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【事件名】女子プロレスの放映権事件(2)
【年月日】平成22年12月13日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10069号 報酬金請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第34464号)
 (口頭弁論終結日 平成22年11月1日)

判決
控訴人(原告) X
訴訟代理人弁護士 滝谷滉
被控訴人(被告) 株式会社スカパー・ブロードキャスティング
訴訟代理人弁護士 升本喜郎
同 吉野史紘


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、160万円及びこれに対する平成20年12月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は債権者代位の行使訴訟であり、当審での主たる争点は、行使の目的債権の存否である。
1 本件の外形的事実関係は次のとおりである。
(1) 控訴人は、「X」の通称名で、写真の撮影、写真集の制作等を業としている者であり、後記全女に対する債権者である。
(2) 被控訴人は、法律に基づく放送事業、無線、有線回線利用による映像ソフトの配給・販売等を目的とする株式会社であり、電気通信役務利用放送法に基づく電気通信役務利用放送事業者として、衛星デジタル放送サービス「スカパー!」(通信衛星〔CS〕を利用したデジタル多チャンネル放送サービス)上で有料でテレビ番組を提供している。被控訴人は、平成20年10月1日、株式会社サムライティービィー(以下「サムライTV」という。)を吸収合併した。
(3) 全日本女子プロレス興業株式会社(以下「全女」という。)は、女子プロレス興業等を目的とする株式会社であるが、平成17年4月17日に主催した女子プロレス興業を最後に興業活動を停止し、現在は無資力である。
(4) 株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)は、昭和50年(1975年)ころから平成16年(2004年)12月ころにまで、全女との間の放送契約に基づき、全女が原判決別紙一覧表の「開催日時」欄記載の日に主催した女子プロレス興行における「対戦カード」欄記載の試合(ただし「ナンバー」欄の「30」の※印の試合を除く。)を中継するテレビ番組を制作し、これを地上波で放送した。
(5) サムライTVは、フジテレビから上記テレビ番組を収録した映像素材(録画物)(以下「本件各映像素材」という。)の提供を受け、これを編集した番組を平成15年4月から平成17年3月まで「全日本女子プロレスクラシックス」の名称で通信衛星デジタル放送(CS放送)で放映し、サムライTVを吸収合併した被控訴人は平成19年1月以降、同様の番組を「全日本女子プロレスCLASSICS」の名称でCS放送で放映している。
2 控訴人は全女に対して前払金返還請求権を有する債権者であるところ、次の@、Aのとおり主張して、フジテレビ及び本件各映像素材を編集してCS放送をした被控訴人に対し、民法423条1項の債権者代位権に基づき、全女に代位して、女子レスラーの実演がCS放送されたことに基づく著作権法94条2項所定の相当な額の報酬請求、又は全女が有する女子プロレス興行の興行権の内容を構成する「放送許諾権」侵害(共同不法行為)による損害賠償として160万円及び遅延損害金の支払を求めた。
 控訴人主張に係る、全女の被控訴人に対する請求権の原因事実は次のとおりである。
 @全女はフジテレビとの間の放送契約において上記女子プロレス興行を地上波で放送することを許諾したが、CS放送することについては許諾していない。
 A女子プロレス興行は女子レスラーによる実演(著作権法2条1項3号)に当たり、全女は実演家である女子レスラーから実演家の放送権(著作権法92条1項)及び報酬請求権の包括的譲渡を受けていたところ、被控訴人による上記番組のCS放送は、実演を地上波で放送することの許諾を得たフジテレビから録画物の提供を受けてする放送(著作権法94条1項2号)に当たるから、当該実演がCS放送されたことに基づいて実演家のに対する著作権法94条2項所定の相当な額の報酬請求権が発生し、これが全女に帰属し、被控訴人はフジテレビの報酬支払債務を併存的に引き受けた。
 原審では、フジテレビも同様の請求原因事実に基づき被告とされていたが(放送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求がフジテレビに対して別にされていた)、当審では当事者となっていない。
3 原審における争点は、@全女のフジテレビに対する著作権法94条2項所定実演家の報酬請求権の存否及び被控訴人によるフジテレビの報酬支払債務の債務引受の有無(争点1)、A全女のフジテレビ及び被控訴人に対する放送許諾権侵害の共同不法行為による損害賠償請求権の存否(争点2)、B全女とサムライTV間におけるサムライTVによる本件各映像素材の無償の放送利用の合意(本件合意)の成否(争点3)である。
4 原審は、平成14年1月ころ、全女とサムライTV間でサムライTVによる本件各映像素材の無償の放送利用の合意がなされていたと認め、サムライTV及び同社を吸収合併した被控訴人は、本件合意に基づいて、全女から本件各映像素材を編集してCS放送に利用することについて了解を得ていたから、控訴人主張の実演家の報酬請求権は発生せず、被控訴人とフジテレビの行為が全女との関係で共同不法行為を構成することもないとして、控訴人の請求を棄却した。
第3 当事者の主張
 争点3について次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第3争点に関する当事者の主張」記載のとおりである。
1 控訴人の補充主張
 原判決は、全女とサムライTV間における本件各映像素材の無償による放送利用の本件合意を認めた。
 しかし、平成17年に主催した女子プロレス興業を最後にその主催興業活動を停止した上、平成21年7月には全女の中心的存在であるAが死亡し、現在、無資力、債務超過である全女にとって、本件各映像素材は唯一の財産というべきものである。そして、本件各映像素材の経済的価値が極めて高く、サムライTVが平成15年4月に本件各映像素材を編集した番組のCS放送を開始して以来、同様の番組の放送が現在に至るまで継続している状況に照らすと、本件各映像素材を無償で利用させるということはおよそ考えられない。
 また、被控訴人は、新日本プロレスリング株式会社(以下「新日」という。)、全日本プロ・レスリング株式会社(以下「全日」という。)及び全女が主催した過去のプロレス興行につきそれぞれCS放送したが(ジャイアント馬場時代、アントニオ猪木時代、昭和の名勝負)、前二者の再放送権料が有料であるにもかかわらず、全女のみ無償というのは不合理である。
 さらに、本件各映像素材の保管費・維持費・運賃・デジタル化費用は、アナログ放送がデジタル化されている現状に鑑みると、かかる出費はおよそ無償利用の理由となるべきものではない。
 加えて、全女とサムライTV間の本件各映像素材の無償の放送利用の合意については何ら契約書が残されていないというのは不自然であるし、全女は控訴人に対する債務を履行していない者であるところ、Bの証言は、同証人が全女の幹部社員であり、現在も業務上の関係を有する被控訴人を擁護することに徹している上、著しく曖昧であることに照らすと、信用性に欠ける。
 したがって、本件合意を認めた原判決は誤りである。
2 被控訴人の補充主張
 平成14年1月ころに全女が置かれていた客観的状況、すなわち、全女によるプロレス興業の人気が低迷し、長年継続してきたフジテレビによる女子プロレスの地上波によるテレビ放送の終了が数か月後に迫っていたという状況からすれば、全女が、サムライとの間で、フジテレビにおける女子プロレスの地上波放送が終了した後に行われる全女主催の女子プロレス興行をCS放送する契約を締結することのいわば見返りとして、同一の機会にサムライTVから持ちかけられた本件各映像素材を利用して過去の全女の試合を放送する件については無償で許諾を与えるということも極めて自然な成り行きである。しかも、本件合意後に行われる全女の主催する女子プロレス興行のみならず、本件各映像素材を利用した過去の全女の試合も放送されるようになれば、全女にとっても、全女の主催する女子プロレス興行の露出機会が増えその人気の回復につながり得ること、フジテレビが利用価値のなくなった本件映像素材を廃棄してしまうという事態を回避できるといったメリットがあることをも考慮すれば、全女がサムライTVに対し本件各映像素材を無償で放送利用することを許諾するのは何ら不自然ではない。
 また、被控訴人において、新日、全日及び全女の過去のプロレス興行に関し、それぞれどのような内容の契約を締結するか(有償・無償の別、有償である場合の具体的な金額、放送態様、契約期間等)は、それぞれの映像素材の価値、団体を取り巻く環境、取引相手先との関係性・取引状況等の個別具体的な事情により全く異なるのであり、仮に新日及び全日の過去のプロレス興行のCS放送利用に関する合意が有償であったとしても、全女の本件各映像素材のCS放送利用に関する合意が必ず有償でなければならないというわけではなく、その意味で、他のプロレス団体の過去のプロレス興行のCS放送利用に関する契約内容は、全女の本件各映像素材のCS放送利用に関する本件合意の成立及び内容に全く影響を及ぼすものではない。
 さらに、サムライTVと全女との間においては、本件合意後行われる全女の主催する女子プロレス興行をサムライがCS放送する件については、基本契約書(乙ロ6)が取り交わされ、書面に基づく契約関係が形成されるに至っていることから、これに付随してなされた本件映像素材を無償で放送利用することの許諾については、相互の信頼関係により、わざわざ書面の作成まではしないものとすることも、十分あり得ることである。
 加えて、Bはそもそも全女の従業員であり、全女の利益を確保するべき立場であるにもかかわらず、全女とサムライとの間で本件合意が成立し、本件各映像素材のCS放送利用に関する対価は無償であるという全女に不利益な事実をあえて証言し、これに沿う陳述書を作成しているのであって、この点はBの証言の信用性を高めるものである。
 以上、平成14年1月ころ、全女とサムライとの間で本件合意が成立したとする原判決の判断は正当である。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人主張の報酬請求権は発生せず、控訴人主張の損害賠償請求権の前提となる不法行為ないし債務不履行も認められないと判断する。この点に関する当事者双方の主張に対する当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」記載のとおりである。
2 控訴人は、Bの証言は、同証人が全女の幹部社員であり、現在も業務上の関係を有する被控訴人を擁護することに徹しており、信用性に欠けるなどとと主張する。
 しかし、前記のとおり、サムライTV(平成20年10月1日以降は、サムライTVを吸収合併した被控訴人)は、本件各映像素材を含む前記映像素材を利用したプロレス番組を平成15年4月から現在に至るまで、番組名を変えながらも断続的に放送しているところ、これらの放送に関して、全女からサムライTV又は被控訴人に対して何らかの異議が述べられるなどしたという経過は証拠上うかがわれない。特に、全女がその興行活動を停止する平成17年4月17日以前に、全女の意向を無視して上記映像素材を利用した女子プロレス番組が放送されていたとすれば、全女とサムライTVとの間で、当該放送の是非に関する何らかのやり取りがされてしかるべきところ、そのようなことがあった形跡は証拠上何らうかがわれない。このことは、そもそも全女からサムライTVへのあらかじめの放送許諾があったことをうかがわせるものであり、本件合意成立に関する証人Bの供述を客観的に裏付ける事情ということができる。Bの証言は信用できないとの控訴人の上記主張は採用することができない。
3 控訴人は、新日及び全日の再放送権料が有料であるにもかかわらず、全女のみ無償というのは不合理であるとも主張する。
 しかし、過去のプロレス興行に関し、各興行団体とどのような内容の契約を締結するか(有償無償の別、有償の場合の具体的な金額、放送態様、契約期間等)は、それぞれの映像素材の価値、各興行団体を取り巻く環境、他の映像素材との抱き合わせあるいは取引の継続性など取引状況等の個別具体的な事情により異なると解される。そして、原判決25頁で評価したような平成14年当時に全女が置かれていた状況からすれば、全女が過去のプロレス興行に関する映像素材を無償で利用することを許諾することが不自然でないことは前記のとおりである。
第5 結論
 以上より、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
 よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 塩月秀平
 裁判官 真辺朋子
 裁判官 田邉実
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