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【事件名】ロックバンドのライブDVD事件
【年月日】平成23年10月31日
 東京地裁 平成21年(ワ)第31190号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成23年8月24日)

判決
原告 X
原告 Y
原告ら訴訟代理人弁護士 蓮見和也
同 光岡健介
同 高橋ひろみ
原告ら訴訟復代理人弁護士 花井ゆう子
被告 Z


主文
1 被告は、原告Xに対し、44万9900円及びこれに対する平成21年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Yに対し、3万4013円及びこれに対する平成21年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を、いずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告Xと被告間に生じた費用については、これを2分し、その1を同原告の、その余を被告の各負担とし、原告Yと被告間に生じた費用については、これを50分し、その49を同原告の、その余を被告の各負担とする。
5 この判決は、1、2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告Xに対し、94万9900円及びこれに対する平成21年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Yに対し、197万0900円及びこれに対する平成21年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、ロックバンドのライブ等を収録したビデオ及びDVDの映画の著作物3点について、内2点の著作権を有する原告X(以下「X」という。)と、内1点の著作権及び著作者人格権を有すると主張する原告Y(以下「Y」という。)が、被告に対し、被告が各原告の許諾を得ずに上記著作物を複製・頒布し、もって各原告の著作権(複製権、頒布権、著作権法21条、26条)を侵害したと主張するとともに、Yについては、予備的に著作者人格権(公表権、同法18条)を侵害したと主張して、損害賠償請求(民法709条、710条、著作権法114条1項又は3項)として、Xについて94万9900円、Yについて197万0900円及び各金員に対する訴状送達日の翌日である平成21年12月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実以外は、証拠を項目の末尾に記載する。ただし、書証は、枝番を含む。)
(1) 当事者等
ア Xは、ロックバンド「COOLS」のリーダーであるとともに、改造オートバイ等の販売、「COOLS」のライブ映像やオートバイ走行映像を収録したDVD等を販売する者である。
イ Yは、ロックバンド「THE MACKSHOW」のリーダーである。
ウ 被告は、勤務の傍ら、ロックバンド「THE MACKSHOW」のライブ公演の前座として出演する等の音楽活動も行う者である。
(2) 原告らが著作権を主張する著作物は、次のとおりであり、いずれも映画の著作物(著作権法10条1項7号)である(甲1、8〜10)。
ア 「COOLS」クリスマスライブビデオ(以下「著作物1」という。甲8)
(ア) 著作物1は、平成6年12月25日にライブハウスのGIBSON HOUSEにおいて開催された「COOLS」のクリスマスライブ映像を収録した商品名「THE COOLS X’mas Rock’n Roll PARTY」、副題「キリストのBirth Day にGIBSON HOUSE で・・・・」のビデオである。
(イ) 著作物1は、「COOLS」のリーダーであるXの発意により製作され、同原告は、収録された上記ライブにドラム奏者として参加するとともに、収録の際には、ライブの臨場感を表現するためにカメラワークや照明等の演出に工夫を凝らし、映像の編集についても指揮を執るなどしており、著作物性が認められ、著作物1の著作権が同原告に帰属することについては、被告においても積極的に争うものではない。
イ 「THE BIG BAD BIKER」No1〜3のDVD(以下「著作物2」という。甲1、9)
(ア) 著作物2は、Xのオートバイ走行映像とライブ映像等を収録した商品名「THE BIG BAD BIKER」No1〜3のDVDである。
(イ) 著作物2は、Xの発意により製作され、同原告は、収録されたオートバイ走行映像に出演するとともに、収録の際には、バイクの疾走感やライブの臨場感を見る者に伝達するため、出演者らの動きを指揮し、カメラワークや照明等の演出に工夫を凝らし、映像の編集についても指揮を執るなどしており、著作物性が認められ、著作物2の著作権が同原告に帰属することについては、当事者間において争いがない。
ウ 「THE MACKSHOW」ライブのDVD(以下「著作物3」という。甲10)
(ア) 著作物3は、「THE MACKSHOW」の活動初期のライブ映像を収録したDVDである。
(イ) 著作物3は、「THE MACKSHOW」のリーダーであるYの発意により製作された(著作権3の著作物性、著作権の帰属については、当事者間において争いがある。)。
(3) 被告の行為等(甲2、6、弁論の全趣旨)
ア 著作物1の販売
 被告は、平成20年6月4日ころから同年7月30日ころまでの間、インターネットを通じて、不特定人に対し、著作物1の複製物を7本販売した(被告が著作物1の複製物を7本販売したことは争いのない事実である。ただし、上記7本が著作物1の正規の複製品であるのか、無断複製品であるのかについて、当事者間に争いがある。)。
イ 著作物2の複製、販売
(ア) 被告は、Xの許諾を得ることなく著作物2を複製し、平成19年3月8日ころから平成20年6月18日ころまでの間、インターネットを通じて、不特定人に対し、上記複製物であるDVD137枚を販売した(被告が、Xの許諾を得ることなく著作物2を複製、頒布したことは争いのない事実である。)。
(イ) 被告は、著作物2を自ら複製、頒布しており、Xの著作権を侵害することを認識していた(争いのない事実である。)。
ウ 著作物3
 被告は、著作物3(ただし、著作物性について争いがある。)を複製し、平成19年1月5日ころから平成20年6月15日ころまでの間、インターネットを通じて、不特定人に対し、上記複製物であるDVD63枚をポマードの景品として頒布した(被告が著作物3とされるDVDの複製物をポマードの景品として頒布したことは争いのない事実である。)。
 Yは、被告による頒布行為の前に、ライブハウスの関係者にのみ記念として配布する趣旨で、同関係者らに、著作物3を複製頒布した(弁論の全趣旨)。
(4) 本件訴訟に至る経緯(甲2、5、6、11、14、15)
ア 被告は、(3)のとおり、不特定人に対し、平成19年3月8日ころから平成20年6月18日ころまでの間、著作物2の複製品であるDVDを販売し、平成19年1月5日ころから平成20年6月15日ころまでの間、著作物3の複製品であるDVDを頒布し、同年6月4日ころから同年7月30日ころまでの間、著作物1(正規品か複製品かについては、争いがある。)を販売していた。
イ 原告らは、被告の上記複製・頒布の事実を知り、平成20年6月ころ、被告に対し、誓約書の提出や取引履歴の開示等を求めた。
ウ 被告は、Yの関係者に対し、平成20年7月26日付け「お詫び状」(甲11)を提出し、著作物3の頒布について謝罪した。
エ 原告らの各所属事務所担当者は、原告訴訟代理人を通じて、被告に対し、平成20年9月29日付け「警告書」(甲5)を送付した。
オ 被告は、原告らの各所属事務所担当者に対し、平成20年10月6日付け各「お詫び状」(甲6)を提出し、「COOLS」のビデオ及び著作物3の各複製・頒布について謝罪した。
カ 原告らは、当裁判所に対し、平成21年9月2日、本件訴訟を提起した。
3 争点
(1) Xについて
(1)−1 著作物1の著作権(複製権・頒布権)侵害の成否
(1)−2 著作物1の著作権(複製権・頒布権)侵害についての故意過失
(1)−3 著作物1・2の著作権(複製権・頒布権)侵害等による損害
(2) Yについて
(2)−1 著作物3の著作物性、著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)の帰属
(2)−2 著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害の成否
(2)−3 著作物3の著作者人格権(公表権)侵害の成否
(2)−4 著作物3の著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)侵害についての故意過失
(2)−5 著作物3の著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)侵害等による損害
4 争点に対する当事者の主張
(1) Xについて
(1)−1 著作物1の著作権(複製権・頒布権)侵害の成否
(X)
ア 被告は、著作物1について、著作権者であるXの許諾を得ることなく複製し、Xの複製権を侵害した。
イ 被告は、著作物1について、前提となる事実(3)アのとおり、上記複製物7本を不特定人に販売し、Xの頒布権を侵害した。
ウ 被告は、被告は、Xの所属する事務所担当者に対し送付した平成20年10月6日付けお詫び状(甲6)において、「ビデオの複製(無許可)」と「販売」を認めている。
(被告)
ア Xの主張する事実はいずれも否認し、法的主張は争う。
イ 被告が販売した著作物1のビデオは、正規品である。被告は、著作物1を10本セットで購入し、このうち7本を販売した。お詫び状(甲6)の「ビデオ」の記載は、被告の誤認である。
(1)−2 著作物1の著作権(複製権・頒布権)侵害についての故意過失
(X)
ア 被告は、Xの許諾を得ることなく、著作物1を複製・頒布したから、同原告の著作権を侵害することについて故意又は過失がある。
イ 被告は、音楽活動を行う経歴を有しており、ライブ映像にかかるDVD等の著作物を著作権者に無断で複製・頒布してはいけないことは容易に認識し得たにもかかわらず、著作権者であるXの許諾を得ずに著作物1を複製・頒布したから、少なくとも過失がある。
(被告)
 Xの主張は争う。
(1)−3 著作物1・2の著作権(複製権・頒布権)侵害等による損害
(X)
ア 著作物1・2の著作権(複製権・頒布権)侵害により、Xには、次のとおりの損害が発生した。
(ア) 民法709条、著作権法114条1項に基づく損害(主位的主張)
@ 著作物1は、定価4000円で販売されており(甲8)、製造原価は、媒体(ビデオ)の原価及びパッケージ費用の合計400円を超えないから、単位数量当たりの利益は3600円を下らない。
A 著作物2は、定価3500円で販売されており(甲1)、製造原価は、媒体(DVD)の原価及びパッケージ費用の合計400円を超えないから、単位数量当たりの利益は3100円を下らない。
B したがって、損害は、著作物1について、2万5200円(=単位数量あたりの利益額3600円×譲渡数量7本)、著作物2について、42万4700円(=単位数量あたりの利益額3100円×譲渡数量137枚)である。
(イ) 民法709条、著作権法114条3項に基づく損害(予備的主張)
@ 上記のとおり、販売価格は、著作物1が4000円、著作物2が3500円である。
A 使用料については、著作権利用許諾契約における一般的な利用料率は概ね10%程度であり、大手製作会社に所属して製作販売を行う場合、著作権者へ支払われる著作物使用料(印税)は、13〜15%程度に設定されることが一般的であるが、大手製作会社に所属しないで独自に製作販売を行う場合には、映像等の製作費用をすべて自主負担するため、著作権者へ支払われる著作物使用料は、50〜60%と高く設定されることが一般的である。
 そして、大手製作会社に所属しないで独自に製作販売を行う「COOLS」の作品の流通販売においては、流通業者は、税抜き小売価格の60%相当額を、実質的な著作権使用料(印税)として著作権者の委託業者に支払い、同委託業者は、税抜き小売価格の50%相当額を著作権者側に支払っていたから、使用料率60%が算定基準となるものである。
B したがって、Xの損害は、著作物1について、1万6800円(=相当販売価格4000円×使用料率60%×販売数7本)、著作物2について、28万7700円(=相当販売価格3500円×60%×販売数137枚)である。
イ 精神的損害(民法709条、710条)
(ア) 平成20年2月、被告による著作権侵害が発覚したため、Xは、被告に対し、販売の中止、販売数量等の申告、謝罪を求めた。しかし、被告は、誠実に対応せず、2か月余り後、同原告側の再三の督促を受けてようやく謝罪文や販売数量についてのメモを提出した(甲6)。ところが、当該申告には、著作物2についての言及がないなど、不誠実な対応であったため、当事者の関係は悪化した。
(イ) Xは、多大なる時間、労力、費用の負担を余儀なくされ、多大な精神的負担を被っている。また、同じ音楽業界にある被告の著作権を軽視する態度に対する、同原告の感情的衝撃は大きい。
(ウ) Xの被った精神的損害を金銭的に評価すると、50万円を下らない。
(被告)
 Xの主張する事実はいずれも否認し、法的主張は争う。
(2) Yについて
(2)−1 著作物3の著作物性、著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)の帰属
(Y)
ア 著作物3は、著作物性を有する映画の著作物であり、Yに著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)が帰属している。
イ 著作物性(創作性)
 著作物3は、次のとおり、著作者の個性が表現されており、著作物性(創作性)を有する。
(ア) 著作物3は、「THE MACKSHOW」のライブ映像を収録したDVDであり、映像は、関係者への配布を目的として収録された。映像の内容は、同バンドがライブにおいて楽曲を演奏している連続映像であり、ライブの臨場感を表現するためのカメラ配置や照明が施されている。
(イ) カメラについては、固定されているが、ステージの全体像を捉えることができる位置及び角度に設置されており、ステージ上のライブ演奏の様子を、観客の目線からくまなく収録しており、そのような位置にカメラを配置することに、ライブの臨場感を伝達する表現としての創作性が認められる。ライブの撮影を目的としない防犯カメラ等の定点カメラに、偶然ライブの様子が撮影されたような場合とは異なる。
(ウ) 編集については、一般に、コンサートやライブ等を収録したDVDには、全編ノーカットの商品が多数販売されているように、編集を施さないことは、一続きのライブの臨場感を忠実に伝えることができる表現方法の一つといえる。著作物3は、あえて編集を施す必要性が乏しいため、特段の編集をしていないが、収録対象がロックバンドのライブであるという特殊性に鑑みれば、編集作業が施されていないことのみをもって、創作性を欠くということはできない。
ウ 著作権(複製権、頒布権)・著作者人格権(公表権)の帰属
(ア) 著作物3の撮影は、ライブハウスに設置されたカメラによって行われたが、同撮影行為は、「THE MACKSHOW」のリーダーであるYの意思に基づき、ライブハウスをして撮影させたものである。同原告は、同バンドのリーダーとして、ライブの音響や照明等について指揮をとり、同バンドならではの音楽性を表現した演奏とパフォーマンスを演出して、臨場感のある独自のライブ映像を収録させた。
(イ) したがって、著作物3は、映画の著作物であるところ、Yが主体的に製作を指揮し、同原告の創作的な表現を具現化したものであるから、Yは著作物3の全体的形成に創作的に寄与したものであり、その著作者である(著作権法16条)。そして、その著作権(複製権、頒布権)・著作者人格権(公表権)は、同原告に帰属する。
(被告)
ア Yの主張は、いずれも争う。
イ 著作物3は、ライブハウスが撮影した映像であり、カメラワーク及び編集に著作物性(創作性)はない。カメラを複数台用意してターンさせて撮影し、編集する程度のことは、複数のライブハウスで行われており、著作物3は、ありふれた映像である。
(2)−2 著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害の成否
(Y)
ア 被告は、著作物3について、著作権者であるYの許諾を得ることなく複製し、Yの複製権を侵害した。
イ 被告は、著作物3について、前提となる事実(3)ウのとおり、上記複製物63枚を不特定人に販売し、Yの頒布権を侵害した。
(被告)
 Yの主張は争う。
(2)−3 著作物3の著作者人格権(公表権)侵害の成否
(Y)
ア 被告は、未公表の著作物3について、著作者人格権者であるYの許諾を得ることなく、複製し不特定人に頒布して、公衆に提供し、Yの公表権を侵害した。
イ ロックバンドのライブ映像を収録したDVD等については、購買層であるファンの要求を満たしうる程度の相当部数の複製物が作成頒布されなければ、公表されたと解することができないところ(著作権法3条1項、4条1項)、著作物3は、ライブハウス関係者にのみ記念として配布する趣旨で提供され、ファン等の一般向けには提供されていないことからすると、未公表である(同法18条1項)。
(被告)
 Yの主張は争う。
(2)−4 著作物3の著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)侵害についての故意過失
(Y)
ア 被告は、Yの許諾を得ることなく著作物3を複製・頒布したから、同原告の著作権・著作者人格権を侵害することについて故意又は過失がある。
イ 被告は、音楽活動を行う経歴を有しており、ライブ映像にかかるDVD等の著作物を著作権者・著作者人格権者に無断で複製・頒布してはいけないことは容易に認識し得たにもかかわらず、著作権者・著作者人格権者であるYの許諾を得ずに著作物3を複製・頒布したから、少なくとも過失がある。
(被告)
 Yの主張は争う。
(2)−5 著作物3の著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)侵害等による損害
(Y)
ア 著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害により、Yには、次のとおりの損害が発生した。
(ア) 民法709条、著作権法114条1項に基づく損害(主位的主張)@ 「THE MACKSHOW」のライブを収録したDVDは、いずれも定価4000円〜5000円前後で販売されており(甲12)、Yが著作物3を販売した場合の販売価格は4500円を下らないところ、製造原価は、媒体(DVD)の原価及びパッケージ費用の合計200円を超えないから、単位数量当たりの利益は4300円を下らない。
A したがって、損害は、27万0900円(=単位数量あたりの利益額4300円×譲渡数量63枚)である。
(イ) 民法709条、著作権法114条3項に基づく損害(予備的主張)
@ 上記のとおり、著作物3の相当販売価格は4500円である。
A 使用料については、「THE MACKSHOW」の作品の流通販売においては、流通業者側は、税抜き小売価格の60%相当額を、著作権者側に支払うものとされているから(甲13)、使用料率60%が算定基準となるものである。B したがって、Yの損害は、17万0100円(=相当販売価格4500円×使用料率60%×販売数63枚)である。
イ 逸失利益(民法709条)
(ア) Yは、被告の行為により、@平成20年10月31日「名寄BURST」、A同年11月1日「北見夕焼け祭り」、B同月2日「札幌SUSUKINO810」、C同月3日「苫小牧さいとう楽器」における各公演を中止することを余儀なくされた。
(イ) 著作物3は、札幌のライブハウスで撮影され、関係者に配布されたDVDだったため、Yが、本件が解決しない段階で、北海道地区で公演を行うことは、更なる侵害が予想されるため、回避せざるを得ないものであった。また、被告は、北海道地区でバンド活動を行う音楽業界関係者であるから、同業界の問題として、本件が解決されるまでの間、同地域でのライブ活動が中断されるおそれがあることは、予想しうることであった。したがって、公演中止により発生した出演料相当額の損害は、被告の行為に基づく損害である。
(ウ) Yの被った生じた損害は、出演料相当額である120万円(=1公演当たりの出演料30万円×4公演)である。
ウ 精神的損害(民法709条、710条)
(ア) 著作権侵害等による損害(主位的主張)
@ Yは、著作権侵害について、被告の不誠実な対応に起因して事態が長期化したことにより、時間、労力、費用の負担を余儀なくされ、多大な精神的負担を被っている。また、同じ音楽業界にある被告の著作権を軽視する態度に対する、同原告の感情的衝撃は大きい。
A Yの被った精神的損害を金銭的に評価すると、50万円を下らない。
(イ) 著作者人格権侵害による損害(予備的主張)
 Yが、著作者人格権(公表権)侵害により被った精神的損害を金銭的に評価すると、50万円を下らない。
(被告)
ア Yの主張する事実はいずれも否認し、法的主張は争う。
イ 北海道公演を中止したのは、「THE MACKSHOW」ではなく、Yが在籍する「THE BIG BAND」である。上記公演中止は、被告が原告らに対し、お詫び状(甲6)を送付し、商品の販売及び景品の添付を中止した後である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1) Xについて (1)−1 著作物1の著作権(複製権・頒布権)侵害の成否について
(1) 前提となる事実に加え、証拠(甲2、6、8、14)及び弁論の全趣旨によると、被告は、平成20年6月4日ころから同年7月30日ころまでの間、インターネットを通じて、不特定人に対し、著作物1を7本販売したこと、被告は、被告作成の同年10月6日付け「お詫び状」(甲6)において、著作物1である「COOLS」のクリスマスライブビデオについて、「当方がビデオの複製(無許可)…販売し…」と記載し、著作権者であるXの許諾を得ることなく複製して販売したことを認めていたことがそれぞれ認められる。
 したがって、被告は、著作物1について、著作権者であるXの許諾を得ることなく複製・頒布したものであり、同原告の著作権(複製権・頒布権)を侵害したと認めるのが相当である。
(2) 被告は、自ら販売した著作物1のビデオは正規品であり、10本セットで購入したと主張するが、裏付けとなる客観的な証拠は提出されていないから、被告の上記主張を採用することはできない。被告は、上記書面(甲6)で無断複製等を認めたのは、著作物2であるとするが、同書面(甲6)には、「ビデオの複製(無許可)…販売」、「クールス・クリスマスビデオ…販売数7本 売上げ31、460円」等と記載されていることからすると、被告の上記主張をにわかに信用することもできない。
2 争点(1) Xについて (1)−2 著作物1の著作権(複製権・頒布権)侵害についての故意過失について
(1) 前提となる事実及び第3、1(1)の認定事実に加え、証拠(甲6、8、14)及び弁論の全趣旨によると、被告は、著作物1について、著作権者であるXの許諾を得ることなく複製・頒布したことが認められるから、被告には、同原告の著作権を侵害することについて、少なくとも過失があったと認めるのが相当である。
(2) 被告は、故意過失を争い、陳述書において、平成19年1月、Xの経営する店舗の姉妹店(札幌)で行われた開店パーティの際、店長の依頼を受けてCD/DVDを複製し販売したことがあり、同所にはXも参加していた旨を記載するが(乙1)、かかる事実をもって、被告において、著作権者の許諾を得るべく注意を尽くしたということはできないから、被告の上記主張を採用することはできない。
3 争点(1) Xについて (1)−3 著作物1・2の著作権(複製権・頒布権)侵害等による損害について
(1) 前提となる事実に加え、証拠(甲1、8、9、14)及び弁論の全趣旨によると、Xは、東京都江東区所在の実店舗及びインタネット・ショップにおいて「CHOPPER」という店を経営し、改造オートバイやその部品などを販売するほか、「COOLS」関連商品であるポスター、Tシャツ、帽子、COOLSのコンサートライブ映像を収録したビデオ・CD・DVD等や、自らオートバイに乗っている映像を収録したDVD「チョッパー オリジナルDVD」等を販売していること、「COOLS」関連商品である著作物1の定価は1本当たり4000円であり、著作物2の定価は1枚当たり3500円であることがそれぞれ認められる。そして、上記販売形態においては、変動費が多額のものとはならないことが窺われることや、同原告は、著作物1・2の製造原価が単位数量当たり400円を超えない旨を主張していること等に照らすと、被告による著作物1・2の著作権(複製権・頒布権)侵害により原告が被った損害(著作権法114条1項)は、著作物1について2万5200円(=3600円×7本)、著作物2について42万4700円(=3100円×137枚)と認めるのが相当である。
(2) Xは、被告による著作物1・2の著作権(複製権・頒布権)侵害に基づく精神的損害を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(3) Xは、被告の不誠実な対応等により精神的苦痛を被った旨を主張し、これと同旨の陳述書(甲14)を提出するが、前提となる事実(4)のとおり、被告は、原告らによる警告等に対して「お詫び状」(甲6、11)を提出するなどして対応してきたものであり、平成20年7月26日付け「お詫び状」(甲11)の提出と概ね同時期である同月30日より後には、複製品の頒布を行っていた事実が認められないこと等からすると、同原告において、被告の対応が不適切・不十分と感じる点があったとしても、被告の対応等を違法と認めるには足りず、同原告の主張する精神的損害についても、これを認めるに足りる証拠はない。
4 争点(2) Yについて (2)−1 著作物3の著作物性、著作権(複製権・頒布権)・著作者人格権(公表権)の帰属について
(1) 著作物3の著作物性(創作性)について
ア 前提となる事実に加え、証拠(甲10、15)及び弁論の全趣旨によると、著作物3は、「THE MACKSHOW」の活動初期のライブの映像を収録したDVDであり、Yの発意・方針に基づき、関係者への配布を目的として製作されたこと、映像は、ライブハウスに設置された固定カメラにより撮影されているが、同カメラは、ステージ全体を捉えることのできる位置及び角度に設置されており、ステージ全体を正面から撮影したり、ステージ上の人物の移動に合わせて左右に角度を変えて撮影したり、望遠によりステージ上の人物を中心に撮影することができるものであること、著作物3は、上記バンドがライブにおいて楽曲を演奏する様子を撮影したライブ全体の映像で構成され、ライブの進行に応じて、ステージ全体を正面から撮影したり、特定のメンバーを中心に撮影したり、メンバーのステージ上の移動に伴いカメラの角度を変えて撮影するなどした映像から成っていること、著作物3の映像には、ライブの臨場感を損なわないため、特段の編集作業を施していないことがそれぞれ認められる。
 したがって、著作物3の映像は、上記バンドのライブにおける演奏の様子が記録され、カメラワークや編集方針により、ライブ全体の流れやその臨場感が忠実に表現されたものとなっており、著作者であるYの個性が現れているということができるから、著作物性(創作性)を認めるのが相当である。
イ 被告は、著作物3のカメラワーク等から、その著作物性(創作性)を争うが、上記のとおり、著作物3は、ライブの進行に応じた撮影を行っていることからすると、著作者の個性が表現されているということができる。したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(2) 著作物3の著作権(複製権、頒布権)・著作者人格権(公表権)の帰属 上記のとおり、著作物3は、「THE MACKSHOW」のリーダーであるYの発意及び編集方針に基づき製作されたものであり、同原告が主体的に製作を指揮し、その創作的な表現を具現化したものであるから、著作物3の著作者は同原告であり(著作権法16条)、その著作権(複製権、頒布権)・著作者人格権(公表権)は、同原告に帰属すると認めるのが相当である(同法18条、21条、26条)。
5 争点(2)−2 著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害の成否について
 前提となる事実に加え、証拠(甲2、6、10、11、15)及び弁論の全趣旨によると、被告は、Yの許諾を得ることなく、著作物性(創作性)の認められる著作物3を複製し、平成19年1月5日ころから平成20年6月15日ころまでの間、インターネットを通じて、不特定人に対し、上記複製物であるDVD63枚をポマードの景品として頒布したことがそれぞれ認められる。
 したがって、被告は、著作物3について、著作権者であるYの許諾を得ることなく複製・頒布したものであり、同原告の著作権(複製権・頒布権)を侵害したと認めるのが相当である。
6 争点(2)−3 著作物3の著作者人格権(公表権)侵害の成否について
 Yは、著作物3は、ロックバンドのライブ映像を収録したDVDの映画の著作物であるところ、ライブハウスの関係者のみに配布する趣旨で提供され、ファン等の一般向けに相当部数が提供されたものではないから、未公表の著作物に該当し、被告が、著作者人格権者である同原告の許諾を得ることなく、著作物3を複製し不特定人に頒布することにより、公衆に提供したことは、同原告の公表権(著作権法18条)を侵害すると主張する。
 そこで、検討するに、著作権法18条は、「著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。・・・)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する」と定めている。他方、著作物は、発行された場合において「公表」されたものとされ(同法4条1項)、著作物の「発行」については、著作物の性質に応じ公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が、複製権(同法21条)を有する者によって作成され頒布された場合において、「発行」されたものとされる(同法3条1項)。
 著作物3については、著作者であるYが複製頒布したものであるから、複製権者が著作者の同意を得て複製頒布したものであり、その複製頒布がその性質に応じ公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数に達している限り、公表されたものといえることになる。
 前提となる事実(3)ウのとおり、著作物3は、同原告が、被告による頒布行為の前に、ライブハウスの関係者にのみ記念として配布する趣旨で、同関係者らに複製頒布したものであり、その数量は少数であることが窺われるが、本件の著作物3のようなDVDに収録された「映画の著作物」については、作成頒布された複製物の数量が少数であったとしても、著作物の性質上、かかる場合においても、公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が複製頒布されたものと認められるから、同原告は、被告による頒布行為以前に、当該著作物を公表したと解するのが相当である。
 したがって、著作物3について、被告が、同原告の許諾を得ることなく、著作物3を複製し不特定人に頒布したとしても、同原告の著作者人格権(公表権、同法18条)の侵害は成立しない。
7 争点(2)−4 著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害についての故意過失について
(1) 著作物3の著作権(複製権・頒布権)については、前提となる事実に加え、証拠(甲6、10、11、15)及び弁論の全趣旨によると、被告は、著作物3について、著作権者であるYの許諾を得ることなく複製・頒布したことが認められるから、被告には、同原告の著作権を侵害することについて、少なくとも過失があったと認めるのが相当である。
(2) 被告は、故意過失を争うが、特段、具体的な主張や証拠を提出していないから、被告の上記主張を採用することはできない。
8 争点(2)−5 著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害等による損害について
(1) 前提となる事実に加え、証拠(甲15)及び弁論の全趣旨によると、Yは、著作物3については、ライブハウス関係者にのみ記念として配布する目的で複製頒布したものであり、販売していないことが認められるから、著作物3の著作権侵害による損害額の算定においては、著作権法114条1項による推定の前提を欠くというべきであり、同条項を適用することはできない。
(2) 前提となる事実、証拠(甲12、15)及び弁論の全趣旨によると、Yは、「THE MACKSHOW」関連商品であるDVD等については、大手製作会社の関与しない方法により製作しており、従前販売してきたDVDの価格は、3800円〜5000円(平均価格4153円)であること、著作物の利用に関しては、使用料率は概ね13〜15%であることが窺われることがそれぞれ認められるから、被告による著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害により原告が被った損害(著作権法114条3項)は、3万4013円(=4153円×13%×63枚)と認めるのが相当である。
 同原告は、使用料率は60%を基準に算定すべきであると主張し、流通業者との間の取引に関する資料(甲13)を提出して、流通業者に販売委託する場合は、税抜き小売価格の60%相当額及び手数料を控除した金額の入金を受けることを主張するが、かかる入金額は、同原告の流通業者に対する販売の売上と解されることからすると、上記率を基準として、著作権の使用料を算定することはできないというべきである。したがって、同原告の上記主張を採用することはできない。
(3) Yは、被告による著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害による損害として、北海道地区の公演を中止したことによる逸失利益を主張するが、公演の中止は、被告の行為が契機になった可能性はあるものの、同原告の判断によるものであり、同公演についても、被告を参加させない等により対応することが可能であったと考えられることからすると、同原告に上記逸失利益の損害があったとしても、被告の行為との間に相当因果関係を認めることはできず、その他、これを認めるに足りる証拠はない。
(4) Yは、被告による著作物3の著作権(複製権・頒布権)侵害に基づく精神的損害を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(5) Yは、被告の不誠実な対応等により精神的苦痛を被った旨を主張し、これと同旨の陳述書(甲15)を提出するが、前提となる事実(4)及び第3、3(3)のとおり、被告は、原告らによる警告等に対して「お詫び状」(甲6、11)を提出するなどして対応してきたものであり、平成20年7月26日付け「お詫び状」(甲11)の提出後においては、著作物3の複製品の頒布を行った事実が認められないこと等からすると、同原告において、被告の対応等が不適切・不十分と感じる点があったとしても、違法と認めるには足りず、同原告の主張する精神的損害についても、これを認めるに足りる証拠はない。
第4 結論
 以上により、原告らの請求は、Xについて44万9900円、Yについて3万4013円及び各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成21年12月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 小川雅敏
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