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【事件名】自主制作CD「あたたかい場所」事件
【年月日】平成23年7月21日
 東京地裁 平成21年(ワ)第37303号 損害賠償請求事件(本訴)、
 平成21年(ワ)第45623号 レコード複製・譲渡差止等請求事件(反訴)
 (口頭弁論終結日 平成23年4月14日)

判決
本訴原告(反訴被告) X1
本訴原告 X2
上記両名訴訟代理人弁護士 真貝暁
本訴被告(反訴原告) Y
訴訟代理人弁護士 森田貴英


主文
1 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、93万円及びこれに対する平成21年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告に対し、10万円及びこれに対する平成21年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、別紙CD目録記載のCDの複製物282枚を引き渡せ。
4 本訴原告(反訴被告)のその余の請求及び本訴被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、本訴反訴を通じて、本訴原告(反訴被告)及び本訴被告(反訴原告)に生じた費用の各4分の3を本訴原告(反訴被告)の負担とし、本訴原告(反訴被告)及び本訴被告(反訴原告)に生じたその余の費用並びに本訴原告に生じた費用を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
6 この判決の第1項ないし第3項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴
(1) 本訴原告(反訴被告)
ア 主位的請求
 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、385万円及びこれに対する平成21年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 予備的請求
(ア) 本訴被告(反訴原告)は、別紙CD目録記載のCDを販売してはならない。
(イ) 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、別紙CD目録記載のCDの収録曲をマスタリングして保存した記録媒体を引き渡せ。
(2) 本訴原告
 主文第2項と同旨
2 反訴
(1) 主文第3項と同旨
(2) 本訴原告(反訴被告)は、別紙CD目録記載のCDを複製し、その複製物の譲渡をしてはならない。
第2 事案の概要
 本件本訴は、本訴原告(反訴被告)(以下「原告X1」という。)が、本訴被告(反訴原告)(以下「被告」という。)との間で、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲についてCDの原盤を制作する旨の制作契約を締結し、別紙CD目録記載のCD(以下「本件CD」という。)の各収録曲をマスタリングした音源の記録媒体である原盤(以下「本件CDの原盤」という。)を制作し、これを被告に引き渡した旨主張して、被告に対し、その制作代金の支払を求め(主位的請求)、仮に原告X1主張の制作契約の成立が認められない場合には、原告X1が本件CDのレコード製作者としての著作隣接権(譲渡権)及び本件CDの原盤の所有権を有する旨主張して、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、本件CDの販売の差止めを求めるとともに、所有権に基づき、本件CDの原盤の引渡しを求め(予備的請求)、本訴原告(以下「原告X2」という。)が、被告から本件CDのジャケットデザインの作成の発注を受け、その作成を行った旨主張して、被告に対し、その作成代金の支払を求めた事案である。
 また、本件反訴は、被告が、本件CDのレコード製作者としての著作隣接権(複製権及び譲渡権)を有し、また、原告X1が保管する本件CDの複製物(282枚)の所有権は被告に帰属する旨主張して、原告X1に対し、著作権法112条1項に基づき、本件CDの複製等の差止めを求めるとともに、所有権に基づき、本件CDの上記複製物の引渡しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 本訴請求
(1) 請求原因
ア 当事者
(ア) 原告X1は、ロック・ミュージシャン、ギタリスト、ベーシスト、作詞家、作曲家、音楽プロデューサーであり、「福山雅治」、「時任三郎」、「真田広之」などに楽曲を提供している。
 原告X2は、イラストレーター、グラフィックデザイナーであり、原告X1の妻である。
(イ) 被告は、アニメーション作品、CG、ゲームソフトなどの企画制作等を業とする株式会社プロダクション・I(以下「I」という。)の取締役である。
イ 原告X1と被告間の本件CDの原盤の制作契約
(ア)a 原告X1と被告は、平成20年4月1日ころ、原告X1が、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲について、@販売目的のないCDの原盤の制作の場合、簡易なレコーディングによる制作で、マスタリング込み、CD200枚のコピーという条件で、制作代金は60万円、A販売目的のCDの原盤の制作の場合、プロデュース、アレンジ、演奏料が1曲当たり30万円(「歌入れ」(歌の録音)に係るレコーディング代は別途)、トラックダウン、マスタリング等のエンジニア料が1曲当たり5万円の約定で、CDの原盤を制作する旨の契約(以下「本件制作契約@」という。)を締結した。
b 原告X1は、本件制作契約@に基づいて、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲について、アレンジ、演奏、レコーディング、トラックダウン、マスタリングをし、そのマスリングした音源をCD−Rに記録して、販売目的の本件CDの原盤(11曲収録)を制作し、平成21年1月2日ころ、これを被告に引き渡した。
 したがって、原告X1は、被告に対し、本件制作契約@に基づき、385万円(35万円×11曲)の代金請求権を取得した。
(イ)a 仮に原告X1及び被告間の本件制作契約@の成立が認められないとしても、原告X1と被告は、平成20年4月1日ころ、原告X1が、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲についてアレンジ、演奏、レコーディング、トラックダウン、マスタリングをして、CDの原盤を制作し、被告が原告X1に対し相当な額の報酬を支払う旨の契約(以下「本件制作契約A」という。)を締結した。
b 原告X1は、前記(ア)bのとおり、本件CDの原盤(11曲収録)を制作し、平成21年1月2日ころ、これを被告に引き渡した。
 原告X1は、通常、プロデュース、アレンジ及び演奏を1曲当たり30万円(甲27の1、7、11)で、トラックダウン、マスタリング等のエンジニアリングを1曲当たり5万円(甲27の54)で行っていることからすると、原告X1による本件CDの原盤制作の報酬額は、1曲当たり35万円が相当である。
 したがって、原告X1は、被告に対し、本件制作契約Aに基づき、385万円(35万円×11曲)の代金請求権を取得した。
(ウ)a なお、原告X1は、本件制作契約@又はAの締結に先立ち、原告X1の友人で、かつ、被告と高校同級生でもあるZ(以下「Z」という。)を通じて、被告に対し、販売目的のCDではなく、原告X1がギター1本で伴奏を付けて、被告が歌う楽曲を同時に録音するという簡易なレコーディングであれば、マスタリング込みで、CD200枚のコピーの制作代金は60万円が目安である旨連絡したことがあった。しかし、本件CDは、ギターのほか、被告の要望に従い、ピアノ、ドラムなどのいろいろな楽器の伴奏が録音された上で、被告がその伴奏に合わせて「歌入れ」をした、販売目的の本格的なCDであり、原告X1が連絡した上記制作代金は、本件CDには当てはまらない。
b また、原告X1は、被告の歌唱力では通常行われる1曲につき1時間程度のレコーディングは無理であったことから、原告X1が主宰する音楽教室に被告が入塾し、定期的なレッスン(譜面の書き方、ギター伴奏、歌唱指導)を受けることを提案し、被告がこれに同意したので、平成20年4月15日から、そのレッスンを開始し、その際に被告の「歌入れ」も行い、同年12月23日までの間に、被告から、「歌入れ」を含むレッスン料として合計30万円の支払を受けた。しかるところ、本件制作契約@又はAの制作代金には、「歌入れ」の費用は含まれていないから、上記支払は、本件制作契約@又はAの制作代金の支払には当たらない。
ウ 被告による原告X1の本件CDの著作隣接権(譲渡権)侵害等(上記イの予備的主張)
(ア) 仮に原告X1と被告間の本件制作契約@及びAの成立がいずれも認められないとしても、原告X1は、前記イ(ア)bのとおり、本件CDの収録曲をマスタリングした音源を最初に原告X1所有のCD−Rに固定(記録)し、本件CDの原盤を制作したから、本件CDについてレコード製作者としての著作隣接権を有する。
 また、本件CDの原盤は、上記のとおり、原告X1所有のCD−Rに、原告X1の作業によって収録曲の音源が固定されたものであるから、本件CDの原盤の所有者は、原告X1である。
(イ)a 被告は、平成21年2月ころから、インターネット上で、本件CDの原盤からプレスされた複製物であって、ジャケット、バックインレイ、ブックレット(歌詞カード)及び帯と共にプラスチックケースに入れられてパッケージ化されたもの(以下「本件複製CD」という。)の販売、本件CDの収録曲の有料配信等を行っている。
 被告の上記行為は、原告X1が本件CDについて有する著作隣接権(譲渡権)の侵害に当たる。
b 被告は、本件CDの原盤を占有している。
エ 原告X2と被告間の本件CDのジャケットデザインの作成契約
(ア) 原告X2と被告は、平成20年12月2日、原告X2が代金10万円の約定で本件CDのジャケットデザイン(ジャケット、バックインレイ、ブックレット、帯及びCD本体の盤面のデザイン一式。以下同じ。)を作成する旨の契約(以下「本件ジャケットデザイン契約」という。)を締結した。
(イ) 原告X2は、本件CDのジャケットデザインを完成させ、平成21年2月3日ころ、そのデザインデータを被告に引き渡した。
オ まとめ
 よって、原告X1は、被告に対し、主位的に、本件制作契約@又はAに基づき、本件CDの原盤の制作代金として385万円及びこれに対する平成21年10月3日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、本件CDの著作隣接権者(レコード製作者)として、著作権法112条1項に基づき、本件CDの販売の差止めを求めるとともに、所有権に基づき、本件CDの原盤の引渡しを求め、原告X2は、被告に対し、本件ジャケットデザイン契約に基づき、ジャケットデザインの作成代金として10万円及びこれに対する同日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 請求原因に対する認否及び被告の主張
ア 請求原因ア(ア)の事実は不知。同(イ)の事実は認める。
イ(ア) 同イ(ア)aの事実は否認する。同bのうち、被告が原告X1から本件CDの原盤の引渡しを受けたことは認めるが、その余は争う。
(イ) 同イ(イ)aの事実は否認する。同bのうち、被告が原告X1から本件CDの原盤の引渡しを受けたことは認めるが、その余は争う。
(ウ)a 同イ(ウ)aの事実は否認する。
 被告は、原告X1に対し、60万円の予算内で、販売目的のCDの原盤の制作及び商品の作成・納品の発注をし、原告X1は、これを受注したものである。
b 同bのうち、被告が原告X1に合計30万円を支払ったこと自体は認めるが、その余の事実は否認する。被告が支払った30万円は、原告X1作成の領収証(乙1)記載のとおり、本件CDの「レコーディング料」であって、レッスン料ではない。
ウ(ア) 同ウ(ア)は争う。
 本件CDの原盤は、後記2(1)アのとおり、被告の費用負担によって制作されたものであるから、本件CDについてレコード製作者としての著作隣接権を有するのは被告であり、また、本件CDの原盤の所有権は被告に帰属する。
(イ) 同ウ(イ)aのうち、被告がインターネット上で本件CDの収録曲の有料配信を行ったことは認めるが、その余は争う。
 同bの事実は認める。
エ 同エ(ア)の事実は否認し、同(イ)は争う。
 本件CDのジャケットデザインの作成、カメラマン・メイク・モデルの準備などはすべて被告が行ったものであり、原告X2は、被告の指示に従い、パソコンでの入力作業等の補助を行ったにすぎない。
2 反訴請求
(1) 反訴請求原因
ア 原告X1と被告間の本件CDの原盤の制作等の合意
(ア) 原告X1と被告は、平成20年4月、代金60万円以下の範囲内で、原告X1が、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲に基づいて、次の各業務を行い、それによって作成された原盤、演奏等に関する著作権、著作隣接権等一切の権利を被告に帰属させる旨の合意(以下「本件合意」という。)をした。
a 本件CDの原盤の制作(原告X1の演奏を含む。)
b 本件CDの複製物をケースに入れた商品1000枚の作成及び納品
(イ) 被告は、次のとおり、本件合意に基づいて、本件CDの原盤の制作費及び本件複製CDの作成費の合計57万2800円をすべて支出した。
a 本件CDの原盤の制作代金(原告X1の演奏料を含む。)30万円
b レコーディングの演奏に参加した者の演奏料5万円
c 本件CDのジャケットに用いた写真の撮影料1万5千円
d 本件CDのジャケットに用いた写真のモデル出演料5000円
e 本件複製CDのプレス代(1000枚分)20万2800円
(ウ) 以上のとおり、被告が本件CDの原盤の制作費及び本件複製CDの作成費をすべて負担したものであり、原告X1は本件合意により被告から受注した業務として本件CDの録音行為を行ったにすぎないから、本件CDのレコード製作者は被告であり、また、本件複製CDの所有権は被告に帰属する。
イ 原告X1の本件複製CDの占有
 原告X1は、本件CDの原盤からプレスされた本件複製CD1000枚のうち、282枚を占有している。
ウ 差止めの必要性
 被告は、本件CDについてレコード製作者としての著作隣接権(複製権、譲渡権)を有する。
 しかるところ、原告X1は、本件CDの原盤について自己が正当な権利者である旨主張しており、このまま放置すると、本件CDの複製、本件複製CDの譲渡等を行うおそれがある。
エ まとめ
 よって、被告は、原告X1に対し、本件CDの著作隣接権者(レコード製作者)として、著作権法112条1項に基づき、本件CDの複製及びその複製物の譲渡の差止めを求めるとともに、所有権に基づき、本件複製CD282枚の引渡しを求める。
(2) 反訴請求原因に対する原告X1の認否
 反訴請求原因アの事実は否認する。同イの事実は数量の点を除き認める。同ウは争う。
第4 当裁判所の判断
1 本訴請求
(1) 前提事実
 前記争いのない事実等と証拠(甲1ないし25、乙1ないし9、11、14ないし26(以上、枝番のあるものは枝番を含む。)、証人Z、原告X1、原告X2、被告)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する原告X1及び被告の供述部分等は後記のとおり採用することができない。
ア 当事者
(ア) 原告X1は、昭和60年にロック・ミュージシャンとしての音楽活動を開始した後、ギタリスト、ベーシスト、作詞家、作曲家、音楽プロデューサーとして活動しており、音楽プロデューサーとしては「福山雅治」のデビュー・アルバムのプロデュースなどを手がけてきた。
 原告X1の妻である原告X2は、フリーのイラストレーター、グラフィックデザイナーであり、注文に応じてCDのジャケットデザインの作成、ウェブページ・コンテンツのデザインの作成などの業務を行っている。
(イ) 被告は、アニメーション作品、CG、ゲームソフトなどの企画制作等を業とするIの取締役であり、また、アニメーション作品の企画、制作等を業とするTの設立者であるUの子である。
 被告は、小学生のころ、「タツノコ童謡絵本シリーズ」(レコードとセットになった絵本)のレコード収録曲を歌ったり、テレビアニメ「ラムヂーちゃん」の主題歌を歌うなどの音楽活動を行っていたが、中学生になってからは、音楽活動から離れていた。
イ 本件CDの原盤制作が開始された経緯
(ア) 被告は、平成19年からクラシックギターを習い始め、平成20年の初頭から、高校同級生のZとアマチュアバンドを組んで、バンドの練習を行うようになった。
 被告は、そのバンドにおいて作詞作曲、ボーカル、ギターを担当していたが、自己の作詞作曲した楽曲やボーカルを収録したCDアルバムを作ってみたいと考えるようになり、Zに対し、その考えを述べたところ、Zは、知人の原告X1に被告のCDの制作を依頼してみることを考えた。
 その後、Zは、原告X1に被告の話をしたところ、原告X1が、録音するだけの仕事もやる、制作費は、録音時間や曲数によって変わるが、CD200枚位で60万円位が相場である、とりあえず一度被告に会って話を聞いてみる旨述べたので、被告にその旨を伝えた。
 原告X1は、Zに上記のとおりCDの制作費について述べた際、原告X1が伴奏するアコースティックギターに合わせて、被告が歌う楽曲(10曲程度)を同時に録音するという簡易なレコーディングを行い、そのレコーディングしたものを原告X1が自らCD−Rに200枚位コピーすることを考えていた。
(イ) 原告X1は、平成20年4月1日ころ、原告X1の自宅において、原告X2及びZの同席の下で、被告と面会した。
 原告X1は、その際、被告が持参した被告の歌唱を録音したMDを聞いたところ、被告の歌唱力では、当初想定していた同時録音の方法で短時間でレコーディングを行うことは無理であると判断し、被告に歌唱指導等を行いながら、「歌入れ」(あらかじめ録音された伴奏に合わせて、歌手の歌を録音)していく方法で、時間をかけてレコーディングを行うことを考えた。
 一方で、被告は、同年3月ころから、週に1回程度、原告X1とは無関係の他のミュージックスクールで、ボイストレーニングとCDに収録する曲の歌唱レッスンを受けていた。
ウ 本件CDの原盤の制作
(ア) 原告X1は、平成20年4月15日から、原告X1の自宅で、被告が作詞作曲し、歌唱する楽曲についてCDの原盤の制作作業を開始し、平成21年1月2日ころ、トラックダウンした本件CDの各収録曲(全11曲)をマスタリングし、その音源をCD−Rに記録して本件CDの原盤の制作を完了した。
 上記制作作業の概要は、次のとおりである。
a 編曲・伴奏の録音
 原告X1は、被告が作詞作曲した各楽曲に前奏(イントロ)、間奏及び終奏(エンディング)を付けて編曲し、その編曲した各楽曲について原告X1が演奏するアコースティックギターや、ベースギター、エレクトリックギター、ドラム、ピアノ、パーカッション、ストリングス(バイオリン、ビオラ、チェロのシミュレーション)等の伴奏の録音(いわゆる「オケ録り」)をした。
 パーカッションの録音は、被告の希望により参加した、パーカッショニストのW(以下「W」という。)の演奏によるものである。
b 歌入れ
 被告は、平成20年4月15日から同年12月23日までの間、33回にわたり、原告X1の自宅を訪れ、原告X1が録音した伴奏に歌入れをした。
c トラックダウン及びマスタリング
 原告X1は、前記a及びbのとおり録音(レコーディング)した複数の音をトラックダウン(ミキシング)して本件CDの各収録曲を完成させ、これらをマスタリングし、その音源を原告X1所有のCDRに記録して、本件CDの原盤を完成させた。
(イ)a 被告は、前記(ア)bの各歌入れの都度、原告X1に対し、5000円又は1万円を支払い、その支払額の合計は30万円となった。
 被告は、平成21年1月13日ころ、原告X2から、原告X1作成名義の上記30万円の支払についての平成20年12月23日付け領収証(乙1)を受領した。上記領収証には、「但 レコーディング料」との記載がある。
b 被告は、平成20年11月30日、Wに対し、前記(ア)aのパーカッションの演奏料として5万円(乙2)を支払った。
エ 本件CDのジャケットデザイン及び本件複製CDの作成
(ア)a 被告は、平成20年11月末ころ、原告X2に対し、他のCDのジャケット等の資料(甲11の2、3)を示して、被告のCDのジャケットデザインについて、ドアの向こう側に自分と子供がいる暖かい家庭の雰囲気の写真を表紙にしたい、「絵的な文字」で自分の名前とタイトルを入れたい、お菓子のマカロンを歌詞の入ったページに入れたい、全体的にとにかくかわいいもの、ピンクのイメージにしたいなどと具体的なプランを述べて、ジャケットデザインの作成を依頼した。
 原告X2は、そのころから、被告の希望する絵文字の制作に入り、また、被告は、写真撮影に必要な撮影場所、カメラマン、子供モデル、メイクアーティスト等の手配を行った。
b 平成20年12月18日、Iのスタジオで、ジャケットに使用する写真の写真撮影が行われた。その写真撮影には、原告X2も立ち会った。
 被告は、同日、カメラマン、ヘアメイク及び子役モデルに対し、撮影料及びモデル代として、合計2万円(乙3、4)を支払った。
c 原告X2は、使用写真の色調等の調整・トリミング、表紙のアルバムタイトルとロゴ(甲11の4)の作成、バックインレイ及び裏表紙の作成、ブックレット(歌詞カード)のレイアウトの作成、帯の作成、CD本体の盤面印刷の版下の作成等の作業を行い、平成21年1月初旬ころ、本件CDのジャケットデザイン(甲11の5)を完成した。
(イ)a 平成21年1月10日ころ、原告X2が選定した印刷業者である株式会社H(以下「H」という。)に本件CDの原盤及びジャケットデザインのデータが出稿され、本件CD1000枚のプレス(ジャケットデザインの印刷及びキャラメル包装を含む。)の発注がされた。
 被告は、同月20日、Hに対し、本件CDのプレス代として20万2800円(乙5)を支払った。
b 原告X2は、平成21年2月4日、被告に対し、本件CDのジャケットデザインのデータが記録されたCDを送付した。
 原告X2と被告は、同月7日、Hから、完成した本件複製CD1000枚の引渡しを受けた。その際、被告は、Hから、本件CDの原盤の返還を受けた。
 本件複製CD1000枚は、当初被告がすべて持ち帰る予定であったが、量が多かったことから、被告の要望により、被告において700枚を、原告X1において300枚を保管することとなり、原告X2がその300枚を持ち帰った。
c 本件複製CD(甲6)は、別紙CD目録記載の全11曲が収録されたCDであり、プラスチックケース内に、盤面が2色印刷されたCD本体と共に、10頁(表紙を含めると12頁)の全面カラー印刷されたブックレット、カラー印刷されたバックインレイ、映画監督押井守推薦コメントがある帯が収められ、キャラメル包装が施されている。また、CD本体及び帯には「PNCD−0902 V」との記載が、バックインレイには「MANUFACTURED BY V & S」との記載がある。「V」は、原告X1の主宰するレーベルの名称であり、「S」は、被告の芸名である。
オ 原告X1と被告間の交渉経過等
(ア) 原告X1は、本件CDの原盤の制作作業を開始した後の平成20年4月ないし5月ころ、Zから当初話のあった際に想定していた簡易なレコーディングとは異なり、被告から出される各種楽器の演奏の録音等の要望をいれると、本格的なCDの制作作業となり、制作費が当初示した目安の60万円では収まらなくなるものと考え、被告に制作費を負担する意思があるのか不安となり、Zに対し、このままでは制作費が上がるが問題がないかどうか被告に確認するよう依頼した。その後、原告X1は、Zから、被告は、金額の問題ではなく、100万円でも200万円でもいいものができればお金を支払う旨述べていたと言われたため、制作作業を継続し、前記ウ(ア)のとおり、平成21年1月2日ころ、本件CDの原盤を完成した。
 他方で、原告X1は、本件CDの原盤の制作作業を進める中で、被告が歌入れのため原告X1宅を訪れた際に、夜遅くまで被告と一緒に飲酒したり、被告が被告の二女を原告X1宅に連れてくるなど、次第に被告と家族ぐるみの付き合いとなったこともあって、被告の歌入れが終了した平成20年12月23日ころまで、被告に対し、直接制作費の話を切り出すことをしなかった。
 被告は、同月24日、原告X1に対し、本件CDの原盤権を半分ずつ持つ、ビジネスパートナーとして成功させたいと真面目に考えている旨のメール(甲7・8頁)を送信した。
 これに対し原告X1は、本件CDの原盤の制作費はその制作作業の内容から300万円を超えるものと考えていたが、被告が負担する制作費を削減するには、本件CDについて被告と共同で原盤権を持つしかないものと考えるようになった。
(イ) その後、原告X1は、被告と書面を取り交わす必要があるものと考え、2009年(平成21年)1月16日付け契約書案(乙7。以下、単に「契約書案」という。)を作成し、同月17日、これを被告に交付した。
 契約書案には、次のような条項がある(各条項における「甲」は「被告」、「乙」は「原告X1」をいう。)。
 「第一条 原盤とは、別紙目録に記載された楽曲の収録物についてをいう。以下、単に当該原盤という。
  第二条 当該原盤の楽曲における、作詞、作曲の著作権は甲のものとする。(以下略)
  第三条 当該原盤の楽曲における、編曲および演奏の著作権(知的所有権)は乙のものとする。(以下略)
  第四条 第一項:当該原盤の権利は甲が50%、乙が50%所有するものとする。
  第二項:第一項記載の権利を有するために甲乙は原盤制作費を所有権の割合と同比率これを負担するものとする。(製作費は別紙目録に記載)
  第五条 当該原盤を用いて、CD等を製造する場合は、必ず、甲乙互いの了承を得るものとする。(以下略)
  第六条 当該原盤の経費が清算されて以降、売上金は甲に50%、乙に50%分配するものとする。
  (第七条以下 略)」
 また、契約書案4条2項記載の制作費の「別紙目録」に相当する「制作費目録」(乙7)には、次のような記載がある。
 「制作費目録
  X1(乙)の負担分
  編曲料:¥30.000(1曲につき)
  エレクトリックギター演奏料:¥5.000(1曲につき)
  アコースティックギター演奏料:¥5.000(1曲につき)
  キーボード演奏料:¥5.000(1曲につき)
  ベースギター演奏料:¥5.000(1曲につき)
  コンピュータープログラミング:¥10.000(1曲につき)
  オペレーター料及び録音機材使用料:¥50.000/13:00〜Locked out
  トラックダウン料:¥20.000(1曲につき)
  マスタリング料:¥50.000
  ジャケットデザイン料:¥100.000
  その他制作費(Y(甲)負担分)
  パーカッション演奏料¥50.000
  カメラマン、ヘアメイク、モデル料¥20.000
  CD製造料¥202.800
  2009年1月16日現在」
(ウ) 原告X1と被告は、平成21年2月20日、契約書案について話合いをした。その際、被告は、契約書案の制作費目録の「X1(乙)の負担分」記載の各費用については原告X1からこれまで具体的な説明を受けたことがなかったこと、被告がレコーディング料として支払った合計30万円について制作費目録に記載がないこと、原告X1は自ら金銭を支出していないにもかかわらず、契約書案6条で売上金の分配を半々にすると記載されていることなどに納得できないとして、契約書案に署名押印することを拒否したため、原告X1は立腹し、両者の関係は険悪な状態となった。
(エ) 被告は、平成21年2月27日、東京都内のライブハウスで、本件CDの発売を記念するライブを行い、原告X1も共演した。上記ライブハウスは、原告X1がその費用負担によりブッキングした。
 なお、被告は、上記ライブに先立つ同年1月6日、13日及び27日、原告X1から、原告X1と上記ライブで共演するためのレッスンを受け、そのレッスン料として合計3万円(乙6、11)を原告X1に支払った。
(オ) 原告X1は、前記(ウ)のように被告との話合いが物別れに終わった後、Zに被告との交渉を要請したが、Zから、被告が本件CDの制作費は60万円以内である旨主張して譲らず、本件CDの原盤の制作費や本件CDのジャケットデザインの作成費用を支払う意思がない旨聞き及び、被告の言い分を前提とした譲歩案として、2009年(平成21年)3月9日付けの「CD製作費内訳」と題する書面(乙8)を作成し、そのころ、Zを通じて、被告に送付した。
 上記書面には、次にような記載がある。
 「CD製作費内訳
  レコーディング料+プレス代=¥600.000(200枚)
  既に支払われている額¥502.800
  こちらがCDを代行出荷し支払った金額¥20.000
  600.000−502.800+20.000=¥117.200
  ジャケットデザイン及び製作費¥100.000
  合計金額 ¥217.200
  返却CD枚数はこちらが出荷した8枚を加え508枚になります。代理人Zに返却もしくは配送願います。
  CD枚数が508枚に満たない場合は別途金額(1〜200枚まで¥600.000)が加算されますので御注意下さい。
  以上代理人Zより既に通達の通り上記2点を2009年3月末日までに完了するようお願い申し上げます。
  尚、約束が履行されなかった場合は上記に加え、延滞利息及びレーベルが立て替え払い済みのライブブッキング料と演奏料を上乗せし第三者機関に判断を委ねる事になりますのでくれぐれも御注意下さい。」
(カ) 被告の代理人弁護士は、平成21年3月24日付け内容証明郵便(甲5)で、原告X1に対し、被告が本件CDの原盤の制作費及びCD製造費をすべて負担し、それらに係る権利をすべて保有しているので、原告X1が保有する本件CDの原盤に関する素材一切及び本件複製CDを直ちに引き渡すことを求める旨の通告をした。
(キ) 原告らは、平成21年9月26日、本件本訴を提起し、被告は、同年12月15日、本件反訴を提起した。
(2) 原告X1の本件CDの原盤の制作代金請求(主位的請求)について
ア 本件制作契約@の成否
 原告X1は、原告X1と被告は、平成20年4月1日ころ、原告X1が、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲について、@販売目的のないCDの原盤の制作の場合、簡易なレコーディングによる制作で、マスタリング込み、CD200枚のコピーという条件で、制作代金は60万円、A販売目的のCDの原盤の制作の場合、プロデュース、アレンジ、演奏料が1曲当たり30万円(「歌入れ」に係るレコーディング代は別途)、トラックダウン、マスタリング等のエンジニア料が1曲当たり5万円の約定で、CDの原盤を制作する旨の契約(本件制作契約@)を締結した旨主張(請求原因イ(ア)a)する。
 これに対し被告は、本件制作契約@の締結の事実を否認し、被告は、被告が、原告X1に対し、60万円の予算内で、販売目的のCDの原盤の制作及び商品の作成・納品の発注をし、原告X1が、これを受注した旨主張して争っている。
(ア) そこで検討するに、原告X1主張の本件制作契約@については、これが締結されたことをうかがわせる契約書その他の書面は作成されていない。
 もっとも、原告X1の供述(甲13の陳述書を含む。)中には、@原告X1は、Zから、自分の友達に、ギター1本でいいから、人に聞かせて分かる程度のところまででいいから、簡単な録音ができないかという話があり、できることはやりますよと答えた後、具体的な金額を聞かれたので、販売目的でないことを条件に、原告X1がギターの伴奏をつけて歌を同時に録る簡易レコーディングしたものをCD−Rに200枚コピーして60万円が目安であると回答した、A原告X1は、平成20年4月、原告X1の自宅で被告と最初に会った際に、被告から、被告がギターを弾ければ、被告がギターを弾いて歌う歌を、原告X1がアコースティックギター1本の伴奏をつけて、大体10曲程度録音し、CDRに大体200枚位焼いて60万円位で引き受けるという話の確認をとった、B原告X1は、同年4月15日の最初のレッスンの際、被告から、アコースティックギター1本の伴奏による簡易レコーディングではなく、ちゃんとした「オケ」を作ってくれとの依頼を受けたときに、被告に対し、「金額が上がりますよ、大丈夫ですか」、「制作費は、販売目的でない場合であっても、100万を超えますよ」などと言って被告に確認をとり、また、Zに対し、制作費が100万円を超えるが大丈夫なのかと言って、Zからも被告に確認をとってもらったところ、Zから、大丈夫だと言われたので、引き受けることとした、C原告X1は、上記Bのとおり、アコースティックギター1本の伴奏による簡易レコーディングから条件が変わったときに、制作費は、100万は超えるが、10曲で200万にはいかないだろうと予想し、被告にもそれを伝えた、D被告は、まず最初、ドラムがあって、キーボードやギターがたくさん鳴っている、いわゆる一般に世の中で売られているような音にしたいと言うので、それに対しては一応制作費がこれだけ大きくなるけど大丈夫かと言ったら、いくらかかっても構わないということだったので、そのように制作することとし、その後は、様々な外国のアーティストの資料を持ってきて、このような音に作ってくれというように次第に要求がエスカレートしていった、E原告X1は、上記Dのような経過の中で、被告に対し、何度か、原告X1が正式に受けると1曲30万円であると伝えた旨の供述部分がある。
 しかるところ、原告X1の上記供述部分は、原告X1が、平成20年4月に、被告と最初に会った際に、被告に対し、原告X1がアコースティックギター1本の伴奏をつけて被告が歌う歌を大体10曲程度録音する簡易レコーディングによる制作で、CD−Rに大体200枚位焼いて60万円位で引き受けるとの確認をとり、その後、同月15日に、簡易レコーディングによる制作からきちんした「オケ」作りをする制作に条件が変わったときに、被告に対し、制作費の金額が上がることを確認し、制作費は100万は超えるが、10曲で200万にはいかないだろうと予想し、被告にもそれを伝え、その後、被告に対し、何度か、原告X1が正式に受けると1曲30万円であると伝えたというものであって、平成20年4月の時点において、原告X1が被告に対し、販売目的のCDの原盤を制作する場合の制作費が、プロデュース、アレンジ、演奏料が1曲当たり30万円、トラックダウン、マスタリング等のエンジニア料が1曲当たり5万円となるとの条件を提示したというものではなく、ましてや、被告がその条件を承諾したというものでもないから、原告X1の上記供述部分を前提としても、原告X1主張の本件制作契約@の締結の事実は認められない。
 また、原告X1の上記供述部分における原告X1が、アコースティックギター1本の伴奏による簡易レコーディングから条件が変わったときに、「金額が上がりますよ、大丈夫ですか」、「制作費は、販売目的でない場合であっても、100万を超えますよ」などと言って被告に確認をとり、また、制作費は100万は超えるが、10曲で200万にはいかないだろうと予想し、被告にもそれを伝え、さらに、その後、被告が制作費がいくらかかっても構わないと原告X1に述べたとの部分(上記BないしD)は、これに反する被告の供述部分があること、前記(1)オ認定の原告X1と被告間の交渉経過における被告の言動と合致しないことに照らし、採用することができない(なお、証人Zは、証人尋問において、Zが、原告X1から依頼を受けて、被告に対し、CDの制作費用の点について確認した際に、被告は、金額の問題ではなく、100万円でも200万円でもいいものができればお金を支払う旨述べたので、それを原告X1に伝えた旨供述しているが、これに対し被告は、Zにそのようなことを述べたことはない旨供述し、両者の供述に食い違いがあるが、いずれにしても、被告が直接原告X1に対し制作費がいくらかかっても構わないと述べたものと認めることは困難である。)。
 他に原告X1主張の本件制作契約@の締結の事実を認めるに足りる証拠はない。
(イ) 他方で、被告は、原告X1が、被告から、60万円の予算内で、販売目的のCDの原盤の制作及び商品の作成・納品することを受注した旨主張する。
 この点について被告は、@被告は、Zから、被告のオリジナルCDアルバムの制作について、原告X1が、総額60万円以内の予算で、演奏や音源作りを行い、CD200枚をプレスすることができると言っていると聞き、原告X1と会ってみることにした、A被告は、原告X1がプロでビジネスで音楽をやっている方だと紹介されたので、被告がCDの制作を一括して依頼しているということは、原告X1において、被告が歌う楽曲を録音する、そこに原告X1が演奏したものを録音し、録音した素材を編集したり、調整をしてCDの原盤を制作する、その原盤を基にプレスし、でき上がったCDを被告に納品するという一連の作業を行うのが音楽業界の常識だと考えていたので、原告X1と初めて面談した際に、原告X1に対し、委託の条件や委託業務の内容について、細かい話をしたり、確認をすることはしていない、B被告が原告X1と初めて面談した以降、原告X1から、CD制作の一括受注の制作費が60万円以上かかるという話は一切出ていないし、また、被告が原告X1に発注したのは、友人のZの紹介であれば悪い人ではないと思ったことと、60万円という金額が被告にとって安く、制作費を出して自主制作するには出せる範囲だなと思ったことが一番の決め手である、C他の業者に依頼した場合の制作費は、インディーズ系とか、ピンからキリまであるが、100万円位と聞いていた旨供述(乙9の陳述書を含む。)している。
 しかるところ、被告の上記供述を前提としても、被告は、原告X1と面談する前に、Zから、被告のオリジナルCDアルバムの制作について、原告X1が、総額60万円以内の予算で、演奏や音源作りを行い、CD200枚をプレスすることができると言っていると聞いて、原告X1と会ってみることにしたというにすぎず、その際に、Zに対し、その予算の範囲内で制作されるCDの原盤の音源の具体的な内容やプレスされるCDの具体的な内容について確認をしたというものではないし、被告が原告X1と面談した際に、原告X1に対し、これらの具体的な内容について確認して、CDの制作を依頼したというものでもない。
 また、制作されるCDに収録される曲数、録音する伴奏の演奏の内容、録音の回数等によって原盤の制作時間や制作作業の内容等が異なり、それに伴って原盤の制作に要する費用に違いが生じることや、プレスされるCDについても、ジャケットデザインの内容やCDの包装の方法・内容等によってプレスに要する費用に違いが生じることは、当然想定されることであり、制作されるCDの原盤の音源の具体的な内容やプレスされるCDの具体的な内容がいかなるものとなっても、原告X1が、総額60万円以内の制作代金でCDの原盤の制作及びCD200枚のプレスを受注する意思を有していたものとは到底考えられない。このことは、前記(1)イ及びオ認定の本件CDの原盤制作が開始された経緯及び原告X1と被告間の交渉経過等に照らしても、明らかである。
 そして、被告が、Zから、総額60万円以内の予算で、演奏や音源作りを行い、CD200枚をプレスすることができると言っていると聞いた当時、Z及び原告X1のいずれに対しても、被告が制作しようと考えているCDの音源の具体的な内容やCDのジャケットデザイン等の具体的な内容について伝えていなかったのであるから、被告がZから聞いた原告X1が述べたとする内容は、原告X1が制作代金の一応の目安を示したものと理解するのが自然であり、また、被告が当時からアニメーション作品、CG、ゲームソフトなどの企画制作等を業とするIの取締役の地位にあったこと(前記(1)ア(イ))に鑑みると、被告においてそのように理解することに困難があったものとは認め難い。
 したがって、被告の上記供述を前提としても、原告X1が、被告から、60万円の予算内で、販売目的のCDの原盤の制作及び商品の作成・納品することを受注したとの被告の上記主張を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 以上のとおり、原告X1主張の本件制作契約@の締結の事実(請求原因イ(ア)a)は、認められない。
イ 本件制作契約Aの成否
 次に、原告X1は、原告X1と被告は、平成20年4月1日ころ、原告X1が、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲についてアレンジ、演奏、レコーディング、トラックダウン、マスタリングをして、CDの原盤を制作し、被告が原告X1に対し相当な額の報酬を支払う旨の契約(本件制作契約A)を締結した旨主張(請求原因イ(イ)a)する。
(ア) そこで検討するに、前記(1)の認定事実を総合すれば、被告は、平成20年4月1日ころ、原告X1に対し、被告が作詞作曲し、歌唱する楽曲についてCDの原盤を有償で制作することを依頼し、これを受けた原告X1は、その制作を開始し、本件CDの原盤を制作したことが認められるが、その制作の対価である報酬の具体的金額については、原告X1と被告間で明確な合意がされたものということはできず、そのような明確な合意がないまま、原告X1が被告の要望に従って本件CDの原盤の制作作業を進め、これを完成させたものといえる。
 このような場合、有償の双務契約であるCDの原盤の制作契約を締結する当事者の合理的意思としては、その報酬額は、制作されたCDの原盤の内容、制作作業の内容、制作時間等を考慮して客観的に相当と認められる額とする考えであったと認めるのが相当である。
 したがって、原告X1と被告間において本件制作契約Aが成立したものと認められる。
(イ) この点について被告の供述(乙9の陳述書を含む。)中には、CDの原盤の制作及び商品の作成・納品の費用が60万円以上かかるのであれば、原告X1に発注をすることはなく、他の業者に頼んでいた旨の供述部分があるが、被告の供述を全体としてみても、本件CDの原盤の制作が開始され、その完成に至るまでの間に、被告が、原告X1に対し、直接その旨を述べたり、制作費用の上限が総額で60万円であり、それを超える費用が必要となるのであれば制作をとりやめる旨を原告X1に明言したことをうかがうことはできない。また、前記ア(イ)のとおり、原告X1が、総額60万円以内の予算で、演奏や音源作りを行い、CD200枚をプレスすることができると述べたとの点は、原告X1が制作代金の一応の目安を示したものと理解するのが自然であり、被告においてそのように理解することに困難があったものとは認め難い。
 したがって、被告の上記供述部分は、原告X1と被告間において本件制作契約Aが成立したとの前記認定を左右するものではなく、他にこれを左右する証拠はない。
ウ 相当な報酬額
 そこで、本件制作契約Aに基づく相当な報酬額について判断する。
(ア)a 前記(1)の認定事実によれば、@原告X1は、平成20年4月15日から、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲について、CDの原盤の制作を開始し、平成21年1月2日ころ、本件CDの原盤(11曲収録)を完成させ、その後これを被告に引き渡したこと、A原告X1が行った制作作業は、被告が作詞作曲した楽曲の編曲、伴奏の演奏、各種楽器の演奏(Wによるパーカッションの演奏を含む。)の録音(「オケ録り」)、被告が歌唱する歌の録音(「歌入れ」)、トラックダウン、マスタリング、マスリングした音源のCD−Rへの記録等であり、制作開始から完成まで9か月を要し、歌入れの回数は33回に及んでいること、B原告X1が作成し、被告に示した契約書案(乙7)の「制作費目録」には、編曲料が1曲につき3万円、エレクトリックギター演奏料、アコースティックギター演奏料、キーボード演奏料、ベースギター演奏料が1曲につき各5000円、コンピュータープログラミング料が1曲につき1万円、オペレーター料及び録音機材使用料が「¥50.000/13:00〜Locked out」、トラックダウン料が1曲につき2万円、マスタリング料が5万円であるとの記載があること、C被告は、原告X1に対し、本件CDのレコーディング料として合計30万円を支払い、このほか、Wに対し、パーカッションの演奏料として5万円を支払ったことが認められる。
 また、原告X1の供述中には、原告X1が正式に発注を受けるときの販売目的のCDの楽曲のプロデュース料は通常1曲当たり30万円で、マスタリング等のエンジニア料は通常5万円で報酬を請求している旨の供述部分があり、甲27の1、7、11によれば、原告X1が「プロデュース・演奏・編曲料」等の名目で1曲当たり約30万円を請求している例があること(ただし、具体的なプロデュース作業の内容、演奏内容等は定かでない。)がうかがわれる。
 以上の諸点に加え、本件CDの収録曲11曲の各楽曲ごとの作業内容(甲15、25)、本件CDの原盤の制作経緯及び原告X1と被告間の交渉経過等本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、原告X1が契約書案(乙7)の「制作費目録」で示した編曲料、各演奏料、コンピュータープログラミング料、トラックダウン料、マスタリング料はいずれも客観的にみて相当な金額であり、他方で、レコーディング料(「オケ録り」及び「歌入れ」を含む。)は、被告が既に支払った30万円が相当であり、「制作費目録」記載のオペレーター料及び録音機材使用料は、このレコーディング料に含まれるべきものと認められるから、本件CDの原盤の制作の対価として被告が原告X1に支払うべき相当な報酬額は、123万円と認めるのが相当である。
 (計算式・8万円(1曲当たりの編曲料、各演奏料、コンピュータープログラミング料、トラックダウン料の合計額)×11曲+マスタリング料5万円+レコーディング料30万円)
b なお、被告提出の乙10(「コロムビアミュージックカスタム」のウェブページ)の3枚目には、個人向けCD制作について、「製造費はマキシシングル500枚で約50万円です」との記載があるが、一方で、「レコーディングは演奏者の人数や制作時間によって変わってきますので詳細はご相談ください。」との記載もあること、また、「マキシシングル」の収録曲数は最大4曲程度であり、本件CDの収録曲数(11曲)より少ないこと、「コロムビアミュージックカスタム」で制作されるCDは、既存のコロムビアの楽曲を歌唱するユーザーの歌を録音するというもので、新たに楽曲を編曲し、各種楽器の演奏を録音するなどして制作された本件CDとは異なることに照らすならば、乙10記載の上記製造費をもって、被告が原告X1に支払うべき相当な報酬額の基準とすることはできない。
(イ) そして、前記(ア)a認定の相当な報酬額のうち、被告は30万円を支払っているから、その残額は93万円となる。
エ 小括
 以上によれば、原告X1の請求は、被告に対し、本件制作契約Aに基づく制作代金93万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成21年10月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(3) 原告X2のジャケットデザインの作成代金請求について
ア 本件ジャケットデザイン契約の成否
 原告X2は、原告X2と被告は、平成20年12月2日、原告X2が代金10万円の約定で本件CDのジャケットデザインを作成する旨の契約(本件ジャケットデザイン契約)を締結した旨(請求原因エ(ア))主張する。
(ア) そこで検討するに、本件においては、本件ジャケットデザイン契約に係る契約書その他の書面は作成されていないところ、原告X2は、その本人尋問及び陳述書(甲12)において、原告X2が被告から本件CDのジャケットデザインの作成の依頼を受け、原告X2が作成代金は10万円であると提示し、被告がこれを承諾したので、本件CDのジャケットデザインの作成を行い、これを完成させ、そのジャケットデザインのデータを被告に送付した経緯を詳細かつ具体的に供述しており、原告X2の上記供述内容は、前記(1)エ認定の本件CDのジャケットデザイン及び本件複製CDの作成経緯に係る客観的事実と符合し、信用できるというべきである。
 そして、原告X2の上記供述によれば、原告X2と被告間において本件ジャケットデザイン契約が成立したものと認められる。
(イ) これに対し被告の供述中には、本件CDのジャケットデザインに関し、原告X2から10万円を負担して欲しいとの話はあったが、被告はそれに同意していないとの供述部分があるが、その一方で、原告X1がプロモーションをしっかりとやり、CDがきちんと売れるのであれば、デザイン料10万円を払ってもいいと思った旨の供述部分もあり、被告が、原告X2に対し、上記デザイン料の支払意思がないことを明確に伝えたものとはうかがわないことなどに照らし、被告の上記供述部分中の被告がデザイン料10万円の負担に同意していないとの部分は措信することができない。
 また、被告は、本件CDのジャケットデザインの作成はすべて被告が行ったものであり、原告X2は、被告の指示に従い、パソコンでの入力作業等の補助を行ったにすぎない旨主張するが、本件においては、被告が行ったジャケットデザインの作成作業についての具体的な立証はなく、被告の上記主張は採用することができない。
 他に原告X2主張の本件ジャケットデザイン契約の成立の事実を覆すに足りる証拠はない。
イ 小括
 原告X2が、平成21年2月4日、被告に対し、本件CDのジャケットデザインのデータが記録されたCDを送付したことは、前記(1)エ(イ)bのとおりである。
 そうすると、原告X2は、被告に対し、本件ジャケットデザイン契約に基づくジャケットデザインの作成代金10万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成21年10月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。
 したがって、原告X2の請求は理由がある。
2 反訴請求
(1) レコード製作者(著作隣接権者)としての差止請求について
ア 被告は、原告X1と被告は、平成20年4月、代金60万円以下の範囲内で、原告X1が、被告が作詞作曲し、歌唱した楽曲に基づいて、本件CDの原盤の制作(原告X1の演奏を含む。)、本件CDの複製物をケースに入れた商品1000枚の作成及び納品の各業務を行い、それによって作成された原盤、演奏等に関する著作権、著作隣接権等一切の権利を被告に帰属させる旨の合意(本件合意)をした旨主張(反訴請求原因ア(ア))する。
 しかし、前記1(2)ア(イ)で述べたところと同様の理由により、被告の上記主張は、認めることはできない。
イ(ア) 次に、被告は、本件CDの原盤の制作費をすべて負担したから、本件CDについてレコード製作者としての著作隣接権を有する旨主張する。
 しかしながら、前記1(2)イ認定のとおり、被告は、本件制作契約Aに基づく本件CDの原盤の制作代金123万円のうち、30万円を支払ったにすぎないものであるから、被告において、本件CDの原盤の制作費のすべてを現実に負担したということはできない。
 したがって、被告の上記主張は、その前提を欠くというべきである。
(イ) また、原告X1が本件CDについてレコード製作者としての著作隣接権を主張するのは、主位的請求である本件制作契約@又はAに基づく制作代金請求のいずれもが認められない場合の予備的請求におけるものであること、本件CDの原盤は、被告に引き渡されていることに照らすならば、原告X1において本件CDの複製又はその複製物(本件複製CD)の譲渡のおそれがあるものと認めることはできない。
ウ 以上によれば、被告の原告X1に対するレコード製作者(著作隣接権者)としての差止請求は、理由がない。
(2) 本件複製CDの引渡請求について
ア 前記1(1)エの認定事実によれば、@被告は、平成21年1月20日、Hに発注された本件CD1000枚のプレス(ジャケットデザインの印刷及びキャラメル包装を含む。)代金20万2800円全額をHに支払ったこと、A同年2月7日に被告と原告X2がHからプレスされた本件複製CD1000枚の引渡しを受けた際、当初被告がすべて持ち帰る予定であったが、量が多かったことから、被告の要望により、被告が700枚を、原告X1が300枚を保管することとなり、原告X2が上記300枚を持ち帰ったことが認められる。
 上記@及びAの認定事実によれば、被告が本件CD1000枚のプレス代全額をHに支払ったのであるから、本件複製CD1000枚の所有権は、被告に帰属するもの(反訴請求原因ア(ウ))と認めれられる。
 そして、上記Aの認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、本件複製CD282枚を占有していること(反訴請求原因イ)が認められる。
イ 以上によれば、被告の原告X1に対する本件複製CDの所有権に基づく引渡請求は、理由がある。
3 結論
 以上によれば、原告X1の請求は、93万円及びこれに対する平成21年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求(主位的請求部分)は理由がないから棄却することとし、原告X2の請求は、理由があるからこれを認容することとし、被告の反訴請求は、本件複製CD282枚の引渡しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の反訴請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 大鷹一郎
 裁判官 上田真史
 裁判官 石神有吾


(別紙)CD目録
CDタイトル 「あたたかい場所 S」
収録曲(曲名)
1 「心の扉」
2 「BrownRice & MisoSoup LIFE」
3 「Sweet Boy」
4 「小さな光」
5 「パンダのブルース」
6 「Warning」
7 「おうちカレー」
8 「あたたかい場所」
9 「愛のちから」
10 「片想いのうた」
11 「ダーリン」
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/