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【事件名】「北朝鮮の極秘文書」翻訳書の譲渡権事件
【年月日】平成24年1月31日
 東京地裁 平成20年(ワ)第20337号 損害賠償請求事件、平成20年(ワ)第29362号 謝罪広告掲載等反訴請求事件
 (口頭弁論終結日 平成23年10月20日)

判決
原告(反訴被告。以下「原告」という。) A
同訴訟代理人弁護士 小口恭道
同 浅井正
被告(反訴原告。以下「被告」という。) 株式会社高麗書林
被告(反訴原告。以下「被告」という。) B
被 告 C
被告ら訴訟代理人弁護士 片岡朋行
同 江森史麻子


主文
1 被告株式会社高麗書林及び被告Bは、原告に対し、連帯して、30万円及びこれに対する平成16年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 原告は、被告株式会社高麗書林に対し、33万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告は、被告Bに対し、33万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告株式会社高麗書林及び被告Bのその余の反訴請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを10分し、その6を原告の負担とし、その余を被告株式会社高麗書林及び被告Bの負担とする。
7 この判決は、第1項、第3項及び第4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
[本訴]
 被告らは、原告に対し、連帯して、3687万2000円及びこれに対する平成10年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
[反訴]
1 原告は、被告株式会社高麗書林(以下「被告高麗書林」という。)及び被告Bに対し、日刊・大阪日日新聞の社会面に、別紙1記載の謝罪広告を、別紙2記載の掲載要領により、1回掲載せよ。
2 原告は、被告高麗書林に対し、1375万円及びこれに対する平成20年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告は、被告Bに対し、1375万円及びこれに対する平成20年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本訴事件は、後記原告書籍について著作権を有すると主張する原告が、後記韓国書籍は原告に無断で原告書籍の一部を掲載したものであり、同書籍を製作し販売した被告高麗書林は、原告書籍に係る原告の著作権(複製権、翻案権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害したなどと主張して、被告高麗書林、上記韓国書籍が出版された当時の同社の代表取締役であった被告B、及び被告Bの子で上記出版の当時から現在まで同社の代表取締役である被告Cに対し、不法行為に基づく損害賠償等として、3687万2000円(著作権侵害の損害として3187万2000円、著作者人格権侵害の損害として500万円)及びこれに対する不法行為の日(上記韓国書籍が出版された日)である平成10年6月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める事案である。
 反訴事件は、被告高麗書林及び被告B(以下「被告両名」という。)が、被告両名は、原告が執筆し日刊・大阪日日新聞に掲載された後記新聞記事、及び原告が朝鮮史研究会の会場において来場者に配布した後記ビラなどに、被告両名が上記原告書籍を無断で盗用し、著作権侵害の海賊版(上記韓国書籍)を製作・販売したかのような内容が記載されていることによって、被告両名の名誉及び信用を毀損されたと主張して、原告に対し、謝罪広告並びに、不法行為に基づく損害賠償として、それぞれ1375万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成20年10月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠の掲記がない事実は、当事者間に争いがない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告
 原告は、「a」のペン・ネームで活動している、ジャーナリスト・ノンフィクション作家である。
イ 被告ら
(ア) 被告高麗書林は、昭和42年に設立された、各種書籍及び雑誌の輸入販売等を主な業とする株式会社である(乙44の1)。
(イ) 被告Bは、被告高麗書林の創業者であり、同社の設立時から平成15年4月30日までの間、同社の代表取締役を務め、その後は、会長の名目で同社の仕事を手伝っている(乙44の2、乙45)。
(ウ) 被告Cは、被告Bの子であり、平成8年11月27日から被告高麗書林の代表取締役を務めている(乙44の3、乙46)。
ウ 韓国高麗書林
 被告Bの兄であるDは、大韓民国(以下「韓国」という。)のソウル市において、「高麗書林」という屋号を用いて(以下「韓国高麗書林」という。)、韓国の書籍の出版、販売等の業務を行っていたことがある。
(2) 原告書籍の出版及びその内容
ア 訴外夏の書房は、平成8年2月28日、日本国内において、「米国・国立公文書館所蔵 北朝鮮の極秘文書(1945年8月〜1951年6月)」という題号の、原告を編者及び著者とする全3巻の書籍(上・中・下巻。以下「原告書籍(上巻)」などといい、全3巻を総称して「原告書籍」という。)を出版した(甲1の1〜3)。
イ 原告書籍には、米国軍が朝鮮戦争の当時朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)地域を一時占領した際に押収し、その後米国の国立公文書館に所蔵されていた合計160万ページに及ぶ文書(以下「米軍押収文書」という。)の中から原告が選択した、約1000点の文書(合計約1500ページ)が収録されている(以下原告書籍に収録された文書の全部をまとめて「原告書籍収録文書」という。)(甲5の1〜4、甲6の4、甲7の4)。
 また、原告書籍の各巻の末尾には、原告が執筆した原告書籍の解説文(以下「原告書籍解説」という。)が掲載されている。
(3) 韓国書籍の出版及びその内容
ア 韓国高麗書林は、平成10年6月20日ころ、韓国において、「美國・國立公文書館所蔵 北韓解放直後極秘資料(1945年8月〜1951年6月)」という題号の全6巻の書籍(以下「韓国書籍(1)」などといい、全6巻を総称して「韓国書籍」という。)を出版した(甲2の1〜6)。
イ 韓国書籍に収録された資料(文書)(以下韓国書籍に収録された文書の全部をまとめて「韓国書籍収録文書」という。)及びそれらの資料の掲載順序は、原告書籍収録文書と同じである。
 また、韓国書籍(1)の冒頭には、韓国語(ハングル)で書かれた韓国書籍の解説文(以下「韓国書籍解説」という。)が掲載されている(甲8の2)。韓国書籍解説は、原告書籍解説から別紙「原告書籍解説から削除した部分一覧表」記載の点が削除されているほかは、原告書籍解説をハングルに翻訳したものと同じである(甲20の1〜3、甲21)。
(4) 本件新聞記事の掲載及び本件ビラの配布
ア 本件新聞記事の掲載
 原告は、日刊・大阪日日新聞の連載特集欄「澪標(みおつくし)」に、「名誉と正義のために勝訴を」という見出しで、韓国書籍の出版、販売により原告書籍に係る原告の著作権が侵害されたことなどを記載した文章(乙1)を寄稿し、同文章は、2008年(平成20年)7月22日付けの同新聞に掲載された(以下「本件新聞記事」という。)。また、本件新聞記事は、日刊・大阪日日新聞のホームページにも掲載された。
イ 本件ビラの配布
(ア) 原告は、平成20年10月25日及び同月26日、京都府所在の佛教大学で開催された朝鮮史研究会第45回大会の会場において、来場者に対し、原告の作成した、「高麗書林(B・D・C)の海賊版 ぼくめつ(撲滅)ニュース No.1」と題するビラ(乙4の2。以下「ぼくめつニュース1」という。)など4種類のビラが1セットになったもの(乙4の1〜4。以下「本件ビラ」と総称する。)を配布した。
(イ) 原告は、その後も、2008年12月16日付けの「ぼくめつニュース No.3」(乙28。以下「ぼくめつニュース3」という。)、2009年2月13日付けの「ぼくめつニュース No.4」(乙29。以下「ぼくめつニュース4」という。)、同年3月5日付けの「ぼくめつニュース No.5」(乙30。以下「ぼくめつニュース5」という。)、及び2010年10月15日付けの「ぼくめつニュース No.6」(乙38。以下「ぼくめつニュース6」という。)を編集、発行し、これらのビラを朝鮮史研究会の大会の来場者等に配布した。
2 争点
[本訴について]
(1) 原告書籍収録文書は、編集著作物か(本訴争点1)
(2) 韓国書籍解説は、原告書籍解説を翻案したものか(本訴争点2)
(3 )被告らは、韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したか(本訴争点3)
(4) 被告らは、韓国書籍が原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることの「情を知って」(著作権法113条1項2号)、韓国書籍を販売したか(本訴争点4)
(5) 被告らは、韓国書籍を販売することにより、原告書籍に係る原告の著作権(譲渡権)を侵害したか(本訴争点5)
(6) 消滅時効の成否(本訴争点6)
(7) 原告の損害(本訴争点7)
(8) 被告らの不当利得の有無(本訴争点8)
[反訴について]
(1) 本件新聞記事及び本件ビラ等は、被告両名の名誉ないし信用を毀損するものか(反訴争点1)
(2) 本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実は真実か、又は、原告において、本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実が真実であると信ずるについて相当の理由があったか(反訴争点2)
(3) 被告両名の損害(反訴争点3)
(4) 謝罪広告の要否(反訴争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本訴争点1(原告書籍収録文書は、編集著作物か)について
[原告の主張]
ア 原告書籍収録文書は、原告が、3年近くの時間をかけて、米国国立公文書館にほとんど未整理の状態で保管されていた合計160万ページにのぼる米軍押収文書のすべてを読み解いた上で、その中から約1500ページ分の文書を選び出したものである。原告書籍収録文書の内容及び原告書籍中の掲載順序は、別紙「『北朝鮮の極秘文書』目次」に記載のとおりである。
 朝鮮戦争については、この戦争を誰が起こしたのか、すなわち、北朝鮮が先に全面戦争に打って出たのか、それとも南から米国・韓国軍が先に攻め込んだのか、という歴史的論争が存在した。原告は、上記のとおり米軍押収文書を徹底的に読破し資料を分析した結果、世界で初めて、北朝鮮側の資料によって、北側が先に周到な準備のもとに全面戦争を仕掛けたことを証明し、上記論争に終止符を打った。
 このように、原告書籍収録文書の編集の狙いは、南北朝鮮のどちらが先に朝鮮戦争を仕掛け、戦争を主導したかを明らかにすることにある。そのため、原告書籍(上巻)には、昭和20年8月15日(以下「8.15」という。)の植民地朝鮮の開放直後から朝鮮戦争直前までの政治状況に係る文書を掲載し、原告書籍(中巻)には、スターリンのソ連及び毛沢東の中華人民共和国(以下「中国」という。)のお墨付きを得た金日成(本名「金成柱」)が朝鮮戦争を仕掛けたことに係る文書を掲載し、原告書籍(下巻)には、韓国に対し戦争を始めた北朝鮮の動きと戦局の推移を示す文書、及び米国・韓国軍に壊滅させられた平壌を放棄して退却する北朝鮮人民軍の姿を示す文書を掲載した。
ウ 原告書籍における素材の選択及び配列の創作性について、各巻ごとに具体的に主張すると、次のとおりである。
(ア) 原告書籍(上巻)について
 原告書籍(上巻)は、副題に「ソ連占領下の北朝鮮と朝鮮共産党」とあるように、ソ連軍と金日成が、朝鮮が日本の植民地支配を脱した日(8.15)から陰謀的手法によって北朝鮮をソ連の衛星国に作り上げていく過程を示す文書を集め、これらの文書を、「1.解放直後から1946年8月までの各種ビラ、『正路』など43点」、「2.朝鮮共産党にかんする文献」、「3.金日成にかんする文献」及び「4.司法、情報機関の極秘文献」の4分野に分類して収録したものである。
a 「1.解放直後から1946年8月までの各種ビラ、『正路』など43点」は、8.15直後から1年間の朝鮮共産党やその周辺の左翼団体の活発な動きを示す文書である。
 8.15直後には数百数千種類のビラが出たであろうと思われるが、その大半は、その後、ソ連軍政部と金日成らによって回収、抹殺され、米軍押収文書の中にも上記43点しか存在せず、これが現存する世界で唯一の資料である。
 そこで、原告は、160万ページに及ぶ米軍押収文書の中から上記文書を選択し、43点すべてを原告書籍の冒頭に配列した。
b 「2.朝鮮共産党にかんする文献」は、ソ連軍と金日成が、8.15後に自然発生的に再建された朝鮮共産党をつぶし、北部朝鮮に朝鮮共産党北部朝鮮分局という組織を作り、自分たちの思いどおりになる組織に変えていった過程を示すものである。
 この過程を示す党の文書は、ソ連軍と金日成らによって徹底的に抹殺されており、米軍押収文書の中にもない。原告書籍に収録されている文書(「正しい路線のために」)は、原告がEから提供を受けたものであり、現在見られる文書としては世界で唯一のものである。この文書は、8.15から同年(昭和20年)11月6日までの朝鮮共産党の主張や声明等を収めており、当時の自生的な朝鮮共産党の動きをうかがう極めて貴重な資料である。
c 「3.金日成にかんする文献」は、金日成に関する公式見解(満州において日本軍と戦い、日帝支配者を倒して祖国に凱旋した民族的英雄)が虚像であり、実際の金日成(本名「金成柱」)は、昭和15年ころに日本の討伐軍に追われて満州からソ連領に逃げ込み、ソ連軍に持ち駒として囲われていたものであり、8.15後に、伝説の英雄金日成になりすまし、ソ連軍により北朝鮮の支配者に据えつけられた者であることを暴く資料である。
 例えば、「金日成将軍凱旋記」(3.2)は、金日成が民衆の歓呼の中に帰国したのではなく、こっそりと帰ってきてどこかに身を隠し、偽名まで用いて隠密活動に従事したことを匂わせており、「われらの太陽」(3.3)は、北朝鮮がひた隠しにする、金日成が昭和6年に中国共産党に入党した事実を記している。また、「歓迎・金日成将軍」(3.5)には、「誰もが将軍は若いという」という一節がある。これは、本物の金日成であれば当時50歳代以上でなければならなかったにもかかわらず、33歳の若造を金日成と偽ったでっち上げ劇に対する、民衆の疑問を表すものである。
d 「4.司法、情報機関の極秘文献」は、ソ連が事実上の単独政府である金日成政権(北朝鮮臨時人民委員会)を固めるために警察、検察、秘密情報機関などを整備する過程を示す文書であり、当時の北朝鮮地域の食糧事情、治安状況、犯罪者の数、情報機関員の数など、ソ連による恐るべき抑圧ぶりを示す資料をまとめたものである。
 原告は、本章において、ソ連軍が朝鮮から大量のコメを奪っていったために各地で餓死者が続出する悲惨な状態に陥ったこと(4.2、4.3)や、ソ連軍と金日成政権が人民を大量に逮捕したこと(4.6)、北朝鮮に17か所の「特別労務者収容所」が存在していたこと(4.10)などを記す、北朝鮮自身の資料を掲載している。
(イ) 原告書籍(中巻)
 原告書籍(中巻)は、副題が「朝鮮戦争を準備する北朝鮮」とあるように、北朝鮮が韓国に対し周到な戦争準備を行い、昭和25年6月25日に38度線の全戦線にわたって7個師団の大兵力で韓国に攻め込む直前までの状況を明らかにする、北朝鮮自らの文書を集めたものである。原告は、これらの文書を、「1.朝鮮戦争準備を示す文献」、「2.朝鮮系中国人部隊の隠密の朝鮮人民軍編入」、「3.民族保衛省の指令」、「4.南進直前の人民軍各部隊」の4分野に分類して収録した。
a 「1.朝鮮戦争準備を示す文献」は、北朝鮮政府の開戦準備状況を示す文書である。
b 「2.朝鮮系中国人部隊の隠密の朝鮮人民軍編入」は、国民政府軍との内線を戦い勝利した中国の精鋭の朝鮮系中国人部隊3万人が、北の要請に応じて極秘のうちに朝鮮に入ってくることなどを示す文書である。
c 「3.民族保衛省の指令」及び「4.南進直前の人民軍各部隊」は、上記中国人部隊を柱にして、7万人の北朝鮮人民軍が韓国侵攻を目指して38度線の至近距離に移動し攻撃態勢に入る状況を示す文書である。
(ウ) 原告書籍(下巻)
 原告書籍(下巻)は、副題が「南進から平壌陥落まで」とあるように、開戦から南に進撃する北朝鮮人民軍の姿、及び米軍・マッカーサーによる仁川上陸作戦で逆転されて一路崩壊する北朝鮮人民軍の姿を示す文書を集めたものである。原告は、これらの文書を、「1.朝鮮戦争開戦時の文献」、「2.金日成の命令」、「3.南進する人民軍」、「4.人民軍の非行記録」、「5.壊滅する人民軍」、「6.中国人民志願軍介入以後」の6分野に分類して収録した。
 これらの資料は、平壌陥落が目前に迫り動転した金日成が発した、戦場を離脱する者を職位のいかんを問わず射殺せよとの命令(4.2)や、米国・韓国軍の圧倒的な火力の前に人民軍の兵士が命令に服さず逃げ出し、連隊が解散状態に陥ったことを報告する文書(4.5)など、一つ一つが貴重極まりない内容のものである。
[被告らの主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
 以下のとおり、原告書籍収録文書における素材の選択及び配列は、米軍押収文書から出版物を作成する場合にとられる標準的なものであり、創作性があるとはいえない。
ア 米軍押収文書をまとめて出版するというアイデアは、原告独自のものではない。米軍押収文書に係る秘密文書指定は、昭和52年2月14日に解除されており、韓国の国史編纂委員会は、同資料を調査し、昭和57年以後、「北韓関係資料集」(乙3の1〜34)として順次刊行している。北韓関係資料集は、原告書籍が発行された平成8年2月までに、第22巻までの発行が完了していた。
イ 原告書籍収録文書には、北韓関係資料集にも収録されている資料が少なからず存在する(別紙「『北朝鮮の極秘文書』目次」「上巻」の1、2.5、3.2、4.5、4.7、4.8、同「下巻」の1.1、1.2、2.3)。
 また、文書の配列についても、次のとおり、北韓関係資料集と類似する点が多い。
(ア) 原告書籍(上巻)に「4.司法、情報機関の極秘文献」として収録されている3点の文書(4.5、4.7、4.8)は、北韓関係資料集の9巻に「資料4.保安所 会議関係書類」としてまとめられたものの一部と重複している。
(イ) 原告書籍(下巻)に「1.朝鮮戦争開戦時の文献」の「2 文献集」として収録されている8点の文書のうち6点は、北韓関係資料集の25巻に「資料27.政治上学教員と宣伝員に与える資料1」及び「資料28.政治上学教員と宣伝員に与える資料2」としてまとめられたものの一部と重複している。
(ウ) 原告書籍(上巻)は、「2.朝鮮共産党にかんする文献」として党資料をまとめているが、北韓関係資料集の1巻ないし4巻でも、「朝鮮労働党資料」として党資料をまとめており、資料群のとらえ方は類似している。
(エ) 原告書籍(上巻)には「4.司法、情報機関の極秘文献」との目次があるが、北韓関係資料集の5巻にも「司法」という目次があり、資料群のとらえ方は類似している。
[被告らの主張に対する原告の反論]
 北韓関係資料集は、これまでに34巻までが発行されているものの、そこに収録されている文書は米軍押収文書のごく一部(1.48%程度)にすぎず、資料を時系列に並べただけのものであって、明確な編集意図があるものでもない。また、原告書籍収録文書のうち北韓関係資料集にも掲載されているものは15点にすぎず、原告書籍収録文書全体の1割にも満たない。さらに、北韓関係資料集に掲載されている資料の中には、米軍押収文書をそのまま写したものではなく、普通の文書に置き換えられているもの(手書きの文書を編集して活字に書き直すなどして二次資料となっているもの)もある。
 これに対し、原告書籍収録文書は、米軍押収文書をまとめて出版するというアイデアによるものではなく、朝鮮戦争開戦の主導者は北朝鮮か米国・韓国のいずれであるかを明らかにしようとする明確な意図・目的の下に、米軍押収文書から文書を選択し配列したものであり、素材選択の創作性が遺憾なく発揮されている。また、原告書籍収録文書は、すべて米軍押収文書をそのまま写したもの(一次資料)である。
 このように、原告書籍収録文書と北韓関係資料集とは、素材の選択及び配列のいずれの点でも、全く別個の出版物である。
(2) 本訴争点2(韓国書籍解説は、原告書籍解説を翻案したものか)について
[原告の主張]
 原告書籍解説と韓国書籍解説の相違点は、@原告書籍解説は、原告書籍の各巻の末尾に掲載されているのに対し、韓国書籍解説は、韓国書籍(1)の冒頭にまとめて掲載されている点、A原告書籍解説は日本語で書かれているのに対し、韓国書籍解説は韓国語(ハングル)で書かれている点、B韓国書籍解説は、原告書籍から別紙「原告書籍解説から削除した部分一覧表」記載の事項が削除されている点、のみである。また、上記Bの削除部分が解説全体に占める量は、わずかである。
 このように、韓国書籍解説は、原告書籍解説をほとんどそのまま翻訳したものであり、原告書籍解説を翻案したものであるといえる。
[被告らの主張]
 原告書籍解説と韓国書籍解説の内容が全体として類似したものであることについては認め、韓国書籍解説が原告書籍解説を翻案したものであるとの主張については争う。
(3) 本訴争点3(被告らは、韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したか)について
[原告の主張]
ア 韓国書籍収録文書と原告書籍収録文書とは、資料の内容及び掲載順序が同じである。
 また、韓国書籍解説は、上記(2)[原告の主張]のとおり、原告書籍解説の一部を削除する改変を行ったものであり、韓国書籍には、原告書籍の著作者である原告の氏名も記載されていない。
イ 被告Bは、被告C及びDと共謀の上、韓国書籍を出版するために、原告書籍を入手してDに提供し、又は、Dに指示ないし依頼して原告書籍を入手させて、韓国高麗書林において原告に無断で韓国書籍を出版した。また、被告B及び被告Cは、上記行為当時、被告高麗書林の代表取締役であった。
ウ したがって、被告らは、韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作し原告書籍に係る原告の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)を侵害したことについて、不法行為に基づく損害賠償責任を負う(被告B及び被告Cにつき民法709条、719条、被告高麗書林につき旧会社法261条3項、同78条、旧民法44条1項)。
[被告らの主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
 被告高麗書林は、かつて韓国高麗書林と取引があったが、1989年に被告BがDとの関係を断絶し、両社の関係が決裂して以後、韓国高麗書林とは一切取引関係がなく、韓国書籍の製作に関与したこともない。
 Dは、韓国書籍が出版される前の平成10年4月にソウル市所在の統一部北韓資料センターから原告書籍の貸出を受けているものであり(乙35の1〜8)、被告BがDに原告書籍を供給した事実はない。
(4) 本訴争点4(被告らは、韓国書籍が原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることの「情を知って」(著作権法113条1項2号)、韓国書籍を販売したものか)について
[原告の主張]
 被告らは、上記(3)[原告の主張]のとおり、Dと共謀して、原告書籍に基づき韓国書籍を製作した。そして、被告らは、韓国書籍を輸入して日本国内で販売したのであるから、韓国書籍が原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることの「情を知って」(著作権法113条1項2号)韓国書籍を販売したものである。
[被告らの主張]
 原告の主張を否認する。
 被告らは、韓国書籍を販売した当時、韓国書籍が原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることを知らなかった。
(5)本訴争点5(被告らは、韓国書籍を販売することにより、原告書籍に係る原告の著作権(譲渡権)を侵害したか)について
[原告の主張]
ア 原告は、平成14年4月初めころ、和田春樹著「朝鮮戦争全史」によって韓国書籍の存在を知り、これがどのような出版物であるのか、韓国書籍が「高麗書林」の発行となっていたことから被告高麗書林の店にあるだろうと見当をつけて、同月4日、原告書籍を持参して被告高麗書林の店舗を訪れた。
 原告は、同店の書棚に並べられていた韓国書籍と原告書籍とを対照したところ、両書籍に収録されている資料は同一のものであったため、同店にいた被告Bを呼び、同人にも同様に両書籍を対照させたところ、被告Bも、両書籍がそっくりであることに同意した。
イ 被告高麗書林は、韓国の書籍の販売を行う専門書店であるから、上記のような場合、店内で販売に供している書籍が海賊版であるか否かを調査する義務がある。
ウ ところが、被告らは、上記義務を怠りその後も漫然と韓国書籍の販売を継続し、原告書籍に係る原告の著作権(譲渡権)を侵害したものであるから、少なくとも過失がある。
[被告らの主張]
ア 原告が平成14年4月4日ころに被告高麗書林の事務所を訪れ、被告Bと会った事実は認め、その余は否認ないし争う。
イ 原告は、平成14年4月4日に、原告書籍を持参して被告高麗書林の店舗を訪れ、同社が販売用に陳列していた韓国書籍のうちの1巻と見比べ、その後、応対した被告Bに対し、両書籍を比較して見せた。その際、被告Bは、両書籍とも終戦当時の新聞の切り抜きや公文書等の公刊物をそのまま載せただけのものであるが、文書の綴じ込みの順番が似ている旨認識した程度で、両書籍の内容について詳細なことは分からなかった。
 また、原告は、被告Bに対し、韓国書籍の発行者として記載されている「高麗書林」とは誰かと尋ねたため、被告Bは、「私の兄(判決注:「D」のこと)かもしれない」と答えた。原告は、さらにDの連絡先を尋ねたところ、被告Bは、Dとはずっと連絡をとっていないので知らないと答え、原告も納得した。
 原告は、帰り際に、被告Bに対し、韓国書籍の作成のいきさつについて「私の方で当たってみます」と述べ、何かあったら被告Bに知らせる旨を約束したが、その後、原告から被告Bに対して何の連絡もなかった。
ウ このように、被告Bは、原告が被告高麗書林を訪問した際に原告書籍と韓国書籍の内容の違いを詳細に確認したわけではなく、その後も原告から何の連絡もなかったため、韓国書籍が原告書籍の複製本であるとは夢にも思わず、そのように思う余地もなかった。
 また、韓国書籍と原告書籍とでは、判型や装丁等が全く異なり、巻数も異なっているほか、原告書籍には、韓国書籍に存在する韓国語の前書き及び解説が存在しない。さらに、被告らは、韓国書籍の販売に先立ち、これは北韓関係史料集と同様の米軍押収文書に基づく資料集であると認識していたため、韓国書籍に第三者の権利侵害の問題がないことを確信していた。
 したがって、平成14年4月4日の原告の訪問によっても、被告らは韓国書籍が原告書籍の著作権を侵害している事実を予見し得なかったものであり、被告らが韓国書籍を販売したことに過失はない。
(6) 本訴争点6(消滅時効の成否)について
[被告らの主張]
ア 平成14年4月4日を消滅時効の起算点とするもの
 原告は、遅くとも、原告が被告高麗書林を訪問し被告Bと面談した平成14年4月4日までに、被告高麗書林による韓国書籍の製作への関与、同書籍の輸入、販売により原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権が侵害され損害が発生したこと、及びその加害者が被告らであることを知っていた。
被告らは、被告らの上記不法行為に係る原告の損害賠償請求権について、平成20年10月21日の本件訴訟の第2回口頭弁論期日において、原告に対し、上記4月4日を起算点とする消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
イ 平成14年8月1日ころを消滅時効の起算点とするもの原告は、平成14年8月1日に発売された雑誌「諸君!」に同人が寄稿した文章の中で、 韓国書籍は原告書籍を複製したものであり、日本において販売されていることを指摘している。
 そうすると、原告は、遅くともこの時点において、原告書籍の複製及び販売についてその損害及び加害者を知ったことになる。したがって、平成14年8月1日ころ以前に行われた原告書籍の複製及び販売については、平成17年8月1日の満了を待って消滅時効が完成し、平成14年8月1日ころ以降にされた原告書籍の販売についても、原告は引き続き上記損害及び加害者を知っていたことに変わりはないから、当該販売から3年を経過した時点で消滅時効が完成した。
 被告らは、被告らの上記不法行為に係る原告の損害賠償請求権について、平成23年9月1日の本件訴訟の第4回口頭弁論期日において、原告に対し、上記8月1日ころを起算点とする消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
ウ 平成17年7月23日を消滅時効の起算点とするもの
 仮に、原告が平成14年4月4日又は同年8月1日ころの時点では被告らが韓国書籍の製作に関与していることを認識していなかったとしても、原告は、遅くとも平成17年7月23日には上記事実を認識していた。
 被告らは、被告らの上記不法行為に係る原告の損害賠償請求権について、平成23年9月1日の本件訴訟の第4回口頭弁論期日において、原告に対し、上記7月23日を起算点とする消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
[原告の主張]
ア 原告は、平成14年当時、「金日成隠された戦争」という著書の執筆活動及びその調査活動のために米国に長期滞在中であったが、日本に一時帰国していた同年4月初めころ、前記(5)[原告の主張]のとおり、韓国書籍の存在を知り、被告高麗書林を訪れて、原告書籍収録文書と韓国書籍収録文書が同じであることを確認し、被告Bもこれに同意した。その際、原告は、被告Bに対し、韓国書籍を誰が作ったのかと尋ねたが、同被告は、韓国で作ったと言うだけで、原告が「韓国の高麗書林はあなたの兄がやっているのではないか、どこに住んでいるのか」と尋ねても、「知らない」、「兄の住所も分からない」と答えるだけであった。
 そのため、原告は、この時点では、被告らが原告書籍の海賊版であることを知りながら韓国書籍を販売していることや、被告らが韓国書籍の製作に関与していることまでは分からなかった。
イ その後、原告は、米国に戻り、「金日成隠された戦争」の調査活動、執筆活動を続けた。原告は、平成16年10月に日本に帰国し、同年11月に「金日成隠された戦争」を出版し、平成17年夏ころまで、同書籍の販売キャンペーンやその英訳作業等に忙殺された。
ウ 原告は、平成17年秋ころ以後、被告Bの韓国書籍の出版への関与等について調査を開始した。原告が、被告Bが韓国書籍の出版に関与しているとの認識を強く抱いたのは、平成18年12月以後のことである。
(7) 本訴争点7(原告の損害)について
[原告の主張]
ア 著作権侵害によるもの
(ア) 逸失利益 2251万2000円
 原告書籍(全3巻)の日本国内での販売価格は28万1400円であり、原告書籍の販売による原告の利益は売上げの80%である。また、韓国書籍(全6巻)の総発行部数は、100セットを下らない。
 したがって、韓国書籍の出版、販売による原告の損害の額(著作権法114条1項)は、2251万2000円(281,400円×100セット×0.8=22,512,000円)を下らない。
(イ) 実損 196万円
 原告は、被告らの共謀による韓国書籍の出版、販売について、平成19年12月6日、韓国で刑事告訴を行い、このために弁護士費用100万円及び渡航費用96万円を支出した。
(ウ) 慰謝料 500万円
 原告は、前記(1)[原告の主張]アのとおり、原告書籍を著すために多大な労力と時間を費やした。韓国書籍の出版、販売は、このような原告の多大な労力等を無視して行われたものであり、これによる原告の精神的苦痛は甚だしく、これを金銭に評価すると500万円を下らない。
(エ) 弁護士費用 240万円
 原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人である小口恭道弁護士に依頼し、その際、同弁護士との間で、本件の着手金を80万円とし報酬を160万円とすることを合意した。
(オ) 上記(ア))ないし(エ)の損害額の合計は、3187万2000円を下らない。
イ 著作者人格権侵害によるもの
 被告らは、原告書籍の複製物ないし翻案物である韓国書籍を原告に無断で出版し、その際、著作者である原告の氏名を記載せず、原告書籍解説の一部を削除する改変を行った。
 原告は、被告らの上記行為により精神的苦痛を被ったものであり、その慰謝料は500万円を下らない。
[被告らの主張]
 原告の主張を不知、否認ないし争う。
 被告高麗書林が韓国書籍を販売した時期は、平成10年から平成16年までである。被告高麗書林は、この間に、韓国書籍(全6巻)を21セット販売し、韓国書籍の第1巻ないし第5巻をバラ売りで各1冊販売した(乙27の1〜15、被告C本人)。
(8) 本訴争点8(被告らの不当利得の有無)について
[原告の主張]
 被告らは、法律上の原因なくして韓国書籍を製作、販売したことにより利益を得ているものであり、それにより原告が被った損失(上記(7)ア記載の金額と同額)を原告に返還する義務がある。
 したがって、原告は、被告らに対し、民法703条の不当利得返還請求権に基づき、3187万2000円及びこれに対する平成10年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を連帯して支払うよう求める(なお、本請求と上記(7)アの損害賠償請求とは、選択的に主張するものである。)。
[被告らの主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
(9) 反訴争点1(本件新聞記事及び本件ビラ等は、被告両名の名誉ないし信用を毀損するものか)について
[被告両名の主張]
 別紙「反訴請求の原因」第1項に記載のとおり
[原告の主張]
ア 別紙「反訴請求の原因」第1項記載の事実ないし主張のうち、原告が本件新聞記事を執筆し本件ビラ等を配布したこと、本件新聞記事及び本件ビラ等に被告両名の主張する記載内容が存在すること(ただし、第1項の(5)イ(ア)ないし(ケ)の部分を除く。)、については認める。その余の事実ないし主張については、否認ないし争う。
イ 原告は、本件新聞記事及び本件ビラ等において、被告両名が韓国書籍を販売したと述べているだけで、被告両名が韓国書籍を製作したとまでは述べていない。
 また、被告両名が韓国高麗書林と協力していわゆる海賊版を販売していることは、本件新聞記事の掲載及び本件ビラ等の配布以前から、業界の間では常識であり、日本のみならず韓国においても相当知られていた。したがって、本件新聞記事の掲載及び本件ビラ等の配布によって被告両名の名誉ないし信用が新たに毀損されることはない。
(10) 反訴争点2(本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実は真実か、又は、原告において、本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実が真実であると信ずるについて相当の理由があったか)について
[原告の主張]
 本件新聞記事及び本件ビラ等の内容は、著作権に係る問題を扱うものであり、公共の利害に関する事実に係るものであることは明らかである。また、原告が本件新聞記事を執筆し本件ビラ等を配布したのは、被告両名の著作権侵害行為を指摘・弾劾するとともに、このような行為が横行することを警鐘しようとするものであるから、その目的は専ら公益を図ることにあった。そして、本件新聞記事及び本件ビラ等の内容は真実であり、仮に、本件新聞記事及び本件ビラ等の内容が真実でなかったとしても、次のとおり、原告は、その内容が真実であると信ずるについて相当な理由があった。したがって、原告の上記行為に違法性はない。
ア 被告両名が韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したことについて
(ア) 被告高麗書林の代表者である被告Bと韓国高麗書林の代表者であるDとは、いずれも北朝鮮の平安北道定州郡<以下略>の出身者であり、実の兄弟である。
(イ) 被告高麗書林と韓国高麗書林とは、人的に密接な関係にあるというだけでなく、以下のような設立の理由、経緯などからして、同一の企業体といってよいほどの関係にあった。
a 被告Bは、昭和37年に被告高麗書林を創業したが、ソウルで衣類販売業を営んでいたDにその仕事を止めさせて、昭和38年ないし39年ころ、「高麗図書貿易」という屋号を付けて、韓国の書籍を日本に輸入するための窓口とさせた。
b 韓国の大韓出版文化協会の「出版文化」(1976年4月号)には、Dの顔写真とともに、「高麗図書貿易は、日本東京の高麗書林という支社を通じて韓国図書の輸出をしてから、いつのまにか16年になる」というコメントが掲載されている(甲43の1〜3)。
c 韓国高麗書林と被告高麗書林は、その社名について同一のロゴマーク(甲32の1、2)を使用している。
d 被告高麗書林は、平成17年9月ころ、インターネット広告を利用し、「韓国版元との特別提携による特価で入手した」とうたって不二出版株式会社(以下「不二出版社」という。)その他の出版社の出版物の海賊版を特価で販売し(甲29)、平成16年10月ころにも同様に特価販売をした(甲30)。上記「韓国版元」とは、韓国高麗書林以外に考えられないものである。
e 平成11年に韓国で出版された、北朝鮮平安北道定州郡出身者の親睦雑誌「定州郡誌」(甲52)に、被告BとDの韓国内の住所及び電話番号が同一であると記載されている。
(ウ) 被告Bは、数十年間日本に滞在し、その間、被告高麗書林という韓国図書店を開き、各大学図書館や朝鮮問題研究者に韓国図書を販売する中で、日本の研究者や研究状況を知悉するようになっていた。また、被告Bは、日本の朝鮮史研究会の会員であったこともあり(甲47)、日本の近現代史の資料等の知識を相当程度有していた。
 これに対し、Dは、日本に住んだことはなく、日本語も堪能でなく、日本の近現代史の資料的価値等の知識を全く有していない。
 原告書籍の海賊版を製作、出版するためには、これが日本国内でどこの出版社から出版され、どういう内容のものなのか、海賊版に仕立てる価値があるものなのか、などの点について知る必要があるが、上記のような立場、状況にあったDには、このようなことは知り得なかった。
(エ) 不二出版社その他の日本の出版社は、被告高麗書林に対し、これらの会社の出版物のパンフレットやカタログなどを送っていた。そのため、被告Bは、海賊版の原本として使える出版物の情報に接しており、容易にこれを入手できる状態、立場にあった。
(オI 韓国高麗書林は、日本の出版社が出版した近現代史資料の無断復刻出版を韓国内で数多く行っており(甲36、47、57)、これらの無断出版物が被告高麗書林により日本で販売されている。これだけのことを行うには、日本に居住している者の指示ないし協力なくしてはできないものであり、この指示者ないし協力者としては、被告高麗書林(被告B)しか考えられないものである。
(カ) 緑蔭書房株式会社(以下「緑蔭書房社」という。)は、昭和63年に、同社の発行する「戦後アナキズム運動資料」の第1巻ないし第3巻の印刷を被告高麗書林に依頼したところ、間もなくして、韓国高麗書林が上記書籍の無断複製本を発行した(甲63)。
(キ) 被告高麗書林(被告B)は、平成5年11月初旬、不二出版社から、韓国の高麗大学へ納品すると称して「特高警察関係資料集成」の第10巻から第24巻までを購入した。ところが、これらの書籍は高麗大学に納品されておらず(甲34)、他方、韓国高麗書林は、被告高麗書林が上記書籍を購入した直後にその海賊版を出版している(甲33、46、47)。
(ク) 被告高麗書林(被告B)は、不二出版社発行の「百五人事件資料集」を昭和61年1月21日に(甲42)、同「高等外事月報」を昭和63年5月24日に(甲38の1、2)、同「朝鮮軍概要史」、「思想彙報(上・下)」及び同「朝鮮思想運動外況」を平成5年7月27日に(甲39の1、2、甲40の1〜3、甲41の1〜3)、それぞれ不二出版社から購入しているが(甲46)、その直後に韓国高麗書林が上記書籍の海賊版を出版している(甲36、47)。
(ケ) 被告高麗書林は、不二出版社から、「朝鮮の治安状況」及び「最近ニ於ケル朝鮮治安状況」を昭和59年7月及び昭和61年3月に購入したが、これらの海賊版が、平成8年3月に韓国高麗書林から出版されている(甲46、47)。
(コ) 被告Bは、昭和60年3月に、不二出版社の代表者から、「日本人の海外活動に関する歴史的調査」のコピー版を入手した。その直後に、上記コピー版をそのまま使った海賊版が、韓国高麗書林から出版されている(甲49の1、2、甲50の1、2)。
(サ) 被告高麗書林は、平成10年6月に韓国書籍が発行された直後にこれを輸入し、同年9月に同社が発行した「韓国図書目録」(甲24の1、2)において、韓国書籍の内容を詳細に解説し、「息詰まる極秘中の極秘文書」などと絶賛する広告宣伝文を掲載した。
(シ) 韓国書籍解説では、前記1(3)のとおり、原告書籍解説から別紙「原告書籍解説から削除した部分一覧表」記載の点が削除されている。これらの削除された記載は、原告ないし原告書籍に資料を提供した協力者の氏名や、原告の著書名等であり、これにより、同書籍を日本人が執筆したことがわからないような隠蔽工作がされている。
 このような作業は、韓国にいるDだけではできるはずがなく、日本に長く滞在し朝鮮問題に通じている被告Bの実行ないし主導があったものである。
(ス) 不二出版社、緑蔭書房社、夏の書房、株式会社総和社及び株式会社龍渓書舎の5社(以下「不二出版社ら5社」という。)は、各社が出版した出版物に係る韓国高麗書林の海賊版が被告高麗書林により日本国内で販売されたことを知り、平成17年12月8日以降、被告高麗書林(被告B)に対し、各社の発行する出版物に係る海賊版の出版について抗議、要求等をした。しかしながら、被告高麗書林(被告B)らは、海賊版ではないとか、海賊版であるとは知らなかったなどと開きなおり、上記抗議に誠実に応えようとせず、通常の出版社であれば直ちにとるであろう適切な処置をとらなかった(甲31、47)。
(セ) 原告は、前記(5)[原告の主張]のとおり、平成14年4月4日に被告高麗書林の店舗を訪れ、原告書籍収録文書と韓国書籍収録文書が同じであることを確認し、被告Bもこれに同意した。ところが、被告高麗書林は、その後も韓国書籍を販売し続けた。
(ソ) Dの息子であるFは、Dは平成8年暮れに脳梗塞で倒れ、韓国高麗書林は平成9年ころに廃業したと供述している(乙42)。そうすると、韓国書籍が発行された平成10年6月当時には、韓国高麗書林は韓国書籍を製作、出版できるだけの実体がなかったこととなり、被告Bが主導して韓国書籍の製作、出版をしたと見るのが自然である。
(タ) 韓国書籍の奥付には、「発行 高麗書林 ソウル市東大門区<以下略>」との記載が存在する。
 他方、韓国高麗書林の発行所は、1985年から1995年までは「鍾路区<以下略>」となっているが(大韓出版文化協会の出版社一覧による)、この間に、上記住所と異なる「東大門区<以下略>」となっている高麗書林発行名義の出版物が何点もあり、これらはすべて海賊版であるとの判決(後記不二出版訴訟判決)が下されている。
 したがって、「東大門区<以下略>」に所在する高麗書林は、被告Bが海賊版を専門に製作、出版、販売するために作ったダミーの出版社であるといえる。
(チ) 不二出版社が被告両名を相手取って起こした裁判(当庁平成19年(ワ)第24160号損害賠償請求事件)において平成21年2月27日に言い渡された判決(甲28。以下「不二出版訴訟判決」という。)では、被告Bの役割について、次のとおり認定されている。「被告BとDとは実の兄弟であり、韓国高麗書林との取引を中止したと主張する平成元年(1989年)以降も、依然として関係が続いていることを示す名刺や定州郡誌の事情があったり、韓国高麗書林の元従業員又はDの子であるFが関係する会社との取引を続け、韓国高麗書林の発行する無断複製物を数多く輸入して日本で販売していることを併せ考慮すれば、被告Bが韓国高麗書林と共謀して無断複製物を製作したか、少なくともその幇助をした疑いが相当あるといわざるを得ない」(甲28・56頁)
イ その他の記載内容について
(ア) 本件ビラ1に「検察側は高麗書林を『犯人』という言葉で非難しています」との記載があるが、この記載は真実である(甲66)。
(イ) アメリカの図書館に韓国書籍が所蔵されていることは、真実である(甲68)。
(ウ) 本件ビラ4に「私はBに海賊版であると指摘し、彼も認めた」との記載があるが、この記載が真実であることは、前記(5)[原告の主張]のとおりである。
(エ) ぼくめつニュース5に「高麗書林が不二出版の『特高警察関係資料集成』ほか5点を無断複製(海賊版作製)」との記載があるが、この記載は真実である(不二出版訴訟判決・47頁以下)。
(オ) ぼくめつニュース5に「高麗書林は緑蔭書房、龍渓書舎、総和社、夏の書房の出版物も海賊版に作製」との記載があるが、この記載は真実である(甲31、36、47、63)。
[被告両名の主張]
ア 本件新聞記事及び本件ビラ等による原告の言論活動の内容は、専ら私企業による取引に関する事柄であって、公共の利害に関する事柄ではない。
 また、本件新聞記事及び本件ビラ等には、「海賊版業者はやり放題」(本件新聞記事)、「嘘いつわりをまき散らし金もうけに走る高麗書林の虚偽と厚顔」(本件ビラ1)、「被告Bは、金正日独裁者が支配する北朝鮮の出身であり、日本の憲法が定める言論の自由を認めない特殊な考えに染まっている」「脱北者のB被告が、金で弁護士を雇い、日本の憲法に挑戦する」(いずれもぼくめつニュース4)などの表現が含まれている。このような表現は、およそ品格のない差別的なものであって、誹謗中傷及び加害目的から出たものであることが明白である。これらの表現自体から、この言論活動が「もっぱら公益を図る目的」のものといえないことは明らかである。
イ 本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実は、真実ではない。また、原告において本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があったともいえない。その理由は、次のとおりである。
(ア) 前記[原告の主張]ア(ア)ないし(チ)の事実ないし主張のうち、@ Dと被告Bが実の兄弟であり、いずれも平安北道定州郡<以下略>の出身者であること、A 被告Bは、昭和37年に被告高麗書林を創業し、韓国にいるDの経営する韓国高麗書林を窓口として取引を行ったこと、B 韓国の大韓出版文化協会の「出版文化」(1976年4月号)に原告の主張するDのコメントが掲載されたこと(ただし、上記コメントの一部は虚偽である。被告高麗書林と韓国高麗書林は全く別個の企業体であり、本店・支店関係等はなかった。)、C Dが被告高麗書林と同一のロゴマークを使用したことがあること(なお、被告高麗書林は、Dに対して同社の社名及びロゴマークの使用を許諾したことはなく、Dが冒用したものである。)、D 被告高麗書林が「韓国版元との特別提携による特価で入手した」とうたった特価販売の広告を行ったこと(なお、「韓国版元」とは、当時被告高麗書林の韓国語書籍の仕入先(輸入窓口)であった韓国統計書籍センターが取引をしていた出版社である先人文化社のことであり、韓国高麗書林のことではない。)、E 平成11年に出版された「定州郡誌」に記載された被告Bの住所及び電話番号がDのものと同一であること(なお、上記雑誌に記載されたものは、いわゆる「族譜」(仮の戸籍)の写しであり、韓国内に住所がない者については韓国内の近親者の住所と電話番号が記載される。被告Bが平成11年当時韓国に居住していた事実はない。)、F 被告Bが朝鮮研究会の会員であったこと、G 不二出版社等の出版社が、被告高麗書林に対して出版物のパンフレットやカタログなどを送っていたこと、H 被告高麗書林が、高麗大学に納入するために、不二出版社から「特高警察関係資料集成」の第10巻から第24巻までを購入したこと、I 被告高麗書林が、不二出版社の発行する「百五人事件資料集」、「高等外事月報」、「朝鮮軍概要史」、「思想彙報(上・下)」、「朝鮮思想運動外報」及び「朝鮮の治安状況」を購入したこと、J 被告Bが、不二出版社の代表者から「日本人の海外活動に関する歴史調査」のコピーを預かったことがあること、K 被告高麗書林が「韓国図書目録」において、「息詰まる極秘中の極秘文書」などとして韓国書籍を掲載したこと、L 被告高麗書林が、不二出版社ら5社から平成17年12月8日付けの書面を受領したこと、M不二出版訴訟判決中に原告の主張する記載があること、について認め、その余については、次の(イ)以下のとおり否認ないし争う。
(イ) Dは、被告高麗書林との取引を始めた1962年から同社との関係が決裂する1989年にかけて、専ら韓国側の書籍を日本に輸出してきたものであり、日本からの注文内容を通じて、日本における韓国の歴史研究者の興味関心の対象を知り得たわけであり、毎月大量の書籍を輸出用に購入する業者として、韓国における歴史資料等を扱う出版業界の実情にも詳しくなった。Dは、被告高麗書林との取引を止めて以降も、数多くの出版を行っている。
 また、日本国内で発行される書籍の韓国輸出は、日販やトーハンなど、大手業者によるものが大きな部分を占めており、韓国内の書店に注文すれば上記大手ルートにより取り寄せることが可能であるから、日本に居住している者の協力がなくても、複製は可能である。このようにして複製した書籍の販売についても、大手ルートにより輸出可能であるから、特定の協力者がいなくても可能である。
(ウ) 「韓国図書目録」に掲載された韓国書籍の解説は、被告Bが韓国書籍の解説を読み、それを宣伝資料に要約したものであり、他の書籍に比して特段絶賛しているわけではない。書籍販売業者として、顧客に購買意欲を起こさせるような宣伝を作ることは当然であり、そのことを理由に被告Bが韓国書籍の製作に関与したと考えるのは、論理の飛躍である。
 また、日本語の解説を韓国語に翻訳できる者は韓国内にも多数おり、原著者等の名前を削ることについては、翻訳能力がある者であれば特段の技術や特殊能力なくても可能であるから、韓国書籍解説における原告書籍解説の改変の内容は、被告Bの関与を基礎付けるものとはならない。
(エ) 不二出版訴訟判決は、被告両名が韓国高麗書林による無断複製物作成に関与したとは認めず、不二出版社の複製権侵害の主張を排斥したものである。
 すなわち、同判決は、原告が上記のとおり引用する部分に引き続き、「他方、日本で発行された書籍の無断複製は、必ずしも被告Bの助けがなくても、日本の書籍を1部入手すれば可能なことであり、事実、夏の書房「北朝鮮の極秘文書」は韓国内に存在し、現にDがこれを借り出していることからすると、被告「特高警察関係資料集成」を始めとする被告書籍の無断複製につき、原告高麗書林が共謀又は幇助していたとまで認定することはできない。」と述べているのである(甲28・56頁)。
(11) 反訴争点3(被告両名の損害)について
[被告両名の主張」
 別紙「反訴請求の原因」第3項に記載のとおり。
[原告の主張]
 被告両名の主張を争う。
(12) 反訴争点4(謝罪広告の要否)について
[被告両名の主張]
 別紙「反訴請求の原因」第2項に記載のとおり。
[原告の主張]
 被告両名の主張を争う。
第3 当裁判所の判断
1 本訴争点1(原告書籍収録文書は、編集著作物か)について
(1) 前記争いのない事実等に加え、証拠(甲3、甲5の1〜4、甲5の10、甲6の1〜4、甲6の10、甲7の1〜4、甲7の12、甲80、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 米国に所在する米国国立公文書館は、米国軍が朝鮮戦争の当時北朝鮮地域を一時占領した際に押収した合計160万ページに上る文書(米軍押収文書)を、未整理の状態で所蔵している。
イ 朝鮮戦争については、この戦争を誰が起こしたのか(北朝鮮が先に全面戦争に打って出たのか、南から米国・韓国軍が先に攻め込んだのか)という論争が、古くから存在する。
 ジャーナリスト・ノンフィクション作家である原告は、上記米軍押収文書を閲読することによって、それまで誰も行ったことのない、北朝鮮側の資料を分析することにより朝鮮戦争についての真実を明らかにすることができるのではないかと考え、平成元年の暮れから約3年間、米国に滞在し、米国国立公文書館に通って米軍押収文書を閲読し、これらの資料を分析した。その結果、原告は、これらの資料によって、北朝鮮側が先に周到な準備の下に全面戦争を仕掛けたことを証明することができると考え、平成5年に、その考えを記載した著書「朝鮮戦争−金日成とマッカーサーの陰謀」(文藝春秋社)を上梓した。
ウ 原告は、上記著書の評判が良く、元の資料も公開してほしいとの要望が各方面から起こったことなどを受け、原告書籍を刊行することにした。
 原告が原告書籍を編集した狙いは、米軍押収文書によって、南北朝鮮のどちらが先に朝鮮戦争を仕掛け、戦争を主導したかを明らかにすることにあり、原告は、このような観点から、米軍押収文書の中から約1000点の文書(約1500ページ分)を選択し、これに原告が他の研究者等から提供を受けた資料数点を加えることとした。
エ 原告書籍収録文書の内容及び原告書籍中の掲載順序は、別紙「『北朝鮮の極秘文書』目次」に記載のとおりであり、具体的には次のとおりである。
(ア) 原告書籍(上巻)の副題は、「ソ連占領下の北朝鮮と朝鮮共産党」であり、同巻には、朝鮮が日本の植民地支配を脱した日(8.15)の直後から朝鮮戦争直前までの、北朝鮮の政治状況及び朝鮮共産党の状況等を表す文書が集められ、以下の4分野に分類して収録されている。
a 「1.解放直後から1946年8月までの各種ビラ、『正路』など43点」は、8.15直後から1年間の朝鮮共産党やその周辺の左翼団体の活発な動きを示す文書を集めたものである。
b 「2.朝鮮共産党にかんする文献」は、原告が、ソ連軍と金日成が8.15後に自然発生的に再建された朝鮮共産党をつぶし、北部朝鮮に朝鮮共産党北部分局という組織を作り、これを自分たちの思いどおりになる組織に変えていった過程を表す文書を集めるという観点から、朝鮮共産党に関する文書を集めたものであり、8.15から同年(昭和20年)11月6日までの朝鮮共産党の動きがうかがわれる主張や声明等を収めた文書(「正しき路線のために」)も含まれている。
c 「3.金日成にかんする文献」は、原告が、金日成に関する公式見解(満州において日本軍と戦い、日帝支配者を倒して祖国に凱旋した民族的英雄)が虚像であることを暴くという視点から、金日成がひそかに帰国してどこかに身を隠し、偽名を用いて隠密活動に従事したことを匂わせる文書や、金日成が昭和6年に中国共産党に入党したことなどを記した文書を集めたものである。
d 「4.司法、情報機関の極秘文献」は、ソ連占領下の北朝鮮地域の食糧事情、治安状況、犯罪者の数、情報機関員の数などを表す文書を集めたものである。原告は、これらの文書により、当時のソ連による恐ろしい抑圧ぶりを示そうとした。
(イ) 原告書籍(中巻)の副題は、「朝鮮戦争を準備する北朝鮮」であり、原告は、この巻に、ソ連及び中国のお墨付きを得た北朝鮮(金日成)が韓国に対し周到な戦争準備を行い大兵力で韓国に攻め込む直前までの状況を明らかにするものであると考えた文書を収録した。
 原告は、これらの文書を、北朝鮮政府の開戦準備状況を示す文書(「1.朝鮮戦争準備を示す文献」)、中国の朝鮮系中国人部隊が北朝鮮の要請に応じて極秘のうちに朝鮮に入ってくることなどを示す文書(「2.朝鮮系中国人部隊の隠密の朝鮮人民軍編入」)、北朝鮮人民軍が韓国侵攻を目指して38度線の至近距離に移動し攻撃態勢に入る状況を示す文書(「3.民族保衛省の指令」、「4.南進直前の人民軍各部隊」)、の4分野に分類して収録した。
(ウ) 原告書籍(下巻)の副題は、「南進から平壌陥落まで」であり、原告は、この巻に、開戦から南に進撃する北朝鮮人民軍の姿、及び米軍・マッカーサーによる仁川上陸作戦で逆転されて崩壊する北朝鮮人民軍の姿を示すものと考えた文書を収録した。
 原告は、これらの文書を、「1.朝鮮戦争開戦時の文献」、「2.金日成の命令」、「3.南進する人民軍」、「4.人民軍の非行記録」、「5.壊滅する人民軍」、「6.中国人民志願軍介入以後」の6分野に分類して収録した。
(2) 上記認定事実によれば、原告書籍収録文書は、単に米軍押収文書を時系列に従って並べたり、既に分類されていたものの中から特定の項目のものを選択したりしたというものではなく、原告が、未整理の状態で保存されていた160万ページにも及ぶ米軍押収文書の中から、南北朝鮮のどちらが先に朝鮮戦争を仕掛け、戦争を主導したかを明らかにする文書という一定の視点から約1500ページ分を選択し、これを上記(1)のとおり原告の設定したテーマごとに分類して配列したものといえる。
 したがって、原告書籍収録文書は、全体として、素材たる原資料の「選択」及び「配列」に編者の個性が顕れているものと認められるものであり、編集著作物に当たるというべきである。
(3) これに対し、被告らは、原告書籍収録文書における素材の選択及び配列は、米軍押収文書から出版物を作成する場合にとられる標準的なものであり、創作性があるとはいえないと主張し、その根拠として、原告書籍より先に刊行された北韓関係資料集に収録されている資料の中に、原告書籍収録文書と同じ資料が少なからず存在することなどを挙げる。
 しかしながら、証拠(乙3の1〜34)及び上記(1)掲記の各証拠によれば、北韓関係資料集と原告書籍とは、米軍押収文書の中から編者が選択した資料を掲載しているという点では同じであるもの、北韓関係資料集に収録されている文書と原告書籍収録文書が共通するのは、原告書籍収録文書全体の1割にも満たないものであり、北韓関係資料集の収録文書全体に占める割合は更に低いものであって、両書籍における資料の選択及び配列の仕方には、共通点が乏しいものと認められる。また、このほかに、原告書籍収録文書における素材の選択及び配列がありふれたものであることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告らの上記主張を採用することはできない。
(4) 韓国書籍収録文書及びそれらの資料の掲載順序が原告書籍収録文書と同じであることは前記第2の1(3)記載のとおりであるから、韓国書籍中の韓国書籍収録文書部分は、原告書籍中の原告書籍収録文書部分に依拠して、これを複製したものであると推認することができる。
2 本訴争点2(韓国書籍解説は、原告書籍解説に係る原告の著作権(翻案権)を侵害するか)について
 前記第2の1(2)及び(3)のとおり、韓国書籍は、原告書籍が出版された約2年後に出版されたものであり、韓国書籍収録文書及びそれらの資料の掲載順序は、原告書籍収録文書と同じである。また、韓国書籍解説は、原告書籍解説が原告書籍各巻の末尾に掲載されているのに対して韓国書籍(1)の冒頭にまとめて掲載されており、別紙「原告書籍解説から削除した部分一覧表」記載の事項が削除されているほかは、原告書籍解説をハングルに翻訳したものと同じである。さらに、証拠(甲20の1〜3、甲21)及び弁論の全趣旨によれば、上記削除部分が原告書籍解説全体に占める割合はわずかなものであると認められる。
 これらの事実を考慮すると、韓国書籍解説は、原告書籍解説に依拠して作成されたものと推認することができ、かつ、韓国書籍解説は、原告書籍解説の表現上の本質的な特徴を維持しながら、表記を日本語から韓国語に翻訳する変更を加えたものであり、原告書籍解説を翻案したものであるということができる。
3 本訴争点3(被告らは、韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したか)について
(1) 原告は、被告Bは被告C及びDと共謀の上、韓国書籍を出版するために原告書籍を入手してDに提供し、又は、Dに指示ないし依頼して原告書籍を入手させて、韓国高麗書林において原告に無断で韓国書籍を出版したと主張し、これを裏付ける事実として、前記第2の3(10)[原告の主張]アに掲記の事実等を挙げる。
(2) そこで検討するに、証拠(甲24の1、2、甲28、31、37の1、2、甲38の1、2、甲39の1、2、甲40の1〜3、甲41の1〜3、甲42、45の1、2、甲46、47、80、乙45、46、原告本人、被告B本人、被告C本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、同認定に反する証拠はない。
ア 被告BとDとは、いずれも北朝鮮の平安北道定州郡<以下略>の出身者であり、実の兄弟である。
イ 被告Bは、昭和27年に来日し、日本での在留許可を得て、昭和37年に「高麗書林」の屋号で韓国の書籍の輸入販売業を始め、昭和42年に被告高麗書林を設立した。
ウ Dは、もともとソウル市で衣類販売業を営んでいた者であり、被告Bが高麗書林の屋号で上記業務を始めたころ、被告Bと相談の上、高麗書林のための韓国側の窓口として、高麗図書貿易の屋号で、韓国内で各出版社から書籍を購入して日本に輸出する業務を行うようになった。
エ 被告高麗書林とDとの取引は、その後も続き、少なくとも平成元年までは、D(高麗図書貿易)は、韓国側の窓口として、被告高麗書林に対して韓国の書籍を輸出していた。
オ Dは、不二出版社が昭和61年から平成5年までの間に発行した以下の題号の書籍(これらを総称して、以下「不二出版書籍」という。)について、これらの書籍が発行されたころ、不二出版社に無断でこれを複製し、韓国高麗書林を発行者として、同一ないしほぼ同一の題号の書籍(これらを総称して、以下「不二出版書籍無断複製本」という。)として出版した。
 @ 特高警察関係資料集成
 A 百五人事件資料集
 B 高等外事月報
 C 朝鮮軍概要史
 D 思想彙報(上・下)
 E 朝鮮思想運動の概況
カ 被告高麗書林は、昭和61年から平成5年までの間に、不二出版社から不二出版書籍を購入し、その後、上記購入と近接した時期に、韓国高麗書林から不二出版書籍無断複製本が発行された。
 また、被告高麗書林は、韓国から不二出版書籍無断複製本を輸入し、これを日本国内の大学図書館などに販売した。
キ 韓国高麗書林は、平成10年6月ころ、原告に無断で、原告書籍収録文書を複製し原告書籍解説を改変して韓国書籍を製作し、これを出版した。
 被告高麗書林は、平成10年夏ころから平成16年までの間、韓国書籍を韓国から輸入し、これを日本国内の大学図書館などに販売した(なお、被告高麗書林が平成17年以後に韓国書籍を販売したことを認めるに足りる証拠はない。)。
 また、被告高麗書林は、平成10年9月に同社が発行した「韓国図書目録」において、韓国書籍の内容を解説しこれを宣伝する広告文を掲載した。
ケ 原告は、平成14年4月初めころ、和田春樹著「朝鮮戦争全史」によって韓国書籍の存在を知り、これがどのような出版物であるのか確かめるため、韓国書籍が「高麗書林」の発行となっていたことから被告高麗書林の店にあるだろうと見当をつけて、同月4日、原告書籍(上巻)を持参して被告高麗書林の店舗を訪れた。
 原告は、同店の書棚に並べられていた韓国書籍と原告書籍とを対照したところ、両書籍に収録されている資料は同一のものであると判断したため、同店にいた被告Bを呼び、同人を促して、同人にも両書籍を対照させた(なお、これらの作業を行った時間は、短時間であった。)。
 その際、原告は、被告Bに対し、韓国書籍に発行者と表示されている高麗書林(韓国高麗書林)について尋ねたところ、被告Bは、韓国高麗書林は兄(D)が経営しているものの、兄の住所や連絡先は分からないと答えた。
 被告高麗書林は、原告の上記訪問を受けた後も、韓国書籍の販売を続けた。
コ 不二出版社ら5社は、各社が出版した出版物に係る韓国高麗書林の海賊版が被告高麗書林により日本国内で多数販売されているとして、平成17年12月8日以降、被告高麗書林に対し、各社の発行する出版物に係る海賊版(韓国書籍を含む。)の販売について抗議し、これらの海賊版の出版元に対して書籍の発行年、刊行部数を確認することなどを求めた。
サ 不二出版社は、平成19年、被告両名を相手方として、被告両名が韓国高麗書林と共謀して不二出版社に無断で不二出版書籍無断複製本を製作した、又はこれらの書籍が無断複製物であることの情を知って(著作権法113条1項2号)これを販売したと主張し、著作権侵害の損害賠償等を求める訴えを提起した。
 東京地方裁判所は、平成21年2月27日、不二出版書籍無断複製本の一部について、被告高麗書林が無断複製物であることを知りながらこれを販売したものと認め、不二出版社の請求を一部認容する判決(不二出版訴訟判決)を言い渡した。
 他方、被告高麗書林が韓国高麗書林と共謀ないし韓国高麗書林を幇助して不二出版書籍を無断複製したとの不二出版社の主張に対しては、次のとおり判示して、主張を認めなかった。
 「……昭和60年にされた韓国「日本人の海外活動に関する歴史的調査」の複製は、被告Bが韓国高麗書林に話を持ち込んだものであり、平成5年ころにされた韓国「特高警察関係資料集成」の無断複製も、原告高麗書林が被告不二出版から購入した被告「特高警察関係資料集成」10巻から24巻に基づきされたものと認められる。これらの事実に、被告BとDとは実の兄弟であり、韓国高麗書林との取引を中止したと主張する平成元年(1989年)以降も、依然として関係が続いていることを示す名刺や定州郡誌の事情があったり、韓国高麗書林の元従業員又はDの子であるFが関係する会社との取引を続け、韓国高麗書林の発行する無断複製物を数多く輸入して日本で販売していたことを併せ考慮すれば、被告Bが韓国高麗書林と共謀して無断複製物を製作したか、少なくともその幇助をした疑いが相当あるといわざるを得ない。
 他方、日本で発行された書籍の無断複製は、必ずしも被告Bの助けがなくても、日本の書籍を1部入手すれば可能なことであり、事実、夏の書房「北朝鮮の極秘文書」は韓国内に存在し、現にDがこれを借り出していることからすると、被告「特高警察関係資料集成」を始めとする被告書籍の無断複製につき、原告高麗書林が共謀又は幇助していたとまで認定することはできない。」
(3) 上記のとおり認定した、被告BとDの身分関係、Dによる高麗図書貿易創業の経緯とその後の被告高麗書林との取引関係、韓国高麗書林による不二出版書籍無断複製本の発行に先立ち、これと近接した時期に被告高麗書林が不二出版書籍を購入していること、被告高麗書林が不二出版社ら5社から韓国高麗書林の海賊版の販売について抗議を受け、不二出版社との裁判でも一部敗訴していること、被告高麗書林は原告から韓国書籍が原告書籍の海賊版であることを示唆された後も韓国高麗書林の販売を続けていることなどに照らすと、当時被告高麗書林の代表取締役であった被告Bが、韓国書籍の製作について韓国高麗書林と共謀し又は韓国高麗書林を幇助したとの疑いがあることは否定できない。
 しかしながら、他方で、被告らは原告の前記主張を否認し、被告B及び被告Cもこれに沿う供述(乙45、46の陳述書を含む。)をする。
 また、原告の前記主張を裏付ける直接証拠は存在せず、かえって、証拠(乙31、32、35の1〜8、乙43、45、46、被告B本人、被告C本人)によれば、被告高麗書林は、平成6年に韓国統計書籍センターとの間で日韓両国間の出版物輸出入事業に関する業務提携契約を締結し、同契約は平成17年ころまで存続したこと、Dは、韓国書籍が出版される前の平成10年4月にソウル市所在の統一部北韓資料センターから原告書籍の貸出しを受けていることが認められる。
 これらの事実に加えて、日本で発行された書籍の無断複製本を韓国で製作するに当たっては、日本の書籍の存在及びその内容を知り、複製用に書籍を入手する必要があるものの、このような情報及び書籍の入手等の作業は、必ずしも被告Bの助けがなくても可能であること、韓国書籍解説において、原告書籍解説を改変し原著者等の名前を削る作業も必ずしも被告Bでなければできないものではなく、日本語を韓国語に翻訳する能力を有する者であれば特殊な能力がなくても可能であると考えられること、などを併せ考慮すれば、被告らが韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したことについては、これを認めるに足りないというべきである。原告の主張は理由がない。
4 本訴争点4(被告らは、韓国書籍が原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることの「情を知って」(著作権法113条1項2号)、韓国書籍を販売したものか)について
(1) 原告は、被告らはDと共謀して原告書籍に基づき韓国書籍を製作し、これを日本で販売したのであるから、韓国書籍が原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることの「情を知って」(著作権法113条1項2号)韓国書籍を販売したものであると主張する。
(2) しかしながら、被告らが韓国書籍の製作に関与したことを認めるに足りないことについては、上記3で説示したとおりである。また、本件証拠を精査しても、被告高麗書林が韓国書籍を販売した際に同書籍が原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることを認識していたと認めるに足りる証拠もない。
 なお、被告Bは、前記3のとおり、原告が平成14年4月4日に被告高麗書林の店舗を訪れた際、原告に促されて原告書籍と韓国書籍を対照していることが認められるが、@ 原告が持参したのは原告書籍の上巻だけであり、被告Bが上記対照作業を行っていた時間も短かったこと、A 原告書籍解説は日本語で書かれ原告書籍各巻の末尾に掲載されているのに対し、韓国書籍解説はハングルで書かれ韓国書籍(1)の冒頭にまとめて掲載されていること、B 被告高麗書林は、原告の上記訪問後、少なくとも平成17年12月8日に不二出版社ら5社から前記抗議を受けるまでの間、韓国書籍の販売について原告から注意や抗議を受けなかったことなどを考慮すると、被告高麗書林が原告の上記訪問後に韓国書籍を販売した際にも、被告らにおいて同書籍が原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることを認識していと認めるには足りないというべきである。
5 本訴争点5(被告らは、韓国書籍を販売することにより、原告書籍に係る原告の著作権(譲渡権)を侵害したか)について
 原告が平成14年4月4日に被告高麗書林の店舗を訪れた経緯及び同店舗における原告と被告Bとのやりとりについては、前記認定のとおりである。したがって、被告Bは、少なくともその時点で、原告書籍の存在を認識し、かつ、韓国書籍に収録されている資料と原告書籍に収録されている資料の内容及び掲載順序が同様であるとの指摘を受けていたものである。
 そうすると、被告Bないし被告高麗書林は、出版を業として営む者として、原告から原告書籍(全3巻)を借り受けるなどして原告書籍の内容と韓国書籍の内容とを対照すれば、韓国書籍収録文書が原告書籍収録文書を複製したものであること及び韓国書籍解説が原告書籍解説を翻案したものであることを認識し得たにもかかわらず、このような調査を行うことなく、その後も韓国書籍を販売したものであるから、原告の上記訪問後の被告高麗書林による韓国書籍の販売による原告書籍に係る原告の著作権(譲渡権)侵害について、被告高麗書林及び被告Bに過失があったというべきである。なお、被告Cに過失があったことについては、これを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告高麗書林及び被告Bは、平成14年4月4日以後の韓国書籍の販売につき、原告の原告書籍に係る譲渡権を侵害したというべきである。
6 本訴争点6(消滅時効の成否)について
(1) 被告らは、原告は遅くとも、原告が被告高麗書林を訪問し被告Bと面談した平成14年4月4日までに、被告高麗書林による韓国書籍の製作への関与、同書籍の輸入、販売により原告書籍に係る原告の著作権及び著作者人格権が侵害され損害が発生したこと、及びその加害者が被告らであることを知っていたと主張し、同日を起算点とする消滅時効の抗弁を主張する。
 しかしながら、被告らが被告高麗書林による平成14年4月4日以後の韓国書籍の販売について消滅時効を主張するには、原告において被告高麗書林が同日以後も韓国書籍の販売を続けたことを認識していた必要あるところ、これを認めるに足りる証拠はない。なお、原告が被告高麗書林の店舗を訪問した経緯及び同店舗における原告と被告Bとのやりとりについては、前記3に認定したとおりであるが、原告において、被告高麗書林が上記訪問の後も漫然と韓国書籍の販売を続けることを認識していたとは認め難く、上記事実は上記判断を左右しない。
(2) 被告らは、平成14年8月1日ころを起算点とする消滅時効及び平成17年7月23日を起算点とする消滅時効についても主張するが、これらの時点において、原告が、平成14年4月4日以後に被告高麗書林が韓国書籍を販売したことを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、被告らの主張は理由がない。
7 本訴争点7(原告の損害)について
 以上のとおり、本件では、被告らについて原告書籍に係る原告の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権の侵害の事実を認めることはできないものの、被告高麗書林が平成14年4月4日以後に韓国書籍を販売したことによる、原告書籍に係る原告の著作権(譲渡権)の侵害の事実が認められる。そこで、原告の損害について以下検討する。
(1) 逸失利益について
ア 証拠(甲72、80、乙27の1〜15、乙46、原告本人、被告C本人)及び弁論の全趣旨によれば、@ 原告書籍は、平成8年に初版が50冊発行され、定価が26万8000円(税込)とされたこと、A 被告高麗書林は、平成14年4月4日以後、平成16年までの間に、韓国書籍(全6冊)を1セット当たり2万円台ないし4万円台の価格で、日本の大学図書館等に対して合計10セット販売したことが認められる。
イ 原告は、原告書籍の販売による原告の利益額は売上げの80%であり、また、韓国書籍(全6巻)の総発行部数は100セットを下らないから、韓国書籍の出版、販売による原告の損害の額(著作権法114条1項)は、2251万2000円を下らないと主張し、原告本人は、原告書籍の販売による原告の利益額は売上げの半分程度である旨供述する(原告本人)。しかしながら、原告の上記供述については、これを裏付けるに足りる客観的な証拠がなく、その他に、原告書籍の販売による原告の利益額を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の著作権法114条1項に基づく請求は理由がない。
ウ 他方、原告書籍につき譲渡権を有する原告は、被告高麗書林による上記販売行為により譲渡権を侵害されたものであり、これにより、少なくとも原告書籍の譲渡に係る許諾料相当額の損害を被ったと認めるのが相当である。そして、この損害額は、前記認定の被告高麗書林による平成14年4月4日以後の韓国書籍の販売数、韓国書籍の価格、原告書籍の価格等を考慮すると、合計27万円(1セット当たり2万7000円)と認めるのが相当である。
(2) 原告の実損の主張について
 原告は、被告らの共謀による韓国書籍の出版、販売について原告が韓国で刑事告訴を行い、弁護士費用100万円及び渡航費用96万円を支出したとして、同額の損害賠償を求めている。しかしながら、被告らがDと共謀して韓国書籍を出版、販売したことを認めるに足りないことは、前記3に説示したとおりである。また、証拠(乙23〜26)によれば、原告は平成20年10月に上記告訴を取り消したことが認められる。
 したがって、被告両名による原告の著作権(譲渡権)侵害行為と原告の上記支出との間に相当因果関係を認めることはできず、原告の主張は理由がない。
(3) 慰謝料について
 原告は、韓国書籍の出版、販売により原告は精神的苦痛を受けたものであり、これを金銭に評価すると500万円を下らないと主張する。
 原告の上記主張は、要するに、被告らによって原告の著作権が侵害されたことによる慰謝料を請求するものと解されるところ、著作権のような財産権の侵害に基づく慰謝料を請求し得るためには、侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは償い難いほどの多大な精神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情があることが必要であると解すべきである。本件では、上記特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、この点に関する原告の主張は、理由がない。
(4) 弁護士費用について
 原告は、弁護士を選任して本件訴訟を追行しているものであり、本件事案の内容、認容額及び本件訴訟の経過等を総合すると、上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は3万円と認められる。
(5) 小括
 したがって、被告両名は、原告に対し、上記(1)及び(4)の合計額である30万円及びこれに対する被告高麗書林が韓国書籍を販売した最後の日である平成16年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払う義務がある。
8 本訴争点8(被告らの不当利得の有無)について
 原告は、被告らは法律上の原因なくして韓国書籍を製作、販売したことにより利益を得ており、それにより原告が被った損失(著作権侵害による損害額と同額の3187万2000円)を原告に返還する義務があると主張する。
 しかしながら、原告の上記主張は、韓国書籍の製作、販売により被告らが得た利益やこれにより原告の被った損失の内容が明確でない上、これらの事実を認めるに足りる証拠もない。
 したがって、原告の上記主張は理由がない。
9 反訴争点1(本件新聞記事及び本件ビラ等は、被告両名の名誉ないし信用を毀損するものか)について
(1) 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙30)によれば、本件新聞記事及び本件ビラ等に、別紙「反訴請求の原因」第1項に記載の記事が掲載されていることが認められる。また、証拠(甲80、原告本人)によれば、原告は、本件ビラ等(ただし、本件名刺を除く。)を各100部ほど作成し、その大半を、原告の知人である朝鮮史研究会の会員や朝鮮問題の講演の参加者等に配布したことが認められる。
(2) 上記認定の本件新聞記事及び本件ビラ等の内容によれば、原告は、本件新聞記事を日刊・大阪日日新聞に掲載し、本件ビラ等を配布することにより、被告両名が韓国高麗書林と共謀ないし共同して韓国において原告書籍の海賊版を製作し、これを日本に輸入して販売しているとの事実や、被告両名が海賊版である「京城日報」の販売や「齋藤實文書」を無断複製して販売したことなどの事実を摘示するものであり、このような記載内容は、書籍・雑誌の輸入販売業者である被告高麗書林及び同社の前代表取締役で現在も会長の名目で同社の仕事を手伝っている被告Bの社会的評価を低下させるものであると認められる。
(3) これに対し、原告は、本件新聞記事及び本件ビラ等には被告両名が韓国書籍を販売したと記載されているだけであり、被告両名が韓国書籍を製作したとまでは記載されていないと主張する。
 しかしながら、上記認定に係る本件新聞記事及び本件ビラ等の記載には、「高麗書林という日本と韓国にある兄弟会社である。兄が韓国で海賊版を作り、弟が日本で売る。日韓分業の海賊版には日本の著作権法は打つ手なしという。」(本件新聞記事)、「この海賊版を製作・販売している高麗書林(日本側代表B…)」(本件ビラ1)、「高麗書林(B・D・C)」(ぼくめつニュース1、同3ないし6の題名)、「韓国の高麗書林と日本の高麗書林は互いの連携の下に海賊版を作って金儲けの道に走っている」(本件ビラ4)、「高麗書林(B・D・C)らの海賊版」(ぼくめつニュース4)、「海賊版常習の高麗書林(B・C)」(ぼくめつニュース5)、「日韓にまたがる海賊版業者の高麗書林は、日本と韓国に同名の会社を置き、韓国の兄が海賊版を作り、日本の弟がそれを『輸入』と称して持ち込み販売する。日韓双方で法の目をくぐる巧妙な手口といえます。」(ぼくめつニュース5)などの記載が存在する。これらの記載に鑑みると、本件新聞記事及び本件ビラ等に上記(2)認定の事実が摘示されていることは明らかである。
 原告は、被告両名が韓国高麗書林と協力していわゆる海賊版を販売していることは本件新聞記事の掲載及び本件ビラ等の配布以前から日本及び韓国において相当知られていたものであるから、本件新聞記事の掲載及び本件ビラ等の配布によって被告両名の名誉ないし信用が新たに毀損されることはないとも主張する。
 しかしながら、原告の上記主張を認めるに足りる証拠はなく、これを採用することはできない。
10 反訴争点2(本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実は真実か、又は、原告において、本件新聞記事及び本件ビラ等に掲載された事実が真実であると信ずるについて相当の理由があったか)について
(1) 原告は、本件新聞記事及び本件ビラ等の内容は真実であり、仮に、本件新聞記事及び本件ビラ等の内容が真実でなかったとしても、原告はその内容が真実であると信ずるについて相当な理由があったと主張し、その根拠として前記第2の3(10)[原告の主張]掲記の事実を挙げる。
(2) しかしながら、本件新聞記事及び本件ビラ等には、上記9のとおり、被告両名が韓国高麗書林と共謀ないし共同して韓国において原告書籍の海賊版を製作していることなどの内容が断定的に記載されているところ、これらの事実を認めるに足りる証拠はない(前記3参照)。
 また、前記3の説示に照らすと、被告両名が韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作した疑いがあることは否定できないものの、原告において被告両名が韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したことを断定的に記載することができるほど、同事実があったと信ずるに足る根拠資料があったと認めるに足る証拠はない。したがって、原告において、被告両名が韓国高麗書林と共謀して韓国書籍を製作したと信ずるについて相当な理由が存在したとまで認めることは困難であるというべきである。また、本件新聞記事及び本件ビラ等に前記9のとおり摘示されているその他の事実についても、原告においてその内容が真実であると信ずるについて相当な理由があったと認めるに足りる証拠はない。
11 反訴争点3(被告両名の損害)について
(1) 名誉ないし信用毀損による損害
 前記認定に係る本件新聞記事及び本件ビラ等の内容や、本件新聞記事の掲載態様及び本件ビラ等の配布先、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告高麗書林が受けた無形の損害及び被告Bが受けた精神的損害を金銭的に評価すれば、それぞれ30万円とするのが相当である。
(2) 弁護士費用
 被告両名は、弁護士を選任して本件訴訟を追行しているものであり、本件事案の内容、認容額及び本件訴訟の経過等を総合すると、上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、それぞれ3万円と認められる。
(3) したがって、原告は、被告両名に対し、それぞれ33万円(上記(1)及び(2)の合計額)及びこれに対する原告が本件ビラ等を配布したことが認められる最後の日である平成22年10月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
12 反訴争点4(謝罪広告の要否)について
 被告両名は、本件新聞記事の掲載及び本件ビラ等の頒布により、被告両名の名誉及び信用を毀損する虚偽の事実が日本中に広く伝播、流布されたものであり、被告両名の名誉及び信用を回復するためには、金銭的な賠償に加えて、日刊・大阪日日新聞の社会面に謝罪広告を行う必要があると主張する。
 しかしながら、本件新聞記事及び本件ビラ等の内容、態様等に照らすと、上記損害に対する賠償金に付加して、被告両名の主張する謝罪文を掲載する必要性はないというべきである。
13 よって、原告の本訴請求は主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告両名の反訴請求は、主文第3項及び第4項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 山門優
 裁判官 志賀勝
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