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【事件名】少年供述調書の流出事件(刑)(3)
【年月日】平成24年2月13日
 最高裁(二小) 平成22年(あ)第126号 秘密漏示被告事件
 (原審・奈良地裁平成19年(わ)第452号)

決定


主文
 本件上告を棄却する。

理由
 弁護人高野嘉雄、同堀和幸、同池田良太の上告趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 所論に鑑み、職権で判断する。
 原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば、本件は、精神科の医師である被告人が、少年事件について、家庭裁判所から、鑑定事項を「1 少年が本件非行に及んだ精神医学的背景、2 少年の本件非行時及び現在の精神状態、3 その他少年の処遇上参考になる事項」として、精神科医としての知識、経験に基づく、診断を含む精神医学的判断を内容とする鑑定を命じられ、それを実施したものであり、そのための鑑定資料として少年らの供述調書等の写しの貸出しを受けていたところ、正当な理由がないのに、同鑑定資料や鑑定結果を記載した書面を第三者に閲覧させ、少年及びその実父の秘密を漏らしたというものである。
 所論は、鑑定医が行う鑑定はあくまでも「鑑定人の業務」であって「医師の業務」ではなく、鑑定人の業務上知った秘密を漏示しても秘密漏示罪には該当しない、本件で少年やその実父は被告人に業務を委託した者ではなく、秘密漏示罪の告訴権者に当たらない旨主張する。
 しかし、本件のように、医師が、医師としての知識、経験に基づく、診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた場合には、その鑑定の実施は、医師がその業務として行うものといえるから、医師が当該鑑定を行う過程で知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らす行為は、医師がその業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏示するものとして刑法134条1項の秘密漏示罪に該当すると解するのが相当である。 このような場合、「人の秘密」には、鑑定対象者本人の秘密のほか、同鑑定を行う過程で知り得た鑑定対象者本人以外の者の秘密も含まれるというべきである。 したがって、これらの秘密を漏示された者は刑訴法230条にいう「犯罪により害を被った者」に当たり、告訴権を有すると解される。
 以上によれば、少年及びその実父の秘密を漏らした被告人の行為につき同罪の成立を認め、少年及びその実父が告訴権を有するとした第1審判決を是認した原判断は正当である。
 よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官千葉勝美の補足意見がある。
 裁判官千葉勝美の補足意見は、次のとおりである。
 私は、法廷意見との関係で、次の点を補足しておきたい。
1 医師法17条にいう医業の内容となる医行為のうち、患者に対して診察・治療を行うという臨床としての職務(以下「基本的な医行為」という。)においては、医師は、患者等との間で信頼関係があり(緊急搬送された意識不明の患者との間でも、合理的な意思の推測により信頼関係の存在は認められよう。)、それを基に患者の病状、肉体的・精神的な特徴等というプライバシー等の秘密や、治療等の関係で必要となる第三者の秘密に接することになり、基本的な医行為は、正にそのような秘密を知ることを前提として成り立つものである。刑法134条の秘密漏示罪の趣旨は、医師についていえば、医師が基本的な医行為を行う過程で常に患者等の秘密に接し、それを保管することになるという医師の業務に着目して、業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らすことを刑罰の対象としたものである。したがって、同条は、第一次的には、このような患者等の秘密を保護するため、第二次的(あるいは反射的)には、患者等が安心して医師に対し秘密を開示することができるようにし、医師の基本的な医行為が適正に行われるようにすることを企図し、いわば医師の業務自体を保護することも目的として制定されたものといえる。
 同条が、医師以外にも同じような業務の特徴を有する職業に就いている者を限定列挙しているのも、その趣旨である。
2 ところで、医師が鑑定人に選任された場合についてみると、基本的な医行為とは異なり、常に上記のような信頼関係に立って鑑定対象者等のプライバシー等の秘密に接することになるわけではなく、更には、臨床医としての知識、経験に基づき、書面上の検討のみで鑑定人としての見解を述べるような場合(いわゆる書面鑑定の場合)もあり得るところであり、これも医師の業務ではある。しかし、このような場合には、対象者等との信頼関係が問題にならないこともあるが、鑑定資料を見ることにより対象者等のプライバシー等に接することはあり得よう。この点は、医師以外の、例えば行動心理学の専門家が鑑定人に選任された場合も同様であろう。ところが、この場合、鑑定人がたまたま医師であるときは、鑑定人の業務遂行中に知り得た他人の秘密を公にすれば刑罰の対象となるが、行動心理学の専門家であれば刑罰の対象にならないという状況が生ずることになり、その差異ないし不均衡をどう考えるかが気になるところである。
3 この点については、医師の業務のうち、基本的な医行為ないしそれに類する行為を行う過程で知り得た秘密、すなわち患者等との信頼関係に基づき知り得た秘密のみが、刑法134条にいう「秘密」に当たると解し、上記の書面鑑定の場合や、基本的な医行為とはいえない業務、例えば伝染病の予防等の観点から死体を解剖したデータに基づく診断書の作成の過程で知り得た秘密等はこれに当たらないとする解釈が考えられる。この解釈は、同条の立法趣旨を徹底するものであり、他の例でいえば、ある弁護士が、本来の業務である弁護活動とは別に弁護士であるがゆえに所属弁護士会の重要な会務を行うことになり、その過程で知り得た他人の秘密については、弁護士と依頼者との間の信頼関係に基づき知り得たものではないので、ここでいう「秘密」に当たらず、それを漏らしたとしても刑罰の対象にはならないとするのは、それが弁護士の業務に当たらないとする理由もあるが、上記信頼関係とは関係のない場面で知り得た秘密であることも、実質的な理由ではないかと考える。
4 もっとも、このような考えは、刑法134条所定の「秘密」を、立法趣旨に従って目的論的に限定解釈するものであるが、文理上の手掛かりはなく、解釈論としては無理であろう。
 そうすると、この問題は次のように考えるべきではないだろうか。
 医師は、基本的な医行為が業務の中核であり、その業務は、常に患者等が医師を信頼して進んで自らの秘密を明らかにすることによって成り立つものである。医師は、そのような信頼がされるべき存在であるが、医師の業務の中で基本的な医行為とそれ以外の医師の業務とは、必ずしも截然と分けられるものではない。例えば、本件においても、被告人は、鑑定人として一件記録の検討を行うほか、少年及び両親との面接、少年の心理検査・身体検査、少年の精神状態についての診断を行い、少年の更生のための措置についての意見を述べることが想定されているところであり、この一連の作業は、少年に対する診察と治療といった基本的な医行為と極めて類似したものである。
 刑法134条は、基本的にはこのような人の秘密に接する業務を行う主体である医師に着目して、秘密漏示行為を構成要件にしたものであり、その根底には、医師の身分を有する者に対し、信頼に値する高い倫理を要求される存在であるという観念を基に、保護されるべき秘密(それは患者の秘密に限らない。)を漏らすような倫理的に非難されるべき行為については、刑罰をもって禁止したものと解すべきであろう。
 医師の職業倫理についての古典的・基本的な資料ともいうべき「ヒポクラテスの誓い」の中に、「医療行為との関係があるなしに拘わらず、人の生活について見聞したもののうち、外部に言いふらすべきでないものについては、秘密にすべきものと認め、私は沈黙を守る。」というくだりがある。そこには、患者の秘密に限定せず、およそ人の秘密を漏らすような反倫理的な行為は、医師として慎むべきであるという崇高な考えが現れているが、刑法134条も、正にこのような見解を基礎にするものであると考える。
5 いずれにしろ、被告人が鑑定という医師の業務に属する行為の過程で知り得た秘密を漏示した本件行為は、鑑定人としてのモラルに反することは勿論、刑法134条の構成要件にも該当するものというべきである。

最高裁判所第二小法廷
 裁判長裁判官 古田佑紀
 裁判官 竹内行夫
 裁判官 須藤正彦
 裁判官 千葉勝美
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