判例全文 line
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【事件名】「僕はやってない! 仙台筋弛緩剤点滴混入事件」の名誉棄損事件
【年月日】平成23年7月5日
 仙台地裁 平成18年(ワ)第1759号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成19年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成19年1月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、河北新報(朝刊の全国版)、朝日新聞(朝刊の地方版)、読売新聞(朝刊の地方版)、毎日新聞(朝刊の地方版)、産経新聞(朝刊の地方版)及び日本経済新聞(朝刊の地方版)に、別紙1(1)記載のとおりの謝罪広告を、別紙1(2)記載の方法でそれぞれ1回ずつ掲載せよ。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、訴外Aを被告人とする殺人、殺人未遂被告事件(以下「別件刑事事件」という。)に関して、同事件の弁護団団長を務める被告が、Aとの共著で著書「僕はやっていない! 仙台筋弛緩剤点滴混入事件 A勾留日記」を出版したところ、同著書における記載中に、原告及びその妻が別件刑事事件という虚構の事実を作り上げたものであるとの印象を与える記載部分があり、それにより原告の名誉が毀損されたとして、原告が、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償及び遅延損害金の支払を求めるとともに、民法723条に基づき、謝罪広告の掲載を求めた事案である。
2 前提事実
(1) 当事者等
ア 原告は、東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻運動機能再建学分野教授であった者であり(平成21年3年に同大学院を定年退官)、手足の麻痺等の運動機能障害を改善するための機能的電気刺激による治療法である機能的電気刺激(以下「FES」という。)を研究していた者である。なお、FESという言葉は、国際的には、運動制御のためのFESと機能改善のための治療的電気刺激(以下「TES」という。)の双方の意味を含めて使われている(甲30、甲82の1、原告本人、弁論の全趣旨)。
 原告は、後述する医療法人社団陵泉会北陵クリニック(以下「北陵クリニック」という。)の経営にも関与していた(争いがない)。
イ 被告は、別件刑事事件の弁護団団長であり、Aとの共著で「僕はやっていない! 仙台筋弛緩剤点滴混入事件 A勾留日記」とのタイトルの著書(以下「本件著書」という。)を執筆した者である。
ウ 北陵クリニックは、医療法人社団陵泉会が、平成3年10月に開設した医療施設である。同会は、FESによる治療法を研究していた原告が中心となり、同治療法の研究開発を行うための母体となる医療機関として設立された。なお、北陵クリニックは、平成13年3月に休院状態となり、平成14年3月に廃院となった(争いがない)。
エ Aは、平成11年2月、北陵クリニックに就職し、平成12年12月4日に退職するまで准看護士(現在は准看護師。以下では、看護師については当時の呼称のまま看護士又は看護婦と表記する。)として稼働した者であり、別件刑事事件の被告人である(争いがない)。
オ 訴外Bは、原告の妻であった者であり、平成10年ころから平成13年1月まで北陵クリニックの副院長を務めていた。なお、現在は、原告と離婚している(争いがない)。
 Bは、同クリニックにおいて、小児科、内科、リハビリテーション科の診療を担当し、同クリニックの経営に関与していた(甲43、証人B、弁論の全趣旨)。
(2) 別件刑事事件の判決
ア 別件刑事事件の第1回公判期日は、平成13年7月11日に開かれた。仙台地方裁判所は、平成16年3月30日、別紙2記載の事実を認定し、Aに対して、無期懲役の判決を宣告した(甲6の1)。
 なお、以下、別紙2・第1の事実にかかる事件を「第1事件」、同事実で摘示されている被害者を「1歳女児」といい、別紙2・第2の事実にかかる事件を「第2事件」、同事実で摘示されている被害者を「11歳女児」、別紙2・第3の事実にかかる事件を「第3事件」、同事実で摘示されている被害者を「4歳男児」、別紙2・第4の事実にかかる事件を「第4事件」、同事実に摘示されている被害者を「89歳女性」、別紙2・第5の事実にかかる事件を「第5事件」、同事実に摘示されている被害者を「45歳男性」と記載する。
イ Aは、上記仙台地方裁判所の判決に対して控訴を申し立てたが、仙台高等裁判所は、平成18年3月22日、Aの控訴を棄却した(甲7の1)。
ウ Aは、上記仙台高等裁判所の判決に対して上告を申し立てたが、最高裁判所は、平成20年2月25日、上告棄却の決定をし、Aに対する無期懲役刑の判決が確定した(甲25)。
(3) 本件著書
ア 本件著書は、平成13年6月30日に第1刷が発行された。本件著書には以下の記載がある(甲2)。
イ 240頁8行目から9行目まで(以下「本件記載@」という。)
 「これは、原告が、法医学教授に対して、『特定の職員』『点滴直後の多数の患者の急変』と告げて相談し、『筋弛緩剤』を引き出しているその手法に全く重なる。」。
ウ 249頁2行目から5行目まで(以下「本件記載A」という。)
 「四歳男児の件(第五起訴)」(見出し)
 「この患者はTES手術の後に具合が悪くなった。端的に言うと、四歳の子に全身麻酔をかけ右上肢に十本近くもの電極を埋め込むという手術は、モラルの欠如ではないのか。幼児に対する手術の負担は大きく、具合が悪くなるのは当然といえよう。」。
エ 257頁14行目から259頁1行目まで(以下、「本件記載B」という。)
 「事件の存在は一石五鳥?」(見出し)
 「Aが繰り返し報道されたような『事件』像の犯人であり、しかも、『事件』の構図が警察・検察が言い分どおりとすると、北陵クリニックをめぐる複数の問題点について、ある特定の関係者の保身に、まことに好都合の事態となる。」
 「第一に、北陵クリニック内で過去に多少とも医療事故や医療過誤が存在したとしても、これらは、Aの犯行がもたらしたとされる患者の容体の急変や他病院への転送の中に埋没して見えなくなる。」(以下「本件記載B・第1」という。)
 「第二に、北陵クリニックの一九九九年と二〇〇〇年の両年におけるマスキュラックス購入量、およびあるべき在庫量と同時期のFES手術で使われたと考えられるマスキュラックスの数量の大きな開きだ。Aの犯行が存在したとすると、北陵クリニックの関係者にとって、マスキュラックスの数量不足の説明が一応はつくということになる。」(以下「本件記載B・第2」という。)
 「第三に、北陵クリニックは三月十日で閉鎖したが、一九九八年当時すでに十三億円台の借入総額を抱えていて、早晩潰れるのは避けられなかったところへ、Aによる未曾有の大事件によって経営の続行ができなくなったものとなると、世間一般の同情と理解を得ることができる。」(以下「本件記載B・第3」という。)
 「第四に、北陵クリニックのFESはすでに行き詰まって継続不能の状態に陥っていたが、Aの事件のために東北大学に引き取られ、国や宮城県からの多額の公金導入にかかわった関係者の道義的・政治的責任問題が見えなくなる。」(以下「本件記載B・第4」という。)
 「第五に、北陵クリニックが破綻すると、関係者の立場や経歴に著しく傷がついていたところ、前代未聞の大事件の発生によって、関係者の名誉が守られる形で事態は終息することになる。」(以下「本件記載B・第5」という。」
 「このようにいわば、一石五鳥の関係が存在する点に注目する必要がある。」
オ 259頁2行目、261頁3行目から6行目まで(以下「本件記載C」という。)
 「謀略の臭いがプンプンする?」(見出し)
 「Aと弁護団は、起訴された五つの件、そして一連の報道にかかわる十数件のすべてが、事件性に欠けると見ている。事件性がないと見ると、事の筋はとおり、座りもよく、辻褄も合って来る。事件をめぐる数々の事象も全体の構造の中に位置付けられる。仙台筋弛緩剤点滴混入事件の真相と本質は、間もなく明かされることになる。」
3 争点
(1) 名誉毀損の有無(争点1)
(2) 真実性、又は相当性の抗弁(争点2)
(3) 正当な弁護活動による違法性阻却(争点3)
(4) 損害(争点4)
4 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(名誉毀損の有無)
ア 原告
(ア) 本件著書は、Aが筋弛緩剤を点滴に混入させた事実がないのに、特定の北陵クリニック関係者が、北陵クリニックとその関係者の不利益になることを隠ぺいするため、Aが患者に筋弛緩剤を投与したと警察に虚偽の告発をしたことにより起きた事件という構図を全編にわたり記述しているものであるところ、本件記載@からCまでは、以下に述べるとおり、原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉を毀損するものである。
(イ) 本件記載@について
 本件記載@は、原告が法医学教授に対して、「特定の職員」「点滴直後の多数の患者の急変」と告げて相談し、「筋弛緩剤」を引き出していると記している。
 しかし、本件著書の「浮上する捜査の構図」(本件著書240頁)では、「『故意にマスキュラックスを点滴に混入した』と誘導した。このような取り調べだった。」と書き、それに続いて、「これは、原告が、法医学教授に対して…『筋弛緩剤』を引き出しているその手法に全く重なる。」と論じている。これは、原告が意図して「特定の職員」、「点滴時の急変」を「筋弛緩剤」に結びつけて、警察の取調べと同様の誘導方法で法医学教授を誘導したという論法を取っており、「原告が故意に法医学教授を誘導して『筋弛緩剤』が原因であるかのように言わしめた。」という事実が主張されていると読めるのであって、原告が別件刑事事件をでっち上げたとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の社会的評価を低下させている。
(ウ) 本件記載Aについて
 本件記載Aは、FES(TES)を行うべきでない4歳児に対して、TESを施行したために体調を崩し具合が悪くなったという事実を摘示するものであり、一般読者に対して、原告があたかもモラルを欠如したまま4歳児に対し、不適切なFES(TES)を施行したとの印象を与えるものであり、これは原告の社会的評価を低下させるものである。
(エ) 本件記載Bについて
a 本件著書は、本件記載Bに続き、「謀略の臭いがプンプンする?」の項では、「事件や犯罪の発生によって利益を得る人をまず疑え」、「私達は、前述した一石五鳥の関係によって利益を得る方面にしっかり目を据えなければならない。」、「『謀り事は密なるをもってよしとす』ということだ。事を密に進めた人の動きを洗い出さなければならない。」としており、さらに「追記」の項では、「北陵クリニックの実質的経営者である原告、Bが法医学教授に『相談』のうえ警察に届け出た」、「これが捜査の端緒である」などとしている。
 これらを読んだ一般読者は、「別件刑事事件は、そもそもAが犯人でないばかりか、犯人は誰もいない架空の事件であり、この架空の事件を作り上げた(でっち上げた)者は、北陵クリニックの実質的経営者であった原告とBの2人であった」という印象を持つのは明らかである。
b 本件記載Bの「ある特定の関係者」とは誰かについては、本件著書において、北陵クリニックの関係者が登場するのは合計151回あり、関係者ごとにみると、最も多く登場するのがBの49回であり、次いで原告の34回であり、これは全体の約54%に上るものである。そのほかAの恋人「C」が25回登場するが、同人は本件記載Bで記載されている利益を受ける立場ではない。また、Dが18回登場しているが、その回数は原告及びBに比較すると少なく、本件著書中ではむしろ利益を受ける者から除外されている人物として登場している。とすれば、「特定の関係者」とは、直接的に名前を指定しなくとも、原告及びBを指していると容易に受け取れるものである。
c 本件記載Bの第1から第5は、以下のとおりの事実を摘示するものであるところ、本件著書は、本件記載Bの最後の部分で「このようにいわば、一石五鳥の関係が存在する点に注目する必要がある。」としており、関係者名を伏せながらも、一石五鳥の関係が原告及びBに存することを一般読者に分からせる記載をしている。そして、「捜査当局および検察の言い分どおりとすると」とする部分は、「北陵クリニックをめぐる複数の問題点について、ある特定の関係者の保身に、まことに好都合の事態となる。」を引き出すために用いられており、その重点が「ある特定の関係者」が第1から第5の事項に直接的に関与していることにあることは明白である。すなわち、一石とは、原告及びBがAを犯人に仕立て警察に告発したことであり、それに警察が同調してA逮捕に進み、結果的に「五鳥」を得たのが、原告及びBということを意味しているのである。
d 本件記載Bの第1(本件著書258頁2行目から4行目)は、一般の読者の注意と読み方を基準とすれば、「北陵クリニックで過去に存在した医療事故や医療過誤を隠蔽するために、患者の容体の急変や他病院へ転送せざるを得なくなったのは、Aによる筋弛緩剤投与が原因だと思わせることによって原告やBの責任をうやむやにしてしまう」という内容を主張するものであり、これは証拠等によって存否を決することになることから事実の摘示である。
 上記事実の摘示は、原告とBが医療事故・医療過誤を隠蔽するために別件刑事事件をでっち上げ、その事件の犯人としてAを訴えたとの印象を一般人に与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。
e 本件記載Bの第2(本件著書258頁5行目から8行目)は、一般の読者の注意と読み方を基準とすれば、「Aの犯行ではないが、Aの犯行ということにすれば、マスキュラックスの数量不足を合理的に説明でき、管理の杜撰さを非難されなくなり、原告やBにとって好都合の事態となる。」ことを主張するものであり、これは証拠等によって存否を決することができるから、事実の摘示である。
 上記事実の摘示は、原告とBがAを別件刑事事件の犯人として訴えたとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。
f 本件記載Bの第3(本件著書258頁9行目から11行目)は、一般の読者の注意と読み方を基準とすれば、「Aの犯行があったため、北陵クリニックは診療所の経営が困難になってしまったと世間一般に訴えることができる、北陵クリニックの閉院の原因は、@負債による経営困難に陥っていたこと、AFESは継続不能になっていることを世間一般に知られないばかりか、却って世間一般の同情と理解を得ることになって、原告やBの保身になる」ことを主張するものであり、これは証拠等によって存否を決することができるから、事実の摘示である。
 上記事実の摘示は、原告とBがAをでっち上げ事件の犯人として訴えることになった理由の1つであったかとの印象を一般読者に与えるものであって、原告の社会的評価を低下させるものである。
g 本件記載Bの第4(本件著書258頁12行目から14行目)は、一般の読者の注意と読み方を基準とすれば、「原告は、FESの研究、治療に行き詰まり継続不能の状態に陥ったため、東北大学に引き取ってもらうため、原告が画策して、でっち上げた別件刑事事件の犯人としてAを訴えた。Aによる未曾有の大事件が起きたため、原告は、北陵クリニックでのFESの研究はできなくなったということにすれば、FESの研究の中止は、北陵クリニックの経済的破綻に起因するとしても、中止の真の理由は見えにくくなり、結局、北陵クリニックのために科学技術庁の宮城県地域結集型共同研究事業とし、その公的資金導入にかかわってきた人々は公金の無駄遣い、不適切な行使の問題についての道義的、政治的責任も追及されることはなくなり、また、原告も中止の責任を問われなくなる」ことを主張するものであり、これは証拠等によって存否を決することができるから、事実の摘示である。
 上記事実の摘示は、原告が、Aをでっち上げ事件の犯人として訴えることになった理由の1つであったとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。
h 本件記載Bの第5(本件著書258頁15行目から16行目)は、一般の読者の注意と読み方を基準とすれば、「関係者の立場や経歴を守るために原告とBは、別件刑事事件をでっち上げた」ということを主張するものであり、これは証拠等によって存否を決することができるから、事実の摘示である。
 上記事実の摘示は、原告とBが、別件刑事事件をでっち上げ、その事件の犯人として、Aを訴えたとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。
(オ) 本件記載Cについて
 「謀略の臭いがプンプンする?」は、本件著書の最後の章であり、起承転結の「結」の部分に相当する箇所であるところ、原告及びBを名指しする記述がこの章になかったとしても、それまでの論述から、原告、B及び捜査当局の存在が「謀略」の主体として暗に示されていると理解することができるのである。「謀略」とは、特定の北陵クリニックの関係者、すなわち、原告及びBが、北陵クリニックとその関係者の不利益になることを隠蔽するため、Aが患者に筋弛緩剤を投与したと警察に虚偽の告発をしたというものであるから、原告の社会的評価を低下させる事実を摘示するものである。
イ 被告
(ア) 本件著書は、Aを犯人視する報道が氾濫している状況の中で、捜査機関による捜査を批判するとともに、Aの無実を訴えるために出版されたものである。したがって、本件著書は、原告を対象としたものではなく、事件の原因捜しを主眼とするものではないのであるから、本件著書を読んだ通常の読者は、警察批判あるいは検察批判をしているという印象を抱くことはあっても、原告の行為によって急変患者が発生したという印象を抱くことはない。
 また、ある表現が他人の社会的評価を低下させるかどうかの判断においては、当該問題となっている記載部分のみで判断すべきであり、その余の記載によって名誉毀損となるかを判断してはならないのであるから、本件著書における本件記載@からCが原告の名誉を毀損するか否かは、本件記載@からCまでのみで判断すべきである。
 そして、以下のとおり、本件記載@からCまでは、いずれも原告の名誉を毀損するものとはいえない。
(イ) 本件記載@について
 「これは、原告が、法医学教授に対して、『特定の職員』『点滴直後の多数の患者の急変』と告げて相談し、『筋弛緩剤』を引き出している」との記載は、原告が、法医学教授に対して、「特定の職員」、「点滴直後の多数の患者の急変」を告げて相談した結果、法医学教授から「筋弛緩剤」の疑いがある旨の指摘を受けたとする事実経過を述べたものにすぎず、原告の社会的評価とは無関係である。また、表題が「浮上する捜査の構造」とされていることからすれば、上記記載の対象は原告ではなく、捜査当局の捜査手法を批判するものであることは明らかである。
 そして、「その手法に全く重なる」との記載も、捜査・調査不足のまま物事を進めているということを表現したものである。この点について、調査不足であることは本件著書出版時において、Bが公の場で認めていた事実であるから、後に本件著書で指摘しても原告の社会的評価を低下させることにはならない。
 したがって、本件記載@は原告の名誉を毀損するものではない。
(ウ) 本件記載Aについて
 4歳男児の件につき、他の4件とともに事件性がない旨の説明を行ったものであり、同記述は、北陵クリニックが上記男児に行ったFES手術について、その倫理面について批判した論評であって、その記載内容からして、原告の社会的評価の低下に結びつくものではない。
 したがって、原告の名誉を毀損するものではない。
(エ) 本件記載Bについて
a 「事件の存在は一石五鳥?」と題した文章であるが、全体として、事件の存在によって何らかの利益を受ける者が存在するという事実を述べただけである。「ある特定の関係者の保身に、まことに好都合な事態となる。」との記述は、原告を名指ししているわけではなく、病院関係者や、その設立にかかわった宮城県の政財界の人物を指すものである。また、同記述中「好都合な事態となる」は結果を論評しただけにすぎず、原告の社会的評価が低下することにはならない。
b 本件記載Bの第1から第3の記述は、Aがもたらしたとされる患者の容体急変、他の病院への転送といった事象の中に北陵クリニックにおける医療事故の存在が埋没することになるという論評であり、北陵クリニックにおけるマスキュラックスの管理の杜撰さを指摘する点なども、北陵クリニックに関するものであって、北陵クリニックの理事でも担当医師でも管理責任者でもない原告の社会的評価を低下させることにはならない。
c 第4及び第5の記述は、北陵クリニックで行われていたFES治療、FES治療に支出された公金に関して、公金導入に関与した者の道義的責任など、北陵クリニックの関係者についての記述であるが、原告の行為を問題としたものではなく、原告の社会的評価を低下させるものではない。
d 後文についても、一般読者は「一石五鳥」という比喩を、捜査当局により犯人がAであるという「一石」が投じられたことによって、北陵クリニックあるいはその関係者が利益(「五鳥」)を得たと理解するものであり、原告の行為は問題となっていないのであるから、上記記述によって原告の社会的評価が低下するということはない。
e したがって、本件記載Bは原告の名誉を毀損するものではない。
(オ) 本件記載Cについて
 「謀略のにおいがプンプンする?」との記述の主語は捜査当局であり、原告ではない。したがって、原告が謀略を行ったと読むことはできないのであるから、上記記述によって原告の社会的評価が低下するということはない。
 したがって、本件記載Cは原告の名誉を毀損するものではない。
(2) 争点2(真実性・相当性の抗弁)
ア 被告
(ア) 別件刑事事件が、刑事事件に関する事実であり、社会的関心が高かった事件であること、本件著書がAの犯人性欠如のみならず、事件性の欠如を明らかにすることが目的であったことからすると、本件著書の出版が、公共の利害に関する事実にかかるものであり、専ら公益目的を図ることにあることは明らかである。
(イ) そして、以下のとおり、本件記載@からCについて、摘示されている事実はいずれも真実であり、論評も相当な範囲内のものであるから、違法性が阻却され、仮に摘示されている事実が真実であると認められない場合であっても、被告には当該事実が真実であると信じるについて相当の理由があるというべきである。
a 本件記載@について
 本件記載@のうち、「重なる」としているのは被告の評価であり、真実性で問題とされるべき事実は、(a)原告が法医学教授に相談したこと、(b)法医学教授から「筋弛緩剤」という回答を得たこと、(c)法医学教授が「筋弛緩剤ではないか」という回答をする誘導をしたことであるところ、(a)及び(b)は原告が自認しており、(c)は捜査報告書(乙B11)から真実であると認められる。そして、「重なる」との表現は、論評の域を逸脱したものではない。
b 本件記載Aについて
 本件記載Aは、論評であるところ、「4歳の子」に「全身麻酔をかけ、電極を埋め込む手術」をしたことは争いがなく、FES手術が電極を埋め込むものであり、その電極は皮膚から露出しているのであるから、化膿のおそれがあるため衛生管理は不可欠であり、幼児の場合は成長とともに改めて手術して付け直すなどの処置も必要となるなど、負担が極めて大きく、必ずしも機能回復が見込まれるわけでもないことに照らせば、「モラルの欠如」「具合が悪くなることは当然」と評することは論評の域を逸脱するものとはいえない。
c 本件記載Bについて
 本件記載Bのうち、北陵クリニックにおいて、患者の容体の悪化や死亡事故が存在し、「医療事故」等が存在したこと、マスキュラックスの購入量・あるべき在庫量と残っていた数量に開きがあったこと、北陵クリニックが平成14年3月10日で閉鎖したこと、当時13億円の借入総額があったこと、国や宮城県が多額の公金を投入したことは真実である。
 そして、本件記載Bにかかる論評部分は相当な範囲内のものであり、違法性が阻却される。すなわち、(a) 医療事故が「刑事事件」によるものであるとすれば、病院よりも事件を行った「犯人」に対して非難感情が向けられるのであるから、「埋没して見えなくなる。」との論評は相当であり、(b) 筋弛緩剤が人体に大きな影響を与える薬物であり、帳簿上の数量と実際の数量が合わないことは重大問題であることからすれば、仮に刑事事件が起きて、それに筋弛緩剤が使われたとするならば、数量が合わなくとも「一応説明が付く」のであるから、この論評は相当であり、(c) 医療機関の閉鎖が「債務超過」ではなく、経営者ではない関係者の「犯罪」によるものであれば、世間から「同情を得られる」ものであるといえ、この論評も相当であり、(d) FES治療が「事件」を理由に継続困難となったのであれば、研究が中止されたことについての私的医療機関への非難は大きくないといえるのであえるから、この論評も相当であるということができる。
d 本件記載Cについて
 別件刑事事件は、事件や犯罪ではなく、Aが犯人であるとはいえない。また、別件刑事事件が事件や犯罪ではなく、Aが犯人ではないと信じることには相当性があったというべきである。
 そして、事件性がないとの前提に立てば、もろもろの事実について「事の筋はとおり、座りもよく、辻褄も合ってくる」という評価は、それまで論じてきた事実を論理に従って評価したものであり、人身攻撃的要素はなく、論評としての域を逸脱していないものであり、違法性が阻却されるというべきである。
(ウ) 仮に、本件記載@からCについて、原告が別件刑事事件をでっち上げたとの事実の摘示がされたといえる場合であっても、@)別件刑事事件が存在せず、Aが犯人ではないこと、A)@)について、原告(及びB)が、別件刑事事件が存在せず、Aが犯人ではないかもしれないと認識しつつ、それでも構わないとして捜査機関に申告したことという事実は真実であり、仮に真実であると認められない場合であっても、真実であると信じるについて相当の理由があるというべきである。
(エ) 真実性について
a 別件刑事事件が不存在であることについて
 以下の事実に照らせば、別件刑事事件の事件性とAの犯人性は成立せず、別件刑事事件が不存在であったことは真実であったと認められる。
(a) 各患者の病態と症状の経過は、筋弛緩剤の薬効とは異なっている。すなわち、@第1事件について、1歳女児の症状は、看護婦主任が点滴の詰まりをよくしようとして溶液を押し込んだために血餅を飛ばし、脳の動脈を閉塞したことによる一過性脳虚血発作で説明することができ、A第2事件について、11歳女児の症状は、急性ポルフィリン症による代謝疾患、代謝性脳症の可能性、あるいはアセトン血性嘔吐症、ミトコンドリア病メラスの可能性によって矛盾なく説明することができ、B第3事件について、4歳男児の症状は、てんかん発作と痰詰まりによって説明することができる。
 以下、第2事件の11歳女児の症状について詳述する。
@ 筋弛緩が生じていないこと
 11歳女児への点滴が開始されてから、仙台市立病院(以下「市立病院」という。)に搬送されるまでの間、11歳女児には「顔のあたりに手を持ってきた」、「両目を速い間隔でパチパチと瞬きした」、「首を大きく左右に振り始めた」、「しきりに頭を左右に振った」、「仰向けから左下横向への体位変換」、「身体上に伸ばした右腕の上下運動」、「痙攣」「全身性のピクツキ(左半身中心)」等の症状が現れており、筋弛緩の症状はなく、むしろ筋肉の活発な動きが認められている。
A 呼吸筋弛緩による呼吸困難を示す症状がないこと
 筋弛緩剤によって呼吸筋が弛緩していく過程においては、苦悶と表し得る呼吸困難感、呼吸数の増加が現れるところ、11歳女児にはこのような現象が全くなかった。
B 筋弛緩剤起因の低酸素脳症による脳幹部損傷の機序と症状経過が矛盾すること
@ 筋弛緩剤起因の脳損傷の機序
 筋弛緩剤は、患者の呼吸筋を弛緩させ呼吸不全を生じさせることはあっても、不随筋である心筋には影響を与えない。したがって、筋弛緩剤による呼吸筋が弛緩することにより呼吸不全を生じた場合であっても、心臓が血流総量を上げ、脳、少なくとも脳幹部への総酸素量を維持しようとするから、心停止するまでの間は、脳幹部への酸素供給が維持され、脳幹部の不可逆的損傷は起こらない。
A 心停止以前の瞳孔散大・対光反射消失
 11歳女児に観察された症状は、心拍数が減少している一方で血圧の異常な上昇、心停止前の瞳孔散大・対光反射消失であり、上記@で述べた機序と矛盾する。
 そもそも、11歳女児に瞳孔散大・対光反射消失が確認された時点では、11歳女児に自発呼吸も存在(毎分6〜8回)していただけでなく、血中酸素飽和度が84パーセントもあったのであるから、脳幹部の損傷が起こるような低酸素状態であったということはできない。
 したがって、11歳女児の瞳孔散大・対光反射消失は、急性脳症に起因するものとして説明されなければならず、11歳女児の症状、検査データ、その合併症状等全ての事柄を矛盾なく説明できる疾患としてミトコンドリア病メラスがある。
(b) 別件刑事事件における鑑定の信用性がないこと
@ 別件刑事事件の事件性の裏付けとされたE及びF(以下、Eと併せて「Eら」という。)により行われた鑑定(以下「Eら鑑定」という。)は「何れの鑑定資料からも、筋弛緩剤マスキュラックスの成分であるベクロニウムを検出した。」と結論付けている。
 しかし、Eら鑑定がベクロニウムを検出したと結論付ける根拠としたデータは、ベクロニウムを示すデータと相違しているだけでなく、その鑑定手法は、Eらの独自の鑑定手法であって科学性・再現性・客観性がないものである。
A Eら鑑定には客観的データがないこと
 分析化学では、分析結果だけではなく、分析過程が重要であるところ、Eら鑑定には、ベクロニウムの標本や鑑定資料を分析した際の客観的資料や基礎データが全く示されておらず、分析結果だけが記載されている。
 また、Eら鑑定において、定量が行われているが、定量の前提となる検量線のデータの表示がない。
 さらに、Eら鑑定において、血液や尿をLC(液体クロマトグラフ)で分析しているとされているが、そのクロマトグラムのデータの表示がなく、実際に血液や尿を分析した根拠がない。
B ベクロニウムをLC(液体クロマトグラフ)/MS(質量分析器)で分析してもm/z258は検出できないこと
 薬毒物試験法と注解2006(乙D13)によれば、ベクロニウムをLC/MS/エレクトロスプレーイオン化法により分析した場合、観察されるイオンはM(試験対象化合物の質量)からe(電子)が2個放出されたM2+イオンやMにH+(プロトン)が2個付加した〔M+H〕2+などの分子量関連イオン(試験対象化合物の分子内の結合が切れることなく、イオン化又は電子付加によって生じたイオン。通常M+やM−で表す。)が観察される傾向にあるとされている。すなわち、ベクロニウムの質量は557であるから、LC/MS/エレクトロスプレーイオン化法により分析した場合には、m/z279ないしm/z557が検出されると記載されている。
 そして、実際に、ベクロニウムLC/MS/エレクトロスプレーイオン化法によって分析すると、m/z557あるいはm/z279が検出されるのであり、これはコーン電圧を10V刻みで変化させて分析しても、m/z258のイオンは検出されない(乙E4)。
 Eら鑑定は、LC/MS/MSによる分析方法によっているが、上述のとおり、ベクロニウムを質量分析してもm/z258は観測されず、ベクロニウムのイオンを解裂させた場合、特徴的にm/z356のイオンを観測できるとの報告もないのであり、Eら鑑定によりベクロニウムを定性、定量したとすることはできない。
 したがって、Eら鑑定が検出した物質がベクロニウムでないことは明らかであり、LC/MSでベクロニウムを分析しても、m/z258が検出されなかったことからすれば、Eら鑑定において「ベクロニウムを質量分析したところ、MS1でm/z258のベースピークを検出した。」とする記載の真実性、ひいては、Eら鑑定において実際に標本はおろか、鑑定資料の分析を行ったのかさえ疑問となる。
(c) 鑑定資料の入手方法に疑問があること
@ 11歳女児の鑑定資料
 11歳女児の血液及び尿は、市立病院において検査され、その後、外注検査会社に外注検査に付されており、このような事情があるのに、病態解明のためには必須の急性期の血液などが検査に付されないまま院内に残され、後日、警察に提出されるということはあり得ない。
A 89歳女性の鑑定資料
 89歳女性の鑑定資料は、Bが、89歳女性の病室を訪れて、点滴スタンドから使用されていない点滴ボトルを取り外して入手し、凍結保存して警察に提出したとされているが、@Bが、89歳女性の事件が起きた当時、急変事例について疑いを持っておらず、点滴ボトルを採取・保管する動機がないこと、AGがHから、89歳女性のボトルを医療廃棄物から捜し出したと聞いていたこと、BBが89歳女性の病室を訪れていないこと、CEら鑑定の鑑定書添付の写真が冷凍状態ではなく、常温状態で撮影されていること、D冷凍保存の必要性が判明したのが平成13年2月27日であり、冷凍室の温度調査がされたのが同年3月2日であること、E89歳女性点滴ボトルは点滴スタンドにつり下がっていなかったこと、からすると、上記事実はなかったというべきである。
B 1歳女児の鑑定資料
 1歳女児の鑑定資料である血清(血液)は、市立病院で採取され、その後、東北大学医学部附属病院(現在の東北大学病院)の小児科にインフルエンザ脳症の研究資料として送付され、そこでも検査されることなく、平成13年1月に警察に提出されたこととなっているところ、1歳女児はインフルエンザ脳症でなかったのであり、研究資料が送られるはずがない。また、警察に提出された際の保管場所は、家庭用冷蔵庫の冷凍室の扉の裏側であったが、1年間上記場所に保管されていたわけではなく、提出の間際に低温のフリーザーから移されたものである。
C 45歳男性の鑑定資料
 45歳男性の鑑定資料は点滴ボトルであるが、外来患者の点滴ボトルであり、45歳男性の氏名が記載されることはなく、そもそもどのように45歳男性の点滴ボトルであるかを特定したのか不明である。
v 4歳男児の鑑定資料
 4歳男児の鑑定資料は、点滴ボトルと血清であるが、点滴ボトルは、Bが点滴スタンドから取り外して入手し、冷凍保管した上、警察に提出されたとされているが、使用済みの点滴ボトルで以後使用が予定されていないものは直ちに廃棄されており、他に存することは物理的にあり得ない。血清は、4歳男児から採血後、ごく一部がアイスタット検査に使用された後、外注検査会社に提出するため、3本の試験管に分けられ、1本が生化学用検査に供するため遠心分離にかけられ血清として冷凍保管され、その余の2本は外注検査会社の社員に手渡され、後日、上記3本全ての検査結果が文書回答されているのであり、外注検査会社の検査に供された血清の他に警察に提出されたとされる血清が存在するはずがない。
(d) 点滴投与による犯行について
 点滴によるマスキュラックスの投与は、殺傷能力の点で事件性の成否にかかわるところ、点滴投与による方法について、マスキュラックスが薬効を発揮するのか否かについて、実証的裏付けがされていない。また、犯行方法が、捜査の途中で不合理さが露呈し、異なる方法によって投与されたことに変更するなどされており、点滴投与による犯行手口は破綻している。
(e) マスキュラックスの在庫不足はAとは関係がないこと
 Aによるマスキュラックスの不正使用はない。また、マスキュラックス(筋弛緩剤)在庫不足は、Aの就職前から発生しており、平成11年12月及び平成12年8月ころに、粉末アンプルのみ10本を抜き取ったのもAではない。
(f) 捜査機関はAによる証拠隠滅行為を仕立て上げた。すなわち、警察・検察は、平成12年12月4日退職手続をした夜、Aは犯行等に不正に使用したマスキュラックスの使用済み粉末空アンプル19本の入った針箱を持ち出して、証拠を隠滅しようとしたというが、針箱の中には別件刑事事件の証拠となる不正使用の筋弛緩剤空アンプルが入っていたわけではないから、証拠隠滅の前提が成り立たない。
(g) Aの別件刑事事件における捜査段階の供述は無実であることを示している。すなわち、Aの反省文下書き(乙B7)、反省文清書(乙B8)、警察官面前調書(乙B9)、検察官面前調書(乙B10)について、Aに対する取調べは捜査員が初めからAを別件刑事事件の犯人と決めつけ、Aの弁解に一切耳を貸さないという強圧的なものであったのであり、上記自白調書等は、捜査員による強圧的な取調べによる誘導の産物であった。
b 原告及びBが、別件刑事事件が存在せず、Aが犯人ではないかもしれないと認識しつつ、それでも構わないとして捜査機関に申告したこと
 原告は、FESの世界的権威であり、筋弛緩剤の薬効について熟知していたはずである。そして、以下の事実に鑑みれば、原告が上記別件刑事事件が存在せず、Aが犯人ではないかもしれないと認識しつつ、それでも構わないとして捜査機関に申告したことが明らかである。
(a) 医療過程についての内部調査が行われていないこと
 北陵クリニックでは、多数の急変・死亡事例を別件刑事事件の疑いがあるとして警察に届け出たとしながら、原告及びBは、主治医や看護職員の事情聴取など院内の調査を全くしていない。内部調査をしないままにAによる犯罪の疑いがあるとして警察に届け出ることは不自然であり、内部調査が行われなかったことは、原告が犯罪を疑わないばかりか、投薬ミスなどの医療事故(過誤)すら疑わなかったことを意味している。
 特に、Bは、平成12年10月31に発生した11歳女児の急変が腑に落ちず、薬毒物の投与を疑うようになった旨述べているにもかかわらず、担当のAや看護婦らから事情聴取を行っておらず、誤った投薬など医療過程のミスすら疑っていなかったというべきである。
(b) 筋弛緩剤の数量不足について内部調査がされておらず、多量注文はAがしたものではないこと
 北陵クリニックでは、薬剤師がリストラされ、Aが北陵クリニックに就職する前から薬剤師が不在となり、薬剤の管理が杜撰であった。手術数に比べ筋弛緩剤の在庫数量が不足している原因についても内部調査がされておらず、誰でも筋弛緩剤を持ち出せる状況にあった。
 平成11年12月に一度に20本のマスキュラックスが購入されているが、これはAが注文したものではない。多量の筋弛緩剤をA以外の者が注文していることは、その者が一定の意図を持って注文をしたことを示すものである。
(c) 届出前・届出後に原告及びBが、北陵クリニックの院長であったDに全く相談しておらず、報告もしていないこと
 原告及びBは、Aが多数の患者の点滴に筋弛緩剤を混入し、10人程死亡させた疑いがあるとして警察に届け出たとされているが、医療機関にとって重大事であるにもかかわらず、届出前にDに何ら相談しておらず、警察への届出後にDに報告もしていないのであり、原告及びBが、Aによる筋弛緩剤犯罪を疑って届け出たという点には疑問がある。
(d) 11歳女児の症状が筋弛緩剤の薬効と矛盾しており、かつ原告がそれを認識していたこと
 11歳女児は、呼吸停止よりも明らかに先に意識低下をきたしており、この症状は意識レベルに影響を与えない筋弛緩剤の薬効と矛盾する。そして、筋弛緩剤は北陵クリニックにおけるFES手術で使用されているものであり、FES治療の世界的権威である原告が、その薬効を知らないとは考えられない。
(e) 北陵クリニックにおいて、重症患者の受入れや医師の辞職があったこと
 北陵クリニックでは、ある時期から患者の死亡・転送が多発したことがあったが、これは特別養護老人ホームから患者を受け入れたり、救急処置ができる医師が辞めて不在となったために、小児患者が仙台市立病院へ転送されるケースが増えたためである。この事実について、実質的経営者であった原告及びBは認識していた。
(f) Aによる筋弛緩剤混入の目撃者がいないこと
 Aは、起訴された5件を含む20件20名の患者の点滴に筋弛緩剤を混入したものとされているが、Aの不審な行為を目撃していた人物が1人もいない。そして、原告がAを疑った後も、Aの不審な行為を目撃した者はいない。
 原告及びBがAを疑っていたのであれば、自らあるいは一定の職員に命じて、Aの挙動について観察を命じるはずであるが、何らそのようなことをしていないのであり、上記事実は原告がAを疑っていなかったことを示すものである。
(g) Aを担当から外していないこと
 11歳女児の件の投薬担当はAであり、実質的経営者の原告及びBは、この出来事の後も、Aを普通に業務に従事させていた。11歳女児の件が腑に落ちないというのであれば、すぐにAから事情を聴取し、疑問があれば、Aを看護業務から外すなどするはずである。しかるに、原告及びBは、何ら対策の手だてを行っていないばかりか、Aをその後もそれまで同様、点滴投与を含む看護業務に従事させていたのであり、上記事実は原告がAを疑っていなかったことを示すものである。
(h) 筋弛緩剤マスキュラックスについて、青酸カリとは異なり、相当量を投与しなければ点滴では「効く」ことはなく、医療機関では人工呼吸の用意が整っており、殺人の「道具」としては有効ではないものである。
(オ) 相当性について
a 仙台別件刑事事件(起訴にかかる5件)が存在しないとみた理由について
(a) 第2事件(11歳女児)について
 Aは、平成13年1月9日から11歳女児の件を含む全ての事件について否認をした。
 そして、被告は、弁護人の1人として、Aから11歳女児の件について詳細に聴き取るとともに、11歳女児の症状経過などを観察し、看護記録に記載したIから事情聴取を重ね、11歳女児の意識レベルが「V−300」であったと把握した。また、11歳女児の両親が北陵クリニックとBを提訴した訴状において、「首を左右に大きく振りながら『あー、あー』『のどが乾いた』とこちらの呼び掛けに関係なくしゃべり、様子がおかしくなってきた。母親は『先生、変ですよ。意識レベル下がってません?』と問いかけると、…」と記載されており、11歳女児の症状が意識レベルに影響を与えない筋弛緩剤の薬効とは矛盾するものであったことから、11歳女児の事件性はないと判断した。
(b) 第4事件(89歳女性)について
 被告を含む弁護人がAと接見した際、Aが「自分が心筋梗塞と書いてあるDの診断書を家族に渡した」などと述べていたことに加え、Iからも、89歳女性の点滴ボトルを準備したのはAとは別の看護婦であり、Aが上記看護婦から調剤済み点滴ボトルを受け取り病室で切り替えただけであったことを聴取していた。また、Bが、平成13年1月7日の記者会見において、「10人前後の患者が亡くなっている。ほとんどが、80、90歳のお年寄り。Aとの関係については何とも言えない。輸液の直後に亡くなられたケースはなかったと思う。」と述べ、Aが89歳女性の点滴に関わったかどうかについて明確にできず、輸液(点滴)と急変の結びつきについても否定的な見解を示したことから、89歳女性の件について事件性がないと判断した。
(c) その他の起訴3件(第1事件(1歳女児)、第3事件(4歳男児)、第5事件(45歳男性))について
 45歳男性について、Aが尋ねると「めまいがする、胸が苦しい」と言っており、酸素マスクをつけようとすると、「大丈夫です」と言って上半身を起こしているなど、同人の症状が筋弛緩剤の薬効と矛盾するだけでなく、被告は45歳男性の件が発生した日、Aから、Aが病棟勤務であり、外来患者であった45歳男性との接点もなかったことを聴取した。
 また、1歳女児の件は、Aが看護主任に指示されて、ナースセンターに準備してあった血液凝固阻止剤入り注射器を持ち運んできて主任に手渡しただけであると一貫して否認していた。
 さらに、被告は、4歳男児の件は、Iから、Aが仕事を終え帰宅してから2時間以上も経過してから発生していたものであることを確認した。
 以上から、被告は、いずれの事件もAとは無関係に生じた急変であると考え、Aの行為との結びつきはなく、別件刑事事件の事実はないと判断した。
(d) 内部調査の不存在が事件性がないことを示唆するものとみたこと
 Bが11歳女児の件について、原因疾患がわからず、医学的に説明できないなど原因がわからない旨述べていた(平成13年1月8日の朝日新聞(乙A25)、読売新聞(乙A7))のであり、そうであれば、投薬ミスなどを疑い調査するはずであるのに、Bは「内部調査をしなかった、警察にお任せしている」と述べ、記者の「警察に行く前に、Aに何か問い質すようなことはしなかったのか」との質問に対しても「聞いていない」と答えた(平成13年1月8日の読売新聞(乙A7))。
 このように、被告は、原告及びBが何ら内部調査をしていないこと自体、薬毒物の投与どころか医療過程におけるミスすら疑っていないとみた。
(e) 逮捕以前に鑑定の裏付けを得ていないと考えたこと
 捜査が進展した段階での報道によれば、捜査当局が逮捕・起訴に至った事件については、物証の鑑定資料が存在し、警察鑑定があるとされていたが、事件1報(平成13年1月7日)と2報(同月8日)の報道では鑑定について全く言及がなく、同月9日以降、鑑定を進めている最中であるとの報道が行われ始め、その報道からは11歳女児の血液がどこで採取保存されていたかが判然とせず、混乱を極めていたことから、被告は、鑑定は信用できないと考えた。
(f) 点滴による投与で薬効を発するのか疑問であると考えたこと
 点滴に混入した場合、濃度が薄まることから、点滴投与では薬効が十分に発現するのか疑問があり、静脈注射と点滴投与の差異を検討しないまま、強制捜査に突入してしまったのではないかとの疑問があった。
 また、Aは、経験上、点滴で筋弛緩剤を投与する例を見聞したことが全くなかったから、点滴ボトルに筋弛緩剤を混入する手口の発想は生まれようがないのではないかと考えた。
(g) 筋弛緩剤の過剰注文が紛失に結びついたとのメッセージ
 平成13年1月7日の記者会見において、Bは、筋弛緩剤の減り方等について、「数が減っている感じはある」と答弁するだけで、明確な答弁ができなかった。院内でも、徹底した筋弛緩剤の数量調査が行われたはずであり、被告は、上記答弁は不自然であり、逮捕時には不足の量が把握されていなかったのではないかと考えた。
 また、北陵クリニックでは、マスキュラックスが大量注文されていたが、これはAの行為ではなかったことから、被告は、何者かが不自然に大量の注文をし、紛失した痕跡があるのではないかと考えた。
b 別件刑事事件の余罪の十数件は存在しないとみた理由
 余罪十数件の大半が高齢の内科患者であることに加え、原告及びBは自らが診療を担当していない内科患者について主治医に意見を求めることをせず、Aやその他の看護職員からも聴き取りなどの調査を全くしないまま、別件刑事事件の余罪である疑いがあるとして届け出たにすぎないので、事件性はないと考えた。
c 原告及びBが届出の不当性(事件の不存在)を認識しながら、多数の筋弛緩剤事件として警察に届け出たとみた理由
(a) 被告が、原告及びBが、連続筋弛緩剤点滴混入事件として届け出たと考えた理由
 新聞報道によれば、事件の端緒は、病院から警察への、点滴後に急変した患者が20名(あるいは十数人)以上いるという通報であり、十数件にわたる高齢者や幼児の急変事例を届け出た事実が、本件著書出版前に開示された証拠である捜査報告書(乙B11)によって確認できた。
(b) 原告及びBが、別件刑事事件の不存在を認識していたと考えた理由
@ 被告は、次の事情から、高齢者と幼児に急変が集中したその背景事情を誰よりも知る立場にあったのは経営者の原告及びBではないかと考えた。
 すなわち、内科の高齢患者に急変・死亡が多い理由は、特別養護老人ホームの入居者が多く、ほとんどが80歳以上の高齢者であって、インフルエンザや誤嚥性肺炎による死亡が多かったことによるものである。また、仙台市立病院への子供の転送事例が増えたのは、平成12年4月に若い医師が辞めたため気道確保できる医師が不在となった上、また小児科で医療事故が頻発したことによる。これらの事情を原告及びBは知っていたはずであると判断した。
A 原告が急変例に筋弛緩剤等薬物投与の疑いを持ったとは思われないこと
 原告はFESの世界的権威であるから、繁用される筋弛緩剤が投与された場合の一般的症状については熟知していたはずである。そして、小6少女の症状は呼吸停止よりも先に意識レベルの低下が見られるところ、この症状は、意識レベルには影響を与えない筋弛緩剤の薬効と矛盾しているから、被告は、原告及びBは筋弛緩剤ではないことを認識していたと判断した。
B Aを担当から外していないこと
 平成12年10月31日の11歳女児の件の後、同年11月に3件の別件刑事事件が発生されたとされ、開示された捜査報告書(乙B11)において、原告及びBが警察に届け出た案件に含まれていたにもかかわらず、その後も、原告及びBは、Aを点滴業務に従事させていたのであるから、被告は、原告及びBが、Aによる筋弛緩剤投与を疑っていなかったと判断した。
C 内部調査がされていないこと
 Bは、記者会見において北陵クリニックとして組織的な調査はしておらず、警察に任せている旨発言していた上、原告及びBは、点滴投薬を担当したAやその他の看護職員に対しても、事情聴取を行っていない。被告は、原告及びBが内部調査を行わなかったのは、原告及びBが犯罪や投薬ミスなどの医療事故(過誤)を疑わなかったことを意味していると考えた。
D 原告及びBが筋弛緩剤の数量調査をしていないこと
 Bは、平成13年1月7日の記者会見において、筋弛緩剤が減っている感じがあるということだけで、明確な答弁ができなかった。被告は、原告及びBが筋弛緩剤の数量調査をしなかったのは原告及びBが筋弛緩剤の不正使用を疑っていなかったからであると判断した。なお、平成11年12月にマスキュラックス20本が注文されているが、これはAが注文したものではない。
E 届出前後にDに相談も報告もしていないこと
 原告及びBは、警察への届出前後に北陵クリニックの院長であったDにも相談も報告もしていないが、報道では、事件の発端が病院から警察への通報であるとされていたところ、病院として通報したのであれば、大半の患者を診ていたDに相談すべきところ、Dに何ら事情を聞いていないというのは不可解であると考えた。そして、このことから、原告及びBは事件性の不存在を認識しながらあえて届け出たものであると判断した。
F 目撃者がいないこと
 Aは、起訴5件を含む20件20名の患者の点滴に筋弛緩剤を投与したとされているが、Aの筋弛緩剤投与の目撃者がいないことは、原告がAを疑っていなかったことを示すものと判断した。
G 筋弛緩剤は殺人の「道具」とはなり難いこと
筋弛緩剤マスキュラックスは、青酸カリとは異なり、相当量を投与しなければ、点滴では「効く」ことはないだけでなく、医療機関では人工呼吸の用意が整っているのであるから、殺人に用いる「道具」としては、有効ではない。
イ 原告
(ア) 真実性について
a 原告及びBが「筋弛緩剤」を疑うに至った経緯等
 「筋弛緩剤」が使われているかもしれないと強く疑うようになったのは、原告やBではなく、市立病院のJから聞いたことによるときである。
 すなわち、平成12年11月30日、原告とBは、市立病院の小児科医であったKに呼ばれた上、小児科部長であったJから「急変した北陵クリニックからの搬送患者の症状が不可解だったため、麻酔科医に相談したところ、共通して筋弛緩剤が投与された可能性が極めて高いとの結果だった」旨の話をされた。
 Jが、上記のような発言をしたのは、同月初旬、市立病院の麻酔医であったLに対し、北陵クリニックから搬送された小児患者5名について、診療録、救急伝票のコピーなどを持参した上、呼吸管理に携わる者として意見を求めたところ、Lは、11歳女児の件から検討した結果、11歳女児のケースは医療過誤ではないこと、北陵クリニックに入院した経緯から、呼吸停止を引き起こすような重篤な病気にり患していたとは考えられないこと、市立病院でのCT検査の結果から脳疾患の可能性も否定されること、北陵クリニックでの急変時の症状などから11歳女児の容体急変については筋弛緩剤の投与が疑われることをJに応答したことによるものである。
 そのため、原告及びBは、至急、法医学分野教授のMの意見を聞いて警察に届け出るべきであるとの結論に至ったため、原告において、Mに対し、11歳女児について、「市立病院へ搬送された急変患者が筋弛緩剤を投与された疑いが濃いが、警察にはどのように届けるべきか」と相談した。
b(a) 89歳女性の症状、4歳男児の症状、1歳女児の症状、45歳男性の症状は、筋弛緩剤が投与された際の症状と矛盾せず、被告が主張する点は、各専門家の意見や別件刑事事件の刑事判決において否定されており、また、北陵クリニックには医療過誤は存在していない。
(b) なお、11歳女児の急変は疾病によるものではないことについて、以下、補足する。
@ Nは、平成13年3月31日まで麻酔科学分野教授を務めていたが、11歳女児の症状とマスキュラックスの投与との関係について、11歳女児が訴えた「物が二重に見える。」、「口がきけなくなってきた」、「口がききにくくなってきた」という症状はマスキュラックスが投与された場合の症状と符合し、11歳女児の意識レベルが最低レベルの痛覚反応がない状態という外観症状になったことは、意識がまだあるが、いろいろなことを訴えることができない状態だと考えられ、矛盾することはないとして、11歳女児の症状について、マスキュラックスが投与されたことと矛盾しないとし、Lも同様に「筋弛緩剤投与」と「意識低下」について、同趣旨の説明をしており、11歳女児の症状はマスキュラックス投与と矛盾するわけではない。
A 「アセトン血性嘔吐症」については、市立病院のOにより、アセトン血性嘔吐症による脱水症状のショックで呼吸停止が引き起こされたものではないとされ、「てんかん」についても、Oのほか、てんかん学の専門家であるPによっても、11歳女児の脳波にてんかんの所見がないことなどから明確に否定されている。
B 11歳女児の症状は「急性間欠性ポリフィリン症」でもなく、「ミトコンドリア異常症」でもない。
c Eら鑑定について
 Eら鑑定については、別件刑事事件の刑事判決において、Eら鑑定については信用性が肯定されている。
 また、Eら鑑定は、分析を行った薬毒物がベクロニウムの3位脱アセチル体であることを示していないのであって、別件刑事事件の裁判において、Eがベクロニウムそのものが検出された旨の証言をして誤解を与えているが、実際の分析データをみると、他の毒薬物からは決して生じることのないベクロニウムの3位脱アセチル体が検出されたものと考えられ、資料血液から母薬毒物であるベクロニウムの存在を間接的に証明したことになるから、血液中にベクロニウムが存在するとした結論は妥当である。
d FES手術について
 本件著書は、4歳男児にFES(TES)手術を施行したことを「モラルの欠如」などと非難するが、4歳男児は、「ぜひとも電気刺激治療を受けさせたい」とし、北陵クリニックに連れて来られ、原告において4歳男児の診察をした結果、年齢からみて感覚神経を刺激することによるニューロモジュレーション(神経調節)効果が得られる可能性がより高いと考えられたため、同児の保護者に対して、FES(TES)治療の効果とそれによって受ける不利益、危険性について十分な説明をしたうえ、保護者の同意を得て電極埋め込み術を施行したものであり、モラルの欠如などと言われるいわれはない。
(イ) 相当性について
a 被告が主張する事実は、いわば新聞報道や週刊誌などの記事の寄せ集めであり、証拠に裏付けられたものではなく、これらが真実であると信ずるにつき相当の理由があったことを基礎づけるものとはいえない。
b Aが患者に筋弛緩剤を投与したことを知らなかったDの心筋梗塞との診断は、そのことをもってAの犯罪を否定する根拠とはならない。
c 平成13年5月21日、被告は検察官から証拠開示を受けているが、被告は開示された証拠を十分に検討せずに本件著書を出版している。本件著書(甲2)にも「原稿を出版社に送ったあとである5月21日以降、検察官は弁護団に対して取調請求予定の証拠の事前開示を行った。筆者は一読した。ほぼ予想どおりの『証拠』である。開示された『証拠』を目にしても原稿を書きなおす必要は感じない。」(本件著書261頁)としており、開示証拠を十分に検討していないことは明らかである。
(3) 争点3(正当な弁護活動による違法性阻却)
ア 被告
(ア) 本件著書の出版は、弁護人としての正当な権利行使・弁護活動であるから、正当業務行為として違法性が阻却されると解すべきである。そして、弁護人が法廷外で事件に関する著書を出版する行為は、被告人の公平な裁判所による公開の裁判を受ける権利の保護を目的とする本質的・中核的な防御活動であり、表現の自由の優越性にも鑑みれば、名誉権との関係でも広くその権利が保障されなければならず、法廷内と同様に厚く保護されるべきである。
 したがって、法廷外において弁護人が事件に関する著書を出版する行為が違法となるのは、当該出版行為が「全く不合理なものではない」とはいえない名誉毀損の場合においてのみ、当該出版行為の違法性が肯定されるべきである。
(イ) 別件刑事事件については、Aを犯人視し、Aが有罪であるとの印象を社会に対して強く与える偏向した報道が氾濫していた。被告は、このような偏向した報道状況を危機的状況であると捉え、Aの公平な裁判による公開の裁判を受ける権利を実現するため、本件著書を出版したものである。そして、遠くない時期に第1回公判が予定されており、過密な日程での公判審理が予定されていたことにも鑑みれば、Aに対する上記犯人視報道に対し、直ちに適切な対処をなすことについての緊急性が認められる。
(ウ) 本件著書は、原告が別件刑事事件をでっち上げた犯人であると断定して主張したものはない。また、被告は、報道された事実を収集分析し、Aと幾度となく接見し、同僚看護職員などから詳細な聴き取りを重ね、Aが犯人ではないことの客観的資料を収集検討した結果、捜査機関の考えるストーリーと捜査機関が収集したと推測される証拠に重大な疑問のあるとの合理的判断に至り、検察官から開示された証拠を検討し、Aの犯行に疑いを抱かせる事情を見つけ出している。
 本件著書は、このような慎重な分析に基づく判断を前提に執筆されており、その内容は十分に合理性を有し、全く不合理であるとはいえないことは明らかである。
(エ) したがって、当時のような状況においては、本件著書を出版し、Aの正しい主張を世間に訴えることは、弁護活動として積極的に認められるべきものであるだけでなく、上記(ウ)のとおり、本件著書は十分合理性を有するものであり、全く不合理であるとはいえないものであったのであるから、本件著書の出版行為は正当な弁護活動としての保障を受けなければならず、違法性は阻却されるというべきである。
イ 原告
 本件著書の出版は、正当な弁護活動ではない。
 被告の出版行為はAの刑事裁判の手続内で行ったものではなく、本件著書の出版は過剰な報道を見聞きする者に対して、被告の推測を伝えることを目的としてなされたものであり、Aの刑事事件の法廷において弁護活動を遂行する上で必要不可欠な行為とはいえない。相当な根拠がないまま訴訟遂行上の必要性を超えて著しく不適切な表現内容、方法、態様で主張し、相手方の名誉を害する場合は、社会的に許容される範囲を逸脱したものとして、違法性を阻却されない。
(4) 争点4(損害)
ア 原告
 原告は、本件著書が出版されたことで、マスコミや世間の注目を浴び、さらに、傍聴人らで満席となった法廷の中で、被告を含む弁護人である被告阿部らが作った筋書きの「謀略の黒幕」とされ、そのため激しいマスコミ攻勢にあい、あまつさえ、北陵クリニックを平成13年3月に閉院せざるを得なくなった悔しさと、継続的に人格、名誉を毀損されてきた精神的な苦痛ははかりしれない。これを慰謝するには金1000万円が相当であり、被告には謝罪広告を出すべき責任がある。
イ 被告
 争う。そもそも本件著書の出版によって、原告に社会的評価の低下は生じたということはできず、また評価の低下があったとしてもその程度は僅少であり、違法性も軽微であるから、損害が発生したということはできない。また、本件著書の出版と原告の社会的評価の低下とは相当因果関係がない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1について
(1)ア ある表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断すべきであるところ(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁)、ある著書を読む一般の読者は、名誉毀損が問題となっている記載部分のみを取り出して読んだりするということは通常考えられないのであるから、ある著書の出版が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかの判断は、当該問題とされている記載の内容のみから判断するのは相当ではなく、当該記載の著書における位置付け、表現方法、前後の文脈等を総合して判断するのが相当である。
イ そして、事実を摘示しての名誉毀損と意見あるいは論評による名誉毀損の区別については、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的に主張、又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁)、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や議論などは、意見ないし論評の表明に属するものというべきである(最高裁平成15年第1793号、第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁)。
ウ この点、被告は、ある表現が他人の社会的評価を低下させるかどうかの判断においては、当該問題となっている記載部分のみで判断すべきであり、その余の記載によって名誉毀損となるかを判断してはならない旨主張するが、ある表現が他人の社会的評価を低下させるかどうかの判断基準は上記アのとおりであり、被告の上記主張は独自の見解であって採用できない。
(2) 本件記載@について
ア 前記前提事実及び証拠(甲2)によれば、本件著書中、本件記載@部分の前段落に記載されている捜査機関のAに対する取調べ方法は、捜査機関が、うそ発見器の質問事項の中に、「容体急変患者二十人以上」「使用薬剤として筋弛緩剤マスキュラックス」などの言葉を織り込んでいた上、Aが「薬を間違いサクシンを注射した」と述べたところ、「故意にマスキュラックスを点滴に混入した」と誘導するという方法であったと記載されており、本件記載@は、「これは」として、上記捜査機関のAに対する取調べを受け、その取調べ方法が、原告が法医学教授に対して相談し、原告の氏名を挙げた上、「特定の職員」、「点滴直後の多数の患者の急変」と告げ、「筋弛緩剤」を引き出した方法と「全く重なる」という表現を取っている。
 上記表現方法に加え、前後の文脈に照らせば、一般読者が普通の注意と読み方を基準に本件記載@を読むと、「原告が、『特定の職員』、『点滴直後の多数の患者の急変』ということを法医学教授に告げて相談し、法医学教授を誘導して「筋弛緩剤」が原因であると言わせた」という記載であると読むことができ、上記内容は証拠等によってその存否を決することができるから、事実を摘示するものというべきである。
 そして、上記内容は、原告が、法医学教授を誘導して「筋弛緩剤」が患者急変の原因と言わせ、Aを筋弛緩剤事件の犯人に仕立て上げようとしたという印象を与えるから、原告の社会的評価を低下させるというべきである。
 したがって、本件記載@は、原告の名誉を毀損すると認められる。
イ この点、被告は、本件記載@は、@)事実経過を述べたものにすぎず、原告の社会的評価とは無関係である、A)捜査当局の捜査手法を批判するものである、B)「その手法に全く重なる」との記載は、捜査・調査不足のまま物事を進めているということを表現したものであって、調査不足であることは本件著書出版時においてBも公の場で認めていた事実であるから、後に本件著書で指摘しても原告の社会的評価を低下させることにはならない旨主張する。
 確かに、本件記載@が記載されている「浮上する捜査の構図」の項は、捜査機関による捜査手法を批判するものである。
 しかし、本件記載@は、前後の文脈に加え、原告の氏名を出して記載していることを併せて考えると、捜査機関の捜査手法への批判のほかに、原告の法医学教授に対する相談手法をも批判する内容であることは明らかであり、本件記載@が単なる事実の経過あるいは調査不足のまま物事を進めていたことを述べたものにすぎないものということはできず、被告の上記主張は採用できない。
(3) 本件記載Aについて
ア 前記前提事実及び証拠(甲2)によれば、本件記載Aは、本件著書(甲2)の「六、五つのケースに事件性があるのか」の項に記載されているところ、同項は第1事件から第5事件について、事件性がないとみるべき理由(筋弛緩剤以外の事由による急変)を列挙する構成となっており、例えば、11歳女児について、アセトン血性嘔吐症の可能性を否定することができず、また、呼吸不全より意識の低下をきたしており、意識レベルには影響を与えない筋弛緩剤投与とは矛盾すること、89歳女性について、心筋梗塞で天寿を全うしたことなどが記載されており、4歳男児については、TES手術後に具合が悪くなったが、幼児に対する手術の負担は大きく、具合が悪くなったのは当然であることなどが記載されている。
 また、本件著書(199頁)では、北陵クリニックがFESという上肢等に電極を埋め込んで施術する先端医療を行う病院として開業したものであり、FESが東北大学工学部と医学部が中心となった最先端のリハビリ治療法であって、その中心にいるのが原告であるとの記載がされている。
 上記構成等からすると、一般読者が普通の注意と読み方を基準に本件記載Aを読むと、「4歳男児の事件(第3事件)について、@)北陵クリニックにおいて、原告が行っているFES手術は、4歳男児に全身麻酔をかけて右上肢に十本近くもの電極を埋め込むというものであり、A)4歳男児の急変は、FES手術による負担が大きかったのが原因であり、B)そのような手術は幼児には極めて負担が大きく、手術に適応がないのにもかかわらず、原告が敢えて行ったという点で医師としてのモラルが欠如しているものである」という記載であると解釈することができる。
 そして、上記「北陵クリニックで原告がFES手術を行っていること」、「FES手術において、4歳男児に全身麻酔をかけて右上肢に十本近くもの電極を埋め込んだこと」、「FES手術に適応がないこと」は証拠等によって存否を決することができる上、一般の読者に対して、原告が中心となって研究・実施しているFES手術を4歳男児にあえて実施したことは不適切であり、医師としてのモラルを欠くものであるとの印象を与えるといえ、これはFES研究の中心人物であった原告の社会的評価を低下させるものというべきである。
 したがって、本件記載Aは、原告の名誉を毀損すると認められる。
イ この点、被告は、本件記載Aは、北陵クリニックが、4歳男児に行ったFES手術について、その倫理面を批判した論評であるから、その記載内容から原告の社会的評価の低下に結びつくものではない旨主張するが、上述したとおり、本件著書では、原告がFESの中心人物であるなどとされていたのであるから、FES手術を行った主体を北陵クリニックと読むことはできないことは前示のとおりであって、被告の上記主張は採用することができない。
(4) 本件記載Bについて
ア(ア) 前記前提事実及び証拠(甲2)によれば、本件記載Bは、本件著書の「七、仙台筋弛緩剤混入『事件』の本質」の「事件の構図」の項において、繰り返し報道されていた事件の構図は、「犯行の手口は、准看護士の立場を利用し、患者の点滴に筋弛緩剤マスキュラックスを混入するという悪質なものだ。」「Aは、北陵クリニックの経営の都合上、薬剤師がリストラで不在となり、薬剤の管理が杜撰になっていたことにつけ込み、筋弛緩剤マスキュラックスを勝手に持ち出し、長期にわたり犯行に使用していた。」というものであるから(本件著書250頁2行目から7行目)、上記事件の構図に対して、「『事件』の構図は破たんしている」、「キーワードは相互に結びつかない」、「仙台筋弛緩剤点滴混入事件は『ないないづくし』と疑問を呈し、別件刑事事件の事件性がないこと、Aが犯人であるといえないことについての根拠を列挙し、その記載に引き続いて本件記載Bが記述されており、本件記載Bは、上記流れの中で、別件刑事事件の犯人として別件刑事事件があることで特定の関係者が保身するのに好都合となるとして、同事件の存在により利益を得る者に着目し、その利益の内容を摘示するものとなっている。
(イ) 他方、本件記載Bの次の項においては、「謀略の臭いがプンプンする?」との見出しが付され、「事件や犯罪を捜査する際には、『事件や犯罪の発生によって利益を得る人をまず疑え』という原則がある。」(本件著書259頁15行目から16行目)、「むしろ、私達は前述した『一石五鳥』の関係によって利益方面に、しっかりと目を据えなければならない。」(本件著書260頁10行目から11行目)、「…『事件』が過失によるものか、故意によるものか、薬剤を取り違えた単なるミスなのか、慄然とする犯罪なのか、さらに、筋弛緩剤マスキュラックスの異常に多い数量が注文された経緯、あるべき在庫数量が不自然かつ極端に減っている点などについて、聴き取り調査などが、Aその他の関係者に対して全くなされていない。また、北陵クリニックの責任者Dには全く事の経緯の相談も報告もしていない。終始、AにもDにも、事は秘密のうちに進められていた。『謀り事は密なるをもってよしとす』ということだ。事を密に進めた人の動きを洗い出さなければならない。」(本件著書261頁1行目から2行目)としており、「事件の存在は一石五鳥?」の項で記載されている事件の存在により関係者が得る利益に着目すべきことを強調していることが認められる。
(ウ) ところで、本件著書においては、前示のとおり、原告は、FESの中心人物であり、Bと共に北陵クリニックの実質的経営者とされ、原告及びBは北陵クリニック側の人間として多数回にわたって実名で記述され、別件刑事事件における関係者としては、A側とは反対に、事件の存在により利益を得ている人物であるように書かれており、これに上記(ア)で述べた本件記載Bの前後の文脈を併せて読めば、一般の読者としても、本件記載Bの「…北陵クリニックをめぐる複数の問題点について、ある特定の関係者の保身に、まことに好都合の事態となる。」との記述における「ある特定の関係者」とは、原告及びBを意味していることを容易に理解することができるというべきである。
 この点、被告は、「ある特定の関係者」とは、多数関係者を意味しているのであり、原告及びBはそのうちの1人にすぎない旨主張するが、本件著書内において、原告及びBの氏名が多数回記述されており、本件記載Bの第1から第5にいずれも関係するのは原告及びBであることに照らせば、「ある特定の関係者」を被告主張のように解することは困難である。
(エ) 以上に加え、本件著書では、「原告、ないしは病院関係者は、…警察に対しても、『特定の職員』『点滴直後に急変する患者が多数続発』に加え、『筋弛緩剤』を付け加え、今日の『仙台・筋弛緩剤点滴混入事件』を構成するキーワードをもって届け出たことは、間違いなさそうだ。」(本件著書222頁)と記述され、捜査の構図とは「最初の逮捕の少女の件を含む約二十件について、患者の点滴にマスキュラックスを混入して殺害しようとしたとの構図」(本件著書240頁)をいうものであることが示されていたこと等を考慮すれば、本件記載Bは、一般読者の注意と読み方に従うと、「原告及びBが、Aが患者の点滴に筋弛緩剤(マスキュラックス)を混入して殺害したという事件がないにもかかわらず、そのような事件があるとして警察に届け出た(一石)によって、a 北陵クリニックでは過去に医療事故又は医療過誤のために患者の容体が急変し、他病院へ転送したこと、b 北陵クリニックにおける1999年と2000年のマスキュラックス購入量とあるべき在庫量及び同時期のFES手術で使われたと考えられるマスキュラックスの数量に大きな開きがあったこと、c 1998年当時、北陵クリニックがすでに13億円台の借金を抱えており、遅かれ早かれ経営が立ち行かなくなりクリニックが閉鎖に追い込まれる状態にあったこと、d 原告が中心となって行っていたFES治療がすでに行き詰まり、継続不能の状態となっていたこと、e 北陵クリニックが破綻寸前とすると、原告及びBの立場・経歴に著しく傷つくこと、という北陵クリニックを巡る5つの問題から保身を図ることができた(五鳥)。」と黙示的に主張するものと読むことができ、上記内容は証拠等によってその存否を決することができるから、事実を摘示したものである。
 そして、上記内容は、原告及びBが、自己の保身を図るために別件刑事事件を仕立て上げ作り出したという印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。
(5) 本件記載Cについて
ア 前記前提事実及び証拠(甲2)によれば、本件記載Cは、本件記載Bに引き続いて「謀略の臭いがプンプンする?」との表題で始まっているところ、同項目の箇所には、「事件や犯罪を捜査する際には、『事件や犯罪の発生によって利益を得る人をまず疑え』という原則がある。」(本件著書259頁15行目から16行目)、「むしろ、私達は前述した『一石五鳥』の関係によって利益を得る方面に、しっかりと目を据えなければならない。」(本件著書260頁10行目から11行目)、「…『事件』が過失によるものか、故意によるものか、薬剤を取り違えた単なるミスなのか、慄然とする犯罪なのか、さらに、筋弛緩剤マスキュラックスの異常に多い数量が注文された経緯、あるべき在庫数量が不自然かつ極端に減っている点などについて、聴き取り調査などが、Aその他の関係者に対して全くなされていない。また、北陵クリニックの責任者Dには全く事の経緯の相談も報告もしていない。終始、AにもDにも、事は秘密のうちに進められていた。『謀り事は密なるをもってよしとす』ということだ。事を密に進めた人の動きを洗い出さなければならない。」との記載があり、本件記載Cの残りの部分がこれに続く形となっている。
イ 上記記載によれば、本件記載Cの「謀略の臭いがプンプンする?」については、一般人の注意と読み方に従えば、本件記載Bと併せて読むことにより、「別件刑事事件は、原告及びBが、自らの保身を図るために、Aが患者の点滴に筋弛緩剤を投与したという事件がないにもかかわらず、警察に届けられたものである。」と暗に主張するものと読むことができ、上記内容は証拠等によってその存否を決することができるから、事実の摘示ということができる。そして、上記摘示された事実は、一般の読者に対して、原告及びBが自己の保身を図るために別件刑事事件を仕立て上げ作り出したという印象を与えるものであり、原告の社会的評価を下げ、名誉を毀損するものである。
 なお、本件記載Cの「謀略の臭いがプンプンする?」の部分には、別件刑事事件には事件性がなく、事件性がないとすると全ての事象が合理的に説明できること、別件刑事事件の真相と本質がこれから明らかになることという著者側(A、弁護団)の意見を述べている部分もあるが、本件記載Bで指摘した事柄を繰り返し指摘して強調しており、全体としては事件の存在により利益を得る者が原告及びBであることを暗示しているものであって、原告の社会的評価を低下させるものであるというべきである。
 なお、被告は、「謀略の臭いがプンプンする?」の主語は捜査当局であり、原告ではないから、原告の社会的評価を低下させることはない旨主張するが、上述した本件記載@からC等の記載内容に照らせば、上記「謀略の臭いがプンプンする?」の記載は、別件刑事事件が存在することで利益を得る者による謀略であるという意味であり、その利益を得る者が原告及びBであると読むことができることは上述したとおりであるから、被告の上記主張は採用できない。
2 争点2について
(1) 認定事実
 前記前提事実、当事者間に争いがない事実、後記各項末尾のかっこ内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 別件刑事事件が警察に届けられた経緯等
(ア) 11歳女児の急変及びその経緯(甲40、41、43、71、80、乙B45、B47、C3、証人B、弁論の全趣旨)
a 11歳女児は、平成12年10月31日、腹痛や吐き気を訴えるなどしたことから、同日午後6時少し前ころ、北陵クリニック小児科を受診し、Bの診察を受けた。このとき、11歳女児の熱は36.6度であり、11歳女児は、胃の辺りを手で押さえながら「お腹がいたい。」と訴えていた。
 11歳女児の母親(以下、「11歳女児母親」という。)は、Bから11歳女児の様子を聞かれたことから、Bに対し、11歳女児が学校で給食を食べた後お腹が痛くなり、夕方には3回ほど吐いてしまったこと、軟らかい便を1回したことなどを伝えた。Bが、11歳女児を診察したところ、11歳女児の呼吸音は清明で心雑音もなく、腹部からグル音も聞こえず、咽頭部に軽い発赤が認められるだけであり、意識は清明であり、右下腹部の圧痛が強い様子であったが、筋性防御(腹部が非常に痛い場合に、腹部を押した痛みなどのために筋肉が収縮して硬くなること)は認められなかった。
b 同日午後6時ころ、11歳女児に対してレントゲン撮影及び尿検査が行われた。上記検査の結果、レントゲン写真上、右下腹部にガスが少し集まっている所見があり、尿検査ではケトン体(体調が悪い場合に体内物質が分解して尿に排泄されるものであり、健康体の場合、マイナスとなる。)がプラスマイナスの反応であった。
 Bは、上記検査結果を踏まえても、11歳女児の症状の原因が、胃腸炎によるものか、虫垂炎によるものかについて判断しかねたが、虫垂炎が原因であった場合、虫垂に穴が開いて腹膜炎を引き起こすおそれもあったことから、11歳女児を北陵クリニックに入院させることにした。
c Bは、同日午後6時30分ころ、11歳女児に関する指示箋に採血と点滴の指示を記載し、点滴に関しては、生理食塩水100ミリリットルにホスミシン1グラムを調合したものを1時間当たり100ミリリットルの速度で点滴すること、次いでソリタT1の500ミリリットルに20パーセントのブドウ糖2アンプル、ビタミン剤ビスコン1アンプル及び吐き気止めプリンペランを調合したものを1時間当たり100ミリリットルの速度で点滴すること、その後ソリタT3に変えて、上記ソリタT1を1時間あたり50ミリリットルの速度で点滴を維持することを指示した。
d 11歳女児と11歳女児母親は、同日午後6時40分ころ、Aからの指示で病室に移動し、同日午後6時50分ころ、11歳女児に対し、点滴が開始された。このころ、11歳女児母親が「点滴の痛みでお腹の方はよくわかんなくなっちゃったんじゃない。」と言ったところ、11歳女児は、「点滴慣れたから。」と普通の口調で答えていた。
e 同日午後6時55分頃、11歳女児は、右手を顔の辺りに持ってきたり、両目を速い間隔でパチパチとまばたきしたり、首を少し左右に振るような仕草をしたことから、11歳女児母親は、11歳女児の様子がおかしいと感じ、11歳女児に「どうしたの。」と声をかけた。11歳女児は、11歳女児母親に対し、「何か、目が変。」「物が二重に見えるっていうか、うーん。」などと訴えたものの、このときの話し方は普段どおりで口調もしっかりしていた。
f そのころ、Bが、11歳女児の病室に入ると、11歳女児母親から「何か変なんですけど。物が二重に見えるって言うんです。」と述べられた。Bが、11歳女児に対し、「どうしたの。」と問いかけたところ、11歳女児は、Bに対しても、「物が二重に見える。」「喉が渇いた。水が飲みたい。」、「口がききにくい。」などと少しろれつの回っていない口調で話した。
 その後、11歳女児は、「あーあー。」とうなるような声を出し、首を左右に大きく苦しそうに振り始めた。これを見た11歳女児母親が、Bに「先生、何か変ですよ。意識レベル下がっていませんか。」と言うと、Bは、「すぐに市立病院に移しましょう。」と言い、病室にいたAに、点滴を薬剤が何も調合されていないソリタT1に変更するよう指示し、市立病院に電話をするためにナースステーションに向かった。
 Bが、病室を出た後、11歳女児は何か言葉を発して訴えようとするが、ろれつが回らない口調であったため、11歳女児母親は、11歳女児の発する言葉を聞き取ることはできなかった。その後、11歳女児は、急に仰向けに寝ていた状態から左側を下にして横向きの状態になって何も言わなくなり、右腕だけを小さく上下させた。
g Bは、同日午後7時ころ、市立病院の当直医であったOに対し、電話で、11歳の女児が腹痛を訴えて入院したが、入院直後に物が二重に見える、口がうまくきけない等の症状が認められたので、至急転院をお願いしたいと伝えた。
h そのころ、11歳女児の自発呼吸が低下し始め、Iは、11歳女児には意識がないと判断した。また、11歳女児の全身にけいれん様のピクつきが見られ、とくに左半身に強く現れていた。そして、11歳女児に酸素マスクが装着され、1分間に5リットルの酸素投与が開始された。11歳女児の血圧は、180/100であり、手首には拍動はあるものの、末梢チアノーゼの症状を示し、手や足は冷たい感じであった。
i 同日午後7時8分ころ、11歳女児に対して補助呼吸が開始され、引き続き毎分5リットルの酸素が供給された。
 そのころ、11歳女児の瞳孔は、両眼とも約5.5ミリの大きさに開いたままで、光を当てても瞳孔が収縮する反応がない状態であり、上記補助呼吸開始時の11歳女児の血液中の酸素量を示す酸素飽和度は84パーセントであった。
j そのころ、Bが、市立病院への搬送連絡の電話を終え、病室に戻ると、Iがアンビューバッグを使い、人工呼吸を行っているところであった。Iは、Bに対し、11歳女児の呼吸状態が悪くなってきたと報告した。11歳女児は、意識を失っている様子で、ベッドの上で体全体をぐったりとさせ、顔色も全体に紫色に近い青色になっており、11歳女児にはチアノーゼの症状が認められた。
k 11歳女児に対してバッグアンドマスクの人工呼吸が続けられ、その間、Aが、喉頭鏡で11歳女児の口の中をのぞき込んだ上、Bに対し、挿管による気道確保の処置を促してきたことがあったが、Bは、挿管による気道確保を的確に行う自信がなく、挿管を適切に行うことができない場合には、11歳女児の状態を更に悪化させる可能性があると判断し、挿管による気道確保の処置を試みることはしなかった。
 11歳女児の心拍数が30回から40回程度に低下したため、Bは、ボスミン1アンプルを三方活栓から静脈注射し、また、Aに対してイノバンを点滴に入れるよう指示した。Aは、イノバン1アンプルを点滴に投与し、更にイノバン2アンプルが追加投与されたが、11歳女児の心臓が停止し、心電図モニターの波形が一時フラットになることがあった
l そのころ、救急隊が北陵クリニックに到着した。11歳女児は心肺停止状態に陥っていたことから、11歳女児に対し、救急隊員によって心臓マッサージが施行され、心拍が再開した。また、同日午後7時25分ころ、Aの介助の下、11歳女児にはラリンゲルチューブが挿入され、アンビューバッグにつながれて人工呼吸が実施された。そして、11歳女児は、同日午後7時40分ころ、救急車で市立病院に向かい搬送された。
m 11歳女児は、同日午後7時51分ころ、市立病院救急センター外来に搬入された。このときの11歳女児の体温は36.4度、血圧は130/58、心拍数は97で、深い昏睡状態にあり、自発呼吸は認められなかった。また、11歳女児の体に発疹はなく、瞳孔に左右差はなく、対光反射も認められないという状態であり、心臓に不整脈はなく、心雑音や肺の雑音は聴取されなかった。腹部は柔らかく平坦で、腸雑音が聴取されたものの、筋性防御はなく、肝臓、脾臓の腫大も認められなかった。膝蓋腱反射、アキレス腱反射が強く出ていたが、頚部硬直はなかった。
 11歳女児は、市立病院に搬入された際、ラリンゲルマスクが着けられていたところ、Oは、長期の人工呼吸が必要となる可能性を考え、ラリンゲルマスクを外して気管内挿管を行った。その際、11歳女児が歯を食いしばるようなことはなく、咳そう反射、嘔吐反射などは認められなかった。
n 同日午後8時17分ころ、11歳女児に対し、頭部CT検査が行われた。頭部CT検査の結果において、CT上は、明らかな出血を思わせる所見や腫瘤、異常な低吸収を示す部分がなく、はっきりとした脳浮腫の所見も認められなかった。また、やや高吸収に見える小さな領域があったが、はっきりと異常所見であるとはいえないものであった。
 なお、市立病院では、11歳女児に対して、上記検査以外にも、腹部CT検査、血液検査、腹部・胸部のレントゲン検査の各検査が行われ、血液検査の結果において、血糖値、GOT、GPTの値が高く、カリウムの値が正常値よりやや低く、軽度の代謝性のアシドーシスが認められたが、その他血液検査所見は異常がなかった。また、腹部CT検査・レントゲン検査、胸部レントゲン検査においても、特に異常を疑わせる所見は認められず、各種検査の結果からは11歳女児の呼吸停止の原因は判明しなかった。
o 同日午後8時25分ころ、11歳女児の全身に不随意運動(手や足が強い勢いで屈曲する動き、体が反り返り、硬くなるような動き)が出現したが、ずっと継続するわけではなく、収まる時期もあり、その際、11歳女児の体には力が入っておらず、だらんとしたような状態であった。また、11歳女児には、屈曲していた状態の腕を肩をひねるように内側から回して伸ばし、その後伸ばした状態で硬くなって全身の震えが起きてくるような動きも見られた。Oは、抗けいれん剤であるドルミカム、アレビアチン、キシロカイン及びセルシンを順次投与したが、上記不随意運動は収まらず、外来から集中治療室に移動するまで持続したものの、その程度は、時間とともに徐々に減少していった。上記不随意運動が持続していた時点でも、11歳女児の自発呼吸は回復していなかった。その後、同日午後9時15分ころ、11歳女児に鈍いながら対光反射が出現した。
(イ) 原告及びBが不審を抱いた経緯等(甲43、乙B37、証人B、原告本人)
a Bは、11歳女児の急変の原因が分からずにいたところ、平成12年11月7日、Kに11歳女児の状態について問い合わせた際、Kから脳のCT検査の結果から、低吸収域があるが低酸素脳症による二次的所見であること、それ以外に異常を疑わせる所見がないこと、髄液の異常がないことなどから、市立病院の方でも11歳女児の急変の原因がよく分からなかったという話をされたことが契機となり、11歳女児の件以外にも急死したケース、心肺停止で死亡したケース、急に呼吸停止が起こったケースがあったことから、上記のようなケースのカルテを調べることとし、そのころ、北陵クリニックにあった急変患者のカルテを自宅に持ち帰り、調査を始めた。
b Bは、カルテを調査した結果、点滴中に急変が起きていること、急変が呼吸停止から始まり、心停止がその後であること、測定された血圧が非常に高いこと、急変が起こったのはAが日勤あるいは当直勤務している時であり、点滴に関わっていたことが多かったことが判明した(もっとも、Bは、患者に対して何らかの薬剤が投与されているという疑いは持ったものの、それが何であるかまでは特定ができなかった。)。
c Bは、夫であった原告に相談し、警察に相談しようかと考えたが、原告から、知り合いの法医学の先生に相談してみるから待つように言われた。原告は、同月9日ころ、知り合いのQに相談した。
d Bは、平成12年11月14日、Kに対して、11歳女児の急変原因について、納得がいかない思いであること、Kにナース記録及び入院時採血所見を送ること、心電図がフラットであった時間が1分以内であると思うこと、11歳女児の件でKに都合をつけてほしいことなどを記載したFAXを送信した。その後、Bは、Kと日程を調整し、同月30日に会うこととなった。
(ウ) 市立病院側が疑問を抱いた経緯等(甲76から79まで、弁論の全趣旨)
a 市立病院の小児科医師として勤務していたKは、平成12年9月、同病院のRから、北陵クリニックに喘息発作で入院していた5歳男児が、原因不明の呼吸停止に陥り、市立病院の救急センターに搬送されたものの、治療のかいなく死亡したという話を聞き、同男児の診療録を見たところ、喘息治療で入院の上、点滴治療を受けていたが、急に手足をばたばたさせて苦しがった後で呼吸が停止した旨記載してあり、喘息発作の増悪としても、経過が非常に急であり、不自然な印象を持った。
 Kは、上記男児のケース以前にも同様に原因がはっきりしない呼吸停止の患者が北陵クリニックから市立病院に転送されてきたことがあったことから、Jに相談し、最近、北陵クリニックから原因がはっきりしない呼吸停止の患者が続いていること、前日にも喘息発作で北陵クリニックに入院していた男児が、点滴中に突然手足をばたばたさせて苦しがった後で呼吸停止に至り、搬送されてきたことを報告するとともに、同一の医療機関から原因のはっきりしない小児の急変患者が続くことは不自然な感じがあるといった感想を述べたところ、Jも、同一の医療機関から原因のはっきりしない呼吸停止の小児の急変患者の転送が続くことに不自然を感じ、Kから急変した小児患者の診療録等を受け取り検討することとした。
b Jは、そのころ、知り合いであった北陵クリニックのSに連絡を取ったところ、Sからは、最近、救急蘇生術に長けた医師が北陵クリニックを辞めたという話を聞かされた。
c 同年10月31日、11歳女児が、北陵クリニックから原因のよくわからない呼吸停止のために、市立病院救急センターに搬送されてきた。Kが、同年11月1日、Jに対し、北陵クリニックで腹痛を訴えて入院治療中だった患者が点滴による治療を受けた後で呼吸停止を起こして搬送されてきたこと、同患者が物が二重に見える、うまくものを話すことができないということを訴えた後で呼吸が停止したこと、けいれん様の動きが出現して、抑制が困難だったこと、同患者に対して、CT検査等を行ったが呼吸停止の原因が明らかではないことを報告したところ、Jは驚いた表情を見せ、呼吸管理の専門家であるLに意見を聞いてみると話した。
d Jは、同年11月初旬、Lに対し、北陵クリニックから運び込まれた原因不明で呼吸停止した患者5名(Jから診療録等を渡した4名と11歳女児)にかかる入院診療録、外来診療録、退院記録のコピーなどを持参して相談し、呼吸管理の専門家としての意見を求めた。
 Lは、渡された資料のうち、11歳女児の資料から検討を始めたが、11歳女児には呼吸停止を引き起こすような脳疾患などは認められず、北陵クリニックにおける腹痛に対する治療、急変後の処置も妥当なものと思われた。そして、Lは、呼吸停止に至る一連の症状の発端として点滴投与が開始されていたこと、11歳女児には物が二重に見えるという目の症状、口が利けないという症状があったこと、これらの症状は筋弛緩剤投与時の初期症状として見られる症状であること、11歳女児の意識が落ちたという観察がされていること(実際には意識の低下が起こっているわけではないが、周囲の者が意識を表わす動作を確認できないこと)、資料中に不随意運動のような動きについての記載があること、呼吸停止に至っていることなどを検討した上、これらの症状等が筋弛緩剤を投与した場合に見られる現象とよく似ていると考えたことから、点滴による筋弛緩剤投与を疑うに至った。また、Lは、ほかの4名の症状についても、点滴投与を受けていたこと、呼吸停止に至る経過及び症状が筋弛緩剤投与時に見られる経過及び症状と類似していたことから、点滴に筋弛緩剤が入れられた疑いを持った。
 そして、Lは、Jに対して、11歳女児を含めた5名の患者について、筋弛緩剤の投与が疑われ、筋弛緩剤による投与によって説明が可能である旨の話をした。なお、Lは、その後も数日にわたり上記診療録等を検討したが、筋弛緩剤が投与された疑いを払拭することはできなかった。
 これを聞いたJは、Kに対し、北陵クリニックのBと市立病院で直接話ができるように連絡を取ることを指示した。Kは、Bと連絡を取り、日程調整を行った結果、同年11月30日に会うこととなった。
(エ) 平成12年11月30日の面会から警察への届出の提出の経緯等(甲78、79、乙B11、B32、証人B、原告本人、弁論の全趣旨)
a 平成12年11月30日午後5時ころ、JとKは、市立病院の小児科部長室でBと会った。Jは、Bに対して、北陵クリニックから原因不明の呼吸停止の患者が転送されてくることが続いているが、どういうことかと尋ねた。Bは、北陵クリニックにおいて、実は小児患者だけではなく成人患者にも点滴中あるいは点滴後に原因不明の呼吸停止になって急変している例が相当数あること、患者の容体変化に特定の職員が担当していた割合が非常に高いことなどを話した。これを聞いたJは驚き、Bに対して、北陵クリニックでは筋弛緩剤を使っていますかという質問をした。Bが使っている旨回答したことから、Jは、Bに対し、患者の急変に筋弛緩剤が関係しているのではないかと指摘した(なお、その際、特定の職員としてAの名前が挙げられたことはなく、筋弛緩剤がマスキュラックスと特定がされた上で話がされたことはなかった。)。
b そして、Jは、Bに対して、Bの夫である原告とも話をしたい旨伝え、Bが原告に連絡を取り、同日午後8時ころに、Jと原告が会うこととなった。Jは、原告に対しても、北陵クリニックの患者に筋弛緩剤が投与されている疑いがあることを話した。
c 原告は、それまでは半信半疑であったが、Jから話を聞いてAにより患者に筋弛緩剤が投与されたのではないかとの疑いを強く抱くに至り、警察に届け出る必要があると考えたが、警察に知り合い等がいなかったことから、早急にMに相談することにした。そして、原告は、同年12月1日、Mのもとを訪れ、Bが作成した資料を見せながら、北陵クリニックで急変患者が続いていることなど、これまでの事情等を伝えたところ、Mから警察に話をするということになった。
d これを受けて、Mは、同日、宮城県警察(以下「宮城県警」という。)本部刑事部捜査第一課に対して、原告から、北陵クリニックで患者が急死する事案が続いているので調べてほしいと相談されたが、原告から聞いた患者の症状からすると、何か薬物でも入れられたような症状が出ており、原告等から話を聞いてほしいと連絡した。
e Mからの相談を受け、宮城県警は、Bから事情を聴取することとし、同月2日、Bから事情聴取した。そして、宮城県警は、Bから聴取した内容が緊迫したものであると考えたことから、Bに対して、内部の者も含め筋弛緩剤を無断で持ち出せない措置を講じること、Aに対して病院経営者側として禍根を残さない対策を講じること、患者の急変等の異常事態が発生した場合には直ちに警察に通報することなどを指導した。
 なお、原告及びBは、警察への届出について、Aが何らかの関与をしていることについて確信があったわけではなかった上、Dの性格上、Aを含む北陵クリニックの職員に対して、内容を話して意見を求めるのではないかと考えたことから、Dには警察に届出をするか否かを相談しなかった。
イ 本件著書執筆に至る経緯等
(ア) 平成13年1月6日、Aは、11歳女児に対する殺人未遂被疑事件の被疑者として逮捕されたところ、同月7日、被告は、上記殺人未遂被疑事件の弁護依頼をされた(甲2)。
(イ) 被告は、同月8日、Aの両親と会った後、Tと共にAと接見した。
 その際、Aは、被告及びTに対して、患者に筋弛緩剤を投与したことを認めていたものの、被告は、Aから罪悪感が伝わってこなかったことから、違和感を覚えた(甲2、被告本人)。
(ウ) 被告は、同月9日午前11時30分から午後1時5分までの間、Uと共にAと接見した。被告は、Aに対して、筋弛緩剤を点滴にどのように混入したのかについて質問したが、Aは、犯行状況を説明することができなかった。そこで、同月6日の任意同行の時の質問をしていく中で、Aは、被告及びUに対し、11歳女児に対する殺人未遂被疑事件について、自分はやっていないこと、うそ発見器に掛けられ、警察官にお前がやったんだろうと言われていくうちに認めてしまえば楽になれると思って事実を認めてしまったことなどの話をした。その後、Aは、上記事件における取調べにおいて、従前の供述を撤回し、その他の点は今後黙秘するなどと捜査官に話した(甲2、乙C2、被告本人)。
(エ) 被告は、別件刑事事件の弁護団団長として、弁護活動を本格化させていった。弁護団は、2人態勢で交替しながらAと毎日接見を行い、Aを励ます一方で、Aから話を聞いて情報を取得し、Aは、取調べの状況等について、大学ノートに記録していた(なお、この大学ノートの記録は、本件著書(甲2、乙D12)中のAの日記、手記部分(乙D12)の元となっている。)。なお、弁護団は、Aとの接見内容を記録化し、弁護団内で情報共有を行っていた(被告本人、弁論の全趣旨)。
(オ) 平成13年1月20日の毎日新聞において、北陵クリニックから他の医療機関に搬送された患者数が、平成10年が8人、平成11年が9人であったのに対し、平成12年は19人であったと報道がされた(乙A16)。
(カ)a 弁護団は、平成13年1月中旬ころ、筋弛緩剤の調査として、サクシン及びマスキュラックスの添付文書(乙D8)を入手するとともに、平成13年1月中旬ころ、Nと面談し、同人から筋弛緩剤に関する情報を聴取し、点滴で投与した場合には時間がかかることなどを聴取した(被告本人、弁論の全趣旨)。
 マスキュラックスの添付文書(乙D8)には、使用上の注意として、マスキュラックスは呼吸抑制を起こすので必ず調節呼吸を行うこと(ガス麻酔器又は人工呼吸器を使用すること)、重大な副作用として、遷延性呼吸抑制(そのため、自発呼吸が回復するまでは呼吸管理を行うこと)があること、血中濃度に関して排泄半減期が11分であることなどが記載されている。
b 弁護団は、北陵クリニックで以前働いていたV、北陵クリニック看護職員のI、W、Gなどから、@)平成12年4月にVが辞職したことで北陵クリニックに救急措置に長けた医師がいなくなり、その後、平成12年5月、8月、9月、10月と小児の搬送が続いたこと、A)北陵クリニックが2つの特別養護老人ホームと嘱託あるいは提携関係にあり、高齢者の入院が多かったこと、B)北陵クリニックでは、重篤な高齢者も積極的に受け入れて、親族の同意を得て最後まで看取る方針が採用されていたこと、C)高齢者の大半は内科医の2名が担当し、小児科はBが担当していたこと、D)原告及びBが北陵クリニックの経営に関与していたこと、その他11歳女児の急変時の症状(11歳女児の意識レベルが下がっており「V−300」となったことなど)のほか、4歳男児、89歳女性、1歳女児の急変時の各症状、北陵クリニックにおけるマスキュラックスの保管状況、Aが北陵クリニックを退職した日の経緯、Aが任意同行を要請された日の経緯などについて、聞き取り調査を行うなどの情報収集を行った(甲2、乙C1からC20、被告本人、弁論の全趣旨)。
c 被告は、FESの公開講座に参加するなどして、FESに関する情報を収集した。FESの取扱説明書(乙D7)には「自己の疾病、装置の必要性、簡単な原理、使用方法を理解できない者」、「理解できても、その使用に極度の不安感や不信感をいだく者」、「神経疾患を有する者」などの患者に対しては、FESを使用しないよう警告がされている。また、「北陵クリニックにおけるFES研究に関連した調査依頼について(回答)」と題する書面等(乙D14の1から14の4)、宮城県議会の議員の質問の読み上げ原稿(成長の早い子どもに電極を埋め込むことは倫理上問題ということは医学界の共通理解であるなどと記載がされている。)を入手した(甲2、乙D14の1からD14の3、D15、被告本人、弁論の全趣旨)。
(キ) Aが、別件刑事事件の被疑者として逮捕された日の翌日(平成13年1月7日)から、新聞報道、週刊誌などにおいて弛緩剤投与事件にかかる記事が大きく取り上げられ、繰り返し大きく報道されるなど、別件刑事事件が社会的注目を集めた。
 新聞報道の中には、別件刑事事件の犯人がAであると確定していると読めるようないわゆる犯人視報道もあった。
 弁護団は、平成13年1月18日、NHKに対して、「クローズアップ現代」の放送中止要請をしたが、NHKから予定どおり放送するとの回答がされたことから、マスコミ対応について、方針を変更し、弁護団は、上記中止要請以降、別件刑事事件にかかる新聞社等による取材に対して、積極的にAはえん罪である旨の主張を明らかにしていくこととともに、新聞報道等において、事実・実体と異なる報道がされた場合には抗議を行っていった。
 また、新聞報道では、北陵クリニックに関する内容(BやDによる記者会見の内容、北陵クリニックにおける薬剤管理(薬剤師が不在であること、職員が自由に出入りできたこと)、北陵クリニックの経営状況(経営難であったこと、経営の実権が原告及びBであったこと)、救急搬送が増えたこと等)の報道も多数されていた。
 なお、上記犯人視報道に対しては、仙台弁護士会が、平成15年1月11月18日、新聞各社に対して、容疑対象者が被疑者・被告人段階にあり犯人であると確定したものではないと、読者の通常の注意と読み方で判断できる事実摘示・意見表明に留め、その範囲を超えて被疑者・被告人を犯人視する報道をしないようにとの勧告を行った(甲12、13、15から17、乙A1からA46、D3、D17、D18、弁論の全趣旨)。
(ク) 被告は、平成13年3月ころ、本件著書の出版社である株式会社明石書店(以下「明石書店」という。)から執筆依頼を受けたものの、弁護活動に忙殺されていたこともあり、執筆依頼を断っていた。
 しかし、明石書店から東京に執筆場所を準備するという条件を提示されたこと、弁護活動として行ってきた調査により資料がある程度蓄積されてきており、被告が執筆も可能であると考えたこと、マスコミによる犯人視報道等が繰り返し行われ、Aが、社会的に死刑が確定しかねないという状況にあると考えたことから、Aの主張、弁護側の主張を世の中に発信して、報道内容が見直される契機になればよいと考え、被告は、明石書店からの執筆依頼を受けることとした。
 被告は、同年5月10日ころ、本件著書の執筆に取りかかり、本件著書を書き上げた(甲2、被告本人、弁論の全趣旨)。
(ケ) 同年5月21日にAに対する刑事事件の証拠が検察官から開示された。
 開示証拠には、別件刑事事件の被害者の血清等からベクロニウムが検出されたとする鑑定書(乙B28の1からB28の5)やBが宮城県警に相談した際の受理状況についての捜査報告書(乙B11)などがあった。
 上記捜査報告書には、(a) 急変による死亡、あるいは回復した者であっても、まず、突然呼吸停止が起こり、ついで心停止をきたしているが、Jによると、このような症状は通常あり得ないことで医学的にも説明できない症状であること、(b) Jから医療行為中に誰かが故意に薬剤等を投与している可能性が指摘され、調査したところ、偶然かもしれないが、Aが当直看護等で直接急患患者に関わっていたことがわかったこと、(c)患者の急変は、点滴施行中であることがほとんどであり、点滴に中に薬剤等が混入された可能性が強いこと、(d) 北陵クリニック内で使用している筋弛緩剤はマスキュラックスとサクシンであるが、在庫を確認したところ、多量の薬剤が紛失していたこと、(e) 現時点では、Aが点滴に筋弛緩剤等を混入していると断定することはできず、解雇が困難であることなどの記載がされている(甲2、乙B11、被告本人、弁論の全趣旨)。
(コ) 被告は、検察官から開示された証拠を確認したものの、本件著書の内容は特に変更されず、本件著書は、同年6月30日に第1刷が発行された(甲2、被告本人、弁論の全趣旨)。
(2) 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁)。
 一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁、前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決)。
 以上を前提に、以下、本件記載@からCについて、その真実性又は相当性の抗弁を検討する。
(3) 公共性及び公益目的について
 本件著書は、社会的関心が高い別件刑事事件に関して出版されたものであり、本件著書の内容が、Aが犯人ではないこと、別件刑事事件の事件性がないことなどを主張しているものであって、本件記載@からCのいずれについても、公共の利害に関する事実にかかるものであり、専ら公益目的を図ることにあったというべきである。
(4) 本件記載@について
ア 真実性及び相当性の対象
 前示前提事実及び前記1(2)に認定した事実によれば、本件記載@が摘示する事実の重要部分は、原告が法医学教授に相談したこと、同教授に「特定の職員」、「点滴直後の多数の患者の急変」に係る事実を告げて、法医学教授を誘導して「筋弛緩剤」が原因であると言わせたことであると認められる。
イ 真実性について
(ア) 証拠(乙A42、A43、B11、証人B、原告本人)によれば、原告が法医学教授であるMに相談をしたことが認められる。
(イ) 次に、上記(1)に認定の事実、証拠(甲78、79、乙B11、B32、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、Bから、点滴中に急変が起きていること、急変が呼吸停止から始まり、心停止がその後であること、測定された血圧が非常に高いこと、急変が起こった際、Aが日勤あるいは当直勤務している時であり、点滴に関わっていた(直接、Aが点滴を行ったもの以外のものを含む。)ことが多かったことなどの相談を受けてはいたものの、半信半疑の状態であったが、平成12年11月30日、Jから北陵クリニックから搬送されてきた急変小児患者について、筋弛緩剤が投与された疑いがあるとの話を聞いたことから、Aにより患者に筋弛緩剤が投与されたのではないかとの強い疑いを抱くに至り、Bとも相談の上、警察に届け出る必要があると考えた。原告は、警察に知り合い等がいなかったこともあって、Mに相談することにし、同年12月1日、Mのもとを訪れ、Bが作成した資料を見せながら、北陵クリニックで急変患者が続いていることなどこれまでの事情等を伝えたところ、Mから警察に話をするということになったことが認められる。
 上記経緯に照らせば、原告が、Mに対して、Bが作成した資料を示しながら点滴直後に多数の患者が急変していること、特定の職員が関与している疑いがあることを伝えていたと認められ、原告が、Mに「特定の職員」、「点滴直後の多数の患者の急変」と告げたことは真実であると認められるものの、原告が、Mを誘導して、患者の急変の原因が「筋弛緩剤」であると言わせたという事実については、本件記録を精査しても、これを認めるに足りる証拠がなく、原告が、Mを誘導して「筋弛緩剤」が原因であると言わせたことを認めることはできず、同事実は真実であるとは認められない。
 なお、被告は、原告は、Mに相談するにあたり、「突然呼吸が停止する症状を呈している」と告げるとともに、併せて「特定の職員の関わり」を述べており、法医学教授で筋弛緩剤が凶器として使用されたいわゆる「大阪愛犬家連続殺人事件」を知らない者はいないことから、同教授をして原告が期待していた「筋弛緩剤」という言葉を述べさせたのであって、原告が同教授を誘導したことも真実である旨主張するが、原告が告知した内容が被告主張のとおりであったとしても、Mが法医学教授として有する経験・識見に基づいて「筋弛緩剤」と回答したことがうかがわれるのであって、原告が告知した内容のみでは原告が法医学教授を誘導したということはできず、本件記録を精査しても、被告の上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
(ウ) 以上によれば、本件記載@の真実性に係る被告の主張は理由がない。
ウ 相当性について
(ア) 被告は、新聞記事(乙A42、A43)の記載及び捜査報告書(乙B11)の記載からすると、原告がMに対して、「患者の呼吸が突然停止したとの症状」を述べると同時に「特定の職員の関わり」を述べていると通常読みとれるものであって、その前提事実として「突然の呼吸停止症状」、「特定の職員の関わり」を聞かされているのであるから、かかる事実を前提にMに「筋弛緩剤」という原告の期待する答えを述べるように誘導した。」と考えることは自然な推論である旨主張する。
(イ) そこで検討するに、平成13年1月12日の毎日新聞の25面(乙A42)には「…同クリニックの非常勤医を務めていた夫は、電話の後に知人の教授を訪ね、妻から打ち明けられていた悩みを相談した。腹痛を訴えていた女児(11)がひと月前の10月31日、突然、呼吸停止に陥った。その前後にも高齢者の容体の急変が相次いでいる。19床しかないクリニックで、2年の間に十数人が死亡。そのうち何人もが点滴を受けた直後に容体が急変していた。思い詰めた表情で非常勤医は告白した。『特定の人間がいる時にいつも起こるんです。』個人を名指しすることは避けながらの慎重な口ぶりだったという。患者の症状を聞いた教授は、『筋弛緩剤ではないか。警察に行くべきだ。』と勧めた。」との記載があり、同月15日の河北新報の31面(乙A43)には「…昨年十二月一日、…クリニック側はこの時点で、A容疑者の当直時や当直明けに容体急変の患者が集中している点を不審に思い、筋弛緩剤が点滴に混入された疑いを抱いていた。…クリニック側は、十二月一日の夕方、仙台市内の大学の法医学研究室を訪問。法医学教授に「ある時期から急に急変患者が多くなった」と切り出し、A4判ほどの大きさのメモを手渡した。メモには逮捕容疑となった小六女子をはじめ、高齢者や男児ら十数人の名前と年齢、症状が並び、『クリニックのある職員がかかわっている』との説明があった。A容疑者のことだった。説明の中には『点滴』の表現があった。…教授が少量でも即効性を持つ筋弛緩剤が使われた可能性を指摘すると、クリニック側の関係者は、『やはり先生もそう思われますか』と応じたという。」との記載があるところ、捜査報告書(乙B11)によれば、原告が、「特定の職員」、「点滴直後の多数の患者の急変」という言葉をMに告げたこと、北陵クリニック側(原告及びB)が、Mに相談する以前に、筋弛緩剤が投与されたのではないかという疑いを有していたということがうかがわれる記載はあることは認められる。しかしながら、原告がMを誘導して「筋弛緩剤」が急変の原因であると言わせたことをうかがわせるような記載はなく、結局、上記アの事実のうち、原告が、Mを誘導して『筋弛緩剤』が原因であると言わせたという部分について、真実であると信ずるにつき相当な理由があったということはできない(なお、Mが持っている経験・識見に基づいて導き出されたものを回答したにすぎない場合に、原告が誘導したといえないのは上述したとおりである。)。
 したがって、被告の上記主張は採用できない。
(ウ) 以上によれば、本件記載@に係る被告の相当性の主張は理由がない。
(5) 本件記載Aについて
ア 真実性及び相当性の対象
 前示前提事実及び前記1(3)に認定した事実によれば、本件記載Aが表明する意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分は、原告が北陵クリニックにおいて、4歳男児に対し、全身麻酔をかけて右上肢に10本近くもの電極を埋め込むという負担が極めて大きな、適応でないFES手術を行ったことである。
イ 意見ないし論評の前提事実の真実性
(ア) 原告が、4歳男児に全身麻酔の上でFES手術を行ったことは当事者間に争いがない。
(イ) また、証拠(乙B13、B39)及び弁論の全趣旨によれば、4歳男児に対するFES手術において、4歳男児に埋め込まれた電極の数は、右上肢に11本、右下肢に4本の合計15本であったことが認められ、「4歳男児の上肢に10本近くもの電極を埋め込んだこと」も概ね真実であったと認められる。
(ウ) 証拠(甲82の1、乙B39、D7、D14の1から14の4、D15、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、FESの取扱説明書において、「自己の疾病、装置の必要性、簡単な原理、使用方法を理解できない者」、「理解できても、その使用に極度の不安感や不信感をいだく者」、「神経疾患を有する者」などの患者に対しては、FESを使用しないよう警告がされていること、宮城県議会において、議員から子どもへのFES治療を行うことについて倫理上問題があるのではないか、電極を埋め込むことから感染症の問題点についてなどの質問がされていたことが認められる。
 しかし、FESは高度の制御を必要とすることから、手を動かす際に肩を動かしたり、子機を使ったり、あるいは足を動かすときにスイッチを使ったりするといった操作等を理解できない人には使えないことになるが、TESでは刺激装置が自動的に信号を出すものであり、一定時間だけ訓練するものであることから機械の使用方法を理解する必要がないこと、FESの取扱説明書において、使用対象外とされている神経疾患はかなり特殊なものを想定しており、運動麻痺を引き起こす原因は、脳卒中、脳性麻痺といったものが大概であり、てんかんの患者に対しても使用例があったこと、4歳男児が、脳性麻痺、右片麻痺と診断されたこと、4歳男児の施行された手術はTESであったこと、TESによりもたらされるニューロモジュレーション(神経調節)効果(筋肉などに分布する感覚神経を刺激することによりせき髄や脳という中枢神経経路に刺激が伝達され、反射的に異常緊張状態にある筋肉の緊張を和らげると同時に脳卒中や脳性麻痺その他により乱れた神経路網を改善方向に調節するもの)は、発症後早期であるほど、また年齢が若いほど現れやすい傾向にあるとされており、4歳男児についても上記効果が期待されたこと、衛生管理の問題は対象患者がいずれの年齢であっても厳重な衛生管理が求められるものであり、4歳男児などの幼児についてことさら問題となるものではないこと、4歳男児に行われた経皮的埋め込み電極の形状がコイル状となっており、電極が幼児の成長に伴って引き伸びるものであったこと、原告は4歳男児に対するFES(TES)手術に当たって、4歳男児の両親に手術の説明をし、手術についての承諾を受けた上で手術を施行していることが認められ、これらの事実に照らせば、4歳男児に対して、FES(TES)手術を行うことについて適応がないことを直ちに認めることはできず、本件記録を精査しても、4歳男児へのFES(TES)手術による負担が大きく、適応でないものであったことを認めるに足りる的確な証拠はない。
(エ) したがって、意見ないし論評の前提としている重要な部分について、真実であったと認めることはできない。
ウ 意見ないし論評の前提事実の相当性
(ア) 証拠(乙D7、D14の1から14の4、D15、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、FESの取扱説明書(乙D7)において「自己の疾病、装置の必要性、簡単な原理、使用方法を理解できない者」、「理解できても、その使用に極度の不安感や不信感をいだく者」、「神経疾患を有する者」などの患者に対しては、FESを使用しないよう警告がされていること、被告がFESの公開講座に出席しており、「北陵クリニックにおけるFES研究に関連した調査依頼について(回答)」と題する書面等(乙D14の1から14の4)を読んでいたこと、宮城県議会の議員が成長の早い子どもに電極を埋め込むことは倫理上問題ということは医学界の共通理解であるはずであると質問していたこと(乙D15)を確認していたことが認められる。
(イ) しかし、電極を体内に埋め込むことになるのであるから体への負担が少なくないことは推認できるものの、4歳児のような幼児に対してFES手術を施すことが不適応であるかどうかについては医学的知見が必要になるだけでなく、「みやぎ産業振興機構への調査結果報告メモ」(乙D14の3)では、子どもをFES研究の対象とすることについてなどの質問に対して、「原告の話では、FES治療は若い方が効果があると聞いている。」と回答されていたことが認められ、これらの事実に照らせば、上記に掲記の資料のみでは、4歳男児へのFES手術による負担が大きく、適応がないことについて確実な資料、根拠に照らしたものであったいうことはできず、本件記録を精査しても、ほかに上記事実について真実と信ずるについて相当な理由があったことを認めるに足りる的確な証拠はない。
(ウ) したがって、意見ないし論評の前提としている重要な部分について、真実であったと信ずるにつき相当な理由があったと認めることはできない。
エ 以上によれば、本件記載Aについて、意見ないし論評の前提事実が真実であり、あるいは、真実であると信ずるにつき相当な理由があったと認めることはできないから、本件記載Aにかかる被告の真実性、相当性に係る主張は理由がない。
(6) 本件記載Bについて
ア 真実性及び相当性の対象
 前示前提事実及び前記1(4)に認定した事実によれば、本件記載Bが摘示する事実の重要部分は、
(ア) 北陵クリニックでは過去に医療事故又は医療過誤のために患者の容体が急変し、他病院へ転送したことがあったこと
(イ) 北陵クリニックにおける1999年と2000年のマスキュラックス購入量とあるべき在庫量及び同時期のFES手術で使われたと考えられるマスキュラックスの数量に大きな開きがあったこと
(ウ) 1998年(平成10年)当時、北陵クリニックがすでに13億円台の借金を抱えており、破綻寸前であったこと
(エ) 原告が中心となって行っていたFES治療がすでに行き詰まっており、継続不能の状態となっていたこと
(オ) Aによる患者の点滴に筋弛緩剤を混入するという事件が存在しなかったこと
(カ) 原告及びBが、Aが患者の点滴に筋弛緩剤を投与したという事件が存在しないことを知りながら、警察に届け出たこと
である。
イ 真実性について
 上記アの各事実のうち、名誉を毀損する中核的部分は上記ア(カ)の事実であることから、まず、上記ア(カ)の事実が真実であるか検討する。
(ア) 原告及びBが警察に事件を届けた経緯は、上記(1)アに認定したとおりであるところ、@ Bは、11歳女児のケースの急変の原因に納得がいかず、自らカルテを調査したところ、点滴中に急変が起きており、Aが関わっていた点滴後に急変が起こっていたため、これを原告に相談したこと、A 市立病院のJらは、原告及びBに面会して事情を聴く前から、北陵クリニックから搬送されてきた急変患者について、筋弛緩剤が投与されたのではないかとの疑問を抱いていたこと、B 市立病院のJが原告及びBに対して上記疑問を伝え、原告及びBが、Jの話を聞いて、警察に届け出ることを決意したこと、C 原告がMに相談した上、警察に届出をしたことに照らせば、原告及びBは、別件刑事事件にかかる届出を警察にした時点においては、北陵クリニックの患者が急変した原因が、Aにより患者に対して筋弛緩剤が投与されたのではないかという疑問を有していたと認められる。
(イ) この点、被告は、原告及びBが、筋弛緩剤投与事件が存在しないことを知りながら、あえて、事件として警察に届け出た旨主張し、その間接事実として、@)医療過程についての内部調査が行われていないこと、A)筋弛緩剤の数量不足について内部調査がされておらず、多量注文はAがしたものではないこと、B)警察への届出前・届出後に原告及びBが、北陵クリニックの院長であったDに相談しておらず、報告もしていないこと、C)11歳女児の症状が筋弛緩剤の薬効と矛盾しており、かつ、原告がそれを認識していたはずであること、D)北陵クリニックにおいて、重症患者の受入れや医師の辞職があったこと、E)筋弛緩剤混入の目撃者がいないこと、F)Aを担当から外していないことなどを指摘する。
 しかし、上記(1)アに認定の事実、証拠(甲72から74、76、77、乙B14の1、14の2、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、@ Bは、急変したカルテを検討し、11歳女児の状態、急変の原因などについてKに問合せを行っており、調査をしていなかったわけではないこと、A 原告及びBは、カルテを検討した結果、医療事故以外の原因を疑っていたこと、B 原告及びBが筋弛緩剤を疑ったのは市立病院のJの話を聞いてからであるものの、その直後に筋弛緩剤の調査をしていること(乙B14の1、14の2)、C 原告及びBがDに相談していないことは認められるものの(証人B、原告本人)、原告が、Dが直接Aや他の看護職員から事情を聴取し、院内で話が広まることを危惧したためであること(証人B、原告本人)が認められる。また、11歳女児の症状について、筋弛緩剤の研究をしていたN、麻酔科医のLが、マスキュラックス投与の場合の症状と矛盾しない(説明が可能である)旨述べていること(甲74、76、77)からすれば、原告がマスキュラックスについて仮に熟知していたとしても、11歳女児の症状からマスキュラックスによるものではないと明確に認識できたかについて疑問が残ることも併せ考慮すれば、被告が主張する上記各事実が認められるとしても、上記ア(カ)の事実が真実であると認めることはできず、そのほか本件記録を精査しても、ほかに上記ア(カ)の事実が真実であると認めるに足りる的確な証拠はない。
 なお、平成12年12月3日付け捜査報告書(乙B11)には、Bが平成12年11月30日にJと面談するまでに内部調査をしていなかったように読める記載があるものの、BがJと面談した際には、Jに対して、北陵クリニックにおいて、実は小児患者だけではなく成人患者にも点滴中あるいは点滴後に原因不明の呼吸停止になって急変している例が相当数あること、患者の容体変化に特定の職員が担当していた割合が非常に高いことなどを告げていること(甲78)は上記(1)ア(エ)に認定したとおりであり、上記Bの応答は事前にカルテを調査していたことをうかがわせるものであって、この事実に照らせば、上記捜査報告書(乙B11)の記載のみでは、Bのカルテ等の調査に係る前記認定を覆すに足りないものというべきである。
(ウ) したがって、原告とBの認識に係る上記ア(カ)の事実が真実であったと認めることはできず、上記ア(ア)から(オ)の事実が真実であったとしても、上記ア(カ)の事実が真実であると認められない以上、原告の真実性の主張は理由がない。(なお、上記ア(オ)の事実については、別件刑事事件においてAに対して有罪判決が言い渡され、同判決は最高裁判所により上告が棄却され、上記有罪判決が確定している。)
ウ 相当性について
(ア) 上記ア(カ)の事実について
a 被告は、原告及びBが、別件刑事事件の不存在を認識していたと信ずるについて、相当な理由がある根拠事実として、@高齢者と幼児に急変が集中したその背景事情を誰よりも知る立場にあったのは経営者の原告及びBであること、A原告が急変例に筋弛緩剤等薬物投与の疑いを持たなかったこと、BAを担当から外さなかったこと、C内部調査がされていないこと、D原告及びBが筋弛緩剤の数量調査をしていないこと、E届出前後にDに相談も報告もしていないこと、F目撃者がいないこと、G 筋弛緩剤が殺人の「道具」とはなり難いことを主張する。
b しかしながら、検察官からの開示証拠である捜査報告書(乙B11)の記載等からすれば、原告及びBが市立病院のJから故意による薬物等投与の可能性を指摘され、遅くとも警察への届出の時点においては急変例について筋弛緩剤等の薬物投与の疑いを有していたこと、原告及びBがカルテ等により内部調査をしていたほか、筋弛緩剤の数量調査をしていたことがうかがわれ、筋弛緩剤の使用により人を死に至らせる可能性も否定できないことは既に説示したところから明らかであり、その事実に照らすと、上記A、C、D、Gの事実は認めることができない。また、Eについては、本件記録上、被告がDに事情を聴取したなど裏付け調査等をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、上記@、B及びFの事実のみでは、原告及びBが、別件刑事事件の不存在を認識していたと信ずるについて相当な根拠を基礎付ける理由があると認められず、本件記録を精査してもほかに相当な理由にかかる被告の上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
c したがって、上記ア(カ)の事実は、名誉を毀損する中核的部分であり、上記ア(カ)の事実について相当性が認められない以上、本件記載Bにかかる被告の相当性に関する主張は理由がない。
(7) 本件記載Cについて
ア 真実性及び相当性の対象
 前示前提事実及び前記1(5)に認定した事実によれば、本件記載Cにより摘示された事実の重要部分は、
(ア) Aが患者の点滴に筋弛緩剤を投与したという事件が不存在であること
(イ) 原告及びBが、Aが患者の点滴に筋弛緩剤を投与したという事件が存在しないことを知りながら、警察に届け出たこと
である。
イ 真実性及び相当性
 上記ア(イ)について、真実性及び相当性が認められないのは、上記(6)で述べたとおりであり、上記ア(イ)の事実について、真実であると認めることはできず、真実であると信じるにつき相当な理由があったとも認めることはできない。
 したがって、本件記載Cにかかる被告の真実性・相当性に関する主張は理由がない。
3 争点3について
ア(ア) 被告は、弁護活動の一環として著書を出版した場合、当該著書に名誉毀損に該当する箇所が存在したとしても、当該著書の出版は、被告人の公平な裁判所による公開の裁判を受ける権利の保護を目的とする本質的・中核的な防御活動であり、弁護人としての正当な権利行使・弁護活動であるだけでなく、表現の自由の優越性にも鑑みれば、法廷内と同様に厚く保障されるべきであるから、法廷外において弁護人が事件に関する著書を出版する行為が違法となるのは、当該出版行為が「全く不合理なものではない」とはいえない名誉毀損の場合においてのみ違法と評価されるべきである旨主張し、これに沿う意見等(乙D1、D2、E1、E2)もある。
(イ) しかし、刑事事件において、弁護人が行う冒頭陳述(刑事訴訟法316条の30、刑事訴訟法規則198条1項)、弁論(刑事訴訟法293条2項)などの訴訟活動について、弁護人が、証拠によって主張・意見を述べることができるものとされている趣旨は、裁判所に当事者の主張するところを確認させ、その判断形成に寄与し、もって適正な刑事裁判の確保、被告人の権利保障に資することにあり、上記冒頭陳述、弁論等における意見表明については、弁護人の固有の権利として認められるべきものであるところ、上記制度趣旨に照らせば、上記冒頭陳述、弁論等の意見表明は、事実及び法律の適用について行われるべきものであり、弁論については、訴訟の全過程を通じて行われた訴訟活動の結果を明らかにし、公判廷において取り調べた証拠により明らかにされた事実に基づいて必要な範囲内で陳述されなければならないものであるが、弁論の目的の範囲を著しく逸脱し、若しくは陳述の方法が著しく不当であるなど、訴訟上の権利の濫用に当たる特段の事情のない限り、上記意見表明・陳述が第三者の名誉を毀損するものであったとしても、弁護人の正当な業務行為として、自由に陳述する機会が保障されなければならず、当該行為については違法性が阻却されるというべきである。
 これに対し、訴訟外における弁護人の意見表明が第三者の名誉を毀損する場合、当該行為が被告人の利益擁護のためにした正当な弁護活動と認められるときは、当該行為は正当業務行為として違法性が阻却されるが、当該行為が正当業務行為として違法性が阻却されるためには、それが被告人の利益擁護のためにされたことのみでは足りず、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して、法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められることが必要であり、かつ、その判断に当たっては、当該行為が法令上の根拠を持つ職務行為であるか否か、弁護目的の達成との間にどのような関連性を持つか、弁護を受ける被告人が行った場合に刑法上の違法性阻却が認められるか等の諸点を考慮に入れるべきものと解される(最高裁昭和46年オ第758号同51年3月23日第一小法廷判決・刑集30巻2号229頁参照)。
イ これを本件についてみると、弁護人が、訴訟手続外において、弁護活動のために名誉毀損に該当する事実を公表し、あるいは事件に関する著書を出版することを許容する法令上の具体的な規定はない。
 また、上記2(1)イに認定の事実、証拠(甲2、乙A1からA46、乙C22の1、22の2、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件著書が執筆された当時、新聞報道等の多くが、Aを犯人視する報道を繰り返していたことから、Aの人権を擁護するために上記報道の状況への対応策として本件著書を執筆・出版するとともに、弁護側の意見を発信し、報道内容が見直される契機とすることを目的としたものであって、本件著書の執筆・出版行為は、Aの無罪を得るために別件刑事事件の訴訟手続内において行ったものではないから、訴訟活動としてその正当性を基礎付けるものとはいえない上、訴訟外の救援活動に属するものといわざるを得ず、これに加えて、弁護団においても、平成13年1月18日以降、被告の事務所においてマスコミの取材に対応し、報道番組等に出演し、A及び弁護団の主張等を伝えるとともに、実態と異なる報道があった場合には、新聞社等に内容証明郵便等で抗議を行うなど、上記犯人視報道等への対応をすでに行っていたこと、平成15年11月18日に仙台弁護士会から新聞社に対して犯人視報道をやめることを求める勧告が出されていることをも考慮すると、弁護目的との関係においては間接的なものであるといわざるを得ず、正当な弁護活動の範囲を超えるものというべきである。
 そして、本件著書について、一般の読者の注意と読み方に従うと、本件著書内の記載内容が原告の名誉を毀損するものであり、本件著書によって摘示された事実について、真実性であると認められず、真実であると信じるにつき相当な理由があったとも認められないことは前示のとおりであるから、たとえA自身が行った場合であっても、名誉毀損に該当するものであったといわざるを得ない。
 以上の諸事情に照らせば、本件著書の出版による名誉毀損行為について、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるとたやすく認めることはできず、そのほか本件記録を精査しても、本件著書の出版が、法秩序全体の見地から許容されるべきものであることを認めるに足りる的確な証拠はなく、本件著書の出版が、正当な弁護活動として違法性が阻却されるという被告の上記主張は採用できない。
4 争点4について
(1) 金銭的賠償について
ア 本件記載@からCが記載された本件著書により、原告の名誉が毀損され、違法性阻却あるいは故意・過失が阻却されないことは前示のとおりであり、本件著書の出版は不法行為を構成するところ、本件著書出版の事実が、平成13年7月17日の毎日新聞において記事にされ(甲12)、平成20年5月2日の河北新報や明石書店のホームページにおいて宣伝され(甲27の1、33)、別件刑事事件が社会的注目を集める事件であったこと等の諸事情に照らせば、本件著書が出版に対する社会的な関心は相応に高かったと推認されるのであり、本件著書の出版による名誉毀損によって、原告が精神的苦痛を被ったことが認められる。もっとも、本件著書の出版が、Aの救援活動の面がないではないこと、原告に関してされた様々なマスコミ報道や過熱した取材攻勢は、マスコミの報道姿勢に起因する部分も大きいこと、北陵クリニックの閉院の主たる要因は、別件刑事事件の発生それ自体であって本件著書の出版とは必ずしも相当因果関係があるとは認めがたいこと、その他本件訴訟に現れた一切の諸事情を考慮すれば、本件著書の出版により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては100万円をもって相当とするというべきである。
イ この点、被告は、本件著書の出版と原告の社会的評価の低下とは相当因果関係がないことから、損害は発生していない旨主張するが、本件記載@からCが、原告の名誉を毀損し、これが原告の社会的評価を低下させるものであることは既に説示したとおりであるから、相当因果関係がないとの被告の上記主張は採用できない。
(2) 名誉回復処分について
 原告は、本件について、別紙1(1)記載のとおりの謝罪広告を、別紙1(2)記載の方法でそれぞれ1回ずつ掲載するとの謝罪広告を掲載することを求めているところ、前記前提事実、証拠(甲54の1)及び弁論の全趣旨によれば、平成20年2月25日、最高裁判所が、別件刑事事件につき、上告棄却の決定をし、Aに対する無期懲役刑の判決が確定し、これが新聞等において広く報道されたこと、原告が責任編集した、「真実のカルテ 仙台・筋弛緩剤事件 北陵クリニックで何が起きたか」と題する著書が出版されていることが認められ、これらの諸事情に加え、本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すれば、損害賠償の支払のほか、更に謝罪広告の掲載まで必要であると認めることはできない。
5 まとめ
 以上によれば、原告の請求は、100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年1月12日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
第4 結論
 よって、原告の請求は上記5の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

仙台地方裁判所第1民事部
 裁判長裁判官 足立謙三
 裁判官 大谷太
 裁判官 市野井哲也


(別紙1、2は添付省略)
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