判例全文 line
line
【事件名】商標“ドーナツ”侵害事件
【年月日】平成22年10月21日
 東京地裁 平成21年(ワ)第25783号 販売差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年9月2日)

判決
原告 西川産業株式会社
訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 宮川美津子
同 菊田行紘
同 波田野晴朗
同 海野圭一朗
同 村上諭志
訴訟代理人弁理士 佐藤俊司
被告 テンピュール・ジャパン有限会社
訴訟代理人弁護士 山口孝司
同 松岡伸晃
同 堀井昭暢
同 岩崎浩平
同 鈴木麻友
同 日高麗衣
同 大瀬戸豪志


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙被告標章目録1及び2記載の各標章を別紙商品目録記載の商品の包装に付してはならない。
2 被告は、別紙被告標章目録1及び2記載の各標章を包装に付した別紙商品目録記載の商品を販売し、又は販売のために展示してはならない。
3 被告は、別紙被告標章目録1及び2記載の各標章を別紙商品目録記載の商品に関するパンフレット、ウェブサイトその他の広告宣伝物に使用してはならない。
4 被告は、別紙被告標章目録1記載の標章を包装に付した別紙商品目録記載の商品の包装から同標章を抹消せよ。
5 被告は、別紙被告標章目録2記載の標章を付した別紙商品目録記載の商品の包装及び同商品に関するパンフレット、ウェブサイトその他の広告宣伝物から同標章を抹消せよ。
6 被告は、原告に対し、2310万円及びこれに対する平成21年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、別紙被告標章目録1及び2記載の各標章(以下「被告各標章」といい、同目録1記載の標章を「被告標章1」、同目録2記載の標章を「被告標章2」という。)は、原告の後記登録商標及び原告の商品等表示として周知又は著名な「ドーナツ枕」の表示とそれぞれ類似する標章(表示)であり、被告標章1を包装に付した別紙商品目録記載の商品(クッション)(以下「被告商品」という。)を販売し、又は販売のために展示し、被告標章2を被告商品に関する広告(ウェブサイト、カタログ)に使用する被告の行為が、原告の後記登録商標の商標権侵害を構成するとともに、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当する旨主張して、被告に対し、商標法36条又は不競法3条に基づく被告各標章を包装に付した被告商品の販売等の差止め等と商標権侵害の不法行為又は不競法4条に基づく損害賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は、寝具ふとん類の製造、各種繊維及び繊維製品等の製造・売買等を目的とする株式会社である。
イ 被告は、健康安眠枕、健康安眠マットレス及び健康クッションの輸出入、卸及び販売等を目的とする特例有限会社である。
(2) 原告の商標権
 原告は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という。)を有している。
 登録番号 第822951号
 出願日 昭和42年11月10日
 設定登録日 昭和44年6月24日
 更新登録日 昭和55年5月30日、平成1年6月21日、平成11年2月2日、平成21年1月13日
 指定商品(平成21年4月22日書換登録)
  第20類「クッション、座布団、まくら、マットレス」
  第22類「衣服綿、ハンモック、布団袋、布団綿」
  第24類「布製身の回り品、かや、敷布、布団、布団カバー、布団側、まくらカバー、毛布」
 登録商標 別紙原告登録商標目録記載のとおり
(3) 原告による「ドーナツ枕」の表示を商品名に使用した枕の販売 原告は、昭和39年ころから、「ドーナツ枕」又は「ドーナツ(R)枕」の表示を商品名に使用した様々な枕(以下「原告商品」と総称する。)を販売している(甲10ないし13、弁論の全趣旨)。
(4) 被告による被告商品の販売等
ア 被告は、遅くとも平成20年7月から、被告商品(クッション)を販売している。
イ 被告商品の包装箱には、別紙1−1ないし別紙5記載のとおり、被告標章1が付されていた(甲5の1ないし5の3、44の1ないし44の3、45の1、2、乙171)。
ウ 被告が運営するウェブサイト(以下「被告ウェブサイト」という。)には、被告商品を紹介する箇所(甲6)に、別紙6記載のとおり、被告標章2が「商品名」として表示されている。
エ 被告作成の「テンピュール(R)総合カタログ2009Autumn-2009Winter」(以下「被告カタログ」という。)には、被告商品を紹介する箇所(甲43)に、別紙7記載のとおり、被告標章2と構成が同一で、色彩が黒色の標章が「商品名」として表示されている。
(5) 被告商品と指定商品との同一性
 被告商品は、本件商標権の指定商品の「クッション」と同一である。
2 争点
 本件の争点は、@被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為が、本件登録商標に類似する商標の使用として本件商標権の侵害とみなす行為(商標法37条1号)に該当するか(争点1−1)、具体的には、被告各標章は本件登録商標に類似する商標に該当するか(争点1−1(1))、被告による被告各標章の使用が本来の商標としての使用(商標的使用)に該当するか(争点1−1(2))、A本件商標権の効力が商標法26条1項2号、4号により被告各標章に及ばないか(争点1−2)、B被告による上記@の各行為が不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当するか(争点2−1)、C被告による上記@の各行為について不競法19条1項1号(「普通名称又は慣用されている商品表示を普通に用いられる方法での使用又は表示」)による適用除外が認められるか(争点2−2)、D被告が賠償すべき原告の損害額(争点3)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(本件商標権の侵害行為の有無)
(1) 原告の主張
ア 被告各標章と本件登録商標の類似(争点1−1(1))
(ア) 本件登録商標
 本件登録商標は、別紙原告登録商標目録記載のとおり、「ドーナツ」というゴシック体の片仮名文字からなる商標であり、その表記のとおり「ドーナツ」の称呼が生じる。
 「ドーナツ」の言葉から想起される観念は、小麦粉と砂糖と卵などからなる生地を油で揚げた洋菓子であり、その形状は、円形、輪形、ボール形と様々である。ドーナツの中には、円環体の形状をしているものが多いため、「ドーナツ」の言葉から円環体の洋菓子との観念も生じる。
 しかし、「ドーナツ」の言葉から想起されるのは、あくまでも上記のとおり洋菓子あるいは円環体の洋菓子という観念であって、円環体の「形状」の観念が想起されることはない。ましてや、被告が主張する「中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状」(後記(2)ア(イ)a)というような抽象的な形状は、円環体に限らず、竹輪、ナット、お椀、升、箱のような形状も全て含まれることになり、「ドーナツ」の言葉からこのような形状の観念が想起されることはおよそ考えられない。
(イ) 被告標章1と本件登録商標との類似
 被告標章1は、「ドーナツ」と「クッション」というゴシック体の片仮名文字が上下2段に配された標章である。かかる構成からなる被告標章1は、「ドーナツ」の文字と「クッション」の文字とが上下2段に配されていることから、「ドーナツ」の文字部分と「クッション」の文字部分とは外観上不可分一体ではなく、それぞれが独立して認識されるものである。
 被告標章1の「クッション」の文字部分は、商品の種類がクッションであることを示しているにすぎないから、そもそもかかる部分に自他商品識別力は認められず、被告標章1の要部は「ドーナツ」の文字部分にあるといえる。
 そして、被告標章1の要部である「ドーナツ」の文字部分と本件登録商標は、外観、称呼及び観念が同一であるから、被告標章1は、本件登録商標に類似する商標(標章)である。
(ウ) 被告標章2と本件登録商標との類似
 被告標章2は、「ドーナツクッション」というゴシック体の片仮名文字からなる標章である。
 被告標章2の「クッション」の文字部分は、商品の種類がクッションであることを示しているにすぎないから、そもそもかかる部分に自他商品識別力は認められず、被告標章2の要部は「ドーナツ」の文字部分にあるといえる。
 そして、本件登録商標と被告標章2の類否の判断に際しては、被告標章2を分離観察して判断すべきであるところ、被告標章2の要部である「ドーナツ」の文字部分と本件登録商標は、外観、称呼及び観念が同一であるから、被告標章2は、本件登録商標に類似する商標(標章)である。
イ 商標的使用(争点1−1(2))
 被告による被告各標章の使用は、以下のとおり、本来の商標としての使用(商標的使用)に該当する。
(ア) 被告商品の包装箱における被告標章1の使用態様
 被告標章1は、被告商品の包装箱の表面、裏面、上面、側面、底面のそれぞれに配されている灰色の枠内において、表面、裏面及び側面の最上段、上面及び底面の中央に約1センチメートル四方の大きさの黒色の太文字で表示されている(甲5の1ないし5の3、44の1ないし44の3、45の1、2、乙171)。
 被告商品の包装箱における被告標章1の文字の大きさは、商品の説明文の文字の大きさの10倍近い大きさであり、被告商品の包装箱で使用されている日本語の中では最大の大きさである。
 このように被告標章1は、被告商品の包装箱の最も目立つ場所に最も目立つ大きさで表示されている。
 一方で、被告商品の包装箱には、被告標章1以外には、被告商品の商品名に該当する表示は一切ないのみならず、表面及び裏面の商品の説明文に商品の種類を示す表示として「シートクッション」の用語が使用されている(甲45の1、2)。
(イ) 被告ウェブサイトにおける被告標章2の使用態様
 被告標章2は、被告ウェブサイトにおいて、被告商品の写真の左上に太文字で表示されている(甲6)。
 被告標章2の文字の大きさは、商品の説明文の文字の大きさのおよそ4倍であり、被告ウェブサイトに表示された日本語の文字の中では最大の大きさである。
 このように被告標章2は、被告ウェブサイトの被告商品の紹介箇所の最も目立つ場所に最も目立つ大きさで表示されている。
 一方で、被告ウェブサイトには、被告商品の商品名に該当する表示は一切ない。
(ウ) 被告カタログにおける被告標章2の使用態様
 被告標章2は、被告カタログにおいて、被告商品の紹介枠の最上段に黒色の太文字で表示されている(甲43)。
 被告標章2の文字の大きさは、商品の説明文の文字の大きさのおよそ4倍であり、紹介枠内に表示された日本語の文字の中では最大の大きさである。
 このように被告標章2は、被告カタログの被告商品の紹介枠の最も目立つ場所に最も目立つ大きさで表示されており、一方で、被告カタログには、被告標章2以外には、被告商品の商品名に該当する表示は一切ない。
(エ) 小括
 以上のように、被告各標章は、いずれも被告商品の包装箱、被告ウェブサイト及び被告カタログの最も目立つ場所に最も目立つ大きさで表示されており、被告各標章に接した需要者・取引者は、被告各標章がその商品の出所を表すものとして認識するというべきである。また、被告商品の包装箱、被告ウェブサイト及び被告カタログには、被告各標章以外には被告商品の商品名に該当する表示は一切存在せず、被告商品の包装箱では商品の種類を示す表示として「シートクッション」という用語が使用されている。
 したがって、被告各標章のいずれについても、被告商品の出所を表示するものとして、自他商品識別力を発揮する態様で使用されていることは明らかであるから、被告による被告各標章の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に該当する。
(オ) 被告の主張に対する反論
a 被告各標章に自他商品識別力がないとの主張(後記(2)イ(ア))に対し
 被告各標章の使用態様は、前記(ア)ないし(エ)のとおり、いずれも被告商品の自他商品識別力を発揮する態様であることは明らかである。
 被告各標章のうち「ドーナツ」の文字部分が、被告が主張するようなクッションの形状、品質又は用途を示す表示であるとはいえないし、上記形状、品質又は用途が普通に用いられる方法で表示されているともいえない。また、「ドーナツクッション」が、「中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状」のクッションの普通名称であるともいえない。
 すなわち、「ドーナツクッション」は、そもそも一般的な辞書にすら記載されていないし、また、円環体に近い又は中央に穴のあいた形状をしたクッションは一般的には「円座クッション」や「円座」という名称が使用されている(甲93ないし113)。
 そして、「ドーナツ」を使用して物の形状を表現する場合には、一般的には「形」、「状」、「型」を付して使用されるのであり、この場合であっても、その形状はあくまで円環体の形状を意味しているものである。この点は、「ドーナツ」がクッションにおいて使用される場合においても異なるところではなく、一般的なドーナツの形状として想起され得る円環体と似た形状のクッションを「ドーナツ」という表示を用いて表現する場合には、「ドーナツ形クッション」、「ドーナツ状クッション」、「ドーナツ型クッション」というように「形」、「状」、「型」という形状を示す接尾語を付すことが一般的である(乙62、84ないし113)。
 また、「ドーナツ」という表示がクッションにおいて使用される場合に、それ自体が「中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状」を記述する表示として使用されることは一般的ではないし、取引業界にそのような慣行も存在しない。そもそも、「ドーナツ」という表示は、クッションについて取引業界において古くから慣用されてきた慣用商標などでは決してない。
 さらに、「ドーナツ」という表示からクッションという商品についての何らかの品質や用途が想起されるものではないのみならず、円環体の形状をしたクッションに腰痛や痔疾の予防及び改善等の効能があったとしても、それは当該クッションの形状や充填物等によりもたらされる効能であって、「ドーナツ」という表示から一般的に想起される効能ではない。
b 被告の商標が出所標識として使用されているとの主張(後記(2)イ(イ))に対し
 一般に、商品の出所を表す標識は必ずしも一つのみであるとは限らず、その企業が扱う商品・サービス全てについて使用される代表的出所標識(いわゆる「ハウスマーク」)とその企業が販売する個々の商品に付される識別標識(いわゆる「ペットマーク」)の双方が付されることも多く、その場合、その使用態様によって、それぞれがその商品の出所標識として機能することになる。
 この点、被告商品の包装箱、被告ウェブサイト及び被告カタログにおいて使用されている別紙被告商標目録1ないし3の「商標」欄記載の各商標(以下「各テンピュール商標」と総称し、同目録1の「商標」欄記載の商標を「テンピュール商標1」、同目録2の「商標」欄記載の商標を「テンピュール商標2」、同目録3の「商標」欄記載の商標を「テンピュール商標3」という。)は、被告標章1又は被告標章2と一体となって表示されているわけではなく、いずれも独立した表示として、被告各標章とは別の場所に間隔を空けて表示されている。
 このような被告の商標(各テンピュール商標)及び被告各標章の使用態様からすれば、各テンピュール商標が著名であるか否かは措くとしても、各テンピュール商標は被告に係るハウスマークとして、被告各標章はペットマークとして、それぞれ認識されるにすぎない。
 したがって、各テンピュール商標が、ハウスマークとして被告各標章の近くに表示される場合があったとしても、被告各標章の自他商品識別機能が失われるものではなく、各テンピュール商標と被告各標章はそれぞれが被告商品の出所標識として十分に機能しているといえる。
ウ まとめ
 以上によれば、被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログ上に被告商品の商品名として被告標章2を表示する行為は、本件登録商標に類似する商標の使用(商標法37条1号)として、本件商標権の侵害とみなす行為に該当する。
(2) 被告の主張
ア 被告各標章と本件登録商標の類似(争点1−1(1))の主張に対し
(ア) 本件登録商標について
 原告の主張のうち、本件登録商標が「ドーナツ」というゴシック体の片仮名文字からなる商標であること、その使用態様によっては「ドーナツ」の称呼が生ずることは認めるが、本件登録商標から特定の「形状」が想起されることはないとの点は争う。
(イ) 被告標章1について
a 被告標章1を構成する「ドーナツ」という文字部分と「クッション」という文字部分は、文字の種類(片仮名)、書体(ゴシック体)、大きさ、太さ、色、傾斜、全体の長さの各点で同一であるから、外観上不可分一体である。
 そして、被告標章1を構成する「ドーナツ」という文字部分は、クッションという商品との関係では、中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状又はケア用品としての品質ないし用途を表すにすぎず(後記イ(ア)a)、また、被告標章1を構成する「クッション」という文字部分は商品の種類を表すにすぎないから、被告標章1は「ドーナツクッション」と一体に称呼されるものである。
 さらに、被告標章1を構成する「ドーナツ」という文字部分と「クッション」という文字部分は、一体として、中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状のクッションという観念又はケア用品としてのクッションという観念を生じさせるものである。
 したがって、被告標章1において「ドーナツ」という文字部分が独立して認識されることはない。
b 仮に「ドーナツ」という文字部分が独立して認識されるとしても、クッションという商品との関係においては、「ドーナツ」という文字部分は、一般消費者及び取引業者において、形状表示、品質表示ないし用途表示として認識されているから(後記イ(ア)a)、自他商品識別力がない。
 したがって、被告標章1の要部が「ドーナツ」の文字部分にあるとの原告の主張は失当である。
c 上記bのとおり、「ドーナツ」なる標章は、クッションという商品について自他商品識別力がなく、当該標章を「クッション」の普通名称にすぎない「クッション」と併せて、被告標章1のように「ドーナツクッション」として表示しても、一般消費者及び取引業者において商品の出所を誤認混同するおそれはない。
d 以上によれば、被告標章1が本件登録商標に類似する商標であるとの原告の主張は理由がない。
(ウ) 被告標章2について
 前記(イ)で述べたところと同様に、被告標章2が本件登録商標に類似する商標であるとの原告の主張は理由がない。
イ 商標的使用(争点1−1(2))の主張に対し
 以下のとおり、被告各標章はクッションという商品について自他商品識別力を有する標章ではないこと、被告商品の包装箱等における被告各標章の使用態様に照らすと、被告各標章の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に該当せず、本件商標権を侵害しない。
(ア) 被告各標章がクッションという商品について自他商品識別力を有しないこと
a 記述的表示としての「ドーナツ」
 まず、被告各標章(「ドーナツクッション」)の構成のうち、「ドーナツ」の表示部分は、いわゆる記述的表示であって、自他商品識別力を有しない。
(a) 「ドーナツ」という標章は、ドーナツ型の事物の形状を簡潔に示す語として世間一般で広く使用されているものである。このことは、様々な辞書等で、「ドーナツ」という語について、「ドーナツ盤」、「ドーナツ現象」あるいは「ドーナツ化現象」という用語が例示され、「ドーナツ型」という使用法及び「ドーナツ状」という使用法が明確に記載されていることから明らかである。
 また、「ドーナツ○○」という使用法が、中央部に切欠き部ないし窪みを有する座布団、椅子、犬用クッション、介護用パッド、フィットネス用ボールその他の事物の形状を示す際にも用いられている。
(b) このように「ドーナツ」という標章は、ドーナツ型の事物の形状を簡潔に表示するものとして極めて一般的に使用されているところ、当該標章がクッションという商品について使用される場合には、中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状のクッションであるドーナツ型クッションを簡潔に表示するもの(形状表示)として一般消費者において広く使用され、取引業界においても古くから慣用されている。
 また、「ドーナツ」という標章がクッションという商品について使用される場合には、腰痛や痔疾の予防及び改善その他の効能を有するケア用品としての品質ないし用途を簡潔に表示するもの(品質表示ないし用途表示)として、一般消費者において広く使用され、取引業界においても古くから慣用されている。
(c) 以上のとおり、「ドーナツ」という標章がクッションという商品について使用される場合には、一般消費者及び取引業者が当該標章を当該クッションの形状(中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状)又は腰痛や痔疾の予防及び改善という効能を有するケア用品としての品質ないし用途を簡潔に示す記述的表示として認識するというべきであるから、被告各標章が被告の販売に係るドーナツ型クッション(被告商品)について使用されても、そこには何らの自他商品識別力も認められない。
b 普通名称としての「ドーナツクッション」
 次に、被告各標章(「ドーナツクッション」)の構成のうち、「クッション」の表示部分は、クッションという商品の普通名称にすぎないから、自他商品識別力を有しない。
 そして、被告各標章は、クッションの形状表示、品質表示ないし用途表示にすぎない「ドーナツ」なる標章を、商品の普通名称にすぎない「クッション」なる標章と併せた標章であるから、被告の販売に係るドーナツ型クッション(被告商品)に使用しても、自他商品識別力を有しないことは明らかである。
 また、前記aのとおり、「ドーナツ」なる標章がクッションという商品に使用される場合には、「ドーナツ型」(中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状)を意味するものとして一般消費者及び取引業者に広く認識されていることからすると、「ドーナツクッション」という標章についても、「ドーナツ型(の)クッション」ないし「ドーナツ状のクッション」の普通名称として広く認識されているものである。このことは、「板チョコ」が「板状のチョコレート」の普通名称として通用していることと同様である。
 そして、被告商品はドーナツ型(の)クッションであるため、被告各標章(「ドーナツクッション」)がその普通名称として使用されているにすぎないというべきであるから、この点においても、被告各標章は自他商品識別力を有するものではない。
(イ) 被告各標章の具体的な使用態様
 被告商品の包装箱、被告ウェブサイト及び被告カタログには、以下のとおり、被告各商標が使用されているとともに、著名な各テンピュール商標が被告商品の出所を表示する商標として使用されており、出所識別標識としては、各テンピュール商標で足りるといえるから、被告各標章に接する一般消費者及び取引業者が、被告各標章が自他商品識別力を有する態様で使用されているものと認識することはなく、被告各商標の使用は商標としての使用に当たらない。
a 被告の著名商標
 被告は、他の業者が平成3年に開始していた販売事業を承継して、平成11年11月15日に有限会社として設立された。
 被告は、上記業者が使用していた各テンピュール商標(別紙被告商標目録1ないし3の「商標」欄記載の各商標)を使用して、特殊な低反発素材を用いた商品を独占的に販売し続けてきた。
 被告の販売に係る商品は、その品質の高さ、被告又は上記業者による効果的な営業活動及び宣伝活動の結果、多大な人気を博してきた。例えば、甲7(平成13年5月11日付け寝装リビングタイムスの一部)には、被告の「ミレニアムピロー」なる商品が紹介され、その記事に「世界四十カ国で愛用されている安眠グッズのベストセラー、テンピュールシリーズの新企画として、二〇〇〇年十月に発売した「テンピュール(R)ミレニアムピロー」が二十一世紀に入り、着実に市場に浸透している。」、「発売以来、百貨店などではリピートオーダーも多くあり、テンピュールのネームバリューの高さを物語っている。」との記載がある。また、甲7には、その最下段の左に、上記の紹介記事よりも大きく、被告の広告が掲載され、テンピュール商標1、2が「(R)」マークを付して使用されている。
以上のとおり、被告の販売に係る商品が、古くから多大な人気を博してきたことは明らかであり、その結果、各テンピュール商標が被告の販売に係る商品に使用する商標として古くから著名なものとなっていたことも明らかである。
b 被告商品の包装箱における被告標章1の使用態様
(a) 被告標章1は、「ドーナツ」という文字と「クッション」という文字が二段に併記されてなる標章であるところ、両文字は、文字の種類(片仮名)、書体(ゴシック体)、大きさ、太さ、色、傾斜、全体の長さの各点において同一であり、また、「ドーナツ」という文字が「クッション」という文字の直ぐ真上に存在し、一体的な構成をなしている。このような被告標章1の構成によれば、「ドーナツ」という文字と「クッション」という文字が分離して認識されることはない。
 また、前記(ア)aのとおり、「ドーナツ」なる標章は、クッションという商品について使用される場合には、クッションの形状(ドーナツ型)又はケア用品としての品質ないし用途を簡潔に示す記述的表示であること、「クッション」なる標章はクッションという商品の普通名称であること、「ドーナツクッション」なる標章は「ドーナツ型(の)クッション」ないし「ドーナツ状のクッション」の普通名称であることからすれば、被告標章1については、「ドーナツ」なる標章と「クッション」なる標章とに分離して認識されることはなく、「ドーナツ型(の)クッション」ないし「ドーナツ状のクッション」又はケア用品としての品質ないし用途を有するクッションを意味するものとして一体的に認識されることは明らかである。
(b) 被告商品の包装箱においては、テンピュール商標1が、被告標章1が表示された紙面と同一の紙面の左側最上段に、その右側最上段に表示された被告標章1とともに表示されている。
 テンピュール商標1は、被告標章1とは異なり、黒色の文字のみで構成されるものではなく、文字と図形とで構成されている。このテンピュール商標1を構成する図形は、黒一色ではなく、緑色の部分を有し、女性が枕を利用して横たわる姿をその背面から白黒で描き、かつ、立体感を有する図形であり、テンピュール商標1を構成する文字は、被告標章1とは異なり、相当程度太い文字で構成されている。
 そして、テンピュール商標1には「(R)」マークが付され、テンピュール商標1が被告商品の包装箱において商標として使用されていることが明確に認識できるように表示されている。
 また、被告標章1が表示された紙面の下部に印刷された商品紹介の説明文(甲45の2)の中で、「(R)」マークが付されたテンピュール商標2が3回使用され、さらに、被告商品の包装箱の裏面の商品紹介の説明文(乙171)の中でも、「(R)」マークが付されたテンピュール商標2が5回使用されている。殊に、当該裏面では、商品紹介の説明文の1文目に「テンピュール(R)のドーナツクッションは・・・」として使用されている。
 このようにテンピュール商標2についても被告商品の包装箱において商標として使用されていることが明確に認識できるように表示されている。
c 被告ウェブサイト及び被告カタログにおける被告標章2の使用態様
(a) 被告標章2は、「ドーナツ」という文字と「クッション」という文字を一連に横書きしてなる標章であるところ、両文字は、文字の種類、書体、大きさ、太さ、色、傾斜の各点で同一の構成をなしている。
 このような被告標章2の構成によれば、「ドーナツ」という文字と「クッション」という文字が分離して認識されることはなく、被告標章2は、「ドーナツ型(の)クッション」ないし「ドーナツ状のクッション」又はケア用品としての品質ないし用途を有するクッションを意味する標章として一体的に認識されることは明らかである。
(b) 被告ウェブサイトにおいては、テンピュール商標3が、被告標章2が表示された紙面と同一の紙面の左側最上段に、その中央上段に表示された被告標章2とともに表示されている。
 そして、テンピュール商標3には「(R)」マークが付され、テンピュール商標3が被告カタログにおいて商標として使用されていることが明確に認識できるように表示されている。
(c) 被告カタログにおいては、テンピュール商標3が、被告標章2が表示された紙面を含むカタログの表紙の下段及び裏面の中心部分にそれぞれ表示されている。テンピュール商標3は、被告標章2とは異なり、青色の文字のみで構成されるものではなく、文字と図形とで構成されている。このテンピュール商標3を構成する図形は、青一色ではなく、緑色の部分を有し、女性が枕を利用して横たわる姿をその背面から白黒で描き、かつ、立体感を有する図形であり、テンピュール商標3を構成する文字は、被告標章2とは異なり、相当程度太い文字で構成されている。
 そして、前記(b)と同様に、テンピュール商標3が被告ウェブサイトにおいて商標として使用されていることが明確に認識できるように表示されている。
(ウ) 小括
 以上のとおり、被告各標章はクッションという商品について自他商品識別力を有する標章ではないこと、被告商品の包装箱等における被告各標章の使用態様に照らすと、被告各標章の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に該当せず、本件商標権を侵害しないというべきである。
ウ まとめ
 以上によれば、被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為が本件商標権の侵害行為を構成するとの原告の主張は理由がない。
2 争点1−2(本件商標権の効力が及ばない商標該当性)
(1) 被告の主張
ア(ア) 被告各商標は、「ドーナツ型(の)クッション」ないし「ドーナツ状のクッション」という商品の普通名称であり(前記1(2)イ(ア)b)、被告商品の包装箱、被告ウェブサイト及び被告カタログにおける被告各標章の表示は、上記商品の「普通名称」を「普通に用いられる方法で表示」するもの(商標法26条1項2号)であるから、本件商標権の効力は被告各標章に及ばない。
(イ) また、被告各商標の構成中の「ドーナツ」の表示部分は、クッションという商品について、その形状(ドーナツ型)又はケア用品としての品質ないし用途を示す記述的表示であって(前記1(2)イ(ア)a)、上記「ドーナツ」の表示部分は、被告の販売に係るドーナツ型クッション(被告商品)の「形状」又は「品質」ないし「用途」を「普通に用いられる方法で表示」するもの(商標法26条1項2号)であるから、本件商標権の効力は被告各標章に及ばない。
イ 被告各標章は、クッションという商品について、その形状(ドーナツ型)又はケア用品としての品質ないし用途を示すものとして、取引業界において古くから「慣用されている」もの(商標法26条1項4号)であるから、本件商標権の効力は被告各標章に及ばない。
ウ 以上のとおり、商標法26条1項2号、4号により、本件商標権の効力は被告各標章に及ばない。
(2) 原告の主張
ア(ア) ある名称が商標法26条1項2号の「普通名称」に該当するには、辞書等の刊行物において普通名称であるかのように使用されているだけでは足りず、取引界において、商品自体の名称として普及して使用された事実が認められることが必要であるところ、「ドーナツクッション」という用語はそもそも一般的な辞書に記載されていないし、円環体に近い形状をしたクッション又は中央に穴の開いた形状をしたクッションは、一般的に、「円座クッション」や「円座」という名称で使用されている。
 したがって、「ドーナツクッション」は、「ドーナツ型(の)クッション」ないし「ドーナツ状のクッション」という商品の普通名称とはいえない。
(イ) 商標法26条1項2号の「普通に用いられる方法で表示」するものに該当するか否かは、指定商品の形状を表示するに当たり、一般的に用いられる表示の仕方で表示することを意味し、表示の位置や態様などから、取引の実情を考慮して判断されるが、専ら自他商品識別機能を果たす態様での使用としての性質を有する場合には「普通に用いられる方法」には該当しない。
 被告各標章は、表示の位置や態様などから、被告商品の出所を表示するものとして、自他商品識別力を有する態様で使用されているから、商標法26条1項2号にいう「普通に用いられる方法で表示」されているものとはいえない。
イ そもそも「ドーナツ」という標章は、クッションの取引業界において古くから慣用されてきたものではないし、それがクッションの形状や効能を示す表示として使用されることは一般的でなく、取引業界における慣行(当該商標を付した商品が、不特定多数の業者によって、相当の期間、相当の数量、反復継続して販売されてきた事実)も存在しない。
ウ 以上によれば、被告各標章は商標法26条1項2号、4号の商標のいずれにも該当しないから、本件商標権の効力が被告各標章に及ばないとの被告の主張は理由がない。
3 争点2−1(不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為該当性)
(1) 原告の主張
ア 原告の周知・著名な商品等表示
 以下のとおり、原告商品の商品名に使用された「ドーナツ枕」の表示は、遅くとも昭和47年には、原告の商品であることを示す「商品等表示」として周知又は著名(不競法2条1項1号又は2号)となり、その状況は、現在に至るまで継続している。
(ア) 販売数量
 原告は、昭和39年、「ドーナツ枕」の表示を使用した乳幼児用枕(原告商品の一部)の販売を開始した。当該枕は、乳幼児の頭の形を整える効果がある枕として話題になり、新聞等で数多く紹介され、発売開始から現在に至るまで、毎年10万個程度を売り上げ、合計販売数量は少なくとも477万1805個に至っており(甲10)、乳幼児用枕の定番として多大な人気を博してきた。
 また、原告は、平成3年、「ドーナツ枕」の表示を使用した一般用枕(原告商品の一部)の販売を開始し、その後も、「ドーナツ枕」の表示を使用した様々な種類の枕の販売を開始し、これらも新聞等で数多く紹介され(甲7ないし9)、乳幼児用枕以外の一般用枕の販売数量は89万8483個に至っている(甲10)。
 この結果、乳幼児枕や一般用枕を含めた原告商品全体の合計販売数量は、少なくとも567万0288個に至っている(甲10)。
(イ) 商標登録表示の使用
 原告は、原告商品を宣伝する場合には、原告商品の名称を「ドーナツ(R)枕」というように商標登録表示を意味する「(R)」を付して表記することにより、「ドーナツ」の標章(表示)が、原告の登録商標(本件登録商標)として商標登録されたものであって、原告の商品表示であることを需用者に示して周知を図っている。
(ウ) 新聞による告知
 原告は、「ドーナツ」が原告の登録商標(本件登録商標)であることを積極的に公表し、第三者が無断で本件登録商標を使用しないように注意喚起を促している。
 例えば、原告は、古くは、昭和47年3月3日に、原告商品の乳幼児用枕について実用新案権を有しており、また、「ドーナツ」は原告の登録商標であるから、原告の許可なく類似品を製造販売することは、原告の実用新案権又は商標権を侵害することについての注意喚起を促す内容の謹告を全国紙の新聞(甲14)に掲載した。また、近時では、平成20年3月11日に、「ドーナツ」が原告の登録商標であり、「ドーナツ枕」、「ドーナツクッション」という名称の商品を製造販売する行為は原告の本件商標権を侵害することについての注意喚起を促す内容の謹告を業界新聞(甲15)に掲載した。
 このような新聞による告知によって、「ドーナツ」が原告の登録商標(本件登録商標)であることについて業界内及び一般消費者に十分に周知を図っている。
(エ) 本件商標権に基づく使用差止め
 原告は、第三者が原告の許諾なく、本件登録商標を使用したクッションを販売している事実が判明した場合には、当該第三者に対し、警告を行い、当該第三者から、本件登録商標の使用を中止すること、将来においても本件登録商標を使用した商品を販売しないこと、本件商標権を侵害しないこと等について確約を受けている(甲16ないし28)。
(オ) 実用新案権に基づく使用差止め
 原告は、原告商品に類似した商品を販売する第三者に対し、原告の実用新案権(甲29、30)に基づく侵害警告を積極的に行い、当該商品の販売を中止させてきた(甲31ないし39)。また、平成11年11月1日付けの寝装リビングタイムス(甲40)では、「謹告 類似品にご注意」と題し、原告商品の実用新案権を侵害する類似品が流通していることについての注意喚起を行った。
(カ) 小括
 前記(ア)ないし(オ)によれば、原告商品は消費者間で人気を博しており、これと同時に原告は本件商標権及び実用新案権に基づき積極的に類似品を駆逐する努力を重ねてきたのであるから、「ドーナツ枕」の表示は、原告商品を表示する標章として日本全国の寝具業界関係者を始めとして、広く一般消費者の間で著名となっている。
 したがって、「ドーナツ枕」の表示は、遅くとも模倣品が数多く出現し始めた昭和47年から現在に至るまで、我が国において、原告の商品であることを示す「商品等表示」として周知又は著名(不競法2条1項1号又は2号)である。
イ 被告の商品等表示との類似
 被告は、被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品を販売し、また、被告商品に関する広告(被告カタログ、被告ウェブサイト)に被告標章2を使用して、被告各標章を被告の商品であることを示す商品等表示として使用している。
 そして、被告各標章の要部はいずれも「ドーナツ」の文字部分にあるところ(前記1(1)ア(イ)、(ウ))、「ドーナツ枕」の表示中の「枕」部分は、商品の種類が枕であることを示しているにすぎないから、被告各標章の要部である「ドーナツ」の文字部分と「ドーナツ枕」の表示は、外観、称呼及び観念が同一又は類似するものである。
 したがって、被告各標章は、原告の周知又は著名な商品等表示である「ドーナツ枕」の表示と類似の商品等表示である。
ウ 誤認混同のおそれ
 前記イのとおり、被告各標章は、原告の商品等表示である「ドーナツ枕」の表示と類似し、その使用態様も同じ寝具類の商品名に使用され、また、原告商品と被告商品は需要者が重複しているため、被告が被告各標章を使用する行為は、需要者において被告商品を原告商品と誤認混同を生じさせるおそれがある。
 このことは、クッション等の寝具類の販売業者又は百貨店業者らが、@原告表示が原告商品を表示する標章として知名度が高く、「ドーナツ」との標章は原告の商標である、A円環体の形状をしたクッション(円形で穴の開いたクッション)については、一般的には「円座」、「円座クッション」という名称が使用されている、Bクッションの商品名に「ドーナツ」、「ドーナツクッション」といった表示を用いるのは、一般的ではない、Cクッションの商品名に「ドーナツ」、「ドーナツクッション」といった表示を用いるのは、原告の商品と誤認混同されるおそれがあるといった認識を有していること(甲163ないし194)からも明らかである。
エ まとめ
 以上によれば、被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為は、原告の周知又は著名な商品等表示である「ドーナツ枕」の表示と類似の商品等表示を使用する行為として、不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当する。
(2) 被告の主張
ア 原告の周知・著名な商品等表示の主張に対し
(ア) 原告が原告の商品等表示であると主張する「ドーナツ枕」の表示中の「ドーナツ」の文字部分は、枕について、ドーナツ型を意味するものとして一般消費者及び取引業者の間に古くから広く認識されているものであり、その結果、「ドーナツ枕」の表示は、「ドーナツ型(の)枕」ないし「ドーナツ状の枕」の普通名称ないし慣用商標として使用されているものである。
 したがって、「ドーナツ枕」の表示は、そもそも枕について自他商品識別力を有するものではなく、商品等表示(不競法2条1項1号又は2号)に該当しない。
(イ)a 原告主張の原告商品の販売数量は争う。
b 原告は、「ドーナツ」を表記する場合に、必ずしも「(R)」マークを付しているものではない。
 また、原告は、「(R)」マークを付した場合であっても、必ずしも単に「ドーナツ(R)枕」と表記していない。例えば、「西川のドーナツ(R)枕」、「エアセルドーナツ(R)枕」、「シンセドーナツ(R)枕」、「S&Lシンセドーナツ(R)枕」いう表記を「ドーナツ」の文字部分と同一の書体、大きさ、色、傾斜で行っており、「(R)」マークが表す部分が「ドーナツ」という文字部分のみであるか否かが明らかでない。
 したがって、商標登録表示(「(R)」マーク)の使用によって、「ドーナツ」の標章(表示)が原告の商品表示であることを需用者に示して周知を図っているものとはいえない。
c 原告による「謹告」なる文面の新聞への掲載回数は、昭和47年に1回(甲14)、平成20年に1回(甲15)の2回にすぎない。また、甲14の文面は、昭和47年3月3日付け日本経済新聞において、その23面に全15段のうちの最下段2段のみに、他社による訃報の告知や受講生募集の広告と同等の大きさで、それらに挟まれるという態様で掲載されているにすぎない。
 上記新聞による告知のみによって、「ドーナツ」が原告の登録商標(本件登録商標)であることについて業界内及び一般消費者に周知を図っているものとはいえない。
d 原告が引用する甲16ないし28の作成日付に照らすと、原告が本件登録商標の設定登録日である昭和44年4月24日から平成21年10月13日に至るまでの40年を超える期間に、第三者が本件登録商標を使用したクッションを販売している事実が判明する度に警告等を行ってきたとは到底考えられない。
e 原告が実用新案権に基づく侵害警告を積極的に行ってきたとの原告の主張は争う。
f 以上によれば、「ドーナツ枕」の表示が原告の商品であることを示す商品等表示として周知又は著名であるとはいえない。
イ 被告の商品等表示との類似の主張に対し
 原告主張の被告による被告各標章の使用行為は、自他商品識別力を有する態様での使用ではなく、商品等表示(不競法2条1項1号及び2号)としての使用に当たらない。
 また、被告各標章と「ドーナツ枕」の表示とは類似していない。
ウ 誤認混同のおそれの主張に対し
 前記イのとおり、被告各標章と「ドーナツ枕」の表示とは類似していない。
 また、原告商品は、ドーナツ型の枕であって、専ら乳幼児の頭の形を整えることや安眠を補助することを目的とし、乳幼児やその両親、安眠を図ろうとする者を需用者としているのに対し、被告商品は、体圧の分散により、腰部又は臀部の負担を和らげ、腰痛や痔の症状の予防・改善を目的とし、当該各症状を有する者やその予防を図る者を需用者とするものであり、それぞれの需用者が異なるものである。
 しかも、被告商品には、被告各標章と併せて被告の著名な各テンピュール商標が使用されている。
 したがって、被告が被告各標章を使用する行為が需要者において被告商品を原告商品と誤認混同を生じさせるおそれがあるとの原告の主張は理由がない。
エ 小括
 以上によれば、被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為が不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当するとの原告の主張は理由がない。
4 争点2−2(不競法19条1項1号による適用除外の有無)
(1) 被告の主張
 前記1(2)イ(イ)のとおり、被告による被告各標章の使用は、商品の普通名称又は慣用されている商品表示を普通に用いられる方法で使用又は表示しているにすぎないから、不競法19条1号1号の適用除外行為に該当し、同法3条に基づく差止請求等及び同法4条に基づく損害賠償請求は認められない。
(2) 原告の主張
 被告の主張は争う。
5 争点3(原告の損害額)
(1) 原告の主張
ア 被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為が、本件商標権の侵害行為(侵害とみなす行為)に該当するとともに、不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当することは、前記1(1)及び3(1)で述べたとおりである。
 被告が、故意又は過失によって本件商標権の侵害行為及び不正競争行為を行い、その結果、原告の原告商品の販売に係る営業上の利益を侵害していることは明らかであるから、被告は、民法709条及び不競法4条に基づき、原告が受けた損害を賠償すべき義務を負うものである。
イ 原告は、被告の前記アの本件商標権の侵害行為及び不正競争行為により、次のとおり、合計2310万円を下らない損害を被った。
(ア) 使用料相当額2100万円
 被告は、平成20年7月から平成21年7月24日までの1年間に、少なくとも、被告商品を単価1万4000円(税抜き)で合計3万個販売し、合計4億2000万円を売り上げた。
 原告は、第三者に本件登録商標を使用許諾する場合の実施料率を商品の売上げの5パーセントとしている。
 したがって、原告が受けた損害額(商標法38条3項、不競法5条3項1号)は、被告の上記売上額4億2000万円の5パーセントである2100万円を下らない。
(イ) 弁護士費用相当額210万円
ウ 以上によれば、原告は、被告に対し、商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償又は不競法4条に基づく損害賠償として2310万円及びこれに対する平成21年9月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告の主張
 原告の主張は争う。
 本件登録商標及び被告各標章の自他商品識別力ないし顧客誘引力の欠如、被告による営業努力の質の高さ及び量の多さ、被告のブランドイメージの高さ、各テンピュール商標の著名性、被告商品の効能に対する業務上の信用の高さ等の諸事情を総合勘案すれば、被告各標章は被告商品の購買動機の形成に何ら寄与していないというべきであるから、原告においては、被告による被告各標章の使用により本件商標権侵害に基づく損害が発生していない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1−1(本件商標権の侵害行為の有無)について
 原告は、被告各標章は本件登録商標の類似の商標に該当し、被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為は、登録商標に類似する商標の使用(商標法37条1号)として、本件商標権の侵害を構成する旨主張する。
 これに対し被告は、被告各標章と本件登録商標とは類似せず、また、被告各標章は被告商品の包装箱、被告ウェブサイト及び被告カタログにおいて本来の商標としての使用(商標的使用)がされているとはいえないから、被告の上記各行為は、本件商標権の侵害を構成しない旨主張する。
 ところで、商標の本質は、当該商標を使用された結果需用者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの(商標法3条2項)として機能すること、すなわち、商品又は役務の出所を表示し、識別する標識として機能することにあると解されるから、商標がこのような出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているといえない場合には、形式的には同法2条3項各号に掲げる行為に該当するとしても、当該行為は、商標の「使用」に当たらないと解するのが相当である。
 そこで、本件の事案にかんがみ、まず、被告各標章が被告商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているか、すなわち、本来の商標としての「使用」(商標的使用)がされているかどうか(争点1−1(2))について判断することとする。
(1) 被告各標章の構成等
ア 被告標章1について
 被告標章1は、別紙被告標章目録1記載のとおり(ただし、文字部分のみ)、横書きされた「ドーナツ」のゴシック体の片仮名文字と横書きされた「クッション」のゴシック体の片仮名文字が上下2段に配置された構成からなる標章である。
 被告標章1の上段の「ドーナツ」の文字部分と下段の「クッション」の文字部分とは、文字数が異なるが、左右両端が揃い、促音・拗音に係る文字(「ッ」、「ョ」)以外の文字の大きさが同一であること、上段と下段の間隔が狭いこと、各文字の文字色が同一(黒色)であることから、上段の文字部分と下段の文字部分とが一体的に認識され、被告標章1全体から自然に「ドーナツクッション」の称呼が生じるものと認められる。
イ 被告標章2について
 被告標章2は、別紙被告標章目録2記載のとおり、「ドーナツクッション」のゴシック体の片仮名文字が横書きされた構成からなる標章である。被告標章2を構成する各文字の間隔がほぼ同一であること、各文字の文字色も同一(青色)であることから、被告標章2の各文字は一体的に認識され、被告標章2全体から自然に「ドーナツクッション」の称呼が生じるものと認められる。
(2) 被告標章1から生じる観念
 被告標章1の上段の「ドーナツ」の文字部分と下段の「クッション」の文字部分とは、一体的に認識されるが(前記(1)ア)、両者が外観上不可分であるとまでは認められないので、各文字部分からそれぞれ生じる観念について検討し、その上で、被告標章1全体から生じる観念について判断することととする。
ア 「ドーナツ」
(ア)a 「ドーナツ」には、「小麦粉に砂糖・バター・卵・牛乳・ベーキング・パウダーまたはイーストなどをまぜてこね、輪形・円形などに作って油で揚げた洋菓子」(広辞苑第五版)(乙5)、「小麦粉に砂糖・卵・牛乳・ベーキングパウダーなどをまぜてこね、輪形などにして油で揚げた洋菓子」(大辞泉第一版)(乙6)、「小麦粉に砂糖・バター・卵などをまぜてこね、丸く輪にして油で揚げた菓子。「−型」」(大辞林第三版)(乙8)の意味がある。
b 「ドーナツ」の語を冠した複合語として、「ドーナツ現象」、「ドーナツ盤」が辞書に掲載されている。
 「ドーナツ現象」には、「大都市の居住人口が中心部から郊外に移り、人口配置がドーナツ状になること。ドーナツ化現象」(広辞苑第五版)、「大都市の中心部の居住人口が地価の高騰や生活環境の悪化などのために減少し、周辺部の人口が増大して人口分布がドーナツ状になる現象。ドーナツ化現象」(大辞泉第一版)、「地価の高騰や生活環境の悪化などで、大都市の中心部の人口が減り、周辺部の人口が増加する現象」(大辞林第三版)の意味がある。
 また、「ドーナツ盤」には、「直径17.5センチメートル、1分間45回転のレコードの俗称。EPレコード。中心部の穴が大きく、その形状がドーナツに似ているからという。」(広辞苑第五版)、「1分間45回転で演奏するレコードのうち、中心穴が38ミリメートルのもの」(大辞林第三版)の意味がある。
c 平成21年9月ないし同年11月当時、ウェブサイト上のインターネット通販で、「ドーナツ椅子」、「ドーナツウォッチ」などの「ドーナツ」の語を商品名に冠した商品が販売されていた(乙13ないし16、21、26、31ないし33)
 「ドーナツ椅子」、「ドーナツチェア」は、着座部分の中心に円形状の穴があり、着座部分が輪形となっている椅子であり(乙15、16)、「ドーナツウォッチ」は、文字盤の中央部分に円形の穴が開いた腕時計である(乙33)。
 また、「ドーナツ」の語を冠した複合語として、フィギュアスケートにおいて、上体を氷と平行させるように折り曲げ、片足を頭につけて輪形にして回る「ドーナツスピン」が用いられている(乙40)。
d 以上のaないしcを総合すれば、「ドーナツ」の語から、小麦粉に砂糖、バター、卵などをまぜてこね、輪形・円形などに作って油で揚げた洋菓子の観念が想起され、また、「ドーナツ」の語を冠した複合語から、中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状の物あるいはこのような円形、輪形に似た形状の物が想起されるものと認められる。
(イ)a これに対し原告は、「ドーナツ」の語から想起される観念は、小麦粉と砂糖と卵などからなる生地を油で揚げた洋菓子あるいは円環体の洋菓子であり、「ドーナツ」の語から円環体の形状など特定の形状の観念が生じない旨主張する。
 しかし、@大辞林第三版(乙8)には、「ドーナツ」の語について、「小麦粉に砂糖・バター・卵などをまぜてこね、丸く輪にして油で揚げた菓子。「−型」」との記載があり(前記(ア)a)、この記載から、「丸く輪にして油で揚げた菓子」の形状を「ドーナツ型」と表す場合があることを理解することができること、A中心部に穴のあるEPレコードの意味を持つ「ドーナツ盤」が複数の辞書に掲載されていること(前記(ア)b)、B輪形の形状又は中央部分に円形の穴があいた形状の商品が「ドーナツ」の語を冠した商品名で販売されていることなど(前記(ア)c)に照らすと、「ドーナツ」の語から円形、輪形の形状又はこれに似た形状が想起されるというべきであって、「ドーナツ」の語から特定の形状の観念が生じないとの原告の上記主張は採用することができない。
b 一方で、被告は、「ドーナツ」の語から中央部に切欠き部ないし窪みを有する事物の形状の観念が生じる旨主張する。
 しかし、「ドーナツ」の語が中央部に切欠き部ないし窪みを有する事物の形状の意味を持つことが辞書に掲載されていることを認めるに足りる証拠はない。
 また、中央部に窪みを有する事物の形状といっても、当該事物の外縁あるいは事物全体が特定されるものではないことや、窪みの形状には様々なものがあり得ることに照らすと、そのような事物の形状には広範なものが含まれることになるものと考えられるから、「ドーナツ」の語からそのような事物の形状が想起されるものとは認め難い。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
イ クッション」及び「ドーナツクッション」
(ア) 「クッション」の語から、本件商標権の指定商品の「クッション」の観念が生じることは、当事者間に争いがない。
 上記の点と前記アの認定を総合すれば、「ドーナツクッション」の称呼から、中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションあるいはこのような円形、輪形に似た形状のクッションの観念が生じるものと認められる。
(イ) これに対し原告は、一般的なドーナツの形状として想起され得る円環体と似た形状のクッションを「ドーナツ」という表示を用いて表現する場合には、「ドーナツ形クッション」、「ドーナツ状クッション」、「ドーナツ型クッション」というように「形」、「状」、「型」という形状を示す接尾語を付すことが一般的である旨主張する。
 しかし、前記認定のとおり、「ドーナツ」の語を冠した複合語から、中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状の物あるいはこのような円形、輪形に似た形状の物が想起されるものであり、「形」、「状」、「型」という形状を示す接尾語を付さなければ、このような形状の物を観念が生じないということはできず、原告の上記主張は、「ドーナツクッション」の称呼から、中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションあるいはこのような円形、輪形に似た形状のクッションの観念が生じるとの前記(ア)の認定を左右するものではない。
(ウ) 一方で、被告は、ドーナツクッションがクッションという商品に使用される場合には、一般消費者及び取引業者が、ドーナツクッションの標章を、中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状のクッションを簡潔に表示するもの(形状表示)又は腰痛や痔疾の予防及び改善その他の効能を有するケア用品としての品質ないし用途を簡潔に表示するもの(品質表示ないし用途表示)として認識する旨主張する。
 しかしながら、被告の主張は、以下のとおり理由がない。
a 被告提出の株式会社岸タンス店作成の平成21年9月29日付け証明書(乙43)、有限会社シーワン作成の同日付け証明書(乙44)、株式会社ユニークポイント作成の同年10月7日付け証明書(乙45)、A作成の同日付け証明書(乙46)、株式会社インフィストデザイン作成の同日付け証明書(乙47)、株式会社幕傳作成の同月9日付け証明書(乙48)及びダブリュー・エンド・ジー・パブリックリレーションズ株式会社作成の同日付け証明書(乙49)中には、上記各事業者が、それぞれ取り扱っているクッションに「ドーナツクッション」という表示を継続的に使用している旨、クッションの取引業界においても、「ドーナツクッション」という表示のうち「ドーナツ」の部分を西洋菓子のドーナツの形状のように中央に切欠き部や窪みを設けた形状を意味するものとして使用している旨の記載部分がある。また、スキャン・グローバル・ロジスティックス株式会社作成の平成21年12月15日付け報告書(乙214)中にも、同社は、「ドーナツクッション」という表示のうち「ドーナツ」の部分を西洋菓子のドーナツの形状のように中央に切欠き部や窪みを設けた形状を意味するものと認識している旨の記載部分がある。
 しかし、上記各記載部分中の「西洋菓子のドーナツの形状」がいかなる形状を前提としているのかをうかがわせる説明が上記各証明書及び報告書にはなく、「西洋菓子のドーナツの形状のように中央に切欠き部や窪みを設けた形状」が具体的にどのような形状であるのか明らかとはいえないこと、上記各証明書及び報告書には上記各事業者が取り扱っているクッションの具体的な形状についての説明文や写真等が示されていないことに照らすならば、上記各記載部分によって一般消費者及び取引業者においてドーナツクッションの標章を中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状のクッションを簡潔に表示するものと認識していることを認めることはできない。
b また、被告提出の乙号各証(乙50ないし111等)中の「ドーナツクッション」の商品名の商品の大部分は、中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションであって、これらの商品は、中央部に窪みを有する形状であるものと認めることはできない。
 また、これらの商品が存在することから一般消費者及び取引業者においてドーナツクッションの標章を中央部に切欠き部ないし窪みを有する形状のクッションを簡潔に表示するもの又はケア用品としての品質ないし用途を簡潔に表示するものと認識していることも認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 (なお、乙20(レハティームジャパン株式会社作成の「reha team 2005福祉用具カタログ」)には、中央部に窪みのある「床ずれ予防」用の商品が「ナーシングラッグドーナツパッド」の商品名で掲載されているが、このことから直ちに「ドーナツクッション」中の「ドーナツ」の文字部分が一般消費者及び取引業者においてケア用品としての品質ないし用途を簡潔に表示するものと認識していることをうかがうことはできない。)
ウ 小括
 以上によれば、「ドーナツクッション」の称呼が生じる被告標章1全体から、中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションあるいはこのような円形、輪形に似た形状のクッションの観念が生じるものと認められる。
(3) 被告標章2から生じる観念
 前記(1)イ認定のとおり、被告標章2から「ドーナツクッション」の称呼が生じることからすると、被告標章2においても、被告標章1と同様に、中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションあるいはこのような円形、輪形に似た形状のクッションの観念が生じるものと認められる。
(4) 各テンピュール標章
ア 被告は、平成11年11月15日に設立された後、Bを商標権者とする各テンピュール商標(別紙被告商標目録1ないし3記載の「登録商標」欄記載の各商標)を使用して、特殊な低反発素材を用いた枕、マットレス、クッション等の商品を販売している(甲7、乙114、132、133、138ないし140、142、152、161、167、297、298、301、302、弁論の全趣旨)。
 なお、被告は、テンピュール商標1、2について、別紙被告商標目録1、2記載のとおり、指定商品をクッション、まくら(枕)等とする専用使用権の設定を受けている(乙297、298)。
イ 各テンピュール商標は、被告が販売する商品とともに全国放送のテレビ番組、新聞、雑誌等でたびたび紹介されるなどして、少なくともテンピュール商標2(「テンピュール」の標準文字からなる商標)は、平成20年7月当時までに、被告が販売する商品の商標として著名となっていた(乙115ないし131、134ないし137、141、143ないし151、153ないし160、162ないし166、168ないし170)。
(5) 被告各標章の使用態様とその商標的使用該当性
ア 被告商品
 被告商品は、低反発素材を用いた本体とカバー等からなり、その本体の形状は、幅約40センチメートル×奥行約42センチメートル×高さ約5センチメートルの略直方体(8つの頂点のうち4つの角がとれて丸味を帯びている立体)であって、その中央には取り外すことが可能な楕円筒形の部分(中央部分)があり、この中央部分を取り外した後の本体は、中央に楕円形の穴があいた形状となる(甲5の1ないし5の3、43、44の1ないし44の3、45の1、2、乙171、弁論の全趣旨)。
イ 被告商品の包装箱における被告標章1の使用態様等
(ア)a 被告商品の包装箱の表面には、別紙1−1及び1−2の各写真に示すように、@中央から左側にかけてのほぼ全面に、被告商品が敷かれた椅子に座って読書をする外国人女性の写真が掲載され、A左側上部に、テンピュール商標1が記載され、B右側上部から下部に亘る灰色の略長方形の枠内に、上から順に、被告標章1、「テンピュール(R)は、体圧や体温に反応してゆっくり変化する特性を持っています。その不思議なタッチを生み出す秘訣は、素材を構成する特殊なオープンセル(穴あき細胞)にあり、他に真似のできない抜群の通気性と復元力を誇っています。ミクロの世界で差をつけるテンピュール(R)。その差は見ただけは実感することはできません。」との説明文、「中央にスーパーソフトな素材を用いてデリケートな部分を優しくサポート」とのゴシック体の見出し、「お産の後の妊婦さんや痔でお悩みの方などにお薦めのシートクッション。中央部分にはスーパーソフトなテンピュール(R)を用いて安らげる座りごこちを提供します。」との説明文、楕円筒形の中央部分を取り外した状態の被告商品の本体のイメージ図及びカバーが取り付けられた被告商品の写真が記載され、CBの枠の下に「40×42×5cm」とのサイズ表記がされている(甲5の1、45の1)。
b 被告商品の包装箱の裏面には、別紙2−1及び2−2の各写真に示すように、@左側上部から下部に亘る灰色の略長方形の枠内に、上から順に、被告標章1、被告商品の本体の写真(ただし、中心部分に手で押さえられた凹みのあるもの)が記載され、A中央上部に、テンピュール商標1が記載され、その下方に、「Changing the way the world sleeps!」との文字、「抜群のコンビネーションが自然な座りごこちを実現」とのゴシック体の見出し、「テンピュール(R)par のドーナツクッションは、一見すると通常のシートクッションと変わりませんが、デリケートな部分が触れるところをスーパーソフトのテンピュール(R)で構成することにより、自然な座りごこちを実現しています。また、スーパーソフト部分は着脱が可能となっています。」との説明文、「技術ベースはNASAの先端技術」とのゴシック体の見出し、「高度な技術が生み出される背景には必ず高い理想を掲げた開発シーンがあるものです。テンピュール(R)素材の場合、それはNASA(米国宇宙航空局)のスペースシャトル計画という壮大なプロジェクトでした。スペースシャトルの打ち上げ時に宇宙飛行士にかかる強烈な重力を緩和するための緩衝材、それがテンピュール(R)素材の原型であり、テンピュール(R)によって量産が可能となった新素材は、枕やマットレス、クッションなどの民生品として世界の人々の豊かな暮らしづくりに役立っています。」との説明文が順に記載され、B右側中央部に、カバーが取り付けられた被告商品の写真が掲載され、その下に、楕円筒形の中央部分を取り外した状態の被告商品の本体のイメージ図が記載されている(甲44の1、45の2、乙171)。
c 被告商品の包装箱の右側面には、別紙3の写真に示すように、@最上部にテンピュール商標1が記載され、A中央部から下部に亘る灰色の略長方形の枠内に、上から順に、被告標章1、楕円筒形の中央部分を取り外した状態の被告商品の本体のイメージ図、カバーが取り付けられた被告商品の写真が記載又は掲載され、BAの下に「40×42×5cm」とのサイズ表記がされている(甲5の3、44の2)。
d 被告商品の包装箱の上面には、別紙4の写真に示すように、持ち手部分を挟んで、左側にテンピュール商標1が記載され、右側に被告標章1が記載されている(甲5の2)。
 また、被告商品の包装箱の下面(底面)には、別紙5の写真に示すように、左側にテンピュール商標1が記載され、中央に被告商品の写真が掲載され、右側に被告標章1が記載され、その下に「40×42×5cm」とのサイズ表記がされている(甲44の3)。
(イ) 前記(ア)の認定事実によれば、@被告商品の包装箱には、被告標章1が合計5個(表面、裏面、右側面、上面及び下面(底面)に各1個)表示されているところ、表面、裏面及び右側面の被告標章1は、被告商品の本体について、取り外された楕円筒形の中央部分とその取り外し後に楕円形の穴があいた本体のイメージ図と一緒に表示されていること、A被告商品の包装箱の表面には、テンピュール商標1及び「中央にスーパーソフトな素材を用いてデリケートな部分を優しくサポートお産の後の妊婦さんや痔でお悩みの方などにお薦めのシートクッション。中央部分にはスーパーソフトなテンピュール(R)を用いて安らげる座りごこちを提供します。」との説明文が、裏面には、テンピュール商標1及び「・・・スーパーソフト部分は着脱が可能となっています。」との説明文が表示されていること、B右側面、上面及び下面(底面)の被告標章1は、テンピュール商標1と一緒に表示されていることが認められる。
 そして、C被告標章1から中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションあるいはこのような円形、輪形に似た形状のクッションの観念が生じること(前記(2))、D各テンピュール商標(テンピュール商標1ないし3)は、被告が販売する商品とともに全国放送のテレビ番組、新聞、雑誌等でたびたび紹介され、「テンピュール」の標準文字からなるテンピュール商標2は、平成20年7月当時までに、被告が販売する商品の商標として著名となっていたこと(前記(4))からすると、被告商品の包装箱に表示されたテンピュール商標1及び説明文中の「テンピュール(R)」の表示は、被告商品が被告が販売する商品であることを識別させるために使用されているものと認識できること、以上の@ないしDに照らすならば、被告商品の包装箱に接した一般消費者においては、被告標章1について、被告商品の本体の形状を示すイメージ図及び上記Aの説明文と相俟って、被告商品が中央部分を取り外すと、中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し、商品の出所を想起させるものではないものと認められる。
 そうすると、被告標章1が被告商品の包装箱において商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、被告商品の包装箱における被告標章1の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。
(ウ) なお、原告は、被告商品の包装箱には、被告標章1以外には、被商品の商品名に該当する表示は一切ないのみならず、表面及び裏面の商品の説明文に商品の種類を示す表示として「シートクッション」という用語が使用されているので、被告による被告標章1の使用は本来の商標としての使用(商標的使用)に該当する旨を主張する。
 そこで検討するに、被告商品の包装箱の表面には、「お産の後の妊婦さんや痔でお悩みの方などにお薦めのシートクッション。中央部分にはスーパーソフトなテンピュール(R)を用いて安らげる座りごこちを提供します。」との説明文(前記(ア)aB)、同裏面には、「抜群のコンビネーションが自然な座りごこちを実現テンピュール(R)のドーナツクッションは、一見すると通常のシートクッションと変わりませんが、デリケートな部分が触れるところをスーパーソフトのテンピュール(R)で構成することにより、自然な座りごこちを実現しています。・・・」との説明文(前記(ア)bA)が記載されている。
 上記各説明文によれば、「シートクッション」の用語は、被告商品が着座して使用するクッションであることを意味するものとして用いられていることが認められる。
 しかし、このような意味を有する「シートクッション」の用語が被告商品の包装箱の説明文に用いられているからといって、被告標章1が商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられていることの根拠となるものではない。また、そもそも、商品の名称である商品名が常に当該商品の出所表示機能・出所識別機能を果たすものとは限らない。
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
ウ 被告ウェブサイトにおける被告標章2の使用態様等
 被告ウェブサイトのうち被告商品を紹介している部分には、別紙6の写真に示すように、@中央部に、被告標章2が表示され、その下にカバーが取り付けられた被告商品の写真が掲載され、A@の写真の右側に、「スーパーソフトの素材を使用した中央部分は取り外し可能。着座にデリケートになっている方におすすめです。」との説明文が記載され、A左側上部に、テンピュール商標3と構成が同一で色彩が異なる標章が掲載され、B下部に、「テンピュールはテンピュール・ジャパンの登録商標です」との文章が掲載されている(甲6)。
 そして、C被告標章2から中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションあるいはこのような円形、輪形に似た形状のクッションの観念が生じること(前記(3))、D「テンピュール」の標準文字からなるテンピュール商標2は、平成20年7月当時までに、被告が販売する商品の商標として著名となっていたこと(前記(4))からすると、上記Bの文章は被告商品が被告が販売する商品であることを識別させるために使用されているものと認識できること、以上の@ないしDに照らすならば、被告ウェブサイトの上記部分に接した一般消費者においては、被告標章2について、上記Aの説明文と相俟って、被告商品が中央部分を取り外すと、中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し、商品の出所を想起させるものではないものと認められる。
 そうすると、被告標章2が被告商品のウェブサイトにおいて商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、被告商品のウェブサイトにおける被告標章2の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。
エ 被告カタログにおける被告標章2の使用態様等
 被告カタログには、別紙7−1及び7−2の各写真に示すように、@表表紙の中央上部に、「テンピュール(R)総合カタログ」、「2009Autumn-2009Winter」との文字が、同左側に、90°回転させた「TEMPUR」の文字が、同下部に、テンピュール商標3と構成が同一で色彩が異なる標章が記載され、A被告商品を紹介している部分において、上から順に、被告標章2と構成が同一で、文字色が黒色の文字標章、被告商品の写真、「スーパーソフトの素材を使用した中央部分は取り外し可能。着座にデリケートになっている方におすすめです。」との説明文が記載され、B裏表紙の中央部に、テンピュール商標3と構成が同一で色彩が異なる標章が記載されている(甲43)。
 そして、C被告標章2から中央部分に穴のあいた円形、輪形の形状のクッションあるいはこのような円形、輪形に似た形状のクッションの観念が生じること(前記(3))、D「テンピュール」の標準文字からなるテンピュール商標2は、平成20年7月当時までに、被告が販売する商品の商標として著名となっていたこと(前記(4))からすると、上記@の「テンピュール(R)総合カタログ」の文字は被告カタログに掲載されている商品が被告が販売する商品であることを識別させるために使用されているものと認識できること、以上の@ないしDに照らすならば、被告カタログに接した一般消費者においては、被告商品を紹介している部分に記載された被告標章2と構成が同一で、文字色が黒色の文字標章について、上記Aの説明文と相俟って、被告商品が中央部分を取り外すと、中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し、商品の出所を想起させるものではないものと認められる。
 そうすると、被告標章2と構成が同一で、文字色が黒色の文字標章が被告カタログにおいて商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、被告カタログにおける被告標章2と構成が同一で、文字色が黒色の文字標章の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。
(6) まとめ
 以上のとおり、被告商品の包装箱等における被告各標章の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないから、その余の点について判断するまでもなく、被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2(これと構成が同一で、文字色が黒色の文字標章を含む。)を表示する行為は、「登録商標に類似する商標の使用」(商標法37条1号)に該当するものと認められない。
2 争点2−1(不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為該当性)について(1) 原告は、被告商品の包装箱、被告ウェブサイト及び被告カタログに表示 された被告各標章は、被告の商品であることを示す商品等表示(不競法2条1項1号、2号)に該当する旨主張する。
 ところで、不競法2条1項1号の「商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)」とは、商品表示(商品を表示するもの)及び営業表示(営業を表示するもの)をいい、この商品表示は、商品の出所を他の商品の出所と識別させる出所識別標識としての機能を有するものであることを要するものと解される。また、同項2号の「商品等表示」も、これと同様に解される。
 そこで検討するに、前記1で認定したとおり、被告商品の包装箱等における被告各標章は被告商品の出所表示機能・自他商品識別機能を果たす態様で用いられているものと認められないことに照らすと、被告商品の包装箱等における被告各標章は、被告商品の出所識別標識としての機能を有するものとはいえないから、商品等表示に該当するものと認めることができない。
(2) したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告主張の被告による被告各標章を使用する行為は不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為のいずれにも当たらないというべきである。
3 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官大鷹一郎
 裁判官大西勝滋
 裁判官上田真史
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/