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【事件名】映画「やわらかい生活」シナリオ収録拒否事件 【年月日】平成22年9月10日 東京地裁 平成21年(ワ)第24208号 出版妨害禁止等請求事件 (口頭弁論終結日 平成22年5月14日) 判決 原告 X 原告 社団法人シナリオ作家協会 原告ら訴訟代理人弁護士 柳原敏夫 被告 Y 同訴訟代理人弁護士 清水浩幸 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告らが別紙著作物目録記載の脚本を別紙書籍目録記載の書籍に収録し、出版することを妨害してはならない。 2 原告社団法人シナリオ作家協会と被告との間において、第1項の出版の被告に対する著作権使用料が3000円であることを確認する。 3 被告は、原告Xに対し、1円及びこれに対する平成21年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告は、原告社団法人シナリオ作家協会に対し、1円及びこれに対する平成21年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、被告の著作に係る小説「イッツ・オンリー・トーク」(以下「本件小説」という。)を原作とする映画の製作のために原告X(以下「原告X」という。)が執筆した別紙著作物目録記載の脚本(以下「本件脚本」という。)を原告社団法人シナリオ作家協会(以下「原告協会」という。)の発行する「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版しようとしたところ、被告から拒絶されたが、被告の拒絶は「一般的な社会慣行並びに商習慣等」に反するもので、上記小説の劇場用実写映画化に関して締結された原作使用許諾契約の趣旨からすれば、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて原告らと被告との間に合意が成立したものと認められるべきであるとして、原告らが、被告に対し、上記合意に基づき、本件脚本を別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)に収録、出版することを妨害しないよう求め、原告協会が、被告に対し、本件脚本を本件書籍に収録、出版するに当たって被告に支払うべき著作権使用料が3000円(本件書籍の販売価格相当額)であることの確認を求めるとともに、被告が本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することを違法に拒絶したため原告らが精神的苦痛を受けたとして、原告ら各自が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求として、慰謝料及び弁護士費用合計400万円のうち各1円及びこれに対する不法行為の後である平成21年8月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提となる事実 (1) 当事者 ア 原告Xは、脚本家であり、昭和52年にデビューした後、「赫い髪の女」、「神様のくれた赤ん坊」、「ワニ分署」、「Wの悲劇」、「ひとひらの雪」、「噛む女」、「リボルバー」、「ヴァイブレータ」などの映画の脚本を執筆し、日本アカデミー賞優秀脚本賞、毎日映画コンクール脚本賞、キネマ旬報脚本賞等の受賞歴を有している。(甲5) イ 原告協会は、昭和11年11月11日に関東地区で設立された脚本家の任意団体(シャッポーの会)と昭和12年1月15日に関西地区で設立された脚本家の任意団体(関西シナリオ作家クラブ)が同年8月5日に合流して設立された全国組織の任意団体「日本映画作家協会」が昭和25年12月14日に文部省(当時)の許可を得て社団法人化した脚本家により組織される団体(平成21年6月1日現在の会員は379名)である。 原告協会は、「シナリオの文化的使命の重要性を認識し、作家の相互の信頼と協力によってシナリオ作家の適正なる活動を図り、日本映画文化の向上発展に寄与す」ることを目的として様々な事業を行っており、その一つとして、その年に公開された映画(邦画)の中で最も優れた脚本を複数選考して「年鑑代表シナリオ集」(昭和27年創刊)に編纂、発行している。(甲6) ウ 被告は、東京都世田谷区出身の小説家であり、平成15年4月14日、デビュー作の「イッツ・オンリー・トーク」(本件小説)で第96回文學界新人賞(株式会社文藝春秋〔以下「文藝春秋」という。〕が発行する雑誌「文學界」の公募新人賞)を受賞し、平成18年1月17日には小説「沖で待つ」で第134回芥川賞を受賞した。(甲4、乙14、21) (2) 原告Xは、平成15年7月ころ、映画監督のA(以下「A」という。)及び映画プロデューサーのB(以下「B」という。)と共同で、本件小説を原作とする映画(以下「本件映画」という。)を製作することを企画した。(甲5、11、乙10) (3) Bの所属する有限会社ステューディオスリー(映画、演劇、テレビ番組等の企画制作プロダクションとして平成7年5月に設立された有限会社。以下「ステューディオスリー」という。)及び被告の委託を受けて本件小説の著作権を管理している文藝春秋は、平成15年9月11日、本件映画(35㎜光学フィルム又はデジタル上映)の原作として本件小説を使用することの許諾を受けるための予約完結権を文藝春秋がステューディオスリーに与えることなどを内容とする契約(著作権使用予約完結権契約)を締結した上、平成16年11月中下旬ころ(ただし、契約書上の日付は平成15年9月10日)、以下の内容(要旨を抜粋)の原作使用許諾契約(以下「本件原作使用契約」という。)を締結した。(乙1、2、4) 第2条(保証) 1 文藝春秋は、被告より本件小説の著作権の管理を委任されたものであり、被告から本契約を締結する完全なる権限を与えられていることをステューディオスリーに対し保証する。(以下省略) 2 ステューディオスリーは、本件映画の製作に際し、著作権を始め、名誉、声望その他被告の著作者人格権を侵害せず、また、本件小説の評価を貶めないことを保証する。 第3条(許諾の条件) 1 文藝春秋は、ステューディオスリー(将来確定する本件映画のために出資する出資者、共同製作者、配給会社等を含む。)が本契約に基づき、本件映画を日本国内において独占的に製作・封切・配給することを許諾する。 2 ステューディオスリーが製作する本件映画は、次のとおりとする。 題名 未定 種別 劇場用実写映画 フィルム 35㎜光学フィルム 作品時間 約100分(予定) 使用言語 日本語 撮影開始 平成16年11月 公開予定 平成17年秋あるいは平成18年新春(予定) 3 ステューディオスリーは、原則として本件映画のネガフィルムを原型のままプリントし、本件映画を配給、頒布し、日本国内の劇場等において上映することができる。 ただし、国際映画祭及び国際映画コンクールでの出品・上映は、海外においても行うことができる。 (4項省略) 5 ステューディオスリーは、あらかじめ文藝春秋の書面による合意に基づき、別途著作権使用料を支払うことによって、次の各号に掲げる行為をすることができる。 ただし、文藝春秋は、一般的な社会慣行並びに商慣習等に反する許諾拒否は行わない。 ((1)、(2)号省略) (3) 本件映画をビデオ・グラム(ビデオテープ・LD・DVD)として複製し、頒布すること。 (4) 本件映画をテレビ放送すること。 (5) 本件映画を放送衛星又は通信衛星で放送すること。 (6) 本件映画を有線放送すること。 (7) 将来開発されるであろう新しいメディアを含め、既存のメディア(例えば、CD-ROM、ビデオCD、フォトCDなどのデジタル系の媒体を含む。)をもって本件映画の二次的利用をすること。 ただし、本項第(2)号から第(6)号を除く。 (8) 本契約に基づき作成された脚本の全部若しくは一部を使った、又は本件映画シーンを使用した出版物を作成し、複製、頒布すること。 (以下省略) 第5条(著作者人格権の尊重) 1 ステューディオスリーは、第3条各項の利用に当たって、本件小説の内容、表現又は題名等、文藝春秋の書面による承諾なしで変更を加えてはならない。 ただし、映画化に際し、文藝春秋は、より適切な映像表現をする目的でステューディオスリーが本件小説に脚色することを認めるが、その程度は、事前にステューディオスリーが文藝春秋に提出する本件小説の使用範囲、方法、脚色計画の範囲を超えないものとする。 2 ステューディオスリーは、本件映画のプロット及び脚本を完成後、直ちに文藝春秋に対し3部提出し、本件映画のクランク・イン前に文藝春秋の了解を得るものとする。 3 文藝春秋は、本件映画が本件小説のイメージ又は著作者人格権を損なうと認めるときは、これに異議・修正を申し立てる権利を有する。 第8条(著作権等の表示) ステューディオスリーは、本件映画の製作及び宣伝物及びプログラムの製作に際しては、スペースに支障のない限り、下記の表示を行う。 ① 原作<作者名省略> 『イッツ・オンリー・トーク』 文藝春秋刊 ② 企画協力文藝春秋 (4) 本件映画(監督はA、脚本は原告X、主演はC)は、平成16年11月から同年12月上旬まで撮影が行われ、平成17年2月に完成した後、同年4月にシンガポール国際映画祭で上映され(最優秀作品賞受賞)、平成18年6月10日から国内の一般劇場でも公開された。(甲5、11、乙10) また、本件映画は、その後、被告の許諾によりDVD化され、平成19年1月に販売及びレンタルが開始されたほか、同年8月21日には、被告の許諾により、テレビ放送された。(甲6、11) (5) 原告協会の年鑑代表シナリオ集編纂委員会は、平成19年3月ころ、平成18年度(2006年度)の「年鑑代表シナリオ集」に掲載すべき脚本の一つとして、本件脚本を選出した。(甲2、6、7) そこで、原告協会は、文藝春秋に対し、複数回にわたって、本件脚本を「'06年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについての許諾を求めたが、被告がこれを拒絶したことから、平成19年9月3日の理事会決議により、本件脚本を「'06年鑑代表シナリオ集」に収録することを断念した。(甲2、6、11、14、15、乙6~8、21、22) (6) 原告協会の依頼を受けたステューディオスリーは、平成20年11月20日ころ、文藝春秋に対し、本件脚本を「'07年鑑代表シナリオ集」に掲載することについて、「本件原作使用契約3条5項(8)に該当する利用については、一般的な社会慣行並びに商慣習等に反するものでない限り、許諾拒否はできないものと理解しているので、その契約意図に沿う形で進めたい。利用を許諾することができない場合には、その理由を文書で回答されたい。平成20年11月28日までに連絡がない場合には、本件脚本の掲載に異議がないものと理解して、出版を進めさせていただく。」という趣旨の文書を送付したが、文藝春秋(版権業務部のH)は、同月25日ころ、ステューディオスリーに対し、被告の意向により本件脚本の掲載を許諾することはできない旨を電話で回答した。(甲6、11、乙9、22) その後も、原告らは、本件脚本の出版について、被告の許諾を得ることができなかったことから、本件脚本を「'07年鑑代表シナリオ集」に収録することを断念した。(甲3) 3 争点 (1) 本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて、原告らと被告との間で合意が成立したか。 ア 本件原作使用契約3条5項ただし書の規定(以下「本件ただし書規定」という。)の趣旨 イ 本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて被告が許諾しないことは、「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反するものであるか否か。 ウ 被告の許諾拒否が「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反する場合、原告らと被告との間において、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについての合意が成立したものと認められるか。 (2) 本件脚本の本件書籍への収録、出版に当たって被告に支払うべき著作権使用料の額 (3) 不法行為の成否及び原告らの損害額 4 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)(本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて、原告らと被告との間で合意が成立したか)について ア 原告ら (ア) 争点(1)ア(本件ただし書規定の趣旨)について a 「一般的な社会慣行並びに商慣習等に反する許諾拒否は行わない」ことを定めた本件ただし書規定は、映画の二次利用の円滑な運用を目的として定められたものであり、信義誠実の原則又は権利濫用の法理を念のために確認しただけの規定ではない。したがって、本件ただし書規定により、著作権者の許諾拒否は、上記目的のために、本件ただし書規定がない場合に比べて、より広く制約されることになると解すべきである。仮に、本件ただし書規定が信義誠実の原則や権利濫用の法理等の一般法理を念のために確認したにすぎないものとすれば、これらの一般法理は契約関係をあまねく規律するものであるから、本件原作使用契約のあらゆる条項において規定されていなければ首尾一貫しないところ、本件原作使用契約上、そのような確認規定は本件ただし書規定以外には見いだせないのであり、このことからしても、本件ただし書規定が念のための確認規定ではないことが明らかである。 また、本件ただし書規定の体裁からすれば、本件原作使用契約3条5項各号所定の行為について著作権者が許諾を拒否しようとする場合には、著作権者自身において、当該許諾拒否が「一般的な社会慣行並びに商慣習等に反するものではない」ことを主張、立証する必要があると解すべきである。 b 著作権法は、二次的著作物の「利用」に関して、原作者も二次的著作物の著作者が有するものと同一の権利を専有すると規定しているが(同法28条)、これは結局のところ、二次的著作物について、原作者と二次的著作物の著作者が共同で管理する著作物(共同著作物)であると考えるのと実質的に変わらないものであり、そうだとすれば、二次的著作物の利用の在り方に関しても、共同著作物の利用の在り方が参照されてしかるべきである。 しかるところ、著作権法は、共同著作物の著作権について、「共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。」(同法65条2項)が、「各共有者は、正当な理由がない限り、・・・前項の合意の成立を妨げることができない」(同条3項)として、利用を拒絶する場合には「正当な理由」が必要であること(自分の気分次第で利用を拒絶することはできないこと)を定めている。このような規定は、創作性を発揮した各共有著作権者相互の関係を規律する在り方として適切なものであり、二次的著作物における著作者と原作者との間の関係を規律するに当たっても援用されるべきである。すなわち、著作権法28条の解釈においても、原作の著作権者は、自分の気分次第で二次的著作物の利用を拒絶することはできず、拒絶の場合には必ず「正当な理由」を必要とするというべきであり、本件ただし書規定は、著作権法28条の上記解釈を取り入れたものである。 (イ) 争点(1)イ(本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて被告が許諾しないことは、「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反するものであるか否か)について a 本件脚本は、前記第2の2(5)のとおり、平成18年度(2006年度)の「年鑑代表シナリオ集」に掲載すべき脚本として選出されたほか、第9回菊島隆三賞(映画、テレビを問わず、その年に発表されたすべての脚本の中から最も優れた脚本を審査員である脚本家が選出して、作品を執筆した脚本家に授与する賞)を受賞するなど、社会的に高い評価を受けている。 そして、原告らは、本件脚本を商業的に利用しようとしているのではなく、上記のような評価を受けている本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録して出版するという、極めて文化的意義の高い、社会的使命を帯びた目的で利用しようとしているものである。 b 他方、被告は、本件原作使用契約締結後、脚本執筆、映画製作、劇場公開等の二次利用についてはすべて了解又は許諾しておきながら、本件脚本の出版という商業的利用から最も遠い利用についてのみ、許諾を拒否している。本件脚本の出版に対する被告の許諾拒否は、本件脚本の出版を許諾しても本件小説の売上増に何ら貢献するところがなく、許諾する意義がないという、自己の利益追求のためには他人の犠牲をも顧みない徹底した自己中心的な理由によるものと考えるのが説得的であり、仮にそうでないとしても、本件脚本が何となく気に入らないという漠然とした気分的、情緒的な理由に基づくものにすぎない。 このような被告の態度には合理性がなく、不当極まりないもので、「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反することは明らかである。 c 被告は、本件映画については、被告の注文を入れて直してくれたので、映画化に承諾するとともに、本件映画完成後の二次利用であるテレビ放送、DVD化(販売及びレンタル)についても承諾したが、本件脚本については、被告の注文を入れて直してくれず、問題が解決されないままだったので、「年鑑代表シナリオ集」への収録、出版を許諾しなかったなどとも主張する。 しかしながら、本件映画の脚本(準備稿)に対し被告が訂正を要望した3点(①ラストの音楽をキング・クリムゾンの「エレファント・トーク」とすること、②主人公橘優子(以下「優子」という。)は東京出身であるから、方言をしゃべらせるのはやめてほしいこと、③被告が日常出入りする店の名称をそのまま使用するのはやめてほしいこと)については、本件映画も本件脚本も、被告の注文を入れて修正し、あるいは、被告の了解を得た上で作成されたものである点において相違はないのであって、被告の主張には理由がない。そもそも、被告は、完成した本件映画も見ていなければ、撮影のために使用した脚本(決定稿)も読んでいないというのであるから、「本件映画は被告の注文を入れて直したが、本件脚本はそうせず、問題が解決しなかった」という主張の成立する余地がないことは明らかである。 d 以上から明らかなとおり、本件脚本の出版に被告が許諾しないことは、本件ただし書規定に違反する。 (ウ) 争点(1)ウ(被告の許諾拒否が「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反する場合、原告らと被告との間において、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについての合意が成立したものと認められるか)について a 今日の映画ビジネスは、劇場公開のみならず、放送(テレビ放送、衛星放送、有線放送等)、DVD化、海外使用など、様々な方法による映画の二次利用を当然の前提としているが、劇場公開以外の二次利用に関しては、原作使用契約締結の段階において、その実施の時期、利用の主体、条件等が定まっていないことが多いことから、同契約においては、劇場公開についてだけ確定的な合意をし、それ以外の二次利用については、後日、これらが具体化した段階で、改めて原作者と合意するというやり方が一般である。本件原作使用契約もこの方式を採用しており、原作に基づいて脚本を執筆し、その脚本で映画を製作し、完成した映画を劇場で公開することについては確定的な合意が成立しているが、本件脚本出版等の二次利用については、本件原作使用契約の中にその合意の手続が盛り込まれているにすぎない。 そして、二次利用に係る上記合意は、基本契約を前提として具体的な詰めを行うだけの付随的な契約にすぎないものであるから、原作者は、その合意形成に当たって「一般的な社会慣行並びに商習慣等に反しない」場合に二次利用を拒否することができるだけであり、それ以外の場合には合意を拒むことはできないものとされている。 したがって、本件原作使用契約において、原作者は、相手方からの二次利用の申込みに対し、何も意思表示をしない場合はもとより、たとえ拒否の意思表示をした場合であっても、それが「一般的な社会慣行並びに商習慣等に反する」場合には、二次利用の合意が成立すると解すべきである。なぜなら、原作者は、このような場合には、本件ただし書規定に基づき二次利用の合意を拒むことはできないとされている以上、黙示の意思表示による承諾があったかあるいは意思の実現による契約が成立した(民法526条2項)ものと認めるべきだからであり、このように解することが契約当事者の意図した経済的又は社会的目的に最も合致することになるからである。 b 本件において、原告協会の依頼を受けたステューディオスリーは、平成20年6月、文藝春秋に対し、本件原作使用契約3条5項の規定に基づき、本件脚本を「'07年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することの許諾を申請したにもかかわらず、文藝春秋は何の回答もしなかったから、上記申請後相当期間の経過により、本件脚本出版の合意が成立したと解すべきである。 また、原告協会の依頼を受けたステューディオスリーは、平成20年11月、文藝春秋に対し、本件原作使用契約3条5項の規定に基づき、改めて本件脚本を「'07年鑑代表シナリオ集」に収録し出版することの許諾を申請するとともに、許諾できない場合には、その理由を明記した書面で回答するよう求めたにもかかわらず、文藝春秋は、平成20年11月25日、何ら理由を明らかにしないまま、許諾できない旨を電話で回答したにすぎないのであるから、遅くとも同日において一般的な社会慣行並びに商習慣等に反する許諾拒否があったものとして、本件脚本出版の合意が成立したと解すべきである。 イ 被告 (ア) 争点(1)ア(本件ただし書規定の趣旨)について a 原告らは、本件原作使用契約の当事者ではなく、被告も、本件小説の使用許諾に関する一定の業務を文藝春秋に委託していたとはいえ、本件原作使用契約の当事者ではないから、本件ただし書規定が原告らと被告との間で拘束力を持つことはない。原告らは、あたかも原告らと被告が直接本件原作使用契約を締結したかのように主張しているが、その前提において失当である。 b 本件原作使用契約は、文藝春秋が映画化を許諾する際に通常使用している契約書の書式を利用したもので、同契約3条5項の規定も、その書式に定型的に入っているもので、本件に限った特別の文言ではない。そもそも本件原作使用契約を締結するまでに、本件脚本を出版する際の許諾条件について、ステューディオスリー又はその他の者と文藝春秋との間で話し合いがされたことはなかった。 本件ただし書規定は、一般に相当だと認められて通用していることにあえて逸脱することをしてはならない、許されないような権利の行使の仕方はしてはならないという趣旨であり、当然のことをいっているにすぎない。 (イ) 争点(1)イ(本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて被告が許諾しないことは、「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反するものであるか否か)について 本件映画の脚本(準備稿、甲12)には、①本件小説の題名の由来である楽曲(キング・クリムゾンの「エレファント・トーク」)ではなくて別の楽曲がラストで使われること、②主人公橘優子が東京出身ではなく九州出身とされていて、方言をしゃべること、③被告のプライベートな生活圏に関する情報が含まれていること(被告がデビュー前に個人的に開設したホームページに「蒲田レポート」というタイトルで掲載したプライベートな生活にかかわる日記が、本件脚本に無断で大量に転載されていたこと)、④主人公が阪神大震災、地下鉄サリン事件などに言及して嘘をいう人間とされていること、⑤主人公が登場人物の一人(祥一)と九州時代に性的関係があったとされていること、⑥本件小説では精神的な病気などの自己を取り巻く状況に向き合っていた主人公が、映画ではそれが原因で周囲に当たることなど、重大な問題点がいくつもあった。 これらはすべて、原告Xが本件小説を改めた部分であり、被告は、このうちの3点(上記①~③)について、Bに対し、文藝春秋の担当編集者D(以下「D」という。)を介して、平成16年5月28日付けのファクシミリ文書により、「絶対に譲れない」点として指摘したが、原告Xは、その後4か月以上を経過した同年10月ころに被告に送付した脚本(甲1)においても、上記の点についてほとんど修正をしなかった。被告は、Bに対し、Dを介して、「原作に忠実なシナリオに変更するのでなければ、映画化のお話は中止していただきたい。」と抗議したが、同月下旬ころ、本件映画のクランク・インが直近に迫っており、主演のCを初めとする俳優のスケジュールも押さえてあることを知らされ、被告一人の反対で本件映画の製作を中止させては多数の関係者(出演者、スタッフ等)に大きな混乱を与えることになることを考慮して、同年11月7日に行ったAやBとの面談でいくつかの最小限の事項を確認した上で、大きな不満を残しながらも、本件映画の製作については許諾した。 被告は、以上のように異様な状況の中で本件映画の製作を許諾し、本件映画が映像作品として利用されることについては我慢をしたものの、諸問題の根本である本件脚本が、映像作品とは別に、本件小説と同じ活字作品として単独で公開されることについては納得することができず、その許諾を拒否したものである。 そもそも、脚本を作成する側としては、原作著作者と十分に協議し、納得を得た上で進めていくのが大原則であり、この点は、原告協会が出版している雑誌「シナリオ」の連載記事「シナリオ創作ハンドブック」第25回「脚色」(小瀧光郎執筆、平成22年1月号148頁以下)においても、「文学を脚色するポイント」として、脚本家である舟橋和郎の文章を引用して「一番肝心な原作のテーマ、及び原作の持つ『読者の心を打つ力』この二つのものには、絶対に手を加えない。手を加えないというより、なんとしても映像の中にそのまま再現しようと努める」、「原作のストーリーや人物や構成を修正する場合は、必ず原作者の諒解をとる必要がある」などと指摘されているとおりである。かかる大原則に照らしても、被告が本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することを許諾しなかったことは理解し得る態度であり、これが権利濫用又は信義則違反として「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反するものとは認められない。 (ウ) 争点(1)ウ(被告の許諾拒否が「一般的な社会慣行並びに商慣習等」に反する場合、原告らと被告との間において、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについての合意が成立したものと認められるか)について 争う。 (2) 争点(2)(本件脚本の本件書籍への収録、出版に当たって被告に支払うべき著作権使用料の額)について ア 原告協会 原告協会は、これまで、原作者のあるシナリオを「年鑑代表シナリオ集」に収録するに当たっては、収録を許諾した原作者に対し、謝礼として、当該「年鑑代表シナリオ集」を贈呈してきた。 したがって、本件脚本を本件書籍(平成22年度の「年鑑代表シナリオ集」)に収録するに当たって被告に支払うべき著作権使用料は、本件書籍の販売価格相当額(3000円)とするのが相当である。 イ 被告 争う。 (3) 争点(3)(不法行為の成否及び原告らの損害額)について ア 原告ら 前記(1)ア(イ)のとおり、被告は、本件脚本の出版を許諾すべきであるにもかかわらず、恣意的な理由により許諾拒否に及んだもので、これは原告らに対する不法行為を構成する。 その結果、本件脚本の出版の延期を余儀なくされた原告らが被った精神的苦痛は計り知れず、その苦痛を慰謝するための慰謝料の金額は、原告らそれぞれについて、少なくとも200万円を下らない。 また、原告らは、本件訴訟提起前の交渉において条理にかなった自主的な解決を目指して自ら又はステューディオスリーを通じて被告側に繰り返し積極的に申入れをしたにもかかわらず、被告側が誠意を示さなかったため、弁護士費用を支出して本件訴訟を提起することを余儀なくされた。本件訴訟が一般の民事裁判とは異なり著作権の専門的領域にわたるものであることを考慮すると、被告による許諾拒否(不法行為)と相当因果関係のある弁護士費用の額は、少なくとも200万円を下らない。 よって、原告らは、被告に対し、原告らそれぞれについての前記損害合計400万円の一部請求として、各1円及びこれに対する不法行為の後である平成21年8月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 イ 被告 否認ないし争う。 前記(1)イ(イ)のとおり、本件脚本の「年鑑代表シナリオ集」への収録、出版について被告が許諾を拒否したことには正当な理由があり、原告らに対する不法行為を構成しない。 第3 当裁判所の判断 1 事実経緯 前記第2の2(前提となる事実)に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件訴訟に至るまでの経緯として、次の事実を認めることができる。 (1) 被告は、平成15年4月14日、デビュー作である本件小説で第96回文學界新人賞を受賞した。(乙14) (2) 本件小説は平成15年5月7日に文藝春秋から発売された文芸雑誌「文學界」(同年6月号)に掲載され、これを読んだB(ステューディオスリー所属映画プロデューサー)は、同年5月20日ころ、文藝春秋(文學界編集長E)に対し、本件小説を映画化(監督はA、主演はF)することを企画しているので検討してほしいという趣旨の文書をファクシミリで送信した。(甲4、乙1、14、21) (3) 被告は、平成15年6月27日ころ、Bの勧めに従い、文藝春秋の担当編集者Dと共に、A監督の新作映画「ヴァイブレータ」(原作は赤坂真理、脚本は原告X、プロデューサーはB、主演はC)の試写を見たところ、原作に忠実な映画化だと感じて安心したことから、文藝春秋に対し、本件小説に係る映画化の協議をBと行うことを委託した。(乙21) 他方、原告X、B及びAも、同年7月ころ、「ヴァイブレータ」に続く作品として、本件小説を原作として本件映画を製作することを正式に決定した。(甲5、11) (4) 文藝春秋とステューディオスリーは、平成15年9月11日、「著作権使用予約完結権契約」を締結した。(乙2) 同契約は、文藝春秋がステューディオスリーに対し、本件小説を原作として本件映画(35㎜光学フィルム又はデジタル上映)を製作することに係る許諾を受けるための予約完結権を与えることなどを内容とするものであった。(乙2) (5) 原告Xは、平成16年5月までに、本件小説を原作とする本件映画の脚本(同月28日印刷の準備稿、甲12)を執筆した。Bは、同月下旬、Dに対し、上記脚本(準備稿)を手渡して、被告によるチェックを依頼するとともに、本件映画の今後のスケジュールについて、「被告のチェックを反映させた脚本の完成稿を同年6月に作成し、同月20日にクランク・イン、同年7月20日にクランク・アップ、同年9月に完成、平成17年5月に劇場公開を目指している」などと説明した。(甲20、乙21) これに対し、Dは、Bに対し、被告と上記脚本(準備稿)を確認した上、同年6月上旬に連絡する旨返答した。(乙21) (6) Dは、その後、被告とともに上記脚本(準備稿)をチェックしたところ、原作の設定やストーリーを逸脱するものとして看過することができない点が多数含まれていることを確認したとして、被告と相談の上、Bに対し、平成16年5月28日付けのファクシミリ文書で、上記問題点のうち、次の3点については原作者として絶対に譲れないので、脚本を変更してほしいと申し入れた。(乙3、21) ① ラストの音楽は「エレファント・トーク」(キング・クリムゾン/ディシプリン収録)でないと作品自体の意味がない。この点は絶対にお願いしたい。 ② 主人公の優子は、東京の女だからこそ、蒲田に住んであの作品のような感慨がある。地方出身であればああはならない。方言をしゃべらせるのは止めてほしい。 ③ 被告が日常出入りする居酒屋の店名が出てくるが、影響を考慮して店名を変えてほしい。被告のプライベートにかかわることなので、居酒屋のロケは全く別の土地で行ってほしい。 (7) これに対し、Bからは、平成16年7月下旬ころ、「本件映画の主演がFからCに変更になった」という電話があったが、ほかに何の連絡もなく、同年10月になって、ようやく本件映画の脚本(平成16年10月20日印刷の第2稿、甲1)がDに送付された。(乙21) 上記脚本(第2稿)について、被告からの上記(6)の申入れを受けて、準備稿(甲12)から改められた部分は、次のとおりである。(甲20) ① ラストの音楽について、準備稿では「ジャニス・ジョプリンの『A Woman Left Lonely』」と指定されていたところ、第2稿ではその指定を削除した。 ② 優子が使用する方言について、一部を修正した。 ③ 被告から指摘された居酒屋の店名については伏せ字(「×××」)にした。 (8) Dは、上記脚本(第2稿)を被告に転送し、その内容について被告と協議した結果、平成16年10月20日、Bに対し、次の問題点の指摘をするとともに、上記脚本(第2稿)での映画化は絶対に認められず、原作に忠実なシナリオに変更するのでなければ映画化の話は中止してほしいとの要請をした。(乙16、21) ① 優子が九州の言葉をしゃべるシーンは少し減ってはいるが、九州出身というシナリオ独自の設定は改められていない。シーン44(カラオケボックス)、46(駐車場)、63(優子の部屋)、64(優子の部屋)、65(焼肉屋)、67(アパート・優子の部屋)、70(祥一の運転する車が、蒲田の街に入っていく)、79(××湯・前)では方言をしゃべっている。 ② 被告の指摘した店名だけが割愛されているが、蒲田の町の描写は減っていない。また、被告個人のホームページからの引用も残ってしまっている。 被告個人のホームページからの引用を許諾した覚えはない。ストリートミュージシャンについてのシーンなど、作家のプライバシーと作品を混同されかねない。 ③ 祥一(判決注:福岡在住の優子の従兄。なお、原作である本件小説では「林」姓であるが、本件映画の脚本では、優子と同じ「橘」姓となっている。)が話す九州の言葉が間違っている。作家として方言の表現は厳密に考えており、いい加減な言葉遣いをしてほしくない。 ④ シナリオ作者(判決注:原告X)に躁鬱病についての正確な知識が欠落しており、統合失調症と躁鬱病との区別が付いていない。デリケートな問題であり、このシナリオのまま映画化されると、作家としてマイナス面が多すぎる。 (9) Bは、平成16年10月末ころ、上記(8)の申入れについて、Dに対し、本件映画のクランク・インが迫っており、主演のCを初めとする俳優たちのスケジュールも確保していることを説明の上、A監督と被告が話し合いをして問題を確認し、直すべきところは直すので、再考してもらえないかという申出をした。(乙21) そこで、被告は、同年11月7日、文藝春秋の会議室において、同社のD、G(版権業務部長)、H(版権業務部)も立会いの上、上記脚本(第2稿)について、B、Aと協議をした(なお、被告は、原告Xの出席も求めていたが、原告Xは、同日の協議のことを知らされなかったため、出席しなかった。)。この席上、被告は、Aから「キング・クリムゾンは音楽使用料が高いので使えない。主人公(判決注:優子)は標準語で幼なじみの男性(判決注:祥一)は博多弁で統一する。言葉遣いについては、脚本への『差し込み稿』を作成して被告に送るので確認してほしい。映画内で主人公が作成するホームページに出てくる飲食店は、店の了解を取ってから写真を当該ホームページに載せるようにする。その店のメニューは、映画スタッフがオリジナルで作成する。」等の説明を受けた。被告は、この説明に誠意を感じ、脚本に関する被告の疑問や不安にも善処してもらえるのではないかと考え、①本件映画のタイトルを本件小説のタイトルから変更し、映画エンディングのクレジットで本件小説のタイトルを表記するときは、文字の大きさをできるだけ小さくし、かつ、「原作」としてではなく「<作者名省略>『イッツ・オンリー・トーク』より」と表記すること、②被告は、本件映画に関するメディアからの問い合わせやインタビュー取材などを一切受けないことについてAから了解を取った上で、クランク・インが迫っていた本件映画の製作については、これを承諾した。(甲20、乙21) (10) 原告Xは、上記脚本(第2稿)に手直しをした脚本(甲13、平成16年11月16日印刷)を作成していたが、上記(9)の協議を踏まえ、優子が方言(九州の言葉)を使用するシーンをラストのシーン81(××湯・前)に限定し、それ以外のシーンでは標準語に統一することとして同脚本(甲13)にその旨の修正を手書きで施し、これを本件映画の撮影稿とした。また、被告の個人情報に関する問題については、撮影の中でAが対処することとした。(甲13、20、乙10。なお、平成16年11月16日印刷の脚本〔甲13〕及び上記撮影稿が被告に交付されたことを認めるに足りる証拠はない。) (11) 文藝春秋とステューディオスリーは、前記第2の2(3)のとおり、平成16年11月中下旬ころ、本件原作使用契約(契約書面上の契約日付けは平成15年9月10日)を締結した。(乙4) (12) 本件映画(監督はA、主演はC)は、平成16年11月以降、上記撮影稿を脚本として撮影が行われ、同年12月上旬に撮影が終了(クランク・アップ)した後、編集作業が行われていた。 被告は、上記編集作業中の平成17年1月7日、Dを介して、Bに対し、本件映画の脚本(第2稿、甲1)の問題点として、シーン19(洒落た焼き鳥屋)において、本間俊徳(優子の大学時代の同級生で都議会議員。以下「本間」という。)が優子に対し、日の丸、君が代に関する政治的な主義、主張を展開する場面が含まれていることを指摘し、本件映画に必要な描写とは思われないとして、その改善を求めた。(甲5、20、乙5) (13) 本件映画は、平成17年2月に編集作業を終えて完成し(なお、上記の日の丸、君が代に関する本間の政治的発言は、完成された本件映画からは削除された。また、本件映画の題名は、本件小説のそれとは異なり、「やわらかい生活」とされた。)、同年4月にシンガポール国際映画祭で上映された後、平成18年6月10日から国内の一般劇場でも公開された。(甲5、11) 原告協会は、上記の一般劇場公開に先立ち、本件映画の広告、宣伝のため、被告の許諾を得ることなく、機関誌である月刊「シナリオ」(平成18年7月号)に本件脚本(上記(10)の撮影稿とほぼ同一であるが、ラストシーンに用いられる音楽について、撮影稿には指定がないのに対し、本件脚本においては「ジャニス・ジョプリンの『A Woman Left Lonely』が流れて、クレジットが上がってくる。」という指定が書き加えられている点において相違している。)を掲載して、これを頒布した。(甲20、乙10) 本件映画は、被告の許諾により、平成19年1月にDVDの販売とレンタルが開始された後、同年8月21日にはテレビで放送された。(甲6、11) (14) 原告協会の年鑑代表シナリオ集編纂委員会は、平成19年3月ころ、平成18年度(2006年度)の「年鑑代表シナリオ集」に掲載すべき脚本の一つとして、本件脚本を選出した。(甲2、6、7) (15) 原告協会は、平成19年6月28日、Dに対し、原告協会から発行する平成18年度(2006年度)版「年鑑代表シナリオ集」に本件映画の脚本を掲載することの諾否について照会をしたが、Dは、被告(当時、海外に長期滞在中)が本件映画の脚本を残したくないと明確に希望していることを確認した上で、同日、原告協会に断りの回答をした。(甲11、14、乙6、21) (16) 平成19年7月19日、原告協会の会長I、事務局長Jが文藝春秋を訪問し、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に掲載することについて許諾するよう要請したが、対応したD及び版権業務部(現知財法務部)部長Gは、出版社としては作者の意向を尊重せざるを得ない旨を説明した。(甲6、11、乙22) そこで、原告協会は、同年8月13日、Dに対し、本件脚本の「年鑑代表シナリオ集」への掲載に当たっては、原作者名を掲載せず、解説文においても原作(本件小説)に関して触れないことにすることでどうかという提案をしたが、Dは、被告の意思を確認した上、同月24日、原告協会に対し、「映画化の作業中に、何度もシナリオを修正くださるように申入れをしたのに、受け入れていただけなかったこと」、「できあがった作品についても、原作者としては満足できないこと」を理由として、「これまでどおり、『原作者としては、あのシナリオを活字として残したくない』という、強いご意志を示しておられます」、「原作者の意思がはっきりしている以上、原作者名を外しての収録もやめていただきたい」と回答した。(甲6、乙7、21) その結果、原告協会は、同年9月3日の理事会決議により、本件脚本を「'06年鑑代表シナリオ集」に収録することを断念し、同月11日、Dにその旨を伝えた。(甲2、6、11、15、乙8、21) (17) 原告らは、平成20年4月、本件原作使用契約に本件ただし書規定があることを知ったことから、同月7日ころ、原告協会がステューディオスリーに協力を求め、これを受けたステューディオスリーは、同年11月20日ころ、文藝春秋に対し、「本件原作使用契約3条5項(8)に該当する利用については、一般的な社会慣行並びに商習慣等に反するものではない限り許諾拒否はできないものと理解しているので、その契約意図に沿う形で進めさせていただきたい。」、「利用を許諾できない場合には、その理由を明記し、同月28日までに文書で回答してほしい。」という趣旨の文書を送付した。(甲6、乙9。なお、原告らは、平成20年6月ころ、ステューディオスリーが文藝春秋に対し、本件脚本を「'07年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについての許諾を申請したとも主張するが、かかる事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。) これに対し、文藝春秋版権業務部のH(以下「H」という。)は、被告の意思を確認した上、同年11月25日ころ、Bに対し、本件脚本の掲載を許諾することはできない旨、電話で回答した。(甲6、乙22) (18) 原告らは、平成21年3月17日、文藝春秋に対し、本件脚本の掲載を許諾しない理由について、2週間以内に説明を求める旨の質問状を送付した。(甲10の1、2) そこで、Hは、同月23日、Bと面会の上、上記(16)と同様、「被告の意思が固いので、出版社としてはこれ以上対応することができない。」旨を説明した。(乙22) その後も、原告らは、本件脚本の出版について、被告の許諾を得ることができなかったことから、本件脚本を「'07年鑑代表シナリオ集」に収録することを断念した。(甲3) (19) 原告らは、平成21年7月14日、本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著な事実) 2 上記1の認定事実を前提として、以下、争点について検討する。 (1) 争点(1)(本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて、原告らと被告との間で合意が成立したか)について ア 前提問題 原告らは、本件原作使用契約3条5項(8)号及び本件ただし書規定を根拠に、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて原告らと被告との間で合意が成立したと主張するところ、被告は、原告らと被告は本件原作使用契約の当事者ではないから、同規定が原告らと被告との間で拘束力を持つことはなく、原告らの主張は前提において失当であると主張するので、まず、この点について検討する。 被告が本件小説の使用許諾に関する業務を文藝春秋に委託していたことは当事者間に争いがなく、かつ、被告は文藝春秋を介してステューディオスリーと交渉し、文藝春秋がステューディオスリーとの間で本件小説を翻案した本件映画の製作に係る本件原作使用契約を締結することを承諾していたのであるから、同契約の締結に当たって被告の許諾を要する部分については、被告は、文藝春秋に対しその許諾をする権限を授与していたものと認められる。そうすると、本件原作使用契約は、文藝春秋とステューディオスリーとの間に締結されたものであるが、被告の許諾に関する部分について文藝春秋は被告から授与された上記権限に基づいて契約を締結したものであり、同契約の効力は被告にも及ぶものと解するのが相当である。 しかしながら、本件原作使用契約3条5項は、前記第2の2(3)のとおり、ステューディオスリーが本件映画や脚本の二次的利用をする場合についての規定であり、本件ただし書規定も、ステューディオスリーによる上記二次的利用の許諾について定めた規定である。したがって、本件原作使用契約の当事者ではない原告らが、被告に対し、上記条項に基づき上記二次的利用の許諾を求めることはできないというべきである。 イ 原告ら主張の上記合意は、本件原作使用契約に基づく二次的利用についての被告の許諾義務を前提とするものである。しかしながら、原告らが被告に対し本件原作使用契約の上記条項に基づき上記二次的利用の許諾を求めることはできない以上、被告にその許諾義務があるということはできず、原告らの主張は、その前提を欠くものというほかない。 以上に検討したところによれば、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて原告らと被告との間で合意が成立したと認めることはできないから、その余の点について検討するまでもなく、同合意に基づく原告らの請求(前記第1の1、2)は、理由がない。 ウ なお、原告らは、本件脚本(二次的著作物)の利用については、共同著作物に関する著作権法65条3項の規定と同様の規律がされるべきであり、原作者が二次的著作物の利用を拒絶するには「正当な理由」がなければならないなどとも主張する。同主張は、本件ただし書規定の解釈に関してなされたものであるが、二次的著作物の利用の場合に上記条項が類推適用されるとすれば、二次的著作物である本件脚本の著作者である原告Xは被告に対し同条項に基づき本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて同意を求めることができると解する余地があるので、念のため付言する。 著作権法は、共同著作物(同法2条1項12号)と二次的著作物(同項11号)とを明確に区別した上、共同著作物については、著作者間に「共同して創作した」という相互に緊密な関係があることに着目し、各共有著作権者の権利行使がいたずらに妨げられることがないようにするという配慮から、同法65条3項のような制約を課したものと解される。これに対し、二次的著作物については、その著作者と原作者との間に上記のような緊密な関係(互いに相補って創作をしたという関係)はなく、原作者に対して同法65条3項のような制約を課すことを正当化する根拠を見いだすことができないから、同項の規定を二次的著作物の原作者に安易に類推適用することは許されないというべきである。したがって、原告らの上記主張は採用することができない。 (2) 争点(3)(不法行為の成否及び原告らの損害額)について 前記(1)に説示したとおり、被告に原告ら主張の許諾義務があるということはできず、また、本件脚本の利用について共同著作物に関する著作権法65条3項の規定が類推適用されるということもできない。そうすると、二次的著作物である本件脚本の利用に関し、原著作物の著作者である被告は本件脚本の著作者である原告Xが有するものと同一の種類の権利を専有し、原告Xの権利と被告の権利とが併存することになるのであるから、原告Xの権利は同原告と被告の合意によらなければ行使することができないと解される(最高裁平成13年10月25日第一小法廷判決・判例時報1767号115頁参照)。したがって、被告は、本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することについて、原著作物の著作者として諾否の自由を有しているというべきであり、その許諾をしなかったとしても、原著作物の著作者として有する正当な権利の行使にすぎない。 原告らは、被告が本件映画の製作や、そのDVD化、テレビ放送等については許諾しているのに、本件脚本の出版についてのみ許諾をしないのは不当である旨の主張をする。しかしながら、被告が本件映画の製作を許諾した経緯は前記1に認定したとおりであり、要するに、被告は、本件映画のクランク・イン直前に、本件脚本による映画化の許諾に係る最終決断を求められたことから、多数の関係者に大きな混乱を生じさせることを回避するために、不承不承ながらこれを許諾したというものであって、本件脚本の内容に全面的に承服した結果ではない。また、本件映画のDVD化やテレビ放送の許諾についても、飽くまでも映像作品(映像化)に関するものであり、これを本件脚本の出版(活字化)の許諾と必ずしも同列に論じることはできない。むしろ、前記1に認定したとおり、被告は、本件脚本が原作の趣旨を逸脱するものであり、原作者である被告の意に沿わないものであることについて、当初から一貫した態度を示していたのであるから、原告らにおいて、被告が本件映画の製作やDVD化、テレビ放送を許諾したことによって、本件脚本の出版についても許諾を得られるとの期待を抱いたとしても、かかる期待は事実上のものにすぎず、法律上保護されるものとはいえない。 以上のとおり、被告が本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録、出版することを許諾しなかったことが、原告らに対する関係で不法行為を構成するとは認められない。 したがって、不法行為の成立を前提とする原告らの請求(前記第1の3、4)は理由がない。 3 結論 以上検討したところによれば、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 岡本岳 裁判官 鈴木和典 裁判官 寺田利彦 別紙 著作物目録 題名 やわらかい生活 作成時期 平成18年(2006年)5月 掲載誌 雑誌「シナリオ」平成18年(2006年)7月号 原作 イッツ・オンリー・トーク 別紙 書籍目録 題名 '10年鑑代表シナリオ集 編者 社団法人シナリオ作家協会(原告) 年鑑代表シナリオ集編纂委員会 発行所 社団法人シナリオ作家協会(原告) 発行日 2011年9月(予定) |
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