判例全文 line
line
【事件名】鉄道DVD無断編集・販売事件(2)
【年月日】平成22年11月10日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10046号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第36380号)
 (口頭弁論終結日 平成22年9月1日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 三戸岡耕二
同 吉岡俊治
被控訴人 株式会社大創産業
同訴訟代理人弁護士 山田延廣
同 藤井裕
同 寺本佳代
同 工藤勇行
被控訴人補助参加人 株式会社オスカ
同訴訟代理人弁護士 桑野雄一郎


主文
1 原判決中、金銭請求に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、329万6800円及びこれに対する平成20年12月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを15分し、その1を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とし、補助参加によって生じた費用は、第1、2審を通じ、これを15分し、その1を被控訴人補助参加人の、その余を控訴人の各負担とする。
3 この判決は、主文第1項の(1)につき、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、金銭請求に関する部分を次のとおり変更する。
 被控訴人は、控訴人に対し、4950万円及びこれに対する平成20年12月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本判決の略称は、当事者の呼称を含め、審級に応じた読替えをするほか、原判決に倣う。
1 本件は、世界各地の蒸気機関車(SL)の映像を本件DVテープに撮影した本件映像の著作権者である控訴人が、被控訴人において、オスカ企画が控訴人に無断で本件映像を編集して作成した本件作品1及び2について、被控訴人補助参加人(以下、単に「補助参加人」といい、被控訴人と併せて、「被控訴人等」ということがある。)との間でDVD化に関する契約を締結した博美堂から、本件DVDを買い受けてこれを販売したことにつき、被控訴人に対し、@本件映像についての著作者人格権(同一性保持権)の侵害を理由とする、著作権法112条に基づく本件DVDの頒布等の差止め及び廃棄、A本件映像についての著作権(複製権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)の侵害を理由とする、財産的損害4000万円(主位的には、逸失利益相当額。予備的には、著作権法114条3項に基づく損害額)、精神的損害500万円及び弁護士費用450万円、以上合計4950万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年12月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原判決は、本件DVDを作成する行為は、控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害するものであり、本件DVDは、被控訴人店舗で販売する商品として企画・制作され、被控訴人の名義のみが表示されて販売されていることからすると、被控訴人においても、控訴人の著作権及び著作者人格権を侵害する行為を行ったものと認められるとして、著作権法114条3項に基づく財産的損害210万5920円及び慰謝料100万円の合計310万5920円を控訴人の損害と認定した上、過失相殺として控訴人の過失1割を減額した279万5328円並びに弁護士費用28万円の合計307万5328円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を求める限度で金銭請求を認容し、本件DVDの頒布等の差止め等を求める請求を棄却したため、控訴人が、原判決中、金銭請求を一部棄却した部分を不服として、一部控訴に及んだ。
2 前提となる事実
 被控訴人の金銭請求について判断する前提となる事実は、原判決2頁20行目から4頁6行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
3 本件訴訟の争点
 当審における本件訴訟の争点は、争点(2)を除いて、原判決4頁8行目から13行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
第3 当事者の主張
1 原審における主張
 当事者の原審における主張は、争点(2)に関する部分を除いて、原判決4頁15行目から18頁7行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における主張
(1) 争点(4)(過失相殺)について
〔控訴人の主張〕
ア 原判決が認定した過失相殺の根拠について
 原判決は、控訴人が補助参加人に本件DVテープを預けていたところ、補助参加人が、本件映像を利用して番組を制作することを告げて説明書の作成を依頼した事実を認定し、控訴人が補助参加人の映像制作を認識しながら本件DVテープについての連絡・回収等の行動を取らなかったことを根拠に、控訴人にも1割の過失が認められるとした。
 原判決のかかる認定は、平成16年5月28日、撮影機材返却のためにオスカ企画を訪問した控訴人に対し、放送用番組制作の説明をして即時に了承を得た上で、さらに本件DVテープの説明書作成についても承諾を得たという原審におけるAの証言に依拠するものである。
イ 原判決の認定の誤りについて
(ア) 控訴人は、平成16年5月24日、オスカ企画において、Bが激しく控訴人を叱責したことから、以後、Bと控訴人とは険悪な関係となり、控訴人は、同月28日には、事前にBの不在を確認してから事務所を訪問するような状況であった。控訴人とBの関係は、その後、修復されていない。
 このように、控訴人とBの間に、決定的かつ深刻な感情的対立が存在しているような状況において、控訴人が、同月28日においてのみ、ライフワークの結晶ともいうべき心血を注いだ本件映像を、嫌悪する相手方に対し、即時、無条件で使用させることを許諾したことなどあり得ない。
(イ) Aは、控訴人に対し、本件DVテープをダビングしたVHSテープ(以下「本件VHSテープ」という。)をA名義で送付している。仮に、本件VHSテープの送付が、控訴人が補助参加人の映像制作を許諾し、説明書作成についても約束したことを前提とするならば、補助参加人名義で送付することが社会常識である。
 また、控訴人が、放送用映像の制作を許諾しているのであれば、本件VHSテープの送付が補助参加人の業務に関するものであることは控訴人も十分認識するのであるから、送付名義を気にすることもあり得ない。
 したがって、控訴人とBの関係が険悪だったことから、控訴人の心情を配慮して、A名義で送付したことを不自然ではないとした原判決の認定は明らかに誤りである。
(ウ) 原判決は、本件VHSテープの送付後、控訴人から説明書が送付されないことについて、Aが数回控訴人に連絡し、控訴人も、翌年の年賀状で謝意を表したことをもって、控訴人が放送用映像制作を知っていた根拠とする。
 しかしながら、控訴人に対する問合せは、いずれもA個人からされており、業務主体である補助参加人やBからされたものではない。Bは、厚意で貸し出した撮影機材の返却が数日遅れた程度で激怒したのであるから、控訴人が説明書の作成を承諾し、大量の本件VHSテープをダビングして送付させておきながら、説明書作成を長期間怠っていたならば、控訴人に対し、厳重に督促するものと推測される。Aからの連絡も、番組制作の遅延など、督促に伴って通常触れられるべき具体的事実を全く告知していない。
(エ) 補助参加人は、平成17年に至っても、控訴人から説明書が送付されないことから、それ以上控訴人に連絡をすることなく、鉄道に関する知識を一切有さないAに文献を調査させた上で本件作品1及び2を制作し、控訴人が視聴できない地方ローカル局ばかりに販売した。補助参加人は、その間、控訴人に対して一切連絡をせず、放送後も、映像撮影の対価について、控訴人に何らの提案も、説明もしていない。
(オ) Aは、オスカ企画の専属プロデューサーとして、補助参加人から得る報酬等で生計を維持しているのみならず、本件DVDを制作した人物であるから、被控訴人等に不利な証言をすることはあり得ない。原判決は、Aの証言の危険性を十分に認識することなく、供述内容の吟味が不十分なまま、前後相矛盾する事実認定をしたものである。
ウ 事実経過について
 補助参加人が放送用映像を制作した事実経過は、以下のとおりである。
(ア) BとAは、平成16年5月ころ、本件映像を使用した番組制作の企画を有しており、控訴人が撮影機材を返却する際、Bが控訴人から許諾を求めることとなっていた。
(イ) ところが、平成16年5月24日、Bが控訴人に対して激怒したため、控訴人から許諾を得られなかったばかりか、控訴人とBの関係も悪化した。
 そこで、Bから控訴人の許諾を得るよう指示されていたAは、同月28日、控訴人に対し、Bと控訴人の関係を考慮して、番組制作のことを話題にはせず、補助参加人の業務ではなく、個人的なアドバイスとして、補助参加人による保管が長期化していた本件DVテープの説明書の作成を勧めた。Aとしては、本件映像の説明書さえあれば、放送用映像の制作が可能であったからである。
 控訴人は、Aとは感情的対立もなく、むしろAを信頼しており、かかる勧めを受け入れたため、Aは、本件VHSテープを個人的に控訴人に送付した。
(ウ) 説明書作成を控訴人に勧めたのも、そのために本件VHSテープを送付したのも、作成状況を問い合わせたのも、すべてA個人によるものであったからこそ、控訴人は、年賀状において、Aに対し、謝意を述べたのである。また、だからこそ、補助参加人は、控訴人に対し、説明書作成の遅延につき、督促や叱責をすることなく、連絡することすらせず、Aに本件作品1及び2を制作させたものである。
エ 小括
 以上からすると、控訴人は、平成16年5月28日、Aから放送用映像制作について説明を受けておらず、控訴人が、そのような事情を知りながら本件DVテープを放置していた事実もない。
 したがって、かかる事実を前提として、控訴人について過失を認めた原判決は誤りである。
〔被控訴人等の主張〕
ア 原判決が認定した過失相殺の根拠について
 控訴人は、原判決が、控訴人において補助参加人の放送用映像制作を認識していたことを根拠に、控訴人にも過失を認めたものと非難する。
 しかしながら、原判決は、補助参加人又はオスカ企画が、放送番組を制作することを控訴人が「予想し得た」ことを根拠に、過失相殺を認めたものである。
 同様に、原判決は、Aが控訴人に対し、「本件映像を利用して放送番組を制作する企画を考えていること」を伝えたと認定したにすぎず、「Aが控訴人に対し、本件映像を利用して番組を制作することを説明し、控訴人がこれに対して即座に何の質問も異議もなく許諾した」事実を認定しているわけではない。
 以上のとおり、控訴人の反論は、原判決を曲解したものである。
イ 原判決の認定の誤りについて
(ア) Bは、機材返却の約束を度々守らなかった控訴人に対し、悪感情を有してはいたが、控訴人との間で決定的かつ深刻な感情的対立が生じていたわけではなく、控訴人とオスカ企画との関係も、冷え切ったままというわけではなかった。
 だからこそ、控訴人は、再度、機材を返却するため、オスカ企画を訪問しているのであるし、控訴人に対して悪感情を抱いていたBに代わり、Aが放送番組制作に関する企画の説明をした上で、本件DVテープの説明書の作成を依頼したのである。
 控訴人は、Bとの関係の悪化を誇張することにより、説明書作成依頼について、Aの個人的対応であるとすり替えようとしているにすぎない。
 また、控訴人において、放送番組制作に異議があるのであれば、信頼していたAを通じて本件DVテープの返還を求めるなど、具体的対応を採ることは十分可能であったはずである。
 そもそも、控訴人にとって、本件映像が、「ライフワークの結晶というべき心血を注いだ映像」であるならば、本件作品1及び2や、本件DVDが販売されるまで、本件DVテープをオスカ企画に預けたままにしていたこと自体、不自然であるし、Bやオスカ企画、補助参加人との間に「決定的かつ深刻な感情的対立」が生じるに至ったのであれば、直ちに本件DVテープの返還を請求してしかるべきである。
 控訴人の主張は、かかる控訴人自体の言動と矛盾するものである。
(イ) 控訴人は、Aが本件VHSテープを送付したことは、個人的な対応であったなどと主張するが、オスカ企画の専属プロデューサーであるAが、オスカ企画に無断で、本件DVテープをダビングし、控訴人に送付することなど、あり得ない。
 原判決が認定するとおり、Aは、放送番組制作を前提として、控訴人に説明書作成を依頼し、本件VHSテープを送付したものであり、実際、その送料はオスカ企画から支払われている(丙9)。
(ウ) 控訴人は、説明書作成が遅延したことについても、Aから個人的に連絡を受けたにすぎず、その連絡にも、番組制作の遅延などの事実が触れられていないことをもって、説明書作成はAの個人的対応であった根拠であるとする。
 しかしながら、Aの個人的対応であるなら、説明書が作成されないことについて、Aが複数回、控訴人に連絡するはずはなく、Aの連絡は、放送番組制作用の説明書の督促であったにほかならない。
(エ) 控訴人は、平成17年に至っても、控訴人から説明書が作成されないことから、オスカ企画は、鉄道に関する知識を一切有さないAに文献調査を命じたと主張するが、当該主張は、Aが控訴人に対して説明書作成を依頼したことについて、オスカ企画が認識していることを、当然の前提とするものである。
 したがって、かかる主張は、Aが説明書作成を個人的に勧めたにすぎないという控訴人の主張とは明らかに矛盾するものである。
(オ) 以上からすると、控訴人に過失を認めた原判決の認定に何らの誤りはない。
ウ 事実経過について
 原判決が認定した事実経過について、何らの誤りはない。
エ 小括
 以上からすると、控訴人に過失を認めた原判決の認定と、その前提となる事実経過に関する認定には、いずれも何らの誤りはない。
(2) 争点(5)(控訴人の損害の発生及びその額)について
〔控訴人の主張〕
ア 逸失利益(主位的主張)について
(ア) 原判決は、控訴人がピーエスジーとの間で制作を予定していたDVD商品販売に関する逸失利益について、@契約に具体性がないこと、A契約書や企画書がないこと、B本件DVテープの保管を確認していないこと、Cピーエスジーの商品販売実績も具体的に明らかではないことなどから、損害として認めない。
(イ) しかしながら、ピーエスジーは、長年にわたり堅実に事業を展開している信頼の置ける会社であり、社内編集の鉄道紀行作品を多数制作発表している。
 したがって、DVD作品の企画については、その概要さえ決定されれば、編集担当者が専門家の視点で資料を編集して短期間でDVDを制作し、完成作品を流通販売の経路に乗せることは容易である。
 また、控訴人は、本件VHSテープをすべてピーエスジーに持ち込み、映像内容の確認も終了しており、国別に編集し、4枚のDVD作品を制作することのみならず、商品代金と著作権料まで決定していたのであるから、商品化について具体的な検討がされていたものということができる。
 さらに、映像メディア業界における通常の取扱いとしては、契約書、企画書などの書類が作成されることが少ないことは、補助参加人も認めている。
(ウ) 以上からすると、本件映像を利用してDVD作品を商品化する企画に関する控訴人の逸失利益は、十分法的保護に値するものであり、これを認めなかった原判決の判断は誤りである。
イ 著作権法114条3項(予備的主張)について
(ア) 原判決は、著作権法114条3項に基づく損害額の認定において、1枚当たりの著作権料相当額につき、本件DVDは、オスカ企画が編集作業を行ったこと、控訴人が撮影していないハワイの映像が含まれていることなどを指摘したのみで、合理的算定根拠を示さないまま、著しく低額な8パーセントと認定した。
(イ) しかしながら、本件映像は、鉄道紀行作家である控訴人によって撮影された、いわゆる鉄道マニアでも容易に行くことができない地域の鉄道について、鉄道を良く理解し、長期間滞在しなければ撮影することができないような貴重な映像であること自体に本質的特徴を有するものである。
 したがって、かかる本質的特徴と比較して、だれでも気軽に見ることができるハワイの鉄道映像や、編集作業や音楽等の吹込みは、本件DVDに対する寄与度としては著しく小さいものである。
(ウ) 以上からすると、本件DVD1枚当たりの著作権料相当額を8パーセントと認定した原判決の判断は、低率にすぎ、著作権侵害を助長しかねないものであって、誤りである。
ウ 慰謝料額について
(ア) 原判決は、控訴人が補助参加人やオスカ企画の意向を考慮することなくピーエスジーと交渉したこと、平成20年2月4日に被控訴人が本件DVDの販売を停止した事実等を減額事由として、慰謝料額を100万円と算定した。
(イ) しかしながら、本件映像は、控訴人が長期間、専門家としての独自の視点から選択した、通常人では行けないような世界各地の鉄道を撮影した紀行映像であり、鉄道資料として極めて貴重な映像である。
 控訴人にとって、本件映像は、いわばライフワークとして半生を賭けた未発表オリジナル映像であって、どのような形で発表するかは極めて重要であった。
 それにもかかわらず、被控訴人は、本件DVDを、いわゆる「百均ショップ」において、315円という極めて安価な値段で、目玉商品として大々的に公開・流通させたものであり、専門家としての控訴人の精神的打撃は甚大なものであった。
 しかも、先に指摘したとおり、控訴人は、補助参加人から本件DVD制作について知らされていなかったのであるから、補助参加人やオスカ企画の意向を考慮する機会がなかったものというべきで、かかる経緯は、むしろ慰謝料増額事由に該当するものである。
(ウ) また、控訴人の要請を拒絶して販売を継続していた被控訴人が、本件DVDの販売を中止したのは、控訴人の必死の努力により週刊誌が被控訴人を取材したからにほかならない。
 このように、取扱商品について著作権を確認せずに販売し、問題が生じた場合には販売を中止するという被控訴人の極めて低い法令遵守態度により生じた著作権侵害行為を、自らの努力で中止させた控訴人に対しては、慰謝料を増額してその精神的苦痛を慰謝すべきである。
 この点について、被控訴人等は、控訴人に配慮して、補助参加人の申入れにより本件DVDを自主撤去したと主張するが、週刊誌に取材されるまで販売を継続していたこと、それまで自主回収について検討された形跡がないこと、配慮したとされる控訴人に対して一切連絡がなかったことなどからすると、被控訴人等のかかる主張は明らかに誤りである。
(エ) 以上からすると、被控訴人は、控訴人からの販売中止要請を平然と拒絶し、本件DVDを目玉商品として大々的に販売していたが、週刊誌からの取材を受けたため、著作権侵害行為が顕在化することをおそれ、急いで店頭から撤去し、補助参加人に在庫を引き取らせたものというべきである。
 このような被控訴人の対応は、著作権侵害行為として悪質であり、不誠実極まりないものである。本件訴訟に至っても、不自然かつ不合理な弁解を続ける被控訴人の態度に、控訴人は大きな精神的苦痛を受けているものである。
 したがって、控訴人の精神的苦痛を慰謝するためには、控訴人が主張する500万円でも低きに失するものであり、原判決の判断は明らかに誤りである。
〔被控訴人等の主張〕
ア 逸失利益(主位的主張)について
(ア) 控訴人がピーエスジーと関係を有するに至った平成19年4月時点では、既に、本件作品1及び2が、平成17年12月から平成19年1月にかけて、延べ15放送局において放送されていたものである。
 したがって、長年にわたり映像メディア業界で事業を展開し、数多くの鉄道紀行作品を制作しているピーエスジーが、本件映像を編集した放送番組が放送されたことを知らなかったはずがなく、それにもかかわらず、ピーエスジーが、平成19年5月7日、控訴人とDVD商品の制作について契約を締結したという主張自体、不自然である。
(イ) また、契約締結に至る事実経過についても、控訴人の説明とピーエスジーのCの陳述書における説明(甲10)は、いずれもあいまいな点が多く、しかも、両者の説明は齟齬している。
 例えば、控訴人は、原審における本人尋問において、ピーエスジーとの合計4回の打合せのうち、平成19年9月ころの4回目の打合せの際、契約条件が確定した、ピーエスジーが、本件映像のすべてを確認し、その中からどのような作品が編集できるかを協議したなどと説明するが、Cの陳述書では、同年5月7日の2回目の打合せにおいて、控訴人が持参した数本分の映像を確認した上で、国別に4枚の作品とすることや著作権料などの条件を提示したとされているものである。
 また、Cは、数本分の映像を確認したのみで、国別に4枚に分けて編集することや、商品代や著作権料まで決定されたとするが、映像の一部を確認したのみでは、本件映像全体がどのような内容なのか、どの国のSLを撮影したものなのかが全く不明であり、このような段階において、契約条件が確定するはずがない。
 4作品の具体的構成についても、Cの陳述書には何ら記載されておらず、控訴人も、原審における本人尋問において、「中米とアラスカと中国と、あとアジアかなという感じはしてましたけど」などと、個人的に抱いていたイメージ程度の説明をするのみである。
 さらに、Cの陳述書には、商品化に向けて控訴人との打合せを続けていたところ、ピーエスジーが企画した別のDVD作品のために本件映像の一部を使用する予定であったが、本件DVDが発売されたことにより「10種類程度借用する予定でしたが、100種類に不足した」などと記載されていることからしても、2回目の打合せにおいては、編集内容さえ確定していなかったことは明らかである。
 なお、控訴人は、映像メディア業界においては、契約書や企画書が作成されることは少ないなどと主張するが、控訴人自身、原審における本人尋問において、企画書が作成されなかった理由について、企画書は最終的に契約する段階で作成するものであり、その前段階で頓挫してしまった旨の供述をしているものである。
イ 著作権法114条3項(予備的主張)について
(ア) 本件DVDは、一般視聴者を対象とし、自宅に居ながらにして、世界旅行の気分を味わってもらうための年末年始向け放送番組として制作された本件作品1及び2を収録したものであり、控訴人が主張するような希少性を強調したものではない。本件DVDは、パッケージに「異国情緒いっぱいの映像はSLファンはもとより一般の方にも楽しんでいただける一篇です。」などと記載されているとおり、SLのみならず世界各地の情景を楽しんでもらうことをセールスポイントとしており、ハワイの映像や編集作業、ナレーション及び音楽等の要素は軽視し難いものである。
 したがって、鉄道マニア向けの映像作品ではない本件DVDについて、撮影対象であるSLの希少性を強調し、著作権料相当額の算定率を高いものとすることは相当ではない。
(イ) 本件映像は、控訴人が趣味の一環として撮影したものであり、素材そのものに重要な価値は存しない。特に、本件映像は、長時間にわたるものであり、かつ、アトランダムに記録されていたため、編集作業における取捨選択は非常に困難であった。
 したがって、オスカ企画による編集作業が有する独自の価値を考慮すると、著作権料相当額を8パーセントとした原判決の認定は、むしろ高率にすぎるものである。
(ウ) 控訴人は、被控訴人の対応を問題視し、原判決の認定は、著作権侵害行為を助長するなどと非難するが、被控訴人は、博美堂を通じてオスカ企画に問い合わせたり、最終的に販売中止要請を受け入れるなど、誠実に対応しているものであり、控訴人の非難はその前提を欠くものである。
 また、原判決の認定は、何ら著作権侵害を助長するものではなく、控訴人の見解は著作権法114条3項の予定するものでもない。
ウ 慰謝料額について
(ア) 控訴人は、自らが被害者であると強調するが、そもそもの発端は、オスカ企画からの放送番組用の説明書作成依頼に応じたにもかかわらず、これを放置した控訴人にある。
 また、本件映像が、控訴人が主張するほど貴重な映像であり、かつ、控訴人が、自らが著作権者であるとの認識を有していたのであるならば、本件DVテープをオスカ企画に預けたまま放置していたはずはないし、説明書を作成する際にも、VHSテープへのダビングを求めるのではなく、本件DVテープ自体の返還を求めるのが自然である。
 そもそも、控訴人は、撮影機材をオスカ企画から借用し、旅費の援助を受けたこともあることなどから、本件映像の著作権が自らに帰属することの認識を有していなかったのみならず、自ら利用する計画すら有していなかったものである。
 控訴人は、オスカ企画により本件作品1及び2が制作されてテレビ番組として放送され、さらに本件DVDとして販売されたことから、本件映像について知名度が高まったことに乗じて、それまで放置し、適切な対応をとっていなかった本件映像について著作権を主張して、利益を得ようと企てたものであり、重大な精神的苦痛を受けたなどという主張はむしろ信義則に反するものである。
(イ) 先に指摘したとおり、本件映像が「ライフワークとして半生を賭けた」作品であるならば、控訴人がこれをオスカ企画に保管させたままに放置するはずがない。
 また、控訴人は、本件映像を利用する予定すらなかったものであり、かつ、補助参加人やオスカ企画が本件映像により放送番組を制作する企画を有していたことを知っていたのであるから、補助参加人やオスカ企画の意向を知らなかったことをもって慰謝料増額事由とする控訴人の主張は、その前提を欠くものである。
(ウ) 控訴人は、被控訴人が本件DVDの販売中止要請を一旦拒絶したことをもって、慰謝料増額事由とする。
 しかしながら、被控訴人が要請を拒絶したのは、補助参加人が本件DVDの著作権を有すると回答したからであり、その後、被控訴人が販売を中止したのも、補助参加人が博美堂を通じて要請したからである。
 被控訴人が、本件DVDについて、直接の取引先ではない補助参加人又はオスカ企画と撮影者である控訴人との間の合意内容について、裏付けとなる資料を事前に確認することは、一般的には行われているものではない。放送番組用の映像制作を業とする企業が制作した映像作品について、撮影者との間で著作権に関する紛争が生じる事例は少ないこと、本件DVDには、撮影者である控訴人の姿態や音声が収録されておらず、撮影者に関する匿名性が高いことなどからすると、被控訴人の過失自体、軽微なものである。被控訴人は、最終的には控訴人からの販売中止要請に応じ、本件DVDの在庫を回収しており、その対応はむしろ誠実であったというべきである。
 他方、控訴人は、週刊誌を利用して、殊更、被控訴人やオスカ企画が悪質であるかのように報道させ、その名誉を毀損するとともに、社会的圧力をかけて本件DVDの販売を封じようと試みたものである。
 なお、控訴人は、週刊誌掲載を契機として、本件DVDの販売が中止されたと主張するが、推測にすぎないものである。
 そもそも、控訴人は、原審における争点整理を経ていながら、原審において、かかる主張を明確にはしておらず、週刊誌の記事(甲16)も書証として提出されていなかったのであるから、控訴審において新たな事情を追加して主張し、原判決を非難することは許されるものではない。
 週刊誌の記事と販売中止との間に関係があると主張するならば、取材した記者名、取材に対応した担当者名、取材時期、取材方法などについて、具体的に主張立証すべきである。実際、補助参加人に対しては、記者から電話による取材を受けた程度であり、記事における被控訴人のコメントからしても、同程度の取材がされたにすぎないものである。
(エ) 以上からすると、原判決が認定した慰謝料100万円は、むしろ高額にすぎるものである。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(控訴人から補助参加人に対する本件映像の著作権の譲渡又は本件映像の利用許諾等の有無)について
 この点に対する判断は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決18頁11行目から30頁6行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決19頁13行目の次に、改行して、以下を加える。
 「控訴人自身も、Bから、趣味で撮影しておいた方がいいと言われたことから、趣味の一環として本件映像の撮影を開始したのであって、ピーエスジーからDVD作品の制作に関して提案があるまで、本件映像を使用して映像作品を制作することは意図していなかった(原審における控訴人本人)。」
(2) 原判決20頁4行目の「Aは、原告に対し、電話や手紙等で何度か催促をした。」を「Aは、控訴人に対し、電話や手紙等で何度か督促をしたが、控訴人は、多忙であったこともあり、Aに対して格別返答はしなかった。」と改める。
(3) 原判決21頁12行目の「この通告を受けたBは、本件DVテープの引渡しを了承して、平成20年3月21日、これを原告に引き渡した。」を「この通告を受けたBは、平成20年3月21日、控訴人に対し、本件DVテープを引き渡したが、それに先立つ同年1月25日付け回答書には、本件DVテープの引渡しについては、「当方としては特に異存はありません。」と記載されていたものの、本件DVテープの所有権の帰属等については特に記載されていなかった(丙1)。」と改める。
(4) 原判決25頁7行目の「目的としたものであると認められ、」の次に「控訴人自身も、趣味の一環として撮影をしていたものであるから、」を加える。
2 争点(3)(被控訴人の故意又は過失の有無)について
 この点に対する判断は、次のとおり付加するほかは、原判決31頁10行目から32頁4行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。
 原判決31頁24行目の「回答をしたこと」の次に「及び、控訴人の依頼に基づいて取材が行われ、平成20年2月7日発売の週刊誌において、本件DVDに関連する記事が掲載されたこと(甲16)」を加える。
3 争点(4)(過失相殺)について
(1) 原判決の認定について
 被控訴人等は、控訴人が、本件DVテープを補助参加人に保管させたまま、何ら対応をしなかったことをもって、控訴人に過失があると主張する。
 確かに、争点(1)についての判断で指摘したとおり、控訴人は、Aから、オスカ企画において本件映像を利用した放送番組制作の企画を検討していることを告げられ、本件映像の説明書の作成を依頼されながら、当該説明書を作成せず、また、本件DVテープの交付を求めることもなく、補助参加人に本件DVテープを保管させたままにしていたことから、Aにおいて、自ら資料等を調査した上で、本件映像を利用して本件作品1及び2並びに本件DVDを制作するに至ったものである。
 このような経緯に照らすと、控訴人は、遅くとも本件映像の説明書の作成を依頼された段階では、補助参加人又はオスカ企画において本件映像を利用した放送番組を制作することを予想し得たものといえ、それにもかかわらず、放送番組を制作する企画の進行を顧慮することなく、補助参加人に本件DVテープを保管させたまま、補助参加人に対し特段の連絡等もせず、さらに、Aからの複数回の問合せに対しても何ら応答しなかったことは、いささか常識に欠けるものであったといえる。
(2) 原判決の事実経過に関する控訴人の主張について
 この点について、控訴人は、当審において、Aから放送用映像制作について説明を受けておらず、控訴人がそれを知りながら本件DVテープを放置していた事実はない、本件映像の説明書作成も、補助参加人の業務ではなく、個人的なアドバイスとして勧められたものであり、Aあての年賀状も、Aに対して謝意を述べたものにすぎず、原判決の認定は誤りであると主張し、原審における本人尋問においても、Aから備忘のためにメモを作成するよう個人的に勧められ、時間があれば作成すると返答し、Aの厚意で本件VHSテープの送付を受けた、年賀状も、Aからの年賀状の返礼ではなく、自ら初めてAに出したが、仕事が多忙でAに対する連絡がおろそかになっており、厚意で本件VHSテープの送付を受けていながら、半年以上も自分の記録が作成されていなかったことについて、不義理であると感じて出した、備忘録のメモは、本件DVテープとともに保存してもらう予定であったなどと述べる。
 しかしながら、仮に、本件映像に関する説明書の作成が控訴人の備忘のためであるならば、その作成が遅延したとしても、作成に関して個人的にアドバイスをしたにすぎないAには何らの不利益を及ぼすものではないから、Aが複数回にわたり問い合わせる必要性はなく、また、かかる複数回の問合せに対して、何らの対応をしていなかった控訴人が、自発的に、今まで出したことがなかったAに対し、初めて年賀状を出してまで、謝意を述べる必要性は乏しいものといわなければならない。
 しかも、原判決が指摘するとおり、「ご連絡が遅くなりすみません。時間をみつけビデオ資料整理しますのでもう暫くお待ち下さい」という年賀状の文言は、控訴人の主張とは明らかに矛盾するものである。
 さらに、Aを介するとしても、控訴人が、口も聞かないほど不仲になっていたBが経営するオスカ企画に、個人的な備忘のために作成した説明書の保存を依頼する予定であったということも、不自然というべきである。
 したがって、過失相殺の前提となる事実経過に関する控訴人の主張それ自体は、これを採用することができない。
(3) 過失相殺の可否について
 前記(1)のとおり、控訴人は、遅くとも本件映像の説明書の作成を依頼された段階では、補助参加人又はオスカ企画において本件映像を利用した放送番組を制作することを予想し得たものということができ、その後の控訴人の対応は、いささかとはいえ、常識に欠けるものであったといえる。
 しかしながら、控訴人の対応が常識に欠けるものであったとしても、著作権者である控訴人の許諾を得ないで、その著作物である本件映像を利用して本件DVDを制作することが著作権侵害及び著作者人格権侵害となることは、補助参加人又はオスカ企画においても、当然に認識していなければならないことであるから、控訴人の許諾を得られると見込んでいたとしても、その許諾を得ないままに本件DVDを制作したことが是認される余地はないといわざるを得ない。
 しかも、争点(1)についての判断で指摘したとおり、Aが控訴人に対し、本件映像を利用した放送番組制作の企画を検討していることを伝えた段階では、当該企画自体が明確に確定していたわけではなく、補助参加人は、本件作品1及び2が地方テレビ局において放送された後、博美堂からこれらの各作品を被控訴人向けのDVD作品として商品化することを提案されたのであるから、控訴人が本件映像の説明書の作成を依頼された段階では、放送番組制作のみならず、DVD化までが検討されていたわけではなかったのであって、控訴人において、放送番組を制作する企画が検討中であることを知らされたことをもって、補助参加人又はオスカ企画が本件映像を利用した放送番組を制作することを予想し得ることが可能であったということはできても、当該番組を更に被控訴人向けのDVD作品として具体的に商品化することまで予想することは困難であったものというほかない。
 したがって、本件DVテープに対して何らの対応も取らなかったことをもって、控訴人に被控訴人等の主張する過失があるとまで認めることは困難であって、過失相殺に関する被控訴人等の主張は、その前提を欠き、これを採用することができない。
4 争点(5)(控訴人の損害の発生及びその額)について
(1) 主位的主張(逸失利益)について
ア 控訴人とピーエスジーとの間の交渉状況について
 控訴人は、ピーエスジーとの間で、本件映像をヨーロッパ、南米、アジア等の地域ごとに4作品程度に編集し、1枚約4000円、初回各1万枚作成、著作権料25パーセント(1本当たり1000円)として、製品化して販売することに合意していたと主張し、それに沿う内容のピーエスジーの代表取締役であるCの陳述書(甲10)の記載並びに控訴人の陳述書(甲7)の記載及び原審における本人尋問における供述がある。また、控訴人は、当審において、ピーエスジーは、長年にわたり堅実に事業を展開し、社内編集の鉄道紀行作品を多数制作発表している、控訴人は、本件VHSテープをすべてピーエスジーに持ち込み、映像内容の確認も終了しており、国別に編集し、4枚のDVD作品を制作することのみならず、商品代金と著作権料まで決定していたのであるから、商品化について具体性な検討がされていたなどと主張する。
 しかるところ、証拠(甲7、8、10、原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人がピーエスジーとの間で、本件映像を利用したDVD商品の販売に向けた打合せをしており、その過程で、販売するDVD商品の販売価格や著作権料についても話題となっていたことは認められる。
 しかしながら、証拠(原審における控訴人本人)によれば、@控訴人とピーエスジーとの間の打合せでは、本件映像を利用して全部で4作品のDVDを作成するといった話はされていたものの、各巻の内容・構成等については、各国別に作るといった話が出ていた程度にすぎず、それ以上に具体的に決まっていなかったこと、A本件映像を利用したDVDの商品化については、その販売価格や著作権料も含めて、契約書はもちろん、企画書も作成されていないこと、B控訴人は、ピーエスジーと本件映像を利用したDVDの商品化の打合せを開始した後も、撮影機材を貸与し、本件DVテープを保管していたオスカ企画、補助参加人、B又はAに対して、ピーエスジーから本件映像を利用したDVDを販売する予定であることについて、何らの話をしておらず、オスカ企画又は補助参加人から本件DVテープの利用などの協力が得られるか不明であったこと、C控訴人は、Aから平成16年6月に本件VHSテープの送付を受けた後、本件DVテープの保管状況を全く把握していなかったにもかかわらず、商品化に当たり必要不可欠である本件DVテープの保管の有無の確認すらしていないことが認められる。
 以上からすると、控訴人とピーエスジーとの間のDVD化に関する交渉は、なお具体性を有するような段階には至っていなかったものというべきである。
イ 本件DVテープについて
 控訴人は、ピーエスジーとの間の打合せの際は、Aから送付を受けた本件VHSテープを利用しており、実際に商品化する際には、本件DVテープに記録された本件映像を利用する予定であったようにうかがわれる(原審における控訴人本人)。
 しかしながら、本件DVテープは、争点(1)についての判断で指摘したとおり、知人である控訴人の父親から控訴人の今後について相談を受けたBが控訴人に動画撮影を勧めたことから、控訴人が、海外に出掛ける際、オスカ企画所有の撮影機材とDVテープを無償で借り受け、趣味の一環として撮影し、帰国後は、機材とともにオスカ企画に返却し、本件VHSテープを送付するまでは、控訴人からの閲覧請求や引渡し請求もされず、所有権の帰属や本件映像の利用についても、放送番組企画のための説明書作成について依頼がされたほかは、具体的に話合いが行われたこともなかったものである。
 また、Bは、控訴人からの通知に応じて、本件DVテープを控訴人に対して引き渡しているが、これは、被控訴人による本件DVD販売に関して紛争が生じたことを契機とするものであり、その際にも、引渡しに関しては「当方としては異存はありません。」と返答したのみである。
 そして、オスカ企画と補助参加人との間で、本件映像を利用して放送用番組制作を検討しており、控訴人も、これに異議を述べなかったばかりか、制作に必要な本件映像の説明書の作成を承諾していながら、長期間放置しているような状況であったこと、そのため、控訴人の許諾を得ることなく、本件作品1及び2が制作され、平成17年12月から平成19年1月にかけて、既に放送されていたこと、控訴人とBとの関係は、話をすることもないような状況に至っていたことなどからすると、控訴人が、同業他社であるピーエスジーとの間の商品化企画を理由として、本件DVテープの引渡しなどを求めた場合には、本件DVテープの利用について、オスカ企画及び補助参加人との調整が難航するおそれがあったものと思われる。
ウ 小括
 以上からすると、ピーエスジーは、ビデオソフト及びDVDソフトの制作販売を業とし、平成18年には同社制作のDVD商品が200タイトルを超えており、その中には、鉄道や海外の映像を収録した商品も複数存在する(甲14、15)としても、控訴人の前記主張を裏付ける証拠がC及び控訴人の陳述書のほか、控訴人の供述のみであり、他にこれを裏付ける客観的証拠が提出されていない本件においては、ピーエスジーから本件映像を利用したDVD商品を販売するに当たっての著作権料の合意が、控訴人が主張するような内容のものとして、具体的に成立していたとまで認めるのは困難である。
 また、本件DVテープの利用については、実際問題として、本件DVテープを所有するオスカ企画や補助参加人との調整が必要となり、先に指摘した状況においては、かかる調整が円満に行われない可能性は高かったものと推測される。
 したがって、控訴人とピーエスジーとの間で、当該DVDを販売するに当たっての著作権料に関する合意の成立を前提とする控訴人の逸失利益の主張は、採用することができない。
(2) 予備的主張(著作権法114条3項)について
ア 被控訴人による本件DVDの販売枚数について
 証拠(乙3の1ないし3、乙4ないし9、丙12、原審における証人B)によれば、被控訴人には、本件DVDが9984枚納品され、そのうち、6581枚が販売されたものと認められる。
 控訴人は、被控訴人が主張する販売枚数は信用することができないと主張する。
 しかしながら、平成19年9月21日に博美堂が被控訴人に納品した9984枚(乙3の1ないし3)以外に、被控訴人に対して本件DVDが納品されたと認めるに足りる証拠はなく、また、被控訴人から、博美堂を介して、補助参加人に対し、本件DVD3403枚が返品されていると認められること(乙4ないし9)からすれば、納品数9984枚から返品数3403枚を除した6581枚を超えて、被控訴人が本件DVDを販売したとは認められず、ほかに、6581枚を超えて被控訴人が本件DVDを販売したと認めるに足りる客観的証拠もない。
 控訴人の主張は採用できない。
イ 控訴人が受けるべきDVD1枚当たりの著作権料相当額について
(ア) 控訴人は、控訴人が受けるべき著作権料相当額は、DVD1枚当たり1000円であると主張するが、何らこれを裏付ける証拠はない。また、仮に、これが控訴人とピーエスジーとの間の合意を根拠とするものであるとすれば、そのような合意があったとは認められないことは、前記(1)のとおりである。
(イ) そして、証拠(甲1、12、13、15、丙11、前記B、原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が受けるべきDVD1枚当たりの著作権料相当額を算定するに当たって基礎とすべきDVD1枚当たりの販売価格としては、本件DVDの映像が世界各地の貴重なSLを収録したものであること、その収録時間(46分)、同種のDVD商品の価格等を考慮すれば、4000円が相当であると認められる。
 他方で、被控訴人による本件DVDの販売価格である315円(税込み)は、前記の本件DVDの内容や同種のDVD商品の販売価格に照らして、相当程度低廉であって、かつ、被控訴人による販売価格は、控訴人に無断で放送された本件作品1及び2を利用して本件DVDが作成されたことから可能となったものであること(前記B)からすれば、これを基準に控訴人の著作権料相当額を算出するのは相当でない。
(ウ) 本件映像は、先に指摘したとおり、知人である控訴人の父親から控訴人の今後について相談を受けたBが、控訴人に対し、動画撮影を勧め、控訴人が海外に出掛ける際に、厚意で、オスカ企画所有の機材とDVテープを無償で貸し出したことを契機として、撮影されたものである。その上、BやAは、控訴人が動画撮影技術を習得するために、控訴人が撮影した映像について、アドバイスをしたり、控訴人が渡航する際、渡航費用を援助するなど(丙3)、厚意で便宜を提供していたものである(なお、控訴人は、原審における本人尋問において、渡航費用に関しては、機材を借りる際など、いつも控訴人が補助参加人を訪問していたが、補助参加人から交通費をもらっておらず、それが積み重なっていたことを考慮して、小遣い程度としてBが支払ったものだと思うと供述するが、機材を無償で貸与する際の交通費についてまで、補助参加人が負担する格別の必要性は存しないものであり、控訴人のかかる供述は不自然である。)。
 また、本件映像は、控訴人の趣味の一環として撮影されたものであり、控訴人、補助参加人及びオスカ企画において、当初は商品として利用することは想定されておらず、控訴人も、機材を返却する際に映像を見たことがあったほかは、本件映像の説明書を作成するため、本件VHSテープの送付を依頼するまでは、本件映像を閲覧しておらず、かつ、本件DVD販売に係る紛争が発生するまで、本件DVテープの引渡しなどを一切請求していなかったものである。
 さらに、本件DVDに収録された映像のうち、ハワイの映像については、控訴人が撮影したものではない。
 以上からすると、補助参加人及びオスカ企画が関与して制作された本件DVDについて、販売枚数1枚当たりの控訴人が受けるべき著作権料相当額は、販売価格の5パーセントと認めるのが相当である。
(エ) 被控訴人における本件DVDの販売枚数は6581枚であり、原判決は、かかる枚数について控訴人の損害を算定しているが、本件映像の複製権侵害は、納品された9984枚において生じているものであって、控訴人が受けるべき著作権料相当額は、9984枚について算定すべきである。
(オ) したがって、本件映像の著作権の行使につき控訴人が受けるべき金銭の額に相当する額は、199万6800円であると認められる。
 (計算式)4000円×5パーセント×9984枚=199万6800円
(3) 精神的損害について
 本件DVDは、撮影者として控訴人の氏名を表示せず、かつ、控訴人に無断で、本件映像に編集を加えた上で、発売されたものであって、本件映像の著作者である控訴人の著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害するものである。
 そして、先に指摘したとおり、控訴人は、ピーエスジーとの間で本件映像を利用したDVDの販売を検討していた矢先に、被控訴人が運営する100円ショップで本件DVDが販売されたものであることからすれば、控訴人が相当程度の精神的苦痛を受けたものと認められる。
 他方で、被控訴人は、控訴人からの通告後、いったんは本件DVDの販売を継続する姿勢を示した(甲5)ものの、平成20年2月4日付けで本件DVDの販売中止を指示し、在庫を回収しており、補助参加人も、控訴人からの通告後、オスカ企画が保管する本件DVテープを控訴人に交付するなどの対応をしている。
 また、先に指摘したとおり、本件映像は、Bが、控訴人の父親との関係から、控訴人の将来のために動画撮影を勧め、撮影機材やDVテープを無償で貸与したことから、撮影が可能となったものである。
 控訴人においても、趣味の一環として撮影したものであり、当初は商品化が予定されておらず、かつ、撮影旅行から帰国後、撮影したDVテープを補助参加人に預けたままにしていたものであるし、映像制作会社であり、撮影機材やテープを無償で控訴人に利用させたオスカ企画及び補助参加人が、本件映像を利用して放送番組を制作する企画を有していることに異議を唱えず、本件映像の説明書作成を承諾していながら、オスカ企画及び補助参加人の意向を何ら考慮することなく、ピーエスジーとの交渉を進めていたものである。
 したがって、上記各事情を考慮すれば、控訴人の著作者人格権を侵害したことに対する慰謝料としては、100万円をもって相当と認める。
 この点について、控訴人は、本件映像は、いわばライフワークとして半生を賭けた未発表オリジナル映像であること、被控訴人は、本件DVDを目玉商品として大々的に公開・流通させたこと、控訴人は、補助参加人から本件DVD制作について知らされていなかった以上、補助参加人やオスカ企画の意向を考慮する機会がなかったこと、週刊誌に対する取材依頼など、販売中止に至るまでの控訴人の努力を考慮すると、慰謝料については500万円でも少額にすぎるなどと主張する。
 しかしながら、本件映像の撮影に至る経緯、本件DVテープの保管状況、被控訴人における販売枚数や販売状況等(甲1ないし3、乙3の1ないし乙9)からすると、慰謝料算定の前提となる事実に関する控訴人の上記主張を認めることはできないし、また、確かに控訴人は本件DVDが制作されることについては認識していなかったものの、先に指摘したとおり、補助参加人及びオスカ企画が本件映像を使用した放送用映像を制作することを検討していたことは認識していたものであり、控訴人が補助参加人及びオスカ企画の意向を考慮することなく、ピーエスジーとの交渉を進めていたものということができることからすると、週刊誌に対する取材依頼など、販売中止に至るまでの控訴人の努力を考慮しても、慰謝料については、前記100万円をもって相当とするというべきである。
 したがって、控訴人の主張は、以上の認定額を超えて、これを採用することができない。
(4) 弁護士費用相当損害額
 本件訴訟の経緯、審理の経過、難易度、認容額等に照らすと、本件と相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額は、以上認定の著作権料相当額及び慰謝料額の約1割に相当する30万円が相当である。
(5) 小括
 以上のとおり、被控訴人による本件DVDの販売と相当因果関係がある控訴人の損害額は、合計329万6800円となる。
5 結論
 以上の次第であるから、原判決中、金銭請求に関する部分は、本判決の主文第1項のとおり変更されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 本多知成
 裁判官 荒井章光
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/