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【事件名】テレビCMの著作権帰属事件
【年月日】平成23年12月14日
 東京地裁 平成21年(ワ)第4753号 損害賠償請求事件(第1事件)、平成21年(ワ)第39494号 損害賠償請求事件(第2事件)
 (口頭弁論終結日 平成23年9月14日)

判決
第1事件原告・第2事件原告 株式会社カーニバル(以下単に「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 引田紀之
第1事件被告 株式会社アドック(以下「被告アドック」という。)
同訴訟代理人弁護士 中西義徳
同 森本奈津子
第2事件被告 A
同訴訟代理人弁護士 澤本淳


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
 被告アドックは、原告に対し、金904万8500円及び内金134万3000円に対する平成20年11月1日から、内金770万5500円に対する平成21年1月23日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
 被告Aは、原告に対し、金904万8500円及びこれに対する平成21年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、@被告アドックに対し、<ア>原告が制作したケーズデンキの新店舗告知のテレビCM原版(新店舗名部分が空白の原版)について、被告アドックが無断で当該原版を使用して新たに新店舗告知のテレビCM原版(新店舗名を挿入した完成版)を制作し、そのプリント(CM原版のコピー)を作成した旨主張し、また、原告が制作した新店舗告知のテレビCM原版(上記と同様の完成版)について、被告アドックが無断でそのプリントを作成した旨主張し、著作権侵害(新店舗名部分が空白の原版の複製権侵害)を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求として、原告の利益相当額604万5500円(附帯請求として内金134万3000円〔CM原版5本65万円及びプリント42本69万3000円〕に対する訴状送達の日の翌日である平成20年11月1日から、内金470万2500円〔プリント285本470万2500円〕に対する訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成21年1月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めるとともに、<イ>原告が制作したブルボンの商品告知のテレビCM原版について、被告アドックが無断でそのプリントを作成した旨主張し、著作権侵害(当該テレビCM原版の複製権侵害)を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求として、原告の利益相当額300万3000円(附帯請求として訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成21年1月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求め(第1事件)、A原告の取締役であった被告Aに対し、上記@の著作権侵害を被告アドックと共同して行ったなどと主張して、不法行為又は債務不履行(取締役としての善管注意義務・忠実義務違反)に基づく損害賠償請求として、904万8500円(附帯請求として訴状送達の日の翌日である平成21年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた(第2事件)事案である。
1 前提事実
 以下、証拠(特に掲記がない限り枝番号を含む。)等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。
(1) 原告
 原告は、著作物の企画製作並びに出版、映像物並びに演劇の企画製作、配給及び興行、広告代理業を業とする株式会社である。
(2) 被告ら及び関係者
ア 被告アドック
 被告アドックは、各種広告企画、制作及びその販売、広告代理業を業とする株式会社である。
イ 被告A
 被告Aは、平成12年9月、原告に従業員として入社し、プロデューサーの職務に従事していた。被告Aは、平成17年9月、原告の取締役に就任し、平成20年3月20日、原告を退職するとともに、原告の取締役を退任した。
ウ B
 Bは、電通に入社後、制作部門のクリエイティブ・ディレクターとして、広告制作の企画・制作全般を統括指揮する業務に従事していた。Bは、平成15年6月、電通を早期退職し、フリーのクリエイティブ・ディレクターとして独立し、平成17年1月、被告アドックの監査役に就任した。
(乙21、当裁判所に顕著)
(3) 本件に関するテレビCM原版の制作とプリントの作成
ア ケーズデンキ関係
(ア) ケーズデンキの新店舗告知のテレビCM原版(新店舗名部分が空白の原版。以下「本件ケーズCM原版」という。)は、平成18年6月ころ、ケーズデンキの企業告知のテレビCM原版と併せて制作された。
(甲2の2、2の3、甲4、5、20、乙21、23)
(イ) 被告アドックは、別紙1記載のとおり、平成20年2月から同年6月までの間、本件ケーズCM原版を使用し、新たに店舗名を挿入して、新店舗告知のテレビCM原版( 以下「本件ケーズ新CM原版」という。)を制作した。また、被告アドックは、本件ケーズ新CM原版について、別紙1記載のとおり、合計42本のプリント(CM原版のコピー)を作成した。
(甲6、20、乙21、23、丙2、弁論の全趣旨)
(ウ) 別紙2記載のとおり、平成18年10月から平成20年1月までの間、本件ケーズCM原版を使用し、新たに店舗名を挿入して、新店舗告知のテレビCM原版(以下「本件ケーズ旧CM原版」という。)が制作された。被告アドックは、別紙2記載のとおり、本件ケーズ旧CM原版について、合計285本のプリントを作成した。他方で、原告は、別紙2記載のとおり、本件ケーズ旧CM原版について、合計49本のプリントを作成した。
(甲5、6、10、11、乙8、17、21、23、丙2、弁論の全趣旨)
イ ブルボン関係
 別紙3記載のとおり、平成19年6月から平成20年3月までの間、ブルボンの商品告知のテレビCM原版(以下「本件ブルボンCM原版」という。また、上記ア(ア)の本件ケーズCM原版と併せて「本件各CM原版」という。)が制作された。被告アドックは、別紙3記載のとおり、本件ブルボンCM原版について、合計182本のプリントを作成した。他方で、原告は、別紙3記載のとおり、本件ブルボンCM原版について、合計128本のプリントを作成した。
(甲12〜14、30、乙19、21、23、丙2、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 本件各CM原版の著作権の帰属
(2) 被告らの損害賠償責任の成否(原告の同意の有無等を含む。)
ア 被告アドックの不法行為に基づく損害賠償責任の成否
イ 被告Aの不法行為又は債務不履行(取締役としての善管注意義務・忠実義務違反)に基づく損害賠償責任の成否
(3) 損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件各CM原版の著作権の帰属(争点(1))について
(原告の主張)
ア 共同著作物
 本件各CM原版はテレビCMであって、著作権法の映画の著作物に関する規定とは別に著作者、著作権者を決定すべきである。
(ア) 原告は、電通から、本件ケーズCM原版の制作を請け負い、平成18年6月20日、本件ケーズCM原版を制作した。また、同様に、原告は、電通から、平成17年11月9以降、本件ブルボンCM原版の制作を請け負い、本件ブルボンCM原版を制作した。
(イ) 原告は、本件各CM原版について、CM制作にかかわる全ての事項を請け負い、各作業を業者に注文する形態を取った。具体的には、企画を決定し、監督を選定し、映像化作業(撮影、美術、編集)を行った。費用に関しては、企画段階において決定された金額(CM制作に係る全ての費用からタレントに要する費用を除いたもの)に基づき、原告が電通に対して請求書を発送し、その金額が電通から支払われた後、各業者に費用の支払いを行った。
(ウ) 一般的に、CMの著作権に関しては、広告主、広告会社、制作会社(原告)の共同著作物であり、これら三者の共有であると考えられている。
イ 職務著作
 仮に、本件各CM原版が映画の著作物であるとしても、本件各CM原版は職務著作(著作権法15条)として制作されたものであり、著作権法16条ただし書により原告が著作者となり、著作権者となる。
(ア) 本件各CM原版は、法人である原告が、電通から注文を受け、創作に関する最終的な意思決定が原告の下で行われることを前提に制作されており、被告Aら個人の発意に基づくものではなく、原告の発意に基づくものである。
(イ) 原告は、CM制作会社であり、被告Aらが原告の職務上本件各CM原版を作成していることは明らかである。
(ウ) 公表に関しては、対外的に誰が著作者であるかを明確にするため、又は、従業者が法人等に著作権があることを前提に創作活動に参画していることを明らかにする徴表として意味合いを持たせるため、要件とされていると考えられる。
 そうであれば、「公表」は、誰が著作者となるのかに関して、利害関係を有する者の範囲で明らかにされれば足りるというべきであり、誰が著作者かに関して特に利害関係のないテレビ視聴者に公表する必要はないと考えられる。
 これを前提に、本件各CM原版をみると、甲5号証のように、制作された原版のクレジットには、従業者個人ではなく、原告の名称が制作会社名欄に記載されているから、誰が著作者となるのかに関し、利害関係を有する者の範囲で明らかにされ、従業者も法人等の著作権があることを前提に創作活動に参画していることを読み取ることできる。
 以上から、本件各CM原版について公表の要件を充足していると考えられる。
(エ) 本件各CM原版の制作時の契約や勤務規則により別段の定めがされた事実はない。
(オ) 以上のとおり、本件各CM原版の著作者は原告である。
ウ 映画の著作物の著作権の帰属
 仮に、本件各CM原版が映画の著作物であり、その制作が職務著作ではないとしても、原告は、著作権法29条1項に定める映画製作者であって、著作権者となる。
(ア) 本件各CM原版に関し、CM制作に必要なコンテ、企画案、監督、撮影、照明、美術、編集等のスタッフや企業と契約しているのは原告であるから、その製作に関する経済的な収入及び支出の主体となっているのは原告である。さらに、原告は、CMを完成させる義務を負い、その制作に当たり生じた事故や遅延などについても責任を負担している。
 したがって、著作権法29条1項を本件に適用する場合、映画製作者であり得るのは原告のみである
(イ) 著作権法29条1項の参加約束については、電通関係者、原告関係者、被告アドック関係者が本件各CM原版の製作に参加しているという認識を有していたものと思われるため、同条項により、映画製作者である原告に著作権が帰属することとなる。
(ウ) 以上のとおり、本件各CM原版の著作権は原告に帰属する。
(被告アドックの主張)
ア 原告の主張に対する認否
 原告の主張はいずれも否認する。
イ 共同著作物について
 本件各CM原版の著作権の帰属については、著作権法の映画の著作物についての規定が適用されるとみるべきであるが、仮に、そうでないとした場合には、被告アドックが広告主・電通とともに共同著作権者となる。
(ア) 本件各CM原版は、被告アドックが電通からCM制作全体の発注を受け、「企画」までを被告アドックが行い、「制作」を担当する会社として原告を選定して「制作」作業を原告に請け負わせたものである。
(イ) 被告アドックのBは、本件各CM原版の作成に、企画段階、撮影段階、編集段階と一貫して、これを現場で統括指揮し、クリエイティブ・ディレクターとしてその作成に携わったのであるから、被告アドックが広告主・電通とともに、本件各CM原版の共同著作権者である。
ウ 職務著作について
 本件各CM原版は映画の著作物であり、かつ、職務著作ではないから、著作権法16条ただし書の規定は適用されない。
(ア) 本件各CM原版は、広告主と電通が原初的企画をし、被告アドック(の担当者)が著作物の内容を全体的に具体化するための創作行為として企画し、被告アドックが現場制作を原告に注文し、被告アドックの担当者の指揮のもとで原告の従業員や監督などの請負人が制作作業を行ったものである。この構造をみると、原告は制作契約における「下」請負人であって「発意」者ではない。
(イ) 本件では、監督ほかの創作行為者は、「原告の業務に従事する者」として「職務上」作成したものでもない。「業務に従事する者」の要件は、指揮命令下にあれば、雇用関係だけではなく請負関係も含むとされるが、原告と監督、撮影等の「著作物の全体的形成に創作的に寄与」した者は指揮命令関係がない請負関係に立つのであって、その点でも職務著作の要件を欠く。
(ウ) 公表要件に関する規定の制度趣旨は、著作における創作行為者の保護のために、著作物が公表されるに当たって、法人等の指揮命令下にあって創作行為を行う従業員等においてその著作物が発意者たる法人等の名義で公表されることを認識している場合に限る、という要件を付したものと解される。本件では、従業員ら(請負人も多い)は、本件各CM原版が制作(下)請負会社である原告名義で公表されるものとは認識しておらず、この点でも原告の職務著作である要件を欠く。
(エ) 原版のクレジットは、編集スタジオが作成する便宜的メモであり、当該クレジットへの記載をもって本件各CM原版が原告名義で公表されているものとみなすことはできない。また、クレジットの表示を客観的にみても、広告主以下の関係者の羅列において原告の社名が「制作会社」の欄に表示されているだけであり、これをもって「原告の名義の下に公表」されているとみなすことは不可能である。
(オ) 以上のとおり、本件各CM原版は原告の職務著作ではない。また、「職務著作」性の要件をみたす法人等が存するわけでもない。自己の名義で公表するという要件を充足する可能性があるのは広告主であろうが(広告主の広告として放送されるからである)、本件においては、広告主は個々の創作行為者との関係で、指揮監督をする「使用者」の地位になく、個々の創作行為者も広告主の「業務に従事して職務上作成」しているわけではないからである。
エ 映画の著作物の著作権の帰属について
 本件各CM原版は映画の著作物であり、その著作権者は著作権法29条1項により広告主(主位的主張)又は被告アドック(予備的主張)であり、原告に著作権が帰属することはない。
(ア) 主位的主張
a 映画の著作物に該当するための要件として、@表現方法の要件(映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されていること)、A存在形式の要件(物に固定されていること)、B内容の要件(著作物であること)がある。
 本件各CM原版は、@テレビ局が放送し、視聴者がテレビの上に影像を顕出することが予定され、影像が動きをもつて見えるという効果を生じさせており、A原版と呼ばれるビデオテープの上に固定された、B著作物であるから、上記各要件を満たしている。
b 本件各CM原版は、広告主が電通に製作を依頼し、電通の依頼に基づいて製作されたものである。金銭の流れでいえば、製作費用は、広告主が一括して電通に支払い、電通が原告・被告・出演したタレント等にそれぞれ支払っている。また、最終的に完成した原版をテレビ放映に使用するか否かを決定するのは、広告主である。
 本件各CM原版の製作は、広告主が発意して電通にその製作を依頼したものである。さらに、膨大ともいえる製作費用は、全額広告主が負担している。広告主は、CMがテレビ放映されることによる利益を享受するとともに、危険も負担している。CMがテレビ放映され、営業成績が伸長すれば利益を享受し、営業成績が芳しくなければCM製作に投じた費用が無駄になるという危険を負担している。
 本件各CM原版の製作状況からすれば、本件原版の映画製作者は、広告主である。
c 本件各CM原版は広告主のCMであるが、電通の関係者、原告の関係者、被告アドックの関係者のいずれもが、本件各CM原版の製作に参加しているとの認識があったであろうことは容易に推認できる。
 以上のとおり、本件各CM原版の著作権者は広告主のみである。
(イ) 予備的主張
a 本件各CM原版の制作については、被告アドックの社員であるディレクターやデザイナーらが中心となってCM制作の核である「企画」部分を担当し、絵コンテを制作、被告アドック(B)がクリエイティブ・ディレクターとして制作全般について「企画」どおりに「制作」が行われるよう管理・監督を行っていたのであるから、「全体的形成に創作的に寄与した者」とは、被告アドックの社員らやBであるため、著作者は被告となる。
b 原告(原告の取締役プロデューサーであった被告A)は、被告アドックが作成した「企画」に沿い被告の監督の下で撮影等を行い、予算管理を行っていたにすぎず、CM制作について全体的形成に創作的に寄与した者とはいえないため、被告Aを雇用していた原告も著作者とはなり得ない。
c 被告Aが著作物の全体的形成に創作的に寄与した者といい得る役割を果たしていたとしても、被告Aは原告を代表する立場で被告アドックのCM制作に参加していたのであるから、著作者は原告であっても(著作権法16条)、著作権は被告アドックにある(同法29条)。
(被告Aの主張)
ア 原告の主張に対する認否
 原告の主張はいずれも否認する。
イ 共同著作物について
(ア) 本件各CM原版は、被告アドックが電通から請け負い、現場制作作業を原告に注文したものである。
(イ) 上記(被告アドックの主張)イ(イ)と同じ。
ウ 職務著作について
 上記(被告アドックの主張)ウと同じ。
エ 映画の著作物の著作権の帰属について
 上記(被告アドックの主張)ウ(ア)と同じ。
(2) 被告らの損害賠償責任の成否(争点(2))について
ア 被告アドックの不法行為に基づく損害賠償責任の成否(争点(2)ア)について
(原告の主張)
(ア) ケーズデンキ関係の著作権侵害
 本件ケーズCM原版は、広告主、広告会社、原告の共同著作物(共有)であり、共有者全員の合意によらなければ行使できないところ(著作権法65条2項)、被告アドックは、原告に無断で、本件ケーズCM原版を使用し、新たに店舗名を挿入し、本件ケーズ新CM原版を5本制作して本件ケーズCM原版の著作権(複製権)を侵害し、本件ケーズ新CM原版について、別紙1記載のとおり、合計42本のプリントを作成(無断複製)した。また、被告アドックは、原告に無断で、別紙2記載のとおり、本件ケーズ旧CM原版について、合計285本のプリントを作成した。
 仮にそうでないとしても、原告は職務著作又は映画の著作物の製作者として本件ケーズCM原版の著作権を有するから、被告アドックが原告に無断で本件ケーズ新CM原版5本及び合計327本のプリントを作成したことは、原告の著作権(複製権)を侵害する。
(イ) ブルボン関係の著作権侵害
 本件ブルボンCM原版は、広告主、広告会社、原告の共同著作物(共有)であり、共有者全員の合意によらなければ行使できないところ、被告アドックは、原告に無断で、別紙3記載のとおり、本件ブルボンCM原版について、合計182本のプリントを作成した。
 仮にそうでないとしても、原告は職務著作又は映画の著作物の製作者として本件ブルボンCM原版の著作権を有するから、被告アドックが原告に無断で合計182本のプリントを作成したことは、原告の著作権(複製権)を侵害する。
(ウ) 被告アドックの主張について
a 被告アドックの主張に対する認否
 被告アドックの主張(イ)〜(エ)はいずれも否認する。
b 著作権法65条3項について
 原告には、被告が本件各CM原版を使用してプリントを作成することにつき、同意を拒む「正当な理由」がある(著作権法65条3項)。
 CM制作の慣例上、制作会社は、制作したCM原版を保管し、広告主・代理店においてプリントが必要となる場合には、制作会社にプリント代を支払ってプリントの作成を依頼することとなっている。専らCM制作においては広告主の予算の関係で、制作会社はCM制作に関しては十分な利益をとれない形で受注する場合が多い。このような形で受注しても、後に必ず発生するプリント代金の支払により、その補てんを図れるからである。これを何らの対価もなく奪われることは制作会社にとって大きな損失となるのであるから、原告は、原告に対価が支払われることなく本件各CM原版が使用されることについて、同意を拒む「正当な理由」を有するといえる。
(被告アドックの主張)
(ア) 原告の主張に対する認否
 原告の主張(ア)及び(イ)はいずれも否認する。
(イ) 原告の同意
a 被告アドックは、本件ケーズ新CM原版制作及びプリント作成について、原告に無断で行ったことはない。仮に、原告が本件各CM原版の共同著作権者であったとしても原告の同意を得ている。
b 原告は、本件ケーズCM原版が新店舗告知CM(店舗名入り)の一材料であることを認識し、被告アドックが本件ケーズCM原版を一材料として、本件ケーズ新CM原版を作成することも認識していたから、原告と被告アドックとの間で、被告アドックが本件ケーズCM原版を使用して、本件ケーズ新CM原版を制作することについての包括的な合意があった。
c 本件で広告主が電通を通じて最初に制作会社に依頼したのは、テレビで放映することを目的としたCM原版の作成であるから、原版を作成後、テレビで放映するために、広告主がこれをプリントすることは当然に予定されている。そのため、電通と被告アドックとの間の原版制作契約、被告アドックと原告との間の下請契約には、広告主が原版のプリントを行うことの合意も含まれているものと解すべきである。
 仮に、原告が電通と直接に原版制作契約を締結していたとしても、その原版制作契約には、広告主が原版のプリントを行うことの合意も含まれているものと解すべきである。
(ウ) 被告Aの同意
a 原告の同意が認められないとしても、被告Aは、被告アドックに対し、本件ケーズ新CM原版制作及びプリント作成について同意していた。
 CM制作に関していえば、CM制作は映像・編集・録音といった作業であるが、これには人員、機材、場所等を必要とし、それらを使うには当然支払うべき費用が発生するし、受領すべき対価が発生する。CM制作完了後も、制作に派生して、完成したCMの編集作業や完成したCMのプリント代が発生することはCM制作を請け負った当初から予定されている。
 被告Aが原告から本件各CM原版の制作を任されていた以上、被告Aは本件各CM原版に関する一切の裁判外の行為をする権限があった(会社法14条1項)。
b 仮に、原告が被告Aに対して、CM制作に関する行為のうち金銭交渉に関する権限を制限していたとしても、被告アドックは、担当プロデューサーである被告AにCM制作に関する一切の行為をする権限があると考えて、取引を行っていたのであるから、善意の第三者として保護されるべきである(会社法14条2項)。
c また、会社法14条2項の適用がないとしても、原告が被告Aに対してCM制作自体やそれに伴う人員、機材、スタジオ等の手配を包括的に委任していたことは確実であるから、被告アドックがCMの編集やプリント代の分配が被告Aの権限の範囲内の行為であると信じたことにつき過失はなく、民法110条によって保護されるべきである。
(エ) 著作権法65条3項
 著作権法65条3項によれば、広告主・電通がプリントを行おうとした場合、原告は、正当な理由がない限り、プリントの同意を拒むことができない。本件では、広告主・電通がプリントを発注したのは、原版の当初からの作成目的であるCMに使用するためであるから、原告にプリントを拒否する「正当な理由」があったとは考えられないのであり、著作権侵害に当たらない。
イ 被告Aの不法行為又は債務不履行(取締役としての善管注意義務・忠実義務違反)に基づく損害賠償責任の成否(争点(2)イ)について
(原告の主張)
(ア) 著作権侵害
 上記ア(原告の主張)(ア)及び(イ)と同じ。
(イ) 被告Aの責任
 被告Aは、本件各CM原版の(共同)著作権が原告に帰属していることを知りながら、著作権者ではない被告アドックと共同してこれを侵害し、原告に損害を与えたものである。仮に、被告Aが、原告に著作権がない、又は被告アドックに著作権があると誤信していたとしても、8年にわたりCM制作業界に携わりかつ原告の取締役として本件各CM原版の制作に当初からかかわっていた以上、その誤信には重大な過失があるといわざるを得えないから、被告Aは、不法行為責任があり、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反し、債務不履行責任がある。
 また、被告Aの行為は、電通から依頼のあった仕事として原告において処理し代金を受け得る状況であったものを、原告に秘して、被告アドックに仕事を横流しすることによって、原告に損害を与えたものであり、かかる観点からは、著作権侵害とは離れた視点から考えても、善管注意義務・忠実義務違反があるものといえる。
(ウ) 被告Aの主張について
 被告Aの主張(イ)はいずれも否認する。
(被告Aの主張)
(ア) 原告の主張に対する認否
 原告の主張(ア)及び(イ)はいずれも否認する。
(イ) 原告の同意
a 本件ケーズ新CM原版制作
(a) 原告は、本件ケーズCM原版について、現場制作作業の請負人であり、CM制作の元請負人は被告アドックだったのであるから、被告アドックが単独で個々の新店舗告知CMを作成することが予定されていた請負契約であった。本件ケーズ旧CM原版は、原告(のプロデューサーである被告A)の立会いのもとで、被告アドックが中心となって完成された。しかし、被告アドックは、平成20年2月、個々の新店舗告知CM作成について原告の立会いを求めなくなったため、被告Aは、原告代表者に対し、その旨を報告した。
(b) 上記ア(被告アドックの主張)(イ)bと同じ。
b プリント作成
 本件において、プリント代金については制作元請負人被告アドックの担当者と現場制作作業請負人であった原告の担当者(プロデューサーであった被告A)との話し合いで決定されていた。被告Aは、平成18年10月、原告代表者に対し、被告アドックからプリント代金の分配の要求があった旨を報告し、了承を得ている。
c 小括
 以上のとおり、仮に原告が本件各CM原版の(共同)著作権を有しているとしても、被告アドックはそれを侵害していないし、損害も与えていないから、被告Aの責任を問う前提自体がない。
(3) 損害額(争点(3))について
(原告の主張)
ア ケーズ関係の損害
 被告アドックが制作した本件ケーズ新CM原版5本について、原告の利益は1本当たり平均して13万円であるから、原告に生じた損害は65万円である。
 被告アドックが作成した本件ケーズ新CM原版のプリント42本及び本件ケーズ旧CM原版のプリント285本の合計327本のプリントについて、原告の利益は1本当たり1万6500円を下ることがないから、原告に生じた損害は539万5500円である。
イ ブルボン関係の損害
 被告アドックが作成した本件ブルボンCM原版のプリント182本について、原告の利益は1本当たり1万6500円を下ることがないから、原告に生じた損害は300万3000円である。
ウ 合計
 以上のとおり、原告の損害は904万8500円である。
(被告アドックの主張)
 原告の主張はいずれも否認する。
(被告Aの主張)
 原告の主張はいずれも否認する。
第3 当裁判所の判断
 後掲の証拠(特に掲記しない限り枝番号を含む。)等によれば、下記1及び2(1)〜(3)の各事実がそれぞれ認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。
1 本件各CM原版制作の特徴について
 本件各CM原版を制作するについては、クライアントである広告主(ケーズデンキ及びブルボン)の希望が重視され、広告代理店は、制作開始当初に広告主との間で会議を開催し、そこで広告主からの制作内容についての希望を聞き、それに基づいて企画内容を検討している。また、企画内容を定めるに当たっては、CMの成功が起用するタレントによって大きく左右されるため、タレントとして誰を採用するか、採用を決定したタレントについてその所属事務所に対し、CMの企画内容を説明してその了解をとることが重要な作業として位置付けられていた(甲20、乙21)。そして、企画内容が確定し、タレントの所属事務所が了解した段階で、演出コンテを基に広告代理店(電通)で会議が開催され、広告代理店の了解を得て、制作費が決定され、原版作成作業(撮影作業)が開始されることになった(乙21)。
 このように、本件各CM原版という著作物を制作するに当たっては、特に、広告主の意向が重視され、その意向を基に原版制作作業が進められているから、広告主の意向を把握した上で、原版制作作業を指揮できる立場にある者の役割が重要であり、また、CMの成否に影響を与えるタレントの手配、広告代理店への説明によりCM制作費の決定を得る手続を行う者の役割も重要であった。したがって、このような役割を一貫して担う者があれば、その者がCM原版の制作、その内容決定に当たっても主導的な役割を果たすものとして作業が進められていった。
2 本件各CM原版の制作等について
(1) 本件に至る経緯
ア Bは、電通に勤務していた平成7年以来、クリエイティブ・ディレクターとしてブルボンのテレビCMを担当していた。Bは、平成15年6月30日に電通を退職し、フリーのクリエイティブ・ディレクターとして活動するようになったが、ブルボンの広告戦略を熟知していることや、ブルボンとの信頼関係も形成されていたことから、退職後も電通から引き続きブルボンのテレビCMのクリエイティブ・ディレクターを依頼されていた。Bは、ブルボンのテレビCMについて、企画・制作を指揮するとともに、撮影、編集等を担当する制作会社を独自の判断で選定しており、平成15年12月から平成16年7月まではイフワークス、同年11月から平成17年3月まではシフトに担当させていた。
(前提事実(1)ウ、乙8、21、22)
イ Bは、平成17年1月、被告アドックの監査役に就任した。
(前提事実(1)ウ)
ウ Bは、平成17年5月ころ、ケーズデンキのCM制作について、電通を通じ、ケーズデンキに対してプレゼンテーションを行う機会を得た。その際、Bは、知人であった原告代表者に対し、プレゼンテーション案の作成を手伝うように求め、被告A(原告のプロデューサーであって原告の制作責任者)らがプレゼンテーション案の作成に関与した。しかし、原告の関係者はプレゼンテーションに参加することはなく、電通がケーズデンキからCM制作を受注することはできなかった。プレゼンテーションに関する費用は、被告アドックが電通に対してスポット制作費名目で63万円を請求して支払を受け、原告が被告アドックに対してプレゼン費名目で42万円を請求して支払を受けた。
(甲20、27、乙9、14、15、21、原告代表者本人、被告A本人)
(2) 本件ケーズデンキ関係
ア Bは、平成18年ころ、ケーズデンキが制作を希望するCMの内容を電通に伝えるためのオリエンテーションに参加し、このオリエンテーションに基づいて、CMのコンセプトを定め、出演タレントとしてドリフターズを起用することを決定した。Bは、被告Aに対し、ケーズデンキに対するプレゼンテーションのために、絵コンテ作業を指示するとともに、制作予算を作成した。Bは、絵コンテ作業を指揮して絵コンテを完成させた後、ケーズデンキ本社において、電通の部長(C)及びマーケッターとともに、プレゼンテーションを行い、電通はケーズデンキのCM制作を受注した。原告は、上記オリエンテーションに参加することはなかった。
(甲17、乙10、21、22、被告A本人)
イ Bは、電通の部長及びキャスティング部門の担当者とともに、タレントの所属事務所に絵コンテを持参し、撮影内容を説明した上で、タレントのCM出演の了解を得た。また、Bは、電通のミーティング(プリ・プロダクション・ミーティング)に参加し、当該ミーティングにおいて制作予算及びCM制作の進行予定が確定された。この会議にも原告は参加することはなかった。Bは、CMの撮影に際し、現場において撮影作業を指揮するとともに、CMの編集に終始立ち会い、編集作業を指揮し、最終編集に立ち会った広告主、電通の部長らに対して最終編集の説明を行った。この間、被告Aは、原告のプロデューサーとして、撮影、編集等について、予算管理、スケジュール管理、スタッフの選択・手配等に携わった。以上の経過を経て、本件ケーズCM原版及び企業告知のテレビCM原版が平成18年6月ころ完成した。
(甲2の2、2の3、甲4、5、17、20、27、乙8、10、12、21〜23、丙2、原告代表者本人、被告A本人)
ウ 原告は、上記イのとおり、本件ケーズCM原版及び企業告知のテレビCM原版の撮影作業について、予算管理、スケジュール管理、スタッフの選択手配等の役割を担っていたため、平成18年7月、Bの指示により、電通に対し、制作費名目で2877万円を請求して支払を受け、その中からBに対してクリエイティブ・ディレクター費を支払ったほか、企画費、制作準備費、スタッフ費、撮影機材費、美術費、スタジオ費、編集費等を支払った。他方で、被告アドックは、電通に対し、カンプ・コンテ費名目で126万円を請求して支払を受けた。なお、原告は、同時期に、電通に対し、ケーズデンキの企業告知のテレビCM原版のプリント代金約169万円を請求して支払を受けた。
(甲1〜3、17、22、23、乙1、21、23、丙2、原告代表者本人、被告A本人)
エ 本件ケーズ旧CM原版は、平成18年10月から平成20年1月までの間、Bの指揮において制作され、被告Aは、声優リストの提出、編集室の手配等を行った。本件ケーズ旧CM原版では、被告アドックが電通に対して制作費名目で請求して支払を受け、原告が被告アドックに対して制作費名目で請求して支払を受けていた(例えば、平成18年10月には、被告アドックの電通に対する請求額は約154万円であり、原告の被告アドックに対する請求額は約94万円であった〔乙17の1のア及びイ〕。)。また、原告は、本件ケーズ旧CM原版について、被告アドックを通じ、電通からプリント49本の代金支払を受けたのに対し、被告アドックは、電通から285本の代金支払を受けた。
(甲5〜7、9〜11、20、乙17、21、23、丙2、原告代表者本人、被告A本人、弁論の全趣旨)
(3) 本件ブルボン関係
ア Bは、平成17年11月以降、ブルボンのテレビCMについて、撮影、編集等を担当する制作会社に原告を選定した。原告は、Bの指示により、電通に対し、制作費名目で請求して支払を受け、他方で、被告アドックは、電通に対し、制作費又はカンプ・コンテ費名目で請求して支払を受けていた(例えば、平成17年11月には、原告の電通に対する請求額は約2971万円であり、被告アドックの電通に対する請求額は約117万円であった〔甲24の1、24の2、乙16の1、16の2〕。)。しかし、平成19年2月以降、被告アドックが電通に対して制作費名目で請求して支払を受け、原告が被告アドックに対して制作費名目で請求して支払を受けるようになった(例えば、同月には、被告アドックの電通に対する請求額は約1841万円であり、原告の被告アドックに対する請求額は約1354万円であった〔乙18の1、18の2〕。)。また、原告は、そのころまでは、電通に対し、プリント代金を請求して支払を受けていた。
(甲16、24、乙16、18、21、23、丙2、原告代表者本人、被告A本人、弁論の全趣旨)
イ Bは、平成19年6月から平成20年3月までの間、本件ブルボンCM原版について、その企画・制作を指揮し、被告Aは、原告のプロデューサーとして、撮影、編集等について、予算管理、スケジュール管理、スタッフの選択・手配等に携わった。本件ブルボンCM原版では、被告アドックが電通に対して制作費名目で請求して支払を受け、原告が被告アドックに対して制作費名目で請求して支払を受けた(原告の被告アドックに対する請求額は、平成19年6月約1858万円、同年11月約1396万円及び平成20年3月約1417万円であった〔甲30〕。なお、被告アドックの電通に対する同月の請求額は1869 万円であった〔乙19 の3〕。)。この中から、原告は、企画費、制作準備費、スタッフ費、撮影機材費、美術費、スタジオ費、編集費等を支払った。また、原告は、本件ブルボンCM原版について、被告アドックを通じ、電通からプリント128本の代金支払を受けたのに対し、被告アドックは、電通から182本の代金支払を受けた。
(甲12〜14、20、27、30〜33、乙8、19、21、23、丙2、証人D、原告代表者本人、弁論の全趣旨)
(4) 事実認定の補足説明
 CM制作におけるBの役割について、その事実認定を補足説明するに、S作成の陳述書(甲18)では、Bの役割について、具体的な作業は広告主に対するプレゼンテーションや最終的なチェックにすぎず、総合的に指揮するようなことは一切なかった旨が供述され、原告代表者作成の陳述書(甲20、27)でも、クリエイティブ・ディレクターは広告代理店の制作責任者というような地位で制作を総指揮するような立場ではない旨が供述されている。しかしながら、上記各陳述書では、B以外に誰がCM制作を総合的に指揮していたかについて全く供述がされていない上、原告のプロデューサーとして原告の制作責任者(甲27参照)であった被告Aがそのような役割をしたことも認められないのであるから(被告A自らそのような役割をしていないことを供述する〔乙8、丙2、被告A本人〕。)、上記のS及び原告代表者の供述は容易に採用することができない。
 これに対し、B作成の陳述書(乙21)は、特に本件ケーズCM原版(及びケーズデンキの企業告知のテレビCM原版)について、その企画から完成に至るまでの制作過程を具体的に供述するものであって、他の関係証拠とも特段の矛盾のないものであるから、これを採用して、上記のとおり認定するのが相当である。
3 本件各CM原版の著作権の帰属(争点(1))について
(1) 本件ケーズCM原版について
ア まず、本件ケーズCM原版が映画の著作物であるかについて検討するに、本件ケーズCM原版は、テレビCMの原版(新店舗名部分が空白の原版)であり、これを使用して新たなテレビCM(新店舗名を挿入した完成版)の制作ができるものであって(前提事実(3)ア)、新店舗名部分の挿入がなくともそれ自体で特徴のある表現を有するものと認められること(甲5)に照らすと、映像が動きをもって見えるという効果を生じさせる方法で表現され、ビデオテープ等に固定されており、創作性を有すると認めるのが相当である。
 そうすると、本件ケーズCM原版は、映画の効果に類似する視覚的又は視聴的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物であるから、映画の著作物(著作権法2条3項)であると認められる。
 原告は、本件ケーズCM原版については、映画の著作物についての著作権法の規定とは別個に著作者及び著作権者が決定されるべきであるとし、本件CM原版は原告、広告主、広告代理店の共同著作物であると主張するが、上記のとおり映画の著作物と認められる本件ケーズCM原版については、映画の著作物に関する規定に基づいて著作者、著作権者を認定するのが相当であって、原告の主張は採用することができない。
イ そこで、本件ケーズCM原版の著作者について検討するに、Bは、本件ケーズCM原版において、その全制作過程に関与し、CMのコンセプトを定め、出演タレントを決定するとともに、CM全体の予算を策定し、撮影・編集作業の指示を行っていたのであるから(前記2(2)ア及びイ)、映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者(著作権法16条本文)として、本件ケーズCM原版の著作者と認めるのが相当である。
 原告は、本件ケーズCM原版の制作は、職務著作(著作権法15条)であって、著作権法16条ただし書により原告が著作者となると主張するが、Bが原告の業務に従事する者とは認められないから、原告の主張を採用することはできない。また、本件ケーズCM原版は、テレビCMとして放映されることによって公表されたものであると推認されるところ(公表については著作権法4条1項参照)、テレビCMの放映では広告主の商号等が示されることがあっても広告代理店や制作会社の商号等が示されることはないのが通常であることに照らすと、本件各CM原版が原告名義の下に公表されたものであったとは認められないから、この点においても上記主張は理由がない。
 なお、Bは、被告アドックの監査役である(前記2(1)イ)ものの、被告アドックの業務に従事する従業員等であるとは認められないから、被告アドックが職務著作により本件ケーズCM原版の著作者であるということもできない。
ウ 続いて、本件ケーズCM原版の著作権の帰属について検討する。
(ア) 著作権法29条1項は、映画の著作物の著作権(著作者人格権を除く。)は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属すると定めている。
 そして、映画製作者の定義である「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」(著作権法2条1項10号)とは、その文言と著作権法29条1項の立法趣旨からみて、映画の著作物を製作する意思を有し、当該著作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であって、そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者であると解するのが相当である。
(イ) これを本件についてみるに、本件ケーズCM原版について、その製作する意思を有する(発意)主体としては、広告代理店である電通か、広告主であるケーズデンキであると考えられる。
 原告は、本件ケーズCM原版について、CM制作に必要なコンテ、企画案、監督、撮影、照明、美術、編集等のスタッフや企業と契約しているのは原告であり、その製作に関する経済的な収入及び支出の主体となっているのも原告であり、原告は著作権法29条1項の映画製作者であると主張する。
 確かに、前記2(2)ウのとおり、原告は、電通から、被告アドックよりも多額の支払を受けており、制作作業を担当する者を手配し、その支払を電通から受ける窓口となっていたことが認められる。したがって、被告アドックとの対比でみる限り、原告が中心的役割を担っていたようにも見える。
 しかし、その支払内容の明細を見ると、原告の支払の大半を占めるのは、撮影、編集関係の費用である(甲17、22)。前記CM原版制作の特徴に照らせば、CM原版制作に当たっては、広告主の意向を反映して企画案を練り、出演するタレントを確保し、最終的に広告会社から確定した企画の了承を得て、制作費を確定させるまでの作業が重要な意味を持ち、そこまでの作業に比較すれば、その後の、撮影、編集の具体的作業が寄与する程度は、相対的に低いものといわざるを得ない。
 そうすると、原告は、本件ケーズCM原版制作の全体についてこれを請け負って作業をしていたと認められず、その製作過程の部分的な関与にとどまるのであって、原告が本件ケーズCM原版作成について、相対的に比重の低い撮影、編集作業について、電通からの支払の窓口となっていたからといって、本件ケーズCM原版の映画製作者であるということはできない。
(ウ) したがって、原告が本件ケーズCM原版の著作権を有するとは認められない。
(2) 本件ブルボンCM原版について
ア 本件ブルボンCM原版は、テレビCMであって、そのプリント(テレビCM原版のコピー)ができるものであったこと(前提事実(3)イ)に照らすと、映像が動きをもって見えるという効果を生じさせる方法で表現され、ビデオテープ等に固定され、創作性を有していると認めるのが相当である。
 そうすると、本件ブルボンCM原版は、映画の効果に類似する視覚的又は視聴的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物であるから、映画の著作物(著作権法2条3項)であると認められる。
 なお、上記(1)アと同様に、上記のとおり映画の著作物と認められる本件ブルボンCM原版については、映画の著作物に関する規定に基づいて著作者、著作権者を認定するのが相当である。
イ そこで、本件ブルボンCM原版の著作者について検討するに、Bは、電通に勤務していた平成7年からブルボンのCM制作を担当し、撮影、編集等を担当する制作会社の選定を行い、本件ブルボンCM原版についても企画・制作を指揮していたのであるから(前記2(1)ア及び(3))、映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者(著作権法16条本文)として、本件ブルボンCM原版の著作者と認めるのが相当である。
 なお、上記(1)イと同様に、原告又は被告アドックが職務著作により本件ブルボンCM原版の著作者であるということはできない。
ウ 続いて、本件ブルボンCM原版の著作権の帰属について検討するに、上記(1)ウ(ア)のとおり、映画製作者とは、映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者である。
 これを本件についてみるに、本件ブルボンCM原版について、その製作する意思を有する(発意)主体としては、広告代理店である電通か、広告主であるブルボンであると考えられる。
 原告は、上記(1)ウと同様に、本件ブルボンCM原版について、原告が著作権法29条1項の映画製作者であると主張する。
 確かに、前記2(3)のとおり、原告は、電通から、被告アドックよりも多額の支払を受けているが、その中から原告の支払の大半を占めるのは、撮影、編集関係の費用である(甲31、32)。前記CM原版制作の特徴に照らせば、本件ケーズCM原版と同様に、撮影、編集の具体的作業が寄与する程度は、相対的に低いものといわざるを得ない。
 そうすると、原告は、本件ケーズCM原版と同様に、本件ブルボンCM原版についても、その製作過程の部分的な関与にとどまるのであって、本件ブルボンCM原版の映画製作者であるということはできない。
 したがって、原告が本件ブルボンCM原版の著作権を有するとは認められない。
4 被告らの損害賠償責任の成否(争点(2))について
(1) 被告アドックの不法行為に基づく損害賠償責任の成否(争点(2)イ)について
 原告は、本件各CM原版の著作権を有しないから、その余について判断するまでもなく、被告アドックが原告に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。
 したがって、原告の被告アドックに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
(2) 被告Aの不法行為又は債務不履行(取締役としての善管注意義務・忠実義務違反)に基づく損害賠償責任の成否(争点(2)イ)について
ア 不法行為に基づく損害賠償責任について
 原告は、本件各CM原版の著作権を有しないから、その余について判断するまでもなく、被告Aが原告に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。
 したがって、原告の被告Aに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
イ 債務不履行に基づく損害賠償責任について
 原告は、被告Aについて取締役としての善管注意義務・忠実義務違反があった旨主張する。
 しかしながら、上記主張のうち、原告が本件各CM原版の著作権を有することを前提とする主張については、被告Aの善管注意義務・忠実義務違反の前提に欠けるから理由がない。また、原告は、被告Aが電通から依頼のあった仕事として原告において処理し代金を受け得る状況にあったものを被告アドックに横流しした旨主張し、著作権侵害と離れた視点から考えても、善管注意義務・忠実義務違反がある旨主張するが、ここでいう代金を受け得る状況とは、本件ケーズ新CM原版制作とプリント作成の受注をいうものと解される。しかし、原告は、本件各CM原版の著作権を有せず、その著作権を有するのは広告主又は広告代理店である電通であるから、誰に発注するかは電通が自ら又は広告主の意を受けて任意に決定できる事項である。そうすると、原告において、法律上の利益として代金を受け得る状況があったとは認められないし、その他契約関係等の支払を受けうる地位を根拠付けるに足りる証拠もないから、これを前提とする善管注意義務・忠実義務違反の主張は理由がない。
 そうすると、その余について判断するまでもなく、被告Aが原告に対して債務不履行に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。
 したがって、原告の被告Aに対する債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がない。
(3) 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 菊池絵里
 裁判官 小川雅敏
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