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【事件名】立体商標“Yチェア”事件(2) 【年月日】平成23年6月29日 知財高裁 平成22年(行ケ)第10253号 審決取消請求事件、平成22年(行ケ)第10321号 承継参加事件 (平成23年4月25日 口頭弁論終結) 判決 原告 カール・ハンセン&サンジャパン株式会社 原告承継参加人 カール・ハンセン アンド サン モーベルファブリック エイ・エス 両名訴訟代理人弁理士 松原伸之 同 村木清司 同 橋本千賀子 同 松嶋さやか 同 高部育子 同 関口一秀 同 塚田美佳子 被告 特許庁長官 指定代理人 齋藤貴博 同 小川きみえ 同 小林和男 同 小林由美子 主文 1 特許庁が不服2009−12366号事件について平成22年6月23日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 当事者間に争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯等 原告は、別紙商標目録のとおりの構成よりなる商標(以下「本願商標」という。)について、指定商品を第20類「家具」として、平成20年2月19日に立体商標の登録出願(商願2008―11532号)をしたが、平成21年4月1日付けで拒絶査定を受け、同年7月7日に拒絶査定不服の審判(不服2009−12366号事件)を請求した。 原告は、指定商品について、平成21年8月27日付けで「椅子」とする補正をし、同年10月28日付けで「肘掛椅子」とする補正をした。特許庁は、平成22年6月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下、単に「審決」という。)をし、その謄本は同年7月6日に原告に送達された。 原告は、承継参加人に対し、本願商標に関する権利の一部を譲渡し、平成22年10月6日に本願商標に係る出願人の名義変更がされた(丙1)。 2 審決の理由 審決の理由は、別紙審決書写しのとおりである。要するに、本願商標は、立体的に表された「肘掛椅子」を容易に認識させるものであり、本願商標をその指定商品に使用しても、取引者・需要者は、単に商品の一形態を表示するものと理解し、自他商品の識別標識として認識し得ないから、商標法3条1項3号に該当する、また、本願商標は、全国的に、その指定商品である「肘掛椅子」に使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っているとは認められないから、同条2項の適用により登録を受けられるべきものにも該当しない、というものである。 第3 審決の取消事由に関する原告らの主張 本願商標は、以下のとおり、そもそも生来的な識別力を有しているとともに、長期間の使用実績により強い自他商品識別力を獲得しており、需要者・取引者は、それが一定の出所から出ているものと認識し、本願商標を使用した商品と他の商品とを区別することができる。したがって、本願商標は、商標法3条1項3号に該当するとともに、同条2項の要件を具備しないものである、とした審決の認定判断には誤りがある。 1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り) 本願商標は、別紙「商標目録」のとおり、背もたれの部分がほぼ半円を描く曲げ木と欧文字「Y」の形状の木材からなり、肘掛部分の支えとして、脚部分と連続して「S」字を伸ばしたような形状を描く木材が配置されている肘掛椅子の形状からなる。 本願商標は、現代家具デザインの巨匠であるハンス・J・ウェグナー(以下「ウェグナー」という。)が、承継参加人カール・ハンセン アンド サン モーベルファブリック エイ・エス(以下「参加人」という。)の依頼を受けて1950年(昭和25年)にデザインし、参加人による試作等を経て完成された。その後、本願商標に係る椅子は、一貫して参加人によって製造・販売されており、背を支える支柱部分が「Y」の字の形であることから「Yチェア」という名称で知られている。 本願商標の特徴は、背もたれ部分を構成する半円形(アーチ形)の曲げ木と、独特のデザインが施されたY字形の部分、そして肘掛部分の「S」字形の支柱であり、これにより本願商標の形状と他の一般的な椅子の形状を区別することができ、本願商標の特徴を備えた肘掛椅子が一定の出所から出ているものと認識することができる。また、文字商標「Yチェア」が、商標法3条2項により、指定商品を第20類「木製いす」として、商標登録されている(商標登録第3348396号。甲3)ことからも明らかなとおり、本願商標は、背もたれ部分の「Y」字形部分が他の椅子の形状と識別する目印となっており、Yチェアとして需要者に広く知られている(以下、本願商標の形状の特徴的部分を備えた、参加人が製造・販売する肘掛椅子を便宜上「原告製品」という場合がある。)。 これに対し、被告は、本願商標の立体形状の特徴に極めて近似する6件の椅子の意匠登録(乙1〜6)がされていることからも分かるとおり、本願商標は、その商品の形状を普通に用いられる方法で表示するものの域を出ないと主張する。しかし、乙1〜6の椅子は、本願商標の立体形状とは、形状が異なるものか、又は、本願商標のデザインをもとに創作されたものであって、これをもって、本願商標の自他商品識別力が否定されることはない。 したがって、本願商標はそれ自体で自他商品識別力を有するものであるから、商標法3条1項3号には該当しない。 2 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り) 審決が、本願商標の使用状況に関してした事実認定には誤りがあり、同事実認定を前提として商標法3条2項に該当しないとした判断には誤りがある。 (1) 本願商標の使用開始時期・使用期間 ア 本願商標は、上記のとおり、1950年(昭和25年)にウェグナーによってデザインされ、その後、本願商標と同一の形状を有する原告製品は、参加人によって独占的に製造され、世界中で販売されている。 イ 本願商標と同一の形状を有する原告製品は、昭和33年に白木屋(後の東急百貨店)のフィンランド・デンマーク展において紹介された後、昭和37年ころ、松屋のデンマーク展やグッドデザインコーナーで展示販売されるようになり、昭和40年には、伊勢丹が輸入、販売を開始した。その後、平成元年ころまでの間は、松屋、伊勢丹のほか、キッチンハウス、小田急ハルクらが原告製品を輸入・販売していた。 平成元年、フーバ・インターナショナル株式会社(以下「フーバ・インターナショナル」という。)が、SKデザイン事業部を設立し、参加人の製品の日本における輸入代理店となり、原告製品についても輸入、販売を行うようになった。翌平成2年9月25日に、参加人とフーバ・インターナショナルが出資して、原告(当時の商号はディー・サイン株式会社)が設立され、参加人の製品の日本における輸入代理店となり、原告製品の輸入、販売を独占的に行うようになった。 上記のとおり、本願商標と同一の形状を有する原告製品は、日本においても、昭和37年ころから百貨店等により輸入、販売されており、平成2年9月25日以降は、原告により独占的に輸入、販売されている。 ウ 被告は、本願商標とその使用に係る原告製品とは、色彩が相違するものがあるところ、色彩は、商品全体の印象を左右する重要な構成要素であるから、本願商標とその使用に係る原告製品とは、同一のものであるとはいえない、と主張する。 しかし、本願商標の形状において、色彩は重要な要素ではなく、色彩によって識別力に影響があるとはいえず、形状が同一であれば、需要者は、本願商標に係る椅子であると認識することができる。 (2) 使用地域 原告製品は、関東地方における販売割合が60パーセント以上を占めるが、全国で販売されている。また、原告及びその取引先である有名百貨店(高島屋、小田急百貨店、伊勢丹、三越、大丸、阪神百貨店等)、大型家具店(アクタス、ヤマギワ等)、大手ハウスメーカー等は、インターネット上においても原告製品の販売を行っており、日本全国どこからでも原告製品を購入することができる。さらに、原告製品は、全国の旅館、レストラン、大学、美術館等の施設において使用されている。 (3) 原告製品の販売実績 ア 原告製品は、1950年(昭和25年)以降、世界中で60年以上の長期にわたり、70万脚以上が製造、販売されている(2003年(平成15年)から2010年(平成22年)までの間では、約24万脚)。 イ 原告製品は、日本においても、平成6年7月から平成22年6月までの間、約10万脚が販売されている。 (4) 広告宣伝等及び需要者・取引者における認知度 ア 原告は、原告製品を、東京国際家具見本市(平成5〜7、9〜13、15、19年)、インテリアライフスタイル展(平成18〜21年)、IFFTインテリアライフスタイルリビング(平成20年)、東京デザイナーズウィーク(平成10〜13、15年)等に出展したほか、自社ショールーム、百貨店等において、多数展示会を開催している。原告が、平成5年から平成21年までの間に、原告製品の展示会出展のために要した費用は、合計3221万0131円に上る。 イ 原告製品は、1960年代以降、日本国内において、頻繁に、雑誌(「室内」、「商店建築」、「モダンリビング」、「ELLE DECOR」、「BRUTUS」等)、インテリア学辞典、インテリアコーディネーター試験問題集、中学生向け教科書等に掲載されている。原告及びフーバ・インターナショナルは、平成元年から平成22年までの間、原告製品の宣伝広告費として、1億円以上を支出している。 なお、審決は、上記雑誌の記事等において、原告製品とデンマークの家具メーカーである「Carl Hansen&Son」、あるいは「ディー・サイン株式会社」との結びつきを示す記載も見受けられることから、原告製品が必ずしも原告の業務に係る商品であることを認識させるものとはいえない、と判断する。しかし、原告製品は、参加人(カール・ハンセン アンド サン モーベルファブリック エイ・エス)が、独占的に製造、販売を行ってきたところ、参加人と原告は親子会社であり、「ディー・サイン株式会社」は、原告の旧商号である。したがって、原告製品は、参加人ないし原告の製品として認識されるものであり、審決の上記認定判断は誤りである。 (5) 第三者商品への対応 審決は、原告が原告製品の模倣品であるとして提出した資料について、模倣品であるかどうかはともかく、本願商標の立体形状と類似する椅子が多数存在することからすると、本願商標が、指定商品である肘掛椅子に使用された結果、需要者が原告の業務に係る商品であると認識するに至ったものとは認められない、と判断する。 しかし、本願商標と類似した形状の椅子が多数存在するとしても、これらは、いずれも「ジェネリック」、「リプロダクト」などと称するとともに、「Yチェア」、「カールハンセン」、「ハンスJウェグナー」などのキーワードを使用し、顧客の吸引を行っている、デッドコピー品であって、原告製品の名声、人気にただ乗りする意図を有しているものにすぎない。本願商標と類似した形状の椅子は、原告製品の模倣品であって、これにより本願商標の形状が一般的な椅子の形状として認識されることはない。原告製品の模倣品が流通するのは、本願商標のデザインをもって、他の商品と区別することができ、顧客吸引力を有するからであって、このことは、本願商標に自他商品識別力があることの証左である。原告製品に蓄積された業務上の信用のただ乗りを許さないためにも、本願商標登録が認められるべきである。 原告は、以下のとおり、原告製品の模倣品を販売する業者に対し、警告書を送付したり、口頭で警告を行っている(なお、参加人は、欧州において、原告製品の著作権に基づき、年間5ないし10件ほど、警告書を送付するなどの模倣品排除活動を行っている。)。 ア 株式会社川口タンス店(以下「川口タンス店」という。)は、そのホームページ「E−Comfort」において、中国製の原告製品の模倣品を販売していた。原告は、デンマークの著名な家具メーカーであるフリッツハンセンと共同で、川口タンス店に対し、平成19年6月27日付け警告書、同年8月1日付け警告書、同年10月22日付け警告書等を送付し、上記模倣品の販売中止等を求めた。 イ 原告は、いずれも原告に帰属する文字商標である、「Yチェア」(商標登録第3348396号)、「Hans J.Wegner/ハンス J.ウェグナー」(商標登録第4767624号)、「Carl Hansen&Son Japan/カール・ハンセン&サン ジャパン」(商標登録第4767623号)に基づいて、上記商標を使用している業者等に対し、警告を行った。 ウ 原告は、プロバイダー責任制限法に基づき、ヤフー株式会社及び楽天株式会社に対し、商標権を侵害する商品情報の防止措置を申し入れた。これに対し、ヤフー株式会社は、オークションにおける出品に関して削除を行い、楽天株式会社は、19件の商品情報の削除を行った。 (6) 小括 上記のとおり、本願商標と同一の形状を有する原告製品は、60年以上世界中で販売され、日本においても、特に1980年代以降に家具業界のベストセラー商品として販売され続けた結果、単なる商品の形状を超えて、ブランドとしての価値、顧客吸引力を有するに至ったものであり、需要者、取引者の間で十分な周知性を獲得しており、本願商標の形状をもって他の椅子と識別することができ、一定の出所を認識することができる。 したがって、本願商標は、商標法3条2項に該当し、商標登録によって保護されるべきものである。 第4 被告の反論 本願商標は、商標法3条1項3号に該当し、また、同条2項に該当しない、とした審決の認定、判断に誤りはない。 1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)に対し 本願商標は、その指定商品に使用しても、椅子の形状を普通に用いられる方法で表したにすぎないものであるから、商標法3条1項3号に該当する。 すなわち、本願商標は、別紙「商標目録」のとおり、4本の脚と、その上部に座面と背もたれからなる形状が一体となった立体的形状であり、椅子そのものが立体的に表されたものであることを容易に視認させるものである。本願商標の色彩は、全体的に明るめの黒色又は焦げ茶色をしているものであって、座面部分は、紐類で張られ、背もたれ部分は、後脚と上部の湾曲した笠木と背板を有した形状からなるものである。また、その背板の形状は、「Y」字形というより、むしろ、背板全体の約3分の2を「V」字形に加工したものと認識される。なお、湾曲した笠木の部分は、背もたれと肘掛部分とが一体となった椅子の一形態として看取し得ることから、本願商標を構成全体としてみた場合、4本の脚、座面及び背もたれを有し、人が座る際に使う家具の一種である「椅子」そのものと認識されるものである。そうすると、本願商標を、その指定商品である「肘掛椅子」に使用しても、本願商標に接する取引者、需要者は、単に家具の一種である「椅子」の一形態を表したものと認識するにすぎない。 これに対し、原告らは、本願商標は、背もたれ部分を構成する半円形(アーチ形)の曲げ木と「Y」字形の部分、また、肘掛部分の「S」字形の支柱(後脚)に特徴があり、これが、本願商標の形状と他の一般的な椅子の形状とを区別しており、一定の出所から出ていることを明確にする特徴となっていると主張する。しかし、本願商標に上記特徴があるとしても、単に椅子の構成の一部分をデザイン化したにすぎないものであって、椅子の一部分として一般に採択し得る形状の範囲内のものであるから、商品の機能、美観を効果的に高めるために施されたものにすぎない。また、本願商標の特徴に極めて類似する6件の「椅子」の意匠登録がされている(乙1ないし6)とともに、家具業界において、多種多様な形状の椅子が製造、販売され、それらの中には、椅子の背板の形状が「Y」字形ないし「V」字形に加工された形状からなる椅子も多数存在する。そうすると、本願商標の形状における特徴は、その採択の意図が自他商品の識別のために施されたものであるとしても、これに接する取引者、需要者は、それが、商品等の機能又は美観をより発揮させるために施されたものと理解し、当該商品の形状を表示したものであると認識する。 したがって、本願商標の立体的形状は、多少特異なものであったとしても、未だ商品等の形状を普通に用いられる方法で表示するものの域を出ないと解するのが相当であり、椅子の形状として取引者、需要者において予測可能な範囲内のものというべきであり、自他商品の出所を表示する識別標識として機能しているものとはいえず、商標法3条1項3号に該当する。 2 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)に対し (1) 商標法3条2項の趣旨に照らすと、同条項によって商標登録が認められるためには、@使用された商標が、判断時である審決時において、取引者、需要者において何人かの業務に係る商品であるかを認識することができるものであること、A出願された商標と、使用に係る商標との同一性が認められること、B出願された商標の指定商品と、使用に係る商標の商品とが同一であること、を満たす必要がある。この点、本願商標に係る椅子は、以下のとおり、上記要件@、Aを満たさないから、本願商標が使用により識別力を有するに至ったということはできない。 (2) 使用された商標が、取引者・需要者において何人かの業務に係る商品であるかを認識することができるものであるか否かについて ア 原告らは、本願商標が著名となっていることを裏付ける証拠として雑誌類を挙げる。しかし、上記雑誌類は、その記事中で本願商標が日本国内で著名となっていると述べているものはなく、単に様々な形状の椅子の紹介、ウェグナーないし北欧家具等に関する記事にすぎない。また、上記雑誌によれば、本願商標に係る椅子は、「Yチェア」だけでなく、「Vチェア」や「ウィッシュボーンチェア」とも呼ばれていたこと、平成18年以前に原告が販売していた商品と現在のものとでは、材質及び色彩等が大きく異なっていることが認められる。そうすると、上記雑誌類の記載をもって、原告製品が、長期間にわたり、同一の形状及び同一の色彩を有する商品として販売されていたとはいえない。 イ 原告らは、本願商標が自他商品識別力を有するものであることを裏付ける証拠として、「Carl Hansen カールハンセン」、「ハンス・ウェグナー」、「Yチェア」などの解説が掲載された辞典類を挙げる。しかし、上記辞典類は、広辞苑等の広く一般に使用されているものではなく、特定分野に属するものであり、これらの辞典類に掲載されていることをもって、原告が、商品「肘掛椅子」に、本願商標を使用して著名となっているとはいえない。 ウ 原告製品の販売実績について、工業統計(甲35)の「品目別生産数量、販売数量」と比較すると、日本国内の「食卓いす」の販売数量は、平成14年1月だけで6万7110脚であるのに対し、原告製品の日本国内の販売数量は、同年1年間で5631脚にすぎない。なお、原告製品は、椅子や座面の材質にバリエーションがあり、本願商標と同一の材質・色彩の肘掛椅子が、どれくらい輸入され、販売されたのかは不明というほかない。 エ 原告らが模倣品と主張する第三者商品は、不正競争防止法に違反するか否かはともかく、およそ原告の著作権ないし意匠権を侵害するものではない上、子細に観察すれば、それらと本願商標とは、その色彩及び座面の編み方等が全く異なるもの、背板の形状が異なるもの、背板及び座面が異なるものであって、模倣品ということはできない。むしろ、本願商標に類似する、「リプロダクト製品」、「ジェネリック製品」と呼ばれる椅子が、多数存在するということは、本願商標に接する取引者、需要者が、いずれの肘掛椅子が原告の製造、販売に係る椅子であるかを区別できず、本願商標が、その指定商品「肘掛椅子」に使用された結果、原告の業務に係る商品であると認識されるに至ったものとはいえない。 (3) 出願された商標と、原告使用に係る商標との同一性について 本願商標の形状と原告が販売する原告製品の形状は、ほぼ同一であっても、色彩については、本願商標が、全体的に明るめの黒色又は焦げ茶色をしているのに対し、原告製品は、使用される木材(ビーチ材、オーク材、アッシュ材、チェリー材等)、仕上げ方法(クリアー塗装、ブラック塗装、ホワイト塗装、ジャパンレッド塗装等)などによって、様々な色彩のものが販売されていたことが認められる。そうすると、本願商標と原告製品とは、色彩や材質が相違するものであって、色彩や材質は、商品全体の印象を左右する重要な構成要素といえるものであるから、本願商標と原告使用に係る商標とが、同一のものであるということはできない。 (4) 原告らの主張に対する反論 ア 原告らは、「Yチェア」が、文字商標として商標登録されているところ、「Yチェア」から取引者、需要者が想起するものは、本願商標の形状をした椅子であり、本願商標の形状も取引者、需要者の間で周知であるといえる、と主張する。 しかし、原告が販売する原告製品は、高級品に分類される価格帯の高い商品であって、一般の家具店やホームセンター等では販売されてはおらず、基本的には注文を受けてから製作する受注生産品である。そうすると、本願商標に係る椅子の需要者に該当するのは、美術館やデパート等の法人又は生活に余裕のある富裕層や、椅子に特別の関心がある者に限られるというべきであり、一般の需要者にとっては、「Yチェア」との言葉を含めてほとんど知られていないというべきである。また、原告製品の形状は、上記のとおり、使用される木材や塗装の色、材質等の違いにより、その印象は大きく異なるものであるから、「Yチェア」の文字に接する需要者が、一律に、同一の形状・色彩である肘掛椅子を想起するとはいえない。そうすると、本願商標が使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品(肘掛椅子)であることを認識することができるものになっていたとはいえない。 イ 原告らは、原告が、原告製品について、展示会等に多数出展したほか、自社ショールーム、百貨店等において、展示会を多数開いている、また、雑誌等へ広告掲載を多数行い、雑誌広告に掛けた費用を合計すると、平成元年から平成22年までの間で1億円以上となる、と主張する。 しかし、原告のショールームは、完全予約制であり、原告製品の購入を予定している限られた者しか訪問しない。また、雑誌の掲載数は、年間最高24回であって、その費用も年平均では、わずかに500万円程にすぎず、この程度の広告量によって、本願商標が全国的に著名になっていたとはいえない。 ウ 原告らは、原告及びその取引先である有名百貨店、大型家具店、大手ハウスメーカー等は、インターネット上においても原告製品の販売を行っており、日本全国どこからでも、原告製品を購入することができる、と主張する。 しかし、原告のホームページには、電話番号もFAX番号も記載されていないこと、取引先である大型家具店等が、本願商標と同一の肘掛椅子を販売した数量等が不明であることからすれば、原告の上記主張は失当である。 (5) 小括 以上のとおり、本願商標は、商標法3条2項に該当しない。 第5 当裁判所の判断 当裁判所は、審決の判断のうち、本願商標は、商標法3条1項3号に該当するとした点に誤りはないが、同条2項の適用により登録を受けられるべきものに該当しないとした点には誤りがあると判断する。その理由は、以下のとおりである。 1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について (1) 立体商標における商品等の形状 ア 商標法は、商標登録を受けようとする商標が、立体的形状(文字、図形、記号若しくは色彩又はこれらの結合との結合を含む。)からなる場合についても、所定の要件を満たす限り、登録を受けることができる旨規定する(商標法2条1項、5条2項参照)。 ところで、商標法は、3条1項3号で「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状(包装の形状を含む。)、価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができない旨を、同条2項で「前項3号から5号までに該当する商標であっても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる」旨を、4条1項18号で「商品又は商品の包装の形状であって、その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」は、同法3条の規定にかかわらず商標登録を受けることができない旨を、26条1項5号で「商品又は商品の包装の形状であって、その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」に対しては、商標権の効力は及ばない旨を、それぞれ規定している。 このように、商標法は、商品等の立体的形状の登録の適格性について、平面的に表示される標章における一般的な原則を変更するものではないが、同法4条1項18号において、商品及び商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標については、登録を受けられないものとし、その機能を確保するために不可欠な立体的形状については、特定の者に独占させることを許さないとしているものと理解される。 そうだとすると、商品等の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない形状については、商品等の機能を効果的に発揮させ、商品等の美観を追求する目的により選択される形状であっても、商品、役務の出所を表示し、自他商品、役務を識別する標識として用いられるものであれば、立体商標として登録される可能性が一律的に否定されると解すべきではなく(もっとも、以下のイで述べるように、識別機能が肯定されるためには厳格な基準を満たす必要があることはいうまでもない。)、また、出願に係る立体商標を使用した結果、その形状が自他商品識別力を獲得することになれば、商標登録の対象とされ得ることに格別の支障はないというべきである。 イ 以上を前提として、まず、立体商標における商品等の立体的形状が商標法3条1項3号に該当するか否かについて考察する。 (ア) 商品等の形状は、多くの場合、商品等に期待される機能をより効果的に発揮させたり、商品等の美観をより優れたものとするなどの目的で選択されるものであって、商品、役務の出所を表示し、自他商品、役務を識別する標識として用いられるものは少ないといえる。このように、商品等の製造者、供給者の観点からすれば、商品等の形状は、多くの場合、それ自体において出所表示機能ないし自他商品識別機能を有するもの、すなわち、商標としての機能を有するものとして採用するものではないといえる。また、商品等の形状を見る需要者の観点からしても、商品等の形状は、文字、図形、記号等により平面的に表示される標章とは異なり、商品の機能や美観を際立たせるために選択されたものと認識し、出所表示識別のために選択されたものとは認識しない場合が多いといえる。 そうすると、商品等の形状は、多くの場合に、商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるものであり、客観的に見て、そのような目的のために採用されたと認められる形状は、特段の事情のない限り、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として、商標法3条1項3号に該当すると解するのが相当である。 (イ) また、商品等の具体的形状は、商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるが、一方で、当該商品の用途、性質等に基づく制約の下で、通常は、ある程度の選択の幅があるといえる。しかし、同種の商品等について、機能又は美観上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のものであれば、当該形状が特徴を有していたとしても、商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状として、商標法3条1項3号に該当するものというべきである。その理由は、商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状は、同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから、先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定の者に独占させることは、公益上の観点から必ずしも適切でないことにある。 (ウ) さらに、商品等に、需要者において予測し得ないような斬新な形状が用いられた場合であっても、当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものであるときには、商標法4条1項18号の趣旨を勘案すれば、商標法3条1項3号に該当するというべきである。その理由として、商品等が同種の商品等に見られない独特の形状を有する場合に、商品等の機能の観点からは発明ないし考案として、商品等の美観の観点からは意匠として、それぞれ特許法・実用新案法ないし意匠法の定める要件を備えれば、その限りにおいて独占権が付与されることがあり得るが、これらの法の保護の対象になり得る形状について、商標権によって保護を与えることは、商標権は存続期間の更新を繰り返すことにより半永久的に保有することができる点を踏まえると、特許法、意匠法等による権利の存続期間を超えて半永久的に特定の者に独占権を認める結果を生じさせることになり、自由競争の不当な制限に当たり公益に反することが挙げられる。 (2) 本願商標の商標法3条1項3号該当性 ア 本願商標の構成 本願商標は、別紙「商標目録」のとおりの構成よりなるものであり、本願商標の形状は、以下の特徴を有している。 (ア) 全体の構成 4本の脚と座面と背板(背もたれ部)と肘(肘掛け部)と4本の貫(ぬき、脚を結ぶ水平部材)からなる肘掛椅子の立体的形状 (イ) 背板(背もたれ)上部の笠木及び肘(肘掛け部) 背もたれ上部に配された笠木は、左右に半円状に延伸して肘(肘掛け部)を兼ねており、1本の円柱状の曲げ木によって構成されている。上記「笠木兼肘掛け部」は、「背板」と「後脚から上方に延伸した支柱」により支えられている。 (ウ) 背板(背もたれ部) 背板(背もたれ部)は、一枚の板からなり、前後から見ると欧文字「Y」又は「V」字形の特徴のある形状を呈している。 (エ) 後脚 後脚から上方に伸びた支柱は、1本の長い木材からなり、前後からみても、左右からみても、欧文字「S」字形ないし逆「S」字形を上下に長く伸ばしたような特徴のある形状を呈している。 (オ) 貫(脚を結ぶ水平部材) 貫は、後脚同士を結ぶもの、後脚と前脚とを結ぶもの、前脚同士を結ぶものと高さを変えて、水平に配置されている。 (カ) 座面等 座面は、矩形の枠木の間に、細い紐類を編み込んで構成されている。なお、座面以外は、木材から構成されている。 イ 判断 本願商標の上記形状について考察すると、@背もたれ上部の笠木と肘掛け部が一体となった、ほぼ半円形に形成された一本の曲げ木が用いられていること、A座面が細い紐類で編み込まれていること、B上記笠木兼肘掛け部を、後部で支える「背板」(背もたれ部)は、「Y」字様又は「V」字様の形状からなること、C後脚は、座部より更に上方に延伸して、「S」字を長く伸ばしたような形状からなること等、特徴のある形状を有している。同特徴によって、本願商標は、看者に対し、シンプルで素朴な印象、及び斬新で洗練されたとの印象を与えているといえる。 他方、本願商標の形状における特徴は、いずれも、すわり心地等の肘掛椅子としての機能を高め、美感を惹起させることを目的としたものであり、本願商標の上記形状は、これを見た需要者に対して、肘掛椅子としての機能性及び美観を兼ね備えた、優れた製品であるとの印象を与えるであろうが、それを超えて、上記形状の特徴をもって、当然に、商品の出所を識別する標識と認識させるものとまではいえない。 ウ 小括 以上によれば、本願商標は、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として、商標法3条1項3号に該当するものというべきである。 2 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について (1) 立体商標における使用による識別力の獲得 商標法3条2項は、商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても、使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には、商標登録を受けることができることを規定する(商品及び商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標を除く。同法4条1項18号)。 そこで、本願商標が、商標法3条2項に該当するか否かについて、検討する。 立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは、当該商標ないし商品等の形状、使用開始時期及び使用期間、使用地域、商品の販売数量、広告宣伝のされた期間・地域及び規模、当該形状に類似した他の商品等の存否などの諸事情を総合考慮して判断するのが相当である。 そして、使用に係る商標ないし商品等の形状は、原則として、出願に係る商標と実質的に同一であり、指定商品に属する商品であることを要するというべきである。 もっとも、商品等は、その製造、販売等を継続するに当たって、技術の進歩や社会環境、取引慣行の変化等に応じて、品質や機能を維持するために形状を変更することが通常であることに照らすならば、使用に係る商品等の立体的形状において、ごく僅かに形状変更がされたことや、材質ないし色彩に変化があったことによって、直ちに、使用に係る商標ないし商品等が自他商品識別力を獲得し得ないとするのは妥当ではなく、使用に係る商標ないし商品等にごく僅かな形状の相違、材質ないし色彩の変化が存在してもなお、立体的形状が需要者の目につき易く、強い印象を与えるものであったかなどを総合勘案した上で、立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。 (2) 本願商標の商標法3条2項該当性 そこで、上記の観点から、本願商標が使用により自他商品識別力を備えるに至っているか否かを判断する。 ア 事実認定 (ア) 本願商標に係る商品形状の完成等 本願商標に係る肘掛椅子の立体形状は、現代家具デザインの巨匠と称されるウェグナーが、参加人の依頼を受けて1949年(昭和24年)ころデザインし、参加人による試作等を経て翌1950年(昭和25年)ころ完成した。本願商標の形状の特徴は、上記1(2)アのとおりであるところ、その使用に係る原告製品は、「CH24」、「Yチェア」(Y chair)又は「デコラティブ・チェア(Decorative chair)という名称で知られており、世界で最も売れた椅子の一つと評価されている。なお、文字商標「Yチェア」は、商標権者を原告、指定商品を第20類「木製いす」として、商標登録(商標登録第3348396号)されている(甲1の1、2、甲2、3、80、82、86、87、90、100の2、甲260、261、265、266、268、269)。 (イ) 本願商標の使用開始時期・使用期間 a 本願商標の上記形状の特徴を備えた原告製品は、1950年(昭和25年)から現在に至るまで、参加人によって独占的に製造され、世界中で販売されている。原告製品は、使用される木材の材質や色彩、座面(ペーパーコード)の色彩にバリエーションが増えたものの、その形状は、半世紀以上にわたり、ほとんど変化していない(甲1の1、2、甲27、39、81、87、90、100の2、7、甲269)。 b 原告製品は、日本において、昭和33年に白木屋(後の東急百貨店)のフィンランド・デンマーク展において紹介された後、昭和37年ころ、松屋のデンマーク展やグッドデザインコーナーで展示販売されるようになり、昭和40年には、伊勢丹が輸入、販売を開始した。その後、平成元年ころまでの間は、松屋、伊勢丹のほか、キッチンハウス、小田急ハルクらが、原告製品を輸入し、販売していた。 その後、平成元年に、フーバ・インターナショナルが、SKデザイン事業部を設立し、参加人の日本における輸入代理店となり、原告製品についても輸入、販売を行うようになった。翌平成2年9月25日に、参加人とフーバ・インターナショナルが出資して、原告(当時の商号はディー・サイン株式会社)が設立され、参加人の製品の日本における輸入代理店となり、原告製品の輸入、販売を独占的に行うようになった(甲12、16の1、甲26、29、30の1〜3、甲31、32、39、55、58、59、89、98の6の4、甲100の2〜6、8〜11、甲269)。 (ウ) 使用地域 原告は、原告製品を、自ら又はその取引先である有名百貨店(高島屋、小田急百貨店、伊勢丹、三越、大丸、阪神百貨店等)、大型家具店(アクタス、イルムスジャパン、ヤマギワ等)、大手ハウスメーカー等を介して、販売している。原告製品の販売先は、関東地方における販売割合が60パーセント以上を占めるものの、日本全国に及んでいる。また、原告製品は、店頭のみならず、日本全国どこからでも、インターネット、電話、ファクシミリ等を利用して通信販売で購入することができる。そして、原告製品は、一般家庭のみならず、全国の旅館、レストラン、図書館、大学(武庫川女子大学等)、美術館(国立新美術館等)などの施設においても使用されている(甲10、11、17、33、34、37、44、45、93の17、甲100の2、甲101の1〜11、甲104〜107、甲273の1〜11、甲274の1〜8)。 (エ) 原告製品の販売実績 a 原告製品は、1950年(昭和25年)以降、世界中で60年以上の長期にわたり、70万脚以上が販売されたと推定され、また、2003年(平成15年)から2010年(平成22年)までの期間では、約24万脚が販売され、家具の中では、ロングセラー商品として際だった実績を上げている(甲27、93の18、甲100の2)。 b 原告製品は、日本国内においても、継続的に販売されており、以下のとおり、資料によって確認されている限りでも合計9万7548脚が販売されている(甲93の1〜16、甲101の1〜11、274の1〜8)。
a 原告は、原告製品について、国内有数の家具展示会である東京国際家具見本市(平成5年〜平成7年、平成9年〜平成13年、平成15年、平成19年)、IFFTインテリアライフスタイルリビング展(平成20年)、インテリアライフスタイル展(平成18年〜平成21年)等の展示会への出展や、東京デザイナーズウィーク(TOKYO DESIGNER’S WEEK,平成10年〜平成13年、平成15年、平成16年、平成18年、平成19年)に参加したほか、自社ショールーム、百貨店等において、展示会を多数開催している。原告は、平成5年から平成21年までの間に、展示会出展等のため、少なくとも3221万0131円を支出した(甲8、38、39、96の1、2、甲97の1〜15、甲102の1〜4)。 b 原告製品は、1960年代以降、日本国内において、多数回にわたり、雑誌(「室内」、「商店建築」、「CASA BRUTUS」、「モダンリビング」、「ELLE DECOR」、「クロワッサン」、「BRUTUS」、「ミセス」、「VERY」、「美しい部屋」等)、インテリア用語辞典、インテリアコーディネーター試験問題集、中学生向け教科書、新聞等において、紹介記事及び広告等が掲載されている。そして、原告及びフーバ・インターナショナルは、平成元年から平成22年までの間、原告製品の宣伝広告費として、少なくとも1億2000万円以上の支出をした(甲12、14、14の1〜4、甲15、16の1〜4、甲26、56、57〜78、79の2、甲87〜92、94、95の1〜11、甲98の1、甲98の1の1〜6、甲98の2、甲98の2の1〜13、甲98の3、甲98の3の1〜35、甲98の4、甲98の4の1〜6、甲98の5、甲98の5の1〜15、甲98の6、甲98の6の1〜4、甲98の7、甲98の7の1〜19、甲98の8、甲98の8の1〜4、甲98の9、甲98の9の1〜5、甲99の1〜16)。 c 原告製品に関する雑誌等の記事では、ほぼすべてに、原告製品の写真が併せて掲載され、読者において、原告製品の上記形状の特徴を認識できるような態様で紹介されている。 また、原告製品を紹介した記事には、以下のような説明がされている。例示すれば、「日本でもっとも多く売れた輸入椅子といわれる『Yチェア』。家具に少しでも興味のある人なら、その姿を一度は目にしたことがあるはずだ。」(甲12[No.3])、「数多いウェグナー作品の中で、最も日本人に人気があり、かつ、最も多く売られた椅子が、この“Yチェア”である。これまでに全世界で50万脚以上が売られた、彼の作品中、最大のベストセラーである。」(甲12[No.27])、「ウェグナーの最大のベストセラー。日本でも特に人気が高い。」(甲12[No.38])、「その東洋的なフォルムと木材を生かした美しさが日本人の心をとらえ、一般家庭やレストランで数多く使われている。」(甲12[No.40])、「日本で一番のロングセラーの輸入椅子といったら、断然ウェグナーの『ウイッシュボーンチェア』(Yチェアのこと)でしょう。」(甲12[No.44])、「ハンス・ウェグナー・・・1月26日(判決注・2007年1月26日を示す。)、コペンハーゲンで死去、92歳。世界的に知られる家具デザイナーで、背を支える支柱が『Y』字形の『Yチェア』は日本でも人気。」(甲12[No.51]、甲77)、「ウェグナーの500点を超える作品の中で、日本人に最も愛されるベストセラーとして認知されているこの椅子・・・」(甲12[No.61])、「中国の椅子をデザインモチーフにしてうまれたYチェアは、日本でも人気の高い作品だ。」(甲12[No.93])、「Yチェアは1950年にデンマークで産声を上げて以来、今日までそのデザインを変えることなく世界中で愛用され、日本でもダイニングチェアとして絶大な人気を誇っています。」(甲12[No.96])、「このYチェアはウイッシュボーンチェアとも呼ばれ、ウェグナーの中で最もよく売れた椅子のひとつ。特に日本で人気が高い。・・・日本の住宅建築雑誌では竣工時の住宅の写真にしばしばYチェアが使われた。」(甲12[No.97])、「たとえば、現在、建築家がデザインした日本の住宅の室内写真を、建築雑誌でながめてみると、そこに置かれている椅子の、これはわたしの印象なのだが、おそらく50%以上が、同じ椅子である。ハンス・ウェグナーがデザインしたYチェア(1949年)だ。」(甲12[No.145])、「日本人にもっとも馴染み深いウェグナーの椅子といえば、『Yチェア』(1949年)。」(甲12[No.202])、「Yチェア。日本で最もよく売れているウェグナー作品。」(甲12[No.240])、「全体から発せられる温かみが、我々日本人の心をグッととらえてすでに半世紀。Yチェア愛好者はなおも増殖中である。」(甲14[No.370])、「巻末のカタログ請求葉書で『ぜひ欲しい名作椅子』をアンケートしたところ、・・・男女年齢を問わず幅広い層の人気を得て、堂々1位に輝いたのは、ハンス・J・ウェグナーのYチェアーでした。獲得総数58人で、2位を大きく引き離し、なんと回答者の3人に1人は、この椅子をあげた勘定になり人気のほどがうかがえます。」(甲14[No.394]、甲57)、「Yチェア・・・日本でも人気の高いデニッシュチェアの代表作です。」(甲14[No.458])、「日本で最も売れている2脚のベストセラー(判決注・Yチェアとアルネ・ヤコブセンのデザインに係るセブンチェアのことを示す。)・・・実際にこの2脚はダイニングチェアのベストセラーとして、圧倒的に他者をリードして売れ続けています。・・・ワイチェアですが、そんなウェグナーの作品の中にあっては比較的リーズナブルであるというのも、ベストセラーの秘密の一端であるように思えます。」(甲14[No.488]、甲74)、「日本でも、『輸入されている外国椅子の中では最も長期間輸入され続け、輸入量の最も多い椅子』と言われていますし、・・・それほどYチェアは日本人にもすでに馴染みの椅子、ということができるでしょうし、日本のインテリア空間にもマッチしたものとも言われます。」(甲14[No.524])、「数多いウェグナー作品の中で、最も日本人に人気があり、かつ、最も多く売られた椅子が、この“Yチェア”である。」(甲14の3)、「日本でも定着した感のある北欧家具。とりわけ有名なのがウェグナーのYチェアです。」(甲26[No.542])。 d なお、原告製品が掲載された、主な雑誌、書籍等の公称発行部数は、「モダンリビング」(アシェット婦人画報社)4万部、「ELLE DECOR」(アシェット婦人画報社)7万部、「クロワッサン」(マガジンハウス)約30万部、「BRUTUS」(マガジンハウス)約8万部、「ミセス」(文化出版局)11万部、「VERY」(光文社)約28万部、「美しい部屋」(主婦と生活社)約5万部である(甲43、46、47)。 (カ) 第三者商品への対応 原告製品に類似した形状の椅子(中国製等)は、インターネット上で少なからず販売されているが、ほとんどの商品は、「Yチェア」の「ジェネリック製品」、「リプロダクト製品」などと称して、オリジナル製品として原告製品が存在することを前提とした説明が付されており、原告製品と類似した形状の椅子を安価に購入しようとする消費者に向けた商品となっている。これに対し、原告は、以下のとおり、「Yチェア」等の登録商標(文字商標)を用いる業者や、原告製品に類似した形状の椅子を販売する業者に対し、文字商標の使用中止や類似品の販売中止を求める警告書を送付したり、口頭で警告を行ってきた。 a 川口タンス店は、そのホームページ「E−Comfort」において、原告製品に類似した形状の中国製の椅子を、原告製品の「ジェネリック製品」として販売していた。原告は、デンマークの著名な家具メーカーであるフリッツハンセンと共同で、川口タンス店に対し、平成19年6月27日付け、同年8月1日付け、同年10月22日付け各警告書等を送付し、上記商品の販売中止及び「Yチェア」、「ハンス J.ウェグナー」、「カール・ハンセン」等の表示の使用中止等を求めた(甲40の11、甲49の1、2、甲110〜118)。 b 原告は、平成20年4月9日に株式会社大秀、有限会社みずのかぐ及びArtChairに対し、同月18日に有限会社マキコーポレーションに対し、それぞれ、原告製品に類似した形状の椅子の製造・販売は、不正競争防止法違反のおそれがある旨の警告をした(甲133、139、144、159)。 c 原告は、いずれも文字商標である、「Yチェア」(商標登録第3348396号)、「Hans J.Wegner/ハンス J.ウェグナー」(商標登録第4767624号)、「Carl Hansen&Son Japan/カール・ハンセン&サン ジャパン」(商標登録第4767623号)に基づいて、ホームページ上で上記商標を使用している業者、プロバイダー、出版社等に対し、警告を行った(甲129、136、141、147、150〜152、156、161、164、169、173、177、179の1、甲180の1、甲181、184、191、194、198、202、206、210、213)。 d 原告は、プロバイダー責任制限法に基づき、ヤフー株式会社、アリババ株式会社及び楽天株式会社に対し、原告製品に関し、商標権を侵害する商品情報の送信を防止する措置を講ずるよう申し入れた(甲217の1、2、甲218〜237、238の1、甲239の1、甲240、241、242の1、甲243の1、甲244の1、甲245の1、甲246の1、甲247、248の1、甲249の1、甲250の1、甲251の1、甲252、253の1、甲254の1、甲255の1、甲256の1)。 e なお、参加人は、欧州において、Yチェアの著作権に基づき、類似品を販売する業者に対し、販売中止を求める警告書を送付するなどの模倣品排除活動を行っている(甲270、271)。 イ 判断 (ア) 上記認定した事実を総合すると、次の点を指摘することができる。 a 本願商標の特徴的形状を備えた原告製品(肘掛椅子)は、参加人により1950年(昭和25年)に発売されて以来、材質や色彩にバリエーションはあるものの、その形状の特徴的部分において変更を加えることなく、継続的に販売されている。 b 原告製品は、日本国内において、昭和33年ころ紹介され、昭和37年ころから平成元年ころまでの間は、百貨店等が輸入し、販売していたが、平成元年にフーバ・インターナショナルSKデザイン事業部が、翌平成2年からはフーバ・インターナショナル及び参加人の出資により設立された原告が、それぞれ輸入代理店となり、原告製品を独占的に輸入し、販売するようになった。原告製品の販売地域は全国に及んでおり、資料等により、判明している限りでも、平成6年7月から平成22年6月までの間に、合計9万7548脚が販売されており、このような販売数量は、食卓椅子の販売数量全体(甲35参照)と比較すれば必ずしも多いとはいえないものの、1種類の椅子としては際だって多いといえる(なお、原告製品は、既製品であり、注文を受けてから作る受注品ではない。)。 c 原告製品は、1960年代以降、日本国内においても、雑誌等の記事で紹介され、日本で最も売れている輸入椅子の一つとの評価がされている。また、原告製品は、インテリア用語辞典、インテリアコーディネーター試験問題集等の家具業界関係者向けの書籍や、中学生向けの美術の教科書に掲載されるなどの実績を残している。さらに、原告により相当の費用を掛けて、多数の広告宣伝活動が行われている。原告は、原告製品について、国内有数の家具展示会等に出展したり、自社ショールーム、百貨店等における展示会を開催したりするなど、原告製品の周知性を高めるための活動を継続して行った。こうした継続的な広告宣伝活動等により、原告製品は、一部の家具愛好家に止まらず、広く一般需要者にも知られるものとなっているということができる。 上記に挙げた事実及び前記1(2)アの事実に照らすと、@原告製品は、背もたれ上部の笠木と肘掛け部が一体となった、ほぼ半円形に形成された一本の曲げ木が用いられていること、座面が細い紐類で編み込まれていること、上記笠木兼肘掛け部を、後部で支える「背板」(背もたれ部)は、「Y」字様又は「V」字様の形状からなること、後脚は、座部より更に上方に延伸して、「S」字を長く伸ばしたような形状からなること等,特徴的な形状を有していること、A1950年(日本国内では昭和37年)に販売が開始されて以来、ほぼ同一の形状を維持しており、長期間にわたって、雑誌等の記事で紹介され、広告宣伝等が行われ、多数の商品が販売されたこと、Bその結果、需要者において、本願商標ないし原告製品の形状の特徴の故に、何人の業務に係る商品であるかを、認識、理解することができる状態となったものと認めるのが相当である。 (イ) これに対し、被告は、原告が販売する原告製品は、本願商標と形状がほぼ同一であっても、様々な色彩のものが販売されており、これにより商品に対する印象、認識が大きく異なるから、本願商標と原告使用に係る商標とが、同一のものであるということはできない、と主張する。 しかし、上記のとおり、本願商標は、形状における特徴の故に、自他商品の出所識別力があると解するのが相当であるから、原告製品に使用された木材の材質や色彩、座面(ペーパーコード)の色彩にバリエーションがあったとしても、商品の出所に対する需要者の認識が大きく異なるとはいえず、本願商標に係る形状が自他商品識別機能を獲得していると認定することの障害になると解することはできない。 (ウ) また、被告は、原告製品に類似した形状の椅子が、インターネットを通じて販売されていることから、原告製品に接する取引者、需要者が、いずれの肘掛椅子が原告の製造、販売に係る椅子であるかを区別できず、本願商標が、その指定商品「肘掛椅子」に使用された結果、原告の業務に係る商品であると認識されるに至ったものとはいえない、と主張する。 しかし、原告製品に類似した形状の椅子が、インターネット上で販売されている例があるとしても、これらはいずれも「Yチェア」の「ジェネリック製品」ないし「リプロダクト製品」などと称されており、オリジナル製品として原告製品が存在することを前提として、原告製品に類似した形状の椅子を安価に購入しようとする消費者に向けた商品ということができる。これに対し、原告は、このような商品を市場から排除するため、当該商品を販売する業者等に対し、「Yチェア」等の登録商標(文字商標)に基づき、また、不正競争防止法に基づき、警告書等を送付するなどの措置を講じている。そうすると、審決時においてなお、原告製品に類似した形状の椅子がインターネット上で販売されていたとしても、本願商標が自他商品識別機能を獲得していると認定する上での妨げとなるものとはいえない(なお、本願商標に係る形状が、商品等の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標といえないことは明らかである。)。 ウ 小括 以上のとおり、本願商標は、使用により、自他商品識別力を獲得したものというべきであり、商標法3条2項により商標登録を受けることができるものと解すべきである。これに反する被告の主張は、いずれも採用することができない。 (3) 以上によれば、本願商標は、商標法3条2項により商標登録を受けることができるものであるから、本願商標を同項に該当しないとした審決の判断には誤りがあり、原告主張の取消事由2は理由がある。 3 結論 以上によれば、原告の本件請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 知野明 (別紙) 商標目録 第1図 (商標イメージ略) 第2図 (商標イメージ略) 第3図 (商標イメージ略) |
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