判例全文 line
line
【事件名】北朝鮮映画のニュース報道事件(フジテレビ)(3)
【年月日】平成23年12月8日
 最高裁(一小) 平成21年(受)第602号、同第603号 著作権侵害差止等請求事件
 (一審・東京地裁平成18年(ワ)第6062号、二審・知財高裁平成20年(ネ)第10011号)

判決


主文
1 平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人の上告に基づき、原判決中、平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人の敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分に関する平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人の請求を棄却する。
3 原判決中予備的請求に関する部分についての平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人及び平成21年(受)第603号上告人の各上告を却下する。
4 平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人及び平成21年(受)第603号上告人のその余の上告をいずれも棄却する。
5 平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人と平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人との間における控訴費用及び上告費用は、平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人の負担とし、平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人と平成21年(受)第603号上告人との間における上告費用は、平成21年(受)第603号上告人の負担とする。

理由
第1 事案の概要
1 本件は、平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人(以下「1審原告X1」という。)及び平成21年(受)第603号上告人(以下「1審原告X2」といい、1審原告X1と1審原告X2を併せて「1審原告ら」という。)が、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)で製作された原判決別紙映画目録1記載1nの映画(以下「本件映画」という。)の一部を1審原告らの許諾なく放送したAを承継した平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人(以下「1審被告」という。)に対し、@ 主位的に、本件映画を含む北朝鮮で製作された同目録1ないし3記載の各映画(以下「本件各映画」という。)は北朝鮮の国民の著作物であり、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)により我が国が保護の義務を負う著作物として著作権法6条3号の著作物に当たると主張して、本件各映画に係る1審原告X2の公衆送信権(同法23条1項)が侵害されるおそれがあることを理由に、1審原告X2において本件各映画の放送の差止めを求めるとともに、Aによる上記の放送行為は、本件各映画について1審原告X2が有する公衆送信権及び1審原告X1が有する日本国内における利用等に関する独占的な権利を侵害するものであることを理由に、上記各権利の侵害による損害賠償を請求し、A 原審において、予備的に請求を追加し、仮に本件映画が同法による保護を受ける著作物に当たらないとしても、上記放送行為は、1審原告らが本件映画について有する法的保護に値する利益の侵害に当たると主張して、不法行為に基づく損害賠償の支払を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 本件各映画は、いずれも北朝鮮において製作された著作物であり、このうち、本件映画は、昭和53年に、Bにより製作された2時間を超える劇映画である。
(2) 1審原告X2は、北朝鮮の民法によって権利能力が認められている北朝鮮文化省傘下の行政機関であり、同省により、本件各映画について北朝鮮の法令に基づく著作権を有する旨が確認されている。
 1審原告X1は、平成14年9月30日、1審原告X2との間で、映画著作権基本契約(以下「本件契約」という。)を締結し、本件各映画につき、日本国内における独占的な上映、放送、第三者に対する利用許諾等について、その許諾を受けた。
(3) Aは、平成15年12月15日、「スーパーニュース」と題するテレビニュース番組において、北朝鮮における映画を利用した国民に対する洗脳教育の状況を報ずる目的で、本件映画の主演を務めた女優が本件映画の製作状況等についての思い出を語る場面と本件映画の一部とを組み合わせた内容の約6分間の企画を放送した。上記企画において、合計2分8秒間本件映画の映像が用いられた(以下、上記企画で本件映画を放送した部分を「本件放送」という。)。Aは、本件放送について1審原告らの許諾を得ていなかった。
(4) 1審被告は、平成20年10月1日、会社分割により、Aのグループ経営管理事業を除く一切の事業に関する権利義務を承継した。
(5) ベルヌ条約は、昭和50年4月24日に我が国について効力を生じた。
 北朝鮮は、平成15年1月28日、世界知的所有権機関の事務局長に対し、同条約に加入する旨の加入書を寄託し、同事務局長は、同日、その事実を同条約の他の同盟国に通告し、これにより、同条約は、同年4月28日に北朝鮮について効力を生じた。
(6) ベルヌ条約は、同条約が適用される国が文学的及び美術的著作物に関する著作者の権利の保護のための同盟を形成すると規定し(1条)、いずれかの同盟国の国民である著作者は、その著作物について、同条約によって保護される旨を規定する(3条(1)(a))。
 また、同条約は、同盟に属しないいずれの国も、同条約に加入することができ、その加入により、同条約の締約国となり、同盟の構成国となることができる旨規定するが(29条(1))、条約への加入について、同盟国の承諾などの特段の要件を設けていない。
(7) 我が国は、北朝鮮を国家として承認しておらず、また、我が国は、北朝鮮以外の国がベルヌ条約に加入し、同条約が同国について効力を生じた場合には、その旨を告示しているが、同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示をしていない。
 そして、外務省及び文部科学省は、我が国が、北朝鮮の国民の著作物について、ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うとは考えていない旨の見解を示している。
3 原審は、上記事実関係の下において、次のとおり判断して、1審原告らの主位的請求及び1審原告X2の予備的請求を棄却すべきものとし、1審原告X1の予備的請求を12万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
(1) 我が国は、我が国が国家として承認していない国(以下「未承認国」という。)である北朝鮮の国民の著作物につき、ベルヌ条約3条(1)(a)に基づき、これを保護する義務を負うものではないから、本件各映画は、著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とはいえず、1審原告らの主位的請求は、その前提を欠き、理由がない。
(2)ア 本件放送は、1審原告X1が本件契約に基づき取得した日本国内において本件映画を利用することにより享受する利益を違法に侵害する行為に当たり、Aには、少なくとも過失があるから、1審被告は、民法709条に基づき、1審原告X1が被った損害を賠償する責任を負う。
イ しかしながら、1審原告X2は、1審原告X1に本件各映画の日本国内における利用を委ねており、本件映画の日本国内における利用について法律上保護に値する利益を有するものとはいえないから、1審原告X2の予備的請求は理由がない。
第2 平成21年(受)第603号上告代理人齊藤誠、同金舜植、同石川美津子の上告受理申立て理由について
1 所論は、本件各映画が著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とはいえないとした原審の判断には、同号の解釈の誤りがあるというのである。
2 一般に、我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合、当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別、未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず、我が国は、当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。
 これをベルヌ条約についてみると、同条約は、同盟国の国民を著作者とする著作物を保護する一方(3条(1)(a))、非同盟国の国民を著作者とする著作物については、同盟国において最初に発行されるか、非同盟国と同盟国において同時に発行された場合に保護するにとどまる(同(b))など、非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではない。したがって、同条約は、同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり、普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない。
 そして、前記事実関係等によれば、我が国について既に効力を生じている同条約に未承認国である北朝鮮が加入した際、同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず、外務省や文部科学省は、我が国は、北朝鮮の国民の著作物について、同条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うものではないとの見解を示しているというのであるから、我が国は、未承認国である北朝鮮の加入にかかわらず、同国との間における同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っているものというべきである。
 以上の諸事情を考慮すれば、我が国は、同条約3条(1)(a)に基づき北朝鮮の国民の著作物を保護する義務を負うものではなく、本件各映画は、著作権法6条3号所定の著作物には当たらないと解するのが相当である。最高裁昭和49年(行ツ)第81号同52年2月14日第二小法廷判決・裁判集民事120号35頁は、事案を異にし、本件に適切ではない。
3 したがって、本件各映画が著作権法により保護を受けることを前提とする1審原告らの主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これと同旨の原審の前記第1、3の(1)の判断は是認することができる。1審原告らの論旨は採用することができない。
第3 平成21年(受)第602号上告代理人前田哲男、同中川達也の上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)について
1 所論は、本件放送が1審原告X1に対する不法行為を構成するとした原審の判断には、民法709条及び著作権法6条の解釈の誤りがあるなどというのである。
2 著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。
3 これを本件についてみるに、本件映画は著作権法6条3号所定の著作物に該当しないことは前記判示のとおりであるところ、1審原告X1が主張する本件映画を利用することにより享受する利益は、同法が規律の対象とする日本国内における独占的な利用の利益をいうものにほかならず、本件放送によって上記の利益が侵害されたとしても、本件放送が1審原告X1に対する不法行為を構成するとみることはできない。
 仮に、1審原告X1の主張が、本件放送によって、1審原告X1が本件契約を締結することにより行おうとした営業が妨害され、その営業上の利益が侵害されたことをいうものであると解し得るとしても、前記事実関係によれば、本件放送は、テレビニュース番組において、北朝鮮の国家の現状等を紹介することを目的とする約6分間の企画の中で、同目的上正当な範囲内で、2時間を超える長さの本件映画のうちの合計2分8秒間分を放送したものにすぎず、これらの事情を考慮すれば、本件放送が、自由競争の範囲を逸脱し、1審原告X1の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって、1審原告X1の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない。
 したがって、本件放送は、1審原告X1に対する不法行為とはならないというべきである。
4 以上と異なる原審の前記第1、3(2)アの判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、1審被告の論旨は理由がある。原判決中、1審被告敗訴部分は破棄を免れず、同部分に関する1審原告X1の請求は理由がないから、同請求を棄却すべきである。
第4 結論
 以上によれば、1審被告の上告に基づき、原判決中、1審被告敗訴部分を破棄して、同部分につき1審原告X1の請求を棄却し、1審原告らは、原判決中予備的請求に関する部分について上告受理の申立てをしたが、その理由を記載した書面を提出せず、同部分についての上告は不適法であるから、同部分についての1審原告らの各上告を却下し、その余の1審原告らの上告をいずれも棄却すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 櫻井龍子
 裁判官 宮川光治
 裁判官 金築誠志
 裁判官 横田尤孝
 裁判官 白木勇
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/