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【事件名】絵画の鑑定証書事件(2)
【年月日】平成22年10月13日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10052号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第31609号)
 (口頭弁論終結日 平成22年9月22日)

判決
控訴人 株式会社東京美術倶楽部
同訴訟代理人弁護士 杉井孝
同 東松文雄
被控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 伊藤一
同 吉野徹


主文
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 前項の部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 主文1ないし3項同旨
第2 事案の概要(略称は、特に断らない限り、原判決に従う。)
1 本件は、画家であった亡Aの相続人である長男の亡B、養子(亡Bの長男)の被控訴人(以下、両名を併せて「被控訴人等」ということがある。)が、控訴人に対し、美術品の鑑定等を業とする控訴人において、亡Aの制作した原判決別紙絵画目録記載1及び2の本件絵画1及び2(以下、これらを併せて「本件各絵画」ということがある。)について、本件鑑定証書1及び2(以下、これらを併せて「本件各鑑定証書」ということがある。)を作製する際に、本件各鑑定証書に添付するため、本件各絵画の縮小カラーコピー(以下「本件各コピー」と、そのうち、本件絵画1の縮小カラーコピーを「本件コピー1」、本件絵画2の縮小カラーコピーを「本件コピー2」ということがある。)を作製したことは、亡Aの著作権(複製権)を侵害するものであると主張し、同侵害に基づく損害賠償請求(著作権法114条2項又は3項)として、12万円及びこれに対する当該侵害行為の後の日である本件訴状送達の日の翌日である平成20年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 亡Bは、原審に本件訴訟が係属中の平成21年12月27日に死亡し、同人の相続人である被控訴人が訴訟手続を受継した。
2 原判決は、控訴人が、本件各コピーを作製したことは、亡Aが有し、亡B及び被控訴人が相続した著作権(複製権)を侵害するものであって、控訴人には、少なくとも過失が認められるとして、著作権法114条2項に基づき、その認定に係る被控訴人の損害額6万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を一部認容したので、控訴人は、これを不服として本件控訴に及んだ。
3 前提となる事実
 被控訴人の本件請求について判断する前提となる事実は、以下のとおり付加訂正するほか、原判決2頁8行目ないし3頁19行目に摘示のとおりであるから、これを引用する。なお、争いのない事実以外は、証拠を項目の末尾に記載する。
(1) 原判決2頁9行目の「11、12」を「11〜14」と改める。
(2) 原判決3頁14行目の「本件訴訟の提起等」の次に「(甲5、13、14)」をそれぞれ加える。
4 本件訴訟の争点
 本件訴訟の争点は、次のとおりである。
(1) 複製権侵害の成否(争点1)
(2) 引用の成否(争点2)
(3) 権利の濫用・フェアユースの法理等の成否(争点3)
(4) 故意過失の有無(争点4)
(5) 損害額(争点5)
第3 当事者の主張
1 争点1(複製権侵害の成否)について
〔被控訴人の主張〕
 この点に関する被控訴人の主張は、原判決4頁24行目の次に、改行の上、以下のとおり付加するほか、原判決4頁2ないし24行目のとおりであるから、これを引用する。
 「ウ なお、控訴人は、複製権侵害の判断について、鑑賞性の有無がポイントになるとして、著作権法47条について言及するが、同条は、展示に伴う複製についての規定であって、同条の「小冊子」の解釈適用と同法21条の「複製」の問題とは異なるものである。また、実質的にも、同法47条の「小冊子」の解釈適用に際しては、展示品の解説又は紹介に必要な限度であるか否かが問題となるものであって、展示の問題とならない本件とは事案を異にするから、参考にはならない。」
〔控訴人の主張〕
 この点に関する控訴人の主張は、原判決5頁7行目の次に、改行の上、以下のとおり付加するほか、原判決4頁末行ないし5頁7行目のとおりであるから、これを引用する。
 「ウ 絵画、版画、彫刻等の美術の著作物に当たっては、これらの著作物が本来持つ特性である美感、鑑賞性の有無がポイントとなり、美術の著作物の複製が著作権法2条1項15号の「複製」に該当するのは、複製物に鑑賞性が看取し得る場合に限るべきである。書に関する裁判例においても、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等が指摘されているが、これらは鑑賞性の有無を判断する要因であって、「美的要素」がポイントとなることが明らかにされている。
 また、複製とは、幅のある概念であって、状況によっては限定解釈をしなければ、妥当な結論が得られない。著作権法45条は、美術の著作物等の原作品の所有者は、原作品を公に展示することができ、この場合、著作権者の許諾が不要であるとするところ、同法47条は、解説又は紹介を目的とする小冊子という限定付きではあるが、展示された原作品を複製して解説書や案内書に掲載することができるとして、同法45条1項を実効あらしめており、著作権法は、複製による利用については著作権者、展示による利用については所有者と、許諾の権能を振り分けている。そして、その判断基準は、紙質、規格(判型)、作品の複製形態等により、これらの要素から鑑賞用の書籍として市場において取引される価値を有するものといえるか否かによることになり、美術の著作物の複製には、展示に伴う複製の場合とそれを超える鑑賞的色彩を有する複製の場合とがあることになる。
 以上のような観点からすると、鑑賞的色彩のある部分が利用された場合に限って、美術の著作物の複製権の侵害になるものと解される。
エ 原判決は、本件各コピーについて、通常の注意力を有する者がこれらを観た場合、画材、描かれた対象、構図、色彩、絵筆の筆致等により表現される本件各絵画の特徴的部分を感得するのに十分というべきであるとして、本件各コピーを作製した控訴人の行為は、本件各絵画の複製に該当すると認めるのが相当であると判示した。
 しかしながら、絵画の著作物の複製物といえるためには、上記ウのとおり、複製物と主張される物が、絵画としての鑑賞的色彩を有していなければならないと解されるところ、本件各コピーは、本件絵画1につき16.2p×11.9p(原画の約23%の大きさ)、本件絵画2につき15.2p×12.0p(原画の約16%の大きさ)に大幅に縮小され、しかも、パウチラミネート加工されているため、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、画材、構図、色彩及び筆致等を感得することはできず、美術の著作物の原作品やその鑑賞性を有した複製物が本来有する美的感動を伝えられないものであって、絵画としての鑑賞的色彩を有しているということはできない。
 本件においては、鑑定の目的のために鑑定証書を作る必要があり、鑑定証書作製のためには同一性確認のため複製物を添付する必要があるというものであって、これらの複製物には鑑賞性がないことが明らかである。
 なお、原審裁判所は、本件各絵画そのものを検証していないところ、仮に本件各コピーをもって本件各絵画の画材、構図、色彩、筆致等の特徴を感得することができたとしても、その感得の対象はあくまでも縮小カラーコピーの特徴にすぎないものであるから、このような特徴をもって本件各絵画の特徴と判示する原判決には、事実の誤認がある。」
2 争点2(引用の成否)について
〔控訴人の主張〕
 本件各鑑定証書に添付するため本件各コピーを作製したことは、以下のとおり、引用としての利用(著作権法32条)として許されるべきものである。
 引用としての利用が適法とされるのは、@明瞭区別性及びA主従関係の2要件が充足される場合である。
 しかるところ、本件においては、@の明瞭区別性があることは明らかである。
 Aの主従関係については、通常は、質及び量の2つの観点からその有無が判断されると解されるところ、鑑定証書の主目的は、あくまで鑑定の内容であって、本件各コピーは、同一性確認のためのものにすぎず、それ自体として鑑賞するためのものでないことは、パウチラミネート加工された裏面に縮小版で添付されていることからも明らかであるから、質的観点から従たる存在ということができる。また、本件各コピーは、表裏1枚の本件各鑑定証書の裏面であって、分量的には2分の1であるが、あくまでメインは表面であって、裏面である複製部分は分量的にも2分の1未満であると解され、本件の複製物は、量的観点からも従たる存在ということができる。
 なお、出所の明示は、引用としての利用における適法要件ではないが、本件各鑑定証書の表面の記載において、出所も明示されている。
〔被控訴人の主張〕
(1) 引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することであって、著作権法32条の「引用」に該当するためには、本件各鑑定証書がそれ自体著作物である必要がある。
 しかしながら、本件各鑑定証書は、いずれも亡Aの作品であるという事実の伝達をするものにすぎず、「思想又は感情」を表現したものではない上、「創作的」な表現といえるものではないから、著作物には該当しない。
(2) また、本件各鑑定証書の作製は、取引のためであり、「報道、批評、研究その他の引用の目的」に該当するような、文化の発展に寄与するような引用の目的は見当たらない。
(3) さらに、引用に当たるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、これらの両著作物の間に、前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならない。
 しかるところ、本件各コピーは、本件各絵画の特徴部分を十分に感得することができるものであり、また、本件各鑑定証書表面の内容については、新たな創造を伴うものではないことからすると、本件各鑑定証書表面と本件各コピーとは、前者が主、後者が従ということができるものではない。
(4) したがって、本件各鑑定証書の作製に際して、これに添付するため、本件各コピーを作製したことについて、著作権法32条は適用されず、引用としての利用として許されるものではない。
3 争点3(権利の濫用・フェアユースの法理等の成否)について
〔控訴人の主張〕
 この点に関する控訴人の主張は、以下のとおり付加訂正するほか、原判決7頁末行ないし10頁5行目のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決8頁16行目の次に、改行の上、以下を加える。
 「著作物を取り巻く急激な環境の変化に適切・迅速に対応し、利用の円滑化を図るためには、立法による解決を待つだけでは足りず、裁判所による積極的な司法判断が期待されるところであり、また、我が国の著作権法においても、その個別の権利制限規定としてフェア・ユースの法理は既に内在しているのであるから、我が国の現行の著作権法に一般的な権利制限規定としてフェア・ユースの法理を定めた規定がないことが同法理を適用できないことの理由にはならない。
 そして、本件において複製権侵害が認められると不当な結果が招来されることは明らかであって、本件のような場面でこそ、フェア・ユースの法理が適用される必要があるところ、@本件のような鑑定においては、鑑定物を特定するためには、対象としての複製物の画像を添付する以外に有効な手だてはなく、添付が必要不可欠であるところ、その利用は、まさに著作物の利用を主たる目的としない他の行為(鑑定)に伴い付随的に生ずる当該著作物の利用であって、その利用が質的又は量的に社会通念上軽微であると評価できる場合に該当すること、A本件の利用によって、絵画流通市場における絵画取引の安全が守られることからすると、まさにその態様等に照らし、著作権者に特段の不利益を及ぼさないものと考えられるものである。」
(2) 原判決8頁22行目の次に、改行の上、以下を加える。
 「原判決は、控訴人作成に係る鑑定証書は、美術の著作物の所有者その他の譲渡等の権原を有する者又はその委託を受けた者によって作製されたものではないと判示するが、控訴人の鑑定は、所有者又は所有者から委託を受けた者から依頼されて行っているものであって、本件各鑑定証書についても、本件各絵画の所有者から依頼を受けて鑑定を行い、鑑定証書を作製したものである。
 また、原判決は、鑑定証書は、当該著作物の譲渡等の申出の用に供するために作製されたものと認めることはできないと判示するが、本件各鑑定証書は、本件各絵画の譲渡のために依頼されて作製されたものである。」
(3) 原判決9頁末行の次に、改行の上、以下を加える。
 「本件各鑑定証書の作製が複製権侵害に当たるとされると、控訴人としては鑑定業務を行うことが困難となり、ひいては鑑定書の存在に支えられた我が国の絵画流通市場の安定性が失われるおそれが生ずるものであって、被控訴人の得る利益に比べ、控訴人の受ける不利益の方がはるかに大きく、その不利益は、控訴人にとどまらず、我が国の絵画流通市場全体に及ぶ。実際のところ、対象物の特定及び同一性確認のためには、鑑定証書にコピーを添付しないと鑑定証書が作れないところ、原判決に従うと、結果的に遺族にだけ鑑定業務の独占を許すという不合理な結果が招来されてしまう。」
(4) 原判決10頁3行目の次に、改行の上、以下を加える。
 「(エ) 亡Bは、本件訴訟提起前の平成17年11月28日付けの控訴人あて書面(乙11)において、控訴人による亡A作品の鑑定に対し、控訴人が鑑定書を発行するのは法的に問題のある行為であるなどとし、今後は亡A作品について鑑定書発行行為をしないことを求め、また、被控訴人等は、本訴において、被控訴人等が鑑定に関与した亡A作品に対し、控訴人の鑑定では偽作であると鑑定されたなどというクレームを受けるに至っているとし、亡A作品の鑑定は、同人に死ぬまで付き添った画家でもある亡Bの最もよく行い得るところであって、控訴人の鑑定に信を措くべきものではないなどと記載しており、被控訴人等の本件訴訟の目的は、複製権の保護それ自体ではなく、控訴人による亡A作品の鑑定の妨害にある。
 また、本件訴訟の請求元本額が、2作品合計で12万円と少額であることは、被控訴人等の本件訴訟の目的が損害賠償ではなく、別の目的にあることを裏付けている。」
(5) 原判決10頁4行目の「(エ)」を「(オ)」に改める。
〔被控訴人の主張〕
 この点に関する被控訴人の主張は、以下のとおり付加するほか、原判決10頁7行目ないし14頁9行目のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決10頁17行目の次に、改行の上、以下を加える。
 「なお、控訴人は、亡Bが控訴人に対し、平成17年11月28日付けの書面を送付した事実をもって、被控訴人等に控訴人への害意があると主張するが、被控訴人等は、控訴人が本件各コピーを使用して鑑定証書を作製しているという複製権侵害の可能性を示す情報を入手したことから、亡Bとしては、本件各絵画の著作権を有する者として、自己の権利を守るべく控訴人の行為に対応せざるを得なかったものであって、何ら控訴人を害する意図をもって行動したものではない。」
(2) 原判決14頁4行目の次に、改行の上、以下を加える。
 「(エ) 著作権法47条の2は、インターネットオークションを始めとして対
面で行われない商品取引の形態を主に念頭におき、その際、商品情報の提供としての目物の特定の観点から、画像掲載等を許すものである。そして、同条の「その委託を受けた者」とは、「譲渡又は貸与について委託を受けた者」をいうものであって、控訴人のように鑑定依頼を受けた者は含まれない。
 また、「その申出の用に供するため」とは、「商品の提示、すなわち、取引目的物の特定のため」をいうものであって、当該美術品の真偽を示すということも同条の範囲外の事情である。
 同条は、著作物の流通促進という取引の観点からの著作権の制限についての規定であり、このような規定を拡張的に解釈することは、著作権の保護をないがしろにする結果をもたらすものであって、著作権の保護を目的とする著作権法の趣旨からして妥当ということはできない。」
4 争点4(故意過失の有無)について
 この点に関する当事者双方の主張は、原判決5頁9ないし18行目のとおりであるから、これを引用する。
5 争点5(損害額)について
〔被控訴人の主張〕
 この点に関する被控訴人の主張は、原判決6頁7行目の次に、改行の上、以下のとおり付加するほか、原判決5頁21行目ないし6頁18行目のとおりであるから、これを引用する。
 「なお、控訴人は、鑑定証書作製のための間接費用として、1枚当たり2万7099円の人件費を主張する。
 しかしながら、控訴人のどの従業員が、鑑定業務に専従しているのか、鑑定証書作製業務に専従しているのか、又は鑑定業務と鑑定証書作製業務のいずれにも従事しているのか、鑑定業務や鑑定証書作製業務以外の業務はないのかなどにつき何らの根拠も示されておらず、控訴人主張の経費が控除すべきものに該当するか否かは疑問である。」
〔控訴人の主張〕
 この点に関する控訴人の主張は、原判決6頁24行目の次に、改行の上、以下のとおり付加するほか、原判決6頁20行目ないし7頁23行目のとおりであるから、これを引用する。
 「これに加え、控訴人は、鑑定証書作製のための、1枚当たり、証書代77円(乙16)、カラーコピーの元となる画像のフィルム代151円、現像代183円、プリント代750円(乙17の1〜3)、パウチフィルム代30円(乙18)及びホログラムシール76円(乙19)の合計1267円の直接経費並びに鑑定業務に専従している従業員10名の労務費割合2万7099円(乙20の1〜3、乙21、22)の間接経費を要しており、鑑定証書作製によって控訴人が得た利益の額は、鑑定料3万円から上記合計2万8366円を控除した1634円となる。」
第4 当裁判所の判断
1 争点1(複製権侵害の成否)について
(1) 認定事実
 前記第2の3の前提となる事実及び証拠並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
ア 亡Aは著名な女流画家であり、本件各絵画は亡Aが制作した同人の著作物である。
イ 本件各絵画は、題名がいずれも「花」であり、画面の大きさは、本件絵画1につき縦33.2p×横24.4p(面積810.08平方センチメートル)、本件絵画2につき縦41.0p×横31.9p(面積1307.9平方センチメートル)である(甲3の1、2)。
ウ 本件鑑定証書1は、本件絵画1の所有者である美術商からの依頼に基づき、平成17年4月25日付けの控訴人鑑定委員会委員長名義で、本件絵画1に係る「作品題名」、「作家名」、「寸法」等が記載されたホログラムシールを貼付した鑑定証書(鑑定証書番号005−0495)と、その裏面に本件コピー1(画面の大きさが縦16.2p×横11.9p。面積192.78平方センチメートルであって、原画である本件絵画1の面積の約23.8%)を添付した上で、パウチラミネート加工されて製作されたものである(甲3の1、乙15)。
 本件コピー1は、本件絵画1を写真撮影・現像した上で、プリントされた写真をカラーコピーして作製されたものである(乙15、弁論の全趣旨)。
エ 本件鑑定証書2は、本件絵画2の所有者から委任を受けた美術商からの依頼に基づき、平成20年6月25日付けの控訴人鑑定委員会委員長名義で、本件絵画2に係る「作品題名」、「作家名」、「寸法」等が記載されたホログラムシールを貼付した鑑定証書(鑑定証書番号008−0923)と、その裏面に本件コピー2(画面の大きさが縦15.2p×横12.0p。面積182.4平方センチメートルであって、原画である本件絵画2の面積の約13.9%)を添付した上で、パウチラミネート加工されて製作されたものである(甲3の2、乙15)。
 本件コピー2は、本件絵画2を写真撮影・現像した上で、プリントされた写真をカラーコピーして作製されたものである(乙15、弁論の全趣旨)。
オ 被控訴人における絵画の鑑定業務においては、対象となる絵画の画題が「花」、「薔薇」、「風景」、「裸婦」、「静物」等共通する物が多いことから、鑑定対象の絵画を特定するために、また、これに加えて、鑑定証書の偽造防止のために、鑑定証書の裏面に鑑定対象の絵画の縮小カラーコピーを添付する扱いとしている(乙13)。
(2) 複製の成否
ア 著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ(最高裁昭和50年(オ)第324号同53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁参照)、前記(1)のとおり、本件コピー1は、本件絵画1に依拠して作製されたもの、また、本件コピー2は、本件絵画2に依拠して作製されたものであり、その作製された画面の大きさは、それぞれ縮小カラーコピーというように、本件コピー1では縦16.2p×横11.9p、本件コピー2では縦15.2p×横12.0p等であるから、本件各絵画の大きさとは自ずと異なるが、本件各絵画と同一性の確認ができるものであり、本件各コピーの前記認定の作製方法及び形式からして、本件各絵画の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるから、このような本件各絵画の再製は、本件各絵画の著作権法上の「複製」に該当することが明らかである。
イ この点について、控訴人は、本件各コピーは、いずれも著作権法が本来その保護の対象とする芸術性、美の創作性や感動を複製したものではなく、流通の安全性を図り不正品を防ぐ単なる記号の意味合いにすぎないもので、美術の著作物の複製が著作権法上の「複製」に該当するために必要な鑑賞性を備えず、本件各コピーの作製は同法上の「複製」に該当しないと主張する。
 しかしながら、絵画は、絵画の描く対象、構図、色彩、筆致等によって構成されるものであり、一般的に創作的要素を具備するものであって、それ自体が控訴人の主張する鑑賞性を備えるものであるから、当該絵画の内容及び形式を覚知できるものを再製した以上、その絵画が有する鑑賞性も備えるものであって、絵画の複製に該当するか否かの判断において、絵画の内容及び形式を覚知させるものを再製したか否かという要件とは別個に、鑑賞性を備えるか否かという要件を定立する必要はなく、控訴人の主張は採用することができない。
ウ また、控訴人は、本件各コピーを観ることによって本件各絵画の特徴を感得することができたとしても、その感得の対象はあくまでも縮小カラーコピーである本件各コピーの特徴にすぎないと主張する。
 しかしながら、上記のとおり、本件各コピーによって本件各絵画の内容及び形式を覚知するに足りることは前記認定のとおりであるから、これをもって本件各絵画の複製を認定することに問題はなく、控訴人の主張は、本件各コピーの作製が著作権法上の「複製」に該当しないという意味であるとしても、これを採用することができない。
2 争点2(引用の成否)について
(1) 引用の適法性の要件
ア 著作権法は、著作物等の文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とするものであるが(同法1条)、その目的から、著作者の権利の内容として、著作者人格権(同法第2章第3節第2款)、著作権(同第3款)などについて規定するだけでなく、著作権の制限(同第5款)について規定する。その制限の1つとして、公表された著作物は、公正な慣行に合致し、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができると規定されているところ(同法32条1項)、他人の著作物を引用して利用することが許されるためには、引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり、著作権法の上記目的をも念頭に置くと、引用としての利用に当たるか否かの判断においては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。
イ しかるところ、控訴人は、その作製した本件各鑑定証書に添付するために本件各絵画の縮小カラ−コピーを作製して、これを複製したものであるから、その複製が引用としての利用として著作権法上で適法とされるためには、控訴人が本件各絵画を複製してこれを利用した方法や態様について、上記の諸点が検討されなければならない。
(2) 要件の充足性の有無
ア そこで、前記見地から、本件各鑑定証書に本件各絵画を複製した本件各コピーを添付したことが著作権法32条にいう引用としての利用として許されるか否かについて検討すると、本件各鑑定証書は、そこに本件各コピーが添付されている本件各絵画が真作であることを証する鑑定書であって、本件各鑑定証書に本件各コピーを添付したのは、その鑑定対象である絵画を特定し、かつ、当該鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ、そのためには、一般的にみても、鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって、添付の必要性・有用性も認められることに加え、著作物の鑑定業務が適正に行われることは、贋作の存在を排除し、著作物の価値を高め、著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると、著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは、著作権法の規定する引用の目的に含まれるといわなければならない。
 そして、本件各コピーは、いずれもホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され、表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており、本件各コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと、本件各鑑定証書は、本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり、本件絵画と所在を共にすることが想定されており、本件各絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと、本件各鑑定証書の作製に際して、本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは、その方法ないし態様としてみても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまるものということができる。
 しかも、以上の方法ないし態様であれば、本件各絵画の著作権を相続している被控訴人等の許諾なく本件各絵画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり、被控訴人等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難いのであって、以上を総合考慮すれば、控訴人が、本件各鑑定証書を作製するに際して、その裏面に本件各コピーを添付したことは、著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において、その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ、かつ、その引用の目的上でも、正当な範囲内のものであるということができるというべきである。
イ この点につき、被控訴人は、著作権法32条1項における引用として適法とされるためには、利用する側が著作物であることが必要であると主張するが、「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」を要件としていた旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号とは異なり、現著作権法(昭和45年法律第48号)32条1項は、引用者が自己の著作物中で他人の著作物を引用した場合を要件として規定していないだけでなく、報道、批評、研究等の目的で他人の著作物を引用する場合において、正当な範囲内で利用されるものである限り、社会的に意義のあるものとして保護するのが現著作権法の趣旨でもあると解されることに照らすと、同法32条1項における引用として適法とされるためには、利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でないと解されるべきものであって、本件各鑑定証書それ自体が著作物でないとしても、そのことから本件各鑑定証書に本件各コピーを添付してこれを利用したことが引用に当たるとした前記判断が妨げられるものではなく、被控訴人の主張を採用することはできない。
ウ なお、控訴人が本件各絵画の鑑定業務を行うこと自体は、何ら被控訴人の複製権を侵害するものではないから、本件各絵画の鑑定業務を行っている被控訴人がこれを独占できないことをもって、著作権者の正当な利益が害されたということができるものでないことはいうまでもない。
(3) 小括
 したがって、控訴人が本件各鑑定証書を作製するに際してこれに添付するため本件各コピーを作製したことは、これが本件各絵画の複製に当たるとしても、著作権法32条1項の規定する引用として許されるものであったといわなければならない。
3 結論
 以上の次第であるから、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は全部棄却されるべきものであって、これを一部認容した原判決は取消しを免れない。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 本多知成
 裁判官 荒井章光
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日本ユニ著作権センター
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