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【事件名】商標“ゆうメール”侵害事件
【年月日】平成24年1月12日
 東京地裁 平成22年(ワ)第10785号 商標権侵害差止請求事件
 (口頭弁論終結日 平成23年11月8日)

判決
原告 株式会社札幌メールサービス
同訴訟代理人弁護士 小松陽一郎
同 馬杉栄一
同訴訟代理人弁理士 佐川慎悟
同 小林基子
同補佐人弁理士 高橋史織
被告 郵便事業株式会社
同訴訟代理人弁護士 村西大作
同 三村量一
同 渡邉 瑞
同訴訟代理人弁理士 西村雅子
同補佐人弁理士 宮永栄


主文
1 被告は、各戸に対するダイレクトメール、カタログなどの広告物の配布又は配達役務の提供に当たり、「ゆうメール」又は「配達地域指定ゆうメール」の標章を付した広告物を各戸に配布又は配達し、広告物を各戸に配布又は配達する役務に関する広告に上記各標章を付して展示し、配布し、又は広告物を各戸に配布若しくは配達する役務に関する広告を内容とする情報に上記各標章を付して電磁的方法により提供してはならない。
2 被告は、「ゆうメール」の標章を付したカタログを廃棄せよ。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主文1項と同旨
2 被告は、「ゆうメール」又は「配達地域指定ゆうメール」の各標章を付したスタンプ、ラベル、カタログ、ちらし類を廃棄せよ。
第2 事案の概要
 本件は、別紙商標権目録記載の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有する原告が、被告が本件商標と同一又は類似の標章を本件商標権の指定役務と同一又は類似の役務に使用し、本件商標権を侵害しているとして、被告に対し、商標法(以下、単に「法」という。)36条1項に基づき上記標章の使用の差止めと、同条2項に基づくスタンプ等の廃棄を求める事案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 原告は、ダイレクトメールの企画及び発送代行業、広告代理業等並びにこれらに付帯する事業を行う株式会社である。
イ 被告は、いわゆる郵政民営化により平成19年10月1日に設立され、日本郵政公社(以下「郵政公社」という。)から引き継いだ、郵便法の規定により行う郵便の事業及びこれに付帯する業務等を行う株式会社である。
(2) 原告は、本件商標権を有している。
(3) 被告は、その業務として、「ゆうメール」の標章(以下「被告標章1」という。)や、「配達地域指定ゆうメール」の標章(以下「被告標章2」といい、被告標章1及び2を総称して「被告各標章」ということがある。)を使用して、役務を提供している(以下、被告標章1を使用する役務を「被告役務1」、被告標章2を使用する役務を「被告役務2」といい、被告役務1及び2を総称して「被告各役務」ということがある。)。
2 争点
(1) 被告が被告各標章を被告各役務に使用することが、原告の本件商標権を侵害するか(争点1)
ア 被告各役務は、本件商標権の指定役務(以下「本件指定役務」ということがある。)である「各戸に対する広告物の配布、広告」と同一又は類似の役務であるといえるか(争点1−1)
イ 本件商標と被告各標章は同一又は類似の商標であるか(争点1−2)
ウ 被告が被告各標章を用いて提供する役務が、法2条3項の使用に該当するか(争点1−3)
(2) 本件商標は、商標登録無効審判により無効にされるべきもので、原告の本件商標権の行使は許されないか(争点2)
(3) 原告の本件商標権の行使が権利の濫用に当たり許されないか(争点3)
3 当事者の主張
(1) 被告各役務は、本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布、広告」と同一又は類似の役務であるといえるか(争点1−1)
(原告の主張)
ア 被告標章1(ゆうメール)を使用する役務(被告役務1)は、郵政公社時代の冊子小包の役務を引き継ぎ、平成19年10月1日の郵政民営化で役務の名称を変更したもので、冊子とした印刷物などを配布する役務であり(ただし、葉書状の一枚物もサービスの対象としている。)、その対象のほとんどはダイレクトメール、カタログ等の広告物である。
イ 被告標章2(配達地域指定ゆうメール)を使用する役務(被告役務2)は、あて名の記載を省略した上記アの「ゆうメール」の役務であり、被告役務1(「ゆうメール」を使用する役務)の一部とされているものである。これは、配達地域として指定された地域の各戸に、あて名の記載のない広告物を配布する役務である。
ウ 被告は、被告各役務において、広告物を広告物として役務の対象としている。すなわち、被告は、被告各役務の利用条件として、内容品が確認できることを求めており、配達する物が広告物であるか否かを、常に確認しており、広告物を広告物として認識して受領し、配布している。
エ 広告とは、商品、役務(サービス)、情報等をその提供者を明示して、第三者に告知し、その入手、使用等を勧誘する活動をいう。被告は、広告物の企画、プロモーションにまで手を広げ、自らの配布役務の中に取り込み、積極的に役務の提供を行っている。すなわち、被告は、被告各標章の下に、広告物を各戸に対して配布する役務を、企業戦略として意図的、主体的に主要な業務として宣伝し、広告物を積極的に集め、これを各戸に配布する役務を提供している。
オ 以上のとおり、被告各役務は、本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」そのものであり、また、利用者のために「広告」役務を提供するものである。
(被告の主張)
ア 被告各役務の内容について
(ア) 被告役務1の内容
 被告は、特定の荷受人の氏名又は名称及び住所又は居所(あて名)、「ゆうメール」又はこれに相当する文字の表示、その他荷物の運送に関し必要な事項等を外装に表示した荷物を荷送人から引き受ける(ポスパケット約款(乙1)4条)。荷物の差出しを行うのは、本人又は発送代行業者である。
 配達の対象となる荷物に原則として制限はなく、書籍・雑誌・商品カタログ・会報・各種マニュアル類、CDやDVDなど多岐にわたるが、信書などの引受拒絶荷物が約款上定められている(上記約款6条)。被告は、この引受拒絶荷物に該当するか否かを確認するために、郵便局での差出しの際に封筒等の納入口等の一部を開くこと等を求め、その確認を行う。その結果として配達対象が広告物であることが判明することはあるが、配達対象が広告物であるか否かは引受拒絶荷物の該当性を左右しないため、広告物であるか否かの判別を目的とした確認はしておらず、また、広告物であるか否かにより荷物の取扱いが異なることもない。
 そして、被告は、運賃を収受した上で(ただし料金後納の場合がある。)荷物の外装に表示された住所又は居所の郵便受箱等に荷物を配達する(上記約款9条)。
(イ) 被告役務2の内容
 被告役務2は、あて名の記載を省略した荷物を配達する役務であり、郵政公社が「配達地域指定冊子小包郵便物」として行ってきた役務と同じであり、郵政公社から被告が当該業務を承継する際に、冊子小包の名称が「ゆうメール」に改称されたため、その名称が「配達地域指定ゆうメール」(被告標章2)に改められたものである。被告役務2の内容は、上記被告役務1の内容と同じであり、異なるのは荷物にあて名の記載を省略する点だけである。この点、あて名の記載は省略しているものの、被告の郵便配達業務に従事している者が配達を行うため、ポスティングとは異なり、被告が保有している配達先のリスト(配達原簿)に基づき、郵便を配達することができる郵便受箱等にのみ配達している。すなわち、被告は、差出人から指定された地域の、郵便を配達することができる郵便受箱等に荷物を配達するのであり、配達先は特定している。
(ウ) 以上のとおり、被告各役務は、配達可能な荷物を広告物であるか否かを問うことなく配達するものであり、広告物の配達の用にのみ供されるものではない。被告は、運送・輸送という独立した労務便益を提供しているのであって、現実に、運送に対する対価として荷送人から運賃の支払を受けている。
イ 被告各役務が、本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布、広告」と類似しないこと
(ア) 配布と配達について
a 「配布」とは「広く配ること」であり、配布の相手方は不特定の者である。これに対して、「配達」は「配り届けること」であり、配達の相手方は特定の者である。このように、配布と配達とは本質的に異なる概念である。各戸に対する広告物の配布は、第35類の役務であり、「配達」行為は、これと類似しない第39類の役務である。
 法令用語として「配布」と「配付」が「配布」に統一されたとしても、「配布」との表記がいかなる意味を持つのかについては、前後の関係で明らかにされるべきものである。本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」の「配布」は、街頭におけるビラ配りと同様に「不特定の者に対して広くばらまく」との意味に理解されるべきである。
b 「商品及び役務の区分」(法6条2項の政令で定める商品及び役務の区分。商標法施行令1条、商標法施行規則6条)の第35類、第39類に属する役務と配布、配達について
(a) 「商品及び役務の区分」に基づく類似商品・役務審査基準(国際分類第8版対応、乙17)では、第35類の広告の概念に「街頭及び店頭における広告物の配布」、「郵便による広告物の配布」が挙げられている。また、ニース協定に基づく標章の登録のための商品又はサービスの国際分類(商標法施行令1条参照。以下、単に「国際分類」という。)においても、第35類に、「郵便による広告物の配布( Advertising by mail order) 」、 「広告物の配布( Dissemination of advertising matter ) 」、 「試供品の配布(Distribution of samples)」が挙げられている。しかし、「○○の配達」として、第35類で採択・例示されているものは見当たらない。他方、国際分類の第39類では、「物品の配達(Delivery of goods)」、「メッセージの配達(Message delivery)」、「小荷物の配達(Parcel delivery)」が挙げられている。このように、「配布(distribution/dissemination)」と「配達(delivery)」とは国際分類上、分類の異なる役務として扱われている。
 なお、ニース協定において英語及び仏語はいずれも正文であることは原告が主張するとおりであるが、両者は必ずしも概念的に完全に一致することまで要求されていないため、いずれかの言語によるものに依拠すれば足りる。
(b) 商品及び役務の区分解説(国際分類第8版対応、乙13)の第39類の注釈において、第39類に含まれないとされている「輸送業者の広告に関する案内書の配布又はラジオによる広告のような役務」とは、案内書の配布やラジオを通じて輸送の事業を広告する役務のことであり、上記注釈は、この役務が第35類に属する役務である旨を注意的に説明するものにすぎない。
(c) 商標出願審査で第35類に属する役務名として採用されている「ダイレクトメールによる広告物の配布」、「郵便による広告物の配布」は、「広告」を行うことが意図された役務である。他方、「広告物の配達」は第39類で採択されている。
(イ) 広告について
 広告とは、商品、役務(サービス)、情報等をその提供者を明示して、第三者に告知し、その入手、使用等を勧誘する活動をいい、これによれば第三者へ商品や役務の内容を告知する行為が広告に該当し、内容を告知しない行為は本質的に広告とはいえないと解される。
(ウ) 本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布、広告」と被告各役務が同一又は類似ではないこと
a 本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」の役務は、受取人を特定せずに家に広告物を配布する(不特定の者にひろくくばる)行為をいうところ、被告各役務は、上記アのとおり、その内容を問わず預かった荷物をそのまま特定の配達先に配達しており、広告物に限定して配達しているのではなく、また、配達先の相手方も特定の者である。したがって、「各戸に対する広告物の配布」の役務と被告各役務とは同一ではない。
b 「各戸に対する広告物の配布」は、広告の範疇に属する役務で、「街頭又は店頭における広告物の配布」と同様の役務であり、広告の効果を発揮しうる戸を広告主のために選定し、広告物を配布する一連の労務である。
 他方、被告各役務は、発送依頼人がターゲット層の選定を行うものであり、被告は発送依頼人から荷物(広告物)の配達を依頼されるだけであって、上記「各戸に対する広告物の配布」の役務とは異なる。
c 被告は、被告各役務において、内容を問わず預かった荷物をそのまま特定の配達先に配達しており、本件指定役務の「広告」とは、同一ではない。仮に荷物の内容が広告物であるとしても、被告は完成された広告物を配達しており、広告内容には関知していない。また、被告が、ダイレクトメール類の発送の宣伝をし、荷物として広告物を引き受け、配達したとしても、広告事業を行っていることにはならない。
 したがって、本件指定役務の「広告」と被告各役務は同一又は類似ではない。
d 被告各役務を利用して広告物が配達される場合、被告は広告内容の決定に関与せず、広告物を単なる荷物として引き受け、配達している。また、広告主、広告代理店、発送代行業者も被告の郵便インフラを利用して広告物を配達させると認識しているにとどまり、被告が広告及びその関連業務を行っているとは考えていない。このことは、多くの発送代行業者によるサービスの実態に照らしても明らかであり、各発送代行業者は、被告各役務を輸送手段として、広告や発送代行の役務と切り分けている。すなわち、被告各役務は、荷物の運送役務であり、本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布、広告」とは類似しない。
(エ) 商標審査基準に基づく検討
 特許庁の商標審査基準に照らしても、以下のaないしfのとおり、本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布、広告」と被告各役務との間に一致点はほとんど認められないため、両者は類似しない。
a 提供の手段、目的又は場所が一致するかどうか
 被告各役務は、荷送人の依頼に基づいて荷受人に荷物を配達することを目的とするが、「各戸に対する広告物の配布、広告」は、商品、サービス、情報等を、その提供者を明示して、広く第三者に告知し、その入手等に勧誘することを目的とする点で異なる。また、上記(ア)のとおり、「配達」と「配布」も異なる
b 提供に関連する物品が一致するかどうか
 被告各役務の場合、印刷物、CD、DVD等が提供に関連する物品であり、広告物に限定されない。他方、「各戸に対する広告物の配布」の場合、広告物たる印刷物、商品見本が提供に関連する物品であるため、両者は一致しない。
c 需要者の範囲が一致するかどうか
 被告各役務の需要者は、営利・非営利を問わず個人・法人のいずれも利用できる役務であるのに対して、「各戸に対する広告物の配布、広告」は、広告的効果を期待する以上、営利を目的とした個人・法人が対象となる点で異なる。また、被告各役務においては、広告代理店が需要者として広告物の発送に利用する場合もあるが、「各戸に対する広告物の配布、広告」について広告代理店が需要者となることはない。
d 業種が同じかどうか
 被告各役務の業種は、輸送・運送業であるのに対して、「各戸に対する広告物の配布、広告」の業種は、広告業であるため、両者の業種は異なる。
e 当該役務に関する業務や事業者を規制する法律が同じかどうか被告各役務の規制法は、平成19年10月1日の郵政民営化以降は貨物自動車運送事業法等で、国土交通省の管轄となっている。他方、「各戸に対する広告物の配布、広告」役務の規制法はない。
f 同一の事業者が提供するものであるかどうか
 輸送・運送業者と広告業者は、異なる事業者が提供するのが通常であり、被告各役務である輸送・運送業と「各戸に対する広告物の配布、広告」の役務は同一事業者によって提供されるものではない。
(オ) 取引の実情からの検討
a 国土交通省は、被告各役務を運送サービスとしてのメール便に分類している。また、他の運送業者のメール便の商標登録でも第39類の輸送役務が指定されており、第35類の広告は指定されていない。さらに、被告各役務は郵政公社から承継されているが、郵政公社は、広告を業としていなかったため、同役務を広告の一態様と考えることはできない。
b 運送業者が広告を指定役務として商標登録を受けている例があるからといって、その運送業者が広告役務を営んでいるということにはならない。
(カ) まとめ
 以上のとおり、本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布、広告」と被告各役務との差異は大きく、特許庁の商標審査基準に則した対比や、取引の実情をも踏まえれば、本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布、広告」と被告各役務とが類似しないことは明らかである。
 なお、被告は、標章「ゆうメール」について、第39類に属する役務を指定し、商標登録を受けており、被告の「ゆうメール」の使用は、この商標権に基づいた正当な使用である。
(被告の主張に対する原告の反論)
ア 配布と配達について
 以下のとおり、日常用語、法令用語、商標登録の審査実務のいずれからも、配布と配達が異なるとの被告の主張は認められない。むしろ、「配布」は、「配達」を含む広い概念であり、「各戸に対する広告物の配布」役務と「各戸に対する広告物の配達」役務とは同一の役務と認められる。
(ア) 商標法施行規則6条の別表には、第35類に属する役務として、「街頭及び店頭における広告物の配布」、「郵便による広告物の配布」が記載されている。
(イ) 配布(広く行き渡るように配ること)と配達(家々に配り届けること)は類語であり、各戸に対する配布と配達は同義である。
(ウ) 「配付」は「確実に相手に届くように配る」の意であるが、法令用語では、「配付」は「配布」に統一されるから、「配布」は「配達」の意味を含む言葉である。
(エ) 法令用語でも、「配布」が特定の者に配るという「配達」と同義で使用されているものがある。
(オ) 現在の審査実務で第35類に採用された役務名には、「ダイレクトメールによる広告物の配布」、「郵便による広告物の配布」などがあり、これらの「配布」にあて先が定められている「配達」概念が含まれることは明らかである。
イ 「商品及び役務の区分」の第35類と第39類の関係について
(ア) 「商品及び役務の区分」の第35類(広告等役務)と第39類(輸送等役務)とは重なり合う場面があり、この調整として、特許庁は、第39類につき「輸送業者の広告に関する案内書の配布・・・のような役務」は、第39類に含まれず第35類に含まれるとしており、また、第35類につき「ちらし、ビラの配布等」を含め、これらの役務は、広告物を輸送するものではあるが、第39類ではなく第35類に分類している。これは、ニース協定が第39類について、輸送業者の広告に関する案内書の配布のサービスを含まないとしていることと合致する。したがって、特許庁が、輸送業者が行う広告物を配布する役務を第35類に分類されるべきものとしていることは明らかである。
(イ) 国際分類の区分解説の第39類の注釈について、仮に被告の日本語訳が正しいとしても、結局「案内書の配布のような広告役務」は、提供者がどのような業者であっても第35類の広告役務となると解釈され、原告が主張する「運送業者による案内書の配布のような広告役務は、第39類の運送役務に含まれず、第35類に含まれる」という解釈と差異が生じない。また、上記解説の第35類の注釈では、「案内書の郵便による配布」等のサービスの主体は限定されていないため、商標法施行規則別表の第35類の細分類でも、主体を限定せずに「郵便による広告物の配布」が規定されている。そして、第39類の注釈は、ほかの規定も見れば、広告輸送業務という、第35類の「広告」と第39類の「輸送行為」の両方に該当する可能性のある行為を第39類から除外し、第35類に該当することを明らかにしたものと解するのが自然である。被告の解釈では、この注釈は、当たり前のことを確認した注意規定となり、妥当性を欠く。
ウ 国際分類の第35類、第39類で使用されている用語について
 国際分類の第35類の役務の内容として、日本語訳においては、「配布」の語が使用されているが、「配達」は使用されておらず、第39類には、配布、配達のいずれも使用されていない。また、ニース協定に基づく類別表において、第35類、第39類に、被告が配達に当たると述べる、英語のdeliver、仏語のlivraisonの語は使用されておらず、これらの言葉は役務の分類の基準となる用語ではない。また、ニース協定の個別商品、個別役務についてのアルファベット順一覧表では、第39類において、英語では「delivery」が使用されていても、仏語では「distribution」が使用されており、被告の主張は誤っている。
 なお、条約法に関するウィーン条約33条1項によれば、英語と仏語の正文はひとしく権威を有するものである。
 また、語学的な意味においても、日本語の配布に該当する仏語、英語の「distribution」は、日本語と同様に、「配布」及び「配達」概念を含むものとして使用されている。
エ 商標審査基準に基づく検討
 下記のとおり、商標審査基準によっても、いずれの基準も満たされるから、「各戸に対する広告物の配布」と被告各役務は、同一ないし類似の関係にある。
(ア) 提供の手段、目的又は場所が一致するかどうか
 被告各役務は、荷送人の依頼に基づいて荷受人に荷物を配達することを目的とするものであるが、その配達する荷物の中に広告物が存在するから、「各戸に対する広告物の配布(配達)」と置き換えれば本件指定役務と同一の内容を含むものであり、その役務を輸送業者が行っても、その提供の手段は同一で、広告物を配り届けるという目的及び場所も一致している。
(イ) 提供に関連する物品が一致するかどうか
 原告は、被告各役務のうち、業としての広告物の配布又は配達の役務に関するものを侵害対象行為として主張しており、被告も被告各役務の提供に関連する物品に広告物が存在することは認めているから、この基準は満たされる。
(ウ) 需要者の範囲が一致するかどうか
 被告各役務を利用して広告物を差し出す需要者は、営利・非営利を問わない法人・個人であるから、需要者の範囲は一致する。
(エ) 業種が同じかどうか
 被告も現在は広告物の取扱いに力を注ぎ、「広告物の配布又は配達」役務を広く事業として提供し、広告サービス業を業務の主要な一部としているから、その部分において業種を同じくしているといえる。
(オ) 当該役務に関する業務や事業者を規制する法律が同じかどうか
 「各戸に対する広告物の配布、広告」役務を規制する法律はなく、被告においても、この範囲の役務に関する業務については法規制の対象ではない。
(カ) 同一の事業者が提供するものであるかどうか
 被告は、業としてダイレクトメール等による広告事業を行っており、同一の事業者であるといえる。
オ 取引の実情について
(ア) 「メール便」の語は、比較的軽量の荷物を運送する行為を指すだけであり、広告物を広告物として配布する行為に直接の関連性はなく、また、「メール便」が第35類で登録されている例もある。
 さらに、多くの運送業者が第35類の「広告」役務を指定した商標登録を受けており、これらの業者が広告業を行い、あるいは予定していることが認められる。
(イ) 郵政公社は、平成16年4月8日、「ゆうメール」商標を第35類の「広告等」役務を含む12の商品・役務の分類にわたって登録出願していたから、郵政公社の時代において、広告役務を行っていたか、少なくとも行う意思があった。そして、現在、被告は、郵便事業において、広告をその収益を上げるための中心的事業として展開している。
カ まとめ
 侵害訴訟における役務の類似性は、取引の実情等も考慮して決定され、登録手続のように一つの類にしか分類されないとする必要性はない。本件では、少なくとも本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布、広告」と
 被告各役務とが類似関係にあることは動かし難い事実である。
(2) 本件商標と被告各標章は同一又は類似の商標であるか(争点1−2)
(原告の主張)
ア 本件商標(ゆうメール)と被告標章1(ゆうメール)とは、外観及び称呼が同一である。
イ 被告標章2(配達地域指定ゆうメール)は、「ゆうメール」に「配達地域指定」の修飾語が付されたにすぎないものであり、標章としては「ゆうメール」そのものの使用である。
 仮に標章として「配達地域指定ゆうメール」が使用されていると認められるとしても、商標審査基準によれば、被告標章2の要部は「ゆうメール」である。また、その称呼も15音と長いため、「ユウメール」と簡略化される可能性がある。したがって、本件商標と被告標章2とは、その要部である「ゆうメール」の部分の外観・称呼は同一であり、本件商標と類似の標章を使用するものといえる。
(被告の主張)
ア 被告標章2と本件商標の非類似
 被告標章2と本件商標の相違は、「配達地域指定」の文字であるが、被告標章2は、「配達地域指定」の文字が頭語に位置し、すべての文字が同大同間隔で配されているため、全体から「ハイタツチイキシテイユウメール」の称呼が生じる。また、被告標章2をユウメールと称呼した場合、あて名を記載して荷物を配達する被告役務1と区別できなくなるため、通常、利用者が「ユウメール」とのみ称呼することはない。したがって、両者は称呼において明確に聴別することができ、さらに外観においても相紛れるものではなく、両商標は非類似である。
イ 仮に、「配達地域指定ゆうメール」の要部が「ゆうメール」であり、本件商標と、被告各標章の外観及び称呼が同一又は類似であるとしても、本件商標は、被告各標章と混同を生じないため、両者は非類似である。
 需要者が被告各役務の広告に接する際、又は被告各役務の提供を受ける際には、被告のハウスマークである「JP(図形)POST」と「日本郵便」が近接して表示されており、これらが混同を打ち消す表示として働く。また、需要者が、被告作成のパンフレット等に接する際には、それが被告のサービスを紹介するために被告によって作成されたことを認識しており、インターネット上で被告各役務の広告に接する際には、日本郵便のホームページにアクセスしていると認識している。さらに、需要者が郵便局の窓口で役務の提供を受ける際には、被告の役務の提供を受けることを認識している。
 したがって、被告各標章が本件商標と取引の実情において需要者に混同されることはあり得ない。
(被告の主張に対する原告の反論)
 被告のハウスマークは、被告のガイドブックの該当頁や被告の「(省略)」というウェブページには付されていないので、これらの広告行為について被告の主張は成り立たない。
 そもそも、打ち消し表示は類似商標の混同の有無で議論されており、本件商標と被告標章1は同一表示であるから問題とならない。また、一般に、別途、出所表示が施されているだけでは、商標権侵害は否定されないというべきであり、本件では、被告のハウスマークと被告各標章との位置関係に近接性はなく、両者に特有の結び付きも認識されないから、被告の主張は認められない。
(3) 被告が被告各標章を用いて提供する役務が、法2条3項の使用に該当するか(争点1−3)
(原告の主張)
 被告は、@ 被告標章1又は被告標章2を付したダイレクトメールやカタログ等の広告物を各戸に配布又は配達し、A ウェブサイト上やガイドブックで被告各役務を広告、宣伝し、B 利用者(広告主体)のために広告役務を提供している。本訴で差止請求の対象としているのは、被告各役務のうち、被告のいう「配達」の対象物が広告物であるものに限っている。上記@の被告各標章の使用は、法2条3項6号又は4号に該当し、上記Aの使用は、同項8号に該当し、上記Bの使用は、同項6号又は3号に該当する。
(被告の主張)
ア 被告が、被告各役務の提供に当たり、被告各標章が外装に表示された荷物を各戸に配達する行為について、法2条3項6号への該当性については認め、同項4号への該当性については争う。被告が封筒等を利用者に対し提供することはなく、「利用に供する物」に当たらない。
イ 被告がウェブサイトやガイドブックで輸送役務である被告各役務を広告、宣伝している行為が、法2条3項8号に該当することは認める。しかし、被告による被告各標章の使用は、上記アを含め、被告の登録商標の正当な使用である。
ウ 被告は、被告各役務の引受け、配達に際し、広告内容には関与しておらず、利用者のために広告役務を提供していないから、原告が主張する広告役務について、法2条3項6号又は3号に該当することはない。
(4) 本件商標は、商標登録無効審判により無効にされるべきもので、原告の本件商標権の行使は許されないか(争点2)
(被告の主張)
 本件商標には、下記のとおり、法46条1項1号に規定する無効理由(法4条1項7号、15号、16号、19号)及び法46条1項5号に規定する無効理由(法4条1項7号、16号)が存することは明らかであるから、法39条(特許法104条の3第1項を準用)の規定により、又は権利の濫用(民法1条3項)として、原告の本件商標権の行使は許されない。
ア 本件商標が法4条1項15号に該当すること
(ア) 「ゆうパック」は、郵政省の一般小包郵便物の別称として昭和62年に制定されたものであり、「ゆう」は「郵便」を意味するものである。「ゆうパック」は、以下のとおり、被告が提供する役務又はそれと関連する商品の商標として需要者に広く認識されている。
(イ) 「ゆうパック」商標の著名性
a 昭和62年から現在に至るまで、「ゆうパック」は全国の一般紙、地方紙に定期的に広告されている。これらの新聞広告では、一般需要者になじみのある有名人が起用されており、同時期に連動したテレビコマーシャルも放映された。
b 「ゆうパック」の商標及び役務は、ポスター、周知用リーフレット、販促品によっても需要者に周知された。
c 平成14年3月25日、総務省から10kgまでの一般小包郵便物に均一の特別料金が新設されたことが発表されたことに伴い、ゆうパックの新しい料金プランのちらしが全国約2万4000の郵便局で配布された。
d 平成14年に実施された1万人を対象とするインターネットを利用した宅配便についての調査では、需要者の「ゆうパック」の認知度が、ヤマト運輸株式会社の「宅急便」に次いで2位という結果であった。
e 平成21年度の「ゆうパック」の取扱個数は2億6404万個に上り、上記宅急便、佐川急便株式会社の飛脚宅配便に続き、宅配便取扱個数において第3位(シェアは8.5%)となっている。
f 「ゆうパック」にも様々な使用態様があるが、いずれの場合も「ゆうパック」が要部であり、「ユウパック」の称呼が生ずるものであって、「ゆうパック」が顕著に表示されている限り、「ゆうパック」の商標を使用していることにほかならない。上記の使用実績は、著名性を獲得するに十分なものである。
(ウ) 「ゆうパック」及び「ゆう○○」商標の登録状況
a 「ゆうパック」については、日本郵政株式会社(以下「日本郵政」という。)を権利者として、多数の商標登録がされており、最初の登録は平成10年2月6日の「チルドゆうパック」(第39類、ロゴによる登録)であり、第39類についての「ゆうパック」(標準文字)の最初の登録は、平成14年4月26日である。
b 「ゆう○○」構成の商標も、被告及び日本郵政を権利者として多数の商標登録がされている。「ゆう○○」の構成の商標の最初の登録は、被告を権利者とする「ゆうペーン」である。また、日本郵政を権利者とする登録としては「ゆうぽうと」、「ゆうちょ」、「ゆうゆう窓口」などがある。「郵便」を「ゆうびん」、「郵政」を「ゆうせい」と一般需要者に親しみやすいように「郵」の漢字を「ゆう」とひらがなで表示していることは、郵便事業に関係する商品・役務について需要者に認知されている。
 以上のとおり、「ゆう○○」の構成の商標は、郵便事業に関係する商品・役務については、被告又は日本郵政の使用する商標として需要者に認識されている。
(エ) 本件商標「ゆうメール」と被告商標「ゆうパック」の類似と出所混同
a 本件商標「ゆうメール」と被告商標「ゆうパック」とを比較すると、「ゆう」の文字が共通し、この文字は上記のとおり被告又は日本郵政の事業を想起させ、郵便局で受けるサービス、郵便事業と関係のあるサービスを想起させる。また、「メール」の文字は「郵便、郵便物」の意味であり、「パック」は「包装、梱包」を意味するから、郵便又は配送関係の役務については、観念的に類似する。
 よって、本件商標は、被告商標「ゆうパック」と「ゆう」の文字を共通にする点、及び全体の観念上の共通性により、全体として紛らわしく、本件商標の出願時及び登録時において、被告商標「ゆうパック」を使用した被告の役務と出所混同のおそれのある商標であった。
b 被告の「ゆう」商標は、単独での使用でなく、特定の商品・役務について、及び他の語との特定の結合態様によって、強い出所表示機能が発揮されるものである。
 「ゆう」の文字を使用する者が郵便事業と何らかの関係がある場合や、あるいは商品役務が郵便事業と何らかの関係がある場合、及び本件商標のように「メール」といった「郵便」を想起させる語と結合されている場合には、被告が提供する業務と混同するおそれがある。
 したがって、郵便と関係する語である「メール(郵便)」、「パック(小包)」と結合した「ゆう」は、「郵」を意味し、郵便あるいは郵便事業と何らかの関係があると認識され、被告の業務の出所を表示するものとして識別力を発揮する。すなわち、「ゆう」と「メール」が結合した態様で、「ゆうパック」と出所混同のおそれがある。そして、「ゆう」が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであり、「パック」や「メール」から出所識別標識としての称呼、観念は生じない。
c また、被告のゆうパック役務と「各戸に対する広告物の配布」等の本件指定役務との間には直接の混同はないとしても、需要者の共通性により、両者の間に何らかの関係があるとの誤認が生ずるおそれ(広義の混同のおそれ)は認められる。
d したがって、本件商標の登録は、法4条1項15号の規定に違反するものとして、法46条1項1号の規定により無効とされるべきものである。
(オ) 不正の目的があること
 原告が本件商標を出願した平成15年4月の時点で、前記のとおり、被告の「ゆうパック」のサービスは、一般需要者にヤマト運輸株式会社の「宅急便」に次ぐ認知度を獲得していた。そこで、原告は、「パック」(小包)からの連想で、広告物を配布するのには「○○メール」と思い付き、被告がいまだ「ゆうメール」の出願をしていないのを奇貨として、本件商標を出願、登録した。すなわち、原告は、郵便事業について「ゆう」の文字が使用されているのを認識しつつ、あえて「ゆう○○」の商標を採択したと考えられる。
 以上のとおり、原告は、被告商標「ゆうパック」の存在を知って、「ゆう○○」の名称により郵便事業を行っている被告の信用にただ乗りし、利益を得ようとする不正の目的で本件商標について登録を受けたものであるから、本件商標の登録について法47条1項の除斥期間の適用はない。
(カ) 仮に、原告に、上記(オ)の不正の目的が認められなくても、本件商標について法4条1項15号違反の無効理由が存することは明らかであるから、法39条(特許法104条の3第1項準用)により、又は権利の濫用(民法1条3項)として、原告の本件商標権の行使は認められない。
イ 本件商標が法4条1項7号に該当すること
(ア) 原告による本件商標の出願の経緯には、前記のとおり、被告商標「ゆうパック」と類似し、被告又は日本郵政が使用する可能性が予測できる商標を先取り的に登録しようとする不正目的がうかがわれるため、本件商標は公序良俗を害するおそれがある商標である。
 よって、本件商標の登録は、法4条1項7号に違反するものである。
(イ) さらに、原告は、もともと「郵便」の信用力にちなんで「ゆうメール」の名称を採択して出願したところ、郵政公社が原告との共同事業を検討しなかったため、本件商標は宙に浮いた状態であったところ、被告自身が「ゆうメール」の商標の使用を開始したと知るや、自ら使用実績を作った上で被告の使用に対して差止めを求めたという経緯がある。このような経緯をみれば、被告に法4条1項7号に該当する不正の目的があることは明らかである。
(ウ) 郵便事業と関係がない原告が、郵便局で受けるサービスや郵便事業と関係のあるサービスを想起させる「ゆう」の文字を冠した本件商標を使用することは、取引者・需要者の混乱を招き、取引秩序を乱す結果となる。
 また、被告の提供する被告各役務は需要者の間に広く知られているので、原告が本件商標を使用することは、被告の「ゆうメール」の商標に係る役務との関係でも、取引者・需要者が混乱し、取引秩序を乱す結果となる。
 よって、本件商標は、後発的にも公序良俗を害するおそれがある商標である。
(エ) したがって、本件商標の登録は、法4条1項7号の規定に違反してされたものとして、又は、本件商標は、後発的に同号に該当するものとなったとして、法46条1項1号又は5号の規定により無効とされるべきものである。
ウ 本件商標が法4条1項19号に該当すること
(ア) 被告商標「ゆうパック」は、上記ア(イ)で述べたとおり、被告の業務にかかる役務を表示するものとして日本国内における需要者の間に広く認識されている商標であり、本件商標は被告商標「ゆうパック」と類似し、原告は、上記イ(イ)で述べたとおりの不正の目的をもって本件商標を使用するものである。
(イ) 本件商標が被告商標「ゆうパック」と類似するかについて、法4条1項19号の類似の判断の基準としては、他人の業務に係る商品等を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標とそれを有する著名な事業主との一対一の対応関係を崩し、希釈化を引き起こすような程度に類似しているか否かを検討すべきである。
 前記のとおり、「ゆう」が「郵便」の「郵」を連想させ、「メール」と「パック」がともに「郵便等で送るもの」との観念上の関連性があるため、「ゆうメール」に接した「ゆうパック」の需要者が、「ゆうパック」の「メール」版が出たと誤認することにより、「ゆうパック」と「郵政公社」(本件商標登録当時)との一対一の対応関係が崩されるから、本件商標は、被告商標「ゆうパック」の希釈化を引き起こす程度に類似しているといえる。
(ウ) したがって、本件商標の登録は、法4条1項19号の規定に違反してされたものとして、法46条1項1号の規定により無効とされるべきものである。
エ 本件商標が法4条1項16号に該当すること
(ア) 上記のとおり、被告の提供する「ゆうパック」の役務は需要者の間に広く知られ定評があるところ、原告が「ゆう」の語を含む本件商標(ゆうメール)を使用すると、被告の「ゆうパック」と質の異なる役務が「ゆうパック」の質、すなわち、あたかも「郵便」(本件商標登録時においては、郵便法上の郵便役務、郵政民営化後は、郵便インフラを使用する役務)を利用した役務であるかのごとく役務の質について誤認を生ずるおそれがある。したがって、本件商標は、登録時においても、後発的にも、法4条1項16号に該当する。
(イ) 被告商標「ゆうメール」との関係でも、前記のとおり、被告の提供する「ゆうメール」の役務は需要者の間に広く知られ、取扱い冊数も平成21年度は年間25億4千万冊に及ぶので、郵便事業と関係のあるサービスを想起させる「ゆう」の文字を冠した本件商標を使用することは、被告の「ゆうメール」と質の異なる役務が「ゆうメール」の質を有するがごとく、すなわち、あたかも「郵便」を利用した役務であるかのごとく役務の質について誤認を生ずるおそれがある。したがって、本件商標は被告商標「ゆうメール」との関係でも後発的に法4条1項16号に該当する。
(ウ) したがって、本件商標の登録は、法4条1項16号の規定に違反してされたものとして、又は、本件商標は、後発的に同号に該当するものとなったとして、法46条1項1号又は5号の規定により無効とされるべきものである。
(原告の主張)
ア 本件商標が法4条1項15号に該当するとの主張に対する反論
(ア) 除斥期間の経過
 本件商標は、平成16年6月25日に商標権の設定登録がされており、その登録の日から5年以上が経過した平成22年9月10日に無効審判が請求されているので、法47条1項により、法4条1項15号を理由とする無効審判請求はできず、本件においても法39条(特許法104条の3第1項を準用)に基づく権利行使制限の抗弁を主張できない。
(イ) 「ゆうパック」に著名性がないこと
 「ゆうパック」が著名性を有しているとの主張は否認する。被告が「ゆうパック」の著名性を立証するために提出している商標類は、そもそも称呼・外観等が様々である。広告の内容は統一されておらず、著名性獲得のための宣伝努力としても極めて少なく、「ゆうパック」の文字そのものが著名であることの立証はない。
(ウ) 「ゆう○○」商標について
 郵便事業がひらがなの「ゆう」として認知されていることはありえない。また、「ゆう」単独で特別顕著性を有している事実を裏付ける証拠は一切提出されておらず、他の文字や図形と結合されている場合に「ゆう」のみが強調されていることの主張・立証もない。被告が登録している「ゆうパック」関連の商標や日本郵政に係る「ゆう」を使用した各商標をみても、「ゆう」部分のみに特別顕著性があり、「ゆう○○」商標を独占できるというような根拠を導き出すことはできない。さらに、被告ら以外の複数の者が第35類、第39類で「ゆう○○」の商標を登録しているから、「ゆう」だけで被告らの郵便事業に関係する商品・役務について需要者に認知されているという事実は否定される。
(エ) 「ゆうメール」と「ゆうパック」の非類似
 「ゆうメール」と「ゆうパック」は、いずれも文字数が少なく、また、一連不可分な造語であり、5文字中3文字が相違し、称呼上も非類似であって、造語である以上観念上も類似せず、外観上も非類似である。また、上記のとおり「ゆう」だけで出所表示機能は果たしておらず、「ゆう」は、多数の漢字1字のかな読みであるから、これを特定の者に独占させることを認めるべきではない。さらに、取引の実情の観点からしても、「ゆうパック」は比較的大きな段ボール箱を使用した郵便小包が主体であるが、軽量な荷物を運ぶメール便や電子メール等とイメージのつながる「ゆうメール」とは、使用される商品等の観点からも類似しない。
(オ) 不正の目的がないこと
 上記のとおり、「ゆうパック」が著名商標と認定されるべき事実はなく、原告がこの商標の有する信用にただ乗りすることはない。
 また、そもそも、原告が本件商標を出願した平成15年4月の時点において、「ゆうパック」にブランドイメージは全くなく、事業自体が危機的状況にあった。一方、「メール」の語は、郵政公社の役務を示すものではなく、民間業者のメール便あるいは電子メールのメールを指すものとして一般的に使用されていた。よって、本件商標の取得経緯において、原告には被告の信用にただ乗りするなどの不正の目的はなかった。
イ 本件商標が法4条1項7号に該当しないこと
(ア) 原告が本件商標を採択した経緯に不正の目的はなく、上記アのとおり、「ゆうパック」商標の著名性は立証されておらず、本件商標との類似性もない。
(イ) 原告が本件商標の商標登録出願をしたのは平成15年4月30日であり、被告はこの時点で「ゆうメール」商標について商標登録出願もしておらず、使用の予定もなかったのであるから、原告に公正な競争秩序に反して本件商標を取得したというような事情はなかった。
ウ 本件商標が法4条1項19号に該当しないこと
 被告の「ゆうパック」と本件商標「ゆうメール」とは非類似であり、「ゆうパック」の文字商標の著名性も立証されていないから、被告の主張は成り立たない。また、不正の目的がないことも上記ア(オ)のとおりである。
エ 本件商標が法4条1項16号に該当しないこと
 そもそも「ゆうパック」が被告ないしそのグループの周知・著名商標になったという事実は何ら存在しないから、「ゆう」という文字だけを被告らが独占使用できるという前提が成り立たない。
 また、被告の主張に従えば、「ゆう」の付く商標登録出願は指定役務に「郵便インフラを使った○○」と限定しなければ品質誤認が生じるものとして拒絶ないし無効とされるが、そのようなことはなく、「ゆう」が「郵便インフラを使った役務」であるとの認識がないことは明らかである。
 なお、被告は、本件商標の登録後に、その登録の事実を知悉しながら本件商標と同一の商標を使用し始めたのであるから、仮に被告が後発的な無効理由として主張する事実があるとしても、逆混同を主張するものであり、信義則上かかる主張をすることは許されない。
(5) 原告の本件商標権の行使が権利の濫用に当たり許されないか(争点3)
(被告の主張)
 原告による本件商標権の行使は、以下に述べるところにより、権利の濫用(民法1条3項)に当たるとして、棄却されるべきである。
ア 被告標章1(ゆうメール)の周知性
 商標法の趣旨は、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、あわせて需要者の利益を保護することにある(法1条)。
 上記のとおり、被告標章1(ゆうメール)は、被告の役務を識別するものとして全国の需要者の間に広く認識されている。一方、原告の本件商標は、北海道やそのほかの一部の地域のみで使用されているもので、全国的に使用されているものではない。したがって、商標法が保護すべき業務上の信用が多大に化体しているのは被告標章1の方である。このような状況において、原告の被告に対する商標権の行使を認めることは、被告標章1が現実に果たしている多大な出所識別機能の発揮を妨げ、商標に化体した信用の保護という商標法の趣旨に反する結果となるし、被告標章1の使用ができないことになれば、全国の需要者に混乱を招く結果となる。
 さらに、本件商標は、上記のとおり、被告の「ゆう」標章の著名性を利用しているものにほかならないから、原告が、郵便事業について「ゆう」標章の正当な使用者である被告に対して本件商標権の侵害を主張するのは、客観的に公正な競業秩序を乱すことになる。
 このような、商標権者以外の役務を識別するものとして全国的に需要者に認識されている標章に対する商標権者の請求は、権利の濫用として棄却されるべきである。
イ 本件商標の出所識別力が乏しいこと
 被告標章1(ゆうメール)が需要者の間に広く認識されている一方、本件商標の出所識別力は乏しいといわざるを得ない。
 本件商標としての「ゆうメール」は、前記のとおり、「ゆう」が「郵便」の「郵」と一般に捉えられるところ、一般需要者には被告の役務が想起され、「飛脚ゆうメール」や「NITTSU郵メール便」のように、自社商標が打ち消し表示として結合されていない場合には、被告標章1の出所表示機能が害されるといえる。
 出所識別力の乏しい原告の本件商標権に基づき被告各標章の使用の差止めを認めることは、被告標章1が現実に取引において果たしている役務の出所識別機能を著しく害し、これに対する一般需要者の信頼を著しく損なうこととなり、商標の出所識別機能の保護を目的とする商標法の趣旨に反する結果を招来する。
ウ 原告による権利行使の時期等
 被告標章1が需要者の間に広く認識される前に、本件商標権を取得し、「ゆうメール」が被告の商標として周知となってから、本件商標権を有していることを奇貨として、被告に対して商標権を行使するという原告の行為は、正義公平の理念に反する。
 原告は、被告が「ゆうメール」の商標を第39類の郵便、メッセージの配達等を指定役務として登録しているのであるから、本件商標と同一の商標が、現在の被告の役務について使用されることは想定できたはずであり、少なくとも被告が「冊子小包」から「ゆうメール」に名称を変更した時点で、発送代行業者である原告は、被告標章1の存在を既に知っていたはずである。また、原告は、これまで、被告が「ゆうメール」の標章を用いて役務を提供していることを認識しつつ、被告の「ゆうメール」の役務を利用して、発送代行業を行い、利益を得ている。
 しかし、原告は、被告の役務について「ゆうメール」の商標が需要者の間に浸透し、もはや変更できなくなった時点で係争に持ち込んでいる。
(原告の主張)
ア 本件商標権の取得に不正の目的がないこと
 原告が本件商標を出願した平成15年4月の時点において、「ゆうパック」にブランドイメージは全くなく、その事業自体が危機的状況にあった。一方、「メール」の語は、郵政公社の役務を示すものではなく、民間業者のメール便あるいは電子メールのメールを指すものとして一般的に使用されていた。よって、本件商標権の取得経緯において、原告に被告の信用にただ乗りするなどの不正な目的はなかった。
イ 権利の濫用であるとの主張に対する反論
(ア) 郵政公社は、平成15年7月28日に原告のプレゼンテーションを受けて「ゆうメール」商標を認識し、その後これを剽窃して商標登録出願をしたものである。また、郵政公社は、平成16年4月8日、12の商品及び役務の区分について「ゆうメール」の商標登録出願をしたが、第35類の出願は先行する原告の本件商標を理由に拒絶されている。にもかかわらず、原告の本件商標の登録を争うことなく、本件商標を使用し続け、原告の権利行使を権利の濫用と主張することは許されない。
(イ) 被告が被告標章1(ゆうメール)の使用を開始した平成19年10月より1年半以上前である平成18年2月には、原告は、本件商標について他社とライセンス契約を締結し、同年4月以降、本件商標を使用した役務の提供が行われている。このように、本件では、被告標章1が使用される前から本件商標が使用されているのであるから、周知性の高低で権利行使が制限されるという法理の適用はない。また、後発者が商標の先願主義を無視して周知性を獲得したとしても、それは逆混同を保護するものであり、認められるものではない。さらに、本件において、原告による本件商標権の取得過程には何らの瑕疵もない。加えて、被告が主張するような「ゆう」部分のみに著名性があるという事実もない。
(ウ) 被告は、本件商標の出所識別力が乏しいと主張するが、その根拠を何ら示していない。本件商標が実際に使用されている事実が存在する以上、被告が商標制度を無視して違法に事業を拡大しても、それは保護に値するものではない。
(エ) 本件は、権利の濫用が認められるための主観的評価基準である害意の存在があるような事案とは全く異なり、かえって被告が先願商標の存在を無視して、一方的に事業を拡大してきた事案である。
第3 争点に対する判断
1 被告が被告各標章を被告各役務に使用することが、原告の本件商標権を侵害するか(争点1)
(1) 被告各役務の内容
 証拠(甲4の1ないし3、6の1及び2、7の1及び2、8の1の1ないし4、8の2の1ないし6、12、15の1及び2、17の1及び2、60、乙1、3の1ないし6、4、5の1及び2、7の1及び2、8、10、26、27の1ないし4、28)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告役務1(被告標章1(ゆうメール)を使用する役務)の内容
(ア) 被告役務1は、冊子状の印刷物等を送付するサービスであり、利用者は、サービスを利用するため事前の手続は不要で、郵便ポストに投函することも可能である。
(イ) 送付が可能なものは、書籍、雑誌、商品カタログ類、会報、各種マニュアル類及び電磁的記録媒体(CDやDVD等)である。他方、信書(ただし、内容物に関する簡単なあいさつ状、請求書等の無封の添え状や送り状は同封することができる。)や手書きの紙など印刷を利用していないものを送ることはできない。
(ウ) 被告役務1の利用条件として、@ 差出しの際は、次のいずれかの方法(ア 封筒又は袋の納入口などの一部を開く。イ 内容品の大部分を透視できるよう、包装の外部に無色透明の部分を設ける。ウ 内容品の見本を郵便窓口で提示する。)で、内容品が確認できるようにすること、A 荷物の表面の見やすいところに「ゆうメール」又はこれに相当する文字を明瞭に記載すること、B 大きさは、長さ、幅、厚さの合計が1.7m以内、重量は3kg以内であることが必要である。そして、利用者は、荷物の外装に、荷受人の氏名又は名称及び住所又は居所を見やすいように表示しなければならない。
(エ) また、荷物には、内容である印刷物等に係るもので、次のものを同封することが可能である。
@ 付録(内容物よりも軽いもので、同封する際には、内容物のタイトルと「付録」の文字を表示することを要する。)
A 注文用の払込用紙、返信に必要な事項を記載した用紙等
B 注文又は返信用に、受取人の住所・氏名等を記載した封筒やはがき
C 注文を促すための商品見本であって、「見本」、「試供品」又は「サンプル」の文字を記載したもの
D 上記のほか、注文又は返信を促すためのもの、その他これに類するもの(例として、割引券(クーポン券)、記念品贈呈券、昼食券(コーヒー券)、駐車券、アンケート用紙等への記入用ボールペン等)(オ) 被告は、原則として、荷物を受け取るときに、運賃及び料金その他運送に関する費用を収受する。
(カ) 被告は、郵便ポストより、又は発送地において荷送人若しくは荷送人の指示する者から、荷物を受け取り、荷物の外装に表示された住所又は居所の郵便受箱、新聞受け、荷物受け、宅配ボックス、メール室等に荷物を配達する。
イ 被告役務2(被告標章2(配達地域指定ゆうメール)を使用する役務)の内容
 被告役務2は、あて名(受取人の氏名及び住所又は居所)の記載を省略した荷物について、一定の地域(町丁目単位)内のすべての世帯・事業所に配達する、上記アの「ゆうメール」の役務(被告役務1)である。利用者は、荷物を届ける地域について指定し、荷物にあて名を記載することを要せず、被告は指定された地域の全戸に荷物を配達する。また、利用者は、荷物の表面の見やすいところに、「配達地域指定ゆうメール」の文字を明瞭に記載し、荷物の外部に、「差出人・返還先」を先頭に記載するとともに、荷送人の氏名及び住所又は居所を明瞭に記載する必要がある。以上の点のほかは、被告役務1と同内容の役務である。
ウ 利用者による被告各役務の利用態様
 被告役務1は、広告物の配達、法人、各種団体等からの情報誌等の配達、レンタルショップからのCD、DVDの配送などに利用されている。
 被告役務2は、広告物の配達、官公庁、自治体、法人等からのお知らせの配達などに利用されている。
エ 被告による被告各役務についての宣伝の内容
 被告は、被告役務1を、商品カタログ、パンフレット、ダイレクトメールの配送に利用することを宣伝している。
 また、被告は、被告役務2を、新規顧客獲得、来店促進、販売促進の手段や、地域密着型の広告展開の方法として利用することを宣伝している。
(2) 被告各役務は、本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布、広告」と同一又は類似の役務であるといえるか(争点1−1)
ア 本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布、広告」の意義について
(ア) 「配布」とは、ひろくくばること(広辞苑、甲10の1)、広く行き渡るように配ること(甲27、28、乙36、37)である。したがって、「各戸に対する広告物の配布」とは、広告物を広く行き渡るように家々に配ることを意味する。
 なお、「配達」とは、くばりとどけること(広辞苑、甲10の2)、家々に配り届けること(甲27)である。
(イ) 「広告」とは、商品、役務(サービス)、情報等をその提供者を明示して、第三者に告知し、その入手、使用等を勧誘する活動をいう(当事者間に争いがない)。
イ 上記(1)アのとおり、被告役務1は、冊子状の印刷物等を、利用者が指定した荷受人の住所又は居所に配達する役務であり、信書や手書きの紙など印刷を利用していないものは役務の対象から外されており、配達の対象となるものは、書籍、雑誌、商品カタログ類、会報、各種マニュアル類及び電磁的記録媒体(CDやDVD等)と様々である。そして、上記(1)エのとおり、被告自身、被告役務1の利用方法として、商品カタログ、パンフレット、ダイレクトメールといった広告物が含まれるものの配送に利用することを宣伝しており、上記(1)ウのとおり、実際に、被告役務1は広告物の配達に利用されているから、被告役務1の利用者も、被告役務1を広告物の配達に利用することができると認識していると認められる。
 したがって、被告役務1の配達の対象が広告物であるときは、被告役務1は、利用者が指定した荷受人の住所又は居所に広告物を配達する、すなわち、広告物を配り届ける役務である。
 これに対して、本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」とは、広告物を広く行き渡るように家々に配ることを意味するから、配達の対象が広告物であるときの被告役務1とは、「広告物を配る」という点において共通し、両役務は類似する関係にあるといえる。さらに、被告役務1の利用者が、多数の家々に広告物を配る際に被告役務1を利用すると、被告役務1は、広告物を広く家々に配り届ける役務となる。このような場合において、本件指定役務と被告役務1とは、ほぼ同一の内容となる。
 以上検討したところによれば、被告役務1の配達の対象が広告物である場合には、被告役務1と本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」とは、少なくとも類似の関係にあるといえる。
ウ 上記(1)イのとおり、被告役務2は、あて名の記載が省略されること、利用者が指定した一定の地域内のすべての世帯・事業所に荷物を配達すること以外は、被告役務1と同内容の役務である。そして、上記(1)エのとおり、被告自身、被告役務2を広告の手段として利用することを宣伝しており、上記(1)ウのとおり、実際に、被告役務2は広告物の配達に利用されているから、被告役務2の利用者も、被告役務2を広告物の配達に利用することができると認識していると認められる。
 したがって、被告役務2の配達の対象が広告物であるときは、被告役務2は、利用者が指定した一定の地域内のすべての世帯・事業所に広告物を配達する、すなわち、一定の地域内のすべての世帯・事業所に広告物を配り届ける役務である。
 これに対して、本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」とは、上記のとおり、広告物を広く行き渡るように家々に配ることを意味するから、被告役務2の配達の対象が広告物であるときは、両役務は、広告物を広く行き渡るように家々に配るという点で、ほぼ同一の内容となる。
 よって、被告役務2の配達の対象が広告物である場合には、被告役務2と本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」とは、ほぼ同一の内容であり、少なくとも類似の関係にあるといえる。
エ 被告の主張について
(ア) 被告は、配布と配達は本質的に異なる概念であり、「商品及び役務の区分」でも、配布と配達は、第35類と第39類で異なる役務として扱われている旨主張する。
 しかし、そもそも配布と配達は類語の関係にあり(甲27、28、乙35)、また、「商品及び役務の区分」は、商品又は役務の類似の範囲を定めるものではない(法6条3項)から、被告が主張する第35類と第39類の関係が、直ちに本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布」と被告各役務が類似するか否かの判断に影響を及ぼすものではない。そして、被告各役務の具体的内容と本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」の意義から両役務の類似性について検討すると、上記ウで説示したとおりとなる。
(イ) また、被告は、被告各役務は、荷物の運送役務であり、本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布、広告」とは類似しない旨主張する。
 しかし、上記イ、ウで説示したとおり、被告自身、広告物が被告各役務の対象となることを宣伝しており、被告各役務において配達の対象が広告物である場合には、被告各役務と本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」とは少なくとも類似する関係にあるから、被告の上記主張は失当である。
(ウ) そのほか、被告は、商標審査基準や取引の実情に基づき、本件指定役務と被告各役務の非類似を主張するものの、いずれも上記イ、ウの判断を左右するものではない。
オ なお、原告は、被告各役務が本件商標の指定役務中の「広告」役務であるとも主張するが、「広告」とは、商品、役務(サービス)、情報等をその提供者を明示して、第三者に告知し、その入手、使用等を勧誘する活動をいうとの定義(上記ア(イ))からすると、被告自身が被告各役務によって、商品、役務について「その入手、使用等を勧誘する活動」を行っているとは認められないから、被告各役務は、本件指定役務の「広告」の役務には当たらないと解される。
(3) 本件商標と被告各標章は同一又は類似の商標であるか(争点1−2)
ア 本件商標と被告標章1について
 本件商標は、標準文字の「ゆうメール」であり、被告標章1は、「ゆうメール」という標章であって、外観、称呼、観念において同一であるから、両者は、同一の商標である。
イ 本件商標と被告標章2について
 本件商標は、標準文字の「ゆうメール」であり、被告標章2は、「配達地域指定ゆうメール」という標章である。この点、被告標章2の「配達地域指定」の語は、役務の質(荷物が配達される地域が指定されること)を表示する部分であり、出所識別機能を有しないものというべきであるから、被告標章2の要部は、「ゆうメール」であると認められる。そうすると、本件商標と被告標章2の要部は、外観、称呼、観念において同一であるから、本件商標と被告標章2は、類似の商標である。
ウ 被告は、需要者が、被告各役務の広告等に接する際や、被告各役務の提供を受ける際に、被告のハウスマークが近接して表示されるため、これらが混同を打ち消す表示として働くと主張する。しかしながら、本件の証拠上、被告各標章が常に被告のハウスマークと近接して表示されているとは認められない。
 また、被告は、需要者が郵便局の窓口で被告各役務の提供を受ける際には、被告の役務の提供を受けることを認識している旨主張するが、仮にそうであるとしても、本件商標と被告各標章の混同が問題となる場面はそのような場面に限られないことは明らかであるから、取引の実情において需要者に混同が生じることは否定されないというべきである。
 よって、被告の主張はいずれも失当である。
(4) 被告が被告各標章を用いて提供する役務が、法2条3項の使用に該当するか(争点1−3)
 上記(2)、(3)のとおり、被告は、被告各役務の対象が広告物である場合、本件商標と同一又は類似の被告各標章を用いて、本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布」と類似する被告各役務を提供している。
 そして、上記(1)によれば、被告は、被告各役務の提供において、利用者に対して、荷物の表面の見やすいところに被告各標章(ゆうメールないし配達地域指定ゆうメール)を明瞭に記載することを求めており、これは法2条3項6号(役務の提供に当たりその提供を受ける者の当該役務の提供に係る物に標章を付する行為)の使用に該当する。
 また、証拠(甲4の1ないし3、6の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、商品カタログ類などが送付の対象となる被告役務1(ゆうメール)について説明する記載を含むカタログを頒布し、また、広告物の送付に係る被告各役務の広告を内容とする情報に、被告各標章を付して電磁的方法により提供していることが認められ、これは、同項8号の使用に該当する。
2 本件商標は、商標登録無効審判により無効にされるべきもので、原告の本件商標権の行使は許されないか(争点2)
 被告は、本件商標には、法46条1項1号に規定する無効理由(法4条1項7号、15号、16号、19号)及び法46条1項5号に規定する無効理由(法4条1項7号、16号)が存することは明らかであるから、法39条(特許法104条の3第1項を準用)の規定により、又は権利の濫用(民法1条3項)として、原告の本件商標権の行使は許されないと主張する。そこで、本件商標に無効理由があるか、以下、順に検討する。
(1) 本件商標が法4条1項15号(他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標)に該当するか
ア 被告は、本件商標が、その出願時及び登録時において、被告商標「ゆうパック」を使用した被告の役務と出所混同のおそれのある商標であり、本件商標の登録が法4条1項15号に違反すると主張する。
 ここで、法4 条1 項1 5 号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、 いわゆる広義の混同を生ずるおそれがある商標が含まれると解するのが相当であり、 「混同を生ずるおそれ」の有無は、 当該商標と他人の表示との類似性の程度、 他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、 当該商標の指定役務と他人の業務に係る役務との間の性質、 用途又は目的における関連性の程度並びに役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、 当該商標の指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、 総合的に判断されるべきである( 最高裁平成1 0 年( 行ヒ) 第8 5 号同1 2 年7 月1 1 日第三小法廷判決・民集5 4 巻6 号1 8 4 8 頁参照) 。
イ 被告商標「ゆうパック」の使用状況と同商標を用いた被告の役務について
 証拠(乙45ないし50、52の1及び2、53、55、57の1ないし13)によれば、次の事実が認められる。
(ア) 郵政省は、昭和58年に、小包郵便物の包装用パッケージに「ゆうパック」の愛称を付け、同年11月から全国での販売を開始した。そして、昭和62年から、一般小包郵便物の愛称として「ゆうパック」を採用し、同年6月1日から、「ゆうパック」のロゴマーク(青文字の「ゆう」と「パック」の間に赤色のハート型の図形があり、その図形の中に白文字で「ゆうびん小包」との記載があるもの。以下「ゆうパックロゴ」という。)の使用を開始した。
(イ) 郵政省(平成13年からは郵政事業庁、平成15年からは郵政公社)は、昭和62年6月ころから平成16年に至るまで、定期的に、全国の一般紙、地方紙の各新聞紙面上において、「ゆうパック」の宣伝広告を行った。また、平成4年、平成6年から8年まで、平成11年においては、「ゆうパック」のテレビコマーシャルも放映され、各コマーシャルの映像においてもゆうパックロゴが使用された(なお、平成8年に放映されたものは、「チルドゆうパック」のテレビコマーシャルであるが、ここでも、ゆうパックロゴは使用された。)。また、「ゆうパック」の宣伝のため、ポスターやリーフレットが作成され、各地の郵便局で掲示され、配布された。
(ウ) 平成14年1月に実施されたインターネットで約1万人を対象とした宅配便サービスについてのアンケート調査において、最も信頼のおける宅配便サービスの回答として、「ゆうパック」が第2位となる約28%の支持を得た。
(エ) 平成11年から16年までの間、宅配便業界における「ゆうパック」のシェアは、5.7%から7.0%の間で推移し、年間の取扱い個数は、1億5388万個から2億1469万個に増加した。
(オ) 標準文字の「ゆうパック」の商標は、平成14年4月26日に第39類で登録され、その後、第16類等でも登録された。また、ゆうパックロゴの商標は、平成15年3月14日に第16類で登録され、その後、第39類でも登録された。さらに、これらの商標以外にも、「ゆうパック」に関連する複数の商標が登録された。
ウ 上記アで述べたところに照らし、上記イで認定した事実に基づいて、本件商標が、被告商標「ゆうパック」を使用した被告の役務と出所混同のおそれがあるかについて、以下、検討する。
 まず、上記イのとおり、「ゆうパック」がゆうパックロゴとともに、
昭和6 2 年から長年にわたり、 被告がその事業を承継した郵政公社、さらにその前身である郵政事業庁、 郵政省が取り扱う一般小包郵便物の役務を示す商標として使用され、 全国にわたって新聞紙上やテレビコマーシャルで「ゆうパック」が宣伝され、 各地の郵便局でその宣伝のポスターやリーフレットが掲示、 配布されたこと、 平成11 年以降においては、 「ゆうパック」のサービスが、 宅配便業界で5 % 以上のシェアを占め、 毎年1 億個以上の荷物を取り扱っていたことが認められる。これらの事実に照らせば、 本件商標が登録された平成1 6 年当時において、 「ゆうパック」は既に全国的に著名な商標となっていたことが認められる。
 しかし、本件商標「ゆうメール」と被告商標「ゆうパック」とを比較すると、外観は「ゆう」のみが共通するだけで全体として異なったものであり、称呼は「ユウメール」と「ユウパック」で異なり、その観念においても、「ゆう」だけではいかなる観念が生じるか直ちに明らかではなく、「メール」からは、郵便、郵便物、電子メール(広辞苑第6版)の観念が生じ、他方「パック」からは、包装すること、包装したもの(広辞苑第6版)の観念が生じるから、両者は観念においても異なる。したがって、そもそも本件商標と被告商標「ゆうパック」とは、その類似性が乏しいといわざるを得ない。その上、被告商標「ゆうパック」は、一般小包郵便物に利用されているが、そのサービスと本件指定役務である「各戸に対する広告物の配布、広告」との関連性も大きいものとはいえない。そうすると、たとえ被告商標「ゆうパック」自体が著名であったとしても、以上説示の点を考慮して総合的に判断すると、本件商標が、その出願時及び登録時において、被告商標「ゆうパック」を使用した被告の役務と出所混同のおそれのある商標であったということはできない。
 よって、本件商標の登録が法4条1項15号に違反するとは認められない。
エ なお、被告は、「ゆう○○」の構成の商標は、郵便事業に関係する商品・役務については、被告又は日本郵政の使用する商標として需要者に認識されており、「ゆう」は郵便の「郵」を意味する旨主張する。
 確かに、被告が主張するとおり、上記「ゆうパック」のほか、郵便貯金を意味する「ゆうちょ」(乙58の5、62)や郵便局で郵便物の引受け等を行う「ゆうゆう窓口」(乙58の6及び7、63)など、「ゆう」が「郵」を意味する「ゆう」として使用されていると考えられる商標が複数存在する(乙58の1ないし33)。
 しかし、「ゆう」自体、ひらがな二文字から構成される短い言葉であること、「郵」以外にも「ゆう」に対応する漢字が多数考えられること、実際に、郵便の「郵」以外を意味すると考えられる「ゆう」を使用した登録商標も多数存在すること(甲92の1ないし5、93の1、93の3ないし6)からすれば、必ずしも「ゆう」が「郵」を意味するとはいえず、本件指定役務と郵便事業との結び付きの程度をも考慮すれば、被告の主張は失当であるといわざるを得ない。
(2) 本件商標が法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標)に該当するか
ア 被告は、原告による本件商標の出願の経緯には、被告商標「ゆうパック」と類似し、被告又は日本郵政が使用する可能性が予測できる商標を先取り的に登録しようとする不正目的がうかがわれ、本件商標の登録は公序良俗を害するおそれがあり、法4条1項7号の規定に違反して登録されたものであり、さらには、本件で原告が被告に対し被告各標章の使用の差止めを求めた経緯からすれば、原告に不正の目的があることは明らかで、また、原告が本件商標を使用することが取引秩序を乱すことになるため、本件商標は、後発的にも法4条1項7号に該当するものとなった旨主張する。
 そこで、原告による本件商標の出願、登録までの経緯及びその後の本件商標をめぐる事実経過に基づいて、以下検討する。
イ 争いのない事実、証拠(甲2、3の1ないし4、9の1ないし5、21、23、24の1ないし4、25の1ないし3、79の1及び2、80の1ないし4、81の1及び2、82の1ないし20、乙24、33、34、72)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、平成15年4月30日、本件商標の登録出願をした。
(イ) 原告代表者A及び原告の専務取締役であるBは、平成15年7月28日、郵政公社を訪れ、郵便事業本部営業企画部の商品開発担当部長らと面会し、「ゆうメール」(仮称)と原告が名付けたビジネスモデルについて説明を行った。このビジネスモデルは、概要、郵便局と原告の業務提携を提案するもので、あて名のない、ちらしが封入されたダイレクトメールを配布するサービスで、郵便局等で受付を行い、ちらしの封入、仕分けを原告が行い、郵便局がダイレクトメールを配達するというものであった。しかしながら、郵政公社は、原告のこの提案を断った。
(ウ) 佐川急便株式会社は、平成16年3月、同社がメール便を集荷し、郵政公社の冊子小包を利用してその配達を行うという、「佐川ゆうメール」のサービスを開始した。
(エ) 本件商標は、平成16年6月25日に登録された。
(オ) 郵政公社は、平成16年4月8日、商品及び役務の区分を第35類、指定役務を広告等としてゆうメール(標準文字)の商標登録を出願した(商願2004−033411号)。しかし、上記商標は、その出願の日より前の商標登録出願に係る登録商標である本件商標と同一又は類似であって、本件商標に係る指定役務と同一又は類似の役務に使用するものであり、法4条1項11号に該当するとして、平成17年1月18日、特許庁により上記商標登録出願は拒絶された。
 なお、郵政公社が、上記の出願と同日である平成16年4月8日に出願した、商品及び役務の区分を第39類、指定役務を郵便、メッセージの配達、物品の配達、小荷物の配達等としたゆうメール(標準文字)の商標は、同年11月26日、商標登録された。さらに、郵政公社は、同日、ゆうメール(標準文字)の商標を、商品及び役務の区分を第6類、第9類、第16類、第17類、第18類、第19類、第20類、第22類、第38類及び第41類として登録出願し、いずれも商標登録された。
(カ) 原告は、平成18年2月2日、株式会社一条(以下「一条」という。)に対し、同日から平成20年1月31日まで、同社の所在地である和歌山市を中心とした近畿圏において、本件商標権について通常使用権を無償で許諾した。そして、一条は、平成18年4月から9月にかけて、本件商標を使用し、クーポン券が付属した広告物を各戸に配布する役務を、配達地域指定冊子小包を利用して提供した。
(キ) 被告は、平成19年10月1日に設立され、郵政公社からその事業を引き継ぎ、これまで冊子小包として提供していた役務の名称を「ゆうメール」と変更し、この役務について、被告各標章の使用を開始した。
(ク) 原告は、札幌市内において、平成19年10月、4460戸に対し本件商標が付された広告物を配布し、平成20年8月、6000通の本件商標が付された広告物を各戸に配布し、同年9月、9498戸に対し本件商標が付された広告物を配布し、また、平成21年2月、2万1000通の本件商標が付された広告物を各戸に配布した。
ウ 上記イのとおり、原告は、本件商標の登録出願をした後の平成15年7月、郵政公社に「ゆうメール」という名称のビジネスモデルを提案したところ、郵政公社はこの提案を断っており、その後、郵政公社から事業を引き継いだ被告は、平成19年10月まで「ゆうメール」の標章を使用していなかった。このように、原告が、本件商標の登録出願をした平成15年4月当時において、郵政公社が「ゆうメール」の標章を同社の役務に使用することについて具体的な話がされていたことをうかがわせる事実は認められず、また、近い将来において、郵政公社が「ゆうメール」の標章を使用する可能性を予想させる事情も認められず、さらに、上記(1)ウのとおり、「ゆうパック」と本件商標とが類似しないことをも併せ考慮すると、原告による本件商標の登録出願に、不正の目的があったと認めることはできない。
エ 次に、本件商標が後発的に法4条1項7号に該当するものとなったかについて上記イの事実に基づいて検討するに、郵政公社は、平成16年4月に、被告標章1(ゆうメール)について、指定役務を第35類の広告等として商標登録を出願し、本件商標の登録があることを理由にその出願が拒絶されたにもかかわらず、郵政公社から事業を引き継いだ被告は、本件商標と同一又は類似の標章である被告各標章を平成19年10月以降、本件指定役務と類似する役務について使用している。他方、原告は、平成18年2月に、一条に対し、本件商標権について通常使用権を許諾し、一条は、同年4月から、本件商標を使用し、広告物を配布する役務を提供しており、また、原告自身も、平成19年10月から、本件商標を使用し、広告物を配布する役務を提供している。このような事実経過にかんがみれば、現時点において、被告各標章が被告の役務を表すものとして周知・著名になっているとしても、本件商標は、被告が被告各標章の使用を実際に開始する4年以上前に、上記ウのとおり不正の目的なく出願されたもので、しかも、その後、実際に使用されているものであるといえるから、本件商標が事後的に公序良俗に反するものになったと認めることはできない。
 よって、原告の本件商標が、後発的に法4条1項7号に該当するものになったということはできない。
(3) 本件商標が法4条1項19号(他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的をもって使用をするもの)に該当するか
 被告は、本件商標が被告商標「ゆうパック」と類似し、原告は不正の目的をもって本件商標を使用するものであると主張する。
 しかし、本件商標と被告商標「ゆうパック」とが類似しないことは、上記(1)ウで述べたとおりであり、また、原告に不正の目的が認められないことは、上記(2)で説示したとおりである。
 よって、本件商標の登録は、法4条1項19号に違反するものではない。
(4) 本件商標が法4条1項16号(役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標)に該当するか
 被告は、原告が「ゆう」の語を含む本件商標を使用すると、「郵便」を利用した役務であるかのごとく役務の質について誤認を生ずるおそれがあり、また、被告の提供する「ゆうメール」の役務が需要者の間に広く知られることになった結果、被告の「ゆうメール」と質の異なる役務が、あたかも「郵便」を利用した役務であるかのごとく役務の質について誤認を生ずるおそれがある旨主張する。
 そこで検討するに、法4条1項16号の「役務の質の誤認を生ずるおそれ」の有無は、当該商標自体、すなわち、当該商標を構成する文字、図形等が表す役務の性質や特性から客観的に判断されるべきである。
 この点、本件商標は、標準文字の「ゆうメール」から構成されており、「ゆう」の語が必ずしも「郵便」の「郵」を意味するものとはいえないことは上記(1)エで説示したとおりであり、また、上記(1)ウのとおり、「メール」の語は、郵便、郵便物、電子メールを表す多義的な言葉であり、さらに、証拠(乙19の1及び2、20の1、21の1)によれば、現在、様々な運送業者が「メール便」の名称で運送サービスを提供していることが認められる以上、「ゆうメール」の文字それ自体から被告が主張するような「郵便」のサービスを利用した役務であることが表されているとまでは認められないというべきである。
 また、仮に、本件商標の登録後に「ゆうメール」の役務が被告の提供する「郵便」のサービスを利用した役務として需要者の間に広く知られるようになったとしても、「郵便」のサービスを利用した役務というだけではその内容(性質、特性)は漠然としており、必ずしも明らかとはいえないから、そのことにより「ゆうメール」の文字それ自体が役務の品質を表す表示となったと認めることはできない。
 よって、本件商標「ゆうメール」に、役務の質の誤認を生ずるおそれは認められないから、本件商標は、法4条1項16号に該当するものではない。
(5) まとめ
 以上のとおり、本件商標に、被告が主張する、法46条1項1号、5号に規定する無効理由はいずれも認められない。
3 原告による本件商標権の行使が権利の濫用に当たり許されないか(争点3)
(1) 被告は、原告による本件商標権の行使が権利の濫用に当たる理由として、被告標章1が被告の役務を識別するものとして全国の需要者に広く認識されていること、本件商標の出所識別力が乏しいこと、原告による本件商標権の行使の時期が被告の商標「ゆうメール」が需要者に浸透してからであることなどを主張している。
 しかし、上記2(2)エで説示したとおり、郵政公社は、自らの第35類の広告等を指定役務とする「ゆうメール」の商標登録出願が、本件商標の存在を理由に拒絶されたことを認識しており、その上で、郵政公社から事業を引き継いだ被告があえて被告標章1(ゆうメール)を使用して、本件指定役務と類似する役務を行っているのであり、このような事情の下では、その結果として、被告標章1が全国の需要者に広く認識されることになっているとしても、原告による本件商標権の行使が権利の濫用に当たるということはできないというべきである。
 また、被告は、本件商標の出所識別力が乏しいことの理由として、「ゆう」が「郵便」を表すものであることを主張するが、この主張が失当であることは上記2(1)エで説示したとおりである。
 そして、被告が平成19年10月に被告各標章の使用を開始してから1年6か月後である平成21年4月には、原告が、日本知的財産仲裁センターに本件について調停の申立てをしていること(甲18の1)にかんがみれば、原告による本件商標権の行使の時期が遅きに失するものであるとはいえない。
(2) 以上のほか、上記2(2)イで認定したそのほかの事実を総合しても、原告による本件商標権の行使が権利の濫用に当たるということはできない。
4 まとめ
 上記1(4)のとおり、被告は、本件商標権の指定役務に類似する役務について、本件商標と同一又は類似の被告各標章を使用していることが認められるから、法37条1号により本件商標権を侵害するものと認められ、原告は、被告に対し、法36条1項に基づき、上記侵害行為の差止めを請求することができる。
 また、原告は、差止めに加え、被告各標章を付したスタンプ、ラベル、カタログ、ちらし類の廃棄を求めており、証拠(甲6の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、被告が被告標章1を付し商品カタログ類などが送付の対象となると記載したカタログを頒布していることが認められるから、同カタログの廃棄請求には理由がある。しかしながら、被告が被告標章2を付したカタログや、被告各標章を付したスタンプ、ラベル又はちらし類を所有、占有していることについての具体的な主張、立証はないから、これらに対する廃棄請求は理由がない。
第4 結論
 よって、原告の差止請求及び「ゆうメール」の標章を付したカタログの廃棄請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 志賀勝
 裁判官 小川卓逸


別紙 商標権目録
 登録番号 第4781631号
 出願年月日 平成15年4月30日
 登録年月日 平成16年6月25日
 商品及び役務の区分 第35類
 指定役務 各戸に対する広告物の配布、広告、市場調査、商品の販売に関する情報の提供、広告用具の貸与
 登録商標 ゆうメール(標準文字)
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/