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【事件名】ファイル交換ソフト事件(刑)(Winny)(3) 【年月日】平成23年12月19日 最高裁(三小) 平成21年(あ)1900号 著作権法違反幇助被告事件 決定 主文 本件上告を棄却する。 理由 検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。 所論に鑑み、被告人によるファイル共有ソフトの公開、提供行為につき著作権法違反罪の幇助犯が成立するかどうかを職権で判断すると、原判決には、幇助犯の成立要件に関する法令の解釈を誤った違法があるものの、被告人の行為につき著作権法違反罪の幇助犯の成立を否定したことは、結論において正当として是認できる。その理由は、以下のとおりである。 1 本件は、被告人が、ファイル共有ソフトであるWinnyを開発し、その改良を繰り返しながら順次ウェブサイト上で公開し、インターネットを通じて不特定多数の者に提供していたところ、正犯者2名が、これを利用して著作物であるゲームソフト等の情報をインターネット利用者に対し自動公衆送信し得る状態にして、著作権者の有する著作物の公衆送信権(著作権法23条1項)を侵害する著作権法違反の犯行を行ったことから、正犯者らの各犯行に先立つ被告人によるWinnyの最新版の公開、提供行為が正犯者らの著作権法違反罪の幇助犯に当たるとして起訴された事案である。原判決の認定及び記録によれば、以下の事実を認めることができる。 (1) Winnyは、個々のコンピュータが、中央サーバを介さず、対等な立場にあって全体としてネットワークを構成するP2P技術を応用した送受信用プログラムの機能を有するファイル共有ソフトである。Winnyは、情報発信主体の匿名性を確保する機能(匿名性機能)とともに、クラスタ化機能、多重ダウンロード機能、自動ダウンロード機能といったファイルの検索や送受信を効率的に行うための機能を備えており、それ自体は多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能とし、様々な分野に応用可能なソフトであるが、本件正犯者がしたように著作権を侵害する態様で利用することも可能なソフトである。 (2) 被告人は、匿名性と効率性を兼ね備えた新しいファイル共有ソフトが実際に稼動するかの技術的な検証を目的として、平成14年4月1日にWinnyの開発に着手し、同年5月6日、自己の開設したウェブサイトでWinnyの最初の試用版を公開した。被告人は、その後も改良を加えたWinnyを順次公開し、同年12月30日にWinnyの正式版であるWinny1.00を公開し、翌平成15年4月5日にWinny1.14を公開してファイル共有ソフトとしてのWinny(Winny1)の開発に一区切りを付けた。その後、被告人は、同月9日、今度はP2P技術を利用した大規模BBS(電子掲示板)の実現を目的として、そのためのソフトであるWinny2の開発に着手し、同年5月5日、Winny2の最初の試用版を公開し、同年9月には、本件正犯者2名が利用したWinny2.0β6.47やWinny2.0β6.6(以下、両者を併せて「本件Winny」という。)を順次公開した。なお、Winny2は、上記のとおり大規模BBSの実現を目指して開発されたものであるが、Winny1とほぼ同様のファイル共有ソフトとしての機能も有していた(以下、Winny1とWinny2を総称して「Winny」という。)。被告人は、Winnyを公開するに当たり、ウェブサイト上に「これらのソフトにより違法なファイルをやり取りしないようお願いします。」などの注意書きを付記していた。 (3) 本件正犯者であるBは、平成15年9月3日頃、被告人が公開していたWinny2.0β6.47をダウンロードして入手し、法定の除外事由がなく、かつ、著作権者の許諾を受けないで、同月11日から翌12日までの間、B方において、プログラムの著作物である25本のゲームソフトの各情報が記録されているハードディスクと接続したコンピュータを用いて、インターネットに接続された状態の下、上記各情報が特定のフォルダに存在しアップロードが可能な状態にある上記Winnyを起動させ、同コンピュータにアクセスしてきた不特定多数のインターネット利用者に上記各情報を自動公衆送信し得るようにし、著作権者が有する著作物の公衆送信権を侵害する著作権法違反の犯行を行った。また、本件正犯者であるCは、同月13日頃、被告人が公開していたWinny2.0β6.6をダウンロードして入手し、法定の除外事由がなく、かつ、著作権者の許諾を受けないで、同月24日から翌25日までの間、C方において、映画の著作物2本の各情報が記録されているハードディスクと接続したコンピュータを用いて、インターネットに接続された状態の下、上記各情報が特定のフォルダに存在しアップロードが可能な状態にある上記Winnyを起動させ、同コンピュータにアクセスしてきた不特定多数のインターネット利用者に上記各情報を自動公衆送信し得るようにし、著作権者が有する著作物の公衆送信権を侵害する著作権法違反の犯行を行った。 2 第1審判決は、Winnyの技術それ自体は価値中立的であり、価値中立的な技術を提供すること一般が犯罪行為となりかねないような、無限定な幇助犯の成立範囲の拡大は妥当でないとしつつ、結局、そのような技術を外部へ提供する行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、さらに提供する際の主観的態様いかんによると解するべきであるとした。その上で、本件では、インターネット上においてWinny等のファイル共有ソフトを利用してやりとりがなされるファイルのうちかなりの部分が著作権の対象となるもので、Winnyを含むファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されており、Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ、効率もよく便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていたという現実の利用状況の下、被告人は、そのようなファイル共有ソフト、とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し、新しいビジネスモデルが生まれることも期待して、Winnyがそのような態様で利用されることを認容しながら、本件Winnyを自己の開設したホームページ上に公開して、不特定多数の者が入手できるようにし、これによって各正犯者が各実行行為に及んだことが認められるから、被告人の行為は、幇助犯を構成すると評価することができるとして、著作権法違反罪の幇助犯の成立を認め、被告人を罰金150万円に処した。 3 この第1審判決に対し、検察官が量刑不当を理由に、被告人が訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用の誤りを理由に控訴した。原判決は、幇助犯の成否に関する法令適用の誤りの主張に関し、インターネット上におけるソフトの提供行為で成立する幇助犯というものは、これまでにない新しい類型の幇助犯であり、刑事罰を科するには罪刑法定主義の見地からも慎重な検討を要するとした上、「価値中立のソフトをインターネット上で提供することが、正犯の実行行為を容易ならしめたといえるためには、ソフトの提供者が不特定多数の者のうちには違法行為をする者が出る可能性・蓋然性があると認識し、認容しているだけでは足りず、それ以上に、ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合に幇助犯が成立すると解すべきである。」とし、被告人は、本件Winnyをインターネット上で公開、提供した際、著作権侵害をする者が出る可能性・蓋然性があることを認識し、認容していたことは認められるが、それ以上に、著作権侵害の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めて本件Winnyを提供していたとは認められないから、被告人に幇助犯の成立を認めることはできないと判示し、第1審判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。 4 所論は、刑法62条1項が規定する幇助犯の成立要件は、「幇助行為」、「幇助意思」及び「因果性」であるから、幇助犯の成立要件として「違法使用を勧める行為」まで必要とした原判決は、刑法62条の解釈を誤るものであるなどと主張する。そこで、原判決の認定及び記録を踏まえ、検討することとする。 (1) 刑法62条1項の従犯とは、他人の犯罪に加功する意思をもって、有形、無形の方法によりこれを幇助し、他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁昭和24年(れ)第1506号同年10月1日第二小法廷判決・刑集3巻10号1629頁参照)。すなわち、幇助犯は、他人の犯罪を容易ならしめる行為を、それと認識、認容しつつ行い、実際に正犯行為が行われることによって成立する。原判決は、インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という本件行為の特殊性に着目し、「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に限って幇助犯が成立すると解するが、当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず、提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難く、刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。 (2) もっとも、Winnyは、1、2審判決が価値中立ソフトと称するように、適法な用途にも、著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり、これを著作権侵害に利用するか、その他の用途に利用するかは、あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。また、被告人がしたように、開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開、提供し、利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は、ソフトの開発方法として特異なものではなく、合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で、その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば、かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも、単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり、それを提供者において認識、認容しつつ当該ソフトの公開、提供をし、それを用いて著作権侵害が行われたというだけで、直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。かかるソフトの提供行為について、幇助犯が成立するためには、一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり、また、そのことを提供者においても認識、認容していることを要するというべきである。すなわち、ソフトの提供者において、当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認容しながら、その公開、提供を行い、実際に当該著作権侵害が行われた場合や、当該ソフトの性質、その客観的利用状況、提供方法などに照らし、同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で、提供者もそのことを認識、認容しながら同ソフトの公開、提供を行い、実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り、当該ソフトの公開、提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。 (3) これを本件についてみるに、まず、被告人が、現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認容しながら、本件Winnyの公開、提供を行ったものでないことは明らかである。 次に、入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が本件Winnyを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められ、被告人もこれを認識、認容しながら本件Winnyの公開、提供を行ったといえるかどうかについて検討すると、Winnyは、それ自体、多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能とするソフトであるとともに、本件正犯者のように著作権を侵害する態様で利用する場合にも、摘発されにくく、非常に使いやすいソフトである。そして、本件当時の客観的利用状況をみると、原判決が指摘するとおり、ファイル共有ソフトによる著作権侵害の状況については、時期や統計の取り方によって相当の幅があり、本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが、原判決が引用する関係証拠によっても、Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で、かつ、著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったというのである。そして、被告人の本件Winnyの提供方法をみると、違法なファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつつ、ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく、無償で、継続的に、本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によっている。これらの事情からすると、被告人による本件Winnyの公開、提供行為は、客観的に見て、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開、提供行為であったことは否定できない。 他方、この点に関する被告人の主観面をみると、被告人は、本件Winnyを公開、提供するに際し、本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや、そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの、いまだ、被告人において、Winnyを著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており、本件Winnyを公開、提供した場合に、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識、認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。 確かに、@被告人がWinnyの開発宣言をしたスレッド(以下「開発スレッド」という。)には、 Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者が多数の書き込みをしており、被告人も、そのような者に伝わることを認識しながらWinnyの開発宣言をし、開発状況等に関する書き込みをしていたこと、A本件当時、Winnyに関しては、逮捕されるような刑事事件となるかどうかの観点からは摘発されにくく安全である旨の情報がインターネットや雑誌等において多数流されており、被告人自身も、これらの雑誌を購読していたこと、B被告人自身がWinnyのネットワーク上を流通している著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていたことの各事実が認められる。これらの点からすれば、被告人は、本件当時、本件Winnyを公開、提供した場合に、その提供を受けた者の中には本件Winnyを著作権侵害のために利用する者がいることを認識していたことは明らかであり、そのような者の人数が増えてきたことも認識していたと認められる。 しかし、@の点については、被告人が開発スレッドにした開発宣言等の書き込みには、自己顕示的な側面も見て取れる上、同スレッドには、Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者の書き込みばかりがされていたわけではなく、Winnyの違法利用に否定的な意見の書き込みもされており、被告人自身も、同スレッドに「もちろん、現状で人の著作物を勝手に流通させるのは違法ですので、βテスタの皆さんは、そこを踏み外さない範囲でβテスト参加をお願いします。これはFreenet 系P2P が実用になるのかどうかの実験だということをお忘れなきように。」などとWinnyを著作権侵害のために利用しないように求める書き込みをしていたと認められる。これによれば、被告人が著作権侵害のために利用する蓋然性の高い者に向けてWinnyを公開、提供していたとはいえない。被告人が、本件当時、自らのウェブサイト上などに、ファイル共有ソフトの利用拡大により既存のビジネスモデルとは異なる新しいビジネスモデルが生まれることを期待しているかのような書き込みをしていた事実も認められるが、この新しいビジネスモデルも、著作権者側の利益が適正に保護されることを前提としたものであるから、このような書き込みをしていたことをもって、被告人が著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させて、現行の著作権制度を崩壊させる目的でWinnyを開発、提供していたと認められないのはもとより、著作権侵害のための利用が主流となることを認識、認容していたとも認めることはできない。また、Aの点については、インターネットや雑誌等で流されていた情報も、当時の客観的利用状況を正確に伝えるものとはいえず、本件当時、被告人が、これらの情報を通じてWinnyを著作権侵害のために利用する者が増えている事実を認識していたことは認められるとしても、Winnyは著作権侵害のみに特化して利用しやすいというわけではないのであるから、著作権侵害のために利用する者の割合が、前記関係証拠にあるような4割程度といった例外的とはいえない範囲の者に広がっていることを認識、認容していたとまでは認められない。Bの被告人自身がWinnyのネットワーク上から著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていた点についても、当時のWinnyの全体的な利用状況を被告人が把握できていたとする根拠としては薄弱である。むしろ、被告人が、P2P技術の検証を目的としてWinnyの開発に着手し、本件Winnyを含むWinny2については、ファイル共有ソフトというよりも、P2P型大規模BBSの実現を目的として開発に取り組んでいたことからすれば、被告人の関心の中心は、P2P技術を用いた新しいファイル共有ソフトや大規模BBSが実際に稼動するかどうかという技術的な面にあったと認められる。現に、Winny2においては、BBSのスレッド開設者のIPアドレスが容易に判明する仕様となっており、匿名性機能ばかりを重視した開発がされていたわけではない。そして、前記のとおり、被告人は、本件Winnyを含むWinnyを公開、提供するに当たり、ウェブサイト上に違法なファイルのやり取りをしないよう求める注意書を付記したり、開発スレッド上にもその旨の書き込みをしたりして、常時、利用者に対し、Winnyを著作権侵害のために利用することがないよう警告を発していたのである。 これらの点を考慮すると、いまだ、被告人において、本件Winnyを公開、提供した場合に、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識、認容していたとまで認めることは困難である。 (4) 以上によれば、被告人は、著作権法違反罪の幇助犯の故意を欠くといわざるを得ず、被告人につき著作権法違反罪の幇助犯の成立を否定した原判決は、結論において正当である。 5 よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官大谷剛彦の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 裁判官大谷剛彦の反対意見は、次のとおりである。 私は、本件において、多数意見と結論を異にし、被告人には著作権である公衆送信権侵害の罪の幇助犯が成立すると考えるので、反対意見を述べる。 1 本件の事実関係は、多数意見の1に詳しく摘示されているとおりであるが、本件において被告人の著作権侵害の幇助行為とされているファイル共有ソフトWinnyの提供行為の特徴は、そのソフトそれ自体は多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能にするという技術的有用性を持つ一方、その効率性及び特に匿名性の機能のゆえに、利用の仕方によっては著作権という法益の侵害可能性も併せ持っており(両者は表裏の関係をなしている。)、そして、そのソフトは不特定多数の者に提供され、提供の範囲、対象には全く限定はない、というところにあろう。 このようなソフトの提供行為は、ソフトを侵害的に利用して違法にファイルをアップロードするという正犯の著作権(公衆送信権)侵害行為を容易にし、また助長した幇助行為として可罰性が問われることになるが、提供行為の幇助犯としての可罰性は、提供行為が一般的、抽象的に著作権侵害の可能性を持っていれば足りるものではなく、正犯者が侵害的に利用するという具体的でより高度の蓋然性が認められる状況で提供行為が行われる場合に、幇助行為としての可罰性が肯定されると考えられる。この点では、多数意見とほぼ認識、理解を共通にしている。 2 すなわち、Winnyの提供行為それ自体は、適法目的に沿って利用される以上何ら法益侵害の危険性を有しないが、その有用性がいわば濫用され侵害的に利用される場合に、提供行為が法益侵害の現実的な危険性、違法性を持つことになる(その意味で価値中立的行為ともいえよう。)。提供行為の法益侵害の危険性は、ソフトの利用者がどのような目的で、どのような対象にこれを利用するかという具体的な利用目的、態様にかかっており、侵害的利用の単なる可能性という程度では足りず、利用者の適法利用ではない侵害的利用についての具体的でより高度の蓋然性がある場合に、提供行為自体が現実的な法益侵害の危険性を持ち、その違法性、可罰性が肯定されるといえよう。 そして、利用者の侵害的利用の蓋然性は、個々の利用者の利用における侵害的利用の可能性と、このソフトが不特定多数者に提供されていることとの関連で、侵害的に利用する者の生ずる可能性との両面からの検討を要する。前者については、提供されるソフトや提供行為の性質、内容が、公衆送信権という著作権の侵害に容易に利用され得るものか、侵害を誘発するようなものか、侵害的利用を抑制する手立ての有無などが主な考慮要素となろう。また、後者については、この侵害的利用の可能性のあるソフトがより多くの侵害的利用の目的を持つ者に供されれば、それだけ(量的にも確率的にも)現実的な法益侵害の危険性は高まることになり、この点ではソフト提供の態様、対象者の範囲等が考慮要素となろう。さらに、実際に侵害的な利用が少なからず生じているという客観的状況下で、このような侵害的利用の可能性のあるソフトの提供が続けられることにより法益侵害の危険性は高まるのであり、高度の蓋然性の判断に当たり、この客観的な利用の状況も重要な考慮要素になろう。 3 以上のように、前記1のような特徴を持つ本件の被告人の提供行為の可罰性を判断するに当たり、侵害的利用についての具体的でより高度の蓋然性が客観的に認められる状況下で提供されることを要件としたが、この点は幇助行為の可罰性の違法要素であり、構成要件要素とも考えられるのであり、そうすると犯罪成立の主観的要素(幇助の故意)として、この高度の蓋然性について認識・認容も求められることになる(なお、具体的な正犯の特定性については、いわゆる概括的な故意としての認識・認容で足りよう。)。 なお、原判決は、更に進んで、本件のような価値中立的行為の幇助犯の成立には侵害的利用を「勧める」ことを要するとしているが、独立従犯ではない幇助犯の成立をこのような積極的な行為がある場合に限定する見解が採り得ないことは、多数意見4(1)のとおりである。 また、同様に、幇助犯としての主観的要素としては、この高度の蓋然性についての認識と認容が認められることをもって足り、それ以上に正犯行為を助長する積極的な意図や目的までを要するものではないといえよう。 4 そこで、本件についてみるに、@いわゆるファイル共有ソフトは被告人の開発したWinnyに限られていたわけではなく、Win‐MXその他のソフトも提供されており、ネット上での公衆送信権という著作権の侵害にWinnyが不可欠というものでは決してないが、被告人の追究により効率性が上がり(例えば、多重ダウンロード機能、自動ダウンロード機能、それ自体は当時違法ではなかった自己使用目的の許諾なき著作物ファイルのダウンロードが、即、違法性を持つ公衆への送信としてのアップロードに繋がるような仕組み等)、また匿名性機能も備わり(ファイルが中継を経ると発信源の位置情報(キー情報)の追及が困難になる仕組み等)、侵害的利用の抑制として警告の掲示はあるものの、侵害的利用が至って容易である上、侵害的利用への誘引性も高く、それゆえ利用者の侵害的利用が促進され、A提供行為の態様も、不特定多数の者に広汎かつ無限定で提供され、利用について申込みや承諾を要することなく、誰もがいつでもアクセスでき、利用に何ら制約はなく、B客観的利用状況については、多数意見4(3)のとおり、当時(平成15年)の利用状況を正確に示す証拠はないが、原判決が引用する関係証拠によれば、Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で、かつ、著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったという状況にあった。 これらの事情からすれば、少なくとも平成15年9月に行われていた本件Winnyの公開・提供行為については、その提供ソフトの侵害的利用の容易性、助長性というソフトの性質、内容、また提供の対象、範囲が無限定という提供態様、さらに上記の客観的利用状況等に照らし、まずは客観的に侵害的利用の「高度の蓋然性」を認めるに十分と考えられる。 なお、付言すれば、侵害的利用が推測される4割程度という割合は、一つにはWinny上に流通していた一時期のサンプル120万件のファイル情報(キー)について、著作権侵害性を調べたところ、そのうち著作権のある音楽やDVDなど市販著作物そのままのコピーが40%程度であったという調査結果に基づいている。サンプルにして40数万という数の市販の著作物そのままのコピーが流通していたことになり、およそ例外的とはいえない侵害的な利用を示しているといえよう。また、原審が取り調べた社団法人甲協会の行った約2万件のファイル情報(キー)の調査結果として、そのうち約5割が映像、音楽、ゲームソフトなどの著作物であり、その約9割が許諾なき利用と推定されるという報告にも基づいている(原判決20頁)。Winny利用者の正確な数は把握できないが、インターネット利用者(当時3000万人強と推定)の約3%がファイル共有ソフトの利用者であり(第1審判決15頁)、その約3分の1がWinnyを最もよく利用するという調査もある。利用の割合を利用者の量(人数)に置き換えてみると、弁護人の主張する調査の難点を考慮しても、およそ例外的利用とはいえない多数の者による侵害的利用が推認されるのである。これらの調査には、本件の2年半後の平成18年当時の調査も含まれており、その間のファイル共有ソフト利用者の増加も考慮すると、これらデータから本件当時の状況を推し測るに当たっては、相応の下方への修正を施して考えるべきは当然であるが、以上の見方の基本に誤りはないと思われる。 5 前記3のとおり、幇助犯が成立するには、主観的要素として、この客観的な高度の蓋然性についての認識と認容という幇助者の故意が求められる。多数意見は、結論として、被告人において、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識、認容していたとまで認めることは困難である、として被告人の幇助の故意を認定していない。私は、本件において、被告人に侵害的利用の高度の蓋然性についての認識と認容も認められると判断するものであり、多数意見に反対する理由もここに尽きるといえよう。 (1) まず、侵害的利用の蓋然性について、このソフト自体の有用性の反面としての侵害的利用の容易性、誘引性があることや、また提供行為の態様として対象が広汎、無限定であることについては、開発者として当然認識は有していると認められる。また、客観的な利用状況については、多数意見が理由4(3)で挙げる@開発宣言をしたスレッドへの侵害的利用をうかがわせる書き込み、A本件当時のWinnyの侵害的利用に関する雑誌記事などの情報への接触、B被告人自身の著作物ファイルのダウンロード状況などに照らせば、被告人において、もちろん当時として正確な利用状況の調査がなされていたわけではないので4割が侵害的利用などという数値的な利用実態の認識があったとはいえないにしても、Winnyがかなり広い範囲(およそ例外的とはいえない範囲)で侵害的に利用され、流通しつつあることについての認識があったと認めるべきであろう。 多数意見の指摘する被告人の侵害的利用状況の認識・認容に関わる諸事情は、その蓋然性の認識の判断に当たり消極に働く事情として慎重に検討すべき点ではあろう。しかし、これらの事情を考慮し、また、被告人の研究開発者としての志向、すなわち有用性というプラス面の技術開発への傾倒、没頭と、一方で副作用ともいうべき侵害的利用というマイナス面への関心、配慮の薄さという面を考慮しても、侵害的利用についての高度の蓋然性の認識を否定するには至らないと思われる。そして、通常は、このような侵害的利用の高度の蓋然性に関する客観的な状況についての認識を持ちながら、なお提供行為を継続すれば、侵害的利用の高度の蓋然性についての認容もまた認めるべきと思われる。 (2) 前述したとおり、本件のような技術提供行為が技術的有用性と法益侵害性を併せ持ち、また不特定多数の者への提供が行われる場合の幇助の故意の成立に、一般の故意の内容以上に、法益侵害性への積極的な意図や目的を有する場合に限定することは、やはり十分な根拠を得るものではなく、躊躇せざるを得ないところである。 私も、多数意見と同様、検察官の主張するような、被告人がWinnyを利用した著作物の違法コピーのまん延を望んでいたとか、侵害的利用を主目的に開発・提供をしていた、などの積極的侵害意図を認めるものではない。被告人のソフト開発とその提供が、多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能にするということを主目的としていたと認めるにやぶさかではない。 多数意見は、被告人の幇助の故意を消極的、否定的に評価する事情として、開発スレッドへの書き込みに自らソフトの開発・提供の意図を書き込んでいたとか、著作権者側の利益が適正に保護されることを前提とした新たなビジネスモデルの出現を期待していたとか、侵害的利用についてこれをしないよう警告のメッセージを発していたという点を挙げるが、これらは被告人に法益侵害の積極的意図が無かったという事情としてはもっともであるにしても、これらの事情が必ずしも法益侵害の危険性の認識・認容と抵触し、これを否定することにはならないと考えられる。提供行為の法益侵害の危険性を認識しているからこそ、このような利用が自らの開発の目的や意図ではなく、本意ではないとして警告のメッセージとして発したものと考えられる。被告人は、このようなメッセージを発しながらも、侵害的利用の抑制への手立てを講ずることなく提供行為を継続していたのであって、侵害的利用の高度の蓋然性を認識、認容していたと認めざるを得ない。 6 以上のとおり、私は、被告人に幇助犯としての構成要件該当性及びその故意を認め得ると考えるが、弁護人の主張に実質的な違法性阻却の主張が含まれているとも考えられるので、若干この点についての意見も付言しておく。 既に述べたとおり、被告人のWinnyの開発・提供の主目的は、P2P方式によるファイル共有ソフトの効率性、匿名性をこれまで以上に高め、それ自体多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能にするという技術的有用性の追求にあったことが認められ、また不特定多数の者にこれを提供して意見を徴しながら開発を進めるという方法も、特段相当性を欠くとは認められないところである。 このような点を踏まえると、本件において、行為の目的、手段の相当性、法益侵害の比較、あるいは政策的な配慮などを総合考慮し、社会通念上許容し得る場合、あるいは法秩序全体の見地から許容し得る場合に違法性を阻却するとする実質的違法性の問題についても検討の余地はあろう。 確かに、本件で著作権侵害の違法行為を行ったのは正犯者であり、被告人のWinnyの提供行為はその一手段を提供したにすぎず、また、手段としてのファイル共有ソフトは何もWinnyに限られていたというわけではなく、P2P方式のものとしてもより汎用されていたWin‐MXなども存在していた。このように被告人のWinnyの提供行為は、著作権侵害・法益侵害への因果性は薄く、民事の不法行為責任は問い得ないとする見解もあり、その意味で微罪性を持つといえないわけではない。 しかしながら、個々の侵害行為におけるソフトの果たす役割が大きくないにしても、前述のように、本件Winnyは、侵害的利用の容易性といったその性質、不特定多数の者への無限定の提供というその態様などから、大量の著作権侵害を発生させる素地を有しており、現にそのような侵害的な利用が前述のように多発もしていたのであって、法益侵害という観点からは社会的に見て看過し得ない危険性を持つという評価も成り立ち得よう。侵害される法益は、侵害に対しては懲役刑(本件当時長期3年以下の懲役)をもって保護される法益である。 一方、被告人の開発・提供行為は、ネット社会においてその有用性について一定の評価がなされているが、このような分野での技術の開発はまさに日進月歩であり、開発中のソフトについて、その技術開発分野での十分な検証を踏まえて客観的な評価を得ることも甚だ困難を伴う。 このような本件Winnyの持つ法益侵害性と有用性とは、「法益比較」といった相対比較にはなじまないともいえよう。本件Winnyの有用性については、幇助犯の成立について、侵害的利用の高度の蓋然性を求めるところでも配慮がなされているところであり、改めてこの点を考慮しての実質的違法性阻却を論ずるのは適当ではないように思われる。 (なお、先に政策的な配慮という点を挙げたが、前述したとおり、被告人の開発、提供していたWinnyはインターネット上の情報の流通にとって技術的有用性を持ち、被告人がその有用性の追求を開発、提供の主目的としていたことも認められ、このような情報流通の分野での技術的有用性の促進、発展にとって、その効用の副作用ともいうべき他の法益侵害の危険性に対し直ちに刑罰をもって臨むことは、更なる技術の開発を過度に抑制し、技術の発展を阻害することになりかねず、ひいては他の分野におけるテクノロジーの開発への萎縮効果も生みかねないのであって、このような観点、配慮からは、正犯の法益侵害行為の手段にすぎない技術の提供行為に対し、幇助犯として刑罰を科すことは、慎重でありまた謙抑的であるべきと考えられる。多数意見の不可罰の結論の背景には、このような配慮もあると思われる。本件において、権利者等からの被告人への警告、社会一般のファイル共有ソフト提供者に対する表立った警鐘もない段階で、法執行機関が捜査に着手し、告訴を得て強制捜査に臨み、著作権侵害をまん延させる目的での提供という前提での起訴に当たったことは、いささかこの点への配慮に欠け、性急に過ぎたとの感を否めない。その他、被告人には営利の目的もなく、また法執行機関からの指摘を受けて、Winnyの公開のためのウェブサイトを直ちに閉じる措置を採るなど、有利な事情も認められる。 一方で、一定の分野での技術の開発、提供が、その効用を追求する余り、効用の副作用として他の法益の侵害が問題となれば、社会に広く無限定に技術を提供する以上、この面への相応の配慮をしつつ開発を進めることも、社会的な責任を持つ開発者の姿勢として望まれるところであろう。私は、前記の1ないし5から、被告人に幇助犯としての犯罪の成立が認められ、上記のような被告人にとっての事情は、幇助犯として刑の減軽もある量刑面で十分考慮されるべきものと考える。) 7 以上により、私は、原判決の破棄は免れないものと考える。 最高裁判所第三小法廷 裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎 |
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