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【事件名】セキュリティソフトの著作権移転登録事件
【年月日】平成22年9月3日
 東京地裁 平成21年(ワ)第35164号 著作権移転登録請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年7月16日)

判決
原告 株式会社ブロードリーフ訴訟承継人株式会社ブロードリーフ
同訴訟代理人弁護士 吉田正夫
同 井口加奈子
被告 株式会社マッハロックインターナショナル
同訴訟代理人弁護士 江木晋


主文
1 被告は、原告に対し、別紙目録記載の著作権(著作権法27条及び28条に規定する権利を含む。)について、平成21年7月17日の譲渡を原因とする移転登録手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、後記2(2)の基本合意に基づき、別紙目録記載のプログラムの著作物に係る著作権が被告から原告に移転したとして、原告が、被告に対し、同著作権についての移転登録手続を求める事案である。
2 争いのない事実等(証拠等を掲記した事実を除き、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 訴訟承継前原告株式会社ブロードリーフ(以下「旧ブロードリーフ」という。)は、コンピュータのソフトウェアの開発、販売、情報提供サービス、情報処理サービス等を業とする株式会社であった。
 旧ブロードリーフは、平成22年1月1日、別法人である株式会社ブロードリーフ(旧商号シー・ビー・ホールディングス株式会社。以下「新ブロードリーフ」という。)に吸収合併され解散し、新ブロードリーフが本件訴訟を承継した(以下、特に断らない限り、旧ブロードリーフと承継後の新ブロードリーフを区別せずに「原告」という。)。
イ 被告は、コンピュータネットワークのセキュリティーソフトウェアの開発、販売及び販売代理等を業とする株式会社である。
(2) 基本合意の締結
ア 被告は、平成21年1月9日当時、別紙目録記載のプログラムの著作物である情報漏洩対策ソフトMach Lock-STATION Mu(以下「MLSM」又は「本件著作物」といい、その著作権を「本件著作権」ということがある。)の著作権者であった。
イ 原告は、平成21年1月9日、被告との間で、以下の内容(抜粋)の業務提携に関する基本合意(以下「本件基本合意」という。)を締結した。(甲1)
 前文
  被告と原告は、被告が製作販売するMLSM(本件著作物)を原告の業務用ソフトウェア製品の保守ソフトに改変(以下「本件改変」という。)し、相互協力の上、拡販体制構築を前提にしたライセンス使用許諾契約を締結すること(以下「本件提携」という。)を目的として以下のとおり合意する。
 第1条(本件提携の内容)
 1 被告及び原告は、本件提携に当たり、本件改変に必要となる企画・研究・開発・設計・販売・運用等の一切の業務(以下「本件業務」という。)を、原告被告間で別途協議の上取り決めるスケジュールと役割分担に基づき遂行する。
 2 被告及び原告は、本件業務の遂行に必要な情報を、原告被告別途協議した方法に従って各業務担当者に提供するものとする。
 第2条(著作権)
 1 被告は、原告に対し、被告が本件提携に関するMLSM(本件著作物)のプログラム及び関連文書の著作権を保有し、被告において本件提携に関するMLSM(本件著作物)及び関連文書の更新、改良、変更、販売、リース及び著作権に関する一切の権限を有し、他に譲渡・担保提供等しないことを保証する。
 2 本件提携に関するMLSM(本件著作物)及び関連文書の更新、改良、変更、販売、リース及び著作権行使につき第三者より異議、何らかの請求の申出があったとき、又は紛議が生じたときは、被告が責任をもって解決し、原告に何らの負担を及ぼさないものとする。
 第3条(費用負担)
  本件改変を含むMLSM(本件著作物)及び関連文書の更新、改良及び変更に要する費用について、被告は原告よりの要請により費用が発生する場合、事前に原告に承認を得て施行するものとする。
 第5条(本件業務の遂行等)
 1 被告は原告に対し本合意を締結し保証金3000万円の受託後速やかにMLSM(本件著作物)の下記プログラム及び本件提携に必要な関連文書の開示及びMLSM(本件著作物)の原告社内用PC2000台のライセンス供与及び原告の技術員に対する有償インストールライセンス研修を施行するものとする。
  なお、開示情報は下記
  @ソースプログラム
  A本件提携に関する必要資料
 2 原告は前項に基づき被告より開示・許諾を受けた本件提携関係MLSM(本件著作物)の情報について本合意及び機密保持契約の内容を遵守の上、本件業務遂行に利用するものとし、その結果、原告が本件提携の目的を達成可能と判断したときは、原告は被告に対し、本件提携にかかわるMLSM(本件著作物)及び関連文書の更新、改良、変更、販売、リース及び著作権行使に関する一切の権限について原告被告の共有とするべく、その対価の一部として前項保証金を充当するものとする。なお、当該対価の価格については原告被告別途協議の上、決定するものとする。
 3 本合意書有効期間内に、原告にて本件提携の目的を満足する結果を得られないとき、又は前項の原告被告間協議が合意に至らないときは、原告は被告との本件提携を解消するとともに、本件提携に関するMLSM(本件著作物)のプログラムソースコード開示に係わる一切の権限を放棄し、第1項の預託金を被告より無利息にて返還を求めることができる。ただし、当該本件提携契約の締結過程に遂行過程で生じた被告の費用の実費(インストールライセンス講習費用1人当たり33万円)については預託金より相殺するものとする。
 第8条(有効期間)
 本件合意書の有効期間は、本合意書締結の日から満1年間とする。ただし、有効期間終了日の2か月前までに、いずれの当事者からも書面による契約終了の意思表示がない場合は、更に6か月間に限り延長されるものとする。ただし、機密保持義務の期間については機密保持契約の定めを適用する。
 第9条(契約解除)
 1 被告又は原告は、相手方が次の各号の1つに該当するときは、何らの通知又は催告を要さずに、本合意書を直ちに解除できるものとするとともに、かかる事由に該当した当事者は、相手方に対する期限未到来のものも含むすべての債務に関する期限の利益を喪失し、当該債務を直ちに履行するものとする。
 1)差押え、仮差押え、仮処分、公売処分、租税滞納処分等の強制執行その他これに準ずる処分を受けたとき
 2)会社更生手続の開始、民事再生手続の開始、破産若しくは競売の申立てを受け、又は自ら会社更生手続の開始、民事再生手続の開始若しくは破産の申立てをしたとき
 3)(以下省略)
 2 被告が前項各号の1つにでも該当したときは、本件提携にかかわるMLSM(本件著作物)のプログラム及び関連文書に係る著作権その他一切の権利(著作権法21条から28条所定のすべての権利を含む。)は、原告被告何らの意思表示を要せず当然に被告から原告に移転するものとする。この場合、被告は原告に対し、直ちに前項の権利移転登録に必要な手続をするものとする。
(3) 差押え
 被告は、平成21年7月13日付け債権差押命令(東京地方裁判所平成21年(ル)第5315号)による債権の差押え(以下「本件差押え」という。)を受けた。第三債務者である原告は、同月17日、同差押命令の送達を受け、同日、本件差押えの効力が生じた。(甲5、9)
(4) 処分禁止の仮処分の登録
 原告は、本件著作権について、被告を債務者として処分禁止の仮処分命令を申し立て、平成21年7月31日、東京地方裁判所は、被告は、本件著作権について、譲渡、質権の設定、著作物の利用許諾その他一切の処分をしてはならないとの仮処分決定をした(東京地方裁判所平成21年(ヨ)第2890号)。(甲6)
 これを受け、同年8月4日、財団法人ソフトウェア情報センターは、本件著作物に係るプログラム登録原簿に、被告に対する上記処分禁止の仮処分の登録をした。(甲7)
3 争点
(1) 本件差押えによる本件著作権の移転の有無
(2) 本件基本合意の錯誤無効(抗弁)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件差押えによる本件著作権の移転の有無)について
〔原告の主張〕
ア 本件基本合意9条2項において権利移転の対象とされるのは、「MLSMの二次的著作物」ではなく、「原著作物であるMLSMそのもの」に係る著作権その他一切の権利である。
 二次的著作物の利用に関しては原著作物の権利者(著作者)の許諾が必要となり、原著作物の権利者(著作者)に破産等の事由が生じた場合には、二次的著作物の利用が大きく制限される可能性がある。本件でも、被告(原著作物であるMLSMの著作権者)に破産等の事由が生じた場合には、原告製品(原著作物であるMLSMの改変物や二次的著作物)の利用は大きく制限されることになる可能性があり、そのような場合には、原告が最も重要視する原告製品の利用に関する法的安定性を確保した上で原告のユーザー層に対して原告製品を供給し続けることが不可能となってしまう上、原告が被告との事業提携の過程で投下してきた資金や労力といったものもすべて無駄になってしまうおそれがあった。
 そこで、本件提携に当たり、原告はこのような事態が発生する場合に備えて、被告に一定の事情が発生した場合には、「原著作物であるMLSMそのもの」に係る著作権その他一切の権利が自動的に原告に移転される旨の条件を確保し、本件提携に当たってのリスクヘッジを図ることにしたのである。
 このような本件基本合意9条2項の趣旨からすれば、同項による権利移転の対象が「原著作物であるMLSMそのもの」に係る著作権その他一切の権利であることは明らかである。
イ 原被告間では、本件基本合意5条2項(原著作物であるMLSMそのもの及びその関連資料の著作権に関する共有条項)に従って、原著作物であるMLSMそのもの及びその関連資料の著作権を原告と被告の共有にする場合の対価等の詳細な条件を取り決める契約書を作成するための交渉が行われ、平成21年7月9日には、「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書」として、原著作物であるMLSMそのもの及びその関連資料の著作権を原告と被告の共有とする契約内容が確定していた(甲11の1、2、12の1、2)。
 このような交渉経過からすれば、著作権を共有にすることを定めた本件基本合意5条2項の「本件提携に係わるMLSM」とは、「改変されたMLSM(二次的著作物も含む。)」を指すものではなく、「原著作物であるMLSMそのもの」を指すものであることは明らかである。
 また、「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書」(甲12の1、2)の6条1項は「乙(判決注:原告)が本件製品を利用して開発した成果物の知的財産権は、乙に帰属するものとする」としており、「改変されたMLSM」の著作権は原告と被告の共有ではなく、そのすべてが原告に単独で帰属することが定められているのであり、本件基本合意5条2項の「本件提携に係わるMLSM」が、「MLSMの二次的著作物」を指すものと解することはできない。
 そして、本件基本合意9条2項の「本件提携に係わるMLSM」も、5条2項における「本件提携に係わるMLSM」と同じ意義と解すべきであるから、本件基本合意9条2項において権利移転の対象となる「本件提携に係わるMLSM」とは、「MLSMの二次的著作物」ではなく、「原著作物であるMLSMそのもの」を意味する。
ウ したがって、被告が差押えを受けた場合には、本件基本合意9条2項により、何らの意思表示を要せず当然に、MLSMのプログラムに係る著作権その他一切の権利(著作権法21条から28条所定のすべての権利を含む)が被告から原告に移転。する。被告が受けた本件差押えは平成21年7月17日に効力が生じたことから、本件著作権は、同日、被告から原告に移転し、被告は、原告に対し、本件著作権の移転登録に必要な手続をする義務を負う。
〔被告の主張〕
ア 本件基本合意は、被告が著作権を有する情報漏洩対策ソフトであるMLSMのプログラム及び関連文書につき、これを原告が要求する仕様に沿った原告製品の保守用ソフトに改変した上、この被告が製造したMLSMの改変物である二次的著作物を原告と被告の共有にした上で、これを原告が原告の顧客に販売するに際し、原告と被告との間で、当該二次的著作物についてライセンス使用許諾契約を締結することを、原告及び被告間における「本件提携」として定義付けたものと解すべきである。
 また、本件基本合意1条が規定する「本件業務」とは、本件提携を行う前提として、原告が被告に上記二次的著作物の開発・製造業務を委託し、被告が行う二次的著作物の開発・製造業務のことを指すものと解すべきである。
 このように、原告と被告の取引は、開発・製造業務(本件業務)と、ライセンス使用許諾契約(本件提携)とを内容とする取引であり、本件基本合意9条2項の規定は、被告による開発・製造業務(本件業務)終了後、MLSMの二次的著作物が制作された後に、被告に信用毀損等の事由が発生し原告と被告との取引関係を維持することが不相当となった場合に、一定の資本を投下している原告が二次的著作物を取得することができないというのでは不公平であることにかんがみ、MLSMの二次的著作物に係る著作権その他一切の権利を被告から原告に移転する条項であると解釈すべきである。二次的著作物が開発・製造されていない場合に、被告が保有するMLSM(本件著作物)に係る著作権その他一切の権利を被告から原告に移転することを定めたものではない。本件基本合意9条2項に基づき、本件著作権が被告から原告へ移転することはない。
イ 本請求が認容されるのであれば、仮に、MLSMの二次的著作物が開発・製造された後に、被告に信用毀損等の事由が発生し、原告と被告との取引関係を維持することが不相当と思われる場合にも、原告は二次的著作物ではなく、MLSM(本件著作物)に係る著作権その他一切の権利を取得することになるが、かかる結論を原告被告双方が予定していたとは考えられない。
 また、実質的に考えても、原告は被告に対し3000万円の保証金を支払っているが、その対価として被告からMLSMの原告社内用PC2000台のライセンス供与を受けているのであり(本件基本合意5条1項)、何ら本件取引において先行した資本投下をしているわけではなく、原告の本件著作権の権利移転を正当ならしめる経済的な合理性は見当たらない。
ウ 原告が主張する「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書」記載の契約は原告被告間で締結されておらず、交渉に当たったA(以下「A」という。)は被告の従業員ではなく、本件提携業務に関する権限を有さず、被告の代理人でもない。したがって、原告被告間で、「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書(甲」11の2、12の1、2)に記載された内容の合意はされていない。
(2) 争点(2)(本件基本合意の錯誤無効:抗弁)について
〔被告の主張〕
 仮に、本件基本合意が、MLSMに係る著作権が原告と被告の共有関係にあり、MLSMの改変物である二次的著作物に係る著作権が原告のみに帰属することを内容とするものであれば、被告は、本件基本合意の締結に当たり、MLSMそのものの著作権は被告にのみ帰属し、MLSMの改変物である二次的著作物の著作権を原告と被告との共有関係にすることを動機として合意したのであるから、被告の意思表示には動機の錯誤があり、この動機は表示されており要素の錯誤であるため、本件基本合意は無効である。
〔原告の主張〕
ア 被告が、本件基本合意の締結に当たり、MLSMそのものの著作権は被告のみに帰属し、MLSMの改変物の著作権を原告と被告が共有することを動機として合意した事実はない。また、本件基本合意の締結の際、被告が、上記動機を表示した事実もなく、被告の錯誤無効の主張は失当である。
 被告代表者が「原著作物であるMLSM」の著作権を原告と被告の共有とすることを受け入れていたことは、本件基本合意5条2項の定めに従って交渉し、「原著作物であるMLSM」を原告と被告の共有とするという内容が確定された「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書」(甲12の1、2)及び契約内容が確定されるまでの経緯から明らかである。
 仮に、被告が本件基本合意の締結の際に被告が主張する動機を有していたのであれば、MLSMを原告と被告の共有とすることが明記されている「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書」について、被告代表者が「問題ない」(甲16)というはずがない。
イ 無効行為の追認(予備的主張:再抗弁@)
 仮に、本件基本合意が動機の錯誤により無効であったとしても、その後、被告代表者は、「原著作物であるMLSM」を原告と被告の共有とする内容の「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書」には問題がないとして、被告のシニアマネージャーであるAを窓口としてこれを受け入れる旨を原告に連絡している。
 かかる被告の行為は、動機の錯誤があったことを認識しつつ、「原著作物であるMLSM」そのものの著作権を原告と被告が共有することになると知った上でこれを認めるものであり、無効な本件基本合意を追認するものである。
ウ 被告の重過失(予備的主張:再抗弁A)
 仮に、本件基本合意の締結につき被告に動機の錯誤があり、かつ、その動機が表示されていたとしても、被告には重過失があり錯誤無効の主張は許されない。
 被告は、「MLSMそのものの著作権は被告のみに帰属し、MLSMの改変物の著作権を原告と被告が共有する」方式の契約を、本件基本合意締結前に日本テクノ・ラボ株式会社との間で締結しているが、被告が同内容の契約を原告と締結したいのであれば、本件基本合意においても、同様の条項で被告の意思を表示すべきである。それにもかかわらず、被告は本件基本合意においてそのような表示を全くすることなく、本件基本合意5条2項では「原著作物であるMLSM」に係る著作権につき原告と被告の共有となるような表示を行っており、「MLSMの改変物の著作権」等の明確な表示を一切行っていないのであるから、真意と異なる表示を行った点に、被告には重大な過失がある。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件差押えによる本件著作権の移転の有無)について
(1) 本件基本合意9条2項は、被告が同条1項に掲げる事由に該当した場合には、「本件提携に係わるMLSMのプログラムおよび関連文書にかかる著作権その他一切の権利(著作権法第21条から第28条所定の全ての権利を含む)」が、被告から原告に移転すると規定し、文言上「MLSMのプログラム」には何らの限定や制限が付されていないのであるから、「MLSMのプログラム」は、MLSMの二次的著作物ではなく、MLSMそのもののプログラムを意味すると解するのが相当である。
 また、本件基本合意の前文において、「本件提携」は、MLSMを原告の業務用ソフトウェア製品の保守ソフトに改変し、拡販体制構築を前提にしたライセンス使用許諾契約を締結することと定義されており、原告が被告から使用許諾を受け、被告の製作販売するMLSMを原告の業務用ソフトウェア製品の保守ソフトに改変した製品を販売するという事業につき原告と被告が提携することを意味するものであるから、「本件提携に係わるMLSM」との文言が、MLSMを改変した二次的著作物のみを意味するものと解することはできない。
(2) 本件基本合意においては、2条において「本件提携に関するMLSM」との文言が、5条2項、3項において「本件提携に係わるMLSM」、「本件提携に関するMLSM」との文言がそれぞれ用いられているが、いずれもMLSMの改変物である二次的著作物を意味するものではなく、MLSMそのものを意味するものと解される。
 すなわち、2条は本件基本合意に基づきMLSMを改変する前提として、その改変作業を行う前である本件基本合意締結時点において、被告がプログラム等の著作権を保有することを保証する条項であるから、2条の「本件提携に関するMLSM」がMLSMそのものを意味することは明らかである。
 5条2項は、被告からMLSMのソースプログラム等の開示を受けた原告が、本件提携の目的を達成可能と判断した場合に、MLSM及びその関連文書の更新、改良等及び著作権行使に関する一切の権限について原告と被告の共有とする際の対価等の条件につき規定するものであるが、本件基本合意の締結後、原告と被告は、MLSMそのもの及び関連文書の著作権を原告と被告の共有とすることを目的に著作権の持分譲渡の対価の額等について交渉を重ねていること(甲11の1、2、甲12の1、2、甲13、甲15の1〜3、甲16、乙11)からすると、5条2項の「本件提携に係わるMLSM」はMLSMそのものを意味するものと解される。被告は、「ソフトウェア著作権共有等に関する契約書」(甲12の1、2)記載の契約は原告被告間で締結されておらず、交渉に当たったAは被告の従業員ではなく、本件提携業務に関する権限を有さず、被告の代理人でもないと主張するが、契約締結に至らなくとも上記の交渉が行われたことに争いはなく、上記の交渉は、被告のシニアマネージャーの肩書きを有するA(甲10)を通じて行われたものであり、Aは被告代表者の了解を得た上で交渉を行っていることから(甲16、乙11)、被告の主張を採用することはできない。
 また、5条3項は、被告からMLSMのソースプログラム等の開示を受けた原告が、本件提携の目的を満足する結果が得られない等の場合には、開示されたプログラムソースコードに係わる一切の権限を放棄するという内容の条項であるから、「本件提携に関するMLSM」がソースプログラムが開示されるMLSMそのものであることは明らかである。
 一方で、本件基本合意3条は、「本件改変を含むMLSMおよび関連文書の更新、改良および変更に要する費用」と規定しており、MLSMの改変を意味する場合には文言上明確な区別をしているといえる。
 このような本件基本合意の各条項の文言からすると、本件基本合意9条2項の「本件提携に係わるMLSM」がMLSMの二次的著作物を指すと解する根拠はなく、MLSMそのものを意味すると解すべきであるから、被告が本件差押えを受け平成21年7月17日にその効力が生じたことにより、MLSM(本件著作物)に係る著作権(著作権法21条から28条に規定する権利をすべて含む)は。被告から原告に移転したものと認められる。
(3) 被告は、原告は被告に対し3000万円の保証金を支払っているが、その対価として被告からMLSMの原告社内用PC2000台のライセンス供与を受けているのであり、何ら本件取引において先行した資本投下をしているわけではなく、原告の本件著作権の権利移転を正当ならしめる経済的な合理性は見当たらないと主張する。しかし、二次的著作物の利用には原著作物の著作者の許諾が必要であり(著作権法28条)、本件基本合意9条2項は、原著作物であるMLSMの著作権者である被告に破産等の経営状態の悪化を示す事由が生じた場合にMLSMを改変した二次的著作物の利用が制限される可能性があることから、原著作物であるMLSMの著作権を原告に移転させることにより二次的著作物の利用制限のおそれを回避しようとする趣旨の条項と解され、規定の経済的な合理性が首肯し得るのであって、被告の主張は失当である。
2 争点(2)(本件基本合意の錯誤無効)について
 被告は、本件基本合意の締結に当たり、MLSMそのものの著作権は被告にのみ帰属し、原告と被告の共有にすることは考えておらず、MLSMの改変物である二次的著作物の著作権を原告と被告の共有にすることを動機として合意したのであるから、被告の意思表示には動機の錯誤があると主張する。
 しかし、上記1(2)に説示したとおり、本件基本合意5条2項は、被告からMLSMのソースプログラム等の開示を受けた原告が、本件提携の目的を達成可能と判断した場合に、MLSM及びその関連文書の更新、改良等及び著作権行使に関する一切の権限について原告と被告の共有とする際の対価等の条件につき規定するものである。そして、本件基本合意の締結後、原告と被告は、MLSMそのもの及び関連文書の著作権を原告と被告の共有とすることを目的に著作権の持分譲渡の対価の額等について交渉を重ね、被告は、MLSMの著作権を原告との共有にすることを受け入れている(甲11の1、2、甲12の1、2、甲13、甲15の1〜3、甲16、乙11)が、この交渉の過程において、被告が本件基本合意においてMLSMそのものの著作権を原告と被告の共有にすることは考えていなかったことをうかがわせるような証拠は全くない。被告は、上記交渉に当たったAは本件提携業務に関する権限を有さず、被告の代理人でもないと主張するが、同主張を採用することができないことは、上記1(2)のとおりである。
 上記のとおり、本件基本合意の締結に当たり、MLSMそのものの著作権は被告にのみ帰属し、MLSMの著作権を原告と被告の共有にすることは考えていなかったという被告主張の動機を認めることはできず、また、被告主張の動機が明示又は黙示に表示されていたことを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、被告の錯誤無効の主張(抗弁)は、採用することができない。
3 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 岡本岳
 裁判官 鈴木和典
 裁判官 坂本康博


(別紙)目録
 財団法人ソフトウェア情報センターの表示番号P第9658号のプログラム登録原簿に、平成21年8月4日を登録年月日として処分禁止の仮処分の登録がされている下記著作物についての著作権
 記
 著作物の題号 Mach Lock-STATION Mu
 著作者の名称 株式会社マッハロックインターナショナル
 著作物の種類 プログラムの著作物
 プログラムの分類 システム運用管理
 著作物の内容 本システムは、コンピュータの操作内容を収集、分析することにより不正行為の検出、履歴追跡を可能とするとともに、コンピュータウィルス検出やデータの暗号化、操作・装置の使用制限を行うことでセキュリティ対策及び情報漏洩対策を行うものである。併せて、ハードウェア・ソフトウェア情報の収集による資産管理やサポート業務支援にも有益なシステムである。
 なお、使用言語はVisual C++及びVisual Basic である。
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/