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【事件名】女子プロレスの放映権事件
【年月日】平成22年7月30日
 東京地裁 平成20年(ワ)第34464号 報酬金請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年5月18日)

判決
原告 A1ことA
訴訟代理人弁護士 芳永克彦
同 内田雅敏
同 内藤隆
被告 株式会社フジテレビジョン
訴訟代理人弁護士 前田哲男
同 中川達也
被告 株式会社スカパー・ブロードキャスティング
訴訟代理人弁護士 升本喜郎
同 柴野相雄
同 稲垣勝之
訴訟復代理人弁護士 吉野史紘


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して、160万円及びこれに対する平成20年12月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、全日本女子プロレス興業株式会社(以下「全女」という。)に対して前払金返還請求権を有する債権者である原告が、全女との間の放送契約に基づき、全女が主催した女子プロレス興行を中継するテレビ番組を制作し、これを地上波で放送した被告株式会社フジテレビジョン(以下「被告フジテレビ」という。)及び上記番組を収録した映像素材(録画物)を編集して通信衛星デジタル放送(通信衛星(CS)を利用したデジタル放送。以下「CS放送」という。)をした被告株式会社スカパー・ブロードキャスティング(以下「被告スカパー」という。)に対し、@全女は被告フジテレビとの間の放送契約において上記女子プロレス興行を地上波で放送することを許諾したが、CS放送することについては許諾していない、A女子プロレス興行は女子レスラーによる実演(著作権法2条1項3号)に当たり、全女は実演家である女子レスラーから実演家の放送権(著作権法92条1項)及び報酬請求権の包括的譲渡を受けていたところ、被告スカパーによる上記番組のCS放送は、実演を地上波で放送することの許諾を得た被告フジテレビから録画物の提供を受けてする放送(著作権法94条1項2号)に当たるから、当該実演がCS放送されたことに基づいて実演家の被告フジテレビに対する著作権法94条2項所定の相当な額の報酬請求権が発生し、これが全女に帰属するなどと主張し、民法423条1項の債権者代位権に基づき、全女に代位して、被告らに対し、女子レスラーの実演がCS放送されたことに基づく著作権法94条2項所定の相当な額の報酬請求(被告スカパーに対しては被告フジテレビの報酬支払債務の併存的債務引受に基づく。)又は全女が有する女子プロレス興行の興行権の内容を構成する「放送許諾権」侵害の共同不法行為による損害賠償(被告フジテレビにおいては放送契約の債務不履行に基づく損害賠償を含む。)として160万円及び遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告は、「A1」の通称名で、写真の撮影、写真集の制作等を業としている者である。
イ 被告フジテレビは、放送法に基づくテレビジョン放送、放送業務一般等を目的とする株式会社である。
ウ 被告スカパーは、法律に基づく放送事業、無線、有線回線利用による映像ソフトの配給・販売等を目的とする株式会社である。
 被告スカパーは、電気通信役務利用放送法に基づく電気通信役務利用放送事業者として、衛星デジタル放送サービス「スカパー!」(通信衛星(CS)を利用したデジタル多チャンネル放送サービス。以下「CS放送サービス」という。)上で、有料でテレビ番組を提供している。
 被告スカパーは、平成20年10月1日、株式会社サムライティービー(以下「サムライTV」という。)を吸収合併した。
エ 全女は、女子プロレス興行等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の全女に対する前払金返還請求権及び全女の無資力
ア(ア) 原告と全女は、平成17年1月11日、原告において全女所属の女子レスラー「B」の写真集及びDVDを制作販売すること、全女において「B」を写真集及びDVDに出演させること、原告が全女に対しその対価として合計160万円を前払することを内容とする契約を締結した(甲1)。
 原告は、同日までに、全女に対し、上記契約に基づく前払金として合計160万円を支払った(甲1)。
(イ) 原告は、平成20年8月14日到達の内容証明郵便をもって、全女に対し、1週間以内に「B」を写真集及びDVDに出演させる債務を履行するよう催告するとともに、上記期限までに履行されないときは上記契約を解除する旨の意思表示をした(甲1)。
 上記契約は、同月21日、全女の債務不履行により解除された(甲1)。
イ 原告は、全女を被告として、前記ア(ア)の前払金160万円の返還及びこれに対する平成20年8月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める訴訟(東京地方裁判所平成20年(ワ)第23774号事件)を提起し、東京地方裁判所は、同年10月7日、原告の請求を全部認容する旨の判決を言い渡し、同判決は、同月24日に確定した(甲1、2)。
ウ 全女は、平成17年4月17日に主催した女子プロレス興行を最後に、その興行活動を停止し、現在、無資力である。
(3) 女子プロレス興行のCS放送
 被告フジテレビは、全女が別紙一覧表の「開催日時」欄記載の日に主催した女子プロレス興行における「対戦カード」欄記載の試合(ただし、「ナンバー」欄の「30」の※印の試合を除く。以下「本件各試合」という。)を中継した番組を、上記「開催日時」欄記載の日のころ、地上波でテレビ放送した。
 サムライTVは、平成19年8月以降、上記番組を収録した各映像素材(以下「本件各映像素材」という。)を編集した番組を、CS放送サービス上のプロレス・格闘技の専門チャンネル「FIGHTING TV サムライ」(以下「本件チャンネル」という。)において「全女CLASSICS」の番組名(有料番組)でCS放送を行い、被告スカパーは、サムライTVを吸収合併した平成20年10月1日以降、引き続き、本件各映像素材を編集した番組を、本件チャンネルにおいて「全女CLASSICS」の番組名(有料番組)でCS放送を行った。
 サムライTV及び被告スカパーが行った上記各番組(別紙一覧表の「ナンバー」欄及び「タイトル」記載の合計31番組。以下、これらを総称して「本件各番組」という。)のCS放送の放送日は、別紙一覧表の「放送年月日」欄記載のとおりである。
2 争点
 本件の争点は、@全女の被告フジテレビに対する著作権法94条2項所定実演家の報酬請求権の存否及び被告スカパーによる被告フジテレビの報酬支払債務の債務引受の有無(争点1)、A全女の被告らに対する放送許諾権侵害の共同不法行為による損害賠償請求権の存否及び全女の被告フジテレビに対する放送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権の存否(争点2)、B全女とサムライTV間におけるサムライTVによる本件各映像素材の無償の放送利用の合意の成否(争点3)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(著作権法94条2項所定の実演家の報酬請求権の存否等)について
(1) 原告の主張
ア 本件各試合の放送についての実演家の放送権の帰属
 プロレス興行における試合は、あらかじめ決められたシナリオ(台本)のある「実演」(著作権法2条1項3号)に当たると解すべきである(東京地方裁判所平成18年4月28日判決(平成16年(ワ)第5197号事件)等参照)。
 本件各試合に参加した全女所属の女子レスラー(別紙一覧表の「対戦カード」欄にそのリングネームが記載された者)は、「実演を行なう者」として、著作権法2条1項4号の「実演家」に当たる。全女は、これらの女子レスラーから本件各試合の開催に当たり、本件各試合の放送についての実演家の放送権(著作権法92条1項)の包括的譲渡を受けた。
 また、全女は、本件各試合について、そのシナリオを作って女子レスラーに演じさせているから、「実演を指揮し、又は演出する者」として、自らも著作権法2条1項4号の「実演家」に当たり、本件各試合の放送についての実演家の放送権を有する。
イ サムライTV及び被告スカパーによる著作権法94条1項2号の放送
(ア) 全女は、前記アの包括的譲渡に係る実演家の放送権及び自らの実演家の放送権に基づいて、被告フジテレビに本件各試合の地上波によるテレビ放送を行うことを許諾し、被告フジテレビは、当該許諾に基づいて本件各試合を中継した番組のテレビ放送を行った。
 サムライTV又は被告スカパーは、被告フジテレビから本件各試合を中継した番組を収録した本件各映像素材の提供を受け、これを編集して制作した本件各番組(別紙一覧表記載の合計31番組)を、平成19年(2007年)8月から平成21年(2009年)9月にかけて(サムライTVにおいては平成20年9月30日以前、被告スカパーにおいては同年10月1日以降)、CS放送サービス上の本件チャンネルにおいて「全女CLASSICS」の番組名(有料番組)でCS放送を行った。一方で、サムライTV及び被告スカパーは、本件各番組をCS放送することについて全女から許諾を得ていなかった。
 以上のようなサムライTV又は被告スカパーによる本件各番組のCS放送は、著作権法94条1項2号の放送に当たるものであり、その中で「実演」に当たる本件各試合が放送されたのであるから、本件各試合の放送についての実演家の放送権を有する全女は、被告フジテレビに対し、同条2項に基づく相当な額の報酬を請求する権利を有する。
(イ) しかるところ、前記(ア)の報酬として相当な額は、本件各番組全部で200万円を下らない。
ウ 被告スカパーによる債務引受
 被告スカパーと被告フジテレビは、被告フジテレビが全女に対して負担する前記イの報酬支払債務について併存的に債務引受をする旨の合意をした。
エ 小括
 以上によれば、全女は、被告らに対し、著作権法94条2項所定の実演家の報酬請求権200万円の一部請求として160万円及びこれに対する平成20年12月9日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めることができる。
(2) 被告らの主張
ア 全女が実演家の放送権を有していないこと
 以下に述べるとおり、全女は本件各試合の放送について実演家の放送権を有していない。
(ア) 著作権法上の「実演」(著作権法2条1項3号)とは、「著作物を、演劇的に演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、又はその他の方法により演ずること(これらに類する行為で、著作物を演じないが芸能的な性質を有するものを含む。)」をいうところ、本件各試合は、「著作物」(著作権法2条1項1号)を演じるものではなく、著作物を演じる行為に類する芸能的性質を有するものでもないから、実演に当たらない。なお、仮に本件各試合において大まかな試合展開や、誰を勝者にするかというようなことについて事前に打合せがあったとしても、それらは単なるアイデアにすぎないし、創作性も認められないから、著作物に該当しないことは明らかである。
 また、プロレスラーによるプロレスが実演に当たらないことは、現行著作権法の起草者意思でもある(佐野文一郎・鈴木敏夫「新著作権法問答」(新時代社、昭和45年12月25日発行)408頁〜409頁(乙イ1)参照)。なお、原告の指摘する裁判例は、プロレスが著作権法上の「実演」に当たるかどうかを争点とするものではなく、本件に無関係である。
(イ) 著作権法2条1項4号の「実演を指揮し、又は演出する者」とは、オーケストラの指揮者や舞台演劇の演出家のように、実演行為を具体的に指揮又は演出することにより実演の持つ芸術性の帰属点となる者をいうのであり、本件各試合について全女が上記のような者に該当しないことは明らかである。
 また、著作権法は、15条で法人が著作者となる余地を認めているが、実演家については同様の規定を設けていないから、実演家となり得るのは自然人に限られ、全女のような法人が実演家となる余地はない。
 したがって、全女は本件各試合の実演家に当たらない。
(ウ) 全女が本件各試合に参加した女子レスラーから原告主張の実演家の放送権の包括的譲渡を受けた事実は存しない。
イ 本件各番組のCS放送が著作権法94条1項2号の放送に該当しないこと 前記ア(ア)のとおり本件各試合はそもそも実演に当たらないのみならず、サムライTV及び被告スカパーは、全女から、本件各映像素材を編集してCS放送に無償で利用することについて了解を得ていたから(後記3(1))、本件各番組のCS放送は、著作権法94条1項2号の放送に当たらず、上記CS放送がされたことにより、全女が被告フジテレビに対し同条2項に基づく相当な額の報酬請求権を取得することはない。
ウ 被告スカパーによる債務引受の不存在
 被告スカパーと被告フジテレビが原告主張の債務引受の合意をした事実は存しない。
エ 小括
 以上のとおり、原告主張の全女の被告らに対する著作権法94条2項所定の実演家の報酬請求権は存しない。
2 争点2(放送許諾権侵害の共同不法行為による損害賠償請求権の存否等)について
(1) 原告の主張
ア 放送許諾権侵害の共同不法行為による損害賠償請求
(ア) 全女の本件各試合についての放送許諾権
 興行主催者は、主催する興行が著作権法上の実演に当たるか否かを問わず、演劇であれスポーツであれ、実演家や選手等に報酬を支払うことにより一括して許諾を取り付けて、その興行をどれだけの数の観客にいくらの入場料で観覧させるかを決定できる権利を有する。同様に、興行主催者は、その興行のテレビ放送についても、どの放送局に対していくらの対価で放送させるかについて許諾する権利を有する。このことは、プロ野球球団が主催ゲームについてテレビ局に試合の放送を許諾していることや、IOC(国際オリンピック委員会)が巨額の放送権料の支払を条件にオリンピックのテレビ放送を許諾していることにも示されているとおりである。
 このような権利は、興行主催者が有する興行権の内容を構成する「放送許諾権」と呼ぶことができる。
 そして、全女は、全女が主催した本件各試合について放送許諾権を有している。
(イ) 被告らの共同不法行為
a 被告フジテレビは、本件各試合を中継した番組を収録した本件各映像素材を、全女の許諾を得ることなくサムライTVに提供し、サムライTV又は被告スカパーは、全女の許諾を得ることなく、本件各映像素材を編集して制作した本件各番組(別紙一覧表記載の合計31番組)を、平成19年(2007年)8月から平成21年(2009年)9月にかけて(サムライTVにおいては平成20年9月30日以前、被告スカパーにおいては同年10月1日以降)、CS放送サービス上の本件チャンネルにおいて「全女CLASSICS」の番組名(有料番組)でCS放送を行った。
 被告フジテレビ及びサムライTV又は被告スカパーの上記行為は、故意又は過失により、共同して、全女が興行主催者として本件各試合について有する放送許諾権を侵害する不法行為に該当し、これによって全女は、本件各試合のCS放送についての得べかりし放送許諾料に相当する損害を被った。
b しかるところ、前記aの放送許諾料に相当する損害額は、本件各番組全部で200万円を下らない。
c 被告スカパーは、平成20年10月1日にサムライTVを吸収合併することにより、サムライTVが全女に対して負担していた前記aの不法行為による損害賠償債務を承継した。
(ウ) 小括
 以上によれば、全女は、被告らに対し、共同不法行為による損害賠償請求権200万円の一部請求として160万円及びこれに対する平成20年12月9日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めることができる。
イ 放送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求
(ア)a 被告フジテレビは、被告フジテレビと全女間の女子プロレス興行の放送契約に基づいて全女から許諾を得て全女が主催する女子プロレス興行のテレビ放送を行ってきたものであるところ、上記放送契約においては、全女による許諾の対象は、被告フジテレビによる地上波でのテレビ放送のみに限定されており、被告フジテレビは、全女に対し、上記許諾の範囲を超えて、女子プロレス興行のテレビ放送を行ったり、上記許諾に基づいて制作した番組の映像素材を利用してはならないという契約上の債務を負っている。
 ところが、被告フジテレビは、上記債務に違反し、全女の許諾を得ることなく、本件各試合を中継した番組を収録した本件各映像素材をサムライTVに提供し、その結果、サムライTV又は被告スカパーは、前記ア(イ)aのとおり、本件各映像素材を編集して制作した本件各番組(別紙一覧表記載の合計31番組)をCS放送サービス上の本件チャンネルにおいて「全女CLASSICS」の番組名(有料番組)でCS放送するに至った。
 被告フジテレビの上記行為は、上記放送契約の債務不履行に該当し、これによって全女は、本件各試合のCS放送についての得べかりし放送許諾料に相当する損害を被った。
b しかるところ、前記aの放送許諾料に相当する損害額は、本件各番組全部で200万円を下らない。
c 被告フジテレビは、後記のとおり、被告フジテレビと全女間の放送契約において、全女から、全女の主催する女子プロレス興行を日本国内外において広く放送する独占的権利の譲渡を受けており、しかも、被告フジテレビが全女による女子プロレス興行の放送について、他の放送局による放送を許諾することができることも確認されていたことから、被告フジテレビにおいて本件各映像素材をサムライTVに提供した行為が上記放送契約についての債務不履行に該当するとはいえない旨主張する。
 しかし、被告フジテレビと全女間の放送契約の対象とされる「放送」には、CS放送は含まれないというべきである。
 すなわち、1989(平成元)年10月1日の放送法改正によって、それまでは特定の目的(企業や業者向けの番組・プログラムを送信)以外には禁止されていた通信衛星を利用した直接放送(CS放送)が可能となり、実際にCS放送サービスが開始されたのは、1996(平成8)年に至ってからである。被告フジテレビと全女間の上記放送契約は、昭和58年から1年ごとに継続的に締結されており、その間、契約書(乙イ3の1、2、乙イ4ないし14)の「放送」の定義に係る文言には変更がないところ、昭和58年当時には上記のとおりCS放送は存在していなかったのであるから、昭和58年当時の契約書における「放送」の中にはCS放送は含まれていなかったはずである。そして、その後の契約書においても、「放送」の定義規定に変更がない以上、「放送」の中にCS放送が含まれていないことに変わりはない。
 したがって、被告フジテレビの上記主張は理由がない。
(イ) 以上によれば、全女は、被告フジテレビに対し、放送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権200万円の一部請求として160万円及びこれに対する平成20年12月9日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告らの主張
ア 原告が主張する「放送許諾権」なる権利が、いかなる法的根拠に基づいて認められる権利であるのか不明である。
 また、仮に全女に原告が主張する「放送許諾権」に相当するような法的保護に値する権利又は利益が存在したとしても、被告フジテレビにおいては本件各映像素材を被告スカパーに提供することを全女に事前に知らせ、全女から了解を得ており、また、サムライTV及び被告スカパーにおいては、全女から、本件各映像素材を編集してCS放送に無償で利用することについて了解を得ていたから(後記3(1))、被告らの行為が全女との関係において共同不法行為を構成する余地はなく、同様に、被告フジテレビの行為が全女との間の放送契約の債務不履行となる余地はない。
 さらに、被告フジテレビは、全女との間の放送契約(乙イ3の1、4ないし10等)に基づいて、全女から、全女が主催する女子プロレス興行について、日本国内外において、広く放送及び有線放送する権利及びリピート放送する独占的権利の譲渡を受けており、かつ、被告フジテレビが他の放送局に放送を許諾することができることも全女との間で確認されていたのであるから、被告フジテレビの行為が全女との間の放送契約の債務不履行となることはない。
 これに対し原告は、昭和58年に全女と被告フジテレビ間で締結された放送契約における「放送」の中にはCS放送は含まれておらず、その後の契約においても同様である旨主張する。しかし、CS放送は、放送法においても著作権法においても「放送」概念に包摂されるものである。すなわち、放送法における「放送」は、「公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信」と定義され(放送法2条1項)、CS放送もその一つであり、また、著作権法においては、昭和45年の制定以来平成9年改正まで、「放送」は、放送法と同じく、「公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信」と定義され、平成9年改正により、放送の定義は「公衆送信のうち、公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う無線通信の送信」と改められたが(著作権法2条1項8号)、平成9年改正の前後を問わず、CS放送が著作権法上の「放送」に該当することに疑いはない。そして、被告フジテレビと全女間の放送契約は、全女の主催する女子プロレス興行を「放送する」独占的権利を留保なく被告フジテレビに譲渡するものであるから、その文言に照らして、CS放送において放送する権利が含まれることは明らかである。また、上記放送契約は、単に被告フジテレビが行う放送のみならず、被告フジテレビ自身は現に行っていない「有線放送」や海外での放送をも想定し、それらによって放送又は有線放送する権利も被告フジテレビに譲渡されているばかりか、更に被告フジテレビは譲渡を受けた権利を任意に選定する第三者に使用させることができることも定めているから、被告フジテレビに譲渡されている放送権は、具体的な放送形態ごとに分断された権利ではなく、およそ「放送」ないし「有線放送」を行う権利を包括的に含むものであり、それが当事者の合理的意思である。したがって、原告の上記主張は失当である。
イ 以上のとおり、原告主張の全女の被告らに対する共同不法行為による損害賠償請求権及び被告フジテレビに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権はいずれも存しない。
3 争点3(本件各映像素材の無償の放送利用の合意の成否)について
(1) 被告らの主張
ア 被告フジテレビは、平成14年3月31日をもって、全女が主催する女子プロレス興行のテレビ放送を終了した。
 それに先立つ平成14年1月ころ、全女の代表取締役会長C(以下「C」という。)及び同人の甥で全女の渉外業務を担当する従業員D(以下「D」という。)とサムライTVの取締役兼編成本部長E(以下「E」という。)及び同社の従業員F(以下「F」という。)は、飲食店「海賊」において、被告フジテレビが同年3月に女子プロレス興行のテレビ放送を終了した後、引き続き、サムライTVにおいて全女が主催する女子プロレス興行を中継する番組を本件チャンネルでCS放送するに当たっての条件について協議していた際、EがCに対し、上記CS放送とは別に、被告フジテレビが保管している全女主催の過去の女子プロレス興行を中継した映像素材(テープ)を利用してCS放送を行いたい旨の申出をしたところ、Cは、上記映像素材の保管費、運搬費等の費用を全てサムライTVが負担することを条件に、無償で、上記映像素材をCS放送に利用することを了解し、もって全女と被告サムライTV間において、被告サムライTVが上記映像素材を利用してCS放送することについて無償とする旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立した。
 サムライTV及び同社を吸収合併した被告スカパーは、本件合意に基づいて、被告フジテレビから本件各試合を中継した番組を収録した本件各映像素材の提供を受け、これを編集して制作した本件各番組(合計31番組)を本件チャンネルでCS放送したものである。
 以上のとおり、サムライTV及び被告スカパーによる本件各番組のCS放送は、いずれも全女の了解を得て行われたものである。
イ 本件合意に関し契約書その他の書面は作成されていないが、これは、前記飲食店での四者の打合せは、サムライTVにおいて全女が被告フジテレビのテレビ放送終了後に主催する女子プロレスの試合中継を行うに当たっての条件等について協議する点に主たる目的があり、過去の映像素材の放送利用についての話は、付随的なものに過ぎなかったことによる。そして、全女及びサムライTVは、上記打合せ後の平成14年3月25日、全女が主催する女子プロレス興行の試合を中継するCS放送に関する基本契約(乙ロ6)を締結した。
 また、全女とサムライTV間で本件合意が成立したことは、全女の従業員Dが、サムライTV及び被告スカパーが本件各番組を制作するに際し、本件各映像素材の編集作業、番組編成等の協力を行ってきたことや、これまでサムライTV又は被告スカパーが全女に対し本件各番組のCS放送に関する対価の支払を行ったことが一切ないことからも明らかである。
(2) 原告の主張
 以下のとおり、被告ら主張の本件合意には不自然な点があり、サムライTV及び全女間で本件合意がされた事実はない。
ア 本件合意は口頭によるものとされるが、かかる重要な合意については、後日の紛争に備えて文書で合意内容を明確にしておくのが当然であって、口頭で済ませるということ自体不自然である。
 特に、サムライTVと全女との間においては、本件合意に係る話合いと同一の機会に話し合われた、全女による今後のプロレス興行をサムライTVが放送する案件に関しては、契約書(乙ロ6)が作成されているのであるから、本件合意についても同様に書面化しておくのが自然である。
イ 本件合意は無償でされたものとされるが、この点も不自然である。すなわち、当時の全女は、多額の負債を抱え、経済的に困窮した状況にあったのであるから、金銭を得る機会を逃すはずはなく、無償で本件各映像素材をCS放送に利用することを許諾することは考えにくい。
 特に、前記アの契約書(乙ロ6)においては、全女による今後のプロレス興行をサムライTVがCS放送することについて、興行1回当たり90万円の対価が支払われることが合意されていることからすれば、本件各映像素材についても、有償で放送許諾する価値があったはずである。
ウ 本件合意があった時期についての被告らの主張及びこれに沿うDの供述は変遷を重ねており、この点からも、本件合意がされたものとは認められない。すなわち、Dは、本件合意があった時期について、平成21年8月10日付け陳述書(乙ロ2)では「2003年(平成15年)4月ころ」と述べていたが、平成21年10月7日付け陳述書(2)(乙ロ3)では「2003年(平成15年)1月ころ」に訂正し、さらに、平成22年3月2日付け陳述書(3)(乙ロ4)及び同月4日の第3回口頭弁論期日における証人尋問では「2002年(平成14年)1月ころ」に再び訂正している。
 また、Dの供述において最終的に本件合意があった時期とされる「2002年(平成14年)1月ころ」についても、Dは、証人尋問において、「その約1週間後に乙ロ6の契約書を作成した」旨を述べているが、乙ロ6の契約書の作成日付は平成14年3月25日であるから、Dの上記供述は客観的事実と矛盾している。
 このように、本件合意があった時期についてのDの供述に変遷や客観的事実との矛盾が見られることからすれば、本件合意に関するDの供述を信用することはできない。
エ 被告らの主張によれば、本件合意があった時期は2002年(平成14年)1月ころとされるが、実際にサムライTVが本件チャンネルにおいて本件各映像素材を使用した全女の過去の試合等のCS放送を始めたのは平成15年4月であるから、本件合意から1年余りもの間、本件合意に係る放送が行われていないことになるが、これは不自然である。
第4 当裁判所の判断
 本件において、全女の債権者である原告は、被告フジテレビが全女が主催した本件各試合を中継した番組を収録した本件各映像素材を被告スカパーに提供し、被告スカパーがこれを編集して制作した本件各番組をCS放送することについて、全女の許諾がなかったことを前提に、全女に代位して、被告らに対し、全女の著作権法94条2項所定の実演家の報酬又は放送許諾権侵害の共同不法行為による損害賠償の連帯支払を求め、更に被告フジテレビに対し放送契約の債務不履行に基づく損害賠償の支払を求めたのに対し、被告らは、サムライTV及び被告スカパーは、サムライTVと全女間の本件各映像素材の無償の放送利用の合意に基づいて、全女から本件各映像素材を編集してCS放送に利用することについて了解を得ていたから、原告主張の実演家の報酬請求権は発生せず、また、被告らの行為が全女との関係で共同不法行為を構成することも、被告フジテレビの行為が債務不履行となることもないなどと主張して争っている。
 そこで、本件の事案に鑑み、争点3(本件各映像素材の無償の放送利用の合意の成否)から判断することとする。
1 争点3(本件各映像素材の無償の放送利用の合意の成否)について
(1) 事実関係
 前記争いのない事実等と証拠(甲3、7、10、11、乙イ3ないし14、乙ロ2ないし8(以上、枝番のあるものは枝番を含む。)、証人D)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 全女は、昭和43年6月に、Cとその兄弟らによって設立され、以来、所属する女子レスラーらによる女子プロレス興行を行ってきた。
 全女による女子プロレス興行については、昭和50年ころから被告フジテレビによる地上波でのテレビ放送が開始され、マッハ文朱、ビューティー・ペア(ジャッキー佐藤とマキ上田のコンビ)、ジャガー横田、クラッシュギャルズ(長与千種とライオネス飛鳥のコンビ)、ダンプ松本などの著名な選手を次々と輩出するなどして人気が高まり、昭和60年前後ころには、全国的な女子プロレスブームを引き起こすなどしたが、その後徐々に人気が低迷するようになり、平成17年4月17日に行った後楽園ホールでの解散興行を最後に、全女はその興行活動を停止するに至った。
 以後、全女は、女子プロレス興行等の企業としての活動は行っていないが、会社自体は解散することなく現在まで存続している。
イ 被告フジテレビと全女及び全日本女子プロレス協会は、昭和57年4月1日、全女及び全日本女子プロレス協会(以下「全女等」という。)に所属する女子プロレス選手による試合及び試合に準ずる催物(以下、これらを併せて「本件イベント」という。)の番組を制作し、放送する独占的権利を被告フジテレビ及びそのネット局に対し譲渡すること、被告フジテレビは、本件イベントの中継番組を最低16本制作し放送すること、全女等は本件イベントを主催実施すること、被告フジテレビは、全女等に対し、独占契約料及び中継権利金を支払うこと、有効期間を昭和57年4月1日から昭和58年3月31日までの1年間とすることなどを内容とする契約を締結した。
 被告フジテレビと全女等は、昭和58年4月1日、昭和59年4月1日、昭和60年4月1日、昭和61年4月1日、昭和62年4月1日、昭和63年3月31日、平成元年3月31日、平成2年3月30日、平成4年4月1日ころ、平成7年4月1日、平成12年4月1日、上記と同様の契約を締結した。
 被告フジテレビと全女等は、平成13年4月1日ころ、上記と同様の契約を締結した。その有効期間は、平成13年4月1日から平成14年3月31日であった。
 被告フジテレビは、全女等との上記契約を更新せず、平成14年3月31日をもって、女子プロレス番組の放送を終了した。
 なお、全女は、その所属する選手から、女子プロレス興行を放送することについて許諾を得ていた。
ウ(ア) サムライTVと全女は、平成14年3月25日、有効期間を同年4月1日から平成15年3月31日までの1年間として、全女がサムライTVに対し全女主催の20回分のプロレス興行を録音・録画し、CS放送等においてテレビ放送することを許諾し、その対価としてサムライTVが全女に対し合計1800万円(1興行当たり90万円)を支払うことなどを内容とする基本契約を締結した。
 サムライTVは、上記基本契約に基づき、平成14年4月30日から、本件チャンネルの中で、全女の主催する女子プロレス興行のCS放送を開始した。
 その後、全女が平成17年4月17日に主催した女子プロレス興行を最後に事実上興行活動を停止したため(前記ア)、上記CS放送は、そのころまでに終了した。
(イ) 一方で、サムライTVは、被告フジテレビから、過去に全女が主催した女子プロレス興行を中継したテレビ番組を収録した映像素材(録画物)の提供を受け、これを編集して制作したプロレス番組を、本件チャンネルの中で、平成15年4月から平成17年3月まで番組名「全女クラシックス」(番組尺60分、放送ペース週1回)でCS放送をした。
 その後、サムライTV(平成20年10月1日以降は、サムライTVを吸収合併した被告スカパー)は、同様に、本件チャンネルの中で、平成19年1月から同年6月までは番組名「全女クラシックス・スペシャル」(番組尺120分、放送ペース月1回)で、同年8月以降は番組名「全女CLASSICS」(番組尺60分、放送ペース週1回)で、被告フジテレビから提供を受けた過去の全女の女子プロレス興行を中継した番組を収録した映像素材を編集した番組のCS放送を行ってきた。
 別紙一覧表は、サムライTV及び被告スカパーが平成19年(2007年)8月から平成21年(2009年)9月にかけて、CS放送をした上記番組31番組(本件各番組)の内容等を示したものである。
 Cの甥で、全女の従業員のDは、サムライTV及び被告スカパーに対し、上記映像素材をCS放送で利用するための編集作業、番組編成等の協力を行ってきた。
 また、サムライTVが上記CS放送を開始した平成15年4月以降本件訴訟の提起日(平成20年11月27日)までの間に、全女がサムライTV又は被告スカパーに対し、許諾料その他名目の如何を問わず、過去の映像素材を使用した上記CS放送をすることにつき金銭請求をしたことはなく、また、サムライTV又は被告スカパーが全女に対し対価の支払をすることもなかった。
(2) 本件合意の成否
ア 被告らは、全女とサムライTVは、平成14年1月ころ、被告フジテレビが保管している全女主催の過去の女子プロレス興行を中継した映像素材(テープ)を利用してCS放送することについて無償とする旨の合意(本件合意)をした旨主張する。
 本件合意の事実に関しては契約書その他の書面は提出されていないが、証人Dの供述及び陳述書(乙ロ2ないし4)中には、本件合意の事実に沿う部分があるので、以下において、証人Dの供述について検討する。
(ア) 証人Dは、その証人尋問において、@Dは、平成13年ころ、全女に入社し、渉外業務を担当していたところ、平成14年1月ころ、もともと被告フジテレビの社員で、当時はサムライTVに出向して同社の取締役兼編成本部長の地位にあったEから、同年3月に被告フジテレビにおける全女の主催する女子プロレスの放送が終了した後、引き続いて、サムライTVにおいて、今後行われる全女の主催する女子プロレスのテレビ放送を行いたいとの申入れを受けた、A上記申入れの件についての詳しい打合せを行うために、平成14年1月ころ、飲食店「海賊」において会合が行われ、全女側からは、代表取締役会長のCとDが、サムライTV側からは、EとFが出席した、B上記会合においては、まず、サムライTVが今後行われる全女の主催する女子プロレスを本件チャンネルの中でCS放送する件について、その具体的な条件や対価等についての話合いが行われ、その話合いが一段落ついた後、EからC及びDに対し、被告フジテレビが、これまで保管してきた過去に全女が主催した女子プロレス興行を中継したテレビ番組を収録した映像素材(テープ)を廃棄しようとしているという話を聞き、これらをサムライTVが被告フジテレビから一括して預かっている、ついては、サムライTVにおいて、上記映像素材を利用して、全女の過去の試合についても本件チャンネルの中でCS放送したいとの申入れがあった、CC及びDとしては、当時全女の女子プロレスの人気が低迷していたことから、今後行われる女子プロレスの放送とともに、過去の試合の放送も行われることになれば、それだけ全女の女子プロレスが放送される機会が増え、人気の回復につながるものと期待したこと、上記映像素材が廃棄される事態を避けたかったことなどから、Cは、上記申入れを承諾することとし、被告フジテレビとサムライTVとの間で上記映像素材の保管等に関する取り決めがされること、上記映像素材の維持費や保管費等の費用はサムライTVにおいて負担し、全女は一切の負担をしないことを条件として、Eに対し、サムライTVが上記映像素材を利用したCS放送を本件チャンネルの中で行うことを無償で許諾することを口頭で約束した、DサムライTVによる上記映像素材の利用を無償としたのは、「本契約の飽くまでもバーターにすぎないというところ。」によるものであり、また、上記映像素材の利用について契約書を取り交わさなかった理由は、「打合せを含めてなんですけど、メインはやっぱり本興行の放送をしっかり取りまとめたいというのがあったので、それは飽くまでも、僕らとしてはおまけにすぎなかった」旨供述し、Dの陳述書(乙ロ2ないし4)中にも上記供述に沿う部分がある。
(イ) そこで検討するに、証人Dの上記供述は、要するに、サムライTVから、被告フジテレビにおける全女の主催する女子プロレス興行の放送が終了した後に引き続き本件チャンネルの中で全女の主催する女子プロレス興行を放送することの打診を受けた全女の代表取締役会長のCが、これに応じることとし、さらに、その契約内容についての話合いの直後に、被告フジテレビが制作した全女が主催した女子プロレス興行を中継したテレビ番組を収録した映像素材(テープ)を利用して、過去の全女の試合を放送することについても了解を求められたのに対し、放送の機会が増えることによって全女のプロレスの人気が回復することを期待するとともに、上記映像素材が廃棄される事態を避けたいとの考えから、サムライTVが費用を負担し、全女は一切の負担をしないことを条件に、上記映像素材を当該放送に無償で利用することを許諾したというものであるところ、上記のような経過の中で、かつ、上記の条件の下で、Cが無償で上記許諾をするに至ることは、当時の全女が置かれた客観的状況(すなわち、全女の主催する女子プロレスの人気が低迷し、被告フジテレビにおいて長年継続してきたテレビ放送も数か月後に終了することが予定されているという状況)に照らし、ごく自然な経過として理解することができる。
 しかも、その後、サムライTV(平成20年10月1日以降は、サムライTVを吸収合併した被告スカパー)は、現に上記映像素材(本件各映像素材は、その一部)を利用したプロレス番組を、平成15年4月から現在に至るまで、番組名を変えながらも断続的に本件チャンネルの中で放送しているところ、これらの放送に関して、全女からサムライTV又は被告スカパーに対して何らかの異議が述べられるなどしたという経過は証拠上何らうかがわれない。特に、全女がその興行活動を停止する平成17年4月17日以前に、全女の意向を無視して上記映像素材を利用した女子プロレス番組が放送されていたとすれば、全女とサムライTVとの間で、当該放送の是非に関する何らかのやり取りがされてしかるべきところ、そのようなことがあった形跡は証拠上何らうかがわれない。このことは、そもそも全女からサムライTVへのあらかじめの放送許諾があったことをうかがわせるものであり、本件合意に関する証人Dの供述を客観的に裏付ける事情ということができる。
 以上のとおり、全女の代表取締役会長のCがサムライTVに対し上記映像素材をCS放送に無償で利用することを許諾するに至った経過に関する証人Dの供述内容は、当時の全女が置かれた客観的状況に照らし自然なものである上、その後現に全女からの異議もなく上記映像素材を利用したプロレス番組が放送されてきた事実とも符合するものであって、その内容において特段不自然、不合理な点はうかがわれず、その信用性は高いものといえる。
 そして、証人Dの上記供述及び前記(1)の認定事実を総合すれば、被告らの主張するとおり、全女とサムライTVとの間で平成14年1月ころ本件合意が成立したものと認められる。
イ これに対し原告は、被告ら主張の本件合意に不自然な点があり、本件合意に関する証人Dの供述は信用できない旨主張するので、順次判断する。
(ア) 原告は、本件合意は、重要な合意であり、後日の紛争に備えて文書で合意内容を明確にしておくのが当然であるのに、書面化されず口頭でされている点、当時の全女は、多額の負債を抱え、経済的に困窮した状況にあったのであるから、サムライTVに対し過去の映像素材をCS放送に無償で利用することを許諾することは考えにくいのに、本件合意は全女が無償で許諾したとしている点において不自然であり、これに沿うDの供述する内容も不自然である旨主張する。
 しかしながら、前記ア認定のとおり、平成14年1月ころの全女が置かれていた客観的状況、すなわち、全女によるプロレス興行の人気が低迷し、長年継続してきた被告フジテレビによる女子プロレスのテレビ放送の終了も数か月後に迫っていたという状況からすれば、Dが述べるとおり、Cにおいて、被告フジテレビによるテレビ放送が終了した後も、今後行われる全女の主催する女子プロレス興行のテレビ放送を継続させることに専ら関心を向けていたことはごく自然な対応ということができ、そうであれば、サムライTVとの間で、被告フジテレビにおける女子プロレスの放送が終了した後に行われる全女の主催する女子プロレス興行を放送する契約を締結することのいわば見返りとして、同一の機会にEから持ちかけられた、被告フジテレビが保管していた映像素材を利用して過去の全女の試合を放送する件については無償で許諾を与えるということも、自然な成り行きとして十分理解することができる。しかも、本件チャンネルの中で、今後行われる全女の主催する女子プロレス興行のみならず、上記映像素材を利用した過去の全女の試合も放送されるようになれば、全女にとっても、全女の主催する女子プロレス興行の露出が増え、その人気の回復にもつながり得ること、また、被告フジテレビが利用価値のなくなった上記映像素材を廃棄してしまうという事態も回避できることといったメリットがあることをも考慮すれば、CがサムライTVに対し上記映像素材を無償で放送利用することを許諾することをもって、何ら不自然ということはできない。
 また、サムライTVと全女との間においては、今後行われる全女の主催する女子プロレス興行をサムライTVが放送する件については、基本契約書(乙ロ6)が取り交わされ、書面に基づく契約関係が形成されるに至っているのであるから、これに付随してされた上記映像素材を無償で放送利用することの許諾については、相互の信頼関係により、あえて書面の作成まではしないこととすることも、あり得ないことではないというべきであって、不自然であると断定することはできない。
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
(イ) 次に、原告は、本件合意がされた時期についての被告らの主張及びこれに沿うDの供述は変遷を重ね、最終的に本件合意があった時期とされる「2002年(平成14年)1月ころ」についても、客観的事実との矛盾が見られることからすれば、本件合意に関するDの供述を信用することはできない旨主張する。
 確かに、Dの陳述書(乙ロ2ないし4)及び証人尋問における供述をみると、全女がサムライTVに対し全女が主催した女子プロレス興行の過去の映像素材をCS放送に無償で利用することを許諾した飲食店「海賊」での打合せが行われた時期に関し、原告が主張するような変遷を経た後、最終的には、平成22年3月2日付け陳述書(3)(乙ロ4)及び証人尋問において、当該時期が平成14年(2002年)1月ころである旨が述べられていることが認められる。
 他方、Dは、その陳述書(乙ロ3、4)及び証人尋問において、上記のように供述が変遷した理由に関し、@Dとしては、上記打合せをした時期について、サムライTVが全女との放送契約に基づいて被告フジテレビの放送終了後に全女の主催する女子プロレス興行を中継するCS放送を開始する3か月くらい前であったと記憶し、その放送が開始された時期については、2002年(平成14年)あるいは2003年(平成15年)であることは記憶していたが、そのいずれであるかの記憶が確実なものではなかった、Aそのような中で、平成21年8月10日付け陳述書(乙ロ2)においては、上記CS放送の開始が2003年(平成15年)のことであるとの認識の下で、上記打合せの時期が2003年(平成15年)である旨を述べた、Bただし、同陳述書(乙ロ2)で「4月ころ」とあるのは、「1月ころ」の誤記であったので、平成21年10月7日付け陳述書(2)(乙ロ3)でその旨の訂正をした、Cところが、その後、証人尋問の前に、記憶喚起の意味で、改めて被告スカパーに依頼して当時の資料を確認したところ、2002年(平成14年)4月の「スカパー!」のガイド誌(乙ロ5)の記載から、上記CS放送の開始時期が2002年(平成14年)4月であることが判明したため、上記打合せの時期についても、2003年(平成15年)1月ころではなく、2002年(平成14年)1月ころであることが、改めて確認できたので、平成22年3月2日付け陳述書(3)(乙ロ4)及び証人尋問においては、その旨の供述をした旨述べている。
 そこで検討するに、上記打合せが行われた時期は、Dの最初の陳述書(乙ロ2)が作成された平成21年8月10日の時点からみても、既に7年余りも前のことであること、平成17年4月17日には、全女による女子プロレスの興行活動は停止していたこと(前記(1)ア)からすると、サムライTVが被告フジテレビの放送終了後に全女の主催する女子プロレス興行を中継するCS放送を開始した時期や上記打合せが行われた時期に関するDの記憶に多少の混乱が生じることは十分あり得ることであって、上記打合せが行われた時期に関するDの当初の供述に1年程度の誤りがあったとしても、格別不自然なこととはいえない。そして、その後、証人尋問に備えて、記憶喚起のために当時の資料を確認した結果、上記CS放送が開始された正確な時期が判明し、それに伴って上記打合せが行われた正確な時期についての記憶も喚起された旨のDの供述は、供述が変遷するに至った理由の説明として十分首肯し得るものである。
 してみると、上記打合せが行われた時期についてのDの供述が上記のとおり変遷しているからといって、上記打合せにおいて全女がサムライTVに対し全女が主催した女子プロレス興行の過去の映像素材をCS放送に無償で利用することを許諾した旨のDの供述全体の信用性に疑義が生ずるとはいえない。
 また、原告は、Dが、その証人尋問において、上記打合せが行われた時期を「2002年(平成14年)1月ころ」としつつ、その1週間くらい後に、サムライTVと全女間の女子プロレスの放送契約に係る契約書(乙ロ6)が作成された旨を供述している点をとらえて、同契約書(乙ロ6)の作成日付が「平成14年3月25日」であることと矛盾しているとして、Dの供述の信用性を否定する一事情とする。
 しかしながら、上記打合せが行われた後、上記契約書が作成されるまでの期間がどの程度であったかということ自体は、格別重要な意味を持たない些末な事実にすぎないから、そのような点についてのDの供述に不正確な点があるからといって、Dの供述全体の信用性に疑義が生ずるものではない。
 したがって、原告の上記主張は失当である。
(ウ) さらに、原告は、Dの供述によれば、平成14年1月ころに上記許諾があってから、平成15年4月に実際に本件チャンネルにおいて上記映像素材を使用した放送が開始されるまでに、1年余りの期間が経過していることとなる点をとらえて、Dの供述内容は不自然である旨主張する。
 しかしながら、上記映像素材は、昭和50年ころから平成14年3月までの約27年間の被告フジテレビにおける全女の主催する女子プロレス興行の放送に係る録画物からなるものであり(前記( 1 )ア、イ)、その放送期間等に照らし、上記映像素材は膨大な量に及ぶ録画テープ等であると推認されるところ、サムライTVにおいて、これらを素材として、本件チャンネルでの放送用のプロレス番組を制作するためには、膨大な映像素材の中から適切な素材を抽出し、これに必要な編集を加えるなどの作業を行うとともに、アナログデータをデジタルデータに変換するなどの作業を行うことも必要となるはずである。したがって、これらの準備作業等のために1年余りの期間を要したとしても、格別不自然なこととまではいえないのであり、この点に関する原告の上記主張も失当である。
(エ) 以上のとおり、全女がサムライTVに対し全女が主催した女子プロレス興行の過去の映像素材をCS放送に無償で利用することを許諾したとするDの供述の信用性を否定するものとして原告が指摘する諸事情は、いずれもDの上記供述の信用性に疑念を抱くに足りる事情とはいえず、これらの各事情を総合してみても、Dの供述の信用性に関する前記アの評価が左右されるものとはいえない。
 他に前記認定の本件合意の成立の事実を覆すに足りる証拠はない。
(3) まとめ
 以上のとおり、サムライTVと全女間で本件合意が成立したことが認められ、サムライTV及び同社を吸収合併した被告スカパーは、本件合意に基づいて、全女から本件各映像素材を編集してCS放送に利用することについて了解を得ていたから、原告主張の実演家の報酬請求権は発生せず、また、被告らの行為が全女との関係で共同不法行為を構成することも、被告フジテレビの行為が債務不履行となることもないというべきである。
2 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 大鷹一郎
 裁判官 大西勝滋
 裁判官 石神有吾
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