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【事件名】性格心理テストの出版販売契約事件
【年月日】平成23年11月24日
 大阪地裁 平成21年(ワ)第20132号 著作権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件(甲事件)、
 平成22年(ワ)第4332号 著作権侵害差止等請求事件(乙事件)
 (口頭弁論終結日 平成23年8月29日)

判決
甲事件原告兼乙事件被告 竹井機器工業株式会社(以下「原告竹井機器」という。)
甲事件原告 P1(以下「原告P1」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 本橋光一郎
同 下田俊夫
甲事件原告 P2(以下「原告P2」という。)
同訴訟代理人弁護士 津田禎三
同 津田尚廣
同 新井教正
同 北野了考
同 野中徹也
同 矢野智美
甲事件被告兼乙事件原告 P3(以下「被告P3」という。)
乙事件原告 P4(以下「乙事件原告P4」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 西村渡
同 辻本希世士
同 辻本良知
同 松田さとみ
同 笠鳥智敬
甲事件被告P3補佐人弁理士 辻本一義
同 森田拓生
同 神吉 出


主文
1 原告竹井機器と被告P3との間で、別紙1商品目録記載の各検査用紙の出版、販売に関して、別紙2の著作物出版販売契約書に係る著作物出版販売契約が存在することを確認する。
2 原告P1及び同P2の主位的請求に係る訴えをいずれも却下し、予備的請求をいずれも棄却する。
3 被告P3及び乙事件原告P4の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じて5分し、その2を原告P1及び同P2の負担とし、その3を被告P3及び乙事件原告P4の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
(1) 主位的請求
 原告らと被告P3との間で、別紙1商品目録記載の各検査用紙の出版、販売に関して、原告竹井機器と被告P3間で別紙2の著作物出版契約書に係る著作物出版販売契約が存在することを確認する。
(2) 予備的請求
ア 原告竹井機器と被告P3との間で、被告P3が、別紙1商品目録記載の各検査用紙に係る著作権の持分権に基づき、原告竹井機器に対し、同原告による同検査用紙の出版、販売に対する差止請求権を有しないことを確認する。
イ 被告P3は、原告P1及び同P2に対し、原告竹井機器との間で、別紙1商品目録記載の各検査用紙について別紙2の著作物出版販売契約書に係る著作物出版販売契約を更新することについて合意せよ。
2 乙事件
(1) 原告竹井機器は、別紙1商品目録記載の各検査用紙を発行し、販売し、頒布してはならない。
(2) 原告竹井機器は、前項記載の各検査用紙を廃棄せよ。
(3) 原告竹井機器は、被告P3及び乙事件原告P4に対し、それぞれ2200万円及びこれらに対する平成22年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告竹井機器は、亡P5(以下「P5」という。)との間で、平成12年1月1日に別紙1商品目録記載1ないし4の各検査用紙(以下、順に「本件検査用紙1」ないし「本件検査用紙4」といい、併せて「本件各検査用紙」という。)について、別紙2の著作物出版販売契約書に係る著作物出版契約(以下「本件出版契約」という。)を締結して本件各検査用紙を出版、販売していたところ、同契約で定められた当初の利用期間が満了したことから、原告竹井機器及び本件各検査用紙の著作権の相続人ら間で、同契約の存続を巡って紛争が生じた。
 本件のうち甲事件は、主位的に、原告竹井機器、原告P1及び同P2(以下「原告ら」という。)らと被告P3との間で、本件出版契約が存在していることの確認を求め、予備的に、原告竹井機器が、被告P3との間で、被告P3が、P5から相続した著作権の持分権に基づき、原告竹井機器がする本件出版契約に基づく出版、販売行為に対する差止請求権を有しないことの確認を求め、原告P1及び同P2が、被告P3に対し、著作権法65条3項に基づき、本件出版契約の更新に合意することを求める事案である。
 本件のうち乙事件は、被告P3及び乙事件原告P4(以下「被告P3ら」という。)が、本件出版契約について契約期間満了により終了したことを前提として、原告竹井機器に対し、被告P3らが有する本件各検査用紙の著作権の持分権に基づき、本件各検査用紙の出版、販売の差止等を求めるとともに、不法行為に基づき、それぞれ2200万円の損害賠償及びこれらに対する不法行為の日の後である平成22年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 判断の基礎となる事実(当事者間で争いがないか、又は後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認定できる。)
(1) 当事者
ア 原告竹井機器は、実験心理学器械、職業適性検査器及び体力測定器の製作、並びに販売等を目的とする会社である。
イ 原告P1は、共同著作物である本件検査用紙1ないし4の著作者の一人である関西大学教授であったP5の妻である。
ウ 原告P2は、共同著作物である本件検査用紙1ないし3の著作者の一人である京都大学教授であったP6の子である。
エ 被告P3は、P5と先妻との間の子である。
オ 乙事件原告P4は、P5の養子である。
カ 日本心理テスト研究所株式会社(以下「日本心理テスト研究所」という。)は、P5が設立した心理テストのための印刷物、録音物及び映像物の企画、開発、製作及び販売等を目的とする会社であり、現在は、被告P3が代表取締役を務めている(乙6)。
(2) 著作物等
ア YG性格検査(矢田部ギルフォード性格検査)
 YG性格検査は、南カリフォルニア大学心理学教授であったJ.P.ギルフォード教授が考案した3つの人格診断目録(Personality & Personnel Inventory)を、P6、P7の指導のもと、P5が、日本の文化や風習に合うように標準化した、120問の質問からなる質問紙法性格検査である。
 小学2年〜6年生用のYG性格検査は、P5が、P8とともに、P7の指導のもとで標準化した、96問の質問からなる質問紙法性格検査である。
 YG性格検査は、企業や官公庁などで採用試験や人事異動の参考資料として利用され、学校でも進路指導や生徒指導などに幅広く利用されている。
イ 本件各検査用紙とその著作権
 本件各検査用紙は、YG性格検査を実施するために創案された検査用紙であり、本件検査用紙1ないし3にはそれぞれ120問、本件検査用紙4には96問の質問項目が掲載されている。
 本件検査用紙1ないし3に掲載されている120問の質問項目は、P5とP6の共同著作物であり、その著作権の持分割合はP5が100分の91、P6が100分の9である(甲6及び7、弁論の全趣旨)。
 また、P5は、本件検査用紙4の著作権を有していた。
(3) 原告竹井機器による検査用紙の発行等
ア P5は、昭和32年、「矢田部・Guilford 性格検査」という論文を「心理学評論」の創刊号の誌上で発表した。そして、この研究成果に基づき、YG性格検査用紙の研究を進め、その形式にも工夫をこらして、被験者が回答欄に記入した「はい」、「いいえ」の○、△印が裏面に塗布されたカーボンにより粗点集計欄に転記できるよう三つ折りの形式を創案し、原告竹井機器が、昭和32年頃から、その検査用紙の発行を開始した(甲4及び5)。
イ P5は、昭和40年頃、上記検査用紙をさらに改訂し、この改訂された検査用紙(以下「昭和41年用紙」という。)が、引き続き原告竹井機器において発行された(甲4及び5)。
ウ 昭和41年用紙は、その後、さらに改訂され、本件各検査用紙として、原告竹井機器において発行されていたが、平成12年1 月1 日、原告竹井機器は、著作権者を代表するP5との間で、本件各検査用紙の利用に関し、本件出版契約を締結した(甲1)。
 本件出版契約中、本件に特に関係する条項を摘記すると、以下のとおりである。
 2条 本件各検査用紙の印刷、製本、宣伝、販売、頒布その他発行については、すべて原告竹井機器の計算で行う。ただし、定価及び仕様については、著作権者と協議の上決定する。
 3条 本件各検査用紙の出版権の利用期間は、平成12年1月1日から10年間とし、双方から異議のないときは、さらに同期間延長する。
 4条1項 原告竹井機器は、本件各検査用紙の印税として、発行部数に応じ一部につき定価の17%に相当する金額を著作権者に支払う。ただし、原告竹井機器から著作権者又は著作権者の指定した者(日本心理テスト研究所)に販売した部分に関して印税は支払わない。
 同条2項 原告竹井機器はYG性格検査の普及に関するコンサルタント料として、日本心理テスト研究所に対し、発行部数に定価を乗じた金額の8%を支払う。
 5条 著作権者はこの契約期間の存在する間は、本件各検査用紙と同一内容又は著しく類似の著作物を自ら発行し、または他人をして発行せしめることができない。ただし、YG性格検査の普及に関するコンサルタント活動に必要な部数について、原告竹井機器は、著作権者又は著作権者の指定した者(日本心理テスト研究所)に販売する。
 12条 本件各検査用紙の販売価格及び仕様を変更する場合又は、その他今後改善する場合は、著作権者・原告竹井機器協議の上決定する。
(4) 本件各検査用紙に係る著作権及び本件出版契約に係る契約上の地位の相続ア P5は、平成13年9月18日に死亡し、上記(2)のP5が本件各検査用紙について有していた著作権の持分につき、原告P1が2分の1を、被告P3、P9と乙事件原告P4がそれぞれ6分の1を、それぞれ相続し、またそれに伴い本件出版契約上のP5の地位もそれぞれ相続した。
イ P6は、昭和33年3月24日死亡し、その妻P10がP6の上記(2)記載の本件検査用紙1ないし3の基礎となった著作物に係る著作権の持分及び本件出版契約の契約当事者の地位を相続し、平成18年8月2日のP10の死亡により、原告P2が、上記著作権の持分及び本件出版契約上の地位をP10から相続した(甲6及び7)。
(5) 本件訴訟に至る経緯
ア 日本心理テスト研究所は、平成15年頃から、原告竹井機器及び原告P1に無断で、YG性格検査に係る検査用紙の販売等を開始した。
 そこで、原告P1及び原告竹井機器は、平成17年1月、日本心理テスト研究所及び被告P3に対し、原告P1は本件各検査用紙の基礎となった昭和41年用紙の著作権の持分権に基づき、原告竹井機器は、P5から設定を受けた出版権に基づき、日本心理テスト研究所及び被告P3がするYG性格検査に係る検査用紙の発行等の差止めを求める訴え(平成17年(ワ)第153号著作権侵害差止等請求事件)を大阪地方裁判所に提起した。
 これに対し、日本心理テスト研究所及び被告P3は、原告P1の著作権を否認するなどして争った上、その有する商標権に基づき別訴(同第2317号商標権侵害差止等請求事件)を同裁判所に提起したが、同裁判所は、平成19年6月12日、日本心理テスト研究所及び被告P3の行為は、原告P1が昭和41年用紙について有する著作権の持分権及び原告竹井機器が有する出版権を侵害するとして、日本心理テスト研究所及び被告P3に対し、各検査用紙の販売等の差止め及び損害賠償等を命じる旨の判決をした(甲4)。
 日本心理テスト研究所及び被告P3は、これを不服として大阪高等裁判所に控訴したが(平成19年(ネ)第2062号)、平成21年9月29日、控訴は棄却され(甲5)、同判決は確定した。なお、原告P1が同事件で権利行使の基礎とした昭和41年用紙は、本件検査用紙1と実質的に同じものである。
イ P6を相続したその妻P10は、日本心理テスト研究所及び被告P3に対し、平成18年3月、本件検査用紙1ないし3に掲載されている120問の質問項目全体の著作権のうち100分の9について持分を有することの確認を求める旨の訴え(平成18年(ワ)第3174号著作権持分確認請求事件)を大阪地方裁判所に提起した。
 同訴訟係属中にP10が死亡したため、原告P2が訴訟を承継し、平成20年6月19日、上記請求を認容する判決がされた(甲6)。
 日本心理テスト研究所及び被告P3は、これを不服として大阪高等裁判所に控訴したが(平成20年(ネ)第1893号)、平成21年9月29日、控訴は棄却され(甲7)、同判決は確定した。
(6) 被告P3による本件出版契約の更新拒絶
 被告P3は、原告竹井機器に対し、平成21年12月11日頃、本件出版契約の更新に異議がある旨の通知をした(以下「本件更新拒絶」という。)。
2 争点
(1) 甲事件のうち、原告P1及び同P2の主位的請求に係る訴えに確認の利益があるか(争点1)
(2) 本件更新拒絶に正当な理由があるか等(争点2)
(3) 乙事件請求に係る損害額等(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(甲事件のうち原告P1及び同P2の主位的請求に係る訴えに確認の利益があるか)について
【原告P1及び同P2の主張】
 被告P3は、本件出版契約が平成21年12月31日の経過をもって終了したと主張し、原告竹井機器に対し、本件各検査用紙の出版、販売の中止を求めて本件各検査用紙の出版、販売の差止等を求める乙事件を提起した。
 原告P1及び同P2は、原告竹井機器による本件各検査用紙の販売等によって著作権利用料を受け取る適法かつ有効な権原を有すること、被告P3との関係において不当利得その他の問題が生じないことを明らかにするため、被告P3との間で、本件出版契約が有効に存在することの確認を求める利益がある。
【被告P3の主張】
 本件各検査用紙の著作権利用料の支払をめぐる法律関係は、原告竹井機器と著作権の各持分権者、すなわち原告竹井機器と原告P1、原告竹井機器と原告P2との間で個別に生じるものであり、被告P3と原告P1、被告P3と原告P2(ただし、原告P2については本件検査用紙4を除く。)との間で生じるものではない。
 したがって、原告P1及び同P2について、原告竹井機器との間で不当利得その他の問題が生じることがあるとしても、被告P3との間で不当利得その他の問題が生じることはない。
 よって、甲事件のうち原告P1及び同P2の主位的請求に係る訴えには確認の利益がないから、不適法なものとして却下されるべきである。
2 争点2(本件更新拒絶に正当な理由があるか等)について
【被告P3らの主張】
 本件更新拒絶には、以下のとおり著作権法65条3項に規定する正当な理由があるから、本件出版契約は同契約3条の規定により、平成21年12月31日の経過をもって終了した。
 したがって、甲事件請求にはすべて理由がなく、他方、原告竹井機器が本件各検査用紙の発行を続けていることは、被告P3らの有する著作権の持分権を侵害する行為に当たる。
(1) 本件各検査用紙が抱える問題について
ア YG性格検査のような質問紙法性格検査は、被験者が回答内容を歪曲するという問題を内包している。この問題を回避するためには、質問項目を口頭で読み上げ、次の質問に移る一定の時間までに回答させる強制速度法により実施することが必要である。
 それにもかかわらず、本件各検査用紙は、質問項目と回答欄が同時に見える構成となっているため、強制速度法による歪曲反応の回避を無意味にしているという問題があり、その点は、学会において多数の学者から指摘されている。原告らは、この構成は被験者に心理的安定を担保するものであると主張するが、その弊害は大きく、その主張に理由はない。
イ また、本件各検査用紙は、プロフィール表が印刷されていることもあり、被験者が自ら判定作業を行って結果を知ることができる構成となっている。その結果、被験者に不安感を与えることになり、この不安感は検査結果にも影響を及ぼすという問題がある。
 そのほか、心理テストの判定結果を注釈抜きで被験者に知らせることは、判定結果を知った被験者がショックを受けるおそれがあることなどから一般に好ましくないとされており、YG性格検査においても同様であるが、本件各検査用紙によると、被験者は、自ら判定結果を直接知ってしまうという問題がある。また、自ら判定できてしまうので、自分自身をよりよく見せようという傾向をより強めるおそれがあって、検査結果の信頼性を損なう原因となっている。
ウ 本件各検査用紙は、昭和40年代に改訂されて以来、大きな改訂が加えられていないため、以上のような問題があるが、そもそも、本件各検査用紙において、質問項目と回答欄が一体になったのは、印刷出版しやすいという原告竹井機器の便宜のためにすぎない。
 そこで被告P3は、本件出版契約の更新を拒絶し、他方で、自らが代表者を務める日本心理テスト研究所において、上記問題を克服するための用紙の開発を進めているところである。なお、日本心理テスト研究所が現在発行している検査用紙では、質問項目が回答用紙から分離した構成になっているため、検査実施時に質問項目が目に入ることのないよう質問項目を伏せて回答することが可能となっている。
エ 本件各検査用紙は、社会的需要が非常に大きく、その社会的需要に応えるためにも信頼性が維持されなければならない。そして、そのためには、心理学的知見を有する者によって修正されなければならないが、本件出版契約が更新された場合、上記のような問題がある本件各検査用紙が、さらに10年間も出版し続けられることになり、YG性格検査の信用を損なうことになり許されない。なお、原告竹井機器は、本件各検査用紙の体裁にこだわらないと主張するものの、そもそも原告竹井機器は、本件各検査用紙をそのまま発行できるにすぎないから、同原告の上記主張は失当である。
 したがって、本件出版契約の更新の可否は、共有著作権者のうち、P5とともに日本心理テスト研究所においてYG性格検査の開発、普及、研究に携わって唯一心理学的知見に精通し、それゆえ、P5から、YG性格検査の今後の開発・普及・研究について責任をもって行うように遺言された被告P3の意思が尊重されるべきである。
(2) 原告竹井機器の問題について
ア 原告竹井機器は、著作権の共有者らに無断で愛知県勤労会館に対してYG性格検査コンピュータ判定用紙の利用許諾をし、その対価を得ていたことがあり、そのことが平成6年11月に発覚して問題となった。この問題は、原告竹井機器とP5との間で解決したが、原告竹井機器は、その後再び、財団法人住友生命社会福祉事業団(以下「住友事業団」という。)に対し、無断でYG性格検査コンピュータ判定用紙を印刷して利用することを許諾し、対価を得るという問題を起こした。
 原告らは、住友事業団の関係について、P5の許諾があった旨主張するが、そのような事実はない。住友事業団が利用していた検査用紙は、本件各検査用紙ではなく、その前段階の古い質問項目及びプロフィール表を利用した検査用紙であり、そのことはP5が許諾をしていなかったことを示している。
 また、原告竹井機器が、住友事業団との関係における利用料相当分を著作権の共有者に支払っていたとしても、自らは印刷発行していないにもかかわらず、自らが印刷発行した場合と同じ金額の支払を住友事業団から受けているから、自らが印刷発行する場合との差額については不当に利得していたものであって、原告竹井機器の行為は、著作権の共有者らに対する明らかな背信行為である。
 なお、仮にP5が住友事業団に利用させることを許諾していたとしても、原告竹井機器は、住友事業団が古い質問項目やプロフィール表を利用した検査用紙を使用しているにもかかわらず、それを放置していたものであって、このような行動は、本件各検査用紙の価値を貶めるものである。
イ さらに、原告竹井機器は、本件訴訟係属後にも、日本心療内科学会誌の出版元である株式会社マイライフ社(以下「マイライフ社」という。) から、同社が同誌14巻2号の「連載シリーズ:心療内科臨床で使われる心理テスト」と題する記事において「矢田部ギルフォード性格検査(YG性格検査)」を紹介するに当たり、出版権について問い合わせを受けた際、マイライフ社に対し、掲載誌の校正刷りをFAXするよう指示し、同原稿に修正を加えた上、著作権の共有者らに無断で本件各検査用紙のプロフィール表の掲載許可を与えた。
ウ そもそも、原告竹井機器は、出版権者ではなく、単なる印刷業者にすぎないのに、上記のとおり著作権の共有者らに無断で第三者に利用許諾をしたものである。これは、著作権の共有者らに対する背信行為であって、同原告に信用を置くことはできず、原告竹井機器と被告P3との間には、もはや信頼関係がない。
エ なお、原告竹井機器による住友事業団との取引内容を示す帳簿類は十分備えられておらず、同原告は、帳簿保存について法令に違反している可能性がある。このことも原告竹井機器との本件出版契約の更新を拒否することに正当な理由があることを基礎付ける一つの要素となる。
(3) 本件出版契約が更新されなくとも、別の印刷業者から問題点を克服した別の検査用紙を発行し、これによりYG性格検査の実施を継続することに問題はないから、これにより原告P1及び同P2は著作権利用料による収入を得ることができる。
 したがって、本件出版契約が継続しないことで他の著作権の共有者である原告P1及び同P2の受ける不利益は大きくない。
 被告P3は、本件各検査用紙をそのままの体裁で今後10年間も継続して出版させることを問題にし、YG性格検査の今後のさらなる発展のために、本件各検査用紙の体裁を改訂し、信頼のおける適切な出版会社を新たに選定しようとしているにすぎないのである。
【原告らの主張】
 本件更新拒絶には、以下のとおり著作権法65条3項に規定する正当な理由がないから、本件出版契約は、同契約3条の規定により平成22年1月1日から10年間更新されている。
 したがって、甲事件請求には理由があり、乙事件請求にはすべて理由がない。
(1) 本件各検査用紙が抱える問題について
ア 被告P3らは、本件各検査用紙は、質問項目と回答欄を同時に見ることができる構成をとっているため、強制速度法による歪曲反応の回避を無意味にしていると主張する。
 しかし、そもそも、強制速度法を用いて検査を実施し、検査用紙では質問項目と回答欄を同時に見ることができない構成をとったとしても、歪曲反応を完全に回避できるわけではない。また、YG性格検査は従来の質問紙法の欠点とされていた歪曲反応を克服するために研究、作製されたものであるし、質問項目が検査用紙に印刷されているのも、被験者の心理的な安定感のために必要なことである。回答の際に質問項目が見える構成を備えていることは、YG性格検査の信用を損なう問題ではない。
イ また、被告P3らは、本件各検査用紙にプロフィール表が印刷されていることから、被験者が自ら判定作業を行い、結果を知ることができる構成となっていることも問題であると主張する。
 しかしながら、P5自身は、本件各検査用紙の特徴を、誰でも機械的に採点をすることができるように考案されていることと、こつが分かればプロフィールの客観的判定を容易にできることにあるとしている。このことからしても、被験者自身により試験結果を判定できてしまうことは、YG性格検査の信用を損なうような問題ではない。
ウ そもそも、被告P3が代表者を務める日本心理テスト研究所が発行するYG性格検査用の検査用紙は、被告P3らが本件各検査用紙の問題点として主張する各構成を備えているのであって、被告P3らの主張は矛盾している。
(2) 原告竹井機器の問題について
ア 原告竹井機器が愛知県勤労会館に対し著作権の共有者らに無断で利用許諾した件については、平成6年11月、P5との間で和解した。本件出版契約が締結されたのは、その後の平成12年1月1日であるから、愛知県勤労会館との関係における問題を本件出版契約の更新に当たって考慮することは許されない。
 また、原告竹井機器は、P5から許諾を受けて、住友事業団との間でYG性格検査の実施料として検査実施者の人数に単価120円を乗じた金額を受領する契約を締結し、同契約に基づき、受領した金員を著作権の共有者に交付してきたにすぎず、これが著作権の共有者らに対する背信行為に当たることはない。
 なお、住友事業団に許諾をすることにより、原告竹井機器は自ら印刷発行する場合よりも多い利益を得ていたものの、その額は用紙一部当たり10.3円であり、住友事業団による年間の利用部数は2500部程度であるから、総額でも年間2万5750円程度にすぎない。
イ 原告竹井機器が、マイライフ社から、YG性格検査に関する原稿の内容について確認を求められ、明らかな誤字や誤表現等を修正するよう伝えたことは事実であるが、原告竹井機器が、マイライフ社に掲載許可を与えた事実はない。また、マイライフ社のした性格検査用紙のプロフィール表の掲載は、著作権法32条の引用に当たり問題はない。
ウ 以上のとおり、原告竹井機器が、著作権の共有者らに対する背信行為をした事実はない。なお、原告竹井機器は、YG性格検査について、その検査用紙の発売当初から積極的に販売活動を行って普及活動に努め、現在でも定期的に講習会を開催し、YG性格検査の手採点による判定業務も行っており、単なる印刷業者ではない。
エ 被告P3らは、原告竹井機器の帳簿保存に法令違反があると主張するが、本件で証拠として提出した売上一覧表(甲11)は、別の売上管理の原資料からデータの一部を抽出して作成したものにすぎず、会計帳簿ではないのであって、原告竹井機器に帳簿保存義務違反はない。
(3) そもそも、本件各検査用紙の体裁等に問題があるとしても、本件出版契約を維持しながら、原告竹井機器と協議をして適宜改訂すれば足りるのであって、現に、YG性格検査に係る検査用紙は、昭和32年の発売以来、本件各検査用紙に至るまで幾度が改訂されてきている。
 したがって、本件各検査用紙の体裁に問題があるとしても、それが本件出版契約の更新を拒絶する理由にはならない。
 また、被告P3らは、被告P3の意思が尊重されるべきであると主張するが、本件各検査用紙の現在の著作権の共有者らは、被告P3を含め、いずれも本件各検査用紙の基礎となった著作物を創作した者ではなく、相続によりその著作権の持分を承継したにすぎない。被告P3が主張するP5の遺言の内容からしても、本件出版契約の継続について被告P3の意思を尊重すべきことにはならない。
3 争点3(乙事件請求に係る損害額等)について
【被告P3らの主張】
(1) 上記2のとおり、本件出版契約は、本件更新拒絶により更新されずに終了したから、原告竹井機器が、平成22年1月1日以降も本件各検査用紙を販売する行為は、被告P3らが、本件各検査用紙について有する著作権の持分権を侵害する行為となる。
(2) 原告竹井機器は、本件各検査用紙を平成19年に71万4977部、平成20年に70万0685部、平成21年に66万2737部販売したから、平成22年度における本件各検査用紙の販売数量は約60万部と見込まれる。
 本件各検査用紙の定価は1部当たり231円であり、原告竹井機器は少なくとも1部当たり200円の利益を得ているから、その販売利益は合計1億2000万円である。
 したがって、被告P3らは、原告竹井機器に対し、不法行為に基づき、それぞれ上記販売利益のうち各2000万円の損害賠償請求権を有する。
(3) また、弁護士費用のうち被告P3らにつきそれぞれ200万円は、本件訴訟と相当因果関係のある損害である。
【原告竹井機器の主張】
(1) 上記2のとおり、本件出版契約は更新されているから、原告竹井機器による本件各検査用紙の販売等が、本件各検査用紙の著作権の持分権を侵害するとの主張は理由がない。
(2) 平成19年から平成21年の本件各検査用紙の販売数量は認め、その余は否認ないし争う。
 そもそも、被告P3らは本件各検査用紙を販売していないから、著作権法114条2項に基づく逸失利益を請求することは、主張自体失当である。
 また、原告竹井機器が本件各検査用紙を販売することにより得ることができる1部当たりの利益額は、販売価格から著作権の共有者に対して支払う著作権利用料55円及び製造原価10.3円を控除した165.7円にすぎない。
 しかも、原告竹井機器は、被告P3らに対し、平成22年1月1日以降の本件各検査用紙の販売分についても本件出版契約に基づく所定の著作権利用料の支払をしており、原告竹井機器が本件各検査用紙を販売したことによる被告P3らの損害はない。
(3) 弁護士費用相当額の損害の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(甲事件のうち原告P1及び同P2の主位的請求に係る訴えに確認の利益があるか)について
(1) 原告竹井機器が、本件各検査用紙を出版、販売する権原の根拠となる平成12年1月1日締結された本件出版契約の契約関係は、甲事件に関する限度でみると、原告P1と被告P3がP5を相続し、原告P2がP6を相続したP10をさらに相続したことから、現在では、原告竹井機器と原告P1との間の契約関係、原告竹井機器と被告P3との間の契約関係、原告竹井機器と原告P2との間の契約関係(ただし、本件検査用紙1ないし3だけを対象とする。)からなる。
 これらの契約関係は、共有に係る著作権の利用に関する契約であることから、著作権法65条等によって、その権利行使が相互に規制される面があるものの、法律的にはそれぞれ独立した関係である。
 したがって、原告P1及び同P2には、被告P3と間で、原告竹井機器と被告P3間の権利関係の存否について確認を求める利益は認められない。
(2) 原告P1及び同P2は、被告P3との間で不当利得の問題が生じる可能性がある旨主張するが、被告P3は原告P1及び同P2が本件出版契約の契約当事者であることを争っているわけではなく、また被告P3は、現在も、本件出版契約が更新されたことを前提とする印税相当額を受領しているから(甲20、乙20の1)、本件出版契約が存続しているのであれば、不当利得の問題を生じる余地はないし、存続していない場合でも、不当利得の問題は、出版社である原告竹井機器と同原告から印税として著作権利用料を受領した原告P1、同P2及び被告P3とのそれぞれの間で生じるだけであって、被告P3と原告P1及び同P2間で不当利得の問題が生じることはないから、この点を理由とする原告P1及び同P2の主張は失当である。
 なお、実質的にみても、被告P3は、上記のとおり、原告P1及び同P2が相続により本件出版契約の契約当事者となったことを争っているわけではないから、原告竹井機器と被告P3間との間で、本件出版契約関係の存続を前提とする権利を原告竹井機器が有することが確認されれば、原告P1、同P2及び被告P3と、原告竹井機器間の本件出版契約の存続が確認されたと実質的には同じことになり、これだけで本件の当事者間における紛争解決には必要にして十分である。
(3) 以上のとおり、甲事件のうち原告P1及び同P2の主位的請求に係る訴えは、確認の利益がなく不適法である。
2 争点2(本件更新拒絶に正当な理由があるか等)について
(1)ア 本件出版契約3条の規定は、本件出版契約の終了時期を平成21年12月31日と定めるとともに、契約当事者双方から異議がないときは、さらに当初の合意期間である10年間の期間を延長する旨を定めているところ、契約当事者である被告P3は、上記終了時期の前である平成21年12月11日頃、原告竹井機器に対し、本件出版契約の更新について異議を述べる本件更新拒絶をしている。
イ ところで、本件出版契約は、上記第2の1(2)イの記載によれば、共有に係る著作権の利用契約であるということができるところ、著作権法65条2項は「共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。」と規定しているから、本件出版契約3条の更新条項に照らした場合に合意に対する消極的意思の表明とでもいうべき、著作権の共有者のうちの一人である被告P3がなした本件更新拒絶は、被告P3が共有著作権の過半数に達しない持分を有するにすぎない者であるけれども、本件出版契約の更新を妨げる効果を持ち得るものである。
 しかし、著作権法65条3項は、さらに「・・・各共有者は、正当な理由がない限り、・・・前項の合意の成立を妨げることができない。」と規定しているから、上記被告P3のした本件更新拒絶が有効であるといえるためには、その更新拒絶には著作権法65条3項にいう「正当な理由」があることが必要であると解される(なお、上記第2の1(2)イ記載のとおり、原告P1、同P2、被告P3及び乙事件原告P4の有する共有著作権の対象が、本件検査用紙1ないし3については、質問項目以外のどの範囲にまで及ぶものであるかを必ずしも確定できているわけではないし、また本件検査用紙4については、原告P1、被告P3及び乙事件原告P4以外の共有者の存在がうかがえないではないが、少なくとも本件に現れた、これらの者が本件各検査用紙について著作権の持分権を有することは当事者間に争いがない。そして、本件出版契約の更新を拒絶したのは、被告P3だけであるから、本件においては、被告P3のした本件更新拒絶に正当な理由があるか否かだけを判断すれば足りる。)。
(2) そこで、被告P3のした本件更新拒絶に「正当な理由」があったのか否かについて検討すべきところ、被告P3らは、共有者のなかで被告P3の意思が優先されるべきことを基礎としながら、本件各検査用紙の抱える問題、原告竹井機器の問題のほか、本件出版契約の継続拒否が原告らに不利益を及ぼすものではないことなどを中心として「正当な理由」がある旨を主張する。
(3)ア まず、被告P3らが本件各検査用紙の抱える問題点として主張する、質問事項と回答欄の構成が強制速度法による歪曲反応の回避を無意味にしているという問題、プロフィール表が印刷されていることにより被験者自らが判定作業をすることを可能にするなどの問題について検討する。
 ところで本件各検査用紙は、YG性格検査という心理検査の実施に用いられるものであり、本件各検査用紙は、その実施に必要であるから購入されるものであることからすると、本件検査用紙の売上げは、これによって実施されるYG性格検査の信頼性に依存しているものということができる。
 そうすると、被告P3らが主張する本件各検査用紙の質問事項と回答欄の構成に係る問題の指摘が的確であり、これが、YG性格検査の試験結果の信頼性に深く関わる問題であるならば、それらの問題が、本件各検査用紙の将来にわたる販売に影響することが考えられ、そして、そのことは本件各検査用紙の販売をそのまま継続することは相当ではないというべきことを意味していることになる。
 したがって、本件各検査用紙の質問事項と回答欄の構成に問題があるという事実は、本件更新拒絶について正当な理由があることを基礎付ける事実になり得るということができる。
イ そして、被告P3らは、上記問題点の詳細を縷々指摘した上、これらの問題は、学会においても、かねてから指摘されていたと主張する。
 しかしながら、そのような指摘が学会等でされていたことを的確に認めるに足りる証拠はない。
 ただ、乙5ないし乙7によって、YG性格検査が歪曲反応に弱い点を指摘するインターネット上の記事があることを認められるにすぎず、これらの証拠の作成者は不明であるから、これらの記事の記載内容を直ちに採用することはできない。
 また、YG性格検査に歪曲反応に弱い面があることについて、かねてから指摘されていたことは原告らも認めているところであるものの、それが被告P3らの主張する構成の問題に由来することを認めるに足りる的確な証拠はないし、また前掲した乙5ないし乙7のインターネット上の記事においても、その点が指摘されているわけではない。
 かえって、本件各検査用紙の販売数量が平成19年に71万4977部、平成20年にも70万0685部、平成21年にも66万2737部であること(当事者間に争いがない。)からすると、本件各検査用紙が、現在も、企業や官公庁などで採用試験や人事異動の参考資料として、あるいは学校で進路指導や生徒指導などに幅広く利用されており、その社会的需要が安定していることは明らかといえる。
 そして、このような事実は、本件各検査用紙を用いた心理検査の結果には、確立した信頼性が現在もなお維持し続けられており、また被告P3らの主張する問題点指摘が学会においてされていたとしても、それが少数意見に留まっていることを示しているといえる。
 したがって、被告P3らの主張する本件各検査用紙の抱える問題は、いずれも本件出版契約の更新拒絶についての「正当な理由」を基礎付ける事実としては十分なものではないといわなければならない。
ウ なお、被告P3らは、本件出版契約の更新の可否については、被告P3の意思が尊重されるべきことを主張するところ、P5の遺言書(乙2)には、YG性格検査「に関する著作者人格権については」被告P3が日本心理テスト研究所の代表者として「今後も責任をもって同検査の改良に努めてくれることを希望する」旨の記載があることが認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、被告P3だけが、P5存命中からYG性格検査の開発研究に携わっていた者であることが認められるものの、いずれにせよ、上記遺言の記載は、P5の希望を述べるにすぎず、法的効力があるわけではない。また、著作権の共有者中、被告P3だけが心理学についての素養があるとしても、被告P3は、本件各検査用紙そのものを創作した者ではなく、相続によって著作権の共有者となった者にすぎないから、財産権の行使に関する側面で、その意思が他の著作権の共有者よりも尊重されるべき理由は全くないといわなければならない。
 また、原告竹井機器は、YG性格検査用紙を中心となって創作したP5が、YG性格検査用紙を一般に向けて発行し始めた昭和32年頃から発行に関わっていた出版社であり、その間、P5の研究の発展等に伴い、その訂正をしてきた実績があるから、仮に本件各検査用紙の質問事項と回答欄の構成に問題があり、改訂の必要があるとしても、そのように改訂した検査用紙を発行するよう協議すれば足りるだけの問題ということもできる。
 いずれにしても、現時点における上記社会的需要に鑑みれば、本件出版契約の更新時において、本件各検査用紙の出版、販売を直ちに止めなければならない理由となるほどの問題が本件各検査用紙にあったと認められないことは明らかである。そして、そうであれば、本件各検査用紙の質問事項と回答欄の構成を含む体裁の見直しが将来の課題であるとしても、そのことが原告竹井機器との関係において本件出版契約の更新を拒絶することについて正当な理由を基礎付けるに足りる事実に当たるものといえないことも明らかである。
(4)ア 次いで、被告P3らが指摘する原告竹井機器の問題について検討する。
 証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によれば、原告竹井機器では支店単位の独立採算制度を採用しているところ、かつて原告竹井機器の名古屋支店が愛知県勤労会館に対し、著作権の共有者らに無断でYG性格検査コンピュータ判定用紙の利用許諾をして対価を受領し、そのことを共有者に全く報告しないという問題を起こしたことが認められる。
 著作権の利用許諾を受けた出版業者が、著作権者に無断で第三者に利用許諾をして対価を得る行為は、著作権者に対する明白な背信行為であって、これは著作権法65条3項の「正当な理由」を基礎付ける事実に十分なり得るものである。
 しかし、本件出版契約は、この問題解決後に締結されたものであるから、上記問題は、本件出版契約の更新拒絶において斟酌すべき事実には直ちになり得ないものである。
 ただ、原告竹井機器が、本件出版契約締結後においても、被告P3らが主張するように住友事業団との関係で同様の問題を起こしたのであれば、過去に愛知県勤労会館との関係で同様の問題を起こしたという事実は、これらと併さって本件出版契約の更新拒絶についての「正当な理由」を基礎づける事実となり得るものである。
イ 被告P3らは、原告竹井機器が、住友事業団に本件各検査用紙に類似したYG性格検査用紙の発行を著作権の共有者らに無断で許諾し、その対価として本件各検査用紙を販売したと同じ対価を得ていたと主張するところ、原告らは、その外形的事実を認めながら、その許諾については、P5から許諾を得ていた旨主張する(P5を相続した被告P3は、その許諾した地位に拘束されることになる。)。
 そして、P5が原告竹井機器に上記行為を許諾していたことについて、原告らは、原告竹井機器の社員であったP11が聞いたとする「大阪の方はちゃんとやっているのか」との言葉(甲8及び9)を手がかりに了解を得ていたと主張する。
 しかし、その前後の状況を勘案しても「大阪」が住友事業団を指すと解釈認定することは困難であるし、また後記検討するように住友事業団の発行部数が僅かであることからすると、逆にそのような確認の言葉がP5から発せられたというのも不自然である。
 したがって、上記証拠によってP5の許諾を認めるには足りず、また、そのほかにP5の許諾を直接的に認めさせるに足りる証拠はないといわなければならない。
ウ しかしながら、上記第2の1(3)記載のとおり、原告竹井機器は、昭和32年当時から、P5の許諾のもとYG性格検査用紙の市販をしていたものであって、YG性格検査の普及活動もするなど、P5から信頼を得た、最も緊密な関係にある出版社であったといえることに加え、証拠(甲8、10ないし21及び22の1ないし8、乙16)及び弁論の全趣旨によれば、@ 住友事業団によるYG性格検査用紙の発行は、P5が健在であった昭和58年頃からされていたこと、A 原告竹井機器は、毎年、P5を含む著作権の共有者らに対して支払うべき利用料額の計算において、住友事業団との関係の利用料が含まれていることを明記していなかったものの、住友事業団が発行した性格検査用紙の部数をも加算し、これに対応する著作権利用料を含む著作権利用料を著作権の共有者らに支払ってきており、それはP5が死亡した後も同様であったこと(平成22年1月からは明記されている。)、B 原告竹井機器による本件各検査用紙の売上部数は、毎月3万部から6万部弱であるところ、住友事業団による発行部数は毎月250部程度にすぎないこと、C 原告竹井機器は、住友事業団からその発行部数一部ごとに120円の支払を受け、そのうち一部ごとに65円を著作権の共有者に対する支払に充てていたこと、D 原告竹井機器が、本件各検査用紙を発行するのに要する原価は一部ごとに10.3円であること、E 住友事業団が発行していたYG性格検査の検査用紙は、本件各検査用紙とは異なる、その前段階で発行されていたものであること、以上の事実が認められる。
 そして以上の事実によれば、住友事業団との関係の問題は、愛知県勤労会館に対する関係における問題と異なって、原告竹井機器が、その関係を著作権に共有者らに隠蔽しようとしていなかったことは明らかであるから、原告竹井機器がP5と緊密な関係にあったことも併せ考えると、原告竹井機器が住友事業団との関係で上記の様な処理をすることを包括的に許諾されていた可能性も十分推認し得るようにも思われる。
 また、そうでなくP5の認識しないところで、住友事業団に上記のような発行をさせていたとしても、その実質は、検査用紙の印刷発行を住友事業団に下請けさせていたと変わらず、そのために原告竹井機器が得た利益も下記のとおり微々たるものであるし、また検査様式が本件各検査用紙の前段階のものであることについては、その原因が不明であって、これを原告竹井機器の責任とするだけの根拠も示されていないから、いずれにしても、原告竹井機器の上記行為は、愛知県勤労会館に対する関係における著作権の共有者らに全く無断で許諾したという問題とは全く質的に異なっており、同様の評価を与えることはできないといわなければならない(原告竹井機器は、住友事業団に対する関係では自ら発行しないにもかかわらず、一部ごとに120円の対価を得て、そのうち著作権の共有者に65円の著作権利用料しか支払わないから、一般管理費等を控除したとしても一部ごとに50円程度の利益が残る計算になる。しかし、原告竹井機器は、住友事業団に対して本件各検査用紙の販売をして利益を得ることもできたのであるから、原告竹井機器が、住友事業団に発行を委ねることにより得た不当な利益とは、自ら発行する場合の経費の支出を免れた部分でしかないというべきであって、その場合の一部当たりの利益額は原価と同額の10.3円である。そして、これを年間ベースで計算しても合計3万900円にしかならない(10.3円(一部当たりの利益額)×250部(一月当たりの発行部数)×12月))。
エ したがって、被告P3らの主張する住友事業団との関係における問題は、それに先行する愛知県勤労会館に対する関係における問題を斟酌したとしても、本件更新拒絶の「正当な理由」を基礎付ける事実としては十分なものではないといわなければならない。
オ なお、被告P3らは、原告竹井機器がマイライフ社に対して本件各検査用紙のプロフィール表の掲載許可を与えたとも主張する。
 しかし、そもそも、その主張に係る事実は、本件訴訟係属後に起きた事実であって、更新時期が平成22年1月1日である本件出版契約の更新拒絶のための「正当な理由」を基礎付ける事実とはできないものであるから、被告P3らの上記主張は失当である(なお、証拠(乙13及び14)によれば、被告P3らが問題とするプロフィール表の掲載は、著作権法32条1項の要件を満たした引用に当たると認められるから、著作権侵害は問題とならない。)。
 そのほか被告P3らは、原告竹井機器の帳簿保存義務についての法令違背さえも主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
(5) 以上のとおり、被告P3らが、本件更新拒絶の「正当な理由」を基礎付ける事実と主張する諸事実は、いずれもそのような評価を基礎付ける事実としては不十分であって、これはすべての事実関係を併せ考えても同じである。
 したがって、被告P3がした本件更新拒絶は有効なものとは認められないから、本件出版契約は同契約3条の規定により更新されて存続しているものと認められ、その結果、原告竹井機器は、本件出版契約に基づき本件各検査用紙を出版、販売する権利を有することが認められる。
第5 結 論
1 以上によれば、原告竹井機器と被告P3との間において、本件各検査用紙の出版、販売に関して、本件出版契約が存在することの確認を求める甲事件主位的請求は、原告竹井機器の請求については理由があるから認容されるべきであるが、原告P1及び同P2の請求に係る訴えは確認の利益がなく不適法であるから却下されるべきである。
2 原告P1及び同P2の予備的請求は、本件出版契約が存続している以上、被告P3に対し、さらに同契約更新の合意をするよう求めることはできないから理由がないことになり棄却されるべきである。
3 乙事件各請求は、いずれも本件出版契約が終了したことを前提とするものであるから、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく棄却されるべきである。
4 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 森崎英二
 裁判官 達野ゆき
 裁判官 西田昌吾


別紙1 商品目録
1 品名 YG性格検査用紙(一般用)
  発行所 日本心理テスト研究所株式会社
  販売元 竹井機器工業株式会社
2 品名 YG性格検査用紙(高校生用)
  発行所 日本心理テスト研究所株式会社
  販売元 竹井機器工業株式会社
3 品名 YG性格検査用紙(中学生用)
  発行所 日本心理テスト研究所株式会社
  販売元 竹井機器工業株式会社
4 品名 YG性格検査用紙(小学2年〜6年生用)
  発行所 日本心理テスト研究所株式会社
  販売元 竹井機器工業株式会社

別紙2 略
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日本ユニ著作権センター
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