判例全文 | ||
【事件名】「ストリートビュー」プライバシー権侵害事件 【年月日】平成23年3月16日 福岡地裁 平成22年(ワ)第4971号 個人情報漏洩損害賠償請求事件 判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は原告に対し、60万円を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が被告によって、原告の住居のベランダに干してあった洗濯物を盗撮されたことにより、精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。 1 争いのない事実等 以下の事実は、当事者間に争いがないか、主に各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。 (1) 原告は、遅くとも平成19年5月16日には福岡市から障害等級2級の等級認定を受け、従前からA病院精神神経科で受診して加療を受けており、平成22年6月下旬以降は「軽度精神遅滞、強迫性障害」でB診療所に通院して加療を受けている。(甲1、同23、弁論の全趣旨) (2) 原告は平成22年3月下旬ころまで、福岡市a区内のCアパートb号室(以下「本件居室」という。)に居住していた。 (弁論の全趣旨) (3) 被告の親会社である米国法人Dは、平成21年12月以降、「ストリートビュー」と題する、特定の地域において地図上のある地点の様子を写真で見ることができるサービスを、福岡についてもインターネット上で提供している。(乙1) (4) 原告は平成22年3月末頃、ストリートビューで本件居室のベランダが撮影され、インターネット上で公開されていることを発見した。(以下インターネット上で公開されている上記画像を「本件画像」という。甲2、弁論の全趣旨) 2 争点及びこれに対する当事者の主張 (1) 被告の行為によって、原告の権利又は法律上保護される利益が侵害されたか。(争点1) (原告の主張) ア 原告が本件居室のベランダに洋服や下着を干していたところ、被告が原告に無断で本件画像を撮影し、それをインターネット上で発信したことにより、原告のプライバシー権(憲法13条)が侵害された。 イ 被告の上記行為は、個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)16条、18条、21条、22条、24条、29条等に違反している。 ウ 被告は私有地から本件画像を撮影したものである。 (被告の主張) 本件画像からは、そこに写っている物が下着ないし洗濯物であるとは分からず、かつ、原告の所有する物であることも分からない。 そして、被告は本件画像を公道から撮影しており、原告が自ら公衆の目に触れる場所に下着ないし洗濯物とされるものを干したという事情も併せ考慮すれば、本件画像がインターネット上に発信されたことにより原告のプライバシー権が侵害されたとはいえない。 (2) (仮に上記侵害があったとして)原告に発生した損害及びその額(争点2) (原告の主張) 被告の不法行為が判明してから、原告の既往症である強迫神経症及び知的障害が悪化した。原告は、いつも自宅を盗撮されているという不安から恐怖がぬぐいきれず、住居も転居せざるを得なかった。原告の被った損害は以下のとおりである。 ア 慰謝料150万円 イ 通院費用75万円 ウ 転居費用75万円 本件訴訟では上記合計300万円のうち、一部である60万円を請求する。 (被告の主張) 本件画像がインターネット上で閲覧可能となった時期よりも前に原告は障害2級の認定を受けて継続的に外来診療を受けており、本件画像の公開前後を通じて、原告の病状に特段の変化はなく、本件画像の公開に起因する特段の損害は生じていない。 第3 争点に対する判断 1 認定事実 証拠(括弧内に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。 (1) 原告は本件居室に居住していた頃、ベランダに洗濯物を干していたところ、被告は公道であるc号線上を走行する撮影車から撮影し、遅くとも平成22年3月上旬までに、本件画像をストリートビューのサービスとしてインターネット上で公開した。(甲35、乙3、同4。枝番号含む) (2) 被告は、一般人から画像の公開停止依頼を受けた場合にはこれを削除することとしており、本件画像についても平成22年11月12日に本件訴訟の訴状の送達を受けた後、公開停止の措置をとった。 (甲22、乙2、顕著な事実) 2 争点に対する判断 (1) 争点1(原告の権利又は法律上保護すべき利益が侵害されたか)について 原告は、本件居室のある建物の敷地前の公道は道幅が狭いことから、その路上で本件画像を撮影することはできないなどとして、被告が本件画像を私道上から撮影した旨主張するが、証拠(乙4の1及び2)によれば、上記認定のとおり、公道上から撮影したことが明らかに認められるのであって、その主張は採用できない。 そして、本件画像によれば、本件住居のベランダに洗濯物らしきものが掛けてあることは判別できるものの、それが何であるかは判別できないし、もとより、それがその居住者のものであろうことは推測できるものの、原告個人を特定するまでには至らない。 そして、元来、当該位置にこれを掛けておけば、公道上を通行する者からは目視できるものであること、本件画像の解像度が目視の次元とは異なる特に高精細なものであるといった事情もないことをも考慮すれば、被告が本件画像を撮影し、これをインターネット上で発信することは、未だ原告が受忍すべき限度の範囲内にとどまるというべきであり、原告のプライバシー権が侵害されたとはいうことができない。したがって、本件においては、不法行為の要件である、権利又は法律上保護すべき利益の侵害が認められないというべきである。 なお、原告は被告の行為が個人情報保護法の諸規定に違反するとも主張するが、同法にいう個人情報とは「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」をいうところ(同法2条1項)、上記判示のとおり、本件画像の内容に鑑みれば、せいぜい洗濯物が干してあり、誰かが同居室に住んでいることが分かるといった程度の情報にすぎないから、上記個人情報に当たるといえるか疑問であるし、仮にこれに当たるとしても、上記認定の事実からすれば、原告との関係で、その情報取得の態様、取扱いの方法、管理の態様等が個人情報保護法の諸規定に違反して違法であるとは到底言えない。 したがって、いずれにしても原告の主張は採用できない。 第4 結論 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 福岡地方裁判所第3民事部 裁判官 松永栄治 |
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