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【事件名】切り餅の「切り込み」特許事件
【年月日】平成22年11月30日
 東京地裁 平成21年(ワ)第7718号 特許権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年9月16日)

判決
原告 越後製菓株式会社
訴訟代理人弁護士 高橋元弘
同 末吉亙
訴訟代理人弁理士 清武史郎
同 坂手英博
補佐人弁理士 中島淳
被告 佐藤食品工業株式会社
訴訟代理人弁護士 島田康男
訴訟復代理人弁護士 鈴木一洋
訴訟代理人弁理士 牛木護
同 吉田正義


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙物件目録1ないし5記載の各食品を製造し、譲渡し、輸出し、又はその譲渡の申出をしてはならない。
2 被告は、前項記載の各食品及びその半製品並びにこれらを製造する別紙製造装置目録記載の装置を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、14億8500万円及びこれに対する平成21年3月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、発明の名称を「餅」とする特許第4111382号の特許(以下、この特許を「本件特許」、この特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である原告が、被告において別紙物件目録1ないし5記載の各食品(以下「被告製品」という。)を製造、販売及び輸出する行為が本件特許権の侵害に当たる旨主張して、被告に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の製造、譲渡等の差止め並びに被告製品、その半製品及び被告製品の製造装置の廃棄を求めるとともに、本件特許権侵害の不法行為による損害賠償として14億8500万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は、菓子類、餅類、麺類、総菜類その他食品の製造及び卸販売等を業とする株式会社である。
イ 被告は、餅の製造及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 特許庁における手続の経緯(出願経過)
ア 原告は、平成14年10月31日、本件特許に係る特許出願(特願2002−318601号。以下「本件特許出願」という。)をした。
 これについて原告は、平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受けたので、同年8月1日付けで、本件特許出願の願書に添付した明細書(以下、図面を含めて「本件明細書」といい、また、同願書に最初に添付した明細書を「出願当初明細書」という場合がある。)記載の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書を提出するとともに、同日付け意見書及び手続補足書を提出した(甲7、8の1ないし3)。
 その後、原告は、同年9月21日付けで更に拒絶理由通知を受けたので、同年11月25日付けで、本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書を提出するとともに、同日付け意見書及び手続補足書を提出した(甲9、10の1ないし3)。
 しかし、特許庁は、平成18年1月24日付けで拒絶査定をした(甲11)。
イ そこで、原告は、平成18年2月27日付けで上記拒絶査定に対する不服審判請求を行い、同年3月29日付けで、本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書及び審判請求書の請求の理由を変更する手続補正書を提出し、更に同月31日付け手続補足書を提出した(甲12の1ないし3、14)。
 その後、原告は、平成20年2月19日付けで拒絶理由通知を受けたので、同月29日付けで、本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書を提出するとともに、同日付け意見書を提出した(甲17、18の1及び2)。
 特許庁は、上記不服審判請求(不服2006−3586号事件)について、同年3月24日、「原査定を取り消す。本願の発明は、特許すべきものとする。」との審決をした(甲19)。
 原告は、同年4月18日、本件特許権の設定登録(請求項の数2)を受けた。
(3) 原告の特許発明の内容
ア 本件特許に係る特許請求の範囲(設定登録時のもの)の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
 「【請求項1】焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。」
イ 本件発明を構成要件に分説すると、次のとおりである(以下、各構成要件を「構成要件A」、「構成要件B」などという。)。
 「A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
 B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
 C この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
 D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
 E ことを特徴とする餅。」
(4) 被告の行為
ア 被告は、平成20年4月18日以前から、業として、被告製品(別紙物件目録1ないし5記載の各食品)を製造、販売及び輸出している(甲3の1ないし5、弁論の全趣旨)。
 被告製品のうち、別紙物件目録2ないし5記載の各食品においては、鏡餅の形状をした容器の中に、同目録1記載の「切餅」と同一の「切餅」が内包されている(甲3の1ないし5、弁論の全趣旨)。
イ 被告製品(ただし、「切餅」。特に断らない限り、以下同じ。)は、別紙被告製品図面(斜視図)のとおりの構成を有しており、これを説明すると、次のとおりである(甲4、5。以下、被告製品の各構成を「構成a」、「構成b1」などという。)。
 「a 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が直方形の小片餅体である切餅の
 b1 上面17及び下面16に、切り込み部18が上面17及び下面16の長辺部及び短辺部の全長にわたって上面17及び下面16のそれぞれほぼ中央部に十字状に設けられ、
 b2 かつ、上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の長辺部に、同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長辺部の全長にわたりほぼ並行に2つの切り込み部13が設けられ、
 c 切り込み部13は側周表面12の対向する二長辺部に設けられている
 d 餅。」
ウ 被告製品は、本件発明の構成要件A、C及びEをいずれも充足する。
3 争点
 本件の争点は、被告製品が本件発明の構成要件B及びDを充足し、その技術的範囲に属するか否か(争点1)、本件発明に被告主張の無効理由があり、原告の本件特許権の行使が特許法104条の3第1項により制限されるか否か(争点2)、被告が賠償すべき原告の損害額(争点3)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(技術的範囲の属否)について
(1) 原告の主張
ア 構成要件Bの充足性
(ア) 請求項1の文言解釈
a 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の構成要件B(「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」)においては、「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」の文言が読点を挟まずに連続して記載されるとともに、この記載の後に読点が付されている。このため、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は、切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」という場合がある。)を設ける切餅の部位が「側周表面」であることを明確に特定するために、「側周表面」を修飾するものであることは、文言上明らかである。
 具体的に述べれば、切餅は「直方体」であるため、これを載置する場合、別紙参考図面の図1ないし3の3パターンが考えられ、単に「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」と述べても、直方体の6面のどの部分が「側周表面」であるのかを特定することができない。そこで、本件発明の構成要件A及びBにおいては、「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなく」として、焼き網に載置して焼き上げる場合を前提とした載置底面及び平坦上面をそれぞれ特定した上で、載置底面又は平坦上面ではない「側周表面」であるという特定をしたのである。
 仮に切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けた構成を除外するために、切餅の側周表面だけに切り込み部を設けることを表現する場合であれば、一般に「切餅の載置底面又は平坦上面には切り込み部を設けずに、切餅の側周表面に切り込み部を設ける」、又は「切餅の側周表面のみに切り込み部を設ける」などと記載されるべきであるのに、構成要件Bではそのようには記載されていない。
b したがって、構成要件Bの文言解釈においては、切餅の「側周表面」に切り込み部等を設ける必要があるが、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けても設けなくてもよいと解釈すべきであって、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」を「載置底面又は平坦上面には切り込み部又は溝部を設けず」と文言上解釈し得ないことは明らかである。
(イ) 明細書記載の作用効果からの解釈
a 以下に述べるとおり、本件明細書の「発明の詳細な説明」記載の作用効果を参酌しても、構成要件Bにおいて、載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けた構成の餅を除外していると解釈することはできない。
(a) 本件明細書の段落【0032】の記載によれば、切餅の薄肉部である側面の「切り込みの設定によって」、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切餅が簡単にできることに本件発明の作用効果があるのであって、載置底面又は平坦上面に切り込みが存在するか否かは、このような作用効果とは無関係である。
 他方で、段落【0032】では、「切り込みの設定によっては」、例えば載置底面又は平坦上面に切り込みを設けない場合には、「焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわない」としているのであって、この記載は、本件発明においても、載置底面又は平坦上面に切り込みを設ける場合があることを想定した記載である。すなわち、段落【0032】の「切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく」との記載は、本件発明において載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けた餅を包含することを前提としているといえる。
(b) また、段落【0033】には、「本発明は、この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく」との記載に続き、切り込みを「周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面に周方向に沿って対向位置に形成」するとの記載がある。上記記載中の「単なる」とは、「ただの。ただそれだけの。」という意味であること(広辞苑第六版)からすれば、段落【0033】の記載は、餅の平坦上面に切り込みを形成するだけではなく、これに加えて周方向に切り込みを形成することを意味している。段落【0015】にも、これと同様の記載がある。
 このように、段落【0033】及び【0015】の記載は、本件発明が、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたものを除外するどころか、当該切り込み部を設けたものを含むことを示しているものといえる。
(c) さらに、本件明細書において、切り込み部を入れる箇所として言及があるのは、平坦上面又は平坦頂面、更には側周表面であって、「載置底面」の切り込みに関する記載は一切ない。
 すなわち、載置底面に切り込みがあるか否かについては何ら言及していない。そうだとすると、本件明細書の記載から、構成要件Bの「載置底面・・・ではなく」の意味を「載置底面に切り込み部又は溝部を設けない」と解釈することはできないから、同様に「平坦上面ではなく」という同一の文言を用いた構成についても、「平坦上面に切り込み部又は溝部を設けない」と解釈することができないことは明らかである。
 この点、本件発明は、切餅であるから載置底面と平坦上面は同一であるという反論が予想されるが、そもそも本件明細書においては、丸餅も含めた小片餅体に関する記載がされている。
 したがって、本件明細書上は、載置底面と平坦上面(又は平坦頂面)は、明確に区別されており、これを同一とすることはできない。
b これに対し被告は、後記(2)ア(ア)のとおり、本件明細書の段落【0007】、【0008】、【0015】ないし【0017】、【0032】ないし【0035】の各記載によれば、本件発明は、従来「載置底面又は平坦上面」に形成されていた切り込み部を側周表面に周方向に形成することにより、忌避すべき焼き上がり形状とならないようにしたものということができるから、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」とは、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないことを意味するものと解釈すべきである旨主張する。
 しかしながら、被告が指摘する本件明細書の各記載は、単に側周表面の切り込み部が忌避すべき焼き上がり形状とならないということを指摘したにすぎず、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けた場合を構成要件Bから除外する根拠とはならない。例えば、段落【0034】では、「この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならない」と記載されているところ、「この切り込み部位」とは側周表面の切り込み部のことを指しているから、ここでは、側周表面の切り込み部が忌避すべき焼き上がり状態とはならないことを述べているにすぎず、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けるか否かについては何らの言及もない。むしろ、本件明細書では、前述のとおり、載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設ける実施態様を前提としているのであるから、被告が指摘する上記各記載は、構成要件Bが「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けないものであると限定解釈する根拠たり得ない。
(ウ) 出願経過からの解釈
a 本件特許の出願経過をみると、出願人である原告は、平成17年11月25日付け意見書(甲10の1)、平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の1)及び平成19年1月4日付け回答書(甲16)において、次の(a)ないし(c)のとおり、本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し、その結果、前記第2の2(2)イのとおり、本件発明について特許すべき旨の審決がされている。
 このように本件発明は、切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けても設けなくてもよいことを前提に、特許登録に至っている。
(a) 平成17年11月25日付け意見書(甲10)には、「この切り込みを形成する小片餅体は、先回の補正と同様に焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体(丸餅あるいは切餅)であって、この上側表面部の側周表面に前述のように切り込みを設けて焼き上げるに際して膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した点を明確に特定致しました。」(1頁)、「この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです(尚、この最中サンドのように膨れて持ち上がるように焼き上がることが本発明の最も重要な必須の発明ポイントであり、この発明ポイントが重要なのであって、勿論見た目が悪くなっても構わなければ平坦上面にも更に切り込みを追加しても構わないことは言うまでもないことです。)」(3頁)との記載がある。
(b) 平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の1)には、「本発明は、上下面にあろうが、側面にあろうが切り込みを形成することで噴出しを抑制することを第一の目的としていますが、上下面に切り込みがあろうがなかろうが、切餅の薄肉部である側面に切り込みがあることで、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれを抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがあるのです(もちろん上下面には切り込みがない方が望ましいが、上下面にあってもこの側面にあることで前記作用・効果が発揮され、これまでにない画期的な切餅となるもので、引用例にはこの切餅の薄肉部である側面に切り込みを設ける発想が一切開示されていない以上、本発明とは同一発明ではありません。)。」(3頁)との記載がある。
(c) 平成19年1月4日付け回答書(甲16)には、「本発明は、上下面にあろうが、側面にあろうが切り込みを形成することで噴き出しを抑制することを第一の目的としていますが、上下面に切り込みがあろうがなかろうが、切餅の薄肉部である立直側面の周方向に切り込みがあることで、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがあるのです(もちろん上下面には切り込みがない方が望ましいが、上下面にあってもこの側面にあることで前記作用・効果が発揮され、これまでにない画期的な切餅となるもので、引例にはこの切餅の薄肉部である側面に切り込みを設ける発想が一切開示されていない以上、本発明とは同一発明ではありません。)。」(7頁〜8頁)との記載がある。
b また、原告は、平成17年8月1日付け手続補正書(甲8の2)によって、出願当初明細書記載の特許請求の範囲の請求項1(「角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の載置底面ではなく上側表面部に、周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする餅。」)について、「小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の側周表面のみに、周辺縁あるいは輪郭縁に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」との補正(下線部は補正部分)を試みたのに対し、特許庁は、「「小片餅体の上側表面部の側周表面のみに、」(補正後の請求項1)は願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載されていない。・・・記載された事項から「のみ」であることが自明な事項であるとも認められない。」などの理由から、上記補正は出願当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないとする同年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)を発した。
 そこで、原告は、同年11月25日付け意見書(甲10の1)において、「切り込みが側周表面にのみ存するとの点については、審査官の要旨変更とのご指摘を踏まえて、元通り「のみ」を削除し、この「のみ」であるか否かは出願当初どおり請求項には特定せず、本発明の必須の構成要件でなく出願当初通り「のみ」かどうかは本発明とは無関係と致しました。」と述べた。
 このように、本件特許の出願経過の当初から、本件発明においては、側周表面のみに切り込みを設けるという構成には限定できないことを審査官より指摘され、原告としても限定しないことを前提に、本件特許についての審査がされている。
(エ) 構成要件Bの解釈のまとめ
 以上のとおり、構成要件Bの文言、本件明細書記載の作用効果及び本件特許の出願経過のいずれをみても、構成要件Bについては、切餅の「側周表面」に切り込み部等を設ける必要があるが、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けても設けなくてもよいことを規定したものと解釈すべきであり、本件発明は、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成の切餅を除外するものではない。
(オ) 被告製品へのあてはめ
a 被告製品においては、構成b2のとおり、切餅の上側表面部の立直側面である側周表面12の長辺部に、これに沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する二つの切り込み部13が設けられている。
 したがって、被告製品は、切餅の「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する複数の切り込み部を設ける」構成を有するものであるから、本件発明の構成要件Bを充足する。
b また、仮に構成要件Bは切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成のものを本件発明から除外するものであると解釈されるとしても、被告製品の「上面17及び下面16に十字状に設けられた切り込み部18」(構成b1)は、構成要件Bで除外される載置底面又は平坦上面の「切り込み部」に該当しない。
 本件明細書の段落【0007】における「焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。」との記載は、忌避すべき状態、すなわち、人肌での傷口(刃傷)のように焼き開いて盛り上がり、均一に焼けないばかりかこの刃傷のような切り口で腫れ上がったような盛り上がりとなるような状況を少なくともいうものであって、その程度にならない1〜2本の切り込み部や膨化による噴き出し防止に寄与しないような切り込み部が平坦上面又は載置底面に形成されていたとしても、構成要件Bで除外される載置底面又は平坦上面の「切り込み部」に該当しないというべきである。
 そして、原告において、被告製品を複数焼き、その形状を確認した検証結果報告書(甲37)によれば、被告製品の焼き上がりにおける平坦上面の切り込み部18の状態は、同報告書別紙4の写真のとおり、上記のような状態ではないことが認められるから、被告製品の切り込み部18は、構成要件Bで除外される「切り込み部」とはいえないというべきである。
 したがって、構成要件Bは切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成のものを本件発明から除外するものであるとの解釈を前提としたとしても、被告製品は構成要件Bを充足する。
(カ) 小括
 以上のとおり、被告製品は、構成要件Bを充足するというべきである。
イ 構成要件Dの充足性
(ア) 被告製品においては、構成b2のとおり、切り込み部13が対向二側面である側周表面12の長辺部に形成されており、「焼き上げるに際して切り込み部13の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」構成となっていることが明らかである。そして、このことは、原告が被告製品の焼き上がり状態の検証実験を行った結果を記載した検証結果報告書(甲5)からも裏付けられる。
 したがって、被告製品は、本件発明の構成要件Dを充足する。
(イ)a これに対し被告は、後記(2)イ(ア)のとおり、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部が設けられた構成のものは、構成要件Dの「焼板状部」に該当する構成を有しないとした上で、被告製品の上面17及び下面16には切り込み部18が設けられているから、被告製品は構成要件Dを充足しない旨主張する。
 しかし、前記ア(エ)のとおり、本件発明は、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部を設ける構成を除外しておらず、また、構成要件Dの「焼板状部」を文言どおりに解釈すれば、単に切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がる場合の上側と下側の部位を指す用語にすぎないというべきであるから、被告製品が切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部が設けられた構成のものであるからといって、構成要件Dの「焼板状部」に該当する構成を有さないことにはならない。
 したがって、被告の上記主張は理由がない。
b 次に、被告は、後記(2)イ(イ)のとおり、「焼き餅を容易に均一に焼くことができ」るようにするという本件発明の目的及び作用効果からすると、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」とは、焼き餅をほぼ均一に焼き上げることが可能となるように、構成要件AないしCの構成により焼き餅が自動的に膨化変形して形成される「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」と「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」のうち、前者の焼き上がり形状となる構成のみを意味するものと解釈されるべきであるとした上で、被告製品の焼き上がり形状は後者のようなものであるから、被告製品は構成要件Dを充足しない旨主張する。
 しかし、本件明細書の段落【0002】、【0004】及び【0018】の記載によれば、餅を「均一に焼き上げる」とは、加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ちるような場合と比較して均一に焼き上げることを述べているにすぎず、「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」と「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」とを比較して、前者の状態で焼き上げるべきことを述べたものではない。
 また、構成要件Dは、原告の平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の1)により加えられた構成であるところ、これが加えられたのは、「載置底面」が直方体である切り餅のどの部分に当たるかをより明確にするためであって、「均一に焼き上げる」という本件発明の目的及び作用効果とは無関係である。
 さらに、本件明細書の段落【0027】には、「即ち、立直側面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで、図2に示すように、・・・最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり」と記載されており、これによれば、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」に、やや片持ち状態に持ち上がる状態も含まれることは明らかである。
 したがって、被告の上記主張は、理由がない。
ウ まとめ
 以上のとおり、被告製品は本件発明の構成要件B及びDを充足し、また、前記第2の2(4)ウのとおり、被告製品が構成要件A、C及びEを充足することは争いがない。
 したがって、被告製品は、本件発明の構成要件AないしEをすべて充足するから、本件発明の技術的範囲に属する。
(2) 被告の主張
ア 構成要件Bの非充足
(ア)a 本件明細書の段落【0007】、【0008】、【0015】ないし【0017】、【0032】ないし【0035】の各記載によれば、本件発明は、切餅において、従来「載置底面又は平坦上面」に形成されていた切り込み部を側周表面に周方向に形成することにより、忌避すべき焼き上がりとならないようにしたものということができるから、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず、「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解釈すべきである。
 例えば、段落【0032】の記載によれば、本件発明は、「切り込みの設定によって」、少なくとも、「焼き途中での膨化による噴き出しを制御できる」という効果(以下「効果@」という。)と「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るという効果(以下「効果A」という。)を共に奏するものとされている。
 他方、段落【0007】には、「米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると」、「焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。」との記載があり、この記載に照らすならば、切餅の平坦上面(又は載置底面)に切り込みが存在する場合には、本件発明における効果Aを奏さないことが明らかである。
 したがって、本件発明が、効果@及び効果Aを共に奏するためには、切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在しないことが必要であるから、構成要件Bは、「載置底面又は平坦上面に切り込みがない場合」に限定して解釈せざるを得ないのである。
b また、単に、「切り込み部又は溝部」が「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」設けられるという構成であることを表現するのであれば、「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設ける」とすれば足りるはずであり、「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加する必要はないというべきであるから、この点からも、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けないことを意味するものと解釈される。
c この点について、原告は、本件特許の出願経過において、本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し、その結果、本件発明について特許すべき旨の審決がされている旨主張する。
 しかし、原告は、本件特許の出願過程において、積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく、切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたのであって、その主張が、特許庁の平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)に係る拒絶理由にによって拒否されたために削除したにすぎず、原告が本件発明では切餅の上下面である載置底面又は平坦上面に切り込みがあってもよいことを積極的に主張し、その結果、特許すべき旨の審決がされたとの原告主張の事実は存しない。
 なお、被告が請求した本件特許の無効審判請求(無効2009−800168号事件)についての平成22年6月8日付け審決(乙34)は、構成要件Bに関する上記拒絶理由通知の解釈は誤りであり、本件明細書の記載からみて、「構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」は、載置底面又は平坦上面には、切り込み部又は溝部を設けないと解するのが相当である。」と認定判断している。また、被告が請求した被告製品に係る判定請求(判定2009−600006号事件)についての平成21年5月12日付け判定(乙26)においても同様に、構成要件Bは「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」のみに切り込み等を設ける構成である旨の認定判断が示されている。
d 以上によれば、本件発明の構成要件Bは、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けない、つまり、「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」のみに切り込み等を設けた構成のものに限定されると解すべきである。
(イ) 被告製品においては、構成b1のとおり、上面17及び下面16に切り込み部18が設けられているから、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けないことを要するものとする構成要件Bを充足しない。
イ 構成要件Dの非充足
(ア)a 「板」は「材木を薄く平らくひきわったもの。」を、「焼(やき)」は「焼くこと。また、焼いたさま。」をそれぞれ意味すること(広辞苑第五版)からすると、「焼板状部」とは、「材木を薄く平らくひきわったものを焼いたさま」の状態の部分を意味するものと解される。そうすると、本件発明の構成要件Dの「焼板状部」とは、焼き上げられた切餅の「載置底面及び平坦上面」が上記のような状態にあることを要するものと解される。
 他方、本件明細書の段落【0007】には、切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部が設けられていると、「焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。」と記載されている。これによれば、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部が設けられた構成(例えば、切り込みをX状や+状に交差形成した構成)では、切餅が焼き上げられるに際して、平坦上面に形成された切り込み部又は交差部位において膨化変形が生じ、平坦上面は切り込み部又は交差部位が盛り上がった状態となるが、このような平坦上面の状態は、「材木を薄く平らくひきわったものを焼いたさま」の状態とはいえない。
 したがって、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部が設けられた構成のものは、構成要件Dの「焼板状部」に該当する構成を有するものとはいえない。
b しかるに、被告製品においては、構成b1のとおり、上面17及び下面16に切り込み部18が設けられているから、構成要件Dの「焼板状部」に該当する構成を有せず、同構成要件を充足しない。
(イ)a 本件明細書の段落【0008】、【0032】及び【0033】の記載によれば、本件発明は、「焼き餅を容易に均一に焼くことができ」るようにすることをその目的及び作用効果とするものである。
 他方、本件明細書の段落【0035】、【0018】、【0019】等の記載によれば、構成要件AないしCを充足する切餅をオーブン天火で焼き上げると、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状に自動的に膨化変形」するものとされるが、上記焼き上がり形状のうち、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の場合には、載置底面と平坦上面がほぼ並行の関係にあり、オーブン天火の上面熱源から切餅の平坦上面までの距離がほぼ等しいので、切餅の平坦上面をほぼ均一に焼き上げることが可能となるのに対して、「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」の場合には、オーブン天火の上面熱源から切餅の平坦上面までの距離が切餅の平坦上面の持ち上がりの程度によって異なり、切餅の平坦上面をほぼ均一に焼き上げることができないこととなる。
 したがって、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」とは、焼き餅をほぼ均一に焼き上げることが可能となるように、構成要件AないしCの構成により焼き餅が自動的に膨化変形して形成される「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」と「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」のうち、前者の焼き上がり形状となる構成のみを意味するものと解釈すべきである。
b しかるに、原告が被告製品の焼き上がり状態の検証実験を行った結果を記載した検証結果報告書(甲5)によれば、被告製品の焼き上がり状態は、切餅が片持ち状態に開いた貝のような形状であることが認められ、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」ではないから、被告製品は、構成要件Dを充足しない。
(ウ) 以上のとおり、被告製品は、「焼板状部」を備えず、焼き上がり形状が「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」になるものではないから、構成要件Dを充足しない。
ウ まとめ
 以上によれば、被告製品は、構成要件B及びDをいずれも充足しないから、本件発明の技術的範囲に属さない。
2 争点2(本件特許権に基づく権利行使の制限の成否)について
(1) 被告の主張
 本件特許には、以下のとおりの無効理由があり、特許無効審判により無効とされるべきものであるから、特許法104条の3第1項の規定により、原告は、被告に対し、本件特許権を行使することはできない。
ア 無効理由1(明確性要件違反)
 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、以下のとおり、特許を受けようとする発明が明確ではないから、本件特許には、平成14年法律第24号による改正前の特許法36条(以下「特許法旧36条」という。)6項2号に違反する無効理由(特許法123条1項4号)がある。
(ア) 構成要件B
 請求項1のうち、「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」との記載(構成要件B)は、その意義が明確ではない。
 すなわち、前記1(2)ア(ア)で述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、構成要件Bは、切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず、「上側表面部の立直側面である側周表面」のみに切り込み部等を設けることを意味するものと解釈することができるところ、他方において、構成要件Bの文言からは、原告が主張するように、「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載には格別の意義はなく、切り込み部等が「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」に設けられることを意味し、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等が設けられる構成も含むものと解釈する余地もある。
 そうすると、構成要件Bの記載は、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等が設けられる構成を含むものか否かが明確ではないから、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないというべきである。
(イ) 構成要件D
 請求項1のうち、「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」との記載(構成要件D)は、その内容が明確ではない。
 すなわち、前記1(2)イ(イ)aで述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」とは、構成要件AないしCの構成により焼き餅が自動的に膨化変形して形成される「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」と「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」のうち、前者の焼き上がり形状となる構成を意味するものと解釈すべきである。
 しかるところ、構成要件Dには、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状と「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状とを区別する基準(要素)が記載されておらず、また、切餅が、「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状ではなく、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状となるための具体的な構成も記載されていないから、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないというべきである。
イ 無効理由2(サポート要件違反)
 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、以下のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないものを含んでいるから、本件特許には、特許法旧36条6項1号に違反する無効理由(特許法123条1項4号)がある。
(ア) 構成要件B
 本件明細書の発明の詳細な説明においては、本件発明の構成として、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設ける構成については記載されておらず、また、上記構成においても本件発明の効果を奏することについての記載もなく、それが自明のことであるともいえないばかりか、かえって、前記1(2)ア(ア)で述べたとおり、上記構成では「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るという本件発明の効果を奏することができないことが記載されている。
 したがって、構成要件Bについて、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等が設けられる構成をも含むとの解釈を前提とする限り、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものでないものを含んでいるといえる。
(イ) 構成要件D
 前記1(2)イ(イ)aで述べたとおり、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」とは、焼き餅をほぼ均一に焼き上げることが可能となるように、構成要件AないしCの構成により焼き餅が自動的に膨化変形して形成される「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状と「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」のうち、前者の焼き上がり形状となる構成を意味するものと解釈すべきである。
 ところが、本件明細書の発明の詳細な説明においては、「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状ではなく、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状となるための具体的な構成、手段は全く記載されておらず、そのような構成が自明のことであるともいえない。
 したがって、構成要件Dについて、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものでないものを含んでいるといえる。
ウ 無効理由3(実施可能要件違反)
 本件明細書の発明の詳細な説明には、以下のとおり、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があるとはいえないから、本件特許には、特許法36条4項に違反する無効理由(同法123条1項4号)がある。
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等が設けられる構成の切餅において、焼き上がった後のその切り込み部位が人肌で傷跡のような焼き上がりとなることがなく、「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るという本件発明の効果を奏するための手段、構成は記載されておらず、かえって、前記1(2)ア(ア)で述べたとおり、上記構成では、焼き上がった後のその切り込み部位が人肌で傷跡のような焼き上がりとなることを回避する手段、構成はないことが記載されている。
 したがって、構成要件Bについて、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等が設けられる構成をも含むとの解釈を前提とする限り、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が、上記構成において「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るという効果を奏するように本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があるとはいえない。
(イ) 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には、切餅の「上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」(構成要件B)、「この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として」設けられること(構成要件C)が記載されており、上記「切り込み部又は溝部」には、@「周方向に一周連続させて角環状とした」、あるいは、A「側周表面の対向二側面に形成した」、「周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部」があることが明らかにされている。
 しかるところ、請求項1においては、上記Aの構成における「切り込み部又は溝部」について、「周方向に長さを有する」(構成要件B)と記載されているにとどまり、周方向の長さや切り込みの深さについては記載されておらず、また、この点は、本件明細書の発明の詳細な説明にも記載されていない。例えば、切り込み部等の周方向の長さが短い場合には、当該切り込み部等において膨化による噴き出しが生ずるとしても、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態になる」こと(構成要件D)が明らかであるとはいえず、切り込み部等が設けられていれば、その長さや深さに関わらず、当然に上記効果を奏するということはない。
 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記Aの構成の場合について、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があるものとはいえない。
(ウ) 前記イ(イ)のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、切餅が、「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状ではなく、構成要件Dの「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状となるための具体的な構成、手段は全く記載されていない。
 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」との構成について、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があるものとはいえない。
エ 無効理由4(新規性の欠如)
 被告は、以下のとおり、遅くとも平成14年10月21日に、本件発明と同一の構成を有する切餅(商品名「サトウの切餅・こんがりうまカット」、内容量1s。以下「こんがりうまカット」という。)を日本国内において製造及び販売していたものであるから、本件発明は、本件特許出願の出願(出願日・平成14年10月31日)前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であり、本件特許には、特許法29条1項2号又は1号に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。
(ア) 本件こんがりうまカットの製造及び販売
 被告は、平成14年10月16日から同月18日までの間に、「こんがりうまカット」を合計8249ケース製造し、同月19日、株式会社イトーヨーカ堂(以下「イトーヨーカドー」という。)に納品した(以下、上記納品に係る「こんがりうまカット」を「本件こんがりうまカット」という。)
 イトーヨーカドーは、同月21日から、その経営に係るスーパーマーケットの店頭において、本件こんがりうまカットを販売した。
(イ) 本件こんがりうまカットの構成
 本件こんがりうまカットは、別紙「こんがりうまカット」図面(被告主張のもの)のとおりの構成を有しており、これを説明すると、次のとおりである(以下、被告が主張する本件こんがりうまカットの各構成を「構成(a)」、「構成(b)」などという。)。本件こんがりうまカットが上記構成を有することは、公証人ATが、被告の保管する本件こんがりうまカットの現物(シールされた外袋に、「賞味期限2003.10.17」との記載があるもの)について確認した同公証人作成の事実実験公正証書(乙1)等から裏付けられる。
「(a) 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が直方形の小片餅体である切餅の
(b) 小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面の長辺(以下「長辺側面」という。)に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長辺側面の略中央部に上辺及び下辺に略平行に長辺側面の周方向の長さを有する一の切り込み部が設けられ、
(c) この切り込み部は前記立直側面である側周表面の対向二長辺側面に形成されており、
(d) それとともに、載置底面及び平坦上面に切り込み部が長辺及び短辺の略中央部からそれぞれ対向する長辺及び短辺にわたって+状に交差形成されている
(e) 餅。」
(ウ) 本件発明と本件こんがりうまカットとの対比
 本件発明の構成要件Dは、「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」という本件発明の作用効果を記載したものであり、他方、かかる作用効果を奏するための構成については、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)において、構成要件A、B、C及びEのほかに具体的な記載はないから、構成要件A、B、C及びEが満たされたときは、当然に「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」との作用効果を奏し、構成要件Dも満たされることとなるものといえる。
 以上を前提に、本件発明と本件こんがりうまカットの各構成とを対比すると、本件こんがりうまカットの構成(a)、(b)、(c)及び(e)は、それぞれ本件発明の構成要件A、B、C及びEと一致するから、本件こんがりうまカットは本件発明の構成要件Dをも満たしているといえる。
 したがって、本件こんがりうまカットは、本件発明の構成要件AないしEをすべて備えている。
(エ) まとめ
 以上によれば、本件こんがりうまカットは、本件発明と同一の構成を有する切餅であって、本件特許の出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明に当たるということができるから、本件発明は、本件特許の出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であり、新規性が欠如している。
オ 無効理由5(進歩性の欠如)
 本件発明は、以下のとおり、本件特許の出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明である本件こんがりうまカットに基づいて、当業者が容易に想到することができたものであるから、本件特許には、特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。
(ア) 本件発明と本件こんがりうまカットとの対比
 前記エで述べたとおり、本件こんがりうまカットは、本件発明と同一の構成を有する切餅であるが、あえて両者の相違点を挙げると、次のとおりである(以下、各相違点を「相違点a」、「相違点b」などという。)。
a 本件発明の構成要件Bでは、切餅の側周表面に設けられるのが「切り込み部又は溝部」であるのに対し、本件こんがりうまカットの構成(b)では、「切り込み部」である点
b 本件発明の構成要件Bでは、切り込み部又は溝部が「一もしくは複数」であるのに対し、本件こんがりうまカットの構成(b)では、切り込み部が「一」である点
c 本件発明の構成要件Cでは、切り込み部等について、「この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した」ものとされ、周方向に一周連続させて角環状とするもの、対向二側面のうち長辺部二側面に形成したもの、対向二側面のうち短辺部二側面に形成したものの3つの構成があるのに対し、本件こんがりうまカットの構成(c)では、切り込み部が「側周表面の対向二長辺側面に形成され」ている点
(イ) 容易想到性
a 相違点aについて
 本件発明における「切り込み部」と「溝部」は、ともに「膨化による噴き出し部位」を特定するために設けられるものであるから、本件こんがりうまカットの「切り込み部」を「溝部」に構成することは、当業者が適宜採用し得る程度の設計的事項にすぎない。
b 相違点bについて
 一つとされている本件こんがりうまカットの「切り込み部」を複数とすることも、当業者であれば適宜採用し得る程度の設計的事項にすぎない。
c 相違点cについて
 本件こんがりうまカットの切り込み部は、「立直側面である側周表面の対向二長辺側面に形成されて」いる構成であるから、焼き上げるに際して長辺側面の前記切り込み部上側が下側に対して持ち上がるものであるところ、切り込み部が形成されていない「側周表面の対向二短辺側面」にも切り込み部を形成し、切り込み部を「周方向に一周連続させて角環状」に形成することとすれば、持ち上がりがより容易になることは当業者であれば容易に想到し得ることである。また、切り込み部を対向二側面のうち短辺部二側面に形成することも、当業者であれば適宜採用し得る程度の設計的事項にすぎない。
(ウ) まとめ
 以上によれば、本件発明は、本件こんがりうまカットに基づいて、当業者が容易に想到することができたものといえるから、進歩性が欠如している。
(2) 原告の主張
ア 無効理由1(明確性要件違反)に対し
(ア) 構成要件B
 前記1(1)ア(エ)で述べたとおり、構成要件Bは、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成を除外するものではなく、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けたものも、設けないものも含むことは明らかである。
 したがって、構成要件Bについて、本件発明の明確性要件違反をいう被告の主張は、理由がない。
(イ) 構成要件D
 前記1(1)イ(イ)aで述べたとおり、構成要件Dの「焼板状部」とは単に切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がる場合の上側と下側の部位を指す用語にすぎず、被告の主張のように限定して解釈される要件ではないから、構成要件Dについて、本件発明の明確性要件違反をいう被告の主張は、その前提において理由がない。
イ 無効理由2(サポート要件違反)に対し
(ア) 構成要件B
 前記1(1)ア(イ)で述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けることをも前提としているから、構成要件Bについて、本件発明のサポート要件違反をいう被告の主張は、理由がない。
(イ) 構成要件D
 前記1(1)イ(イ)で述べたとおり、本件発明の構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」には、やや片持ち状態に持ち上がる状態が含まれることは明らかであるから、構成要件Dについて、本件発明のサポート要件違反をいう被告の主張は、理由がない。
ウ 無効理由3(実施可能要件違反)に対し
(ア) 前記1(1)ア(イ)aで述べたとおり、本件発明は、載置底面又は平坦上面に切り込み部等があるかないかに関わりなく、切餅の薄肉部である側周表面に切り込み部等があることで、膨化による吹き出しを防止するとともに、切餅が側周表面の切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がることにより膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切り餅が簡単にできることに、その作用効果があるものである。
 しかるところ、本件明細書には、当業者が、上記のような効果を達成するべく、本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載があることは明らかであるから、構成要件Bについて、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等が設けられる構成をも含むとの解釈を前提とする限り、本件明細書の発明の詳細な説明は実施可能要件を欠くとの被告の主張は、理由がない。
(イ) 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には、切り餅の側周表面に切り込み部等を設けること、これによって焼き上げるに際してこの切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がることが記載されており、さらに、本件明細書の段落【0012】ないし【0020】の「発明の実施の形態」の記載、段落【0021】ないし【0031】の「実施例」の記載を見た当業者であれば、切り餅の側周表面に切り込み又は溝部を設けて焼き上げてみるといった通常期待される程度の試行錯誤により、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成」することは十分可能である。
 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が、本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載があるから、「切り込み部又は溝部」が被告主張の前記(1)ウ(イ)Aの場合について、本件明細書の発明の詳細な説明は実施可能要件を欠くとの被告の主張は、理由がない。
(ウ) 前記1(1)イ(イ)で述べたとおり、本件発明の構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」には、やや片持ち状態に持ち上がる状態が含まれることは明らかであるから、構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」との構成について、本件明細書の発明の詳細な説明は実施可能要件を欠くとの被告の主張は、その前提において理由がない。
エ 無効理由4(新規性の欠如)及び無効理由5(進歩性の欠如)に対し
(ア) 被告が、側周表面に切り込みを入れた切り餅を初めて発売したのは平成15年9月であり、他方、被告が平成14年にイトーヨーカドーに納品し、イトーヨーカドーがその店舗で販売したとされる本件こんがりうまカットは、載置底面及び平坦上面にのみ十字の切り込みがあり、側周表面には切り込みがないものであった。
 上記の事実は、イトーヨーカドーが平成14年に被告から「こんがりうまカット」を仕入れてその店舗で販売した当時、イトーヨーカドーの食品事業部の加工食品担当バイヤーとして当該仕入れを担当したAUの供述のほか、次のような複数の信用性の高い証拠によって裏付けられる。
a 「こんがりうまカット」の包装に表示された写真等
 被告が保管する「こんがりうまカット」の外袋に表示された切餅の写真(乙1の別紙写真5)及び個包装の袋に表示された切餅の図面(乙1の別紙図面)をみると、これらの切餅の載置底面及び平坦上面には切り込みが認められるが、側周表面には切り込みが認められない。
b 新聞報道等
 多数の新聞報道等(甲21ないし27)において、被告が側周表面に切り込みを入れた切り餅を初めて発売したのは平成15年9月であり、平成14年に発売した「こんがりうまカット」は、上下面に十字の切り込みを設けただけの切り餅であることが明記されている。
c 被告による特許出願の経緯
 被告は、「こんがりうまカット」の発売直前である平成14年9月6日、「こんがりうまカット」の開発に携わっていたAV(以下「AV」という。)を発明者として、上下面のみに十字の切り込みのある切餅に関する発明について特許出願を行い(甲35)、さらに、上下面及び側周表面に切り込みのある切餅「パリッとスリット」の発売直前である平成15年7月17日、AVを発明者として、「上面、下面、および側面に切り込みを入れたことを特徴とする切餅」を特許請求の範囲の請求項1とする特許出願を行っている(甲28の1、2)。
 このような被告による特許出願の経緯、すなわち、「こんがりうまカット」の開発に関与していたAVを発明者とし、新製品の発売前にそれぞれ新製品の構成を内容とする特許発明を出願していることからすると、本件こんがりうまカットの構成は、平成14年9月6日に出願された特許発明の内容、すなわち、上下面のみに十字の切り込みのある切餅と同一であると考えるのが自然である。そうでなければ、平成15年7月17日にされた特許出願に係る発明は、その出願前に販売されていた本件こんがりうまカットの存在によって新規性が欠如することとなる。
(イ) 前記(ア)のとおり、本件こんがりうまカットの構成は、切餅の側周表面に、被告主張の構成(b)及び(c)のとおりの切り込み部があるものとは認められない。
 したがって、本件こんがりうまカットの側周表面に切り込み部があることを前提に、本件発明の新規性及び進歩性の欠如をいう被告の主張は、その前提において、いずれも理由がない。
3 争点3(原告の損害額)について
(1) 原告の主張
ア 特許法102条2項又は3項に基づく損害額
 原告は、被告に対し、特許法102条2項又は3項に基づいて算定される損害額のうち、より高額なものを、被告による本件特許権侵害の不法行為による損害賠償として請求することができる。
(ア) 特許法102条2項に基づいて算定される損害額
 原告は、被告製品と競合する切餅を業として製造、販売しているところ、被告が本件特許権の設定登録日である平成20年4月18日から本件訴え提起の日である平成21年3月11日までに製造、販売及び輸出した被告製品の売上総額は、45億円を下らない。
 また、被告が被告製品を製造、販売及び輸出した場合の利益率は、30%を下回ることはない。
 したがって、本件特許権の侵害行為によって被告が受けた利益の額は13億5000万円(45億円×30%)を下回らないから、特許法102条2項によって推定される原告の損害額は、13億5000万円を下らない。
(イ) 特許法102条3項に基づいて算定される損害額
 前記(ア)のとおり、被告が平成20年4月18日から平成21年3月11日までの間に製造、販売及び輸出した被告製品の売上総額は、45億円を下らない。
 また、本件発明の実施料は、製品の売上げの4%とするのが妥当である。
 したがって、被告による本件特許権侵害について特許法102条3項に基づく実施料相当額の原告の損害額は、1億8000万円(45億円×4%)を下らない。
イ 弁護士費用等
 被告による本件特許権侵害と相当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用相当額の原告の損害額は、1億3500万円を下らない。
ウ まとめ
 以上によれば、原告が、被告に対し、被告による本件特許権侵害の不法行為による損害賠償として請求し得る損害額は、前記ア(ア)及びイの合計額である14億8500万円を下らない。
 よって、原告は、被告に対し、本件特許権侵害の不法行為による損害賠償として14億8500万円及びこれに対する不法行為の後である平成21年3月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告の主張
 原告の主張はいずれも争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(技術的範囲の属否)について
(1) 構成要件Bの充足性について
 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)は、前記第2の2(3)アのとおりであり、これを構成要件に分説すると、「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の」(構成要件A)、「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」(構成要件B)、「この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、 」( 構成要件C)、「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」(構成要件D)、「ことを特徴とする餅。」(構成要件E)となる。
 そして、被告製品(別紙物件目録1ないし5記載の各食品。ただし、「切餅」)は、前記第2の2(4)イの構成aないしdを有しており、また、被告製品が本件発明の構成要件A、C及びEを充足することは争いがない。
 そこで、まず、被告製品が構成要件Bを充足するかどうかについて判断することとする。
 この点について原告は、被告製品の構成b2によれば、別紙被告製品図面(斜視図)のとおり、被告製品には、上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の対向する二長辺部に切り込み部13が設けられており、切り込み部13は、本件発明の構成要件Bの「上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する・・・複数の切り込み部を設け」るに該当するから、構成要件Bを充足すると主張する。これに対し被告は、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けずに、「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」のみに切り込み部等を設けることを意味するものであり、被告製品の構成b1によれば、被告製品には、上面17及び下面16に切り込み部18が設けられているから、構成要件Bを充足しない旨主張して争っている。
ア 構成要件Bの解釈
(ア) 本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には、以下のような記載がある。
a「【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】餅を焼いて食べる場合、加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち、焼き網に付着してしまうことが多い。」(段落【0002】)、「このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく、焼いた餅を引き上げずらく、また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する。」(段落【0004】)、「しかし、このような膨化は水分の多い餅では防ぐことはできず、十分に焼き上げようとすれば必ず加熱途中で突然起こるものであり、この膨化による噴き出し部位も特定できず、これを制御することはできなかった。」(段落【0005】)
b「一方、米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると、この切り込みのため膨化部位が特定されると共に、切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども、焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。」(段落【0007】)
c「本発明は、このような現状から餅を焼いた時の膨化による噴き出しはやむを得ないものとされていた固定観念を打破し、切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき、しかも切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり、また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供することを目的としている。」(段落【0008】)
d「【課題を解決するための手段】添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。」(段落【0009】)、「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体1である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体1の上側表面部2の立直側面である側周表面2Aに、この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部3又は溝部を設け、この切り込み部3又は溝部は、この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面2Aの対向二側面に形成した切り込み部3又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅に係るものである。」(段落【0010】)、「また、焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体1である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部2の立直側面である側周表面2Aに、この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状の切り込み部3又は溝部を設けたことを特徴とする請求項1記載の餅に係るものである。」(段落【0011】)
e「【発明の実施の形態】好適と考える本発明の実施の形態・・・を、図面に基づいてその作用効果を示して簡単に説明する。」(段落【0012】)、「小片餅体1の上側表面部2には、長さを有するあるいは長さが短くても複数配置された切り込み部3又や溝部(以下、単に切り込み3という)が予め形成されているため、小片餅体1を焼く場合には単に焼き網に小片餅体1を載せて加熱するだけで、膨化による噴き出しが生じない。」(段落【0013】)、「即ち、従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し)、焼き網に付着してしまうが、切り込み3を設けていることで、先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ、しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり、短くても数箇所設けることで、膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため、焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」(段落【0014】)
f「しかも本発明は、この切り込み3を単に餅の平坦上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく、周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面2Aに周方向に沿って形成するため、この切り込み3の設定によって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に、焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわない。しかも焼き上がった餅が単にこの切り込み3によって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となり、それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができることとなる。」(段落【0015】)、「即ち、例えば、側周表面2Aに切り込み3を周方向に沿って形成することで、この切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置に切り込み3が位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多い。」(段落【0016】)、「また、この側周表面2Aに形成することで、膨化によってこの切り込み3の上側が下側に対して持ち上がり、この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという画期的な作用・効果を生じる。」(段落【0017】)、「即ち、この持ち上がりにより、図2に示すように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状に自動的に膨化変形し、自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。またほぼ均一に焼き上げることが可能となる。」(段落【0018】)
g「【発明の効果】本発明は上述のように構成したから、切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき、しかも切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり、また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅となる。」(段落【0032】)
h「しかも本発明は、この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく、周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面に周方向に沿って対向位置に形成すれば一層この切り込みよって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に、焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわず、しかも確実に焼き上がった餅は自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となり、それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができこととなる画期的な餅となる。」(段落【0033】)
i「また、切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置に切り込みが位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く、膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり、この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという画期的な作用・効果を生じる。」(段落【0034】)
j「特に本発明においては、方形(直方形)の切餅の場合で、立直側面たる側周表面に切り込みをこの立直側面に沿って形成することで、たとえ側周面の周面全てに連続して角環状に切り込みを形成しなくても、少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して切り込みを形成することで、この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり、しかも完全に側面に切り込みは位置し、オーブン天火の火力が弱いことなどもあり、忌避すべき形状とはならず、また前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり、自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」(段落【0035】)
k【図1】として、「第一実施例(切餅に適用した一実施例)を示す斜視図」、【図2】として、「第一実施例(切餅に適用した一実施例)を示す焼き上がり状態の斜視図」、【図3】として、「第二実施例(切餅に適用した別実施例)を示す斜視図」が示されている。
(イ) 前記(ア)の各記載を総合すれば、本件明細書には、@従来、餅を焼いて食べる場合、加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち、焼き網を汚すなどの問題があったこと(前記(ア)a)、Aこの加熱時の膨化による噴き出しを制御するため、従来の米菓で行われていたように、餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れることも考えられたが、その場合には、切り込みによって膨化部位が特定され、突発噴き出しを抑制することはできるものの、焼き上がった後の当該切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅への実用化がためらわれるという課題があったこと(前記(ア)b)、B「本発明」は、「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るようにすること、しかも「切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり、また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供すること」を目的とし(前記(ア)c)、上記Aの課題を解決するための手段として、切り込みを、「単に餅の平坦上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく、上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したこと(前記(ア)d、f)、C「本発明」は、上記Bのような構成を採用したことにより、「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るなどの作用効果を奏すること(前記(ア)g、h)、D上記Cの「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」る作用効果は、具体的には、「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置にあるため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く、膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり、この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという」作用効果を意味すること(前記(ア)i、j)が記載されていることが認められる。
(ウ) そして、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(イ)の本件明細書の記載事項を総合すれば、本件発明は、「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るようにすることなどを目的とし、切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を、従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく、「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより、焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置にあるため、焼き上がった後の切り込み部位が人肌での傷跡のような忌避すべき焼き形状とならない場合が多い」などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから、本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は、切り込み部等を設ける切餅の部位が、「上側表面部の立直側面である側周表面」であることを特定するのみならず、「載置底面又は平坦上面」ではないことをも並列的に述べるもの、すなわち、切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず、「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。
イ 原告の主張に対する判断
 これに対し原告は、構成要件Bの文言、本件明細書記載の作用効果及び本件特許の出願経過のいずれをみても、構成要件Bについては、切餅の「側周表面」に切り込み部等を設ける必要があるが、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けても設けなくてもよいことを規定したものと解釈すべきであり、本件発明は、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成の切餅を除外するものではない旨主張するので、以下において順次検討する。
(ア) 請求項1の文言解釈に関する主張について
a 原告は、@構成要件Bにおいては、「小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」の文言が読点を挟まずに連続して記載されるとともに、この記載の後に読点が付されていること、A切餅は直方体であるために、単に「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」と述べても、別紙参考図面の図1ないし3の3パターンが考えられ、直方体の6面のどの部分が側周表面であるのかを特定することができないこと、B仮に切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部を設けた構成を除外するのであれば、「切餅の載置底面又は平坦上面には切り込み部を設けずに、切餅の側周表面に切り込み部を設ける」又は「切餅の側周表面のみに切り込み部を設ける」などと記載されるべきであるのにそのような記載にはなっていないことを根拠に挙げ、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は、切り込み部等を設ける切餅の部位が、「側周表面」であることを明確に特定するために「側周表面」を修飾する記載であって、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成を除外する趣旨の記載ではない旨主張する。
(a) 原告主張の前記@について
 原告が指摘するとおり、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」との文言と「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との文言は、句読点を挟むことなく連続したひとまとまりの記載となっている。
 しかし、仮に切り込み部等を設ける切餅の部位が「載置底面又は平坦上面」とは異なる「側周表面」であることを特定することのみを表現するのであれば、「載置底面又は平坦上面ではない・・・側周表面」などの表現をするのが適切であることに照らすならば、原告が主張する構成要件Bの記載形式のみから、「載置底面又は平坦上面ではなく」との文言が「側周表面」を修飾する記載にすぎないと断ずることはできないというべきである。
(b) 原告主張の前記Aについて
 原告が主張する別紙参考図面の図1ないし3の3パターンにおいて、いずれの「側周表面」であるかを特定するためには、「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅」であること(構成要件A)が前提として示されていれば十分であり、これに加えて「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載が必要であるということはできない。
 すなわち、本件発明は、構成要件Aにおいて「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅」であることが前提とされる以上、そのような切餅を焼き網に載置した場合の状態として通常想定されるのは、別紙参考図面の図1のように直方体の最も面積の広い面を下にした状態であって、図2及び3のような不自然な状態でないことは明らかである。
 そうである以上、構成要件Aに続く記載として、「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との文言があれば、切り込み部等が設けられる部位である「側周表面」の特定としては十分であって、「載置底面又は平坦上面ではなく」との文言が必要であるということはできない。
 むしろ、構成要件Bにおいて、「側周表面」の特定のために特に必要とされない「載置底面又は平坦上面ではなく」との文言があえて付加されていることからすれば、当該文言は、切り込み部等を設ける切餅の部位が、「上側表面部の立直側面である側周表面」であることを特定するのみならず、「載置底面又は平坦上面」ではないことをも並列的に述べるという積極的な意味のある記載であると解釈するのが合理的である。
(c) 原告主張の前記Bについて
 原告は、切餅の「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成を除外するのであれば、前記Bのように記載されるはずである旨主張するが、そのように断定することはできない。
b 以上のとおり、原告が主張する前記@ないしBの点は、いずれも構成要件Bに関する原告の解釈を根拠づけるものではない。
(イ) 本件明細書記載の作用効果に関する主張について
a 原告は、本件発明の作用効果に関する本件明細書の記載を参酌しても、構成要件Bにおいて、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成の餅を除外していると解釈することはできない旨主張し、その具体的根拠として、本件明細書の段落【0032】、【0033】等の記載事項を挙げるほか、本件明細書には、載置底面に切り込み部を設けるか否かについては何ら言及がないから、構成要件Bの「載置底面・・・ではなく」の意味を「載置底面に切り込み部又は溝部を設けない」と解釈することはできず、そうである以上、同一の文言を用いた「平坦上面ではなく」との記載についても、「平坦上面に切り込み部又は溝部を設けない」と解釈することはできない旨主張する。
(a) 本件明細書の段落【0032】の記載に基づく主張について@ 原告は、段落【0032】の記載によれば、切餅の薄肉部である側面の「切り込みの設定によって」、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切餅が簡単にできることに本件発明の作用効果があるのであって、載置底面又は平坦上面に切り込みが存在するか否かは、このような作用効果とは無関係である旨主張する。
 しかしながら、前記ア(イ)及び(ウ)で述べたとおり、段落【0032】を含む本件明細書の記載によれば、本件発明においては、切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を、従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく、「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより、「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」ることなどの作用効果を奏するものであり、この「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」る作用効果は、具体的には、「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置にあるため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く、膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり、この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという」作用効果を意味するのであるから(前記ア(イ)C及びD)、載置底面又は平坦上面に切り込みが存在するか否かは、本件明細書に記載された本件発明の上記効果と密接に関係することであって、これと無関係であるなどといえないことは明らかである。
 したがって、原告の上記主張は理由がない。
A また、原告は、段落【0032】における「切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく」との記載は、本件発明が、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けた餅をも包含することを前提としている旨主張する。
 しかしながら、本件明細書の段落【0032】ないし【0035】の記載(前記ア(ア)gないしj)を総合すれば、段落【0032】における「切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく」との記載は、餅の突発噴き出しを抑制するための切り込み部位を、「平坦上面又は載置底面」に設けるのではなく「側周表面」に設けるという「切り込みの設定」によって「焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るとの効果を奏することを説明した上で、さらに、切り込みの設定によっては、「例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面に周方向に沿って対向位置に形成すれば」(段落【0033】)、上記の効果に加えて、「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり、自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となる」(段落【0035】)という効果をも奏することを述べているものと理解することができる。
 したがって、段落【0032】における「切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく」との記載から、本件発明が載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けた餅をも包含することを前提としているとの原告の上記主張は、失当である。
(b) 段落【0033】の記載に基づく主張について
 原告は、本件明細書の段落【0033】における「本発明は、この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく、周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面に周方向に沿って対向位置に形成」するとの記載は、本件発明が載置底面又は平坦上面に切り込み部を入れたものを含むことを示している旨主張する。
 しかしながら、本件明細書の段落【0007】、【0008】、【0015】、【0032】ないし【0035】の記載(前記ア(ア)b、c、fないしj)を総合すれば、原告主張の段落【0033】における上記記載部分は、本件発明においては、「焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる」という問題点があった、餅の「平坦上面」に種々の切り込みを形成するという構成ではなく、「側周表面」に切り込みを形成する構成とした旨を述べているものであることが明らかである。
 したがって、本件明細書の段落【0033】における上記記載部分は本件発明が載置底面又は平坦上面に切り込み部を入れたものを含むことを示しているとの原告の上記主張は、理由がない。
(c) 段落【0034】等の記載に基づく主張について
 原告は、焼き上がった後の切り込み部が「忌避すべき焼き形状とならない」ことについて述べる本件明細書の記載(段落【0034】等)は、単に「側周表面」に設けられた切り込み部が忌避すべき焼き形状とならないことを指摘したものにすぎず、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部を設けるか否かについて何ら言及するものではない旨主張する。
 しかしながら、前記ア(イ)で述べたとおり、本件明細書には、加熱時の膨化による噴き出しを制御するための切り込み部を餅の表面(切餅では平坦上面)に設けた場合には、「人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、焼き上がり形状が忌避すべき状態となってしまい、切餅への実用化がためらわれる」という従来の課題を踏まえ、当該切り込み部を、平坦上面の場合に比べて見えにくい上に、オーブンによる火力が弱い位置である「側周表面」に設けたことによって、「焼き上がった後の切り込み部位が人肌での傷跡のような忌避すべき焼き形状とならない場合が多い」などの作用効果を奏することが記載されていることに照らすならば、原告の上記主張は、理由がない。
(d) 「載置底面」に関する記載に基づく主張について
 原告は、本件明細書には、「載置底面」に切り込み部を設けるか否かについての言及がないことを根拠として、構成要件Bの「載置底面・・・ではなく」の意味を「載置底面に切り込み部又は溝部を設けない」と解釈することはできず、そうである以上、同一の文言を用いた「平坦上面ではなく」との記載についても、「平坦上面に切り込み部又は溝部を設けない」と解釈することはできない旨主張する。
 そこで検討するに、前記(c)のとおり、本件明細書には、加熱時の膨化による噴き出しを制御するための切り込み部を餅の表面(切餅では平坦上面)に設けた場合には、「人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、焼き上がり形状が忌避すべき状態となってしまい、切餅への実用化がためらわれる」という従来の課題を踏まえ、本件発明においては、当該切り込み部を「平坦上面」に設けるのではなく、「側周表面」に設ける構成としたことが記載されているが、一方で、本件明細書には、「載置底面」については、「平坦上面」に関する上記のような記載が明示的にされている箇所は見当たらない。
 しかしながら、@本件発明の対象が「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅」(構成要件A)に限定されていること、Aこのような切餅において、これを焼き網に載置した場合の状態として想定されるのは、別紙参考図面の図1のように直方体の最も面積の広い面を載置底面とした状態であるところ、その場合に、対向する二つの最も面積の広い面のうちのいずれを載置底面とするかは、あらかじめ定められていることではなく、切餅を焼き網に載置して焼く者がその都度無作為に選択するのが通常であることからすると、切餅における載置底面と平坦上面との位置関係は、自由に入れ替わることが本来的に予定されているというべきである。
 そうすると、本件明細書中に、このような切餅において、切り込み部位が忌避すべき焼き上がり状態とはならないようにするために「平坦上面」に切り込み部を設けないことが記載されていることからすれば、本件明細書に接した当業者においては、「平坦上面」のみならず、これと自由に入れ替わることが予定された「載置底面」についても、同様に切り込み部を設けないことを要するものと理解するものと認められる。
 したがって、原告の上記主張は、理由がない。
 なお、原告は、本件明細書には、丸餅も含めた小片餅体に関する記載がされていること根拠として、「平坦上面」と「載置底面」とは明確に区別されている旨主張する。
 しかし、本件明細書中に、丸餅に関する記載があるのは、本件特許出願の出願当初明細書(甲6の2)の特許請求の範囲では、切餅のみならず、丸餅も発明の対象とされていたことによるものであること(後記(ウ)b(a))、その後の本件明細書の特許請求の範囲等の補正の結果、本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)においては、切餅のみが発明の対象とされていることからすると、本件明細書中の丸餅に関する記載をもって、本件発明についての解釈の根拠とすることはできないというべきであるから、原告の上記主張は失当である。
b 以上のとおり、原告が主張する前記a(a)ないし(d)の点は、いずれも構成要件Bに関する原告の解釈を根拠づけるものではない。かえって、本件発明の作用効果に関する本件明細書の記載に照らすならば、構成要件Bが、切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けない構成を意味するものであることは明らかである。
(ウ) 出願経過に関する主張について
a 原告は、@本件特許の出願経過において、平成17年11月25日付け意見書(甲10の1)、平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の1)及び平成19年1月4日付け回答書(甲16)をもって、本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し、その結果、本件発明について特許すべき旨の審決がされており、本件発明は、切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けても設けなくてもよいことを前提に、特許登録に至っていること、A本件特許の出願経過の当初から、本件発明においては、側周表面のみに切り込みを設けるという構成には限定できないことを審査官より指摘され、原告としても限定しないことを前提に、本件特許についての審査がされていること、上記@及びAのような本件特許の出願経過からみても、本件発明の構成要件Bは、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成を除外するものではないと解釈されるべきである旨主張する。
b 前記第2の2(2)の事実と証拠(甲6の2、8の1及び2、9、10の1及び2、12の2、16、18の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、本件特許の出願経過に関し、以下の事実が認められる。
(a) 本件特許出願(平成14年10月31日出願)に係る出願当初明細書(甲6の2)記載の特許請求の範囲は、請求項1ないし8から成り、その請求項1の記載は、次のとおりである。
 「【請求項1】角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の載置底面ではなく上側表面部に、周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする餅。」
(b) 原告は、平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受けたので、同年8月1日付けで、出願当初明細書記載の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲8の2)を提出するとともに、同日付け意見書(甲8の1)及び手続補足書を提出した。
@ 平成17年8月1日付け手続補正書(甲8の2)による補正後の特許請求の範囲は、請求項1ないし5から成り、その請求項1の記載は、次のとおりである(下線部は、補正部分である。)
 「【請求項1】角形の切餅や丸形の丸餅などの焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の側周表面のみに、周辺縁あるいは輪郭縁に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、前記周方向に連続して形成若しくは周方向に沿って複数形成した切り込み部又は溝部は、少なくとも前記小片餅体の側周表面の互いに対向する位置には存するように構成して、焼き上げるに際しての膨化による外部への噴出力を抑制するための前記切り込み部又は溝部を、前記小片餅体の載置底面又は平坦上面には形成せず、且つ前記切込み部又は溝部が前記小片餅体の側周表面の対向位置に何ら形成されていないことのないように構成したことを特徴とする餅。
A 平成17年8月1日付け意見書(甲8の1)には、「従って、単に餅表面に切り込みを設けただけでは、平坦正面に形成した切り込み部分の焼き上がりが、実に忌避すべきものとなってしまい実用性に乏しいのです。」、「そこで、本発明は、切り込みを天火が直に当たりずらい側周表面のみに設け、しかも切り込みを水平方向に切り入れ、更に周辺縁あるいは輪部縁に沿う周方向に長さを有する切り込みとし、他の平坦上面や載置底面には形成せず・・・前述にように切り込みの焼き上がり具合は決して刃傷のようにはならず、見た目も良いだけではなく、この切り込みの前述のような形成位置設定によって、切り込み下側に対して切り込み上側は膨れるように持ち上がり、まるで最中サンドのように焼き上がり、今日までの餅業界では全く予想もできないきれいにして均一な焼き上がりを実現できたのです。」、「この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです。」(以上、2頁9行〜20行)などの記載がある。
(c) 原告は、平成17年9月21日付けで、更に拒絶理由通知(甲9)を受けたので、同年11月25日付けで、本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲10の2)を提出するとともに、同日付け意見書(甲10の1)及び手続補足書を提出した。
@ 平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)には、拒絶の「理由」として、「平成17年8月1日付けでした手続補正は、下記の点で願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。」、「記」として、「「小片餅体の上側表面部の側周表面のみに、」(補正後の請求項1)は願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載されていない。当初明細書等には「小片餅体の・・・上側表面部の側周表面に、」との記載(請求項2)及び「小片餅体1の・・・上側表面部2の側周表面2Aに、」との記載はあるものの(発明の詳細な説明の段落0011)、記載された事項から「のみ」であることが自明な事項であるとも認められない。」(以上、1頁)などの記載がある。
A 平成17年11月25日付け手続補正書(甲10の2)による補正後の特許請求の範囲は、請求項1ないし6から成り、その請求項1及び4の記載は、次のとおりである(下線部は、補正部分である。)
 「【請求項1】焼き網に載置して焼き上げて食する丸餅などの輪郭形状が円形の小片餅体の載置底面又平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の周辺傾斜面である側周表面に、この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて丸環状とした若しくは周方向に沿って複数配置してほぼ丸環状に配置した若しくは対向二箇所に周方向に連続して形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際しての膨化による外部への噴き出しを抑制する構成としたことを特徴とする餅。」
 「【請求項4】焼き網に載置して焼き上げて食する切餅などの輪郭形状が方形の小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは周方向に沿って複数配置してほぼ角環状に配置した若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際しての膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。
B 平成17年11月25日付け意見書(甲10の1)には、
 「1.本願に関し、この度、先に提出した手続補正書が要旨変更であることのご見解が示され、再度意見書徴集せられましたが、出願当初の明細書及び図面の記載から自明な事項として導き出せない限定事項が記載されているとのこの度のご指摘を精査検討し、改めて以下の点を考慮した別紙手続補正書をこの度再提出致しました。」、「2.即ち、切り込みが側周表面にのみ存するとの点については、審査官の要旨変更とのご指摘を踏まえて、元通り「のみ」を削除し、この「のみ」であるか否かは出願当初どおり請求項には特定せず、本発明の必須の構成要件でなく出願当初通り「のみ」かどうかは本発明と無関係と致しました。・・・即ち、ご指摘の点を踏まえて要旨変更とならないように、請求項を先ず丸餅と切餅(角餅)に区分し、切り込みはこの丸餅にあっては周辺傾斜面に、切餅にあっては立直側面に設け、しかも、周方向に形成する切り込みは、丸餅にあっては輪部縁に沿って、切餅にあっては立直側面に沿って形成し、更にこの切り込みは、環状の切り込みとするか、複数の切り込みからなるほぼ環状の切り込みとするか若しくは少なくとも対向二カ所に対向形成するかのいずれかである点を明確にクレームに特定すると共に、この切り込みを形成する小片餅体は、先回の補正と同様に焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体(丸餅あるいは切餅)であって、この上側表面部の側周表面に前述のように切り込みを設けて焼き上げるに際して膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した点を明確に特定致しました。」(以上、1頁)、「この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです(尚、この最中サンドのように膨れて持ち上がるように焼き上がることが本発明の最も重要な必須の発明ポイントであり、この発明ポイントが重要なのであって、勿論見た目が悪くなっても構わなければ平坦上面にも更に切り込みを追加しても構わないことは言うまでもないことです。)」(3頁)などの記載がある。
(d) 原告は、平成18年1月24日付けで拒絶査定を受けたので、同年2月27日付けで上記拒絶査定に対する不服審判請求(不服2006−3586号事件)を行い、同年3月29日付けで、本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲12の2)及び審判請求書の請求の理由を変更する手続補正書を提出し、更に同月31日付け手続補足書を提出した。
 上記手続補正書(甲12の2)による補正後の特許請求の範囲は、請求項1ないし5から成り、その請求項1及び4の記載は、次のとおりである(下線部は、補正部分である。)
 「【請求項1】焼き網に載置して焼き上げて食する丸餅などの輪郭形状が円形の小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の周辺傾斜面である側周表面に、この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて丸環状とした若しくは対向二箇所に周方向に連続して形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際しての膨化による外部への噴き出しを抑制する構成としたことを特徴とする餅。」
 「【請求項4】焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。」
(e) 原告は、不服2006−3586号事件の審尋に対する平成19月1月4日付け回答書(甲16)を提出した後、平成20年2月19日付けで、拒絶理由通知を受けたので、同月29日付けで、本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲18の2)を提出するとともに、同日付け意見書(甲18の1)を提出した。
 上記手続補正書(甲18の2)による補正は、上記意見書(甲18の1)に「今回の拒絶理由を解消すべく、丸餅の請求項1〜3とその実施例をすべて削除し、請求項4、5をそのまま請求項1、2とした」との記載があるように、平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の2)による補正後の特許請求の範囲の請求項1ないし5のうち、請求項1ないし3を削除し、「切餅」に関する請求項4、5をそのまま新たな請求項1、2としたものである。
 なお、平成19月1月4日付け回答書(甲16)には、「(7)本発明は、上下面にあろうが、側面にあろうが切り込みを形成することで噴き出しを抑制することを第一の目的としていますが、上下面に切り込みがあろうがなかろうが、切餅の薄肉部である立直側面の周方向に切り込みがあることで、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがあるのです(もちろん上下面には切り込みがない方が望ましいが、上下面にあってもこの側面にあることで前記作用効果が発揮され、これまでにない画期的な切餅となるもので、引例にはこの切餅の薄肉部である側面に切り込みを設ける発想が一切開示されていない以上、本発明とは同一発明ではありません。)。」(7頁〜8頁)などの記載がある。
(f) 特許庁は、平成20年3月24日、不服2006−3586号事件について、「原査定を取り消す。本願の発明は、特許すべきものとする。」との審決をした。
 原告は、同年4月18日、本件特許権の設定登録(請求項の数2)を受けた。
c(a) 原告主張の前記a@について
 前記bの本件特許の出願経過によれば、@原告は、平成17年5月27日付けの拒絶理由通知の拒絶理由を解消するため、同年8月1日付け意見書(甲8の1)において、「本発明は、切り込みを天火が直に当たりずらい側周表面のみに設け、しかも切り込みを水平方向に切り入れ、更に周辺縁あるいは輪部縁に沿う周方向に長さを有する切り込みとし、他の平坦上面や載置底面には形成せず」と述べるとともに、同日付け手続補正書(甲8の2)により出願当初明細書記載の請求項1を「角形の切餅や丸形の丸餅などの焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の側周表面のみに、周辺縁あるいは輪郭縁に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」とするなどの補正をしたこと(前記b(b))、Aしかし、平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)において、上記@の手続補正は、「「小片餅体の上側表面部の側周表面のみに、」(補正後の請求項1)は願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載されていない。当初明細書等には「小片餅体の・・・上側表面部の側周表面に、」との記載(請求項2)及び「小片餅体1の・・・上側表面部2の側周表面2Aに、」との記載はあるものの(発明の詳細な説明の段落0011)、記載された事項から「のみ」であることが自明な事項であるとも認められない。」との拒絶理由を指摘されたことから、原告は、上記拒絶理由を解消するため、平成17年11月25日付け意見書(甲10の1)において「2.即ち、切り込みが側周表面にのみ存するとの点については、審査官の要旨変更とのご指摘を踏まえて、元通り「のみ」を削除し、この「のみ」であるか否かは出願当初どおり請求項には特定せず、本発明の必須の構成要件でなく出願当初通り「のみ」かどうかは本発明と無関係と致しました。」などと述べるとともに、同日付け手続補正書(甲10の2)によりその旨の請求項1の補正を行ったこと(前記b(c))、Bその後、原告は、「上下面に切り込みがあろうがなかろうが、切餅の薄肉部である立直側面の周方向に切り込みがあることで、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがある」などと主張するようになったこと(前記b(e))が認められる。
 上記認定事実によれば、原告は、本件特許の出願過程において、積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく、切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたが、その主張が、平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)に係る拒絶理由によって認められなかったため、これを撤回し、主張を改めたものというべきであるから、本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し、その結果、本件発明について特許すべき旨の審決がされたとの原告の主張は、その前提において失当である。
 このように、原告が主張する前記a@の点は、本件特許の出願人である原告が、特許庁に提出した意見書等の中で、本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではなく、このような事情が、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈に直ちに結びつくものとはいえない。
(b) 原告主張の前記aAについて
 前記(a)の認定事実によれば、原告が主張する前記aAの点は、本件特許出願の審査の過程の中で、前記拒絶理由通知(甲9)を発した当時の特許庁審査官が、本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の判断を示し、これを受けた出願人たる原告も、特許庁に提出した意見書等の中で、同趣旨の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではないから、このような審査過程での一事情をもって、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈を左右し得るとみることは困難というべきである。
d 以上のとおり、原告が主張する前記a@及びAの点は、いずれも構成要件Bに関する原告の解釈を根拠づけるものではない。
(エ) 小括
 以上の次第であるから、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」るとの文言は、切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず、「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解釈するのが相当であり、これに反する原告の主張は、いずれも採用することができない。
ウ 被告製品の構成要件Bの充足の有無
(ア) 以上に認定した構成要件Bの解釈を前提に検討するに、被告製品においては、構成b2のとおり、その載置底面及び平坦上面に当たる下面16及び上面17のそれぞれほぼ中央部に、十字状に切り込み部18が設けられているから、切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けないことを要するものとされる構成要件Bを充足しないというべきである。
(イ) これに対し原告は、構成要件Bについて、切餅の載置底面又は平坦上面に「切り込み部又は溝部」を設けた構成を除外するものであるとの解釈を前提としたとしても、本件明細書の段落【0007】の記載によれば、構成要件Bで載置底面又は平坦上面に設けないことを要するものとされる「切り込み部」とは、その焼き上がり後の状態が「忌避すべき状態」、すなわち、「人肌での傷口(刃傷)のように焼き開いて盛り上がり、均一に焼けないばかりかこの刃傷のような切り口で腫れ上がったような盛り上がりとなるような状態」となるものに限定されるとの解釈に立った上で、被告製品の平坦上面の切り込み部18は、その焼き上がりが上記のような状態となるものではないから、構成要件Bで載置底面又は平坦上面に設けないことを要するものとされる「切り込み部」には当たらない旨主張する。
 しかしながら、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載をみても、切餅の「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の立直側面である側周表面」に設けられる「切り込み部又は溝部」について、その焼き上がり後の状態を上記のようなものに限定する文言は存在しない。
 また、原告がその主張の根拠とする本件明細書の段落【0007】の記載は、従来考えられた「切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れる」場合の問題点として、「焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切り餅や丸餅への実用化はためらわれる」ことを指摘するものにすぎず、このような記載が直ちに本件発明における切り込み部の構成を特定するものであることについて、本件明細書中には記載も示唆もない。
 さらに、焼き上がり後の状態が原告が主張する「忌避すべき状態」となるか否かは、結局のところ、餅の焼き方や焼き上がり後の餅を見る者の主観などによって大きく左右される事柄であるから、このような「忌避すべき状態」という不明確な文言をもって、本件発明の構成を特定するための要件とみることは、相当でないというべきである。
 以上によれば、被告製品の平坦上面の切り込み部18は、構成要件Bで載置底面又は平坦上面に設けないことを要するものとされる「切り込み部」には当たらないとの原告の主張は、その前提において理由がない。
(2) まとめ
 以上によれば、被告製品は、本件発明の構成要件Bを充足しないから、本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。
2 結論
 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 大鷹一郎
 裁判官 大西勝滋
 裁判官 石神有吾


(別紙)物件目録
 下記の食品。
1 商品名 「サトウの切り餅パリッとスリット」
  内容量 400g、700g、1kg、2kg
2 商品名 「サトウの鏡餅 サトウのサッと鏡餅 切り餅入り 極小」
3 商品名 「サトウの鏡餅 サトウのサッと鏡餅 切り餅入り 小」
4 商品名 「サトウの鏡餅 サトウのサッと鏡餅 切り餅入り 中」
5 商品名 「サトウの鏡餅 切り餅入り 大」
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