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【事件名】顧客データの不正競争事件(保安用品販売)
【年月日】平成23年4月28日
 大阪地裁 平成21年(ワ)第7781号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成23年2月22日)

判決
原告 三ツ星貿易株式会社
同訴訟代理人弁護士 黒田一弘
同訴訟復代理人弁護士 松田直弘
被告 株式会社エース神戸
被告 P1
被告 P2
上記3名訴訟代理人弁護士 藤原精吾
同 大槻倫子


主文
1 被告P1は、原告に対し、13万円及びこれに対する平成20年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告P1に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告又は被告の販売に係る商品を現に取り扱い、又は今後取り扱う可能性のある相手先に対し、別紙告知行為目録1ないし6記載の内容の告知をしてはならない。
2 被告らは、別紙会社目録記載の企業に対し、別紙信用回復措置目録記載の訂正文を、本判決確定の日から10日以内に送付せよ。
3 被告らは、原告に対し、連帯して、2498万円及びこれに対する平成20年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは、別紙カタログ目録(ロ号)保安用品総合カタログ(被告)記載のカタログを複製・頒布してはならない。
5 被告らは、既に作成済みの別紙カタログ目録(ロ号)保安用品総合カタログ(被告)記載のカタログ、その原版フィルム及び刷版を廃棄せよ。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、かつて原告の取引先であった被告株式会社エース神戸(以下「被告会社」という。)、原告のもと取締役である被告P1及びもと社員である被告P2に対し、下記請求をした事案である。
 記
(1) 被告らが共同して原告の営業上の信用を害する虚偽の別紙告知行為目録記載の各事実を第三者に告知する同行為が不正競争防止法2条1項14号に該当することを理由とする同法3条1項に基づくその行為の差止請求(請求の第1項)
(2) 上記(1)の事実関係に基づき、同法14条に基づく信用回復措置の請求(請求の第2項)
(3) 上記(1)を原因とする信用毀損の不法行為に基づく損害賠償として300万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成20年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求(請求の第3項(一部))
(4) 上記(1)のほか、原告が原告在職中の被告P1及び被告P2(以下、両名を合わせて「個人被告ら」という。)に対して原告の営業秘密である取引先情報を示したところ、個人被告らが、原告を退職後、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又は原告に損害を与える目的で、その営業秘密を被告会社に開示し、被告会社はその事情を知ってその営業秘密を使用したとして、これら個人被告らの行為が不正競争防止法2条1項7号に、被告会社の行為は同項8号に該当することを理由とする同法4条、民法719条に基づく損害賠償として1978万円及びこれに対する平成20年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求(請求の第3項(一部))
(5) 上記(4)が認められないとしても、被告らの行為が自由競争の枠を逸脱した違法な競業行為であることを理由とする民法709条、719条に基づく損害賠償として1978万円及びこれに対する平成20年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求(請求の第3項(一部))
(6) 被告らの上記不正競争又は不法行為と因果関係のある弁護士費用相当の損害賠償として220万円及びこれに対する平成20年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求(請求の第3項(一部))
(7) 被告らが営業に用いている別紙カタログ目録(ロ号)保安用品総合カタログ(被告)記載のカタログ(以下「被告カタログ」という。)は、原告の著作物である別紙カタログ目録(イ号)[保安用品](原告)記載のカタログ(以下「原告カタログ」という。)を利用するものであるとして、著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)侵害を理由とする著作権法112条1項に基づく、その複製・頒布の差止請求(請求の第4項)
(8) 上記(7)の事実関係に基づく同条2項に基づく被告カタログの廃棄請求(請求の第5項)
2 判断の基礎となる事実(証拠の掲記のない項は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、繊維、雑貨、機械、金属、化学薬品等の輸出入及び国内販売を主たる目的とする株式会社である。
イ 被告会社は、原告と保安用品の取引をしていたサンモール電子株式会社(以下「サンモール電子」という。)の従業員として原告との取引を担当していたP3が、平成16年9月14日に設立した保安用品の販売等を業とする会社である。
ウ 被告P1は、昭和56年9月16日に原告に入社し、平成16年4月12日に原告取締役海外営業部長に就任し、平成20年4月1日に原告取締役営業本部長に就任したが、同年9月5日に原告を退社し、遅くとも同年9月9日までに被告会社に入社し、同年10月6日に被告取締役に就任し、現在に至る者である。 (甲1)
エ 被告P2は、平成10年5月21日に原告に入社し、平成17年4月1日に原告海外営業部課長代理に就任し、平成20年9月8日に原告を退職する旨の意思表示をして同年10月10日に原告を退職し、同月14日に被告会社に入社し、現在も同社で稼働している者である。
(2) 原告と被告会社との取引等について
ア 原告は、平成16年9月以前から、サンモール電子と協力関係を結び、保安用品の生産及び販売を行っていたもので、被告会社の代表者のP3は、その当時、サンモール電子で営業を担当していた。
イ 原告とサンモール電子との取引は、P3がサンモール電子を退職した後、縮小していき、原告は、その後P3が平成16年9月14日に設立した被告会社と保安用品の取引を行うようになった。
ウ 原告と被告会社との取引において、被告会社は、その取り扱う保安用品を、すべて原告から仕入れ、原告は被告会社の指示により被告会社の取引先に直接発送する扱いとなっていた。
 他方、原告も、自らの取引先との間で保安用品を販売していたが、被告会社に対する売上げが相当な割合を占め、原告と被告会社との間では、それぞれの取引先が重複しないよう合意されていた。
 また原告と被告会社は、保安用品の商品カタログについては、その表紙の会社名だけを入れ替えて共通のカタログを営業に用いており、平成20年9月当時、原告が営業に用いていたカタログは原告カタログのとおりであり(ただし、1枚目は異なる。)、被告が営業に用いていたカタログは被告カタログのとおりである。 (被告P1、被告会社代表者)
(3) 就業規則
 原告の就業規則には、「会社の業務上の機密および会社の不利益となる事項を他に漏らさないこと」(第3章服務規律、(服務心得)第7条第4項)との定めがあり、これに違反した場合であって「事案が重篤なとき」については、懲戒解雇に処する場合があるとされている(第8章表彰および制裁(懲戒解雇)第56条第7項)。 (甲11)
(4) 個人被告ら退職後の行為等
ア 被告P1は、平成20年9月5日に原告を退職し、同月8日に被告会社に入社し、その翌日9日、被告会社の営業業務の一環として、原告の取引先に対し、「お客様各位」として、「(原告での)販売製品は小生が開発、販売してきました。仕入れ先、並びに商品も確保済みで、従来と全く変更なく供給させて頂けますので今後は下記会社(被告会社)とのお取引を頂ければと存じます」との記載がある文書(甲1)をファックスで送信した。
イ 個人被告らは、被告P2が被告会社に入社した後である平成20年10月14日、被告会社の営業業務の一環として、原告の取引先に対し、「お得意様各位」として、「引き続き、(被告会社)にてご贔屓を賜りたく、何とぞよろしくお願い申し上げます」、「商品、並びに価格は(原告)でご提供させて頂いた物と、全く同一にて販売させて頂きます。すでに仕入れ先並びに、商品の確保は出来ておりますので、何時でもご要望にお応え致します」との記載がある文書(甲2)をファックスで送信した。
ウ なお、原告と被告会社との取引は、被告P1が原告を退職した後なくなり、現在は、原告及び被告会社は、保安用品の販売に関して競業関係にある。
3 争点
(1) 被告らは、原告の営業上の信用を害する虚偽の別紙告知行為目録記載の各事実を第三者に告知したか
(2) 被告らは、原告の営業秘密を開示し、あるいは使用しているか
(3) 被告らの不正競争により原告に生じた損害の額
(4) 被告らの行為は、民法709条の不法行為を構成するか
(5) 被告らによる被告カタログの作成利用行為は、原告が原告カタログについて有する著作権ないし著作者人格権の侵害行為であるか
4 争点に関する当事者の主張
(1) 被告らは、原告の営業上の信用を害する虚偽の別紙告知行為目録記載の各事実を第三者に告知したか
【原告の主張】
ア 被告P1、被告P2は、被告会社に入社した平成20年の秋以降、原告の取引先に対してFAXを送信したり、また直接訪ねたりして、別紙告知行為目録記載の事実を述べた。
イ 原告が粉飾決算をしているとの事実について
 原告は、決算期ごとに決算について監査役の承認を受け、決算の内容は定時株主総会に報告しており、粉飾決算の事実はない。
 被告らは、原告が決算に際して在庫商品を不当に高く計上していた旨主張するが、そのような事実があれば税務調査で指摘を受けていたはずであるが、平成19年5月にされた税務調査でもそのような事実は指摘されていない。
 被告らは、被告P1が原告在職中、在庫商品を不当に高く計上し続けていることが実質的に粉飾決算であると進言してきたと主張するが、そのような事実はなく、また粉飾決算であるとの発言について被告P1が決算についての持論を述べたように主張するが、粉飾決算という発言から取引先に信用上の不安を与えることは明らかであり、許される行為ではない。
【被告らの主張】
 個人被告らが、平成20年10月半ばから、原告の営業時代から知っている各取引先を訪問した事実は認めるが、虚偽の事実を述べ、原告との取引を止めさせ被告会社と取引させた事実はない。
ア 別紙告知行為目録記載1の事実について
 被告P1が、一部取引先を訪問し、原告を退職する経緯を説明した際に、次期社長になってくれと頼まれたが断った旨述べたことはあるが、そのため関係がうまくいかなくなったと述べた事実は否認する。
イ 別紙告知行為目録記載2の事実について
 被告P1が、一部取引先の一、二社において、退職金を受け取っていない旨述べた事実は認めるが、被告P1が役員としての退職金慰労金を受け取っていないことは虚偽の事実ではない。
ウ 別紙告知行為目録記載3の事実について
 原告においては、長年にわたり売れ残りになった毛皮、レザーなどの季節商品を仕入値のまま在庫商品として数億円規模で計上し続けており、被告P1は、これが実質的には粉飾決算に当たるとして原告在職中から常々その旨を公然と主張し、原告社長にも進言していた。
 そして、上記のような棚卸資産の評価が、企業会計上、粉飾決算となっていたことは明らかである。被告P1の発言は、税法上、違法な決算報告をしていると述べたわけではないから、税務調査で指摘を受けたことがないことは粉飾決算を否認する理由にはならない。
 被告P1は、そのようなことから、取引先の一、二社に対し、これが実質的には粉飾決算であるとの持論を述べたことはあるが、それは取引先に対する退職の経緯を述べるに際し述べられたものであり、原告を誹謗中傷する意図で述べられたものではなく、また損害を与えたものでもない。
エ 別紙告知行為目録記載4の事実について
 被告らが第三者に告知した事実はない。原告で保安用品を担当していたのは個人被告らだけであることから、むしろ取引先の方から、原告は保安用品から撤退していくのだろうという発言がされていた。
オ 別紙告知行為目録記載5の事実について
 被告らが第三者に告知した事実はない。そもそも個人被告らは、保安用品販売のために各取引先を訪問しているのであるから、このような発言をするはずがない。
カ 別紙告知行為目録記載6の事実について
 被告らが第三者に告知した事実はない。原告で保安用品を担当していたのは個人被告らだけであることは取引先の方も知っていることから、むしろ取引先の方からそのような趣旨の発言がでたことはあり得る。
(2) 被告らは、原告の営業秘密を開示し、あるいは使用しているか
【原告の主張】
ア(ア) 原告においては、保安用品部門についての仕入先及び取引先(以下、併せて「顧客」という。)の名称、住所又は所在地、電話番号、ファクシミリ番号、顧客の担当者の氏名及びメールアドレスのほか、各顧客と取引している商品の種類内容及びその取引価格・数量等の顧客に関する詳細な情報(以下まとめて「本件顧客情報」という。)は、原告社内のサーバー内のファイルにおいて部署ごとに一括して管理していた。
 原告においては、就業規則で社員に営業秘密の守秘義務が課せられていたほか、本件顧客情報は、外部から内部にアクセスできないようにセキュリティがかけられ、そのファイルにアクセスできるのは、専用のユーザーIDとパスワードが与えられた従業員と取締役だけであった。
 また本件顧客情報がUSBメモリーに保存されていたとしても、USBメモリーは原告社内の机引き出しに入れて管理しており、従業員に対し、共用のパソコンに取引先の顧客情報を保存しないよう指導していた。原告の営業所は、警備会社による機械警備下にあり、部外者が社内のコンピュータにアクセスすることはもとより、社内の机の引き出しを開けてUSBメモリーを持ち出すことは不可能であったから、本件顧客情報は、秘密として管理されていたといえる。
(イ) 原告の保安用品部門における取引先の顧客情報記載の取引先は、いずれも原告の業務として被告P1や被告P2が開拓し、取引実績を積み重ねてきた取引先であり、したがって、それは非公知の情報であるとともに、保安用品を取り扱う事業者にとって、直ぐに利益に結びつく有用な情報であるといえる。
 被告らは、顧客情報は、企業名、住所、電話番号を記載したものにすぎず、電話帳やインターネットで収集できる情報にすぎないと主張するが、その情報は現に原告と保安用品の取引をしているという事実と結びついている故に非公知であり、有用な情報である。被告らの主張は的を射たものではない。
(ウ) したがって、本件顧客情報は、不正競争防止法2条6項の営業秘密に該当する。
イ 本件顧客情報は、個人被告らに示された原告の保有する営業秘密であること
 被告P1及び被告P2は、原告における職務として本件顧客情報を収集し、原告において秘密として管理していたのであるから、本件顧客情報は、原告の保有する情報であるといえる。
 そして、個人被告らが、原告においてしていた営業は、この情報を示されてしていたものといえる。
ウ 個人被告らは、転職した被告会社において、本件顧客情報を被告会社の取引先を開拓する目的で使用し、また被告会社にも開示したのであるから、個人被告らの行為は、不正の利益を得る目的で、原告から示された本件顧客情報を使用し、また被告会社に開示したのであるから、この行為は、同法2条1項7号の不正競争に当たる。
エ 被告会社は、個人被告らのそのような行為を知りながら、本件顧客情報を取得し、その取得した本件顧客情報をさらに営業に使用しているから、これは同法2条1項8号の不正競争に当たる。
【被告らの主張】
ア 被告P1は、原告が保安用品販売業務を扱い始めた約20年前から、原告において同業務を一人で担当して顧客を開拓してきた。そして、平成10年5月に被告P2が原告に入社した後は、被告P1と被告P2の二人態勢で原告における保安用品の販売業務を担って顧客を開拓してきた。そして、平成16年9月以降は、被告会社の代表者であるP3とともに3人で顧客の開拓及び営業活動を行ってきた。
 原告主張に係る顧客情報は、以上のような経緯において、原告と被告会社との間で共有されていたのであるから、これらは不正競争防止法上の「営業秘密」には当たらない。
 また顧客の開拓は、「安全用品・機器」を扱っている店舗をタウンページやインターネットで探し、そこから得られた名称、住所又は所在地、電話番号、ファクシミリ番号、担当者氏名及びメールアドレス等の情報をもとに営業活動を行って開拓してきたものであるから、そもそも「秘密」の情報など存在しない。また、顧客情報は、コンピュータ内のデータだけではなく、紙媒体としても置いてあった。
イ 被告らは、顧客情報が、有用な情報であることは否定しないが、被告P1及び被告P2が顧客情報を持ち出したという事実はない。
 被告P1及び被告P2が、原告退職後、タウンページやインターネット等を通じて自由にアクセス可能な情報である顧客の電話番号や、自らの記憶に基づいて営業活動を行ったにすぎない。また、原告退職後、被告P1あるいは被告P2の携帯電話に電話がかかってきたことが契機で営業活動を行うこともあった。
ウ 原告の顧客情報は、個人被告らの原告退職前から、個人被告らとともに顧客の開拓及び営業活動等を行っていた被告会社に共有されていた情報であり、被告会社が、個人被告らから、原告主張に係る営業秘密の開示を受けたり使用したりした事実もない。
(3) 被告らの不正競争により原告に生じた損害の額
【原告の主張】
 原告は、被告らの行為によって、営業上の信用を毀損され、以下の損害を受けた。
ア 逸失利益 1978万円
(ア) 被告らの不正競争は、被告P1が被告会社の部長として挨拶文を取引先に対して送付した平成20年9月9日に始まり継続しているが、平成20年9月9日から平成21年4月末までの間の被告会社の売上げは4600万円を下らず、またその間の利益は利益率43%を乗じた1978万円を下らないから、同額が不正競争防止法5条2項により原告が被告らの不正競争により受けた損害の額と推定される。
(イ) また不正競争防止法5条2項によらなくとも、以下の事実によれば、原告が上記主張額以上の損害を受けていることは明らかである。
 すなわち、被告P1が原告を退職した平成20年9月から平成21年4月までの期間の原告の保安用品部門の売上げは6257万6000円であり、その粗利益は1129万1000円にとどまっているが、その前年同期間の売上げは1億3133万8000円、粗利益は4493万9000円であり、前々年同期間の売上げは1億1134万7000円、粗利益は3732万1000円である。
 いずれの期間でも、原告の利益減少額は1978万円を上回っているが、原告の保安用品部門の売上げは、平成18年当時から成長していたのであるから、上記の利益の減少が被告らの不正競争による損害であることは明らかである。
イ 被告らの別紙告知行為目録記載の各事実の告知行為による原告の信用毀損による無形損害の額は300万円を下らない。
ウ 被告らの不正競争と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は220万円を下らない。
【被告らの主張】
 原告の主張はすべて否認ないし争う。
(4) 被告らの行為は、民法709条の不法行為を構成するか
【原告の主張】
ア 個人被告らは、原告在職当時から、原告の保安用品部門の取引先を個人の携帯電話にも登録して、退職後も被告会社の営業に利用し、その営業に際しては、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を取引先に述べて執拗な勧誘をし、原告の取引先を奪って被告会社の取引先とした。
イ そればかりか、被告P1は、原告が矢印板の製造を委託していた有限会社アークライン及びその部品納入業者である藤野産業株式会社に圧力をかけて矢印板完成品の供給を阻害し、また原告がLEDコーンの供給を依託していた株式会社ミナミ産業及びその部品の製造元である安全興業株式会社に対して圧力をかけてLEDコーン完成品の供給を阻害し、もって原告の営業を妨害したほか、原告の中国の取引先であるブライトオール・インターナショナルにも不当な指示をして、原告との営業を妨害した。
ウ また被告P1は、原告退職時に、保安用品部門に関する業務の引き継ぎをせず、そのため被告会社では、保安用品の業務の状況が把握できず混乱が生じた。
 そして被告P2も、被告P1の後任となったP4の業務を援助せず、自ら原告を退職する際には、保安用品部門の顧客情報のデータや、保安用品部門のカタログのデータが入ったUSBメモリーの引き継ぎをせず、そればかりか、個人被告らは、原告のパソコン内の保安用品部門の顧客情報やカタログのデータを消去し、原告の保安用品部門の業務を混乱させた。
エ なお被告P1は、原告の前社長から、後継の社長に就任するよう求められていたが、これを断り、平成20年8月16日ころ、前社長に対し、被告会社への移籍に伴い、原告の保安用品部門の事業全部を被告会社に譲渡することを求める内容である「計画、並びに要望書」と題する書面を提出したのであるから、被告P1は、上記書面の内容がすべて実現されれば、原告は保安用品部門の事業を止めざるを得なくなることを理解していたといえる。
 個人被告らのした上記一連の行為は、民法上の不法行為を構成し、また被告P1は被告会社の取締役として、被告P2は被告会社の従業員として上記不法行為をしたのであるから、個人被告らのした行為によって原告に生じた損害について被告らは共同不法行為者としての損害賠償責任を負うべきところ、その損害の額は、上記C【原告の主張】アのとおり1978万円を下らない。
オ また、上記不法行為と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は220万円を下らない。
【被告らの主張】
ア 個人被告らが、被告会社に転職後、原告の取引先に営業をした事実はあるが、原告の顧客情報を持ち出し、これを被告会社に開示した事実はない。
 なお、個人被告らが、指摘された文書(甲1、甲2)を原告の取引先にファックスで送信した事実はあるが、原告を誹謗中傷する行為をしたり、信用毀損となる発言を行ったりした事実はなく、また執拗な勧誘をしたこともない。
イ また被告P1が、原告の取引先に対し、原告に商品を納入しないよう圧力をかけた事実もない。
ウ 原告は、個人被告らが、共同して原告の顧客情報のデータを消去した上で被告会社に転職して、原告の混乱に乗じて取引先を奪ったように主張するが、データ消去のような事実はないし、また被告P1と被告P2が原告を退職した時期も異なっており、被告P2は、原告での引き継ぎもしている。
エ そもそも個人被告らには職業選択の自由があるから、競業避止義務に関する特約もない以上、個人被告らが原告を退職し、被告会社に転職することは自由であり違法ではない。個人被告らは、原告において営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、原告の主張に係るような行為をしたことはないから、被告らの行為をもって社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な行為であるということはできない。
(5) 被告らによる被告カタログの作成利用行為は、原告が原告カタログについて有する著作権ないし著作者人格権の侵害行為であるか
【原告の主張】
ア 原告カタログは、被告P1及び被告P2が、原告在職中に、原告の営業に用いるカタログ作成のため、その職務として原告で取り扱う商品を撮影し、商品カタログとして作成したものであるから、職務著作として、その個々の写真及びカタログ自体の著作権及び著作者人格権を有する主体は原告である。その作成に被告会社代表者のP3が関与したとの事実は否認する。
イ そして、被告会社が営業に用いている被告カタログは、この原告カタログを利用して作成されたものであり、多くの部分で同一であって、しかも著作者としての原告の表示がないものであるから、その複製利用行為は、原告が原告カタログについて有する著作権(複製権及び翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害する行為である。
【被告らの主張】
ア 原告カタログは、被告P1、被告P2と被告会社の代表者P3が、商品の写真撮影を含め共同で作成したものであり、被告会社は、原告カタログを、その会社名部分だけを被告会社に差し替えて、その営業に用いていたものである。
 すなわち原告カタログは、原告にとって職務著作物であると同時に、被告会社にとっても職務著作物であり、結局、原告カタログは、原告と被告会社の共同著作物であるということになる。
イ したがって、被告カタログが、原告が有する原告カタログの複製権を侵害しているとの主張は失当である。また共同著作物であるが、原告と被告会社の取引関係にあった当時のカタログの利用状況に加え、本件に現れた経緯を総合すると被告会社が原告と取引関係がなくなったからといって、原告が原告カタログの著作権及び著作者人格権に基づき被告会社に対し、権利行使することは許されない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告らは、原告の営業上の信用を害する虚偽の別紙告知行為目録記載の各事実を第三者に告知したか)について
(1) 原告は、被告らが、個人被告らが被告会社に入社した平成20年秋以降、原告の取引先に対してFAXを送信したり、また直接訪ねたりして、別紙告知行為目録記載の事実を述べるなど不正競争防止法2条1項14号の不正競争に該当する行為をした旨主張する。
ア 別紙告知行為目録記載1の事実について
 上記事実については、被告P1が、一部取引先を訪問し、原告を退職する経緯を説明した際に、次期社長になってくれと頼まれたが断った旨述べたとの限度で被告らは認めているが、これ以外に、そのため人間関係が悪化したなどと述べた事実については認めるに足りる証拠はない(なお、甲16、甲17が採用できないことは後記エで検討するとおりである。)。
 また、そもそも被告P1が原告の次期社長就任を打診され、これを断った事実は虚偽の事実ではないし、その点を措いても、別紙告知行為目録記載1の事実そのものは被告P1が原告を退職する経緯を述べたものにすぎず、これをもって不正競争防止法2条1項14号にいう「競争関係にある第三者の営業上の信用を害する」、「事実」であるということはできない。
 したがって、原告主張に係る別紙告知行為目録記載1の事実は、それが告知されたのか、あるいはその内容が虚偽であるか否かを問題とするまでもなく、その事実を告知したことを内容とする不正競争防止法2条1項14号該当を理由とする不正競争防止法に基づく請求には理由がないことになる。
イ 別紙告知行為目録記載2の事実について
 被告らは、被告P1が、取引先の一、二社の限度で上記事実を述べたことを認めているが、被告P1が、原告の取締役退任時に退職慰労金を受領していないことは虚偽の事実ではないし、また被告P1から上記事実を聞いた者も、被告P1のいう趣旨が、従業員退職時の退職金のことではなく、取締役退任時の退職慰労金のことを述べていると理解するはずであるから、そもそも上記事実は「虚偽の事実」とは認められない。
 被告P2については、被告P2が原告から退職金の支払を受けていないと第三者に述べた事実を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、上記事実を告知したことを内容とする不正競争防止法2条1項14号該当を理由とする不正競争防止法に基づく請求はその余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
ウ 別紙告知行為目録記載3の事実について
(ア) 被告らのうち、被告P1が、取引先の一、二社に対し、原告が粉飾決算をしている旨述べた事実は当事者間に争いがないが、被告P1が上記事実をそれ以上に他の取引先で述べた事実、あるいは、その余の被告らが上記事実を第三者に述べた事実は認めるに足りる証拠はない(甲16、甲17の各添付の報告書類においても、上記事実については、一社の関係でしか触れられていない。)。
(イ) 被告らは、原告においては、長年にわたり売れ残りになった毛皮、レザーなどの季節商品を仕入値のまま在庫商品として数億円規模で計上し続けており、このことが実質は粉飾決算に当たるとして、上記述べた事実が虚偽であることを争っている。
 確かに被告らが指摘するように、在庫商品が不良資産化した場合に棚卸資産について必要な評価換えをしなければ、そのことが財務会計上明らかにならず、そのため貸借対照表上の資産が過大に計上されてしまうという問題が生じ得ることは否定できない。
 しかし、証拠(甲13)によれば、原告においては、棚卸資産については最終仕入原価法(期末の棚卸資産の数量に最終仕入単価を乗じて算出する方法)が採用され、これをもって所轄の税務署に届け出られていることが認められることからすると、原告の採用している棚卸資産の評価方法は税務処理あるいは財務関係上は適法な処理であるというべきものである。
 そして、そもそも粉飾決算とは、当該会社が不正な会計処理を行い、内容虚偽の財務諸表を作成し、収支を偽装して虚偽の決算報告を行うなど、犯罪行為さえ連想させる言葉であることからすると、ある会社の会計処理をもって粉飾決算であるというためには、そこに明確な会計処理上の不正、違法を根拠づける事由がなければならないと考えられるが、この観点からすると、被告P1の「粉飾決算」との上記発言が、明確な不正や違法を根拠づける事実に基づくものでないことも明らかであり、最大限、被告らに有利にみても、その不当をいうにすぎないものであるから、被告P1の原告が「粉飾決算」をしているとの発言は、虚偽の事実を述べるものといわなければならない。
(ウ) なお被告らは、被告P1は同人の「持論」として「粉飾決算」という発言をしたように主張するが、被告P1の供述によれば、被告P1は、粉飾決算をしていると述べるに際し、原告の会計処理のどの点を問題にしているか、なぜそれが「粉飾決算」であるのかという具体的説明をすることなく、単に「粉飾決算」をしているということだけを述べたというにすぎないから、たとい「粉飾決算」であるというべきことが被告P1の「持論」であるとしても、やはり虚偽の事実の発言をしたとの評価を妨げられるものではないというべきである。
(エ) その上、被告P1の上記発言は、原告の取締役であった被告P1が原告退社直後に、しかも原告の取引先に対して具体的説明をすることなくなされたものであるというのであるから、それが断定的な表現ではなく、また原告に対する誹謗中傷の意図のもと発言されたものでなかったにしても、原告の営業上の信用を害することは明らかである。
(オ) したがって、被告P1のした上記発言は不正競争防止法2条1項14号にいう「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知」する不正競争に該当するといわなければならない。
(カ) なお、証拠(被告P1)及び弁論の全趣旨によれば、被告P1の上記発言は、被告P1が被告会社に入社後、被告会社の営業として取引先に接触した際にされたものではあるが、これは原告在職当時から被告P1を知る取引先から、被告P1の退職の経緯を尋ねられた際にされた発言であると認められるから、被告会社の業務とは関係なく、したがって被告P1の発言が上記同号の不正競争に該当するとしても、その行為主体は被告P1だけであると認められる。
エ 別紙告知行為目録記載4の事実について
 上記事実について、被告らが第三者に告知した事実を認めるに足りる証拠はない。
 なお、証拠(甲16、甲17)によれば、原告は、平成20年10月から12月にかけて各取引先を訪問した際に、取引先から個人被告らの営業活動について情報を得、これを一覧表あるいは報告書としてまとめており、それらの情報のなかには個人被告らが別紙告知行為目録記載4の事実を述べたことが含まれていることが認められる。
 しかし、上記証拠の限度では、その情報の出所は秘匿されており、唯一出所を明らかにしている廣田商会の関係でも、その記載内容を直ちに採用できないことは後記オで検討するとおりであるから、これらの書類が、すべて原告の社員によって作成されたことを考えると、その記載内容をそのまま採用することはできないといわなければならない(なお、原告は、後記4で検討する不法行為の側面では、被告らの営業妨害により原告はLEDコーンの調達ができなかったように主張しているくらいであるから、少なくとも原告がLEDコーンの調達をできないだろうという見込みを、仮に個人被告らが発言していたとしても、それは「虚偽の事実」ではないということになる。)。
 したがって、上記事実を告知したことを内容とする不正競争防止法2条1項14号該当を理由とする不正競争防止法に基づく請求はその余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
オ 別紙告知行為目録記載5の事実について
 上記事実について、被告らが第三者に告知した事実を認めるに足りる証拠はない。
 なお証人P5は、被告P1の発言として、保安用品が「お荷物だといわれている」と、「安全用品は負の部分であると、会社からは、もうええ加減にしとけと言われた」など、上記主張に沿った事実を証言しているが、他方で同人作成にかかる陳述書(甲14)には、その趣旨の発言に関する記載はなく、かえって、被告P1が「ええ加減な会社だ。みかえりが無い。あんな会社は長い事持たない」など、原告を非難する発言をしたことのみが記載されている。またP5の発言内容が記録されているべき一覧表ないし報告書(甲16及び甲17に添付された「エース神戸の取引先情報」の該当欄及び報告書)にも関連する発言の記載はなく、結局、同人の証言ないし陳述内容は、被告P1が原告を退社して競業行為を行っていることを非難する評価が中心となっているものといわざるを得ず、これにより被告P1のした発言内容を確たるものとして認定することはできないといわなければならない。
 したがって、上記事実を告知したことを内容とする不正競争防止法2条1項14号該当を理由とする不正競争防止法に基づく請求はその余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
カ 別紙告知行為目録記載6の事実について
 上記事実について、被告らが第三者に告知した事実を認めるに足りる証拠はない。
 なお、上記エで検討した一覧表ないし報告書(甲16、甲17)には、上記事実の記載根拠となった取引先の報告記載が記録されている事実が認められるが、同報告書が採用できないことは、上記エで説示したとおりである。
 したがって、上記事実を告知したことを内容とする不正競争防止法2条1項14号該当を理由とする不正競争防止法に基づく請求はその余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
(2)ア 以上まとめると、被告らが第三者に告知したと原告の主張する告知行為目録記載の各事実のうち、被告P1が同目録記載3の事実を取引先一、二社に告知したことは認められるが、その余の事実を認めることはできないから、その余の事実を告知したことを内容とする不正競争防止法2条1項14号該当を理由とする不正競争防止法に基づく請求はその余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
イ そして被告P1については、不正競争防止法2条1項14号該当の不正競争をした事実が認められるので、さらにこれに対する差止請求権の存否について検討すべきであるが、上記認定のとおり、被告P1の上記告知行為は、被告P1の原告退職の経緯を説明するに際し取引先の一、二社において述べられたものにすぎないものであるから、被告P1が、今後、積極的に第三者に上記事実を告知するおそれがあるとは認められない。
ウ したがって、被告P1については、過去に不正競争防止法2条1項14号に該当する不正競争をした事実は認められるものの、同行為を対象とする差止請求は認めることができないということになる。
2 争点(2)(被告らは、原告の営業秘密を開示し、あるいは使用しているか)について
(1) 原告は、原告の保安用品部門についての顧客の名称、住所又は所在地、電話番号、ファクシミリ番号、顧客の担当者の氏名及びメールアドレスのほか、各顧客と取引している商品の種類内容及びその取引価格・数量等の顧客に関する詳細な情報などの本件顧客情報を営業秘密として管理していたことを前提に、被告らが本件顧客情報を開示し、使用している旨主張する。
 しかしながら、原告が具体的に本件顧客情報として特定し開示した情報は、証拠(甲9、甲10)によれば、取引先の名称、郵便番号、住所又は所在地、電話番号及びファクシミリ番号のほか、保安用品の国内外の仕入先の名称、住所、電話番号、ファクシミリ番号及びその仕入商品だけであって、そもそも原告が主張する顧客の担当者の氏名及びメールアドレスのほか、各顧客と取引している商品の種類内容及びその取引価格・数量等が被告らによって開示されたり、あるいは使用されたりしていることについて具体的な立証は全くされていない。
 したがって、本件において、原告の「営業秘密」として、そして被告らによる開示使用行為の有無について検討対象とすべき情報は、前掲証拠(甲9、甲10)の限度で開示され特定した情報(以下「認定顧客情報」という。)にとどまるが、以下に検討するとおり、それらの情報は、不正競争防止法2条6項にいう「営業秘密」にそもそも該当しない。
(2) 原告は、認定顧客情報が、原告において秘密として特別な管理対象であったように主張するが、原告において保安用品事業を担当していたのは、個人被告らのほか、事務員のP6だけであったというのであり、取引先となる顧客は、すべて個人被告らの営業活動を通じて開拓されていったものであると同時に、個人被告らが日常的に営業活動の場で接していた事業者であるということになるから、そのような者に関する情報を営業担当社員の個人的な知識情報と明確に区別するためには、日々の営業の場面で、上記顧客情報が「営業秘密」であると従業員らにとって明確に認識できるような形で管理されていなければならないといえる。
 この点について原告は、原告においては認定顧客情報がコンピュータ内で管理されていたように主張するが、これを具体的に裏付けるような証拠はなく、かえって証拠(乙7、乙8、被告P1、被告P2)によれば、原告の取引先顧客に関わる情報は社内において紙媒体で配布されるなど特別な管理対象となっていたわけではないことや、またそれらの取引先の所在地、名称、電話番号等のデータも共用のパソコンに保存され自由に閲覧できた様子がうかがえ、さらには個人被告らが顧客と個人の携帯電話で連絡する関係もあったこと(個人被告らの各供述により認められる。)などからすると、少なくとも本件顧客情報のうち、本件で問題とすべき所在地や電話番号等の取引先の情報は、原告の営業秘密として明確に管理されていたものとは認められない。
 また、証拠(被告P1、被告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告会社の取引関係の前提となる原告とサンモール電子との取引は、その社長同士が義理の兄弟ということもあって、お互いの取引先が重複しないよう情報交換がされるなどお互いの取引情報が開示される関係にあったものであり、そのような関係は、原告とサンモール電子間の取引関係を事実上承継した被告会社との関係でも継続し、原告と被告会社は、後記検討するカタログ製作の過程にみられるように、少なくとも営業現場では営業協力をしあっていた関係にあったものと認められるから、前掲証拠(甲9、甲10)により認められる限度での認定顧客情報であっても、被告会社との関係においても、秘密管理性があったものとは認められない。
(3) したがって、原告が営業秘密であると主張する本件顧客情報は、その一部については存在そのものを認めることができないし、証拠(甲9、甲10)により存在が認定できる認定顧客情報の限度においても、個人被告らとの関係においても、また被告会社との関係においても明確な形で営業秘密として管理されていたものとは認められないから、原告主張に係る本件顧客情報をもって不正競争防止法2条6項にいう「営業秘密」とは認められず、これが営業秘密であることを前提とする不正競争防止法に基づく原告の請求は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がないというべきである。
3 争点(3)(被告らの不正競争により原告に生じた損害の額)について
(1) 原告が主張する被告らの不正競争行為のうち認められるのは、被告P1が別紙告知行為目録記載3の事実を取引先の一、二社に告知した事実だけであるが、その告知先が限定されていることに加え、そのことによって原告の取引に具体的に支障が生じたことをうかがわせる事実を認めるに足りる証拠はないから、これによって生じた原告の信用毀損に対する損害賠償の額としては10万円の限度で認定するのが相当である。
(2) また以上の認定判断を前提とすると、被告P1の上記不正競争と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は3万円と認定するのが相当である。
(3) なお、原告は、損害賠償請求とともに、不正競争防止法14条に基づく信用回復措置請求をしているが、信用回復措置目録記載の発言のうちB以外の発言は認められないし、また発言自体が認められる同テに限っても、上記認定にかかる損害の内容程度に照らし、信用回復措置の必要性は認められない。
4 争点(4)(被告らの行為は、民法709条の不法行為を構成するか)について
(1) 元従業員等が、会社退職後、競業避止義務を負わない場合であっても、社会通念上自由競争の範囲を逸脱したというべき違法な手段・方法を用いて元雇用者の顧客を奪ったとみられるような場合には、その行為は不法行為を構成するというべきところ、原告は、個人被告らが、原告の営業に関する虚偽の事実を述べて取引先を奪ったこと、原告の取引先に圧力をかけて原告の営業を妨害したこと、あるいは業務の引継ぎをしないのみならず、かえってデータ類を破壊して原告の業務を混乱させたことなどを主張して、被告らの行為が民法709条の不法行為を構成すると主張する。
(2) しかしながら、まず個人被告らが、原告の取引先に虚偽の事実を述べたという点については、上記1で検討したとおりであって、被告P1が取引先の一、二社に「粉飾決算である」旨を述べた以外にこれを認めるに足りる証拠はない。
(3) また、原告の取引先に圧力をかけたという点については、原告は、具体的には、矢印板の製造を委託していた有限会社アークライン及びその部品納入業者である藤野産業株式会社、LEDコーンの供給を依託していた株式会社ミナミ産業及びその部品の製造元である安全興業株式会社、中国の取引先であるブライトオール・インターナショナルに対して圧力をかけたことを問題としているが、いずれの関係でも、これらの企業自身が、被告らからの圧力があったことを否定する陳述書ないし報告書(乙10ないし乙13)を提出しているし、そもそも問題としている他の取引業者は、いずれも自らの事業の利益を追求しているはずであるから、その一取引業者にすぎない被告会社、あるいはその取締役ないしは従業員である個人被告らが、これらの事業者の取引先選定に影響を及ぼすような圧力をかけられるはずもなく、そのような事情をうかがわせる証拠もない。原告の主張には何ら具体的根拠もないものといわざるを得ず、したがって上記取引先が原告との取引関係を絶ったことをもって、被告らの不当な圧力の結果であるようにいう原告の主張は採用できない。
(4)ア 個人被告らが、業務の引継ぎをせず、かえってデータ類を破壊して原告の業務を混乱させたとの点については、少なくとも平成20年9月5日に原告を退職した被告P1が十分な引継時間がなかったことは明らかである。そこで、個人被告らが退職に至る経緯についてみてみると、証拠(甲4、甲5、甲6の1、2、乙6ないし乙9、証人P7、被告P1、被告P2、被告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりである。
(ア) 原告代表者であったP7は、信頼を寄せていた被告P1を自らの後継者として原告の社長に就任させることを考え、平成19年3月12日、「社長承継」(乙6)と題する文書を作成して被告P1に手渡し、その旨を打診した。そして平成20年4月には、より広い業務を被告P1に経験させるため、同人を神戸の営業本部長に就任させるなどした。
(イ) 被告P1は、P7からの社長就任の打診を明確に拒否していなかったが、平成20年7月28日、P7から、再び原告の社長就任を求められた際、これを明確に断るとともに、かねてから保安用品の業務に専念する希望を持っており、保安用品の仕事を続けたい旨の希望を明らかにした。
(ウ) P7は、被告P1の原告社長就任をあきらめ、かえって被告P1に対し、原告を退社する場合の条件ないし希望を書面で提出するよう求めた。
(エ) 被告P1は、平成20年8月19日、P7宛に「計画、並びに要望書」と題する書面(甲4)を提出した。その書面には、被告P1の退職時期を平成20年11月末とし、個人被告らのほか、原告において保安用品の事業を担当していたP6も退職することを想定した上、退職までの営業活動に関して「従来通り、営業に全力を尽くします」とした上で、保安用品に関する「全ての商権」を被告会社に引き継ぐことを希望条件とする内容が記載されていた。その書面中に、実名で退職を想定する対象とされた被告P2は、被告P1から書面作成前に、その内容を知らされて了解していた。
(オ) 原告においては、平成20年8月26日に被告P1の上記書面に基づく希望が取締役会の議題として取り上げられ、その希望を受け入れないことで決議された。
(カ) 上記決議を受けてP7は、被告P1に対し、すみやかに原告を退職するよう促し、また退職慰労金を支給しない旨明らかにした。被告P1は、同月27日に同年9月5日をもって退職する旨の退職届を原告に提出した。
(キ) P7は、その一方で、被告会社に対し、被告P1を受け入れないよう強く求め、受け入れるなら取引を停止する旨告げるとともに、取引を継続するための条件の見直しなども被告会社に一方的に通告していた。また原告は、被告会社による保安用品の発注については、担当者が事実上預り状態として、平成20年9月以降、事実上、出荷停止扱いとした。
(ク) これに対し、被告会社代表者P3は、平成20年9月4日、取引の正常化を求めて原告を訪問したが、原告が示す条件も変遷するなどして、結局、話し合いはまとまらず、原告と被告会社間の取引関係は断絶することになった。
(ケ) 被告P1は、平成20年8月27日に退職届を原告に提出した後も同年9月4日まで実際に原告に出勤し、保安用品業務については被告P2に業務引継ぎをし、同年9月5日付けで原告を退職し、間もなくして被告会社に入社した。
(コ) 被告P2は、被告P1が原告を退職する見込みであることを、出張から帰社した平成20年8月28日に初めて知り、その後、被告P1が原告を退社することが確定したことから、同年9月8日、原告を退職する旨申し入れ、同年10月10日に原告を退職した。
イ 以上認定の経緯によれば、被告P1は、平成20年8月27日に原告を退社する意思を明らかにし、同年9月5日には現実に退社したというのであるから、原告における被告P1の地位役割からすると、その取締役として十分な業務引継をするだけの時間的余裕があったとは考えられず、たとい保安用品業務の引継を被告P2に対してしたとしても、それだけでは十分な引継業務をなしたといえるのかについては疑問が残るといわなければならない(ただし、引継業務全般が全くないようにいう被告会社代表者の供述は採用できない。)。しかし、被告P1が、このような短期間で原告を退社することになったのは、上記認定の経緯によれば、被告P1が「計画、並びに要望書」(甲4)を原告に提出したことが原因となって、P7が被告P1を原告から退職するよう促し、被告P1が実質的には解雇された結果であることは明らかであるし、また保安用品業務については、なお担当従業員の被告P2が在籍していたのであるから、その後、被告P2が退職することになったとしても、原告において、他に保安用品業務を担当する者が明確に決定されていなかった様子であることからすると、被告P1としては、その限度では、できるだけの引継業務をしたと評価すべきである。
 したがって、被告P1が原告において引継業務を十分行うことができず退職することになり、そのことが後の原告における業務に支障を生じさせたとしても、原告はその点をもって被告P1を責めることはできないというべきである(なお、被告P1が原告に提出した「計画、並びに要望書」(甲4)は、実質的には事業譲渡を求めるものであって、取締役の退社時の要望としては過大なものであるが、被告P1は、これを提出した時点では、単なる要望を表明しているにとどまり、その実現のための具体的行動が伴っていたわけではない。しかも、その希望表明は、原告のその当時の代表者P7の求めで明らかにされたにすぎないのであるから、これを契機として被告P1を早期の退職に追い込むばかりか、退職慰労金も支給せず、さらには主要な取引先である被告会社との関係を絶った原告の一連の対応は過剰であって、逆に問題を大きくしたものといわなければならない。)。
ウ また被告P2については、もともと被告P1が退職の行動を共にすることを原告に明らかにしていた者であり、現に平成20年9月8日に退職の意思を明らかにしていたのであるから、原告としては、被告P2に対し、退職までの1か月間に業務引継に必要な事務を執り行わせ、また必要な情報を管理することも可能であったはずである。
 したがって、原告としては、被告P2が有給休暇を取得していたとしても、その在職中に、引継ぎに必要な業務を被告P2にさせ、また必要な取引情報等のデータの確保をしたはずであるから、被告P2がこれをせず、それのみならずデータ類さえ破壊したようにいう被告会社代表者の供述は信用できず、そのことを内容とする原告の主張は採用できない。
(5) 以上認定したところをまとめると、個人被告らは、被告会社に入社後、原告との競業行為を行っているが、虚偽の事実を述べて原告の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない(なお、被告P1については、原告が粉飾決算をしているとの告知行為が認められるが、これは被告P1の退職経緯を説明するに際し告知されたものであり、これによって取引先を奪う目的はうかがえず、また現にこの事実の告知が取引先選定に影響した様子はうかがえない。)し、原告の取引先に圧力をかけて原告の営業を妨害した事実も認められない。また、被告P1については業務引継ぎが十分でなかった疑念はあるが、そうであるとしても、その原因は原告にあるし、被告P2については、主張に係るような引継ぎをしないばかりか、データ類を破壊して原告の業務を混乱させるような行為をした事実も認められないから、原告が主張する不法行為を構成する主要な事実はいずれも認められないということになる。
(6) そのほか、そもそも、個人被告らの被告会社入社後の営業活動は、原告当時の取引先の関係を利用したものであるが、これはあくまで原告当時の人的関係を利用したものにすぎず、原告の営業秘密に係る情報を用いたりした行為とは認められないし、また被告らによる競業行為は、上記第2の2Dのとおり、個人被告らの原告退社直後に開始されているが、これは先に見たとおり、原告が被告P1を早期の退職に追い込むと同時に、被告会社との取引関係も停止するという、原告による被告らに対する一種の実力行使の結果もたらされたものであって、その原因はむしろ原告にあり、起きてしまった結果だけを見て被告らを非難することは相当ではない。
イ 原告は、被告P2が退職意思を表明した後、原告社員の立場を利用して、安全興業に低廉で商品を販売したように主張するが、証拠(被告P1、被告P2)によれば、その時期に安全興業から原告に対して商品の発注があったのは、被告会社が在庫商品を確保するため安全興業の名において商品を確保しようとしたからと認められるものの、これが通常の取引と異なる低廉な取引であったとの証拠はない。
ウ 原告は、被告P1が被告会社設立にあたり被告会社代表者に500万円を貸し付けた事実から、当事者間に何らかの事前共謀があったように示唆するが結果的に原告の顧客が被告会社に移っていたとしても、これが被告らの共謀に基づく結果であるといえないことは、被告P1の原告退職から原告と被告会社との取引停止に至る上記認定の経緯に照らし明らかである。
エ したがって、原告が問題とするいずれの観点から見ても、本件においては、被告らのする原告との競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできないから、原告に対する不法行為に当たらないというべきである。
5 争点(6)(被告らによる被告カタログの作成利用行為は、原告が原告カタログについて有する著作権ないし著作者人格権の侵害行為であるか)
 上記認定のとおり、被告会社は、平成16年9月14日の会社設立当時から、原告と密接な関係を持って保安用品の取引を行っていたところ、証拠(乙8、被告P1、被告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、そのような取引関係のあった当時、原告と被告会社において営業に用いるカタログは、原告の担当者である個人被告らと被告会社の代表者であるP3との3人が、共同して商品の写真撮影をし、その写真データをカタログ用データに造り替えたりして共同で作成したものであり、その同一の商品カタログを基本として、表紙の会社名だけを、原告と被告会社で入れ替えて使用してきたことが認められる。
 したがって、そのように作成された商品カタログは、原告においては個人被告らが、原告の発意に基づき、その職務として作成したものと認められ、またこれに協力したP3は、単に原告の業務を手伝っていたのではなく、それと同時に被告会社の商品カタログの作成をしていたものといえるから、その面では、これは被告会社の発意に基づき被告会社の職務として作成に関与していたものと認められる。そして、商品カタログが、その法人名で公表される著作物であることは明らかであるから、このようにして協力して作成された商品カタログは、原告にとっては原告の職務著作物であるだけでなく、被告会社にとっても被告会社の職務著作物であると認められるから、結局、両社の共同著作物であるというべきことになる。
 そうすると、取引関係を絶った平成20年9月当時に原告と被告会社それぞれで用いられていた原告カタログ及び被告カタログに同一の部分が多いことは、その作成経緯に照らし、もとより当然のことであり、いずれのカタログとも、原告と被告会社の共同著作物であるというべきものである。
 そして、その利用実態に照らし、その当時、原告と被告会社が上記カタログをそれぞれ独自に利用することについてはお互いに了解しあっていたものと認められるし、いずれのカタログにも、商品の販売主体としてのそれぞれの社名の記載はあるものの、その作成者(著作者)の表示がないが、これも営業に用いる商品カタログとしては当然のことであって、そのような扱いも両社ともに了解しあっていた事柄であると認められる。
 ところで上記のとおり、原告カタログが原告と被告会社の共同著作物であるとするなら、被告カタログも原告と被告会社との共同著作物であるというべきことになるところ、共同著作物であるなら、その著作権及び著作者人格権を行使するためには著作権法64条1項、同法65条1項により著作者全員の合意が必要であるということになるから、被告会社は、原告の合意なくしては、被告カタログの複製・頒布をすることが許されないということになりかねない。
 しかしながら、上記認定した経緯のとおり、原告と被告会社は、保安用品の営業上の協力関係を構築し、そのなかで共同してカタログを作成して、作成者をことさらに明らかにすることなく(換言すれば、氏名表示権を行使することなく)、それぞれの会社のカタログとの体裁で営業活動を行ってきたものであり、そのような著作物の利用は両者の了解事項であったと認められる。そして、そもそも商品カタログは、もともと営業活動の手段としての性格を有するものであるから、原告と被告会社が営業上の協力関係を絶った後であったとしても、従前と同じ商品を取り扱うのなら、従前どおりの商品カタログを営業に用いることは当然であり、現に原告においても、基本的には同じ原告カタログを営業に用い続けている(被告会社が被告カタログの利用行為が許されないのなら、原告カタログの複製利用行為も許されないはずである。)というのであるから、以上のような事実関係のもとでは、原告と被告会社の関係の基礎となった取引関係が終了した後とはいえ、原告が被告会社に対して、その共同著作物の著作権者及び著作者人格権者としての権利を行使して、被告カタログの利用行為の差し止めを求めることは、信義則に照らし、許されないというべきである。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、被告P1に対して13万円及びこれに対する平成20年9月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、その限度で認容し、被告P1に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求は、いずれも理由がないので、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条ただし書きを適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 森崎英二
 裁判官 北岡裕章及び同山下隼人は、転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官 森崎英二


告知行為目録
1 被告P1は、原告において次期社長になってくれと頼まれたが、それを断り、原告内での人間関係が悪化したことから部下の被告P2とともに退職した
2 原告を退職するにあたって、原告から退職金も受け取っていない
3 原告は粉飾決算をしている
4 被告P1・被告P2が退職したので、原告は、今後は商品の調達ができず、保安用品販売については撤退せざるを得ない状況である
5 原告は、保安用品が儲かっておらず利益が出ていないため、保安用品部門は重荷であり今後あまり力を入れることは考えていない
6 被告P1及び被告P2が退社すれば、原告には保安を知る人がいなくなり素人の集まりになるので何も対応できないだろう
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日本ユニ著作権センター
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