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【事件名】“火災保険改定のお知らせ”著作権事件 【年月日】平成23年12月22日 東京地裁 平成22年(ワ)第36616号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 平成23年10月13日) 判決 原告 株式会社福祉施設共済会 訴訟代理人弁護士 高松薫 同 泉潤子 同 永井幸輔 被告 エイアイユーインシユアランスカンパニー(エイアイユー保険会社) 訴訟代理人弁護士 仲澤一彰 同 上芝直史 主文 1 被告は、原告に対し、25万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを15分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。 4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、389万4344円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、損害保険の代理店業等を営む原告が、損害保険会社である被告に対し、被告が、原告と被告間の損害保険代理店契約が解除された後に、原告の著作物である別紙1の「平成22年1月1日付け火災保険改定のお知らせ」と題する説明書面(「本件説明書面」という。)を複製し、これを含む別紙2の案内資料(以下「被告案内資料」という。)を原告の顧客である社会福祉法人に送付し、被告との火災保険契約の締結を勧誘した行為は、原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害、上記解除に伴い原告と被告間で締結された秘密保持契約違反の債務不履行、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為に該当するとして、民法709条、415条及び不競法4条に基づく損害賠償と遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。) (1) 当事者 ア 原告は、損害保険代理業等を目的とする株式会社である。 イ 被告は、火災保険、各種財産保険、水損保険、衝突保険、自動車及び航空機保険、海上保険、船主責任保険等の業務を目的とするアメリカ合衆国法人である。 (2) 独立行政法人福祉医療機構による福祉貸付事業と特約火災保険(甲1、22の2、乙13、弁論の全趣旨) ア 独立行政法人福祉医療機構(以下「福祉医療機構」という。)は、社会福祉・医療福祉の増進等を目的とし設立された独立行政法人であり、国の施策と連携して、社会保障を支える基盤づくりのための各種施策を進めているが、その施策の中には、民間の社会福祉施設を運営する社会福祉法人に対し、施設の建物を建設する資金等を貸し付ける福祉貸付事業がある。 福祉医療機構が、福祉貸付事業として社会福祉法人に建物の建設資金を貸し付ける場合、その金銭消費貸借契約の特約において、当該社会福祉法人は、建設された建物を福祉医療機構が有する貸付金債権のための担保に供するとともに、当該貸付金の弁済が完了するまで、当該建物の時価相当額を保険金額とする火災保険に加入した上で、その保険に係る保険金請求権に福祉医療機構を質権者とする質権を設定することが義務付けられることとなる。 イ 福祉医療機構は、福祉貸付事業による建物建設資金の貸付けを受ける社会福祉法人に対し、特約火災保険の利用を勧めている。この特約火災保険は、原告を指定代理店、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社(平成22年3月31日以前の商号・あいおい損害保険株式会社。以下「あいおい損保」という。)を幹事保険会社とし、十数社の損害保険会社が共同して引受保険会社となり、各社がその引受割合に応じて保険契約上の権利義務を有するものとされる火災保険(以下「本件特約火災保険」という。)である。 福祉医療機構の福祉貸付事業による建物建設資金の貸付けを受ける社会福祉法人が本件特約火災保険の申込みを行うと、指定代理店及び幹事保険会社によって、火災保険への加入手続と上記アの質権設定の手続が一括して処理されることとなり、本件特約火災保険には、社会福祉法人にとって、一般の火災保険を利用する場合に比べて事務手続上の負担が軽減されるというメリットがある。 (3) 原告と被告との間の契約関係等 ア 被告は、平成15年4月1日から平成19年6月1日までの間、本件特約火災保険の共同引受保険会社の一つであった。この間、原告と被告間には、本件特約火災保険について原告を指定代理店とする損害保険代理店契約(以下「本件代理店契約」という。)が存続していたが、平成19年6月1日、本件代理店契約は解除された。 また、被告は、本件特約火災保険の共同引受保険会社であった上記期間中に、幹事保険会社であるあいおい損保から、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人の名称、その保険の種類、保険金額、保険料の額等の情報(ただし、幹事保険会社であるあいおい損保が単独で引受けを行っている契約についての情報を除いた情報であり、甲19に記載のもの。以下「本件契約情報」という。)の提供を受けていた。 イ 原告と被告は、平成19年6月1日、本件代理店契約の解除に伴い、本件代理店契約締結中に被告が知り得た本件特約火災保険に関する保険契約情報、顧客情報及び本件特約火災保険制度に関する情報の全てを「秘密情報」(以下「本件秘密情報」という。)とする秘密保持契約(以下「本件秘密保持契約」という。)を締結した。 本件秘密保持契約に係る契約書(甲8)には、被告は本件秘密情報を「自身又は第三者の営業目的に使用してはならない」との条項(4条)がある。 (4) 平成22年1月1日の火災保険の内容改定(甲2ないし5、弁論の全趣旨) 平成22年1月1日、各損害保険会社が提供する火災保険の内容の一部が一律に改定され、同日以降を保険期間の始期とする全ての火災保険契約に適用されることとなった(以下、この改定を「本件改定」という。)。 本件改定の主な内容は、保険料算定の基礎となる建物の構造級別区分とその判定方法を変更するというものであり、具体的には、従来、「特級」、「1級」、「2級」、「3級」及び「4級」の5区分としていた構造級別区分を、「1級」、「2級」及び「3級」の3区分とし、また、その判定方法を簡素化し、従来、主要構造物(柱・屋根・外壁等)の建築材料により判定していたのを、柱の建築材料により判定することとするというものであった。 その結果、火災保険の対象となる建物の構造によっては、本件改定前と本件改定後とで構造級別区分が変更されることとなり、ひいては、保険料が値上がり、又は値下がりするという事態が生ずることとなった。例えば、コンクリート造の建物の場合であれば、本件改定前には「特級」の構造級別区分であったものが、本件改定後には「1級」となり、その結果、当該建物が所在する地域に応じて、約14%ないし48%に及ぶ保険料の値上がりが生ずることとなった。 (5) 原告による本件説明書面の送付 原告は、平成21年10月ころ、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人に対し、本件改定の内容を説明する本件説明書面(甲2)(別紙1のとおり、本文1枚と別添資料1枚からなる。)を送付した。 (6) 被告による被告案内資料の送付等(甲6、7、12、14、15、乙1、弁論の全趣旨) ア 被告は、平成21年11月ころ、本件改定の内容を説明した上で、被告との火災保険契約の締結を勧誘することなどを内容とする案内書面(甲6)(別紙2の1枚目。以下「被告案内書面」という。)を作成した。 被告案内書面には、以下の(ア)ないし(エ)の各記載がある。 (ア) 「来年1月1日以降の保険始期契約より、全損害保険会社にて火災保険の大幅な改定が行われます。このことが貴法人に与える影響として考えられるのは、火災保険料の大幅なアップでございます。」 (イ) 「多くの社会福祉法人様がお持ちの建築物件は、鉄筋コンクリート造りの物件が多く、建築構造級別区分で最上級の「特級」構造物件となります。それらの物件が「新1級」となった場合、火災保険料は大幅に増加することとなります。」 (ウ) 「しかしながらこれを緩和する方法がひとつあり、今回この様な形で、ご案内させていただく次第です。」 (エ) 「この方法とは、保険証券の診断サービスを実施の上、コストダウン余地を見積もり、今年中に保険始期となる火災保険を複数年契約結ぶというものです。」 イ 被告は、平成21年11月ころ、被告案内書面に、「見本@」及び「見本A」として被告において本件説明書面を複写して作成した同書面のコピー(別紙2の2枚目及び3枚目)、「見本B」として本件特約火災保険に係る火災保険証券の実物のコピー(同4枚目)、「AIU火災保険証券診断サービス申込書」と題する用紙(同5枚目)及び「AIUのオーダーメイド型火災保険」と題するパンフレット(同6枚目及び7枚目)を添付した被告案内資料(甲6)を東京都、神奈川県、千葉県及び埼玉県に社会福祉施設を有する合計345の社会福祉法人(乙1に記載のもの)に送付した。 2 争点 本件の争点は、次のとおりである。 (1) 被告が被告案内資料の送付に当たって本件説明書面のコピーを作成した行為は、原告の本件説明書面についての著作権(複製権)を侵害するか(争点1)。 (2) 被告が社会福祉法人に対し被告案内資料を送付した行為は、本件秘密保持契約における本件秘密情報を「自身又は第三者の営業目的に使用してはならない」との条項(4条)に違反するか(争点2)。 (3) 被告が社会福祉法人に対し被告案内資料を送付した行為は、不競法2条1項13号の不正競争行為(役務の広告にその役務の内容について誤認させるような表示をする行為)に該当するか(争点3)。 (4) 被告による一連の行為は、一般不法行為を構成するか(争点4)。 (5) 被告が賠償すべき原告の損害額(争点5) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(著作権侵害の成否)について (1) 原告の主張 ア 本件説明書面の著作物性 本件説明書面は、別紙1のとおり、本件改定の内容を本件特約火災保険の契約者らに案内する書面であるところ、そのうち、本文部分(1枚目)については、本件改定の内容を3点に分けて分かりやすく説明している点、重要な部分を太字又は下線を使用して強調している点において、別添資料部分(2枚目)については、地域別に建物の構造級別ごとの保険料率改定幅を示した表を配している点、建物の構造級別判定の方法をチャートを用いて説明し、しかも、その中の文字を楕円や四角で囲ったり、白抜きの文字や矢印を用いたりするなど図形を使用した視覚的な表現をしている点において、それぞれ本件改定の内容を一般人に分かりやすく伝えるため創意工夫がされている。 したがって、本件説明書面は、思想又は感情を創作的に表現したものであって、著作権法上の著作物に当たる。 イ 本件説明書面の職務著作該当性 本件説明書面は、法人たる原告の発意に基づき、原告の企画営業本部長として原告の業務に従事するY1(以下「Y1」という。)が職務上作成したものである。 また、本件説明書面には、その作成名義人として「株式会社福祉施設共済会」の名称が記載されているから、同書面が本件特約火災保険の契約者らに対して送付されたことにより、同書面は、原告の著作名義の下に公表されたものといえる。 さらに、原告とY1との間の労働契約や原告の就業規則その他の勤務規則の中に、従業員が職務上作成した著作物の著作者を当該従業員個人とする旨の規定はない。 したがって、本件説明書面は、著作権法15条1項の職務著作に該当し、その著作者は原告である。 ウ 被告による著作権(複製権)の侵害 以上のとおり、原告は、本件説明書面の著作者として、その著作権(複製権)を有するところ、被告が、被告案内資料の送付に当たって、本件説明書面を複写してそのコピー(別紙2の「見本@」及び「見本A」)を作成した行為は、本件説明書面の複製に該当し、原告の複製権を侵害するものである。 (2) 被告の主張 ア 本件説明書面の著作物性について 本件説明書面の内容は、火災保険における建物の構造級別区分の変更により、建物によって適用される保険料率が変更されるという本件改定の内容を明記したにすぎないものであって、火災保険の内容が改定されるという既定の事実や改定による変更点といった客観的なデータの羅列又は集合体にすぎないから、「思想又は感情」の表現という著作物性が認められるための要件を欠いている。 また、本件説明書面は、火災保険の改定内容を保険契約者に理解させるためのものであるから、改定内容を理解に疑義が生じないように正確に記述することが強く要求されるのであり、こうした要求を満足させるための記載方法は、作成者が誰であるかにかかわらず、自ずと一定の表現に収れんすることにならざるを得ず、その記載内容に作成者の個性が表れるものではない。 したがって、本件説明書面は、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえず、著作物には当たらない。 イ 本件説明書面の職務著作該当性について 原告の主張のうち、本件説明書面の作成経過については不知であり、本件説明書面が職務著作に該当するとの主張は争う。 2 争点2(本件秘密保持契約違反の有無)について (1) 原告の主張 ア 被告は、平成21年11月ころ、本件特約火災保険の契約者である多数の社会福祉法人に対し、被告との火災保険契約の締結を勧誘する目的で被告案内資料を送付した。 被告が被告案内資料を送付した先がいずれも本件特約火災保険の契約者であることは、次のような点から明らかである。すなわち、被告は、被告案内書面に、「いまお付き合いされている保険会社様や保険代理店様からお聞き及び(※見本@・A)のことかも知れませんが」と記載して、本件説明書面のコピー(別紙2の「見本@」及び「見本A」)のみならず、本件特約火災保険に係る火災保険証券の実物のコピー(同「見本B」)まで添付し、その上で、上記火災保険証券のコピーに「この様な保険証券をお持ちの場合…保険料が大幅にアップいたします。」とわざわざ手書きで記入し、更に、被告案内書面の中で、被告と「今年中に保険始期となる火災保険を複数年契約結ぶ」ことにより「これを緩和する方法がひとつあ」ると断定したものである。このような被告案内資料の内容からすると、同資料は、本件特約火災保険と被告の火災保険とを比較させた上で被告の火災保険への加入を勧誘するものであって、本件特約火災保険の契約者に向けられた資料であると考えられるから、その送付先もこれらの契約者であると考えられる。 イ 以上のとおり、被告が被告案内資料を送付した先がいずれも本件特約火災保険の契約者であることからすると、被告は、被告が保有していた本件契約情報中の契約者に関する情報に基づいて、送付先の社会福祉法人を選定したものとしか考えられない。 したがって、被告が本件特約火災保険の契約者である多数の社会福祉法人に対し被告案内資料を送付した行為は、被告が原告との本件代理店契約の締結中に知り得た本件秘密情報に属する本件契約情報を自己の営業目的に使用する行為に当たり、本件秘密保持契約の4条に違反するものである。 (2) 被告の主張 被告の営業担当従業員が平成21年11月ころに被告案内資料を送付した先の社会福祉法人は、東京都、神奈川県、千葉県及び埼玉県に社会福祉施設を有する合計345の社会福祉法人(乙1に記載のもの)に限られる。 上記345の送付先は、被告の営業担当従業員が、インターネットのウェブサイト上に掲載されている公知情報を手掛かりにして、社会福祉施設の住所等をリストアップして選定したものであり、その際、被告が保有していた本件秘密情報を使用した事実はない。 したがって、被告が被告案内資料を送付した行為は、本件秘密保持契約の4条に何ら違反するものではない。 3 争点3(不競法2条1項13号の不正競争行為の成否)について (1) 原告の主張 被告案内書面には、前記争いのない事実等(6)ア(ア)ないし(エ)の各記載があるところ、これらの記載は、平成22年1月以降、「特級」構造物件に係る本件特約火災保険の保険料は「大幅に増加する」にもかかわらず、被告と平成21年中に複数年契約の火災保険契約を締結する方法により、保険料の増加を避けることができると断定し、かつ、この方法がただ「ひとつ」の方法であることを述べるものである。 しかしながら、本件特約火災保険においても、既存の保険契約を中途解約した上で、改めて平成21年中に複数年契約を締結することは可能であり、かつ、これにより本件改定による保険料の増加を避けることができる。にもかかわらず、被告案内書面の上記記載は、保険の目的、保険金額を同一とする場合に、被告と火災保険契約を締結することにより、本件特約火災保険に比して保険料が常に低額となるかのごとく表示するものであって、虚偽の内容を述べるものである。 また、被告案内書面の送付の対象とされた社会福祉法人は、本件特約火災保険の契約者であるから、これらの社会福祉法人が被告との火災保険契約を締結するに当たっては、本件特約火災保険に係る保険契約を中途解約しなければならない。そして、その場合、当該社会福祉法人には、@特に1年契約等の短期契約の中途解約においては、解約返戻金が日割計算に比して著しく少なくなり、A本件特約火災保険に係る保険契約者の保険金請求権には福祉医療機構を質権者とする質権が設定されているため、当該保険契約を中途解約するには、質権者の承諾を得た上で、改めて質権の設定を行う手続が必要となるという不利益が生ずることとなる。ところが、被告案内書面は、社会福祉法人にこれらの不利益が生じるとの事実の記載を欠き、被告に有利な事実のみを記載することにより、その役務の内容について被告に有利な誤認を生じさせるものとなっている。 したがって、被告案内書面の上記記載は、被告の提供する役務である火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせるものというべきであるから、被告がこのような記載を被告案内書面に表示し、これを多数の社会福祉法人に送付した行為は、自己の役務の広告にその役務の内容について誤認させるような表示をするものであって、不競法2条1項13号の不正競争行為に該当する。 (2) 被告の主張 ア 原告は、被告案内書面の記載につき、被告と火災保険契約を締結することにより、本件特約火災保険に比して保険料が常に低額となるかのごとく表示する点において、虚偽の内容を述べるものである旨主張する。 しかしながら、被告案内書面の記載及びこれとともに送付された各書類(被告案内資料)の記載を全体としてみれば、被告と火災保険契約を締結することによって保険料が低額となるか否かは、被告に対し「AIU火災保険証券診断サービス申込書」を提出し、既存契約を対象とする見直し作業を実施してみることで初めて明らかになるという論旨が明確に示されている。 したがって、被告案内書面の内容には、原告が指摘するような「虚偽」は含まれていない。 イ また、原告は、被告案内書面につき、既存の保険契約を中途解約した場合に質権者の承諾の再取得や質権設定手続のやり直しが必要となることが記載されておらず、被告の役務の内容について被告に有利な誤認を生じさせるものとなっている旨主張する。 しかしながら、質権者の承諾の再取得や質権設定手続のやり直しは、顧客と既存の質権者との間で行われるものであって、保険者となる被告がこれらの手続に事実上協力することはあるとしても、それ自体が被告の役務の内容ではない。 また、質権者の承諾の再取得や質権設定手続のやり直しは、単なる書類上の手続にすぎないから、顧客にとって格別不利益な事実とまではいえず、他方、被告案内書面が、被告の保険商品の内容等について説明するための面談機会を得る目的で送付された、きっかけ作りのための資料にすぎないことからすれば、その記載中に上記手続のことが明示されていないからといって、顧客がこれらの手続の要否について誤認することなどない。 したがって、被告案内書面の記載が被告の役務の内容について被告に有利な誤認を生じさせるものとなっているとはいえない。 ウ 以上によれば、被告案内書面の記載内容は、被告の提供する役務である火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示とはいえないから、被告案内書面を含む被告案内資料を社会福祉法人に送付した被告の行為は、不競法2条1項13号の不正競争行為には該当しない。 4 争点4(一般不法行為の成否)について (1) 原告の主張 被告が、原告作成の本件説明書面を複製するなどして被告案内資料を作成し、また、被告案内書面に被告の提供する火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示をし、原告の顧客を奪う目的で被告案内書面を含む被告案内資料を本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人に送付して被告との火災保険契約の締結を勧誘した一連の行為は、仮に、著作権(複製権)の侵害又は不競法2条1項13号所定の不正競争行為には該当しないとしても、公正な競争として社会的に許容される限度を超える違法な行為として、原告に対する一般不法行為(民法709条)を構成するものというべきである。 (2) 被告の主張 原告の主張は争う。 5 争点5(原告の損害額) (1) 原告の主張 ア 被告の一連の行為による原告の逸失利益 前述のとおり、被告が、本件説明書面を複製するなどして被告案内資料を作成し、被告案内書面に被告の提供する火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示をし、原告の顧客を奪う目的で被告案内書面を含む被告案内資料を本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人に送付して被告との火災保険契約の締結を勧誘した一連の行為については、原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害、本件秘密保持契約違反の債務不履行、不競法2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為にそれぞれ該当するところ、被告のこれらの行為によって原告に生じた逸失利益の額は、以下の(ア)及び(イ)の合計額289万4344円である。 (ア) 中途解約による逸失利益 被告が本件特約火災保険の契約者らに被告案内資料を送付して火災保険契約締結の勧誘を行ったことにより、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人のうち、少なくとも29法人(甲9に記載のもの)が、契約期間の中途で本件特約火災保険に係る契約を解約し、被告との間で火災保険契約を締結した。 その結果、原告は、当該29法人への解約返戻保険料のうち、代理店手数料に相当する部分の返還を余儀なくされ、上記中途解約がなければ得られていたはずの上記部分に係る手数料を得られなかった。 上記逸失利益の額を、下記計算式に従って算出すると、合計168万1733円となる。 記 上記29法人に支払われた解約返戻保険料×原告の手数料率×消費税率(1.05) (イ) 契約切替えによる逸失利益 被告が本件特約火災保険の契約者らに被告案内資料を送付して火災保険契約締結の勧誘を行ったことにより、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人のうち、少なくとも15法人(甲10記載のもの)が、本件特約火災保険に係る保険契約の満期時にこれを更新せず、被告との間で火災保険契約を締結した。 その結果、原告は、当該15法人の本件特約火災保険に係る保険契約が満期時に更新されていれば得られていたはずの代理店手数料を得られなかった。 上記逸失利益の額を、下記計算式に従って算出すると、合計121万2611円となる。 記 上記15法人が契約更新した場合に支払うべき保険料×原告の手数料率×消費税率(1.05) イ 被告の著作権(複製権)侵害による使用料相当額の損害(上記アの逸失利益の損害賠償請求が認められない場合の予備的主張) 被告が被告案内資料の送付に当たって本件説明書面のコピーを作成した行為は、原告の本件説明書面についての著作権(複製権)を侵害する不法行為に当たるところ、著作権法114条3項によれば、原告は、被告に対し、当該著作権の行使につき受けるべき使用料に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。 そこで、本件説明書面に係る著作権の使用料相当額につき検討するに、本件説明書面は、原告が本件特約火災保険に加入している顧客に対し、本件改定の内容を説明する目的で制作されたものであって、その性質上第三者に使用を許諾することが予定されていないものであるが、本件説明書面の性質、内容、価値のほか、被告による侵害状況等を総合考慮すれば、上記使用料相当額が、原告が本件説明書面を制作するのに要した費用を下回ることはあり得ないというべきである。 しかるところ、原告が本件説明書面を制作するのに費やした費用は、下記のとおり合計16万6636円である。 記 本件説明書面の制作担当者であるY1がその制作に費やした時間(15時間)×Y1の時給(6784円)+本件説明書面の印刷費用(6万4890円) ウ 弁護士費用 原告は、本件紛争解決のため、代理人弁護士に対して訴訟委任を行ったが、本件訴訟の追行に要する弁護士費用は100万円を下らない。 エ まとめ よって、原告は、被告に対し、民法709条、415条及び不競法4条に基づく損害賠償として、389万4344円(前記ア及びウの合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年10月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 (2) 被告の主張 原告の主張はいずれも争う。 原告は、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人が、本件特約火災保険に係る保険契約を中途解約し、又は、満期時にこれを更新せずに被告との保険契約に切り替えたことにより、原告が代理店手数料を得られなかったことをもって原告の損害となる旨を主張するが、これらの社会福祉法人による中途解約や契約切替えは、いずれも同法人らの自由意思に基づいて行われたものであり、被告による被告案内資料の送付との間に因果関係は認められない。 そして、この点は、原告が、本件特約火災保険に係る契約を中途解約したと主張する29法人(甲9記載のもの)及び契約切替えをしたと主張する15法人(甲10記載のもの)と、被告が被告案内資料を送付した先の345法人とを比較すると、一致するものがわずかにとどまることからも明らかである。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(著作権侵害の成否)について (1) 本件説明書面の著作物性 ア 本件説明書面(甲2)は、別紙1のとおりのものであり、「平成22年1月1日付け火災保険改定のお知らせ」と題して、本件改定の内容を顧客向けに文章で説明する本文部分(1枚目)と、地域別に建物の構造級別区分ごとの保険料率の改定幅を数値で示した一覧表及び本件改定の前後それぞれにおける建物の構造級別区分の判定の仕方をフローチャート方式で示した図表などが記載された別添資料部分(2枚目)とからなるものである。 そして、本件説明書面のうち、上記本文部分においては、「主な改定の内容」が、「1.火災保険上の建物構造級別の判定方法の簡素化」、「2.火災保険料率の大幅な改定」、「3.保険法の改定による対応」の3点に整理されて、それぞれの内容が数行程度の簡略な文章で紹介されるとともに、特に内容的に重要な部分については、太文字で表記されたり、下線が付されるなど、一見して本件改定のポイントが把握しやすいような構成とされている。 また、上記別添資料部分においては、本件改定による建物の構造級別区分の判定方法の変更点について、一見して理解しやすいように、フローチャート方式の図表を用いた説明がされ、しかも、当該フローチャート図の中に、楕円で囲った白抜きの文字や太い矢印を適宜用いるなど、視覚的にも分かりやすくするための工夫が施されている。 以上で述べたような本件説明書面の構成やデザインは、本件改定の内容を説明するための表現方法として様々な可能性があり得る中で(甲3ないし5、弁論の全趣旨)、本件説明書面の作成者が、本件改定の内容を分かりやすく説明するという観点から特定の選択を行い、その選択に従った表現を行ったものといえるのであり、これらを総合した成果物である本件説明書面の中に作成者の個性が表現されているものと認めることができる。 イ これに対し被告は、@本件説明書面の内容は、火災保険の内容が改定されるという既定の事実や本件改定による変更点についての客観的なデータの羅列又は集合にすぎない、A本件説明書面は、その目的からみて、本件改定の内容を正確に記述することが強く求められるものであるから、その記載内容に作成者の個性が表れるものではないなどと主張する。 しかしながら、本件説明書面の内容が、単なる事実やデータの羅列のみからなるものでないことは明らかであり、また、本件説明書面の記載が、本件改定の内容を正確に記述しつつも、より分かりやすく説明するという観点からの工夫が施された表現を含むものであることは、前記アで述べたとおりであるから、被告の上記主張は理由がない。 ウ 以上によれば、本件説明書面は、作成者の思想又は感情を創作的に表現したものであって、著作権法2条1項1号の著作物に当たるものといえる。 (2) 本件説明書面の職務著作該当性 ア 前記争いのない事実等と甲25及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件 説明書面は、平成21年10月ころ、その当時原告の第一営業部長の地位にあったY1が、原告の顧客である本件特約火災保険の契約者らに対し、本件改定の内容を周知させるための説明書面として作成、配布することを発案し、原告の担当取締役及び代表取締役の承認を得た上で、自ら単独で原告保有のパソコンを使用して勤務時間中にデータ作成を行い、その後の印刷業者による印刷を経て完成したものであることが認められる。 以上の事実によれば、本件説明書面は、原告の発意に基づき、その業務に従事する者が職務上作成した著作物に当たるものといえる。 イ また、本件説明書面には、別紙1のとおり、その作成者を表示するものとして、右肩部分に、「株式会社福祉施設共済会」の名称が、「あいおい損害保険株式会社」の名称と併記される形で表記されている。 したがって、本件説明書面は、原告が自己の著作名義の下で公表したものといえる。 ウ 他方、原告とY1との間の労働契約や原告の勤務規則等に、原告の従業員が職務上作成した著作物の著作者を当該従業員個人とする旨の定めがあることを認めるに足りる証拠はない。 エ 以上によれば、本件説明書面は、職務著作に関する著作権法15条1項の各要件をいずれも満たすものであるから、その著作者は原告であると認められる。 (3) 被告による著作権(複製権)の侵害の有無 前記(2)の認定事実によれば、原告は、本件説明書面の著作者として、その複製権(著作権法21条)を有するところ、被告案内資料中の「見本@」及び「見本A」と題する各書面は、被告が本件説明書面に「見本@」及び「見本A」の文字、矢印及び文字囲み(本件説明書面の本文部分中の「14.71%から最大で48.48%の大幅アップとなります。」との部分)を手書きで加えたものを複写して作成したコピーであるから(甲6の2枚目及び3枚目)、被告による上記各書面の作成行為は、本件説明書面の複製(著作権法2条1項15号)に該当することが明らかであり、また、被告は本件説明書面の複製につき原告の許諾を得ていないから、原告の上記複製権を侵害するものといえる。 2 争点2(本件秘密保持契約違反の有無)について (1) 原告は、被告が被告案内資料を送付した先がいずれも本件特約火災保険の契約者であることからすると、被告は本件代理店契約の締結中に知り得た本件契約情報中の契約者に関する情報に基づいて送付先の社会福祉法人を選定したものであり、被告による被告案内資料の送付行為は、本件秘密情報に属する本件契約情報を自己の営業目的に使用する行為に当たるものといえるから、本件秘密保持契約の4条に違反する旨主張する。 これに対し、被告は、被告案内資料の送付先の選定は、インターネットのウェブサイト上の公知情報を手掛かりにして行った旨主張し、本件契約情報を使用した事実を争うので、以下検討する。 ア 原告の上記主張は、被告案内資料の送付先がいずれも本件契約情報の中に含まれる本件特約火災保険の契約者たる社会福祉法人であることを前提とするものであるところ、原告は、そのような前提が認められることの根拠として、被告案内書面の記載内容、被告案内資料に本件説明書面のコピー及び本件特約火災保険に係る火災保険証券の実物のコピーが含まれていた事実からみて、被告案内資料は本件特約火災保険の契約者に向けられた資料であると考えられることを挙げる。 そこで検討するに、まず、被告案内書面(甲6の1枚目)の記載内容をみると、同書面では、平成22年1月1日から本件改定が実施される事実を述べた上で、これによって多くの社会福祉法人が保有する鉄筋コンクリート造の建物に係る火災保険の保険料が大幅に値上がりすることとなる旨を説明し、更にこれを避ける方法として平成21年中に複数年契約による火災保険契約を締結する方法があることを紹介しつつ、最終的には被告との契約締結を勧誘する旨が述べられているところ、このような被告案内書面の記載内容は、保有する建物について火災保険契約を現に締結している社会福祉法人を広く対象とした案内書面の内容として理解することが可能なものであって、必ずしも本件特約火災保険の契約者のみを対象とした書面としてしか理解できない内容となっているものとはいえない。 また、被告案内資料の中に、本件説明書面のコピー(甲6の2枚目及び3枚目)及び本件特約火災保険に係る火災保険証券の実物のコピー(同4枚目)が含まれている点については、本件改定のより詳細な内容や本件改定後に保険料の値上がりが生じる建物についての保険証券の実例を示すことにより、被告案内書面の内容をより分かりやすく伝えるための参考資料として、被告の手元にあった上記各書面を流用したものとも理解し得るところであり、これらの書面のコピーが含まれているからといって、被告案内資料が本件特約火災保険の契約者のみを対象とした書面であると断定することはできない。 以上のとおり、被告案内書面の記載内容等からみて、被告案内資料が本件特約火災保険の契約者に向けられた資料と考えられるとの原告の主張は十分な根拠があるものとはいえないから、このことを前提として、被告案内資料の送付先がいずれも本件特約火災保険の契約者であると断定し、ひいては、被告による上記送付先の選定が本件契約情報に基づくものであるとの結論に結び付ける原告の主張は、採用することができない。 イ 被告が乙1記載の合計345の社会福祉法人に被告案内資料を送付したことは前記争いのない事実等(6)イのとおりであるが、被告がそれ以外の社会福祉法人に被告案内資料を送付したとの事実を認めるに足りる証拠はない。 しかるところ、被告案内資料の送付先である上記345法人の中に、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人がどの程度含まれているかについては、そもそも原告からの具体的な主張立証がされていない。 他方で、被告は、上記345法人の選定について、インターネットのウェブサイト上の公知情報を手掛かりにして行った旨を主張するものであるところ、社会福祉施設を運営する社会福祉法人の名称、住所、電話番号等の情報は、ウェブサイトを含む種々の情報媒体において広く一般に公開されているのが通常と考えられるから、被告の上記主張は、損害保険会社の営業先となる社会福祉法人の一般的な選定方法を述べるものとして、格別不自然な点はない。加えて、被告が、乙1記載の345法人のうち、神奈川県横浜市港北区を施設所在地とする5法人の選定方法を例示的に立証するものとして提出した乙2の1ないし9によれば、インターネット検索サイト「Yahoo!」を起点として順次のウェブ検索を行った結果、一覧表示された神奈川県横浜市港北区所在の合計146の社会福祉施設のうち、最上位に表示された6つの特別養護老人ホームのうちの5つが、上記5法人の運営する施設であることが認められる。 このように、専らウェブサイト上の公知情報に基づいて被告案内資料の送付先を選定した旨の被告の主張には、その一部についての例示的な形ではあるものの、相応の客観的な裏付けが示されているものといえる。 ウ 以上を総合すれば、被告による被告案内資料の送付先の選定が、本件契約情報中の契約者に関する情報に基づいて行われたものであるとする原告主張の事実は、これを認めることができない。 (2) そうすると、被告が社会福祉法人に対し被告案内資料を送付した行為が本件秘密保持契約の4条に違反するとの原告の主張は、理由がない。 3 争点3(不競法2条1項13号の不正競争行為の成否)について 原告は、被告案内書面のうち、前記争いのない事実等(6)ア(ア)ないし(エ)の各記載(以下、それぞれを「被告案内書面の(ア)の記載」などという。)について、@保険の目的、保険金額を同一とする場合に、被告と火災保険契約を締結することにより、本件特約火災保険に比して保険料が常に低額となるかのごとく表示する点において、その内容が虚偽であること、A被告と新たに火災保険契約を締結するに当たっては、既存の火災保険契約を中途解約しなければならず、その場合には、解約返戻金が日割計算に比して著しく少なくなったり、福祉医療機構が有する質権との関係で、質権者の承諾や新たな質権設定の手続が必要となるといった不利益が生ずることとなるのに、その旨の記載を欠いていることを根拠に挙げ、被告の提供する役務の広告に当該役務である火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示(不競法2条1項13号)をするものに当たる旨を主張するので、以下検討する。 (1) 上記@の点について まず、被告案内書面の(ア)の記載(「来年1月1日以降の保険始期契約より、全損害保険会社にて火災保険の大幅な改定が行われます。このことが貴法人に与える影響として考えられるのは、火災保険料の大幅なアップでございます。」)及び(イ)の記載(「多くの社会福祉法人様がお持ちの建築物件は、鉄筋コンクリート造りの物件が多く、建築構造級別区分で最上級の「特級」構造物件となります。それらの物件が「新1級」となった場合、火災保険料は大幅に増加することとなります。」)は、本件改定の結果、平成22年1月1日以降を保険期間の始期とする全ての損害保険会社との火災保険契約において、保険料の大幅アップが考えられ、特に、多くの社会福祉法人が保有する鉄筋コンクリート造の物件の場合には、建物構造級別区分が「特級」から「1級」に変更となり、保険料が大幅に増加する旨を述べるものであるところ、これらの記載は、本件改定の結果生じる事実を特段の誤りなく説明するものであって、虚偽の内容を含むものではない。 次に、被告案内書面の(ウ)の記載(「しかしながらこれを緩和する方法がひとつあり、今回この様な形で、ご案内させていただく次第です。」)及び(エ)の記載(「この方法とは、保険証券の診断サービスを実施の上、コストダウン余地を見積もり、今年中に保険始期となる火災保険を複数年契約結ぶというものです。」)は、上記(ア)及び(イ)の説明に続けて、保険料の大幅増加を緩和する方法が一つあるとして、被告が提供する保険証券の診断サービスを実施し、コストダウン余地を見積もって、平成21年中を保険期間の始期とする複数年契約を締結する方法を案内するものであるところ、構造級別区分が「特級」の建物の場合に本件改定によって生じる保険料の増加を回避するための方法として、本件改定が実施される前に複数年契約を締結し直すことが有効な方法であることは当然のことであるから、このような方法を保険料の大幅増加を緩和する一つの方法であるとして案内する点において、被告案内書面の上記記載に虚偽があるものとはいえない。 この点、原告は、被告案内書面の上記記載について、上記複数年契約を「被告」と締結することが保険料の大幅増加を避けるただ「ひとつ」の方法である旨を述べるものであるとし、ひいては、被告と火災保険契約を締結することにより、本件特約火災保険に比して保険料が常に低額となるかのごとく表示するものである旨主張する。 しかしながら、被告案内書面の上記記載の中には、本件改定が実施される前に複数年契約を締結し直す方法による保険料増加の回避効果が、他の損害保険会社との同様の契約では発生せず、被告との契約でなければ発生しない旨が記述されているわけではなく、また、上記方法の性格上、これによる保険料増加の回避効果がいずれの損害保険会社との契約でも生じることは、容易に推察し得る事柄といえることからすると、被告案内書面の上記記載を見た社会福祉法人の事務担当者らにおいては、これらの記載について、上記複数年契約を「被告」と締結することが保険料の大幅増加を避けるただ「ひとつ」の方法である旨を述べるものであるなどと理解することは考え難く、むしろ、本件改定が実施される前に複数年契約を締結し直す方法による保険料増加の回避効果を一般論として説明する趣旨のものであると理解するのが通常というべきである。 以上によれば、被告案内書面の(ア)ないし(エ)の記載は、その送付先である社会福祉法人に対し、被告と火災保険契約を締結することにより本件特約火災保険に比して保険料が常に低額となるかのごとく表示するものではないから、その内容に虚偽があるとはいえない。 (2) 上記Aの点について 被告案内書面を含む被告案内資料(甲6)の内容からみて、被告案内書面は、被告の営業担当者が、本件改定が実施される機会を捉えて、既にその保有する建物について火災保険契約を他社と締結している社会福祉法人に対し、既存の契約を見直して被告との契約締結を勧誘する旨の営業活動を行うに当たって、最初の面談のきっかけを得るために送付した案内書面という性格を有するものと認められる。そして、このような案内書面の性格からすると、当該書面に記載される事項は、保険内容等の詳細にわたるものではなく、勧誘する火災保険の概要や利用者にとってのメリットなどについての要点に係る事項に限られるのが通常であって、これを受領した社会福祉法人の事務担当者らにおいても、そのようなものとして被告案内書面を見るのが通常であるといえる。 しかるところ、原告が、被告案内書面への記載が欠けるものとして指摘するのは、被告との火災保険契約締結に当たって、既存の保険契約を中途解約することによって生じる解約返戻金の額についての不利益や質権者の承諾及び新たな質権設定の手続が必要となることについての記載であるところ、これらの事項は、実際に被告の営業担当者と営業先である社会福祉法人の事務担当者との面談が実現し、保険内容等の詳細が説明される際に付随的に問題とされるべき事柄であって、上記のような性格を有する被告案内書面に通常記載されるべき事項とはいえず、これを見た社会福祉法人の事務担当者らにおいても、これらの記載が被告案内書面中にないからといって、直ちにこれらの不利益がないものと誤認することは考え難いというべきである。むしろ、社会福祉法人の事務担当者らは、施設の建物に係る火災保険契約の締結を自己の職務として行っているのであるから、火災保険契約締結に係る手続等についてはある程度の知識を有しているのが通常であり、少なくとも、既存の火災保険契約を中途解約して新たな契約を締結した場合に、解約返戻金の額について不利益が生じることがあったり、新たな質権設定等の手続が必要となるといった程度のことについては、説明の有無にかかわらず、常識的な事柄として認識しているのが通常というべきである。 してみると、被告案内書面について、既存の保険契約の中途解約に伴って生じる不利益についての記載を欠いているからといって、被告の提供する火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせるものであるとはいえない。 (3) 以上によれば、被告案内書面の(ア)ないし(エ)の記載について、上記@及びAの点を根拠として、被告の提供する役務の広告に当該役務である火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示をするものに当たるということはできず、他に、上記記載について、需要者に誤認を生じさせる表示であることを認めるべき理由もない。 したがって、被告が被告案内書面に上記記載をした行為が不競法2条1項13号の不正競争行為に当たるとの原告の主張は、理由がない。 4 争点4(一般不法行為の成否)について 原告は、被告が、原告作成の本件説明書面を複製するなどして被告案内資料を作成し、また、被告案内書面に被告の提供する火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示をし、原告の顧客を奪う目的でこれらを本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人に送付して被告との火災保険契約の締結を勧誘した一連の行為は、公正な競争として社会的に許容される限度を超える違法な行為として、一般不法行為を構成する旨を主張する。 この点、原告が主張する被告の一連の行為とされるもののうち、本件説明書面を複製して被告案内資料中の「見本@」及び「見本A」と題する各書面を作成した行為が、原告の著作権(複製権)を侵害するものであることは、前記1で述べたとおりである。そして、被告による当該著作権侵害行為が少なくとも過失によるものであることは明らかであるから、被告の当該侵害行為は原告に対する不法行為を構成するものと認められる。 他方、被告案内書面に被告の提供する火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示がある旨の原告の主張に理由がないことは、前記3で述べたとおりである。また、前記2で述べたとおり、被告が被告案内資料を送付した先が原告の顧客である本件特約火災保険の契約者に限られるものとは認められないことからすると、被告が原告の顧客を奪うことを目的として被告案内資料の送付を行ったものと断定するに足りる根拠はなく、この点についても、原告の上記主張は認められない。 してみると、被告案内資料の送付に係る被告の一連の行為は、上記著作権侵害行為に係る部分を除けば、格別公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものと認めることはできないから、上記著作権侵害の不法行為が成立することとは別に、上記一連の行為全体が原告に対する一般不法行為を構成するものとする原告の主張は、これを採用することができない。 5 争点5(原告の損害額)について (1) 被告の損害賠償義務 前記1で述べたとおり、被告による被告案内資料中の「見本@」及び「見本A」と題する各書面の作成行為は、原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害行為に該当するところ、その侵害について、被告には少なくとも過失があったものと認められるから、被告は、原告に対し、民法709条に基づき、原告が上記侵害行為によって受けた損害を賠償する義務があるものといえる。 (2) 著作権侵害によって原告が受けた損害 ア 逸失利益に係る損害について (ア) 原告は、被告が、本件説明書面を複製するなどして被告案内資料を作成し、これを原告の顧客である社会福祉法人に送付して被告との火災保険契約の締結を勧誘した一連の行為について、原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害、本件秘密保持契約違反の債務不履行、不競法2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為の成立がそれぞれ認められるとの前提に立った上で、被告のこれらの行為によって、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人のうち、少なくとも29法人(甲9に記載のもの)が契約期間の中途で本件特約火災保険に係る契約を解約し、また、本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人のうち、少なくとも15法人(甲10記載のもの)が本件特約火災保険に係る保険契約の満期時にこれを更新しなかったため、原告にはこれらの契約に係る代理店手数料に相当する逸失利益の損害が生じた旨を主張する。 しかしながら、前記1ないし4で述べたとおり、原告が主張する被告の一連の行為については、本件説明書面を複製して被告案内資料中の「見本@」及び「見本A」と題する各書面を作成した行為についての著作権(複製権)侵害の不法行為の成立が認められるものの、その他の行為に係る本件秘密保持契約違反の債務不履行、不競法2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為の成立はいずれも認められないのであるから、原告の上記主張は、そもそもその前提を欠くものというべきである。 (イ) また、仮に、原告の上記主張が、上記著作権(複製権)侵害のみが認められる場合においても、これによって上記逸失利益の損害が発生したことが認められるとの趣旨を含むものであるとしても、そのような主張に理由がないことは、以下のとおりである。 すなわち、まず、そもそも、原告が、本件特約火災保険の契約者のうち、当該契約を中途解約したものと主張する29法人(甲9に記載のもの)及びその満期時に契約を更新しなかったものと主張する15法人(甲10記載のもの)と、被告が被告案内資料を送付した先として認められる345法人(乙1記載のもの)とを対比してみると、上記29法人のうちの5法人(甲9のbV、9ないし12)及び上記15法人のうちの1法人(甲10のbT)の併せて6法人しか、上記345法人の中に含まれていないことが認められる。してみると、上記中途解約及び契約不更新の法人を併せた44法人のうち、上記6法人を除く38法人については、そもそも被告から被告案内資料の送付を受けた事実が認められないのであるから、これとは無関係に、中途解約又は契約不更新に至ったものであることが明らかといえる。 また、被告案内資料の送付を受けたものと認められる上記6法人についても、中途解約又は契約不更新に至った具体的事情は証拠上何ら明らかではない。特に、被告案内資料のうちの本件説明書面の複製物に当たる「見本@」及び「見本A」と題する各書面は、本件改定の内容を説明する書面にすぎず、かかる書面の存在が、社会福祉法人の事務担当者らにおける、被告と新規な保険契約を締結するかどうかの判断を左右するという事態は、通常考え難いことである。 したがって、被告が上記「見本@」及び「見本A」と題する各書面を作成し、これを被告案内資料の一部として上記6法人に送付したことと、上記6法人が本件特約火災保険の中途解約をし、又は契約更新をしなったこととの間に因果関係が存在するものと認めることはできない。 (ウ) 以上によれば、被告の上記著作権侵害行為によって、原告が上記逸失利益に係る損害を受けたものと認めることはできない。 イ 使用料相当額の損害について 著作権法114条3項によれば、原告は、本件説明書面の著作権(複製権)を侵害した被告に対し、その著作権の行使につき受けるべき使用料に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。 そこで、本件説明書面の著作権の使用料相当額について検討するに、本件説明書面は、原告の第一営業部長の地位にあったY1が、相応の労力と時間をかけて作成したものであり、その内容には、本件改定を分かりやすく説明するための工夫が見られること、また、被告による複製行為は、本件説明書面をほぼそのまま複写するというものであり、その複製及び頒布の部数も345件の多数にのぼっていること、被告は、本件説明書面の複製物を、自己の営業目的に利用しており、これによって、説明書面作成の手間を省くなど、相応の営業上の利益を得ているものといえることなど、本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、上記使用料相当額は、15万円と認めるのが相当である。 ウ 弁護士費用相当額 本件事案の性質・内容、本件訴訟に至る経過、本件審理の経過等諸般の事情に鑑みれば、被告の著作権侵害と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は、10万円と認めるのが相当である。 (3) 小括 以上によれば、原告は、被告に対し、著作権侵害の不法行為による損害賠償として、25万円(上記(2)イ及びウの合計額)及びこれに対する不法行為の後である平成22年10月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 6 結論 以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求は、本件説明書面についての著作権侵害の不法行為による損害賠償として、25万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 大鷹一郎 裁判官 大西勝滋 裁判官 石神有吾 |
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