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【事件名】環境調査報告書の職務著作事件(2)
【年月日】平成22年8月4日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10029号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第7142号)
 (口頭弁論終結日 平成22年7月14日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 西村武彦
同 堀田千津子
同 小川晶露
同 川岸弘樹
被控訴人 国立大学法人北見工業大学
同訴訟代理人弁護士 伊藤昌博


主 文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙研究報告書目録記載4ないし9の各研究報告書を発行し、又は頒布してはならない。
3 被控訴人は、その占有する原判決別紙研究報告書目録記載4ないし9の各研究報告書を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、1100万円及びこれに対する平成20年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
6 4項につき仮執行の宣言
第2 事案の概要(略称は、原判決の略称に従う。)
1 本件は、被控訴人が、原判決別紙研究報告書目録記載4ないし6の本件各平成16年度報告書及び同目録記載7ないし9の本件各平成17年度報告書を作成させ、「国立大学法人北見工業大学」の名義で印刷発行し、北見市等へ頒布した行為について、控訴人が、@控訴人が同目録記載1ないし3の本件各平成15年度報告書に関する著作権及び著作者人格権を有し、被控訴人の上記行為が控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害する行為である旨主張して、被控訴人に対し、著作権法112条1項、2項に基づき、同目録記載4ないし9の各研究報告書の発行又は頒布の差止め並びに廃棄を求め、併せて、民法709条に基づき、著作者人格権(同一性保持権)侵害による損害賠償として1100万円(慰謝料1000万円及び弁護士費用相当損害金100万円)の支払を求め、A予備的に、本件各平成15年度報告書に著作物性が認められないとしても、被控訴人の上記行為は著しく反社会的な行為であり、不法行為を構成すると主張して、民法709条に基づき、損害賠償として1100万円の支払を求める事案である。
2 原判決は、@本件各平成15年度報告書は、被控訴人の職務著作であり、控訴人は著作権及び著作者人格権を有しないから、その余の点について判断するまでもなく、著作権及び著作者人格権侵害に基づく請求はいずれも理由がなく、A被控訴人の上記行為について、不法行為を基礎付けるに足りる違法性を有すると評価すべき事情は見当たらないから、不法行為を構成するということはできない旨を判示して、控訴人の請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴した。
3 前提となる事実及び争点は、原判決の事実及び理由第2の1、2(原判決2頁18行目〜12頁8行目)のとおりであるから、これを引用する。
第3 当事者の主張
1 原審における主張
 原審における当事者の主張は、原判決の事実及び理由の第3(原判決12頁10行目〜26頁3行目)のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における当事者の主張
〔控訴人の主張〕
 本件各平成15年度報告書(甲4〜6)が職務著作に当たるとした原判決の判断は、以下のとおり、誤りである。
(1) 本件各共同研究契約書第4条の「報告書」について
 本件各平成15年度報告書は、本件各共同研究契約書(甲1〜3)の各第4条に規定する「報告書」(実績報告書)には該当せず、被控訴人が北見市との共同契約上の義務として作成すべきものであったものではなく、あくまで、控訴人が任意に作成してきたものであることは、明白である。
 しかるに、原判決は、これが上記第4条の「報告書」に該当することを安易に認めた上で、本件各平成15年度報告書の作成は被控訴人の義務であったことを主たる論拠として、職務著作の適用を肯定したもので、基本的かつ重大な事実誤認があることが明白である。
ア 本件各共同研究契約書第4条に規定される「実績報告書」は、その求められる記載内容が、「研究題目」、「研究成果の概要」、「研究成果の今後の活用等」及び「経費の支出実績額」の各項目に係る事務文書にすぎないものであって(甲35の第5条)、本件各平成15年度報告書とは、求められる内容や記載項目が根本的に異なる。
イ 上記第4条の「実績報告書」は、「実施報告書」により代用が可能である(甲35の第5条)。しかるに、本件各平成15年度報告書のように、いずれも研究内容のみで各百ページを超える報告書を、1枚少々の前記「実施報告書」で代用可能であるとするのは、文部科学省の取扱いとしては余りに不自然かつ非常識なものといわざるを得ない。
ウ 本件各共同研究においては、実際に、実施報告書が作成されている(甲37〜39)。現実に「実績報告書」の代用物として「実施報告書」が作成されたことからすると、それ以上に、敢えて別の報告書である本件各平成15年度報告書を作成すべき必然性もない。
エ 平成15年度の本件各共同研究契約書(甲1〜3)より後に締結された平成16年度以降の各共同研究契約書の第5条によっても、実績報告書は、いずれも、当該共同研究終了後、わずか2週間という極めて短期間のうちに取りまとめることを義務付けている。しかしながら、本件各共同研究に係る報告書をこのような短期間でまとめ上げることは、およそ不可能である。これが可能であるのは、記載項目が「研究題目」、「研究成果の概要」、「研究成果の今後の活用等」及び「経費の支出実績額」の範囲にとどまり、内部的な事務文書にすぎない実績報告書だからである。
オ のみならず、平成14年度以前においては、前記実績報告書の作成は、契約書(甲46〜48)上の義務ですらなかった。それにもかかわらず、控訴人は、本件各平成15年度報告書と同様の研究報告書を作成してきたものである。このような事実からしても、本件各平成15年度報告書は、殊にその中で著作物性を主張している「結果の解析及考察」及び「まとめ」等の各欄は、前記の「実績報告書」とは無関係に、控訴人が任意に作成してきたものであることが分かる。
カ さらに、控訴人は、本件同様、被控訴人と北見市や他の民間等との共同研究として、本件各共同研究以外にも各種の共同研究を行ったものであるが、各実施報告書は作成したものの、本件各平成15年度報告書に相当するような各種共同研究報告書を作成したことは一切ない。
キ 以上のように、本件各共同研究契約書(甲1〜3)の各第4条の「報告書」(実績報告書)とは、本件各平成15年度報告書ではなく、実施報告書において代用されてきたのである。
 そうすると、本件各共同研究の相手方である北見市は、本件各共同研究のために多額の予算編成・執行を行ったにもかかわらず、本件各共同研究契約書上、単に1枚少々の「実施報告書」だけが提出され、それ以上に何らの研究成果の報告も受け取ることがないことになり、実質論として、北見市はいかなる対価を期待して、本件各共同研究契約を締結してきたかとの疑問が生じるかもしれないが、北見市は、環境調査、廃棄物、常呂川の各調査に関して、控訴人の専門的知見と判断に基づいて、調査会社に指示して行ったデータ採取、測定、調査等に関する各結果報告を、膨大な資料として、毎年、提供を受けてきた(甲49〜52)。また、共同研究を通じて、控訴人は、北見市側の担当者に対して現場に則した専門的知識を教授するなどした。北見市は、正にこれらデータ採取、調査、測定の各結果報告やこれら手法に関して控訴人からの専門的知識の教授を期待して、毎年、本件各共同研究契約を締結してきたものであり、これらのデータは、北見市が独自に作成する環境白書などの作成に寄与してきた。他方、本件各平成15年度報告書は、北見市に対する上記の各結果報告書(甲49〜51)の提供の後、控訴人があくまで個人的に、地域住民や行政への提言や行動喚起等を目的として、任意に作成してきたものにすぎない。
 よって、本件各平成15年度報告書が、本件各共同研究契約書の各第4条の実績報告書に該当することを安易に認めた原判決には、基本的かつ重大な事実誤認があることが明白である。
(2) 使用者の発意に基づくことについて
ア 原判決は、その他の事由についても、職務著作というものが、本来、当該著作物を法人等が著作したと評価できる実体を備えたものであるかという実質的な判断であること、加えて、殊に、大学関係においては、民間企業と異なり、学問の自由の保障により職務著作の適用につきより慎重かつ厳格な検討が要請されるという点を、著しく看過したものである。
イ すなわち、大学における各研究者は、自己の研究教育活動にかかる教員職務の遂行につき、大学管理者から指揮監督を受けることなく、その関与、介入、干渉を受けることがない一定の独立性が保障される立場にあるのであって、この点が、その職務遂行のあらゆる側面で指揮監督を受け、法人等から原則として関与、介入、干渉を受ける立場にある一般の民間企業の従業員等とは、本質的に異なるのであるから、大学関係における発意の要件の解釈適用においても、一般民間企業のそれとは、おのずと異なる取扱いがされるべきである。大学研究者の執筆著作に関する職務著作の判断においては、その発意の要件も、その適用において上記学問の自由の保障からするより慎重かつ厳格な検討が必要とされるべきであり、この要件を、一般民間企業と同様に緩やかに認めて安易に職務著作の成立を肯定することは、各研究者が従事する研究活動それ自体や研究発表の機会自体を奪う結果となり、このことは研究者の研究の自由、研究発表の自由の保障に対する重大な侵害となり、ひいては学問の自由の保障に対する重大な侵害となる。
 しかるに、原判決は、上記のような学問の自由が保障される大学研究者と一般民間企業の従業員等との違いを著しく看過した上、何ら実質的な検討を行うことなく、単に形式的・名目的な理由のみから安易に発意の要件を認定したもので、大学関係における職務著作の解釈適用を誤った違法がある。
ウ 原判決は、研究と著作を混同するものであって、著しい論理の飛躍があるといわざるを得ない。仮に、本件各共同研究(甲1〜3)という研究活動を行うことまでは、上記契約上の義務であり、控訴人は、上記研究活動を行うことでこの北見市に対する義務を履行する立場にあったとの評価があり得ると仮定したとしても、それ以上に、「結果の解析及び考察」及び「まとめ」欄が記載される本件各平成15年度報告書を執筆著作するかどうかは、上記研究活動とは区別された各研究者の「研究発表の自由」の問題であって、専ら研究者である控訴人の判断と責任に基づくものである。
 したがって、本件各共同研究契約締結までの経緯が被控訴人の発意によるものと仮定したとしても、本件各平成15年度報告書の作成においては、あくまで控訴人個人の任意の判断に基づく控訴人自身の発意によるものであって、これらが被控訴人の発意に基づくということはできない。
エ 原判決は、本件各共同研究契約の締結経緯及び本件各平成15年度報告書が上記契約第4条の義務の履行であることについては認定判断したものの、それ以外の事項については全く判断していない。また、被控訴人の当時の学長からの学内メールの存在を看過している。
(3) 法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであることについて
ア 原判決は、学問の自由からする職務著作の特殊性という観点を全く考慮しておらず、学問の自由が保障される大学研究者とこの保障がない一般民間企業の従業員等との違いに関して、何ら実質的な検討を行わなかった。
イ そして、単に形式的・名目的な理由のみから安易に指揮監督関係を肯定したものである。
(4) 法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであることについて
ア 職務著作制度は、社会的・実質的に見て、著作物を作成した者ではなく、その使用者である法人等が「創作」したと評価できる実態を有する場合に、その法人等を著作者とするものである。したがって、「法人等が自己の著作名義の下に公表する」という要件の趣旨は、著作物の内容について、評価を受けたり、責任を負う主体が法人等であることを対外的に明らかにするものに限って、社会的にみて、法人等が「創作」したと評価できるということにあるが、原判決は、この点に関しても、一切の実質的判断を行っていない。
イ 職務著作の判断は、当該著作物を、使用者である法人等が著作したと評価するに足る実体を備えたものであるかという実質的判断であって、このような実質的判断は、この要件にも等しく妥当する。原判決のように、表紙等やまえがき欄などの形式的な記載場所だけをもって判断されるものではない。そして、一般の民間企業の従業員の場合と比べ、大学の教員が執筆著作した著作物においては、社会における研究成果に対する現実の信用や名声が誰に対して向けられるものか等は全く異なっており、上記の職務著作制度の趣旨に立ち返り、本件においても使用者である法人等が創作したと評価するに足りる実体を備えているかという観点から、本件各平成15年度報告書に対する社会的信用や名声が誰に向けられるのかという点を実質的に検討すべきである。
(5) 契約、勤務規則その他に別段の定めがないことについて
ア 原判決は、大学における研究者の論文等の著作物一般が、あたかも、まずは、著作権法15条によりすべて大学に帰属することが一般原則であるとして、これを前提としつつ、ただ、プログラムやデータベースの著作物については例外的に、発明と同様の取扱いをして、研究者にも著作者となり得る余地を認めたと理解するものである。そもそも、このような前提が、いかなる根拠から認められたものか、全く不明である。
イ 原判決は、「著作権譲渡書」(甲19、20)の存在を、殊更に無視している。上記著作権譲渡書は、被控訴人において、共同研究を含む研究者の研究の成果物である執筆論文、書籍等に関しては、本来、当該研究者が著作者として著作権を有することを前提に、その承諾を要件として、被控訴人への権利承継を認める文書である。
 被控訴人の研究者の執筆論文その他著作物については、原則として当該研究者が著作者であり著作権が帰属するとの共通の理解が慣行として存在しており、これを前提に、一定の場合には大学への権利承継を認めるとの制度を新たに構築したものと合理的に推認される。
(6) その他重要事項1(被控訴人の職務著作とすることの結論の不当性)について そもそも、学内における教員の通常職務であろうと、本件のような例外的な職務であろうと、これらにより執筆作成された著書、論文等について、職務著作の成立を認めるべきではない。そのような結論は、以下の種々の法的観点からも著しく不当だからである。
ア 職務著作の成立を認めることは、大学が当該著書、論文等の著作者になる結論を招来し、大学教員が、自己の研究成果につき、学会等において研究発表する自由すら奪われる結果となる。研究発表するためには、複製権、上演権等に関して、その都度、大学から許諾を得る必要があり、教員は、少なくとも法律上は、これに対してライセンス料等を支払う必要が出てくるという極めて非常識な結論を招来する。
 当該教員が許諾を得る範囲は、上記の(狭義の)著作権に限られず、公表権、氏名表示権等の著作者人格権に関しても、許諾を得る必要が出てくる。
イ 当該教員が、大学から許諾を得て自己の研究を発表したが、その後さらに研究を進展させて、書籍、論文等で研究内容を改訂、変更する必要が出てきた場合には、大学が有する翻案権や同一性保持権の侵害が問題になるために、その都度、これに関する大学の許諾が必要となる。控訴人は、本件各共同研究の研究代表者であるにもかかわらず、自己の研究内容を改訂、変更する自由すら奪われる結果になる。
ウ 大学が著作者になるとの結論は、保護期間の点からも著しく不当な結果を招来することになる。法人は、破産等の事由により「解散」という事態が発生しない限り存続し続けることになるところ、特に国立大学法人には、自然人の「死亡」に匹敵する「解散」という事態がほとんどあり得ない。そうすると、大学は、いったん職務著作の成立が肯定された場合には、その後、保護期間の制限なく、ほぼ永久的に同各著作者人格権を保有し続けることになり、自然人の場合に比べ、著しく不均衡である。
エ 他方で、国立大学の研究者が研究活動を行う際には、一定の研究資金が必ず必要となる。しかるに、研究者が所属する大学から支給される研究資金だけでは、到底、満足な研究活動は不可能であり、当該研究者は、外部団体からの資金援助に依拠するために本件各共同研究契約を締結せざるを得ない立場にある。
 しかるに、国立大学の研究者は、国家公務員という身分を有するため、公務員の兼業禁止義務によって、自ら契約当事者として署名捺印することができない立場にある。それ故、形だけでも、自己が所属する大学の名義を使用して本件各共同研究契約を締結せざるを得ないというのが実情である。
 このように、本来は自己の研究であるにもかかわらず、契約上は、大学の名義を使用せざるを得ないという研究者を取り巻く実情に鑑みても、自己が著作執筆した著作物について著作者人格権を含むすべての著作権が大学のものとして原始取得されるという結論が、健全な法感情に反することは明らかである。
オ 以上のように、職務著作の成立を認め、大学が著作者になるとの結論は、実に種々の不合理な法的帰結を導く結果となってしまう。原判決は、この点においても、判断を脱漏、回避したものとのそしりを免れない。
(7) その他重要事項2(民間企業との違い)について
ア 高度研究教育機関における学術研究の維持発展という見地からは、職務著作の解釈適用に当たっては、大学の社会的意義・使命やその特殊性が十分考慮されなければならず、大学内で執筆作成される著書、論文等と、一般の民間企業等で作成される一定の文書等とを、同列に論じることはできない。
イ 投資回収論の観点、研究成果に対する寄与貢献、研究意欲・執筆意欲という観点、指揮監督関係の観点からも、大学と民間企業との間には、大きな違いが認められる。
(8) その他重要事項3(比較法的観点)について
ア 我が国の著作権法が、創作者(著作者)の権利を最も重視するといわれる大陸法制(ドイツ国、フランス国)の系譜に属すると理解されるにもかかわらず、職務著作の規定(著作権法15条)に限っては、機能的著作権フィロソフィーを採用する英米法制下の取扱いすら上回るほどまでに、著しく法人等の側に偏った内容になってしまっていることは、十分考慮される必要がある。
イ さらに、我が国著作権法は、他国法制で一般的な、著作財産権だけを法人等に帰属させるのではなく、著作者人格権までをも法人等に原始的に帰属させる取扱いをしている。比較法的に見ても、我が国著作権法が、法人等に「著作者」の地位自体をそのまま与えたことは極めて特異であり、例外的な制度であることは(甲33)、職務著作の解釈適用が検討される際には十分考慮されなければならない。
ウ 以上のとおり、各国著作権法法制と比較しても、我が国著作権法が著しく法人等の側に偏った内容になってしまっていること、さらには、我が国著作権法上において職務著作の成立が認められると、前記のとおり、大学法人に半永久的な著作者人格権が認められるという結果の重大さを考慮すれば、同規定の解釈適用に際しては、一般的に慎重かつ抑制的でなければならない。
〔被控訴人の主張〕
 本件各平成15年度報告書に著作権法15条1項が適用されることは明らかである。
(1) 本件各共同研究契約書第4条の「報告書」について
 本件各平成15年度報告書は、本件各共同研究契約書第4条による約定に基づき契約上の義務の履行として作成されたものであり、控訴人の主張には、全く理由がない。
ア 本件各共同研究契約書第4条の文言が文科省作成の「民間等との共同研究契約書(様式参考例)」を参考としたものであることは、被控訴人も否定するものではない。しかし、これは、文科省も文字どおり「様式参考例」として作成し、各国立大学長等に提示したものであることは、明らかである。そして、上記様式参考例中の「実績報告書の内容例」や、相手方の了解ある場合には報告書の内容を控訴人が主張する「実施報告書」でも差し支えないとする旨の記載は、いずれも「実績報告書」の様式参考例を示したものにすぎず、むしろ、上記様式参考例においては、「相手方と合意した内容を記入した」報告書を作成する旨記載されているのである。
 そして、通達本文には「契約の締結に当たっては、内容等について事前に企業等と十分協議し、柔軟に対応するよう留意願います。」と記載され、上記様式参考例には「報告書には相手方と合意した内容を記入すること」と記載されているように、本件各共同研究契約書第4条の報告書がいかなるものであるのかを解釈するにあたっては、本件各共同研究について個別具体的に検討することが必要である。北見市等が、費用を負担し、被控訴人に対し、本件各共同研究を依頼している目的は、被控訴人の責任において作成される本件各共同研究報告書を、共同研究の成果物として受領し、これを利用することにあるから、本件各平成15年度報告書が、本件各共同研究契約書第4条の報告書に当たることは、明らかであり、そのような解釈が、契約文言の解釈として最も合理的である。
 以上のとおり、本件各平成15年度報告書は、本件各共同研究契約書第4条の報告書に当たり、同契約に基づき契約上の義務の履行として作成されたものであることは、明らかである。
イ 共同研究の具体的な内容やその目的たる成果物は千差万別であり、いかなる共同研究においていかなる内容の報告書の作成が研究実施機関たる大学の義務となるかは、それぞれの共同研究ごとに、当事者の合理的意思を踏まえ、個別具体的に検討されるべき事項である。「様式参考例」が、相手方の了解ある場合には報告書の内容を控訴人が主張する「実施報告書」でも差し支えない旨記載しているのは、共同研究の内容や当事者の合理的意思から相手方において「実施報告書」程度の内容の報告書しか必要とせず、相手方において同意がある場合には、内部文書たる「実施報告書」を様式参考例第4条の「実績報告書」とすることは、「差し支えない」としているにすぎないのであるから、文科省の取扱いとして、何ら不自然な点や非常識な点は存しない。
ウ 控訴人は、本件においても、「実施報告書」が作成されてきたと主張するが、「実施報告書」(甲37〜39)は、単なる被控訴人内部の事務文書にすぎず、しかも、控訴人の主張に従っても、本件において、これを本件各共同研究契約書第4条の報告書とする旨の北見市等の同意は存在しないのであるから、控訴人の主張は失当である。
エ 14日という日数から本件各平成15年度報告書が「実績報告書」ではないとする控訴人の主張は、余りに偏面的かつ短絡的である。
オ 平成14年度以前の契約書の記載についての控訴人の主張については、契約書上に報告書についての規定があるか否かにかかわらず、本件各共同研究については、その成果物は、専ら、それぞれの調査結果を記載した書面(報告書)であり、これについては、被控訴人は、共同研究にかかる契約に基づき、当該年度ごとに作成する義務と責任を、北見市等に対し負担していたのであり、平成15年度において、文科省作成の上記様式参考例を参考にして本件各共同研究契約書第4条の文言が定められたことにより、被控訴人が北見市等に対し負っていた義務は明文化されることとなったものである。
カ 他の共同研究についての控訴人の主張についても、共同研究の具体的な内容やその目的たる成果物については、千差万別であり、他の共同研究と本件各共同研究とを同列で論じることはできない。控訴人の上記主張は、本件各共同研究の特質を無視した、無意味な主張である。
キ 控訴人が指摘する報告資料は、すべて調査や分析の委託を受けた業者が作成したものであり、北見市等にとってこの資料が目的であれば、直接、業者との間で業務委託契約を締結すれば足り、毎年、本件各共同研究契約を締結する必要はない。さらに、本件各平成15年度報告書のうち、「本件北見市環境調査報告書」及び「本件常呂川水系水質調査報告書」については、北見市のホームページ上で一般に公開されているところ、上記報告書が控訴人の個人的文書であれば、これを、地方自治体たる北見市がホームページ上で一般に公開することは、あり得ないことである。また、本件各平成15年度報告書は、控訴人だけではなく、北見市の担当者を含む共同研究のメンバー全員の共同作業で作成されているところ、控訴人の主張に基づけば、北見市の担当者は、地方公務員として北見市の業務に従事し、同業務の中で、控訴人の個人的文書の作成に携わったことになるが、これもあり得ないことである。このように、北見市等は、委託業者作成の報告資料(甲49〜51)や控訴人からの「専門的知識」の教授を期待して本件各共同研究契約を締結したものであり、本件各平成15年度報告書が控訴人の個人的文書にすぎないとする控訴人の上記主張は、荒唐無稽である。
(2) 使用者の発意に基づくことについて
ア 大学の教員(研究者)には、学問の自由の保障により研究の自由や研究発表の自由が保障されており、被控訴人もそれを否定するものではない。しかしながら、控訴人の主張からは、学問の自由をめぐる憲法諸説が、大学における一般的な研究活動との関係のみならず、職務著作制度の解釈論との関係でも妥当するとする根拠がどこにあるのか、全く明らかではない。大学教員の活動において、職務著作が問題となるのが例外的な場面であることは明らかであり、そのような例外的特殊的場面における職務著作制度の解釈論において、一般民間企業の場合と同様の解釈を行うことが、何故に学問の自由の保障に対する重大な侵害となるのか、全く不明である。
 むしろ、控訴人の主張は、本件各共同研究が外部民間機関等(北見市等)との契約に基づき行われたものであることを看過したものであり、失当である。すなわち、被控訴人と外部民間機関等との共同研究は、被控訴人と外部民間機関等との契約に基づき行われるものであり、被控訴人は、外部民間企業等に対し、共同研究契約に従った内容の研究を実施、遂行すべき義務を負う。そして、被控訴人がこの義務を履行するため、研究代表者も、被控訴人の従業員として、共同研究契約に従った内容の研究を実施、遂行すべき義務を負うとともに、これについて、被控訴人の指揮監督に服することとなる。そして、仮に、研究代表者が、契約に従った内容の研究を行わなければ、被控訴人は、当該研究代表者に対して、契約に従った内容の研究を行うように命令し、なおこれに従わない場合には共同研究代表者の指名を取り消す等の、指揮監督権限を行使することになる。以上のように、本件各共同研究の遂行、及び本件各報告書の作成については、被控訴人と北見市等との間の契約の内容に従ったものであり、研究代表者たる控訴人は被控訴人の指揮監督に服するのであって、この点において、民間企業の従業員の場合と異なるところはない。
イ 本件各平成15年度報告書の作成は、本件各共同研究契約に基づく、被控訴人の北見市等に対する義務である。そして、控訴人は、被控訴人の従業員たる研究代表者として、契約の内容に従った研究を実施、遂行し、本件各報告書を作成すべき義務を負っていたものである。本件各報告書の作成が控訴人の判断と責任に基づくものであるとする控訴人の主張は、事実に反し、全く理由がない。
 そもそも、「発意」については、法人等が著作物の作成を原始的に企画・構想し、その具体的作成を業務従事者に命じる場合のみならず、業務従事者が自らの発案をもとに法人等の承諾を得て著作物を作成する場合にも、法人等の「発意」があると解される。さらに、法人等と業務従事者との間に雇用関係が存在し、業務従事者が当該業務計画に従って所定の職務を遂行している場合には、その職務遂行の過程で著作物の作成が予定又は予期される限り、当該著作物の作成に関する法人等の具体的指示等がない場合にも、法人等の「発意」があるものと解されており、本件でも、本件各共同研究の遂行の過程では、その調査結果を記載した本件各平成15年度報告書の作成が当然に予定されているのである。
ウ 本件各共同研究は、法令等や設計条件に従った調査であり、特定の研究者でなければ行い得ないものではなく、一定以上の専門性を有する専門家であれば行える性質のものである。本件各共同研究については、多年にわたり継続される中で、データやノウハウの蓄積があり、被控訴人が組織として対応する中で、新たな研究代表者を中心とする共同研究担当者により、これらのデータやノウハウの蓄積は、本件各共同研究を継続していく中で有意に利用された。これは、被控訴人が専門性を有する組織体であることの当然の帰結であり、北見市等にとって、組織体として専門性を有し、永続する国立大学法人である被控訴人との間の共同研究として本件各共同研究を行うことに意義があり、そのために、北見市等は、被控訴人との間で本件各共同研究契約を締結したものである。
 本件各共同研究が行われたのは、北見市等が控訴人の個人的資質や実績を評価した面があることは否定し得ないとしても、これは、北見市等が被控訴人との間で本件各共同研究契約を締結する上での、単なる端緒にすぎず、本件で、被控訴人の発意を否定する事情とはなり得ない。北見市等は、控訴人を当面の間代表者として本件各共同研究を遂行できる研究者として、内諾を得たにすぎない。そして、北見市等は、組織体として専門性を有し、永続する国立大学法人である被控訴人との間で本件各共同研究契約を締結したものである。
エ 北見工業大学共同研究取扱規程では、学長は、共同研究の申込みを受理したときは、研究代表者に所定の共同研究計画書を提出させることとされており、研究代表者の正式な選定は、共同研究の受入れを決定したことをもってされると解されるところ、学長が共同研究の申込書を受理した後、学長において「研究代表(候補)者」を選定し、共同研究計画書の提出をさせるというのが、規程の定めを補充したより適正な運用と判断されたことから、被控訴人前学長のメール(甲25)は、かかる運用を指示するためのものである。
(3) 法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであることについて
ア 本件において、控訴人に保障される「学問の自由」(研究の自由)とは、あくまでも、控訴人が本件各共同研究の研究代表者になることを拒絶すれば、被控訴人は、控訴人にこれを強制することはできなかったという範囲にとどまるものである。各共同研究の内容を了解して研究代表者となることを受諾した場合であっても、大学教員たる控訴人が、「学問の自由」に基づき、共同研究契約により遂行を求められる研究の内容を無視して、自己の意思で自由に研究内容を定められるということを意味するものではない。このことは、北見市等と被控訴人との本件各共同研究において、被控訴人は、北見市に対し、共同研究契約の内容に従った研究を遂行すべき義務を負っていたことの当然の帰結である。
イ 本件各共同研究についての契約書の記載が一般的、抽象的であるから、本件各共同研究の具体的範囲が定まっていないという論法は明らかに事実に反する。
 また、本件各平成15年度報告書の作成は、本件各共同研究契約に基づく被控訴人の北見市等に対する義務であって、控訴人の研究発表の自由の範疇において作成されるものではない。
(4) 法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであることについて
 本件各平成15年度報告書の表紙下部中央の「北見工業大学地域共同研究センター」、「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」等の記載が、その記載部位や「まえがき」に記載された報告書の位置づけ等に照らし、著作名義を記載したものであることが認められることは明らかである。また、北見工業大学地域共同研究センター及び北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室が、いずれも、「北見工業大学(被控訴人)を構成する部門(部署)、あるいは下部組織」であり、したがって、上記報告書は、被控訴人の著作名義の下に公表されたものであることは明らかである。
(5) 契約、勤務規則その他に別段の定めがないことについて
 「著作権譲渡書」は、被控訴人の教員が著作権を有する著作物につき、その著作権を被控訴人に譲渡するための書類であり、本件各平成15年度報告書のように、被控訴人が原始的に著作権を有する著作物については、全く無関係である。なお、控訴人は、被控訴人においては、研究者の執筆論文、書籍等に関しては、本来、当該研究者が著作者として著作権を有する取扱いをする慣行があると主張するが、そもそも、当該研究者が著作者として著作権を有しているものについて、当該研究者を著作権者と扱うのは当然のことであり、「慣行」でも何でもない。他方、被控訴人が著作権を有する著作物について、職務上当該著作行為を行った研究者を著作権者と扱うような「慣行」は、被控訴人において存在しない。
(6) その他重要事項1(被控訴人の職務著作とすることの結論の不当性)について
ア 控訴人は、外部民間企業等との共同研究を例外的な研究活動とするが、共同研究についての理解を全く欠いた主張であり、失当と言わざるを得ない。
イ 控訴人は、本件各平成15年度報告書の著作権が被控訴人に帰属していると、毎年度の共同研究において、従前の報告書の内容を修正する必要が生じた場合に被控訴人の許諾を得る必要が生じることになる旨主張するが、これは、本件各共同研究における研究従事者の権限の範囲の問題であり、報告書の内容が本件各共同研究にかかる契約による研究内容に沿ったものである限り、次年度以降における記載内容の修正等は、最終的には、研究代表者たる控訴人をはじめとする共同研究メンバーの権限の範囲と理解される。
ウ 控訴人は、保護期間の点からの不当性を主張するが、著作権法も、それを当然の前提としつつ、職務著作の規定を定めているものである。
エ 外部民間機関等との間で行われる共同研究については、大学は、当該民間機関等に対し、契約の内容に従った研究を遂行すべき義務を負い、したがって、大学教員たる研究代表者も、業務として、当該民間機関等との契約の内容に従った研究を遂行すべき義務を負う。そして、当該研究代表者がこのような義務を負うということは、つまりは、当該民間機関等との契約の内容に従った研究をすべく大学の指揮監督に服するということであり、外部民間機関等との共同研究であるがゆえに、これに従事する大学教員は、遂行する研究内容等につき、大学からの指揮監督に服することになるのである。
オ 本件各共同研究契約は単なる名義貸しのようなものではなく、同契約に基づいて研究受入機関たる被控訴人は様々な契約上の義務を負担するのであり、北見市等に対しかかる義務を負担する被控訴人が本件各平成15年度報告書の著作権者となるとの結論は、合理的である。むしろ、本件各共同研究の実施資金は北見市等が支出しながら、北見市等に対し、直接には何らの義務も負担しない控訴人に著作権が帰属するとすれば、それは明らかに不合理な帰結であり、健全な法感情に反するものである。
(7) その他重要事項2(民間企業との違い)について
ア 本件各平成15年度報告書が、「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」に基づき行われる外部民間機関等との間の共同研究における成果物であり、外部民間機関等に対する、研究成果を外部民間機関等に移転するための報告書であるという特殊性も、職務著作性を論ずるにあたっては十分に考慮されなければならず、控訴人は、この点を看過している。
イ もし、本件各共同研究の成果物たる本件各平成15年度報告書にかかる権利が、被控訴人ではなく、控訴人個人に帰属するのであれば、被控訴人のみならず、本件各共同研究の申込者たる北見市等においても、多額の費用を投資したにもかかわらず、本件各共同研究の成果物たる本件各報告書を自由に使用できないこととなる。かかる結果となれば、大学と外部民間機関等との共同研究の発展、拡充を著しく阻害することは必定であり、結果、「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」が制定された趣旨が没却されることとなる。そして、大学と外部民間機関等との共同研究が停滞すれば、大学における研究成果は民間事業者に移転されないこととなり、ひいては産業社会の発展を著しく阻害・停滞する結果を招来することとなる。
ウ 本件各共同研究については、いわゆる環境調査であり、発明、発見等を目的とする研究と異なり、投下した費用に対応する調査結果(調査データ)が作成されることが必要であり、通常の手順に従い業務を行うことにより、その作成は可能なのであって、被控訴人は、本件各共同研究にかかる契約に基づき、北見市等に対し、適正な調査報告書を作成、提出する義務を負っている。そして、本件各平成15年度報告書も、共同研究に携わるメンバーの組織的作業により作成をされているのであり、特定の研究者個人による研究活動に依存しているものではないから、その実質において、控訴人が主張するところの一般民間企業の場合と異なるものではないのである。
 なお、共同研究の研究代表者に就任した場合について、別途の手当の支給はないが、控訴人は、そのことを十分に理解し、了解した上、自らの判断に基づき、本件各共同研究に研究代表者として従事することを積極的に承諾したものである。そして、控訴人は、共同研究を含めたすべての業務の対価たる賃金を、被控訴人から受領している。大学教員にとって、外部民間機関等との共同研究に従事することは多くのメリットがあり、現に、控訴人も、本件各共同研究の研究代表者となることにより、多くのメリットを享受していたものである。
(8) その他重要事項3(比較法的観点)について
 我が国の著作権法における職務著作規定について、比較法的観点から独自性が認められるとしても、それゆえに、その適用は慎重かつ抑制的になるべきという結論が導き出されるものではない。むしろ、我が国の著作権法がそのような職務著作規定を定めていることの意義、趣旨について詳細に検討し、その意義、趣旨に沿い、職務著作規定の適用についての考察をすべきである。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 認定事実
 以下のとおり、付加訂正するほか、原判決2頁19行目ないし11頁末行、26頁5行目ないし40頁20行目を引用する。
(1) 原判決32頁8行目、34頁2行目、8行目に、それぞれ、「上記共同研究契約書は、文科省が各大学に通知した「民間等との共同研究契約書(様式参考例)」を参考にして作成され(甲34、35、弁論の全趣旨)、」と加える。
(2) 原判決36頁10行目の次に、改行して、「カ 上記共同研究に関しては、本件北見市環境調査報告書のほか、研究終了後まもなく、「平成15年度「民間機関等との共同研究」実施報告書」と題する、共同研究の概要等を記載した1枚の報告書(甲37)が作成され、「平成15年度大気分析及び市内小河川水質並びダイオキシン類の調査業務報告書」として、膨大なデータや調査結果を記載した報告書(甲49)が作成された。」と加える。
(3) 原判決37頁15行目の次に、改行して、「カ 上記共同研究に関しては、本件常呂川水系水質調査報告書のほか、研究終了後まもなく、「平成15年度「民間機関等との共同研究」実施報告書」と題する、共同研究の概要等を記載した1枚の報告書(甲38)が作成され、「平成15年度常呂川水系水質調査業務報告書」として、データや調査結果を記載した報告書(甲50)が作成された。」と加える。
(4) 原判決38頁18行目の次に、改行して、「カ 上記共同研究に関しては、本件北見市一般廃棄物処理に関する環境調査等報告書のほか、研究終了後まもなく、「平成15年度「民間機関等との共同研究」実施報告書」と題する、共同研究の概要等を記載した1枚の報告書(甲39)が作成され、「平成15年度北見市廃棄物処理施設環境調査業務報告書」として、膨大なデータや調査結果を記載した報告書(甲51)が作成された。」と加える。
2 著作権及び著作者人格権に基づく請求について
(1) 著作権法15条1項の趣旨について
 著作権法15条1項は、法人等において、その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し、これが法人等の名義で公表されるという実態があることにかんがみて、同項所定の著作物の著作者を法人等とする旨を規定したものである(最高裁平成13年(受)第216号同15年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁参照)。
 以下、著作権法15条1項の要件、すなわち、@法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと、A法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること、B法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること、C作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがないこと、の順に判断する。
(2) 法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと
ア 法人等が著作物の作成を企画、構想し、業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合、あるいは、業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には、法人等の発意があるとすることに異論はないところであるが、さらに、法人等と業務に従事する者との間に雇用関係があり、法人等の業務計画や法人等が第三者との間で締結した契約等に従って、業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には、法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも、業務に従事する者の職務の遂行上、当該著作物の作成が予定又は予期される限り、「法人等の発意」の要件を満たすものと解すべきである。
イ 本件についてこれをみるに、前記認定事実のとおり、@控訴人は被控訴人の准教授であること、A北見工業大学共同研究取扱規程(被控訴人規程)には、被控訴人は、共同研究の遂行上必要な施設及び設備を供するとともに、当該施設及び設備の維持管理に必要な経常経費等を負担すること、共同研究の申込みをしようとする民間機関等の長は、所定の申込書を学長に提出し、研究代表者に所定の共同研究計画書を提出させこれを受理したときは、審議機関の議を経た上、文科省と協議して、当該共同研究の受入れについて決定すること、これを受けて、契約担当官が所定の契約書により民間機関等の長と速やかに契約を締結しなければならないこと等が定められていること、B北見市環境調査研究、常呂川水系水質調査研究及び北見市一般廃棄物処理に関する環境調査並びにごみ質調査、作業環境調査は、いずれも被控訴人規程の上記手続に則り、被控訴人において受入れを承認し、本件各共同研究契約を締結したものであること、C控訴人は、本件各共同研究において、被控訴人の研究担当者として共同研究に参加し、研究代表者を務めたこと、D平成15年度の本件各共同研究に係る契約には、被控訴人及び北見市等とは、「双方協力して、本共同研究の実施期間中に得られた研究成果について報告書を、本共同研究完了後にとりまとめる。」(第4条)、「本共同研究によって得られた研究成果(研究期間が複数年度にわたる場合は当該年度に得られた研究成果)について、秘密保持の義務を遵守した上で開示、発表若しくは公開することができる。ただし、公表の時期・方法などについては、…協議の上、定める。」(第19条)等の条項があること、E本件各平成15年度報告書は、概ね、調査の概要(調査項目、調査地点、調査回数等)、調査結果(データの記載)、結果の解析及び考察、資料等から構成されるものであること、以上の事実が認められる。
 これらの本件各共同研究契約締結の経緯や、控訴人の役割、本件各平成15年度報告書作成の経緯及び内容等の認定事実に照らすと、被控訴人と北見市等との本件各共同研究は、被控訴人と北見市等との契約に基づき行われたものであり、被控訴人は、北見市等に対し、本件各共同研究契約に従った内容の研究を実施、遂行すべき義務を負っていたものであるところ、控訴人は、被控訴人と北見市等との間の本件各共同研究契約において、被控訴人側の研究担当者として共同研究に参加したのであるから、被控訴人の北見市等に対する上記義務を履行するため、控訴人も、被控訴人の従業者として上記契約に従った内容の研究を実施、遂行すべき義務を負うとともに、これについて、被控訴人の指揮監督に服することとなるのであって、上記契約に従い、本件各共同研究の実施期間中に得られた研究成果について、共同研究完了後に本件各平成15年度報告書がとりまとめられたものということができる。 したがって、本件各平成15年度報告書の作成は、被控訴人が北見市等との間で締結した契約に従って、控訴人が被控訴人側の研究担当者として所定の職務を遂行し、控訴人の職務の遂行上その作成が予定されたものであったというべく、被控訴人の発意に基づくものと評価することができる。
ウ 控訴人は、本件各平成15年度報告書は、本件各共同研究契約書の第4条に規定される「実績報告書」ではないと主張する。しかし、本件各共同研究契約書が民間等との共同研究契約書(様式参考例)を参考に作成されたものであるとしても、本件各共同研究契約書における報告書が、直ちに様式参考例の実績報告書と同義になるわけではないし、実施報告書が別途作成されたからといって、本件各平成15年度報告書が「実績報告書」に当たらないということにはならない。
 控訴人は、殊に、大学関係においては、民間企業と異なり、学問の自由の保障により職務著作の適用につきより慎重かつ厳格な検討が要請されると主張する。しかし、大学における通常の研究活動に学問の自由が保障されることはいうまでもないところ、「大学…における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進を図るための措置を講ずることにより、新たな事業分野の開拓及び産業の技術の向上並びに大学…における研究活動の活性化を図り、もって我が国産業構造の転換の円滑化、国民経済の健全な発展及び学術の進展に寄与すること」を目的とする大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律1条の趣旨に照らしても、本件のように、大学が外部の団体と締結した契約に基づく研究活動についてまで、学問の自由の保障をもって職務著作の規定の適用が制約されることにはならないというべきである。
 控訴人は、学内メールの存在をもって、被控訴人の発意に基づくものではないことの根拠とする。しかし、前学長の学内メール(甲25)は、平成19年1月に、全教員にあてて、「今後本学に申し込まれる共同研究は、「共同研究申込書」を研究協力課が受領した時点で、学長が大学として受け入れ可能か、誰が適任者かを判断の上、…研究代表者を任命することとします」というものであるところ、それ以前の共同研究がこれと異なる取扱いをされていたとの根拠になるわけではない。
 控訴人のその余の主張についての判断は、原判決41頁20行目ないし43頁1行目のとおりであるから、これを引用する。
エ 以上によれば、本件各平成15年度報告書は、著作権法15条1項にいう「法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと」の要件を充たすものであり、控訴人の主張は理由がない。
(3) 法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること
ア 前記認定事実のとおり、@控訴人は、被控訴人の准教授を務めており、両者の間には雇用関係があったこと、A被控訴人と北見市等との間の本件各共同研究契約において、控訴人を研究担当者として参加させる旨の約定がされたこと、B控訴人が共同研究に参加する旨を申し入れ、被控訴人がこれを受けて控訴人を被控訴人の研究担当者として本件各共同研究に参加させたことにより、控訴人が本件各共同研究に従事することは、被控訴人側の研究者として本件各共同研究に参加する控訴人の職務の内容となっていたこと、C本件各平成15年度契約書は、本件各共同研究契約に基づき、本件各共同研究の終了後に、研究担当者が北見市等と協力して共同研究の実施期間中に得られた研究成果についての報告書としてとりまとめられたこと、以上の事実が認められる。
 このような事実に照らせば、本件各平成15年度報告書は、被控訴人の業務に従事する控訴人が、職務上作成したものであるということができる。
イ 控訴人は、大学の研究者が学問の自由が保障される特殊性を検討すべきである旨主張する。
 しかしながら、大学における通常の研究活動に学問の自由が保障されることはいうまでもないところ、本件のように、大学が外部の団体と締結した契約に基づく研究活動についてまで、学問の自由の保障をもって職務著作の規定の適用が制約されることにはならないことは、前記(2)と同様である。
ウ 以上によれば、本件各平成15年度報告書は、著作権法15条1項にいう「法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること」の要件を充たすものであり、控訴人の主張は理由がない。
(4) 法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること
ア 前記認定事実のとおり、@本件北見市環境調査報告書(甲4)の表紙下部中央には「北見工業大学地域共同研究センター」、「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」と上下二段で記載されていること、同報告書の目次及び本文中には執筆分担者の表示等はないこと、同報告書の「まえがき」中には、「本調査は北見市より北見工業大学地域共同研究センターに委託された北見市環境調査を本学化学システム工学科環境科学研究室と北見市との共同研究(調査)として行ったもので、本年度はその11年目である。」との記載があること、報告書の「まえがき」には、「本共同研究の研究メンバーは下記の通りである。」とした上、他の研究担当者の氏名の表示とともに、控訴人の氏名が表示されていること、A本件常呂川水系水質調査報告書(甲6)の表紙下部中央には「北見工業大学地域共同研究センター」、「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」と上下二段で記載されていること、同報告書の目次及び本文中には執筆分担者の表示等はないこと、同報告書の「まえがき」中には、「本調査は(中略)常呂川水系環境保全対策協議会より北見工業大学地域共同研究センターに委託された同水系水質調査を協議会と本学化学システム工学科環境科学研究室との共同研究(調査)として行ったものであり、本年度は11年目である。」との記載があること、「まえがき」の末尾には「共同研究代表」との肩書きに続いて控訴人の氏名が表示されていること、B本件北見市一般廃棄物処理に関する環境調査等報告書(甲5)の表紙下部中央には「北見工業大学地域共同センター」、「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」と上下二段で記載されていること、同報告書の目次及び本文中には執筆分担者の表示等はないこと、同報告書の「はじめに」中には、「本研究は北見市がこれらの施設からの有害物質発生を抑制し、大気、水、地下水など環境汚染を未然防止すること、および廃棄物処理プロセスにおける作業安全管理を図ることを目的として北見工業大学地域共同研究センターに委託し、本学化学システム工学科環境科学研究室と北見市環境緑化部廃棄物処理場との共同研究として行ったものである。」との記載があること、「はじめに」の末尾及び「まとめ」の末尾には、「共同研究代表者」との肩書に続いて控訴人の氏名が表示されていること、C研究成果の公表について、被控訴人規程13条は、「学長は、共同研究による研究成果を公表する場合は、公表時期及び方法について、民間機関等との間で適切に定める。」と規定しており、共同研究による研究成果の公表は、被控訴人を代表する学長の権限となっていること、以上の事実が認められる。
 これらの事実に照らすと、表紙下部中央の「北見工業大学地域共同研究センター」、「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」との記載は、報告書の著作名義そのものを記載したものとみるべきであって、いずれも被控訴人の著作名義の下に公表したものであるということができる。
イ 控訴人は、使用者である法人等が著作したと評価するに足りる実体を備えたものであるかという実質的判断をすべきであると主張する。
 しかし、本件各平成15年度報告書が、「まえがき」にもあるとおり、「本調査は、北見市等から北見工業大学地域共同研究センターに委託された…環境調査を本学化学システム工学科環境科学研究室と北見市との共同研究(調査)として行ったもの」であることに照らすと、同報告書は、控訴人個人が著作したのではなく、大学としての被控訴人が著作したと評価するに足りる実体を備えたものであることは明らかである。そして、本件各平成15年度報告書に対する社会的な信用や責任の帰属主体として、被控訴人の名義に係るものというべきである。
ウ 以上によれば、本件各平成15年度報告書は、著作権法15条1項にいう「法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること」の要件を充たすものであり、控訴人の主張は理由がない。
(5) 作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがないこと
ア 本件全証拠によっても、被控訴人において、本件各平成15年度報告書が作成された時に、契約、勤務規則その他に、著作権法15条1項の適用を排して、研究者個人を著作者とする旨の定めがあったことを認めるに足りない。
イ 控訴人は、「著作権譲渡書」をもって、別段の定めがある旨主張する。しかし、「著作権譲渡書」(甲19、20)は、被控訴人の教員が著作権を有する著作物につき、その著作権を被控訴人に譲渡するための書類であり、被控訴人が原始的に著作権を有する著作物について、適用されるものとはいえない。
 また、控訴人は、被控訴人の「国立大学法人北見工業大学職務発明規程」(平成16年4月1日)(甲7)の第2条の「発明等」の定義の中に、プログラム著作物及びデータベース著作物が含まれることを明示しながら、それ以外の著作物を「発明等」から除外していることをもって、別段の定めに該当する旨主張する。しかしながら、同規程(甲7)は、国立大学法人北見工業大学の職員等が行った発明等の取扱いについて規定し、その発明者の権利を保護することにより、発明等の奨励及び研究意欲の向上を図ることを目的とするものであり(1条)、プログラムの著作物及びデータベースの著作物について(2条一オ)、被控訴人は職務発明等にかかる知的財産権の全部又は一部を承継し、これを所有するものとすることや特別の事情がある場合には職員等に帰属させることができる旨を定めるものである(6条)。同規程は、上記目的の下に、著作権法15条によれば、権利の承継を経るまでもなく、被控訴人が著作者として著作権を有することになるものについて、プログラムの著作物やデータベースの著作物の性質に鑑みて、これら著作物については、特に、特許法等の規定する「発明」に含め、職員等が著作者となり、被控訴人は職員等から著作権の承継を受けるものとしたものであると解される。したがって、同規程は、プログラムの著作物やデータベースの著作物以外の著作物については、何ら規定していないといわざるを得ない。
ウ 以上によれば、本件各平成15年度報告書は、著作権法15条1項にいう「作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがないこと」の要件を充たすものであり、控訴人の主張は理由がない。
(6) 控訴人のその余の主張について
ア 被控訴人の職務著作とすることの結論の不当性について
 控訴人は、被控訴人の職務著作とすることの結論の不当性を主張する。
 しかしながら、逆に、本件各共同研究の成果物たる本件各平成15年度報告書にかかる権利が、被控訴人ではなく、研究者個人に帰属するとすると、被控訴人の契約の相手方であって本件各共同研究に費用を投じた北見市等においても、本件各共同研究の成果物を自由に使用できないこととなるし、個人たる研究者が退職その他の事由により継続的な共同研究に関与しなくなった後に、同様の共同研究を行いその成果を作成することが困難になりかねない。このような結果は、大学と外部民間機関等との共同研究の発展、拡充を著しく阻害するおそれがある。
 したがって、控訴人の主張を採用することはできない。
イ 民間企業との違いについて
 学問の自由が保障されるべきことはいうまでもないが、本件各共同研究は、北見市等との間の契約に基づくいわゆる環境調査であり、投下した費用に対応する調査結果(調査データ)が作成されることが必要なものであって、その実質において、控訴人が主張する一般民間企業の場合と異なるものではない。
ウ 比較法的観点について
 我が国の著作権法における職務著作規定について、比較法的観点から独自性が認められるとしても、それが直ちに本件各平成15年度報告書の職務著作性を否定することにはつながらない。
(7) 小括
 以上によれば、本件各平成15年度報告書については、著作権法15条1項が適用されるということができる。したがって、控訴人は、本件各平成15年度報告書に係る著作権及び著作者人格権を有しないから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の著作権及び著作者人格権侵害に基づく請求はいずれも理由がない。なお、付言するに、本件各平成15年度報告書の原判決別紙研究報告書対照表@ないしB記載の各部分は、いずれも、事象や用語等についての説明や、調査結果に基づくデータから当然に導かれる事実等についてのありふれた説明にすぎない。そして、本件各平成16年度報告書及び本件各平成17年度報告書が本件各平成15年度報告書に係る共同研究と同様の研究目的及び内容に従って毎年継続的に行われてきたものであり、その表現の幅が狭いことに照らし、両者が事象や用語等についての説明や、調査結果に基づくデータから当然に導かれる事実等についてのありふれた説明において共通するとしても、複製権侵害や同一性保持権侵害の対象とはならない。
3 不法行為に基づく請求について
 本件各平成15年度報告書について控訴人が著作権及び著作者人格権を有していないことは、前記2のとおりである。
 控訴人は、本件各平成15年度報告書に著作物性が認められないとしても、被控訴人が本件各平成16年度報告書及び本件各平成17年度報告書を作成頒布したことは控訴人に対する不法行為を構成するかのように主張するが、その作成頒布について、そもそも不法行為を基礎付ける違法性があることを認めるに足りる証拠はない。
 よって、不法行為に基づく請求も理由がない。
4 結論
 以上の次第であるから、控訴人の本訴請求に理由がないとした原判決は相当であって、本件控訴は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 高部眞規子
 裁判官 井上泰人
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/