判例全文 line
line
【事件名】“編み物と編み図”の著作物性事件
【年月日】平成23年12月26日
 東京地裁 平成22年(ワ)第39994号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成23年10月19日)

判決
原告 P
同訴訟代理人弁護士 井堀周作
被告 ニッケ商事株式会社
同訴訟代理人弁護士 丹羽一彦
同 森嶋裕子
被告 Q
同訴訟代理人弁護士 中田憲孝


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは原告に対し連帯して660万円及びこれに対する平成22年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、別紙被告作品目録記載1ないし3の物品の展示、販売、販売の申し出をしてはならない。
3 被告らは、別紙被告作品目録記載1ないし3の物品を廃棄せよ。
4 被告らは、別紙広告目録1、2記載の各広告を掲載せよ。
5 1ないし4項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、別紙原告作品目録記載1及び2の編み物(以下、それぞれ「原告編み物1」、「原告編み物2」といい、両者を併せて「原告編み物」という。)及び同目録記載3及び4の編み図(以下、それぞれ「原告編み図1」、「原告編み図2」といい、両者を併せて「原告編み図」という。また、原告編み物と原告編み図を併せて「原告作品」という。)の制作者である原告が、被告Q(以下「被告Q」という。)が被告ニッケ商事株式会社(以下「被告会社」という。)に別紙被告作品目録記載1の編み物(以下、被告Qが納入した編み物及びその複製品を総称して「被告編み物」という。)及び同目録記載2の編み図(以下「被告編み図」といい、被告編み物と併せて「被告作品」という。)を納入し、被告会社が被告編み物を下請業者に製作させて展示、販売し、被告編み物を写真撮影して雑誌等に掲載して使用し、かつ、被告編み図を多数複製して顧客や販売店等に頒布するなどしたことに関し、被告作品は原告編み物又は原告編み図を複製、翻案したものであり、被告会社撮影に係る別紙被告作品目録記載3の写真(以下「被告編み物写真」という。)は原告編み物又は原告編み図を翻案したものであり、被告作品の展示は展示権を侵害するなどと主張し、被告らに対し、被告作品及び被告編み物写真の展示、販売、販売の申出の差止め、侵害品の廃棄を求めるとともに、被告らの行為は上記各権利を侵害したほか原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害するものであって、被告らは、故意又は過失により、共同して上記各行為に及んだものであるから、著作権及び著作者人格権侵害の共同不法行為責任に基づき、被告らに対し、連帯して、損害賠償金合計660万円(附帯請求として平成22年7月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求め、さらには、被告らに対し、著作権法115条に基づき、謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実以外は、証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、手編み物作品展、編物教室の開催等の活動をしている手編み物作家である(甲1、原告本人)。
イ 被告会社は、寝装品、手編み毛糸、紳士服、毛織物、フェルト、カーペットその他各種繊維製品の製造加工販売等を業とする株式会社である。
ウ 被告Qは、「カワイハンドニット研究会」を主宰し、編物教室の開催等の活動をするとともに、財団法人日本編物検定協会の理事を務めるなどしてきた者であり、被告会社との間で、手編講習会における講師業務並びに見本作品のデザイン及び製作業務に係る業務委託契約を締結している(甲18、乙1、14、原告本人、被告Q本人)。
(2) 原告作品の制作等
ア 原告は、平成10年3月ころ、原告編み物及び原告編み図を制作した。
 原告編み物は、手編みによって作成された女性用のベスト(原告編み物1は水色を基調とする部分及び茶色がかった黄色を基調とする部分から成り、原告編み物2は薄い水色、濃い青色及び紫色を基調とする各部分から成る。)であり、原告編み図は、原告編み物の作成方法について、文章、図面、記号等を用いて説明したものである(甲2、3の1・2、検証の結果)。
イ 原告は、平成10年当時、被告Qの主宰するカワイハンドニット研究会の編物教室において被告Qの補佐を務めていたところ、被告Qに勧められ、同年4月ころ、財団法人日本編物検定協会東京支部の編物講習会で原告編み物を発表し、講習の題材として使用するとともに、同年5月ころ、原告編み物のうちいずれか一点を、埼玉県所沢市内のデパート内のカワイハンドニット研究会編み物教室内に展示した(甲18、原告本人、被告Q本人)。
 また、原告は、そのころ、被告Qに対し、原告編み図の双方又はいずれか一通を交付した(甲18、原告本人)。
(3)ア 原告は、 同年6 月ころ、カワイハンドニット研究会の会員であったRから、被告Qを「デザイン考案者」と表示した「トラペーズラインのベスト」と題する編み図(甲14)の原稿を見せられ、同編み図に原告編み図と同一のデザインが表現されていると感じたことから、同月16日付けで、被告Qに対し、「R先生が持っていらっしゃいました原稿を見て、ショックを受けてしまいペンをとりました。あのような形で、三角パズルのベストを発表されるんだと思うと、とても複雑な気持ちになりました。」、「あのベストの形は、私のオリジナルという自身がありました。東京支部の研修会でいったん公表したものなので、それを皆さんがどのような形で作られてもしかたがないと考えていましたが、目の当りに見ると、どうしても自分の気持ちの整理がつきません。」などと記載した手紙(甲6)を送付した(甲6、14、18、原告本人)。
イ これに対し、被告Qは、同月18日付けで、「ベストの件ですが、私が大変面白いので研究会で発表したら!!と申し上げた所、支部の研修会で発表し、Sさん、Tさんも受講したとの事、それでは同じ作品として伝えるのは無理な話です。」、「そこでRさんに頼んで、それなりに皆さんの手に入る素材で製作していただく事にしたのです。勿論、私自身のデザイン等と皆さんに云うつもりはないし、そんな事を云っても、Sさん、Tさん始め支部の先生方、誰でもわかる事でしょう。又、私自身、人の考えた事を自分のものにする程、まだ落ちた先生ではないつもりですし、長年やって来た誇りもあります。」などと記載した手紙(甲7)を返送した(甲7、原告本人、被告Q本人)。
ウ 原告は、上記ア及びイの経緯の直後に、カワイハンドニット研究会を退会し、同研究会の編物教室における被告Qの補佐も辞任した(原告本人)。
(4) 被告作品の制作等
ア 被告Q は、 平成21年秋ころ、被告会社との間の前記(1)ウの業務委託契約に基づき、 同社から、同社製の毛糸である「ニッケドリーム」の販売促進用作品の制作業務を受託した。被告Qは、試作品を何点か制作するなどしてデザインの概要を決め、カワイハンドニット研究会の会員にデザインの概要を伝え、細部の構成については口頭で指示するなどしながら被告編み物のうちいずれか一点及び被告編み図を作成させ、これらを被告会社に納入した(乙14、被告Q本人)。
イ 被告編み物はかぎ針を使用した手編みによって作成された女性用のボレロであり、被告編み図は、被告編み物の作成方法について、文章、図面、記号等を用いて説明したものである(甲4の1ないし4、5)。
(5) 被告会社による被告作品の利用等
ア 被告編み図に基づく編み物の量産
 被告会社は、被告Qから前記(4)のとおり納入を受けた被告編み図に従い、下請会社に委託して、被告編み物合計103点を作成した。
イ 被告編み物写真を使用した広告の掲載
 被告会社は、上記(5)アのとおり作成した編み物のうち、色番のそれぞれ異なる毛糸で作成された合計10点の編み物の写真(「被告編み物写真」)を撮影し、これを、下記(ア)ないし(エ)の各出版物における被告会社の広告に掲載して使用した(甲4の1ないし4)。
(ア) 「毛糸だま2010夏号」(日本ヴォーグ社発行)4頁
(イ) 「おしゃれな手編み春夏ニット」(2010年3月3日発行、実業之日本社発行)97頁(背表紙裏)
(ウ) 「2010 Spring & Summer Color Palette」(被告会社作成)背表紙
(エ) 「手編み大好き!Spring & Summer」(2010年4月3日発行、実業之日本社発行)107頁
(オ) 被告会社は、被告編み物写真を上記ア(ア)、(イ)及び(エ)の各出版物に掲載するに当たり、被告編み物写真の付近に「デザイン Q」と表示した。また、被告会社は、上記イ(ア)、(イ)及び(エ)の出版物における広告において、「この作品をご希望の方はセット(糸と編図)で、お求めになれます。下記宛にFAX又はハガキで住所・氏名・TEL・色番をご記入の上お申し込み下さい。」と表示した。
ウ 編み物の展示
 被告会社は、平成22年1月、東京、大阪、名古屋及び福岡の各会場において、平成22年春夏シーズン向けの作品展示会を実施し、同展示会において、被告編み物を展示した(丙1)。
エ 被告編み図のコピー及び頒布
(ア) 被告会社は、上記イ(オ)の広告を見て、毛糸及び編み図のセットを申し込んできた顧客に対し、上記申込みに係る毛糸とセットで被告編み図のコピーを頒布した。
(イ) 被告会社は、前記「ニッケドリーム毛糸」の販売店に対し、被告編み図を希望する顧客に頒布するため、被告編み図のコピーを配布した。
(ウ) 被告会社は、平成22年3月10日及び同月17日開催の講習会において、同講習会の参加者に対し、被告編み図のコピーを配布した。
オ 編み物の頒布
 被告会社は、被告毛糸販売店に対し、上記(5)アのとおり作成した被告編み物103点の一部を販売し、また、その一部を貸与した。
(6) 原告は、平成22年7月7日付け内容証明郵便により、被告らに対し、被告作品が原告の著作権を侵害するものである旨を通知し、上記通知は、同月8日、被告らに到達した(甲8、9の各1・2)。
(7) 原告は、本訴係属中の平成23年1月ころ、平成10年7月ないし8月のカワイハンドニット研究会講習会で使用されたものであるとして、同講習会の参加者から、前記(3)アの編み図(甲14)の送付を受けた(甲14、原告本人)。
2 争点
(1) 著作権侵害の成否
ア 原告編み物の著作物性の有無
イ 原告編み図の著作物性の有無
ウ 被告編み物の作成等は原告編み物の複製権侵害等に当たるか。
エ 被告編み図の作成等は原告編み図の複製権侵害等に当たるか。
(2) 著作者人格権侵害の成否
(3) 損害賠償請求の成否及びその額
(4) 差止及び廃棄請求の可否
(5) 謝罪広告の可否
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(著作権侵害の成否〔原告編み物の著作物性の有無〕)
(原告の主張)
(1) 原告編み物は美術の著作物であり、いずれも、「形の最小単位は直角三角形であり、この二つの三角形の各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、さらに四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」と表現される構成(別紙図面記載のA、B及びCの各線からなる構成。以下「本件構成」という。)を有するものであるところ、この点に原告編み物の創作性が存在する。
 すなわち、原告は、@直角三角形の各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成した形を基本パーツ(モチーフ)として作成し、A上記基本パーツ五つを円環的にとじ合わせて五角形を作成し、さらに、上記五角形を二つとじ合わせることにより、原告編み物を作成したものである。本件構成は、原告編み物と原告編み図に共通のものである。
 原告編み図では本件構成がそのまま図面上に表現されているが、編み物としては、立体的に組み立てられた中に表現されている。すなわち、編み物の場合、本件構成は編み物の編み目の変化ないし継ぎ目部分のラインとなり、本件構成として見る者の目に明確に映るようになっている。具体的には、上記@のとおり、三角形の各最大辺を合わせることにより、両側の三角形の編み目の流れが異なるものとなり、かつ、境界部分の糸の配置が異なり、糸の量も増えるため、別紙図面記載Aの線が浮き上がって見えることになる。また、上記Aのとおり、各基本パーツをパッチワークのように円環的にとじ合わせることにより、別紙図面記載Bの線がとじ目として生じることになり、かつ、別紙図面記載Cの線が外縁として生じることになる。このような編み目の流れや境界部分の編み方の変化によって、本件構成が明確に見る者の目に映ることになり、本件構成が原告編み物の際だった特徴を示すことになる。
 本件構成は、通常のベスト等に見られる形とは全く異なるものであり、唯一無二と言ってよいほど独創的なものであって、創作性、芸術性に優れるものとして創作性を有する。このことは、原告の代表作である「図形パズル」シリーズ(原告編み物は、同シリーズの主要作品として発表されたものである。)が創作性、独創性、芸術性に優れるものとして特に高い評価を受けていることからも明らかである。
(2) したがって、原告編み物は、本件構成において著作物性を有する。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 原告編み物の本件構成は、 正五角形を二つ組み合わせたものであるが、上記正五角形は、「毛糸編物技能検定試験 2級 受験の手引」(乙2)にも掲載されている一般的な正五角形の編み方に従い、「寄せ目の減らし目法」という技法を用い、別紙図面記載のAの部分で「寄せ目の減らし目」をすることによって、原告のいう「四角形の基本モチーフ」を五つ作成し、それぞれをつなぎ合わせることにより作成されるものであり、編み物をする者にとっては極めて基本的なありふれた構成であって、その構成に独自性はない。なお、本件構成のうち、別紙図面記載のAの線については、上記寄せ目の箇所であるから、線が浮き出るようになることは性質上当然のことである。また、本件構成のうち、別紙図面記載のB及びCの線については、糸の色具合や四角形の基本モチーフのつなぎ合わせ方、縁編みの仕方によって、線が浮き出るようにデザインされることはごく一般的なことであり、これらの点についても独自性はない。
 したがって、原告が創作性の根拠として主張する本件構成は、編み物の分野ではありふれた構成にすぎず、この点に創作性は認められない。
 このような正五角形のデザインに原告の創作性があるとすれば、原告のほかには誰も正五角形を編めないということになるのであって、原告の主張が当を得ないものであることは明らかである。
2 争点(1)イ(著作権侵害の成否〔原告編み図の著作物性の有無〕)
(原告の主張)
(1) 原告編み図は美術の著作物又は図面の著作物であり、 原告編み物と同様に、出来上がった編み物の形又は模様として「形の最小単位は直角三角形であり、この二つの三角形の各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、さらに四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」という本件構成を有する点に創作性が存在する。
 したがって、原告編み図は上記構成において著作物性を有する。
(2) なお、被告らは、編み図は編み物の作成方法(編み方)を説明する図面にすぎず、美術の著作物とはなり得ないと主張するが、争う。例えば楽譜は楽曲の演奏方法を説明するものであるが、思想又は感情が旋律により表現されているものであって、音楽の著作物に当たるものであり、この楽譜と楽曲の関係は、編み図と編み物の関係と何ら異なるところはない。また、例えば建築物の設計図は建築物ではないが図面の著作物となるとされており、これについても同様である。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2)ア 原告は、 原告編み図は美術の著作物又は図面の著作物であると主張するが、編み図は当該編み物の作成方法を説明する図面にすぎないから、原告編み図は美術の著作物とはなり得ない。
イ また、図面の著作物としての著作物性についてみると、原告編み図は、使用する毛糸、用具、出来上がり寸法、各モチーフや縁の編み方の指示等が記載されているものであるところ、これは、従来からの編み図の形式を踏襲したものにすぎず、別段の創意工夫はみられない。
 また、原告編み図に、「Aモチーフ」の作り方として、「作り目」から始めることを示す矢印が表示され、中央に「2段平2−1−35」、頂上部に「最後2目一度」と表示され、このAモチーフを五つつないだ正五角形の半身ごろが表示されている点については、財団法人日本編物検定協会が編集発行する「毛糸編物技能検定試験 2級受験の手引」(乙2)91頁に記載された不等辺四角形の編み方の表示及び同95頁に記載された正五角形の編み方の表示と同一であり、原告の創作に係る点は見当たらない。さらに、原告編み図において、展開図によって二つの半身ごろを図示している点は、どの色のAモチーフをどう配置すべきかを図示することで、出来上がりの配色を理解しやすくするためであり、特別の工夫はない。
 したがって、原告編み図を図面の著作物としてみた場合においても、その表現に創作性は認められず、著作物性は認められない。
3 争点(1)ウ(著作権侵害の成否〔被告編み物の作成等は原告編み物の複製権侵害等に当たるか〕)
(原告の主張)
(1) 前記前提事実(2)のとおり、原告は、平成10年4月ころ、被告Qに勧められて原告編み物を編物講習会で発表し、また、同年5月ころ、原告編み物を被告Qの主宰する編物教室内において展示し、さらに、その後、被告Qの求めに応じて、原告編み図のコピーを被告Qに交付したものであるところ、被告Qは、前記前提事実(3)のとおり、同年6月ころ、同人が主宰するカワイハンドニット研究会の編物講習会のため、同会員であったRに原告編み図における本件構成をそのまま利用したベストの編み図(甲14)を作成させ、これを使用したものであり、原告がこれに対する抗議文(甲6)を送付したところ、上記ベストのデザインが原告のデザインであること及び原告に無断で同デザインを利用したことを認め、「勿論、私自身のデザイン等と皆さんに云うつもりはない」などと記載した手紙(甲7)を返送してきた。本件で問題となっている被告編み物は、被告Qが、上記経緯にもかかわらず、再度、原告編み物における本件構成を利用して作成したものであるから、被告Qが、原告編み物に依拠して被告編み物を作成したことは明白である。
(2) 被告編み物と原告編み物は本件構成において同一のものであり、 被告編み物は原告編み物の複製に当たる。
(3) したがって、 被告編み物の作成等は原告編み物の複製権侵害に当たる。
 また、被告編み物の作成等は原告編み図の翻案権侵害でもある。
 さらに、被告らは、被告編み物写真を出版物に掲載して、原告編み物、原告編み図の翻案権を侵害した。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張は否認し、法的主張は争う。
(2) 依拠性について
 被告Qは、被告会社から、「ニッケドリーム」の特徴を生かした広告用編み物の制作を依頼され、試行錯誤して被告編み物を創作するに至ったものであって、その創作に当たり、原告編み物を参考にしたことはない。被告編み物が原告編み物に依拠したものではないことは、@被告Qは編み物に関し国内でも有数の技術及び知識を有し、正五角形を編む一般的方法も熟知しているものであって、被告編み物の作成に当たって原告の手法を参考にする必要などないこと、A被告Qは、原告編み物とは異なる手法及び手順により被告編み物を作成していること、B被告編み物は「ニッケドリーム」という毛糸を使用し、各モチーフの目は粗く、縁編みはフリル風の特色のあるものであり、シックな印象を与える作品であるのに対し、原告編み物の基本モチーフはかなり目をつめたものであり、モチーフの色も相互に違うなど、両者は外観において明らかに異なることからも明らかである。
(3) 複製について
 被告編み物と原告編み物には、@縁編みの仕方が異なっていること、A被告編み物は一種類の毛糸で編まれており、本件構成は目立たないものであるのに対し、原告編み物は各基本モチーフによって糸の色を変えて編まれており、本件構成が強調されていること、B被告編み物はかぎ針編みによって作成されているのに対し、原告編み物は主として棒針編みによって作成されており、これによって、編み地の状態や模様等が両者で異なるものとなっていることなどの相違点があり、これらの相違点により、原告編み物と被告編み物は全く異なる作品に仕上がっているのであって、両者に同一性はないから、被告編み物は原告編み物の複製には当たらない。
(4) したがって、 被告編み物の作成等は原告編み物の複製権侵害には当たらない。
 また、被告編み物の作成等は原告編み図の翻案権侵害ともならない。
4 争点(1)エ(著作権侵害の成否〔被告編み図の作成等は原告編み図の複製権侵害等に当たるか〕)
(原告の主張)
(1) 争点(1)ウに関する原告の主張(1)のとおり、被告Qは、原告から原告編み図の交付を受け、その主宰する研究会の編物講習会で使用するため、同会員に、原告編み図に依拠し、本件構成をそのまま利用した編み図(甲14)を作成させたことがあり、被告Qが原告編み図の本件構成を利用して編み図を作成するのは、今回が二回目に当たるのであるから、被告Qが原告編み図に依拠して被告編み図を作成したことは明白である。
(2) 被告編み図は本件構成を表現したものであって、 被告編み図はこの点において原告編み図と同一であり、被告編み図は原告編み図の複製に当たる。
(3) したがって、 被告編み図を作成することは、原告編み図の複製権侵害に当たる。
 また、被告編み図を作成することは、原告編み物の翻案権侵害でもある。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張は否認し、法的主張は争う。
(2) 争点(1)ウに関する被告らの主張(2)のとおり、被告Qは、原告編み物を参考にすることなく独自に被告編み物を作成し、上記被告編み物に基づいて被告編み図を作成したものであるから、被告編み図は原告編み図に依拠したものではない。このことは、@原告編み図の説明する原告編み物の作成方法が、まず基本モチーフを10枚編んだ上で、これらをパッチワークのようにつなぎ合わせ、その上で全体の縁を各基本モチーフと同一色の糸を使って全体を回るように編むというものであるのに対し、 被告編み図の説明する被告編み物の作成方法は、 被告編み図の「(図1)」に記載されたモチーフ1を編んだ後、その一辺に基本モチーフ2を編みつなぎ、同様に基本モチーフ5までを編みつなぐことによって、モチーフ1から5までからなる五角形のモチーフを編み上げ、上記五角形のモチーフ2枚を、背中心でつなぐというものであり、その指示する編み方は全く異なるものであること、A毛糸メーカーの新作毛糸の販売促進用として作成される編み物は、当該シーズンが過ぎると忘れ去られてしまうものが多い上、編み図で指定された毛糸の入手も時間の経過とともに困難となることが多いことから、編み物デザイナーが長期間にわたって編み図を保管することや、新作編み物を創作する際に過去の編み図を参照することはほとんど例がないのであって、被告Qが十年以上も前の原告編み図に依拠して被告編み物を制作したとは考えられないことからも明らかである。
(3) 上記(2)で主張したとおり、被告編み図の説明する被告編み物の編み方は、原告編み図の説明する原告編み物の編み方とは全く別のものであるから、被告編み図は原告編み図の複製に当たらない。
(4) したがって、 被告編み図を作成することは、原告編み図の複製権侵害には当たらない。
 また、被告編み図を作成することは、原告編み物の翻案権侵害ともならない。
5 争点(2)(著作者人格権侵害の成否)
(原告の主張)
 争点(1)に関する原告の主張のとおり、被告編み物は原告編み物の複製に当たるから、被告編み物を撮影した被告編み物写真は原告編み物の翻案に当たる。したがって、被告編み物写真の著作権者は原告であり、被告編み物写真を雑誌に掲載して公衆へ提供する際には、原告の氏名を著作権者として表示されるべき権利を有するところ、被告会社は、前記前提事実1(5)イ(オ)のとおり、被告編み物写真を出版物に掲載するに当たり、同写真付近に「デザイン Q」と表示したものであり、同行為は原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為に当たる。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
6 争点(3)(損害賠償請求の可否及び損害額)
(原告の主張)
(1) 被告らは、故意又は過失により、共同して前記3ないし5の著作権及び著作者人格権侵害行為に及んだものであるから、原告に対し、連帯して、上記侵害行為による損害を賠償すべき責任を負う。
 なお、被告会社は、被告作品が被告Qの創作であると信じていたから故意・過失がない旨主張するが、被告会社は、同社の事業として被告編み物写真を使用した広告の掲載等を行ったのであるから、単に、被告作品が被告Qの創作であると信じただけでは足りず、自ら、著作権の有無を調査すべき注意義務があるところ、これを怠ったものであり、少なくとも過失があることは明らかである。
(2)ア 著作権侵害による損害
 被告会社は、平成21年10月25日から平成22年10月24日までの間、被告編み物を、同社のブランドイメージを代表する編み物として広告することで、被告会社製品全般の購買意欲を強く誘引し、又は、被告会社のブランドイメージを高め、これにより毛糸の販売を促進するなど営業全般について多大な利益を得た。
 また、被告会社は、上記期間において、被告編み図のコピーを毛糸とセットで販売するとともに、講習会において、被告編み物を展示又は提示した上、被告編み図のコピーを参加者に交付するなどしており、被告編み図のコピーの交付を受けた者について、被告編み物を自ら作成することを認めているため、一般大衆による膨大な数の複製行為が想定されるところである。
 上記事情を勘案すると、上記期間における原告作品の著作権使用料相当額としては、少なくとも300万円が見積もられ、同額が著作権侵害に基づく原告の損害となる(著作権法114条3項)。
イ 著作者人格権侵害による損害
 被告編み物のデザイン主体を被告Qと表示する行為は、被告編み物が同人の創作に係る作品であると一般人に認識させるものであり、原告の名誉・信用を著しく損なうものである。
 原告編み物は、原告の代表作である「図形パズル」シリーズの主要作品であるところ、原告編み物の本質的特徴部分である本件構成をそのまま使用した被告編み物のデザイン主体を被告Qと表示することは、上記「図形パズル」シリーズ全体にまで影響を及ぼしかねない重大かつ深刻な懸念のあるものであり、この点でも、本件著作者人格権侵害行為の重大性は顕著である。
 これらの事情を勘案すると、著作者人格権侵害による原告の苦痛を慰謝するためには、少なくとも300万円が必要である。
ウ 弁護士費用
 本件訴訟の経緯、性質にかんがみ、弁護士費用として少なくとも60万円が必要である。
エ 合計
 以上によれば、著作権及び著作者人格権侵害による原告の損害額は660万円となる。
(被告会社の主張)
(1) 原告の主張は否認し、法的主張は争う。
(2) 被告会社は、「ニッケドリーム」の特徴を生かした編み物の製作を被告Qに依頼し、被告作品の納入を受けて、これらが被告Qの創作に係るものと信じて、被告編み物写真を広告に掲載するなどしたものであり、この点に関し被告会社に故意・過失はない。
 また、被告会社は、原告から前記前提事実(6)の通知を受けた後、平成22年8月2日付けで原告に対し回答書を送付するとともに、同年7月30日付けで、別紙被告作品目録記載3(3)のカタログ等の回収に着手し、かつ、被告編み図のコピーの頒布を中止したのであって、上記通知後において、被告会社に著作権侵害に当たる行為はない。
 したがって、被告会社に著作権又は著作者人格権侵害に基づく損害賠償義務はない。
(被告Q)
(1) 原告の主張は否認し、法的主張は争う。
(2) 被告Q は、被告会社との間の業務委託契約に基づき、 被告編み物及び被告編み図を作成し、納入したものにすぎず、被告編み物写真を掲載した広告を書籍に掲載するなどの被告会社の行為と被告Qの行為との間に関連共同性はない。
 したがって、原告の主張する著作権及び著作者人格権侵害行為のうち、被告会社の行為に関しては、被告Qが損害賠償責任を負うことはない。
7 争点(4)(差止及び廃棄請求の可否)
(原告の主張)
(1) 原告は、前記前提事実(6)のとおり、被告らに対し、被告編み物及び被告編み図が原告の著作権を侵害する旨を通知したが、被告会社は、被告編み物写真を掲載した書籍のうち一部を回収し、かつ、被告編み図の頒布を今後行わない方針である旨返答したのみで、その余の書籍を回収せず、かつ、被告編み図の頒布状況等の情報を開示しなかった。また、被告Qは、著作権侵害自体を否認している。
(2) 被告らの上記対応にかんがみれば、 被告らによる著作権侵害行為が継続するおそれがあるというべきであるから、原告は、被告らに対し、別紙被告作品目録記載1ないし3の物品の展示、販売及び販売の申し出の禁止並びに上記物品の廃棄を求めることができる( 著作権法112条)。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
8 争点(5)(謝罪広告の可否)
(原告の主張)
(1) 争点(2)に関する原告の主張のとおり、被告編み物写真を雑誌等に掲載するに当たり、「デザイン Q」と表示することは、原告の氏名表示権を侵害する行為に該当するところ、原告の代表作である「図形パズルシリーズ」中の主要作品である原告編み物のデザイン者を被告Qと表示することは、上記「図形パズル」シリーズ全体にまで影響を及ぼしかねない重大かつ深刻な懸念を生じさせる行為であり、上記雑誌等の続刊号において、被告編み物のデザイン者を被告Qと表示したことは誤りであり、被告編み物は原告編み物の複製である旨を表示する訂正謝罪広告を掲載することが、原告の名誉又は声望を回復するために必要である。
(2) したがって、 原告は、 被告らに対し、 別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載を求めることができる。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(著作権侵害の成否〔原告編み物の著作物性の有無〕)について
(1) 前記前提事実に加え、 証拠(甲2、3の1・2、18、乙2、6、7、原告編み物(「レンゲソウ」)の検証の結果、証人U、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告編み物に関し、下記の事実が認められる。
ア 原告は、前記前提事実(2)のとおり、平成10年3月ころ、原告編み物及び原告編み図を制作したものであり、原告編み物の形態等は、具体的には下記のとおりである。
イ(ア) 原告編み物1は、@濃い水色の毛糸(「ニッケエジプトスーパー(278)」)、Aやや茶色がかった黄色の毛糸(「ニッケエジプトスーパー(252)」)及びB白みがかった黄色の毛糸(「ニッケキュービック(6)」)を使用して、手編みにより作成された婦人用ベストである。
(イ) 原告編み物2は、@薄い紫色の毛糸(「ニッケキュービック(10)」)、A 濃い紫色の毛糸(「ニッケエジプトスーパー(270)」)、B水色の毛糸(「ニッケエジプトスーパー(259)」)及びC濃い青色の毛糸(「ニッケエジプトスーパー(280)」)を使用して、手編みにより作成された婦人用ベストである。
ウ 原告編み物1と原告編み物2は、配色が異なるほか、原告編み物1の出来上がり寸法は胸囲104センチメートル、着丈57.5センチメートルであり、原告編み物2の出来上がり寸法は胸囲96センチメートル、着丈51センチメートルであるなど、大きさも異なるものであるが、下記のとおり、ほぼ同じ手順によって作成されている。
エ 原告編み物の作成手順
(ア) 2色の毛糸(原告編み物1については上記イ(ア)@及びB、A及びB、原告編み物2については上記イ(イ)@及びA、@及びB、@及びC)を引き揃え、作り目をしてメリヤス編みによって編み進み、中央で「寄せ目の減らし目法」と呼ばれる技法(複数の目を一目で編み進めることにより目数を減らす技法。例えば三目一度の寄せ目の減らし目をする場合、左針にかかっている一目を編まないまま右針に移し、次の二目を一度に編んだ上で、右針に移しておいた一目を二目一度の編み目の上にかぶせることにより、三目分が一目に減ることになる。)を用いることにより、不等辺四角形のモチーフ(原告編み図において、「Aモチーフ」と表現されているもの。)を作成する。なお、原告編み物1については、上記イ(ア)@及びBの毛糸で作成されたモチーフ(濃い青色を基調とし、白みがかった黄色が点在する。)と上記イ(ア)A及びBの毛糸で作成されたモチーフ(茶色がかった黄色となる。)を各5枚作成し、原告編み物2については上記イ(イ)@及びAの毛糸で作成されたモチーフ(濃い紫色を基調とし、薄い紫色が点在する。)を3枚、上記イ(イ)@及びBで作成されたモチーフ(水色を基調とし、薄い紫色が点在する。)を4枚、上記イ(イ)@及びCで作成されたモチーフ(濃い青色を基調とし、薄い紫色が点在する。)を3枚作成する。
(イ) 同じく2色の毛糸を引き揃え、Aモチーフと同様の技法で、原告編み物1については20段、原告編み物2については18段まで編み進むことにより、台形を2つ合わせたような形のモチーフ(原告編み図において「Bモチーフ」と表現されているもの。)を1枚作成する(原告編み物1については、上記イ(ア)(1)@及びBの毛糸で作成されるもの1枚と同A及びBの毛糸で作成されるもの1枚をつなぎ合わせて1枚としたものであり、原告編み物2については、上記イ(イ)@及びAの毛糸で作成されるもの2枚をつなぎわせて1枚としたものである。)。
(ウ) 同じく2色の毛糸を引き揃え、Bモチーフを半分にした形(台形)のモチーフ(原告編み図において「Cモチーフ」と表現されているもの。)を2枚作成する(原告編み物1については、上記イ(ア)(1)@及びBの毛糸で作成されるもの1枚と同A及びBの毛糸で作成されるもの1枚の合計2枚であり、原告編み物2については、上記イ(イ)@及びAの毛糸で作成されるもの2枚である。)。
(エ) Aモチーフ5枚を、原告編み物1については「水色、黄、水色、黄、水色」(なお、上記各色は、各モチーフの基調となっている色を記載した。)、「黄、水色、黄、水色、黄」の順、原告編み物2については「水色、青色、紫色、青色、水色」、「紫色、水色、青色、水色、紫色」の順に直角三角形の鋭角が中心点に集まるように配置することにより、正五角形を作成し、各モチーフをとじ合わせる。なお、同じ色が連続する部分(原告編み物1においては水色と水色及び黄色と黄色、原告編み物2にといては水色と水色及び紫色と紫色)はとじ合わせず、腕が通せるよう開いた形状のままとし、同部分をベストの袖口部分とする。
(オ) 上記(エ)のとおり作成された正五角形2枚を、袖口部分が上にくるように隣接させて並べ、隣り合う一辺同士をとじ合わせ、とじ合わせた線をベストの背中心とする。Bモチーフの中心を上記背中心と合わせ、両五角形の下辺に沿うように並べてとじ付け、さらに、両五角形の他の下辺の右端及び左端にCモチーフ各1枚をとじ付ける。
(カ) 全体の縁周りを、各モチーフの基調色と同じ色(原告編み物1においては上記イ(ア)@及び2、原告編み物2においては上記イ(イ)AないしC)で縁編みする。
(キ) 袖口の肩部分にボタン各1個、前中心線に沿ってボタン3個を付ける。
オ 原告編み物の外観等
 原告編み物は、上記エ(ア)のとおり、Aモチーフを作成する際、中央で「寄せ目の減らし目法」と呼ばれる技法を用いることから、当該部分で編み目の方向が変わるとともに、寄せ目部分で編み目が重なることとなり、これにより、Aモチーフの中心部分で編み目が直線状に浮き上がって見えるようになっている。また、原告編み物は、上記エ(エ)のとおり、Aモチーフを複数の色で作成し、同色のモチーフが隣り合わないよう配置して五角形を作成するため(なお、同色のモチーフが隣接する部分についてはとじ合わせずに残して袖口部分とすることについては前記エ(エ)のとおり。)、Aモチーフをつぎ合わせた部分を境にして両側の色が異なるものとなっており、各色の境界が直線状に見えるようになっている。さらに、原告編み物は、AモチーフとBモチーフ、AモチーフとCモチーフについても、隣り合うモチーフ同士の色が連続しないように配置して作成されているため、これらのつぎ目部分についても、この部分を境に両側の色が異なるものとなっており、各色の境界が直線状に見えるようになっている。
 上記構成に加え、上記エ(ア)ないし(ウ)のとおり、原告編み物が主としてメリヤス編みによって作成されており、編み地が平面的で均一なものとなっていることなどから、原告編み物は、直角三角形や、これを最大辺で二つ組み合わせた不等辺四角形、台形を組み合わせて形成されているかのような外観を有している。
(2) 検討
 以上を前提に、原告編み物の著作物性について検討する。
ア 著作権法は、著作権の対象である著作物の意義について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しているのであって、当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には、当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方、思想、感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては、著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならない。
イ そこで検討すると、原告は、原告編み物について、いずれも「形の最小単位は直角三角形であり、この三角形二つの各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、この四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」と表現される別紙図面記載の構成(本件構成)を有するものであって、この点に創作性が存在すると主張するものであるところ、確かに、前記(1)オでみたとおり、原告編み物は、Aモチーフの中心部分で編み目の方向が変わるとともに、寄せ目部分で編み目が重なることにより編み目が直線状に浮き上がって見え、この線が、原告の主張する別紙図面記載のAの線として看取できるものとなっており、また、隣接するA、B、Cモチーフをそれぞれ異なる色とすることにより、モチーフ同士のとじ目を境として両側の色が異なるものとなり、その境界部分がB又はCの線として看取できるものとなっていることが認められる(なお、原告は、Bの線について、Aモチーフをパッチワークのように円環的にとじ合わせることにより、別紙図面記載Bの線をとじ目として見て取ることができるようになると主張するが、A、B、Cモチーフはいずれもメリヤス編みによって作成されており、これらを同色によって作成してとじ合わせた場合には、とじ目は目立たないものとなることが認められるので〔甲2、検証の結果、原告本人〕、B又はCの線がとじ目として表現されているものとはみることができず、この点に関する原告の上記主張を採用することはできない。)。
 そうすると、原告編み物は、前記認定のとおり、編み目の方向の変化、編み目の重なりなどにより、線を浮き上がらせることによってAの線を表現し、かつ、隣接する各モチーフの色を異なるものとすることによってB、Cの線を表現しているものであり、編み地が平面的で均一なものであることなどと相まって、A、B、Cの線で構成される直角三角形の形状を強調し、全体として、直角三角形をパズルのごとく組み合わせたような面白さや斬新な印象を表現しようとしたものと認められるのであって、原告編み物においては、編み目の方向の変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択、編み地の選択等の点が、その表現を基礎付ける具体的構成となっているものということができる。そうすると、原告編み物は、これらの具体的構成によって、上記の思想又は感情を表現しようとしたものであって、これらの具体的構成を捨象した、「線」から成る本件構成は、表現それ自体ではなく、そのような構成を有する衣服を作成するという抽象的な構想又はアイデアにとどまるものというべきものと解され、創作性の根拠となるものではないというべきである。
 なお、原告は、@本訴第3回弁論準備手続期日において、「編み目の流れと境界部分の編み方の変化」を原告編み物の著作物性の根拠として主張するものではない旨陳述している上、A原告編み物1と原告編み物2が、異なる色の毛糸を使用しているものであり、各モチーフの色も相異なるものであって、本件構成(B、Cの線)を表現する具体的方法という点で相異なるものであるにもかかわらず、原告が、両編み物について、実質的に同一の著作物であると主張していること、B被告編み物は、Aモチーフ同士のつなぎ目部分において、別鎖の作り目をすることにより、つなぎ目部分が線状に浮き上がって見え、これによって原告の主張する本件構成のBの線が看取できるものであり、本件構成におけるBの線を表現する具体的方法において原告編み物とは異なる方法を採用しているものであるにもかかわらず、原告が、被告編み物は原告編み物の複製に当たると主張していることなども考慮すると、原告は、編み目の流れの変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択、編み地の選択等の具体的構成を創作性の根拠として主張するものではないと解されるから、これらの具体的な点を根拠とした原告編み物の創作性の有無については検討しない。
(3) したがって、原告編み物に著作物性を認めることはできない。これに反する原告の主張は採用しない。
2 争点(1)イ(著作権侵害の成否〔原告編み図の著作物性の有無〕)について
(1) 前記前提事実に加え、証拠(甲2、3の1・2、18、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告編み図に関し、下記の事実が認められる。
ア 原告は、前記前提事実(2)のとおり、平成10年3月ころ、原告編み図を制作したものであるところ、原告編み図の内容は、具体的には下記のとおりである。
イ 原告編み図1
 原告編み図1は2枚から成る編み図であり、1枚目の左側には、「三角パズルベスト〜ミモザ」、「デザインP」とのタイトル表示の下に、@材料、A用具、Bゲージ、C出来上がり寸法、D編み方についてそれぞれ欄が設けられ、毛糸の品番、使用する用具の種類、目数、段数、寸法等が文字及び数字により記載されている。また、「編み方」欄には、「身頃は、キュービックとエジプトスーパーを引きそろえて編みます。」、「三角モチーフを必要枚数編み、つなぎ合わせます。」、「ふち回りは、それぞれのモチーフのエジプトスーパーのみで、全体を回ります。」、「ボタン穴は、ふち編みの2段目であけます。」と記載されている。
 1枚目の右側には、ボタンを留めた状態の原告編み物を正面から見た図を直線で描いたものが大きく表示され、その下に、角やふち回りの編み方などが、展開図や矢印、「×」などの記号等を用いて説明されている。
 2枚目には、不等辺四角形を五つ合わせた正五角形を二つ並べたような形状を直線で描いた原告編み物の展開図が大きく表示され、上記展開図中に、各部分の色、目数、段数、編む方向、作り目の位置、とじ位置、ボタン穴の位置などが、文字、矢印、波線、丸印などの記号等を用いて表示されている。また、上記展開図の下には、直角三角形二つの最大辺同士を合わせたような形の不等辺四角形を直線で描いたAモチーフ図、台形を斜辺同士で二つ合わせたような形を直線で描いたBモチーフ図、台形を直線で描いたCモチーフ図がそれぞれ表示されており、各図形の中に、編み方、目数、段数、寄せ目の指定などが文字、矢印、「ト」様の記号などを用いて表示されている。
ウ 原告編み図2
 原告編み図2は2枚から成る編み図であり、タイトルが「三角パズルベスト〜レンゲソウ」とされていること、毛糸の品番、色の指定、目数、寸法等が異なることのほかは、原告編み物1とほぼ同様の表示がされている。
(2) 以上を前提に、原告編み図の著作物性について検討する。
ア 当該作品等が著作物に該当するものとして著作権法による保護の対象となるためには、当該作品に思想又は感情が創作的に表現されていることを要し、思想、感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならないところ、原告は、前記(1)イ及びウに係る原告編み図の各表示のうち、本件構成を表示した部分に著作物性があると主張しているものであって、前記(1)イでみた原告編み図の表示のうち、2枚目に記載された展開図について、原告編み図の創作性があると主張するものと解される。
イ 原告は、原告編み図には衣服のデザインとして本件構成が表現されているのであって、この点に原告編み物と同様に著作物性が認められるべきであると主張するが、争点(1)アに関する判断でみたとおり、本件構成自体は、そのような形の衣服を作成するという抽象的な思想又はアイデアにすぎず、上記思想又はアイデアを編み物として具現化する過程において、編み目の方向の変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択等によって具体的表現となるに至るものであるから、原告編み図に本件構成が表示されている点は、思想又はアイデアを表示したにとどまるものというべきであり、この点をもって、原告編み図に著作物性を認めることはできない。
 以上のとおりであるが、原告は、編み図は美術の著作物あるいは図面の著作物に当たると主張するので、以下、念のため、本件構成を含む編み図全体(各2枚目)について、著作物性を検討する。
ウ 原告編み図を美術の著作物としてみた場合、上記展開図は、直角三角形二つの最大辺同士を合わせて形成される不等辺四角形五つを、直角三角形の鋭角を中心点に合わせて並べて正五角形に近い形(正五角形の一辺に切り込みの入った形状)とし、これを横に二つ並べた図形を直線によって描いたものにすぎず、これにその他の説明のための文字、記号等を含めて考えてみても、その具体的表現において、「美術の範囲に属するもの」というべき創作性を認め得るものではない。
エ また、原告は、原告編み図は図面の著作物として著作物性を有する旨も主張する。図面の著作物については、図面としての見やすさや、編み方の説明のわかりやすさに関する創意工夫が表現上現れているか否かによって創作性の有無を検討すべきものと解されるところ、前記(1)のとおり、原告編み図は、原告編み物の作成方法に関し、その材料、用具、ゲージ、出来上がり寸法等を品番、用具名、目数、段数等を文字及び数字で摘示することにより説明し、かつ、編み方を「身頃は、キュービックとエジプトスーパーを引きそろえて編みます。」などの文章で説明するとともに、原告編み物の正面図や展開図、各モチーフ図を表示し、各図の中に、色、目数、段数、編む方向、作り目の位置、とじ位置、寄せ目位置、ボタン穴位置などを、文字、矢印、波線、丸印、「ト」様の記号などを用いて表示しているものであり、@材料、用具、ゲージ、出来上がり寸法等を記載することは、編み物の作成方法の説明に当たり当然必要となるものであると解される上、上記説明を、品番、用具名、目数、段数等の摘示によってすることはありふれたものであると解される。また、A矢印を用いて編む方向を指示することや、寄せ目の位置を「ト」様の記号を用いて表示することなどは、毛糸編み物技能検定試験受験の手引き(乙2)においても同様の表示がみられるとおり、編み図における一般的な表示方法又は一般的ルールであると解される。さらに、B編み図中に、編み物の正面図や展開図、各モチーフ図を表示し、各図の中に詳細な説明を加える手法は、他の編み図でも採用されているものであると認められる上(甲15の1ないし5、乙8ないし10、13)、C編み方の具体的説明内容をみても、編み物における基本的な技法を簡潔な表現で説明したものにとどまるものであって(乙2、7)、原告編み図は、編み図における一般的な表示方法又は表示ルールに従い、他の編み図でも一般的に採用されている構成によって、原告編み物の作成方法を説明したものであると認められ、図面としての見やすさや、説明のわかりやすさに関し、特段の創意工夫を加えたものということはできず、図面の著作物としての創作性を認めることはできない。
(3) したがって、原告編み図に著作物性を認めることはできない。これに反する原告の主張は採用することができない。
3 小括
 したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告の主張はいずれも理由がないことに帰着する。
第5 結論
 したがって、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 森川さつき


(別紙)原告作品目録
1 編み物 「三角パズルベスト〜ミモザ」(添付写真1のとおり)
2 編み物 「三角パズルベスト〜レンゲソウ」(添付写真2のとおり)
3 編み図 「三角パズルベスト〜ミモザ」(添付3のとおり)
4 編み図 「三角パズルベスト〜レンゲソウ」(添付4のとおり)

(別紙)被告作品目録
1 添付写真1(1)ないし(10)の各編み物(手編みベスト)
2 上記1の編み物の編み図(添付2のとおり)
3 下記各出版物中の被告ニッケ商事株式会社の広告中の写真
(1) 出版物 「毛糸だま2010夏号」(日本ヴォーグ社発行)4頁掲載の写真(添付3)
 表題 「優雅で新鮮な輝きを」
 「デザイン Q」と表示
(2) 出版物 「おしゃれな手編み春夏ニット」(2010年3月3日、実業之日本社発行)97頁(背表紙裏)掲載の写真(添付4)
 表題 「優雅で新鮮な輝きを」
「デザイン Q」と表示
(3) 出版物 「2010 Spring & Summer Color Palette」(被告ニッケ商事株式会社作成)背表紙掲載の写真(添付5)
 表題 「優雅で新鮮な輝きを」
(4) 出版物 「手編み大好き!Spring & Summer」(2010年4月3日、実業之日本社発行)107頁掲載の写真(添付6)
 表題 「優雅で新鮮な輝きを」
 「デザイン Q」と表示

(別紙)広告目録1
1 掲載先 季刊雑誌「毛糸だま」 日本ヴォーグ社発行
2 掲載箇所 中面 4色1/4頁 サイズ 60×210mm
3 広告内容

謝罪広告
 当社は本誌2010年春夏号4頁に「優雅で新鮮な輝きを」との広告を掲載しました。
 しかるところ、同広告に写真で掲載した手編み物作品の主要部となる構成は手編物作者であるP氏が既に作成していた手編み物「三角パズルベスト」の編図中の構成を、同氏に無断で利用したものでした。
 さらに、同広告中には『デザイン Q』と記載してしまいましたが、この記載も極めて不適切でした。
 前記のとおりその作品のデザインはP氏の作品『三角パズルベスト』を無断で模倣したものであり、P氏の手編み物作者としての名誉を毀損し、関係者の方々、読者の皆様にも誤解を与えてしまったものです。
 ここに、謹んで謝罪致します。
 平成 年 月 日
 大阪市中央区<以下略>
  ニッケ商事株式会社
  代表取締役 V
 埼玉県所沢市<以下略>
  Q
  P殿

(別紙)広告目録2
1 掲載先 雑誌 実用百科「手編み大好き」 実業之日本社発行
2 掲載箇所 本文 1色1/3頁 サイズ 255×60mm
3 広告内容

謝罪広告
 当社は本誌2010年4月3日発行 107頁に「優雅で新鮮な輝きを」との広告を掲載しました。
 しかるところ、同広告に写真で掲載した手編み物作品の主要部となる構成は手編物作者であるP氏が既に作成していた手編み物「三角パズルベスト」の編図中の構成を、同氏に無断で利用したものでした。
 さらに、同広告中には『デザイン Q』と記載してしまいましたが、この記載も極めて不適切でした。
 前記のとおりその作品のデザインはP氏の作品『三角パズルベスト』を無断で模倣したものであり、P氏の手編み物作者としての名誉を毀損し、関係者の方々、読者の皆様にも誤解を与えてしまったものです。
 ここに、謹んで謝罪致します。
 平成 年 月 日
 大阪市中央区<以下略>
  ニッケ商事株式会社
  代表取締役 V
 埼玉県所沢市<以下略>
  Q
  P殿
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/