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【事件名】ネット掲示板の中傷事件(立命館大准教授)
【年月日】平成22年10月29日
 京都地裁 平成22年(ワ)第1728号 発信者情報開示等請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の発信者情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文1項と同旨
第2 事案の概要
 本件は、インターネット上の電子掲示板にされた書き込みによって権利を侵害されたとする原告が、その書き込みをした者(以下「本件発信者」という。)にインターネット接続サービスを提供した被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、上記書き込みの発信者情報の開示を求める事案である。
 なお、原告は当初、被告には裁判外において原告からされた開示請求に応じなかったことにつき重大な過失があると主張して、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)も求めていたが、平成22年9月2日の本件第2回弁論準備手続期日において、被告の同意を得て、同請求に係る訴えを取り下げた。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 原告は、学校法人Aが設置するA大学のB学部に所属する30歳代の男性准教授である(甲1、2)。
(2) 被告は、電気通信事業を営む株式会社であり、インターネット接続サービスを運営している(甲4、弁論の全趣旨)。
(3) 株式会社C(以下「C」という。)が運営する無料のレンタル電子掲示板「D掲示板」には、「E」と題する電子掲示板群(以下「本件ウェブサイト」という。)が存在する(甲3)。
 平成22年1月23日、本件ウェブサイトの「F」と題するスレッド及び「G」と題するスレッドにおいて、それぞれ別紙書込み目録1、書込み目録2記載の書き込み(以下「本件書き込み」という。)がされた(書き込まれた日時を除き同一の内容である。)(甲5の1・2、6)。
(4) 原告は、平成22年2月15日、Cに対し、本件書き込みに係る発信者情報の開示請求をしたところ、Cは、同年3月9日付けで、本件書き込みに係る情報(IPアドレス及びタイムスタンプ)を開示した(甲10、11)。この情報から、本件発信者は被告が管理するサービスのユーザーであることが判明した(甲12)。
(5) 原告は、平成22年3月23日、被告に対し、法4条1項に基づき、本件発信者の氏名又は名称及び住所の開示を請求した(甲13、弁論の全趣旨)。
(6) 被告は、平成22年4月6日付け書面をもって、原告に対し、本件書き込みによって原告の権利が侵害されたことが明らかであると判断できないとの理由で、本件発信者情報の開示には応じられない旨を回答した(甲14)。
2 争点
(1) 権利侵害の明白性の有無
(原告)
 本件書き込みは、A大学の准教授である原告が、自らの講義を受講していた女子大学院生と性的な関係を結び、教育環境を悪化させたとして、同大学から停職1か月の懲戒処分を受けたという虚偽の情報を掲載するものであり、その読者をして、さも原告がそのような不適切な行為を行って停職処分を受けたとの印象を与え、原告の社会的評価を著しく低下させるものである。
(被告)
 本件書き込みは、原告の情報に関する部分とH新聞が配信した記事をコピー・アンド・ペースト(貼り付け)した部分とから成るが、一般に新聞社のウェブサイト上に掲載された情報(被疑者が性犯罪容疑で逮捕され、その容疑を認めているとする記事等)が電子掲示板に転載された場合には、既に公開された当該記事により対象者の社会的評価は低下しているから、それ以上に対象者の社会的評価を低下させるものではない。したがって、本件の懲戒対象者が原告であれば、本件発信者は、原告の名誉を毀損したことにはならないところ、原告から提出された資料のみでは、懲戒対象者が原告かどうか判然としなかった。また、仮に原告が懲戒対象者でなかったとしても、本件発信者は、自ら文章を作成し書き込んだものではなく、原告のプロフィールと配信記事を貼り付けて併記したのみであり、その内容は断定的なものではなく憶測の域を出ないものであり、閲覧者をして、原告が懲戒処分を受けたと直ちに理解させるようなものではない。
 本件書き込みが真実でないとしても、原告のプロフィールはA大学のウェブページ等で公開されたもので、「I研究科」、「30代」、「男性」及び「准教授」の4点で配信記事の内容と合致しており、かつ、発信者には十分な調査手段がないことから、本件発信者において当該記載内容が真実と信ずるにつき相当な理由がある。
 原告は、Cに対し、本件発信者情報の開示請求をし、その開示を受けたにもかかわらず、送信防止措置請求(削除請求)をせず、本件書き込みを放置していたものであり、このことからも原告の権利侵害が明らかではないことがうかがわれる。
(2) 発信者情報開示の正当な理由の有無
(原告)
 原告は、氏名等不詳の本件発信者に対して、名誉毀損を理由として不法行為に基づく損害賠償等を請求する予定であるが、その権利行使のためには、本件発信者の氏名及び住所等が明らかにされる必要がある。したがって、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 被告は、いわゆる経由プロバイダであるところ、このような経由プロバイダも法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当すると解するのが相当である(最高裁平成21年(受)第1049号同22年4月8日第一小法廷判決・裁判所時報1505号154頁参照)。
2 争点(1)(権利侵害の明白性の有無)について
 前提となる事実に証拠(甲5の1・2、6〜11、15、16、18の1・2、19、20)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件発信者は、平成22年1月23日、本件ウェブサイトの2つのスレッドにおいて、それぞれ別紙書込み目録1及び書込み目録2記載のとおりの内容の本件書き込みをしたこと、本件書き込みは、原告の氏名、性別、出生した年、職業のほか、その研究者としてのプロフィールが記載された部分と、H新聞からの配信記事として、A大学大学院I研究科の30代の男性准教授が2008年(平成20年)7月から9月にかけて女子大学院生と不適切な関係を持ち、停職1か月の懲戒処分を受けたことなどが記載された部分とから構成されていること、原告は、上記期間、海外へ出国しており、日本国内にはいなかったもので、これまで上記大学から懲戒処分を受けたことは一度もないこと、原告は、同年3月12日、本件ウェブサイトの設置者に対し、本件書き込みの削除依頼を行ったが、何らの応答がなかったため、同月26日付けで、Cに対し、本件書き込みに係る発信者情報の送信防止措置請求をしたところ、Cは、これに応じて送信防止措置を講じた(本件書き込みを削除した)こと、被告が原告からの本件発信者情報の開示請求を受けて、本件発信者に対し、開示に同意するかどうか意見照会をしたところ本件発信者はこれに同意、 しないとの回答をしたが、その理由の要旨は、「@投稿は直接的に原告を懲戒対象者として意図しようとしたものではない、A原告への書き込みは一字もしていない、B『コピペ』で投稿の悪質さはほとんどなく、原告を対象者と考えるような書き込みとは考えにくい、C原告は削除依頼すらせずに開示請求しており、削除依頼していないのは過失であり、発信者への請求は不当と考える。」というものであったこと、以上の事実が認められる。
 上記認定によれば、本件書き込みには、原告の個人情報とこれと合致する特徴を有する男性准教授が女子大学院生と不適切な関係を持ち、停職1か月の懲戒処分を受けたことが併記されているところ、ここで摘示されている事実は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方とを基準として判断すると、原告が女子大学院生と不適切な関係を持ち懲戒処分を受けたとの印象を抱かせるものであるから、原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものというべきである。そして、A大学には上記特徴を有する者が他にも存在すると考えられるところ、上記認定事実によれば、上記摘示事実が真実でないことは明らかである。また、本件発信者の上記意見からすると、本件発信者において、上記記載内容が事実であることの確認をとった形跡はうかがわれない上、真実であると信じていたかどうかにつき言及すらされていないのであるから、上記摘示に係る事実が真実であると信ずるにつき相当な理由があるとは認められず、違法性阻却事由をうかがわせる事情は存しないものというべきである。
 なお、被告は、本件書き込みに記載した情報は、原告が懲戒処分を受けた者であることを前提として、既に公開された新聞記事の転載にすぎないから、それ以上に原告の社会的評価を低下させるものではない旨の主張をする。しかし、原告が懲戒処分を受けていないことは前示のとおりであり、被告の主張はその前提を欠く上、本件書き込みは、配信記事に原告の個人情報に関する記載を併記してこれらを結びつけることにより、上記のとおり原告が女子大学院生と不適切な関係を持ち懲戒処分を受けたとの印象を抱かせるものであるから、これにより原告の社会的評価が低下したものと認めるのが相当である。したがって、被告の上記主張は採用できない。
3 争点(2)(発信者情報開示の正当な理由の有無)について
 証拠(甲13)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対して損害賠償請求権を行使するために、被告に対し本件発信者に関する情報の開示を求めていると認められるところ、上記権利行使の前提として発信者を特定することは不可欠であるから、原告には、被告から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものと認められる(なお、別紙発信者情報目録記載の発信者情報はいずれも法4条1項の発信者情報を定める省令において、侵害情報の発信者の特定に資する情報として規定されている。)。
4 以上によれば、原告の本件請求は理由があるからこれを認容し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第3民事部
 裁判官 奥野寿則
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