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【事件名】立体商標“ゴルチエ・クラシック”事件(2)
【年月日】平成23年4月21日
 知財高裁 平成22年(行ケ)第10366号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成23年3月24日)

判決
原告 ボーテプレスティージュ アンテルナショナル
同訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳
同 古木睦美
被告 特許庁長官
同指定代理人 井出英一郎
同 野口美代子
同 豊田純一


主文
1 特許庁が不服2008−650143号事件について平成22年7月15日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、下記1の商標登録出願に対する下記2のとおりの手続において、原告の拒絶査定不服審判請求について特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には、下記4のとおりの取消事由があると主張して、その取消しを求める事案である。
1 本願商標(甲1、133、134、乙1、6の6)
 国際商標登録出願日(事後指定日):平成18年(2006年)4月28日
 出願番号:国際登録第600167号(マドリッド議定書による基礎登録:平成4年(1992年)11月5日、フランス)
 商標:別紙の立体商標
 指定商品:第3類「beauty products (cosmetics), soaps, perfumery, cosmetics」(美容製品、せっけん、香料類及び香水類、化粧品。ただし、平成20年(2008年)12月17日付け国際登録簿に記載された限定の通報によるもの)
2 特許庁における手続の経緯
(1) 拒絶査定及び審判請求
 拒絶査定日:平成20年6月27日付け(乙6の4)
 審判請求日:平成20年10月7日(不服2008−650143号事件。乙6の5)
(2) 審決
 審決日:平成22年7月15日
 審決の結論:本件審判の請求は、成り立たない
 審決謄本送達日:平成22年7月28日
3 本件審決の理由の要旨
 本件審決の理由は、要するに、本願商標は、商標法3条1項3号に該当し、同条2項の要件を具備していないとして、拒絶すべきである、というものである。
4 取消事由
(1) 商標法3条1項3号に該当するとした判断の誤り(取消事由1)
(2) 商標法3条2項に該当しないとした判断の誤り(取消事由2)
第3 当事者の主張
1 取消事由1(商標法3条1項3号に該当するとした判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 商標法3条1項3号の解釈
ア 商品の形状は、取引者・需要者の視覚に直接訴えるものであり、需要者は、多くの場合、まず当該商品の形状を見て商品を選択し、選別することは経験則上明らかである。商品の製造販売業者においては、当該商品の機能等から生ずる制約の中で、美感等の向上を図ると同時に、その採用した形状を手掛かりとして当該商品の次回以降の購入等に結びつける自他商品識別力を有するものとするべく商品形状に創意工夫を凝らしていることも周知である。一律に「容器の形状であるから、自他商品を識別する標識として採択されるものではない」とはいえない。本願の指定商品である化粧品等のような商品においては、商品の容器の形状に創意工夫を凝らすことにより他の商品との差別化を図り、需要者による再度の購入の動機付けをするために、容器の形状自体に出所識別機能を持たせることが意図されている。
 よって、「商品の包装の形状は、本来的(第一義的)には、商品の出所を表示し、自他商品を識別する標識として採択されるのではない」とした本件審決は、誤りである。
イ 商品の容器の形状に施された特徴的な変更、装飾等は、容器の機能又は美感を発揮させるのみならず、自他商品識別力を持たせるように意図されて付されているのであり、自他商品識別標識としても採択される。したがって、これに接する取引者・需要者は、単に当該商品の容器の形状を表示したものと認識するのではなく、出所識別標識として認識するのである。
ウ 容器の機能は、物を収納することであるから、容器には、商品を入れるための部分と入れた容器が漏れないようにするための蓋の部分とがある。そして、商品を入れるための部分の形状及び蓋の形状は、デザインを施すことにより、様々な形状をとり得る。
 よって、「容器等の形状は、同種の商品等にあってはその機能を果たすために原則的に同様の形状にならざるを得ない」とした本件審決は、デザインを施した特定の形状について論ずべきであるのに、敢えて、過度に一般化し、抽象的な容器の形状そのものに擦り替えて論ずるものであり、誤りである。
エ 商品は売るためのものであり、商品の容器の形状のデザインは、機能を害さずかつ美感を生じ需要者に再購入の動機付けをし、出所識別機能を果たすために行うものであり、機能や美感と関係のない形状は、商品の容器についてはあり得ない。現代美術などで、容器を奇妙にデザインしたようなものが出展されたりするが、それは、商品を収納し販売するための容器としての機能や美感と無関係に、美術品としてデザインしているのであり、商品の容器の形状ではない。
 よって、「商品等の形状と認識されるものからなる立体的形状をもって構成される商標については、…商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として登録を受けることができない」とした本件審決は、およそ商品の容器の形状は立体商標として登録を認めないというに等しく、誤りである。
(2) 本願商標と独占不適商標
 商標法3条1項3号に該当する商標の類型の1つは、取引に際し必要適切な表示として何人も使用を欲するもので、特定人による独占使用を認めるのを公益上適当としないもの(独占不適商標)であるが、本願商標は、以下のとおり、独占不適商標に該当するものでない。
ア 本願商標は、コルセットを着用した豊満な女性の胴体部(腿の付根から首の付根までの部分)の形状の容器部分と、該胴体部分の首の付根部から上に伸びた首部及び頭部に相当する金属性の蓋兼噴霧器部分とからなる。胴体部分は透明であるが、コルセットに相当する形状の部分がすりガラスになっており、半透明となっている。また、蓋部兼噴霧器部分は、金属製であり、蓋に相当する部分が、同じ直径の円盤を何枚も重ねたような形状をしており、それに続く噴霧器部分は、上端に押し下げ式レバーが付いており、これを押し下げると、首部と噴霧器部分の接する部分の板状の部材の後部の口より液体が噴霧される形状をしている。
イ 原告は、「JEAN PAUL GAULTIER」のブランドを有し、本願商標(上記ブランドに係る香水の容器の形状)は、平成5年の発売と同時にその独特なデザインにより一大センセーションを巻き起こし、大人気の商品となったのである。そして、日本でも平成6年の発売と同時に大きな話題となった。
ウ 本願商標は、原告において、著名なデザイナーであるジャン・ポール・ゴルチエを起用して開発したのであり、同人の創作に係るものである。
 そして、本願商標は、それまで何人も考えなかった、豊満な女性の胴体を容器の形状に採用し、しかもコルセットを装着した豊満な女性の胴体を容器の形状として採用したものであり、空前絶後であり、まさに独創的なものである。
 したがって、本願商標がオードトワレを始めとする指定商品の取引において独占不適商標に該当するものでないことは明白である。
(3) 本願商標の自他商品識別力
 商標法3条1項3号に該当する商標の類型の他の1つは、一般的に使用される標章であって自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであるが、本願商標は、以下のとおり、自他商品識別力を有する商標である。
ア 商標法3条1項3号との関係では、同号の「普通に用いられる方法で表示する標章」は、一般的に使用される標章であるか否かを判断すべきであり、具体的な形体として表わされた本願商標それ自体について見なければならないものであり、本願商標の指定商品の属する取引分野の取引の実情に基づいて判断すべきものである。
イ 本願商標は、上記Bアのとおりの形状をしている。
 香水や化粧品や石鹸等の容器として普通に用いられる形状は、円筒、直方体、楕円柱状あるいは水筒状の図形である。このような形状のものが多いのは、それが慣れ親しんでおり、違和感がないばかりでなく、製造も容易であるからである。
 本願商標のような、コルセットを付けた豊満な女性の胴体の形状は、ジャン・ポール・ゴルチエのような天才的なデザイナーにして初めて着想し得たものであり、それまで何人も着想しなかったものである。また、豊満な女性の胴体の形状で、かつコルセットに相当する部分をすりガラスにするということは、製造する上での困難性を伴う。
ウ したがって、本願商標の形状は、デザイン化が施されており、新規であり、十分特徴的であり、十分特異性のあるものであり、通常採用し得る範囲を超えているものである。よって、一般的に使用される標章ではない。
〔被告の主張〕
(1) 本願商標の構成
 本願商標は、女性の胴体部分を思わせるような形状とその上部に金属の蓋のような形状が一体となった立体形状である。
 そして、本願商標を子細に見れば、構成上部に金属製の蓋兼噴霧器とその下に女性の胴体部分をモチーフにデザイン化した形状からなるもので、これを横からみると、胴体部分は、人間の胸部に該当する部分に2つの突起を有し、そこから腹部に該当する部分にかけてくびれを有し、そこから下部にかけて、なだらかに膨らみを有した形状からなるものである。
 また、女性の胴体部分をモチーフにデザイン化した形状の部分は、その下部の一部すりガラス風の半透明となったややピンク色の部分が存在することにかんがみると、ガラス瓶の一形態と看取し得ることから、本願商標を構成全体としてみた場合、ガラス瓶すなわち物品の容器として認識されるものであり、かつ、その上部に蓋兼噴霧器が存在することから、液状の物品を収納する容器と認識されるものである。
(2) 本願商標の指定商品中の液状の物品の存在
 本願商標の指定商品中には、液状の商品、例えば「香水」や「化粧水」等の液体化粧品が含まれるものである。
(3) 本願商標の識別性
 本願商標は、その上部に蓋兼噴霧器を有するガラス瓶の一形態であり、液体等の内容物を収納する容器であると容易に理解させるものである。
 そして、本願の指定商品中には、例えば「香水」や「化粧水」等の液状の商品が存在することから、本願商標は、これらを収納する容器の一形態を表したと認識されるものであるから、これをその指定商品中、液状の商品、例えば「香水」や「化粧水」等に使用しても、取引者・需要者は、単に液状の商品を収納する容器と認識するにすぎないものと判断する。
(4) 本願商標とその指定商品中「香水」との関係
ア 本願商標の立体形状における特徴点は、構成上部に金属部分は蓋兼噴霧器を有すること及びボトルの形状が女性の胴体部分をモチーフとされていることの2点にある。
イ 香水に関する業界においては、香水の容器について、洗練されたデザインからなる多種多様な形状が、採択・使用され、構成上部に蓋兼噴霧器を有する立体形状からなるものも多数見受けられる(甲97、107、115〜117、乙2〜4)。
ウ また、本願商標のように、ボトルの形状が、人間等をモチーフとした容器も存在している(甲108、乙4)。
 さらに、商品「香水」は、一般の取引において、女性向けの商品と男性向け商品とが存在するところ、本願商標のような女性の胴体部分をモチーフにした香水瓶は、当該商品が、女性向け商品であることを表示している。
エ 上記のように、商品「香水」の容器の形状は、種々多様なものが採択・使用されている事実があり、また、形状に特徴的な変更、装飾等が施されていても、その業界において、同種の形状や装飾が採択されている事実をも見受けられること等にかんがみると、本願商標の立体形状における特徴は、その採択の意図が、自他商品の識別のために施されたものであるとしても、これに接する取引者・需要者は、それが、商品等の機能又は美感をより発揮させるために施されたものと理解し、当該商品等の形状を表示したものであると認識するにとどまる。
 よって、本願商標の立体的形状は、本件審決時を基準として、客観的にみれば、本願商標の立体形状が、多少特異なものであっても、いまだ商品等の形状を普通に用いられる方法で表示するものの域を出ないものであり、香水の容器の形状として、需要者において予測可能な範囲内のものというべきである。
 したがって、本願商標の立体形状は、自他商品の出所を表示する識別標識として機能しているものとはいえず、その立体商標の形状の全体を観察しても出所表示としての立体商標の識別力を有するものとは認められない。
(5) 小括
 以上からすると、本願商標は、これをその指定商品中「香水、化粧水」に使用しても、単に商品や商品の容器の形状を普通に用いられる方法で表した標章のみからなる商標にすぎないものであるから、商標法3条1項3項に該当する。
(6) 原告の主張に対する反論
ア 上記Dによれば、原告の本願商標の採択の意図が、美感や機能を高めるためではなく、その形状に自他商品識別力を持たせることを目的とするものであったとしても、そのことにより、本願商標の立体的形状が、「取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人による独占使用を認めるのを公益上適当としないもの」であり、「一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないもの」であるとの客観的な判断が左右されるものとはいえない。
イ 需要者において予測し得ないような斬新な形状であるか否かは、原告が当該形状を採用した時点ではなく、審決時を基準として判断すべきであって、原告以外の同業者が当該形状を現実に採用していないとしても、そのことから直ちに同形状が予測し得る範囲を超えるということはできないというべきである。
 また、現時点においては、本願商標に係る立体的形状のような香水瓶が、業界において使用されている(甲108、乙2〜4)。また、女性(の胴体)をモチーフにし得ることは、女性用の商品であることを容易に認識させることからすると、当該形状を原告に独占させることが公益に反しないとはいえない。
2 取消事由2(商標法3条2項に該当しないとした判断の誤り)について
〔原告の主張〕
 本願商標は、以下のとおり、需要者の間で周知である。
(1) 原告と本願商標に係る香水
 原告は、日本の資生堂のグループ会社であり、「JEAN PAUL GAULTIER」及び「ISSEY MIYAKE」の2つのブランドを有し、フランスに本社を置き、日本、ドイツ、スペイン、イタリア、ベルギー、オーストリア、オランダ、米国(マイアミ)及びシンガポールに子会社を有している。
 原告の「JEAN PAUL GAULTIER」(ジャンポール・ゴルチエ)ブランドの化粧品の中で、平成5年に本願商標の容器に入れて販売されたのが、JEAN PAUL GAULTIER “CLASSIQUE”(ジャンポール・ゴルチエ「クラシック」)又はFlacon Classique(フラコンクラシック)の香水である(甲2)。
(2) 本願商標の形状
 本願商標(香水の容器の形状)は、その独特なデザインにより一大センセーションを巻き起こして、大人気の商品となり、日本でも平成6年の発売と同時に大きな話題となった(甲108)。
 そして、そのボトルの形状は未だにそのデザインにより多くの人を魅了している(甲109)。さらに本願商標のコルセットを装着した豊満な女性の胴体の状の容器が、その顕著性により周知となっている(甲114)。
(3) 広告宣伝
 本願商標に係る容器の形状が、原告の製造販売に係る化粧品の容器のデザインであることが需要者・取引者に広く知られている(甲115〜117)。また、本願商標に係るオードトワレ、香水の平成6年の日本における販売開始とともに、本願商標を大きく表示した全頁広告や本願商標を表示した指定商品の広告がファッション志向の雑誌(甲4〜107、120)に大々的にかつ頻繁に取り上げられていることからも明らかである。
(4) 売上高
 本願商標に係るオードトワレ及び香水は、原告により平成5年に売り出され、日本での最近の4年の売上げは、年間4000ないし5000万円、世界では年間44から48億円である。
(5) 小括
 このように、本願商標は、原告の製造販売に係るジャンポール・ゴルチエ「クラシック」という香水の容器として、その独特の形状をもって我が国において周知である。よって、本願商標は、もともと識別力があるのであり、原告が長年その販売に係る香水に使用してきたことにより周知である。
(6) 外国での登録
 なお、本願商標に係る立体的形状は、フランスを始めとする複数の国で登録されている(甲121〜132)。
〔被告の主張〕
(1) 商標法3条2項の要件について
 商標法3条2項の趣旨に照らすと、同条項によって商標登録が認められるためには、以下の要件を全て具備することが必要であると解される。
ア 実際に使用している商標が、判断時である審決時において、取引者・需要者において何人の業務に係る商品であるかを認識することができるものと認められること。
イ 出願商標と実際に使用している商標の同一性が認められること。
ウ 商標及び指定商品は、使用に係る商標及び商品と同一であること。
(2) 本願商標の商標法3条2項該当性について
ア 本願商標が本件審決時において使用されていたのかも明確ではなく、また、販売地や販売地域も明確ではない。また、販売数量も不明であり、市場占有率も決して高いとはいえず、広告については、雑誌が中心で、その他のテレビ等のCMが使用された等の事実もなく、かつ、宣伝広告費も不明である。さらに、本願商標と特徴が似る他人の香水瓶が存在する。
 そうすると、本願商標に係る雑誌等における広告記事に接した香水に関心のある需要者においては、その容器の形状は、有名なデザイナーであるジャン・ポール・ゴルチエによってデザインされたものと理解するとしても、商品「香水」の一般的な需要者が、本願商標の立体形状が、ジャン・ポール・ゴルチエによってデザインされたものと理解するとはいえないものであり、ましてや、原告の出所に係る商品であると、認識し得るものではない。
 よって、本願商標が、香水の容器のデザインという理解を超えて、商品の出所を表示し、自他商品の識別標識として認識されるとはいい難いものである。
 したがって、本願商標が、使用により出所表示としての立体商標の自他商品識別力を有するに至っているとはいえない。
イ 本願商標の立体形状と雑誌等に掲載された使用商標の立体形状は、ほぼ同一といえるが、原告が提出する証拠の内容は、指定商品中の「perfumery」に含まれる「香水(perfume)」に関するもののみに限られ、その他の商品については、何ら主張及び立証されていないから、商標及び指定商品は、使用に係る商標及び商品と同一であるとはいえない。
(3) 小括
 以上からすると、本願商標は、上記(1)イの要件は満たしているが、同ア及びウの要件を満たしているとはいえず、使用により識別力を有するに至った商標と認めることができない。
 このように、本願商標がその指定商品に長年使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるようになったものと認めることはできないから、本願商標は、商標法3条2項の要件を具備するものとはいえない。
(4) 原告の主張に対する反論
 上記(2)アのとおり、本願商標が、香水の容器として、その独特な形状をもって、我が国において周知であるとは判断できないものであり、かつ、原告の使用に係る商標として周知性を有するものであるともいえない。
 その他、本願商標が他国で登録されていることをもって、日本国内において、使用により自他商品識別力を有すると判断しなければならない理由はない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法3条1項3号に該当するとした判断の誤り)について
(1) 商標法3条と立体商標における商品等の形状
ア 商標法3条1項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状(包装の形状を含む。)、価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができない旨を規定し、同条2項は、「前項3号から5号までに該当する商標であっても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる」旨を規定している。その趣旨は、同条1項3号に該当する商標は、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものとして、商標登録の要件を欠くが、使用をされた結果、自他商品識別力を有するに至った場合に商標登録を認めることとしたものである。
 商標法は、商標登録を受けようとする商標が、立体的形状(文字、図形、記号若しくは色彩又はこれらの結合との結合を含む。)からなる場合についても、所定の要件を満たす限り、登録を受けることができる旨規定するが(同法2条1項、5条2項)、同法4条1項18号において、「商品又は商品の包装の形状であって、その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」は、同法3条の規定にかかわらず商標登録を受けることができない旨を規定していることに照らすと、商品及び商品の包装の立体的形状のうち、その機能を確保するために不可欠な立体的形状については、特定の者に独占させることを許さないものとしたものと解される。
イ 商品及び商品の包装の形状は、多くの場合、商品等に期待される機能をより効果的に発揮させたり、商品等の美感をより優れたものとする等の目的で選択されるものであって、直ちに商品の出所を表示し、自他商品を識別する標識として用いられるものではない。このように、商品等の製造者、供給者の観点からすれば、商品等の形状は、多くの場合、それ自体において出所表示機能ないし自他商品識別機能を有するもの、すなわち、商標としての機能を果たすものとして採用するものとはいえない。また、商品等の形状を見る需要者の観点からしても、商品等の形状は、文字、図形、記号等により平面的に表示される標章とは異なり、商品の機能や美感を際立たせるために選択されたものと認識するのであって、商品等の出所を表示し、自他商品を識別するために選択されたものと認識する場合は多くない。
 そうすると、客観的に見て、商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されると認められる商品等の形状は、特段の事情のない限り、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として、商標法3条1項3号に該当することになる。
 また、商品等の機能又は美感に資することを目的とする形状は、同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから、先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定人に独占使用を認めることは、公益上適当でない。
 よって、当該商品の用途、性質等に基づく制約の下で、同種の商品等について、機能又は美感に資することを目的とする形状の選択であると予測し得る範囲のものであれば、当該形状が特徴を有していたとしても、同号に該当するものというべきである。
ウ 他方、商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない立体的形状については、それが商品等の機能を効果的に発揮させ、商品等の美感を追求する目的により選択される形状であったとしても、商品等の出所を表示し、自他商品を識別する標識として用いられ、又は使用をされた結果、その形状が自他商品識別力を獲得した場合には、商標登録を受けることができるものとされている(商標法3条2項)。
(2) 本願商標の商標法3条1項3号該当性
ア 本願商標の構成
 本願商標は、別紙のとおりの構成からなるものである。そして、商標に関する記述(Description of the mark)として、「Bottle resembling a naked female body;side and 3/4 view(裸の女性の体に似たボトルで、側面から見たもの及び真正面(180度)から3/4角度をずらした方向から見たもの)との記載があり、色彩に係る主張(colors)として、「silver cap, partly transparent or translucent lightly-tinged pink bottle(銀色のキャップ及び部分的に透明又は半透明でわずかにピンク色の付いたボトル)との記載がある(甲134、乙1)。
 これによれば、本願商標は、指定商品である香水等の容器(包装容器)の立体的形状に係るものであり、その形状は、上部に蓋兼噴霧器の用途を有するキャップと、その下に女性の胴体部分をモチーフにデザイン化した形状の容器部分たるボトルからなるものである。
 そして、その蓋部兼噴霧器部分のうち、蓋に相当する部分が、同径の円盤を何枚も重ねたような形状をしており、それに続く噴霧器部分は、上端に押し下げ式レバーが付いている。その容器部分は、女性の胸部に該当する部分に2つの突起を有し、そこから腹部に該当する部分にかけてくびれを有し、そこから下部にかけて、なだらかに膨らみを有した形状からなり、下部に一部すりガラス風の半透明となった部分が存在する。
 上部の蓋部兼噴霧器部分は、銀色であり、下部の容器部分は、部分的に透明又は半透明で、2つの突起部分が茶色がかっており、薄ピンク色のボトルである(甲1、134)。
イ 本願商標の創作
 本願商標の形状は、デザイナーであるジャン・ポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)が香水の容器として、女性の身体のラインをイメージしてデザインしたものである(甲108、弁論の全趣旨)。
ウ 香水の容器の形状
 本願の指定商品の1つである香水等の容器には、洗練されたデザインからなる多種多様な形状があるところ、上部に蓋兼噴霧器を有する立体形状からなるものが多い(甲97、107、115〜117、乙2〜4)。また、その下の容器部分の形状が、人間の身体等をモチーフとした容器として、原告の販売に係るJEAN−PAUL GAULTIER LE MALEのほか、クロード・モンタナ、ヒーローズ ウォモ EDT・SP、ジュット デ スキャパレリ EDP・SP、ダリフローレ EDT・SP、エビータ EDP・SP、サイレン EDP・SP、ドーリーガール EDT・SP等が存在する(甲108、乙4)。
 もっとも、女性の身体をモチーフとした香水の容器の中でも、本願商標のような、女性の胸部に該当する部分に2つの突起を有し、そこから腹部に該当する部分にかけてくびれを有し、そこから下部にかけて、なだらかに膨らみを有した容器の形状を有するものは、他に見当たらない。
エ 前記アないしウによれば、本願商標の立体的形状のうち、上部の蓋部兼噴霧器部分は、液体である香水を収納し、これを取り出すという容器の基本的な形状であって、スプレーという機能をより効果的に発揮させるものであり、その下の容器部分の形状は、容器の輪郭の美感をより優れたものにするためのものであることが認められる。なお、本願商標に係る立体的形状は、一定の特徴を有するものではあるが、女性の身体をモチーフした香水の容器は、他にもあり、香水の容器において通常採用されている形状の範囲を大きく超えるものとまでは認められない。
 そうすると、本願商標の立体的形状は、本件審決時を基準として客観的に見れば、香水の容器について、機能又は美感に資することを目的として採用されたものと認められ、また、香水の容器の形状として、需要者において、機能又は美感に資することを目的とする形状と予測し得る範囲のものであるから、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として、商標法3条1項3号に該当するというべきである。
(3) 原告の主張について
 原告は、本願商標のような形状は、それまで何人も着想しなかったものであり、また、製造する上での困難性を伴うから、一般的に使用されるものではなく、自他商品識別力を有すると主張する。
 しかし、原告の主観的な意図が、本願商標の形状に自他商品識別力を持たせることを目的とするものであったとしても、そのことにより、本願商標の立体的形状が有する客観的な性質に関する判断が左右されるものではない。また、製造上の困難性を認めるに足りる証拠はない上、前記Bのとおり、本件審決の時点で、現に、人間の身体等をモチーフとした香水が他にも相当数存在し、女性の身体をモチーフとした香水の容器も存在することに照らすと、本願商標の形状が予測し得る範囲を超えるということはできない。
(4) 小括
 以上によれば、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(商標法3条2項に該当しないとした判断の誤り)について
(1) 商標法3条2項の趣旨
 前記1のとおり、商標法3条2項は、商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても、使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には、商標登録を受けることができることを規定している。
 そして、立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは、@当該商標の形状及び当該形状に類似した他の商品等の存否、A当該商標が使用された期間、商品の販売数量、広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情を総合考慮して判断すべきである。
 なお、使用に係る商標ないし商品等の形状は、原則として、出願に係る商標と実質的に同一であり、指定商品に属する商品であることを要するが、機能を維持するため又は新商品の販売のため、商品等の形状を変更することもあり得ることに照らすと、使用に係る商品等の立体的形状が、出願に係る商標の形状と僅かな相違が存在しても、なお、立体的形状が需要者の目につきやすく、強い印象を与えるものであったか等を総合勘案した上で、立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。
(2) 本願商標の商標法3条2項該当性
ア 商標の形状及び当該形状に類似した他の商品等の存否
(ア) 前記1のとおり、本願商標は、指定商品である香水等の容器(包装容器)の立体的形状に係るものであり、その形状は、上部に蓋兼噴霧器としてのキャップと、その下に女性の胴体部分をモチーフにデザイン化した形状の容器部分たるボトルからなり、女性の身体のラインをイメージしてデザインされたものである。本願の指定商品の1つである香水等の容器としては、洗練されたデザインからなる多種多様な形状があるところ、上部に蓋兼噴霧器を有する立体形状からなるものが多く、容器部分の形状が、人間等をモチーフとした容器も存在する。本願商標は、香水の容器の形状として通常採用されている範囲を大きく超えるものとまでは認められず、需要者において予測可能な範囲内のものというべきであることは、前記1のとおりであるが、女性の身体をモチーフとした香水の容器の中でも、本願商標のような人間の胸部に該当する部分に2つの突起を有し、そこから腹部に該当する部分にかけてくびれを有し、そこから下部にかけて、なだらかに膨らみを有した形状は、他に見当たらない。
(イ) そして、本願商標に係る香水(ジャンポール・ゴルチエ「クラシック」)が販売開始された平成5ないし6年以降、そのパッケージデザインないしボトルデザインについて、斬新、インパクト、刺激的、大胆で挑発的、ユニークで優美、規範に捉われることなく逆に新しいルールを作り出してしまう、神秘的だが同時に生きているような現実感があるといった評価が雑誌等に数多く採り上げられ、今日に至っている(甲6〜8、25、26、32、35、50〜58、108〜110)。
(ウ) このように、本願商標の立体的形状は、一定の特異性を有しているということができ、その立体的形状が需要者の目につきやすく、強い印象を与えるものである。
イ 使用の実情
(ア) 原告は、フランスに本社を置く化粧品会社であり、資生堂のグループ会社である(甲2、3)。原告は、「JEAN PAUL GAULTIER」(ジャンポール・ゴルチエ)という香水のブランドを有している。
(イ) 原告は、平成5年、本願商標に係る立体的形状の容器に入れた香水JEAN PAUL GAULTIER “Classique”(ジャンポール・ゴルチエ「クラシック」)の販売を開始し、我が国においても、平成6年に販売を開始して、本件審決時まで販売を継続している(甲135、弁論の全趣旨)。
 我が国におけるジャンポール・ゴルチエ「クラシック」の売上高は、平成16年以降、年間4500万円から5800万円程度である(甲135)。
(ウ) ジャンポール・ゴルチエ「クラシック」は、たびたび香水専門誌やファッション雑誌等に掲載され紹介されたり、広告されたりしている(甲4〜107、115〜117、120)。
(エ) 我が国で販売され、雑誌等に掲載されたジャンポール・ゴルチエ「クラシック」の形状は、本願商標とはごく僅かな形状の相違が存在するものもあるが、実質的にみてほぼ同一の形状である。
 なお、その容器部分の色彩については、オレンジ色等、本願商標と同一ではない色彩によるものや、衣装を思わせる装飾を施したものもあるが(甲11、24、40、53、57、58、60、63、68、75、81、83、99、115、117)、使用された商品の形状と本願商標の立体的形状とがほぼ同一であることは、被告の自認するところである。
ウ 上記のとおり、本願商標の容器部分が女性の身体の形状をモチーフにしており、女性の胸部に該当する部分に2つの突起を有し、そこから腹部に該当する部分にかけてくびれを有し、そこから下部にかけて、なだらかに膨らみを有した形状の容器は、他に見当たらない特異性を有することからすると、本願商標の立体的形状は、需要者の目につきやすく、強い印象を与えるものであって、平成6年以降15年以上にわたって販売され、香水専門誌やファッション雑誌等に掲載されて使用をされてきたことに照らすと、本願商標の立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っており、香水等の取引者・需要者がこれをみれば、原告の販売に係る香水等であることを識別することができるといって差し支えない。
 以上の諸事情を総合すれば、本願商標は、指定商品に使用された場合、原告の販売に係る商品であることを認識することができ、商標法3条2項の要件を充足するというべきである。
(3) 被告の主張について
ア 被告は、原告が、本願商標は商標法3条1項3号に該当する商標ではないから、本件審決における同条2項の解釈適用の誤りは論ずる必要性がないと述べた旨主張する。
 しかしながら、本件審決が同条2項についても判断したのに対し、原告も、本件審決の同条2項の解釈適用は誤りであるとして、本願商標が周知である旨主張し、被告も、その主張に対して反論していることにかんがみ、以下、同条2項に該当しないとした判断の誤りの有無を判断する。
イ 被告は、本願商標に係る香水の販売地や販売地域、販売数量や宣伝広告費が不明で、市場占有率も高くないから、香水の一般的な需要者が、本願商標が、原告の出所に係る商品であると認識し得るものではないと主張する。
 しかしながら、販売地域、販売数量や宣伝広告費等が明らかにされることが望ましいものの、それらが必ずしも明らかではないとしても、その形状の特徴から自他商品識別力を獲得することはあり得るし、香水は安価な日用品とは異なるものであり、香水専門誌やファッション雑誌等による宣伝広告をみた需要者は、その特徴的な容器の形状から、原告の出所に係る商品であることを認識し得るということができる。
ウ 被告は、原告が提出する証拠の内容は、香水に関するもののみに限られ、その他の商品については、何ら主張及び立証されていないなどとして、本願商標は、使用により識別力を有するに至った商標と認めることができないと主張する。
 しかしながら、原告は、平成20年(2008年)12月17日付け国際登録簿に記載された限定の通報により、当初の指定商品から、第3類「Bleaching preparations and other substances for laundry use; cleaning, polishing, scouring and abrasive preparations; essential oils, hair lotions; dentifrices.」(洗濯用漂白剤その他の洗濯用剤、清浄剤、つや出し剤、擦り磨き剤及び研磨剤、精油、ヘアーローション、歯磨き)を削除し、「beauty products (cosmetics), soaps, perfumery, cosmetics」(美容製品、せっけん、香料類及び香水類、化粧品)に限定したものである。
 そして、原告は、「ジャンポール・ゴルチエ」ブランドのパフュームド バスアンドシャワージェル、パフュームド ボディーローションやパフュームド ボディークリームを販売し(甲83、106、116)、ジャンポール・ゴルチエ「クラシック」のオードトワレとバスアンドシャワージェルやボディーローションとをセット商品として販売するなど(甲76〜78、90、91、101〜103、105)、香水と、それ以外の本願の指定商品(美容製品、せっけん、香料類及び化粧品)とは、極めて密接な関連を有し、取引者や需要者も共通している。
 そうすると、本願商標が香水について自他商品識別力を有するに至った結果、これと極めて密接な関係にある化粧品等の本願の前記限定された指定商品に、本願商標が使用された場合にも、香水に係る取引者・需要者と重なる上記指定商品の取引者・需要者において、上記商品が香水に係る「ジャンポール・ゴルチエ」ブランドを販売する原告の販売に係る商品であることを認識することができるというべきである。
(4) 小括
 したがって、取消事由2は理由がある。
3 結論
 以上の次第であるから、原告の請求は認容されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 部眞規子
 裁判官 井上泰人


(別紙)本願商標 商標イメージ省略
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