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【事件名】医療事故報道の名誉棄損事件(共同通信)(3)
【年月日】平成23年4月28日
 平成21年(受)第2057号 損害賠償請求事件
 (一審・東京地裁平成18年(ワ)第6076号、二審・東京高裁平成19年(ネ)第5006号)

判決


主文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理由
 上告代理人喜田村洋一、同二関辰郎の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、上告人が、被上告人らの発行する各新聞に掲載された通信社からの配信に基づく記事によって名誉を毀損されたと主張して、被上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。被上告人らは、上記通信社が上記記事に摘示された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるから、被上告人らが同事実を真実と信ずるについても相当の理由があるというべきであって、被上告人らは不法行為責任を負わないなどと主張している。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、平成13年当時、a 大学附属b 研究所に勤務していた医師である。
(2) 被上告人らは、平成14年7月5日、a 大学病院において平成13年3月2日に行われた手術に関し、上告人が人工心肺装置の操作を誤ったことにより患者を死亡させたなどとする記事(以下「本件各紙掲載記事」という。)をそれぞれ自己の発行する新聞に掲載した。
(3) 被上告人らは、社団法人Z通信社の社員(加盟社)であり、本件各紙掲載記事は、被上告人らが同社から配信を受けた記事(以下「本件配信記事」という。)を、裏付け取材をすることなく、ほぼそのまま掲載したものであるが、本件各紙掲載記事には、これがZ通信社からの配信に基づく記事である旨の表示はない。
(4) Z通信社は、全国の地方新聞社等を社員(加盟社)とする社団法人であり、国内及び国外のニュースを取材し、作成した記事を加盟社等に配信する事業等を行っている。加盟社は、Z通信社の定款及び同施行細則上、同社の配信する記事を受ける権利を有するものとされており、加盟社は、配信を受けた記事を自己の発行する新聞に掲載するか否かを自由に判断することができるが、掲載する場合には、原則としてこれをそのまま掲載すべきものとされている。
(5) 加盟社は、Z通信社の社員として、社費等の支払を通じて同社の運営費用を負担している。また、加盟社は、社員総会等の内部組織を通じてZ通信社の経営に参画しており、同社の理事及び監事の多くは加盟社の役員等から選任されている。Z通信社では、加盟社の担当者の出席を得て、経営企画担当者会議、編集局長会議等が開催され、Z通信社の業務運営等に関する報告や意見交換がされている。
(6) 被上告人らは、自社の新聞の発行地域において複数の支社ないし支局を有しているが、海外はもとより、同地域外においては、東京ないし大阪において支社を有しているほかは、原則として取材拠点等を有していない。
 Z通信社から加盟社に配信される記事は、通常1日当たり約1500本であり、被上告人らの発行する新聞においては、全記事の5割から6割程度がZ通信社からの配信に基づいている。
3 原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断して、上告人の被上告人らに対する請求を棄却した。
(1) 本件各紙掲載記事は、専門医である上告人が、自己の専門分野で単純な過誤を犯し患者を死亡させたとの事実を摘示するものであって、上告人の社会的評価を低下させるものであるが、公共の利害に関する事実に係るもので、その記事掲載は、専ら公益を図る目的に出たものである。本件各紙掲載記事に摘示された上記事実が真実であることの証明はないが、Z通信社がそれを真実であると信ずるについて相当の理由があった。
(2) 被上告人らは、Z通信社から配信された記事については、取材をするに当たって報道機関に求められる注意義務が同社によって履行されることを期待し、これに依拠することができる法的地位にあるということができるから、被上告人らは、自己の発行する各新聞にZ通信社から配信された記事を掲載した場合、同社による取材活動の具体的内容をも含めて上記注意義務を尽くしたことを主張立証することができ、その結果、当該記事に摘示された事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるといえれば、その事実摘示行為について必要な注意義務が尽くされたことになり、これによって故意又は過失が欠けて、不法行為は成立しないと解するのが相当である。本件では、Z通信社が本件配信記事に摘示された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるのであるから、被上告人らが本件各紙掲載記事に摘示された事実を真実であると信ずるについても相当の理由があったと認めることができる。
4 所論は、原審の上記3(2)の判断につき、名誉毀損の行為によって摘示された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるか否かは、行為主体ごとに判断すべきであるから、被上告人らが本件各紙掲載記事につき裏付け取材をしていない以上は、Z通信社が本件配信記事に摘示された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があったとしても、被上告人らが本件各紙掲載記事に摘示された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるとはいえないというのである。
5(1) 民事上の不法行為である名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合には、摘示された事実が真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは、同行為には故意又は過失がなく、不法行為は成立しない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。
 新聞社が通信社を利用して国内及び国外の幅広いニュースを読者に提供する報道システムは、新聞社の報道内容を充実させ、ひいては国民の知る権利に奉仕するという重要な社会的意義を有し、現代における報道システムの一態様として、広く社会的に認知されているということができる。そして、上記の通信社を利用した報道システムの下では、通常は、新聞社が通信社から配信された記事の内容について裏付け取材を行うことは予定されておらず、これを行うことは現実には困難である。それにもかかわらず、記事を作成した通信社が当該記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があるため不法行為責任を負わない場合であっても、当該通信社から当該記事の配信を受け、これをそのまま自己の発行する新聞に掲載した新聞社のみが不法行為責任を負うこととなるとしたならば、上記システムの下における報道が萎縮し、結果的に国民の知る権利が損なわれるおそれのあることを否定することができない。
 そうすると、新聞社が、通信社からの配信に基づき、自己の発行する新聞に記事を掲載した場合において、少なくとも、当該通信社と当該新聞社とが、記事の取材、作成、配信及び掲載という一連の過程において、報道主体としての一体性を有すると評価することができるときは、当該新聞社は、当該通信社を取材機関として利用し、取材を代行させたものとして、当該通信社の取材を当該新聞社の取材と同視することが相当であって、当該通信社が当該配信記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があるのであれば、当該新聞社が当該配信記事に摘示された事実の真実性に疑いを抱くべき事実があるにもかかわらずこれを漫然と掲載したなど特段の事情のない限り、当該新聞社が自己の発行する新聞に掲載した記事に摘示された事実を真実と信ずるについても相当の理由があるというべきである。そして、通信社と新聞社とが報道主体としての一体性を有すると評価すべきか否かは、通信社と新聞社との関係、通信社から新聞社への記事配信の仕組み、新聞社による記事の内容の実質的変更の可否等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。以上の理は、新聞社が掲載した記事に、これが通信社からの配信に基づく記事である旨の表示がない場合であっても異なるものではない。
(2) これを本件についてみると、前記事実関係によれば、Z通信社の加盟社は、社団法人であるZ通信社の社員としてその経営に参画しているのみならず、同社の経営や業務等について協議する重要な会議にも出席し、意見を述べるなどして同社の経営体制や取材体制に関与する機会を有しているというのであって、これらの事情によれば、同社とその加盟社とは組織上密接な結びつきを有しているということができる。
 このような関係を前提に、Z通信社は、加盟社等に記事を配信することを目的として取材を行い、記事を作成していること、他方、加盟社は、Z通信社から配信される記事を自己の発行する新聞に掲載するに当たっては、当該配信記事を原則としてそのまま掲載することとされていること、被上告人らのような加盟社の発行する新聞に掲載される記事のうち相当多くの部分はZ通信社からの配信に基づいているところ、同社から加盟社に配信される記事は1日当たり約1500本という膨大な数に達する上、被上告人らのような加盟社は、自社の新聞の発行地域外においてほとんど取材拠点等を有しておらず、その全てについて裏付け取材を行うことは不可能に近いことに照らすと、加盟社が配信記事について独自に裏付け取材をすることは想定されていないことが明らかである。
 そうすると、Z通信社の加盟社は、自らの報道内容を充実させるためにZ通信社の社員となってその経営等に関与し、同社は加盟社のために、加盟社に代わって取材をし、記事を作成してこれを加盟社に配信し、加盟社は当該配信記事を原則としてそのまま掲載するという体制が構築されているということができ、Z通信社と加盟社は、記事の取材、作成、配信及び掲載という一連の過程において、報道主体としての一体性を有すると評価するのが相当である。他方、本件配信記事について、前記特段の事情があることはうかがわれない。したがって、Z通信社が本件配信記事に摘示された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるのであれば、加盟社である被上告人らが本件各紙掲載記事に摘示された事実を真実であると信ずるについても相当の理由があるというべきであって、被上告人らは本件各紙掲載記事の掲載について名誉毀損の不法行為責任を負わないというべきである。
6 原審の前記3(2)の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 金築誠志
 裁判官 宮川光治
 裁判官 櫻井龍子
 裁判官 横田尤孝
 裁判官 白木勇
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