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【事件名】「北朝鮮の極秘文書」翻訳書の貸与権事件(2)
【年月日】平成22年8月4日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10033号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第32593号)
 (口頭弁論終結日 平成22年7月14日)

判決
 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、それぞれ、その所蔵する原判決別紙文献目録記載2の出版物につき、これを閲覧、若しくは謄写をさせたり、又は貸出しをしたりしてはならない。
3 被控訴人らは、それぞれ、その所蔵する同目録記載2の出版物を廃棄せよ。
4 被控訴人国立大学法人東京大学は、控訴人に対し、316万2800円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人国立大学法人東京学芸大学、被控訴人国立大学法人大阪大学、被控訴人国立大学法人筑波大学、被控訴人国立大学法人九州大学、被控訴人学校法人青山学院、被控訴人財団法人日韓文化交流基金及び被控訴人学校法人専修大学は、控訴人に対し、それぞれ158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人らの負担とする。
7 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本判決の略称は、当事者の呼称を含め、審級に応じた読替えをするほか、原判決に倣う。なお、被控訴人東京大学、同東京学芸大学、同大阪大学、同筑波大学、同九州大学、同青山学院及び同日韓文化交流基金を併せて「被控訴人東京大学外6名」という。
1 本件は、控訴人が、大韓民国の出版社である高麗書林が出版した韓国語の書籍である原判決別紙文献目録記載2の本件韓国語著作物が控訴人による同目録記載1の控訴人著作物に係る著作権を侵害するものであることを前提として、大学又は日韓の人的・文化交流事業を目的とする財団法人である被控訴人らに対して、以下の(1)及び(2)の請求を行う事案である。
(1) 差止請求等
 被控訴人らがそれぞれ設置する図書館、研究室又は図書センター(以下、これらを併せて「図書館等」という。)において本件韓国語著作物を閲覧、謄写、貸与する行為が控訴人の著作権を侵害し、また、図書館等において本件韓国語著作物を所蔵、貸与する行為が控訴人の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害すると主張し、著作権法112条に基づき、本件韓国語著作物の閲覧、謄写及び貸出しの差止め並びに廃棄を求める請求
 なお、著作権侵害を理由とする請求は、原審においては、控訴人著作物の二次的著作物に当たる本件韓国語著作物について原告が原著作物である控訴人著作物の著作者として有する貸与権(著作権法28条、26条の3)の侵害を理由とし、著作権法112条に基づくものであったところ、当審においては、複製権(著作権法28条、21条)の侵害を理由とするほか、著作権法113条1項の規定する侵害とみなされる行為に該当することも理由としている。
(2) 損害賠償請求
ア 主位的に、上記(1)の著作権及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償として、被控訴人東京大学につき合計316万2800円及びその余の被控訴人らにつきそれぞれ158万1400円(いずれの被控訴人に対しても著作権侵害と著作者人格権侵害による損害額の割合は各2分の1ずつ)並びにこれらに対する不法行為の後の日である平成18年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求
イ 予備的に、被控訴人らがそれぞれ設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵、貸与などする行為が一般の不法行為に該当すると主張して、民法709条に基づき、被控訴人らにつきそれぞれ上記アと同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める請求
2 原判決は、仮に本件韓国語著作物が控訴人著作物に係る著作権を侵害するものであったとしても、被控訴人らが、図書館等において、本件韓国語著作物を利用者に閲覧・謄写させ、貸与することは控訴人の著作権及び著作者人格権の侵害には該当せず、また、本件韓国語著作物を所蔵・貸与することが一般の不法行為を構成するということはできないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人は、これを不服として本件控訴に及んだ。
3 前提となる事実
 控訴人の本件請求について判断する前提となる事実は、原判決4頁14行目ないし5頁13行目に摘示のとおりであるから、これを引用する。
4 本件訴訟の争点
 本件訴訟の争点は、次のとおりである。
(1) 本案前の抗弁の成否(争点1)
(2) 著作権侵害の成否(争点2)
(3) 著作者人格権侵害の成否(争点3)
(4) 差止請求等の可否(争点4)
(5) 著作権・著作者人格権侵害による損害額(争点5)
(6) 一般の不法行為の成否・損害額(争点6)
第3 当事者の主張
1 争点1(本案前の抗弁の成否)について
(1) 被控訴人東京大学外6名の主張
ア 控訴人は、原審において、被控訴人らによる著作権侵害の根拠として、当初、著作権法113条3項3号を主張し、その後、同法21条、26条1項、26条の3及び27条を主張するに至り、最終的に同法26条の3のみを主張するに至った。
 この間、原審裁判所は、控訴人に対し、平成21年2月9日の第1回弁論準備手続期日において、「貸与権(著作権法26条の3)のみを主張するのか、複製権(同法21条)も主張するのかについて検討するように」と指示し、また、同年3月6日付け「事務連絡」書面でも、この点について明確にするよう指示し、これを受け、控訴人は、被控訴人らの行為は控訴人の貸与権(同法26条の3)を侵害するものであるとの記載がされた原告準備書面(4)を提出し、同年4月15日の第3回弁論準備手続期日において、同準備書面を陳述するとともに、さらに、著作権法26条の3の貸与権侵害のみを主張すると陳述した。
イ このような経緯からすれば、当審において追加された控訴人の複製権(著作権法21条)侵害ないし同法113条1項2号該当の主張は、時機に後れた主張として却下されるべきものである。
(2) 控訴人の主張
 仮に、複製権(著作権法21条)侵害及び同法113条1項2号該当の主張が時機に後れた主張に当たるとしても、原審における経過及びその内容等からして、訴訟の完結を遅延させることになるとは認められず、原告の主張を時機に後れた主張として却下するのは相当ではない。
2 争点2(著作権侵害の成否)について
 この点に関する当事者の主張は、次のとおり付加する外、原判決7頁3行目ないし9頁21行目のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決8頁19行目の次に、改行の上、以下のとおり付加する。
 「(オ) 原判決は、被控訴人らが、本件韓国語著作物が控訴人の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているとは認められないと判示した。しかしながら、被控訴人らは、本件韓国語著作物について、控訴人の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているものであり、この点について、控訴人に十分な立証の機会を与えないままされた原判決には審理不尽がある。
 また、原判決は、被控訴人らにおいて、本件韓国語著作物を現に貸し出したことがないと認定したが、この点についても控訴人に十分な反証の機会が与えられていない。
(カ) 原判決は、著作権法における「貸与」とは、使用の権原を取得させる行為をいうとし、図書館等において書籍を利用者に閲覧・謄写させる行為は「貸与」に当たらないと判示した。しかしながら、本件韓国語著作物を公に閲覧させる行為が著作権侵害にならないとしても、本件韓国語著作物を謄写する行為は、本来、複製権を侵害するものとなる。そして、控訴人は、「被控訴人らが本件原著作物を利用者に謄写させている」との事実主張を行っているにもかかわらず、原審は、その法的評価ないし被侵害権利について求釈明を行うこともせず、複製権の侵害に包含され得る閲覧・謄写の主張を遺漏したもので、原判決には、判断遺脱及び審理不尽の違法がある。
(キ) 被控訴人らから本件韓国語著作物を借り受けた教職員が同著作物を複製する行為は、控訴人が有する複製権を侵害するものであるところ、被控訴人らは、図書館内にコピー機を設置し、教職員等が本件韓国語著作物を無断複製することを漫然と放置し、これを幇助する体制を組織的・恒常的に採っているものであって、教職員らと共に共同不法行為責任を負うものである。
 なお、被控訴人ら設置の図書館等内にコインコピー機が備え付けられていること、一般に研究者等は本件韓国語著作物のような稀少本が図書館に収蔵されている場合には、そのコピーを自己の手元に所持するのが通常であると考えられること等を勘案すると、条理上、複製行為の存在を推認することが社会正義にかなうものである。
(ク) また、現に被控訴人らの教職員等による複製行為が行われていないとしても、被控訴人らは、教職員らに複製されることをも目的として、本件韓国語著作物を所持していると評価することができるので、著作権法113条1項2号による複製権侵害行為があると認められるべきである。
 なお、原判決は、被控訴人らにおいて、本件韓国語著作物を控訴人の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているものとは認めることができないと判示したが、被控訴人らは、控訴人から本件韓国語著作物が控訴人の著作権を侵害するものである旨の警告を受け、また、本件訴訟及び控訴人提起の株式会社高麗書林(韓国の高麗書林とは別法人)外1名を被告とする別件訴訟(東京地方裁判所平成20年(ワ)第20337号事件)において、本件韓国語著作物が控訴人の著作権を侵害するものであることが争われていることを、本件訴訟の当事者として知っているのであるから、著作権法113条1項2号の「情を知って」との要件を充足するものである。
 その上、著作権保護の目的からして、同号の「情を知って」とは、行為者において、当該著作物が著作権侵害物であることを確定的に知っていることまでは必要がないと解すべきである上、その知悉の程度は、行為者の属性に応じて具体的に判断すべきであって、例えば、当該行為者が、出版社、大学、図書館であるなど、一般人に比し、他人の著作権をより強く保護すべき社会的責務を負っているような者である場合は、当該目的物が著作権侵害物であるか否かについてより高度の注意義務を負うと解すべきである。この基準をもって判断するに、被控訴人らは、著作権を学問的に研究し、教授し、これを保護すべき教育機関たる大学等であるから、その注意義務は一層高いものということができる。
 そして、原判決は、控訴人本人尋問その他の被控訴人らの図書館関係者の尋問をすることなく、上記のとおりの認定・判断をしたものであって、極めて不当である。」
(2) 原判決9頁21行目の次に、改行の上、以下のとおり付加する。
 「ウ 被控訴人東京大学外6名の主張
(ア) 上記1(1)アの経緯からすれば、控訴人は、原審において、十分に主張・立証の機会を与えられていたところ、自らの判断で著作権法26条の3の貸与権のみを主張したものであって、審理不尽との批判は当たらない。
(イ) また、被控訴人らが本件韓国語著作物について複写サービス等を行うことは、控訴人著作物を複製する行為に当たらない。
 さらに、仮に、被控訴人らが本件韓国語著作物について複写サービス等を行うことが控訴人著作物を複製する行為に当たるとしても、被控訴人らによる複写サービス等は、著作権法31条の図書館等における複製に当たり許容されるものである。
(ウ) 著作権法の趣旨からすると、単に著作権に関しての争いがあることを知っているとか、著作権者と称する者から警告を受けたというだけでは、同法113条1項2号の「情を知って」ということはできず、少なくとも、何らかの公権的判断で、当該物が著作権を侵害する行為によって作成された物である旨の判断又は当該物が著作権を侵害する行為によって作成されたものであるとの結論に直結する判断が示されたことを知って初めて、同号の「情を知って」に該当するというべきである。
 これを本件についてみると、被控訴人東京大学外6名が知る限り、何らかの公権的判断で、本件韓国語著作物が著作権を侵害する行為によって作成された物であるとの判断又は本件韓国語著作物が著作権を侵害する行為によって作成された物であるとの結論に直結する判断が示されたということはなく、被控訴人らは、同号の「情を知って」いない。
エ 被控訴人専修大学の主張
 控訴人は、原審において人証申請をしておらず、また、控訴人本人の尋問と著作権法113条1項2号の事実の立証との関連性も見いだし得ず、原判決には、控訴人が指摘するような審理不尽はない。
 また、被控訴人専修大学の図書館における行為は、営利を目的としない事業としてのものである。」
3 争点3(著作者人格権侵害の成否)について
 この点に関する当事者の主張は、次のとおり付加する外、原判決9頁23行目ないし10頁6頁目のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決9頁24行目の冒頭に「(ア)」を加える。
(2) 原判決10頁4行目の次に、改行の上、以下のとおり付加する。
 「(イ) 被控訴人らの行為自体は、著作物及び題号を改変するものではないが、被控訴人らが本件韓国語著作物を所蔵・貸与するなどの行為は、著作物及びその題号の改変を事後的に幇助したと評価できるものであるから、実質的には、同一性保持権を侵害すると解される。
 また、原判決は、図書館等において書籍等を貸与する際には、著作権者を表示しないのが通例であると判示した。しかしながら、図書館等の貸出カードには著作権者名がほとんど必ず記入されており、また、図書館の所蔵書籍をインターネットで検索すれば著作権者名も出てくるのが通例であり、図書館等において書籍を貸与する際には、著作権者を表示するのが通例であって、上記判示は極めて疑問であり、被控訴人らの行為は、控訴人の有する氏名表示権を侵害するものである。」
4 争点4(差止請求等の可否)について
(1) 控訴人の主張
 上記2の〔控訴人の主張〕のとおり、被控訴人らは、図書館等において、控訴人の著作権を侵害する本件韓国語著作物を違法に所蔵して控訴人の著作権を侵害し続けているものであるから、著作権法112条に基づき、本件韓国語著作物の閲覧、謄写及び貸出しの差止め並びに廃棄を求める。
(2) 被控訴人らの主張
 否認又は争う。
5 争点5(著作権・著作者人格権侵害による損害額)について
 この点に関する当事者の主張は、原判決10頁8行目ないし11頁3行目のとおりであるから、これを引用する。
6 争点6(一般の不法行為の成否・損害額)について
 この点に関する当事者の主張は、原判決11頁11行目の次に改行して以下のとおり付加する外、原判決11頁5ないし16行目のとおりであるから、これを引用する。
 「原判決は、被控訴人らの行為は、控訴人の著作権及び著作者人格権を侵害するものではなく、また、不公正な行為として社会的に許容される限度を超えるものと認めることもできないから、一般の不法行為を構成するものともいえないとした。しかしながら、前記2ア(オ)ないし(ク)及び3ア(イ)によると、被控訴人らの行為は、少なくとも、一般の不法行為を構成する。」
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本案前の抗弁の成否)について
ア 本件記録によると、原審において、@控訴人は、被控訴人らによる控訴人の著作権侵害の根拠として、訴状においては著作権法113条3項3号を根拠としていたこと、A控訴人は、平成21年2月9日の第1回弁論準備手続期日において陳述された同年1月13日付けの請求の趣旨変更申立書において、同法21条、26条1項、26条の3、27条及び112条1項に基づき差止請求を追加するとし、また、同弁論準備手続期日において陳述された同日付け原告準備書面(2)において、本件韓国語著作物は、控訴人著作物において控訴人が有する編集著作権(複製権・頒布権)及び解説の著作権(翻案権)などを侵害する複製物(出版物)であると主張したこと、Bこれに対し、同弁論準備手続期日において、受命裁判官は、控訴人に対し、貸与権のみでなく複製権も主張する必要があるのか、それぞれの権利制限についての主張について準備・検討するように告げたこと、C控訴人は、同年3月10日の第2回弁論準備手続期日において陳述された同月5日付け原告準備書面(3)において、差止請求の根拠法条として同法26条1項を削除すると記載したこと、D受命裁判官は、同月6日付け事務連絡の書面において、控訴人に対し、控訴人の主張する根拠条文のうち、同法21条(複製権)、26条の3(貸与権)及び27条(翻案権)については、本件韓国語著作物自体の著作権違反を根拠付ける支分権(条文)と被控訴人らの行為が著作権違反であることを根拠付ける支分権(条文)とがなお混在しているように見受けられることから、これらに対応する支分権がそれぞれ明確になるように主張を補充するようにとの求釈明を行ったこと、E控訴人は、同年4月15日の第3回弁論準備手続期日において陳述された同年3月30日付け原告準備書面(4)において、被控訴人らの行為が著作権法に違反していることについては、被控訴人らによる本件韓国語著作物の「閲覧、謄写及び貸出し」の行為が、控訴人の控訴人著作物に対して有する貸与権(同法26条の3)を侵害するものであると記載し、また、同準備手続期日において、「控訴人らの行為による著作権侵害と主張するのは、貸与権侵害(同法26条の3)のみである。」と陳述したこと、F控訴人は、同年10月27日の第7回弁論準備手続期日において陳述された同年8月14日付け原告準備書面(6)において、著作者人格権侵害及び民法709条の一般の不法行為が成立するとの主張を加えたが、著作権侵害については貸与権侵害のみを主張し続けたこと、G被控訴人らは、このような控訴人の主張を踏まえ、認否及び反論をしたこと、H原審裁判所は、平成20年12月19日の第1回口頭弁論期日、同21年2月9日の第1回弁論準備手続期日から同年12月16日の第8回弁論準備手続期日までを経た上、同日の第2回口頭弁論期日において弁論の終結をしたものであることが認められる。
イ 以上の事実経過によると、原審においては、約1年間の多数回にわたる弁論準備手続期日等を経て、主張の整理が行われ、控訴人は、受命裁判官からの求釈明等も踏まえ、一時は挙げていた著作権法21条に基づく主張を撤回し、著作権侵害については貸与権(同法26条の3)侵害のみを主張するとし、被控訴人らはこれに応じて反論をしていたものであって、控訴審において、控訴人が複製権(同法21条)侵害のほか、同法113条1項2号の規定する侵害とみなす行為に該当することを主張することに対し、被控訴人東京大学外6名が時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たるとして、その却下を求めることは理解し得ないものではない。
ウ しかしながら、後記のとおり、本件においては、控訴人の当審において追加した主張の当否について判断するために新たに審理をする必要が生ずるものではなく、当審におけるこれらの主張の追加により、著しく訴訟手続を遅延させることとなるとも、訴訟の完結を遅延させることになるともいうことはできないから、被控訴人東京大学外6名の上記主張が文字どおり控訴人の主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下を求めるものであっても、あるいは、訴えの変更を許さない趣旨を含むものであっても、いずれも採用するには至らない。
2 争点2(著作権侵害の成否)について
 この点に対する判断は、次のとおり付加訂正する外は、原判決11頁19行目ないし14頁21行目のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決11頁19ないし20行目の「仮に本件韓国語著作物が原告の原告著作物に係る複製権及び翻訳権・翻案権を侵害するものであったとしても、」を削除する。
(2) 原判決11頁22行目の「(二次的著作物に係る貸与権)」を「(二次的著作物に係る貸与権、複製権等)」と訂正する。
(3) 原判決11頁23行目の次に、改行の上、以下のとおり付加する。
 「(1) 本件韓国語著作物による複製権及び翻訳権・翻案権侵害の有無
ア 認定事実
(ア) 控訴人は、平成8年2月28日、「夏の書房」から上中下3巻にわたる日本語による控訴人著作物(甲1、3〜6。弁論の全趣旨。枝番のある書証については、枝番を含む。特に断らない限り、以下同じ。)を出版した。
 控訴人著作物は、控訴人が、平成元年12月から平成4年8月までの間、米国ワシントンD.C.に滞在し、米国国立公文書館において、米軍が朝鮮戦争当時に北朝鮮から押収した資料等を調査し、これらの資料等から重要と思うものを選び出し、邦訳して紹介すると共に、控訴人の執筆による解説を付するなどした、控訴人が著作権を有する著作物である(甲4〜6)。
(イ) 本件韓国語著作物は、高麗書林が、発行日を平成10年(1998年)6月21日として出版した全6巻にわたる韓国語による書籍(甲1、3、7〜12)である。
(ウ) 控訴人著作物と本件韓国語出版物とは、全3巻((上)・(中)・(下))と全6巻((1)ないし(6))との違いがあるが、控訴人著作物の各巻の扉(甲4〜6の各2)と本件韓国語著作物の表紙及び扉(甲7の1・5、甲8〜12の各1・2)とをみるに、控訴人著作物の題名の「北朝鮮の極秘文書」が本件韓国語著作物では「北韓開放直後極秘文書」と変更され、控訴人著作物の控訴人の筆名について本件韓国語著作物には記載がなく、控訴人著作物の出版社名の「夏の書房」の記載が本件韓国語著作物では「高麗書林」と変更され、表題の下部に付された小題が内容において異なるものがあるものの、これらの全体の体裁は酷似している。
 また、控訴人著作物の各巻の目次及び項目(甲4及び5の各5〜9、甲6の5〜11)と本件韓国語著作物の各巻の目次及び項目(甲7の4〜9、甲8の3・4、甲9の3〜6、甲10の3・4、甲11の3〜6、甲12の3〜6、甲22)とをみると、本件韓国語著作物については、誤訳とみられる箇所を除き、巻数の違いによる差異を別にすると、各項目は、控訴人著作物の日本語を韓国語にほぼ直訳したものであって、頁数も同一である(甲1及び3の各2、甲13)。
 さらに、控訴人著作物の各巻の解説(甲4及び5の各11、甲6の13)と本件韓国語著作物の第(1)巻の解説(甲7の3)とをみると、同解説は、控訴人著作物の各巻の解説を1つにまとめ、一部の記載部分を削除した外は、ほぼ直訳したものである(甲14〜16、17、19、20)。
イ 以上の事実によると、本件韓国語著作物は、控訴人著作物の目次、項目及び解説部分をほぼ直訳して翻訳したものであり、また、各項目の内容についても、控訴人著作物の内容をほぼ直訳して翻訳したものと推認される。
 したがって、本件韓国語著作物は、控訴人著作物の著作者の翻訳権を侵害して作成された違法なものである。
(2) 貸与権侵害の成否」
(4) 原判決11頁24行目の「(1)」を「ア」と訂正する。
(5) 原判決12頁13行目の「(2)」を「イ」と訂正する。
(6) 原判決12頁20行目の「現在に至っているが、」から22行目の「とおりである」までを「現在に至っている」と改める。
(7) 原判決12頁22行目の次に改行の上、以下のとおり付加する。
 「被控訴人東京大学の東洋文化研究所図書館及び文学部図書館に各所蔵の本件韓国語著作物は、貸出し可能な状況にあるが、現在に至るまで貸出しがされた記録はない(乙イ1の1、2、弁論の全趣旨)。被控訴人東京学芸大学の馬渕研究室に所蔵の本件韓国語著作物は、研究室内での研究に利用されており、一般利用者からの利用の申出があった場合には支障のない範囲で応じることとされているが、現在に至るまで貸出しされていない(乙イ2、弁論の全趣旨)。被控訴人大阪大学、被控訴人九州大学及び被控訴人青山学院の各図書館に所蔵の本件韓国語著作物は、貸出し可能な状況にあるが、現在に至るまで貸出しされていない(乙イ3、5、6、弁論の全趣旨)。被控訴人筑波大学の図書館に所蔵の本件韓国語著作物は、大型本として禁帯出との取扱いがされているところ、現在に至るまで貸し出しされていない(乙イ4、弁論の全趣旨)。被控訴人日韓文化交流基金の図書センターに所蔵の本件韓国語著作物は、平成19年6月以降禁帯出との取扱いがされているところ、現在に至るまで貸出しされていない(乙イ7、弁論の全趣旨)。被控訴人専修大学の図書館に所蔵の本件韓国語著作物は、本件訴訟提起を契機として、平成20年11月10日ころ、暫定的な措置として、書架から一時取り外され、事務所内で保管されており、貸出しができない状態となっている(乙ロ3、4、弁論の全趣旨)。」
(8) 原判決13頁14行目の「(3)」を「ウ」と訂正する。
(9) 原判決13頁18ないし22行目を以下のとおり訂正する。
「しかしながら、著作物の複製物を公衆に貸与する「貸与権」については、映画の著作物の複製物の「頒布権」に含まれる「貸与」を除くと、昭和59年改正法により新設された権利であって、それまでは、著作物の複製物を公衆に貸与することは自由とされていたものである。そして、昭和59年改正法によって、新しい権利として「貸与権」が設けられた際に付加された平成16年改正法により削除される前の著作権法附則4条の2において、経過措置が設けられ、書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)については、当分の間、貸与権の規定は適用されないこととされ、貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限らず、書籍又は雑誌の貸与一般について貸与権の規定が適用されないとされたものである。その後の平成16年改正法により、上記附則4条の2は削除されて経過措置が廃止され、書籍又は雑誌の公衆への貸与についても貸与権の規定が適用されることになったが、平成16年改正法附則4条において、同年8月1日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については、同改正前の著作権法附則4条の2の規定は、その施行後もなおその効力を有するとされたものである。
 以上によると、平成16年改正法によって削除された附則4条の2の経過措置の制定は、貸本業をいきなり規制することには理解が得られにくいことをも理由とするものであったとしても、昭和59年改正法による規制までは、書籍又は雑誌を貸与することは自由であったもので、同改正法によっても、同経過措置により、主として楽譜により構成されているものを除き、書籍又は雑誌を貸与することは自由のままとされ続けたものであるから、平成16年8月1日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については、この経過措置の規定がなおその効力を有するとされる場合の貸与権が及ばない書籍又は雑誌の範囲は、貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限定されると解すべき理由はなく、控訴人の主張は採用することができない。」
(10) 原判決14頁12行目の次に改行の上、以下のとおり付加する。
 「(3) 複製権侵害の成否
ア 控訴人の主張する複製権
 控訴人は、複製権侵害の主張をするところ、これは、著作権法28条を介しての控訴人著作物の翻訳物である二次的著作物といえる本件韓国語著作物の利用に関する原著作者である控訴人の権利に基づく主張をするものであって、同条の権利の侵害を理由とするものと解することができる。
イ 被控訴人らの複製権侵害の有無
 控訴人は、上記複製権の侵害として、被控訴人らが、図書館等において、本件韓国語著作物を閲覧、謄写させることが複製権侵害になると主張するところ、複製権侵害における「複製」とは、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(著作権法2条1項15号)をいうものであって、控訴人主張の閲覧・謄写のうち、まず、被控訴人らが図書館等において本件韓国語著作物を閲覧させることが、複製権侵害における「複製」に当たるということはできない。
 次に、被控訴人らが図書館等において、控訴人の主張するような態様で本件韓国語著作物を複写させるなどすることは、仮にその事実があれば、著作権法2条1項15号に規定する「複製」に当たるが、被控訴人らの図書館等は著作権法31条1項に規定する「図書館等」に該当するものであるから、被控訴人らの図書館等における複写サービスは、仮にそれが実施されたことがあったとしても、同号の図書館等における営利を目的としない事業としての図書館資料を用いて著作物を複製することに該当し、違法なものということはできないから、控訴人主張の複製権を侵害するものではない。
(6) 著作権法113条1項2号該当の有無」
(11) 原判決14頁13行目の「なお付言するに、」を「前記のとおり、本件韓国語著作物は控訴人の翻訳権を侵害するものであり、また、」と訂正する。
(12) 原判決14頁19ないし20行目の「認めることはできないから、被告らにつき著作権法113条1項2号」を「認めることはできないし、著作権法113条1項2号の「情を知って」とは、取引の安全を確保する必要から主観的要件が設けられた趣旨や同号違反には刑事罰が科せられること(最高裁平成6年(あ)第582号同7年4月4日第三小法廷決定・刑集49巻4号563頁参照)を考慮すると、単に侵害の警告を受けているとか侵害を理由とする訴えが提起されたとの事情を知るだけでは、これを肯定するに足らず、少なくとも、仮処分、判決等の公権的判断において、著作権を侵害する行為によって作成された物であることが示されたことを認識する必要があると解されるべきところ、本件において、本判決以前に、そのような公権的判断が示された事情はうかがわれず、被控訴人らについて同号」と訂正する。
3 争点3(著作者人格権侵害の成否)について
 この点に対する判断は、次のとおり付加訂正する外は、原判決14頁23行目ないし25行目のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決14頁23行目の「貸与する」を「貸与、複製する」と訂正する。
(2) 原判決14頁25行目の次に、以下のとおり付加する。
 「すなわち、同一性保持権とは、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない権利である(著作権法20条)ところ、同条は、条文上、改変行為だけを侵害行為として、改変された後の著作物の利用行為については規定していないものである。
 控訴人は、被控訴人らの行為自体は著作物及び題号を改変するものでないとしても、被控訴人が本件韓国語著作物を所蔵・貸与するなどの行為は、著作物及びその題号の改変を事後的に幇助したと評価できるものであって、実質的には同一性保持権を侵害すると主張するが、著作物及びその題号を改変するものではないにもかかわらず、著作権又は同一性保持権侵害の著作物を所蔵・貸与、複製する行為(又はこれに類する行為)をもって、原著作物及びその題号の同一性保持権を侵害することになるものということはできず、控訴人の主張は採用することができない。
 また、前記第2の3(3)及び前記2(2)イのとおり、被控訴人らは、それぞれが設置する図書館等において、利用者に対する閲覧、貸与等のために本件韓国語著作物を購入して所蔵しているものであるところ、被控訴人らが本件韓国語著作物を購入してこれを図書館等において貸与することは、当該著作物が控訴人著作物を原著作物とするその二次的著作物であるとしても、二次的著作物の著作者が原著作者である控訴人の氏名表示権を侵害して当該二次的著作物を自ら公衆へ提供又は提示する場合とは異なるものであって、被控訴人らの行為は著作権法19条1項に該当するものではなく、控訴人の主張は採用しない。
 したがって、控訴人の著作者人格権に基づく各請求は理由がない。」
4 争点4(差止請求等の可否)について 前記2及び3のとおり、被控訴人らは、いずれも、本件韓国語著作物を貸与等の目的をもって購入し、それぞれの図書館等において所蔵しているにすぎない者であって、控訴人著作物に係る控訴人の著作権や著作者人格権(以下「著作権等」という。)を直接的に侵害する主体と認められる者ではない。
 そして、著作権法113条が、直接的に著作権等の侵害行為を構成するものではない幇助行為のうちの一定のものに限って著作権等侵害とみなすとしていることからしても、同条に該当しない著作権等侵害の幇助者にすぎない者の行為について、同法112条に基づく著作権等侵害による差止等請求を認めることは、明文で同法113条が規定されたことと整合せず、法的安定性を害するものであるから、直接的な著作権等の侵害行為や同条に該当する行為を行っておらず、これを行うおそれがあるとは認められない被控訴人らに対する差止等請求を認めることはできない。
5 争点6(一般の不行為の成否・損害額)について
 この点に対する判断は、原判決15頁15行目及び25行目の各「上記1、2」を「前記2及び3」と訂正する外は、原判決15頁15行目ないし末行のとおりであるから、これを引用する。
6 結論
 以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がなく、原判決は相当であって、本件控訴は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 本多知成
 裁判官 荒井章光


(別紙)当事者目録
 控訴人 X
 同訴訟代理人弁護士 小口恭道
 同 渡辺智子
 被控訴人 国立大学法人東京大学
 被控訴人 国立大学法人東京学芸大学
 被控訴人 国立大学法人大阪大学
 被控訴人 国立大学法人筑波大学
 被控訴人 国立大学法人九州大学
 被控訴人 学校法人青山学院
 被控訴人 財団法人日韓文化交流基金
 上記7名訴訟代理人弁護士 清水幹裕
 同 溝内健介
 被控訴人 学校法人専修大学
 同訴訟代理人弁護士 宮岡孝之
 同 鈴木健三
 同 迫野馨恵
 同 平井経博
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