判例全文 line
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【事件名】経営戦略書の職務著作事件(2)
【年月日】平成23年3月10日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10081号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第35335号)
 (口頭弁論終結日 平成23年2月17日)

判決
控訴人 株式会社川原経営総合センター
同訴訟代理人弁護士 沼田安弘
同 石山卓磨
同 宮之原陽一
同 中村正利
同 倉本義之
同 菊地和加子
同 森田健介
同 沼田美穂
被控訴人 Y
同訴訟代理人弁護士 毛受久
同 太田純
同 小林裕紀


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙書籍目録記載の書籍を出版、販売、頒布してはならない。
3 被控訴人は、その占有に係る原判決別紙書籍目録記載の書籍を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、671万円及びこれに対する平成20年12月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本判決の略称は、「各執筆担当従業員」を「各執筆担当者」に改め、「(仮題)病院の新経営管理項目読本」と題する書籍原稿(甲1。ただし、Aが執筆した「第5編 院内IT化と情報管理・プライバシー保護」の部分は除く。)を「本件著作物」と、アーバンプロデュースによる病院の経営管理に関する書籍の執筆依頼を「本件執筆依頼」といい、原判決の「本件書籍」を、特に断らない限り「本件著作物」と読み替えるほかは、当事者の呼称を含め、審級に応じて読み替え、改めるほかは、原判決に従う。
2 本件は、控訴人が、本件著作物について著作権法15条1項(職務著作)に基づき著作権を有すると主張し、被控訴人が本件著作物に依拠して被控訴人書籍を作成し、出版、販売及び頒布する行為が、控訴人の本件著作物の複製権を侵害するとして、同法112条1項に基づき被控訴人書籍の出版、販売及び頒布の差止め並びにその廃棄を求め、また、不法行為に基づく損害賠償として、671万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年12月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原判決は、本件執筆依頼は、被控訴人書籍を出版したアーバンプロデュースから控訴人に対してされたものと認めることはできず、かえって、アーバンプロデュースから被控訴人個人に対して依頼されたものであり、各執筆担当者は被控訴人からの個人的な依頼に基づき執筆を行ったものと認めるのが相当であるから、本件執筆依頼の以上のような執筆過程で作成された本件著作物は、控訴人の発意に基づき、職務上作成されたものであるということはできず、したがって、本件著作物は、職務著作としての要件を満たさず、控訴人の著作物とは認められないとして、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が、これを不服として控訴に及んだ。
3 前提となる事実
 控訴人の本件請求について判断する前提となる事実は、次のとおり訂正するほかは、原判決2頁16行目から3頁13行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決2頁26行目の「書籍の執筆を依頼した(以下、アーバンプロデュースが被告に執筆を依頼したこの書籍のことを、「本件書籍」という。)。」を「書籍の執筆を依頼した(本件執筆依頼)。」に改める。
(2) 原判決3頁6行目及び同12行目の「本件書籍」を、それぞれ「本件執筆依頼に係る書籍」に改める。
4 本件訴訟の争点
(1) 本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当するか
(2) 被控訴人が本件著作物に依拠して被控訴人書籍を作成したか
(3) 控訴人の損害
第3 当事者の主張
1 原審における主張
 当事者の原審における主張は、次のとおり訂正するほかは、原判決3頁15行目から8頁16行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決3頁22行目の「書籍(本件書籍)の執筆依頼を受けた。」を「書籍の執筆依頼を受けた(本件執筆依頼)。」に改める。
(2) 原判決5頁11行目の「本件書籍のような」を「本件執筆依頼に係る」に改める。
(3) 原判決5頁18行目、同6頁4行目、同5行目、同16行目、同7頁22行目の「本件書籍」を、それぞれ「本件執筆依頼に係る書籍」に改める。
(4) 原判決6頁11行目の「本件書籍の執筆依頼」を「本件執筆依頼」に改める。
(5) 原判決7頁5行目の「本件書籍」を「本件執筆依頼」に改める。
2 当審における主張
 当事者の当審における主張は、争点(1)(本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当するか)について、それぞれ、原審における主張を以下のとおり補充するものである。
〔控訴人の主張〕
(1) 本件執筆依頼について
 原判決は、本件執筆依頼が被控訴人個人に対する依頼に基づくものであるとする根拠として、@アーバンプロデュースと連絡を取っていたのが被控訴人だけであり、控訴人において業務依頼書等も作成されていないこと、A平成16年1月に開催された、控訴人の医療経営指導部の部会において、部長である被控訴人から、部下に対し、本件執筆依頼について説明があった旨のBの原審供述及びC(以下「C」という。)の陳述書の記載には、客観的裏付けがないこと、B各執筆担当者が控訴人を退職後、執筆作業について他の控訴人従業員に命じられたことはなく、その後の取扱いも定められていないこと、C被控訴人書籍と同一シリーズの書籍は、いずれも個人の著作名義で公表されていること、D本件執筆依頼に係る書籍が最終的に被控訴人名義で公表され、原稿料も被控訴人個人に対して支払われていることを指摘する。
 もっとも、上記各事情は、以下のとおり、いずれも本件著作物の職務著作該当性を否定する根拠ということはできず、原判決は、会社と従業員との間の著作権の帰属問題について、「依頼の窓口」を重視して安易に被控訴人に帰属すると断定する一方で、現実に控訴人の多数の従業員が時間と労力をかけて執筆に従事した事実を著しく軽視したものというべきであって、不当である。
ア @について
 本件執筆依頼は、アーバンプロデュースから被控訴人に対して連絡があったことが契機となったものであり、アーバンプロデュースと面識のある被控訴人が控訴人の窓口となり、連絡担当者とされたものであるから、他の従業員がアーバンプロデュースと連絡を取らなかったとしても、不自然ではない。また、Bは、被控訴人が退職する直前、被控訴人から、本件執筆依頼に係る書籍を出版することができなくなった旨を聞かされているから、それ以降、控訴人がアーバンプロデュースに対して連絡を取らなかったことも、不合理とはいえない。
 また、そもそも、控訴人において、業務依頼書等は、業務終了前に必ずしも作成されていたわけではなく、口頭による依頼のまま業務を行うこともあったものである。本件執筆依頼についても、業務依頼書等が作成されないまま業務が進められたが、結果的に、執筆業務が完了する前に中止されてしまったのである。
イ Aについて
 部会の議事録は、常に全ての議題を記載しているわけではなく、本件執筆依頼に関する記載がないことを過大視すべきではない。
ウ Bについて
 各執筆担当者の原稿と、被控訴人書籍とは、単にレイアウトを修正した程度で、内容における変更はないから、各執筆担当者が退職した時点で、原稿はほぼ完成していたものということができる。また、仕上げは被控訴人が行うものとされていたのであるから、その段階で新たに後任者を定める必要性はなかったものである。
エ Cについて
 被控訴人書籍と同一のシリーズ(チェックリストシリーズ)のほとんどは、執筆者が会社の肩書付きで表記され、連絡先も会社とされており、法人収入として原稿料が支払われた執筆者もいる。アーバンプロデュースは、売上げ増を企図して執筆者の個人名を表示する方針を採用していたようであるが、そのこと自体は、本件執筆依頼が被控訴人個人に対する依頼であることを裏付けるものではない。
オ Dについて
 本件著作物が職務著作に該当するか否かについては、各執筆担当者が、控訴人の意思決定に従って執筆したか否かを重視して判断すべきであって、アーバンプロデュースの認識を過大視することはできない。
(2) 被控訴人の供述の信用性について
 原判決は、原審における被控訴人本人尋問の供述について信用性を肯定するが、被控訴人の供述は不自然・不合理な点が多く、信用性を欠くものである。
ア 被控訴人は、控訴人に在籍中でありながら、多数の個人執筆を行っていることについて、控訴人の先代社長から了承を得ていたなどと供述する。しかしながら、控訴人の従業員を用いて本件執筆依頼に係る書籍を執筆することについて、個別の了承を得ているものではないし、少なくとも新社長が就任した平成17年5月以降の個人執筆については、改めて新社長に対する報告、了承が当然に必要であったはずである。
イ 本件著作物の各執筆担当者の打合せ議事録(甲6の3)には、各執筆担当者が本件著作物の執筆を控訴人の業務として認識している旨の記載があるから、各執筆担当者は、本件著作物の執筆は、被控訴人個人からの依頼ではなく、控訴人の業務として依頼されたものと認識していたというべきである。同議事録に関する被控訴人の供述はあいまいであって、信用性に乏しいものというほかない。
ウ 被控訴人は、平成18年1月16日にアーバンプロデュースを訪問した際の交通費について、精算請求書(甲8の4)を作成しているが、被控訴人は、アーバンプロデュースを初めて訪問したのは同年8月21日ころであって、同請求書の記載は誤記であるなどと述べる。しかしながら、被控訴人は、誤記の理由について合理的な説明をしておらず、平成18年1月16日には、既にアーバンプロデュースを訪問していたものというべきである。なお、仮に誤記であるならば、その事実は、被控訴人が当時、控訴人の業務に係る書類を正確に作成していなかったことを裏付けるものであり、本件執筆依頼に係る業務依頼書等が作成されていないことも、同様の理由によるものといえる。
(3) 被控訴人の退職と被控訴人書籍出版の時期とについて
 被控訴人は、アーバンプロデュースからの依頼があった当初、本件執筆依頼に係る書籍は平成17年の初めころに出版される予定であったと述べるほか、控訴人の先代社長が亡くなったことから、控訴人を退職することを決意したとも述べる。
 平成17年の初めころには、先代社長は近い将来、死亡することが予期されていたから、被控訴人は、そのころから、控訴人を退職することを想定し、退職の際に本件著作物を持ち出すことを計画して、当初予定されていた出版時期を徒過した後も、あえて出版を遅らせていたものと推測される。
 だからこそ、被控訴人が控訴人を退職した平成18年8月末から間がない平成19年2月ころ、被控訴人書籍が出版されたものということができる。
(4) 各執筆担当者が執筆協力者であるとの主張について
ア 被控訴人は、控訴人において、約30名の部下を統括する取締役であったから、被控訴人が、入社1ないし3年程度の若手の部下に対し、有償で執筆協力を求めたとの説明自体、不自然であるし、A以外には対価を支払っていない点について、被控訴人は合理的な説明をしない。
 先に指摘したとおり、本件著作物と被控訴人書籍とは、異なる部分はほとんど存在しないほど類似するものであるし、被控訴人書籍のうち、A担当分は、他の部分と比較して、むしろ内容に乏しいものであるから、被控訴人書籍のうち、同部分を除いた本件著作物につき、各執筆担当者が提出した原稿が不十分であったという被控訴人の説明は不自然である。
イ 仮に、被控訴人が、各執筆担当者を控訴人の従業員として用いたのではなく、業務を離れて個人的に執筆協力を依頼したのであれば、各執筆担当者が退職後も、引き続き執筆を行うはずであるが、いずれの退職者も、執筆作業を継続しなかったのみならず、被控訴人に対し、原稿料の請求すらしていない。かかる事実は、本件著作物の執筆が、控訴人の業務として行われたからにほかならない。
ウ 被控訴人は、本件執筆依頼に係る原稿料が120万円であること、6等分した20万円が1人当たりの金額となることを明示して、協力を依頼したとするが、これは、Aの説明と合致しないものである。被控訴人がアーバンプロデュースに対し、本件執筆依頼について承諾したとされる時期についても、被控訴人とAの説明は整合しないものである。
(5) 小括
 以上からすると、本件執筆依頼について、被控訴人個人が依頼を受け、控訴人の従業員は執筆担当者として被控訴人に協力したにすぎないとの原判決の事実認定は誤りであるというべきである。
 したがって、本件著作物の著作権は、職務著作として控訴人に帰属するものというべきであって、原判決は、取消しを免れない。
〔被控訴人の主張〕
(1) 本件執筆依頼について
ア 控訴人は、原審における証人Bの供述を前提に、原判決の認定を非難するが、Bの供述自体、信用性に乏しいものである。
 すなわち、Bは、本件執筆依頼の当時、控訴人に入社して間もない時期であったから、執筆に対する関与経験が乏しく、著作物の名義や権利関係の帰属、処理について理解が不十分であったのみならず、本件執筆依頼の現場に同席しておらず、その詳細を目撃していない。
 また、Bの供述は、本件執筆依頼に関するアーバンプロデュースの説明や客観証拠である電子メール(乙1)の内容と矛盾するのみならず、被控訴人が控訴人を退職後、被控訴人書籍出版までの間の控訴人内部における本件執筆依頼の取扱いに係る部分も、不自然かつ不合理である。
 したがって、Bの供述は信用性に乏しいものというほかない。
イ 原判決は、被控訴人が各執筆担当者に対し、本件著作物の執筆につき、業務上の指揮命令ではなく、協力を求めて了解を得ていること、最終的な入稿までに約3年かかったこと、被控訴人が、平成19年4月30日、Aに対し、執筆協力費として20万円を支払ったことなどの各事実をも指摘して、本件著作物の職務著作該当性を否定しており、控訴人は、上記各事実についてはあえて言及することなく、原判決を非難するものであって、不当である。
ウ 控訴人は、原判決が指摘した、@アーバンプロデュースとの連絡状況、業務依頼書等の作成状況、A部会に関するB及びCの供述には客観的裏付けがないこと、B各執筆担当者退職後の状況、C被控訴人書籍と同一シリーズの書籍の出版状況、D本件執筆依頼に係る書籍が最終的に被控訴人名義で公表されているという各事情について、原判決の認定の誤りを非難する。しかしながら、控訴人の主張は、以下のとおり誤りである。
(ア) @について
 アーバンプロデュースは、被控訴人の経歴、実績から、被控訴人書籍の執筆に最適であると判断して、被控訴人個人に対し、本件執筆依頼をしたものであって、アーバンプロデュースもその旨説明している。
 また、本件著作物の執筆が業務外であったからこそ、業務依頼書を含め、控訴人の関係書類に一切記載されなかったというべきで、原判決の認定に誤りはない。
(イ) Aについて
 被控訴人から、執筆に関する説明があったと控訴人が主張する部会の議事録(甲9)には、「歓迎会」のような本来の業務とは無関係の事項が記載されているものの、本件執筆依頼に関する記載はない。したがって、控訴人の主張は相当ではない。
(ウ) Bについて
 各執筆担当者が退職前に作成した原稿であると控訴人が主張するデータ(甲1)に関する控訴人の主張は大きく変遷しており、上記原稿と被控訴人書籍がほぼ同一であるとする控訴人の主張は、その前提自体が欠けるものである。
(エ) Cについて
 アーバンプロデュースは、原則として、被控訴人書籍と同一シリーズの書籍については、執筆者個人に対して原稿料を支払っており、控訴人主張のとおり、法人に対して支払ったこともあったが、それは、執筆者の希望に応じて例外的な処理を行ったにすぎない。
 また、アーバンプロデュースは、被控訴人個人に対し、本件執筆依頼をしたものであると一貫して主張しているものである。
(オ) Dについて
 アーバンプロデュースにとって、出版権の許諾主体を明らかにする必要から、本件著作物の著作者の特定は極めて重要な問題であるところ、アーバンプロデュースが、被控訴人を著作者として、控訴人に対しては何ら権利の確認をすることなく、原稿料を被控訴人に対して支払った事実は、本件著作物の職務著作該当性を判断する上で、極めて重要な事実であるというべきである。
(2) 被控訴人の供述の信用性について
 控訴人は、原審における被控訴人の本人尋問における供述について、打合せ時の他者の発言内容等、些末な事項についての記憶が不十分である点や交通費の精算に係る書類に誤記があることなどを強調し、不自然であるなどと主張するが、被控訴人の供述は、全体的に考察すれば、被控訴人の当時の発言や、各執筆担当者との議論の状況などに関する被控訴人の正確な記憶に基づくものであることは明らかであって、同人の供述は信用性が高いものである。
(3) 被控訴人の退職と被控訴人書籍出版の時期とについて
 被控訴人は、控訴人の先代社長の誘いにより控訴人に転職し、継続的に個人としての執筆を許されていたため、先代社長に大きな恩義を感じていたことから、同社長の死亡後も、恩返しのつもりで1年間は控訴人で仕事をしようと決意したものである。退職時期と出版時期に係る控訴人の主張は、憶測にすぎない。
(4) 各執筆担当者が執筆協力者であるとの主張について
 Aは、原稿提出後、被控訴人の指示に基づき、原稿に大幅な手直しを加えた(乙19)が、各執筆担当者は、いずれも未完成のまま原稿を提出したのみで、それ以上、加筆修正を行わなかったため、被控訴人自らが完成させたものである。
 また、控訴人に在籍する若手の部下に対する説明と、Aに対する原稿料に関する説明について、多少、言い回しが異なることは不自然なことではない。しかも、説明を行った時期も場所も異なる以上、説明内容が厳密な意味で一致しないのはむしろ当然である。原稿料に関する被控訴人の供述は、大筋において一貫しており、アーバンプロデュースの説明とも合致する。控訴人の主張は失当である。
(5) 小括
 以上からすると、控訴人の主張は、いずれも本件著作物の職務著作該当性を裏付けるものではなく、原判決の判断に誤りはないものというほかない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当するか)について
 当裁判所も、本件著作物がいわゆる「職務著作」として控訴人の著作物であると認めることはできないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 認定事実
 以下のとおり付加訂正するほか、原判決8頁18行目ないし11頁23行目を引用する。
ア 原判決8頁22行目「本件書籍の執筆について依頼を受けた。」を「本件執筆依頼を受けた。」に改める。
イ 原判決9頁1行目「Aにも本件書籍の執筆について」を「Aにも、本件執筆依頼に係る書籍について、ITや情報管理に関する分野に関し、」に改める。
ウ 原判決9頁3行目、同10行目、同16行目、同19行目、同22行目、同10頁1行目、同2行目、同6行目、同16行目の「本件書籍」を、それぞれ「本件執筆依頼に係る書籍」に改める。
エ 原判決9頁6行目「予定された」の次に、「ほか、実際には4か月間で作成する予定であることが確認された。」を加える。
オ 原判決11頁12行目の「本件書籍を、被告の著作名義の被告書籍として出版した。」を「被控訴人書籍を、被控訴人の著作名義で出版した。」に改める。
カ 原判決11頁17行目「Aに対し、」の次に、「第4章「院内IT化と情報管理」に関し、」を加える。
(2) 争点1(本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当するか)について
ア 職務著作について
(ア) 前提事実、証拠(甲1、13、14、原審における証人B)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件著作物は、被控訴人及び各執筆担当者が、控訴人の取締役又は従業員として勤務していた当時、遅くとも平成18年7月ころまでに各執筆担当箇所について執筆した原稿を合わせたものであることが認められるところ、控訴人は、本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当し、控訴人がその著作権を有すると主張するので、以下、検討する。
(イ) 著作権法15条1項は、法人等において、その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し、これが法人等の名義で公表されるという実態があることに鑑みて、同項所定の著作物の著作者を法人等とする旨を規定したものである(最高裁平成13年(受)第216号同15年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁参照)。
 そして、同法15条1項が定める「法人等の発意に基づくこと」については、法人等が著作物の作成を企画、構想し、業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合、あるいは、業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には、法人等の発意があると認められるが、さらに、法人等と業務に従事する者との間に雇用関係があり、法人等の業務計画や法人等が第三者との間で締結した契約等に従って、業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には、法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも、業務に従事する者の職務の遂行上、当該著作物の作成が予定又は予期される限り、「法人等の発意に基づくこと」の要件を満たすものと解すべきである。
イ 検討(ア) これを本件についてみると、本件執筆依頼は、アーバンプロデュースから直接被控訴人に対して行われたものであり、平成19年に控訴人が被控訴人書籍の出版を知るまで、被控訴人以外に、控訴人内部において、本件執筆依頼に関し、アーバンプロデュースと連絡を取った者はいない。
 この点につき、控訴人は、アーバンプロデュースから、本件執筆依頼を、被控訴人を通じて受けた、すなわち、被控訴人は控訴人のために、控訴人の業務として、本件執筆依頼を受けたものである旨主張する。
 しかしながら、控訴人とアーバンプロデュースとの間において、本件執筆依頼に関する契約書は作成されておらず、控訴人内部において、控訴人がアーバンプロデュースから本件執筆依頼を受けたことを示す業務依頼書(甲10参照)や業務受託報告書(甲11参照)等の書類も作成されていないことについては、当事者間に争いがない。
 また、控訴人は、平成16年1月の控訴人の医療経営指導部部会において、同部部長である被控訴人が、部下である控訴人の従業員らに対し、アーバンプロデュースからの本件執筆依頼について同部内で対応したい旨説明したと主張し、Cの陳述書(甲15)及び原審における証人Bの証言中には、これに沿う部分がある。
 しかしながら、同部会の議事録(詳細版)(甲9)中には本件執筆依頼についての記載が一切なく(同議事録の他の記載内容に照らすと、同依頼について記載を省略すべき事情はうかがわれない。)、他に同部会で上記説明がされたことを裏付ける客観的な証拠はない。甲15及び原審における証人Bの証言中の上記部分は、これを裏付ける客観的証拠がなく、これに反する被控訴人の陳述書(乙13、14)及び原審における被控訴人本人の供述に照らし、採用することができず、控訴人の上記主張を認めることはできない。
 さらに、控訴人は、各執筆担当者の打合せ議事録には、各執筆担当者が本件著作物の執筆を控訴人の業務として認識している旨の記載があるなどと主張する。
 確かに、平成16年9月16日の打合せの議事録(甲6の3)には、「例えば…結果を送ってきてくれば当社でレーダーチャートにして評価し結果をだしますよ。(まとめてかける記入シートをつけて、それを送ってきてもらう。コメントは各担当者)窓口はアーバンさんに…(点数集計はアーバンさん。コメントは当社)無料でする」という記載があるが、当該記載は、各執筆担当者の中に、本件執筆依頼に係る書籍の読者を対象としたサービスを控訴人が提供することを提案した者がいたことを示すにすぎず、そのことをもって、直ちに各執筆担当者が本件著作物の執筆について業務性を認識していたものであるとか、本件著作物が控訴人の発意に基づくものであることを裏付けるものである、ということはできない。
 控訴人がそのほかるる指摘する議事録などに関する各指摘は、同様に、いずれも採用することはできない。
(イ) 前記のとおり、B以外の各執筆担当者が控訴人を退職後、本件著作物の執筆作業が他の控訴人従業員に命じられたことはなく、さらに、被控訴人が控訴人を退職する際、控訴人内部において本件著作物の執筆作業の今後の取扱いについて何らの決定もされておらず、その後、執筆作業は一切行われていない。また、控訴人とアーバンプロデュースとの間で連絡が取られたこともなかったものである。
 この点について、控訴人は、アーバンプロデュースと面識のある被控訴人が連絡担当者である以上、控訴人において、アーバンプロデュースと連絡を取らなかったとしても不自然ではなく、そのほか、控訴人の社内における取扱いについても、本件著作物の職務著作該当性を否定するものではないなどと主張する。
 しかしながら、前記認定事実によると、当初の予定では、平成16年7月30日の各執筆担当者との打合せにおいて、約4か月で執筆し、遅くとも平成17年1月初旬にアーバンプロデュースに対して入稿することが予定されていたのであるから、各執筆担当者のうち、Bが最も遅く原稿を最終的に被控訴人に提出した平成18年5月の時点では、当初の予定より大幅に入稿が遅滞していたものである。
 それにもかかわらず、同年8月31日、被控訴人が控訴人を退職後、被控訴人書籍が出版されるまで、控訴人において、本件執筆依頼に関する後任者が決定されず、アーバンプロデュースに対して連絡すらしなかったことは、本件執筆依頼が控訴人に対する依頼であったとする控訴人主張と明らかに矛盾するものである。仮にアーバンプロデュースが控訴人に対して本件執筆依頼をしたのであれば、いかに被控訴人がアーバンプロデュースとの連絡窓口を担当していたとしても、アーバンプロデュースから控訴人に対し、督促が行なわれることもなく、また、アーバンプロデュースと控訴人との間で、全く協議もされなかったということは不自然といわざるを得ない。控訴人は、被控訴人がBに対し、出版することができないなどと話していたことを、アーバンプロデュースに対して連絡をしなかった理由として主張するが、原審において、Bは、被控訴人から、「日常会話の中で、ちょっともうこれじゃ出版できないな、そういった発言を聞いた」「もうだいぶ当初の期限というところから過ぎていたことと、…Y統括がちょっとこれだったらちょっと出版できないかなというような発言をされていたので、このままなくなってしまうのかなというように感じておりました。」などと供述しているにすぎず、被控訴人のかかる発言は、出版に適する時機を逃したのではないかとの危惧を表明する程度の発言であるものと推測され、被控訴人がかかる発言をしたことをもって、控訴人がアーバンプロデュースに対して連絡をしなかった合理的な理由とはならないことは明らかである。しかも、Bが、各執筆担当者から被控訴人に提出されたデータを保管していた(甲1、13、原審における証人B)というのであるから、当該データを用いて本件著作物の執筆を継続することは可能であったにもかかわらず、B自身も、本件執筆依頼に係る書籍は実際に出版されないまま終わってしまうのではないかと考え、上司に相談することなく、被控訴人書籍発行を契機として本件の紛争が生じるまで、忘れてしまっていた(原審における証人B)というのである。
 控訴人は、そのほか、被控訴人の退職と被控訴人書籍出版時期との関連についても主張するが、同主張は客観的裏付けを欠くものというほかない。
(ウ) 証拠(丙1ないし7)及び弁論の全趣旨によれば、本件執筆依頼は、アーバンプロデュースの出版する「管理項目完全チェックリスト集」のシリーズの一冊として企画されたものであり、このシリーズは、いずれも個人の著作名義で公表されていることが認められる。
(エ) 本件執筆依頼によって執筆された被控訴人書籍は、最終的に被控訴人の著作名義で公表され、被控訴人書籍の原稿料はアーバンプロデュースから被控訴人個人に対して支払われている。アーバンプロデュースが控訴人に本件執筆依頼をしたと認識していたのであれば、控訴人の意向を確認することなく、上記のような取扱いをすることは、通常では考え難いことである。
 この点について、控訴人は、被控訴人が、若手の部下に対し、有償で執筆協力を求めるはずがなく、A以外には対価を支払っていない点や各執筆担当者が退職後に執筆作業を継続していない点などに関する合理的な説明はされていないなどと主張する。
 しかしながら、被控訴人が、職務を離れて若手の部下に対して執筆協力を依頼するのであれば、控訴人から支給される給与とは別に、被控訴人自らその対価を支払うことを提案したとしても何ら不自然なことではない。各執筆担当者が退職後、被控訴人に対して提出した原稿の修正作業を行わなかったことも、退職に伴い被控訴人との間の職場における上司と部下という関係が切断されたことから疎遠となり、修正作業についても具体的に進展することなく、事実上放置されることも十分あり得ることであるから、同様に不自然であるとまでいうことはできない。
 また、被控訴人が、Aに対し、既に対価を支払ったことは、被控訴人及び各執筆担当者が十分知識を有しないIT関係に係る項目について、被控訴人の部下ではなく、控訴人とは無関係の会社を経営するAに依頼したという経緯からすると、不合理とはいえないし、各執筆担当者には被控訴人から原稿料が支払われていない点については、むしろ被控訴人と各執筆担当者との間における問題であって、そのことをもって、本件著作物の職務著作該当性を決することはできない。
 さらに、控訴人は、被控訴人書籍と同一シリーズの書籍について、アーバンプロデュースが法人に対して原稿料を支払った事実もあるなどと主張するが、過去において、個人名義の出版物について、執筆者の指定により、当該個人の所属する法人に対して原稿料を支払ったことがあるとしても、それは、本件著作物の職務著作該当性に係る判断とは関係がないというほかなく、むしろ、控訴人に対する依頼であったのであれば、先に指摘したとおり、アーバンプロデュースが、控訴人に無断で、被控訴人個人に対して原稿料を支払うようなことは通常では考えられないことであり、被控訴人個人に対する原稿料の支払もまた、本件著作物の執筆が控訴人に対する依頼ではなかった証左といわなければならない。
(オ) 以上説示したところによれば、本件執筆依頼がアーバンプロデュースから控訴人に対し依頼されたものと認めることはできず、かえって、同依頼は、アーバンプロデュースから被控訴人個人に対し依頼されたものであり、各執筆担当者は被控訴人からの個人的な依頼に基づき執筆を行ったものと認めるのが相当である。
 したがって、本件著作物は、控訴人が被控訴人及び各執筆担当者に対し、その作成を企画、構想し、具体的に作成を命じた場合とも、被控訴人及び各執筆担当者が控訴人の承諾を得て著作物を作成した場合とも、控訴人の業務計画や第三者であるアーバンプロデュースとの間で締結した契約等に従って、所定の職務の遂行として執筆した場合とも、いうことはできないから、控訴人の発意に基づくものであると評価することはできない。
 なお、各執筆担当者が控訴人の業務時間内に本件執筆依頼に係る打合せのために控訴人の会議室を使用していたこと、各執筆担当者の中に、就業時間中に控訴人から貸与されたパソコン及びソフトウェアを用いて執筆を行った者や、控訴人の負担で本件著作物を執筆するための参考図書を購入した者がいたこと、被控訴人がアーバンプロデュースを訪問した際の交通費を控訴人が負担したことがあったことなどが認められ、控訴人は、この点から、被控訴人がアーバンプロデュースを訪問した際の交通費を控訴人から支払を受けた事実及び訪問の時期などについては、被控訴人の供述は不自然・不合理であるなどと強調する。
 しかしながら、仮に、被控訴人がアーバンプロデュースを訪問した際の交通費を控訴人から支払を受けた事実及び訪問の時期が控訴人の主張のとおりであったとしても、そのこともって、本件著作物が控訴人の発意に基づくものとする根拠となるものではない。そのほかの各事実も、同様に、被控訴人が個人的に本件執筆依頼を受けたとの前記認定を覆すに足るものではない。
ウ 小括
 したがって、本件著作物は、控訴人の発意に基づくものではなく、職務著作としての要件を満たすものではないから、控訴人の著作物とは認められない。
2 結論
 以上の次第であるから、控訴人が、本件著作物を含む被控訴人書籍の全部につき、その差止め等を求める請求の趣旨の適否はさておき、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 本多知成
 裁判官 荒井章光
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