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【事件名】経営戦略書の職務著作事件
【年月日】平成22年9月30日
 東京地裁 平成20年(ワ)第35335号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年7月1日)

判決
原告 株式会社川原経営総合センター
同訴訟代理人弁護士 沼田安弘
同 石山卓磨
同 宮之原陽一
同 中村正利
同 倉本義之
同 菊地和加子
同 森田健介
同 訴訟復代理人弁護士沼田美穂
被告 A
同訴訟代理人弁護士 毛受久
同 太田純


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1  請求
1 被告は、別紙書籍目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)を出版、販売、頒布してはならない。
2 被告は、その占有に係る被告書籍を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、671万円及びこれに対する平成20年12月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、「(仮題)病院の新経営管理項目読本」と題する著作物(甲第1号証。ただし、B(以下「B」という。)が執筆した「第5編 院内IT化と情報管理・プライバシー保護」の部分は除く。以下この著作物を「本件著作物」という。)について著作権法15条1項に基づき著作権を有すると主張し、被告が本件著作物に依拠して被告書籍を作成し、出版、販売及び頒布する行為が、原告の本件著作物の複製権を侵害するとして、同法112条1項に基づき被告書籍の出版、販売及び頒布の差止め並びにその廃棄を求め、また、不法行為に基づき損害賠償として671万円及びこれに対する平成20年12月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠を記載したもの以外は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、医療・福祉機関の経営指導・支援を行う株式会社である。
イ 被告は、平成7年10月に、原告の従業員となり、平成11年6月に、原告の医療経営指導部の部長となり、平成16年4月1日から原告の取締役に就任し、経営コンサルティング部門の統括をしていた者である(乙13)。
ウ 株式会社U(以下「U」という。)は、実務向けのマニュアル書籍等を発行する出版会社である。
(2) 本件の事実経過等
ア Uは、平成16年に、被告に対し、病院の経営管理に関する書籍の執筆を依頼した(以下、Uが被告に執筆を依頼したこの書籍のことを、「本件書籍」という。)。
イ 被告は、平成16年当時原告の従業員であったC(以下「C」という。)、D(以下「D」という。)、E(以下「E」という。)及びF(以下、「F」といい、C、D、E及びFを総称して、「各執筆担当従業員」ということがある。)と、株式会社Iの代表取締役であるBに本件書籍の執筆の分担を依頼し、それぞれ執筆を分担することとなった。
ウ 被告は、平成18年8月31日に、原告の取締役を辞任し、原告を退職した。
エ 被告は、平成19年2月ころ、著作名義を被告として、Uから被告書籍を出版した。
オ 本件著作物は、本件書籍の執筆過程において、被告及び各執筆担当従業員がそれぞれの担当部分について執筆したものを合わせたものである。
2 争点及び当事者の主張
(1) 本件著作物が原告の職務著作(著作権法15条1項)に該当するか(争点1)
(原告の主張)
 本件著作物は、次のアないしエのとおり、著作権法15条1項の職務著作の要件を満たすから、原告の著作物である。
ア 原告の発意に基づくこと
(ア) 原告は、平成16年1月ころ、被告を通じて、Uから病院の経営管理に関する書籍(本件書籍)の執筆依頼を受けた。
(イ) 被告は、上記執筆依頼を、自らが部長を務める原告の医療経営指導部で対応することとし、同月の同部の部会において、部下の従業員らに対し、上記執筆依頼について同部内で対応したい旨説明し、その場で、C、D、E及びFがその執筆を担当することが決まった。
(ウ) 上記部会終了後、被告、C、D、E及びFは、執筆について次のとおり打合せをした。
a ITに関連する部分に関しては、Bに執筆を依頼し、校正やUとの調整は被告が担当する。
b 平成16年末ないし平成17年初頭にUに入稿することを目標に執筆する。
c 本件書籍の執筆は、原告の業務として行うものであり、業務時間内に執筆を行ってよく、また、執筆のために必要な文献も原告の負担で購入してよい。
d 原稿は、Uが買い取り、執筆者ごとの分量等を踏まえ、社内規定に基づき売上げの配分を行う。
(エ) 以上の本件書籍作成の経緯からすれば、本件著作物の作成が原告の発意に基づくことは明らかである。
イ 原告の業務に従事する者であること
 本件著作物の執筆担当者は、いずれも執筆当時原告の従業員であった者であるから、原告の業務に従事する者に該当する。
ウ 職務上作成されたものであること
(ア) 本件書籍の執筆作業に係る事実経過は次のとおりである。
a 被告、C、D、E、F及びBは、上記ア(イ)の部会での決定に従い、平成16年7月ころから各自の担当箇所について執筆を開始し、同年12月末までにいったん原稿の執筆を終えた。そして、平成17年2月10日、被告がUと打合せを行う前に各自が原稿の修正等を行い、執筆したデータを被告に提出した。そして、上記打合せで指摘された点を踏まえ、その後も各自原稿の加筆、修正を行った。
b Dは、平成17年3月20日に、Cは、同年4月20日に、原告を退職する際に、執筆した最終原稿のデータを被告に提出した。
c E及びFは、平成18年3月ころ、執筆した最終原稿のデータを被告に提出した。
d 被告は、平成18年8月31日に原告を退職した。その際、被告が後任者に本件書籍の執筆について引継ぎを行わなかったため、その後、本件書籍の執筆作業は進展がないまま放置された。
e 各執筆担当従業員が本件書籍の執筆に投下した時間は、それぞれ150時間ないし200時間程度である。
(イ) 本件書籍の執筆作業については、次のとおり職務性を基礎付ける事実が認められる。
a 原告の医療経営指導部は、本件書籍のような病院の経営管理に関する書籍の執筆をするのに最も適した部署であり、本件書籍の執筆は、同部の従業員に対し当然に期待された業務であった。
b 被告は、各執筆担当従業員に対し、本件書籍の執筆は原告の業務として行うものであるから原告の負担で参考図書の購入を行ってよいと指示し、各執筆担当従業員がこの指示に従って原告の負担で参考図書を購入していた。
c 被告は、UやBと本件書籍について打合せをする際の交通費を原告に請求し、原告がこれを負担していた。
d 各執筆担当従業員は、原告の就業時間内(午前9時から午後6時まで)に執筆作業を行っていた。
e 各執筆担当従業員は、原告の職場内で執筆業務を行い、また、執筆の打合せについて原告の会議室を使用していた。
f 各執筆担当従業員は、本件書籍の執筆の際、原告から貸与されたパソコン、ソフトウェア、参考文献等を使用していた。
(ウ)  上記(ア)、(イ)及び前記ア記載の各事実からすれば、各執筆担当従業員が原告から与えられた仕事として本件書籍の執筆を行っていたことは明らかであるから、本件著作物は、職務上作成されたものに該当する。
エ 原告が自己の著作名義の下に公表するものであること
 本件書籍を原告名義で出版することは、前記ア(イ)の平成16年1月の部会で既に決まっており、被告も、各執筆担当者の名前が本件書籍内のいずれかに記載されることで各自の名前の宣伝にもなると説明していた。
(被告の主張)
 本件著作物は、次のアないしウのとおり、原告の職務著作ではない。
ア 原告の発意に基づかないこと
(ア) 被告は、平成16年4月以降に、Uから被告個人の著作名義で公表することを前提に被告個人として本件書籍の執筆依頼を受けたのであって、原告が執筆依頼を受けたのではない。そして、このことは、次の各事実によっても裏付けられる。
a Uと原告との間では、執筆に関する具体的な条件について何らやりとりがされておらず、合意も存在していない。
b 本件書籍は、「管理項目完全チェックリスト集」のシリーズの一冊に位置付けられており、このシリーズはいずれも個人の著作名義で公表されたものであった。
c 被告書籍の原稿料は、Uから被告に支払われ、被告がBに対し個人的に執筆協力代金を支払っている。
(イ) また、被告は、同僚であるC、D、E及びFに執筆の協力を求めたが、これは執筆行為に個人的に関心のある者を募っただけであり、原告の業務上の指揮命令ではなかった。そして、被告が本件書籍の執筆に当たり原告従業員の協力を得たとしても、その執筆が原告の発意に基づくものになることはない。
イ 職務上作成されたものではないこと
(ア) 本件書籍の執筆に関して、平成17年1月28日の時点で、E及びD以外の者は何らの原稿も提出しておらず、平成16年12月末の時点でいったん原稿の執筆を終えていた旨の原告の主張は著しく事実に反する。
 本件書籍は、被告が個人として受けた依頼であったため、進捗状況は緩慢であり、執筆依頼から発刊まで約3年を要した。
(イ) 被告は、各執筆担当従業員に対し原告の業務として執筆を命じることはなく、執筆作業を業務時間内に行わないようにあらかじめ説明していた。
(ウ) 各執筆担当従業員が原告を退職した後、後任者が選任されることはなく、被告自ら執筆を続けた。
(エ) 原告が主張する参考図書の購入は、本件書籍の執筆を固有の目的としたものではない。また、原告が主張する交通費は、本件書籍の執筆とは関係がないものであるし、そもそも交通費の負担は、直ちに職務性を基礎付けるものではない。
(オ) 本件書籍の執筆についての打合せが原告の会議室を使用して議事録記載の時間に行われたのは事実であるものの、そのことが直ちに職務性を基礎付けるものではなく、また、執筆活動自体は業務時間外に行われていたはずであり、被告も各執筆担当従業員に対し上記(イ)のとおり指示していた。
ウ 原告が自己の著作名義の下に公表するものではないこと
 本件書籍は、前記ア(ア)のとおり、被告個人の著作名義で公表することを前提として依頼され、執筆されたものである。現に、被告書籍は、Bが執筆した部分を含め、全体として被告の著作名義で発行されている。
(2) 被告が本件著作物に依拠して被告書籍を作成したか(争点2)
(原告の主張)
 本件著作物と被告書籍は、別紙比較表のとおり表現が同一であるか、極めて類似しており、被告は、本件著作物に依拠して被告書籍を作成したといえる。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
(3) 原告の損害(争点3)
(原告の主張)
 被告書籍の発行部数は、少なく見積もっても250部は下らないと考えられ、被告書籍の販売価格は1冊当たり4万8800円であるから、被告書籍の総売上額は1220万円である。そして、出版の原価は、販売価格の半額程度であるから、被告の利益額は610万円となり、著作権法114条2項により、原告の損害額は610万円と推定される。
 また、本件と相当因果関係のある弁護士費用は、61万円である。
 以上合計671万円が原告の損害である。
(被告の主張)
 否認する。
第3 争点に対する判断
1 本件書籍の執筆に係る事実経過について
 前提事実、証拠(甲6の1ないし6、甲7の1、2、甲8の4、甲14、乙1、2、12ないし15、丙8、9、証人F(以下「証人F」という。)、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 被告は、平成16年4月ころ、Uから本件書籍の執筆について依頼を受けた。
 被告は、上記依頼を受けた当時、原告の従業員であり、その部下であったC、D、E及びFに本件書籍の執筆について協力を求め了解を得るとともに、原告の従業員ではなく、原告とは別の会社の代表取締役をしていたBにも本件書籍の執筆について協力を求め、了解を得た。
(2)ア 被告、C、D、E、F及びBは、平成16年7月30日、本件書籍の執筆について打合せを行った。このとき、Uへの入稿時期としては、同年12月から平成17年1月初旬が予定され、執筆者全員での最終チェックの実施は平成16年11月下旬から同年12月初旬に行うことが予定された。また、この打合せで、各人が執筆を担当する箇所が決定され、次回の打合せまでに、大項目について追加するものがないか、各人が担当する箇所の中項目として何を挙げるかを検討することとされた。
イ 被告、C、D、E、F及びBは、平成16年8月26日、本件書籍の執筆について打合せを行った。このとき、被告は、Uとの打合せの結果、各執筆者は原稿を同年11月下旬から同年12月20日ころまでに仕上げ、各執筆者の原稿を持ち寄っての内容のチェックは同月下旬から平成17年1月初めに行い、その修正は同月中旬に行うこととされ、Uへの入稿は同月下旬から同年2月下旬に行うことが予定されている旨伝えた。この打合せで、本件書籍の基本的な内容、形式、分量等が話し合われた。そして、次回の打合せまでに、各人が一つの小項目についてチェックシートを作成することとされた。
ウ 被告、D、E、F及びBは、平成16年9月16日、本件書籍の執筆について打合せを行った。この打合せでは、チェックシートの内容、体裁等が話し合われた。
エ 被告、C、D、E及びFは、平成16年10月14日、本件書籍の執筆について打合せを行い、同書籍の内容等について話し合った。そして、次回の打合せまでに、各人は、中項目を再検討し、個々の章でポイントとなる項目を挙げること、一つのチェック表と前文と後文を付けたものを作成することとされた。
オ 被告、C、D、E及びFは、平成16年11月30日、本件書籍の執筆について打合せを行った。このとき、本件書籍の形式について確認がされ、また用語の統一等が話し合われ、各人が同年12月29日の昼までにそれぞれが担当する章の文章とチェック表を完成させることとされた。
カ C、D、E及びFは、平成16年12月28日、本件書籍の執筆について打合せを行い、各中項目の確認等を行った。
キ 上記打合せは、主として、原告の業務時間内に、原告の会議室を用いて行われた。また、執筆を担当した従業員の中には、就業時間中に原告から貸与されたパソコン及びソフトウェアを用いて執筆を行った者や、原告の費用で執筆に必要な書籍を購入した者がいた。
(3)ア 平成17年1月28日の時点において、DとEが、それぞれの担当する執筆箇所についての原稿を被告に提出していたにとどまり、そのほかの執筆担当者は、いまだ被告に原稿を提出していなかった。そこで、被告は、これらの者に対し、同月31日までに原稿を提出するように催促した。
イ 被告は、平成17年2月10日、Uに本件書籍の原稿を持参し、同書籍について打合せを行ったところ、Uから内容が薄い、チェックリストが少なすぎる、分量が少ない等の指摘を受けた。このため、その後、各執筆担当者において原稿の更なる加筆、修正を行うこととなった。
ウ 被告は、平成18年1月にUを訪問した際の交通費(320円)の支払を原告から受けた。
(4)ア Dは、平成17年3月20日に、Cは、同年4月20日に、それぞれ原告を退職し、同人らは、退職後、本件書籍の執筆作業を行わなかった。
イ Fは、平成18年5月ころ、本件書籍の分担箇所について執筆した原稿を被告に提出し、以後、本件書籍の執筆作業を行わなかった。
ウ Eは、平成18年7月末に原告を退職し、それまでに本件書籍の分担箇所について執筆した原稿を被告に提出し、以後、本件書籍の執筆作業を行わなかった。
エ 被告は、各執筆担当従業員から本件書籍の執筆担当部分の原稿の提出を受けた後、それぞれの原稿について、更に、加筆、修正を行った。
オ 被告は、平成18年8月31日に、原告の取締役を辞任し、原告を退職した。被告の退職の際に、原告内部において本件書籍の執筆作業の今後の取扱いについては何らの決定もされず、その後、本件書籍の執筆作業は一切行われなかった。また、後記(6)のとおり、平成19年に被告書籍の出版を知るまで、原告において、本件書籍に関しUと連絡を取った者はいなかった。
(5)ア Uは、平成19年2月ころ、本件書籍を、被告の著作名義の被告書籍として出版した。
イ Uは、平成19年3月30日、被告に対し、被告書籍の原稿料として総額120万円(源泉徴収額14万円、手取金額106万円)を支払った。
ウ 被告は、平成19年4月30日、Bに対し、被告書籍の執筆協力料として20万円を支払った。
(6) 原告は、平成19年2月ころ、Uからのダイレクトメールにより被告書籍が出版されたことを知り、同年9月11日に、被告及びUに対し、警告書を送付し、被告書籍は原告の著作権を侵害するものであるなどと述べ、平成20年12月4日に、本件訴えを提起した。
2 争点1(本件著作物が原告の職務著作(著作権法15条1項)に該当するか)について
(1) 前提事実、証拠(甲1、13、14、証人F)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件著作物は、被告及び各執筆担当従業員が、原告の従業員として勤務していた当時、遅くとも平成18年7月ころまでに本件書籍の各執筆担当箇所について執筆した原稿を合わせたものであることが認められる。
 原告は、本件著作物が原告の職務著作(著作権法15条1項)に該当し、原告がその著作権を有すると主張するので、以下、検討する。
(2) 本件著作物が「原告の発意に基づき」原告の従業員が「職務上作成」したものといえるか否かについて
ア 前記1(1)のとおり、本件書籍の執筆の依頼は、Uから直接被告に対して行われたものであり、前記1(4)、(6)のとおり、平成19年に原告が被告書籍の出版を知るまで、被告以外に、原告内部において、本件書籍に関し、Uと連絡を取った者はいない。
 この点につき、原告は、Uから、本件書籍の執筆依頼を、被告を通じて受けた、すなわち、被告は原告のために、原告の業務として、本件書籍の執筆依頼を受けたものである旨主張する。しかしながら、原告とUとの間において本件書籍の執筆についての契約書は作成されておらず、原告内部において、原告がUから本件書籍の執筆の依頼を受けたことを示す業務依頼書(甲10参照)や業務受託報告書(甲11参照)等の書類も作成されていない(争いがない。)。
イ 原告は、平成16年1月の原告の医療経営指導部の部会において、同部の部長である被告が、部下の従業員らに対し、Uからの本件書籍の執筆依頼について同部内で対応したい旨説明したと主張し、甲第15号証及び証人Fの証言中には、これに沿う部分がある。
 しかしながら、同部会の議事録(詳細版)(甲9)中には本件書籍の執筆依頼についての記載が一切なく(同議事録の他の記載内容に照らすと、同依頼について記載を省略すべき事情はうかがわれない。)、他に同部会で上記説明がされたことを裏付ける客観的な証拠はない。甲第15号証及び証人Fの証言中の上記部分は、これを裏付ける客観的証拠がなく、これに反する乙第13、第14号証及び被告本人の供述に照らし、採用することができず、原告の上記主張を認めることはできない。
ウ 前記1(4)のとおり、F以外の各執筆担当従業員が原告を退職した後、本件書籍の執筆作業が他の原告従業員に命じられたことはなく、さらに、被告が原告を退職する際に、原告内部において本件書籍の執筆作業の今後の取扱いについて何らの決定もされておらず、その後、執筆作業は一切行われていない。
エ 証拠(丙1ないし7)及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍は、Uの出版する「管理項目完全チェックリスト集」のシリーズの一冊として企画されたものであり、このシリーズは、いずれも個人の著作名義で公表されていることが認められる。
オ 前記1(5)ア、イのとおり、本件書籍は最終的に被告の著作名義の被告書籍として公表され、被告書籍の原稿料はUから被告個人に対して支払われている。Uが原告に本件書籍の執筆を依頼したと認識していたのであれば、原告の意向を確認することなく、上記のような取扱いをすることは、通常考え難いことである。
カ 以上説示したところによれば、本件書籍の執筆がUから原告に対し依頼されたものと認めることはできず、かえって、本件書籍の執筆は、Uから被告個人に対し依頼されたものであり、各執筆担当従業員は被告からの個人的な依頼に基づき執筆を行ったものと認めるのが相当である。そうである以上、本件書籍の執筆過程で作成された著作物である本件著作物は、原告の発意に基づき、職務上作成されたものであるということはできない。
キ なお、前記1で認定した事実によれば、各執筆担当従業員が原告の業務時間内に本件書籍の執筆の打合せのために原告の会議室を使用していたこと、執筆を担当した従業員の中に、就業時間中に原告から貸与されたパソコン及びソフトウェアを用いて執筆を行った者や、原告の負担で本件書籍を執筆するための参考図書を購入した者がいたこと、被告がUを訪問した際の交通費を原告が負担したことがあったことなどが認められる。しかしながら、これらの事実は、被告が個人的に本件書籍の執筆依頼を受けたとの前記認定を覆すに足るものではない。
(3) 以上のとおりであるから、本件著作物は、原告の職務著作としての要件を満たさず、原告の著作物とは認められない。
第4 結論
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 山門優
 裁判官 小川卓逸


書籍目録
書籍の名称 病院の業務管理項目完全チェックリスト集
著作者 B
発行者 G
発行所 株式会社U
発行日 平成19年2月23日

別紙比較表 省略
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日本ユニ著作権センター
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