判例全文 line
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【事件名】漫画「ゼロハン」肖像権侵害事件
【年月日】平成22年7月28日
 東京地裁 平成21年(ワ)第46933号 損害賠償請求事件
 (弁論集結:平成22年5月26日)
 
判決
原告 甲野太郎
同訴訟代理人弁護士 山崎和義
同 三好康之
同 荻原美由紀
同 北西裕司
同 加藤尚子
同 宇田明日香
同 若松樹
被告 株式会社講談社
同代表者代表取締役 野間佐和子
同訴訟代理人弁護士 的場徹
同 山田庸一
同 服部真尚
同 大塚裕介
同 川口綾子


主文
1 被告は、原告に対し、55万円及びこれに対する平成22年1月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを8分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、440万円及びこれに対する平成22年1月9日(不法行為の後の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告の発行する漫画雑誌「週刊少年マガジン」に掲載された漫画によって、自己の名誉、名誉感情及び肖像権を侵害されたと主張して、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等(弁論の全趣旨に照らして、明らかな事実を含む。)
(1)当事者
 原告は、アパレル関係の仕事を主たる業務とする株式会社Zの代表取締役であり、「悪羅悪羅」(オラオラ)系と呼ばれるファッションジャンルのファッションリーダーとなっている者である。
 被告は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であり、発行部数160万部余の週刊漫画雑誌である「週刊少年マガジン」などを発行している。
(2)平成21年9月26日、「悪羅悪羅」系のファッションを特集している情報誌「SOUL Japan」Vol.03(同年11月5日号。以下「本件情報誌」という。)が発行され、その56頁に原告をモデルとして撮影した別紙1の写真(以下「本件写真」という。)が掲載された。
(3)被告は、平成21年10月21日、「週刊少年マガジン」47号(同年11月4日号。以下「本件漫画雑誌」という。)を発行した。
(4)本件漫画雑誌には、乙山春男(以下「乙山」という。)が執筆する「ゼロセン」と題する漫画(以下「本件漫画」という。)の第47話(以下「本件掲載漫画」という。)が掲載され、その241頁に別紙2のとおり本件写真に写った原告と髪型、髪の濃淡、顔の輪郭、ひげ及びサングラスの形状等が類似した人物(以下「本件登場人物」という。)が描写されていた。
 本件掲載漫画において、本件登場人物は、ひったくりグループのボス「マーサー」(以下「マーサー」という。)の先輩で、千葉県木更津市の「地元VIPカー愚連隊『悪羅悪羅』のリーダーとして描かれ、その吹き出し部分には「またヤラせる女でも回してくれんのかヨ。」「それともハッパか?」との台詞が記載され、その242頁には、本件登場人物の横顔の画とその吹き出し部分に「オウッ オメーラケンカの時間だ!」との台詞が記載されていた(以下、これらの本件登場人物の画と吹き出し部分の台詞とを併せて「本件描写1」という。)。また、本件漫画雑誌247頁には、本件登場人物が、サングラスが割れ、顔に殴打された痕のある状態で地面に横たわっている姿が描かれていた(以下、この描写を「本件描写2」という。)。
(5)ア 乙山は、本件写真の原告を参考にして、本件登場人物の外観を描いたが、これにつき原告の承諾を得ていなかった。
イ 被告は、本件描写1及び本件描写2を本件漫画雑誌に掲載し、公表したが、これにつき原告の承諾を得ていなかった。
(6)ア 乙山は、原告に対し、本件登場人物が本件情報誌中の原告の顔写真を参考にしたものであることを認め、本件掲載漫画中の描写によって原告及び関係者に迷惑をかけたことを謝罪する旨の文書(以下「本件謝罪文書@」という。)を交付した。
イ 被告の本件漫画雑誌の編集長丙川秋男は、原告に対し、本件登場人物は本件情報誌中の原告の写真を参考に作画していたことが判明したとして、原告及び関係者に迷惑をかけたことを謝罪する旨の文書(以下「本件謝罪文書A」という。)を交付した。
(7)被告が平成21年11月17日に発行した本件漫画の単行本(講談社コミックス4216巻。ゼロセンD。以下「本件単行本」という。)においては、本件登場人物が原告とは全く特徴の異なる人物に描き変えられ、その所属する愚連隊の名も「爆爆」(バクバク)に書き変えられていた。
2 争点
(1)名誉毀損
ア 社会的評価の低下の有無(争点1)
(原告の主張)
(ア)創作による虚構の登場人物であっても、@その登場人物とモデルとなった人物とが容易に同定可能であって、A創作の記述中に社会的評価を低下させる事実が摘示されている場合には、モデルとなった人物への名誉毀損が成立する。
(イ)同定可能性
a 本件描写1に描かれた本件登場人物の風ぼうは、本件写真の原告の髪型、髪の色、ひげの形、輪郭及びサングラスの模様等と極めて酷似しており、これを執筆した乙山自身も、本件写真をモチーフとしたことを自認している。
b 創作による虚構の登場人物であっても、モデルとなった実在の人物における具体的で際立った属性が組み合わされて描写された場合、その人物を知る者にとっては、虚構の登場人物との同定が容易になり、同定可能性が認められる。
 本件写真の原告の風ぼうは、前髪の染め方、前髪の額への垂らし方、ひげの形、サングラスの形や縁の模様等際立った属性を有しているところ、本件描写1の本件登場人物は、本件写真の原告の風ぼうのうち、特に際立った属性である原告の髪型、ひげの形、サングラスの形及び模様等が酷似している。
 また、原告は、「悪羅悪羅」系というファッションジャンルのファッションリーダーとなっているところ、本件登場人物は、愚連隊「悪羅悪羅」に所属し、ボンネットに「悪羅悪羅」と記載した車両を乗り回しているという描写をされている。
 このように、原告と本件登場人物とは、その際立った属性が複数酷似しているから、原告を知る者にとっては、本件登場人物と原告とを容易に同定することができる。
(ウ)社会的評価の低下
 本件描写1は、原告と同定することができる本件登場人物について、@大麻などの薬物を常習している事実、A強姦行為をしている事実、B集団的に暴力行為をしている事実を摘示したものである(以下、これらの事実を併せて「本件摘示事実」という。)。
 一般読者の普通の注意と読み方に照らせば、本件摘示事実は、原告について、日常的に薬物や暴力行為等の犯罪を行っている危険な人物であるとの印象を与え、原告の社会的評価を低下させる。
(エ)虚構性
a 本件登場人物と原告との間に同定可能性が認められるとしても、本件漫画が荒唐無稽なフィクションであって、一般読者において、本件登場人物の言動を原告の言動と解する余地がないとすれば、原告の客観的な社会的評価が低下するものとは認められないこととなる。しかしながら、漫画の中の登場人物が虚構の人物であるとしても、その人物にモデルとなった実在の人物の属性が与えられることにより、不特定多数の読者が登場人物とモデルとを同定することができる場合であって、一般読者にとって、登場人物の描写が、モデルにかかわる現実の事実であるか、作者が創作した虚構の事実であるかを截然と区別することができないときは、漫画の登場人物に係る描写が、モデルとなった実在の人物の名誉を毀損することがある。
b 本件登場人物に係る描写は、本件摘示事実を摘示したものであって、現実社会において実際に発生している事象のみであり、何ら荒唐無稽なあり得ないエピソードではない。
 また、本件漫画は、週刊漫画雑誌に連載されているものであり、読者の中には、連載開始当初から読み続けている者ばかりでなく、途中から読み始めた者も存在し、その中には、後記(被告の主張)(ウ)のような内容を想起することができない者も存する。
c したがって、本件漫画が荒唐無稽な着想・設定に基づいていると判断することなど著しく困難というほかなく、本件描写1がモデルにかかわる現実の事実か、作者が創作した虚偽の事実か截然と区別できるようなものでないことは明らかである。
(オ)よって、本件漫画に創作性、虚構性があるからといって、本件描写1による名誉毀損の成立が妨げられるものではない。
(被告の主張)
(ア)漫画・小説等におけるモデルの人物が特定(同定)できるか否かと、それによって同人物の社会的評価が低下するか否かは区分して判断されなければならず、一般読者が、@モデルの人物を特定した上で、Aその創作物の内容が現実の事実であると誤認する場合に、初めて、モデルの人物の社会的評価が低下するというべきである。
(イ)モデルの特定
 原告の外観と本件登場人物の外観が類似していても、それによって、一般読者が、直ちに、本件登場人物のモデルが原告であると特定できるわけではない。本件登場人物に係る描写は、不良や暴走族などの登場する漫画において普通に見られるものであり、また、サングラスをかけている人物が登場するのも一般的であって、特に特徴的なわけではない上、本件登場人物と本件写真の原告とは、額の傷やたばこの有無、口元の様子等の点で明らかに異なっている。一般読者の中に、仮に原告と面識のある人物が含まれていたとしても、せいぜい本件登場人物が原告の外観に類似していると感じるにとどまり、原告をモデルに造形されたなどと考えはしない。
 また、「悪羅悪羅」というファッションは極めて有名なわけでもなく、原告が商標を持つものでもないことは明らかであり、しかも、原告の主張によっても「悪羅悪羅」はファッションのジャンルであって、愚連隊とは全く異なる分野であるから、一般人において、愚連隊の名称からファッションに想到する余地もなく、したがって、原告を特定する要素とはならない。
(ウ)虚構性
 創作物のモデルが特定されても、一般読者がそれが全く空想上の内容であると判断される場合には、その創作物に何らかの影響を及ぼしたモデルが存在し、読者がそれを知って特定できたとしても、読者は空想上の内容によって、同モデルの社会的評価を形成しないのであるから、名誉が毀損されると解する余地はない。
 本件漫画は、1943年に北太平洋の島でアメリカ軍との戦闘中に雪崩により凍り漬けになった旧大日本帝国海軍の軍人(主人公)が現代に蘇生し、軍刀や拳銃を所持したまま、いわゆる不良生徒の在校する中学校に第2次世界大戦中の著名な戦闘機である「零戦」に搭乗して教師として赴任し、その腕力と道徳心をもって、不良生徒らを更生させ、社会悪を正していくという物語をナンセンスなギャグを交えながら描いたものであり、荒唐無稽な着想、設定に基づいて構成された架空の娯楽物語である。本件掲載漫画のエピソードも、主人公が軍馬に乗って軍刀を振り回しながら、ひったくりの首領を追い詰めるというものであり、現実にはあり得ない内容であることが明らかである。
 漫画の登場人物は、小説と異なり、外観が重要な要素となるところ、その外観は多かれ少なかれ現実社会の人物やファッションに影響を受けて創作されるものであることは当然であり、一般読者も当然にそのことを理解しているのであるから、たとえ漫画の読者が、漫画の登場人物が現実社会の人物と外観において類似していると感じたとしても、飽くまで架空の世界の架空の人物の言動と考えるのであって、全くの創作であり架空の世界の物語である漫画の登場人物の言動を、現実の世界の人物の言動と考えることはあり得ない。
 なお、荒唐無稽で、あり得ない設定の創作物でも、そこに出てくるエピソードがすべて現実社会にあり得ないことばかりではないのは当然であるし、現実社会にあり得るエピソードが存在した場合に、一般読者が、荒唐無稽で、虚構であることが明白な創作物全体から切り離してその部分だけ現実の事実であるという読み方をするはずもない。
 また、本件掲載漫画の内容も、軍馬に乗った主人公(軍服をまとった中学校の教師)が抜き身の軍刀を振り回しながらひったくりグループの首領を追い詰めると−いう内容であり、一読して、荒唐無稽な話であることは、本件掲載漫画のみをとっても明白である。しかも、その232頁の左側欄外には、「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係がありません。」との注釈も入っている。
(エ)したがって、本件漫画中の本件登場人物の言動を理由に原告の社会一的評価が形成されることなど全くあり得ず、本件漫画により原告の名誉が毀損される余地は全くない。
イ 損害及び因果関係(争点2)
(原告の主張)
 原告は、本件描写1により、その名誉を著しく毀損された。特に、昨今の芸能人による薬物犯罪の多発によって薬物犯罪に対する国民意識が高まっている中で、薬物を常習しているかのような描写をされたものであって、本件描写1が原告の私生活に与えた影響は甚大である。
 したがって、原告が被った損害を金銭に換算すれば、少なくとも200万円を下らない。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
(2)名誉感情の侵害
ア 名誉感情侵害性(争点3)
(原告の主張)
(ア)本件登場人物は、架空の漫画に登場する人物であるが、@実在の人物をモデルとして起用し、当該人物において、自らをモデルとしたことを看取でき、Aこれにより公然非公然を問わず被害者の名誉心を著しく傷つけ、精神的苦痛を与えた場合には、社会生活上受忍すべき限度を超えた違法なものとして、名誉感情の侵害が成立すると解すべきである。
 そして、名誉感情の侵害の成否は、名誉毀損の場合と異なり、公然性が要件とされないものである以上、般の読者にとって同定可能か否かを判断基準とするのは妥当ではなく、モデルとされた人物において、本件登場人物と自己との同一性を客観的に認識できるか否かを基準とすべきである。
(イ)同定可能性
 本件についてみると、乙山は、本件登場人物を描写するに際し、原告をモデルとして利用したことを認めているところ、本件登場人物の特徴と原告の風ぼうとは、@髪型、Aひげ、B輪郭、Cサングラス、指輪等の装身具、D入れ墨の点で一致しており、客観的に見て、自己をモデルとされた者からすれば、本件登場人物が自らをモデルとしているであろうことを看取することは極めて容易である。
 したがって、原告と本件登場人物とは、客観的に容易に同定可能であるというべきである。
(ウ)創作性、虚構性との関係
 名誉感情の侵害は、被侵害者の社会的評価信用を損なうものでないとしても、公然非公然を問わず、被侵害者の名誉心を著しく傷つけ、精神的苦痛を与えるものであれば、社会生活上受忍すべき限度を超えた違法なものとして、損害賠償の対象となるから、仮に侵害行為が創作、虚構のものであっても、被侵害者の主観的な名誉心を著しく傷つけるものであれば、名誉感情の侵害は成立する。
(エ)精神的苦痛
 原告は、「男らしさ」「力強さ」をファッションのコンセプトとして掲げている「悪羅悪羅」と呼ばれるジャンルのファッションリーダーとして認知され、本件情報誌でも裏表紙を飾るなどしており、同ファッションジャンルのイメージ保持及び増進に精力を注いできたものであるが、本件描写2により、本件登場人物が中学生3人に暴力を振るわれ、いわゆる「ボコボコ」の状態にされて、仲間数名と共に地面に倒れ込んだものと推測できるような描写をされ、これを見たことにより、同ファッションジャンルのリーダーとして自負していた「男らしさ」「力強さ」といったイメージを壊されるに至り、極めて強い不快感、屈辱感等の精神的苦痛を味わった。
 これに加え、原告は、これまで前科前歴もなく、犯罪とは一切かかわりなく社会生活を送ってきたものであるにもかかわらず、本件描写1により、薬物、強姦、集団的暴力行為といった犯罪とのかかわりを強く印象づける描写をされ、これが掲載された本件掲載漫画を見たことにより、極めて強い不快感等の精神的苦痛を味わった。
(オ)受忍限度を超えていること
 乙山は、本件漫画を執筆するに当たり、わざわざ原告と酷似する人物を描写する必要はなかったのであって、本件情報誌を読んで原告をモデルとした登場人物のイメージを想起させたのであれば、そのイメージと他の人物のイメージとを合体加工するなどして、完全に虚構の人物を創作することができたはずである。また、原告のみをモデルとして登場人物を創作するにしても、髪型や髪の色、ひげ、輪郭、装飾品等を変えて、いわゆるデフォルメすればよく、個人を同定し得るような形で描写する必要性は全くなかったというべきであり、本件描写1、2は、表現の自由で保護される範囲を逸脱しており、社会生活上の受忍限度を超えた違法なものと見るほかない。
(カ)以上によれば、本件描写1、2は、原告の名誉感情を侵害するものというべきである。
(被告の主張)
(ア)本件登場人物が原告ではないことは、本件漫画を一読すれば原告を含めたすべての人に明らかであって、原告と何ら関係のない内容である以上、仮に原告が登場人物の外観の類似を理由に主観的に不快感を抱いたとしても、原告が自己の関係のない事項に不快さを感じたというにとどまり、原告の名誉感情を侵害すると解する余地はない。
(イ)名誉感情の侵害においては、客観的に見て著しく誹謗的・侮辱的であるなど、社会通念上相当性を逸脱した表現行為によって、一般人の受忍限度を超えて名誉感情が侵害された場合にのみ、不法行為が成立するにとどまる。
 本件登場人物は、明らかな虚構の人物であって、原告ではない。原告に関する情報が創作又は虚構である場合であっても、原告の名誉感情を侵害することはあるものの、架空の人物の創作された虚構の情報について、原告のような実在の人物が、客観的に自己に関係のない情報であるにもかかわらず、主観的に不快感を抱いたとしても、名誉感情侵害に当たるとする余地はない。
 名誉感情とは、自らに関して抱く評価・感情であるところ、当該人物の情報であるからこそ、そのような名誉感情が侵害されるのであって、一般人であれば、自己に関係のない情報・表現によって自らについての自ら抱く評価を左右される余地はなく、このような場合に名誉感情が侵害されると解することはできない。
イ 損害及び因果関係(争点4)
(原告の主張)
 本件描写1、2により、原告が被った名誉感情の侵害による精神的苦痛は、これを金銭に換算すれば、少なくとも50万円を下らない。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
(3)肖像権侵害
ア 肖像権侵害性(争点5)
(原告の主張)
(ア)a 人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されず、自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益を有する(最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2488頁参照)。
b 描写行為が、写真と同程度の写実性を有し、モデルとなった人物の容ぼう等をありのままに示したといえる場合には、写真と同様に扱われるべきである。
 本件においては、原告の風ぼうの特徴がそのまま本件登場人物の特徴として描写されており、原告の風ぼうの特徴以外の特徴は一切描写されていないから、本件登場人物は、一見して原告を想起させるものであって、写真と同程度の再現性を有しているものというべきであり、描写行為のみによっても肖像権侵害が成立すると解すべきである。
(イ)人は、自己の容ぼう等を描写したイラスト画についても、これをみだりに公表されない人格的利益を有するから、イラスト画による肖像権侵害も認められる(前掲平成17年最高裁判決参照)。そして、同判決が、イラスト画を写真と同様に扱うことはできず、イラスト画が公表されることで初めて肖像権の侵害性が問題となるという判断を前提としていたとしても、本件においては、本件描写1、2による原告の肖像権の侵害が認められる。
a 同定可能性
 イラスト画の肖像権は、公表されることで初めて権利侵害性が認められる以上、その同定可能性の判断には、公然性が要件とされている名誉毀損と同じ判断基準が用いられるべきである。そして、名誉毀損における同定可能性の判断は、モデルとされた実在の人物と面識のある者を基準としてされるべきである。
 本件について見ると、原告と面識のある者は、その面識の程度を問わず、皆本件登場人物を見てすぐに原告をモデルとしていることを認識できているのであって、同定の容易さは、本件漫画雑誌の発売日当日に、本件が原告の知るところとなったことからも明らかといえる。
 したがって、本件においては、本件登場人物と原告との同定は可能であったというほかなく、本件漫画に原告の「容ぼう等を描写したイラスト画」が掲載されたことは明らかである。
b 創作、虚構性
 肖像権の侵害性が認められるか否かの判断に当たって、受け手の評価にすぎない創作性、虚構性を問題とする余地はなく、実在の人物の容ぼう等を描写したイラスト画が公表されたか否かのみを問題とすべきである。
 本件において、実在の人物の容ぼう等を描写したことは、上記aのとおりであり、それを公表されたことは、本件漫画雑誌に掲載されこれが発刊されたことから明らかである。
(ウ)侵害の程度が原告にとって受忍限度を超えるか否かについては、@原告は純然たる私人であること、A被告及び乙山は、営利の目的をもって、本件描写1、2及びこれがされた本件漫画雑誌の発刊を行ったものであること、B乙山は、本件漫画を連載するに当たり、原告と酷似する登場人物を描写する必要性はなく、デフォルメしたり、全くの架空の人物を描写することにより代替することが可能であったこと、C本件漫画雑誌は、発行部数160万部を超えるものであり、被害の程度は極めて大きいことからすれば、本件描写1、2による肖像権の侵害の程度は、原告にとって社会生活上の受忍限度を超えたものであることが明白であり、違法との評価を免れ得ないものというべきである。
(被告の主張)
(ア)本件漫画は原告に関する情報を伝達しているものではなく、本件登場人物の絵も原告の肖像ではない以上、個人の私生活上の情報に関する権利であるプライバシー権の一カテゴリーである肖像権を侵害すると解する余地もない。
(イ)前掲平成17年最高裁判決は、写真撮影は肖像権侵害たり得るものと判断するものの、イラストについては、イラスト画の作成自体を肖像権侵害の対象とは認めておらず、公表についてのみ人格的利益の対象となると判示しており、登場人物の外観の造形において実在の人物の外観・容ぼうを参考・モデルにして描写すること自体は、何ら肖像権の侵害にならない。
 次に、実在の人物の外観・容ぼうをモデルとした登場人物が描写された漫画を公表することは、架空の人物たる架空の登場人物の容ぼうとして公表するものである以上、「自己の容ぼう等を描写したイラスト画」に該当し得ず、肖像権の侵害たり得ない。
 すなわち、イラストは、写真とは異なり、作者の主観や技術を反映したものであって、一般読者は、その肖像がイラストであることによって、当該人物本人の肖像であっても、写真のように科学的方法等により再現したものであり、被撮影者の容ぼう等をありのままに示したものであるとは受け取らないところ、前掲平成17年最高裁判決は、このような事情にかんがみて、写真とイラストを区別しているのであるから、一般読者が、当該人物本人の正確な肖像であると受け取るのか、それとも必ずしも正確な肖像ではないと受け取るのかを重視していることが明らかである。
 したがって、一般読者が不正確な肖像と考える場合には、肖像権の侵害性が低いのであるから、まして、そもそも一般読者が当該人物本人の肖像とは全く受け取らないような場合、つまり架空の登場人物の肖像であると受け取る本件漫画のような場合には、仮に登場人物の造形された外観がモデルの容ぼうと類似していたとしても、何らモデルたる人物の人格的利益を侵害する余地がないことは明白である。
イ 損害及び因果関係(争点6)
(原告の主張)
 本件描写1、2により原告が被った精神的苦痛は、これを金銭に換算すれば、少なくとも150万円を下らない。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
(4)弁護士費用(争点7)
(原告の主張)
 本件の弁護士費用としては、請求額の1割である40万円が相当である。
(被告の主張)
 争う。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
 前記争いのない事実等に証拠(甲1〜9、乙1。枝番を含む。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1)本件写真の掲載
ア「SOULJapan」(以下「ソウルジャパン誌」という。)は、平成21年5月26日に創刊された情報誌で、サブタイトルとして「New Outlaw’s Ora−Ora Style Magazine!!」と記載され、奇数月の25日又は26日にミリオン出版株式会社(以下「ミリオン出版」という。)から発行されている(発売は株式会社大洋図書)。
 ソウルジャパン誌Vol.01は「進化する渋谷系不良ファッション悪羅悪羅ORAORAスタイル」などと記載され、その63頁には、「ストリートで盛り上がりをみせる“悪羅悪羅”を牽引する男たち」「2TOP対談」として、「Z」こと原告と「A」なる人物の対談が掲載され、原告について「82年生まれ。2年間の海外生活を経て02年帰国。07年DJアルファと出会い「B」「C」を立ち上げる。オラオラ系の影のフィクサーとしてTOKYO地下水脈を暗躍中」と紹介されている。
イ 原告を撮影した写真は、本件情報誌56頁のほか、その裏表紙やソウルジャパン誌Vol.01の表紙及び63頁に掲載されている。
 ソウルジャパン誌Vol.01の63頁の写真には、上記の紹介文等が付され、本件情報誌56頁の本件写真には「Z」「(株)Z代表」と付記され、本件情報誌の裏表紙の写真には「model:Z」と記されている。
(2)本件登場人物
 本件登場人物の風ぼうは、本件写真の原告と髪型(髪の長さ、前髪の具合、全体の形状等)、髪の濃淡、ひげの形、顔の輪郭、サングラスの形状及び縁の模様等の点で類似しており、一見して、極めて似ている。
(3)発覚の経緯等
ア 原告は、平成21年10月21日、ミリオン出版の丁谷某(以下「丁谷」という。)から、原告が本件漫画雑誌の本件掲載漫画にひどい姿で出ているが、事前に被告から話とかあったのかとの問い合わせを受けた。
 原告は、その際、丁谷から、ミリオン出版発行の雑誌「メンズナックル」の編集部員兼モデルの者が、本件掲載漫画中の本件登場人物を発見し、本件情報誌に掲載された本件写真とそっくりだったため、丁谷に対し、掲載の許可を与えたのかを確認したことがきっかけであった旨を伝えられた。
イ 原告は、丁谷から上記問い合わせを受けた後、直ちに本件漫画雑誌を購入し、本件登場人物を発見し、自分に似ていたため驚くとともに、不本意な描かれ方をしていることに怒りを覚え、直ちに被告に電話をかけたが、担当者が不在であったため、担当者から原告あてに電話をかけ直してもらうこととした。
ウ 原告は、その2、3日後、本件漫画雑誌の編集部員から電話を受け、発刊するに当たって作者側と被告側で掲載する漫画の中身を確認するが、今回はその事前確認の時点で写真に写った原告の姿をモデルにしたことに気がつかなかった旨を伝えられ、併せて申し訳ない旨を伝えられたことから、「本当に悪いと思っているなら、謝罪文を持って、うちに来てください。」と伝えた。
エ 原告は、平成21年10月28日、被告の担当者の訪問を受け、同担当者から、「全面的にこちらに非があります。大変申し訳ありません。」と伝えられ、同担当者を通じて、本件謝罪文書@、Aを受け取った。
オ 原告は、平成21年11月下旬ころ、被告から、本件単行本の送付を受けたが、謝罪や送付案内等がなく、本件単行本だけを送付されたことに怒りを覚えた。
(4)本件漫画の内容
 本件漫画は、1943年7月に北太平洋の「極寒の島」でアメリカ軍との戦闘中に雪崩により凍り漬けになった旧大日本帝国海軍航空隊の軍人旭歳三(主人公。以下「本件主人公」という。)が、平成20年に蘇生し、軍刀や拳銃を所持したまま、いわゆる不良生徒の在校する千葉県内の私立中学校に、第2次世界大戦中の著名な戦闘機である『零戦』(零式艦上戦闘機)に搭乗して教師として赴任し、その腕力と道徳心をもって、不良生徒らを更生させ、社会悪を正していくという物語(以下「本件ストーリー」という。)を描いたものである。
(5)本件掲載漫画の概要等
 本件掲載漫画の概要は、ひったくりグループの首領マーサーが、軍服を着て軍馬に乗った本件主人公に追いかけられ、マーサーの先輩で、「地元VIPカー愚連隊『悪羅悪羅』」のリーダーでもある本件登場人物に助けを求めたものの、本件登場人物は、本件主人公の教え子である中学生3人に叩きのめされ、全く加勢にならず、結局、マーサーは、本件主人公に追い詰められてしまうというものである。
(6)描写の内容
ア 本件描写1
 本件描写1の前後における本件登場人物の登場場面は、大要次のとおり描かれている。
@ 本件登場人物は、マーサーの先輩で、「地元XIPカー愚連隊『悪羅悪羅』」のリーダーであり、ドライブイン跡をたまり場としているという設定である。
A 本件登場人物が登場する直前、ボンネット等に「悪羅悪羅」と書かれた車が描かれている。
B マーサーは、軍馬に乗った本件主人公に追いかけられて逃走中、本件登場人物に携帯電話をかけ、「セ センバイ オレツス!マーサーッス!」と言った。
C 本件登場人物は、電話に出て、「オウ マーサーか どーした?」「またヤラせる女でも回してくれんのかヨ」「それともハッパか?」と答えた(本件描写1該当部分)。
D 引き続き、マーサーが、本件登場人物に対し、携帯電話で「た 助けてください!」「ナメたバカにハッツかれちまってヤバイんスヨ!」などと言ったところ、本件登場人物は、「わかった アソんでやっから連れて来−よ!」「いつものパーキングに集まってっからヨ!」と答えた。
E 本件登場人物は、10人以上の愚連隊の仲間らに対し、「オウッ オメーラケンカの時間だ!」と言い(本件描写1該当部分)、「ドーグ握っとけ!悪羅悪羅でヨロシクー!」と言ったところ、仲間らは、片手に棒を持ち、もう片手の拳を頭上に挙げるなどして「ヨロシクー!」と答えた。
イ 本件描写2
 本件描写2の前後における本件登場人物の登場場面は、大要次のとおり描かれている。
@ 本件描写2で本件登場人物が描かれる前、中学生の少年3人が描かれている。
A マーサーが、「センパーイ マーサーッス!」「フルボッコでヨロシクー!」と言って本件登場人物がいる場所(ドライブイン跡)に来たところ、本件登場人物は、サングラスが割れ、顔に殴打された痕のある状態で、10人以上の仲間らと共に、地面に横たわる姿となっていた(本件描写2該当部分)。
B 本件登場人物が暴力を振るわれる描写自体は存在しないが、本件漫画の前後の記載から、本件登場人物が、10人以上の仲間らと共に、中学生3人に叩きのめされたものであることが容易に推測できる。
2 争点1(名誉毀損性)について
(1)原告は、本件描写1が、一般の読者をして、原告が日常的に薬物や暴力行為等の犯罪を行っている危険な人物であるとの印象を与え、原告の社会的評価を低下させると主張する。
(2)前記争いのない事実等及び上記1認定事実によれば、本件描写1に描かれた本件登場人物は、乙山が本件写真に基づいて作画したものであって、その風ぼうは、本件写真の原告の髪型(髪の長さ、前髪の具合、全体の形状等)、髪の濃淡、ひげの形、顔の輪郭、サングラスの形状及び縁の模様等の点で類似しており、一見して本件写真の原告に極めて似ていること、原告は「渋谷系不良ファッション」である「悪羅悪羅」系ファッションのファッションリーダーであるところ、本件登場人物は「地元YPカー愚連隊『悪羅悪羅』」のリーダーと設定されていることなどが認められ、これらの事実に照らせば、本件登場人物は、原告と同定される外観を有するものであり、原告を連想させる人物像として描かれているものと認められる。
 しかしながら、前記争いのない事実及び上記1認定事実によれば、本件掲載漫画は、ひったくりグループのボスが軍服を着て軍馬に乗った本件主人公に追いかけられ、追い詰められることを内容とするものであって、現実性に欠け、架空のストーリーであることが明らかなものであること、本件掲載漫画の前提となっている本件ストーリーも、荒唐無稽な着想、設定に基づいたものであることなどが認められ、これらの事実等にかんがみれば、本件掲載漫画の内容は、一般読者にも、作者が創作した虚構の世界であると認識されるものと認められる。
 そして、前記争いのない事実等及び上記1認定事実によれば、本件登場人物は、マーサーから助けを求められながら、3人の中学生に叩きのめされてしまい、助けにならず、結局、マーサーが主人公に追い詰められてしまうというストーリー展開の中で登場するものであるから、一般読者にも、本件登場人物は、本件掲載漫画のストーリーを装飾するために設定された架空の人物であると認識されるものと認められる。
 そうすると、本件描写1は、原告と同定できる外観を有する本件登場人物が愚連隊のリーダーであり、薬物事犯や暴力行為等の犯罪行為をしているとの事実を摘示するものということができるものの、原告が犯罪行為をしているとの事実を摘示するものということはできないから、原告の社会的評価を低下させるものとは認められない。
(3)したがって、原告の名誉毀損を理由とする損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。
3 争点3(名誉感情侵害性)について
 前記2のとおり、本件登場人物は、乙山が本件写真に基づいて作画したものであり、本件写真の原告と髪型(髪の長さ、前髪の具合、全体の形状等)、髪の濃淡、ひげの形、顔の輪郭、サングラスの形状及び縁の模様等の点で類似しており、一見して極めて似ている上、本件登場人物の属性に愚連隊「悪羅悪羅」やリーダーという原告の属性(不良系ファッション悪羅悪羅のファッションリーダー)を連想させるものが与えられている。そして、前記争いのない事実等及び上記1認定事実によれば、本件描写1は、本件登場人物を愚連隊のリーダーであり、薬物事犯や暴力行為等の犯罪行為をしている人物として描いた上、本件登場人物が愚連隊の仲間10人以上と供に、「ケンカの時間だ」と意気込んでいる様子を描いたものであり、本件描写2は、本件登場人物が愚連隊の仲間10人以上と共に3人の中学生に叩きのめされて惨めな姿で横たわっている様子を描いたものであると認められる。
 以上の事実関係に照らすと、本件描写1、2は、原告の外観人物像を侮辱するものであって、社会通念上許される限度を超えるものというべきであり、原告の名誉感情を侵害するものと認めるのが相当である。

 なお、被告は、本件登場人物が虚構の人物であることを理由に原告の名誉感情を侵害するものではないと主張するが、上記のとおり、本件描写1、2は原告の外観、人物像を侮辱するものと認められるから、原告の外観を有する本件登場人物が架空のものであることによって原告に対する名誉感情の侵害が否定されるものではない。
4 争点5(肖像権侵害性)について
(1)人は、自己の容ぼう等を描写した図画をみだりに公表されない人格的利益(肖像権)を有すると解するのが相当であり、人の容ぼう等を描写した図画を公表する行為は、描写された人物の社会的地位、活動内容等、図画の表現方法等、内容等、公表の目的、態様、必要性等を総合考慮し、写真と異なり作者の主観や技術が反映されるという図画の特質を参酌して、描写された人物の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えたものと認められるときは、不法行為法上違法と評価されるろものと解される(前掲平成17年最高裁判決参照)。
(2)前記3のとおり、本件登場人物は、乙山が本件写真に基づいて作画したものであり、一見して本件写真の原告と極めて似ている上、その属性が原告の属性を連想させるものであるところ、本件描写1、2は、原告の外観、人物像を侮辱するものであって、原告の名誉感情を侵害するものと認められる。そして、前記争いのない事実等及び上記1認定事実によれば、原告は、不良系ファッションのファッションリーダーとして会社を経営し同ファッションを特集する雑誌のモデルとなっているものではあるが、一般私人にすぎず、公的な立場にあるものでも公的な活動をするものでもないこと、本件登場人物は、本件単行本においては異なる特徴を有する人物に描き変えられており、本件描写1、2において、殊更本件写真の原告と似せて描く必要が全くなかったことが明らかであることなどの事情も認められる。
 そうすると、本件描写1、2の公表は、原告の自己の容ぼう等を描写した漫画をみだりに公表されない人格的利益肖像権)を侵害するものであって、図画の特質を参酌しても、その侵害の程度が社会通念上受忍すべき限度を超えたものというべきであり、不法行為法上違法と評価するのが相当である。
5 争点4、6、7(損害額)について
(1)前記3、4のとおり、本件描写1、2は原告の名誉感情及び肖像権を侵害するものと認められるところ、本件描写1、2の内容、態様等ほか、本件漫画雑誌が160万部を超えて発行されていること、他方、本件単行本において本件登場人物が異なる人物に描き変えられていること、乙山及び被告が原告に対して既に本件謝罪文書@、Aを交付していること、その他本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するには、50万円をもって相当と思料する。
(2)本件事案の内容、性質等にかんがみると、弁護士費用損害は、5万円と認めるのが相当である。
6 結論
 よって、原告の請求は55万円及びその遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第24民事j部
 裁判長裁判官 松並重雄
 裁判官 伊丹恭
 裁判官 國原徳太郎


別紙1、2〈省略〉
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