい空間」としたことに創作性があるとも主張する。しかし、そのうち、「やわらかい空間」自体は思想又はアイデアにすぎないことは前記のとおりであり、また、伸縮性・弾力性のある布を使用していることは、実際に控訴人装置が使用される際に機能を発揮する構成にすぎない。 したがって、いずれも、控訴人装置の創作性を基礎付けるものということはできない。 ウ A「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であることについて (ア) 「浮遊を可能にする空間」であることは、控訴人が本件において著作物であると主張する控訴人装置そのものに表現されたものではなく、控訴人装置の中に人が入って使用された際、中に入った人が浮遊していると感じる状態になること意味するものであり、控訴人装置の機能を示すものにすぎない。 したがって、当該要素は、控訴人装置自体に表現されたものではないから、これを控訴人装置の創作性の根拠とする控訴人の主張は採用することはできない。 また、控訴人は、控訴人装置の具体的特徴として、左右と下からの強い反力を持たせて「浮遊を可能にする空間」とし、これによって「新しいバランス」を与え、「全身的な身体感覚の回復」を図るものであり、バランスの取り方次第で浮遊可能となるように布の張りを調整しているとも主張する。 しかしながら、浮遊を可能とすることや、新しいバランスを与えること、全身的な身体感覚の回復を図ることは、いずれも控訴人装置の使用時における機能であって、控訴人装置に表現されたものとはいえない。また、布の張り方自体は布の形状を形成し、その機能を発揮させるための方法にすぎず、このような点に創作性を認めることはできない。 (イ) 「宙吊り」は、控訴人装置の空間における配置を示すものであるが、それ自体では控訴人装置が空間に存在するという抽象的な観念を示すものにすぎず、具体的な表現を示すものとはいえないから、この点も控訴人装置の創作性の根拠とすることはできない。 また、控訴人装置を宙吊りにしたことは、装置の機能を発揮させるための構成であるともいうことができる。いずれにせよ、創作的表現と認めることはできない。 エ B「日本的美しさをもつ空間」であることについて (ア) 「日本的美しさをもつ空間」であるということそれ自体は、控訴人の思想又はアイデアを示すものであって、ここに創作性の根拠を認めることはできない。 また、控訴人は、ロープの「ずらし方」に創作性があると主張するが、それは、本体部分の布の形状を形成するための方法にすぎず、表現と認めることはできないし、張られたロープ自体の形状に創作性を認めることもできない。 (イ) 控訴人は、控訴人装置の具体的特徴として、上辺部分について、神社の屋根や日本刀の曲線に似ているような形状を有することについて、創作性の根拠として主張する。 原判決別紙反訴原告装置目録の写真によると、控訴人装置の上辺部分は確かに「く」の字に似た反った曲線を有しているものである。 しかしながら、布状のチューブを宙吊りにする場合、本体部分の端部において支持具とロープとで固定することは格別珍しいものではない。その際、固定用のロープの角度や緊縮度によっては、チューブ部分に「たわみ」や「反り」が生じることはむしろ通常のことであると認められる。もちろん、ロープの角度や緊縮度を調整することにより、「たわみ」や「反り」の形状をも調整することが可能であったとしても、それにより生じるチューブ部分の上辺部分の形状について、制作者の個性が表現されたものとはいえないから、これをもって創作的な表現であるということはできない。 控訴人装置における上辺部分の「反り」についても、それが直ちに「神社の屋根や日本刀」のような美観を想起させるものということはできないし、仮に、そのように観察し得る余地があったとしても、創作的な表現とまでいえないことは、同様である。 (ウ) 控訴人は、控訴人装置は、「空間の生け花」と称され、日本的な独特な表現であるとして評価されており、控訴人装置の見た目の美しさ、控訴人装置内に入った際に体験者が感じる擬似的無重力環境という異次元空間の感覚が控訴人装置の最大の特徴であり、このような独特な空間構成力によって、控訴人装置は、国内外のどこにもない空間として成立しているなどと主張する。 しかしながら、体験者が控訴人装置内に入った際に感じる感覚については、控訴人装置の機能を示すものにすぎない。 また、著作権法によって保護すべき「著作物」であるか否かは、あくまで創作性の有無によって判断すべきであって、控訴人装置に対する評価が控訴人の主張するようなものであったとしても、前記判断が左右されるものではない。 なお、控訴人は、前記@及びAの要素こそ、「独立の創作性」の名に相応しいものであり、上記Bの要素はこれらの結果として成立しているものであって、Bの要素のみで単独では成立しないとも主張している。 したがって、控訴人の当該主張を前提とすると、前記のとおり、@及びAの各要素に基づいて創作性を認めることができない以上、当然にBの要素についても認められないということになる。 オ 控訴人のその余の主張について (ア) 控訴人は、前記@ないしBの要素のほかに、控訴人装置の軽さや色についても、創作性の根拠として主張する。 しかしながら、控訴人装置の軽さは、素材の性質であって、控訴人装置の創作物として鑑賞するときに、その創作性の対象として認識されるものではない。また、控訴人装置の本体部分及び二重化部分が白色の素材で構成されていることについては、その色の選択について創作性を認めることはできない。控訴人は、恐怖感や不安感を低下させるために色の選択をしているのであって、当該選択には創作性があるとも主張するが、それは控訴人装置の使用時にその機能を十分発揮させるための色の選択の根拠を述べるのみであって、控訴人装置自体の創作性の根拠となるものではない。 (イ) 控訴人は、控訴人装置の大きさについても創作性があると主張するが、控訴人が大きさについて選択の根拠として挙げる控訴人の芸術家としての感性については、その具体的な内容が不明であり、そこから創作性を根拠付けることはできない。 (ウ) また、控訴人は、2枚の布を接ぎ合わせた形状についても、創作性があると主張するが、そこに製法としての特殊性があるとしても、それが控訴人装置の創作性を根拠付けるものとはいえない。 (エ) 控訴人は、原審における本人尋問において、控訴人装置の上辺中央付近が1本のロープにより斜め上方向に向かって引っ張られており、これにより、控訴人装置は後方に向かって曲がった形状となっているところ、上記曲線も控訴人装置の創作性を基礎付ける要素を構成する旨の供述をするが、本件において控訴人が控訴人装置として特定する原判決別紙反訴原告装置目録の図面には、控訴人装置の中央付近を引っ張るロープは記載されておらず、控訴人本人のいう「曲線」の具体的形状が明らかではない上、上記曲線が控訴人装置の創作性を基礎付けることになる具体的理由も主張されていないのであって、この点を控訴人装置の創作性を基礎付ける要素と解することもできない。 (オ) 控訴人のその余の主張も、いずれも採用できない。 (3) 小括 以上からすると、控訴人装置には創作性を認めることはできない。 2 争点(2)(被控訴人装置は、控訴人装置の著作権侵害(複製権侵害)又は著作者人格権侵害(同一性保持権侵害)に当たるか)について 前記1のとおり、控訴人装置について、著作物性を認めることができない以上、被控訴人装置について、控訴人装置に係る複製権及び同一性保持権侵害をいう控訴人の主張は、その前提を欠くものであり、失当である。 3 控訴人装置の著作権又は著作者人格権に係る請求の当否 (1) 控訴人装置の著作権に係る確認請求について 控訴人は、本件訴訟において、まず、控訴人装置について、控訴人が著作権を有することの確認を求めるが、その主張に係る著作権が控訴人に帰属することを被控訴人との間において確認することを求めるものではなく、控訴人装置に著作物性が認められて著作権の対象となり得るものであることを被控訴人との間において確認することを求めるものであるところ、控訴人装置に著作物性が認められて著作権の対象となり得るものであるならば、当該著作権が控訴人に帰属すること自体は被控訴人が争うところでなく、被控訴人は、控訴人装置に著作物性があるか否かを争うとともに、著作物性が認められたとしても、被控訴人装置が控訴人の主張する著作権を侵害するものではないとして、控訴人の主張を争っているものである。 このような場合において、控訴人装置の著作物性の有無それ自体は、著作権侵害を理由とする請求の当否の前提問題として判断されるべきものであって、かつ、それで足り、控訴人装置に著作物性が認められた場合における当該著作権の帰属それ自体を争っているわけではない被控訴人との間において、控訴人装置について著作物性が認められるとして、控訴人が著作権を有することの確認を求める訴えは、確認の利益がなく、不適法といわなければならないから、却下されるべきものである。 (2) 控訴人装置の著作権に係るその余の請求について 控訴人は、次に、被控訴人装置が控訴人装置に係る控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして、被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄を求めるが、前記説示のとおり、控訴人装置に著作物性を認めることができない以上、控訴人の請求は、その前提を欠き、理由がないから、棄却されるべきものである。 4 争点(3)(被控訴人事業は、控訴人の商品等表示として周知性を有する控訴人装置と同一のものを使用して、控訴人の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するか)について (1) 控訴人装置に係る周知性について ア 控訴人は、控訴人装置は、国内外の需要者の間に広く認識され、外務省、国連等にも認知されており、その世界における有名商品となっているのであり、控訴人の周知商品等表示に該当するなどと主張する。 イ そこで検討すると、証拠(甲1の1〜3、乙4、5、7、11、12、15、16、23の1、乙24)によれば、確かに、控訴人は、平成13年、スペースチューブをニューヨーク国連本部における公演において舞台装置として用いたほか、平成16年からは実用品である体験型装置として使用し始め、これまでの間、少なくとも38か所の美術館、科学館、劇場、学校等において、舞台装置、美術品、体験型装置として使用、展示されたことが認められる。 ウ このことから、控訴人は、控訴人装置の形態それ自体が控訴人の商品等表示であり、「国内外の需要者の間に広く認識され、外務省、国連等にも認知されており、その世界における有名商品となっている」などと主張するが、「需要者」が具体的にどのような者をいうのかについては、明らかではない。 また、前記1(1)のとおり、控訴人装置の形状は、平成20年頃に定まったもののようであるし、設置場所に応じて、形状が変化するものである。 さらに、控訴人は、スペースチューブや控訴人装置を用いたダンスによる公演活動を行っているところ、控訴人がそのウェブサイトにおいて紹介している公演に関するコメント(甲1の3)の中には、ダンス自体についてコメントされるにとどまり、舞台装置として使用されたスペースチューブについては言及されていないものもある。 エ したがって、控訴人装置は、国内外の需要者の間に広く認識されているものということはできない。 (2) 控訴人装置の形態について 控訴人装置は、布状のチューブ(本体部分)をその端部において支持具とロープで固定することにより宙吊りとし、チューブの中央部分に二重化部分を設けた構造を有している。 もっとも、宙吊りされた布状のチューブの中に人が入り、布の反力によって体が支えられる状態を体験することができる体験型装置において、本体部分を宙吊りにする構造を採用することはむしろ当然である。 また、控訴人装置は、反力を確実に確保して「浮遊」を容易にするために、二重化部分を有する構造を採用するものであるところ、人が布状のチューブを用いた装置内で浮遊を体験する際、最も負荷のかかる本体部分の中央部分を補強する必要があること、人の体重が中央部分にかかることによって中央部分が床に接地することを防止する必要があることは、その構造上、自明である。上記各課題を解決するためには、中央部分に二重化部分を設けることは、簡便かつありふれた方法であるということができる。 したがって、控訴人装置の形態は、宙吊りされた布状のチューブの中に人が入り、布の反力によって体が支えられる状態を体験することができる体験型装置において、機能上不可避の形態というべきであって、控訴人装置の形態それ自体が控訴人の商品等表示であるとまで、認めることはできない。 (3) 小括 以上からすると、その余の点について検討するまでもなく、被控訴人事業は不正競争防止法2条1項1号にいう不正競争行為には該当しないといわざるを得ない。 5 争点(4)(被控訴人事業は、控訴人の商品形態である控訴人装置を模倣した商品である被控訴人装置を譲渡等のために展示する行為(不正競争防止法2条1項3号)に該当するか)について (1) 控訴人は、平成13年以降、スペースチューブを舞台装置、美術品、体験型装置として用いていたものであるところ、実際に控訴人装置を「商品」として扱うようになったのは、本件契約締結時(平成20年6月1日)からであり、その着手に至ったのは、控訴人装置を「体験型装置」として用いた同年7月のイベント実施時からであるとするものであるから、控訴人装置を「体験型装置」として商品化したものと主張する趣旨と解される。 (2) 被控訴人装置は、控訴人装置と同様に、布状のチューブ(本体部分)をその端部において支持具とロープで固定することにより宙吊りとし、チューブの中央部分に二重化部分を設けた構造を有している。 また、被控訴人装置は、控訴人装置と同様に、反力を確実に確保して「浮遊」を容易にするために、二重化部分を有する構造をも有しているものである。 もっとも、上記各構造が、宙吊りされた布状のチューブの中に人が入り、布の反力によって体が支えられる状態を体験することができる体験型装置において、機能上不可避の形態であることは、争点(3)につき、前記4(2)のとおりである。 したがって、被控訴人装置の形態は、機能上不可避の形態の限度で控訴人装置に類似するものにすぎないというべきであるから、当該形態は、不正競争防止法2条1項3号かっこ書の「同種の商品が通常有する形態」に該当するものということができる。 (3) 以上からすると、その余の点について検討するまでもなく、被控訴人による被控訴人事業の実施は、不正競争防止法2条1項3号にいう不正競争行為には該当しないというほかない。 6 争点(5)(被控訴人事業は、控訴人の開示した控訴人装置に関する営業秘密を、不正の利益を得る目的をもって使用する行為(同法2条1項7号)に該当するか)について (1) 不正競争防止法において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうところ(不正競争防止法2条6項)、控訴人装置が、平成21年7月から8月までの間、埼玉県川口市所在のイオンモールで、中に人が入ることのできる体験型装置として展示されたものであることは、前記1(1)ウ(イ)のとおりである。 (2) しかしながら、控訴人が営業秘密であると主張する控訴人装置に関する情報(@控訴人装置の長さ及び高さ、A布の強度と伸縮性、B布の張り具合、C二重化構造、D布及びロープの総重量)は、いずれも、その性質上、展示されている控訴人製品の中に入り、又はこれに触れ、あるいは外部から観察した者が容易に認識し得る情報であるということができる。 また、布製のチューブを宙吊りにし、その中に人が入る体験型装置において、上記各事項は、布の製造メーカーに問い合わせたり、安全性の観点をも考慮しつつ強度計算することなどによっていずれも推知することが可能であり、これらの作業が格別の困難性を有するというものでもない。 したがって、控訴人が営業秘密であると主張する上記情報は、控訴人装置が上記のとおり展示されたことにより、非公知性を欠くに至ったものというべきである。 なお、控訴人は、控訴人装置が上記@ないしDの構造を採用する理由又は文化的意義も控訴人の営業秘密に該当すると主張するが、控訴人装置の制作等に当たり、技術上有用となるのは、@ないしDの構造に係る情報であって、これらの構造を採用する理由又は文化的意義は、その背景事情あるいは控訴人装置について控訴人が抱く主観的感情にすぎないものというべきであるから、これらの点が控訴人の営業秘密に該当するということはできない。 (3) 以上からすると、控訴人の列挙する控訴人装置に関する情報は、いずれも営業秘密に該当しないから、その余の点について検討するまでもなく、被控訴人による被控訴人事業の実施は不正競争防止法2条1項7号にいう不正競争行為に該当しないといわなければならない。 7 争点(6)(本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否)について (1) 本件契約書6条は、本件契約に関して相手方から提供された業務上、営業上又は技術上の情報を秘密として保持し、相手方の書面による事前の承諾なしには目的外に使用してはならない旨を定めている。 (2) 同条に定める技術上の情報の範囲については、本件契約書上、必ずしも明らかではないが、同条の「秘密として保持し」との文言からすると、非公知性を欠く情報や、容易に推知することができる情報は含まないものと解される。 (3) そして、前記6のとおり、控訴人が営業秘密に当たると主張する控訴人装置に関する情報は、いずれも非公知性を欠き、容易に推知することができる情報というべきであるから、被控訴人に本件契約書6条に定める秘密保持義務違反は認められない。 8 争点(8)(本件仮処分申立ての違法性の有無(本件注意書のアップロードが、被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当するか)について (1) 認定事実 ア 控訴人及び被控訴人は、平成20年6月1日、本件契約を締結し、控訴人と被控訴人との共同事業として、福岡県北九州市、三重県、東京都等において、「スペースチューブ」を使用したイベントを実施した(甲4、11、乙15、原審における控訴人本人)。 イ 被控訴人は、これらのイベントに引き続き、「ぐんまこどもの国児童会館」において、平成21年3月20日から同年4月5日までの間、「スペースチューブ」を使用したイベントを開催することを企画し、同館との間で契約交渉を進め、同年2月頃、同館との間で実施契約を締結したが、控訴人は、被控訴人から示された上記企画内容が控訴人の考えに沿わないものであると考えたことなどから、同年3月頃、被控訴人に対し、上記企画の中止又は大幅な見直しを要求し、被控訴人は、控訴人の上記要求を受けて、同月11日に、同館館長、控訴人及び被控訴人代表者による打合せの機会を設定した。しかしながら、控訴人は、同月8日頃、同館の企画担当者に宛てて、「このままでは盗作に当たるチュービング・イベントについて。」と題し、上記企画は控訴人に無断で進められたものであるとして企画の白紙撤回などを求める内容の電子メールを送付した(甲9の1・2、甲11、乙6、15)。同館は、これを受けて、上記企画を中止した(甲11)。 なお、控訴人と被控訴人との間で、上記紛争に至った原因について、当事者双方の説明は対立するものである。この点について、被控訴人代表者は、本件契約において、イベントの企画や契約交渉は被控訴人が行うこととなっていること(甲4)から、上記イベントについて契約交渉を進めたようである(甲11)。他方、控訴人としては、控訴人装置を使用したイベントは、控訴人の抱くコンセプトに忠実に実施することを希望しており、「チュービングのブランド化」を目指すべきであって、ブランド化につながらない企画は行うべきではなく、単価150万円以上、1件500万円ないし1000万円での開催を狙うこと、イベントを構成する1つとしてではなく、あくまでも控訴人装置を独立して取り上げたイベントとして企画することなどを念頭に置いており、被控訴人代表者の企画制作の方針は受け入れ難かったようである(甲9の2、乙3、6)。 ウ 被控訴人は、平成21年3月10日付けで、控訴人に対し、@前記イの経緯により控訴人と被控訴人との間の信頼関係が破壊されたため本件契約を解除すること、A控訴人がぐんまこどもの国児童会館に宛てて送付したメール中に被控訴人代表者の名誉を毀損する表現があることについて、控訴人の謝罪を求めること、B謝罪がない場合には法的措置を執らざるを得ないことなどを記載した「通知書」を送付した(甲6)。 控訴人は、同年4月1日付けで、被控訴人に対し、上記解除には異存がないこと、被控訴人が謝罪するのであれば和解の用意があることなどを記載した上記通知書に対する回答を送付した(甲7)。 エ 被控訴人は、その後、被控訴人事業を開始した。 オ 控訴人は、同年6月10日頃、その管理運営するウェブサイト上に本件注意書をアップロードした。 本件注意書には、次の記載がある(甲2の1)。 (ア) エクスプローラーズ・ジャパン(以下EJ)という会社が、スペースチューブ(別名スペースチュービング)を使用したイベントを、「Kooflo」という名称を使用し、私(福原哲郎)と東京スペースダンスの権利を侵害し、不正に受注しようとしています。 (イ) EJには、スペースチューブを使用したイベントを実施する権利などありません。それがあるかのように偽っています。 (ウ) 現在私の手元にもある「Kooflo」のイラストについて、スペースチューブについて知る者なら、これがスペースチューブからの盗作であることは誰にも一目瞭然です。 (エ) 私は、このようなEJによる著作権侵害の行為を許すわけにはいきません。 (オ) 「ぐんまこどもの国児童会館」に対し、EJ単独では実施する権利がないにも拘らず、今回のケースと同様に、あるかのように館を欺きました。そして、EJにとって都合のいい勝手な実施契約を結んでいました。 (カ) しかし、EJは逆に居直り、弁護士を立て私に脅しをかけてきたのです。 (キ) 私の側で弁護士を立て…契約を解除すると共に、「正式な謝罪」を求める通知書をEJに送付しました。 (ク) EJの場合、不正な盗作であることは、この間の事情を知る者にとっては誰にも明白なことです。 (ケ) EJに対しては、スペースチューブは「先使用権」に守られた私と東京スペースダンスの権利であること、スペースチューブを「Kooflo」等の名称で偽装し不正な受注を図ることは許されないこと…を、弁護士を通じて通告しています。 カ なお、前記オ(ウ)の「「Kooflo」のイラスト」との文言は、赤字で記載されており、同文言をクリックすると、4人の子供及びその指先や膝先、手首の先などに曲線が描かれ、左下に「Kooflo」の文字が記載されたイラスト(甲2の2。以下「本件イラスト」という。)が表示される(甲2の2、弁論の全趣旨)。 キ 被控訴人は、本件注意書の前記オ(ア)ないし(ケ)の各記載は虚偽のものであり、本件注意書のアップロードは不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為に該当すると主張して本件仮処分命令を申し立て、同年7月14日、控訴人に対し、本件注意書の削除を命ずる本件仮処分決定がされた(甲11、12)。 (2) 検討 ア 本件注意書の記載内容のうち、前記(1)オ(ア)、(イ)、(エ)、(ク)及び(ケ)の各記載は、被控訴人による被控訴人事業の実施が、控訴人装置に関する控訴人の著作権等の権利を侵害する違法なものであることを内容とする記載であると解されるところ、被控訴人による被控訴人事業の実施が、控訴人の著作権若しくは著作者人格権侵害、不正競争行為又は秘密保持義務違反(債務不履行)のいずれにも当たらないことは前記のとおりであるから、上記各記載は虚偽の部分を含むものであった。 イ 前記(1)オ(ウ)の記載中で「スペースチューブからの盗作である」と記載された本件イラストは、控訴人と被控訴人の共同事業として実施されたイベントにおいて撮影された写真を基に、被控訴人の依頼によって描かれたものであると認められるが(甲10の1・2)、本件イラストの表現内容が前記(1)カのとおりのものであることに照らし、本件イラストが控訴人装置を複製したものに当たらないことは明らかであり、他に本件イラストが控訴人の権利を侵害するものであることを認めるに足りる証拠はない(なお、控訴人は、本件イラストが控訴人装置を撮影した写真を基にして描かれたものであることから、本件イラストが控訴人の控訴人装置についての著作権を侵害する旨主張するものであると解されるが、本件イラストは、4人の子供及びその指先や膝先、手首の先などに曲線が描かれたものであり、本件イラストは控訴人装置を有形的に再製したものでも、控訴人装置の本質的特徴を感得することができるものでもないことは明らかである。)。 したがって、前記(1)オ(ウ)の記載も虚偽のものであったというべきである。 ウ 前記(1)オ(オ)、(カ)及び(キ)に記載された本件契約の解除の経緯等に関する記載のうち、被控訴人が控訴人を脅した旨の記載は、前記(1)イ及びウの控訴人と被控訴人との間における通知及び回答の各内容に照らし、事実経過に沿わないものである。 また、「ぐんまこどもの国児童会館」に対し、被控訴人単独ではイベントを実施する権利がないにも関わらず、あるかのように館を欺き、被控訴人に都合のいい勝手な実施契約を締結したという点については、本件契約第2条2項Aにおいて、「個々の事業の企画、契約関係の処理、進行管理、宣伝及び営業、会計並びにその他事務」が被控訴人の業務とされていることと整合しない。この点について、控訴人は、本件契約締結時において、被控訴人が控訴人のスペースチューブに対する権利を曖昧にしようとしていることに気付き、契約書案の修正を要求し、被控訴人が修正案を受け入れたなどと主張し、原審における本人尋問において、被控訴人が準備した契約書案(乙2)は、控訴人の権利について曖昧な内容であって、不信感を感じ、被控訴人単独では事業を行うことができない旨を明記させた上で、本件契約を締結したと述べるものである。しかしながら、上記契約書案第1条3項では、事業の窓口は被控訴人であるところ、被控訴人は、打診又は依頼された全ての事業について控訴人とその諾否を協議しなければならないとの条項が存在していたが、本件契約書においては、当該条項が削除され、第4条1項において、事業のために被控訴人が商標登録出願している「space tubing スペースチュービング」なる商標は、第三者による無断使用等を防ぐためのものであるから、被控訴人が当該商標の権利者であることをもって、控訴人の同意と参加を抜きに被控訴人のみで事業を実施できるものではないとされるにとどまるものである。そうすると、本件契約上は、スペースチューブを用いた事業に関する契約締結時に控訴人の同意を得ることが必ずしも必要とはされていなかったと解する余地は十分にあるものであった。 エ 控訴人と被控訴人とは、体験型の展示装置を使用したイベントの実施を行う点で競争関係にあるものと認められるところ、以上のとおり、本件注意書は、前記アないしウの点で、虚偽の内容を含むものであったと認められる。そして、本件注意書の前記記載は、被控訴人事業が控訴人の権利を侵害する違法なものであり、又は、被控訴人が控訴人を脅すなど不当な経緯により事業をするに至った旨を、本件注意書を見る不特定多数の者に印象付けるものであって、被控訴人の営業上の信用を害するものであった。 したがって、控訴人による本件注意書のアップロードは、虚偽の事実を流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に当たるものであったと認められる。 オ 以上からすると、被控訴人の本件仮処分命令の申立てを相当と認め、被控訴人に150万円の担保を立てさせて、本件注意書の削除を命じた本件仮処分命令それ自体に違法な点はないものと認めることができる。 よって、他に特段の事情が認められない本件において、被控訴人の本件仮処分の申立てが違法であった旨の控訴人の主張を採用することはできない。 9 争点(10)(被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否)について (1) 控訴人は、被控訴人が、控訴人との共同事業が破綻するや、直ちに控訴人から教えられた技術的手法に基づいて控訴人装置を模倣し、これと少なくとも実質的同一性を有する被控訴人装置を制作し、これを展示する等の営業活動を行ったことは、競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって、不法行為を構成するものであると主張する。 (2) しかしながら、控訴人装置が法的保護に値するか否かは、正に著作権法及び不正競争防止法が規定するところであって、当該装置が著作権法によって保護される表現に当たらず、また、不正競争防止法2条1項1号及び3号において保護されない以上、同様の装置につき、控訴人が独占的、排他的に使用し得るわけではない。 控訴人主張に係る控訴人装置に関する情報(技術的手法)についても、不正競争防止法によって保護される営業秘密に当たらず、また、本件契約に基づく秘密保持義務の対象とは認められない以上、同様である。 したがって、被控訴人が被控訴人装置を用いて事業を行ったからといって、控訴人装置ないし同装置に関する情報について著作権侵害、不正競争防止法及び本件契約に違反する行為が認められない本件において、それ以外に控訴人の具体的な権利ないし利益が侵害されたと認められない以上、不法行為が成立する余地はない。 そして、控訴人装置の制作について、いかに控訴人が創意工夫をこらしたとしても、それが著作権法の保護に値せず、そのほか控訴人の具体的な権利ないし利益の侵害が認められない以上、不法行為を理由に、法的保護を受けることができないことはいうまでもない。著作権法の保護の対象とされない表現物及び不正競争防止法における営業秘密に該当しない情報については、原則として自由に利用し得るものであり、被控訴人装置を制作し、これを展示する等の営業活動を行ったことをもって、競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用したなどということはできない。 (3) したがって、控訴人の主張は失当というほかない。 10 控訴人装置の著作権又は著作者人格権に係る請求以外の請求の当否 控訴人は、前記3で判示した控訴人装置の著作権又は著作者人格権に係る請求以外にも、前記4ないし9で判示したところについて、被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄を求めるほか、損害賠償を求めるが、当該請求も、その余の点について判断するまでもなく、その理由がないから、棄却されるべきものである。 11 結論 以上の次第であるから、原判決中、控訴人装置の著作権に係る確認請求を認容した部分は、被控訴人の本件附帯控訴に基づき却下されるべきものであり、また、控訴人のその余の請求を棄却した部分に対する控訴人の本件控訴は棄却されるべきものであり、更に、控訴人の当審における追加請求も棄却されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光 |
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